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  • 新・コックローチ 第二部(2016年)

    新・コックローチ「第二部」
    連載開始。
    今度の敵は「21世紀の精神異常者」。
    そして謎の「イケメン男性アイドルグループ」。
    果たしてコックローチのメンバーは
    この新たなる脅威に対して
    どのように挑む?



    目次


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    新・コックローチ「青春編」
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    WARNING
  • 「闇世界を生きる人間を描く」という作品の性質上、日常生活に於いては禁止されるべき 「不適切な表現」が登場します。本作品に登場する人物たちのマネをしてはいけません。とりわけ山道具を武器として使用することは絶対におやめ下さい。





  •  記憶書き換え装置に繋がれた茉美の目の前にいるのは装置を操作する博士。齢81歳。その風貌はまさにレオナルド・ダ・ヴィンチが描いた「グロテスクな老人」の素描そのものだ。
    「旦那さんは帰った。ここには今、お前さんと儂しかおらん」
     次に登志がここに来るのは一週間後。それまで、ここには茉美と博士しかいない。博士が茉美の真正面に近づいてきた。博士の体から発せられる、どぎつい加齢臭が茉美の鼻を衝く。
    「な、なにをなさるのですか?」
    「何をするか?この状況で『すること』といったら決まっておろう。今から一週間、ふたりでたっぷりと楽しもうではないか」
    「い、いや」
     だが、手足を拘束された茉美にはどうすることもできない。
    「そなただって一週間も遊ばないのは苦しかろう?手足の自由が利かないその状態では自慰行為もできまいが」
     博士の言い分では「だから自分が楽しませてやろう」というわけだ。
    「だ、だめ」
    「そんなに嫌がらずともよい。これから起きることは、どうせ、お前さんの記憶からは綺麗さっぱり消え去るのじゃ。若者は老人を労るものじゃ。若くてピチピチとしたそなたのナイスボデーを余命幾ばくもない老人への『冥途の土産』と思うて、思う存分に楽しませてくれい」
    「いや、いやああああーっ!」

    「いや、いやああああーっ!」
     自分の叫び声で茉美が夢から目覚めた。
    朝6時。茉美は毎朝この夢で起こされる。全身汗塗れ。昨夜も相当、激しく暴れたのに違いない。自身の寝間着はもとよりベッドの上がグチャグチャに乱れている。
    「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
     荒い息づかいを必死に整える茉美。
     これは確かに夢ではあるが、過去に実際に起こった現実でもある。忘れたい現実。でも忘れられない現実。一週間に渡り味わった陵辱。茉美は毎日、この悪夢に魘されていた。
    「ううう・・・いつになったら忘れられるの?」
     茉美は今日もベッドの中でひとり涙を流す。

     銅鐸の塔・展望台。
     今日は首相と警視総監が揃っている。そう。今日は結団式。忍に代わる新しい副長が発表される非常に重要な日だ。
    「皆さん、その節はお世話になりました」
     驚いた。まさかこの人とは。首相から説明がある。
    「みんな。今日からコックローチの副長を務める茉美だ。彼女は元・栃木県警の警察官だったから任務上の問題は何もない」
     元・女性警官。忍の実母。ジャンが記憶を失っていた頃、彼に愛された女性。こうした経歴から「優秀な女性である」ことは否定しないが、樹音は複雑だ。忍が副長の時もいろいろとあったけれど、また、いろいろなことがありそうだ。
     茉美が早速「任務」を伝える。
    「今より、京都へ行きます」
    「京都」
     京都と言えば共産主義者の暗躍するまち。ターゲットは全てPIPIRUMAのデータによって判明している。
     元・共産主義者のボスによる「共産狩り」の始まりだ。



  •  アメリカのとある住宅街。
    「きゃあ」
    「ぐわあ」
    「助けてくれえ」
     深夜に突然の悲鳴。殺人事件の発生だ。警察が出動、まもなく犯人は捕らえられた。
     犯人はその家に暮らす17歳の少年。被害者は両親と妹。少年は普段はごく普通の若者で、その日は犯行の直前までパソコンでインターネットを楽しんでいた。
     この事件を皮切りに、同様の事件がアメリカ全土で頻発した。そう、頻発だ。1週間で1万件を超えた。死者はその倍にも達した。アメリカ政府は「非常事態」を宣言した。直ちに原因の究明と対応策が進められた。
     原因はすぐに判明した。「EPIC」。テロリストが開発した新手のコンピュータウイルスである。
     コンピュータウイルスと言えば、感染したコンピュータの「データを破壊するもの」や「データを盗み出すもの」あるいは「機能を外部操作できるようにするもの」などが今までの主流であった。だが、これはそれらとは明らかに性質を異にする。その最大の特徴はコンピュータを操作する人間を洗脳して、僅かな時間のうちにテロリストにしてしまうこと。原理はいたって簡単で、「サブリミナル効果」だ。感染したパソコンの画面にサブリミナルで殺人指令の言葉や殺人場面の画像を表示させることで、これを見たユーザーが「殺人衝動を起こす」という仕組みである。パソコンを見た人がテロリストに変わる!これほどテロリストが待ち望んだコンピュータウイルスはないだろう。瞬く間にアメリカ中に広がり、文字通り「アメリカを恐怖のどん底に陥れる」ことに成功したのだった。
     そして、この悪魔のウイルスが遂にニッポンにも上陸した!

     銅鐸の塔。
    「了解しました。直ちに、こちらでも調査いたします」
     警視庁のジミーから、EPICがニッポンに上陸したという連絡を受けた茉美はコンピュータウイルスの解析を依頼するために、コンピュータルームの帆乃香のもとを訪れた。
    「帆乃香、いる?」
     だが、帆乃香の姿はどこにもなかった。
    「トイレかしら?」
    しかし、いつまで待っても帆乃香は現れない。
    「しょうがないわね」
     茉美はスクリーンセーバーが働いているコンピュータの画面にタッチした。コンピュータの画面がスクリーンセーバーから、先程まで帆乃香が見ていたホームページに変わった。ホームページ自体は、なんてことないネットオークションの画面。
    「あっ」
     ネットオークションの画面を見ていた茉美が突然、叫んだ。茉美は大急ぎで、みんながいるリビングへ向かった。
    「帆乃香はどこ?」
    そこにも帆乃香の姿はなかった。
    「どうしたんです副長?何をそんなに慌ててるんです?」
    「帆乃香が危ない。いや、帆乃香そのものが危ない」
     茉美は日本語の難しさを感じた。最初の言葉では帆乃香が悪い奴らに「狙われる対象」のように聞こえるから言い換えたのだが、それでもやはり、そのように聞こえてしまう。
     茉美は直ちに命令を下した。
    「直ちに全員で帆乃香を探すのです。帆乃香が人を殺害する前に」
     そう。帆乃香は既にオークション画面にサブリミナルで映し出される「お前はテロリスト。さあ、人を殺せ!」という文字を見てしまったのだ。
     茉美はオークション画面を見て、それに気が付いたのだった。オナラウッドの装置によって脳を一度いじられた経験のある茉美にとってはサブリミナル効果など「子どもだましの児戯」に等しいが、通常の人間は容易に感染してしまう。
     それにしても帆乃香も不用意だ。オナラウッド研究所の技術によって開発されたスーパーコンピュータ「ジコマン」を経由していれば、あらゆるコンピュータウイルスを検知、無効化できたのだが、この時の帆乃香はダイレクトでネット情報を閲覧していたのだった。

     帆乃香が行方不明になったその頃、全国でEPICによるものと思われる事件が次々と発生していた。子供や夫に襲いかかる妻や、その逆に妻に襲いかかる夫、街中に出て手当たり次第に人に襲いかかる変質者など、低俗マスメディアが「明日のニュースは話題に事欠かない」と泣いて喜びそうな事件が各地で起きていたのだ。
     そして、その帆乃香は今、若い男たちにナンパされて車で九十九里を北から南へと移動していた。

    「いやっほー」
    「いえーい」
    「ひゅー」
     3人の若い男たちは、とびっきりの美女をナンパできた喜びに浸りながら、極太タイヤに履き替えた中古のクラウンマジェスタ(若者には分不相応の国産高級セダン)を爆走させていた。
    「今夜は思いっきり、楽しもうじゃーん」
     3人は本気でそう思っていた。その後に訪れる「悲劇的結末」など全く想像もしていなかった。
     その日の夜、車を「月の沙漠」で有名な御宿海岸近くの路上に停めた3人の若い男たちは車の中で大いに帆乃香を「楽しんだ」。帆乃香自身も嫌がるそぶりを一切見せず、男たちを大いに喜ばせた。
     夜空に半月がかかる。
    「ぎゃあ」
    「うげえ」
    「ぐわあ」
     波音にかぶる悲鳴。すぐに悲鳴は収まり、波音はいつもの歌に戻った。
     車のドアが開く。出てきたのは帆乃香一人。帆乃香はいずこともなく歩いて行ってしまった。
     翌朝、車の中から3人の若い男性の遺体が発見された。いずれも死因は心臓をナイフで刺されての心臓破裂死であった。凶器は幅6mm、刃渡り4cmほどの超小型のナイフによるものと判定された。
     この事件は昨夜、全国各地で起きた殺人事件うちの「一つ」にすぎなかった。しかし、この殺人事件を知ったコックローチのメンバーたちの衝撃は凄まじいものがあった。事件の場所と特徴から犯人が帆乃香であることは明白だったからだ。殊に「帆乃香の手は血で汚させない」と誓っていた一磨のショックは大きかった。まさかこんな形で帆乃香が人を殺めることになろうとは。
    「帆乃香・・・帆乃香・・・」
     涙を流しながら、一磨がその場で崩れ落ちた。
     一方の茉美は努めて冷静を装う。
    「一刻も早く帆乃香を見つけ出して、洗脳を解かなくてはなりません。帆乃香がいないことにはコンピュータウイルスに対するワクチンを開発することも、コンピュータウイルスをばらまいた犯人を特定することもできません」
     メンバーは直ちに御宿へと向かった。

     ジミーから連絡が入った。
    「鯛の浦のホテルに、それらしい女性が宿泊ですか?」
    「そうだ。地元警察から、たった今、警視庁の方に連絡が入った」
     鯛の浦。御宿からだと、さほど遠くはない。歩いて行けない距離ではない。
    「わかりました」
     御宿に来ていたメンバー全員はそこから勝浦を経由。鯛の浦へと向かった。
    「そのお客様は既にチェックアウトなされています」
     まったくう。地元の警察は何をやっているんだ?見張っていたのではなかったのか?とにかく周囲を探すしかない。茉美が瞬時に指示を出す。決断力の速さと、その的確さは、さすがは「忍の母親」だ。
    「望と樹音で付近を隈なくあたって。私は安房小湊駅方面へ行きます。一磨は、おせんころがし方面に向かって」
     茉美は隊を三つに割った。
     左手に内浦湾を見ながら茉美は安房小湊駅へ向けて走る。やがて、先程まで自分がいた場所辺りから遊覧船が白波を立てながら沖合を目指して走りだしていった。日を避ける場所などまるでない、高さ5mほどのコンクリート製の岸壁沿いを走る道路を茉美は汗だくになりながら必死に走った。10分ほどで安房小湊駅に到着。しかし、帆乃香らしい女性はいない。
     一方、ホテル周辺の、ちょっとした賑わいを見せる漁港の中を探す望と樹音もまた帆乃香を発見できずにいた。
    「二手に分かれよう」
     鯛の浦遊歩道を望は時計回りに、樹音は反時計回りに走った。途中で出会う二人。
    「だめか」
     結局、二人による捜索も無駄足に終わった。

     一磨はマテバシイの茂る林の中を抜け、その後は右手に海を見ながら、おせんころがしに向かって走った。
     おせんころがし。それは、その昔、おせんという娘が身投げした断崖。
    一磨の目に、やがて断崖の上に立つ慰霊碑が見えた。
    「帆乃香!」
     その隣に立つ一人の美女は、まさしく帆乃香。その姿は、おせんがまさに今、身投げをしようとしているかのようだ。少なくとも一磨にはそのように映った。
    「帆乃香ーっ!」
     必死に走る一磨。対面する二人。ここには他には誰もいない。
    「わざわざ、私に殺されに来たわけ?一磨」
    「なに?」
     帆乃香が笑った。だが、それは一磨が未だかつて一度として見たことのない、実に嫌らしい笑みだった。
     帆乃香が自分のスカートのポケットをまさぐる。自宅の鍵を取り出す帆乃香。その鍵にはアクセサリーとして、長さ6cm、幅1.7cmという最も小さなサイズの十徳ナイフがついていた。それはかつて「一磨は頼りない」と言われ、それじゃあ、と一磨が遊び半分で帆乃香にプレゼントしたちっぽけな護身用具。だが、これこそが「帆乃香の武器」に他ならなかった。
    「さあ、来なさい一磨。これであなたの心臓を突き刺してあげるわ」
     これが、これが洗脳というやつなのか?ここまで完璧に人を殺人マシーンに変えることができるのか?帆乃香を倒すのか?倒さなくてはいけないのか?「生涯、護る」と誓った帆乃香を?
     そんなこと、できるわけがない!一磨は決めた。帆乃香の洗脳が解けるならばそれでよし。ダメなら、ここからふたりで一緒に「身を投げよう」と。
    「帆乃香」
     一磨がゆっくりと帆乃香に近づく。
    「帆乃香。さっきの言葉は本気なのか?本気で、ぼくを『殺す』というのか?」
     帆乃香が構えた。3人の男を血祭りに上げたナイフの刃が、きらりと光る。
    「やるわ、当然じゃない。私はテロリストだもの」
     二人の距離が2mを切った。帆乃香がその気なら、一磨の心臓まで一突きだ。
    「帆乃香」
    「うう・・・うう・・・」
     帆乃香が苦しみ始めた。十徳ナイフを投げ捨てる。
    「あああああ」
     頭を抱えて蹲る。まさに洗脳がとけた瞬間だ。
    「私は人を、殺した」
     そう呟くと帆乃香は直ちに立ち上がり、その場で身投げを図った。
    「帆乃香!」
     そんな帆乃香の体を一磨が後ろから抱きしめる。
    「一磨、離して!私は人を殺した。罪のない人を3人も殺した!」
     必死に一磨の腕から逃れようとする帆乃香。一磨は帆乃香を離した。
    「わかったよ。そんなに死にたいのなら、止めないよ。でもこれだけは言っておく。帆乃香が死んだら、ぼくも後を追う。だから、さあ死んでみろ。そして4人目の男を殺してみろ。ぼくを殺してみろ」
    「うわああああ!」
     帆乃香はその場で泣き崩れた。帆乃香には、どうすればいいのか、わからない。
     再び一磨が帆乃香を抱きしめる。
    「生きるんだ帆乃香。ぼくのために。ぼくのために生きてくれ、帆乃香」
    「か、一磨あ」
     二人には誠に申し訳ないが、ラブシーンは長くは続かない。
    「帆乃香ーっ、一磨ーっ」
     茉美、望、樹音の3人が走ってきた。



  • 「さあ、仕事よ。帆乃香」
     帆乃香は銅鐸の塔に戻ると直ちにコンピュータウイルスの発生源を特定する作業に入った。ワクチンに関しては警視庁の方で必死に作成していた。死んだ人間は戻らない。今は犠牲者を増やさないようにすることだ。
     作業は困難を極めた。「ニッポン国内ではない」ことは最初からわかっていたし、FBIが総力を挙げても解明できなかった仕事だ。だが、帆乃香は懸命に取り組んだ。「罪を償う」には、この仕事を成し遂げる以外にはない。帆乃香はそう決意していた。
     そして1週間後。
    「見つけた」
     と同時に帆乃香が疲労が原因で椅子からころげ落ちた。帆乃香は直ちに救急搬送された。
     帆乃香が見つけた発生源は実に意外な場所だった。アメリカを標的とする攻撃を仕掛けた相手だから当然、中東を荒らすアメリカを憎んで止まないイスラム原理主義者の拠点がある中東だと思っていたのだが、違っていた。
    「ここはイギリスだわ(茉美)」
     そう、イギリス。場所はウェールズの風光明媚な観光地。冬場には「スノーボーダーの聖地」と呼ばれている場所だ。
     どうする?イギリスの警察に任せるか?
    「行きましょう」
     かくして、コックローチはイギリスへと飛んだ。

     ロンドン・ヒースロー空港に到着したコックローチのメンバーを出迎えたのは、イギリス警察ではなくイギリス情報部、通称MI6の局長を務めるメイだった。
    「私はMI6の局長・メイ」
    「私は警視庁サイバーテロ対策特別班の茉美です」
     茉美は「コックローチ副長」ではなく、そのように自己紹介した。
    「車を用意してあります」
     言葉の通り、空港には車が2台用意されていた。どちらも黒塗りのランドローバー。前にはメイ、茉美、望、一磨の4名。後ろにはメイの片腕を務めるレッド、樹音、帆乃香の3名。
    「帆乃香、大丈夫?」
     樹音が帆乃香を気遣う。帆乃香はまだ体力が回復していなかったし、精神的にも深く傷ついていた。
    「大丈夫よ。この事件の解決には、どうしても自分も参加したいの」
     自分に人を殺させた犯人を帆乃香は何としても「捕らえる」と決めていた。真に皮肉というか変な話ではあるが、人を殺した経験を手に入れたことで帆乃香は「真のコックローチのメンバー」となったのである。
     車は数時間に渡り走り続けた。行き先がMI6本部でもなければ宿泊先のホテルでもないことは明らかだった。
     山間部を走る車。車はやがて風光明媚な山の中に入った。

     HONORWOOD

     標識にはそう記されていた。そう。あの忌まわしき研究所と同じ名前だ。ただの偶然なのだが、まさかここでオナラウッドの名前に出会うとは。メンバーは当然ながら「いい気」はしなかった。そして目的地は、その地にある小さな山小屋だった。車を降りた全員で山小屋へと向かう。メイが山小屋の鍵を開ける。
    「是非、見て頂きたいものがあります」
     何だ?何が中にある?気を引きしめて中に入った。
    「これです」
     中には冷蔵庫大の大きなブラックボックスがひと箱。
    「これは、サーバー?」
    「そうです。これはサーバーです。つまり、ここも『敵のアジトではない』ということです」
    「で、このサーバーは調査したのですか?」
    「ええ、しました。ですが解析できませんでした」
    「解析できなかった?」
    「我々の技術では、このサーバーが何処と繋がっていたのか、わかりませんでした」
    「わかりました。私たちで調べましょう」
    「お願いします」
     早速、帆乃香が調査を開始する。と言っても、ここでは出来ることは限られる。帆乃香はニッポンに電話を入れた。相手は警視庁・サイバーテロ対策特別班。
    「今からサーバーの電源を入れます。そちらで解析をお願いします」
     帆乃香とニッポンのサイバーテロ特別班の合同捜査が開始された。これは事実上、世界最強のサイバーテロ捜査部隊に他ならない。
     帆乃香が指示する。
    「銅鐸の塔のジコマンコンピュータへのアクセスコードを教えます」
     これは遠洋漁船待子と並ぶコックローチの最重要機密。普段は絶対に外へは漏らさないものだ。MI6の2名には申し訳ないが退出してもらう。
    「行きます。・・・・・・以上」
     無論、これは捜査終了後、直ちに変更されることになる。
     サイバーテロ対策特別班によって、ジコマンコンピュータとサーバーが繋がった。ジコマンコンピュータによってサーバーの中身が解析される。
     結果が出た。
    「帆乃香。結果が出たわ。ロンドンよ。テロリストの本部はロンドンにあるわ」
    「ありがとうございます」
     テロリストの本部がロンドンにある。この事実をメイに報告する。
    「よし。直ちに向かおう」
     一同は直ちにロンドンへ引き返した。

     その頃。
    「きゃあ」
    「ぐわあ」
     ロンドンは「地獄絵図」と化していた。



  •  ジコマンコンピュータによる解析が行われたことはテロリストの直ちに「知る」ところとなった。
    「拙い」
     テロリストは浮足立った。どうする?
     テロリストはロンドン一帯にEPICをばらまいた。ロンドン一帯を無法地帯とすることで捜査を撹乱しようという企てだ。
     この企ては大成功であった。オナラウッドの超科学力によって護られていない、人類の科学力しか有さないロンドンはニッポンよりも遥かにコンピュータウイルスに脆弱であった。パソコンユーザーが次々とテロリストに変わった。ロンドン中で殺人事件が発生した。そして、それに混じってテロリストたちも当然、動いていた。この混乱に乗じて、テロリストたちが向かった先はバッキンガム宮殿。狙うは何と大胆にも「国王の首」。
     車中。メイと茉美の会話。
    「ロンドン中が混乱している。この混乱に乗じてテロリストたちは必ず動くはずだ」
    「私なら『バッキンガム』を狙います。『ダウニング街10番地』という手もありますが、テロリストが自分たちの力を見せつけるのに、バッキンガムほど格好の目標はありません。『バッキンガムを護れなかった』となれば、そんな政権など、立ちどころのうちに崩壊するでしょうから」
    「逆に言えば、バッキンガムに行けば世界中が血眼になって捜していた『テロリストに会える』ということでもある」
    「国王を護り、テロリストを捕らえる。どちらをし損じても私たちの『負け』です」
    「とにかく、今は急ぐしかない」
    ランドローバーがロンドン市内に入った。
    「酷い」
    「なんということ」
     ロンドン市内の各地でテロが起きていた。それも決してテロリストではない、ごくごく普通の一般市民によって。ロンドン市警は多くのそうした一般市民を射殺していた。「そうするしかなかった」のだ。
     怒りがこみ上げる。許せない。絶対に許せない。テロリストはまさに「血も涙もない悪魔」だ。
     バッキンガムに到着した。近衛兵が何人も血塗れになって倒れていた。その誰ひとりとして「背中を撃たれた者」などいなかった。
     安らかに眠れ。無念は必ず晴らす。
     建物内から銃撃音が。ということは、今まさに中で「戦闘が起きている」ということ。いざ、バッキンガムへ突入。コックローチ、見参!
    正面から中へ突入する。広間は既に死体だらけ。中の構造を知るメイを先頭に階段を駆け上がる。何しろロの字型の宮殿の中には600もの部屋があるのだ。中の構造を知らなければ、たちまち迷子になってしまうだろう。
     上手いこと、テロリストの背後を取った。背後からメイとレッドが拳銃を発射した。テロリストが倒れる。背後からの銃撃に気がついたテロリストたちが振り返る。彼らは小銃を発射してきた。素早く部屋に身を隠す2人。
    「あわわわわ」
     その後ろをついてきていたコックローチのメンバーも慌てて身を隠す。コックローチのメンバーは誰ひとりして飛び道具など所持してはいない。狭い廊下。敵は小銃。とてもではないが突撃などできない。
     と思いきや、望が身を隠した部屋の中で「いいもの」を見つけた。少人数用の椅子とテーブル。これはいい。盾とするにはもってこいだ。ちょっと高級だけれども。望は丸いテーブルを、一磨と樹音は椅子を手にした。
    「行くぞ」
     3人が一斉に廊下に飛び出す。3人はテロリストめがけて突撃を開始。
     迎え撃つテロリストも驚いたのなんの。まさか宮殿の備品を平気で盾代わりにしようとは。がさつなニッポン人にしか思いつかない発想だ。
    「うぎゃあ」
     テロリストたちはテーブルと椅子、合計12本の足による「突き」を喰らって、後ろへと吹っ飛んだ。こうして王宮を襲撃したテロリストは全員倒した。メイとレッドが国王の居室に入る。
     国王は無事だった。最後まで生き残った近衛兵らが必死に護っていた。
     その頃、茉美は一番負傷していないテロリストに対し、既に尋問を開始していた。
    「あなた方のボスは誰?」
    「フッ、誰が言うか」
    「では質問を変えましょう。コンピュータウイルスを開発したのは誰?」
    「何を訊こうが、無駄よ」
    「あっ、そう」
     茉美は先程の望の突撃で折れたテーブルの脚を拾うと、折れた側をテロリストの足に突き刺した。ささくれ立ったテーブルの脚がテロリストの腿に突き刺さる。
    「うぎゃあああ!」
    「ほらほらほら」
     茉美が脚をぐりぐりと回す。さすがは忍の母。
    「どう?これでも言わない気かしら?」
    「言う、言う、言うよお!」
     どこの国でも、男というのは案外、情けないものだ。
     テロリストに関する情報は、これで手に入った。

     車で移動中、テロリストのボスに関する情報が口頭で整理された。
    「コンピュータウイルスを開発したのは、Dr.フリップ。歳は40歳。生粋のイギリス人で、若い頃から結構な有名人よ。何でも10代の頃は『天才ゲーマー』、20代には『クイズ王』、30代からは『動画サイト』に人々を驚かせる映像をたびたび投稿。結構な人気だったらしいけれど、数年前から止めているわ」
    「数年前から」
    「そう。最近は全くやっていないわ」
    「コンピュータウイルスの開発に夢中になっていたのかな?」
    「そこのところは本人に直接、訊いてみましょう」
     そうこうしている間に、車は目的地であるケンブリッジ大学に到着した。
    「『ケンブリッジ大学』って大学があるのかと思った」
     ケンブリッジ大学というのはケンブリッジ地方にある大学の総称である。山でいえば「八ヶ岳」のようなものだ。
     目的の建物に到着。車を降りる。
    「知ってる?ケンブリッジって、漢字だと『剣橋』って書くんだよ」
    「本当?樹音」
    「まじかよ、それ」
    「うん。でもってオックスフォードは『牛津』」
     話が盛り上がったところで早速、研究室を訪ねる。Dr.フリップは自分の研究室にいた。まだ「自分の正体がばれていない」と思っているのだろう。
     だが、そうではなかった。フリップは既に全てを知っていた。知っていながら逃げることもなく、MI6とコックローチがやってくるのを待っていたのだ。
    「訊きたいことがあるのならば、何でも」
     もはや「逃げられない」と観念して開き直っているのか?眼鏡が似合う知的な風貌からは正直、腹が読めない。
     代表してメイが質問を行う。
    「コンピュータウイルスを作成した理由を、お聞かせ願おう」
     フリップは一瞬、口元をニヤリとさせた。そして、その口から出た答えは・・・。
    「ゲームだよ」
     ゲーム、だと?
    「テレビゲームでいくら勝とうが、テレビ番組に出演していくらクイズで優勝しようが、動画サイトにびっくり映像を流していくら人気を得ようが、そんなもの所詮は『くだらない自己満足』にすぎない。『自分の頭脳の優秀さ』を本当に証明するためには、もっと遥かに『スケールの大きなこと』をやって見せねばならない。そこでだ。世界中をテロの恐怖に陥れることを思いついたというわけだよ」
     一同呆然。「開いた口が塞がらない」とはまさにこのことだ。中でも一番驚いたのは樹音。正直ショックを隠せない。なぜなら、途中までは「自分の思想哲学と同じ」だからだ。テレビゲームの王者やクイズ王など「くだらない」ことだ。ここまでは同じ。しかし、そこから導かれた「結論」は全くの正反対。樹音の場合は、ゆえに「世のため人のため、なかんずく不幸に苦しむ人々のために働かなくては」と思うのだが、フリップは「悪事によって世の中をあっと驚かせてやろう」と考えたのだ。途中までは「志が高い」のに、どうして、こんな結論に至ることができるのか?樹音には全く理解できなかった。
     正解は「生命境涯の違い」である。樹音とフリップでは生命境涯に大きな隔たりがあるのだ。
     人は自分が思っているほど、自分の頭で物事を考えてはいない。「生命境涯の高低」という、人それぞれ異なる「生命力の強弱」によって物事の善し悪し、好き嫌いを判断しているのである。だから生命境涯が異なれば、同じ状況下にあっても判断は全く異なるものとなる。つまり生命境涯の基底部が菩薩界である樹音は「善なる結論」に至ったが、生命境涯の基底部が修羅界であるフリップは「悪の結論」に至ったのだ。
    「原爆資料館」を見学したとしよう。生命境涯の高い人ならば「酷い。こんなことは二度と起きてはならない」と思うだろう。だが、生命境涯の低い人間は逆に「これほどの破壊力を持つ兵器を是非、我が国にも欲しいものだ」と思うのだ。これは即ち、生命境涯の低い人間には「本来の教育的効果を期待することはできない」ことを意味する。「世界遺産登録」が自然や遺跡を保護するどころか、むしろ観光客等による破壊を助長する原因となるのも、こうした理由による。ここから、学校教育によって「知識を与える」こと以前に、生命境涯を高める修行が「重要である」ことが理解できるだろう。
    「天才ときちがいは紙一重」と言われる。紙一重であるのは、くだらないことを「くだらないこと」と感じるだけの優秀な頭脳を持っているという点では「同じ」だからで、両者を分けるのは先に説明した通り、生命境涯の高低である。天才とは「優秀な頭脳を持った生命境涯の高い人間」、きちがいとは「優秀な頭脳を持った生命境涯の低い人間」である。生命境涯が高ければ善を志向し、低ければ悪を志向する。人間の本質を単純に「性善説」や「性悪説」で分類できない理由がここにある。人間は頭の良し悪しに関係なく「善にも悪にもなり得る存在」なのだ。
     そして今、目の前に優秀な頭脳を持った生命境涯の低い人間がいる。テロを「ゲーム」と呼んで楽しむことのできる男が。
     メイが前に出た。レッドが続く。
    「Dr.フリップ。お前を逮捕する。お前には『黙秘する権利』と『公正な裁判を受ける権利』がある。おっと、逃げようなどとは思うなよ。私はMI6の人間だから殺人許可証を携行している。逃げようとするならば、お前は一瞬のうちに自分の権利をすべてこの場で喪失することになる」
    するとフリップは、きっぱりと答えた。
    「それは御免こうむる。私はまだまだゲームを楽しみたいのでね」
     フリップがそう言い終わるや突然、研究室に学生たちがどっと押し寄せてきた。しまった。いうまでもなく彼らはフリップの手で洗脳された学生たちだ。学生たちは洗脳されているだけ。だから殺せない。
    「と言うことで、私はこれにて失敬」
    「待て、フリップ!」
     学生たちに襲われるメイにレッド。そしてコックローチ。どうにか学生たちを全員、気絶させたときには既にフリップの姿はなかった。
     その後、コンピュータウイルス・EPICによる事件は有効なワクチンの開発によって次第に収束していった。
     だが、相手はマッド・サイエンティスト、Dr.フリップ。21世紀の精神異常者は必ずや「次なる手」で再び世界に宣戦布告してくるに違いない。



  • 次回予告

  •  Dr.フリップのすることは、いつだって「ド派手」だ。

     アメリカが打ち上げた軍事宇宙ステーション。あろうことかフリップに操られテロリストと化した宇宙飛行士たちによって乗っ取られてしまった!宇宙ステーションが装備する核ミサイルは全部で20発。
     アメリカをはじめ世界中の宇宙船が迎撃に向かう。だが、それらは悉く撃墜されてしまった。
     フリップからの予告状。
    「毎週1発。どこかの年に核ミサイルを発射する」
     その手始めとしてニューヨークが世界地図から「消えた」。
     もはや世界に「打つ手なし」

  • 新・コックローチ10

  •  お楽しみに。



  • 10

  •  渋谷の秘密基地。
     かつてこのビルには1階にスマホショップ、2階に歯医者、3階・4階に警備会社が入っていた。だが今は1階に登山用品店、2階・3階に中古レコード店、そして4階はコンサートホールとなっている。
     4階のコンサートホール。無論、大掛かりなものではなく、規模としては客席100人程度の小さなものだが、渋谷駅から徒歩数分という立地条件の良さから、明日のスターを目指す若手歌手やバンドにとっては非常にありがたい「聖地」となっていた。
     そして今日も無名のバンドが演奏する。

     午後7時。
     客席のライトが消灯。代わって、ステージのライトが点灯した。袖からメンバーたちが現れた。
    「みんなー、元気かー?」
     客席からは大きな歓声。狭いが、熱気に溢れる。まだ演奏前だというのに、客は既に全員、総立ちだ。
    「今夜は、とっても熱いなー」
     お世辞にも「きれい」とは言い難い訛声のボーカルが、ファンに向かって叫ぶ。
    「アーイ、ウォーン、チュウ~ッ!」
     チッチッチッチとシンバルが4回鳴ってから演奏が始まった。120dBの大音量が炸裂する。赤や黄色のスポットライトが激しく動く。ドライアイスだろうか?ステージの袖から冷たいスモークが流れ込んできた。

     TOKYOの女が イモなのはなぜ?
     個性を無視して 流行りを追うから
     流行りの服に 流行りの髪型
     流行りの化粧に 流行りの小物
     TOKYO(チャチャ) TOKYO(チャチャ)
     TOKYOの女は イモっ イモっ
     TOKYO(チャチャ) TOKYO(チャチャ)
     TOKYOの女は イモっ イモっ

     1曲目は「TOKYOの女」。東京のど真ん中で、敢えてこのような歌詞の歌を唄う。これだけで既にこのバンドが「軟弱なアイドルバンドとは違う」ことがわかる。「ハードで熱い曲」を演奏する攻撃的なバンドだということが。
     ボーカルによってタンバリンが叩かれる「チャチャ」という個所ではファン全員が手を叩く。「イモっ イモっ」のところではファン全員が同様に叫ぶ。初っ端からバンドとファンが一体となって盛り上がる。

     TOKYOの男が ダサいのはなぜ?
     見てくればかりで 中身がないから
     ゲーム マンガ グルメ ナンパ 
     いつでもどこでも 遊んでばかり 
     TOKYO(チャチャ) TOKYO(チャチャ)
     TOKYOの男は ダサっ ダサーっ!
     TOKYO(チャチャ) TOKYO(チャチャ)
     TOKYOの男は ダサっ ダサっ

    「ダサーっ!」のところを、ひときわ力を込めて唄う。
     そして、いよいよギタリストによる「ソロ」が始まった。足を内股に構え、愛用のエレキギター「ローズベイ」をかきむしる。ローズベイとは「夾竹桃」という意味だ。猛牛を一撃で仕留めるという猛毒を持つ桃色の花・夾竹桃。今、ギタリストが手にしているのはシースルーレッドの虎目模様の美しいローズベイ。ステージの裏ではキルト模様の、これまた美しいグリーンのローズベイが出番を待つ。
     ソロの前半部分は連続スウィープが中心。安定感のある完璧なピッキングとフィンガリングから超高速のフレーズが飛び出す。そして後半部になると、さらにそれが勢いを増す。もはや普通の演奏は不可能で、ここではタッピングが中心だ。
     ソロが終わった。ファンはもはや完璧なトランス状態。普段は仲間から「キモい」とか「寒い」とかいわれている「お調子者」の男も、ステージの上ではカッコよく見える。

     TOKYO(チャチャ) TOKYO(チャチャ)
     TOKYOの女は イモっ イモっ
     TOKYO(チャチャ) TOKYO(チャチャ)
     TOKYOの女はーーーーーーーっ 
     イモっ イモっ

     1曲目が終わった。ファンから、お気に入りのミュージシャンの名前が叫ばれる。圧倒的に人気なのは勿論、このバンドのリーダーでもある超絶技巧のスーパーギタリスト。
    「望ー!」
    「望ー!」
     望は軽く手を振る。「バンドのリーダーとしての自覚」から敢えて目立とうとはしない。望はバンドを結成したことで、ただギターを演奏するだけではなく「組織論」を学ぶ機会を得た。バンド活動は「人間としての成長」にも役立っていた。
     望がボーカルに目で合図を送った「次の曲を始めろ」。望の合図を受け、ボーカルが次の曲の紹介に入った。
    「次の曲はー、とびっきり『いい女』を見つけてしまった男の歌だ。ところが、そのいい女というのが、何と人妻だった!こんな時、さあどうする?真面目な君なら、素直に諦めるのかもしれない。だが俺なら、こうするぜ」

     たとえ人妻でも たとえ子持ちでも
     本気で欲しくなる 「いい女」がいる
     アアア アアアア アアア アアアア アア
     そいつの名前は

     ここでボーカルがマイクを客席に向ける。ファンは既にこの曲を知っているのだろう。迷わず次のように叫び返してきた。

    「美和!」

     さらに

     そいつはお前だ

     このあとにも同様の叫び。いうまでもなく、これが曲のタイトルでもある。
     続く2番は、このような歌詞だ。

     その長い首といい その細い腰といい
     本気で熱くなる 「いい女」がいる
     アアア アアアア アアア アアアア アア
     綺麗なあの子は 「美和!」
     素敵なあの子は 「美和!」

     ギターソロが始まった。だが、ここでは望はリズムを刻むのみ。ソロを演奏するのはサイドギタリストの公生だ。このギタリストは「ニュースキャスター」と呼ばれる地味な外観のギターを愛用する。望のローズベイと「ぶつからない」ための配慮だ。ローズベイは木目を生かしたシースルーカラーの派手なギター。対するニュースキャスターはソリッドカラーの地味なギター。音色も違う。ローズベイはピックアップがハムバッカーだから、高音成分の少ない甘い音であるのに対し、ニュースキャスターはシングルコイル特有の高くて硬質な音。そして何より、両ギタリストは「演奏スタイル」が全く違う。望は速弾き超絶技巧を駆使するスーパーギタリストだが、公生はチョーキングやビブラートを多用する泣きのギターが持ち味だ。
     ソロが終わり、3番が始まった。

     社会的な信用を かなぐり捨ててでも
     本気で欲しくなる 「いい女」がいる
     そいつの名前は 「美和!」
     そいつはお前だ 「美和!」

     今日こそ落とすぜ 「美和!」
     今夜はいかすぜ 「美和!」

     2曲目が終わった。
     まだまだ「熱い夜」は続く。その後は「ライヤー&ファイヤー」「ひな」「いい女」「ディア・ピスケス」などの女性を唄った歌や「オープン・ユア・アイズ」「ドーピング」などの人生哲学を唄った歌を次々と演奏。アンコールはデビュー曲の「ゲット・メリー」で締めた。

     午後10時。
    「お疲れさん」
     望を除くメンバーが渋谷駅へと向かう。一人残った望はそのまま地下1階に降りた。もはやここは「旧秘密基地」と呼ぶのがいいだろう。コックローチの秘密基地としての機能はここにはない。ただ、東京での仕事の際には便利なので、宿泊できるだけの設備は整えてある。今日はここで一泊だ。
    「ふう」
     リビングのソファに腰を下ろす望。望は眼を閉じた。まだ、眠ってはいない。
     望はこの時、悩んでいたのだった。理由は二つ。
     一つは「バンド名」について。
     現在のバンド名を望は正直、気に入っていなかった。いいアイデアがあれば直ちに「変えたい」と感じていた。ちなみに現在のバンド名は「バズーカメ」という。
     そして、もうひとつの悩みは「ボーカル」。下手糞で、かといってルックス的に「華がある」わけでもなく、今のままでは、とてもではないがプロデビューはできないだろう。だが、今のボーカルの首を切る決断を望はつけかねていた。同じ大学に通う仲のいい友人のひとりと思うと、どうしても「貴弘。お前はクビだ」とは言い出せなかったのだ。



  •  アメリカ・フロリダ州。

     ピンポーン

     家のチャイムが鳴る。
    「はい」
    中から家の主が出てきた。
    「どちらさまで?」
     家の主はNASAに所属するジョン宇宙飛行士。無論、それは国家の最重要機密で、近所の人も知らない。そして来月、ジョン宇宙飛行士は船長として軍事宇宙ステーション・ポセイドンに乗り込むことになっていた。
     ドアの前にはサングラスをした見慣れぬ中年男性が立っていた。
    「やあ、ジョン君」
     見すらぬ男性が親しげに話しかけてくる。ジョン宇宙飛行士は相手の顔をまじまじと眺めた。
    「気分はどうかね?我が忠実なるしもべよ」
    「はい、フリップ様」
     ジョン宇宙飛行士は、たった今、出会ったばかりだというのに見知らぬ客=Dr.フリップによって完全に精神をコントロールされていた。
     一体全体、どうやってフリップはジョン宇宙飛行士の精神を支配したのか?
     その理由はフリップがかけていたサングラスにあった。
     このサングラス、ただのサングラスではなかった。サングラスの表面にサブリミナルで文字が表示されるようになっていた。つまり、相手が自分と目を合わせさえすれば、サングラスに映る文字によって相手の精神を支配できるのだ。
     フリップはこの自身の発明品を『EYELANDS』と呼んでいた。本来のスペルは『ISLANDS』なのだろうが、目に装着する機器ということで敢えて「EYE」と表記しているようだ。恐るべし、フリップ。まさに「発明の天才」。
    「では早速だが、君に指令を与えよう。今夜、この家でパーティーを開きたまえ。そしてその場に来月、ポセイドンに乗船する宇宙飛行士たちを集めるのだ。その場で私を皆に紹介してもらいたい」
    「承知いたしました」
     フリップは一体全体「何」を企んでいるのだ?

     そして一カ月後。
     ジョン船長の乗った宇宙船が軍事宇宙ステーション・ポセイドンへ向けて予定通り発進した。
     ポセイドン。それはアメリカが科学技術の粋を結集して開発した最新鋭の軍事宇宙ステーション。直径100mの「どら焼き型」をしたそれは宇宙ステーションとしては文字通り「世界最大の大きさ」を誇る。その上部は太陽光発電パネルで覆われ、下部には各種通信アンテナ、そしてミサイル発射管が吊り下げられている。
    「こちらは『宇宙船リザード』。ただいま順調に飛行中。『ポセイドン』とのドッキング予定時刻は6時ジャスト」
    「了解」
     その後、交代要員と物資を乗せてケープカナベラル・ケネディ宇宙センターから打ち上げられた宇宙船リザードは到着予定時刻から2分遅れで高度400kmにあるアメリカ空軍所属の軍事宇宙ステーション・ポセイドンとランデブーした。
    「エアロック、オープン」
     リザードとポセイドンが一つに繋がった。リザードから交代要員の宇宙飛行士らが次々と入ってきた。
    「ごくろうさん」
    「あとはよろしく」
     3か月に渡り、ポセイドンに滞在していた宇宙飛行士たちが、次々とリザードへと移動する。やがてリザードは再び切り離され、地球を目指した。
     ポセイドンで新たに滞在する宇宙飛行士のひとりであるビル飛行士が、なにやら手にするスイッチを押した。
     その時。
     リザードが突然、爆発した。リザードは残骸となって大気圏内に流星のように輝きながら落下していった。リザードの爆発とビル飛行士の動作とは、まさに連動していた。リザードの爆発は事故ではなく、明らかにビル飛行士による「爆破」であった。
    「爆破完了」
    「よろしい」
     ジョン船長はビル飛行士の行動を讃えた。
    「さてと」
     ジョン船長は通信回線を開いた。
    「ドクター。作戦は成功しました。もはやポセイドンは完全に我々の指揮下にあります」
    「そうか。よくやったぞ、ジョン船長」
    「ありがとうございます」
    「では次の命令だ。直ちにメッセージを世界に向けて発信するのだ。『我々は1週間ごとに核ミサイルを一発発射する。世界の主要都市のいずこかを破壊する。これが脅しでないことを示すために、まず手始めにグアム基地を破壊する』とな」
    「了解しました」
     通信の主は言わずもがなDr.フリップ。この時、フリップは地球上のどこかに存在する豪奢な貴族の館でディナーの真っ最中。キャビア、トリュフ、フォアグラがふんだんに使われた料理を半分ほど平らげ(残りは満腹なので、捨ててしまうつもり)、今は最高級のグラスに注がれたロマネコンティを堪能しているところだ。
    「ふふふふふ」
     フリップがグラスを目線の位置まで持ち上げる。赤ワイン越しに夕陽とともに中世の古い街並みが見える。その光景を眺めながらフリップは次のように呟いた。
    「遂に『ポセイドンの目覚める時』が来た!」
     この非常事態に対し、アメリカ軍は直ちに対処した。まず、人工衛星破壊ミサイルを地上からポセイドンに向けて発射した。しかし、それらはいずれも途中で撃墜された。そもそもポセイドンはアメリカ軍が極秘に開発した軍事宇宙ステーションであり、しかも核ミサイルを12発も保有していた。当然、防御力は最高のものが与えられており、人工衛星破壊ミサイルによる撃墜など、もとより不可能であった。
     次にアメリカ軍は有人宇宙ロケットを打ち上げた。中にはSWATのメンバーが乗り込んだ。ミサイルを討ち落としながら、かろうじて有人宇宙ロケットはポセイドンとのドッキングに成功した。
    「行くぞ」
     エアロックを解除。ポセイドンの中へSWATのメンバーが乗り込む。
    「うぎゃあ」
    「ぐええ」
     戦闘のプロ中のプロであるはずのSWATのメンバーだったが、宇宙空間では勝手が違ったのか?それともフリップの洗脳によって戦闘能力が向上しているのか?理由はどうあれ、ポセイドンを支配する宇宙飛行士の前には敵ではなかった。SWATのメンバーは全員、返り討ちにあってしまった。
     作戦失敗。軍関係者の動揺。大統領の落胆。
     グアムの住民に、この非常事態が知らされたのは3日前。
     パニックや交通渋滞が起きる中、それでもどうにか住民全員、島の外へ脱出することができた。常夏の島グアムは無人島と化した。
     そして期限の1週間がやってきた。
     ポセイドンから1発目の核ミサイルが発射された。

     銅鐸の塔。
     若いメンバー全員がリビングルームに集まっていた。テレビではNHK(日本放送株式会社)が臨時ニュースを伝えていた。

    「テロリストによって占拠された軍事宇宙ステーション・ポセイドンから、1時間ほど前に核ミサイルが発射されました。その結果、アメリカ軍・グアム基地は完全に消滅した模様です」

     コンピュータウイルスによる核ミサイル施設の遠隔操作が可能な時代には、もはや核兵器の安全な管理は難しく、ゆえに核兵器など「保有すべきではない」のだということが、ものの見事に証明された格好だ。
    「ニッポンは大丈夫かしら?」
     この時代のニッポンなら「大丈夫」だろう。もはや「経済大国ではない」のだから。右翼政治家が経済大国ぶりを鼻にかける、かつての傲慢国家ニッポンだったら真っ先に標的にされただろうけれども。
     実際に核ミサイルが発射されたことを受けて、国連安全保障理事会が直ちに招集され、世界を挙げての対応が協議された。その後、宇宙船を保有するあらゆる国が「ポセイドンの破壊」を試みた。だが、ポセイドンを破壊することはできなかった。
     そして「次の一週間」が2日後に迫っていた。もはや世界には対抗する手段は残されていない。そして今度はいよいよ世界の主要都市がターゲットであった。しかもどこが標的かもわからない。ロンドン、パリ、ニューヨークなど標的の確率の高い大都市ではパニックが発生していた。

     東京、首相官邸。
     首相は悩んでいた。現在の復興途上にあるニッポンが「テロリストの標的となる」可能性は低い。ならば、このままおとなしくしていた方が「身の安全」であろう。しかしニッポンには軍事宇宙ステーション・ポセイドンを破壊できる「手段」が存在する。そして世界には、そのような手段はない。そのことを思うと「積極的に動くべき」ではないかと思うのだった。だが、その結果、今後ニッポンが「テロリストの標的」とされることになるかもしれない。そうならないようにするには「ニッポンが軍事宇宙ステーションを破壊した」という事実を知られないようにしなくてはならない。
     同じことをコックローチのメンバーもまた、考えていた。
     リビングに茉美が現れた。望が「メンバー全員の思い」を代弁する。
    「副長。首相官邸から出撃命令は?」
    「何も連絡は来ていないわ」
    「そうですか」
     メンバー全員の落胆。茉美が「首相の苦悩」を代弁した。
    「首相も悩まれているわ。でも首相には何よりも『ニッポンの首相』として、ニッポン国民の安全を最優先に考えなくてはならない義務があるのよ」
     しかしこのままでは世界中の主要都市が核ミサイルによって地上から消えることになる。実のところ「危険は少ない」とは言いながらも、帆乃香はニッポンにあってEPICに感染したし、東京や大阪などでは既に脱出者によるパニックが発生。皇族の方々は全員、地方の御用邸に避難なされていた。
    「恐らく2日以内に、首相は決断されるわ」

     予告日当日。
     この日はジミーも銅鐸の塔にいた。首相によって「重要な決断が下される」ことを見越しての判断だ。
     時間が刻一刻と過ぎていく。
     茉美がリビングにやってきた。
    「茉美。遂に連絡が来たのか?」
    「ええ。そうよジミー。首相は決断を下されたわ」
     賽は投げられた。首相はルビコン川を渡った。そうと決まれば直ちに行動開始だ。メンバー全員が最地下のドックに向かう。
    「待子、発進!」
     待子が発進した。向かう先は富士市にあるクラゲドーム。
     クラゲドームの地下にオナラウッド研究所の遺産を継承するPIPIRUMAの技術によって開発された宇宙戦艦が保管されていた。徳島はさすがに「遠い」と判断した政府が、いざという時にすぐさま利用できるように、この地に移動させたのだった。
     全員、所定の席に着く。忍の席には茉美が着いた。
    「ドック注水」
     ドックに海水が注入される。
    「微速前進」
    「ゲートオープン」
    「海底に侵入」
    「海面まであと3分」
     そして3分後、第一艦橋内がパッと明るくなった。艦橋が海面の上に出たのだ。
     ここで艦長のジミーが命令を下す。
    「宇宙戦艦ジャン、発進!」
     核融合エンジンが唸る。宇宙戦艦ジャンが海面から飛び立つ。
    「重力制御装置、作動。船体質量1/10から1/20へ」
    「核融合エンジン出力最大」
    「各部正常、異常なし」
     重力制御装置によって見かけ上の質量を軽くしながら、みるみる高度を上げるジャン。やがて正面の雲の中に入った。今日は曇り空。他国に知られずにジャンを発進させられる絶好の機会。首相は、この日を待っていたのだった。
    「右に旋回」
     雲の中で船体を旋回させる。暫くは雲の中を飛行する。
    「ポセイドンの現在位置は?」
    「ちょうど地球の裏側です」
    「よし。上昇開始」
     雲の上から顔を出すジャン。ジャンはそのまま一気に大気圏外まで上昇した。

     ここで、宇宙戦艦ジャンに関するデータを紹介しよう。
     名前は最初からこの名前であった。命名したのは文時代の茉美。記憶を消されていたとはいえ、やはり「思い入れのある名前」だったのだろう。迷わず、この名前にしたという。
     全長263m。全長こそ同じだが、外観はニッポン人にはおなじみの「あの戦艦」とは違う。喩えるならば「主翼のないボーイング727」。つまり船体の後部に巨大なT字翼があるのだ。そこまで含めた全長は342m。T字翼の前に艦橋。さらにその前に縦一列に46cm主砲が三基並ぶ。T字翼の後ろにも46cm主砲が一基。艦橋の周囲には12、7cm対空高角砲がずらりと並ぶ。艦首上部に核融合砲、その下にバリア兵器が収まる。核融合砲の口径は待子のものよりも遥かに巨大。どれほどの威力を秘めているのか想像もつかない。バリア兵器がこの位置にあるのは核融合エンジンの発生するエネルギーが大きいために反応してしまうからだ。無論、核融合砲を発射する際には停止させる必要がある。
     主砲の基本構造は核融合砲と同じである。ジャンの主砲は事実上、待子の核融合砲を三連装したものだ。待子の核融合砲が東京に与えた被害を思えば「主砲一斉発射」の威力がどれほど凄まじいものであるかは容易に想像できるだろう。しかも、燃料となる水素は燃料タンクからではなく兵装専用の「第二核融合炉」から供給される。ゆえに注入完了と同時にすぐに発射することができる。艦橋を護る無数の対空砲もまた構造的には核融合砲だ。主砲同様、連続発射が可能。大気圏内であれば命中しなくても戦闘機をバラバラに破壊することができるだけの威力を有する。
     外見上、ジャンにはレーダーが見当たらない。T字翼がレーダーを兼ねているからだ。T字翼の中はボックスシールを基本とするハニカム構造になっており、その中に「アレイ・シフター」すなわちレーダーセンサーが組み込まれている。またT字翼の接続部は飲み薬のカプセルのような形状になっており、前後のカプセルの中にそれぞれ前方レーダーと後方レーダーが収まる。
     推進用の核融合エンジンは2基。喫水線から下、胴体の後方1/3を占める。そしてその前方、胴体の中央にあるのが「重力制御装置」だ。これがなくては、いかに高出力の核融合エンジンといえど船体質量が重すぎて、とてもではないが飛翔させることはできない。
     以上が宇宙戦艦ジャンの概要である。オナラウッド研究所芸術監督・珍柿が地球にやってくる際に乗ってきた巨大宇宙戦艦の技術を人類がどうにかこうにか模倣しながら造り上げた、現時点において地球上に存在する「最強の兵器」である。                           

    「ポセイドン確認。距離、前方10000km」
    「そろそろ、向こうも気がつくぞ」

     ジミーの言葉通り、ポセイドンのレーダーが接近する物体を探知した。
    「何だ?また宇宙船か。懲りない奴らだな」
    「1000kmまで接近したら迎撃ミサイルをお見舞いしてやるさ」
     ジャンとポセイドンの距離が1000kmを切った。
    「迎撃ミサイル発射」
     ポセイドンから迎撃ミサイルが発射された。

    「ミサイル接近」
    「このまま直進」
    「了解」
     ジャンはそのまま突き進む。迎撃ミサイルが目前に迫った。

    「何?バカな」
    「どうした?」
    「船長。ミサイルが爆発しません」
    「不発か?なら、もう一回発射しろ」
     しかし何度やっても結果は同じ。
    「駄目です。ミサイルが爆発した形跡はありません」

    「ミサイル消滅。バリア兵器、正常に作動中」
    「主砲、発射準備。目標、軍事宇宙ステーション・ポセイドン」

    「何だ、あれは?」
     ポセイドンを占拠する宇宙飛行士のひとりが外部カメラに映るジャンを発見した。
    「拡大しろ」
    「はい」
     モニターにジャンの姿が拡大された。
    「あれは宇宙戦艦!?」
     一同の驚き。
    「直ちに地球のドクターと連絡を取れ!」

    「ポセイドンの通信を傍受しました」
    「直ちに通信の内容と場所を特定しろ」
    「了解」
     帆乃香が銅鐸の塔との回路を繋ぐ。ジコマンコンピュータによる解析作業が開始された。

    「ドクター。大変な事態が起きました。敵が宇宙戦艦で攻めてきました」
    「宇宙戦艦?何を寝ぼけたことを言っている」
    「とにかく見てください」
     地上に送られたモニター映像には確かに宇宙戦艦が映っていた。
    「こんなバカな!」
     まさか、こんなものが実在しようとは。世界を驚かせるのを「至上の喜び」とするフリップの方が、さすがにこの時ばかりは驚いた。
    「どうします?ドクター。この宇宙戦艦には迎撃ミサイルも通用しません」
     フリップは暫く思案した。
    「よし。核ミサイルを発射しろ。その宇宙戦艦が『どんな動き』をするか見てやろうではないか」
    「了解」

     ポセイドンの通信を傍受したジャンの第一艦橋内ではメンバーがざわついていた。
    「敵はDr.フリップか!」
    「だとしたら、宇宙ステーションのテロリストたちは洗脳されているだけなのかも」
    「主砲発射は中止だ。テロリストでないのなら殺せない」
    「でも、このままでは核ミサイルを発射されてしまいます」
     そうこうしている間に核ミサイルが発射されてしまった。暫くは緩やかに水平に飛行するが、やがては落下体制に入る。そうなれば迎撃する術はない。
     ジミーの決断。
    「艦首核融合砲、発射準備」
     やはり、そうだろう。主砲で撃墜できないわけではないが、標的が小さいから、より確実な方法を選択するならば、やはりこれ以外にはない。艦首核融合砲にエネルギーが充填される。第二の炉の水素が空になった。
    「発射!」
     艦首核融合砲が火を噴いた。待子の核融合砲とは比較にならない、とてつもなく巨大な光の筋が宇宙空間を走った。その光の筋は核ミサイルを瞬時に溶かし、その他、多くの宇宙ゴミを巻き込んで遥か闇の彼方へと消えていった。空気の存在しない宇宙空間では爆風が発生しないため核融合砲といえども、その威力を大きく下げる。だが、それでもジャンの核融合砲の威力は絶大であった。もしも艦首が月を向いていたなら、月を粉微塵に破壊したかも知れない。
     この時、メンバーの誰もが思った。
    (この兵器は安易には使用できない!)
     ジミーが直ちに次の作戦を指示する。
    「白兵戦だ。ポセイドンとドッキングするぞ」
     ジャンとポセイドンが通路によって接合された。ジミーを先頭にポセイドンのエアロックを目指す。
    「油断するなよ。ポセイドンの中はジャンとは違い無重力だ。体の自由が思うようにいかないぞ」
     望など、あっというまに回転しそうだ。
     だが、もとより誰ひとりとして油断などしてはいなかった。相手は「SWATを全滅させた相手」だ。むしろ勝てる自信など誰ひとりとして有してはいなかったといった方が正しい。ジミーでさえ、この時ばかりはさすがに緊張していた。
     ポセイドンのエアロックが開けられた。
    「行くぞ」
     ポセイドン船内に飛び込む。コックローチ見参。
    「反撃」を覚悟して飛び込んだのだったが、コックローチがポセイドンの船内で見たものは、まったく予想に反する光景だった。
    「ううう」
     メンバーたちが見たもの。それは洗脳が解け、苦悩する宇宙飛行士たちの姿だった。
    彼らの洗脳を解いたもの。それは宇宙戦艦ジャンの放った核融合砲の閃光であった。核融合砲という常識を遥かに超えた衝撃に、さしもの強力な洗脳も解けたのだった。
    「私たちは、とんでもないことをしてしまった」
     彼らは核ミサイルのボタンを二度も押してしまったことを心から悔いていた。だが、幸いにも人的被害はひとりもなく、洗脳されていたのだから、彼らに罪はない。
    ともあれ、作戦を続行。直ちに宇宙飛行士たちを催涙ガスで眠らせ、注射を打つ。
    「悪いな」
     脳のシナプスを解除する薬。一種の神経毒で、効果は「記憶を消す」。この薬のいいところは昔の記憶は消えず、最近の記憶のみを消せることだ。シナプスの先端部から順番に切り離すことで新しい記憶から先に消去される仕組みだ。記憶書き換え装置のように脳の記憶を細かく操作することはできないが、持ち運びに便利なのがいい。
    「帆乃香。そっちはどうだ?」
     その間、帆乃香は宇宙ステーション内の映像記録の消去作業を行っていた。その消去作業だが「ゴミ箱に移してから削除する」などという生易しいものではない。そんなものでは容易にデータを修復できてしまうからだ。宇宙ステーションのコンピュータと地上のジコマンコンピュータを繋いで、宇宙ステーションのコンピュータデータを根こそぎ破壊するのである。
    「終ったわ」
    これで宇宙戦艦に関する記録は消去できた。地上のどこかにあるフリップのパソコンデータも同様だ。但し、フリップの脳の中の記憶だけは消去できないが。
    「帰ろう」
     宇宙戦艦ジャンは帰還の途についた。



  •  深夜1時。
    「行くぞ」
     イギリスではコックローチから連絡を受けたMI6が軍事宇宙ステーションとの交信先である古い貴族の館を急襲していた。扉を次々と蹴破り、部屋の中を確認する。そして最後の部屋である最上階の居間の扉を蹴破る。そこには半分ほど残された超豪華ディナーと赤ワインの入った瓶、そして空のワイングラスがテーブルの上に置かれていた。
    「くそ、また逃げられたか」
     MI6局長・メイは苦虫を噛んだ。
     この部屋にフリップがいたことは間違いない。この部屋を中心に捜査開始だ。何か重要な手掛かりが見つかるやもしれぬ。
     その時、ふとメイは暖炉の上に置かれた豪奢な置き時計を見た。
    「ん?」
     その置き時計の針は、あと3分足らずで0時を指そうとしていた。メイは自分の腕時計を見た。1時30分を過ぎようとしていた。自分の腕時計と置き時計を見比べるメイ。0時はとっくに過ぎている。なぜ、この置き時計は今から0時になろうとしているのだろう?動いているのだから「故障ではない」。無論、フリップが「時間にルーズ」というわけでもあるまい。
    「まさか」
     あと2分で置き時計が0時を指す。
    「みんな逃げろ、早く!」
     メイを筆頭に、捜査員全員が居間から出る。階段を駆け下り、大急ぎで館の外に飛び出す。置き時計の針が0時になった。
     大爆発。ドアは吹き飛び、ガラスは割れ、そうして出来た開口部のすべてから炎が噴き出す。幸い全員、屋敷の外に脱出していた。
    「なんて奴だ」
     黒い煙を昇らせながら赤々と燃えあがる館。
    「Dr.フリップ。お前は必ず俺がこの手で捕まえてやる!」
     火の粉の舞い上がる夜空に向かって、そう決意するメイだった。



  • 次回予告

  • 「宇宙戦艦はニッポンにある」と確信するフリップ。
     遂にフリップが来日!そのフリップが「怪しい」と睨んだのは、珍柿が残した建築遺産群。銅鐸の塔の中にフリップが潜入する。断じて「オナラウッドの超科学」の存在を奴に知られてはならない。それは地球人類を滅ぼしかねないものなのだ。
     地下1階・機械室。
    「あった」
     フリップは、地下2階へと通じる秘密の扉を発見した。果たして、この下には何があるのか?

  • 新・コックローチ11

  •  10月1日、公開予定。
     お楽しみに。



  • 11

  •  あの日以来、Dr.フリップは宇宙戦艦のことを考えていた。
    (一体、どこの国が造ったんだ?)
    (全体、誰が設計したんだ?)
     見た目はアメリカっぽい。だが、あんな宇宙戦艦、どう考えてみてもアメリカには建造できそうにない。しかし軍事宇宙ステーション・ポセイドンから送られてきた映像には確かに映っていた。フリップには「自分こそが世界一の大天才だ」という自負があった。そんな自尊心を宇宙戦艦はものの見事に粉々に打ち砕いたのだった。それだけではない。宇宙戦艦が映っていたデータを、こともあろうにコンピュータウイルスによって破壊されてしまった。もはや映像から大きさや形などを細かく解析することもできない。
     迂闊だった。早くポセイドンとの通信回路を遮断するべきだった。世界一のコンピュータの名手の自分が、あろうことかコンピュータデータを破壊されるとは。正直、不愉快でならない。
     結論から言えば、Dr.フリップは「人類一の大天才」だ。しかし地球人類である以上、遠い宇宙からやってきた異星人である珍柿には到底、及ばない。そして、フリップは珍柿のことなど知るべくもなかった。宇宙戦艦はあくまでも自分よりも優秀な頭脳を持った人間が造り出したものだと信じて疑わなかった。
     フリップは宇宙戦艦の所在を探した。自身の頭脳を駆使して、あらゆる国家の秘密情報をハッキングした。アメリカ、中国、ロシア、ヨーロッパ。しかし宇宙戦艦に関する情報はどこにも存在しなかった。
     だが、ハッキングの過程で興味深い情報を入手した。それは、アメリカ国防総省が保存するデータで、内容は右翼政権時代のニッポンの自衛隊に関するもの。ロング・レッグと呼ばれるロボット兵器が溶鉱炉の中に入れられて溶かされる映像だった。この映像を見たフリップの目がきらりと光った。フリップは動物的な直感から、ロング・レッグが非常に高度な技術によって製作されたものであることを見抜いたのだ。この製造技術が仮に「今のニッポンにも存在する」のであるならば、宇宙戦艦の建造は不可能ではないとフリップは踏んだ。フリップはニッポン政府のコンピュータを次々とハッキングしていった。首相官邸、防衛省、総務省・・・。無論、それらの中に宇宙戦艦に関する情報は一切、見いだせなかった。ゆえに本来であれば「これで終わる」はずであった。

    「何者かが政府のコンピュータをハッキングしている」
     銅鐸の塔が海外からの違法なアクセスをキャッチした。
     ジコマンコンピュータによる解析作業が行われ、ハッキングの相手の居場所が特定された。場所はイギリス。その情報は直ちにMI6へと送られた。かくしてMI6がフリップのアジトを急襲する。フリップは間一髪、この難を逃れた。この時、フリップは確信した。
    (宇宙戦艦は、やはりニッポンにある!)
     なぜなら、自分のハッキングを逆探知できる技術が確実に「ニッポンにはある」ということを知ったからである。



  •  新東京国際空港。
     英国航空のエアバス旅客機が滑走路に着陸した。ロールスロイス製エンジンの特徴である三軸構造による独特の高周波音を発しながら、旅客機は第一ターミナル・南ウイングに到着した。
     イギリスから来日した多数の乗客たちが税関を通過、ニッポンの国土に降り立つ。その多くは、やはりビジネスマン。
     そして最後に一人の男が税関を通過した。
    「ここがジャパンか」
     フリップが来日したのだ。フリップは空港ターミナルを出ると早速、タクシーを呼んだ。
    「アキハバラまで」
     秋葉原なら、京成電鉄のスカイライナーSで上野まで出れば、あっという間だ。だが、フリップはタクシーを利用した。東関東自動車道を東京方面へと走り出す。
     だが、このタクシーは失敗だった。このタクシーのドライバー。右腕は脇の下をガバッと開いてドアの上に乗せ、左腕もまた脇の下をガバッと開いてその手は12時のイチでハンドルを握る。その結果、ハンドルは常に左右にフラフラふらついている。しかも自分の腕が死角となって速度計や燃料計も見えてはいないのだが、本人はそのことに全く気が付いていない。
     ニッポンでは昔から「馬鹿は脇が甘い」と言われる。元々は相撲用語で、脇の下を開く力士はまわしを外側から取るために弱いことに由来するのだが、この原理は野球のバットスイング、ゴルフスイング、剣道などあらゆるスポーツに当てはまるものだ。そして車の運転もしかり。片手12時ハンドルで脇の下を開くドライバーは、はっきり言って頭の働きの鈍い馬鹿であり、車を安全に運転するだけのドライブセンスを持ち合わせていないのだ。
     そして案の定、このドライバーは時速60㎞も出ているのに、前の車との距離を詰めだしたのだ。その距離、僅か5m。前の車に何かトラブルが発生、急ブレーキを掛ければ、間違いなく追突する距離だ。「正しい車間距離」は言うまでもなく前の車が急ブレーキを掛けても、自分の車は急ブレーキを掛けないで停車できる距離のことだ。時速60㎞ならば20mは必要である。
     何という危険に対する「鈍感さ」よ。
    「もういい、止めろ」
     フリップは最も近い鉄道駅から2kmほど離れた場所で下車した。といっても心配は無用だ。フリップは観察がてら2kmの道を歩くことくらい何とも思わない。足腰の強さはスマホゲームに夢中で運動とは無縁のニッポンの軟弱な若者の比ではないのだ。
     「ROUTE51」と書かれた青い看板が立つ道はスマホ検索によれば駅前まで真っ直ぐに伸びる一本道。途中に橋が架かる大通りであった。大通りであるから道を走る車は結構な数にのぼる。その1台1台のドライバーをフリップは観察した。その結果、フリップは4台に1台の割合で、先程のタクシードライバーと同じ「片手12時ハンドル」を目撃した。無論、ドライバーの顔もしっかりと確認。当たり前だが、誰もが「私は脳みそ空っぽです」と顔に書いてある。それにしても4台に1台が片手12時ハンドルとは。これは要するにドライバーの4人に1人が「バカ」で、4台に1台が、いつハンドル操作を誤って事故を起こしてもおかしくない状態にあるということだ。
     それどころか、中には「右手で10時ハンドル」なんて車までいる。左手にスマホを握っていることが容易に想像できる。車を運転していながら、頭の中は車の運転のことではなく「スマホ」のことでいっぱいなのだ。
     また、フリップは路上の様子も観察していた。その結果も同様に悲惨なもの。コンビニゴミと思われる、おにぎりやサンドイッチの包装、ペットボトルといった貴重なプラスチック資源が無残にもポイ捨てごみと化している。そして大きな犬の糞も、ちらほら散見された。
    「『ニッポン人は真面目で優秀』なんてのは真っ赤な嘘だな」
     こうしてフリップはニッポン人の「精神性」に迫ったのだった。それは即ち「勝てば官軍、負ければ賊軍」「食わねど高楊枝」などの諺に代表される、外見ばかりを立派に装い、内面を全く重視しない「武士道」に他ならない。
    役所や民間企業による偽装、捏造、改竄といった隠し事はもとより、お国の名誉のために国の恥部を隠す歴史歪曲もまた、その根底にあるのは武士道である。武士と騎士は違う。騎士は国王に絶対忠誠を誓う聖戦士だが、武士は天皇を平気で島流しにする国賊であり、そうした武士道精神を受け継いでいるのが現代ニッポン人なのだ。
     消防署と一体となった市役所を過ぎると右手の崖の上に駅が見えた。直下のロータリーでタクシーを捕まえる。今度は大丈夫のようだ。ドライバーは脇をしっかりと閉じて3時9時の位置でハンドルを握り、姿勢も正しい。
     タクシーは佐倉、四街道を過ぎ、やがて千葉に入った。
     幕張を通過する。右手に広がる住宅街。一方、左手には東京湾を奥に、未だ戦後復興の手が入っていない廃墟が広がる。その廃墟の中に、ひとつだけ黄金色に輝く塔が聳える。銅鐸の塔だ。
    「・・・・・・」
     フリップはタクシーの後部座席から銅鐸の塔をじっと眺めた。第二次日中戦争の時に起きた「幕張新都心大空襲」の中、唯一無傷で残った「奇跡の塔」。
    (なぜ、あの塔だけ破壊されなかったのだろう?)
     銅鐸の塔は現在、公開は中止され、ニッポン政府の管理下にある。
    (そして、なぜニッポン政府は幕張新都心の復興を行わないのだろう?)
     Dr.フリップ。侮りがたし!

     フリップが秋葉原に到着した。路上はやはりポイ捨てゴミだらけだ。
    「さてと」
     フリップは早速、既に偽名で購入してあるビルディングの地下へと入った。
    「ここが今日から『我が家』か」
     コックローチの旧アジト。場所柄からか、悪い奴がアジトにしたがるようだ。
    「早速、コンピュータを手に入れないとな」
     ここは東京、秋葉原。ニッポン一の電気街。コンピュータの部品を手に入れるのに、これほど好都合な場所はない。
    「だが、その前に」
     フリップは表に出た。秋葉原のメインストリートを歩く。
    「おっ」
     前からフリップ好みの美女が歩いてきた。
    「やあ」
     美女をナンパするフリップ。美女はフリップを見るや、たちまちフリップと「Hをしたい」と感じた。フリップの胸に飛び込む美女。
    「よしよし、いい子だ。可愛がってあげるよ」
    「本当?嬉しい!」
     フリップは美女とともに意気揚々とラブホテルへと向かった。
     この美女の行動。言わずもがな「EYELANDS」だ。EYELANDSのサブリミナル効果によって、この美女は「フリップとHがしたい」と思い込まされてしまったのだ。
     EYELANDS。「欲しい」と思うニッポンの男性がきっと沢山いるに違いない!
     それはさておき、その後、フリップは3日がかりで、コックローチの旧アジトを世界有数の「ハッキング基地」に改造した。そして、いざ基地を稼働してみると、イギリスからでは発見できなかった、さまざまな面白い情報が得られた。
    「オナラウッド研究所?」
     かつてニッポンに「オナラウッド研究所」という組織が存在したことをフリップはこの時、初めて知った。勿論、オナラウッド研究所の公式ホームページなどというものは存在しないが、科学ミステリーマニアが個人的にホームページで紹介していたりしたのだった。そうした情報からフリップは銅鐸の塔、クラゲドーム、榾木のポートタワーが、かつてはオナラウッドの秘密基地であったことを突き止めた。
     フリップは「やはりそうか」と思った。フリップはパソコンをシャットダウンすると、リビングに置かれたドルチェのソファに腰を下ろした。
    「これは何としても、調べてみる必要がありそうだな」
     翌日、購入間もないアストンマーティン・ヴァンキッシュを自ら運転して、フリップは東京から幕張に向かった。高速道路は使わず、国道14号線、通称「千葉街道」を走る。カーオーディオからはエルガーの行進曲『ポンプ アンド サークムスタンス』が流れる。
     今日の天気はあいにくの雨。フリップは昼間ではあるが、車のヘッドライトを点灯した。曇天・雨天時には車も含め、まちの風景全体が灰色っぽくなる。特に黒・グレー・シルバーといった色の車は周囲の風景に溶け込み、非常に見え辛くなる。カーブミラーなどはそれこそ真っ黒になり確認はまず「不可能」と言っていい。そして雨の飛沫は前を走る車の後ろ姿をぼかす。そこでフリップは自分の車の存在を周囲にはっきりと認識させ「横からの飛び出し」や「後ろからの追突」を未然に防ぐために昼間でもヘッドライトを点灯したのだ。これはヨーロッパの人々の間では、ごく当たり前に行われていることだ。北欧では、それこそ「常時点灯」が義務付けられている。
     しかし、フリップの運転するヴァンキッシュ以外に今、ヘッドライトを点灯して走行している車は、ただの一台もない。「自分は道路が見えているから、ライトなんか必要ない」ということなのか?はたまた単に「ライトを点灯する作業が面倒くさい」からか?いや、これはヘッドライトを点灯するとカーナビの画面が夜間モードになって見えなくなるからだ。ニッポン人はカーナビでテレビを視ながら車を運転するのが常態化しているのである。
    「ジャパニーズには事故から身を護る『生活の知恵』が全くないんだな」
     紳士の国から来たフリップはニッポン人の「頭の悪さ」を鼻で笑った。新東京国際空港で拾ったタクシー運転手の片手12時ハンドルといい、フリップはニッポン人の「少しでも手を抜いて楽をしたい」という習性や、他人への思いやりなどまるでない、それどころか他人を上から目線で見下す「タカビーな性格」を的確に見抜いていた。
     他にもフリップはヨーロッパとは異なる「いろいろな点」に気が付いた。
    例えば、ニッポンのドライバーは交差点を曲がる際、ブレーキを踏んで減速してからウインカーを点灯させる。本来はウインカーが先だ。先にウインカーを点灯させるのは「この先で曲がりますからブレーキに気を付けてください」と後方の車に注意を促すためで、だからこそウインカーは黄色でブレーキは赤なのだ。ところがニッポンのドライバーは逆に点灯する。これまた雨天時の無灯火同様、危険な運転である。その一方で、道を譲るとハザードを点灯させて挨拶を返してくる。フリップはその理由について次のように考えた。
    「ニッポン人は気が短くて怒りっぽい。だからニッポン人は相手を怒らせないように日頃から丁寧な挨拶を心がけているんだな」
     ニッポン人が自らの美徳と考える「おもてなしの精神」も、どうやらここからきているようだ。短気な客を「怒らせない」ために編み出された礼儀作法であり、決して客のことを心の奥底から敬っているわけではないのだ。
     丁寧さと短気。こうしたニッポン人の「二重人格性」を端的に表しているのが「お客様は神様」という言葉だ。この言葉には続きがあって、それは「労働者は奴隷」に他ならない。だからニッポン人は自分の立場が労働者の時には頭を低くして、お客である場合には「俺は客だぞ」と大威張りすることを当然のことと考えている。頭の低さと威張りたがりは一見正反対のように見えて、実はコインの表と裏なのだ。
     また、ニッポン人は言葉遣いにおいて「命令口調」で言われるのを極端に嫌う。命令口調は「無礼」と考えるのだ。だから本来、命令口調であっていいはずの電車内のマナーでさえ「お願い」の体裁を装わなくてはならない。だが、海外では命令口調は無礼でも何でもない。「Drink!Coca-Cola」の日本語直訳は「コカ・コーラを飲め!」であるが、外国人は「命令するな、この野郎!誰がこんなもん飲むかよ」などと腹を立てたりはしない。こうした違いは外国人に比べてニッポン人は理性の働きが弱く、すぐに感情的になることを意味している。そして、すぐに感情的になるということは取りも直さず「理論的思考を苦手とする」ということだ。そして理論的思考が苦手ということは要するに「頭が悪い=バカ」ということだ。確かにニッポン人の思考には余力がなく「自分のことを考えるだけで手一杯」という面が多々見受けられる。例えば、中国や韓国に向かっては「過去の戦争のことをいつまでもグダグダ言うな」と批判する一方、同じ口を使って「広島・長崎を忘れない、東京大空襲を語り継ぐ」と平気で言っているといった具合に。
    (こんなチャッチイ民族の国に、本当に宇宙戦艦なんてあるのか?)
     雨がぱらつく中、ヴァンキッシュは幕張に到着した。
     東の花見川、西の浜田川、北の湾岸道路に囲まれた一帯。そこが現在、立ち入り禁止となっている旧幕張新都心「幕張廃墟」だ。
     フリップは廃墟の西側に位置するメッセ大橋の手前で車を停めた。頑丈かつ高さもある二重柵。そこからマリンスタジアムの奥、自分のいる場所から距離700mほどの場所に聳えるのが銅鐸の塔だ。
    (さて、どうやってあそこに忍び込む?)
     柵は手前が高さ5mほどのコンクリート柱。そして、その奥の金網柵との間には、御丁寧に電気まで通してある。仮に、柵を乗り越えられても、もしもここに宇宙戦艦があるのならば当然、中には警備がいるはずだ。面と向かう相手には有効なEYELANDSだが、遠距離から発砲してくる相手には通用しない。
    (ひとりで忍び込むのは得策ではない)
     フリップは慎重な男だ。決して無謀なことはしない。ここはひとまず退却だ。作戦を練らねばならない。フリップはヴァンキッシュを千葉市街へと走らせた。無論、目的は「ナンパ」。ニッポンの女はヨーロッパの女性のように「体臭がきつくない」からHをするにはもってこいだ。このフリップという男も「頭脳明晰な男」の例に漏れず結構な「やり手」の様である。作戦を練るのは、やはり「ベッドの上に限る」というわけだ。先程までニッポン人を「ちゃっちい民族」と呆れていたフリップだったが「女性と遊ぶ」となれば話は別ということらしい。ちなみに今回、EYELANDSは用いない。もとよりイケメンのフリップにこの様な機械は不要だ。前回は入国そうそうで、ニッポンという国に関する情報を手っ取り早く入手する必要から口説く手間を省いたにすぎない。今回はじっくりと「美女を落とす過程」も楽しむつもりだ。

     それから数日後。
     首相官邸に何とも妙な珍客たちがやってきた。
    「首相。私たちは『銅鐸の塔を世界遺産にする会』のメンバーです」
     こういう連中がニッポンには少なからず存在する。既存の権威による「お墨付き」を欲しがり、それを鼻高々に自慢したがる実につまらない連中だ。こうした心理の根底にあるのは自分の無能さによって「自分自身を誇れない」ことから来るコンプレックスだ。「勉強嫌い・努力嫌い」などの理由によって自分自身の実力や才能を誇れないものだから、何か自分と少しでも関係のあるものを誇ることで自分自身を誇っている気になろうというのである。
     しかも、こうした連中に限って常識では考えられない信念を持っていたりする。事実、こいつらは「軍艦島の方がモン・サン・ミシェルやヴェネツィアよりも価値のある島だ」「富岡製糸場の方がピラミッドや万里の長城よりも魅力的なブロック積みの建築物だ」と本気で信じているのである。
    「そのつもりは毛頭ない」
     首相はきっぱりと言い切った。銅鐸の塔にはコックローチの基地がある。それを知られるのは困る。
     だが、それだけではない。首相はこうした動きに「お国の名誉・誇り」を尊ぶ思想が復活する匂いを感じたのだ。
     国の名誉・誇りを尊ぶ思想が勢いをつけると、やがて国民の暮らしや生命さえも、それらのために犠牲にすることを「当然のこと」と考えるようになる。過去のニッポンはそれで滅んだ。そして国民の暮らしや生命よりも国の名誉・誇りを尊ぶようになれば、それはもはや中道ではなく右翼だ。それでも敢えて国の名誉・誇りという言葉を使うのならば、中道にとってのそれは全ての国民が幸せに暮らすこと以外にない。「軍事大国ニッポン・経済大国ニッポン」。かつてのニッポンが誇ったこれらの称号は当時のニッポン国民が国を軍事大国・経済大国にするために働く「奴隷民族に過ぎなかった」ことの証明だ。
    「なぜですか?」
     会のメンバーが首相に詰め寄る。首相は次のように答えた。
    「そんなお金の余裕など、今のニッポン政府にはない」
     その通りだ。そんな余裕があるのなら、少しでも多く復興予算に回したい。
     すると、メンバーがさらに詰め寄ってきた。
    「賄賂など出さなくても、銅鐸の塔ならば世界遺産に認定されるはずです。それに、どうやら私たちの調査によればクラゲドームや榾木のポートタワーも『同じ人物によって設計された』らしいです。だとすれば、この三つを同時に申請すれば、登録される可能性はかなり高いです!」
     クラゲドームに榾木のポートタワーだと?こいつら、どこから情報を入手したんだ?
    勿論、フリップが情報をリークしたに決まっている。
    「ともかく、私たちは会の独断でユネスコに申請を出します」
     そう言い残して、会のメンバーたちは退出した。
     拙いことになった。銅鐸の塔はもとより、クラゲドームの地下には宇宙戦艦ジャンが、榾木のポートタワーの地下には整備ドックがある。
     ともかくジミーに連絡だ。早急の対応が必要だ。

     さらに、それから数日後。
     首相官邸にユネスコから連絡が入った。
    「1週間後に調査団を現地に派遣します」
     1週間後だって? 拙い。実に拙い。だが、もしもこれを却下すれば、きっと会は、この事実をマスメディアに公表するだろう。そうなれば、ニッポンを上げて「銅鐸の塔を世界遺産に!」となるに決まっている。
     仕方がない。首相は調査団の件を了承した。

     1週間後。
     ユネスコの調査団が銅鐸の塔にやってきた。その中のひとりにフリップが紛れ込んでいた。首相自ら銅鐸の塔で調査団を出迎える。
    「どうぞ中へ。中は全部、清掃しましたから、『ネズミの死骸』とかは綺麗に片付けてありますよ」
     この話を耳にしたフリップは「中が綺麗である理由」を前もって言い訳したものと感じた。ここが現在、使用されているのであれば、前もって掃除などせずとも綺麗で「当たり前」だからだ。
     ますます怪しい。フリップは確信を深めた。
     調査団が中へ入る。調査団は1階から順次、上の階へと向かう。フリップは調査団から離れて一人で地下へと降りた。
     地下1階・機械室。
    「あった」
     フリップは地下2階へと通じる秘密の扉を発見した。果たして、この下には何があるのか?仮に、この下に秘密の基地が存在していて、そこを警備する者たちに自分が発見されても「調査の一環だ」と言えば済む。フリップは堂々と扉を開けた。
     扉の奥には階段。奥は暗い。
    「よし」
     フリップはヘッドランプを装着した。秋葉原の電気店で購入した1000ルーメンの強力な奴だ。
     地下2階に到着。
     長い廊下の左右にいくつかの扉。そのすべてをフリップは確認した。すべての部屋が空であった。「掃除しました」という話の通り、中は綺麗だ。
     さらにフリップは地下3階、そして地下4階まで降りた。やはり何もなかった。しかも地下4階のドックは狭く、とても巨大な宇宙戦艦を隠せるような場所ではなかった。
    「ここは、ただの『オナラウッド研究所跡』か」
     フリップはがっかりしながら上に上がり、調査団と合流した。
     その後、調査団はクラゲドーム、榾木のポートタワーも同様に調査した。そのすべてにフリップも同行、全ての「オナラウッド研究所跡」を確認した。
     結局、フリップは何も発見することができなかった。クラゲドーム、榾木のポートタワーの地下にあるドックは巨大で、宇宙戦艦を隠せるだけのスペースを有してはいたが、やはり蛻の殻の状態だった。
    (どこか、別の場所に隠したのか)
     フリップはそう判断した。フリップはクラゲドームと榾木のポートタワーの地下ドックに発信機を置いてきた。仮に宇宙戦艦が入港した場合に、自分の基地にその情報が送信されるように。銅鐸の塔については、ドックが小さかったので無視した。そして、これこそが、フリップの数少ない「しくじり」であった。銅鐸の塔こそが「コックローチの秘密基地」であったのだから。
     かくして調査団は帰っていった。

    「奴ら、帰ったって?」
    「ああ」
    「じゃあ、戻そうか」
     東京湾沖に停泊していた待子がドックに入港した。待子の中からジコマンコンピュータや記憶書き換え装置などが次々と運び込まれた。
     そう。調査団が来る前に全ての備品を待子に収納したのだ。
     榾木のポートタワーにあった整備工場も全て解体。PIPIRUMAの敷地内にある倉庫の中に移送した。
     宇宙戦艦ジャンはどこに?
     ジャンはクラゲドームのある富士市の前に広がる駿河湾。その水深3000mの底で眠っていた。政府が管理する深海艇でなければ決して潜ることのできない深海で、ジャンは人目に触れることなく「次の発進」を待っているのである。
     そして肝心の世界遺産登録だが、結局「見送られた」。理由は三つの建物が同一人物によるものであることを証明できないからで、政府も当然ながら積極的に資料を提供しなかった。その結果「認定は厳しい」という結論に至った。政府としては、ほっとしたことだろう。後は「再申請」などという動きが起きないことを祈るばかりである。何といってもニッポン人の性格はネチネチしていて「しつこい」から。



  •  MI6より警視庁に連絡が入った。
    「こちらの調査によると、Dr.フリップは既にイギリスを出国している。そして、どうやら奴はニッポンに向かったようだ」
     なんだと!せっかくフリップの居場所を情報提供したのに、取り逃がすから、こんなことになってしまったではないか。フリップが「ニッポンに来た」ということは情報提供したのがニッポンであることを知ってのことに違いない。ということは当然、宇宙戦艦のことを探っている筈だ。
     拙い。断じて拙い!
     直ちにフリップの捜索が開始された。全国の監視カメラの一斉チェックが始まる。次々と「それらしき人物」の映像が警視庁の中央情報管理センターに集積される。
     その中の一つ。
    「これは!?」
     それは、まさしく銅鐸の塔の中にある監視カメラが捉えた映像。警視庁の人物特定コンピュータはユネスコ世界遺産調査委員会のメンバーの一人を「フリップに似た人物」と特定していた。これで謎が解けた。なぜ、いきなり「銅鐸の塔を世界遺産に」などという連中が押し掛けてきたのかが。
    この情報は警視庁から直ちに銅鐸の塔へ送られた。
    「了解したわ」
     早速、塔内の一斉チェックが開始される。異常は発見されなかった。
     続いて、クラゲドーム、榾木のポートタワーについてもチェック。すると。
    「地下のドックの中に監視装置があるみたい」
     どうして地下ドックの中に?ここから「フリップの目的」が推察された。
    「やっぱり、フリップは『宇宙戦艦ジャン』を探しに来たのよ」
    「監視装置は、どうします?」
    「わざと作動させて、おびき寄せるとか?」
    「そんな手には、さすがに引っ掛からないでしょうね。帆乃香」
    「はい」
    「監視装置から発信されている電波に関する情報は?」
    「発信はしていません。作動時に作動するものと思われます」
    「逆探知って、可能?」
    「恐らく無理です。向こうは発信された電波を受信するだけでしょうから」
     茉美が決定を下す。
    「監視装置はこのままにしておきましょう。こちらが『何も気がついていない』と思わせておいた方がいいでしょう」
     狐の化かし合い。果たして、勝つのはどっち?

     秋葉原の秘密基地。
     クラゲドームと榾木のポートタワーの監視装置は、いつまでたっても反応しない。だが、そんなことを気に病むフリップではない。そんなことは、はじめから想定内だ。その間にも、フリップは沢山の情報を収集していた。異国の地での情報収集をフリップは楽しんでいた。 そして今日もフリップはタンノイ・ウエストミンスター(イギリス製高級オーディオスピーカー)から流れるホルストの組曲『惑星』作品32をBGMに紅茶&クッキーを嗜みながら優雅に情報を収集していた。CDプレーヤーはリン・ソンデックCD12。アンプも、どうやらリンのようだ。無論、すべてイギリス製。CD12は1997年に造られた古い機械だが、その繊細な音質を好むオーディオファンは多い。勿論、本当ならCD12ではなくLP12でレコードを鑑賞したいところなのだが生憎、ニッポンでは手に入れることができなかった。指先で針を落とす時の感触はボタン操作では決して感じることのできない、オーディオファンにとっては神聖な「儀式」だ。
     第6曲「天王星・魔術師」のコミカルなフレーズが流れ始めた、その時。
    「コックローチ・・・」
     フリップはコックローチに関するホームページを発見した。どうやら、このニッポンという国には昔、コックローチと呼ばれる「謎の暗殺組織」が存在したらしい。
    「果たして、まだ存在するのかな?」
     無論、フリップが入手できる情報は限られている。おまけに、それらの多くは第三者による仄聞にすぎなかった。だが、それでも、いろいろと「面白い記事」があった。
    「コックローチ8番隊組長。通称『ハッチャン』・・・」
     フリップは中でもハッチャンに関する個人情報にひときわ興味を抱いた。
    「これは面白い。この男のキャラクターは私の新しいアイデアに使えそうだ」                                       



  • 次回予告

  •  今度のEPICは一味違う!
     フリップが自信を持って世に送り出す、究極のEPIC。その能力とは、一体?

  • 新・コックローチ12

  •  お楽しみに。



  • 12

  •  EPICは進化する。
     コンピュータウイルスとワクチンの開発は所詮、イタチごっこ。新しいワクチンが開発されると、それに対抗する新たなウイルスが作成される。
     EPICの歴史をざっと解説すると・・・

     EPIC
     EPIC MODE
     EPIC ESP
     EPIC FANTA
     EPIC TP
     EPIC MSK
     EPIC W&W

     この通りである。
     ここに示されたEPICに関しては全てワクチンが開発されていた。ワクチンをあらかじめ入れてあれば、これらのEPICに対して効果を発揮。感染してもサブリミナル効果が発生しないようになる。だが、最初に書いた通り、イタチごっこは決して終わることはない。
    そして初代EPICから数えて8代目に当たる最新型のEPICが遂に完成した。そして手始めとして、世界に先駆けてニッポンにばら撒かれたのだった。



  •  女子大生が口をガムテープで塞がれ、手を後ろに縛られ、自宅のベッドの上に押し倒されていた。
    「うーっ!ううーっ」
     ガムテープで塞がれた口から懸命に声を上げようとする。しかし無駄な努力。20歳以上は年上と思われる中年男が女子大生の着衣を剥ぎ取る。もがく女子大生。しかし、手を後ろに縛られた女子大生に満足な抵抗はできない。
     男が女子大生と合体した。

     ドクン、ドクン、ドクン。

     絶望に打ちひしがれる女子大生。初体験が、あろうことか「近親相姦」とは!
     そう。女子大生をレイプしていたのは何と実の父親だったのだ。
    「んー、んーっ!」
     行為を済ませた父親は娘の体の上に馬乗りになると、娘の首をギュッと握った。呼吸ができない。酸素を求めて必死に暴れる娘。
    「んーっ、んんーっ!」
     脳を突き上げる激痛。やがて娘の体は暴れるのを止めた。ベッドの上にじわじわと広がる放尿による滲み。娘は目を大きく見開いたまま、その場で息絶えた。
     実の父親による近親相姦、そして殺人。およそ常識では考えられない、悍ましい犯罪。そして父親の部屋では先程まで父親が見ていたのだろう、パソコンの電源がそのままオンになっていた。

     神田。
     その一角に建つ大型スポーツ用品店で一磨と帆乃香が買い物をしていた。
     登山用品が並ぶフロア。帆乃香はここに自分の新しい「十徳ナイフ」を購入しに来たのだった。一磨から貰ったナイフはキーホルダーとして携行するには最適だが、その分「小さすぎる」ため攻撃力が低すぎるのだった。わざわざ神田まで来たのは渋谷の旧秘密基地の1階にある登山用品店は個人の店ということもあって十徳ナイフに関する限り、思いのほか品数が少なかったからである。
     ところで、最近は十徳ナイフも種類が豊富になった。昔は十徳ナイフと言えば「ビクトリノックス」の代名詞だったが、最近では他にも沢山のメーカーが鎬を削って次々と新製品を開発していた。そのほとんどはヨーロッパ製である。「精密な金属加工技術」が要求されるからだろう。
    その十徳ナイフ。種類は大きく二種類。ビクトリノックスに代表されるワングリップ型と、レザーマンに代表されるツーグリップ型だ。ツーグリップ型の最大の特徴は「ペンチ」が装備されていることだ。つまりツーグリップ型であれば針金が「切れる」わけだ。
    「帆乃香、決まったか?」
    「うーん」
     迷う帆乃香。自分の命を預ける大切な「武器」となるものだから慎重にならざるを得ない。結局、この日は一通りの製品を見ただけで結論を見送った。
     その後、二人は上野へ。
     二人が初めて東京に来た時に訪れたのが上野。でもって、その帰りに帆乃香は散々な目にあったのだった。しかし、それが、二人が「コックローチのメンバーになるきっかけ」だったことも事実だ。
    ここは昔も今も変わらない。桜並木に鳩の群れ。そして、左手には上野動物園。第二次日中戦争も15年が過ぎ、再びジャイアントパンダが登場していた。
     上野公園内にある東京文化会館でオペラ『タンホイザー』を鑑賞。その後、上野駅に隣接する食堂で夕食を済ませた一磨と帆乃香は車で東京から千葉方面へと走った。東京スカイツリー直下までは下道を走り、錦糸町から首都高速に乗る。そのまま京葉道路に入った車は津田沼ICで降りた。ここから銅鐸の塔は10分とかからない。
     だが、車は最初の曲がり角を右ではなく左に曲がった。銅鐸の塔とは反対の方角。緩やかな坂を上る。車は左手に見えるUFOのような形をした建物の駐車場に停まった。
    「帆乃香」
     一磨の瞳の中には炎がメラメラと燃え盛っていた。
    「今夜は、いいだろう?」
    「ええ」
     二人は車を降りると、UFOのような形をした建物の中に入った。そこは幕張本郷にあるラブホテルであった。
    「あん、ああん!」
     一磨の愛撫に耐えきれずに、声を上げる帆乃香。一磨のフィンガーテクニックは、まさに神業だ。一磨の指に責められて耐えられる女など、この世にはいない。
    「ああ、だめっ、だめえっ!」
     ある時は背筋を伸ばし、またある時は海老のように体をくの字に曲げる帆乃香。帆乃香は確実に一磨の指に「感じていた」。
    「欲しい、欲しいの、一磨あっ!」
     もう前戯はいい。早く本番にして!
    「お願い、お願い、一磨あっ!」
     先程、上野で見たオペラがオペラだけに帆乃香は早くも全開モードだ。顔はポチャポチャほっぺのめっちゃ童顔なくせに「ナイスバディ」「ボン、キュッ、バン」など、いろいろと表現できる帆乃香の体。その甘美さはミスニッポンや世界的スーパーモデルにも負けない。それほどの女が自分を激しく求めていることを一磨は素直に「誇り」に思う。
    「まだまだ、やらないぞ」
     一磨の前戯が、ますます激しさを増す。
    「ああっ、欲しい、欲しいようっ!」
     帆乃香が、いよいよもって一磨を欲しがる。
    「だめえ、だめえ、本当にちょうだーい!」
     もうそろそろ、いいだろう。一磨は帆乃香の希望を叶えた。
    「あああああああっ!」
     帆乃香の体がベッドの上で激しく跳ねる。まるで俎板の上に載せられた活きのいい鯛のようだ。
    いいところなのに突然、スマホが鳴った。しかも着信メロディは緊急連絡時のものだ。無視することはできない。
    「冗談だろう?」
    帆乃香の上から離れる気のない一磨は体を捩りながらスマホに手を伸ばす。どうにか届いた。
    「はい、一磨です」
    「一磨?帆乃香と二人で大至急、銅鐸の塔まで戻って。EPICの最新型が猛威を揮っているの」
    「最新型?」
    「そうよ、急いで」
    「了解」
     用件は分かった。
    「行くぞ、帆乃香」
     ここでの「行くぞ」は「銅鐸の塔へ行くぞ」という意味ではない。一磨には「まだやり残している」ことがある。必死に腰を動かす一磨。

     ドクン、ドクン、ドクン。

     電話を受けてから5分後。一磨は「行った」。
    「帆乃香、戻るぞ。またまたEPICだ」
     この時まだ、一磨と帆乃香は今回のEPICの特徴について全く知らなかった。
     二人が服を着た直後だった。

     ドン、ドン、ドン。

     扉を激しくノックする音が聞こえた。何なんだ、いったい。
    「はい」
     一磨が扉を開けた直後。
    「うわあっ」
     扉を押され、その勢いで突き飛ばされる一磨。ラブホテルの従業員とおぼしき男性数人が突然、部屋に入ってきたかと思うや、奴らは突然、帆乃香を襲い始めた。男たちにベッドに押し倒され、服をビリビリに破られる帆乃香。
    「いつつ」
     頭を振りながら、どうにか意識を元に戻す一磨。
    「お前ら、なんて大胆な!」
     一磨の目の前で帆乃香を襲う従業員たち。一磨はひとりひとり帆乃香から引き剥がしては締め技で気絶させていった。既に帆乃香の服はボロボロ状態。手で胸を隠す。こんなことが起きるようでは早急に十徳ナイフを購入した方がよさそうだ。
    「何なのよ?いったい、この人たち!」
    「そんなの、知るかよ」
     ここで、ふと思う。これってまさかEPICじゃあ。
    「とにかく急いで銅鐸の塔に戻るぞ、帆乃香」
     二人は急いで駐車場の車へと向かった。



  • 「今度のEPICは殺人衝動だけでなく男性の性欲も助長するのよ」
     やっぱり、そうか。
     服を着替えた帆乃香が作戦室に戻ってきた。既に望も樹音も集まっている。
    「帆乃香、大変だったわね」
     新型EPICの恐怖を早くも体験した帆乃香を茉美が気遣う。
    「帆乃香、早速で済まないけれど」
    「大丈夫です」
     帆乃香は直ちにコンピュータルームに入った。今回の目的は「被害状況の把握」である。新型EPICに対する対策は警視庁で既に開始されていた。
    「被害は、それほど多くはないようです」
     コンピュータウイルスの拡散から発見まで、それほど時間がかからなかったことから、被害自体はどうやら左程でもないらしい。
     帆乃香が早急に解決しなくてはならない被害を発見した。モニター画面の中で一人の女性がテーブルの上に磔にされていた。どこぞの「お城の姫さま」かと思うような白いドレスを纏った美女。その周囲には無数の男たち。
    「樹梨亜!」
     樹音が叫ぶ。磔にされているのは紛れもない。樹音の高校時代の友だちで名曲(迷曲?)「バイアグラのうた」でブレイクしたアイドル・樹梨亜に他ならなかった。
    樹梨亜はその日の昼間と夕方の2回、東京の舞台に立っていた。近年の樹梨亜は舞台劇に積極的に参加していた。樹梨亜が演じる役は中世のお姫さま。この日の樹梨亜はお姫様に相応しい白いドレスを着ていた。
     舞台後、隣接するホテルの大ホールで樹梨亜のファンクラブ主催のディナーが催された。 その時、異変が起きた。ディナーへの参加を許された会員たちが突如、樹梨亜に襲いかかったのだ。瞬く間にマネージャー他、関係者は全員、結束バンドで手足を拘束され、樹梨亜はひとりテーブルの上に体を磔にされたのである。
    「樹梨亜を助けなきゃ!」
    「帆乃香、場所は?」
    「有楽町よ。有楽町のホテルよ」
    「お祖母さま!」
    「ええ」
     直ちに出動命令が下った。帆乃香をひとり銅鐸の塔に残し、一磨の運転する車で有楽町へと急行した。

    「いやあ、やめてえ!」
     それまで豪華料理が並べられていたテーブルの上に仰向けに抑えつけられ、身動きのできない樹梨亜にファンクラブのメンバーたちが「屈辱的な責め」を加えようとしていた。
     一頭の馬が引き出された。それは今日の舞台に登場した「白馬の王子様」のために用意された正真正銘、本物の馬だった。
     樹里亜の手首足首に結ばれた綱が一斉に引っ張られる。樹梨亜の体がテーブルの上に浮いた。
    「よーし、そのままゆっくり移動だ」
     それまでテーブルの上に仰向けに拘束されていた樹梨亜の体が、ゆっくりと移動する。樹梨亜は、そのままの格好で馬の腹部の真下まで来た。樹梨亜の両手首の綱が馬の首の後ろで結ばれた。樹里亜は馬を抱きしめるような格好になった。
    「それじゃあ、いくぞー」
     樹梨亜の両足首の綱が運動会の綱引きのように勢いよく引っ張られ始めた。日本書紀に登場する「武烈天皇の遊戯」と同じものがまさに今、始まろうとしていた。

     車は一路、有楽町を目指す。
     その車に銅鐸の塔から一報が入る。
    「樹音、樹梨亜が、樹梨亜が」
    「樹梨亜がどうしたの?」
    「とにかく急いで頂戴」
     銅鐸の塔に残った帆乃香は事の一部始終を目撃していた。だが、こんなこと悍ましくて、とても口になど出して言えるものではない。
     車が有楽町に到着した。現場に到着したメンバーたちは帆乃香がモニターで目撃した場面をリアルタイムで目撃することになった。もはや「殺されていなかった」だけで良しとするしかない。
    「とにかく全員、気絶させなさい!」
     片っ端からファンクラブの連中をぶん殴る。
    「うわあああっ!」
     本当は全員ぶっ殺したいところを樹音は我慢して相手を気絶させていく。全員気絶させたところで茉美の「次の指示」が飛んだ。
    「注射よ。全員の記憶を消す。それしかないわ」
     軍事宇宙ステーション・ポセイドンで使用した新しい記憶のみを消す薬。ファンクラブの連中はもとより、拘束されているマネージャーや関係者らにも打つ。
    「樹梨亜・・・」
     樹梨亜には樹音が打った。
    「撤収よ、樹音。急がないと救急車が来るわ」
    「う、うん」
     樹音は樹梨亜のことが心配ながらも、その場を撤収した。

     それから数日後。
     帆乃香が今回の事件の犯人である「EPIC8」の発生源を特定した。場所は秋葉原にある大型電気店のパソコン売り場。そこに展示されているインターネットに接続されているパソコンからコンピュータウイルスがばら撒かれたのだった。秘密基地のコンピュータを利用しないあたりは、さすがはDr.フリップだ。早速、現場へ急行。店内の防犯カメラをチェックさせてもらう。コンピュータウイルスをばら撒いた時間まで正確に特定されているので、その時間の映像を確認する。
    「間違いない。フリップだ」
     そこには、フリップがポケットから取り出したDVDをパソコンにセットする姿がばっちりと映っていた。
    「この時間帯の秋葉原一帯の防犯カメラをすべてチェックしろ!」
     すると、一つの「事実」が克明に浮かび上がってきた。
    「奴は秋葉原のどこかにいる」
     そう。防犯カメラの解析によれば、フリップはコンピュータウイルスを流した後、秋葉原の防犯カメラには幾つも映っているが、その周辺地域の防犯カメラには全く映っていなかったのだ。上野にも、町田にも、人形町にも、お茶ノ水にも。
     ジミーは直接、訪れたことはなかったが「昔の話」を伝え聞いていた。それによれば、かつて秋葉原に「コックローチの秘密基地」があったという。
     きっと、そこに違いない。

     コックローチのメンバー全員が秘密基地の入口に集結した。
     一磨からの報告。
    「エアコンが作動しています」
     続いて帆乃香から。
    「駐車場に車が停まっています」
     これらの情報は「フリップが中にいる」ことを暗示していた。
     だが、迂闊には中に入れない。相手は何しろ、あのフリップだ。どんな仕掛けが待ち受けているかは正直、想像もつかない。しかし、だからといって、いつまでもこうして、じっとしてはいられない。
    「よし。中へ突入する」
     ジミーが決断を下す。
    「望」
     ジミーの命令に従い、望が平突きで扉を破壊する。
    「全員、突撃!」
     勇んで中へ飛び込むメンバーたち。今回、ジミーはゾンデを握った。帆乃香も十徳ナイフを用意した。茉美は拳銃。どこで仕入れたのか?もはや骨董品のモーゼルM712。
    「フリップ、覚悟!」
     だが、そんなメンバーたちが中で目撃したのは、まさにメンバー全員を肩透かしにするような「信じられない光景」だった。
    「ピピピー。君たちは何かなあ?ひー、ふー、みー、よー、いつ、むー、六人いるから、ろくほんしゅう」
     そこにはマッド・サイエンティストとして恐れられたDr.フリップの姿はなく、代わりに頭のイカれた男が一人いるだけだった。そして、その男こそかつてはDr.フリップと呼ばれていた天才科学者に他ならなかった。
    「ブイーブイー」
     フリップはハッチャンに関するデータに興味を持ち、ハッチャンにのめり込んでいった結果「ハッチャンの毒気にやられてしまった」のだ。その眼には、もはや、どこにも「知性の輝き」はなかった。まるで、お茶を目薬代わりに垂らしたような茶色く濁った瞳があるだけだった。それにしても恐るべしハッチャン。「悪魔的」と評され、世界中から恐れられた天才の頭脳さえも容易に破壊してしまうとは。
     改めて言うまでもなく、サブリミナル効果を巧みに操るフリップは、およそ人間の精神を操作するあらゆる「心の錯覚」、例えば受賞歴や学歴などに代表される「肩書き効果」や高級ブランド品や高年収などの「エコノミック効果」、頻繁にテレビに露出する「メディア効果」や外国批判によって国民の支持率を上げる「ナショナリズム効果」などから最も遠い位置にいた。いかなる世論操作にもひっかからない優秀な頭脳を持つ男。あらゆる宣伝効果に騙されず「物事の核心」を鋭く見抜く明晰な頭脳を持つ男。それがフリップだ。
     そのフリップがものの見事に精神を破壊されたのである。ハッチャンとはまさにパンドラの箱、「開いてはならないファイル」に他ならなかった。ひとたび開くならば、フリップのように優秀な頭脳の持ち主であっても、かくも無残に破壊されてしまう。否「優秀ゆえ」といった方が正しいかもしれない。「馬鹿馬鹿しい」と笑い飛ばせば済むものを、人一倍の精神力と集中力を持つフリップのことだ。きっと研究・思索に没頭したに違いない。だが、もとよりハッチャンの発する言葉の真意を探り、行動パターンを科学的に分析することなど不可能である。その人知を超えた不可能事に挑戦したがゆえにフリップは自らの頭脳を壊してしまったのだ。
    呆然とフリップを見つめるメンバーたち。その誰もが感じていた「思い」を代表するように、ジミーが呟いた。
    「なんということだー」
     その後もフリップはチチチーなど意味不明の言葉を発し続けた。
     茉美がフリップの処遇をジミーに尋ねた。
    「ジミー、どうする?」
    「・・・警視庁へ連行しよう」
     その後、フリップは、さしたる抵抗をするでもなく、警視庁へと連行されていった。

     数日後。
     警視庁からの連絡を受けたメイが来日した。
    「こちらです」
     警視庁内にある独房。
    「ガバメント、ティー」
     フリップは独房の中でも、相変わらず意味不明の言葉を呟いていた。メイもまたコックローチのメンバーがそうであったように驚きを隠さなかった。これが、あの世界中を恐怖のどん底に突き落としたフリップの「なれの果て」とは!
     その後、フリップはイギリスへと送還された。
     イギリスでの取り調べでも、フリップの様子に変化はなかった。
    「What your name?」
    「I am a Dairystore」
     全く会話になっていないことが、この一例からもわかる。
     本来であれば「精神異常者は無罪」のはずなのだが、最終的にフリップは「禁固10万年」の実刑判決を受けた。裁判官は「フリップは精神異常者を装う『偉大なる詐欺師』だ」と判断したようだ。実際のところ、本当におかしくなってしまっているのだが。そして使用済み核燃料の保管期間を思わせる、とんでもなく非常識なこの年数はフリップの犯した犯罪の重さを証明するものに他ならない。
     かくしてフリップは刑務所に収監された。今日もきっと独房の中で意味不明の言葉を呟いていることだろう。



  • 次回予告

  •  5年前、小金井に暮らす老夫婦が、老後のために貯めていた全財産を振り込め詐欺グループに奪われ、それを苦に自殺した。この老夫婦。実は、勇気にとっては自分を育ててくれた親も同然の人々だった。
    「5年前、小金井の老夫婦から金を奪ったのは、お前か?」
     勇気は真犯人を求めて、振り込め詐欺グループのアジトを次々と襲う。勇気は自らの手で真犯人を殺すつもりでいたのだ。
     そんな勇気に、樹音は「協力する」ことに決めた。樹音は帆乃香に内緒で、ジコマンコンピュータを使って犯人を捜し出すと、その情報を持って勇気の元へと走った。

  • 新・コックローチ「青春編」

  •  お楽しみに。



  • 新・コックローチ「青春編」

  •  都内の某マンションの一室。
    「ひゃはははは。あのばあさん、3000万も貯め込んでたよ、3000万」
    「最高だぜ、兄貴」
    「これで当分、遊べるな」
    「まったくだ。息子を装って『自動車事故で人をはね殺した。賠償に金がいる』と言ったら、さっさと3000万円を振り込んでくれた。バッカだねえ」
     会話から察する通り。この3人組は振り込め詐欺グループ。

     ドンドンドン

    「何だ?うるさいな」

     ドンドンドン

    「おい、お前ちょっと見てこい」
     ボスに言われて、部下が玄関に向かう。
    「はい、どなた?」
     部下が玄関を開けた。
     その瞬間。
    「ぎゃあ!」
     部下の体が残りの二人のいるリビングまで吹っ飛んだ。部下は完全に泡を吹いていた。「何者だ!」
     玄関から頭にキャップを被り、目にグラサンをした一人の若者が入ってきた。身長は180cm以上。いかにもスポーツが得意そうな、すらっとしたそれでいて筋肉質の肉体。セミロングの髪を今どきの若者らしく茶髪に染め上げていた。
    「はあっ」
     あっという間に、もう一人も蹴り倒し、意識があるのはボスだけになった。
    「あわわわわ」
     ボスは体を震わせた。若者の力が自分よりも「遥かに上である」ことを悟ったからだ。
    「お前に訊くことがある」
     若者はボスに向かって、次のような質問をした。
    「今から5年前、青梅の老夫婦から5000万円を詐欺したのは、お前か?」
    「し、知らねえ。俺たちが振り込め詐欺を始めたのは2年前からだ」
    「そうか・・・」
     若者は残念な表情を見せた。そして、ボスをその場で顔面蹴り。ボスは気絶した。
     部屋の電話機の受話器を取る若者。小指で110番を押す。
    「もしもし。今、振り込め詐欺グループのアジトから電話をかけています。中でメンバー三人がのびていますから、よろしくお願い致します」
     若者は素早くマンションを後にした。路地に入ったところでいったん立ち止まり、グランサンを外して空を見上げた。
    あっ、この顔、勇気だ。間違いない。
    勇気は空を見上げながら、ポツリと漏らす。
    「こいつらでもなかった」



  •  7月下旬。
     新穂高温泉から二人の若者が水晶岳の麓を目指して山道を歩いていた。
    「勇気、ここで休憩しようぜ」
     拓巳が勇気に呼び掛ける。
    「何だ拓巳、もう疲れたのかよ?」
    「あったり前だろうが!」
     もとより汗かきな拓巳は既に、この時点で汗びっしょりになっていた。
    「しょうがないなあ」
     場所は鏡平山荘。今日の宿泊予定地である双六小屋は、まだ遠い。取り敢えず、二人はここで休憩することにした。ザックを下ろす。二人が下ろしたザックの中には糠漬け用の壺が入っていた。結構重い。
    「あー、肩が軽くなった」
     拓巳が肩をぐるぐると回す。
    「おい、見ろよ。拓巳」
     勇気が山荘の傍にある池を指差す。その池には槍ヶ岳をはじめ、穂高の峰々が逆さまに映し出されていた。まさに「鏡池」とはこのことだ。だが拓巳に、そのような余裕はなかった。日頃から体を鍛えている勇気と、そうではない拓巳では本格登山ともなれば明らかな差が生じるのは当然だった。勇気は元気一杯だが、拓巳は上がった息を整えるのに精一杯。同じ「一杯」でも大違いだ。
     10分が経過。
    「ほら、行くぞ。拓巳」
    「ええ、もう?」
    「15時には到着しないと山小屋で夕飯が食えなくなるぞ」
    「そんなあ」
    「だったら、急ぐ」
     二人は再び登山道を登り始めた。

     水晶岳の麓にある大東鉱山の廃坑では樹音、エリー、愛美の三人が壁に壁画を描いていた。
     それぞれ担当は決まっていて、樹音は「ライチョウ」を、エリーは「高山植物」を、愛美は「高山に生きる動物たち」を描く。描く道具は絵の具ではなく、デッサン用の木炭。食パンを消しゴムにして消せるので自然環境にダメージを与えることはない。こうして樹音たち5人は自身初となる「インスタレーション」に取り組んでいるのだった。
    廃坑を利用したインスタレーション。タイトルは『黒部の洞窟』。
     黒部には、いろいろな伝説がある。その中でも特に有名なのが「佐々成政の埋蔵金伝説」。戦国武将・佐々成政が黒部のどこかに埋蔵金を隠したという伝説だ。その伝説に基づくインスタレーションを今回、企画したのである。
    壁画は「おまけ」のようなものだ。埋蔵金はきっと洞窟の中に隠されているに違いない。そして洞窟があるのならば、その洞窟にはかつて「原始人が住んでいた」としても不思議ではない。そして原始人が住んでいたならば、壁にはきっと壁画を描いていただろう・・・。
     樹音の描くライチョウは、ライチョウの輪郭の中に羽の模様を文様の様に描いている。その文様が、まるでマティスの「ルーマニアのブラウス」の模様のようで面白い。それに対し、エリーの描く高山植物は写実的だ。特に上手いのはトリカブト。トリカブトといえば一般には「毒花」として有名だが、紫色の花は実に美しい。また、秋に実る鞘に入った種は、まるで「豌豆」の様だ。愛美の描くのはシカやカワウソ。ラスコーの壁画を思わせるそれは愛美の「学習力」の賜物である。
    「おーい」
     勇気と拓巳が到着した。朝6時には双六小屋を出発したおかげで、どうにか昼間のうちに到着することができた。
    「待ってたよー」
     3人の美女が二人を出迎える。
    「よし、早速、置くぞ」
     ザックから壺を取り出す。壺の中には小判。といっても本物ではなくプラスチック製のおもちゃだ。
    「せーの」
     壺を、あらかじめ決めておいた場所に並べる。この壺が「佐々成政の埋蔵金」である。
     最後に廃坑の天井に設置した照明を壺や壁画に合わせる。
    「できた」
     5人で完成を喜び合う。5人の共作によるインスタレーション『黒部の洞窟』の完成だ。 このインスタレーションは協賛者である富山県の管理のもと8月1日から9月30日まで展示される。その間に、この地にやってきた登山者は、このインスタレーションを自由に鑑賞することができる。登山者には登山口において「埋蔵金がどこかにある」ということだけが知らされる。廃坑の中で佐々成政の埋蔵金を発見した登山者は、さぞや驚き、喜んでくれるに違いない。
    5人が廃坑から外に出た。
     勇気が叫ぶ。
    「ライチョウだ!」
     勇気が指差す方にライチョウの姿があった。樹音には見慣れた姿だが、そのほかの若者たちには初めての体験だ。
    「そっと近づこう」
     そっと近づく4人。そっとでなくても「逃げない」ことを樹音は知っていたが、敢えて水を差すようなことは言わない。
     目の上が赤い。よって、これはオスである。目の上が赤いのは、いわばニワトリの鶏冠のようなものだ。繁殖期に最も大きくなる。今はちょうど産卵時期にあたる。8月半ばには、雛を連れたメスが多数見られるようになる。暫くはその場にいたライチョウだったが、やがてハイマツの林の中へと姿を消した。
     その後、5人は廃坑から最も近い場所にある山小屋である高天原山荘に入った。
    高天原。それは登山者憧れの秘境。登山経験が豊富なベテラン登山者だけが入ることを許される「ニッポンで最も山深い場所にある温泉地」である。

     高天原の夜空は文字通りの「星降る夜空」だ。四方を全て2000m級の山に囲まれた夜空には人工照明だらけの都会では決して体感し得ない「星々の明るさ」がある。
     勇気は一人、山荘の外に出て、その夜空をじっと眺めていた。
    「勇気」
     そこへ樹音がやってきた。
    「お邪魔だったかしら?」
    「いや、別に」
    「そろそろ中に入ったら?みんな待ってるよ」
    「自分はまだ、ここにいるよ。せっかくの美しい夜空だ。もう少し楽しみたい」
    「そう」
    「樹音」
    「なに?」
    「自分に何か訊きたいことがあるんじゃないのか?」
     そう。樹音には勇気に訊きたいことがあった。2mを優に超える跳躍力。そのために毎日、鍛えているという。なぜ、そのようなことをしているのだろう?
    「別に話さなくってもいいよ」
     樹音は、そう返事を返した。
    「あの時、樹音が見た足技。あれは『肉親の仇を討つ』ためのものだ」
    「仇を討つ?」
     その後、勇気は樹音に自分の過去の思い出を語った。青梅に住んでいた自分の祖父母が振り込め詐欺に遭い、それを苦に自殺したことを。そして、その祖父母は幼くして両親を失った自分にとっては「実の親」も同然の存在だったことを。
    「俺は必ず犯人を見つけ出す。そして俺の手で倒すんだ」
    「勇気」
    「済まないな樹音。こんな話を聞かせて。普段は絶対に人には話さないんだけど、君には俺の拳法を見られているから」
    「そうね」
    「ところで、今から話すこと。他の奴には絶対に言わないでほしい」
    「なに?」
    「実は俺、暗殺チームに入りたいんだ」
    「暗殺チーム?」
    「ああ。昔、警視庁に『コックローチN』って暗殺チームがあったんだよ。でも、無くなってしまったんだよね。中国との戦争に負けて、今の政府になった時に解散したんだ」
    「そうなんだ」
    「でもやっぱり、こういう組織って絶対に必要だと思うんだ。『法で裁けない悪』というのは、いつの時代にも必ず存在して、それによって多くの罪のない善良な人々が泣いているんだから。樹音はどう思う?」
    「う、うん」
     コックローチの樹音としてはどう返事を返していいものやら。樹音は言葉を濁した。
    「まあ、しょうがないよな。今はないんだから」
     いや、今もある。コックローチNは存在しないが、暗殺集団コックローチは今も厳然と存在し、法で裁けぬ悪と日々、戦っているのだ!
     だが、そんなこと、決して口に出して言えない樹音だった。
    「そうだ樹音。ライチョウと言えば、大阪から富山まで走っているJRの特急列車の名前。『サンダーバード』っていうんだけど、それってオーストラリアに生息している黄色いモズのことで、ライチョウは英語では『タルミガン』なんだよね。いかにもニッポン人らしい『早とちり』というか『知ったかぶり』だよな?ははは」
     勇気が話題を転換したことは明らかだった。
     勇気がすっと立ち上がった。身長160cmに満たない小柄な樹音には勇気の体は、まるで山のように大きな存在だ。
    「そろそろ戻ろうか。みんなも待ってるから」
     勇気は自分をわざわざ呼びに来てくれた樹音をほっぽって、ひとりでさっさと山荘に向かって歩き出した。勇気はいつだってマイペースだ。
    「あ、待ってよ。勇気」
     樹音は、そんな勇気の後を追った。



  •  警視庁。
    「樹音、どうした?何か急用か」
     樹音はジミーに勇気の話をした。できるならば「優先的に事件の捜査をしてほしい」と。「その事件なら、青梅署で今も捜査中の筈だ。彼らを信じよう。ところで」
     ジミーには、ひとつ気にかかることがあった。
    「樹音。容疑者が特定されたら、どうする気だ?」
    「えっ?」
    「まさか、勇気君とやらに『仇打ちさせる』つもりじゃないよな?」
    「そんなこと」
    「なら、いいがな」
     樹音は正直、ジミーのこの言葉にドキッとした。本当のところは容疑者に関する情報を入手したら、その情報を勇気に伝えて勇気自身に「無念を晴らしてもらう」つもりだったのだ。それに元より5年も容疑者を挙げられない地元警察の捜査など、あてにはしていなかった。樹音はあくまでもジミーに、この事件の捜査を主導してもらいたかったのだ。警察としてではなく「コックローチの仕事」として。
    「なら、お前がやれ」
     樹音はこの言葉を期待していたのだ。しかし、それは「見込めない」ようだった。
    「ありがとうございます。勇気には『捜査は今も行われているから』と伝えます」
     樹音はすぐに引いた。樹音もバカではない。言い争ったってしょうがないことくらいは、わかっていた。
    「失礼します」
     樹音は警視総監室を退出した。

     銅鐸の塔。
    「樹音、留守番お願いね」
     平日の昼間。樹音は「今日は休講」と言って大学を休み、銅鐸の塔にいた。そこで茉美は樹音に留守を頼み、外出したのだった。
     今、銅鐸の塔には樹音一人のみ。樹音は直ちにコンピュータルームへと向かった。
    「コンピュータ起動」
     ジコマンコンピュータを立ち上げる。
    「青梅の老夫婦に関する記録は、と」
     樹音は「勇気の仇打ち」に協力することに決めた。未だに容疑者の足取りが掴めない事件も、コックローチが有する未来の超科学力をもってすれば解決できるかもしれない。
     警視庁のコンピュータにアクセス。当時の記録を見る。
    「次に、この事件に手口の類似する最近の事件を検索」
     すると、事件当時ではわからなかった容疑者が特定できた。さすがはジコマンコンピュータ。樹音は容疑者に関する情報をメモした。
     その直後、塔内にチャイムが鳴った。誰かが塔の中に入ってきたのだ。
    「やばい」
     直ちにコンピュータをシャットダウン、何事もなかったようにリビングに戻る樹音。
    「あれ、樹音?」
     リビングに入ってきたのは帆乃香だった。
    「帆乃香、どうしたの?こんな時間に」
    「今日の授業は午前中だけだったから。それよりも樹音こそ、こんな時間にどうしたの?」
    「いや、私も学校、今日は休講だったから」
    「そう」
    「そうだ帆乃香。私、今からちょっと出かけたいんだけど?」
    「別にいいわよ」
    「ありがとう」
     樹音はそそくさとリビングを出て行った。
    「さてと」
     帆乃香は1時間ほどリビングで寛いでからコンピュータルームへ入った。

    「勇気、勇気!」
     再び大学に戻った樹音は直ちに勇気を捕まえた。
    「どうした、樹音」
    「わかったよ。勇気のおじいさん・おばあさんを殺した犯人」
    「なんだって!?」

     埼玉県三郷市。
    「本当に、ここなのかい。樹音?」
    「間違いないよ」
     そこは埼玉で一番の勢力を誇る暴力団「村瀬会」の本部。
    「それにしても、犯人が詐欺グループではなく暴力団だったとは」
    「怖くなった?勇気」
    「バカな」
    「じゃあ、行くよ」
    「行くって、樹音?」
     勇気が驚くのをよそに樹音はひとりでさっさと暴力団本部の入口に向かって歩き出した。
    「おい、樹音!」
     そうなると勇気も行かないわけにはいかない。勇気もまた樹音の後をついていった。
     勇気が暴力団本部の大層、立派な門をくぐると中では既に戦闘が始まっていた。
    「はあっ」
     ジャン譲りの樹音の回転蹴りによって次々とヤクザが倒されていた。樹音の足技を見た勇気は自身も足技を武器とするだけに、樹音が「只者ではない」ことを即座に見抜いた。
     樹音の背後からヤクザが木刀で襲いかかる。
    「危ない、樹音」
     勇気が飛んだ。木刀を持ったヤクザは勇気の空中顔面蹴りによって倒された。
    「やるじゃん、勇気」
    「お、おう」
     勇気は、どうしても樹音に尋ねないではいられなかった。
    「樹音、その足技は?」
    「カポエラだよ。私のお祖父さんから教わった」
     ゆっくり会話している余裕などない。次から次とヤクザが襲いかかってくる。あらかたやっつけたところで、いよいよ建物の中へ突入する。中は外と違い、人の気配がしない。奥に廊下が続いていた。
    「この奥が怪しい」
     樹音を先頭に廊下の奥へと走る二人。廊下を右手に折れ、さらに暫く進む。正面に立派な木の扉。
    「どうやら、ここね」
     足蹴りで扉を開く。いざ、中へ突入。すると果たしてボスがいた。幸いにもひとりで。
    「勇気、訊きたいことがあるんじゃないの?」
    「ああ」
     勇気がボスの前に立った。
    「今から5年前、青梅の老夫婦から振り込め詐欺で5000万円を奪ったのは、お前の指図だな?」
    「そんなこと、いちいち覚えちゃいねえよ」
     まあ、そうだろう。樹音が話に割り込む。
    「5年前の6月5日。青梅の老夫婦から5000万円を奪った事件。直接の実行犯は『林組』と判明しています。彼らを手下として利用していましたね?」
    「ああ、奴らか。そうだ。奴らは確かにうちの組の手下として働いていた」
    「その翌日の6月6日。あなた方は海外マフィアと5000万円で麻薬取引を行っています。この5000万円こそ老夫婦から奪ったお金なのでは?」
    「ああ、思い出したぜ。それにしてもあんた、良く知ってるじゃないか」
    「このくらい調べるのは簡単です」
    「あんた、公安か?」
     樹音はこれには答えない。
    「まあ、なんでもいいさ」
     ボスの余裕。この期に及んで余裕とは一体?
    「勇気、今こそ仇打ちを」
    「ああ、わかってる」
     勇気が構えた。後はボスの顔に一発、蹴りを加えるだけ。しかし、それはできなかった。なぜなら「増援」がゾロゾロとやってきたからだった。援軍は瞬く間に勇気と樹音をぐるりと取り囲んだ。
    「しまった」
    「くそう」
     慌てる二人。
    「形勢逆転!」
     ボスが葉巻を口に咥え、火をつける。
     援軍は10人。全員、日本刀を持っていた。構えも悪くない。全員「剣道5段以上」と見た。
    「来たか、親衛隊」
    「ボス。遅くなってすいません」
    「ふっ、まあいい」
     ボスが命令を下す。
    「さっさとこいつらを始末せい!」
     親衛隊が勇気と樹音に襲いかかる。必死に戦う二人。
    「ぐわあ!」
     勇気が右足を切られた。もう飛べない。それどころか普通に歩くのもままならない。
    「勇気!」
     樹音が勇気を庇う。
    「樹音、俺のことは構わず逃げろ」
    「勇気を置いてなんて行けないよ」
     親衛隊の猛攻。勇気がブロックする。
    「これは、もともと俺の問題。樹音を巻き添えにはできない」
    「でも」
    「頼む、逃げてくれ。俺を男にしてくれ」
    「勇気」
     樹音は勇気の男気を尊重することにした。
    「必ず戻ってくるよ。それまで頑張って」
     樹音は振り向くと勇気の言葉に従った。だが、時すでに遅し。出口は既に奴らのうちの二人によって塞がれていた。
    「だめだ勇気。もう逃げられないよ」
     樹音と勇気は背中合わせになった。完全に四方を取り囲まれてしまった。勝利を確信する親衛隊。敗北を察する二人。樹音はこの時、初めて「死」を覚悟した。
    (望、ごめん)
     降りかかる日本刀。樹音は瞳を閉じた。
     その時、大きな破壊音がした。
    「ぎゃあ!」
     これは樹音のでも、勇気のものでもない。親衛隊のひとりが発した「断末魔」の声。その後、次々と同様の声を発しながら絶命していく。何が起きたのか?
    「望!」
    「加勢に来たぜ、樹音」
     大きな破壊音は扉が破壊される音。望が外から平突きで扉をぶっ壊して中に入ってきたのだ。その後は文字通り望の「一人舞台」。瞬く間に全員を倒し、ついでにボスも気絶させた。
    「ほら。手を貸すぜ」
     望は勇気の肩を担いだ。3人で来た道を戻り、表に出る。
    「御苦労、望」
     表にはジミー、茉美、一磨、帆乃香。すなわち全員が揃っていた。
    「みんな・・・」
     樹音の行動はメンバー全員の知るところとなっていた。それはそうだろう。樹音がジコマンコンピュータをいじったことを責任者である帆乃香が、気がつかないわけがないではないか。
    「樹音。黙って勝手な行動などして!」
     茉美の叱責。
    「ごめんなさい」
    「樹音、この人たちは?」
     勇気が樹音に質問する。樹音は無言。
    「樹音。教えてやれ」
     望が樹音に、そう言った。それって「隠さなくていい」ということ?
    「・・・コックローチの、フルメンバーよ」
    「!!!」
     勇気の驚き。まさか実在していたなんて。
    「ああ・・・」
     勇気の意識が飛んだ。足からの出血によるものだった。勇気は直ちに警察病院へと搬送された。



  •  足の縫合手術も成功し、ひと月ほどで勇気は無事に退院した。
     村瀬会のボスはその後、県警によって逮捕された。裁判の場で「適正な罰」が下されるだろう。自分の手で仇打ちはできなかったが、勇気の心は晴れやかだ。
    「樹音」
     樹音が病院に勇気を出迎えた。
    「ありがとう樹音。今回のことは本当に感謝しているよ」
     その後、二人はリムジンタクシーに乗った。向かう先は「警視庁」だ。

    「えっ?俺がコックローチのメンバーに」
    「そうだ」
     警視総監室で勇気は突然、ジミーにそのように告げられた。
    「いやか?」
     そういう意味ではない。なぜ自分が?果たして自分なんかで務まるのか?
    「きみの足技は先の戦闘の際に充分に見させてもらった」
     勇気の拳法はジミーの眼鏡に「適った」ということだ。そしてその人間性もだ。
    「どうかね?」
    「はい、やります。いえ、やらせてください!」
    「そうだ。若者は何事にも『前向き』でなければいかん」
     こうしてコックローチに「新たなる戦士」が加わった。
     そして「来る者」があれば「去る者」があるのは道理。

     銅鐸の塔。
    「このたび望が『キャンサーズ』のメンバーとして加入することに正式に決まった。よって望はコックローチを離れることになった」
     キャンサーズというのはドイツのロックバンドの名前である。数々のヒット曲を生む世界的なスーパーバンドである「蟹団」に、望はバンドを脱退したリードギタリストに代わって加入することになったのだ。

     成田空港。
    「みんな、行って来るよ」
    「今度会うときは、来日公演ってか?」
    「樹音」
    「望」
    「俺のニューアルバムに期待しててくれよ」
    「わかった」
     樹音としては、やっぱり寂しい。しかし自分も同じアイドルだから望の進む道に「駄目出し」などできない。
    「一磨。今度会う時までには強くなっていろよ」
    「ああ、負けないぜ」
     こうして望はニッポンを飛び立った。若者らしく「夢と希望」をその胸に抱きつつ。



  • 次回予告

  • 新・コックローチ13

  •  11月11日(金)夜7時30分 公開
     お楽しみに。



  • 13

  •  望の脱退、及び新メンバー・勇気の加入によりコックローチでは新体制が組まれた。

     局長 茉美
     一番隊組長 一磨
     二番隊組長 勇気
     三番隊組長 樹音
     四番隊組長 帆乃香

     茉美が副長から正式に局長に就任。「局長は女性」それも美女でなければならないというコックローチの伝統が復活したのだ。茉美の方がジミーよりも年上(茉美はジャン、チェリーと同年代)だから、この方が自然ではある。今後、コックローチの活動の最終判断は茉美が行う。ジミーは現在の首相がかつて警視総監だった頃のように、あくまでも「外部の人間」という立場になる。コックローチは本来の姿である、政府や警察からは独立した秘密組織に戻った。
     そして、今まで一番隊だった樹音が三番隊に、二番隊だった一磨が一番隊になった。その結果、隊の中では一磨がナンバー1となった。「一磨の成長を見届けてジミーは去った」という見方もできよう。ジミーが一磨に対し、ことのほか厳しかったことは知っての通りだ。
     また、所有権が曖昧だったオナラウッドの技術によって開発された超兵器の扱いについては、待子はコックローチの、ジャンは政府の所有物と決まった。待子は自由に使用できるが、ジャンについては「政府の許可」が必要となる。建物についても、銅鐸の塔はコックローチが、クラゲドームは国が管理する。榾木のポートタワーは当然PIPIRUMAだ。「銅鐸の塔を維持する財源は?」と思われる人もいるだろうが、心配はいらない。茉美が会長を務めるPIPIRUMAはニッポン有数の電子企業であり、資金は潤沢だ。それに、いざとなれば「待子→量子→樹音」と受け継がれた莫大な資産がある。
     待子が所有していた莫大な資産。その出所については謎が多いが、どうやらその昔、待子の美貌に魅せられた海外の大富豪が「待子に貢いだ」という話に落ち着くようだ。その額は数兆円とも、数10兆円とも言われている。

     新体制発足式の後、勇気は樹音に銅鐸の塔の中を案内された。24階の展望室からエレベータで一気に地下へ。地下の秘密基地の内部をはじめ、地下4階のドックにある待子も見た。 だが、勇気が何よりも感激したのは3階と4階。
    「すっげえ」
     かつては地元美術団体の企画展や物産展等が開催されていた展示場には地下の倉庫から謎の異星人・珍柿によって生み出された創作物が運び出され、展示されていた。そこには天才科学者でありながら画家を自称する珍柿の油彩画が、今まで見たこともないほどの数、纏まって展示されていたのだから、美大に通う勇気が興奮しない筈がなかった。
     3階。そこは「ブラックギャラリー」と呼ばれ、絵画や素描といった直射日光を嫌う美術作品を展示する空間。展示法は導線展示で壁の色は黒。照明は足元と展示品を照らすスポットライトのみ。
    その中で勇気が特に気に入った作品は『わたしのRS』と題された富士山を背景に佇む女性像。
    「やっぱり勇気もこれが『一番の傑作』だと思うんだね」
     どことなくラファエロの聖母をイメージさせる絵だ。
     続いて4階。そこは3階とは一転して明るい照明に溢れる世界。「ホワイトギャラリー」と呼ばれるそこは、その名の通り、壁は白で照明も明るい。展示法は島展示で美術作品以外の作品を展示している。
     ここには銅鐸の塔をはじめとする各種建築物の縮小模型が展示されている。榾木のポートタワーにクラゲドーム。無論、まだ建設されていないアイデアも多数。特に面白いのは「ソフトクリームタワー」。ウエハースの部分は柱と展望台。その上のクリームの部分は、どうやらアメリカにあるグッゲンハイム美術館のような螺旋状の展示ギャラリーらしい。ユニークなデザインゆえ、いずれは建設されるに違いない。
     次の部屋へ進む。そこにずらっと並ぶのはエレキギター。その数、およそ100本。無論、すべて珍柿オリジナルデザイン。よく見ると、ギターラックだけが置かれてある個所がいくつもある。ひょっとしてギターを「盗まれた」?いや違う。望が拝借しているのだ。ローズベイにニュースキャスター。それらもまた「オナラウッドの遺産」の一つだ。
     最後の展示室へ向かう。そこには「ローターレス・ヘリコプター」の試作機などの大きな機械が展示されている。
     そして。
    「何だこれ。超かっこいいーっ」
     その中で勇気が目を留めたのは白色に塗装されたミッドシップエンジンのスーパースポーツカーの試作車。ボディ最後尾の左右に巨大なエアインテークを配置し、その上部をフードと直結。だから上から見るとフードは「T字型」をしている。フロントボンネットの先端部分には鮫の背鰭を思わせるマスコットがついている。運転席から見えない低い鼻先を視認するためのものだ。ヘッドライトおよびリアランプのデザインはスマートフォンの受信感度をあらわす三本のアンテナをモチーフとしている。サイドガラスは一部、サッシによって三日月状に切られ、その部分のみが下がる。21世紀に設計された車ではあるが、全体の印象としては「1970年代のスーパーカー風」だ。その理由は恐らくロータス・エリートのようにフードが後方いっぱいまで伸びているからだろう。そしてドアはランボルギーニ・カウンタックのように開く。
     勇気はシザーズドアを跳ね上げると運転席に座ってみた。独特の「新車の臭い」が僅かながらも、まだ残っている。室内の至る場所にカーボン素材が用いられ、運転席正面に各種メーターを表示するタブレットを配置するなど21世紀的だが、ハンドルは70年代風だ。オリジナルデザインではなく既製品のナルディ・ガラウッドである。つるっとした手触りが「ギターのネック」のようで何とも気持ちがいい。この感触は近年の主流である「革巻きハンドル」には望むべくもない。
     最近のスポーツカーは、性能はいいのだろうが、デザイン的にはどれも似たり寄ったりで「個性がない」と思っていた勇気も大層、ご満悦の様子。
    「エンジン、かけてみたら?」
     樹音が勇気に話す。えっ?かかるの。キーを回す勇気。とてつもなく大きな爆音が展示室に響いた。
     それはそうだろう。この車のエンジンは何と4ローターを二段重ねにした8ローターエンジンなのだ。しかもターボ過給で最高出力は2000馬力!フードが後方まで真っ直ぐに伸びるのは2段重ねによって背が高くなったエンジンをリアに搭載するためだ。最高時速は軽々と400㎞を越える。
    「気持ちいいや」
     勇気は何度も何度も空吹かしをした。走らせられないのが何とも惜しい。
     エンジンを止めて勇気が運転席から出てきた。
    「ここは、まさに楽園だ!」
     勇気はこのように叫んだ。
     そう。ここは芸術家、建築家、デザイナーにとっては文字通り「楽園」だ。これらの人々をゾクゾクさせる作品が、ここには山とあるのである。



  • 「古代中国の時代、周が滅亡する直前、被髪(みだれ髪)が流行」
    「フランス革命前夜、貴婦人の間で背の高いカツラが流行」
    「バブル経済崩壊前の1990年代初頭、女子高生の間でルーズソックスが流行」

     このように国が滅びる直前には必ず人々の間に「変な流行」が起きる。そして、近年のニッポンでも巷で「変なファッション」が流行していた。果たして、これもまた「国が滅びる前兆」なのだろうか?

     銅鐸の塔、リビング。
     現在、ここには一磨と帆乃香の二人だけ。リーダー一磨はお気に入りの樽型の炭焼き缶コーヒーを少々カッコつけながら飲み、帆乃香もまた、お気に入りのブルーベリーショートケーキを頬張っている。
    「そういや最近、街でやたらに『青いジャージ』を着ている連中が増えたよな」
    「一磨、知らないの?今、巷では青いジャージが大流行なのよ」
    「何でまた?」
    「イケメンアイドルグループ・8王子のイメージファッションなのよ」
    「はちおうじ?」
    「八人組の男子アイドル。今、チョー人気なんだから」
     8王子とは、八王子の地名にかけた、帆乃香の説明通り人気絶頂のアイドルグループである。
    「へえ、全く知らなかったよ」
    「一磨は本当に流行に疎いんだから」
    「それはともかく、俺はパスだな。青いジャージなんか自分には絶対に似合わない」
     そんな一磨と帆乃香の会話に黒いジャージを着た勇気が乱入してきた。トレーニングから戻って来たばかりなのだろう。顔は赤く、汗ばんでいた。
    「俺も青なんて絶対に嫌だね。やっぱり黒がいいよ」
    「勇気って、凄い派手だよね」
    「そうか?地味だと思うけど」
    「服装は地味だけど、頭が派手なんだよ」
     勇気はセミロングの髪を今までの茶髪から金髪に変えていた。金髪に黒い服。目立たぬ筈がない。
    「まあ、俺も一応はアーチストの卵だからね」
     髪を掻きあげ、格好をつける勇気。そんな勇気を一磨が茶化す。
    「でも普通、画家っていったら『ベレー帽にロイド眼鏡に口鬚』じゃないの?そんでもって、いかにも『インテリ臭い喋り方』をする」
    「嫌だ!絶対に嫌だ。そんなダサいファッション」
    「そんでもって趣味はいかにもオタクっぽく『アイドルグッズ集め』とか」
    「いい加減にしろよ!」
    「冗談だよ、勇気。そんなにむきになって怒るなよ」
     勇気は既にメンバーの中に溶け込んでいた。
    「そういや、樹音は?」
    「今日は仕事だってさ」
    「仕事って、どっちの?」
    「暗殺稼業じゃない方」

     大阪のテレビ局。
    「なんか、久しぶりのバラエティ番組ってカンジ」
    「今まで、クイズ番組が多かったからね」
    「体を使った、いろいろなゲームがあるんだよね?」
    「言っておくが『カポエラは禁止』だぞ」
    「これが今日の台本か」
     バラエティと言っても一応、台本はある。共演者が誰で、番組がどのように進行するのか、頭に入れておかねばならない。
     台本の表紙には「GAME8」とタイトルが書かれていた。男性アイドルグループ・8王子が番組の進行を務める番組だから、ゲームエイト。台本を開く。結構、分厚い。正直、最初の方は読む価値のないページだ。
     最初に番組を企画した人物の名前。次にプロデューサー。次に脚本。次に音楽。次に演出。次に製作スタッフ。次に技術スタッフ。次に美術スタッフ。ここまでで既に8頁を費やしている。9頁目に漸く番組のフォーマット(おおまかな進行予定表)。すると、なぜか次に撮影スタジオの紹介と地図。ここまでで読む価値があるのは正直、フォーマットのみ。この先から本格的な進行予定表になる。
     番組自体は1時間だが、収録時間は大概、その倍はかかる。特設ステージには8王子ファンの若い女の子たちが観客として100人ほど来るらしい。
    「この番組、樹音は見たことないのかい?」
     正直、樹音はこの番組を見たことがなかった。自分もアイドルのくせに今一番人気のアイドルのことを知らないとは。
    「だって、関西の番組でしょう?」
    「全国ネットで放送してるよ」
    「あっ、そう」
     控室のドアがコンコンと鳴った。
    「間もなくリハーサルを始めます」
    「わかりました。樹音」
    「はいな」
     樹音は控室から撮影現場へと向かった。番組スタッフから用意されたピンクのジャージ姿で。現場には既に今回のためのセットが用意され、8王子も全員、揃っていた。
     8王子。全員、背が高い。体も細身だ。そして全員、イメージファッションである青いジャージを着ていた。
     8王子が樹音をぐるりと取り囲んだ。
    「やあ、叶(かなえ。樹音の芸名)ちゃん。ぼくたちの番組へようこそ。今日はよろしく」
    「ええ、こちらこそ」
     男性8人にぐるりと囲まれ正直、樹音は悪寒を覚えた。自分以外のゲストたちをはじめ、プロデューサーやマネージャー他、多数の番組製作スタッフたちがいるこのような状況で絶対に「あり得ない」ことなのだが、まるで今から彼らに「集団レイプでもされそう」な感じがしたのだ。今、ニッポンで一番人気のアイドルたちだというのに、なぜか樹音には「不快感」しか感じられない。
     挨拶の後、8王子のリーダーである「ハッチャン」が樹音に手を差し出した。握手を求めているのだ。
     樹音も手を差し出した。相手と握手を交わす。
    (冷たい)
     樹音はそう思った。なんて冷たい手。まるで血液が流れていないような。おまけに指の何という長さ。こんなに長い指は見たことがない。これほどの長い指であれば、ピアノを弾くにはもってこいだろう。
     その後、全員と握手を交わした樹音。その全員が同様に冷たく、長い指を持っていた。
     挨拶に握手。とても「礼儀正しい若者たち」のように見えるが、樹音には手の感触同様、彼らに対し何か「非人間的な冷たさ」を感じないではいられなかった。裏世界を知る人間のみが有する「直感力」がビンビンに働く。

     本番開始。
     会場には多数の女性ファンが見学席に座っていた。
     樹音以外のゲストは3人。全員女性。ひとりはアイドル。残りは作家とオリンピックメダリスト。この番組では4人のゲストに8王子が各2人組む。つまり4組によるゲーム番組である。樹音は「アライン」「クリシン」と呼ばれている二人と組んだ。
     控室で見た台本には8王子のニックネーム(芸名)が記されていた。

     ジャン
     海坊主
     チェリー
     ジコマン
     ケニー
     アライン
     クリシン
     ハッチャン

     ジャン、チェリー、そしてジコマン。この三つの名前が、どうも樹音には引っかかる。ジャンは自分のお祖父さん、チェリーはパパ、そしてジコマンは基地にあるコンピュータの愛称。これって「偶然」なの?
     いよいよゲームが始まる。樹音のライバルは当然だが、オリンピックメダリストだ。
     最初のゲームは「シューティングBB」。要するにBB弾を発射するモデルガンで全ての標的を早く倒した人から勝ち抜け、高い得点が獲得できるというものだ。
    「これって、VP-70だわ!」
     他のゲストにはわからないだろうが、樹音にはわかる。随分とまあ、マニアックな銃を使用しているものだ。正直、樹音の小さい手にはグリップが大きく、トリガーを引き辛いタイプの銃だ。しかし、ここは樹音。どうにか使いこなす。
     最初のゲームが終了。1位は無論、樹音。
     次のゲームは「サバイバル・ボルダリング」。基本的にはフリークライミングなのだが、一定時間が過ぎると、次々とホールドが引っ込み、最後にはまっ平らな壁になるという代物。いかに早く抜けるかが勝負の鍵となる。登った高さで順位が決まる。同じ高さの場合には、壁に摑まっていた時間の長い方が勝ち。勿論、理想は一番上まで登り切ることだ。
     これも当然、1位は樹音。かと思いきや1位はオリンピックメダリスト。
     一体全体、なにをやらかしたのだ、樹音?
     それは一番上まで登りつくかと思った直後。
    「あああああ!」
     樹音が右足を載せていたホールドが壁に引っ込んでしまったのだ。そのまま樹音は最も高い場所から落下した。オリンピックメダリストは、速度は遅かったものの無事に一番上まで到達したのだった。
     これで勝負は分からなくなった。
     次のゲームは「歌って・お絵かキング」。今度は一転、体力勝負から、ひらめきが勝負のゲーム。各チームの8王子のいずれかひとりが歌を唄いながら絵を描く。その描いている絵が何かを答えるゲームだ。全部で4問。と、説明を受けても、良くわからない人もいるだろうから、とりあえず話を進めることにする。まずは一問目から。

     まあるーいー太陽とー
     さんかーくーお月さまがーあーりましたー
     太陽に雷がゴロゴロとー
     たくさーんーおーちてー
     お月さまにーもー雨粒がー
     たくさーんーおーちてきたー
     こーれーはーいったーいーなーんでしょおーう?

     わかっただろうか?少なくとも樹音は分かったようだ。正解は「スイカ」。
     こんな調子で、次の問題。

     チューリップの花が二つ咲きまーしたー
     鳥の腿肉がやっつありまーしたー
     小判ーがーひーとーつーおちてーきてー
     なーがーいー尻尾―がー生えてー来たー
     こーれーはーいったーいーなーんでしょおーう?

     さあ、わかるかな?樹音は悩んでいる。考えられるものが二つあるからだ。樹音が思うのは「サソリ」と「エビ」。果たしてどちらが正解か?それとも、別の何かなのか?
     正解は「サソリ」の方。とりあえず樹音は正解した。
     三問目。この問題は樹音のチームが出題するから、樹音チームはふたりで解答する。ふたり正解しても20ポイントしか入らない。他のチームは全員正解すれば30ポイント入る。

     しかくーいーはーこーがーありまーしたー
     扉ーがーふーたーつーありまーしたー
     その中にーもうひとつー扉ーがーありまーしたー
     はっぱーやーびーんーがーありまーしたー
     おさらーやーこっぷーもーありまーしたー
     こーれーはーいったーいーなーんでしょおーう?

     樹音は迷わず「冷蔵庫」と答えた。ところが、これが大違い。正解は何と「仏壇」。ここまで他のチームの正解率も高かったから、この間違いは大きい。
    「やってしまった」
     後悔する樹音。発想力に長けた樹音なのだが、今日はどうも調子が悪い。そして、その理由は明らかだった。8王子。その正体が樹音にはどうも気になるのだ。何となく「地球人ではない」ような感覚を覚えてしょうがない。よもや「宇宙人の筈などない」のだが。
     最後の問題。

     しかくーいーはーこーがーありまーしたー
     その中にー小さーいー箱がーたくさんありまーしたー
     数字ーがーたくさーんーありまーしてー
     あーかーいーもーのーもーありまーすよー
     こーれーはーいったーいーなーんでしょおーう?

     参った。いろいろ出てくる。電卓、ケータイ、リモコン。どれだ一体?樹音は「ケータイ」に賭けた。だが、正解は「リモコン」。このゲームで樹音チームはポイントを落とした。
     そして、いよいよ最終ゲーム。
    「バンカーショット・ホールインワン」。その名の通り、バンカーからゴルフボールを打ち、グリーンのカップに入れるというゲーム。この番組中、最も難しいゲームだ。無論、点数は高い。要するに「一発大逆転ゲーム」という奴だ。
     スタジオ内にグリーンと四つのバンカーが運ばれてきた。バンカーがグリーンを中心に十文字にセッティングされる。チームがそれぞれのバンカー内に入る。何度でもボールをバンカーに置いて打って構わない。最初にカップインしたチームが優勝だ。
     スタート。
     アイドルチーム。なかなか入らない。作家チームも同様である。
     そして樹音チーム。
     ボールを置き、サンドエッジでボールを打つ。砂が勢い良く舞う。ボールがグリーンを転がる。しかし、なかなかカップを捉えてはくれない。
     そして結果は・・・。
    「やったあ」
     最初にカップにボールが入ったのはオリンピック・メダリストチーム。そりゃあそうだろう。何たってプロゴルファーなのだから。樹音チームは敗れた。あーあ。
     100万円の賞金を手にして大燥ぎするメダリスト。「嬉しい」を連発する。
     一方の樹音は、敗れたことなど眼中になかった。それよりも気になるのは何と言っても8王子だ。胸騒ぎがする。
     番組終了後、出場したゲスト全員に「青いジャージ」がプレゼントされた。
    「こんなの、着ないよね」
     一応、受け取るだけは受け取ったが、そんな独り言を呟く樹音だった。



  •  場所は不明。敢えて言えば、ここは地球上とは思えない場所。
    「おっはよ~う、オクトマン8×8よ。実験の準備はどうだ?」
    「ピピピー。順調に進んでおります。提督」
    「そうか」
    「はい。既にニッポンにおいて青いジャージを着る若者の数は10万人を遥かに超えました」
    「ブイー。では実験開始だ」
    「今夜20時。実験を開始します。チチチー」
     提督とやらの正体は不明。だが、もう一人の方の顔は・・・間違いない。8王子のリーダー、ハッチャンだ。
     実験?一体全体「何」を始めようというのだ?それに「オクトマン8×8」とは?ひょっとして、これが8王子のリーダーの「本名」だと言うのか?

     銅鐸の塔。
    「警視庁から緊急連絡。全国で謎の火災が発生しているわ」
    「全国?」
    「そう。わかっているだけでも既に1000件を超えているわ」
    「1000件だって?」
    「どうーなってるの?!」
    「わからないわ」
     ニッポン全国で一斉に火災事件が発生した。これは、やはり「放火」か?しかも全国一斉ということは「組織的な犯行」なのか?
    「で、警視庁は何だって?」
    「原因を一刻も早く究明してほしいって」
    「了解」
     直ちに原因究明のための調査に入る。ジコマンコンピュータをフル稼働させる。テロ活動を指示するメールを検索。それらしきものは発見されず。
     次にコンピュータウイルスの確認。新型EPICの類いを捜索する。だが、それらしきウイルスは発見できなかった。
    「ちょっと待って」
     帆乃香が気になる電波を確認した。
    「何か、電波が発進されているわ。それも全国に向けて」
    「場所は特定できる?」
    「今やってるわ」
     結果を見た帆乃香は結果を疑った。
    「まさか、そんなことが」
    「どうしたの、帆乃香?」
    「発信源は宇宙よ」
    「宇宙?」
    「そう」
    「それって、人工衛星ってことか?」
    「違う。もっとずっと遠くの場所よ」
    「遠くって」
    「恐らくは月の近く」
    「月?」
    「帆乃香。その方角に向かって望遠鏡を向けて」
    「了解」
     銅鐸の塔に望遠鏡などない。帆乃香はハッブル宇宙望遠鏡をジャックして発信源の方角の夜空を捉えた。無茶苦茶やるな、帆乃香。
    「良くわからないわ、帆乃香」
    「デジタル画像処理するわ」
     すると、何やら球状の飛行物体が存在するのが確認できた。
    「これはUFO?」
     デジタル処理された画像には月明かりをバックにバナナの房状の飛行物体のシルエットがはっきりと映し出されていた。珍柿以来の異星人との遭遇だ。
    「この異星人は、あまりよろしくない様ね」
    「どうしますか?」
     茉美は警視庁に連絡した。
    「ジミー。今回の騒動の仕掛け人はどうやら異星人みたいなの。場所は既に特定したわ。月の近くに宇宙船らしき物体がいるのを発見したのよ」
     ジミーの驚き。まさか、そんなことが。
    「どうするジミー?」
    「わかった。首相官邸に報告する」
     首相官邸に報告。ということは、あの「宇宙戦艦を利用する許可を得る」ということか?
    「お願いね」
     だが、返事が来る前に未確認飛行物体はその姿を消してしまった。
    「電波も消えたわ」
    「逃走したのですか?」
    「わからない。単純に『作戦を終えた』だけなのかも」
     やがて、ジミーから返事が来た。
    「今すぐには無理だ。深海潜水艇ダイオウグソクムシを載せた海洋調査船リュウグウノツカイは現在、海底調査で沖縄近海へ出動しているそうだ」
    「わかったわ。どのみち未確認物体は消えてしまったわ」
    「そうか、了解した。こっちは徹夜で放火犯の逮捕だ」
    「御苦労さま」

     翌日、放火事件を起こした容疑者のうち、100人ほどが逮捕された。その100人を調べて、実にあからさまにわかる「大きな共通点」が確認された。その共通点は直ちに警視庁から銅鐸の塔へと知らされた。
    「みんな、8王子と同じ青いジャージを着ている?」
    「そうだ」
    「それって、青いジャージが『放火事件を引き起こす原因』だってこと?」
    「それを調べてほしい」
    「わかったわ」
    「それから」
    「なに?」
    「この事実は、あくまでも内密にしてほしい」
    「というと?」
    「『青いジャージが原因』だということを、マスメディアに知られてはならない」
    「でも、もしも原因が本当に青いジャージだったら?」
    「その時は製造元を捜索するまでだ」
    「8王子は?」
    「極めて難しい状況にある。彼らに事情聴取などすれば、ニッポン中のファンが黙ってはいないだろう」
    「でも、こっちでは彼らは極めて黒に近いグレーよ」
    「どういうことだ?」
    「一昨日、樹音が彼らと会ったの。樹音曰く『全く気に入らない相手』みたいよ」
    「そうなのか?」
    「ええ。しかも『宇宙人のような感じがする』とも言っていたわ。もしかしたら例の未確認飛行物体と関連があるのかも」
    「『調べる必要がある』ということか」
    「既にやっているわ。それで面白い事実がわかったの」
    「何だ?」
    「彼らの本名と出身地から、彼らの素性を調べたの。すべて嘘だったわ」
    「何?」
    「つまり、彼らが『何者』なのか、現時点では全くの不明。しかも」
    「しかも、何だ?」
    「8王子のニックネーム。調べたら全員、昔のコックローチのメンバーのニックネームなのよ。明らかに彼らはコックローチのことを知っているわ」
    「わかった。引き続き、そっちの方も調べてくれ」
    「了解」
     その後、樹音が番組で貰った青いジャージがサンプルとして用意された。青いジャージが実験台の上に置かれる。レントゲンを思わせる実験装置が青いジャージの上にセットされた。
    「測定開始」
     この装置。さまざまな波長のレーザーを照射することによって青いジャージに使用されている素材を原子レベルで調べることができる。結果はすぐに出た。
    「綿20%。ポリエステル80%。そして、ごく微量のニホニウム」
    「ニホニウム?」
    「ええ、そうよ」
    「そんなバカな」
    「本当に『そんなバカな』ね。右翼時代のニッポンが『元素の命名権を獲得するため』だけに、あとにも先にも一回だけ製造した何の利用価値もない物質。本来は存在期間が1秒もなくてあっという間に崩壊するのだけれど、なにがしかの超科学技術を用いて長期の安定を可能にしているようだわ。勿論、地球では絶対に量産なんかできっこない代物よ」
    「で、この物質の性質は?」
    「良くわからないけれど、元素である以上、特定の周波数に反応することは確かね」
    「その『特定の周波数』というのは、まさか」
    「その、まさか。例の未確認飛行物体が発していた周波数よ」
    「『異星人による侵略』が始まろうとしているのね」

     ここで、青いジャージがヒトを洗脳するメカニズムについて、説明しよう。
     生物と無生物とを区別する最大の要素は、いうまでもなく「DNAの存在の有無」にある。そのDNAこそ、地上を飛び交う「波動」を受信するアンテナに他ならない。無論、無生物も波動を受信する。素粒子自体がアンテナとしての機能を持っているからだ。だが、そこには多くの「歪み」が含まれている。「生物進化」とは、地上を飛び交う波動の中から特定のものをより「クリアに受信」するために行われる品質改善に他ならない。そして現在の地球上において最も優れたDNAを有する生命体は勿論「ヒト」である。
     波動には様々なものがあるが、ヒトのDNAが受信する波動は大きく二つ。ひとつは大地(地獄)が発する修羅界の波動、即ち「弱肉強食の波動」。この波動を受信するヒトは利己主義や軍国主義を礼賛する。もうひとつは大宇宙(天空)が奏でる仏界の波動。この波動を受信するヒトは平和や自由を愛する。故にヒトは大地の波動ではなく大宇宙の波動を受信しなくてはならないのだが、大地の波動の方が圧倒的に強力であるため、大宇宙の波動を感じ取ることは非常に難しい。だから地上では修羅界の波動に翻弄された人間たちによる犯罪や戦争が絶えないのだ。
     そしてヒトの心臓は「性格」を、脳細胞は「記憶」を、DNAは「無意識」をそれぞれ司っている。心臓移植がヒトの性格をがらりと変えてしまい、脳が深層心理を意識的に自覚することができないのは、そのためである。
     ここまで説明すれば、もうお分かりだろう。青いジャージに含まれるニホニウムが特定の周波数の電波を受信すると物質の共鳴現象によって独自の波動を発生する。その波動とは地球が発生するもの以上に精度の高い修羅界の波動に他ならない。その波動がヒトのDNAによって受信され、無意識レベルから人間の体に作用する。その結果、理性的な判断ができなくなってしまうのである。

     未知の場所。
    「提督、申し上げます。実験は大成功でした。レベル7(第7感)の領域で多くの若者たちを洗脳することができました」
    「そうか」
    「もとより、人類の中でも最も『時流』に乗りやすく『連帯行動』を好むニッポン人を用いましたから、個性を尊ぶ余所の民族でも同様の結果が得られるかどうかはわかりませんが」
    「では、余所でも実験を始めるのだ」
    「はい」



  • 「『8王子、海外に進出』?」
    「そうらしいわ」
     8王子が所属するプロダクションから8王子を海外にもデビューさせる計画が正式に発表された。
    「これって、やっぱり」
    「ニッポンでの実験が成功したから、一気に世界に広げる気だわ」
    「これって、拙いよ」
    「でも警察には、どうすることもできない」
    「どうして?証拠があるのに。製造工場を捜索したんでしょう?」
    「『謎の宇宙人が青いジャージを着ている人類を自在に操る』なんて誰が信じるの?製造メーカーに『今のジャージには欠陥があるから回収します』と言わせるのが限界よ」
    「そりゃあ、そうだ」
     勇気がここで実に「素晴らしい提案」を出した。経験の一番浅いメンバーとは、とても思えない。
    「俺たちはコックローチ。コックローチの特技と言えば『暗殺』。そうだろう?」
    「なるほど。8王子を『消す』のか」
    「でも、至難の業よ。彼らには絶えず多くのマスコミが付いて回るわ。私たちの存在を気付かれてしまう」
    「そうでもないかも」
     ここで樹音が提案。
    「移動時に彼らが乗るバスに爆弾を仕掛けるの」
     樹音も言うなあ。よほど彼らから受けた印象が良くなかったようだ。
    「なるほど。それならば、彼らがバスを降りている間に実行できる」
    「それでも、彼らの乗っていないバスを監視している記者くらいは、いるかも」
    「だったら、バスが通過する場所に、あらかじめ爆弾を仕掛けておくってのは?」
    「局長、ご決断を」
    「わかったわ。ジミーが動けない時こそ、私たちが動くのは『道理』だわ」

     8王子が、いよいよ「アメリカ制覇」に向けて動き出した。
     専用機をチャーターして羽田空港から飛び立つ。チャーター機には8王子のロゴマーク。 多くの女性ファンに見送られながら8王子はチャーター機に乗り込んだ。チャーター機は無事に離陸。東京湾をみるみる上昇していく。
     その時。
     東京湾に浮かぶ1隻の漁船から対空ミサイルが発射された。ミサイルはチャーター機を撃墜した。炎に包まれ東京湾に墜落するチャーター機。
    「勇気、お見事」
    「へへーだ」
     今回使用したのは携SAMと呼ばれる使い捨ての対空ミサイル。バズーカ砲のように人が肩に背負って使用する。一度発射してしまえば後はIRホーミングで勝手に目標物まで飛んでいく。
    「作戦終了」
     無論、漁船とは「待子」。
     かくして8王子は東京湾の藻屑となった。チャーター機の機長も8王子のマネージャーも全員「黒」とわかっていたから迷わず、この作戦に決まったのだった。
     待子は直ちに銅鐸の塔へと帰還した。異星人の正体は依然として「不明」であったが、取り敢えず「青いジャージ事件」はこれで解決した。
     この時点ではメンバーの誰もが、そのように思っていた。



  • 次回予告

  •  やはり彼らは「異星人」だった。そして遂に、地球に全面攻撃を仕掛けてきた。
     遠い星からやって来た彼らと火星探査さえ難事業の地球とでは、科学力の差は歴然。地球の武力など彼らにとっては「おもちゃ」も同然だ。
     こうなれば、もはや残された手は「あれ」しかない。
     相模湾の海底から、再び巨大戦艦が飛び立つ。

  • 新・コックローチ14

  •  11月25日(金)夜7時30分 公開
     お楽しみに。



  • 14
  •  
     ピピピー ピピピー テテン テテン
     チチチー チチチー テテン テテン
     二人いるから にほんしゅう
     二人いるから にほんしゅう

     ピピピー ピピピー テテン テテン
     チチチー チチチー テテン テテン
     なんということだー
     なんということだー

     ピピピー ピピピー テテン テテン
     チチチー チチチー テテン テテン
     アイ アム ア デイリーストアー
     アイ アム ア デイリーストアー

     ピピピー ピピピー テテン テテン
     チチチー チチチー テテン テテン
     ハッチャンブイー ハッチャンブイー
     ハッチャンブイー ハッチャンブイー

     ピピピー ピピピー テテン テテン
     チチチー チチチー テテン テテン
     ピピピー ピピピー テテン テテン
     チチチー チチチー テテン テテン

     ガバメント ティー!

     見ての通り、全く意味のない実に「くだらない歌」なのだが、とある設備管理会社のイメージソングとしてテレビCMで頻繁に流れていることから今、ニッポンで大流行しているのだった。そして、このテレビCMをヒットさせているアイドルグループが歌番組に登場しているのを見たコックローチのメンバーたちは驚きを隠さなかった。
    「こんなバカな」
    「ありえない」
    「この目で見た」
    「生きている筈がない」
     この、くだらない流行歌を唄っているのはイケメンアイドルグループ「8王子」に他ならなかった。ここで茉美が発言。
    「御覧の通り、彼らはピンピンしています」
    「そんな。だって確かに、彼らが乗ったチャーター機を撃墜したじゃありませんか」
    「彼らが異星人なら、瞬間移動装置くらい持っていても不思議じゃないわ。脱出したんでしょうね」
     茉美はいたって冷静だ。
    「兎に角、8王子は今も健在で、海外遠征計画を中止した彼らは、今度は何やら『変な歌』を流行らせています。無論、何かを企んでいるに違いありません。早急にその企みの正体を掴まなくてはなりません」



  • 「局長」
    「何?一磨」
    「いえ」
     一磨はさっきから緊張しっぱなし。一磨と茉美のふたりは例の「くだらない歌」をCMソングに採用した設備管理会社に直に乗り込むべく、車で東京の本社に向かっていた。
    「会長、着きました」
     運転手は茉美にそう告げるや直ちに運転席から降り、茉美と一磨の座る後部座席のドアを開いた。
    「どうぞ。お気をつけて」
    「ありがとう」
     普通の車とは反対に前から開くドアを茉美、一磨の順で降りる。正面には30階建ての立派なビル。
     ビジネススーツに身を包み企業を訪問する。一磨の緊張する理由は無論、それもあるが、それ以上の理由として、今回の作戦のために使用した車があった。今回の作戦に於いて茉美はPIPIRUMAの送迎車を利用した。「PIPIRUMA会長」という立場での訪問が相手企業のトップと接触する上で「最適」と判断されたからだ。そして今回、一磨は生まれて初めてロールスロイスに乗ったのだった。「動いているエンジンの上にコインを立てて倒れない」「時速100kmで走って一番うるさいのは時計の音」など逸話には事欠かない誰もが認める「世界の最高級車」だ。
     そのロールスロイスの中でも最上級機種である「ファントム」の後部座席に今回、一磨は乗った。それで一磨は緊張していたのだった。ようするに「自分には不釣り合いだ」ということだろう。その点、茉美は慣れたものだ。スーツの着こなしも実に堂に入っている。
    「行きましょう」
     茉美が先頭。一磨はその後を追った。
    「20階ね」
     目的の場所を確認してから茉美と一磨はエレベータに乗った。
     20階に到着。目的のオフィスの入り口には「ワイティーメンテナンス」という看板が掲示されていた。オフィスビルの設備全般をメンテナンスする会社である。
    「一磨は黙っていて」
     茉美の口止め。ふたりはいざ、オフィスの中へと入った。
    「失礼します」
     受付に訪問の趣旨を説明する。
    「わたくし、昨日ご連絡をさしあげましたPIPIRUMAの文といいます」
     その後、茉美は速やかに社長室へと通された。日本有数の電子産業企業のトップが来たのだから、当然だ。茉美と一磨は社長室で社長を待つ。ソファはあるが座らない。ほどなく社長が入ってきた。
    「お待たせして申しわけございません」
    「いえ。御気遣いなく」
     さすがにPIPIRUMA会長直々の来訪とあって、社長の対応は丁寧を極めた。一磨は改めて「局長って凄いんだ」と見直した。その後、話は順調に進んだ。
    「そうですか。わが社のメンテナンスに興味がおありと」
    「ええ。今度、東京に支社を新たに設立いたしまして、そのビルのメンテナンスをお願いする会社を探しているところでして」
    「それでしたら、我が社は最適ダと思います」
    「私もそう思いますが一度、社に戻って『内容を検討したい』とは思っています」
    「わかりました。いい返事を期待しております」
    「もしよろしければ、名刺を一枚いただけますかしら?それから、貴社のパンフレットも一部」
    「はい、勿論」
     社長は茉美に名刺を差し出した。パンフレットは受付に持ってこさせた。
    「ありがとうございます。では今日のところは、これで」
     建物の外に出たふたり。
    「局長」
    「緊張した?一磨」
    「はい」
     本音を隠さない一磨を茉美は「かわいい」と思った。ふたりは再びロールスロイスの後部座席に乗った。そして、その中で茉美は一言、一磨にこう告げた。
    「一磨。人の価値は『乗っている車で決まるもの』ではなくってよ」
    「局長」
     茉美はロールスロイスごときで自分に恐縮する一磨を嗜めた。圧倒的な財力や社会的地位を前に平伏してしまう気持ちは分からぬでもないが、それはやはり「卑しい根性」なのだ。
    「さあ、帰りましょう」

     銅鐸の塔。
     帆乃香がリビングにやってきた。リビングにはメンバー全員が揃っていた。
    「どうだった、帆乃香?」
    「やっぱり、この会社の社長も異星人よ。これ見て」
     帆乃香が三枚の写真をテーブルの上に置いた。そこには人の指紋が映っていた。
    「このふたつは人間。普通、人間の指紋はこのように丸い渦がひとつか、或いは、その渦が流れているかのどっちか。ところが、社長の指紋は御覧の通り」
     残りの写真に写る社長の指紋は何と「8の字」になっていた。
    「これは明らかに人類の指紋じゃないわ」
     社長の指紋。茉美がワイティーメンテナンスを訪れたのは社長の名刺を入手するためであった。その名刺にあった指紋を今回、検査したのだ。
    「ついでに言えば、パンフレットに付いていた受付嬢の指紋も、やはり8の字だったわ」
    「ということは、企業全体が『異星人の傘下にある』ということか」
    「歌の方の解析は?」
    「歌自体に『催眠効果』はないわ。単なる、くだらない内容の歌よ」
    「ということは、やはり企業の経営内容自体に『作戦がある』のね」
    「オフィスビルのメンテナンス・・・オフィスビルそのものを丸々洗脳装置にしちゃうとか」
    「それって、充分に考えられるわ」
    「なら、奴らがメンテナンスをしているオフィスビルを調査しないと」
    「でも、どうやって?」
    「大丈夫よ。手は打つわ」

     翌日。
    「昨夜、社内で検討した結果、貴社を『採用する』ことに決まりましたわ、社長」
    「ありがとうございます」
     PIPIRUMA東京支社ビルを「囮」とする作戦が、こうして開始されたのである。

     PIPIRUMA東京支社ビル。秋葉原の中古ビルを買い取り、中をリフォームした。1階は貸店舗で、2階から上が東京支社。そして地下も全面的に改修され、Dr.フリップのアジトの頃には多少なりとも残っていた昔日の面影、すなわち初代コックローチ秘密基地の姿はもはや完全になくなっていた。
    「会長。ワイティーメンテナンス様から『来週の日曜日に床のクリーニングを実施したい』と言ってきておりますが」
    「『了解した』と伝えて」
    「わかりました」
     日曜日、ワイティーメンテナンスから派遣されてきたクリーニング業者が支社ビルの床を全部、クリーニングした。その作業に立ち会った茉美の見たところ、作業の内容は一度、掃除機でゴミを除去してから洗剤で床を磨き、その後に拭き取るというものだった。これといって変わったところはない。
    「ごくろうさま」
     業者が帰る。茉美は直ちに銅鐸の塔へと向かった。
    「帆乃香、これを調べて」
     茉美はポケットから小瓶を取り出した。小瓶の中には何やら液体が。
    「ビルの床をクリーニングするのに使っていた洗剤よ」
     抜け目のない茉美は業者が作業を行っている隙をついて、洗剤を小瓶に入れていたのだ。 早速、検査開始。
    「ニホニウムが検出されたわ」
    「やっぱりね」
     これはすなわち床の上にいる全ての人間を一度に洗脳できることを意味する。
    「帆乃香、ニホニウムが共鳴する周波数は、わかってるわね」
    「はい、ばっちりです。局長」

     地球上ではない謎の場所。
    「提督。作戦は順調に進んでいます。わが社が都内においてメンテナンスを任されたオフィスビルの数は100を超えております」
    「よし。では明日の昼12時に作戦開始だ」

     銅鐸の塔。
     12時きっかりに警報が鳴った。
    「例の洗脳電波を受信」
    「帆乃香、送信開始よ」
    「了解。送信開始」
     銅鐸の塔から東京スカイツリーを経由して、異星人が送信する電波と逆相の電波が発信された。
    「果たして効果は、あるかしら?」
     茉美はモニターに映るPIPIRUMA東京支部社内の様子に見入っていた。
    「社員の動きに変化はないようね」
    「成功です、局長」

    「提督。残念な報告をしなくてはなりません。作戦は失敗。地球人類はどうやら我々の作戦に気がついていたようです。我々が送信する洗脳電波の逆相電波を用いて、効果を無力化いたしました」
    「なるほど」
    「地球人類など『下等な猿』と思っておりましたが、少しは知恵があるようです」
    「というよりも、知恵のある者も『多少はいる』ということなのだろうな」
    「慰めて頂き、恐縮です」
    「だが、こうなると、もはや『洗脳作戦』ではだめだな」
    「と、言いますと?」
    「地球の軍事力について綿密に調査した。我々の科学力であれば圧勝できる。もはや、この要塞を月の裏側に隠しておく必要はない」
    「全面攻撃を仕掛けると?」
    「小細工は一切不要だ。お前も知っての通り、我々の星の寿命は迫っている。もはや猶予はない。今すぐにも地球を我々の手に奪う必要がある」
    「了解しました」
    「オクトマン8×8よ。お前は他のメンバーとともに、ひとまず我々の星へと戻り、移住のための準備を進めるのだ」
    「提督、それでは」
    「なあに、心配はいらん。地球人類は宇宙に飛び出すだけの科学力も持ってはいないのだから、お前たちの護衛は不要だ」
    「しかし」
    「お前たちが再びここに戻ってくる頃には地球は既に征服しているから、安心して戻れ」
    「はい」
     オクトマン8×8は不安でしょうがなかった。確かに地球人類の科学は貧弱だ。アメリカの軍事力など全く恐れるに当たらない。未だにイージス艦やステルス戦闘機といった骨董品が最新鋭なのだから。だが、コックローチは侮れない。オクトマン8×8は気が付いていた。前回に続き、今回の我々の作戦を失敗させたのはコックローチに違いないと。
    「地球を去る前に、こいつらだけは始末しておく必要がある」
     オクトマン8×8は別室で待機する残りのオクトマンと合流した。
    「リーダー。提督は何と?」
    「我々の星に戻り『移住の準備をしてくれ』と」
    「では早速、戻る準備を」
    「まて」
    「どうしたのです?リーダー」
    「お前たちも知っているだろう?コックローチをこのまま残して地球は去れない。あまりにも危険だ」
    「確かに、奴らの科学力は未知数だ」
    「そもそも、今現在の奴らの正体を我々は何も知らない。我々が知っているコックローチは、あくまでも『過去のデータ』だ」
    「秋葉原の秘密基地は破壊され、ジャンとチェリーの二人が生き残った」
    「その後のデータはない。『元祖ハッチャン』こと我らの先輩がチェリーに殺されてしまったからだ」
    「だが、コックローチが『再建された』ことは間違いない。東京湾上空での謎のミサイル攻撃。そして今回のビル洗脳作戦が失敗したのは、そのことの証明だ」
    「お言葉ですがリーダー。提督の命令は『絶対』です」
    「だから、きみたちは命令通り我々の星に戻ってくれ。私ひとりで残る。私ひとりでコックローチを倒し、あとからきみたちを追いかける」
    「リーダー」
    「元祖ハッチャンの仇は今、ハッチャンの名前を継承するこの8×8が討つ!」



  •  総攻撃まで時間がない。その前にコックローチを見つけ出し倒さねばならない。
     8×8がまず目をつけたのは秋葉原の旧秘密基地だった。しかし、そこには、いかなる痕跡も存在してはいなかった。PIPIRUMAによって改装されてしまっていたからだ。 8×8はその後も必死にコックローチを追跡した。だが見つからない。
     そして遂に総攻撃が開始された。この時の宣戦布告によって地球人類は初めて「異星人の存在」を知った。

     オクト星人

     これが彼らの名前である。オクト星人は地球から遠く離れた場所にあるオクト星からやってきた。その超科学の力は人類の科学の比ではなかった。事実、彼らが地球攻撃に用いている「ハチ型戦闘機」は大気圏外と大気圏内を自由に往復する能力を備えていた。それに対してアメリカ軍が誇る最新鋭ステルス戦闘機は化石燃料を空気と燃焼させるため大気圏内を飛行することしかできない。
     オクト軍の攻撃は文字通り「ハチの大群の襲来」であった。その結果、世界の主要都市、および主要軍事基地が次々と壊滅した。戦いは圧倒的にオクト軍の優勢であった。
     東京上空を見上げる8×8。その上にもハチ型戦闘機が飛来していた。オクト軍が東京上空の制空権を掌握していることは間違いなかった。だが、8×8の顔は晴れない。

     駿河湾。
    「宇宙戦艦ジャン、発進」
     水深3000mの底から宇宙戦艦ジャンが出撃した。艦長席には茉美ではなくジミー。ジャンは政府の所有物であるので、ジミーが政府の「代表者」ということで艦長席に座る。久しぶりのジミーとの作戦。「勝手知ったる仲」だから別段、問題はない。それにジミーはその渾名の通りの地味な男だから「ここぞ」という時以外は口を挟まない。
    「敵の宇宙要塞は?」
    「ちょうど地球と月の中間点にいるわ」
    「よろしい。上昇」
    「推力最大」
    「上下角70度」
    「火器管制装置、オールグリーン」
    「敵も気が付いたわ。後ろから戦闘機が追尾してきた」
    「それでいいわ。わざと追わせるのよ。宇宙空間で全機、撃破する。そうしないと地球に彼らの技術が残ってしまう。そうなったら地球上で宇宙兵器開発競争が繰り広げられてしまうわ」
     茉美の冷静な指示をジミーは黙って見ていた。

     敵宇宙要塞。
    「敵の未確認飛行物体が地球から発進。急速接近中」
    「未確認飛行物体?」
    「はい」
    「戦闘機隊は?」
    「地上の主要な軍事施設は大方、破壊しました」
    「よし。全機帰還させろ。未確認飛行物体を撃破させるんだ」
    「了解」

    「敵戦闘機隊、後方1000kmに接近」
    「勇気、一旦速度を落として。敵を引きつけます」
     ハチ型戦闘機がジャンに襲いかかる。
    「高角砲、掃射」
    「高角砲、掃射します」
     ジャンの高角砲が一斉に掃射される。次々とハチ型戦闘機は爆発した。
    「敵戦闘機、全機撃墜」
    「よろしい。メインエンジン噴射。敵宇宙要塞へ向かいます」
    「戦闘機隊、全滅」

    「なんということだー」
     提督はその場で片膝をついた。まさか、こんなことが?
    「敵未確認飛行物体は宇宙戦艦と確認」
    「どういうことだ?こんなものが、どうして地球にあるんだ?」
     提督の動揺は当然だ。宇宙戦艦ジャンは本来、地球上には存在しない筈のものだ。宇宙で最も古くから栄えた種族の生き残りが地球に来て、その高度な科学力を残していったなど、およそ考えもつかないに違いない。

    「敵の宇宙要塞までの距離、500km」
    「この距離でも、充分に目視できるなんて」
     オクト軍の宇宙要塞の大きさは横幅およそ10kmにもなるバナナの房状のもの。
    「まさに『巨大なハチの巣』だな。これは」
     その外観はまさに「セグロアシナガバチの巣」そのものであった。
    「宇宙要塞から、戦闘機隊が新たに発進したわ」
     要塞下部にある無数の射出口からハチ型戦闘機が次々と発進する。
    「主砲準備」
    「主砲準備、完了。距離、およそ100km」
    「発射」
     第1主砲、第2主砲、第3主砲が火を吹く。その能力は「待子の核融合砲9連発」に匹敵する。直撃を受けた戦闘機が爆発する。だが、敵もバカではない。直ちに左右に散開した。「対空高角砲、発射」
     左右から接近してくる戦闘機に対空高角砲が掃射される。
    「T字翼、大破。後部警戒レーダー及びフェーズド・アレイ・レーダー使用不能」
    「残っているのは正面レーダーだけね」
     正面120度の円錐状の空間のみ、レーダーは生きていた。取り敢えずは、それだけで充分だ。
    「敵宇宙要塞、正面から接近。距離200km」
    「体当たりしてくる気だ」
    「局長、どうしますか」
    「主砲、発射準備」
     ここで突然、ジミーが叫んだ。
    「待て!」
     ジミーが待ったをかける。
    「ここは新・核融合砲を使う。新・核融合砲、発射準備」
     この命令は茉美の命令よりも「上位の命令」である。
    「了解」
     水素が核融合砲に20%注入された。
    「5回連続発射する。上、下、右、左、真ん中の順番で撃て」
     それまでの核融合砲は水素を100%注入して一回きりの発射であったが、その絶大なる破壊力から「100%は必要ない」と判断。圧縮比率を高め、20%から発射できるようにした。しかも今回「注入、発射」を繰り返す連続発射を可能とした。そして、それに合わせてそれまでは艦首に固定していた核融合砲の向きを上下左右に10度ずつ傾けられるようにした。水素を注入している間に角度を変えることで、違う角度の敵への攻撃が可能となったのである。
    「敵宇宙要塞、100kmに接近」
     この時点から、敵宇宙要塞によるレーザー攻撃が開始された。高出力レーザーがジャンを襲う。
    「発射5秒前。4、3、2、1、0、発射!」
     新・核融合砲が敵宇宙要塞に向かって発射された。注射器同様に圧縮ピストンを引き下げると自動的に水素が充填され、押し込むことで圧縮。核融合反応が生じる構造。連続発射は最短で2分。すなわち10分で5発発射。今回は、まさにそれを行ったのだった。20%の威力での発射だが、それでも核融合砲の光の筋は5発全て宇宙要塞をまるで障子紙を指で突き破るように、いとも簡単に貫通した。これでもまだ「威力は絶大」ということらしい。
     前と後ろに開いた合計10か所の穴から炎が噴き出す。やがて宇宙要塞は大爆発した。
    「オクト星、ばんざーい!」
     提督は宇宙要塞と運命を共にした。
     その光景を地球からジャンを追跡していた8×8は目撃した。
    「あああ」
     不安が現実となってしまった。コックローチ、やはり侮りがたし。
     ジャンが地球へ帰還する。8×8はその後を追尾した。
     ジャンは徳島沖に不時着。そのまま潜水に入った。尾翼を破壊され、前方レーダーしか働いていないジャンは8×8が追尾してきていることに全く気が付かなかった。ジャンはそのまま、榾木のポートタワーの下にある整備ドックに入った。
    ジャンは直ちに修理に入った。
     その後、榾木のポートタワーから待子が発進した。待子は東へと向かった。8×8が上空から追尾する。待子は浦賀水道から東京湾へと侵入。やがてジャン同様、潜水に入った。その先に聳えるのは銅鐸の塔。
    「ここが奴らのアジトか」
     8×8は遂にコックローチの秘密基地を発見したのだった。



  • 次回予告

  •  遂にコックローチのアジトがオクトマン8×8に知られてしまった。銅鐸の塔に潜入する8×8。
     一磨がそれを発見した。一磨と8×8とのバトルが繰り広げられる。かろうじて勝利を収める一磨。その結果、逆にオクト星人に関する情報を手に入れることに成功した。
     一方、ジミーはオクト星人の脅威から地球を開放するために「究極の指令」をコックローチに告げるのだった。

  • 新・コックローチ15

  •  12月9日 金曜夜7時30分 公開。
     お楽しみに。



  • 15

  •  宇宙戦艦ジャンは榾木のポートタワーの下にあるドックで戦いの傷を癒していた。T字翼の破損は思っていた以上に酷かった。その状態で海中に潜水したものだから、中のアレイ・シフターが海水に浸かってしまった。もはや修理ではなく「総取り替え」が必要だった。

     その頃、銅鐸の塔では「重要な話し合い」が行われていた。
    「敵の母星へ行く?」
     ジミーの提言に他のメンバー全員、唖然。本気か?この人は。
    「と言ってもジャンは修理中。敵の星の位置はわからない」
    「では、どうするのです?」
    「敵を捕らえて情報を訊き出す以外に方法はないだろうな」
    「しかし敵は、もういないのでは?」
    「いや、いる」
     ここで、ジミーが「面白い情報」を披露した。
    「首相官邸から実に重要な情報を貰った。我々が敵の要塞を破壊、帰還した際、地上のレーダーには機影が二つ映っていたそうだ」
    「えっ?」
    「しかも、その機影はその後、待子が辿ったルートと同じ軌跡を描いていたということだ」
    「それって、まさか」
    「そうだ。敵は我々をつけていたんだ」
    「ということは」
    「そう。敵は既に我々のことを知っている」
     ざわつくメンバー。
    「うろたえるな。我々は逃げも隠れもしない。正々堂々と戦うまでだ。我々は正義なのだから我々がオロオロする理由はない」
    「敵は必ずここを襲いに来るわね?ジミー」
    「ああ、間違いなく来る。同じ轍を踏まぬよう、敵もこちらの情報をいろいろと入手したいだろうから、攻撃前に必ず潜入してくるはずだ。その時に敵を捕らえる」
    「肉弾戦か。ウズウズするぜ」
    「その言葉、期待してるぞ一磨」
    「まかせといてください」



  • 「ふむ」
     8×8は幕張廃墟の瓦礫の上に立って銅鐸の塔を眺めていた。距離、およそ500m。
     双眼鏡で銅鐸の塔を観察する。無論、ただの双眼鏡ではない。建物の中を透視することができる軍事用の計測機器だ。
    「最上階は地震対策用の振り子装置。その下は展望台。さらにその下は吹き抜けで、その下にある部屋は何だ?ガラクタ置き場か」
     4階・3階は美術館なのだが、オクト星人は「美術を理解する心」など持ち合わせていない。地球人類よりも遥かに高度な科学文明を備えるオクト星人はその分、人間としての感性を退化させてしまっていた。マンガ・アニメ・ギャンブルなどのエンターテイメントは楽しめてもアートは全く理解不能なのだった。
    「2階は何もない。そして1階が食堂」
     透視の結果からは、この塔が「秘密基地」とは判断できなかった。
    「どうやら、地下に何かあるようだな」
     さすがに地下までは透視できない。
    「ん?」
     8×8は4階に熱源を発見した。どうやら人がいるようだ。
    「ひとりか。よし、潜入して捕らえよう。こいつから、いろいろと情報を訊き出せばいい」
     8×8は慎重に銅鐸の塔へと近づいていった。

     4階の「ホワイトギャラリー」では帆乃香がひとりで珍柿の発明品を鑑賞していた。このフロアは発明の宝庫であり、いつ来ても飽きない。暇つぶしにはもってこいの場所だ。スマホゲームなどやっているより、ずっと楽しいし、ためにもなる。
     帆乃香が注目しているのは、第1展示室に飾られた「蓄電池を使わない充電システム」。かつて珍柿のアイデアを利用してニッポン政府が小河内ダムの改良工事をしたことを覚えているだろうか(新・コックローチ4を参照)?あの時、蓄電池の代わりに利用したのは「水」であったが、ここに展示されている仕掛けはゼンマイ。展示室に置かれた大きな振り子時計。昼間は太陽光でゼンマイを巻き、夜間はゼンマイによってモーターを回す。蓄電池を用いない「地球環境に優しい」珍柿流の蓄充電システムである。 
     核融合砲や重力制御など非常に高度な文明を持つエイリアンである珍柿にとって地球の文明など「幼稚の極み」だっただろう。しかし珍柿は、それらをバカにするどころか、むしろ大いに関心をそそられたようで、沢山の「地球人的発明」を残した。恐らくそれらは地球の芸術家による「民芸運動」や「原始美術への関心」などと同じ感覚かもしれない。縄文土器が備える美を絶賛した岡本太郎のようなものだ。
     帆乃香が第1展示室から第2展示室に移動した、その時。
    「えっ?」
     突然、見知らぬ男が正面に立っていた。
    「あなたは、何者?」
     帆乃香はスカートの中に右手を入れると左腿に装着したホルダーから十徳ナイフを取り出した。だが、不意を突かれた帆乃香よりも、前もって作戦を決めている8×8の動きの方が断然、早かった。ナイフをグリップから出す前に帆乃香は右腕を8×8に握られてしまった。
    「ううっ」
     腕を強く握られ、帆乃香は十徳ナイフを床に落とした。
    「きゃあ」
     8×8が帆乃香を後ろ手にする。
    「お前を召し捕った。死にたくなければ、このまま歩け。チチチー」
     帆乃香は言われるままに、このままの状態でトイレまで歩いていくしかなかった。
     トイレに着くと、8×8は帆乃香の向きを180度変えて、帆乃香をトイレの壁に押し付けた。
    「『コックローチ』について教えてもらおうか」
    「素直に『話す』とでも思って?」
    「話す必要なはい。直接、脳に訊くまでだ」
     そう言うや8×8は帆乃香の唇にキスをした。ディープキス。
    「ううう」
     帆乃香は8×8に脳の中に侵入されているのを感じた。これこそ、オクト星人の能力の一つ。唇や舌で脳を流れる微妙な電気信号を検知することで「脳の記憶」を読み取るのだ。
    「なるほど、思ったより少ないな?ジミー、茉美、一磨、樹音、それから勇気。昔はもっと沢山いたが、今は組長クラスだけか」
     8×8は帆乃香に自分が読み取った情報を語って聞かせた。帆乃香は8×8の口から語られる「正確な情報」に恐怖した。
    「きみらの情報は頂いた。それじゃあ・・・」
     読者の「期待通り」であるかどうかはさておき、8×8はこうしたシチュエーションの「相場」とも言える行為を始めた。8×8は帆乃香の体を愛撫し始めた。着衣を少しずつ脱がしながら胸や腰を愛撫していく。
    「ああ、だめえ」
     8×8の長い指に愛撫される帆乃香の全身から抵抗する力が抜けていく。そして気が付けば、いつしか帆乃香の着衣は全て帆乃香の足元に落ちていた。
    「ああっ、ああっ」
     8×8の舌が帆乃香の乳首や腹を舐める。左手の指が右の胸を下から揉み上げる。右手の指が無花果の実の入り口を擦る。やがて8×8が自分のベルトのズボンを外し始めた。社会の窓をジーッと下ろす。すると中から地球人類とは明らかに形の異なる物体が出てきた。地球人類の逸物は「マツタケ」だが、8×8のそれは「ゴーヤ」。表面を細かい疣が多数、覆う。
     帆乃香は8×8のゴーヤを真近で見た。この瞬間、この謎の男がやはり「地球人ではない」ことを理解した。
    「せっかくの機会だ。地球人の女を楽しむとしようか」
     帆乃香はぞっとした。こんなオゾマシイものを中に入れられるなんて、絶対にあり得ない!
    「いやだ、いやだ」
     必死に抵抗を試みる帆乃香。だが、所詮は無駄なあがき。8×8の愛撫を受け続けている帆乃香の体に抵抗できるだけの力など入るはずもない。もはやここまで。8×8が帆乃香の左足を上に持ち上げた。帆乃香の股が大きく開く。
    「いただきまーす。チュイーン」
     ゴーヤの先端が無花果の実の入り口に触れる。
    「あああああっ!」
     あまりの恐怖に帆乃香はその場で気を失ってしまった。

    「帆乃香ー」
     一磨が帆乃香を探しに来た。だが帆乃香はどこにもいない。一磨は帆乃香の名を叫びながら展示室を3階から順番に歩いていった。4階に上り、第2展示室に来た時。
    「これは?」
     一磨は床に赤い十徳ナイフが落ちているのを見つけた。
    「まさか!」
     一磨は帆乃香の身に「何かが起きた」ことを察知した。

    「いただきまーす。チュイーン」
     8×8はゴーヤを帆乃香の花弁の中へと挿入し始めた。
     その時、突然、8×8は後ろからジャージの襟を掴まれた。
    「なんだあ?」
     8×8はそのままトイレの入口の方へと投げ飛ばされた。
    「帆乃香!」
     一磨が帆乃香を介抱する。
    「大丈夫か、帆乃香?」
     だが、帆乃香は起きない。完全に意識を失っていた。
    「ううっ」
     一磨に投げ飛ばされた8×8が、ゆっくりと起き上がった。それに気が付いた一磨が8×8と対峙する。
    「お前に時間をやる。さっさとズボンを穿け!」
     オクト星人のゴーヤは男であっても「見るに堪えない」ものがある。8×8がズボンを穿き直した。その直後、一磨が8×8にタックルを敢行した。一磨はそのまま8×8を廊下へと押し出した。
    「やあっ」
     一磨は8×8をそのまま朽木倒しで廊下に倒した。
    「早く立て!」
     8×8が立ち上がるのを急かす一磨。一磨は完全に激昂していた。8×8が立ち上がる。
    「お前、あの女の『男』だな?」
     8×8が一磨を挑発する。8×8が一磨を舐めていることは明らかだ。
    「貴様ー、許さねえ!」
    「それは、どうかな?」
     8×8はジャージのポケットからライターと爆竹を取り出した。爆竹は見た目には駄菓子屋で売っている、ごく普通のものと同じに見えた。
    「子どものやる『お遊び』につきあっている暇はねえ」
     一磨は8×8に向かってダッシュした。
    「ブイブイー」
     8×8は爆竹に火をつけると一磨の前に投げた。
    「な」
     爆竹の爆風によって一磨の体が一瞬のうちに後ろに吹き飛んだ。8×8の手にする爆竹は、ただの爆竹ではなかった。8×8の特製品で、爆発力は駄菓子屋で売られている爆竹の比ではなかったのだ。
    「ううっ」
     一磨は立ち上がった。
    「今のは、ほんの挨拶代わり。これからが本番さ、チチチー」
     8×8が再び火のついた爆竹を一磨に投げる。先程よりも量が多い。
    「冗談じゃねえ!」
     さすがに今度は避ける一磨。その横で大爆発。またも一磨の体が吹き飛ばされる。一磨は廊下の側壁に体を叩きつけられた。
    「くそう。このままじゃ殺される」
     一磨はこの場を離れた。狭い廊下を避け、一磨は展示室へ逃げ込んだ。
    「待てーい」
     一磨を追いかける8×8。次から次と爆竹を一磨めがけて投げる。貴重な展示物が次々と破壊されていく。
    「くそう、まだか」
     そのように呟く一磨。どうやら一磨は「何か」を待っているようだ。ただ、やみくもに逃げ回っているわけではないらしい。一方の8×8は自身の勝利を確信しているからだろう。ただ、やみくもに爆竹を投げていた。
     その時。
     突然、警報機が鳴った。爆竹の煙が展示室に充満したため、火災報知機が作動したのだ。となれば、スプリンクラーが作動する。展示室に雨が降り注いだ。
    「しまった、チュイーン」
     爆竹の火薬がしけってしまった。
    「どうやら、これで『打ち止め』だな」
     展示品の陰から一磨がぬっと出てきた。
    「それじゃあ、今度は俺の番だ」
    「ま、待て」
    「とりゃあ」
     一磨の攻撃。まずは手始めに巴投げで投げ飛ばす。
    「チチチー」
    「何が『チチチー』だ」
     一磨は床に寝転がる8×8の胸座を掴んで持ち上げた。
    「おまえ、『8王子』とやらのメンバーのひとりだな?」
    「本当の名前は『オクトマン』だ」
    「どうでもいいさ」
     一磨は自分の口から流れる血を手の甲で、さっと拭った。
    「本当は今すぐにでもぶち殺したいところだが、おまえには、いろいろと訊きたいことがある。おとなしくこの場で、お縄を頂戴しろ」
    「『召し捕れー』ってか?」
    「ふざけやがって、この野郎」
     一磨は8×8の胸倉を掴んだまま左に体を回転させた。
    「とりゃああっ」
     一本背負いが、ものの見事に決まった。
    「なに?」
     しかし8×8は薄ら笑みを浮かべていた。
    「効いていないのか?」
     その後も、立て続けに投げ技を繰り出す一磨。俵返、釣腰、膝車、山嵐。だが、8×8は平気な顔をして立ち上がってくる。
    「どうなっているんだ?」
     一磨は正直、8×8に恐怖を覚えた。まさか、こいつは「不死身」だとでもいうのか?
    「ピピピー」
     しかし、どうやら不死身ではなかったようで、8×8は一磨から8回目に仕掛けた裏投を受けたあと、ようやくダウンした。
    「ふう、なんてタフな奴だ」
     勝負には勝ったものの、一磨もまた床に腰を落ろした。ちょっとすぐには歩けそうにない。
    「一磨!」
     火災報知機の警報をききつけて、他のメンバーたちがやってきた。



  • 「で、拷問でもするのか?」
    「その必要はないわ」
     茉美は8×8を記憶書き換え装置に磔にするよう指示した。
    「この装置は記憶を書き換えるだけでなく、脳の記憶をコピーもできるのよ。だから、このオクト星人の記憶をコピーすればそれでOK」
     コピーは無事に完了した。
     オクト星人捕獲の知らせを受け、警視庁からジミーがやってきた。
    「でかしたぞ、一磨」
     ジミーは一磨の活躍を讃えた。
    「師匠」
     生まれて初めてジミーから褒められた一磨は思わず、目を潤ませた。帆乃香も無事だったし、コックローチのリーダーとしての活躍ができたことを、心から喜んだのだった。
     ところで、コピーした記憶の解析は難航した。というのも、記憶書き換え装置が地球人類に調整されていたからで、オクト星人の記憶のすべてを正確に読み取ることができなかったからだ。だが幸い、知りたかった情報については無事に解析することができた。
    「オクト星の正確な位置が判明した」
    「こいつら、どこから来たんだ?」
    「手っ取り早くいえば、我々と同じ天の川銀河の中にある星だ。地球からの距離は3万4千光年」
    「そんな遠くからやってきたのか」
    「そうだ」
    「ということは、こいつらは『ワープ航法ができる』ってことね」
    「そう言うことになるな」
    「どうするんだよ?こいつらの船は全部破壊してしまったから、行けないじゃないか」
    「大丈夫。今、ジャンを改造している」
    「改造?」
    「そうだ。珍柿が残してくれたデータの中にワープ航法に関するものが含まれていたおかげでな」
    「で、うちらが最初の『実験台』というわけか」
    「人類史上、初めて『ワープ航法を体験する』ことになるという点では、確かにそうとも言えるな」
    「ジミーは気楽ね」
    「気楽なもんか。俺だって怖いさ」
    「これって、もちろん『希望制』だよね?」
    「残念だったな。ここにいる全員、強制的に連れていく」
    「やっぱり、そうなのね」
    「まったくう」
    「ところで帆乃香は、大丈夫なの?」
     帆乃香は今、別室に寝かせていた。全員、別室へと移動。
    「記憶を消さないといかんかもな。沖縄のゴーヤはとても美味しいが、このゴーヤは余りにも悍ましい」
     ここには、ポセイドンの宇宙飛行士たちの記憶を消した薬がある。
    「その方がいいと思う者」
     全員が挙手した。
    「なら、そうしよう」
     帆乃香の腕に注射が打たれた。悍ましきゴーヤの記憶は消えた。
    「次は、お前たちだ」
    「えっ、何で?」
    「顔に出るんだよ、お前たちは。ほら早く腕を出せ」
     全員に注射が打たれた。ジミーを除く全員が仲良く、お休みに入った。翌朝には、みんなの記憶はない。残念ながら、はじめてジミーに褒められ涙した一磨の記憶も。一磨の活躍はただ一人、ジミーの記憶の中にだけ残るのだ。
    「せっかく敵の星の説明をしたのに、またやり直さないといかんな」

     翌朝。
    「起きてきたか」
    「ジミー。私たち全員、何で基地のベッドルームで寝ていたのですか?」
    「覚えてないのか。昨日、ここが襲撃を受けたんだよ。例の異星人によってな」
    「ええっ?」
    「でもって、お前たちは全員、敵のガスを吸って倒れていた。幸い俺だけ助かり、敵は既に捕まえて、情報を訊き出してから警視庁に送還した」
    「全然、記憶にない」
    「敵の使用したガスに、そのような効果があったのかもな。帆乃香」
    「はい」
    「体の調子はどうだ?」
    「どうやら、大丈夫みたいです」
    「そうか」
    「どうして帆乃香にだけ訊くんです?私たちのことも気遣って下さいよボス」
    「悪い悪い。ひとりだけ訊いておけば、残りは『大丈夫だろう』と思ってな」
     まったく。嘘をつくのも大変だな。ジミーもこの時ばかりはさすがにそう思った。

     警視庁の独房。
     銅鐸の塔から移送された8×8はその後、黙秘を続けていた。
     ジミーがやってきた。独房を監視する警官が敬礼をしてから、その場を立ち去った。
    「ブイー。俺は何も話さないぞ」
     8×8はジミーに対しても強気の姿勢を崩さなかった。ジミーは独房の中の8×8をまじまじと眺めた。
    「いい男だな」
     さすがは若いニッポンの女の子たちのハートを熱く燃やしただけのことはあると思った。
    「別に、何も話さんでもいい。知りたいことは既に知っているからな」
    「なに?」
    「お前さんが眠っている間に、お前さんの記憶をコピーした」
     8×8は笑った。
    「バカな。地球人ごときに、そんな科学力などあるわけがない」
    「そうだな。地球に宇宙戦艦など、あるわけがないはな」
    「はっ」
    「お前たちの星は蠍座の方角3万4千光年の位置にある。名前は『オクト星』」
     8×8は笑うのを止めた。
    「なぜだ?なぜ地球人に、これほど高度な科学力が」
    「オナラウッド研究所!」
    「オナラウッド研究所?」
    「そうだ。どこの星のものかまでは知らないが『異星人の超科学』を手に入れた研究所だ。戦闘の結果から察するに、どうやら我々の手にする科学の方が、お前たちの星のものよりも『進んでいる』みたいだな」
    「なんということだー」
     8×8は頭を抱えた。ジミーはその場を離れた。
    「しっかり、監視しろ」
    「はっ」
     ジミーは警視総監室に戻った。

     それから1時間後。
    「地震か?」
     警視庁の建物が揺れた。その直後、館内電話が鳴る。
    「どうした?」
    「独房が爆発しました。例の異星人が自爆したのです」
    「なんだと?」
     ジミーは独房へ向かった。独房は爆発によって破壊されていた。ジミーは独房を監視する警備室へ向かった。
    「映像記録を見せろ」
     8×8を監視する映像。音声も収録してある。はっきりとは聴き取れないものの、何やら歌を口ずさんでいるようだ。

     みーがくー♪

     この言葉を最後に映像は消えた。確かに自爆したのだ、8×8は。
    「爆弾なんか持っていなかったはずだ」
     8×8は一体全体、どうやって自爆したのだろう?
    「それに『研く』とは、どういう意味なのだ?」
     結局、これらの謎は今も「謎のまま」だ。



  • 「ジャンの修理が完了した」
     待ちに待った連絡が、漸く来た。
    「明日の朝7時に、待子で出発する」
     今は朝の7時。つまり出発まで24時間ある。
    「当分、地球とも、おさらばだからな。楽しんで来い」

     一磨と帆乃香はマザー牧場でデート。牛の乳しぼりに、子豚のレース。さらにはバンジージャンプまで体験した。

     茉美はチャイナ服を着こんで横浜中華街で食い道楽。昼は「イカ墨チャーハン」なる、ちょっと変わった黒い炒飯を食べる。その後は東京湾を右手に見ながら山下公園を散歩。そんな茉美の上をユリカモメが舞う。赤レンガ倉庫を右手に見やり、その先を左折。更に暫く歩けば左手に新・ランドマークタワー。その外観はガラスの柱に竜が巻きつくイメージ。竜は非常階段としての機能を持つ。勿論、珍柿デザインだ。茉美は新・ランドマークタワーに入った。

     勇気は拓巳、エリー、愛美と東京でショッピングを楽しむ。 
     拓巳にエリーをデートに誘うだけの勇気はないことを知る勇気はこの日、拓巳のために「ダブルデート」をセッティングしたのだ。
     銀座をうろつく4人。
    「拓巳、がんば」
     愛美が小声で拓巳を応援する。本来であれば勇気もここで拓巳を応援するところなのだが、先程から勇気は横目で愛美をちらちらと眺めていた。
     そう。拓巳がエリーを好きなように、勇気もまたは愛美のことが好きなのだ。今回のダブルデートは勇気自身が楽しむためのものであったのだ。無論、勇気はそんな素振りさえ見せない。というのも愛美は「良家のお嬢様」で、自分の様な「親のいない貧乏人」とは身分があまりにも違うからだ。
     勇気は身の程を弁えていた。それも初めて愛美と出会った時以上に。その理由について改めて説明は不要だ。勇気はコックローチ。闇世界に身を置く人間なのだ。
    (愛美を危険な世界に巻き込むことは俺にはできない)
     無論、コックローチだから結婚できないわけではない。望には樹音が、一磨には帆乃香がいる。だが、愛美は樹音や帆乃香とは違う。樹音や帆乃香は「山の中で育った活発な女の子」であり、愛美は「都会育ちの御令嬢」なのだ。今まで美しいものしか見たことのない愛美には一生「闇世界の出来事」など知らせない方がいいのだ。実際、勇気は知らなかったが、愛美には「良家とのお見合い話」悪く言えば政略結婚の話が着々と進んでいるのだった。
    (清楚で愛らしい人よ。いずれは誰かの元へ嫁ぐのだろう。さようなら)
     勇気は心の中で愛美に別れを告げるのだった。

     樹音のスマホが鳴った。相手は望だ。
    「もしもし?」
    「樹音、そっちはどうだ?この前、へんてこりんな戦闘機が飛んできただろう?」
    「大丈夫だよ。やっつけたから」
    「そうか。やっぱりコックローチがやっつけたのか」
    「望は元気?」
    「ああ。ハンブルクの自宅でのんびりしてるよ」
    「今度、ニッポンには、いつ来るの?」
    「ああ、年末には帰りたいな」
    「望」
    「うん?」
    「会いたい。今すぐにでも」
    「何かあったのか、樹音?」
    「ううん、何でもないよ」
     その後、5分ほど話してから樹音は電話を切った。
    「うう・・・」
     涙ぐむ樹音。もしかしたら望とはこれで「永遠のお別れ」になるかも知れない。そう思うと、泣かないではいられない樹音なのだった。

     そして、ジミー。
     ジミーのスマホが鳴った。ナンバーから相手はわかる。
    「父だ」
    「親父、何かあったのか?」
    「どうした?何でそんなことを訊く」
     望は先程の樹音の様子がおかしいことを告げた。
    「そうだな。お前は『真実』を知っておくべきかもな」
    「真実?」
    「心して聞けよ」

     再び樹音のスマホが鳴る。
    「もしもし」
    「樹音、俺だ。さっき話さなかったことがある」
    「何?」
    「俺は、お前を護る。お前がどこにいようが必ず護る。たとえ地球の裏側だろうが、遠い宇宙の果ての星だろうが、お前が危険にある時は必ず現れて助ける。だから何も心配するな」
    「望・・・」
     望は「知っているんだ」と樹音にはわかった。
    「観光気分で行って来い」
     そんな気分になんか、なれるわけないじゃない。でも、望の声を聞くと心が安らぐ。
    「ありがとう、望」

     明朝7時。銅鐸の塔・地下ドック。
    「全員、乗船せよ」
    メンバーが待子に乗り込む。
    「待子、発進!」
     メンバーは榾木のオートタワーに向かって出発した。



  • 次回予告

  •  人類初の「ワープ航法」によって、オクト星に到着したコックローチを待ち受けていたのは、7人となったオクトマン。
     プライドからか?はたまた単なる気まぐれからか?オクトマンは「1対1」による決闘を望んだ。
    「おもしろい」
     決闘を承諾するコックローチ。だが、それは敵の「思う壺」だった。オクトマンは、コックローチのメンバーの情報を何らかの手で入手、対抗策を編みだしていたのだ。帆乃香、一磨ばかりか、茉美、勇気、樹音、そしてあの「ゾンデマスター」ジミーさえもが敵に苦戦する。
     コックローチに危機が迫る!

  • 新・コックローチ16

  •  12月23日 金曜夜7時30分 公開。
     お楽しみに。



  • 16

  • 「宇宙戦艦ジャン、発進」
     ドックを出たジャンは海面に出ると、そのまま一気に上昇、重力圏を脱出した。

     作戦司令室。
     航海図を映し出すスクリーンを背景に帆乃香が「重要な説明」を行う。
    「この航海の成否を握る最大の鍵はひとえにワープ航法が成功するかどうかにあります」
     この会議の後、宇宙戦艦ジャンは「ワープテストを行う」ことになっていた。
    「その、ワープというものですが、テレビアニメの悪影響から一般的には『時間の波の頂点から頂点に向かって飛ぶ』みたいに捉えられていますが、実際はそのようなものではありません」
     単純に考えればわかることだが、時間の波の頂点から頂点に飛ぶならば、自分のいる場所は変わらず、ただ自分以外の周りの時間が早く進んでしまうだけである。そして逆方向の頂点に向かって飛ぶならば、自分の周りの時間が逆戻りすることになる。一般的に考えられているワープ航法の原理はワープ航法の原理ではなく「タイムトラベルの原理」である。時間の波の頂点から頂点へと飛ぶことによって起きる現象は「場所の移動」ではなく「時間移動」。そもそも「時間の波」という表現についても、それはあくまでも真横から見た時に「平面的にそう見える」からで、実際は立体的な螺旋構造である。
     では、ワープとは一体。
    「素粒子や原子には粒子と波動という二つの性質が存在します。そして一般的に素粒子のように、より質量の低い粒子ほど粒子としての性質は低く、波動としての性質が高い。逆に言えば、原子のように重い粒子は粒子としての性質が非常に強く、それが結果として『重さ』となるわけです。ワープとは素粒子や原子の粒子としての性質を極限まで弱め、波動としての性質を究極まで高めることにより、見掛け上の質量を光子よりも軽くすることによって、光子よりも速い速度で飛翔することです」
     これが三相性理論に基づく「オナラウッド物理学」に他ならない。地球上の幼稚な物理学とはスケールが全く違う。
    「ですが無論、口で言うほど簡単なことではありません。仮に光子よりも1/10軽くしたとしても、理論上は光の10倍の速度でしか飛翔できません。これでは、とても3万4千光年彼方の星になど到達できません。40万分の1まで軽くできて、ようやくひと月ほどで到達することができるのです」
    「40万分の1だって!」
    「そうです」
    「で、実際のところ、それはできるのか?帆乃香」
    「この船ならば、出来ます」
     一同、ほっとする。
    「ですが、ワープには当然、危険が伴います。太陽光がプリズムを通過すると、屈折して七つの色に分かれるのは知ってますね?これと同じことがワープ中にも起こり得るのです。勿論、ワープ中の船体は光子よりも遥かに波の揺れが少なく、限りなく直線に近い波形を描きますから、光のように極端に分かれてしまうことはありませんが、それでも、もしもワープ途中で『プリズム効果のある場所』を誤って通過すれば、波が幾重にも分かれてしまい、2度と元の姿に戻れなくなります」
    「げっ」
    「それを防ぐには、ワープ開始地点から終了地点まで『全く歪みが存在しない空間』を選ぶ必要があるのです」
    「ちょっと待って」
     樹音が挙手した。
    「船体そのものは軽くしないで、核融合エンジンの噴射エネルギーだけ重力制御によって軽くすればいいんじゃない?噴射エネルギーだけ光速を超えてさえいれば、船体は光速を超えられるんじゃないかな。宇宙は無重力なんだから」
    「それは無理」
     以下、帆乃香がその理由を説明する。
    「重力制御によって軽くなった噴射エネルギーは軽くなった分、噴射速度は速くなるけれど、推力そのものは弱くなるのよ。電球を点灯したからといって、電球の発する光子に押されて電球が動いたりなどしないでしょう?どうしても船体全体を軽くする必要があるのよ」
     ここでジミーが閉める。
    「帆乃香の説明の通りだ。だが、我々はやらなくてはならない。各自、集中してワープテストの準備に備えてもらいたい。以上」
     ジャンが地球と月とのちょうど中間点に到達した。
    「ここから一気に海王星の軌道上までワープする。速度はテストということで抑え目にして、目標としてはワープ開始から1分で到達できればよしとしよう」
     地球から海王星まで1分!
    「ワープ準備」
    「はい。ワープ準備に入ります」
     ジミー、茉美の命令に続いて機関席の樹音が重力制御装置の出力を上げる。
    「現在、船体質量、光子の10倍」
    「船体質量、光子の2倍」
    「船体質量、光子と同じになりました」
     事実上、ジャンは光の速さで飛翔していることになる。
    「航路は合ってる?帆乃香」
    「やや右に曲がってるわ」
    「勇気、取舵いっぱい」
    「了解、取舵いっぱい」
     さらに速度を上げるジャン。
    「船体質量、光子の10分の1」
     ここでジミーが樹音に訊く。
    「樹音。重力制御装置の状態は?」
    「まだ出力に余裕があります」
    「よし、ワープ終了」
    「重力制御装置、出力を下げます」
     質量が戻された。
    「右10時の方向に惑星発見」
    「ディスプレイに表示しろ」
     第一艦橋の大型スクリーンに惑星が映し出された。
    「海王星だ」
    「実験は成功したようだな」

     その後、ジャンは人類として初めてソーラーシステム(太陽系)を離脱、その後も順調に飛行を続けた。
    「航路確認。障害物はありません」
    「ワープ」
     ジャンがワープする。既に何回ものワープを経験したジャンは迷うことなく光子の40万分の1という遠距離ワープを繰り返した。

     作戦司令室。
     ジミーが決戦に備えて話をした。
    「あと1回、ワープをすれば、我々はオクト星の太陽系に入ることになる。当然、我々の存在を敵が知るところとなるだろう。ワープ終了後は直ちに戦闘準備に入る。ワープは明日の9時。それまで各自、体調を整えておくように。解散」
     一磨と帆乃香はふたりで仲良く楽しんでいる。勇気は来るべき決戦を思い、部屋で一人緊張していた。ジミーは既に就寝。その傍らには地球にいる妻と望の写真。
    そして樹音は茉美と一緒にいた。
    「樹音」
    「お祖母さん」
    「そう言ってくれるのね。樹音」
    「お祖父さんのこと、聞かせて」
    「そうねえ」
     茉美は懐かしそうにジャンとの幸せな日々について語った。
    「でも、最後は結局、捨てられちゃったのよね」
    「お祖母さん」
    「でも、それは樹音のせいじゃないわ。記憶を取り戻したあの人は2度と私のところへは戻らなかった。ただそれだけのことよ」
     そして茉美は樹音にお願いした。
    「今度はあなたが私に、忍のことを聞かせて。どんな子だった?あなたには優しかった?」
     樹音は素直に話した。最初は互いに戸惑っていたこと、次第に心が解り合えるようになっていったこと。
    「お祖母さん」
    「なに、樹音?」
    「今日は甘えてもいい?孫として」
    「ええ、いいわよ。存分に。あの人の孫なんですもの」
     明日は命がないかもしれない決戦前夜。各々が「納得のいく一夜」を過ごそうと懸命に努力していたのだった。

    「ワープアウト」
     ジャンが最後のワープを終えた。
    「帆乃香。現在位置は?敵の母星はどこだ?」
    「現在計測中」
    「急いげ。全艦、戦闘準備」
    「主砲、高角砲、艦首核融合砲、オールグリーン」
    「敵の母星の位置がわかったわ」
    「スクリーンに表示」
    「現在位置からだと、ちょうど真正面、光速の1/10の速度で1時間ほどの場所にある星よ」
    「樹音、船の速度を光速の半分まで上げろ」
    「了解。重力制御装置、出力上昇」
     10分もすれば、敵の母星が拝める。そして。
    「敵の母星を探知。スクリーンに映します」
    「何だ、こりゃあ?」
     真っ先にそう叫んだのは勇気。日頃は冷静なジミーでさえも、この時ばかりは立ち上がらずにはいられなかった。
    「オクトとは良く言ったものだ」
     敵の母星=オクト星。その形は普通の球状の惑星ではなかった。大小二つの惑星が合体して文字通り「8の字型」をしていたのである。「雪だるま」と言えば分かりやすいだろう。無論、最初から、このような形であった筈はない。恐らく二つの別々の星がゆっくりとした速度で衝突したのだろう。
     やがて、オクト星が視界に入る距離まで接近した。速度を下げる。
    「レーダー反応。未確認飛行物体多数、急速接近」
    「来たか」
     まず、飛来してきたのはハチドリ型戦闘機。細い嘴の先からレーザーが発射される。
    「対空高角砲、発射」
     ジャンの対空高角砲がハチドリ戦闘機を撃墜する。
    「レーダーに反応。敵大型宇宙要塞3隻、接近」
     タコ型宇宙要塞。丸い頭(本当は胴)に8本の足。頭の部分だけで優に3kmはある。そして、その周囲には宇宙要塞を護る無数のヤツメウナギ型護衛艦。
    「敵の兵器は何から何まで『8尽くし』なんだな」
     護衛艦の側面にある八つの明かりがすべて点灯。その直後、口から強力なレーザーが発射された。この護衛艦が細長い形であるのは強力なレーザーを発射するための装置が船体の中央を貫いているからだ。
    「一気に片をつける。艦首核融合砲、発射準備」
    「了解」
     敵護衛艦を一隻一隻、主砲で撃沈している余裕はない。
    「敵との距離、1000km」
    「発射」
    「発射ー!」
     茉美がトリガーを引いた。核融合砲が火を吹く。核融合エネルギーは前方にいる護衛艦を飲み込み、その後ろにいる宇宙要塞をも貫いた。
    「発射ー!」
     連続発射。今度は右側の宇宙要塞を撃破。
    「発射ー!」
     今度は左側にいる最後の宇宙要塞を破壊。
    「敵艦隊、全滅」

     作戦は「第二段階」に入る。
    「帆乃香、地上を精査しろ」
    「了解」
    「この星の中心となる都市はどこだ?」
     それを発見するのに時間はかからなかった。理由は、この星の構造にある。二つの星が結合したオクト星の重力は普通の星とは異なり、かなり混乱していた。都市が建造できる場所は二つの星が結合している場所の裏半球のみに限られていた。そして地上を精査してみると、どうやら、この星が今のような状態になったのは、ごく最近のことらしい。古くても100年は経っていないようだ。そしてふたつの星は今も互いの重力によって少しずつ、めり込み合っていることが分かった。
    「だから、こいつらは地球にやってきたのか」
     そう。自分たちの星が回遊惑星の衝突によって大きな被害を受けた。そして、今はかろうじて形を保ってはいるが、いつ互いの星の重力による潮汐力で、バラバラに分解するかわからない。だからオクト星人は「地球への移住」を目論んだのだ。小さい方の星には生命の存在する痕跡はなかった。そっちが回遊惑星だったのだろう。そして、大きい方の星の裏半球にあたる南半球に都市が存在していた。だが、その多くの都市も、かなり傷んでいた。地表には衝突時にできたものと思われる無数のひび割れが存在、それらが都市を引き裂いていた。
    「レーダーに反応。謎の飛行物体が地上から発進」
    「発進した場所はわかるな?」
    「はい。記録してあります」
    「そこへ向かえ。そこが恐らく敵の軍事拠点だ」
    「了解」
     ジャンがオクト星の大気圏内に突入した。
    「地上から発進した飛行物体はミサイルと確認」
    「主砲発射」
    「主砲発射!」
     ミサイルを撃墜。そのまま敵の軍事拠点へ突き進む。
    「あれだ」
     そこは紛れもない、敵の軍事要塞。あまりにもわかりやすい、その形。
    「オクタゴンだ」
     正八角形の形をした巨大な軍事要塞。正八角形の建物の中央にある中庭には滑走路やミサイルランチャー、レーザー砲などがはっきりと見て取れる。オクタゴンからジャンに向けて一斉に攻撃が開始された。ミサイル、レーザー。あらゆる武器がジャンを襲う。あまりの攻撃の激しさにバリア兵器も全てを電気エネルギーに変換することができない。
    「第一砲塔被弾、第二砲塔被弾、第三砲塔も被弾」
    「茉美。艦首核融合砲発射。基地を黙らせろ」
    「発射ー!」
     核融合砲がオクタゴンの中庭に突き刺さった。大気がある場所での核融合砲ゆえ、その威力は絶大。核融合エネルギーの高温によって大気は急激に膨張、中庭に爆風が発生した。オクタゴンは沈黙した。
     だが、それだけではない。核融合砲が突き刺さった中庭からマグマが噴出。まるで噴水のように吹きあがってきた。それだけ回遊惑星の衝突を受けたオクト星の地殻は「脆い」のだ。 そしてマグマの噴出は本格的な噴火へと変わった。噴煙が高く吹きあがり、噴石が飛ぶ。噴石はオクタゴンはもとよりジャンにも容赦なく降り注いだ。
    「退避だ。上昇しろ」
    「駄目です。船体の破損が酷く、重力制御装置も機能を停止しました」
    「何だと!」
     ジャンが本来の質量に戻っていく。当然、飛行などできるわけがない。
    「墜落するぞ。全員、ショックに備えろ!」
     ジャンはオクタゴンの建物の屋上に墜落した。

    「みんな、無事か?」
     全員の返事があった。
    「良かった」
     ちっとも良くはない。ジャンは完全に大破。もはや二度と飛行することはできない。それは「地球に帰れない」ということを意味した。
    「ジャンはもう使えない。敵の宇宙船を奪って地球に帰る以外に方法はない」
     そうとわかれば早速、行動だ。
    「全員、武器を持って船を降りるぞ。ここからは白兵戦だ」
     仮にもここは敵要塞の中。いかなる危険が待っているのか想像もつかない。
     ジャンを出たメンバー。
    「こっちだ」
     通路があるので、そこへ向かう。通路は一直線に伸びていた。100mほど先にドアがあるのが見える。
    「あそこまで一気に走るぞ」
     全員で100m先のドアを目指して走る。無事にドアの正面まで辿りついた。
    「いいか、開けるぞ」
     ドアを開け、中に入る。
    「ピピピー。ようこそ、コックローチの諸君」
    「あなたたちは!」
     樹音が真っ先に叫ぶ。
    「8王・・・いや、オクトマン!」
    「ご名答」
     遂に「最後の戦い」が始まろうとしていた。

    「お前たちは1対1の戦いを好むか?」
     警視庁の留置場で自爆した8×8に代わって現在のオクトマンのリーダーを務める8×7が尋ねてきた。
    「ああ、お前たちが望むなら」
    「よろしい」
     6人のオクトマンが奥の通路へと去っていく。一人残ったオクトマンが「戦いのルール」を説明し始めた。
    「ここから先は一本の通路が真っ直ぐに延びている。奥には全部で6つの部屋があり、各オクトマンが待ち構えている。お前たちには一人を選んで戦ってもらう。一番奥の部屋には緊急脱出用の宇宙船がある。それを手に入れることができれば、お前たち全員、地球に戻ることができるぞ」
     こっちの望みは「お見通し」ということか。
    「いいだろう」
     ジミーが一歩前に出た。
    「みんなは先へ行け。俺はこいつと遊んでから、あとを追う」
    「ジミー」
    「何をしている。早く行け」
    「わかったわ」
     茉美がメンバーを連れて先を急ぐ。
    「さてと」
     ジミーがゾンデを取り出した。
    「遊んでやるぜ、若いの」
    「私の名は8×1(エイトワン)。チチチー」

     各部屋を繋ぐ通路は、ほぼ100mごとの長さがあった。茉美とメンバーたちは20秒もしないで次の部屋に到着した。
    「待ってたよ」
     ひとりのオクトマンが待ち構えていた。他の連中は既に自分の守護する部屋に向かっているのだろう。
    「私は8×2(エイトツー)。さあ、あたしの獲物は誰?ブイブイー」
    「俺が相手をしよう」
    「一磨!」
    「みんなは先へ行ってくれ」
    「気をつけて、一磨」
     茉美、勇気、樹音、帆乃香は先を急いだ。

     次の部屋にも、やはりオクトマンがひとり。
    「こいつは私が相手をしましょう」
    「俺様は8×3(エイトスリー)だ。テテン」
    「私の名前は茉美」

    「ぼくは8×4(エイトフォー)。ティッシュー」
    「私は帆乃香よ」

    「私は8×5(エイトファイブ)だ。シュイーン」
    「俺は勇気だ」

     そして。
    「自分は8×6(エイトシックス)。あなたとは前に会ったことがありますね?ピピピー」
    「ええ。GAME8で共演させていただきました」
     全員の対戦相手はこの通り。そして奥にはまだひとつ部屋が残っていた。そこにいるのは勿論、8×7(エイトセブン)だ。



  • 「はあっ」
     ジミーのゾンデが延びる。一直線に8×1の心臓をめがけて。
    「なに?」
     ジミーのゾンデにロープのようなものが巻きつく。
    「それは、リボンか」
     8×1は新体操で使用するリボンのような道具でジミーのゾンデをグルグルに巻きつけたのだった。
    「くっ」
     引いても押してもゾンデは動かない。こんな手でゾンデ攻撃を封じるとは侮りがたし、オクトマン。ジミーはゾンデを捨てた。ジミーは8×1に突撃を敢行した。
    「やあっ」
     ジミーの足技攻撃が8×1の顔面を捉えた。
    「なに?」
     だが効かない。
    「これなら、どうだ」
     ジミーは右拳で「三段突き」を入れたあと、今度は足蹴りを8×1の腹に浴びせた。
    「そんなの、ぼくには効かないよ。チチチー」
     8×1はそういったあと、ジミーの足を捕らえ、リボンでグルグル巻きにした。
    「くそう」
     「陸の上の人魚」と化したジミー。そのジミーに8×1は容赦なくリボン攻撃を仕掛ける。「うわあっ!」
     ジミーはリボンを全身に巻かれ、ミイラと化した。なんという手際の良さ!これは一体全体どういうことなのか?
     オナラウッドの超科学によれば、精神を有する高等生命体は全て「万民引力」によって精神的に結合しているという。つまり大なり小なり、人類は全ての人々と精神的に繋がっているのである。地球人類はそれを意識として認識することができないが、地球人類よりも生物学的に遥かに進化したオクト星人には、それができる。そして万民引力は当然、親兄弟といった血族間において強く働く。結果、オクトマン達はテレパシーによって互いの意思を通じ合うことができるのである。つまりオクトマンは8×8が帆乃香の記憶から得た「コックローチのメンバー全員の技」を皆で共有、既に対策を練っていたのだ。
     危うし、コックローチ!

    「うううううっ!」
     一磨の首が締め上げられる。
    「チッチッチ」
     8×2が人差し指を立てて横に3回振った。
    「坊や、弱いねえ」
    「くそー」
     先手は一磨だった。一磨は8×2の懐に素早く飛び込み「腕挫十字固め」で相手の動きを封じた。そして、それでも降参しない8×2の肩関節を外した。勝負はついたはずだった。 だが、8×2は肩関節を外されても、まったく「痛い」という表情を見せなかった。そして、呆然とする一磨に8×2がプロレス技を仕掛けてきたのだった。
    「チチチー」
     そう言いながら8×2は自力で立ち上がった。
    「ば、ばかな」
     驚く一磨。
    「それじゃあ今度は、ぼくの番だあ」
     8×2は自分の腕に掴まる一磨をブレーンバスターで投げ落した。
    「うわあ」
     ここはプロレスリングではない。かろうじて受け身はしたものの堅い床に叩きつけられた一磨は全身、痺れて動けない。
    「お次は」
     8×2は一磨の両足を掴むと、そのまま一磨を逆さまに持ち上げ、一磨の頭を自分の股の間に挟んだ。
    「そーれ」
     その場でジャンプ。一磨は頭から床に叩きつけられた。パイルドライバー。
    「ぐわあ」
     まともに食らってしまった一磨は大の字になってぶっ倒れた。
    「仕上げは」
     とどめは後ろからの首固め。8×2の右腕が確実に一磨の首に入った。
    「うううううっ!」
     二度も大技で投げ飛ばされた今の一磨に腕を解くだけの力はもはや残ってなどいなかった。

    「時間が惜しいわ」
     茉美は懐から拳銃を取り出した。ルガーP-08。通称「尺取り虫」。
    「死にたくなければ、降参しなさい」
    「テテン、テテン」
     どうやら8×3に降参の意思はないようだ。それどころか、明らかに茉美を小馬鹿にしていた。
    「仕方がないわ。血を見るのはあまり好きではないけれど」
     茉美はトリガーを引こうとした。

     バーン

     一発の銃声が轟く。
    「きゃあ」
     茉美の手にするルガーが弾き飛ばされた。左手で痺れる右手を抑える茉美。
    「そ、そんな」
    「テテン」
     茉美がルガーのトリガーを引くよりも速く8×3は自分の腰のホルスターから銃を取り出すと、茉美のルガーに向けて寸分の狂いもなく発射したのだった。何と恐るべき「早撃ち」。
     8×3が手にする銃はコルトパイソン・ロングバレル。ただのパイソンだって重い銃なのに、ロングバレルで、しかも茉美が既に構えた状態にあるルガーのトリガーを引くよりも速く腰のホルスターから取り出して発射するなど、常識的にはあり得ない。茉美は悟った。この8×3という男は、まさにプロ中のプロのスナイパーであると。
    「お分かりでしょう?ぼくがその気だったら、あなたの心臓を撃ち抜くこともできたんですよ」
     その通りだ。この男の言葉に嘘偽りなどない。
    「今度は本気で行きますよ。あなたの、その美しい顔に鉛玉をぶち込んであげましょう、テテン」
     8×3がトリガーを引いた。

    「あああああ」
     帆乃香は敵のスプレー缶攻撃をもろに全身に浴びてしまった。心地よい香りが帆乃香の全身を包む。完全に体に力が入らない帆乃香。十徳ナイフを床に落とす。床に落ちた十徳ナイフを8×4が拾った。
    「自分の武器で自分が辱められる気分を味わわせてあげよう」
     8×4は十徳ナイフのグリップの中からナイフを引き出した。次に帆乃香を床に仰向けに寝かせる。8×4は帆乃香の腹部に座った。そして。
    「いや、だめ」
     8×4は帆乃香のブラウスのボタンを一つ一つナイフで切り落としていく。8×4はボタンを全て切り落とした後、ナイフをブラジャーの中央部分に差し込み、上へと持ち上げた。やがてブラジャーは中央から切れると左右に分離した。帆乃香の豊満な乳が露わに。
    「無念にも8×8がやり残したことを僕がしよう。ぼくのテクニックをたっぷりと味わうがいい」
    「いやだ、いやだあ。一磨あっ!」
    「ティッシュー、ティッシュー♪」
     やはり、これが「帆乃香の運命」なのか?またもや帆乃香に「ゴーヤの恐怖」が迫る!

    「そんなバカな」
    「チチチー」
     勇気はショックが隠せない。
    「俺の空中蹴りが、全く効いていないなんて」
     勇気は高くジャンプ。落下の勢いを利用して8×5の顔面をキックした。勇気の足先は確実に8×5の顔面を捕らえ、8×5の顎の骨は骨折、歯は数本にわたって抜けていた。だが8×5は、まったく痛みを感じていないかのように薄ら笑っていた。8×5は自分の顔面に突き刺さる勇気の足を両手で掴むと、そのまま勇気を振り回し、何度も勇気を床面に叩きつけた。
    「ぐわあ!」
     必死に受け身をとる勇気。しかし腕の骨折は避けられない。勇気は床の上でぐったりとなった。
    「それでは、とどめと行きますかな」
     8×5がジャンプした。勇気めがけて落下してくる。右足の膝で勇気の顔面を潰す気なのだ。
     勇気、絶体絶命!

    「はあはあはあはあはあ」
    「大分お疲れの様子。そんな体で、私に勝てるとでも?ピピピー」
    「何で効かないの?」
     樹音のカポエラ攻撃は幾度となく8×6に体にヒットしていた。普通の人間ならば「全身打撲」で、とてもではないが痛くて動けないはず。しかし8×6はそのことを全く気にしていなかった。
    「まさか、この人たちの正体は?」
     樹音はかつてオクトマン(当時は8王子)たち全員と握手した時のことを思い出した。その「冷たい手」の感触を。そして樹音は遂に彼らの「核心」に迫った。
    「オクト星人は無神経な生き物!」
     オクト星人は見かけは地球人類と同じだが、その神経系は、むしろ昆虫に近い。つまりオクト星人は「痛みを感じない」のだ。痛みを感じないのだから攻撃が効かないのは当然だ。仮に腕を捥ぎ取られたとしても片足を失ったバッタのように平然としているだろう。そんな肉体的な痛みを感じないオクト星人は同様に「心の痛み」も感じない。良心の呵責に苦しむこともなければ、他人の心の痛みに同情することもない。ゆえに彼らの行動は常に「独善的・利己的」だ。かつて元祖・ハッチャンが待子に情け容赦ないSM責めを行い得たのも、こうした「オクト星人の特性」が如何なく発揮されていたからに違いない。と言っても現代のニッポン人も彼らと似たようなものだ。「他人の心の痛み」に鈍感になっている独善的・利己的なニッポン人の数は年々、増えている。ともあれ、オクト星人を倒すには「首を捥ぎ取る」なり「心臓を貫く」なり、ようするに「確実に致命傷となる傷を与える」以外にはないのだ。
    「それじゃあ、遠慮なく」
     8×6の使用する技はフェンシング。剣を構える。
    「ファーント!」
     剣先が樹音の左太腿を貫いた。
    「あああっ!」
     膝をつく樹音。痛む左太腿を手で押さえる。
     さらに続けて。
    「ファーント!」
     今度は右太腿を貫かれる。
    「ああーっ」
     その場で両膝をつく樹音。もはや立てない。
    「チチチー、チチチー」
     動けない樹音の前で勝利を確信する8×6が両腕を挙げてマルセ(フェンシング特有の小幅歩行)を披露する。いわばこれは「勝利のダンス」。右に左に小刻みに歩く。その姿はまるで「蟹の横歩き」のようだ。その後、8×6は剣を構えた。
    「今から、その苦しみを取り除いてあげましょう。ピピピー」
    「あなたに、訊きたいことがあるわ」
     樹音が8×6に話しかける。
    「あなた方、地球ではなぜ、コックローチのメンバーのニックネームを名乗っていたの?」
    「ああ、そのことか」
     8×6は樹音の質問に答えた。
    「今から50年ほど前に、わが星は回遊惑星と衝突した。甚大なる被害が及び、いつ星が破壊するかわからない。そこで我々は新たなる移住先を求めて捜索隊を外宇宙に派遣した。そのうちの一隊が地球を発見した。その隊のリーダーが地球人になり済まし、コックローチのメンバーとして地球の状況を調べていたのです」
    「そうだったの」
    「冥途の土産話として、満足いただけましたかな?ピピピー」
    「あと、もうひとつだけ。『ピピピー』って何?」
    「ああ。これは我々の口癖です。他にも『テテン』とか『ブイー』とか、いろいろあります。我々は真面目が苦手でね。すぐに巫山戯たくなるんですよ。いわば『リラックスのための手段』というところですかな、チチチー」
    「・・・・・・」
    「きみは今、我々のこうした慣習を『変なの』と思ったようだが、きみらだって同じことをやっているではないですか。『富士山・姫路城』と言えばいいものを、わざわざ『世界遺産富士山・世界遺産姫路城』などと呼んでいる。しかもリモコンとかファミレスといった具合に日頃は多くの言葉を短く略しているのに、です」
     このように言われてしまうと、もはや反論もできない。
    8×6が再び剣を構えなおした。
    「おしゃべりは終わり。さらば樹音。チュイーン」
     樹音の頭めがけて剣が突き出された。
    「なに?」
     剣は樹音の頭に突き刺さらなかった。剣は弾かれた。
    「な、何者?」
     8×6は慌てて剣を構えなおした。そして再び、今度は新手に向かって突きを繰り出した。 だが。
    「ぎゃあああ!」
     8×6は自分の方が先に突きを繰り出したにもかかわらず、あとから出された新手の突きを心臓に喰らって絶命した。
    「大丈夫か、樹音?」
    「えっ?うそ」
    「どうした樹音?久しぶりで忘れちまったのか?俺の顔」
    「望」
     そう、それは望。望が約束通り、樹音の窮地を救いにやってきたのだ。
    「望、どうして?」
    「どうしてって『お前を助けに来た』に決まってるだろう?」
     そんなことを訊いているのではない。ここはオクト星。どうやって望は「ここに来た」のだ?
    「その話は後だ」
     望は樹音を、お姫様だっこした。
    「その足じゃ歩けないだろう?俺が抱いていってやるよ。次の部屋にボスキャラがいるんだろう?」
    「望い」
    「何、泣いてんだよ。お前らしくもない」
    「望いっ」
     望の首にしっかと抱きつく樹音。
    「行くぞ樹音。いよいよ最後の敵だ」

     最後の部屋に通じる扉を望は足で蹴破った。
    「お前がボスか!」
    「そう。我こそはオクトマンの新しきリーダー、8×7だ。ふたりいるからにほんしゅう」
     確かに望と樹音、ここにはふたりいる。
    「よいしょっと」
     望は樹音を床に下ろした。
    「望、気をつけて。あいつは痛みを感じないよ。確実に急所を狙って」
    「ああ。まかせとけ」
     望が構えた。久しぶりに見る望の平突きの構え。その姿は一段と「チェリーのそれ」に似てきた。
    「なに?」
     無神経なオクト星人に「正々堂々とした戦い」などという発想はない。トレッキングポールを構える望に対し8×7は何ら恥じることもなく「飛び道具」を取り出してきた。GAME8でも使用されていたH&K製の拳銃VP-70。無論、これは「本物」だ。オクト星人がVP-70を好むのは手が大きく指が長いからだ。VP-70の太いグリップが彼らの手には馴染むのだ。
    「ならば」
     望は迷うことなく8×7に平突きによる突撃を敢行した。かつてのハッチャンはチェリーの平突きによって倒れた。8×7は銃を構えた。望に向かって必死に銃を撃つ。だが当たらない。チェリーは10発喰らったが、望には通用しなかった。
    「無礼者ーっ!」
     望の平突きが8×7の心臓を貫いた。痛みはなくても致命傷だ。
    「ククク。これで勝ったなどと思うなよ。ブイブイー」
     8×7が手の中のスイッチを押した。
    「ああ!そんな」
     樹音の絶叫。8×7は緊急脱出用の宇宙船にメガ爆竹(爆薬の一種)を仕掛けていたのだ。そして、それが今まさに爆発してしまった。破壊され、炎上する宇宙船。
    「ははははは。この星はもうじき宇宙から消えてなくなる。お前たちも一緒に死ね。ははははは。ふたりいるからにほんしゅうーっ!」
     この言葉を最後に8×7は絶命した。一方、樹音は半狂乱。
    「ああ、船があ、船があっ!」
    「樹音、落ち着け」
    「望、船がなくなったよ。もう地球には戻れないよ!」
    「樹音。俺がどうやってここにやってきたと思う?船はあるんだ。だからそんなに叫ぶな」
     えっ、船はある?
    「そうだ。船はある。みんなで地球に戻るんだ。行こう」
     望は再び樹音を抱き上げた。再び来た道を戻る。それぞれの部屋で、それぞれのメンバーを回収しながら。
    「勇気、体は回復したか?」
    「ああ、歩けるくらいにはなった」
    「じゃあ行こう」

    「帆乃香は本当に『いい女』だな」
    「冗談はやめてよ、望」
    「それより、体は動かせるか」
    「ええ。手足の感覚が戻ってきた。ゆっくりなら歩けるわ」

    「局長」
    「まさか、望が助けに来てくれるなんてね」
    「自分だけ置いてきぼりは酷いです」
    「今度からは気をつけるわ」

    「一磨、相変らずだらしないなあ、お前は」
    「それ、言わないでくれよお」
    「大丈夫?一磨」
    「ああ。帆乃香の手は借りなくても大丈夫そうだ」

    「親父、もう歳か?」
    「くそっ。お前に、こんなこと言われるとは」
    「充分休んだだろう?立てよ」
    「ああ」

     望は負傷したメンバー全員をその場に休ませて、樹音のところまで駆けつけたのだった。無論、敵にとどめをさしながら。そして全ての戦いが文字通り「間一髪」だった。少しでも望の到着が遅ければ全員、殺されていただろう。
     オクトマンのメンバーはコックローチのメンバー全員の技を前もって知っていた。だからこそコックローチを上回る強さを見せつけた。だが、イレギュラーには意外と脆かった。オクトマンは望を知らなかった。だから望だけは研究されていなかった。望の平突きはオクトマンにとっては「想定外の攻撃」であり、ゆえに望はオクトマンを圧倒する強さを見せつけたのだった。

    「こっちだ」
     望を先頭に通路を歩くメンバーたち。
    「これは!?」
    「そう。俺はこれに乗ってきたんだ」
     それは、紛れもなく「待子」だった。宇宙遠洋漁船として改造された待子。その待子が今、皆の目の前にあった。
    「おい、早く乗れ。私の見立てでは、この星はもう長くは持たないぞ」
     待子の中から男性の声。誰か他にも乗っているのか?
    「わかった」
     望から順番に待子に乗り込む。そんなメンバーを艦橋で待ち受けていたのは。
    「よう」
     右手を軽く挙げて挨拶する外国人男性。
    「おまえは!」
     驚くメンバーたち。男性はフフフと笑みをこぼした。
    「おまえは、Dr.フリップ!」
     そう。望がメンバーを連れて戻ってくるまで待子で留守番をしていたのは何と、あのDr.フリップその人であった。
    「どうして、おまえがここに?」
    「話はあと。それよりもすぐに発進だ。もうすぐこの星は吹き飛ぶ」
     フリップは直ちにエンジンを始動させた。樹音を補助シートに座らせてから操縦席には望が座る。
    「待子、発進」
     だが、待子は発進できない。待子は建物に正面から突入していた。待子にバックはできない。そしてここには反転するだけのスペースもない。
    「望、私が今から核融合砲で正面を撃つ。穴があいたら、そこから外へ飛び出すんだ」
     フリップが核融合砲のグリップを握った。
    「発射!」
     正面にトンネルのように穴が開いた。
    「待子、発進」
     その穴から待子が飛び出した。正面にはマグマ。
    「反転180度」
     マグマを背に全速力で上昇する待子。その後方では、まさにオクト星が崩壊を始めていた。オクタゴンの火山活動に誘発されて、次々と火山が噴火。ただでさえ脆い地殻に無数の亀裂が走る。潮汐力に耐えきれなくなった地殻から次々とバラバラに分解していく。地殻の割れ目からはマグマが噴出。地表を焼いていく。
     そして。
     潮汐力によって崩壊した二つの星が互いの重力によって引き合い、一つに合体した。合体した星の表面をマグマが覆う。表面温度数千度の赤い星。もはや地上に生命は存在しない。 ひとつの高度な文明が今、滅亡したのだ。オクト星から脱出できた宇宙船は待子ただ一隻のみ。
    「危なかった。間一髪だったな」
     口ではそう言いながらも、まだ余裕のあるフリップ。
    「ところで」
     樹音がメンバーを代表して質問する。
    「何で、あんたがここにいるわけ?フリップ」
    「取引したのさ、そこの若者とね」
     そこの若者とは望に他ならない。
    「私の頭脳がなければ、この船をオクト星まで飛ばすことはできない。そこで私の身柄を釈放する条件として私はこの船の操縦を引き受けることにしたというわけだ」
    「そんなことを訊きたいんじゃないわ。あなたは確かに、完全に人格が破壊していた。どうやって元に戻ったの?」
    「ああ、訊きたいのはそっちか」
    「フリップ。ひょっとして嘘をついていたわけ?」
    「そうじゃない。本当に私の人格は崩壊していたよ」
    「じゃあ、どうして」
    「私が人格を崩壊させる前、ハッチャンに関する研究に没頭していたのは覚えているな?まさに、その研究によって私は自分の人格を破壊させてしまった」
     頷く一同。
    「その後、オクト星人が、ある実験を企てた。例の『青いジャージ』だよ。私は青いジャージは着ていなかったが長年、ハッチャンに関する研究をしていた影響だろう。彼らが宇宙から発信した電波を脳が認識したんだ。あの電波は青いジャージを着ている人々の脳をおかしくさせるが、脳がおかしくなっていた私は逆に元の正常な状態に戻ったんだ」
    「・・・・・・」
    「きみらが信じる、信じないは勝手だが、私は、嘘は言っていない」
    「で、さっき言っていた取引については?」
    「私が正常になったことを知ったニッポン政府から打診があった。『待子で望と一緒にオクト星まで行って欲しい』とね。イギリス政府は最初、嫌がっていたが、ことは地球の防衛に関わる問題だから、しぶしぶ『了承した』というわけ。ようするに『オクト星人の脅威を取り除く代わりに今までの罪を許す』ということだな。自分としても異存はなかった。エイリアンに地球を引っ搔き回されるのは正直、地球人として我慢がならんからな」
    「で、最後の質問。あなたは『善人』になったわけ?」
    「冗談!地球に戻ったら、また世間があっと驚く犯罪を仕掛けてみせるよ。まず手始めに新型のEPICでも、ばら撒くとするかな」
    「相変わらず、生命境涯の低い奴!」
    「そうでもないよ。昔の私はきみらの存在がウザかったが、今は正直、喜んでいる。きみらのような存在があるおかげで私の人生は、より楽しいものになる。私ときみらはまさに『好敵手』というやつだ」
    「冗談言わないで。何が好敵手よ!まったくう」
    「私が仕掛けた犯罪をきみらが解決する。まさに好敵手ではないか。きみらが嫌がっても結局はそうなる。なぜなら、私の仕掛ける犯罪に対処できるのは、きみらしかいないのだから」
    「それって、褒め言葉なの?」
    「どう受け取ってもらってもいいよ。ただ、今回の戦いで一つだけはっきりとわかったことがある。それは『敵の科学力がいかに進んでいようとも怖れる必要など全くない』ということだ。なぜなら科学力が進んだ世界に生きる人間ほど自分の頭で創意工夫などしなくなるからだ。考えてもみろ。地球人だって全く同じだろう?スマホばかりいじっている奴ほど自分の頭を使わない。暇で退屈な時はスマホ、何か調べる時もスマホ。何でもかんでも『スマホ頼み』で結局、喜怒哀楽という僅か4種類の感情変化しか持たない、その場その場の『自分の気分』に振り回されているだけの野獣に成り下がっている」
     ああ、これほどの見識を導き出せるだけの優秀な頭脳を持っていながら、この人はもう。
     そうこうしている間に待子がワープ可能地点に到着した。
    「それでは地球に戻るとしよう。きみらが乗ってきた巨大宇宙戦艦ではひと月ほどかかったらしいが、待子なら3日で帰れる。そして帰ったら翌日からは私たちは敵同士だ」
     フリップがワープ準備に入る。慎重に航路計算を行った後、重力制御装置をフル稼働させる。
    「望、準備は完了したぞ」
    「了解、フリップさん。ワープ」
     待子が地球へ向けてワープした。

     若者は椅子に座り スマホに夢中
     お年寄りが吊革に掴まり 立っている
     食材の虚偽表示 製品データの改竄
     あらゆる分野で 手抜き仕事が蔓延
     こんなイカレた社会だけれど
     私たちは
     人らしく(人らしく) 人らしく(人らしく)
     生きていこう
     人らしく(人らしく) 人らしく(人らしく)
     生きていこう

     インテリゲンチャやエリートが 女性をレイプ
     国民の公僕による 不祥事の数々
     路上でのゴミのポイ捨て 犬の糞の未回収
     あらゆる分野で モラル・マナーが崩壊
     こんな呆れた社会だけれど
     私たちは
     人らしく(人らしく) 人らしく(人らしく)
     生きていこう
     人らしく(人らしく) 人らしく(人らしく)
     生きていこう

     こんなバカけた社会だけれど
     私たちは
     人として(人として) 人として(人として)
     生きていこう
     人として(人として) 人として(人として)
     生きていこう

     人として(人として) 人として(人として)
     生きていこう
     人として(人として) 人として(人として)
     生きていこう

     誇り高く

    「ワープ終了」
     太陽系に入った。暫く飛行すると遠くに青い星が見えてきた。
    「地球だ。帰ってきたんだ」
     ひと月ほどしか離れていなかったのに、とても懐かしい。
     お姫様だっこで樹音を抱き上げる望。二人寄り添う一磨と帆乃香。ひとり腕を組む勇気。手を握りしめる茉美。腰に手を当てるジミー。操縦桿はフリップが握る。
    「ただ青くて美しいだけじゃない。地上には『軍国思想の右翼政治家』や『利己主義の一般大衆』といった汚らわしい生き物がそれこそウジャウジャ蔓延っている」
     フリップがみんなの感動に水を差す。だが、それは厳然たる事実だ。地球は修羅界の波動を発生する弱肉強食の星。地球に戻ったコックローチには「戦い」が待っているのだ。
    「大気圏に入る」
     メンバー全員が、シートに座った。
     待子が地球に戻った。



  •  東京。
     高級ホテルの大広間には、ニッポンはもとより世界中のマスコミ関係者が集結していた。
     若い男女が入ってきた。一斉にフラッシュが焚かれる。
    「本日、入籍いたしましたので、ご報告いたします」
     世界中のマスコミが注目するのだから、よほどのスターに違いない。
     新郎は世界的ロックバンドのカリスマギタリスト。新婦はニッポンを代表する演歌歌手。
     「誰か」は言わなくてもいいな。

     それから1週間後。
     銅鐸の塔の24階で、ささやかな結婚式が催された。
     そこには1週間先行して夫婦になった望と樹音もいた。どうしてもこれに出席したかった二人は自身の新婚旅行を1週間以内で終わらせたのだった。
    「帆乃香、おめでとう」
    「一磨、今日はカッコいいぜ」
     その後は2階に場所を移して披露宴。1週間前に残ったアルコールが、ここで使いまわされる。「出しもの」として望がギターを弾き、樹音が唄う。何という贅沢な共演!
     続いてジミーがゾンデで皿回しを披露する。一同、大爆笑。
    「じゃあ、おれも」
     すると望も負けじとトレッキングポールで皿回し。そこに勇気も参加。足の爪先で回す。 今日は「楽しい一日で終わる」と誰もが思っていた矢先。
    「警報だ!」
    「何だ?」
     茉美が警報の原因を告げに下から登って来た。
    「Dr.フリップの予告状よ。今度は『大英博物館にあるロゼッタストーンをいただく』ですって」
     Dr.フリップ。地球に戻ってからは、マッド・サイエンティストは廃業。新たに「世紀の大怪盗」として活躍していた。既にルーブル美術館に「モナ・リザ」はない。
    「で、何でここの警報が鳴るんだ?管轄外だぞ」
    「MI6のメイ局長から警視庁の方に連絡があったのよ『助けてくれ』って」
    「やれやれだな」
    「どうするの?あなたに任せるわ、ジミー」
    「一磨、帆乃香。新婚旅行はどこへ行くんだ?」
    「ハワイですけど」
    「予定変更。二人はイギリスに新婚旅行へ行く」
    「ええっ?」
    「そんなあ!」
    「文句を言わない」
     かくして一磨と帆乃香は成田からイギリスへ飛んだ。
     Dr.フリップ。相変わらず「お騒がせな奴」である。 

  •                               つづく    



  • あとがき

  • 「ニッポンが世界に誇る○○」
    「世界が絶賛ニッポンの○○」

     こうした見出しが連日踊るニッポンの新聞のテレビ欄。それはまさに今の「ニッポンの衰退」を象徴するものだ。なぜなら「無能な王が即位すると王権神授説が声高に叫ばれる」のと全く同じ現象だからだ。しかも価値基準を自分たちの審美眼ではなく「世界」にお任せしている点も実に無様である。右翼は「ニッポン至上主義」を掲げていながら、その実、基準とするところは「世界の権威」なのだ。だからニッポン人は「世界遺産」「ノーベル賞」「ギネス記録」といったものが大好きで、それらを漁ることに夢中になっているというわけである。思えば、ニッポンのインテリ富裕層は口では「ニッポン製品の品質は世界最高!」などと言っているけれども、車は「ドイツ製」、腕時計は「スイス製」、スーツは「イタリア製」、バッグは「フランス製」、スマホは「アメリカ製」を愛用する。その振る舞い、文字通り「二枚舌」。
     今のニッポンが如何に堕落・腐敗しているかは、道を歩けば容易に見つけることのできるポイ捨てゴミや犬の糞を始め、近所のゴミ集積所に置かれた曜日や分別を全く無視したゴミ、通学中の小学生の目の前で赤信号を横断する年寄り、スマホを見ながら道を歩いている若者、裏金づくりに夢中の政治家、データ改竄をやっている有名企業、ブラックタイガーを車海老と偽る有名ホテルのコック、耐震強度を偽装する建築士、生徒の着替えを盗撮する教師、女性のスカートの中を盗撮する消防署長、拾得物を横領する警察官、女性アナウンサーにセクハラを働く芸能人、絶品グルメ番組ばかりを制作する庶民蔑視のテレビ局、迷惑動画をSNSで配信するバイトテロなど枚挙にいとまがない。そもそも全国に「こども食堂」を必要とするほど多くの子供たちが貧困苦に置かれているなど、どう考えたって「素晴らしい国」とは言えない。それでも右翼思想のニッポン人は「ニッポンは素晴らしい国だ!」と本気で思っているのだ。だからニッポンではこうしたことが一向に「改善されない」のである。まったくう。
     「車の運転マナー」ひとつとってみても、ニッポン人は実に酷い。「バカは脇の下が甘い」という諺の代表例ともいえる片手12時ハンドルや右腕をドアの上に乗せたりドアの外に出すドライバーは少なからずいるし、雨天や曇天など景色がグレー一色に染まっているときでもヘッドライトを点灯せず、交差点を曲がる際に先にブレーキを踏んで減速してからウインカーを点灯するドライバーに至ってはそれこそ9割に達する。だからニッポンでは片手12時ハンドルが原因のハンドル操作を誤った事故や、カーブミラーがよく見えないことによる脇道からの飛び出し事故や、ウインカーの遅灯が原因の「追突事故」や「巻き込み事故」が絶えないのだ。その他にも周りの風景を一切見ず、前の車の後ろ姿だけを見て走ることで横断歩道の真上や消防署・病院等の出入口で停車してしまう車や「あおり運転」も確実に増えている。それ程までに令和のニッポン人はモラル・マナー・ルールの目的を正しく理解する咀嚼能力を低下させてしまった「バカ民族」なのである。暇な時間をテレビ・マンガ・ゲーム・スマホという「四大暇つぶし道具」のいずれかを用いて消費する「自分の頭を使わない習慣」を身につけてしまったことで。電車の中でスマホを使いテレビを視る、マンガを読む、ゲームを楽しむ。こんな人間はもはや「脳が死んでいる」に等しい。自分が自由に使うことのできる時間の全てを、他人が与えてくれる娯楽を受け身の立場で楽しむだけの存在なのだから。無論、こんな人間ほどデマやフェイクニュースといった世論操作に引っ掛かりやすいことは言うまでもない。そしてこんな民族をニッポンのテレビメディアは「ニッポンはスゴい」「ニッポン人はスゴい」と今日、盛んに宣伝しているわけだ。
     このようなことを書くと「反日」「非国民」と罵る輩が必ず登場するが、私に言わせれば、こんなニッポンを「スゴい」と絶賛している輩こそ「ニッポンをよくしたい」という志を全く持っていない反日であり非国民だ。こういう人間の頭の中にあるのは「自分は優秀・自分は立派・自分は賢い・自分は偉い」という自惚れに他ならず、そうした自惚れの裏付けとして表向き「ニッポンはスゴい」「ニッポン人はスゴい」ということにしておきたいだけなのである。

  • 著者しるす         
    2026年1月1日     
     
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