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  • 国連救助隊(2018年・未完)

    国連救助隊
    それは
    「地震」「台風」「飢饉」といった
    大災害から
    人々を救うことを目的として設立された組織
    災害発生から12時間以内に
    地球の裏側だろうと
    救援物資・救助装備を空輸する
    「幸せの青い鳥」
     B1UNの活躍を描く。


  • 目次











  •  国連機特有の淡い水色に塗装された「幸せの青い鳥」が今回も無事、任務を終え、塒である基地へ向けて飛行していた。
     高度3000フィートまで下降。
    「可変後退翼オープン。フラップ35度。ギアダウン」
     戦略爆撃機から超高速大型輸送機へと改修されたB1UNが着陸態勢に入った。
    「滑走路上の気象。東の風、風速5m、視界良好。以上」
    「了解」
     エメラルドグリーンの美しい海に浮かぶ無人の島。その島に隣接する全長3500mの滑走路を擁する浮島が、世界中の災害救助に活躍する国連救助隊の本部がある基地だ。
    「今日はついてる」
     キャプテンのマイケル・コリンがそう呟いた。
     この基地。近くにある国境の都合で、東側から侵入するには降下しつつ右に急旋回する必要があるのだ。
     着陸決定高度に達した。
    「よし。このまま着陸する」
     異常なし。UNB1はそのまま滑走路に着陸した。

     ニッポンを先兵としてアジアでの覇権拡大を狙うアメリカと、そんなアメリカの野心に真っ向から対立するアジアの盟主・中国。そんな両者の軍事衝突はもはや時間の問題。「戦争の危機」が現実味を帯びていた。
     その時、アジア、アフリカ、ラテンアメリカの「途上国」と呼ばれる国々が結束して立ち上がった。世界の平和を願うそれらの国々が一丸となって国連総会に「ひとつの議案」を提出した。その内容は何と「尖閣諸島を国連直轄地にせよ」というものだった。
     こうした動きに、ニッポンは断固反対の立場から「資金援助の停止」や経済制裁をちらつかせて途上国へ圧力をかけた。だが、今回に限っては如何なる途上国もニッポンの意のままに操ることができなかった。それほどまでにこの時代「米中開戦」は現実味を帯びており、しかもひとたび始まるならばそれが「全面核戦争」に発展することは誰の目に明らかだったから、世界の国々は何よりもそれを回避しようと必死だったのだ。
     かくして決議は可決した。残るは常任理事国が拒否権を行使するかどうか。
     イギリス、フランス、ロシアは賛成した。残すは当事国であるアメリカと中国の反応だ。
     先に賛成したのはアメリカ。そして中国も後を追うように賛成したのである。両国もまた全面核戦争を恐れていたのだ。なんだかんだ言っても両国は世界経済を発展させる「車の両輪」である。貿易不均衡などは、あくまでも話し合いによって漸進的に解決する以外にはないことを両国とも充分に理解していた。
     こうして東シナ海におけるアメリカと中国の軍事衝突は辛くも回避されることになった。国連決議に基づき、長年に渡り中国とニッポンの間で争いの種となっていた尖閣諸島は、今後は国連が所有する中立領となることが決まった。
     ニッポンは不満やるかたない。だが、このような結果に至ったのは歴史的関係からも、また地理的状況から言っても「アメリカと中国の間に立って両者を和解させる立場」にあるべきニッポンが一方的にアメリカに肩入れして中国を敵視し続けたことによるものであり、自業自得である。明治維新以後、一貫して「アジアの裏切り者」であり続けたニッポンが受けるべくして受けた「天罰」といえよう。
     その後、国連所轄の中立領となった尖閣諸島には東シナ海における中国とアメリカ(そしてニッポン)の軍事行動を監視するための国連が管理する基地が建設された。
     だが、この基地には「もうひとつの顔」があった。それは平時に於いては世界中の災害に対処する救助隊が常勤する基地という顔であった。



  • 「ボリビアの銀採掘現場で土砂崩れが発生。作業員数名が地下400mの坑道に閉じ込められている模様。地上第1班および空輸第3班の隊員は直ちに出動せよ」
     事は一刻を争う。隊員たちが準備を整える。尖閣諸島からボリビアへ向かうということは、ほとんど「地球の真裏へ行く」ようなものだ。
     ハンガー内の照明が点灯した。幸せの青い鳥・B1UNが目を覚ます。本来はアメリカ軍の大型戦略爆撃機B1Bを輸送専用機に特化した国連救助隊専用機である。淡い水色に塗られた機体。垂直尾翼に描かれた白抜きの国連マークが誇らしい。
     元々が軍用機であるにもかかわらず国連カラーを身に纏うB1UNには「平和の翼」のイメージが漂う。むしろ民間機でありながら主翼の先端に日の丸を描くニッポンの旅客機の方が軍用機のように見える(海外では主翼の先端に国旗をモチーフとするマークを描くのは軍用機だけである)。
    「蝉の幼虫(救助用の掘削機)を載せろ」
     B1UNの格納庫底のハッチが左右に開く。中から巨大なアームが降りてくる。アームが蝉の幼虫を掴むと、そのまま蝉の幼虫は格納庫へと収納された。
     2名のパイロットが搭乗した。左にキャプテン(機長)、右にコパイロット(副操縦士)が座る。各自、ピラーに記されたアイラインに自分の目の高さを合わせる。
     各種計器類をチェック。オールグリーン。その後、各種数値を入力する。気圧(高度計の精度に関わる)、ローテイト(離陸速度。重量によって変わる)、VOR(空の灯台となる電波信号)の数値など。中でもINS(慣性航法装置)の数値入力は厳重にチェックしながら行う。
     その間に、蝉の幼虫を操縦する残り4名の陸上隊員も機内に乗り込む。
     これで6名全員が乗り込んだ。発進準備完了。
    「ハンガーを開け」
     ハンガーの扉が開かれる。
    「スタート、オールモーター」
     4機のエンジンが唸りを上げる。整備長が手を振る中、機体はゆっくりと動き始めた。 ハンガーからゆっくりと出てきたB1UNは誘導路を経由した後、滑走路の端に一旦停止した。
     数秒後。
    「発進してください。キャプテン・マイケル」
     管制塔から許可が出た。
    「コピー(了解)。遠慮なく、いかせてもらうよ」
     右腕の推力レバーが前に押される。格納庫に重量物を搭載しているので、最大推力だ。
     機体が加速する。
    「V1、ローテイト(VR)」
     スティック型の操縦桿が2秒の時間をかけて手前へと引かれる。機体の鼻先が上を向く。足が地面から離れた。
    「V2、フラップ5度」
     巨大な機体が有り余るパワーに物を言わせて、ぐんぐん上昇していく。
    「グッドラック」
     やがてB1UNは完全に管制塔の視界から消えた。排煙のみを滑走路上に残して。

     崩落現場は大雨に見舞われていた。
     現場での救助活動は二次災害の危険が高く、難航を極めていた。
    「まだか、まだ救助隊は来ないのか!」
    「『出発した』という連絡は入っています」
    「頼む。早く、早く来てくれ」
     坑道に閉じ込められた人々に危機が迫っていた。雨水によって増量した大量の地下水が坑道に流れ込み、まさに「水責め」のような状態になっていたのだ。

     国連救助隊が装備するメイン輸送機であるC130ハーキュリーズの最大速度はマッハ0,6。ステルス性を重視、エアインテークにカバーを施したB1Bの最大速度はマッハ1,3。それに対し、ステルス性能を必要としないB1UNは初期型のB1A同様にマッハ2を超える。これは即ち発進準備の時間として2時間を考慮しても「12時間以内に世界のどこへでも行ける」ことを意味する。ボリビアまでの距離はおよそ18000㎞。到着時間は9時間後を予定していた。
     基地を出発したB1UNは上昇を続けながら、まず台湾と与那国島の間の海上をやや台湾寄りに南下する。台湾寄りであるのは、国連加盟国でありながら尖閣諸島を占領する国連救助隊の存在を否定するニッポンの領空は飛行できないからだ。
     その後、沖ノ鳥島の南25分の地点へ向けて東南東へ進路を変更。この時の高度は34000フィート。
    「フラップ0度」
     やがて管制が台北からグァムに切り替わる。グァムから通信が入る。
    「チャーリー。また来たな」
    「寄らないよ」
     沖ノ鳥島の南を過ぎたところで、今度は進路を南鳥島の南25分地点に向ける。高度は34000フィートを維持。
     左手から2基の戦闘機が飛来してきた。航空自衛隊所属のF35ステルス戦闘機だ。B1UNの横をパラレル飛行する。領空侵犯しないかどうか監視に上がってきたのだ。
    「五月蠅い蠅め」
     出発から約2時間後、東経153度59分にある南鳥島の南を通過した。
     これで障害となる場所は無くなった。ここから先はボリビアまで一直線。五月蠅い蠅ともおさらばだ。
    「アフターバーナー点火。高度69000フィートへ上昇開始」
     グァムとの最後の交信。
    「じゃあな。健闘を祈る」
    「ありがとさん」
     ここから先は超音速飛行。偏西風に乗ってニッポン領空を迂回した分のタイムロスを取り戻す。ハワイを北側から弧を描くように通過、メキシコ沖を経由して、北西の方角からペルーに侵入。ここからは飛行速度を落としてボリビアへと至る。
     ペルー領空内に入ったところで。
    「未確認機、接近」
     ペルー軍の戦闘機がスクランブル発進してきたのだ。マイケルが無線に向かって叫ぶ。
    「こちらはUNB1(これが本来の機体の名称。通信時にはUNを最初に話すことが何よりも重要であり、しかもBは本来「爆撃機」の意味である)。現在、任務中。全ての国連加盟国は当機の通過を妨げてはならないことになっている。速やかに帰投されたし」
     戦闘機が去る。無線が通じたか、或いはB1UNが通過することを国連本部から知らされたのだろう。
    「やれやれですね、キャプテン」
    「高度7万フィートを音速の2倍で謎の飛行物体が侵入してくれば、迎撃機があがってくるのは普通のことさ」
     基地を出発して8時間。B1UNは到着予定時刻よりも1時間早くボリビア上空に到着した。
     管制からの指示によって銀鉱に最も近い飛行場へ誘導される。だが、その滑走路の全長は1500mしかなかった。雨は止んでいたが、滑走路はしっとりと濡れている。
    「キャプテン。これでは」
    「取り敢えずやってみよう。主翼を開け」
    「主翼、開きます」
     B1UNの主翼は可変後退翼。低速飛行時には主翼を開く。
    「フラップ35度」
    「フラップ35度」
    「ヨーダンパー(横揺れ制御装置)」
    「ヨーダンパー、グリーン」
    「オーケー。ギアダウン」
    「ギアダウン。スリーグリーン」
     脚が降りた。
     着陸は全手動による有視界。滑走路の長さを最大限活用するためにギリギリまで滑走路の前端に足を下ろす作戦だ。
    「ここからは俺がやろう」
     操縦をコパイロットからマイケルが引き継いだ。
    民間航空に於いても通常はコパイロットが操縦を担当するのが普通である。経験豊富なキャプテンは必要最低限の指示のみを行い、高度な操縦技術が必要とされる場合にのみ操縦桿を自ら操るのである。そうしないとコパイロットが経験を積めないからだ。つまりキャプテンの役割は「教官」なのだ。
    「怖かったら目を閉じててもいいぞ」
    「まさか」
    「行くぞ。手前の地面に激突しなかったら、ラッキーだ」
     さすがはB1UNの操縦を任されたキャプテン。慣れたもので、足は滑走路の手前の端にしっかりと着地した。
    「だめだ」
     速度が落ちない。やはり滑走路が短すぎる。
    「ゴーアラウンド(着陸復行。着陸を断念すること)」
     再離陸。
    「どうしますか?」
    「直接、現場へ向かう」
     機体は現場へと向かう。
    「蝉の幼虫、どうぞ」
     ハンガーの中に一報を入れる。
    「こちら蝉の幼虫。一度着陸したようだったが、何かあったな?」
    「予定が変わった。直接、現場に行って(蝉の幼虫を)投下するから、その準備をしておいてくれ」
    「了解した」
     格納庫内では早速、蝉の幼虫にパラシュートが付けられた。
    「あれが現場だな」
    「とんでもない場所にありますね」
     上空から見下ろす現場は山の谷底に位置する。しかも左右ばかりか現場の背も山。つまり三方向をすっぽりと山で囲まれていた。
    「見たところ侵入経路は一か所しかないな」
     侵入経路となる谷の入口から現場まで、およそ5kmの距離がある。
    「入るんですか?主翼が樹木に接触するかもしれませんよ」
    「後ろの座席へ移動しろ」
    「キャプテン」
    「移動しろ!」
    「わかりました」
     コパイロットが操縦席の後部座席に移動した。そこにも二つの席があり、そのうちのひとつ、攻撃士官席にコパイロットが着いた。
    「構造モード制御システム、グリーン。高度を下げるぞ」
     構造モード制御システムとは通称「ソフト・ライド」と呼ばれるB1のみに採用される機能で、機首の左右にあるベーンと呼ばれる小さい翼を稼働させて機体の揺れや振動を軽減する装置のことである。この装置を備えることでB1は超低空飛行による乱気流の影響を1/3に抑えることができる。
     B1UNが左右の山の稜線よりも更に降下した。これがもしも民間機であれば、コクピット内は今頃、スティックシェーカーが操縦桿をブルブルと震わせ、警報装置が「テレイン、テレイン」「プルアップ、プルアップ」と鳴り響き、文字通り「お祭り騒ぎ」のような状態に陥っていることだろう。
     上空から見る以上に谷は葛籠折りに湾曲していた。右に左に機体を旋回させる。
     谷が左に急に曲がる個所では、危うく右の山に接触するところだった。
    「今のは危なかったですよ」
    「ああ、わかってる」
     だんだんと現場に近づいてきた。
    「蝉の幼虫、どうぞ」
    「こちら蝉の幼虫。随分と揺れてるな」
    「あと10秒で投下する。覚悟しとけよ」
    「ああ、いつでもいいぜ。早く船酔いと、おさらばしたいぜ」
     現場が近付いてきた。目の前には山。
    「格納庫のハッチを開けろ」
     マイケルの指示を受けたコパイロットがハッチを開く。この操作のためにコパイロットは後部座席へと移動したのだ。
     ハッチが開かれた。
    「投下」
    「投下します」
     コパイロットが投下ボタンを押した。蝉の幼虫が投下された。
    「ハッチ格納、推力最大!」
     蝉の幼虫を投下して軽くなったB1UNが急上昇を開始する。コクピットのフロントスクリーンからは山の樹木がものすごい速さで上から下へスクロールするのが見える。
    「キャプテン、これでは越えられません。もっと操縦桿を引かないと」
    「だめだ。これ以上、引いたら失速する」
     マイケルは長年の経験と、ごく限られた人間だけが持つ類い稀なるセンスによって今の状態が最も機体が急上昇していることを知覚していた。
    「あー、ぶつかるー!」
     コパイロットの絶叫。
     機首にあるピトー管(気圧、飛行速度などを計測するセンサーに空気を送るための管)が樹木に突き刺さり、もぎ取られた。
     その直後。
     それまでスクロールしていた樹木が無くなった。機体は山を越えたのだ。
    「ふう。間一髪だったな」
     蝉の幼虫を投下して軽くなっていなければ、また長距離飛行によって燃料が減っていなければ確実に激突していただろう。
    「アキラ。あとは任せたぞ」
     B1UNは着陸可能な空港を目指して現場を後にした。

                       ※

     救助隊が現場に到着した。
     現場で到着を待ちわびていた人々は、その登場のしかたに仰天していた。それはそうだろう。巨人機が山間を縫って低空飛行で飛んできたかと思えば、いきなり掘削機を投下していったのだから。
     しかし、その曲芸のような登場を見た時、現場の人々は安心を覚えるのだった。間違いなく、この人々は「プロ中のプロ」だ。必ず地下に埋もれている人々を救助してくれるに違いないと。
     チームリーダーであるアキラ・コロモダニは現場の人間から状況説明を受けると、一瞬の閃きによって、その場における状況を考慮した最善の作戦を直ちに立案した。
    「時間がない。直ちに作戦開始だ」
     作戦が仲間と共有され、直ちに実行へと移された。
     アキラは現場から100mほど離れた場所から地下へと掘り進め、最も浅い場所にある坑道へ入ることに決めた。恐らくは「そこにいるに違いない」という読みだった。
     蝉の幼虫は、先端にふたつの、後ろにひとつのドリルを備えた、その名の通り蝉の幼虫に似た姿を持つ掘削機だ。動力は水素。掘削機械をはじめ土木用機械と言うと黄色というイメージがあるが、蝉の幼虫はオレンジ。その色が蝉の幼虫を思わせることから、この名がついた。正式名称はCS-J77マークⅡ。横幅3,7m、全長7,1m。エイブラムスやレオパルトといった一般的な戦車と同じ大きさで、これは言うまでもなくB1UNやC130に搭載できるためだ。
     アキラは、今回は単独で乗り込むことにした。中は窮屈ながら最大で5人まで搭乗することができる。下にいるのは4名という。そこで3名の部下は地上に残し、リーダーひとりで下まで降りることにしたのだ。
    アキラが剣道の面を思わせるフロントスクリーンの中にある操縦席についた。
    「発進」
    「おお!」
     周りの歓声。蝉の幼虫が見る見るうちに土の中へと潜っていく。
     ふたつのドリルはそれぞれ左右のアームの先端にあり、上下左右に自在に動く。それによって本体よりも大きな穴を掘ることができる。ふたつのドリルは常に等速で正反対に回転しているため、仮に左右のアームの動きによってドリルの先端が接触しても問題はない。
     1時間で100m掘り進む。4時間後、坑道に到達した。
     その時。
    「土砂崩れだ!」
     新たな土砂崩れが発生した。新たな土砂が現場に襲いかかる。
     それを予想して100m離れた場所から掘り進めたのではあったが、今度の土砂は一回目のそれよりも巨大だった。蝉の幼虫が掘った穴にも容赦なく土砂が流れ込んだ。土砂によって蝉の幼虫が掘った場所は完全にデブリで覆われてしまった。
    「なんてことだ。救助隊まで土砂に巻き込まれてしまったぞ!」
     現場に絶望の空気が漂う。
    「見ろ!」
     デブリの底から蝉の幼虫が飛び出した。こういう場合を想定して蝉の幼虫には後ろにもドリルが装備されているのだった。3人の隊員がハッチを開き、中へと入る。救助された作業員を一人また一人と肩車で搬送する。
     全員無事。現場は歓喜に包まれた。
     そう。この歓喜のために救助隊は自らの危険を顧みず、いかなる場所にも勇んで駆け付けるのだ。



  •  国連救助隊の隊員に抜擢されることは途轍もない「栄誉」である。ここに集うのは世界中の国から選ばれた、人命救助にかけてはまさに「精鋭中の精鋭たち」だ。アメリカをはじめヨーロッパ、アジア、アフリカ、ラテンアメリカ。唯一いないのはニッポンだけだ。ニッポンに「優秀な人材がいない」というのではない。「尖閣諸島はニッポン領だ」と主張するニッポン政府が国連救助隊への人材の派遣を拒否しているのである。
     とはいえ日系人ならば、何人かいる。
     ひとりはB1UNのパイロットを務める日系アルゼンチン人のマイケル・コリン(小林)。もうひとりは救助現場において指揮を執るリーダー、日系ブラジル人のアキラ・コロモダニ(衣谷)。そう、先に登場した二人だ。あと他にも数名、いるようだ。

     基地内の休憩所で寛いでいるアキラが夜勤を終えて休憩所に入ってきたマイケルに声をかける。今は午前11時。夜勤は本来10時までだが、一時間くらいの延長は珍しくない。
    「お前は今回、出動しなかったのか」
    「自分じゃなく、別のキャプテンが出動したよ。夜勤明け直後の出撃はさすがにないさ」
    「そうか」
     地上第3班が空輸第4班と組んで救助要請を受けて西アフリカへと出発したのは、今からおよそ20分ほど前であった。
     ここで組織について、簡単に説明しよう。
     大きく、地上で救助活動を行うグループと、それらのグループを空輸するグループのふたつに分かれ、更にそれらのグループが各4班に分かれている。編成は地上グループがリーダーと隊員3名の合計4名。空輸グループがキャプテンとコパイロットの合計2名(アメリカ空軍のB1Bは攻撃士官・防御士官を加えた4名で運用されるがB1UNは輸送任務に特化しているため2名)。
     班の勤務体制は「3勤1休」。3ヶ月任務に就いて1ヶ月休む。離島での任務ゆえ「世界の情勢」から疎遠にならないために3ヶ月毎に帰国させるわけだ。したがって任務は休暇中の1班を除く3班体勢で行われる。帰国と言っても、自由に出入りすることは不可能だから、毎月1回、台北空港に隊員を交代させるための飛行機が飛んでいる。
     アキラは地上グループの第1班、マイケルは空輸グループの第3班に所属する。地上班と空輸班の組み合わせは作戦や隊員のコンディション(ここには健康だけでなくスキルも含まれる)などによって変化する。それらは基地のトップが決めることで、今回は地上第3班と空輸第4班でチームが組まれ出動したのだった。
    「珈琲飲んだら、寝ちまおう」
     そう言いながら言葉通りに、マイケルは紙コップに珈琲を注ぎ入れると、それを飲み始めた。
     休憩所と言っても、長い期間に渡り暮らすことになる基地内の設備であるから、大きなリビングルームといった方が正しいだけの設備が整えられていた。アキラもマイケルも豪華なソファに腰掛けていた。
    「珈琲飲んでから寝るのか?」
    「ああ、飲んだら眠くなった」
    「マジかよ」
    「ああ。部屋に戻って寝るよ」
     マイケルはカップをゴミ箱に投げ込むと、さっさと自分の部屋に向かって歩いて行ってしまった。
    「俺はこの後、21時まで勤務だ」
     アキラは軽く腹に食べ物を詰めると、休憩所を出て、アラート待機所へと向かった。

     それから半日ほどが経過。
     レッドアラートが基地内に鳴り響く。
    「緊急事態発生。12時間前に出動した地上第3班・空輸第4班との交信が途絶した。現地で何かが起きた模様。地上第1班と空輸第3班は発進準備にかかれ」
     交信が途絶?これは並々ならぬ事態である。
     アキラは作戦室へと向かった。
     作戦室には既にマイケルが到着していた。全員揃った時点で、司令から状況が説明された。
    「救援に向かった地上第3班と空輸第4班との連絡が取れなくなった。事故か、あるいは事件に巻き込まれた可能性が高い。きみたちは直ちに出動。彼らが行う筈であった救援活動を完了後に彼らを捜索してくれ」
     説明後、隊員たちは装備を整え、ハンガーへと向かった。
     今回使用する機体はC130ハーキュリー。4発エンジンのレシプロ輸送機だ。輸送機としての性能は一級品。足も長い。唯一の難点は飛行速度が遅いこと。荷の軽い状態での全速飛行時でも時速600kmがいいところだ。
     マイケルが操縦席につき、アキラが後ろのシートに座る。
     ハンガーの扉が開く。外は夕方。
    「モーター始動」
     プロペラが回り始め、ゆっくりと機体が動き出す。ライトに照らされた誘導路の上を舐めるように動く。やがて、いつものように滑走路の端に一旦、停止。
    「発進してください」
    「コピー」
     スロットルが押し込まれる。プロペラの回転数が上昇する。機体が見る見るうちに加速していく。
     マイケルが操縦桿をゆっくりと引いた。いつものように2秒。
     深夜0時。
     レシプロ機特有のボーッという低周波音を奏でながら、C130が満点の星降る夜空に舞いあがった。現地まで距離およそ14000km。到着まで30時間以上はかかるだろう長旅が始まった。
    機体が水平飛行に入った。
    「エンゲージ」
     INSとILSがシンクロされた(この時点で自動航法が開始される)。これで経由地のモスクワまで、暫くの間は楽ができる。
    「キャプテン。先に休んでください」
    「そうさせてもらうよ」
     先にマイケルが寝る。コクピットにはコパイロットがひとり残る。
     機体は経由地のモスクワを目指して飛行する。先のメンバーたちはB1UNの超音速性能を活かすために日本列島をぐるりと反時計周りに回ってベーリング海峡から北極経由で行ったのだろうが、レシプロ機の場合は陸上を飛行する方が安全だ。
     6時間後、モンゴルとロシアとの国境付近でパイロットチェンジ。
     右手後方から朝日が昇る。地上で見るのとは比べ物にならないほどの強烈な光を放つ太陽。
    「いつ見ても、夜明けの空は美しいな」
     夕暮れ時もだが、夜明け時は横から差し込む光が地上の存在を隠す。気付かないうちに高度が下がっていて「地面と激突」なんてこともあるパイロットにとっては「危険な時間帯」だが、やはり美しい。
     15時。モスクワ着。ここで燃料を補充。更に救援物資もここで積み込む。ここまでで15時間が経過。
     着陸から1時間後。離陸する準備が整った。
    「キャプテン。管制塔から許可が出ました。離陸しますか?」
    「わかっているなら自分でやれ」
    「了解」
     コパイロットが体を曲げて頭を下げる。操縦桿の下から何やら、サスマタを短くしたような形をしたアルミ棒を取り出した。
    「あげます」
    「余計な重量物だ」
    「離陸、開始します」
     C130が離陸した。
    「ふむ」
     先程のアルミ棒をいじくるマイケル。
     このアルミ棒の正体は「ガストロック」。操縦桿を固定し、ラダーを上にあげた状態にするためのもので、飛行機の清掃道具の一つだ。
    「キャプテン、報告しますか?」
    「ほっとけ」
    「しかし、これは重大インシデントですよ」
     ガストロックを装着したままの飛行機が離陸を行えば、機体は急上昇ののち、でんぐり返りをうって墜落することになる。事実、過去にはそうした事故も発生している。
    「こいつが紛失したんだ。嫌でも気が付くさ。僅か1時間での作業だったからな、慌てたんだろう」
    「しかし」
    「それに報告したところで同じだ。いずれは同じ過ちを犯し、そして事故が起きることになる」
     航空事故が発生した時には「二度とこのような悲惨な事故を起こすまい」と誰もが決意する。だが、それが長続きした試しはない。その後も繰り返し、事故は起きている。
    「なぜ、そういうことになるのでしょうね?」
    「さあな。恐らくは人間が『忘れる生き物』だからだろう。俺たちの基地のすぐお隣にある国にしたって『二度と軍国主義には走らない』と決意したはずが、今ではステルス戦闘機どころか長距離ミサイルや戦略空母まで保有するバリバリの軍事大国だ」
    「お隣の国は確か、キャプテンの祖先の国でしたね?」
     機体が水平飛行高度に達した。
    「エンゲージ。ここからは『ヨーロッパ横断の旅』だ」
     機体の総重量が増えたので、飛行速度を落として飛ぶ。
     暫くの間、ヨーロッパを飛行していたC130はギリシャから地中海に出た。既に丸1日が経過。2時間前に既にパイロットチェンジ済み。深夜の地中海に船舶の明かりが灯る。スエズ運河を通過した船とこれから向かう船とが無数にいるのがわかる。ざっと数えても数百の明かりが見える。さすがは洋上の幹線航路。それらを見下ろしながら機体はリビア西部からアフリカ大陸に入った。
     朝6時。サハラ砂漠上空で2度目の日の出。最後のパイロットチェンジ。
     1時間後。サハラ砂漠の中央に位置するアハガル山地。その最高峰2918mのタハト山(※因みに、サハラ砂漠最高地点はチャドのティベスティ山地にあるエミクシ山の3415m)の真上を通過。その3時間後、機体はサハラを抜けた。
    「あと1時間弱で目的地に到着する」
     累計33時間に及ぶ長旅も、もう間もなく終わる。だが休んでいる暇はない。最初の任務は水不足の村への飲み水の搬送。地球温暖化の影響から、砂漠地帯では深刻な日照りが続いていた。
    「先進国にはリニア新幹線が走り、そこに暮らす黄色い猿どもは日々、美食グルメに舌鼓を打っているというのに、この地域に暮らす人々は、まともな飲み水さえ確保することができない」
     マイケルは地球に存在する「不平等」という名の不条理に、思わずそんな言葉を口にしていた。
     飛行高度が3000フィートを切った、その時。
    「何だ?」
     破裂音とともに突然、機体がガタガタと振動を始めた。後ろの格納庫からアキラがコクピットにやってきた。
    「どうした、マイケル?」
    「右のエンジンが爆発した」
    「なんだって」
    「このまま飛行することは難しい。後ろのハッチを開けるから、ここで装備を投下してくれ」
    「わかった」
     マイケルのみをコクピットに残し、残りのメンバー全員がパラシュートを身に付ける。
    「投下」
     機体の後ろにあるハッチから飲料水を入れたコンテナとウォリアー(北京汽車が開発したジープタイプの車両。中国名「勇士」)2台が投下され、メンバーも降下した。
     その後、C130は暫く飛行した後、機体を右に傾けて墜落、大爆発した。立ち上る煙の手前に見えるパラシュートはマイケルだろう。
     地上に着地したアキラたちは2台のウォリアーに乗り込むと、マイケルと合流するべくパラシュートが降下した方角へと向かった。
    「あれ、いないぞ」
     マイケルが降下したと思われる地点に到着したものの、マイケルの姿は影も形もない。
    「取り敢えず墜落地点まで行ってみよう」
     墜落地点に広がる残骸。そこにもマイケルの姿はなかった。
    「マイケル、マイケル、応答せよ」
     通信機で呼び掛けるも、応答はなし。
    「まさか、死んだんじゃないだろうな」
    「だって、パラシュートで降下していたじゃないか」
    「ああ。確かにパラシュートが見えた」
     では一体全体、マイケルはどこに?
    「しかたがない。任務続行だ。飲料水を運ぼう」

     コンテナを牽引しながら、2台のウォリアーは目的の村に到着した。
    「何だ?誰もいないじゃないか」
     そこは無人の村であった。建物はすべて風化し、半ば砂に埋もれているようなものもあった。
     突然、建物の蔭から顔をターバンで包み隠した無数の人間が自動小銃を構えて飛び出してきた。
    「敵襲だ。全員戦闘配備」
     アキラ以下、全員が直ちにウォリアーを盾に反撃を開始する。救助隊とはいえ国連軍の兵士である。銃は常に携行している。
     謎の敵との銃撃戦がはじまった。
     銃とはいってもアキラたちは拳銃。対する相手は自動小銃。勝負は、はじめから見えていた。やがて拳銃の弾が尽きた。
     敵はアキラたちを四方からぐるりと取り囲んだ。彼らは村一帯を支配する中東に本部のあるゲリラだった。もはや降伏する以外にはない。アキラたちは弾薬の尽きた武器を捨て、両手を上に挙げた。
     ゲリラの捕虜となったアキラたちは車に乗せられ、彼らのアジトへと連れて行かれた。
     車から降ろされた場所は崖の下。アジトは崖に掘られた洞窟の中。アキラたちは洞窟の中の牢屋に閉じ込められてしまった。
    「よお、久しぶり」
    「マイケル!」
     牢屋には既に先客があった。マイケルが先にゲリラによって捕らえられていたのだ。それだけではない。牢屋には行方不明になっていた地上第3班と空輸第4班のメンバーもいた。 
    これで謎が解けた。今回の救助要請は政府と見せかけたゲリラによるものだったのだ。成程確かに、この手の政情不安定な国ならば政府要人の中にゲリラの一味がスパイとして紛れ込んでいたとしても不思議ではない。C130のエンジントラブルも恐らくは地上からのミサイル攻撃によるものだろう。
     だが、まだ謎は残っている。ではなぜ、ゲリラは国連救助隊の出動を要請したのだろう?しかも彼らの本部がある中東ではなく西アフリカに。
     その答えは既にマイケルが凡その「あたり」をつけていた。
    「恐らくB1UNだ。奴らはB1UNを『爆撃機として使用する』に違いない」
     超音速輸送機B1UNの母体は巨大爆撃機B1Bである。転用は十分に可能である。
     その時、ゲリラたちが牢屋にやってきた。救助隊のメンバー全員が手を後ろ手に縛られ、牢屋から出された。
    「どこへ連れて行かれるんだ?」
     暫くの間、通路を歩いた先にあったのは。
    「やはり、そうか」
     メンバーが連れて行かれたのは格納庫。中にはB1UNがあった。そこにあるB1UNは機体底部にあるハッチが開けられ、まさに何かを格納庫に搭載する作業が行われていた。
    「あれは」
    「まちがいない」
    「ソ連製ICBMだ」
     ソビエト連邦崩壊後、ごたごたに紛れて何発かの核弾頭が行方不明になっていた。そのうちの1発がここにあるのだった。
     メンバーの前に迷彩服を着た一人の男がゆっくりと歩いてきた。
    「お前が、ゲリラのボスか?」
     図星だったようだ。男はふふふと笑った。
    「そうだ。私がゲリラのボスだ」
    「わざわざ御挨拶のために我々をここへ連れて来たのでもあるまい?」
    「死ぬ前に、我々の目的くらいは教えておいてやろうと思ってな」
    「それは是非とも、聞きたいな」
    「あれを見ろ。あれはソ連製の核ミサイル。苦労して手に入れた逸品だ。あれをニューヨークにぶち込む。だが、発射のための誘導装置がない。だからこちらから運ばないといけない」
    「で、B1UNに目を付けた」
    「そうだ。マッハ2の超音速で飛行する巨大爆撃機。核ミサイルを運ぶにはうってつけだ」
    「それでわかった。何で、お前たちの本部がある中東ではなく、わざわざ西アフリカで我々を待ち受けていたのか」
     中東からニューヨークへ向かう場合、地中海を通過しなくてはならない。そうなるとNATO軍による妨害が予想される。だが、西アフリカからならば大西洋から先、ニューヨークまでは障害となるものがない。
    「なかなか考えたな」
    「きみたちは私が飛び立つのを見た後、銃殺される」
     ゲリラのボスは、その言葉を残してB1UNに乗り込んだ。
     B1UNの格納庫にICBMが収納される。ハッチが閉められた。
    「よし、はじめるか」
     アキラが自分の脇に立つゲリラの顔面に足蹴りを喰らわせた。蹴りをくらったゲリラは、その場に倒れた。
     アキラは日系ブラジル人。ブラジルといえばカポエラの本場。アキラはカポエラの達人であった。カポエラはもともと手に枷を嵌められた奴隷が編み出した足技を主体とする格闘技であり、手を縛られていても闘える。
     アキラはゲリラのポケットから足の指でアーミーナイフを取り出すと、器用に自分の手を縛る縄を切った。
     他のゲリラが小銃をアキラに向ける。アキラは走った。自ら囮になるためだ。
     ゲリラがアキラに注意を向けている間に、マイケルはアキラが捨てていったアーミーナイフで自分をはじめ全員の縄を切った。これで全員が「国連軍の戦闘員」となった。
     メンバー全員でゲリラを掃討する。
    「くそうっ」
     B1UNのコクピットからその状況を見ていたボスは形勢不利と判断。直ちに、この場を離れるが得策と見てエンジンを始動させた。
    「逃がすか」
     マイケルがB1UNの後ろ脚に飛び付いた。続いてアキラも。ふたりはスルスルと脚から上へと登っていく。
     B1UNがハンガーから誘導路へと移動する。滑走路に到着。
    「発進」
     滑走路上を加速するB1UNが空へと舞い上がった。
     地上に取り残された救助隊のメンバーはゲリラを掃討した後、ゲリラのアジト内にある無線を使って状況を基地へ報告した。報告を受けた基地からはアメリカへ直ちにその内容が伝えられた。

     マイケルとアキラは脚から格納庫へ侵入することに成功していた。ふたりのすぐ脇にはICBMが鎮座している。
    「気味悪いな」
    「とにかく、コクピットを取り返そう」
     だが、そう簡単にはいかなかった。途中にゲリラたちが小銃を持って乗り込んでいたのだ。 ゲリラたちがマイケルとアキラに気が付いた。ゲリラたちが小銃を発射する。
     マイケルとアキラも応戦する。お見合い状態になってしまった。
    「仕方がない」
     マイケルが後ろへ下がる。
    「どうするんだ?」
    「取り敢えず、核ミサイルを大西洋に投下する。そうすれば少なくとも『最悪のシナリオ』は回避できる」
    「わかった」
     マイケルは格納庫へ戻ると、核ミサイルを投下する作業に入った。
     数分後、マイケルが戻ってきた。
    「どうだった、上手くいったか?」
    「ダメだ。ハッチが開かない」
    「ということは」
    「是が非でも、ここを突破するしかない」
     そうしている間にもB1UNは刻一刻とニューヨークへと近づいていた。
    「こうなったら、アメリカ軍の活躍に期待するしかないな」
    「それは望み『薄』だな」
    「どうして?」
    「こいつは文字通り『空飛ぶ電子コンピュータ』だ。こいつのジャミング能力は世界最高。あらゆるレーダーを目眩ましさせる。最新のイージスシステムをもってしても撃墜することはできない」

     ニューヨーク。
     JFK国際空港ではレーダーが麻痺。すべての旅客機が着陸空港の変更を余儀なくされていた。

    「もしもし、もしもーし」
     路上では、ビジネスマンのスマホが繋がらなくなっていた。

    「ママー、テレビが映らないよー」
     一般家庭では子どもが泣いていた。

     そして、国連から知らせを受けたアメリカ海軍はニューヨーク沖にイージス艦タイコンデロガを派遣したのだが・・・。
    「艦長、駄目です。レーダーが全く使えません。これでは迎撃ミサイルを発射できません」
    「なんということだー」
     これらはすべてB1UNのジャミング攻撃によるものであった。

     もう間もなく、ニューヨークに到着する。
    「アキラ。こうなったら、一か八か突入するしかない」
     マイケルはアキラに縦に並んで突入する策を伝えた。
    「それじゃあ、お前が」
    「これしかないだろうが!」
    「わかったよ」
    「行くぞ」
     マイケルを先頭に、その後ろにアキラが並んでゲリラに向かって突撃する。
    「撃てー!」
     ゲリラの攻撃。マイケルが血だらけになる。だが、マイケルはそれでもゲリラに体当たりした。
    「アキラ!」
    「うおおおおお」
     マイケルの後ろに隠れていたアキラが前へ飛び出し、ゲリラをカポエラで一掃する。全員の顔面を回し蹴り。
    「そのまま行け、アキラーっ!」
     アキラはコクピットへと突入した。コクピットではボスがB1UNを操縦していた。アキラに気が付いたボスが懐から銃を取り出す。
     だが、アキラの蹴りの方が早かった。ボスの顔面をアキラの足が捕らえた。ボスは頭蓋骨を粉々にして絶命した。
     コクピットを奪還したアキラの眼に映ったもの。それは自由の女神。アキラは慌てて操縦桿を左に切った。B1UNはかろうじて自由の女神の真横を通過した。
    「ふう」
     しかし、まだ油断はできない。一刻も早く機体を着陸させ、負傷したマイケルを病院へ運ばなくては。そして、そのためには、まずマイケルをコクピットに運ばなくてはならない。アキラは元陸軍兵士。飛行機の操縦は出来ないのだ。
    「マイケル大丈夫か?」
     アキラは血塗れのマイケルを抱きかかえると、コクピットへと運んだ。
     キャプテンシートに座ったマイケル。だが出血によって既に目が見えなくなっていた。
    「アキラ、俺の言葉通りに操縦するんだ」
     フラップダウンやギアダウンといった目が見えなくてもできることは自分が行いつつ、マイケルは口頭でアキラに操縦法を教えた。
    「まず自動操縦を解除する。そこのダイヤルのモードをVORにしろ」
     アキラはマイケルが指差すダイヤルを現在のエンゲージからVORに変更した。
    「これで現在、この機は手動飛行になった」
     手動と言われて、アキラはドキッとした。その直後、管制塔から方位指示が出た。
    「ヘディング90度(機体の向き。北が0度で、90度は東になる)へ変更してください」
    「管制の指示通り、ヘディングを90度へ」
     B1UNは現在、ほぼ真西に向かって飛行しているから、これは180度の旋回を意味した。
    「ヘディング90度」
     アキラが操縦桿をゆっくりと右に曲げる。高度計を慎重に見ながら操縦桿を操る。マイケルが体感から失速を感知、スロットルを少し開いてアキラの操縦を支援する。
    「ヘディング90度になった」
    「今度はダイヤルをILS(電波誘導着陸)にするんだ」
     アキラはダイヤルをVORからILSに回した。すると、正面のフライトディレクター上にローカライザーを示す縦線とグライドスロープを示す横線が十字に表示された。
    「あとは操縦桿を微調整して、このふたつの線を常に十字に正確に交差させるだけでいい。そうすれば自動的に滑走路上まで誘導してくれる。脚が着いたら逆噴射をかけるだけだ」
    「わかった」
    「外の風景は見るなよ。計器の表示を信じるんだ」
    「そうなのか」
    「人間の目は錯覚も多い。慣れていない奴は計器を信じるのが一番だ」
    「成程」
    「ああ、眠くなってきた。俺はこれで眠らせてもらう」
     出血によってマイケルが気絶した。これでアキラには頼れるものが無くなった。もはや自分を信じるしかない。
    「いくぞ」
     数分後、B1UNは滑走路に着陸した。この僅か数分間をアキラは数時間にも感じた。 マイケルは直ちに救急車でニューヨーク市内の病院へ搬送された。幸い、命は救われた。そして核ミサイルもまた無事にアメリカ軍が接収した。
     ひと月ほどでマイケルは病院を退院した。基地に戻ったマイケルを基地にいるメンバー全員が歓迎する。マイケルに向かってシャンパン攻撃。
    「おいおい、随分と荒っぽい退院祝いだな」
     マイケルが無事に戻ってきたことで、漸く基地は元通りに戻った。

                       ※

    「アメリカ西部で大規模な油田火災が発生。地上第1班、空輸第3班は直ちに出動準備に入って下さい」
     B1UNの格納庫に装備が搭載される。コクピットにはマイケルが、その後ろのキャビンにはアキラが座る。
    「発進してください」
    「コピー」
     B1UNが今日も空に舞い上がる。                                        





  •  ニッポンに在住していたアメリカの子どもたち10名が突然、ニッポンから姿を消した。子どもたちはニッポンのアメリカンスクールから帰宅途中、忽然と姿を消したのだった。
     その数日後、所在が判明した。何と子どもたちは全員、現在はアメリカと敵対関係にある別の国にいたのだ。アメリカ本国では直ちに特殊部隊が結成され、子どもたちを救出すべく出動したが、誰も戻ってはこなかった。
     アメリカ軍はグァム基地からB1BとF22ラプターを発進させた。だが、それらも先の特殊部隊同様、戻ってくることはなかった。某国の軍が保有する対空ミサイル兵器はアメリカが考えていた以上に高性能であり、某国の領土に侵入したアメリカ軍の戦闘機は悉く撃墜されてしまったのだった。
     そして某国は遂にアメリカ本土に対して核ミサイルを発射することを宣言した。その予定日時は「明日の正午」。
     アメリカ大統領に決断が迫られていた。明日の正午までに某国の核ミサイル基地を破壊しなくてはならない。そのためには、もはや核ミサイルを使用するしかない。だが、某国の核ミサイル基地にはアメリカの子どもたちが囚われていた。

     国連救助隊本部。
     滑走路に普段は見慣れない機体が着陸した。ロッキードC5ギャラクシー、アメリカ軍が保有する最も大きな輸送機だ。
    停止した機体の中からアメリカ軍の司令官が降りてきた。司令官は基地の建物へと案内された。

     作戦室。
     前面のスクリーンに某国の地図が映し出されている。今回参加する救助隊メンバーは全員集合していた。
    「敵の核ミサイル基地はここ。そして、ここに子どもたちが囚われている」
     米軍司令官が今回の救助作戦の説明をする。今回は国連と米軍との「合同作戦」である。
    「B1UNを使い、ここへB1Bへの搭載を前提に開発した小型スペースシャトルを運ぶ。子どもたちをシャトルに乗せ、打ち上がったらアメリカ本土から核ミサイルが発射される」
    「ちょっと待った」
    「何か質問かな?キャプテン・マイケル」
    「何で、アメリカ軍がやらないんだ?国連に頼まなくても、この作戦ならアメリカ軍だけで実行可能なのでは」
     司令官は顔を一瞬、しかめた。
    「仕方がない。告白しよう。現在、アメリカにはB1Bが一機もないのだ」
    「なんだって」
    「全て某国のミサイルによって打ち落とされてしまったのだ」
     なんということだ。
    「きみらが保有するB1UNが現存する『最後のB1』なのだ」
     成程。だから、うちに頼みに来たのか。
    「でも、アメリカ軍のB1Bが全機、撃ち落とされたというなら、B1UNだって打ち落とされますよ」
    「アメリカ軍の戦闘機が全力を挙げて敵の核ミサイル基地までエスコートする」
    「それって、ようするに『片道切符』ってことだよね?」
    「きみたちはシャトルで脱出することになる。B1UNは残念だが諦めてほしい」
     作戦室がざわついた。当然だろう。B1UNを失うなんて。
     だが、10人の子どもたちの命には代えられない。そればかりか、このままだと明日の正午に某国から核ミサイルが発射されるのだ。それも何発、発射されるのか全くわからない。もしかしたら何十発も保有しているかもしれない。仮にそれらがすべて発射されるならば、それこそ「人類の存亡」に関わる。
    「B1UNは人々を救助するために生まれた。そのために破壊されるのであれば、本人も納得でしょう」
     マイケルは司令官の作戦を受け入れることに決めた。今回の作戦に参加するパイロットが作戦を受け入れた時点で、今回の作戦は決定したも同じだった。
    「B1UNには我が陸軍兵士も搭乗する。彼らはシャトルとともに基地へと降下し、子どもたちの救出任務にあたる。その際、シャトルを飛ばせるパイロットが必要だが、それはB1UNのパイロットに任せたい」
    「了解」
    「現在、C5が空輸したシャトルをB1UNに搭載している。それが完了したら作戦開始だ」
     一旦、解散。
     解散と言っても、本当に休憩する者など誰もいない。マイケルとコパイロットのゲイリー・ホワイトはシャトルの積み込みを見に、滑走路脇の駐機場へと向かった。
    「本当にミニシャトルだな」
     小型スペースシャトルに増加タンクはなく、船体の後部には小さな固体ロケットブースターがひとつだけ取り付けられていた。
    「あれで宇宙まで行けるのでしょうか?」
    「昔のスペースシャトルも、ブースターの燃焼時間はせいぜい2分だったからな。あれでも十分なのだろう」
     ふたりが見ている前でシャトルは無事に格納庫に積み込まれた。
    「そろそろ来るぞ」
    「搭載完了。メンバーは直ちに作戦を開始してください」
    「ほらきた」
    「行こう」
     マイケルとゲイリーがB1UNに入った。機内に入ると米軍兵士たちは既に待機していた。彼らに向かって敬礼。
    「ん?」
    「よおっ」
    「アキラ!」
    「俺も今回の作戦に参加するぜ、マイケル」
     何とアキラが米軍兵士に混ざっていたのだった。マイケルは激昂した。
    「バカ野郎!危険過ぎる。今すぐ降りるんだ」
    「行かせてくれ。頼む」
    「アキラ・・・」
     アキラは今回、どうしても参加したかった。不吉な内容ゆえ、アキラは口に出さなかったが、アキラはこのまま「マイケルが戻ってこない」ような気がしたのだ。
    「B1UN、発進準備が完了次第、滑走路へ向かってください」
     管制が急かす。既にラダーは外されている。再びラダーを装着して駄々をこねるアキラを説得して降ろす時間はない。
    「しょうがない」
    「ありがとう」
     マイケルとゲイリーがコクピットに着席した。
    「スタート、オールモーター」
     四機のエンジンが回り始める。B1UNが動き始めた。
    「滑走路へ移動」
     ハンガーから出たB1UNが誘導路を経て、滑走路に到着した。一旦停止。初秋の空に、ひつじ曇が浮かぶ。
    「発進してください」
    「コピー」
     B1UNが最後のフライトを開始した。
    「V1、ローテイト」
     B1UNの脚が離れた。
    「V2、フラップ5度。推力、現状を維持」
     B1UNは最初、南に向かって飛行する。
    「左旋回、ヘディング330度」
     太平洋上を左旋回したB1UNは某国に向かって進路を取った。
     やがて後方からグァムを出発したアメリカ空軍の戦闘機が追いついてきた。
     更に沖縄上空を通過すると嘉手納からも戦闘機が上がってきた。いずれもB1UNを囲むように飛行する。
     最後のB1であるB1UNをアメリカ軍のパイロットたちが眺める。これが「B1と並んで飛行する最後の機会」だと知っているから、誰もが特別な思いを抱いていた。
    「総員、戦闘配備」
     遂に某国の空域に入った。

    「ミサイル接近。その数、多数!」
    「ECM(電子妨害装置)起動」
     起動はさせたが、あてにすることはできない。これが効果的に機能しているならば、アメリカ軍のB1Bとて撃墜されてはいないはずだから。ましてやB1UNはB1Aに近い構造を有し、ステルス性能を有していない。某国が発射する迎撃ミサイルはアメリカ軍の戦闘機が撃墜することになっている。今は、その腕を信じるしかない。
     早速、ミサイルがB1UNに向かって接近する。
    「フレア放出」
     B1UNの後方に大量のフレアが放出された。ミサイルは軌道をフレアに変えた。
    「ふう」
     緊張は続く。
     またもミサイルが接近。
    「フレア放出」
     だが、今度のミサイルは騙しがきかない。接近してくる。
    「フラップ35度。機首上げ」
     フラップを下ろしたB1UNは急減速と同時に急上昇を開始。ミサイルを回避した。
     だが、まだまだミサイルが打ち上がってくる。アメリカ軍の戦闘機が装備するミサイルも底をついた。
     それにしても某国のミサイルが、ここまで高性能であるとは。どうやら巷で言われている「某国の武器にはニッポンの部品が多数使われている」という噂は本当らしい。エコノミック・アニマルと呼ばれる民族にとって、カネさえ払ってくれるならば取引の相手は「どこでも構わない」ということなのだろう。たとえそれが自分の祖国に軍事的脅威をもたらす国であっても。
     またもミサイルがB1UNに接近する。フレアも使い切ってしまった。万事休す。
    「な」
     この時、マイケルとゲイリーは見た。アメリカ軍の戦闘機が自らミサイルに突っ込んでいくのを。それも一機だけじゃない。次々とアメリカ軍の戦闘機はミサイルに突撃するのだった。アメリカ軍の戦闘機は自らを盾にしてB1UNを護っているのだ。
    「みんな」
     炎に包まれ落ちていく戦闘機のパイロットが、自分たちに向かって敬礼している。彼らの行動に報いる方法はひとつしかない。
    「くっ」
     ひたすら操縦を続けるマイケル。
     核ミサイル基地に近づいた。アメリカ軍の戦闘機は既に一機もない。しかも、ここからはシャトル投下の準備に向けて低速低空飛行に入る。ある程度の被害は避けられない。
     地対空ミサイルが遂にB1UNにあたった。
    「第3、第4モーター損傷!」
    「消火装置作動」
     更にもう一発。今度は機体の後方で爆発した。
    「方向舵損傷。ペダルはもう使えません」
    「構わん。まっすぐ飛んでる」
     ペダルが使えないので、ここからは通常、低速飛行では行わない「操縦桿による機体操作」で飛行しなければならない。そうなると心配なのは「アドバース・ヨー(エルロンの逆効き現象)」だ。設計の古い機体ほどこの現象が出易く、F4ファントムなどはその代表例だが、1969年から開発が進められ70年代半ばに完成したB1も例外ではなかった。
     マイケルは操縦桿を左右に細かく動かしながら機体の進む方角を制御する。機体後部を損傷し、右側にあるエンジンから黒煙をたなびかせながら、それでもB1UNは核ミサイル基地に向かって飛行していた。
     機体が右に傾き始める。マイケルは操縦桿を左に傾ける。
     だが、機体は更に右へと傾く。これがアドバース・ヨーだ。マイケルは瞬時に操縦桿を右に倒した。右に傾く機体の舵を更に右へと切るのだから、頭では理解していても覚悟のいる作業だ。
     機体はやがて水平に戻った。
    「ゲイリー。お前はアキラと一緒に降下しろ」
    「キャプテン。シャトルはキャプテンが操縦するのでは?」
    「お前が操縦しろ。俺がシャトルを投下する」
    「自動投下装置をセットすれば全員で降りられます」
    「だめだ。それでは正確な位置にシャトルを投下できない」
    「だったら、私が残ります」
    「だめだ。お前は降りろ」
     この時、ゲイリーはマイケルがB1UNと運命を共にする気なのだと悟った。
    「嫌です。絶対に嫌です!私はここから離れません!」
     普段は従順なゲイリーが、始めてマイケルの命令に反対した。
    「バカ野郎!お前まで死んだら、誰が子どもたちを救うんだ」
    「・・・わかりました」
     苦渋の決断ではあったが、ゲイリーは格納庫へと向かった。
     格納庫ではアキラがマイケルとゲイリーを待っていた。
    「ゲイリー。マイケルは?」
     ゲイリーは無言で首を横に振った。
    「そうか」
     アキラはすべてを悟った。アキラはコクピットに格納庫から通信を入れた。
    「マイケル。準備オッケーだ」
     マイケルは操縦席を離れ、後部座席のコンソールの前に立った。
    「ハッチを開ける」
     ハッチが開いた。
    「何か言うことは?」
    「余計なことを聞くな。任務中だ」
    「わかったよ。後でまた会おう」
     マイケルはそれには答えなかった。
     目的地点の上空に来た。
    「投下」
     マイケルが投下ボタンを押した。アキラたちを乗せたシャトルが核ミサイル基地の敷地内に投下された。
    「任務完了」
     ボロボロになったB1UNが核ミサイル基地上空を離れる。
    「さすが俺の相棒。ここまでよく飛んでくれた。ありがとう」
     再び操縦席に戻ったマイケルがB1UNを労わる。
    「これからは一緒に宇宙を永遠に飛ぼう」
     B1UNの破損した個所から火が発生した。見る見るうちにB1UNは炎に包まれた。幸せの青い鳥から一転、その姿はまるで火の鳥=不死鳥のようであった。
     そして不死鳥に相応しく、B1UNは最後まで墜落などしなかった。B1UNは空中爆発して、その生涯を終えたのであった。
     マイケル・コリン、死亡。享年38歳。                           

    「今の爆発音は!」
     シャトルとともに地上に降下したゲイリーが叫ぶ。遠くから聞こえてきた大きな爆発音が何を物語っているのかは容易に判ったが、信じたくはなかった。自分にだけ聞こえる「空耳」だと思いたかった。
     だが、アキラの一言が、そんな思いを打ち消す。
    「さらば、マイケル」
    「ううう」
     ゲイリーが泣く。アキラが諫める。
    「泣いている暇はない。我々にはすべきことがある」
     そうだ。一刻も早く子どもたちを救出して、ここから脱出しなくてはならない。地上に降下した米軍兵士たちは既に行動を開始していた。
    「俺は彼らのあとを追う。お前はここでシャトルの打ち上げ準備にかかってくれ」
    「はい」
    「必ず子どもたちを無事にここへ連れて戻ってくる」
     そう言って、アキラは米軍兵士たちのあとを追った。
     アキラが米軍兵士に追い付くのは容易だった。なぜなら、彼らは足止めを食っていたからだ。敵兵による攻撃。銃弾の嵐が行く手を阻む。
     しかし、こんなものに恐れを抱く米軍兵士たちではなかった。空軍の兵士たちが見せた勇敢さを、彼らもまた備えていた。そもそも、今回の作戦に参加する米軍兵士は皆、志願兵だ。自ら進んで、この困難なミッションに勇んで参加を表明した「つわものたち」であった。
    「行くぞー」
     米軍兵士たちが突撃を敢行する。小銃を連射しながら敵へ向かって突進する。
    「ぎゃあ」
    「ぐわあ」
     敵兵が次々と倒れる。
    「ぎゃあ」
    「ぐわあ」
     だが、犠牲は敵兵だけではない。米軍兵士にも犠牲者が出る。勇敢なる米軍兵士は敵兵を一掃した。だが、米軍兵士もほとんど全滅状態だった。
    「行け。俺に構うな」
     血塗れになった米軍兵士がアキラにそう告げる。
    「済まない」
     アキラは負傷した兵士を残し、生き残った兵士とともに子どもたちが囚われている建物へと急いだ。
    建物にも敵がいた。ここでも銃撃戦。
    「ぐわあ」
    「隊長!」
     米軍兵士の隊長が撃たれた。アキラは隊長の小銃を手に取ると、隊長を撃った敵兵を射殺した。
    「隊長、しっかり!」
     隊長は致命傷であった。隊長は「自分を捨てていけ」といった。
     敵兵は一掃された。だが、もはや米軍兵士も全滅した。
    「くそう!」
     ひとり生き残ったアキラは任務を続行すべく建物の中に入った。
     建物の中に敵兵の姿はなかった。先程の戦闘で、どうやら一掃したらしい。というより、敵兵は核ミサイルの発射準備のため、核ミサイル発射に直接関係する施設を重点的に防御していたので、子どもたちを捕らえる建物の警備は手薄だったのだ。
    「いた」
     アキラは子どもたちを発見した。扉の鍵を銃で破壊する。子どもたちは全員、無事であった。
    「みんな、ついてこい」
     アキラを先頭に子どもたちが一列になってついて行く。往路は銃撃戦だったが、復路は順調に戻ることができた。もはや子どもたちのことなど、どうでもいいのだろう。核ミサイル発射施設さえ護れるならば。
     シャトルが見えた。シャトルはゲイリーによって発射準備が整えられていた。工事現場にある大型クレーン車のように発射台は四本の脚によって既に地面から浮いていた。
    「班長!」
    「約束通り、無事に戻っただろう?」
    「ええ。よかったです」
    「早く、子どもたちをシャトルの中へ」
    「はい」
     ゲイリーが子どもたちをシャトルへ乗せる。全員が乗ったあと、アキラが最後に乗った。 
    コクピットではゲイリーが困惑していた。
    「どうした?ゲイリー」
    「重量オーバーです。これでは発進できません」
     発射台にある重量測定装置がシャトルの重量超過を警告していた。
    「どれくらいだ?」
    「50kgです」
    「そうか」
     そういうと、アキラは迷わずシャトルから降機した。アキラは残るつもりなのだ。
    「待って下さい」
     ゲイリーがアキラを追う。
    「今から降ろせそうな装備を外します」
    「だめだ。そんな時間はない。それにシャトルは軽量化できるところまで軽量化してある。もはや外せる装備などない」
    「そんな」
    「気持ちは嬉しいが、俺はマイケルの所へ行くよ」
     マイケルの所へ。この言葉を聞いたゲイリーには、今まで我慢していた感情を、もはや抑えることができなかった。
    「ううう・・・」
    「また泣きやがって、この泣き虫めが」
     アキラはゲイリーの肩に手を乗せた。
    「子どもたちのこと、しっかり頼んだぞ」
    「はい」
    「わかったら、行け」
     ゲイリーはシャトルに戻った。自分だけが生き残るのかと思うと何とも歯痒かったが、子どもたちを無事に救助しないわけにはいかない。
    「ローテイト・トゥ-・スタンディングポジション」
     介護用ベッドのマットが起き上がるようにシャトルの発射台が立ち上がる。シャトルが真上を向く。
    「オープン・ザ・ボディーズアーム」
     シャトルと発射台を固定するアームが外された。
    「オープン・ザ・ウイング」
     デルタ翼が左右に開く。
    「アームド・アンド・レディ」
     準備はすべて整った。
    「カウントダウン、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、イグニッション・オン」
     後部のロケットエンジンが点火された。
    「シャトル、テイクオフ」
     シャトルが発進した。シャトルはコンピュータ制御によって大気圏へ再突入。その後はグァムにある米軍基地に着陸する予定である。
     シャトルの発射を軍事衛星によって確認したアメリカ軍は核ミサイルを某国の核ミサイル基地に向けて発射した。到着まで、およそ40分。
     だが、某国の核ミサイル基地では30分後にはミサイルが発射できる予定であった。つまり10分「手遅れ」であった。この10分をどうにかしなくては世界の危機は救えない。
     この10分を何とかできるのはアキラのみ。アキラは全力を挙げてミサイルの発射を遅らせるための行動に出た。
    「何だ?」
    「敵の攻撃です!」
    「阻止しろ」
    「はっ」
     敵兵が攻撃してくる。だが、敵兵と真っ向勝負する必要はない。要は基地の中を引っ掻き回せれば、それでいいのだ。アキラは小銃を片手に敵さんの軍用車両(これまたなぜかニッポン製)を借用して基地内を走り回るのだった。
    「まだ倒せないのか?」
    「申し訳ありません」
    「さっさと始末しろ」
    「はい」
     アキラの行動は効を奏していた。ミサイルの発射は確実に遅れていた。というのも、アキラを倒さないと核ミサイルを警護する兵を撤収させられないからだ。兵を撤収できなければ兵をミサイルの発射に伴う噴射に巻きこんでしまうから、ミサイルは当然、発射することができないのだ。
     8分を稼いだ。
    「うわあ」
     軍用車両のタイヤを撃ち抜かれてしまった。軍用車両は横転した。アキラは放り出されてしまった。
    「ううう・・・」
     重傷を負ったアキラに兵が近付く。
    「手間をかけさせやがって。だが、これで終わりだ」
     兵が小銃の銃口をアキラに向ける。
    「終わりはどうやら、お前たちの方の様だな」
    「なんだと?」
     その瞬間。
     アメリカ軍の基地から発射された核ミサイルが基地に到達した。
    「任務完了」
     敵の兵も、アキラも、基地全体をも飲み込んで、核の火の球が基地のあった場所の上空に上昇。やがてキノコ雲へと変わった。
     アキラ・コロモダニ、死亡。享年38歳。                          

     固体ロケットブースターを切り離したシャトルが大気圏へ再突入、グァム基地の滑走路に着陸した。滑走路脇には子どもたちの家族が待ち受けていた。
    シャトルの扉が開いた。
    「坊や!」
    「ママー!」
     俗に言うところの「感動の場面」。
     最後にゲイリーが降機する。国連救助隊本部で会った米軍司令官がゲイリーを出迎えた。
    「ありがとう。本当にありがとう」
     司令官は心からゲイリーに礼を述べた。だが、ゲイリーの心は浮かない。当たり前だ。礼の言葉を受けるべきはマイケルでありアキラなのだから。そして二人は既に、この世にはいない。
     それだけじゃない。今回の作戦では多くの米軍兵士の尊い命も散った。
     つい数時間前の出来事が走馬灯のように駆け巡る。自分たちを護るために自らを盾とした戦闘機のパイロット。自分の身代わりとなってB1UNと運命を共にしたキャプテン・マイケル。我先に救出へと向かう米国の兵士たち。そして任務完遂のために自ら敵の基地に残ったアキラ・コロモダニ班長。最後に受けた肩の感触は今も、はっきりと覚えている。そして、みんな確かに数時間前までは元気に生きていたのだ。
     これが戦争なんだ。
     ゲイリーは「戦争の愚かさ」を頭ではなく、身をもって知った。
     実際のところゲイリーは戦争の愚かさを頭ではわかっているようで、本当は今まで何もわかってはいなかったのだった。だからと言って無論、ゲイリーを責められる者など誰もいない。大抵の人間が「頭でわかっているつもりでいる」だけなのだ。だからこそ多くの人々が「外国の武力は平和の脅威、自国の武力は平和の礎」などというそれぞれの国の指導者が掲げる主張を正論と信じて自国の国防強化を安易に支持してしまうのだ。令和時代のニッポン人のように。
     だからといって戦争は「身をもって体験すればいい」というものでないことも明らかだ。それが正しいのでは、それこそ全ての人々に「戦争を体験しなさい」と言って戦争行為を勧めているようなものだ。
     脳を鍛えて想像力を養い、戦争を体験しなくても「戦争の悲惨さ」を実感することができるように人類は進化しなくてはいけないのだ。そうならなくては、およそ戦争を世界から無くすことはできないであろう。



  • 「マグネチュード9の大地震がインドで発生。インド政府から正式に救助要請を受けました。地上第1班と空輸第3班のメンバーは直ちに出動準備に入って下さい」
     隊員たちが作戦司令室に全員、集合した。司令が任務の詳細を告げる。
    「以上だ。直ちに出発してくれたまえ」
    「はい。ゲイリー司令」
     あれから20年が過ぎていた。ゲイリー司令の元、新たなる隊員たちが勇んで今日も救助活動に励む。
    「発進してください」
    「コピー」
     大型輸送機が大空へと舞い上がった。                                      

  • ここから先は「B1UNが活躍していた時代の物語」をお送りいたします。





  • 「ママー、あれ見てー」
     子どもが窓ガラスの外を指差す。
    「凄いわねえ」
     とある国際空港のターミナルビル。たまたま、この時間に居合わせた旅行者の視線が一か所に集まる。滑走路側の窓ガラス周辺はもとより、屋上の手摺りにも人が多数、集まっていた。スマホで動画撮影する者も少なくない。
     彼らの視線の先にあるのは飛行機マニア垂涎の被写体。
    「カッコいいなあ」
    「やはりステルスなんかよりずっと美しい」
    「まさか本物を見られるとは思わなかったよ」
    「ラッキー、ラッキー」
     被写体は給油を終えると、直ちに滑走路へと移動、離陸を開始した。
     足が離れると同時にカメラのフラッシュが一斉に焚かれる。被写体は排煙をたなびかせて、やがて空の彼方へと消えた。
     離陸後、パイロットが無線で現状を報告する。
    「給油完了した。今から基地へ戻る」
    「了解。気をつけて、マイケル」
     救助活動を終えて帰還する途中、給油のためにB1UNは途中、旅客用の空港に着陸したのだった。
     国連加盟国には国連救助隊の活動を支援する義務がある(ニッポンのように拒否する国は例外中の例外)。領空内の飛行の自由は勿論、要請されれば給油や整備も行わなくてはならない。こうした規約があるからこそ、国連救助隊は自由に世界のどこへでも救助に向かうことができるのである。
     バシー海峡を通過したB1UNが尖閣基地の南側からアプローチを開始する。マイケルがランディングチェックリストを読み上げる。隣ではコパイロットのゲイリーが、マイケルが読み上げるランディングチェックリスト通りに機器をチェックする。
    「フラップ35度」
    「フラップ35度にセット」
    「ヨーダンパー」
    「ヨーダンパー、グリーン」
    「高度10000フィート(約3000m)」
    「高度10000フィート。現在、毎分1000フィートで降下中」
    「可変後退翼、最大」
    「可変後退翼、最大にします」
    「飛行速度200マイル(約320km/時)に減速」
    「飛行速度300マイルから減速中。現在250マイル」
    「ん?」
     右手から二機の戦闘機が飛来してきた。
    「いつものF35か」
     それはニッポンの航空自衛隊機。与那国島の西側を通過するときには、いつでも飛んでくる。
    「ふん」
     B1UNはそれらの蠅どもを無視して高度を下げる。
    「ギアダウン。ヘディング75度」
     B1UNが与那国島の西を通過、右への旋回を始めたところで自衛隊機は沖縄方面へと去っていった。
    「高度1000フィート(着陸決定高度)。異常なし。着陸する」
     B1UNは基地の滑走路に着陸した。



  •  大型台風が台湾に上陸した。その影響から尖閣基地でも暴風雨が吹き荒れていた。風速40mを超える突風が滑走路上を吹き抜ける。こんな日は出動要請など「ない」に限る。
     だが、そうは問屋が卸さない。
    「台湾で台風による水害発生。地上第1班と空輸第3班は直ちに出動の準備をしてください」
     そらきた。お隣さんで災害発生だ。ハンガーから出たB1UNが誘導路を走る。滑走路へと向かう。
    「おー揺れる、揺れる」
     滑走路上の強風がいかほどのものか、揺れによって大体の想像はつく。慎重に離陸しないと離陸即墜落にもなりかねない。
     滑走路の端で一旦停止。
    「発進してください」
    「コピー」
     滑走路上をB1UNが加速する。
    「V1、ローテイト」
     暴風雨の中、脚が離れた。雨を切る主翼の上が水飛沫によって滝のように白く光る。
     真横から強風に吹かれる。機体が大きく流される。マイケルは素早くラダーを強風側に切る。機体は先端を強風側に向けた。その状態のまま横滑りするように上昇。暫くしたらラダーを元に戻す。機体は正常な姿勢での上昇を開始した。
    「随分と横滑りしたな」
    「キャプテンはいつでも冷静ですね?」
    「そう見えたか?」
     ゲイリーには冷静に見えるマイケルだったが、マイケルだって人間だ。機体の横滑りに冷や汗をかかないわけがなかった。
    「ええ」
    「なら、いい」
     機体は一旦、厚い雲の上に出た。それまでの暴風雨が嘘のような日差しに満ち溢れた世界だ。
    「あれを見ろよ」
    「台風の目ってやつですね」
     台風の目のところだけ雲がない。しかも、その目は実に大きなものだった。
    「でかい、でかい」
     それは歴史上、最も大きな台風の一つであった。
    「下りたくねえなあ」
     だが、再び下りなくてはならない。B1UNは雲海の中へと降下を開始した。
    「こちらUNB1。着陸許可を求める」
     B1UNは台風の影響により閉鎖している台北空港へ着陸した。閉鎖しているとは言っても管制は常時、行われているし、特別の事情があるときには離着陸も行う。B1UNの着陸はまさに特別な事情に他ならなかった。ここから格納庫にあるトラックを下ろし、災害現場まで移動するのである。
    格納庫から降ろされたトラックの運転席にマイケルが座る。アルミコールゲートの荷台にはアキラ率いる地上第1班のメンバー全員が搭乗した。
    「それじゃあ、行きますか」
     トラックが出発した。その後、B1UNが誘導路から再び滑走路へ移動、離陸した。ゲイリーによって一旦、基地へ帰還したのだ。必要であれば、新たなる装備を搭載して飛んでくる。
     トラックは幹線道路を南下、山岳地帯を目指す。その間、荷台の中では今回の作戦が練られていた。アキラが状況を説明する。
    「現場はここ。河川が氾濫して水が溜まり、現在はこの大型スーパーの屋上のみが水の上に出ている状態だ。だが放っておけば、ここも水没することになる。そうなる前に救命ボートで屋上に避難している人々を安全な場所へ移す」
    「ヘリコプターはダメだったのですか?」
    「この風では無理だろうな」
     現場は時に風速40mを超す強風が吹き荒れていた。台湾軍はヘリコプターによる救助を断念していた。かといって救命ボートも転覆の危険が大きかった。
    「で、我々に救助が要請されたのですね?」
    「そうだ。我々はプロだからな。プロらしく与えられた任務を必ず成し遂げる。いいな」
     このように言われると弥が上にも士気は高まる。
     やがてトラックは現場に到着した。
    「思った以上に大きいな」
     トラックから降りたメンバーたちが目撃したのは、まるで最初からそこは湖だったと言われても少しも驚かないほどの広大な水面だった。
    「距離はおよそ1km」
     焦点が合ったところで距離を測る略式の距離計を備えた双眼鏡で、凡その距離が計測された。
    「準備はできたか」
    「はい」
     トラックの荷台から救命ボートと、それ牽引する水上モーターバイクが下ろされ、アームによってひとつに繋がれた。
     救命ボートは、形は運動場のトラックのような小判型で、周囲には落下防止、あるいは落下後に這い上がるための補助となる手摺りが張り巡らされている。そして最大の特徴は、表裏どちらも同じ形をしており、仮に転覆してしまっても、ボートの向きを元に戻す必要がなく、そのまま再び乗り込めばいいようになっていることだ。
     水上モーターバイクにアキラが乗り込む。他の隊員は救命ボートに乗り込んだ。
    「発進」
     水上モーターバイクに牽引されて、救命ボートが大型スーパーを目指して発進した。空輸班のマイケルはその光景を陸から見送るのだった。
     10分後、トラックに無線が入った。
    「こちらアキラ、どうぞ」
    「こちらマイケル、どうぞ」
    「スーパーに到着した。今から救助活動に入る」
    「了解」
     地上第1班はスーパーの屋上にいる人々に救命胴衣を着せてから救命ボートに乗せていった。更に救命胴衣同士をザイルとカラビナを用いて繋ぐ。万が一、転覆しても行方不明にならないためだ。
    「全員収容しました」
    「よし。直ちに撤収だ」
     既に水が膝丈にまで達していた。一刻の猶予もない。
    「発進」
     救命ボートがトラックのある場所を目指して発進した。トラックの周囲に続々と救急車や消防車が集まるのが見える。
     アキラの通信機に無線が入った。
    「急げ。今、入った情報によると、大きな波が川を下ってきている。氾濫口からここまで入ってくるのは時間の問題だ」
     その波に遭遇すれば、救命ボートの転覆は免れない。
    「わかった」
     アキラは水上モーターバイクのアクセルを吹かした。速度を上げれば転覆の危険は増すが、大波による転覆の危険の方が大きいとの判断からだった。
    「岸まであと100m」
     この時、岸にいるアキラの目に横から大きな波が接近してくるのが見えた。
    「間に合ってくれ」
     大波と救命ボートとの競争が始まった。
    「あと80m」
    「あと60m」
    「あと40m」
     だが、波はどんどんと接近してくる。そして、あと20mというところで無情にも大波が救命ボートを襲った。
    「うあああああ!」
     救命ボートが転覆した。救助された人々が流されていく。
    「急げ!」
    「みんなで助けるんだ!」
     岸にいる台湾の救急隊のメンバーだって只の傍観者ではない。彼らは岸から水の中へ次々とザイルを投げ込んだ。中にはザイルを身に付けて水の中に飛び込む者も。
     水の中に飛び込んだ一人が救助者を捕まえた。
    「よし、引っ張れ」
     みんなでザイルを引っ張る。水の流れが急なので、容易ではない。
    「車にザイルを繋ぐんだ」
     人力では不可能と判断したアキラが地元の救助隊に的確な命令を下す。直ちにザイルが車のバンパーに巻かれた。
    「引っ張れ」
     車でザイルを引っ張る。さしもの水流も車の馬力には敵わない。ザイルが徐々に岸へと上がってくる。やがて一人また一人と救助者が陸に上がった。転覆した救助ボートも、どうにか岸にたどり着いた。危機一髪ではあったが、全員助かった。
     国連救助隊の役目はここまで。救助された人々を現場の救助隊に託して、トラックは台北空港へと引き返した。
     引き返したトラックを待っていたのはB1UNだけではなかった。ゲイリーが隊員たちに「次なる任務」を告げた。
    「台湾海峡で船が一隻、沈没の危機にあります」
     台湾海峡を通過中のニッポン籍の石油タンカーが台風の影響で沈没の危機にあるのだという。
     ニッポン籍のタンカー。乗組員も全員、ニッポン人という。ニッポンが現在、国連救助隊の存在を否定していることは知っての通り。
     今回はニッポン政府からの要請ではなく、タンカーからの直接の救助要請であった。尖閣諸島に救助隊の基地があることは彼らも知っている。台湾海峡は目と鼻の先だ。一刻も早い救助を求めて救助隊に連絡してきたに相違ない。そして台湾海峡は中国領だから救助隊は活動することができる。
    「船員は既に救命ボートで脱出したそうです」
    「この荒れた天気の中を?」
     いくら脱出したとはいえ、この天気。体温が低下すれば死の危険が待っている。一般的には30℃で意識を失い、20℃で心臓が停止する。
    「直ちに捜索しなくてはなりません」
     タンカーにいてくれた方が捜し易かった。目標物が大きいからだ。タンカーといえば客船とは異なり船員の数もたかが知れているから、救命ボートもそれほど大きくはないだろう。最悪、救命ボートだけが漂い、船員は全員、海に投げ出されている状況も想定された。
    「急ごう」
     B1UNはトラックを収容すると、直ちに離陸。台湾海峡へと向かった。
    「高度300mにセット」
     地形追随システムの高度を300mにセットする。これで自動的に高度300mを飛行する。前方監視レーダーと自動操縦装置を組み合わせた、この高度なシステムはB1ならではのものだ。この能力こそ国連救助隊が発足した際、装備としてB1を欲した理由に他ならない。救助隊の性質上「低空飛行での捜索」という状況が考慮されたからだ。
    「赤外線センサー作動」
     体温がまだ30℃以上あるならば、センサーに反応する。本来は夜間飛行のためのものだが、発熱する物体であればモニターに赤く表示されるので、捜索にも利用できる。
     しかし、いつまで飛行してもセンサーに反応はなかった。
    「だめだ。もっと高度を下げなくては」
     B1の地形追随システムでは、高度を60m、90m、120m、150m、225m、300mのいずれかにセットすることができる。今は暴風雨の中を飛行しているので安全から300mをセットしたのだが、それでは飛行高度が高過ぎてセンサーに反応しないようだった。
    「60mに下げる」
    「キャプテン」
     ゲイリーは反対であった。今の気象条件では「海に墜落する危険が高い」という判断からだった。
    「下げろ」
    「60mに設定変更」
     ゲイリーは、一度は反対するが、マイケルが二度、同じ命令を下したときには常にその命令を遵守する。自分の命に直接かかわる決定であり、ふたりの間に余程の「信頼関係」がなければ出来ることではない。だが、こうした信頼関係こそが、キャプテンとコパイロットの間には絶対に必要であった。民間機では過去にゴーアラウンドをめぐってキャプテンとコパイロットの考えが異なり、その結果、墜落した事例も存在する。
     B1UNが飛行高度60mの水平飛行に入った。とは言え、暴風雨の中での飛行であり揺れが激しい。
    「モニターをよく見ていろよ。高度が低いということは『現場を通過する速度も速い』ということだからな」
    「わかっています」
     集中力を必要とする作業が続く。低空での飛行は好天であっても乱気流による機体の揺れや振動が大きいので、疲労は半端ではない。
    「ん?」
     一瞬、モニターに赤い点が光った。
    「何か光ったな」
    「ええ。私も見ました」
    「この一帯を重点的に捜索しよう。旋回」
     すると、またもセンサーに赤い光点が。
    「一旦上昇して目視しよう。地形追随システムを解除」
     B1UNは上昇後、旋回飛行を始めた。
    「あれだ」
    「ええ。間違いありませんね」
     救命ボート上の船員がライトを回してくれているおかげで、容易に確認することができた。
    「現在の場所を基地へ知らせろ」
     現在の場所が基地に知らされた。その情報は基地から中国軍に知らされ、中国海軍の巡視船が救助に向かった。
     その間、B1UNは現場を旋回した。
    「中国軍の船が来ました」
    「よし。我々は帰ろう」
     B1UNは基地へ向けて高度を上げた。
     それから数分後、事件が起きた。
    「これは拙いな」
    「キャプテン」
    「どうやら、ピトー管に何か詰まったようだ」
     ピトー管の中には飛行速度や飛行高度を測定するセンサーがある。ピトー管に物が詰まるということは飛行速度や飛行高度といったデータが正確に測定できないことを意味する。
     見る見る速度計が速度を上げる。高度計もまた高度を上げていく。勿論、GPSも装備してはいるが、悪天候下での受信は不可能だった。
    「キャプテン。飛行速度が上がっています。それに高度も」
    「慌てるな」
    「急いでエンジンの推力を絞らなくては」
    「だから慌てるなって」
     マイケルは過去の航空事故の事例から、ピトー管が詰まった際の各種計器類の誤作動の仕方について熟知していた。
    「実際の飛行速度は上がっていない。それに飛行高度もな」
    「キャプテン」
    「ここで推力を絞ったら、失速して海中に墜落するぞ」
    「では、どうするのです?」
    「基地に連絡。先導機を一機、飛ばしてくれと伝えろ」
    「わかりました」
     ゲイリーは基地へ非常事態を宣言した。
    「この悪天候では先導機は無理だそうです」
    「まったくう」
    「どうしましょう?」
    「俺が直接、交信する」
     マイケルは基地との通信回線を自分のマイクに変更した。
    「基地どうぞ」
    「こちら基地。非常事態ですって?」
    「ああ。そっちのレーダーには映ってるか?」
    「ええ。映っているわ」
    「誘導してくれ。ヘディングを変更したい」
    「了解。ヘディングは150度にして」
     150度?ということは現在、この機体は東シナ海を韓国方面へ向かって飛行しているということか?
    「その通りよ」
    「コピー。ヘディング150度」
     B1UNが機首を変更する。取り敢えず方角だけは、これで正しい。
    「基地レーダーによる飛行高度は?」
    「6300フィート」
     速度はわからないままでの飛行となる。
    「飛行速度はレーダーに映る点の動きから推測してくれ」
    「わかったわ。えーと・・・大体500マイルくらい。あと30分ほどで黄尾礁の上空に来るわ」
    「ありがとう。高度が極端に変化したら知らせてくれ」
     ここで一旦、無線終了。
     黄尾礁というのは基地から50kmほど東に位置する尖閣諸島を構成する島の一つで、北側から滑走路へ進入する際に右旋回するための目印となる島だ。

     ここで中国の国民は良く知り、ニッポン人はほとんど知らない(日清戦争以前はニッポン領ではなかったのだから当然だ)「尖閣諸島」について簡単に解説しておこう。
     石垣島の北、150kmほどの位置する東西に長く伸びる小島群。それが尖閣諸島と呼ばれる場所だ。最西端は魚釣島で、最東端は赤尾礁。最も大きいのが魚釣島で、形はクロワッサンに似ている。東西に伸びる両端までの長さは3kmほど。中心には標高363mの山が聳える。その東側5km圏内に北から沖北岩、沖南岩、飛瀬、北小島、南小島がある。いずれも瀬戸内の無人島程度の大きさしかない。やや離れて黄尾礁、そして最も離れたところに赤尾礁がある。
     本作では、魚釣島の南側に3500mの滑走路があることになっているが、これは島の大きさを上回るものだ。滑走路は東北東から西南西に向かって伸びている。

    「高度計が使えないのに、どうやって高度を下げるのです?悪天候で地上が全く見えないのに」
    「管制の読み上げる高度を信じるだけだな」
     思案している間にも機体は基地へと接近していた。この位置だと右に旋回しながら滑走路の東北東側からの侵入となるが、基地の右手には山がある。計器が不正確で視界がきかないとなれば激突も充分に考えられる。
    「ILSは正しく表示されるのかな?」
     滑走路と正対時にILSが正しく作動するのであれば、その表示通りに着陸するだけだ。だがマイケルにその確信がなかった。というのも、マイケルの知る事例では最終的に旅客機はILSを受信できる場所に至ることなく、海上に墜落しているからだ。
    「こりゃあ奇跡でも起きないと無理かもな」
     マイケルが、いつになく弱気な言葉を口にした。
    「後ろ、どうぞ」
     マイケルが機内無線を発する。現在の状況は地上第1班も理解していた。
    「なんだい?」
    「どうする?パラシュートで先に降りるか?」
    「冗談だろ?ずぶ濡れは御免だよ」
    「墜落するかもしれないぞ」
    「信じてるよ」
    「何を。お前の宗教の神様か?」
    「バカ野郎。お前だよ」
     このような危機的状況下で信じられても困るが、アキラが発したこの言葉はマイケルを勇気づけるには充分だった。
    「よし、やってやろうじゃないの」
     いつだって神様は「神頼みをする」心の弱い人間には決して力は貸さず「自分の力」で困難に立ち向かう強い心を持った者にのみ力を貸す。無論、物事が成功した時には「これが自分の実力だ」と自惚れ、失敗した時には「罰が当たった」「運がなかった」などと、あろうことか失敗の責任を神様になすりつけ、決して「自分の実力不足」を認めようとしない人間などは論外だ。
    「黄尾礁上空よ」
     基地からの通信。右に旋回する。
    「高度を下げる」
     マイケルはスロットルレバーを手前に引いた。
     その時。
    「えっ?」
     それまで叩きつける雨粒によって何も見えなかったフロントスクリーンが突然、眩しく輝き始めた。最初は強烈な光に目を開けられないほどだったが、やがて明るさに慣れてきた。
    「空が晴れた」
     それまで暴風雨の中を飛んでいたはずが一転、風もなければ雲もない青空の中を飛行していた。頭上には太陽が輝く。
    「台風の目に入ったんだ」
     南東から台湾に上陸した台風はその後、進路を北東へと変えていた。そして今、台風の目はまさに魚釣島一帯をすっぽりと包み込んでいた。
    「キャプテン」
    「ああ」
     眼下にはっきりと島が見える。基地の位置が目視できるならば、計器などなくてもマイケルの腕ならば有視界飛行で着陸できる。
    「フラップ35度。ギアダウン」
     B1UNはこうして無事に基地へと帰還することができたのだった。                           

     ところで、計測機の故障の原因だが、それはすぐに解明された。
    「おーおー」
     隊員たちがB1UNの機首を見上げる。
    「あれは」
    「うむ。間違いなく『マグロ』だな」
     そう。何と、鮪がピトー管に突き刺さっていたのである。恐らく台風の影響で上空へ吹き上げられたのに違いない。台風の後に「魚が空から降ってくる」現象はそう珍しいものではない。
     その後、この鮪を隊員たちが平らげたかどうかは定かではない。





  •  早朝の尖閣基地に救助活動を終えたB1UNが帰還する。
    「着陸決定高度、異常なし。着陸する」
     朝日を横から浴びて真っ赤に染まった機体が滑走路に脚を下ろす。長い影が滑走路上に伸びる。

    「あー眠い」
     先程までB1UNを操縦していたマイケルが休憩所にやってきた。
    「お帰り、マイケル」
    「早起きだな、アキラ」
    「ああ。たまにはいいさ」
     マイケルは自動販売機でコーヒーを入れた。マイケルはそれを飲み干すと、自分の部屋へ眠りに戻った。
     これはマイケルの癖。マイケルはコーヒーを飲んでから眠る。
    「あれで、よく眠れるな」
     アキラはいつものことながら不思議でならない。
    「さてと」
     アキラは休憩所のテレビのスイッチを入れた。
     尖閣基地は東シナ海上に浮かぶ孤島であるが、テレビくらいは見られる。台湾のテレビはもとより中国やニッポンの衛星テレビ、香港スターテレビも巨大なパラボラアンテナによって受信することができた。勿論、いずこの国のテレビ局にも「受診料」は支払ってはいない。ここは治外法権だから、その必要がないのだ。
    「どれどれ」
     アキラはニッポンのニュースを見た。昨日の国会中継の一部が放映されていた。
     見るからに庶民蔑視な風貌を備えた政治家が、口では「庶民のため」などと発言している。 アキラは思う。議会の前には政治家全員に「アルコールを飲ませるべきだ」と。成程。確かに、そうすれば政治家たちは全員「本音を語る」に違いない。シラフ状態の政治家など、所詮は腹の内を国民に隠して「上辺を取り繕う」ものだ。現在、野党からの質問に対する答弁を行っている与党党首=内閣総理大臣などは、その最たるものだ。選挙の時には毎回「福祉」といった有権者の耳に心地よいテーマを前面に訴えて有権者の支持を得て、勝利するや一転、選挙期間中には全く発言していない「軍国ニッポン復活」に向けての布石となる怪しい法律を次々と成立させ、現行の平和憲法を骨抜きにするべく「外堀を埋めていく」のだ。だが何よりも愚かなのは、ニッポンの有権者が毎回、この手でまんまと騙されていることだ。ニッポン人はよほど記憶力に乏しい民族と見える。さすがは「喉元過ぎれば熱さを忘れる」などという諺がある国だけのことはある。ニッポンの政治が民主政治ではなく「衆愚政治」と評される由縁だ。
    「国民の幅広い理解を得ながら進めてまいりたいと思っております」
     政治家は最後に、そのような言葉で閉めた。
     よく言うよ。今まで散々ぱら国民の理解を得ないまま「ニッポンの右傾化」を押し進める法律を強行採決してきたくせに。
     アキラはこの政治家の人相や話し方、身振り手振りに、かつてヨーロッパを蹂躙したアドルフ・ヒトラーに似たものを感じた。意図的にそれを演じているのか、それとも同様の性質を有するが故に似通っているのかまでは判断しかねたけれども、そう言われて見れば、確かに似ているのだった。
     そして、ながらスマホで道を歩いている人の顔に「私は脳みそ空っぽです」と書いてあるのと同様、その政治家の顔にもまた「私は世界一臆病で弱虫な人間でありますから、ニッポンの戦力が『世界一強大なもの』でないことには全く気が休まらないのであります」と書いてあるのだった。
    「ばからしい」
     アキラはテレビを消した。アキラは誰もいない休憩所でひとり、趣味のギターを弾き始めるのだった。

     何事に於いても「世界第1位」でないと気が済まない世界一自慢したがり、威張りたがり、見栄っ張りな民族であるニッポン人が豪華客船の分野で、その地位を現在のクィーン・エリザベスⅡ世号から奪うべく開発した超弩級豪華客船「花綵」。ニッポンの造船技術を駆使して開発された全長500mにならんとする巨体が太西洋上をニューヨークから次なる寄港先であるイギリスへ向けて進んでいた。
    「なんだ?」
     艦橋にいる船長以下、船員たち全員が突然、ある筈のない「振動」を感じた。
    「気のせいか?」
     振動はすぐに収まった。船長以下、船員たちは皆、このことについて綺麗さっぱり忘れるのだった。
     だが、この見落とし、あるいは楽観的な考えこそが、後の悲劇の序章となってしまうのだった。なぜなら、この最初の振動こそ、船体中央に亀裂が発生した際に発生した振動に他ならなかったのである。
     コンピュータ・シュミレーションによる解析では花綵の船体強度は完璧であったが、実際には強度が不足していたのだ。その理由は船体に使用されているニッポンの製鉄会社から納入された鋼材の強度検査データが改竄されていたからだった。いかにも「ニッポン人らしい仕事」ではないか。
     亀裂から徐々に海水が船体内に侵入していた。しかし、それは船体の最下部であったため、誰もそのことに気がつかなかった。もしも、船員たちが最初に感じた振動を重視し、その場で船体を点検さえしていれば、直ちに浸水を発見、その場で救助信号を発信することができた筈であったが、完全に見落とされたのであった。
    「船長、船の速度が低下しています」
    「速度を維持せよ」
    「了解。パワー増幅」
     船の速度が低下したのは浸水による重量増加によるものだった。そして速度を上げたことで亀裂は拡大、船体の破壊が更に助長される結果となった。
     ここで2度目の振動。亀裂が更に拡大した証拠。
     だが船長は、それさえも無視した。
     この超弩級豪華客船の悲劇は何よりも、この船が「ニッポンの誇り」ゆえに船長以下、船員が全て「ニッポン人であること」に尽きた。ニッポン人の特徴といえば何と言っても「日和見的」で、自分にとって都合の悪い事実を認めようとはしないこと。悪いことには蓋をする。不愉快な事実は隠蔽する。こうしたニッポン人特有の「負の事実」を頑として認めない性癖が「船に異常が発生している」という事実を認めない方向に作用したことは疑いようがなかった。
     そして、運命の時を迎える。
     非常警報が艦橋内に鳴り響いた。
    「どうした!」
    「船長。船体が喫水線を超えて下がっています」
    「そんなバカな」
     やがて船体は左に傾き始めた。
    「体に感じる」というわけではなかったが、艦橋にある傾斜計では明らかに、その事実が検知されていた。
    「船体が左に!」
     もはや沈没は時間の問題であることは明らかだった。この時、まだ乗客にはこうした不測の事態は知らされていなかった。
     花綵の速度は目に見えて低下した。
    「SOSを打て!」
     この場に至り、漸く船長は船員にそう命令した。
     花綵は大西洋のど真ん中で停止した。
    「船長、みるみる船体が下がっています」
    「脱出準備だ」
     船員が脱出準備を開始した。まず船長を乗せた救命ボートが下ろされる。船長が無事に脱出した後、乗客に始めて事態が知らされ、脱出のための指示がなされるのだった。乗客が我先にと救命ボートに詰め寄る。だが救命ボートの数は乗客全てが乗れるだけ揃えられてはいなかった。
     冗談話に「イギリス人男性には『あなたは紳士です』と言って救命ボートへの乗船を止めさせ、アメリカ人男性には『あなたは英雄です』と言って乗船を止めさせる」というものがあるが、それは冗談話などではなく全く「その通り」であった。説得に応じて花綵に残るイギリス人やアメリカ人の乗客たち。「愛する夫だけを残せない」と多数の女性も残った。その一方で、このような説得が全く通じないニッポン人乗客は先を競って救命ボートに乗り込んだ。その結果、救命ボートの大半は乗員オーバーの状態で大西洋上に浮かんだ。そのような状態では転覆は目に見えていた。
    「うわあ!」
    「きゃあ!」
     かくして、救命ボートに先を争って乗り込んだニッポン人乗客の方が、先に海の犠牲となった。
     全ての救命ボートを失い、船に残った外国人乗客らは生き残る方途を考えていた。
     その中に、ひとりの勇敢な若者がいた。彼は全ての船員が脱出して空になった艦橋へ向かうと、次のような内容のモールス信号を打った。
    「船の最も頑丈な場所に閉じこもり、救助を待ちます」
     この若者の指示のもと、乗客たちは船が沈没しても空気が保てそうな場所へと移動を開始した。それは船の最も強固に設計された部分、重量のある振動物をしっかりと固定する場所、即ち機関室に他ならなかった。
     機関室に入ると、鉄の扉が閉められた。
    「やるだけのことはやりました。あとは神に祈りましょう!」
     ひとりの若者の賢明な判断が、もしかしたら乗客たちの運命を死から救えるかも知れなかった。
     やがて花綵は近い将来、訪れるやもしれぬニッポンの沈没(花綵列島とはニッポンのことに他ならない)を象徴するかのように海底へと、その姿を消した。

    「救助信号を確認。大西洋上を航行中の豪華客船・花綵が航行不能の状態の模様。地上第1班と空輸第3班は先発隊として現地へ出動、空輸第2班は後発隊として、出動準備を開始せよ」
     現場へは既にアメリカ海軍が救助に向かっていた。アメリカ海軍は国連救助隊が救助した乗客を収容する艦船として空母バラク・オバマを派遣したのだった。
     B1UNの格納庫に救助用の潜水艇が搭載される。シャープペンシルのような円柱状の船体は高い水圧にも耐えられるためのものだ。仲間内では、その細い姿から「秋刀魚」と呼ばれていた。
     花綵の現在位置はおよそ「北緯45度・西経40度」。ということは、飛行ルートは当然「北極圏ルート」だ。ニッポンの領空を反時計回りに巻いたら太平洋上を北上。ベーリング海峡から北極海へ抜けてグリーンランドとアイスランドの間にあるデンマーク海峡を通過する。
    「V1、ローテイト、フラップ5度」
     B1UNが離陸した。出発後、沖ノ鳥島をかわすために、まずマリアナ諸島を目指す。
    「ニッポンの船を救助するのに、ニッポン領を飛行できないとはな」
     まったく頭に来るが、しょうがない。
     沖ノ鳥島を躱したら、今度は南鳥島の脇を通過するために機首を変更。毎度の如く航空自衛隊のF35が飛来。
    「やっと通過したぜ」
     さあ、あとは迷わず超音速飛行だ。
    「アフターバーナー点火。飛行高度65000フィートへ上昇する」

     B1UNが現場に接近した時、花綵は既に沈没。影も形もない。そして現場にはまだアメリカ海軍は到着していなかった。
    「あれがそうだろう」
     白い帯が洋上に見える。65000フィート上空からは半径506kmまでの地表が一望できるから当然、B1UNのコクピットからバラク・オバマの姿も見える。
     B1UNが高度を下げる。33000フィート(10000m)を切った辺りでバラク・オバマの姿が水平線に消えた。
     33000フィートだと水平線までの距離は358km。仮に38ノット(時速70km)の高速で航行していたとしても、到着までには5時間はかかる計算になる。
     5時間。上手くやれば任務終了と同時にアメリカ軍が到着するだろう。
     GPS情報に基づき、B1UNは花綵が沈没していると想定される地点に秋刀魚を投下した。
    「あとは任せた」
     今回の場合は「本当に任せた」だ。深海に潜った潜水艇には事実上、地上との通信手段はないからだ。
     B1UNはアメリカ東海岸の飛行場へと向かった。

     秋刀魚がまずなすべきことは沈没した花綵の発見だった。
     沈没した船は海流に乗って弱い部分からバラバラになりながら帯状に破片をばら撒いて沈没するのが普通である。したがって、沈没した地点から位置が「ずれている」ことは珍しいことではない。しかも、そのずれが大きいときには数kmになる時もある。文字通り、船体をばら撒きながら海底を移動するのだ。
     空中から地上を捜索する場合にはライダーと呼ばれる特殊なレーザー光を使用するが、海底では使えない。そのため、海底では音波探知機を利用する。音波探知機と言うと、得られる画像が不鮮明で情報が「不正確」みたいなイメージがあるが、コンピュータ解析技術が進歩した今では、そうでもない。むしろ海底では音は地上よりも遥かに速い速度で進むので、地上で使用する時よりも正確なのだ。
    「みーつけた」
     秋刀魚を操縦するアキラが海底に沈む破片の帯を見つけた。後はこいつを追跡するだけだ。とは言え、海流が強い。この分だと、かなり流されていることが予想される。だが焦りは禁物だった。一歩間違えば秋刀魚が沈没しかねない。
    「いた」
     花綵の本体を発見した。船体はまっさかさまにひっくり返っていた。まずは船体の周りを一周する。どうやら花綵は亀裂を生じた胴体中央部分から真っ二つに割れて沈んだようだ。
    「違う。こいつじゃない」
     アキラが見つけたのは船首部分であった。スクリューや舵がどこにも見当たらないことが何よりの証だった。
     無論、この船首部分にも生存者がいる可能性がある。無視は出来なかった。
    「しかたがない」
     アキラは先に発見した船首部分の捜索を始めた。アームを伸ばし、先端部分のセンサーを船体に接触させる。このセンサーは厚さ2mの鉄の壁を通して中にいるネズミの体温を検知することができる。また別のセンサーは船室の中にある家具やヒトの形をほぼ完璧に再現することができる。
     1時間の捜索の結果、やはりこちらには乗客の姿はなかった。遺体すらも発見することは出来なかった。
    「やはり、機関室のある船尾だ」
     アキラは破片を反対方向へ辿り始めた。
     1時間のタイムロスは痛い。だが、船首部分を捜索していて感じたことは、思いのほか船体が頑丈であることで、この様子ならば機関室は無傷である可能性が高いことだった。
     だが、破片の帯は途中で切れていた。船尾は全く違う海流に乗って別の方向へ流されたことは間違いない。
     新たなる破片の帯を探さなくてはならない。アキラは周囲を散策した。
     だが、なかなか見つからない。焦りは禁物だが、焦らずにはおれなかった。正直「救助失敗」も考えられる状況であった。
     秋刀魚のセンサーが反応を示した。
    「見つけた」
     どうにか破片を見つけた。あとはこれを辿るだけ。しかし・・・
     破片は途中で切れていた。そして、その先には海溝がパックリと黒い口を大きく開けていた。
    「これに落ちたのか」
     行くしかない。アキラは覚悟を決めた。水深が見る見る深くなる。あっという間に5000mを過ぎた。秋刀魚は6000mまでしか潜れない。それ以上だったら残念だが、救助を断念するしかない。
     水深5900m。あと100mしか余裕はない。
    「いた」
     船尾を発見した。この位置であれば、何とか救助活動をすることができた。と言っても、困難な救助活動になることは間違いない。
     とにかく直ちに計測開始。
     熱源を探知。エンジンの余熱の可能性もあったが、アキラは人体のものであると確信した。センサーを通じて中に音声を送る。船体の壁がスピーカー代わりだ。
    「やはり、この中か」
     この装置は中の人の声も聞くことができる。アキラは中の様子をそれによって知ることができた。
     バラク・オバマ到着まで、あと2時間。それまでに全ての作業を終えることが重要だ。
     彼らを中から救出するための方法としては、数が少なければ先端のドリルで船体に穴を開けて合体、中の人を収容するという案が考えられたが、今回は乗客の数が多い。ドリルで開けた穴は秋刀魚が離れればそのまま開いた儘なので、海水が船内に侵入してしまう。とすれば、もうひとつの方法はバルーンで船体を浮上させることだった。しかし、これだけ大きな船体を浮上させることは不可能だった。
     では、どうするのか?誰もいない客室部分は必要ないので、乗客が避難している機関室だけを船体から分離して浮上させればいい。アキラは早速、その作業を開始した。
    「結構、頑丈だな」
     500mの長さを持つ超弩級豪華客船の船体は思った以上に壁が厚く、なかなか切れない。逆に言えば、この壁の厚さがあったからこそ、水深5900mにあっても船体は潰れることなく形を維持できているのだった。
     刻一刻と時間が過ぎていく。機関室の酸素が無くなるのが早いか、浮上するのが早いか?2時間ほどかけて、どうにか作業を終えた。
     バルーンに空気が注入される。船体から切り離された機関室がゆっくりと洋上へ向かって浮上し始めた。
    捜索開始から、きっかり5時間後。花綵の機関室が洋上に浮上した。そこには既にバラク・オバマが到着していた。アメリカ海軍の兵士が機関室の壁を開ける。中から次々と生存者たちが救出された。
    「どうやら任務成功だな」
     浮上した秋刀魚から顔を出したアキラが、その光景を眺める。
     最後に、ひとりの若者が出てきた。彼こそが今回、素晴らしい判断力によって多くの人命を救った韓国人イ・スワンであった。その彼が秋刀魚に向かって大きく手を振る。「ありがとう」の合図だ。
     こちらこそ、ありがとう。きみがいたから多くの乗客が救われた。アキラもまた大きく手を振るのだった。
     彼が船に残ったのは、まさに彼が韓国人であったからだ。儒教の国である韓国の人々の精神といえば「恕(おもいやり)」。前から人が歩いてくると常に自分の方から先に道をよけた孔子のように、彼もまた救命ボートを他の人に譲った。その結果、彼は生を得たのである。
     やがて後発隊が現場に到着した。現場では引き続きアメリカ海軍による遺体の収容作業が行われていたが、救助隊の活動はここまで。秋刀魚は後発隊の大型水上飛行艇に収容。一旦アメリカ軍飛行場へ運ばれた後、B1UNに搭載され、基地へと帰還した。

     せっかくの感動物語に「味噌をつける」ようだが、語らないわけにはいかない。
    その後、乗客を捨てて先に脱出した船長以下、船員たちは全員、刑事裁判にかけられることになった。検査データを改竄した製鉄会社もまた罪に問われることになった。ニッポン人を中心とする乗客1000名以上が死亡したのだから、当然であった。
    裁判の過程に於いて彼らは皆、弁明に終始した。
    乗組員曰く「非常事態だった」。
    製鉄会社曰く「データ改竄と今回の事故とは無関係である」。
    裁判官は彼らの主張を認め「全員無罪」の判決を下した。この判決に対し、ニッポンの世論は「賛成・反対」に文字通り二分したのだった。





  •  尖閣基地の最重要任務は言うまでもなく、東シナ海における米中、或いは中日の軍事衝突を防止することである。そのため定期的に偵察飛行が行われている。
    「テイクオフ、V1、ローテイト、V2、フラップ5度、ギアアップ」
     フランス製戦闘機・ラファールが滑走路を離陸した。
     尖閣基地の装備品は国連加盟国各国からの供与品であり、いろいろな国のものが存在する。偵察機として使用されるラファールには対艦・対潜ミサイル二発、および対潜哨戒用のポットがパイロンに搭載されている。
    「右旋回でヘディング45度」
     台湾手前で右旋回した後、中国の領空内を北東に向かって飛行する。領空内とはいっても国際空域であり、ついでに言えば中国は「自分たちが偵察機を飛ばす回数を減らせる」ということで、むしろ飛行を歓迎していた。
     一般的な飛行ルートとしては、韓国・済州島を左側から巻いて戻るというもの。これまた韓国としては「右傾化著しいニッポンの動きに目を光らせてくれている」ということで、とても有難いと思っている。
     この偵察飛行を行うパイロットは勿論、救助隊のパイロットたちだ。元々はこちらが主任務であり、今回はマイケルが操縦していた。
    「また来たか」
     毎度のことながら、沖縄から航空自衛隊のF35が上がってきた。暫くの間、中国とニッポンの領空境界線を挟んで並走する。
     そして、普段であればさっさと戻るのだが・・・。
    「なに」
     F35が境界線を超えて侵入してきた。F35はラファールの真後ろに付いた。これは明らかな挑発行為であった。真後ろに付くということは「撃墜する」という意思表示に他ならないからだ。
     かつてニッポンの海上保安庁の巡視船が中国の領海内に不法侵入、北朝鮮の漁船を機銃攻撃して沈没させた事件があったことを思う時、このF35が機銃攻撃をしてこないという保証はどこにもなかった。
    「おっもしれえ!」
     マイケルは急旋回によってF35の追尾を振り払うと、逆にF35の後ろに付けた。立場逆転。戦闘機の性能はF35の方が上かもしれないが、如何せん、パイロットの技量が違う。最新鋭の装備に頼るしか能のない航空自衛隊のパイロットの腕などマイケルから見れば「サンデードライバーのレベル」だ。
     F35が必死にラファールを振り払おうとする。右左、上下とジグザグに飛行する。
    「無駄無駄」
     マイケルが機銃を掃射すれば、F35は瞬く間に墜落するだろう。無論、マイケルはそのようなことはしない。からかっているだけだ。慌てふためいているF35のパイロットの心理状態がマイケルには手に取るようにわかる。
     済州島が近づいてきたところでマイケルはF35をほっぽって済州島方面へと向かった。F35は長崎方面へと逃げていった。
    「何だったんだ?あいつ」
     その後、マイケルは無事に基地へと帰還した。

     後日、ニッポンの代表が国連に対し難癖をつけてきた。曰く、国連機がニッポンの領空に侵入して自衛隊機に挑発行為を行ったと。
     呆れてものも言えないとは、まさにこのことだ。事実は全く逆なのだから。さすがは「自作自演の銃撃事件」で日中戦争を始めた国だけのことはある。
     中国や韓国のレーダー、更にはその時の状況をたまたま偵察飛行中に目撃していたアメリカ軍パイロットの証言によって自衛隊機が中国の領空に侵入したことは明白だった。
     だがニッポンの代表は断固として「自分たちは悪くない」と言い張った。今回の騒動は現在のニッポンが如何に「極右化」しているかを如実に証明する出来事であった。
    「自分たちは正しい」
     どんなに自分たちの方が間違っていても、こうした主張に終始するのが現在のニッポンの「かたち」なのだ。
     そんなニッポンが今、必死こいて自慢しているものといえば「リニア新幹線」。時速500kmで列車を走行させたいのであれば、レール幅を広げるだけでいいものを「技術自慢」のためにニッポンはリニア新幹線を、巨費を投じて実用化した。ニッポンの人口は今後、減少に向かい、しかもレール式鉄道に比べ莫大な電力を消費することを思えば「不経済」以外の何物でもなかったが、それでも政治家を「先生」と呼んで尊敬することを当然と考えている世界で唯一の民族であるニッポン人にとっては「お国の名誉」が何よりも大事なのだ。
     そんなリニア新韓線が品川~名古屋間を営業走行するようになって1年。科学的見地から、ある程度は予想されていた「大事故」が発生してしまった。予想していたのは地質学者たち。彼らは途中にある赤石山脈が今も活発な造山運動を起こしている事実を重要視。頻りに「ルート変更」を訴えていたのだが、学術会議さえも軽視するニッポン政府が聞き入れるはずもない。その結果、赤石山脈直下をトンネルが通ることになり今回、そのトンネルが崩落。上りのリニアは崩落したトンネルに正面から突っ込み、下りのリニアは崩落の下敷きになったのだった。

     救助隊本部。
     休憩室のテレビに隊員たちが釘付けなっていた。
    「こりゃあ、酷いなあ」
    「救助は難航しそうだな」
     テレビではニッポンで起きたリニア新幹線事故の模様をリアルタイムで報じていた。
    「うちらじゃないと無理だな」
    「でも、うちらに要請は来ないだろう」
     来るわけがない。ニッポン政府は国連救助隊の存在を否定しているし、仮に否定していなくても「自分たちだけでできる」という見栄から要請などしないだろう。過去にもニッポン政府は、たとえば阪神大震災の時に海外からの支援要請を断っているし、すげの沢に日航ジャンボ機が墜落した時にも、自衛隊よりも先に墜落地点を特定していたアメリカ軍による救助活動を断っている。 
     それはともかく、今回の事故の死者は既に500人を超えていた。そして今後、更に増えることが予想された。

     事故発生から8時間後。
     基地の警報が鳴った。まさか?警報の理由は、そのまさかだった。
    「ニッポン政府から正式に救助要請あり。地上第1班と空輸第3班は出発準備に入って下さい」
     漸く重い腰を上げたか。アキラ率いる地上第1班とマイケル率いる空輸第3班の隊員が作戦司令室に集まった。メンバーに対する状況説明が行われる。今回救助するのは下りのリニアの乗客たち。上りのリニアは残念ながら、車体そのものが原型をとどめていないほどの破壊をしており、乗客は全員が死亡していた。
    「以上。直ちに出発してくれたまえ」
     ハンガーではB1UNに今回使用する救助装備が搭載されていた。
     今回、使用するのは通称「カタツムリ」。水撒き様のホースがグルグル巻かれているものをイメージすると判り易い。ホースの先端に掘削機械が備わっており、ホースを伸ばしながら陥落したトンネルの奥へと掘り進んでいく。
    「これではハッチが閉まりませんね」
     カタツムリは嵩が高く、格納庫に完全に収まらない。搭載する時ですら一旦ホースを伸ばしてから格納庫真下へ移動、再びホースを巻かねばならなかった。
    「いいさ。超音速飛行をするわけじゃあない」
    「でも、飛行高度を上げ過ぎると寒くなりますよ」
    「3000m以下で飛行しないといかんな」
    「救助メンバーは直ちに発進してください」
    「おお、急ごう」
     マイケルとゲイリーがコクピットに乗り込む。アキラたち地上第1班のメンバーも防寒着を着こんで乗り込んだ。
    「スタート、オールモーター」
     エンジンが回り出す。B1UNがハンガーを出る。ハンガーを出たBIUNは誘導路を右折。そのまま暫くの間、地上を走行する。その後ろにC130が続く。
     北東から南西に延びる3500m滑走路。ハンガーは北東側の端に位置するため、南西側から北東側への離陸には誘導路を長く走行する必要があった。この建物の配置はB1UNをはじめとする航空機が通常は北東側から南西側へ向かって離陸する事を想定しているからだ。
     ハンガーから出て3分がかりで、漸くB1UNは南西側の滑走路の端に到着した。地上を走行する航空機は大抵、自動車よりも遅いものだ。
     ここまで来たところで、いつもの儀式。ブレーキを踏んで、一旦停止。
    「離陸許可、願います」
    「離陸、許可します」
    「コピー」
     管制の話し方がいつもとは違う。まるで民間空港のような話し方だ。というのも管制官がいつもの女性ではなかったからだ。いつもの管制官は休暇に入っていたのだった。
     ブレーキが外され、滑走路上を加速する。
    「V1、ローテイト」
     機首が引き上げられ、B1UNは夜空へと舞い上がった。
    「右旋回、ヘディング60度」
     B1UNは伊豆大島方面へと進路を採った。途中、屋久島上空を通過。そのまま日本列島の南沖を進み、静岡沖で左旋回して現場へ到着する予定であった。
     救助機器の関係上、BIUNは通常よりも30分ほど余計に時間が掛かって現場となる山梨県上空へと到着した。現場の上空で旋回、リニア新幹線の軌道に機首を合わせる。
    「投下」
     カタツムリが投下された。カタツムリはぴったりリニア新幹線の軌道上に着陸した。投下後、B1UNは在日米軍・横田基地へと向かった。自衛隊の基地の滑走路は使用できないからで、仮に許可されても、そんなところへ降りる気など毛頭なかった。
     現場では自衛隊員が一時退避していた。状況説明を聞くが、やる気があるのかないのか、わからないような感じだ。
     だったら勝手に救助作業を開始するまでだ。
     カタツムリをトンネルの中へと移動させる。カタツムリのホースは一巻分が50m。延長ホースを接続することで最大1000mまで掘り進めることができる。トンネルの入り口では自衛隊員が複雑な表情で、その光景を眺めていた。彼らの顔には、こんな言葉が書かれていた。
    「俺たちだって、こんなスーパーメカがあれば簡単に救助できるんだ」
     彼らは国連救助隊の活躍が「スーパーメカの賜物」だと思っているようだが、それは違う。違うのはズバリ「使命感」だ。救いを求める人を何としても救うのだという使命感が濃いか薄いかだ。また仮に1000歩譲って救助装備の違いだとしても、ならばなぜ、ニッポンには最新鋭の救助装備が存在しないのか?世界でも有数の「お金持ちの国」なんだろうに。
     それは、ようするに現在の政権を掌握する政治家が「国防強化」には関心があっても「人命救助」には全く興味がないからだろう。そして、それが現在の自衛隊の性質、中国・ロシアを目の敵にする武装集団という性質を決定付けているのだ。
     トンネルの中に入って分かったことはトンネルがリニア新幹線の軌道に比して、かなり大きなものであること。それはリニア新幹線が走行時に発生する風圧を少しでも減圧するためのものなのだが、それが余計にトンネルの強度を下げ、トンネル崩落の危険を高めていたことは間違いない。
     やがてカタツムリは崩落現場の手前まで到達した。
    「こりゃあ、酷いな」
     トンネルは完全に土砂に埋め尽くされていた。
     今回、蝉の幼虫ではなく、カタツムリが選ばれた理由は、掘削中にも土砂が上から落ちてくること、しかも、その土砂の重さが相当のものであることが予想されたからであった。なにしろ3000m級の山脈の直下で起きた崩落事故なのだ。
     カタツムリのホースは最大で1013バールの圧力に耐えることができる。これは「約1000mの深海の水圧」に相当する。蝉の幼虫ではさすがに、こうはいかない。これが今回、カタツムリが選ばれた理由だ。
    「掘削、開始」 
     アキラはカタツムリのホースの先端を崩落現場に打ち込んだ。ホースは胃カメラ同様、先端部分の向きを自由に変えることができ、先端にはカメラが搭載されているので、遠隔操作が可能だ。メーターの圧力計が300バールに達する。これはホースに現在、深海300mほどの水圧と同等の圧力がかかっていることを示している。
    30分ほどで50m掘り進んだ。だが、リニア新幹線の先頭車両には程遠い。
     やがて、後ろから延長ホースが運ばれてきた。後続隊のC130が持ってきたものだ。 再び掘り進める。
     それを何度か繰り返す。
    「おっ」
     500mほど掘り進んだところで、アキラはカメラにリニア新幹線の先端部分を捉えた。 下りのリニアは走行中に上からプレスされた状態であり、先端部分の破損はあるものの、どうやら車体自体は原形をとどめているようだった。
    「よし」
     アキラは作業を続行した。リニアの先端部分を上から迂回、本来、運転室がある辺り(リニアは全自動だから運転室はない)に穴を掘る。
     リニア新幹線とカタツムリとが連結された。
    「行くぞ」
     アキラを先頭にメンバーたちがホースの中へと入る。ホースの中は狭いので、屈んで進む。勿論、四つん這いになって歩くのではなく、専用の電動式担架があり、それに乗って中を走る。
     ホースを抜け、アキラたちはリニア新幹線の中へと入った。
    「これは酷い」
     それは航空機事故の犠牲者と同じような、破損の非常に大きな乗客の遺体の山だった。 車体がバラバラになっていないとはいえ、時速500kmからの急停止である。相当のGが車内を襲ったに違いない。その影響によって乗客の肉体はバラバラの状態になっていたのだった。
     来るだけ無駄だった。虚しさがメンバーの心を過る。
     救助隊の作業はここまで。生存者がいないのであれば、このあとの遺体の収容作業は自衛隊に任せればよい。作業の終了は一日も早い方がいいだろうが、生存者はいないのだから、それほど急ぐ必要もない。自衛隊員の身の安全も確保しつつ慎重に作業を進めればいい。
     メンバーが脱出後、カタツムリのホースが巻き取られた。カタツムリが開けた穴は再び、土砂によって塞がれた。
     カタツムリとともにトンネルから出ると、脇の空き地に在日米軍の所有する大型輸送ヘリが待機していた。
     大型輸送ヘリがカタツムリを収容する。大型輸送ヘリは横田基地に待機するB1UNとC130にカタツムリとメンバーを届けるために離陸した。
     生存者のいない救助作業のあとは疲れがどっと出る。ひとりでも生存者がいれば、それだけで喜びに満たされ、疲れなどどこかへ消し飛んでしまうものなのだが。
     アキラは思う。確かに、あの現場の状況を見る限り、リニア新幹線の乗客は全員が「即死であった」に違いない。だが、それでも8時間後の救助要請はあまりにも遅すぎる。ニッポン政府の連中は本当に何を考えているのだろう?「世界に弱みを見せたくない」?「強国としての誇り」?ああ、ばかばかしい。国民の生命よりも、お国の名誉を重んじる現在のニッポンの体質をまざまざと見せつけられる思いだ。こんな国ならば、いずれきっと、お国の名誉のために国民の生命を平気で犠牲にして戦争を「おっぱじめる」に違いない。
     輸送ヘリが横田基地に到着した。
    「どうだった?」
     横田基地で待機していたマイケルがアキラに状況を尋ねた。アキラは無言で首を横に振った。
    「そうか」
     マイケルはアキラの肩を軽く叩いた。
    「まあ、しょうがないさ」

     数日後。
     ニッポンの代表は国連の場に於いて今回の事故の顛末を理由に国連救助隊の無能さを罵りまくった。そして、次のように発言した。
    「国連救助隊など不要だ。直ちに解体するべきだ」
     こういうことか。誰も生存者を救助できなかったという既成事実を作り上げることで、尖閣基地を廃止に追い込もうという腹づもりなのだ。
     何という汚い奴らだ!当然、基地司令官は詳細なデータを持って反論した。「救助要請があったのは事故発生から8時間後だった」という事実や、リニア新幹線の内部写真などを示し、ニッポン政府の主張が「的外れ」であることを指摘した。
     国連総会は当然、ニッポン側の主張を「却下」した。
     だが、こうした策略は今後も行われるに違いない。右翼思想が蔓延するニッポンにとって、尖閣基地の存在は「目の上の瘤」なのであるから。





  •  3ヶ月の任務を終え、第3班は1カ月の休暇時期に入った。第3班を乗せたC130が台北空港へと飛ぶ。操縦するのは勿論、空輸第3班のパイロットたちだ。
     台北空港では休暇を終えた第2班のメンバーが待っていた。
    「後は頼むぜ」
     第2班のメンバーがC130で基地へと飛び立った。
     その後、第3班のメンバーは台湾から民間機で各々、故郷の国へと向かう。
    「また来月、会いましょう」
     ゲイリーはアメリカ行きの飛行機に乗り込んだ。
    「さてと」
     マイケルは故国のアルゼンチンへ向かう前に、御先祖様の墓参のためにニッポンに立ち寄ることにした。
     マイケルを乗せたJAA機は成田へと飛んだ。
     成田からマイケルはJRで東京へと向かった。専用の特急電車はあるが、マイケルは総武快速で行くことにした。
     マイケルはニッポンの電車に必ずある優先席は「ニッポン人のモラルの低さを象徴するものだ」と思っている。優先席とは、そういうものをわざわざ設置しなければニッポンの大人や若者は、お年寄りや障害者に対し「席を譲らない」ことの証明なのだ。
     しかも、近年では事情は更に深刻なものとなっていた。
     優先席に4人の若者が座っていた。いずれも耳にはヘッドフォン、手にはスマホ。夢中になってスマホゲームを楽しんでいる。そして、その目の前には何人ものお年寄りが吊り皮を持って立っていた。もはや、ニッポン人は優先席でさえも、お年寄りに譲らないのだ。
     経済的にはこれほど「豊かな国」は世界中どこを探してもないニッポンだが、人間性においてこれほど「貧しい国」もまた世界中どこを探してもない。
     ニッポンの未来は暗い。マイケルはそう確信するのだった。

     東京駅に到着したマイケルは東海道・山陽新幹線で福山駅へ向かった。
     マイケルは座席に座らず、デッキから窓の外の風景をじっと眺めていた。電車に乗る時にはいつも窓の外の風景を眺めながら、いろいろなことを頭の中で考えるのがマイケルの癖であり、それは暇さえあればスマホばかり弄り、自分の頭を働かせないニッポン人とは正反対のものであった。
     福山駅に到着したマイケルは駅前でタクシーを拾うと沼隈町へと向かった。
     福山造船の宿舎を過ぎて、目の前に海が見えるようになったところでマイケルはタクシーを降りた。
     右手には小高い山。左手には瀬戸内海。ドックにはタンカーが修繕のためだろう、泊まっていた。
     マイケルは蜜柑畑のある山の方へ向かって歩き始めた。
    「随分、変わったな」
     かつては畑の中に家が点在する鄙びた風景だったのが、今では住宅街と化していた。
     住宅街の中の細道を歩くと、やがて右手に人の背よりも高い石垣のある旧家が現れた。マイケルは石垣の階段を上った。この平屋の武家屋敷こそマイケルの御先祖様の実家だ。
    「ごめん」
     マイケルは玄関で人を呼んだ。中から親類にあたる現在の当主の嫁が出てきた。
    「お久しぶりです」
     マイケルは、今日はこの家に厄介になることにしたのだった。
    「おお、久しぶり」
     家の主もマイケルの来訪を歓迎した。
    「今日は墓参りに寄らせていただきました」
    「そうか」
     マイケルは荷物を置くと、直ちに墓参りのために外に出た。
     屋敷の敷地は、ひな壇になっており、屋敷と庭が一番下で、その上に南瓜畑、更にその上に墓地があった。墓地は登記上も墓所となっており、故人を埋葬することができる。
     墓石に水を掛け、線香を焚く。
    「ニッポンは益々『良くない国になった』みたいですね」
     マイケルは御先祖様と、しばしの会話を楽しむのだった。                          



  •  かつて、この一帯を統治していたスペイン王・フェリペ2世にちなむ国名を持つ国、フィリピン。そのすぐ東にフィリピン海溝がある。日本海溝が地震の震源のメッカであるように、ここもまた地震の震源のメッカだ。
    そして。
     突如、マグネチュード9を超える巨大地震が発生した。津波がフィリピンの島々を襲う。 中でも震源に最も近いミンダナオ島の沿岸には、高さ10mを超える巨大津波が押し寄せるのだった。
     次々と流される家屋や車。フィリピン政府は直ちに非常事態宣言を発令、迅速なる救助活動が開始された。だが、それでも救助は遅延を極めた。あまりにも被害地域が広く、全ての地域に救助隊を派遣することができなかったのだ。特に被害が酷い場所であればある程、道路は分断され、救助隊もまた容易に現地へ向かうことはできなかった。

    「フィリピン政府から正式の救助要請。ミンダナオ島において巨大津波が発生。地上第1班と第3班、空輸第1班と第3班は直ちに出発の準備に入って下さい」
     地震発生から僅か5分での救助要請。ニッポンとは大違いの迅速さだ。
     アラート待機の第2班を残し、地上班と空輸班のフル体制で臨む。第3班にとっては休暇を終えた直後の大仕事だ。
     巨人輸送機アントノフAn124にシコルスキーSH-3Aヘリコプター2機が搭載される。現場に近い空港に着陸後、SH-3Aで現場海域に漂流する人々を救助する。地上班は勿論、地上にいる家を失った人々の救援活動だ。
    「発進してください」
    「コピー。V1、ローテイト、フラップ5度、左旋回、ヘディング180度、飛行高度34000フィートを要請」
     An124は一路、ミンダナオ島を目指した。
     ミンダナオ島最大の都市であるダヴァオの空港に着陸したAn124は、SH-3Aを下ろすと、再び基地へ向けて離陸した。操縦するのはゲイリー。
     An124が基地へ帰投するのは、次なる救助用品を空輸するために他ならない。
     空港でローターを広げられた2機のSH-3Aはゲイリー以外のすべてのメンバーを乗せて一旦、最も被害の大きな地上に地上班とその装備品を降ろしてから、海上の捜索を開始した。
     1機は空輸第1班のメンバーが乗り込み、もう1機にはマイケルと地上第1班のメンバーひとりが乗り込む。これはゲイリーがいないための処置だ。乗り込んだのは副班長を務めるマイク・ノーマン。
     救助方法としては、ホイストによる吊り上げが用いられた。ホイストの先端に救助隊のメンバーが吊り下げられて降下し、ひとりひとり掴まえるという、ある意味、地道というか面倒くさい方法だが、これ以外の方法はないのが「海上における救助」の実情である。国連救助隊としては、何か良い方法を考えてほしいところだ。
     ともかく、ひとりまたひとりと救助していく。助かってホッとする人もいれば、「子どもがいない」と訴える人もいる。
     ペイロードがいっぱいになったところで一旦、地上へと引き返す。救助者を降ろしたら、また離陸。
     給油も重要だ。燃料が無くなれば墜落してしまう。
     ところで、救助する人の数はやはり空輸第3班の方が第1班よりも圧倒的に多い。理由?それはマイケルの方が、ずば抜けて「海上に漂う人を発見するのが速い」からだ。マイケルは昔から「間違い探し」が得意だった。普通の人ならば全く気がつかない「ちょっとした違い」にもすぐに気が付くのだ。こうした特性は「遭難者の捜索」には極めて重要である。
     一方の地上班は地上の人々に水と食料を提供していた。
     地上班が通信機でヘリに連絡を入れた。曰く「重傷者をヘリで病院のあるまちまで輸送したい」。
     かくして海難救助に於いて成果の低い、即ち第1班が操縦するヘリがその任に当たることに決まった。第1班のSH-3Aが陸地を目指して引き返す。
     救助開始から4時間が経過した。
     現場の上空にB1UNがやってきた。B1UNの格納庫から支援物資が投下された。
     しかし、それは第1班がいる高台ではなく、そこから100mほど離れた低地に投下されたのだった。
    「ゲイリー、下手糞だな」
     これは誤解で、ゲイリーは現在、基地でアラート待機に就いていた。B1UNを操縦しているのはゲイリーと交代した第2班のキャプテンのレイ・ホルムスだ。
     地上班が物資の中身を確認する。
     それは仮設住居だった。津波によって地上の全てのものを海に攫われた現地の人々は照りつける真夏の太陽に苦しんでいたのだ。幸い、キャスターが取り付けられているので、現地まで移動する。たかだか100mとは言え、高台までの移動は一苦労だ。それも一個ではない。
     運び終えたところで早速、仮設住居が組み立てられる。それは国連救助隊が独自に開発した全天候型ならぬ「全気候型」仮設住居だった。その特徴は、三角柱の中に特殊繊維によるかまぼこ状の内壁を組み込んだ構造にある。三角柱とかまぼこの間に生まれる空間によって居住空間に直射日光が当たらないようにしてあるのだ。そして三角柱にはそれぞれ換気弁があり、寒冷地ではそれを閉じ、熱帯地ではそれを開くことで寒暖を調節できるようになっていた。屋根が三角形であることで雪に強く、左右の壁が斜めであることから台風にも強い。まさに全気候型ならではの構造だ。
     国連救助隊は、いつどこで救助活動を行うかわからないため、このようなものが開発されたのである。
     仮設住居の組み立てをメンバーに託し、アキラは捜索範囲を拡大した。モトクロスバイクで周囲を走る。
     2kmほど北へ走った場所に元々は村があった痕跡を発見した。その場を捜索する。小さな子供を発見。その傍らには残念ながら既に息絶えた親たちの躯があった。アキラは子どもを左手で懐へ抱えると、バイクを仮設住居へと走らせた。
     アキラが戻ると、いくつかの仮設住居が既に組み上がっていた。また、仮設住居の間に仮設住居へ電気を供給する太陽光発電用のパネルが設置されていた。
     日暮れまでにすべての仮設住居の組み立てを完了して、避難民を収容しなくてはならない。夜になれば虫が飛ぶ。特に伝染病となるウイルスを媒介する蚊の存在は深刻だ。避難民を蚊の餌にするわけにはいかない。
     子どもをメンバーに預け、再びアキラが走る。今度は南。そこには多数の人々があてもなく留まっていた。アキラは北へ向かうよう指示した。
     怪我人を搬送していたヘリが戻ってきた。アキラはヘリにひとりでも多くの避難民を乗せて安全が確保されているまちへ移動させるよう指示した。避難民の数が多く、全ての避難民を仮設住居内に収容することは到底、不可能だったからだ。
     アキラは衛星通信機で基地に一報を入れた。
    「海南島の中国軍基地から、艦隊が援助に向かっているわ」
     アメリカよりも先に中国が援助隊を派遣したところに、今の「世界の力関係」を見ることができる。アメリカ一国主義に固執するアメリカは既に「世界のリーダー」ではなくなっていた。中国こそが世界の平和と安全を守る今の時代における「世界の警察」なのだ。
     アキラはこれを聞いて、安心した。現場は非常に混乱していたが、我々は取り敢えず中国艦隊が到着するまでの間、頑張ればいいのだ。
     アキラはまちへ続く道路を走った。道さえ通じていれば、まちからバスなりトラックなりを現場まで入れることができる。
     だが道は途中で行き止まっていた。津波が川を遡ったのだろう。橋が流されていたのだった。反対側の岸では新たなる橋を掛ける作業をしているのが見えるが、仮設の橋が掛かるまでには、恐らく3日は掛かるだろう。
     ということは即ち、3日間は空中輸送をしなくてはならない。
     アキラがバイクで被災現場へ戻ると、2回目のB1UNによる物資の投下が行われた。今度はそれなりの場所に投下されたので、坂を登る手間からは免れた。

     夜が来た。
     2機の救助用ヘリは燃料の補充及びメンバーの休憩を兼ねてヘリをダヴァオ空港に着陸した。その後、空港へは深夜に物資を積んだアントノフAn124が到着した。
     日の出まで、いっときの休みが訪れた。
     現場でも、仮設住居の周辺を殺虫所毒した後、メンバーたちが休息に入るのだった。
     翌朝、日の出とともに2機の救助用ヘリは仮設橋のための物資を輸送する。橋さえ掛かれば、救助隊の役目は終わりだ。
    「今日中に仕上げる」
     今日中に仕上げれば、一日早く帰還できる。
     一方の現場では、中国軍の艦船はまだ到着していなかったが、海南島の中国軍基地から飛行してきた輸送機による物資の投下が開始されていた。
     国連救助隊と中国軍では、やはり装備の桁が違う。物量の多さでは中国軍の方が遥かに回っている。
     橋が半日ほどで完成した。現場とダヴァオが道で繋がった。
     中国の艦艇も到着した。
     救助隊の役目は終わった。全員がダヴァオ空港に到着した。アントノフAn124に救助用ヘリを積み込み、メンバーも乗り込む。
     その時。
     B1UNがダヴァオ空港に着陸した。パイロットはゲイリー。
     なぜB1UNがダヴァオに?もう撤収するというのに。
     ダヴァオ空港に救急車がサイレンを鳴らしてやってきた。救急車の中から患者が1名、降ろされた。患者はそのままB1UNに乗せられた。それを見たマイケルはゲイリーのもとへ走った。
    「どうした、ゲイリー?」
     緊急の手術を必要とする被災者がいるという。そして、その手術はアメリカでないと出来ないらしい。
     そういうことなら、自分が操縦しよう。マイケルはB1UNに乗り込んだ。
     空輸第3班のみアメリカへ。第1班全員と地上第3班を乗せたアントノフAn124は基地へ向けて離陸した。
    「キャプテン、大丈夫ですか?」
    「ああ、眠いが大丈夫だ」
     マイケルとしては、やはりアントノフAn124よりも、B1UNのコクピットの方が落ち着く。
    「高度65000フィートに上昇したらエンゲージする(自動操縦に切り替える)から、暫くは眠れる」

     だが、そのアメリカでは地球温暖化の影響から今までに例のない巨大なハリケーンが猛威を奮っていた。これはある意味「自業自得」の面もある。アメリカは地球温暖化削減のための枠組みから離脱、積極的に二酸化炭素を排出してきたのだから。その結果、確かにアメリカの経済力は高まったが、ハリケーンによる被害損失もまた甚大なものとなっていたのである。
     B1UNが上空に到着した時、カリフォルニアは既にハリケーンに飲み込まれていた。
    「これが『ポリマー』か」
     ポリマーと命名された前人未到の巨大ハリケーンの大きさは半径1000kmに達していた。雲の下では暴風雨だけでなく竜巻が無数に発生していた。
    「キャプテン。別の空港に降りた方がいいのでは?」
    「時間がない」
     マイケルは着陸を強行することにした。
     B1UNが30000フィート以下に降下した。途端に暴風に見舞われた。幸い、雨はない。
    「これならいける」
     マイケルはそう判断した。
    「一気に3000フィートまで落とすぞ」
     通常よりも3倍の降下率で降下する。
     雷の直撃を喰らった。
    「異常ありません」
     通常、飛行機は「落雷に強い」とされているが、時に落雷を受けた個所が溶けて、そこから機体が出火するケースもある。勿論、その後の結末は「墜落」だ。
    「ギアダウン、フラップ35度」
     B1UNがアプローチに入った。
     しかし一難去って、また一難。
     前方に竜巻が発生していた。巻き込まれたら最期だ。マイケルは左から巻くことにした。
     ゲイリーが叫ぶ。
    「車が飛んでいます!」
     竜巻で吹き上げられた車が飛んでいるのが見えた。あんなのに当ったら、ひとたまりもない。
     取り敢えず竜巻は回避した。だが、その結果、空港へのアプローチをやり直す破目になった。竜巻はまさに滑走路への進入経路の真正面に立ちはだかっていたのだった。
     再度、アプローチに入る。
    「だめだ。退いてくれそうにない」
     竜巻は滑走路上を悠々と右に左に移動していた。
     おまけに悪い情報が管制から伝えられた。
    「近くの雲で雹が発生し始めています」
     最悪。雹をモーターに喰ったら、モーターのタービンが吹っ飛ぶ。
    「こうなったら、やるしかあるまい」
     マイケルは一か八か着陸を強行することにした。先程は手前にいた竜巻は現在、滑走路の中央付近にいる。その手前には1000mほどの滑走路がある。
    「降ろすぞ」
    「ええ、どうぞ」
     ゲイリーはマイケルの性格をよく知っているから、止めない。というより滑走路上に竜巻が停滞している以上、ゴーアラウンドなどできっこない。
     滑走路ぎりぎりを狙って降ろす。
    「おりゃあー!」
     どんピシャ。B1UNは滑走路の始まりから2mの位置で足を降ろした。まさに後ろ脚に目がついているかのような精密な着陸。
     やがて前足も地面に着いた。
    「逆噴射」
     逆噴射といってもモーターの回転が逆になるわけでもなければモーターの向きが逆になるわけでもない。カバーが後方にスライドして左右が開くことで、そこから噴射の向きを変える。
     400mもあれば離陸できるB1だが、着陸となると、そうもいかない。
    「キャプテン、突っ込みます」
     B1UNが竜巻に突っ込んだ。
    「うわっ!」
     B1UNが滑走路上でスピンした。反時計回りに3/4回転ほどスピンしたB1UNは機首を管制塔に向けた。
    「停まれ、停まらんか!」
     管制塔が目前に迫る。
    「うわー、ぶつかるー」
     ゲイリーが目を閉じた。
     停まった。どうやら今回はピトー管を破損しないで済んだようだ。
     エンジンを切ったB1UNのもとに救急車が到着した。
    「よし。患者を降ろすぞ」
     マイケルが座席を立ち上がる。
    「キャプテン」
    「何だ?どうした」
    「もう少し、座らせて下さい」
     どうやらゲイリーは腰が抜けたらしい。                          



  •  凡そひと月後、今度は第1班が休暇に入った。
    「じゃあな、また会おう」
     アキラがC130に乗り込んだ。
     台北空港に着いたアキラもまた、マイケル同様、故国のブラジルに戻る前に墓参のためにニッポンに立ち寄ることにした。
     アキラは成田ではなく羽田に到着した。そして電車ではなくレンタカーを借りて故郷の新潟へと向かった。
     首都高速から外環道を経て関越自動車道を北へと向かう。埼玉を走っている時は沢山いる車も高崎を過ぎる辺りから減ってくる。途中、道路の脇に沢山、ライトが設置された個所がある。今は昼間なので大丈夫だが、夜になると、ここには霧が立ち込める。
    「何だ?」
     後ろから煽ってくる車がある。
     アキラは左側の本線を走行しており、右側の追越車線に車はいないのだから、さっさと追い抜けばいいものを、後ろの車は頻りにアキラの車を煽る。どうやら、この車はガードレールが怖くて右側を走りたくはないらしい。
     やがて諦めたのか、追い越し車線からアキラの車を追い抜いた。
    「やれやれ」
     すると今度はアキラの車の前で嫌がらせ走行を始めた。結局、アキラは左の路側帯に車を停車させる羽目になった。前の車の中から迷彩服を着た男が3人降りてきた。しかもご丁寧に、ナイフを先端に付けた小銃まで手にして。
    「何だ、自衛隊の連中か?」
     アキラもまた車から降りた。
    「てめえ、何でさっさと避けねえんだよ」
    「なめんじゃないよ、おらあ」
    「詫び入れんかーい」
     取り敢えずアキラは、こういう時の礼儀として相手の顔面にカポエラ蹴りを入れた。
    「ふん」
     馬鹿な奴らだ。元ブラジル陸軍の中隊長と自衛隊員じゃあ、実力が違い過ぎる。自衛隊員とて日本軍が編み出した「銃剣道」くらいは身に付けているだろうが、奴隷制度の中から生み出された実践的格闘術であるカポエラの前には所詮、子どもの「お遊戯」だ。
     アキラは道路でのびている奴らの小銃を拾った。
    「これはモデルガンだ」
     3人が所持していた小銃は本物ではなく、高圧ガスでBB弾を発射するガスガンであった。
    「ってことは」
     アキラは懐から財布を取り出し、奴らの身分証を確認した。
    「こいつら自衛隊員じゃねえや」
     どうやら自衛隊員気取りの、戦争ごっこの大好きなアマチュアだったようだ。近年、平和ボケしたニッポンではモデルガンを用いて森の中などに作られたサバイバル施設で戦争ゲームを楽しむ「戦争の本当の恐ろしさ」を何もわかっていない愚かな輩が増えている。こいつらは、そうした手合いであった。
     仕方がない。アキラは3人を奴らの愛車、いかにも日頃から粋がっている中身の空っぽな男が好みそうな上級ミニバンの中に投げ込むと、その場を後にした。こんな連中だから、自分から警察に通報することはあるまい。

     やがてアキラの車は新潟県に入った。
    「ここだ」
     アキラは車を県営公園内の駐車場に止めた。新潟県はニッポン有数の米どころの一つだから当然、田圃が多い。公園の周囲も田圃で覆われていた。
     アキラは田圃の脇を通る農道を歩きはじめたのだが。
    「どこもみんな、こんな調子なんだな、ニッポンは」
     路上にはここを通勤路に利用していると思われる車のドライバーによって煙草の吸い殻の束が捨てられていた。そして雨が降ったのだろう、ニコチンの茶色い水が田圃を汚染していた。他にも、粗大ごみの回収業者によるものと思われる電化製品をはじめとするゴミが道路を挟んだ反対側に広がる森の中の至る場所に捨てられていた。
     およそニッポン人ほど国土や自然を愛さない民族はいない。だからニッポン人は森の中をはじめ、山の上や海の中といった場所にまで、片端から神社や祠といった自然の景観を損なう「人工物」を建てまくるのだ。こうした性癖を有するニッポン人にとって、森をはじめとする自然は格好の「ゴミ捨て場」くらいの感覚しかないのだ。また同様の理由から、まちの景観についてもニッポン人は甚だ無頓着であり、悪趣味な看板や幟や標識が至る所にある。
     こんなニッポン人が今日、夢中になって北方領土の返還や尖閣諸島・竹島の領有権を声高に主張している。ニッポン人はきっと、今は美しいこうした島々を汚い「ゴミ捨て場」にでもしたいのだろう。
     農道の突き当たりに寺が見えてきた。ここにもまた、こうした場所に似つかわしいとは思えない、この場所が寺であることを示す大きな金看板が設置されていた。アキラの眼にはこうした現代ニッポン人の宣伝好き・自慢好きは正直「異常」にしか映らなかった。
     アキラは寺の住職に挨拶を済ませると、桶に水を汲んで、御先祖様の墓石のところへと向かった。
     杓子で水を上から掛ける。
    「今日はへんてこりんな奴らと遊んだよ」
     御先祖様にアキラは今日あった出来事を報告するのだった。そして、この時のアキラはまだ、この後やってくる正真正銘、本物の自衛隊員との闘いのことなど、全く考えてもみないのだった。





  •  東経160度、北緯25度付近。
    「キャプテン。あと10分でフレームアウトです」
     B1UNは太平洋上空でグァムのアンダーソン空軍基地から飛んでくる予定の空中給油機を待っていた。frameには俗語で「機械が作動する」という意味があり、フレームアウトとは今の場合「燃料切れでモーターが停止する」という意味になる。
     事の起こりは帰還途中、給油予定のホノルル空港への着陸を拒否されたことによる。管制官曰く「スロットの余裕がありません」。時期柄、ハワイの空港はホノルルをはじめ、全ての空港が民間航空機によって占拠されていたのだった。
     ということで尖閣基地まで、だましだまし飛行していたのだが、やはり燃料が持たなかったというわけだ。
    「あと5分待っても来ないなら、あそこに走っている輸送船の上に着陸してやる」
     マイケルだったら本当にやりかねない。
     その時、通信が入った。
    「UNB1どうぞ」
     どうやら来たようだ。
    「こちらUNB1。待ってたぞ。もうハラペコだ」
    「機体を確認した。今から前に入る」
    「了解。こちらも機体を確認した」
     まさに前方から空中給油機KC135がやってきた。
    「こちらUNB1。今からセックスに入る」
     セックスとはちょっと卑猥な表現だが、空中給油機KC135との結合は文字通り、男と女の合体を思わせるものがある。
     空中給油の方法にはアメリカ空軍が採用するフライング・ブームとアメリカ海軍およびその他の国が採用するプローブ・アンド・ドローグの二種類がある。違いは、どちらが男で、どちらが女かということ。B1UNはもともとアメリカ空軍機だから無論、フライング・ブーム。つまりB1UNが女である。
     空中給油は、はっきり言って難しい。2機の速度差が10km以上あれば確実に性器(給油装置のこと)を破損することになる。慎重に接近して、ゆっくりと結合する必要がある。
    「合体完了」
     まあ、マイケルの腕ならば問題はない。それにB1の性器はコクピットの目の前にあるから操縦しやすい。B52などは、それこそコクピットの頭の上にあるから大変だ。
    「懐かしいな」
     マイケルが「懐かしい」といったのは、KC135の姿にかつては一斉を風靡、世界のエアラインを飛び回っていたボーイングの傑作旅客機・707の面影を見たからに他ならない。特に垂直尾翼の上部にある、前に突き出たアンテナ部分は707に固有のものだ。エアラインからは姿を消した707だが、軍用機の世界では今でもKC135をはじめ、電子偵察機RC135や空中早期警戒機E3Aセントリーなど、707を母体とする機体がまだまだ現役だ。
    「おー、食った食った」
     B1UNがKC135とのセックスを終えた。その方法は一旦、B1UNのモーターの出力を絞って擬似的に失速状態を起こし、給油装置が外れたら再度モーターを吹かすというものだ。
     擬似的とはいえ失速状態にすることに躊躇するパイロットは「さぞ多かろう」と思えば、実はそうでもない。余程の急降下でもない限り、パイロットが失速状態を体感することは、まずないからだ。だからこそ全ての飛行機に失速をパイロットに知らせるスティックシェーカーが装備されているのである。
    「サンキュー」
     B1UNは尖閣基地へと向けて進路を変更した。                          



  •  20XX年。
    「本日、日本国憲法改正案が施行されました」
     遂にニッポンの軍事国家化を決定づける憲法改正案が施行された。
     この結果、自衛隊は名実ともに「ニッポンの軍隊」として位置付けられ、更には国民の基本的人権を規定する条項の削除によってニッポンは名実ともに「国家権力者が自衛隊を用いて国民を隷従させる国」へと生まれ変わったのだった。

     尖閣基地。
     休憩室ではメンバーたちが「日本国憲法改正に関する報道」をテレビで見ていた。
    「どう思う?マイケル」
     アキラがマイケルに尋ねた。
    「これで『中国との戦争』が始まるんだろうな、きっと」
    「やはりマイケルも、そう思うか?」
    「空母4隻にイージス艦8隻。その他の艦船多数。どう考えたって『専守防衛』の域を遥かに超えた強大な戦力だ」
    「空母と言ったって、ヘリ空母だろう?」
    「ニッポン政府はそう言って誤魔化しているが、いずも級空母の飛行甲板の長さは215mもある。これはジェット戦闘機を離発着させるには十分すぎる距離だ。実際、全長333mあるアメリカの空母だって斜め飛行甲板だから、実際の甲板の長さは200mくらいだ。ひゅうが級は166mだが、それでもイギリス海軍が誇るインビンシブル級と同等で、STOL機ならば全く問題ない。戦前の植民地政策を『大東亜共栄圏』と呼んだり、現在の巨大軍備の保有を『積極的平和主義』と呼んだり、そんなのばかりだよ、ニッポンという国は。根っから『誤魔化しが大好き』なんだ」
    「確かに、ニッポン人は『日頃から本音と建前を使い分ける腹黒い民族』であると聞いたことがある」
    「それに根っからの二重人格でもある。自分が労働者の立場の時には客にペコペコ頭を下げ、自分が客の立場の時には『俺様は客だぞ!』と大威張りする。そこには本当の意味での『思いやり』や『尊敬』といった人としての心が微塵もない。全くもって信じるに値しない奴らだよ」
     マイケルがここまで毒舌を垂れるのはアキラとともに自身もまた日系人だからだ。白人がニッポン人を有色人種として蔑視するのとは意味が違う。マイケルは「おもてなし=自ら進んで金持ちの奴隷となる卑しい根性」を美徳とする現代ニッポン人の歪んだ価値観を腹の底から軽蔑していたのである。
    「それに、現在のニッポンの首相は『御先祖様の悲願』だか何だか知らないが『日本帝国主義の復活』をたびたび口にしていたから、きっと中国に宣戦布告するだろうよ」
    「そうなると、ここも危ないんじゃないのか?」
    「ここは国連の管轄地域だからな。いくら軍国・ニッポンでも、国連を敵に回すようなことは・・・」
     と言いかけて、マイケルは意見を撤回した。
    「確かに、やばいかもしれん。奴らは今でも『尖閣諸島はニッポンの領土だ』と思っているのだろうから、もしかしたら、ここへ上陸してくるかもしれないぞ」
     マイケルは、かつて大日本帝国が国際連盟を敵に回した史実を思い返したのだった。
     一度在ったことは二度在ったって不思議じゃあない。アメリカ大統領が近年、国連を軽視する言動を繰り返していることを思えば尚更だ。
    「そうなると、うちらとしては警戒をより厳重にしないといけないな」
    「ああ。その通りだ」

     それから1週間後。
    「オーストラリア政府から正式な救助要請あり。鉄鉱石採掘上で落盤事故発生。地上第1班および空輸第3班は発進準備」
     そらきた。今は基地を空けられないのに。だが仕方がない。救助要請があれば、発進しないわけにはいかない。
     結論から先に言えば、この救助要請こそが国連救助隊にとって最大の「幸運」であった。
    「発進してください」
    「コピー」
     B1UNが蝉の幼虫を搭載して基地を飛び立った。

     10時間後。
    「レーダーに反応あり。多数の飛行物体が基地へ向かって接近中」
     それだけではない。
    「艦船も多数、接近中」
     それはニッポンの自衛隊による本格的な尖閣基地への軍事侵攻作戦に他ならなかった。
    最初に航空自衛隊のF35が上空を制圧。続いて陸上自衛隊のオスプレイが陸上自衛隊員を乗せて基地の滑走路へと降り立った。最後に到着した艦艇はイージス艦4隻を主力とする海上自衛隊の艦船。
     まさに軍国・ニッポンが誇る絶大なる軍事力によって尖閣基地の攻略が行われたのだった。もとよりニッポンの戦力はとっくの昔に「軍事大国の水準」に達していた。平和憲法が存在していたから、それを侵略行為に利用できなかっただけの話だ。
     かくして、あっという間に基地は自衛隊によって制圧された。基地のメンバーたちは全員、基地の建物の最上階の部屋に監禁されてしまうのだった。3500mの滑走路を擁する尖閣基地は事実上、ニッポンの一大軍事拠点となったのである。

     オーストラリアの事故現場。
    「何?基地がニッポンに乗っ取られた?」
     マイケルとアキラがこの事実を知ったのは落盤事故での救助作業を終えた直後だった。 テレビでは今回の軍事行動に関する総理大臣の演説の模様を報道していた。
    「ニッポン国民の皆さん、お喜びください。尖閣諸島が再び我々のもとに戻ってきました」
     その言い回したるや、かつてクウェートに軍事侵攻したイラク大統領のそれを思わせるものであった。
     その後、多数のニッポンの民衆が「サムライ礼賛・天皇蔑視」の象徴である日の丸の旗を振って歓喜に沸く姿が映し出された。その光景は、まさに偽りの平和国家が「化けの皮を脱いだ姿」に他ならなかった。
    「どうする?」
     どうするも何も基地へは戻れない。取り敢えずここはオーストラリア。安全な場所ではある。
    「何か動きが出るまで、待つしかあるまい」                          



  •  尖閣基地を攻略した自衛隊が、このままでいる筈は当然ながら、なかった。
     今の総理大臣が総理大臣に就任した直後、党の幹部たちを前に行った挨拶は次のようなものだった。

      憲法を改正して大東亜共栄圏を実現する。それが『私の祖父の悲願』だった。
      私はそれを実現するために総理大臣に就任した。
      これこそが私の『総理大臣としての責任』であると思っている。

     こうした野心を抱く総理大臣が尖閣諸島の奪還だけで満足などする筈がなかった。
     もとよりニッポンでは総理大臣になる人物と言えば与党の有力者、即ち与党内において経済力の強い家庭に生まれ育った人物と決まっている。現在の総理大臣も、その例外ではない。そして、そうした人物に共通する思想は何と言っても「欲しいものは何でもカネで買う」だ。事実、この総理大臣は国際的な賞や国際的催事の開催権など「お国の名誉」と思われるものには何でもかんでも国家予算,或いは官房費をつぎ込んで買い漁ってきた。
     そして、そのような人物が「カネで買えないもの」に対して、どのような手を講じるか?そんなこと、改めて言うまでもない。

      欲しいものは何でもカネで買う。カネで買えないものは力尽くで奪う。

     今こそ中国大陸に進軍して中国全土をニッポンの植民地にするのだ!何でも自分の思った通りにならないと気が済まない駄々っ子のような総理大臣の命令を受けて、自衛隊は直ちに中国大陸への進軍を開始した。その手始めとして自衛隊がまず攻撃を開始したのは東シナ海最大の都市である「上海」であった。
     洋上のイージス艦から巡航ミサイル・トマホークが次々と上海めがけて発射された。同様に空母から発進するF35ステルス戦闘機からは次々と超音速ミサイルが発射された。これらの兵器はいずれも「北朝鮮の脅威に備える」という名目で装備され、当時の国会に於いて総理大臣は「現行憲法が定める専守防衛の範囲内の装備だ」と答弁したが、やはり本音は「憲法改正後の中国への軍事進攻」のためであった。
     更に、沖縄嘉手納基地から尖閣基地へ移動していた航空自衛隊所属のF35も動員された。それらの超兵器は最初の戦闘に於いて、その性能を如何なく発揮した。
     無論、中国軍も応戦した。だが、アメリカの技術をもって開発された自衛隊の最新兵器の前に中国軍は苦戦を強いられた。
     そして。
     上海は再びニッポンの暴虐によって1937年の時のように炎に包まれたのだった。

     緊急に招集された国連総会は荒れに荒れた。
     中国政府はニッポンの侵略行為を厳しく批判した。一方、ニッポン政府は「自衛権にもドつく正当な行為だ」と主張した。
     ニッポンの代表曰く「今回の戦争で我々は核兵器を使用していない。故に、これは人道的な武力行使である」。
     核兵器を使用していないから「人道的」だって?ニッポンが主張する人道的戦闘行為によって上海の市民が100万人も死んだというのに!
     昔からニッポンでは「核兵器反対!」が声高に叫ばれてきた。そして多くのニッポン人はそれを理由に「自分たちは平和を愛する民族だ」と自負していた。
     だが、その同じ口でニッポン人は「自衛隊賛成!」を唱えていた。つまりニッポン人の主張は「核兵器反対、通常兵器大賛成!」に他ならなかったのだ。
     その結果が、これだ。
     通常兵器による大量殺戮が、どうして「人道的」でなどあるものか!所詮、ニッポン人の叫ぶ平和など「軍国の野心を覆い隠すための仮面」でしかなかったのだ。

     こうした世界の動きは当然、オーストラリアでも報道されていた。
    「マイケル。どうやら自衛隊はこのまま中国大陸全土を制圧するつもりだぞ」
    「よし、ならば、我々も動こう」
    「何をする気だ?」
     耳を貸せ。
    「それはいいアイデアだ」
    「だろう」
    「まずは大使館へ行って、確認しよう」
    「俺が行こう」
     数時間後、アキラが戻ってきた。
    「どうだった?」
    「ばっちりだ。大歓迎するってさ」
    「よし。直ちに発進だ」
     B1UNがシドニーを離陸した。
    「ヘディング315度」
     B1UNはヘディング315度で飛行を開始した。

     その後、B1UNはインドネシアを通過、南シナ海を北上した。
    「着陸許可」
     B1UNは大連近郊にある中国軍の飛行場へ着陸した。
    「司令官殿」
     アキラ、マイケルを筆頭とするメンバー全員が中国軍司令官の前で敬礼をした。
    「今回の作戦へのきみたちの参加を心より歓迎するよ」
    「とんでもない。私たちの基地を取り戻すために貴国の軍隊の協力を得られましたこと、心より感謝申し上げます」
     そう。マイケルの作戦とは中国軍に参加することだったのだ。中国軍に参加し、中国軍と共同で自衛隊を一掃して尖閣基地を取り戻す作戦だ。
     愚かな大統領の出現によって分担金を大幅削減したアメリカや現在、国連への分担金拠出を停止しているニッポンに変わり今日、中国こそが世界第1位の国連分担金拠出国であり、国連の一機関たる国連救助隊が、その中国の作戦に協力するのは至極当然のことであった。

     上海を陥落させた自衛隊は次に南京を攻撃しようとしていた。戦略空母から飛び立った自衛隊のステルス戦闘機隊が南京を目指す。
    「おかしい」
    「どうした?」
    「レーダーが使えなくなったぞ!」
     自衛隊機のパイロットは自機の装備するレーダーが突然、使用不能になったことに驚いた。
    「ECM攻撃か?」
    「馬鹿な。中国軍に、そのような高度な電子装備などあるわけがない!」
     自衛隊機のレーダーが使用不能になっている間に中国軍の戦闘機が自衛隊機に急速接近した。
    「中国軍機の攻撃だ!」
    「全機、戦闘開始だ!」
     もとより自衛隊機の想定していた空中戦は遠距離レーダーによって先に敵戦闘機を捕捉、長距離誘導ミサイルによって撃墜するというものだった。それがレーダーを封じられたことで中国軍機との「ドッグファイト」即ち銃撃による接近戦になったのだった。
     こうなると自衛隊機は俄然、不利であった。パイロットとしての熟練度において自衛隊は中国軍に比べて格段に劣っていたからだ。最新鋭の装備に頼りきり、自らの技量の向上を怠っていた自衛隊と、装備が劣っているが故に日頃の厳しい訓練に耐えている中国軍とでは、接近戦において明らかに中国軍が上であった。
    「うわあ!」
    「助けてくれえ!」
     次々と撃墜される自衛隊機。上海での空中戦は中国軍の完敗だったが、今回は中国軍の圧勝であった。
     生き残った僅かの自衛隊機が、すごすごと逃げ帰っていった。だが、どうして自衛隊機のレーダーは使用不能になったのだろう?自衛隊機のパイロットは気がつかなかったが、空中戦が行われている中を、一機の巨人機が右に左に飛び回っていた。
     いうまでもなく、それはB1UN!
     B1UNの装備する最新鋭のECM装備によって自衛隊機のレーダーは完全に使用不能となったのだ。
     B1UNは爆撃機であるから機銃を装備していない。仮に発見されても反撃する術はなく、戦闘空域を離脱するにしても戦闘機よりも機動性に劣る。B1UNにとって今回の戦闘参加は文字通り「命懸けの行為」であった。
     だが救助隊のメンバーはそれを見事にやってのけたのだった。それは何としても「ニッポンの蛮行を阻止してやるっ」という使命感に他ならなかった。
     その後、中国軍はB1UNの支援を受けて上海を無事に奪還した。
     さあ次は、いよいよ尖閣基地を占拠する自衛隊を一掃する番だ。                          

     中国、某飛行場。
    「司令官殿に申し上げたいことがございます」
     作戦会議が行われている中、参加していたマイケルが一歩前に出た。
    「ほう、何かな?」
    「私に妙案があります」
     マイケルは自分が考えた妙案を司令官に告げた。
    「危険ではないか?」
    「私たちの基地を取り戻すための闘いであります。一番危険に身を置くのは当然と心得ております」
    「さすがは国際救助隊のメンバーだ」
     中国軍司令官はマイケルの強靭な意志に感服するのだった。

     尖閣基地。
    「ヘレン!」
     ヘレンが監禁部屋へと戻ってきた。ヘレンは2時間ほど前に、ひとりだけ自衛隊員らによって監禁部屋からどこかへ連れて行かれたのだった。
     ヘレンは本名をヘレン・ビートといい、アキラやマイケル同様、日系人だった。本作品ではおなじみの「発進してください」と管制塔から指示を出しているのが、この女性である。30代前半で、まだ独身。基地でもとりわけ人気の高い女性だ。
     戻ってきたヘレンは顔に何か所も青痣を作っていた。せっかくの美貌が台無しになっていた。ヘレンは戻るや無言のまま監禁部屋の隅に座りこんだ。
    「くそう、あいつら!」
     ヘレンは小さな声で1回、そのように呟いた。体をわなわなと震わせ、その目にはうっすらと涙も見えた。
     その様子から「何があったか」は容易に想像することができた。
     ヘレンの怒りはこの場にいる仲間たち全員の怒りとなった。                          

     遂に中国軍による自衛隊掃討作戦が開始された。
    「発進する」
     最初にB1UNが離陸した。
    「ヘディング180度、目標、国連尖閣基地」
     北側から東シナ海を南下する。
    「地形追随システム、飛行高度60mでセット」
     B1UNが洋上を飛行高度60mで飛行を開始した。これは尖閣基地、及び海上自衛隊のイージス艦のレーダーによる補足から逃れるためだ。しかもB1UNはこの高度をマッハ0,85で飛行する。
     マイケルが立てた作戦はこうだ。
     先にB1UNによって海上自衛隊のイージス艦4隻を撃沈する。その後、中国軍の戦闘機が自衛隊機と交戦する。中国軍機はB1UN離陸後、きっかり2時間後に発進。
     普段は救助装備が搭載されるB1UNの格納庫には今回、中国製の回転式のミサイルラックが搭載されていた。その中に装備される対艦ミサイルは全部で5発。このうちの4発が当たればいい。だが、もしもB1UNがイージス艦を一隻でも撃ち漏らせば、2時間後に出発する中国軍戦闘機が危険にさらされることになる。
     今のところB1UNはレーダーを使用していない。レーダーを使用すればイージス艦に自分の存在を知られてしまうからだ。GPSによる自分の位置の確認と、中国の軍事衛星によるイージス艦の位置情報、そして何よりも肉眼が頼りだ。高度60mからだと凡そ28km先の水平線が見える。
     そして普段は2名で操縦するB1UNだが、今回は能力をフルに活用するために地上第1班にも協力を願っていた。
     コパイロット席にはアキラが座り、後ろの攻撃士官席にはアキラの片腕である副官のマイクが座る。ゲイリーは防御士官席だ。
     コパイロット席に座るアキラがマイケルに話しかける。
    「いつも、こんな調子で飛行してるのか?」
    「ああ」
     高度60mをマッハ0,85=秒速280mで飛行する時に見える外の景色は普通の旅客機から眺めるものとは全く異なる。海面が途轍もない速さで真下をスクロールする。それはスーパーカーで高速道路を全開走行しているような感覚だ。
    「怖いか?」
    「ああ、ちょっとな」
     マイケルは話し手をゲイリーに変えた。
    「敵さんのレーダーはどうだ?ゲイリー」
    「今のところ、反応ありませんね」
    「よし。このまま行けそうだな」
     今回の作戦において最も注意するべきは、自衛隊のレーダー網だ。年間予算5兆円を超える世界有数の超軍事大国・ニッポンだけあって、自衛隊はE2CホークアイやE3Aセントリーといった早期警戒機を多数保有している。艦船のレーダーは低空飛行によって回避できるが、それらのレーダーは上空から発信されるため、いくら低空飛行しようが避けられない。B1UNには、そうした敵のレーダーが発する電波を検知する能力が備わっている。
     検知した場合、どうするのか?
    「ECMの準備は出来ています」
     検知した場合には、直ちにECMを作動させ敵のレーダーを無力化することになる。但し、これはあくまでも最終手段だ。なぜなら「効果がない可能性もある」からだ。その場合、逆に相手に自機の位置を知らせることになる。
    「おっ、中国の軍事衛星からのデータが来た」
     コパイロット席には中国軍のモニターが設置されていた。そのモニターに中国の軍事衛星が撮影した現在の東シナ海の船舶に関するデータが表示された。
     これは勿論、計算済みで、この時間に中国の軍事衛星が東シナ海上空に来ることを見越して、この時間に作戦を開始したのだ。
    「で、どうだ?」
    「イージス艦らしいのが4隻。あと空母が1隻いる」
     空母。実に美味しい獲物だが、今はイージス艦だ。
    「方角は?」
    「ヘディング165度。距離はおよそ300km」
    「よし」
     左に旋回。暫くはそのまま飛行する。
    「みつけた。あいつだ」
     マイケルがまず一隻、見つけた。177「あたご」。
     イージス艦めがけて急接近する。イージス艦からの反撃はない。当然だ。どんなに高性能なレーダーを備えていたところで、水平線の先までは見えない。イージス艦のレーダーがB1UNを捉えたときには既にB1UNは28kmの至近距離まで接近しているのだ。これはイージス艦まで僅か100秒の距離にすぎない。
    「ミサイル発射」
     一発目の対艦ミサイルが発射された。洋上に浮かぶ大型艦船ともなれば、慎重に狙わなくたって当たる。ミサイルは吸い込まれるようにイージス艦のフェーズド・アレイ・レーダーを装備する、ひときわ大きな艦橋に突き刺さった。
     大爆発。イージス艦が炎に包まれる。黒煙が立ち上がる。
    「よし、次だ」

    「あの黒煙は何だ?」
     甲板上で目視による警戒に当たっている第2のイージス艦の水兵が洋上に立ち上る黒煙を発見した。水兵は直ちに艦橋に上がると艦長に、その旨を報告した。
    「艦長、中国軍による攻撃です」
    「レーダーは?」
    「反応ありません」
     艦長は水兵の言葉を笑った。
    「レーダーに反応はないそうだ。気のせいではないのか?」
    「そうではありません。南西の方角に確かに黒煙が昇っています」
    「黒煙?」
    「そうです」
     艦長は艦橋の窓越しに外の風景を見た。艦長の目にも明らか黒煙が立ち昇るのが見えた。
    「艦長」
    「なんだ、どうした?」
    「177番艦からの応答がありません」
    「なんだと!」
    「レーダーに反応。左舷9時より正体不明機接近。距離24km。急速に接近しています。飛行速度マッハ0,85。あっ、もう15kmを切りました」
    「直ちに迎撃準備だ」
     その直後、突然の爆発。船体が大きく揺れた。
    「今の爆発はなんだ!」
    「艦長。攻撃です。左舷に敵のミサイルが命中しました」
    「そんなバカな。こんな近くに接近されるまでレーダーに反応しないとは。まさかECMか?」
    「いえ。レーダーは機能していました」
    「では一体、どういうことなんだ?」
    「艦長、避難してください。この船はもうダメです」
     こうして2番目のイージス艦、173「こんごう」もまた東シナ海の藻屑となった。

     174「きりしま」。
     既に「あたご」と「こんごう」が撃沈されたことに気がついていた。
    「レーダーに敵機の反応はありません」
    「見落とすな。必ずいるはずだ」
    「レーダーに反応。12時の方向。距離22km。急速接近中」
     正面から急速接近してくる謎の飛行物体。
    「あの機体は!」
     艦長以下、水兵全員が今起きている事件の犯人の姿を目の当たりにした。
    「あれはB1UN!」
     ニッポン最大の誤算。それは国連救助隊が救助に向かった時を狙って奇襲攻撃を行ったことだ。確かに手薄な時を狙って奇襲攻撃したことで、容易に尖閣基地を占拠することは出来た。しかしその結果、B1UNを捕獲できなかったのだ。
    「うわあ!」
     対艦ミサイルが真正面からイージス艦に命中した。
    「敵の正体を最後のイージス艦に知らせるのだ」

     178「あしがら」。
    尖閣基地周辺に展開する最後のイージス艦。
    「よしわかった」
     敵の正体がB1UNと判明した以上、中国軍機を相手にするようなわけにはいかない。
    「直ちに、防御態勢に入れ」

     B1UN。
    「キャプテン。どうやらイージス艦がECMを作動させたようです」
    「向こうさん、うちらの正体に気がついたようだな」
    「どうしますか」
    「お返しだ」
     マイケルはB1UNに搭載されているECMを起動させた。

     あしがら。
    「レーダーが使えなくなりました」
    「おのれ、国連救助隊め。向こうもECMを使ったな」
    「艦長、どうするのですか」
    「全員、船の甲板に出て、四方を警戒しろ。向こうは大きなエンジン音を発しながら飛行している。絶対にこちらの方が先に発見できる」

     B1UN。
    「敵さん、移動してるな」
     軍事衛星から入手した場所に、あしがらは既にいなかった。
    「マイケル、先に発見されたらアウトだぞ」
    「ああ」
     マイケルは操縦桿を引いた。B1UNが上昇する。
    「とにかく手分けして探すしかない」
     マイケルとアキラはコクピットから必死に海上を眺めるのだった。
     レーダーによる誘導ほど正確ではなくても、目視によってある程度、方角を合わせて発射するならばイージス艦のミサイルはIRホーミング(赤外線誘導)によってB1UNが発する熱源、即ちエンジンめがけて飛翔してくるだろう。
     そして先に敵を見つけたのは、やはりイージス艦の方だった。B1UNが発するジェット音が、あしがらの水兵らに容易に居場所を特定させてしまったのだった。
    「雉も鳴かずば撃たれまいに。ミサイル発射器をB1UNに向けろ」
     ミサイル発射器が手動で向けられる。
    「発射」
     艦対空ミサイルが発射された。

    「何か光った」
     一瞬の太陽の反射をマイケルは見逃さなかった。そしてひとたびその方角を見れば、ミサイルは文字通り「私はミサイルだぞ」と言わんばかりに白い排煙をたなびかせながら上昇してきているのだった。
     そして、ミサイルの後ろには当然、イージス艦がいる!
    見つけたぞ、あしがら。
    「どうするんだ?」
    「ミサイルへ突っ込む」
    「まじかよ」
     B1UNはミサイルに向かって降下を開始した。
    「フレア放出」
     フレアが放出された。強力な熱を発するフレアによって、ミサイルはB1UNから逸れた。 
    一気に、あしがらめがけて降下する。
    第二のミサイルが来た。同様にフレアで回避する。
     第三のミサイル。フレアはもうない。
    「しつこいのは嫌いだ」
     マイケルは操縦桿を更に押し込んだ。B1UNは垂直に降下し始めた。
    「マイケル。これは」
    「やるのは久しぶりだ」
     アルゼンチン空軍時代は頻繁にやっていたミサイル回避の定番「下方空中開花」。垂直に降下、地面擦れ擦れで機首を引き上げ水平飛行に移るアクロバチックな飛行技術だ。
    「アキラ。高度計、読み上げてくれ」
    「4000フィート、3000フィート、2000フィート、1000フィート」
    「おりゃあ」
     海面擦れ擦れで水平飛行に移る。あしがらの乗組員たちはその光景に、今から自分たちが攻撃されるというのに素直に見入っていた。B1のような巨人機での下方空中開花など、およそマイケルにしかできない芸当だ。
    「お返しだ」
     ミサイル発射。最後のイージス艦もまた海底へと沈んだ。
    「任務完了」
     その直後。
    「何か来たな」
     2時の方角からダイヤモンド飛行編隊が飛来。
    「どうやら『ニッポンのエース』の登場だな」
     ブルーインパルスだ。
     B1UNに無線が入った。
    「この前は恥をかかかせてくれたな」
     その後、何回か会話をやり取りした結果、無線のお相手は自分が偵察飛行時に挑発してきた奴だと判明した。マイケルはそうとわかるとがっかりした。技量の未熟さはその時、既にわかっているからだ。
    「今度は負けねえぞ」
     やれやれだ。
     飛行編隊が、あの時のようにB1UNの真後ろに着いた。ミサイルではなく、どうやら機銃で仕留めに来るようだ。
    「馬鹿な奴らめ」
    「逃がすか」
     ブルーインパルスのF35がついてくる。編隊を崩さないのは褒めてやる。だが所詮、マイケルの敵ではない。
     海面高度100m。
    「はい、さようなら」
     マイケルはアフターバーナーを点火した。
     民間機においても737クラスの小型機が前方を飛行する旅客機の発生する航跡渦によって横転するケースがある。ましてやB1のアフターバーナーと737よりずっと軽量な戦闘機である。B1の発する強力な排気をまともに受けたF35が次々と横転する。海面高度100mでは機体の修正など不可能。F35は全機、海上に落下した。
     だが、これで終わりかと思いきや。
    「やすやすと逃がしてはくれないようだな」
     多数のF35によって上空を制圧されていた。こうなると、もはやECMなど意味がない。ECMは電子機器を狂わせるが、人間の視力までは狂わせることができない。それに今度はさすがに機銃ではあるまい。最新式の空対空ミサイルが相手では、いくらマイケルでも逃げ切ることは不可能だ。
    「マイケル」
    「もはや、これまでのようだな」
     その時。
     F35が次々と撃墜されていく。やがてF35はB1UNから離れ、別の方角へと飛んでいった。
     中国軍機が来たのだ。予定よりも1時間も早く。それも大編隊で。編隊を率いるのは中国軍司令官。司令官自ら編隊を率いてきたのだった。
    「いいか。我が中国空軍のメンツにかけてB1UNを絶対にニッポン軍なんかに撃墜させるな!」
     司令官はそのために1時間早く出撃してきたのだった。もしかしたら、まだイージス艦が残っていて中国軍機がミサイル攻撃を受けるかもしれなかったというのに。
    「司令官」
     マイケルは司令官の振る舞いに「男」を見た。マイケルは機首を反転、戦闘空域を離脱した。
    「ギアダウン」
     マイケルはB1UNを尖閣基地の滑走路に着陸させた。基地にいる仲間を助けるためだ。
    「行くぞ」
     アキラ率いる地上第1班のメンバーは小銃を手に取るとB1UNの後ろ足から滑走路上へ降りた。アキラを先頭にメンバーたちが基地の建物へと向かった。慣れないB1UNの操作をしていた時よりも俄然、生き生きとしている。
     地上第1班を下ろした後、B1UNは再び離陸を開始した。イージス艦は撃沈したが、通常のミサイル護衛艦は多数、存在する。それらに対してECM攻撃をする必要があったからだ。

     尖閣基地は完全に陸上自衛隊によって占拠されていた。正面突破は蜂の巣になるだけだ。
    班は二手に分かれて建物の左右、背後から建物に接近した。建物の背後は山の斜面になっており樹木もあるので、敵に見られずに接近するにはもってこいだ。
     ふたつに割れたメンバーの両方が建物にすぐ傍に取り付いた。
    「5、4、3、2、1、突撃!」
     メンバーは、それぞれ窓を打ち破って中へと侵入した。自衛隊員は奇襲を仕掛けるのは得意でも、奇襲を仕掛けられるのは苦手のようだ。1階の自衛隊員は全員、始末した。
     2階へと上がる。下の階での音が聞こえていたのだろう。さすがにこの先は奇襲とはいかなかった。自衛隊員による銃弾の嵐。
    「建物の構造はうちらの方が詳しい」
     建物を占拠して3日目の自衛隊員と、長年そこを利用している救助隊のメンバーとでは当然ながら建物の構造に関する知識に差がある。アキラは班を二手に分けた。マイク他数名を廊下に残し、アキラ率いるメンバーたちは一直線に続くベランダ(と言っても柵はない。雨避けの廂といった方が正確)を伝って敵の後方へと回り込んだ。
     後ろからの突然の攻撃に自衛隊員は成す術がなかった。というより自衛隊員は明らかに「感が鈍い」のだった。普通であれば、後ろに人がいれば気配を感じるものだが、自衛隊員はそうした感覚が鈍いようだった。
     それも当然だ。ニッポンでは多くの人々がスマホやヘッドフォンを利用しながら道を歩き、自転車に乗り、電車で移動する。外出中でも「自宅気分」が抜けない。いつでもどこでも気が抜けている。かくしてニッポン人は世界で最も「周りの人の気配や動きに注意を払わない鈍感民族」に成り下がっていたのである。そしてそれは自衛隊員とて例外ではなかったのだ。
    「行こう」
     アキラたちは3階へと向かった。
     2階と同様に、後ろからの奇襲。
    「おい」
     背後からアキラに声を掛けられた自衛隊員は直ちに武器を構えて反撃してくるかと思いきや、突然の出来事に驚き、その場で硬直するのだった。それはまさに道を歩いているニッポンの子どもたちが後ろから自転車のベルを鳴らされると避けるどころか、まるで「金縛り」にでもあったかのように、その場で固まってしまうのと全く同じ行動であった。そんな自衛隊員を撃退することは、ほとんど「七面鳥撃ち」と同じであった。
     そして4階。
     4階に自衛隊員の姿はなかった。アキラは一番奥の部屋へと向かった。銃で扉の鍵を破壊する。
    「みんな無事か」
     部屋の中には監禁されていた仲間たちの姿があった。
    「ヘレン!」
     アキラは最も衰弱の激しいヘレンのもとへ駆け寄った。
    「これは酷い」
     青痣だらけのヘレンの顔を見たアキラは改めて自衛隊員に怒りの炎を燃やすのだった。 
    その後、ヘレンは直ちに基地の病室に運ばれた。幸い、命に別条はなかった。そして精神的にも一般女性とは違い、厳しい訓練に耐えてきた強い女性ゆえに自衛隊員から受けた辱めに対しても精神的トラウマを生じることはなかった。
    怒りを燃やすアキラ。そして怒りを燃やす仲間たち。だが、自衛隊員は既に始末し終わっていた。
    「ん?」
     表でエンジンの音がする。建物から外を覗くと。
    「あいつは自衛隊の指揮官だ!」
     まさに今、生き残っていた指揮官がオスプレイに乗り込むところだった。
     怒りをぶつける相手が見つかった!ヘレンをこんな目に遭わせたのも、きっとあいつに違いない。
     オスプレイが垂直離陸する。
    「野郎、逃がすか」
    「追うぞ」
     空輸班のメンバーがハンガーへと向かう。
    「ああっ!」
     だが、ラファールはすべて破壊されていた。追うことはできない。
    「畜生!」
     空輸班のメンバーたちは地団駄踏んで悔しがるのだった。

    「ん?」
     B1UNの特殊通信回線が電波を受信した。この通信回線は尖閣基地とのホットラインであり、発信先は尖閣基地からだった。
    「誰だ」
    「マイケル、俺だ」
     話しているのはアキラ。
    「どうやら無事に基地を奪還したようだな」
    「ああ。それよりも敵の指揮官がオスプレイで逃げた」
    「わかった。任せろ」
    「待ってくれ。俺も行きたい」
    「何?」
    「ヘレンの仇を討つ!」
    「どういうことだ」
     その後、アキラが状況を簡潔に説明した。
    「わかった」
     マイケルはB1UNを尖閣基地に着陸させた。B1UNに直ちにラダーが装着された。ラダーをアキラが駆けあがる。
    「乗ったぞ」
    「よし」
     再離陸。
    「オスプレイは現在、基地の東の海上を沖縄本島に向かって飛行しているわ」
     管制塔から聞こえる、この声は。
    「ヘレン!」
     どうやらヘレンも自分で始末をつけたいらしい。病室を抜け出して管制塔まで来たようだ。
    「敵はそこからヘディング90度。距離約30㎞の地点よ。お願い。必ず撃墜して頂戴」
    「彼女の管制はいつだって的確だ」
    「わかった」
     イージス艦は既になく、ミサイル護衛艦も中国軍機があらかた片付けたので、安心して飛行高度を上げてレーダーを使用することができる。
     そして。
    「見つけたぞ」
     B1UNの正面レーダーがオスプレイを捉えた。B1UNの速力をもってすれば、オスプレイなど「どんがめ」だ。
    「レーダーに反応。大型艦船を確認」
     オスプレイはB1UNのレーダーが捉えた大型艦船の飛行甲板に着陸した。
    「こいつがニッポンの空母か」
     オスプレイが着陸した艦船こそ、今回の軍事作戦の旗艦。全長248m(かつての戦艦大和が263m)という堂々たる体躯を誇る海上自衛隊のシンボルにして軍国・ニッポン復活のシンボルでもある戦略空母「いずも」に他ならなかった。
    「おっと」
     いずもから対空ミサイルが発射された。マイケルは操縦桿を一旦右に振ってから左へ。B1UNは一旦右に機首を向けてから左へ機首を変えながら上昇。ミサイルはB1UNの後方を通過した。
     B1UNは素早く右に方向転換。機首を再び、いずもに向けた。大型爆撃機とは言えB1は可変後退角によって運動性能は、ひと昔前の戦闘機、たとえばF14トムキャットに匹敵する。そのため操縦桿もハンドルではなくスティックタイプだ。
    「格納庫のハッチを開きました」
     ゲイリーは用意がいい。続いてマイケルがアキラに言った。
    「お前が撃て、アキラ」
    「ああ」
     コパイロット席のアキラが後ろの攻撃士官席に移動した。
    「安心して撃て。仮に外れた時には、こいつをぶつける」
     こんな場面で冗談を言うマイケルではない。自分が外したら、マイケルは本気でB1UNをミサイルにする気なのだ。
     そんなことは絶対にさせない。アキラは慎重に狙いを定める。
     コクピット直下にある前方監視カメラから送られてくる映像を映し出すモニターの中心に、いずもが映る。今だ。
    「これでも食らえ!」
     アキラがミサイルの発射ボタンを押した。
     格納庫に搭載された最後のミサイルが発射された。命中。いずももまた4隻のイージス艦のあとを追った。
    「やった」
     敵の指揮官も倒した。F35もあらかた撃墜した。生き残ったF35は沖縄本島へと逃げていった。
    「それじゃあ、帰るか」
     B1UNは今度こそは再離陸することなく、着陸後は基地のハンガーへと入るのだった。



  •  無論、これですべてが終わったわけではない。
     中国はニッポンに対して宣戦を布告した。
     国連救助隊もまた、引き続き世界最大の国連分担金拠出国である中国の軍事行動を積極的に支援した。右傾化著しい軍国・ニッポンを打倒するために中国の軍事行動を支援する。これぞまさしく、どこかの誰かさんが生み出した造語「積極的平和主義」に他ならなかった。

    「イージス艦、発見」
    「ミサイル発射」
     レーダーで捕捉できない超低空を余裕綽々と侵入してくるB1UNによって残りのイージス艦2隻もまた海の藻屑となった。
    そればかりか
    「大型艦船発見。どうやら空母です」
    「さすがは軍国・ニッポン。いっぱい持ってるな」
     海上自衛隊は、いずもの姉妹艦「かが」、更にはひと回り小型(それでも全長197mもある)の「ひゅうが」「いせ」までも撃沈され、イージス艦ばかりか保有する空母までも全て失ってしまった。
     こうした情け容赦のないB1UNの攻撃。それは「旭日旗」を掲げ「軍艦マーチ」を声高らかに唄う日本海軍気取りの連中に「情けは不要」ということに他ならなかった。
     B1UNの活躍はまさに神出鬼没。高度60mの超低空から侵入して、海上自衛隊の艦船を次々と撃沈していく。軍事衛星の画像によって現在地点が判っても、超音速飛行であるから数分後には全く違う場所に移動してしまう。ニッポンの自衛隊にB1UNの動きを捉える手段は存在しなかった。太平洋戦争に於いてアメリカ空母・エンタープライズの動きを捉えられなかったことが日本海軍の敗因となったように、今回はB1UNの動きを捉えられなかったことが自衛隊の敗因となったのである。
     主力艦船を全て失ったニッポンに、もはや勝ち目などなかった。ニッポンはアメリカに日米同盟に基づく宣戦布告を要求したが、アメリカはそれを無視した。もとよりニッポンが自らの意思で憲法を改正、自ら仕掛けた戦争だ。世界中の国々がニッポンの軍事行動を非難する中、アメリカがニッポンを護る義務など、ある筈もなかった。アメリカにしてみたら国連決議に対する拒否権を行使して国連軍によるニッポンへの武力攻撃を抑えるだけで「満足しろ」ということだ。それにアメリカは「中国との全面核戦争」を何よりも怖れていたから、中国軍に攻撃を加えることなど考えてもみないことだった。
     だからといって中国軍にニッポン本土を攻撃させるわけにもいかない。中国軍がニッポンに上陸すれば、それこそ日米同盟そのものが解体しかねない。それだけは避けなくてはならない。
     しかもアメリカが「最も恐れていた事態」が、今まさに起きようとしていた。
     ニッポンの形勢を不利と見たロシアが北海道への軍事侵攻に向けて活発に動き始めたのだ。このままでは北海道がロシアに占領されるのは時間の問題であった。
     もはや、これまで。かくして在日米軍によって首相官邸が包囲された。そして首相をはじめ関係閣僚、右翼政権の支持母体の代表、中国に対するヘイトを繰り返したメディア関係者など、中国側が何年も前から調査し、作成していた「戦犯リスト」に名を連ねる右翼思想の人間がアメリカ軍によって次々と拘束され、中国に身柄を引き渡されたのである。
    「ニッポンと中国が戦争になったら、ニッポンの指導者を捕らえる」
    表向きは「日米同盟の強固さ」を叫びつつ、どうやらアメリカの指導者はとっくの昔に、こうした「密約」を結んでいたようである。

     尖閣基地。
     救助隊のメンバーたちがテレビに釘づけになっていた。
     それもその筈。テレビの画面には、まさに「中国による戦犯を裁く法廷の模様」が生の映像で映し出されていた。右翼新聞社の社長や右翼思想の大学教授などに次々と判決が言い渡され、そして今まさに、かつては「わが世の春」を謳歌、次々と軍国的内容の法律を制定していったニッポンの総理大臣に対して判決が言い渡されようとしていた。
    「被告人〇〇〇〇、あなたを戦争犯罪人として極刑といたします」
     やった!死刑だ。基地のメンバーたち全員が大燥ぎして喜びを分かち合った。
    「これで少しはニッポンも、まともな国になるだろう」
    「だと、いいけどな」



  • 「発進してください」
    「コピー」
     災害に苦しむ人を救うため、今日もB1UNが飛び立つ。                                    

  • 国連救助隊 未完



  • あとがき

  •  中国人とニッポン人は本質的に「真逆の人間性」を備える民族である。それは両国の神話を見れば一目瞭然である。中国には竜のお母さんが奇形児として生まれた末っ子「贔屓(ひき)」を殊の外かわいがる話が登場する。それに対しニッポンの『古事記』では、いざなぎ・いざなみの両神が奇形で産まれた赤ん坊を「醜い」と忌み嫌い、片端から海に流して捨ててしまう。また、中国では『三国志』に見られるように勝敗で正邪を決しない。負けても正義は蜀であり、勝っても魏は悪である。それに対しニッポン人は「勝てば官軍、負ければ賊軍」と実に考え方が短絡的だ。どちらがより「人道的な振る舞い」であるかはいうまでもなかろう。だから私は中国が「大好き」である。

     本作は『ディベートシスターズ(2007年)』『第四の峰(2017年)』に続く「中道三部作」のラストを飾る作品として2018年に発表された。
     アメリカ映画ではアメリカ軍は常に「正義の側」として描かれ、悪は大抵の場合「共産軍」と決まっている。ニッポン映画に至っては、本来であれば侵略戦争を始めた悪者として描かれるべき日中・太平洋戦争時の旧日本軍でさえ、正義の側として描かれるのが普通だ。そういう意味で、ニッポン人による作品でありながら日本側、それも現在のニッポンを悪者として描く本作は実に異色であり「画期的な小説」であるといえよう。
     当時の私がこのような内容の小説を執筆しようと決意するに至った理由について、くどくどと説明する必要はあるまい。「右傾化」である。より正確に言えば、右傾化に邁進する当時の総理大臣の存在である。当時のニッポンの総理大臣は過去に韓国と合意した内容を一方的に破棄。「徴用工・慰安婦は韓国人の自発的行為でありニッポンの強制ではない」と主張。更に中国に対しても「南京大虐殺はまぼろし」と主張するなど戦前のニッポンの戦争責任を悉く否定する「とんでもない人物」であった。そういう人物は大概「自分の悪事を隠蔽する」という振る舞いが日頃から身についていることでニッポンの歴史においても「ニッポンに不名誉な事実の隠蔽」を好むわけで、後にそれは「森友・加計問題」「旧統一教会との蜜月関係」「自身の派閥による裏金づくり」などによって証明されることになる。それは兎も角、この総理大臣のおかげで国連救助隊はかくも抗日的な内容になったわけである。もしもこんな総理大臣がニッポンに登場しなかったならば、国連救助隊の内容はもっと穏やかな「外交・政治色の薄い内容」のものとなっていたはずである。普通に沖縄本島を基地とし、自衛隊も国連救助隊の「協力者」として登場していたに違いない。私だって本当はそうした作品を描きたかった。だが、当時の自衛隊の最高司令官はこの総理大臣である。だから「悪役に甘んじる」ことになってしまったのだ。この総理大臣の「手兵となって働く存在」である以上、自衛隊は断じて正義の側として描かれるわけにはいかなかったのである。

    追記
    「核兵器反対、通常兵器大賛成!」 
     これは本作品の中に登場する言葉である。この時点ではまだネタニヤフ軍によるガザ地区における虐殺行為は行われてはいない。当時はこの言葉の意味を全く理解できなかったニッポン人もさすがにガザ地区において68000人を越える人々が通常兵器によって虐殺された事実を知る今では「納得できる」のではないか?「核廃絶」だけでは到底、世界は平和にはならないのだ。核兵器のみを対象とする平和運動は所詮、平和主義者を気取るだけの「似非平和運動」である。勿論、これがアメリカやロシアでなされるものあれば「真の平和運動」と言えるだろう。アメリカでは「共産主義者」と非難され、ロシアに至ってはそれこそ牢獄に繋がれてしまうからだ。だが、ニッポンは違う。核廃絶を訴えるニッポン人には如何なる「難」も起きない。ニッポンにあっては通常兵器にまで踏み込んでこそ「真の平和運動」なのだ。そうすれば難が起こる。たとえば右翼による「お前は自衛隊の存在を否定するのか」「非国民め」という非難中傷が。そうした難を甘んじて受ける覚悟と勇気を持つ者のみが「真の平和主義者」なのである。

  • 2025年11月18日     
    著者しるす           
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