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  • 続々・コックローチ 第二部
    (2021年7月24日~2021年12月24日)

  • 愛する夫・翔太を求めて
    梓彩の「世界の旅」が始まった。
    そんな梓彩の旅は文字通り
    「人類の存亡を賭けた旅」となった。
    その結果は
    ハッピーエンドか?
    それとも
    バッドエンド?



    目次

    コックローチ劇場版5「アステカの神話」
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    WARNING
  • 「闇世界を生きる人間を描く」という作品の性質上、日常生活に於いては禁止されるべき 「不適切な表現」が登場します。本作品に登場する人物たちのマネをしてはいけません。とりわけ山道具を武器として使用することは絶対におやめ下さい。



  • コックローチ劇場版5「アステカの神話」

  •  太平洋上空。
    「天候、異常なし」
    「了解、このまま予定通り飛行を続けまーす」
     レーダーを監視するチャンに対し操縦席に座るジュリーが、ちゃらけた言い方で返す。
     宇宙遠洋漁船量子はメキシコを目指して無事に飛行していた。
     
     ガタッ

    「チャン、なにか後ろの方で音がしなかったか?」
     ジュリーの聴覚は鋭い。ジュリーは艦橋後ろの物音を見逃さなかった。
    「いや、何も。気のせいじゃないのか」
    「そうかなあ。梓彩は気がつかなかったか?」
     梓彩は返事をしない。完全に上の空である。梓彩の心は既にメキシコに飛んでいた。メキシコのどこかにいる翔太のことで梓彩の頭の中はいっぱいだったのである。
    「おっと、陸地が見えてきたぜ」 
     カリフォルニア半島が眼下に見えてきた。
     その後もしばらく飛行を続ける。再び洋上に出てから陸地に入った。
    「あれがメキシコシティだ」
     標高2280メートルの高地にある大都市。当然、ここにも核ミサイルは落下。都市は完全に破壊されていた。
     標高を下げる量子。
    「あれは何だ?」
     廃墟ばかりの中にひときわ目立つ大きな建造物。
    「あれはテンプロ・マヨールだ」
     テンプロ・マヨールとはアステカ文明の首都・テノチティトランの中央に聳える神殿である。現代人が建設した建物が全て倒壊している中、遥か昔、アステカ文明によってつくられたそれは誇らしげに起立していた。古代文明人の方が現代人よりも仕事が丁寧な証拠だ。だが、それにしても21世紀の時点ではメキシコシティの大地の下に埋もれていたはずで、この一帯だけ隆起でもしたのだろうか?
    「壮観だな。古代人もなかなかやるもんだ」
    「ジュリー、そろそろ着陸して」
    「了解」
     量子はメキシコシティ郊外の林の中に着陸した。
    「さあ、行くわよ」
     梓彩は着物姿で量子から下船した。
     なぜ着物?別段、驚くことはない。着物は創設者の待子以来、コックローチ局長が身に纏う伝統の服装である。一見、戦闘には不向きに見えるが、髪飾りや帯の中、胸の中など、いろいろな場所に隠し武器を所持できるという点で実のところ着物は「暗殺者向き」の服装なのだ。



  •  メキシコシティに来た目的はあっという間に果たされた。
     PIPIRUMAメキシコの元従業員が一磨と翔太の最後を知っていたのだ。
     話によると、核戦争勃発直後、従業員は全員、工場地下のシェルターに避難したのだが、一磨と翔太はまだ避難していない従業員の家族を探しにメキシコシティへ戻り結局、戻ってこなかったのだという。そしてその後、二人の遺体が発見され、今は近くの墓地に埋葬されているという。ちなみに従業員の家族はふたりとは入れ違いとなり無事であった。
     その墓地へ従業員は梓彩たちを案内した。
    「ここです」
     案内された場所に到着。
     だが。
    「誰がこんな酷いことを!」
     梓彩たちを案内した元従業員は叫んだ。一磨の墓石は無事だったが、翔太の墓は掘り返され、墓石は無残に転がっていたのだ。
    「墓荒らしが、お宝を狙って荒らしていったんだ」
     掘り返された穴の中には当然、何も残されてはいなかった。
    「申し訳ありません」
    「いえ、いいのよ」
     梓彩は一磨と倒れた翔太の墓石の前で手を合わせた。
    「社長の墓石は、ちゃんと直します」
     元従業員の応対は親切だった。PIPIRUMAメキシコ工場は「いい仕事場だった」のに違いない。
     だが、それにしても翔太の遺体を一体全体、誰が持ち去ったのだろう?何としても取り戻さねばならない。梓彩はそう決意していた。廃墟と化した町の中には野盗グループが無数に存在する。それらを片端から倒していくしかない。

     墓地からの帰り。
    「ぐへへへへ」
     着物姿が功を奏したか?早速、野盗がおでましだ。
    「丁度、良かったわ。チャン、ジュリー、やっておしまい」 
     二匹が野盗を倒し始めた。
    「何だ、この豚。やたらと強えぞ」
    「豚なんかどうだっていい、女だ。女を捕まえろ」
     野盗が梓彩に襲い掛かる。
    「リービテーション・パンチ」
     両手をクロスさせ、掌を合わせた状態で相手を突く。指先の手刀が野盗の鳩尾にヒット。
    「うぎゃあ」
     まず一人目を倒した梓彩、お次は。
    「ヒールフック・キック」
     要するに「踵落とし」。ボルダリング技術を応用した攻撃で野盗を次々と倒していく梓彩。こうして10人ほどいた野盗は瞬く間に倒された。延びている野盗の中で最も強そうな奴を起こす。
    「起きなさい!」
     梓彩は野盗の胸ぐらを掴み、持ち上げると顔を数回、平手打ちした。
    「うう・・・」
    「翔太の墓を荒らし、遺体を持ち去ったのはあなたね!」
    「翔太?知らねえ。俺達はそんなことはしていない」
    「嘘を言わないで」
    「本当だ、本当に知らねえ。嘘じゃねえ」
     どうやら、こいつではないようだ。ならば質問変更だ。
    「この辺りで一番強い野盗は誰?」
    「それは、やはり『ホセ』だろう」。
    「どこに行けば会えるの?」
    「あんた、正気かい?」
    「私はいたって正気です」
    「なら教えよう。ここから西へ向かうとエルトレオ闘牛場というのがある。そこを根城にしているよ」

     翌日、梓彩は着物から一転、いつもの勝負服に身を包み、チャンとジュリーを連れてエルトリオ闘牛場へと向かった。
    「どうやら、試合が行われているようだわ」
     中から聞こえる歓声。
    「入ってみましょう」
     梓彩は中へと入った。
     中では闘牛が行われていた。見るからに弱そうなエスパーダ(闘牛士)が見るからに強そうな牛を相手にしていた。
    「もう嫌だ、助けてくれえ!」
     エスパーダが逃げ出した。野盗が主催する闘牛。どうやら一般市民に無理矢理、エスパーダをやらせているようだ。
    「うぎゃあ」
     客席から弓矢が放たれ、エスパーダは即死した。
    「だらしねえ奴め。俺が代わりにやっつけてやろう」
     いかにも強そうな大男が客席から闘牛場内に飛び降りた。
    「おお、ホセ様の登場だ!」
     観客が叫ぶ。その叫びを梓彩は耳にした。
    「どうやら、あの男がホセの様ね」
     その後。
    「ホセ!ホセ!ホセ!ホセ!」
     観客全員が「ホセコール」を始めた。
    「大した人気ね」
     いざ、お手並み拝見。
    「さあ来い、ディアブロ」
     闘牛を挑発するホセ。ディアブロというのは闘牛の名である。
    「ブルルル」
     ディアブロが唸る。
    「ブルーっ!」
     ディアブロがホセめがけて突進する。鋭い二本の角がホセに襲いかかる。
    「とりゃあ!」
     両手を素早く振り上げたかと思うや、目にもとまらぬ速さで一気に振り下ろす。その瞬間、ディアブロの二本の角がポキリと折れた。
    「どうやら手刀がホセの武器の様ね」
     両手を上げてポーズを決めるホセに観客が声援を投げかける。
    「行きましょう」
     梓彩は客席を後にした。

     闘牛場内の通路を歩くホセ。
    「ん?」
     目の前から花束を手にした梓彩が歩いてきた。
    「おめでとうございます。これを、ホセ様に」
     花束が差し出される。美女からのプレゼント。ホセも悪い気はしない。ホセは花束を受け取ると自分の顔の傍に持っていき、匂いを嗅ぎ始めた。花束によってホセの視界は完全に遮られた格好となった。
    「今だ」
     梓彩はこぶしを握った。
    「フィストジャム・パンチ」
     梓彩はホセの腹にパンチを見舞った。
    「やった」
     梓彩の正拳がもの見事にホセの腹に入った。ホセはその場で蹲るしかない。
     だが。
    「何だ?脇腹が痒いぞ」
    「そんな」
     ホセはびくともしていなかった。逆に梓彩がホセに腕を掴まれてしまった。
    「ああっ」
    「どうやらお前、儂を倒しに来た刺客のようだな?」
     梓彩はそのまま体を持ち上げられた。
    「残念だったな。儂の腹筋はヘビー級プロボクサーのパンチでも貫くことはできん」
     まじまじと梓彩を眺めるホセ。
    「それにしてもいい女だな、あんた。なぜ儂を狙った?」
    「翔太の墓をほじくり返したのは、あなたね」
    「なに?知らんな」
    「嘘を言わないで」
     ホセの付き人ふたりが廊下を走ってきた。
    「何だ、この女は」
    「無礼な奴だ。懲らしめてくれる」
     怒る付き人。
    「その必要はない!」
     ホセは付き人を叱責した。
    「はっ」
     付き人は即座に一歩下がった。
    「お前は、どうやら墓泥棒を探しているようだな?」
     ホセは、それを確認するように梓彩に訊き返した。
    「ええ」
    「そうか」 
     ホセは梓彩を床に下した。
    「それは俺じゃあない。俺は野盗ではない。この闘牛場の経営者に過ぎん」
    「でも悪党でしょう。さっき闘技場から逃げようとしたエスパーダを殺したもの」
    「あいつは売上金を盗んで逃げようとした闘牛場の従業員。だから殺した。こんな時代だ。昔よりも刑罰は厳しくせねばならん」
     どうやらホセという男、根っからの悪人ではないようだ。

     その頃。
     元PIPIRUMA社員が翔太の墓石を治すために墓地を訪れていた。
    「な」
     すると今度は一磨の墓石までもが倒されていた。勿論、墓の中の遺体は消えていた。翔太に続いて一磨の墓までも荒らされるとは。
     一体全体、誰がこんなことを?
     闘牛場から戻った梓彩は元PIPIRUMA社員から再び墓が荒らされたことを聞いた。
    「早ければ、犯人の正体は明日には判るわ」



  •  翌日、梓彩はホセに「おそらく犯人は奴らだろう」と告げられた一党が根城とする場所に向かった。
    「見えてきたわ」
     ここはメキシコシティの北東にあるテオティワカン遺跡。太陽と月、二つのピラミッドが聳える。その誕生は紀元前100年頃といわれる。アステカ文明の誕生が1325年であるから、それよりも1400年以上も前に誕生した文明ということになる。
    「出たわね」
     早速、野盗のお出ましだ。その数は実に100人にものぼる。だが、それは既にホセから聞いて知っていたこと。当然、対策を練っていた。
     梓彩は両方の肩に襷を掛けていた。襷にはびっしりとナッツが吊り下げられていた。ナッツとはクライミングで用いるナチュラルプロテクションのひとつで、ワイヤーの先に釣りの時に用いる錘の様な鉄の塊が付いている。そんな梓彩の姿はライフル銃の弾を襷掛けしているメキシコのガンマンを思わせた。
     梓彩はナッツを手に取ると、それを野盗めがけて投げはじめた。
    「ナッツ手裏剣!」
     梓彩が投げるナッツが次々と野盗の頭に当たる。ナッツを頭に受けた野盗が次々と気絶する。
     チャンとジュリーも当然、戦う。
     だが、敵は次々と現れる。予想をはるかに上回る野盗が梓彩たちの前に出現した。
    「これはちょっと、やばいかも」
     梓彩はナッツを全て使い切ってしまった。チャンとジュリーも息を荒げている。
    「かかれー」
     野盗が襲い掛かる。
     その時。
    「うぎゃあ!」
     野盗が悲鳴とともに倒れた。野盗には槍が突き刺さっていた。
    「全く、本当にここに来るとは。無謀にも程があるぜ」
    「ホセ!」
    「助けに来たぜ。野郎ども、野盗どもを蹴散らせ!」
     ホセを先頭にホセの仲間たちが野盗に襲い掛かる。野盗は一掃された。
    「やっぱり、あなたはいい人だったのね、ホセ」
    「お世辞などいらん。男としては、捕まって強姦されるとわかっている女を見殺しにはできない、ただそれだけだ」
     早速、翔太の遺体を探す。
    「どうやら、違ったようだわ」
     がっかりする梓彩。翔太の遺体は、ここにはなかった。
    「仕方がないさ」
     ホセが梓彩を慰める
    「でも、これで手掛かりは完全に無くなったわ」
    「そうでもない」
    「えっ」
    「チチェン・イツァーだ」

     宇宙遠洋漁船量子はユカタン半島にあるマヤ文明の古代遺跡チチェン・イツァーへ向けて飛行していた。
    「驚いたな」
     そう言葉を漏らしたのはホセ。
    「豚をお供にしているだけでも驚きだが、まさか言葉を話し、おまけに乗り物の操縦までするとは」
     梓彩はホセを信頼して量子に乗ることを許したのだった。
    「しかも乗り物が『空飛ぶ漁船』ときた」
    「さっきから驚いてばっかりね、ホセ」 
    「そりゃあそうだ。夢でも見ているようだ」
    「残念だけど夢じゃないわ」
    「残念ではない。だが、これらがすべて事実なら、あんたは何者なんだ、梓彩?」
    「コックローチよ」
    「ごきぶり?」
    「そう。ゴキブリ。世界の平和のために戦う害虫よ」
     そうこうしているうちに目的地であるチチェン・イツァーが見えてきた。
     チチェン・イツァーはニッポンが平安時代の頃に栄えたマヤの文明である。987年に誕生、1224年に滅亡した。
    「ここにメキシコ最大のマフィアのアジトがある・・・はずなんだが」
    「誰もいないみたいよ」
     上空から見る限り、人の姿は全く見えない。
    「セノーテに隠れているのかもしれん」
     セノーテとはチチェン・イツァーの周囲にある水を豊富に湛えた地下洞穴である。
    「とにかく着陸よ。水があるというのなら、そこがいいわ。こいつは船ですもの」
     量子はセノーテのひとつであるシトロクに着水した。
    「周囲に熱源の反応なし」
     チャンが、このセノーテには人がいないことを確認した。
    「チャンとジュリーは量子に残って頂戴」
     梓彩とホセのふたりが量子から降りた。ふたりはセノーテの上にあがった。
    「西に見えるのがカラコル天文台、正面に見えるのがエスカスティージョ神殿。どちらから攻める?」
    「近い方からにするわ」
     ということでふたりはカラコル天文台へと向かった。
    「誰もいないわ」
    「気配が全く感じられない」
     梓彩もホセも人の気配を感じない。
    「どうやら、ここには誰もいないようね」
     だが、念のため上部に登る。カラコル天文台は半ば崩れかけていた。ふたりは結局、ここでは何も見つけることができなかった。
     その後、ふたりはエルカスティージョへと向かった。エルカスティージョは高さ25mのピラミッド型の神殿である。
     ふたりは階段を上る。
     その時。
    「殺気だわ」
     梓彩とホセはエルカスティージョ神殿の北西にある球戯場に強力な殺気を感じた。
    「行ってみよう」
     ふたりは階段を降り、闘技場へと向かった。
    「あれは」
     闘技場に男がひとり立っていた。その男は顔にトルコ石の青い仮面を被っていた。
    「あなたは誰?」
     梓彩は仮面の男に尋ねた。
    「我はテスカトリポカ」
     仮面の男はそのように答えた。
    「あの仮面、確かにテスカトリポカのマスクだ」
     ホセが梓彩にそう告げる。ホセは仮面の男に警戒した。
    「梓彩、気をつけろ。テスカトリポカはアステカ文明の神話に登場する殺戮を好む邪神の名前だ」
     すると、この仮面の男は「神話に登場する邪神」だというのか?まさか。
    「私と球技をしろ」
     テスカトリポカが梓彩たちに向かって叫んだ。球技?どういうことなのだろう。殺戮ではないのか。
    「なぜ」
    「嫌なら、この場で殺すまで」
    「どうやらやるしかなさそうだ、梓彩」
     ホセはテスカトリポカに向かって走り出した。
    「やれるものなら、やってみろってんだ。うりゃあ!」
     ホセはテスカトリポカに向かって槍を突いた。
    「なに」
     だが、槍はテスカトリポカの手前で静止した。
    「うう、くそう」
     ホセの強靭な肉体をもってしても槍は突くことも引くこともできない。
    「はあっ」
     テスカトリポカの闘気を受けたホセは槍とともに後ろへと吹き飛ばされた。
    「ホセ!」
     梓彩がホセのもとに走り寄る。
    「ホセ、しっかり」
    「ううう」
     命に別状はない。だが、暫くは動けないだろう。
    「私と球技で勝負しろ。勝てば助けてやる」
    「負けたら?」
    「お前の心臓を頂く」
    「いいわ」 
     マヤ文明で行われた球技のルールは概ね「現代のバレーボールと同じ」だ。球を落とさないように打ち合い、落とした方が負け。但し球は非常に硬い素材でできており、手には硬いグローブをはめる。そしてネットはない。芝生で覆われた広い球戯場全体がコートで、走る量は半端ではない。
    「行くぞ」
     テスカトリポカが球を打った。球は勢いよく梓彩の後方へと飛んで行く。球を追って梓彩が懸命に後退する。
    「はあっ」
     どうにか間に合い、球を撃ち返した。
    「痛い。腕が痺れる」
     硬い球を硬いグローブで打つのだから、腕には相当の衝撃がある。梓彩の細腕に激痛が走った。
    「やあっ」
     テスカトリポカはいとも簡単に打ち返してきた。今度は高く打ち上げるように。後退していた梓彩は必死に前に走る。
    「とうっ」
     何とか間に合った。だが、次はもうダメだ。
    「それ」
     テスカトリポカが梓彩の後方に球を打つ。球は梓彩の後方に落下した。
    「お前の負けだ、梓彩」
    「ううっ」
    「では、約束通り、お前の心臓を頂く」
     テスカトリポカが消えた。
    「はっ」
     梓彩は自分の真後ろにテスカトリポカの殺気を感じた。梓彩はテスカトリポカが自分の後ろに瞬間移動したのを知り、急いで振り向いた。
    「うっ」
     テスカトリポカの拳が梓彩の腹に入った。
    「ううっ」
     梓彩は気絶してしまった。そんな梓彩をテスカトリポカが肩に担ぐ。
    「とうっ」
     翼もないのにテスカトリポカは飛翔した。そしてそのまま梓彩を連れて、いずこともなく飛び去って行った。
    「うう、急いで豚どもに知らせなくては」
     一部始終を見ていたホセは傷ついた体を必死に動かし、シトロクに停泊する量子へと急いだ。
    「うう」
    「どうした、ホセ」
    「梓彩が連れ去られた」
    「何だって」
    「すぐに追いかけなくては。奴は梓彩を連れて空を飛んで逃げた」
    「まずは居場所の確認だ」
     チャンは直ちにレーダーを解析した。レーダーに梓彩を示す光点が表示される。
    「西に移動している。それもかなりの速さで。確かに飛行しているようだ」
    「どうしてわかるんだ」
    「梓彩の髪飾りは発信機になっているんだ」
     やがて光点が停まった。
    「梓彩はどうやらメキシコシティの中心部にいるようだ。地図を拡大、場所をより詳しく特定する」
     拡大された地図によると、梓彩が今いる場所は・・・。それを見たホセは納得した。
    「梓彩を連れ去った奴はテスカトリポカといった。もしもそれが事実だとすれば、梓彩がここに連れて行かれたのは不思議じゃあない」
    「場所は確認できた。ジュリー」
    「オーケイ。量子発進!」



  • 「うう・・・」
     目が覚めた梓彩。
    「な」
     梓彩は自分の両手両足首に縄が巻かれ、仮面をつけた男たちがその縄を握り、自分の体をX字に持ち上げていることに気がついた。
     さらに周囲を見回す梓彩。
    「ここは、まさか!」
     梓彩は自分がテンプロ・マヨールの頂にある祭壇にいることを理解した。
     仮面の男たちが梓彩を持ち上げた状態のまま移動し始めた。梓彩は移動する先に三角点を思わせる台形の石を認めた。その石の形はロンドンナショナルギャラリーに展示されている絵画「レディ・ジェーン・グレーの処刑」に描かれた罪人を斬首刑にするために首を乗せる台を思わせた。
     これこそテンプロ・マヨールの「寝台」。但し、これは斬首のためではなく心臓を取り出すための台。梓彩は生贄として今から心臓を取り出されるのだ。
    「い、いや」
     必死に暴れる梓彩。だが仮面の男たちの腕の力は強い。梓彩は手足を動かせない。抵抗できぬまま、梓彩の心臓部分が寝台の上に乗せられた。そして、その横には取り出された心臓を載せる皿を手に持つ石像チャク・モール。
    「ひゃひゃひゃひゃひゃ」
     テスカトリポカが邪悪な笑い声を上げながら、どこからともなく出現。
     さらに別の笑い声が周囲に響く。
    「ひひひひひ」
     その声の主は神官だった。神官は今から始まる儀式に驚喜していた。神官は梓彩の心臓、さらには生皮を心待ちにしているのだ。というのも、儀式では生け贄から剥ぎ取った生皮を神官が纏い「シペ・トテック神」の化身となって踊るからだ。
    「儀式を始めよ」
     テスカトリポカの合図とともに、古代文明時代の人々が遺跡の下の広場で踊り始めた。
    「おおおおおお」
     テスカトリポカが天に向かって祈りを捧げ始める。
    「アステカの都市よ。今こそ蘇れ」
     すると突然、大地が激しく振動した。それも半端な揺れではない。震度7を遥かに超える大地震だ。
    「おおおおおお」
     神殿一帯が浮上していく。ちがう。これは大地震によってメキシコシティ一帯が陥没しているのだ。
    「水だわ!」
     どこからともなく大地から水が湧き上がってきた。水がメキシコシティを飲み込んでいく。やがて神殿一帯は湖の中に囲まれた島のようになった。この姿こそ、この地がメキシコシティと呼ばれる前の、テノチティトランと呼ばれていた頃の風景に他ならなかった。
     アステカ文明の首都テノチティトランが時を超えて復活したのだ。
     首都を囲む「テスココ湖」は逆S字状を描き、湖面の面積は凡そ3000㎢、実にルクセンブルク大公国の総面積に匹敵するという巨大さだ。
    「こ、これは!」
     メキシコシティがテノチティトランへと変わるのを目の当たりにした梓彩は自分の目が信じられない。だが、これは紛れもない事実であった。そして今、自分の身に危機が迫っていることも決して夢ではない。
    「ひーひひひひ」
     神官が梓彩の傍にやってきた。手には玉髄でできた刃を持つ供儀用のナイフが握られている。
    「ひゃー」
     神官がナイフを両手で握りしめ、頭上へと振りあげた。ナイフが梓彩の心臓めがけて振り下ろされる。
     梓彩が殺される。
    「うぎゃあー」
     ナイフが梓彩の心臓に突き刺さる瞬間、神官の体が横に突き飛ばされた。祭壇から突き落とされた神官が頂から下まで階段状の坂を転がり落ちた。
     神官を突き飛ばしたのはチャン。
     一方、ジュリーは梓彩の手足を拘束する4人の仮面の男たちを一掃した。
    「間に合ったな、梓彩」
    「ありがとう」
     梓彩、チャン、ジュリーは祭壇でテスカトリポカと対峙した。
    「テスカトリポカ。あなたの野望は終わりです」
    「それはどうかな?」
    「私の両脇にいる豚は、見た目は豚でも蒼龍と朱雀の化身。あなたに勝ち目はありません」
    「神獣を従える女。お前も私と同じ現人神なのか?」
    「私は只の人間です」
     梓彩はきっぱりとそういった。
    「只の人間が神獣を引き連れたりはしないものだ」
    「テスカトリポカ、おとなしく降参しなさい」
    「ここは祭壇。聖なる場所で争うことは許されん。下へ降りろ」
     テスカトリポカがひとっ飛びで下まで降りる。どうやら降参する気はないようだ。
    「行きましょう」
     梓彩たちも祭壇を降りる。テスカトリポカと梓彩たちはテンプロ・マヨールの下に広がる広場で対峙した。
     チャンとジュリーが前に出る。
    「いつでもいいぞ、テスカトリポカ」
    「遠慮はせんぞ」
     前に突き出したテスカトリポカの両手が光り始めた。
    「神獣ども『ショチピリの呪い』を味わってみるがいい!」
     テスカトリポカの両手の光がチャンとジュリーに照射された。
    「け、けつの」
    「けつの穴が」
     チャンとジュリーはけつの穴が急に痛み始めるのを感じた。
    「これが『ショチピリの呪い』よ。お前たちは痔になったのだ」
    「そんな」
    「バカなー」
     二匹は、けつの穴が痛くて満足に歩くこともできない。こんな状態では、まともに戦うことなどできるわけがない。
    「さあ梓彩。次は、お前の番だ」
     梓彩に痔の危機が迫る。それにしても何と下品な技だ。
     その時。
     白い小さな球のようなものがテスカトリポカの前を通過した。その白い球はやがて梓彩たちの前に止まった。白い球の正体は体長20cmほどの小さな白い犬であった。
    「全く、だらしないキャン」
     白い球はチャンとジュリーの体たらくを見て嘲笑った。梓彩はそんな白い球の姿を見て叫んだ。
    「あなたは『テラ』!」
    「そうだキャン。ぼくは世界一強くて賢い天才犬のテラだキャン」
    「でも、あなたがどうしてここにいるの?」
     その理由はジュリーが知っている。ジュリーが代弁するように話した。
    「お前、さては量子に便乗したな」
     量子の操縦席の後ろで聞こえた「ガサッ」という音は、やはり空耳ではなかったのだ。
    「『局長を護れ』という勇気様の命令だキャン」
     勇気というより、これはきっとジミーの命令に違いない。
    「それにしても君たち。仮にも神獣ともあろう者たちが『ショチピリの呪い』如きにいとも簡単に罹るなんて、まったくなんてザマだ」
    「なんだとー」
    「ま、ここから先はおいらに任せて、ケツの青いお子ちゃまたちは黙って『おいらの戦い』を見ていろキャン」
     テラはそう言い終わるとテスカトリポカに向かって歩き出そうとした。
    「ま、待て」
     チャンがテラを呼び止める。
    「俺達でさえこのザマだ。いくらオナラウッドの技術で改造されているとはいえ、お前じゃ無理だ」
    「フン。そういう言葉は、おいらの姿を見てから言うんだキャン」
     真っ白なテラの体がみるみる真っ黒へと変わっていく。それはまるでポジがネガに変わっていくかのようだ。
    「キャンキャンーっ!」
     やがてテラは真っ黒な亀にその姿を変えた。
    「これは?」
    「玄武?」
    「まあ、そう言うことだキャン」 
     何とテラもまた神獣・玄武だったのだ。チャンとジュリーが銅鐸の塔の力によって神獣となったその日に、テラもまた神獣となっていたのだ。
     テラはテスカトリポカに対峙した。
    「来い、亀」
    「言われなくても行くキャン」
     甲羅に絡まる蛇が口を大きく開く。
    「さあ『亀の呪い』を受けるがいい」
     蛇の口から煙が吐かれ、テスカトリポカの周囲を包む。周囲の時空が歪み始めた。
    「お前の動きを封じた。お前はもう通常の1/100の速度でしか動けないキャン」
     亀の呪いとは、どうやら相手の動きを遅くする能力らしい。
    「さあ、お前の最後だキャン」
     今度は亀の口が大きく開く。中から灼熱の赤い炎が吐き出された。テスカトリポカが赤い炎に包まれる。
    「なに」
     だが、テスカトリポカは何事もないかのように赤い炎の中で腕組みをして立っている。
    「ならば、これはどうだ」
     今度は口からこれまた強烈な白い冷気が放射された。
    「ば、ばかな」
     だが、これもテスカトリポカには通じない。
    「くそう」
    「どうした?何を驚いているんだ」
     しかもテスカトリポカは普通の速度で話をした。明らかにスローではない。
    「『亀の呪い』が通じていない?」
     どうやら、そう言うことらしい。
    「ならば」
     テラは手足と頭を甲羅に引っ込めると、空中に浮かんだ。
    「これでどうだー」
     テラは甲羅を回転させテスカトリポカに体当たりを仕掛けた。だが、テスカトリポカはそれをいとも簡単に両腕で受け止めた。
    「そ、そんな」
    「うりゃあ」
     テスカトリポカはテラの体をラグビーボールのように軽々と蹴り飛ばした。テラの体がテンプロ・マヨール下段の飾り石、生贄になった人々の頭蓋骨をカタコンベ風に彫った石壁に激突した。
    「キャン!」
     衝撃でテラの体は、元の犬の姿に戻ってしまった。
    「くうーん」
     その場に伏せるテラ。テラはもう虫の息だ。チャンとジュリー同様、テスカトリポカの前にはテラも全く歯が立たない。
     その理由をテスカトリポカが語り始めた。 
    「お前、何か勘違いしてないか?私は現人神だ。神獣はその下僕に過ぎん。ましてや私はテスカトリポカ。私を倒せるのは唯一、ケツァルコアトルのみ」
     ケツァルコアトルとは、かつてアステカを支配していた現人神ながら「羽の生えた蛇の姿」で表される平和を愛する神で、テスカトリポカの卑劣な手によってアステカの地を追われた神のことである。神話によれば、アステカの地を去る際、この神は「私は必ずこの地に戻ってくる」と言い残したのだが・・・。
    「奴は二度と、この地には戻って来ん!誰も私を倒すことはできないのだ。ハハハハハ」
     テスカトリポカの高笑い。
    「さてと梓彩、これで、お前を護る者はもういない」
     テスカトリポカは梓彩に向かって歩き始めた。
    「さあ、お前の心臓を私に差し出すのだ」
    「只では、あげないわ」
     梓彩はジャンプした。
    「エッジングキーック!」 
     梓彩はテスカトリポカに向かって飛び蹴りを仕掛けた。だが、そんなものが通用するはずもない。梓彩は直ちに弾き飛ばされ、地面に倒れた。
    「うう・・・」
     テスカトリポカが念動力で供儀用ナイフを神官の手から自身の手にワープさせた。
    「これで最後だ!」
     テスカトリポカが供儀用ナイフを梓彩めがけて振り降ろした。
     だが、その直前、テスカトリポカは後ろからチャンとジュリーの体当たり攻撃を受けた。さすがのテスカトリポカも蹌踉めき、梓彩はかろうじて難を逃れた。
    「うぬぬぬ、邪魔しおって。ならば先に、お前たちから始末してやる」
     テスカトリポカがチャンとジュリーに迫る。必死にショチピリの呪いを解こうと、お尻の穴に精神を集中させるチャンとジュリー。
    「死ね!」
     テスカトリポカの攻撃がチャンとジュリーに迫る。
    「うおおおお」
     地面を横に転がり、かろうじてテスカトリポカの攻撃を避ける。
    「うー」
    「きくー」
     転がった刺激で痔の痛みが背骨を伝って脳天にまで達する。
    「良く逃げたな。だが、今度で終わりだ」
    「くそう」
    「解けろー」
    「さらばだー!」
     テスカトリポカ必殺の一撃が迫る。
    「うおおおお」
    「くおおおお」
     テスカトリポカの攻撃が当たるまさにその瞬間、チェンとジュリーはショチピリの呪いを解いた。
    「なに、呪いを解いた?」
     チャンとジュリーは本来の素早い動きでテスカトリポカの攻撃を寸前に躱すと、そのまま姿を消した。
    「どこだ、どこにいる?」
     周囲を見回すテスカトリポカ。
    「ここだ」
     チャンとジュリーは一瞬のうちにテンプロ・マヨールの頂にある祭壇までジャンプしていた。
    「くそう、これでも喰らえ」
     テスカトリポカの両腕が光る。テスカトリポカが両腕から光線を発射した。チャンとジュリーの体は光線を浴び、炎を上げて激しく燃え始めた。
    「ははははは、死ねー!」
     だが、炎はチャンとジュリーの体を燃やさず、やがて青と赤の二色の炎となって二匹の体を護る様に包み込む。そして最終的に炎はひとつに合体、巨大な紫の炎となった。その炎の中でチャンとジュリーの体がまるで蝋燭のロウが溶けるように溶けていく。
    「何だ、一体全体、何が起こるのだ?」
     紫の炎の中で一匹の神獣が生まれようとしていた。それは蒼龍の首と尻尾、そして朱雀の羽を持つ、文字通り二体の神獣が合体した姿を持つ合体神獣であった。その合体神獣の姿を見たテスカトリポカは、それまでの自信とは一転、全身をわなわなと震わせはじめた。
    「まさか・・・まさか・・・」
     やがて炎は消え、合体神獣は遂にその正体を明らかにした。
    「ケツァルコアトル!」
     テスカトリポカは叫んだ。そう。紫の炎の中から現れた合体神獣こそ羽を持つ蛇の神・ケツァルコアトルだった!羽は朱雀の、蛇は蒼龍の胴体であった。
    「バアアアアーン!」
     ケツァルコアトルの雄叫び。テンプロ・マヨールの祭壇から発せられた、まるでサッカーの実況者が発する「ゴール!」の声のように果てしなく長いその雄叫びはテノチティトラン一帯に轟き渡った。
    「ううっ」
     慄くテスカトリポカの目の前でケツァルコアトルの口が開いた。ケツァルコアトルの口から紫の炎が吐き出された。
    「うわああああっ!」
     テラの赤い炎は全く効かなかったが、この紫の炎はかなり効くようだ。テスカトリポカが苦しみだした。
    「うぎゃああああああ」
     炎が仮面を燃やす。仮面を両手で押さえてもがき苦しむテスカトリポカ。
    「うううううう」
     やがて顔から仮面が外れた。
    「あなたは!」 
     梓彩は仮面の下の顔を見て驚かずにはいられなかった。仮面の下から現れたのは何と一磨の顔だったのだ。テスカトリポカの正体はPIPIRUMAグループ会長、一磨だったのだ。
    「ううーっ」
     一磨が大地に倒れた。梓彩は急いで一磨の傍に駆け寄ると体を抱き抱えた。
    「会長、しっかりしてください!」
    「梓彩」
     それにしても、まさか一磨だとは。
    「私を『邪神の呪い』から解き放ってくれて、ありがとう」
     仮面に宿るテスカトリポカの呪いが解けた一磨は完全に正常に戻っていた。
    「会長、大丈夫ですか?」
    「ああ、大丈夫だ」
     一磨が生きていた。いや、テスカトリポカのおかげで生き返ることができたのだ。テスカトリポカ様様である。
     ということは翔太も?
    「ああ。翔太も生きている。翔太は、私よりも先に別の神の力を得て復活した」
    「別の神?それはどんな神なのですか」
    「そこまで分からない。だが、翔太もまた神の力によって生き返り、世界のどこかにいることは間違いない」
     翔太が生きている!梓彩は一瞬、喜んだ。
    「梓彩、翔太を探すのだ」
     言われるまでもない。梓彩は必ず翔太を見つけ出すと心の中で決意していた。
     ケツァルコアトルから再び元の姿に戻ったチャンとジュリーが梓彩のもとにやってきた。
    「梓彩」
    「チャン、ジュリー。ありがとう」
     この時、梓彩は現状に気が付いた。
    「そうだ、みんなは?メキシコシティにいるPIPIRUMAの社員のみんな、それにホセは?」
     メキシコシティはテノチティトラン以外、完全に水没しきっていた。みんな水の底に沈んでしまったのだろうか?
    「おーい」
     梓彩たちの耳に声が聞こえた。梓彩たちは声のする方を向いた。すると、ホセをはじめ元PIPIRUMAの社員たちが量子の上から梓彩たちに向かって手を振っていた。
     彼らは無事であった。
     やがて水が引き始め、そして再びメキシコシティがその姿を現したのだった。



  • 「ホセ、ありがとう」
    「梓彩も元気でな」
     梓彩が宇宙遠洋漁船量子に乗り込む。
    「量子、発進」
     梓彩、チャン、ジュリー、一磨、そしてテラはメキシコを後にし、ニッポンへと戻っていった。
  •  
    コックローチ劇場版5「アステカの神話」 完     



  •  次回は8月6日(金)公開。
     お楽しみに。



  • 11

  •  四神

     それは東西南北を司る神獣。東の蒼龍・西の白虎・南の朱雀・北の玄武。
     蒼龍・朱雀・玄武は既に登場。残すは白虎のみ。だが、実のところ四神を構成する神獣は、もう一体いる。それは「麒麟」。麒麟こそが東西南北の中央に位置する神獣なのだ。

     アフリカ大陸。
    「ひゃひゃひゃひゃひゃ」
     密猟者どもが珍獣を追ってライフルを手にジープで荒野を駆け巡る。
    「いたぞ。アフリカゾウの群れだ」
     それにしても世紀末だというのに、こんな奴らが未だにいるとは。
     野盗が勢力を拡大、組織化されてくると、やがて豪族になる。すると領土や食料だけでなく「己の権威の象徴」となる財宝を欲するようになるのだ。こうした豪族たちは宝石や貴金属をはじめ積極的に動物の毛皮や牙などを求めたのである。
    「よーく狙えよ」
    「わかってるって」
     密猟者がライフルの照準をアフリカゾウに向ける。
     その時。
     密猟者のジープを長く大きな影が覆った。密猟者たちは後ろを振り向いた。
    「うわああああ!」
     密猟者たちは瞬く間に全員、殺害された。長く大きな影の持ち主が密猟者どもを殺したのだ。

     銅鐸の塔。
     機能が正常に戻ったジコマンコンピュータを用いて帆乃香が「現人神・神獣」の存在を探査していた。
    「望、局長を呼んできて」
     梓彩がコンピュータルームにやってきた。
    「局長、アフリカ大陸に『聖なるエネルギー』を探知しました」
    「本当ですか」 
    「これを見てください」
     世界地図を表示するモニターのアフリカ大陸北部に光点が映し出されていた。
    「ここに翔太が」
     この光点が翔太だという保証はない。だが、梓彩は希望に胸を躍らせた。
    「ありがとうございます。早速、確認に行きます」
    「気をつけてね」
     梓彩はアフリカ大陸に飛んだ。



  • 「現在、高度100kmを飛行」
     見た目は遠洋漁船でも量子は宇宙船。ニッポンからアフリカを目指すとなれば弾道飛行するのが手っ取り早い。
    「本当に地球は青いわ」
     オクト星人との戦いも3億年彼方の旅も知らない梓彩はこの時、初めて宇宙空間に出た。
    「こうやって宇宙から眺める分は、地球は実に美しい星だな」
     チャンがそういった。そこには「地上は決して美しい場所ではない」という意味が込められていた。
    「海の青さは確かに美しいが、陸地は肌色の砂地ばかりで、あまり美しくないな」
     ジュリーのこの言葉によって、この時代の地球は「緑が少ない」ことがわかる。温暖化と核戦争によって地上の緑は激減していた。
    「ガガーリンを気取るのもいいが、梓彩は女性なんだから、テレシコワにはならないのか?」
    「私はゴキブリ。それにユリカモメは嫌いよ」
     最近は銅鐸の塔を根城にするユリカモメの糞によって銅鐸の鰭が汚れる被害が深刻化していた。いかに核爆発のエネルギーを瞬時に吸収するバリア兵器といえども、ユリカモメの糞攻撃には全くの無力であった。
    「大気圏再突入」
     量子が大気圏に突入。表面温度が数千度に上昇。量子の周囲を流れる空気が真っ赤になった。

     真っ赤な空気が再び無色に戻った。
    「現在、成層圏を飛行。このまま対流圏まで降下する」
    「観測データによれば今日は風が強いようだ。揺れに注意してくれ」
    「イエッサー」
    「今日は『ラジャー』じゃないんだ」
    「次回は『アイアイサー』にでもするかな」
     ジュリーは最近、読書に嵌まっていて、いろいろと知識を身につけている。
    「きゃあ」 
     梓彩が危うく転倒しそうになる。観測データの通り、対流圏は普通の旅客機であれば空港への着陸を断念するほどの強風であった。梓彩は艦長席に座った。
    「真下に何かあるぞ」
    「あれこそが有名なギザのピラミッドだ」
     量子の眼下にギザの三大ピラミッドとスフィンクスがあった。
    「核戦争にも生き延びる。古代文明の遺産はやはり偉大だ」
    「それより、何処に着陸するんだ」 
    「ナイル川でいいんじゃないか?」
    「無理だ。この時期のナイルはいつ反乱するかわからない」
     アスワンハイダムは核攻撃の標的となって既にない。ナイル川は昔の水量を取り戻していた。上空から眺めるナイル川の両岸には緑が鬱蒼と生い茂っている。まるで砂漠の中を走る緑の道のようだ。サハラ以南においても砂漠化が進んでいる今のアフリカでは、ここは数少ない水と緑のオアシスだ。
    「なら、カイロだな。廃墟の方が量子を隠しやすい」
     その時。
    「うわっ!」
    「どうしたんだ、ジュリー」
    「話していたから、前を見ていなかった」
     量子はサハラ砂漠の山に突っ込んだのだ。サハラ砂漠は自然の風によって刻々と姿を変える。たまたま量子の目の前に大きな砂山ができていたのだ。
    「丁度いい、このまま着地してしまおう」
     量子は砂の坂の上を海原のようにザザザーっと滑りながら下った。量子は砂山と砂山の間にできた谷の部分で停止した。
    「よーし、止まった」 
    「強引よ、ジュリー」
    「ここなら、いずれ砂に埋もれて隠れるだろう。絶好の着陸場所だ」
     量子は梓彩の腕時計に仕込まれたリモート機能で浮上できる。砂の中に隠すのは都合がいい。
     量子、チャン、ジュリーは生まれて初めて砂漠の上に降り立った。
    「思ったよりも歩けるもんだな」
     思ったよりも砂に足が潜ることなく梓彩、チャン、ジュリーはギザのピラミッドに向かって歩き始めた。
     ギザには間もなく到着した。
    「アステカのものよりもでかいな」
    「そりゃそうさ。高さはほぼ『銅鐸の塔と同じ』だからな」
     ギザで最も高いピラミッドは現在138,8mの高さがある。ちなみに銅鐸の塔は136m。
    「あれは何だ?」
     チャンがスフィンクスの足元あたりに煙が立ち上るのを発見した。
    「誰かいるようだな」
    「行ってみましょう」
     ゆっくりと近づいてみると。
    「キャンプだわ」
     そこにはテントが幾つも張られ、キャンプ場となっていた。善か悪かは、まだわからない。
     チャンが偵察に行く。チャンがキャンプ場内に入った時、それをキャンプの人間が見つけた。
    「豚だ、豚がいるぞ」
     瞬く間にテントの中から人間が次々と出てくる。
    「食料に丁度いい」
    「捕まえろ」
     どうやら、悪のようだ。チャンは直ちに逃げた。足技を得意とするチャンの逃げ足は一級品だ。人間どもはあっという間にチャンを見失った。
    「危ない、危ない」
     チャンはテントのひとつに入った。
    「これは」
     チャンは彼らが悪であることを示す決定的な証拠を一つ手に入れると、この場を退散した。

     チャンが戻ってきた。
    「どうやら『悪い奴ら』の様ね」
    「戦利品を持ってきた」
    「これは、象の牙ね」
     奴らは、どうやら密猟者のようだ。「翔太を探す」という目的からは逸れるが、こんな奴らを野放しにしておくわけにはいかない。
     中央アフリカの砂漠化により、多くの動物ともども象もまた生息地域をナイル川沿いに北上してきており、密猟者にとってこの辺りは格好の密猟場所となっていたのだ。
    「『コックローチの掟』により、彼らを始末しましょう」
    「密猟者だから、きっとライフル銃くらいは持っているぞ」
    「そうね。夜を待ちましょう」
     そして夜がやってきた。砂漠から眺める月の何と美しいこと。
    「そろそろ行きましょう」
     その時。
    「ぎゃあ」
    「ぐわあ」
    「うええ」
     密猟者のキャンプから悲鳴が聞こえてきた。さらには銃声も。
    「何かあったのかしら?」
     キャンプへと急ぐ。どうやら梓彩たちよりも先にキャンプを何者かが襲ったようだ。
    「何だ、あの黒い影は?」
     チャンはキャンプの中を走る長くて大きな黒いシルエットを目撃した。
    「あれは・・・キリンだわ」
     何とキリンがキャンプを襲っていたのだ。その光景を茫然と眺める梓彩たち。やがて騒ぎは収まり、砂漠に再び静寂が戻った。
    「行きましょう」
     梓彩たちはキャンプへと向かった。
    「これはこれは」 
    「容赦なしだな」
     密猟者は全員殺害されていた。
    「さっきのキリンの仕業か」
    「まるでコックローチみたいね」 
     そうなれば、するべきことはひとつ。
    「さっきのキリンを追いましょう」
     梓彩はこのキリンが「只のキリンではない」と踏んだのだ。
     キリンを追う途中、梓彩は私見を語った。
    「あのキリンはきっと神獣よ」
    「アフリカの神獣が密猟者を懲らしめたんだな」
    「『ものわかりのいい奴』だといいがな」
     チャンの鼻がキリンの匂いを確実に感知する。
     だが。
    「奴はナイル川の中を移動した。ここから先は匂いがない」
     ナイル川の中を移動。首の長いキリンならではの行動と言えよう。追跡は諦めるしかない。
    「いえ。まだ諦めるのは早いわ」
     梓彩は左腕の時計のダイヤルを捻った。すると、やがて量子が飛んできた。
    「さあ、続けましょう」
     梓彩たちは量子に乗った。
    「赤外線センサー作動」
     赤外線センサーを用いれば夜だろうと熱源をはっきりと探知することができる。
    「いた。2時の方向、距離およそ2km」
    「了解」
     上空に接近。
    「センサーの反応からすると、確かにキリンだな」
     赤外線センサーにはナイル川の中を歩行するキリンの姿がはっきりと映し出されていた。
    「おっと、陸に上がったぞ」
    「近くに降ろして」
     量子は近くの密林に着陸した。量子を降りて、歩きでキリンに接近する。
    「あれだ」
     特徴的なキリンのシルエット。ゆっくりと近づく。
    「行くわよ」
     梓彩はサーチライトでキリンを照らした。
    「あっ」
    「これは」
    「キリンじゃない!」
     キリンと思っていた追跡していた動物は全身、真っ白であった。キリンと言えば黄色い肌に茶色い斑がある。
    「お前たちは誰だ?」
     これは白い謎の生き物の言葉。
    「あなた先程、密猟者のキャンプを襲いましたね」
    「お前たちは、奴らの仲間か」
    「違います。私たちもキャンプを襲う予定だったのですが、あなたに先を越されたのです」
     梓彩の言葉に白い動物は首を傾げた。
    「ところで、キリンのように首が長く、全身が白い貴方は何者なのですか?」
    「私はキリンだ」
     そう。この白い動物は非常に珍しい「白いキリン」なのだ。
    「ひょっとして、あなたは神獣なのでは?」
    「よく知っているな。おや、よく見れば、そこにいるのは蒼龍と朱雀ではないか」
    「俺たちの正体がわかるのか」
    「姿を変えていても波動でわかる」
    「あなたは、いかなる神獣なのですか」
    「私は麒麟だ」
    「それは判りました。あなたは何の神獣なのですか」
    「だから麒麟だってば」
     この白いキリンこそ四神の中央に位置する「麒麟の能力」を宿す神獣なのであった。

     夜が明ける。
     陽の光の下で見るキリンは、もしも動かなければ大理石像の様であった。



  • 「私の根城はここから離れた場所にある。来るか?」
    「興味あるわ」
    「なら、来るがいい」
     白いキリンはナイル川の上流へと歩き始めた。暫く歩くと古代の宮殿の廃墟に出た。
    「ここは『デル・エル・アマルナ』だ」
     デル・エル・アマルナ。トット・アンク・アメンの父親であるアク・アテン王の「夢の跡」。梓彩は興味を覚えた。だが、白いキリンは「早く通過しよう」といった。
    「なぜ?」
    「この地は個人的に好かん。この地は何かに『呪われている感じ』がする」
     白いキリンと梓彩たちはデル・エル・アマルナを通過、そのまま南下した。
     一行はやがてテーベに到着した
    「ここが私の住居だ」
     それはアメン神を祀るルクソール神殿だった。

     その日の深夜。
    「うーん、眩しい」
     梓彩は昼間の太陽のような眩しさに目を覚ました。
    「もう朝なの?」
     チャンとジュリーも眩しさに目を覚ました。梓彩たちは白いキリンを探した。白いキリンも既に目を覚ましていた。
    「おはよう」
     梓彩は白いキリンにそう話しかけたのだが。
    「『おはよう』じゃない。今はまだ深夜の2時だ」
    「でも、朝日が昇っているわ」
    「あれは朝日ではない」
    「そんなわけないじゃない。どう見たって朝日よ」
    「じゃあ訊くが、あれはどの方角だ?」
     太陽は北の地平線の上に輝いていた。
    「太陽が北から昇ったりなどするものか」
     言われてみれば、確かにそうだ。
    「じゃあ、あれは何なの?」
    「デル・エル・アマルナの亡霊だよ」
    「亡霊?」
     亡霊と聞いて半分眠っていた梓彩の脳みそは一気に目覚めた。
    「デル・エル・アマルナの上には時々、真夜中に太陽が昇るんだ」
    「そんなわけが」
    「だからあそこを通る時、私は『早く通過しよう』といったんだ」
    「行ってみましょう」
    「なんだって」
    「北の空に昇る太陽の正体を探りましょう」
    「冗談だろ。正気の沙汰じゃない!」
    「私はいたって本気よ。謎の怪現象なんて興味が湧くじゃない」
    「私は御免だよ」
    「いいわよ。あなたは残って。チャン、ジュリー、行くわよ」
     チャンとジュリーは梓彩を守護する神獣。梓彩の命令に逆らうはずもない。結局、白いキリンを残して梓彩たちはデル・エル・アマルナの太陽の正体を突き止めるべく、テーベを出立した。

     デル・エル・アマルナに近づくにつれ、太陽は上に移動する。だが、それは太陽が昇っているからではなく、太陽がデル・エル・アマルナの真上で輝いているからに他ならない。
    「やはり、あの太陽はおかしいわ」
     慎重に接近する梓彩たち。
    「あれは?」
     そんな梓彩たちの前に、太陽を逆光に人影が一つ見えた。
    「誰かいるわ」
     その人影が梓彩たちに声をかける。
    「ここから先は行っちゃ駄目だよ」
     その声から、梓彩はまだ年の若い少年であることを知った。傍まで寄ってみれば、果たして10歳ほどの少年であった。
    「ここから先へ行っては駄目だよ」
    「どうして?」
    「行った者は、みんな帰ってこない。太陽に食べられたんだ」
    「太陽に食べられた?」
    「僕のパパとママも帰ってこない」
    「あなたの名前は?」
    「ビア」
    「あなたのパパとママを探してきてあげるわ」
     そういって、梓彩はビアの脇を通り抜けた。
    「行っちゃ駄目だよ。死んじゃうよ」
    「大丈夫よ。私たちは悪い太陽をやっつけに行くのよ」
    「そんなの無理だよ。あの太陽は悪魔なんだ」
     梓彩はビアの言葉を無視して先を急いだ。否、ビアの言葉を聞いてますます「行かねば」と決意したのだった。
     やがて梓彩たちはデル・エル・アマルナに到着した。
    「確かに、太陽は真上にあるわ」
     頭上に輝く太陽。真上から輝くゆえに梓彩たちの影は足元にしかない。
    「こいつの正体を探らないと」
    「俺の出番だな」
     ジュリーが朱雀に変身した。
    「ちょっと接近してくる」 
     ジュリーが飛翔する。ジュリーは太陽よりもさらに上に飛んで、上から太陽を観察する。
    「高さはざっと400mくらい。大きさは結構小さいな」
     ジュリーは太陽に攻撃を仕掛けてみることにした。ジュリーは翼を大きく広げると、羽を手裏剣のように発射した。すると、太陽は直ちに反応した。
    「な」
     太陽から無数の人の手の形をした手刀がジュリーめがけて伸びた。無数の手刀がジュリーの体を切り裂く。
    「うわあああ!」
     手刀で全身を切られたジュリーは地上に落下した。ジュリーの姿が豚に戻る。
    「ジュリー!」
     梓彩とチャンがジュリーの傍に駆け寄る。
    「うう、やられた」
    「ジュリー、しっかりして」
    「大丈夫。致命傷じゃない。だが、奴の攻撃は厄介だ」
    「上で何があったの?」
    「太陽から無数の手刀が伸びてきた」
    「手刀?」
    「そうだ。見間違いじゃない。あの太陽は生き物、それも人間だ」
     このジュリーの言葉が嘘でないことは、間もなく明らかとなった。太陽の中心から突然、千手観音像のように無数の手刀が地上にいる梓彩たちめがけて伸びてきたのだ。
    「きゃあ」
    「ぐわあ」 
     かろうじて急所は避けたものの、全身を切り刻まれる梓彩とチャン。
     再び無数の手刀が迫る。
    「どこかに隠れなくては」
     だが、太陽は真上にある。
    「きゃあ」
     またも全身を切り刻まれる。
    「このままではやられる。太陽の真下から移動しなくては」
     梓彩たちは必死に太陽の傍から離れた。
     再び手刀攻撃が迫る。
    「あそこがいいわ」
     梓彩たちは折れた石柱の付け根部分に身を潜めた。手刀は石柱に遮られた。
     そして梓彩は、この攻撃の時に「手刀の特性」を見抜いた。
    「この手刀は影の中は通らない」
     石柱から伸びる影の中に入ると手刀が消滅するのを梓彩は鋭い洞察力によって瞬時に発見したのだ。
    「この手刀の正体は『太陽の光』そのものなのよ」
    「みんな、あれを見てくれ」
     チャンが何かを発見した。それは遺跡の壁に彫られた彫刻だった。その彫刻には太陽から無数の手刀が伸びている図が描かれていた。
    「あれは『アテン神』だ」
     ジュリーが解説する。
    「デル・エル・アマルナを建設したアク・アテン王が崇拝した太陽円盤だ」
     アク・アテン王はそれまでエジプトの守護神であったアメン神を捨ててアテン神を崇拝した。その結果「エジプトの国力は衰退した」と後世の考古学者は分析する。
    「これでわかったわ。あの太陽の正体はアテン神ね」
    「ジコマンコンピュータが誤作動した際に現代に復活したんだな」
    「奴は強敵だ」
     この時、チャンは少年の言葉を思い出した。
    「奴はまだ完全復活していないはず。だから人間を次々と殺しているに違いない。自らの力を復活させるために人間を生贄として食っているんだ」
    「なら、今のうちに倒さねば」
    「でも、どうすればいいの」
     再びアテン神が無数の手刀で攻撃してきた。石柱が徐々に切り刻まれる。
    「このままだと石柱がなくなるぞ」
    「奥の手を使いましょう」
     梓彩は時計のダイヤルを捻った。
    「量子、来て頂戴」
     量子が自動操縦で飛んできた。
    「核融合砲発射」
     遠隔操作で量子は核融合砲をアテン神に向かって発射した。
     その直後。
    「暗闇になった」
    「奴が消えて、夜に戻ったんだ」 
    「ということは、やったのか」
     さしものアテン神も「オナラウッドの超科学力の前には無力だった」ということか?
    「あれを見ろ」
     チャンは地上にキラキラと輝くものを発見した。
    「うう」 
     それは全身を金色に輝かせた下半身が膨らんだ長身の男であった。
     この男こそ、太陽円盤から現人神へと姿を変えたアテン神に他ならなかった。核融合砲はアテン神にダメージを与えはしたが、殺すまでには至らなかったのだ。下半身が膨らんだ長身の男の姿はアク・アテン王の石像に瓜二つだった。
    「お前ら、許さんぞ」
     アテン神が梓彩たちに怒りを抱いていることは明白だった。
    「今なら倒せる」
     梓彩たちは果敢にアテン神に攻撃を仕掛ける。 
     そう。今なら倒せる。そしてそれはアテン神自身がよくわかっていた。だからだろう、アテン神は姿を黒雲に変えてその場から消えてしまった。
    「くそう、逃げたか」
    「卑怯者め」
    「仕方がないわ」
     梓彩たちは量子でテーベへと戻った。

     デル・エル・アマルナから無事に戻ってきた梓彩たちを見た白いキリンは仰天した。
    「まさか、アテン神を倒すとは」
     だが、梓彩はその言葉を否定した。
    「弱らせはしたけれど、あいつはまだ生きているわ。完全復活の前に確実に仕留めないと」
    「このルクソール神殿はアメン神を祀る神殿。アテン神とは敵対関係にある。私自身、アメン神に仕える神獣。ゆえにここを根城にしている。アテン神とはいえ、ここだけは迂闊には攻撃できない」
    「でも、いつまでも砦に籠っていては、あいつは倒せないわ。こちらから打って出なきゃ」
    「これからは私も戦おう。あなたたちに勇気をもらった」
    「あなた『アメン神に仕える神獣』といったわね」
    「ああ」
    「あなたが仕えるアメン神はどこにいるの?」
    「いない」
     梓彩は「そんなはずはない」と思った。アメン神に仕える神獣が復活したからには、アメン神もまた復活しているはずだ。梓彩は確信していた。今度の戦いに勝利するためには「アメン神の力が必要」だと。
     一刻も早く「アメン神の宿る者」を探さなくてはならない。

     翌朝、少年ビアがルクソール神殿にやってきた。
    「あなたは、この前の」
    「北の太陽が突然、消えた。お姉ちゃんたちが倒したんだね」
    「まだよ。あなたのご両親の仇はまだ、どこかで生きているわ」
     ビアは地元の少年。もしかしたらアメン神が宿る者について知っているかもしれない。梓彩はビアに質問した。
    「この付近に『勇敢な若者』はいる?」
    「知らない。若い大人はみんな死んでしまったか、あるいは逃げてしまったよ」
    「そう」
    「このテーベのまちにいるのは子供と老人ばかりだ」 
     アテン神のおかげで、この街には若者どころか野盗さえもいないのだ。
    「あなたはこの街の人間ね」
    「そうだよ。でも家はもうない。だから毎日、いろいろなところを歩いて食べ物になりそうな植物を探しているんだ」
     なんて可哀想な。
    「だったらここにいるといいわ。ここなら水も食料もあるわ」
     かくしてビアはルクソール神殿の住人となった。
     それはともかく、一刻も早くアメン神の宿る者を探さねばならない。梓彩はチャンとジュリーを探索に出した。
     チャンは北のアレキサンドリアへ、ジュリーは南のヌビアへ向かった。

     その日の深夜。
    「ま、まさか」
     ルクソール神殿の頭上に太陽が輝く。そう。アテン神が遂にアメン神の神殿を攻撃するべくやってきたのだ。
     今、ここには梓彩と白いキリンしかいない。
    「影に隠れるのよ」
     梓彩が叫ぶ。白いキリンは列柱の影に隠れた。
     アテン神から無数の手刀がルクソール神殿めがけて伸びる。手刀は手当たり次第に神殿を破壊していく。
     だが、神殿にいたのは梓彩と白いキリンだけではなかった。もうひとり、新たに神殿の住人となっていた少年ビアもまた必死になって逃げる。そのビアに向かって無数の手刀が伸びる。
    「ああっ!」
     ビアがやられる。
     その時。
     ビアに向かって伸びる手刀が停まった。手刀はビアの体を切り裂かない。その後も手刀はビアの体を切り裂かなかった。それはまるでビアがバリアに包まれているかのようであった。その光景を柱の影から見た梓彩。
    「まさか、このビアという少年が!」
     梓彩が探し求めていた「アメン神を宿す者」は、まさにこのビアであった。
     そもそも、多くの人々が夜中に輝く太陽の光に魅せられて自ら進んで生贄となったのに、ビアだけが、その邪悪さを見抜いていた。それはビアが「聖なる魂の持ち主」だったからだ。そしてアテン神がここに来たのも、アメン神の力を体内に宿すビアがルクソール神殿に入ったことを知ったからなのだ。アメン神はビアの体に眠るアメン神の力が覚醒する前にビアを殺そうというのだ。
     アテン神は執拗にビアに攻撃を仕掛ける。
    「拙いわ」
     さしものビアも徐々にアテン神が繰り出す手刀攻撃を防ぎきれなくなってきた。
    「ビアを助けなくては」
     だが、柱から出ようにも梓彩にも手刀が伸びる。梓彩は一歩も動けない。
    「このままでは、ビアの命が」
     その時。
    「ヒヒーン」
     白いキリンがビアの傍に走り寄った。白いキリンはビアを口に咥えるとその場を逃げ出した。
    「逃がすか」
     そんな白いキリンに手刀が伸びる。白いキリンが切り刻まれる。白いキリンは転倒。ビアは投げ出された。
    「うう」
     必死にビアの傍に寄る白いキリン。ビアもまたそんな白いキリンのもとに寄る。そんなふたりに手刀が伸びる。
     手刀がふたりを切り裂く直前、ビアは白いキリンの頸に抱き着いた。
     その時。
     キリンの姿が変化し始めた。白いキリンが金色に輝き始めた。そしてキリンの特徴である長い頸がどんどん短くなる。それに合わせて額から一本の真っ直ぐな角が生えてきた。よく見れば首だけでなく体形そのものが、キリンから馬へと変化している。
    「ええい、喰らええ」
     アテン神が無数の手刀を伸ばす。
     だが、手刀はキリンとビアの前ですべて消滅した。
     キリンの変身が完了した。黄金に輝く一角獣。これこそが神獣・麒麟の姿だ。そして麒麟の背にはビアが跨る。そんな彼らの全身からは実に神々しい光が放たれていた。
    「そういうことだったのね」
     梓彩はアテン神の手刀を「光」と思っていたが、それは完璧な誤りだったのだ。本当の光はアメン神が発する光で、アテン神の発する光など、その前には影なのだ。影ゆえに手刀はアメン神が発する光を浴びた瞬間、消えたのだ。
     更には上空で輝く太陽さえもが光らなくなった。そして太陽の中心には黒い人影。
    「うぬぬぬぬ」
     その黒い人影こそアテン神の真の姿であった。
    「おのれー」
     アテン神が黒い手刀を繰り出す。だが、通じない。黒い手刀はビアの前で次々と光に飲み込まれ消滅する。
    「お前を消滅させる」
     初めてビアが口をきいた。その声はとても10歳の少年とは思えないエジプトを統治する善神に相応しい威厳に満ち溢れていた。
    「やあーっ」
     ビアが右手を挙げた。手の平から光線が発射される。光線がアテン神を直撃。
    「うぎゃああああ!」
     聖なる光を浴びて、もがき苦しむアテン神。
    「うがあ、うぎぎ」
     アテン神の黒い体が薄くなっていく。
    「あばばば」
     やがてアテン神は完全に消滅した。ビアと麒麟は輝くのを止め、再び辺り一帯は夜の闇に包まれた。
    「終わったのね、ビア」
     梓彩はビアのもとに歩み寄った。
    「ぼくがアメン神だなんて」
     麒麟に跨るのは紛れもない、あのあどけない少年。だが、その体には紛れもなくアメン神の魂が宿る。
    「見事だったわ」
     梓彩はビアを褒めた。
    「その姿、よく似合っているわ」
    「やめてよ。ぼくは只の人間だよ」
    「そう、只の人間。その気持ちを決して忘れないようにね」
     再びルクソール神殿が明るくなる。東から本物の太陽が昇りはじめたのだ。
    「やっぱり本物が一番、美しいわ」



  •  チャンとジュリーが収穫ゼロで戻ってきた。ジコマンコンピュータが検知したのは結局、ビアに宿るアメン神の魂であった。残念ながら、ここに翔太はいなかった。
    「量子、発進」
     梓彩、チャン、ジャリーは平和を取り戻したアフリカを去ってニッポンへ向けて飛び立っていった。

  • つづく     



  • 次回予告

  • 「まあ、なんて美しい海」
     そこはエーゲ海。青い海に見惚れる梓彩。
     その時、浜辺を一匹の牛が歩いているのを見つけた。
     牛?そう、牛だ。
    「どうして、こんなところに牛がいるんだ?」
    「どうも怪しい」
     不審に思うチャンとジュリー。
    「ともかく追いましょう」
     梓彩たちは牛のもとに歩いて行った。傍に寄ってみると、やはりそれは牛だった。
    「お前、何処から来たの?」
     梓彩の声に反応したのか?牛は浜辺にしゃがみ込んだ。
    「実に立派な角だわ」
     梓彩が角を握った瞬間。
    「きゃあ!」
     牛は突然、梓彩を背中に乗せて立ち上がると、海をめがけて走り出した。しかも牛はそのまま海の中を泳ぎ始めた。それもレース用のパワーボートのような途轍もない速さで。そんな姿をあっけに取られて眺めるチャンとジュリー。
     やがて二匹は梓彩を追いかける必要があることを悟った。

    次 回の舞台は「ギリシア」。
     果たして牛の正体は?

  • 続々・コックローチ12

  •  8月20日(金)発表。お楽しみに。



  • 12

  • 「今度こそ翔太だといいのだけれど」
     梓彩と僕たちはギリシャへと飛んだ。
     チャンとジュリー。ふたりはもはや子豚ではなく、良く肥えた大人の豚に成長していた。チャンの体が大きいのは大ヨークシャーだから。中ヨークシャーのジュリーは体が小さい。
    「着陸」
     量子はパルテノン神殿の中に着陸した。大きさ的に丁度、収まるサイズ。おまけに屋根もない。量子にとっては格好のドックだ。
    「これっていいのかしら。天罰とかあたらない?今は古の神々の復活した時代なんだから」
    「神獣に天罰もへったくれもない」
    「そういうこと」
    「でも、私は人間よ」
    「心配ない」
    「天罰なんか気にするのはニッポン人の悪い癖だ」
     天罰は「遊んでばかりいた結果、受験に失敗した」といったように、生命境涯の低い人間が自らの愚かな振る舞いによって自ら与える自業自得であって、神様が与えるものではない。
    「それよりも、ここのどこかにいる『聖なる存在』を見つけ出さないと」
     梓彩たちは量子から降りた。

    「梓彩、さあ」
     チャンが梓彩を急かす。
    「嫌だわ」
     梓彩が拒む。
    「どうして」
    「しょうがないわね」
     梓彩はチャンの背中に乗った。
    「行くぞー、ハイヨー」
     チャンとジュリーはアクロポリスの丘から一気に駆け下り始めた。
    「きゃあ」
    「どうだい梓彩、自分で歩くより楽だろう?」
    「激しく揺れないで頂戴」
     チャンは自慢気だが、梓彩とすれば「有難迷惑」だ。一方、ジュリーはチャンを羨ましがっていた。
    (俺は体が小さいから梓彩を背負って走れない。くそっ)
     パルテノン神殿同様に屋根の崩落したプロピュライア(楼門)を抜け、これまた屋根のないヘロデス・アッティコス劇場の観客席を階段のように一気に降る。ヘロデス・アッティコス劇場の正面ファザードを抜ければ、そこからはアテネ市街だ。
     市街からは人の気配が全くしない。核戦争後、アテネ市街は完全に放棄され、無人の廃墟となっていた。
    「さて、これからどうするの?」
    「上空から見たところ街は南西に向かって伸びていたから、南西に向かっていこう」
     梓彩たちは南西に向かって進むことにした。
     アテネ市街はやがてピレウス市街となった。これまた無人。
    「海だわ」
     梓彩たちはエーゲ海に到達した。左手の海岸線はスニオン岬に向かって伸び、右手にはサラミス海峡が見える。
    「なんて美しい海なんでしょう」
     青い海に見惚れる梓彩。
     その時、浜辺を一匹の牛が歩いているのを見つけた。
     牛?そう、牛だ。
    「どうして、こんなところに牛がいるんだ?」
    「どうも怪しい」
     不審に思うチャンとジュリー。
    「とにかく追いましょう」
     梓彩たちは牛のもとに歩いて行った。傍に寄ってみると、やはりそれは牛だった。
    「お前、何処から来たの?」
     梓彩の声に反応したのか?牛は浜辺にしゃがみ込んだ。
    「実に立派な角だわ」
     梓彩が角を握った瞬間。
    「きゃあ!」
     牛は突然、梓彩を背中に乗せて立ち上がると、海をめがけて走り出した。しかも牛はそのまま海の中を泳ぎ始めた。それもレース用のパワーボートのような途轍もない速さで。そんな姿をあっけに取られて眺めるチャンとジュリー。
     やがて二匹は梓彩を追いかける必要があることを悟った。
    「いくか」
    「そうだな」
     二匹はそれぞれ蒼龍と朱雀に変化。空から梓彩を乗せた牛を追跡することにした。



  •  無人のまちの中をひとりの老人が散歩していた。
    「おやおや」
     老人は二匹の豚を連れた若い美女を見つけた。
    「か、かわいい」
     老人はたちまち発情した。この美女と性行為がしたいと思ったのだ。美女と豚はそのまま海の方へと歩いて行った
    「よし。先回りじゃ」
     老人は先に海へと出た。
    「変身」
     老人は牛にその姿を変えた。
    「来た来た」
     やがて梓彩たちが浜辺にやってきた。
    「作戦開始じゃ」



  •  梓彩を背中に乗せた牛はピレウス市街からほど近い場所に浮かぶ小島・アエギナ島に上陸した。勿論、無人だ。
    「ここならば誰もおらん」
     牛は再び老人に姿を変えた。
    「あなたは誰!」
     驚く梓彩。
    「儂はゼウスじゃ」
    「ゼウス?ゼウスってあの」
    「あの、ゼウスじゃよ」
     ゼウスとはギリシャ神話に登場する最高神。雷を操る神で、帝釈天と同一という説もある。根っからのドスケベで、いろいろな美女と交わったことで有名な神だ。
    「さあ、美しい娘よ。そなたに最高の快楽を与えよう」
     ゼウスを名乗る老人は文字通り両手をいっぱいに広げて梓彩に飛び掛かった。
    「冗談でしょう」
     梓彩は素早く身を躱した。ゼウスは砂地に頭から突っ込んだ。
    「ぶっぶっぶっ」
     口に入った砂を吹き出すゼウス。やがて、チャンとジュリーが空から降りてきた。
    「大丈夫か、梓彩?」
    「私は平気」
    「このオジンは誰だ?」
    「オジンとは失礼な。こう見えても儂はギリシャの最高神・ゼウスじゃ!」
    「は?」
    「マジ?」
     チャンとジュリーは全く信用していない。
    「おぬしたち、信じておらんな」
    「その通り」
    「信じてない」
    「うぬら神獣の分際で現人神を愚弄するとは不届き至極。そういう奴には、お仕置きじゃ」
     ゼウスが右手を高く振り挙げると突然、空から雷が落ちてきた。
    「うわっ」
    「危ねえっ」
     すんでのところで躱すチャンとジュリー。
    「ははは、どうじゃ参ったか。ほれもう一回じゃ」
     再び手を上に挙げるゼウス。その時、梓彩が止めに入った。
    「私の神獣になんてことするのよ!」
     梓彩はゼウスの顔面に平手打ちをくらわした。相手が老人の姿であるため、さすがにパンチや蹴りは躊躇したのだ。
    「オー痛え」
     梓彩に叩かれた頬を手で押さえるゼウス。それにしても、この程度の攻撃が効いてしまうとは、なんて弱い神だ。
    「仕方がない。今日のところはこれで引き上げるとしよう。だが儂は諦めんぞ。必ずそなたと交わるからな。さらばじゃ」
     そう言うとゼウスは、今度は大鷲に化けて空高く跳び去っていった。
    「なんだ」
    「ありゃあ」、
     茫然と見送るチャンとジュリー。

     その日は結局、アエギナ島で一夜を明かすことになった。
    「ひょっとして、あのゼウスとかいう老人が、ジコマンコンピュータが検出した神を宿す人間なのかしら?」
    「だったら、明日にでも帰れるな」
    「スケベではあるが、それ以外には別段、害はなさそうだ」
     それがチャンとジュリーの結論だった。
    「充分に害よ!」
     梓彩は女として怒っていた。
    「世界中の女性のためにもエロジジイをこのまま放っては置けないわ」
    「ひょっとして」
    「倒す気か?」
    「改心させるのよ!」

     翌日、アテネは雨。 
    「あいつ、何処にいるのかしら?」
    「分かれて探した方が早い」
    「そうだな」
     ということで梓彩とチャンとジュリーはそれぞれ単独でゼウスを探すことにした。
     雨の中をひとり歩く梓彩。
    「ゼウス、どこにいるの。懲らしめてあげるわ」 
     その時。
     黄金に光る雨粒が梓彩の体を濡らした。
    「ほほほ、そんなに儂を待ち焦がれているとは、嬉しいね」
    「え?どこ、何処にいるの」
    「ここじゃ、ここじゃ」
    「ま、まさか」
    「そう、これが儂じゃ」
     梓彩の体に降り注いだ黄金の雨が突然、ゼウスに変化した。
    「さあ梓彩。儂と合体するのじゃ」
    「きゃあ!」
     ゼウスは既に梓彩の股間の中にいた。
    「H!」
     梓彩は反射的に股間を閉じた。
    「ぎゃあ」
     ゼウスは梓彩の両膝の間に頭を挟まれた。
    「オー痛い痛い。若者は老人を労わるものじゃ」
    「冗談じゃないわ」
    「つれないことを言うでない」
     ゼウスは突然、白鳥に姿を変えた。
    「これならばいいであろう。さあ、儂と合体するのじゃ」
     白鳥が梓彩の股間に入り込む。
    「ああ、だめえ」
    「ほれほれ、気持ち良かろう」
    「ああーん、ああーん」
     股間に入り込まれたら最後。梓彩は悶え始めた。人間聖水器としての体験を積んでいる梓彩の体はすぐに感じてしまうのだ。
    「どうじゃ、どうじゃ」
     羽を羽搏かせながら腰を突き動かす白鳥ならぬゼウス。
    「ああーん、ああーん」
    「ほれほれほれ」
    「どうして、どうして私をこんな目にーっ」 
    「そなたは神に選ばれたのじゃ。そなたは神の子を産むのじゃ」
    「いやー、いやー」
    「嫌々いうでない。それがそなたの運命なのじゃ」
     ゼウスはそういったが、どうやらそうでもないらしい。
    「おい」
    「いい加減にしろ」
     射精前に白鳥は二匹の豚によって梓彩の股間から引き剥がされた。
    「大丈夫か、梓彩?」
    「相当『気持ちいい』みたいだったけど?」
    「冗談じゃないわ!」
     梓彩はすっくと立ちあがると、白鳥に向かってその後、あらん限りの罵声を浴びせかけた。
    「うう、うう、そこまで言うことないではないか」
     白鳥から老人の姿に戻ったゼウスが泣き始めた。
    「儂はそなたを喜ばせてやろうと」
    「何が『喜ばせてやろう』よ」
    「儂には見える。そなたは長い間、性行為に飢えておった。だから儂は」
     梓彩は銅鐸の塔に幽閉されていた時のことを思い出した。どうやら神ゆえに、この老人にはそうした「梓彩の過去が見える」ようだ。
     梓彩は怒りの鉾を収めた。
    「私も悪かったわ。確かに、昔の私は性行為を激しく欲していたわ」
    「うう、ひっく」
    「でも、無理矢理、相手に性行為を求めるのはデリカシーが足りなくてよ」
    「うう、許してたもれ」
    「もう二度と、いきなり襲いかからないなら、許してあげてもいいわ」
    「約束する。もういきなり襲ったりはせん」
     ゼウスはその後、梓彩と行動を共にすることになった。

     梓彩たちとゼウスはアクロポリスの丘を登り始めた。ジコマンコンピュータが検出した聖なるエネルギーがゼウスのもであったのならば、もうここに留まっている必要はない。
     だが、ここで事件が。
     梓彩たちがアクロポリスの丘の頂上に到着した直後。
    「あれは!」
     エーゲ海の奥から巨大な津波が押し寄せてきているのを梓彩たちは目撃したのだ。
    「遠くで巨大地震でもあったの?」 
     この津波の理由をゼウスが答えた。
    「これはポセイドンの津波じゃ!」
     ポセイドンと言えば、ギリシャ神話に登場する海の支配者だ。やがて津波はアテネ一帯を飲み込んだ。アクロポリスの丘だけが小島のように海の中に浮かぶ。
    「むっ」
     海の中から多数の兵が出現した。
    「こいつら、何者だ」
    「ポセイドンの兵だ」
    「目的は何だ?」
    「儂と同じじゃ。梓彩を花嫁にするために連れ去りに来たのじゃ」
     梓彩とすれば、実に迷惑な話だ。
    「ギリシャの神はスケベなのじゃよ」
     思えば冥界の支配者であるハーデスも自分の妻となる女神ペルセポネを強引に冥界へと連れ去った。
     やがて兵の後ろから三俣の鉾を手にしたひとりの男が海の中から現れた。
    「出たな、ポセイドン」
    「ゼウスか」
    「そうじゃ」
    「では、あとはハーデスを待つだけだな」
    「なぬ、ハーデスも来るのか?」
    「勿論。事は緊急を要する」
    「まさか」
    「そうだ。そのまさかだ」
     ゼウスとポセイドンの会話。梓彩たちはその内容が呑み込めない。
    「ちょっとジジイ、教えろ。何を話しているんだ」
     チャンがゼウスにポセイドンとの話の内容について説明を求めた。
    「ジジイは止めい。それよりも一大事じゃ。どうやらティターン族が復活したようだ」
    「ティターン族?」
     梓彩とチャンには「?」だったが、ギリシャ神話を独学で学んだジュリーには「ゼウスの言葉」の意味を理解することができた。ジュリーは直ちに顔を青ざめた。
     ティターン族とはゼウスの祖先にあたる一族で、ゼウスたちが支配者となる以前にアテネ一帯を支配していた一族だ。
     ポセイドンとゼウスの話は続く。
    「で、ウラノスが率いておるのか?」
    「いや、クロノスだ」
    「それは厄介!」
     クロノスは大地の神ガイアの息子。ティタノマキア(ティターン族とオリンポス族の戦い)に敗れた後、「地獄界の王サタン」となった。
     大地に割れ目が走る。中から何かが出てきた気配はするが、何も見えない。
    「ははははは、ハーデス参上」
     兜を脱いだハーデスの姿が出現した。ハーデスが脱いだ兜は「隠れ兜」といい、透明人間になることができるのだ。この隠れ兜とポセイドンの三俣の鉾、そしてゼウスの雷撃。この三つを「キュクロプス三兄弟の贈り物」という。ティタノマキアの時、タルタロス(奈落の底)からキュクロプス三兄弟を救出したお礼に頂いた「武器」だ。
    「これで全員、揃ったな」
    「で、どうやって戦うのだ?」 
    「一度は倒した相手。勝てないはずがない」
    「そうとは限らん。クロノスは狡猾だ。同じ手は通用しまい」
     だが、作戦会議をゆっくりと行っている時間はなかった。
     雲が湧きたち、空が暗くなる。遠くの空からカラスの群れを思わせる無数の黒い影がみるみる接近してきた。
    「ティターン族だ」
    「もう来たのか」
    「戦うしかない」
     梓彩たちもまた、その光景を「傍観者」のように眺めているわけにはいかなかった。
    「チャン・ジュリー。私たちも戦闘準備よ」
    「ラジャー」
    「アイアイサー」
     量子のエンジンを始動。いつでも発射できるよう、核融合砲を準備。
    「来たぞ」 
     クロノス率いるティターン族は強敵であったが、どうにか倒すことができた。
    「新手だ」
     今度の敵はギガース(巨人族)。これは難敵だ。何しろ「神の力では倒せない」という啓示を受けているからだ。ということで梓彩が対処。
    「核融合砲発射」
     かくしてギガースは異星人の超科学力の前に一掃された。
     だが、まだ敵が一匹残っていた。それこそが「最強の敵」だ。
    「お前はテュポエウス!」
     テュポエウスは、上半身は人だが下半身は無数の蛇の頭から成る化け物だ。しかもその巨大さはギガースの比ではない。天にも届かんとするその大きさはまるで巨大な山のようだ。
    「核融合砲発射」
     だが、核融合砲をもってしてもびくともしない。
    「うわあ」
    「ぐええ」
     ポセイドン、ハーデスがあえなく倒される。
    「くそう、このままでは負けてしまう」
     ポセイドンもハーデスも倒された今、残るはゼウスのみ。
    「やあっ」
     ゼウスが雷撃を放つ。だが全く通用していない。ゼウスは量子の艦橋に飛び込んだ。そして梓彩に向かって、次のように叫んだ。
    「儂と合体してくれい、頼む」
     この期に及んで何を言い出すのか?梓彩は当然のように拒む。
    「これをやらないと我々は皆殺しにされてしまうぞ」
     性行為とこの戦いと何が「関係ある」というのか?その理由をゼウスが説明する。
    「儂とおぬしが合体すれば『最強の戦士』が生まれる。それ以外にこの状況を逆転させる術はないのじゃ」
     最強の戦士を生むために性行為しろというのか。
    「でも」
    「おぬしだって、死にたくはあるまい」
    「そりゃあ」
    「だったら覚悟を決めて儂と合体するのじゃ」
     梓彩は嫌だったけれど、仕方がない。梓彩は股を大きく広げた。
    「よしよし、それでいい」
     いざ、梓彩とゼウスの性行為が始まった。
    「ううー、うくうー」
     無花果の実の中の刺激に耐える梓彩。
    「ああー、ああーん、ああーん」
     やがて梓彩の口から、かわいい声が出始める。
    「そうだ、そうだ、その調子じゃぞ」
     ゼウスの腰の動きが、いよいよ激しくなる。
    「いい、いい、きもちいいーっ」
     梓彩はゼウスの背中に腕を回すと自ら腰を激しく動かし始めた。
    「いいの、いいの、とってもいいのおーっ」
     自らの無花果の実でゼウスの松茸を必死に扱く梓彩。
    「よし、いいぞ、いいぞ」
     梓彩の絶頂が迫る。
     そして。
    「あああああああーっ!」
     梓彩が絶頂の叫びを上げた。
     その瞬間、ゼウスもまた。
    「うおおおおおおーっ!」
     梓彩の無花果の実の中に射精するのかと思いきや、ゼウスの頭が真っ二つに割れ、精液が噴き出しはじめた。ゼウスの肉体そのものが巨大な松茸となったのだ。やがてゼウスの頭の割れ目の中から頭に兜、手に槍を持つひとりの女神が誕生した。
    「私はアテナ!」
     ゼウスと梓彩の性行為によって戦いの神・アテナがこの世に復活したのだ。
     ギリシャ神話のアテナはゼウスと最初の妻であるメティスとの間に生まれた。現代の世に復活したゼウスとその最初の妻である梓彩との間にアテナが産まれたことは不思議でも何でもない。
     アテナは無敵の軍神。さしものテュポエウスも歯が立たない。かくしてテュポエウスは再びシシリア島の底に幽閉された。
     そしてティターン族とギガース族もまた奈落の底へと突き落とされた。



  • 「アテネのことは任せるぞ」
     ゼウスがアテナにそう語る。
    「はい、お父様」
     アテナは素直に返事をした。ポセイドンとハーデスは既に自分たちの国に戻っていた。
     アテナに「アテネを任せる」とすれば、ではゼウスはどうするのだろう?
    「それじゃあ、行こうか」
     ゼウスは量子に乗り込んだ。そう、ゼウスは梓彩と一緒にニッポンへ行く気なのだ。
    「まじかよ」
    「いいのか、梓彩」
    「ここに置いていくのは危険だわ。スケベなんですもの」
     梓彩はゼウスを自分のもとに置いて浮気しないように監視することにしたのだ。緊急事態だったとはいえ、ゼウスは梓彩と交わることに成功。今や梓彩は「ゼウスの正妻」なのだ。
     結局、ここに翔太はいなかった。ジコマンコンピュータが反応したのは、どうやらギリシャ神話に登場する無数の神々たちであったようだ。
    「発進」
     量子がニッポンを目指して離陸した。

  • つづく     



  • 次回予告

  •  次回の舞台は「タヒチ」
     そして遂に、チャンとテラが合体。

    「バラバラじゃあだめだ。かくなる上は合体するしかないキャン」
    「合体?お前とか」
    「そうだキャン」
    「冗談だろ?」
     蒼龍と玄武が合体?チャンは完成予想図を創造してみた。それは体が亀の甲羅で、そこから龍の首や尻尾が出ているという何とも奇妙な生き物だった。
    「それって、かなりやばくないか?」
    「でも、それ以外にないキャン」

     果たして、この奇妙な神獣の正体は?

  • 続々・コックローチ13

  •  2021年9月3日、公開。
     お楽しみに。



  • 13

  •  銅鐸の塔。
     帆乃香以下、コックローチのメンバーはゼウスを快く受け入れた。
     というのも。
    「そっくりだわ」
    「本当にそっくり」
     誰にそっくりなのかといえば、それはDr.フリップ。
    「まるで生き写しのようだわ」
     ということで、ゼウスはすっかりメンバーの中に溶け込んでいた。
     一方、ゼウスも。
    「『勃起』とは、実にいい名前じゃ」
     勃起とは勿論、コックローチのことだ。コックには「松茸」、ローチには「元気に立つ」という意味がある。
     ジコマンコンピュータが反応した。
    「局長。今度はタヒチよ」
     梓彩はチャン、そして今回はジュリーではなくテラを伴ってタヒチへと飛んだ。

     太平洋を飛行する量子。
    「豚コレラとはな」
     この時期、日本列島では野生の猪が媒介する豚コレラが猛威を振るっていた。チャンは大丈夫だったが、ジュリーが感染。銅鐸の塔で安静状態にあった。
    「大丈夫よ。3日もすれば元気になるわ」
     梓彩がチャンを慰める。
    「大丈夫だ。その代わりに僕がいるキャン」
    「よく言うよ。メキシコじゃあ、あっさりとテスカトリポカに倒されたじゃないか」
    「あれは油断しただけだキャン」
    「こら、喧嘩しないの」
     二匹を過去のコックローチのメンバーに譬えると、チャンはジャン、テラはさしずめケニーといったところか。ジャンとケニーの相性が悪かったように、チャンとテラも決して相性がいいとは言えないようだ。
     やがてタヒチ諸島が眼下に見えてきた。その姿はまさにエメラルドの海に浮かぶ南の宝石だ。
    「着水するキャン」
     量子が波の穏やかな洋上に着水した。
    「どこから攻める?」
    「一番大きな島は?」
     一番大きな島は勿論、タヒチ島だ。
     梓彩たちはまず初めにタヒチ島に上陸、捜索を開始した。

     パペーテ。タヒチ島最大の都市。
     核戦争の影響はなかったのだろうか?町は大いに賑わいを見せている。そんな街の中を歩く梓彩・チャン・テラ。
     だが、何かが違う。不吉な気配を感じる。それが何なのか、わからぬまま梓彩たちは捜索を続けた。
     昼になった。レストランに豚と犬は入れないので、ルロットに入る。ルロットとは車による移動式屋台のこと。その周囲には椅子やテーブルが置かれている。その一つに座る梓彩。
     メニューを見ると、そこにはかつてのニッポン並みに様々な国のグルメが並ぶ。梓彩は中華料理を注文した。味はまずまずだ。
     昼食を終え、再び町の中を歩き出す。店に並ぶ商品は実に充実している。地元産のサトウキビを用いたラム酒やビールまである。
     左に太平洋を見ながら、東へと歩く。ファルマイの滝までやってきた。小さな島とは思えない高さのある堂々たる滝だ。上方から勢いよく水が落下する。水量も豊富。成程、だから人々は快適に暮らしていけるのか。
     そのすぐ先の海岸にアラホホの潮吹き穴があった。波が打ち寄せるたびに、海岸の岩場に空いた穴の中から潮が勢いよく吹きあがる。まるで鯨の鼻の穴のようだ。
     説明が遅れた。タヒチ本島はタヒチ・ヌイと呼ばれる大きな島とタヒチ・イティと呼ばれる小さな島が合体した島で、その姿は歪ではあるが数字の8の字を思わせる。
     島を一周するとなるとそれなりの時間がかかる。梓彩は左腕の腕時計で量子を呼んだ。
     量子が洋上を走ってきた。梓彩たちは量子に乗り込むと、タヒチ本島を時計回りにゆっくりと周遊し始めた。
    「何て美しいの」
     タヒチの山は裾野に森林のスカートを穿き上部に岩の頭を露出させる。そしてどれもみな急峻だ。梓彩は山の姿が「西上州に似ている」と思った。仮に海面が上昇、西上州の山の麓まで海が迫るならば、同様の風景が展開されるに違いない。
     量子がタヒチ本島を一周、再びパペーテまで戻った。結局、収穫らしき収穫はなく、この日は単なる「観光旅行」となってしまった。
     陽が沈む。これまた美しい。量子の船上から眺める。
     
     翌日。梓彩たちはタヒチ本島の西にあるモーレア島に上陸した。
     ここもタヒチ本島同様、急峻な岩峰が聳える島だ。大きさは本島よりもずっと小さい。この大きさならば、自分たちの足で島の中をぐるりと一周できる。
     そして結局、ここも観光地巡りで終わってしまった。
     その日の夜。量子のなかで作戦会議が練られた。
    「明日はフアヒネ、ライアテア、タハアの三島を各自、別れて捜索します」
     フアヒネ島をチャン、ライアテア島をテラ、タハア島を梓彩が捜索することに決めてから、3者は明日に備えて睡眠に入った。

     捜索3日目。
     チャンとテラをそれぞれの島に降ろした梓彩は量子でタハア島に上陸した。
     梓彩は海岸の砂浜から、すぐ隣に浮かぶボラボラ島を眺めた。その時、ボラボラ島の姿に今まで見てきたタヒチの島々とは「違うもの」を梓彩は感じた。ただ美しいだけじゃない、何か不気味なものを。
    「まさか、あの島に?」 
     梓彩は捜索予定を変更。量子に戻ると一人でボラボラ島に向かった。

     ボラボラ島。
     この島には人の姿が全くなかった。他の島にはすべて人がいて、賑わっていたというのに。
    「やはり、ここが怪しい」
     海岸から離れ、内陸へと進む。気がつけば梓彩はボラボラ島の中央に聳える岩峰、オテマヌ山の麓まで来ていた。この山に登らねばならない。そう直感した梓彩は険峻な岩山をフリークライミングで登り始めた。
     727mの山頂に辿り着いた梓彩。
     その時。
    「翔太!」
     梓彩が目撃したのは翔太だった。
     遂に、遂に翔太を見つけた。
    「翔太・・・翔太ーっ」
     梓彩は駆けだすと、翔太の胸に飛び込んだ。



  •  いつまでも梓彩の迎えが来ないことを不審に思ったチャンとテラは独自の判断でタハア島にやってきた。二匹は砂浜で合流した。
    「梓彩がいない」
    「量子もないキャン」
    「ということはきっと」
     チャンとテラはボラボラ島を眺めた。二匹も梓彩が感じた異様な雰囲気をその島に感じた。
    「梓彩はあそこに違いないキャン」
    「とわかれば」
    「競争だキャン」 
     チャンとテラはボラボラ島を目指して泳ぎ始めた。
     ボラボラ島に上陸したチャンとテラは砂浜に停泊する量子を発見した。
    「やはり」
    「ここだキャン」
    「砂浜に足跡がある」
    「どうやら山に向かっているようだキャン」 
     二匹は梓彩が「山に登った」のだと直ぐに理解した。
    「俺達も」
    「急ぐキャン」
     二匹もまたオテマヌ山の頂を目指した。



  •  梓彩は抱きついた直後、急いで翔太から離れた。
     遂に探し求めていた翔太を発見した梓彩。なのに、なぜ梓彩は離れたのか?
    「どうした梓彩、私を忘れたのか?」
     翔太が梓彩に近寄って来る。梓彩は思わず後ずさりしていた。
    「あなたは誰?翔太ではないわね」
     梓彩は無意識のうちに、そのように言葉を発していた。これはコックローチの防衛本能のなせる業だった。コックローチは無意識のうちに、自分にとって危険な存在を察知するのだ。
    「ほう、よくわかったな」
    「あなたは誰?」
    「我が名はテファトゥ」
     テファトゥとはタヒチの神話に登場する大地の神だ。
    「そのテファトゥが、どうして翔太に化けたの?」
    「それは、お前が『それを望んだ』からだ。お前は翔太という男に恋しているな?」
    「そうよ。私は翔太を愛しているわ。夫ですもの」
    「そして、翔太を探しにここまでやってきた。だが、お前の旅はここで終わりだ。お前は我が妻・ヒナとなるのだ。『永遠に朽ちることのない楽園』をタヒチに創造するために」
     ヒナはタヒチの神話に登場する月の女神だ。
    「嫌よ」
     梓彩はファイティングポーズをとった。
    「無駄だ」
     テファトゥの目が光った。
    「か、体が動かない」
     金縛りにあった梓彩にテファトゥが迫る。
    「さあ、私と愛し合うのだ」
     テファトゥの両腕が梓彩の背中に回る。
    「いやっ」
    「人間でありながら『永遠の命』を得るのだぞ。嫌がる理由などあるまい」
     大地と月が一つに合体した。
    「あああーっ!」
    「さあ、楽しもうではないか。永遠に終わることのない快楽を」
     テファトゥが腰を突き動かし始めた。
    「い、いやあーっ!」
     梓彩の無花果の実の中に最高の快感が走る。
    「ど、どうして私が、こんな目に」
    「これは偶然ではない。お前は満月の夜にニッポンの筑波山に登ったであろう?」
     確かに。ヨー・シローとの戦いの時、筑波山に登った。
    「あの時、お前は既にヒナとなる運命だったのだ」
     改めて解説すると、筑波山は月の女神・月読(つくよみ)が降り立つ山だ。
    「そ、そんな」
    「さあ、自分の宿命を素直に受け入れるがいい」
     テファトゥの突き上げがいよいよ激しくなる。
    「あう、あう、あうう」
     目からは涙、口からは涎、全身からは汗、そして結合部からは愛液を垂れ流す梓彩。
    「この交わりは人間の夫婦のものとは違う。私は決して射精せず、お前も決して絶頂しない。お互いに爆発寸前の快楽を味わい続けるのだ。永遠にな」
    「あううー、あぐうー」
    「それこそがまさしく『永遠の楽園』だ」
    「うくうー、うぐうー」
    「月が大地の周りを永遠の周り続けるように、お前も永遠に私と快感を楽しみ続けるのだ」



  •  チャンとテラがオテマヌ山の山頂に到達した。
    「あ、あれは」
    「梓彩」
     二匹は梓彩がテファトゥと合体して激しく悶え狂う姿を目撃した。
    「なんということだー」
    「梓彩、今助けるキャン」
     騒がしい奴らがやってきたのに気が付いたテファトゥ。
    「何だ、お前たちは?」
    「お前こそ何者だ」
    「俺はテファトゥ。大地の神」
    「テファトゥ」
    「大地の神だと?」
    「今、私は我が妻となったヒナと夫婦の営みを楽しんでいる最中。邪魔をするな。とっとと失せろ」
     再び腰を突き動かすテファトゥ。
    「あーやめてえ、ゆるしてえ」
     泣き叫ぶ梓彩。その姿を見て、二匹はこれが断じて夫婦の営みではないことを見切った。だが、この密着状態ではテファトゥを攻撃することはできない。梓彩も傷つけてしまう。
    「このスケベ野郎と梓彩を引き離さなくては」
     チャンは蒼龍、テラは玄武に変身。それぞれ手と足にしがみつくと、必死にテファトゥの体を梓彩から引き離しにかかった。だが、相手は大地の神だ。微動だにしない。手足は外せる。だが肝心の部位だけが、どうしても結合を解除できない。
    「ああー、かんじるう、かんじるううううーっ」
     官能の叫び声をあげる梓彩。
     どうすればいいのだ?
    「バラバラじゃだめだ。かくなる上は合体するしかないキャン」
    「合体?お前とか」
    「そうだキャン」
    「冗談だろ?」
     蒼龍と玄武が合体?チャンは完成予想図を想像してみた。それは体が亀の甲羅で、そこから龍の首や尻尾が出ているという何とも奇妙な生き物だった。
    「それって、かなりやばくないか?」
    「でも、それ以外にないキャン」
     この間にも梓彩は官能の叫びを上げながら悶えまくっていた。このままでは梓彩の理性は完全に破壊され、身も心も性行為に溺れる男神の快楽を満たすための人形と化してしまうだろう。
    「うー、仕方がない」
     果たして、チャンとテラが合体。チャンの予想通りの、何とも奇怪な神獣が出現した。体は亀の甲羅で、首と尻尾が龍という、なんとも奇怪な神獣。
     だが、それを見たテファトゥの顔色が変わった。
    「お前は『贔屓』!」
     そう。この神獣の名は贔屓(ひき)。伝説によれば親龍から誕生した9匹の子龍の末っ子。最大の特徴は「怪力」。古来より「縁起のいい動物」として貴ばれており、その姿は韓国国宝の急須によって確認することができる。
     贔屓がテファトゥに嚙みついた。
    「よせ、やめろーっ」
     先程は微動だにしなかったテファトゥの体を贔屓はいとも簡単に梓彩から引き離した。さすがは龍一族最大の怪力の持ち主だけのことはある。
    「あああああーっ!」
     テファトゥとの結合を解かれた梓彩が絶頂した。梓彩は絶頂終了と同時に体力を使い果たし、その場で気絶した。
     一方のテファトゥもまた勢いよく射精した。その凄まじいまでの勢いによって精液は上空3万mも飛翔した。
    「あああああーっ!」
     テファトゥも射精によって体力を使い果たしたと見えて、その場で気を失ってしまった。
    テファトゥと梓彩の性器は互いに絶頂、射精するのを抑制する働きを持っていた。それによって性交による刺激を際限なく強め合っていたのだが、結合が解かれたため、溜まりに溜まった刺激が一気に解放されたのだ。
    「倒したんだよ・・・な」
     やがて、テファトゥの体がオテマヌ山の山頂の床に吸い込まれるように消えた。どうやら勝ったらしい。
     合体を解いたチャンとテラは梓彩の傍に寄った。
    「梓彩」
    「大丈夫キャン」
    「う、うーん」
     梓彩の意識が回復した。
    「だ、大丈夫よ。一応、理性はあるわ」



  •  パペーテ。
    「これは!?」
     数日前には大勢の人で賑わっていた町は廃墟と化していた。人の姿はどこにもなく、建物は全て破壊されていた。
    「私たちが訪れたまちはテファトゥが作り出していた幻影だったのね」
     本当のまちは核戦争の時に発生した巨大津波によって崩壊していたのだ。テファトゥは梓彩を妻として永遠に性行為を営むことで、崩壊したまちを永遠の楽園として復活させようと願ったのだ。だが、テファトゥが倒された今、まちは本来の姿に戻ったのである。 
    「テファトゥは『朽ちることのない永遠の楽園』をタヒチに創造するといった。でも、それは所詮『幻の楽園』に過ぎなかったのね」
     梓彩たちは量子に乗った。
    「発進」
     量子が飛び立つ。上空から眺めるタヒチは実に美しい。
     今は廃墟のタヒチ。だが、やがては廃墟さえも消え失せ、人の手も神の手も入らない「自然の楽園」に還るだろう。

  • つづく     



  • 次回予告

  •  豚コレラから回復したジュリーがひとりで九州へと向かう。
     そこで待ち受けていたのは「熊襲」。

     その圧倒的パワーから辛うじて逃れたジュリーだったが、

    「もう、だめだ」

     ジュリーは高千穂峡の水面に落下。豚に戻ったジュリーは高千穂峡の水底に沈んでしまった。

  • 続々・コックローチ14

  •  2021年9月17日(金)公開。
     お楽しみに。



  • 14

  •  梓彩たちがタヒチにいる頃、ジコマンコンピュータが新たなるエネルギーを探知した。
     場所は九州。
    「ぼくが斥候になります」
     豚コレラから回復したジュリーが九州へと向かった。



  • 「よいしょっと」 
     朱雀から本来の中ヨークシャーに戻ったジュリーは別府に到着した。言わずもがな別府は日本有数の温泉地だ。核攻撃は受けなかったようで、別府タワーをはじめ、街並みは昔のままだ。
     だが、人の気配はない。その代わりに何やら妙な視線を感じる。それも結構な数の。
    (全部で10匹) 
     ジュリーは何食わぬ顔で大通りを歩いた。
     やがて、その視線の正体が判明した。
    「うっきー」
    「うっきー」
    「うっきー」
     それはニホンザルであった。ジュリーは10匹のニホンザルの群れにぐるりと取り囲まれたのだった。
     だが、ニホンザルは攻撃してこない。
    (自分を恐れているのか?)
     たかが一匹の豚を恐れるとは。何か「トラウマがある」に違いない。
     取り敢えず、この地の状況を知るには、このニホンザルから情報を入手するに限る。そのためには警戒感を解かねば。
     ジュリーは自分から話しかけてみることにした。
    「自分は敵じゃない」
     豚が猿の言葉を話したことで、ニホンザルたちはなお一層、ジュリーに警戒心を抱いた。だが、今はとにかく話しかける以外にはない。
    「何をそんなに恐れているんだ?その理由を聞かせてくれ」
     すると、一匹の猿がジュリーに近寄ってきた。
    「お前は熊襲(くまそ)の仲間ではないのだな?」
     熊襲?
    「俺は猿軍団のボス。名前はメルセデス」
     さすがはボス。話が通じるようだ。
    「ぼくはジュリー。その熊襲とやらの話が聞きたい」
     ジュリーは、どうやら今回のターゲットは熊襲と呼ばれる存在のようだと踏んだ。
     その後、ジュリーは別府郊外にある猿山へと案内された。

     猿山。
    「熊襲というのは九州一帯を支配する猪の化け物だ」 
     猪の化け物。
    「だから仲間は豚であるあんたを恐れたんだ」
    「その熊襲とやらの特徴は?」
    「兎に角、凶暴で強い。体長は3mに達する」
     体長3mの猪となれば、確かに化け物だ。
    「で、何処に行けば会える?」
     ジュリーは単刀直入に聞いた。
    「どこに行けばって、まさかあんた熊襲に会いに行くつもりか」
    「そのつもりだ」
    「よせ、殺されに行くようなものだ」
     その後、ジュリーは朱雀に変身して見せた。
    「ぼくは神獣だ。悪い奴なら倒すだけのこと。教えてくれ」
     ボス猿は神獣と聞いて「ジュリーならば倒せるかも」と思った。
    「ならば教えよう。奴は熊本一帯を根城にしている」

     翌日
     ジュリーは熊本に入った。別府同様、核攻撃は受けていないと見えて、山の上には熊本城が聳える。勿論、今は無人のまちだ。
     大通りからじっと熊本城を見上げる。何とも言えない不気味なオーラを感じる。
    「やはり、あそこにいるな」
     ジュリーは熊本城に向かった。
     
     熊本城内に入ったジュリー。
    「気配は上から」
     熊襲はどうやら天守閣の最上階にいるらしい。
     階段を駆け上る。
     すると、最上階には黒い毛むくじゃらの生物がいた。
    「あんたが熊襲だな?」
    「ぶるるるる」
    「ぼくはジュリー。神獣だ。あんたも神獣なんだろう?」
    「ぶるるるる」
     様子がおかしい。確かに強烈なオーラを放ってはいるが、何やら変だ。
     こいつは神獣ではないのか?
     熊襲が立ち上がりジュリーを振り向いた。
    「ぶるるるる」
    「ま、まさかこいつは!」
     熊襲の前脚の鍵爪がジュリーを襲った。
     
     高千穂峡。
    「ううう」
     全身、傷だらけにされたジュリーは辛うじてここまで逃げ延びてきた。
    「まさか、まさか熊襲の正体があいつだったとは」
     熊襲の正体はボス猿が言うような猪の化け物ではなかった。それよりも遥かに醜悪で強暴な生き物であった。
    「もう、だめだ」
     ジュリーは高千穂峡の水面に落下。豚の姿に戻ったジュリーは高千穂峡の水底に沈んでしまった。



  • 「うう」
     ジュリーが目覚めた。ジュリーは死んではいなかった。水底深くに沈んでしまったかと思われたジュリーの体は高千穂峡の出口付近の砂地に打ち上げられていた。
    「目が覚めた様ね」
     ジュリーはそんな声を耳にした。
    「だ、誰だ」
     振り向くと、川の中から一匹の大きな魚が頭を水から突き出していた。それは、全長2mはあろうかという大きな鯉であった。
    「わたしは女王ヒミコ」
    「女王ヒミコ」
    「わたしはここ高千穂峡の守り神」
    「では、あなたがぼくを」
    「あなたが水の底に沈んでいるのを私が見つけ、ここまで運びました」
    「ありがとうございます」
    「ところで、その傷はもしや熊襲と戦ったのでは?」
     ジュリーは戦闘の一部始終を話した。
    「熊襲は九州にいる、あらゆる動物を殺戮しています。私の仲間たちも沢山、殺されました」
    「それは、お気の毒に」
    「いつまでも熊襲の思う通りにさせてはなりません。私も最後の決戦に挑むつもりです」
    「勝てるのですか?」
    「きっと負けるでしょう。ですが、いつまでも逃げ隠れていては女王の名が汚れてしまいます。潔く討ち死にする覚悟ですわ」
     何と高貴な。
    「なら、私もお供しましょう」
    「なぜ?」
    「このまま逃げ帰ったのでは、ぼくも神獣・朱雀の名が汚れますから。ただ、少し時間をください。今の自分の傷ではまともには戦えません」

     ジュリーが熊襲に敗れて数日後のこと。
     大分の猿山に、九州を代表する野生動物のリーダーたちが集結、会議を開いていた。猿の王メルセデス、福岡からは大鷹のペッパー、鹿児島からはニホンジカのジョアン。
     メルセデスが訴える。
    「このままでは我々は熊襲に全滅させられてしまう」
    「その通りだ」
     ペッパーが叫ぶ。
    「こちらから打って出ましょう」
     ジョアンが主張する。
    「だが、どうやって熊襲を倒すのだ?」
    「いい考えがある」
     メルセデスがペッパーとジョアンに作戦を語り始めた。
    「決戦場所は阿蘇山頂。その噴火口の中に奴を突き落とす」
    「なるほど、それならば」
    「さすがの奴も生きていないわね。きっと」
    「皆も賛成だな」
    「勿論」
    「いいわ」
     かくして猿・大鷹・ニホンジカの連合軍が一路、熊本を目指して突き進んだ。
     
     熊本城の上空を遣いの大鷲が旋回する。
    「やい、間抜けの熊襲、聞こえるかー」
     出ては来ないが熊襲が熊本城の天守閣の最上階の中にいることは明らかだ。
    「お前に決戦を申し込む。決戦地は阿蘇山頂。時間は明日の12時。異存はないか」
    「何か企んでいるようだな。まあ、いいだろう」
     不気味な声が最上階の中から響いた。その声を聞いた遣いの大鷲は連合軍の陣地へと戻った。

     翌日、阿蘇山頂。
     猿軍団、大鷲軍団、ニホンジカ軍団が集結していた。
    「あと30分か」
     決戦を前に、緊張が走る。
    「あと10分」
     大鷲の斥候が戻ってきた。
    「奴が来ました。もうすぐここに着きますぜ」
     山頂からもその姿が見えるようになると、連合軍は浮足立った。
     というのは、彼らはこの時、初めて熊襲の姿をはっきりと見たのだが、その姿は「猪の化け物」ではない、彼らにとっては全く得体のしれない化け物であったからだ。
     三日月模様が熊襲の首にはっきりと確認できる。そして顔はバビルサを思わせる豚の顔。
     熊襲の正体。それはヒグットンであった。この場合「ツキノワグットン」と呼ぶべきか。いずれにせよ豚と熊の合体獣であった。
     ヒグットンの場合には超科学による合体であったが、この場合は自然の産物か?いずれにせよ、その能力はヒグットンに匹敵するものであるに違いない。
    「こんな化け物に」
    「勝てるわけがない」
    「・・・・・・」
     メルセデス、ペッパー、ジョアンの顔は青ざめ、全身はブルブルと震えていた。
     そして遂に、熊襲が到着した。
    「お前ら全員、ここで皆殺しだあ!」
     遂に決戦が始まった。
    「全員、噴石を持って上昇」
     大鷲軍団が周囲に転がる噴石を足に掴んで空高く飛び立つ。
    「爆弾投下」
     次々と熊襲の頭上から噴石を投下する。だが、そんなものが効くはずもない。
    「馬鹿たれめ」
     熊襲は立ち上がると両腕で足元の噴石を掴み、次々と上空を飛翔する大鷹軍団に向かって投げつけた。
    「ぎゃあ」
    「ぐわっ」
    「ぐえっ」
     噴石を喰らった大鷲が次から次と撃墜され、山頂に落下する。
    「おのれえ」
     続いて猿軍団の攻撃。プロボクサーが一発もパンチを当てられないと言われる猿の素早い動きで熊襲を翻弄する作戦。
     だが、熊襲の動体視力・反射神経はプロボクサーの比ではなかった
    「うっきい」
    「うききい」
    「うきゃあ」
     次々と熊襲の鍵爪の餌食となる猿たち。
    「ならば、これはどう」
     オスのニホンジカによる突進。鋭い角が熊襲の腹に突き刺さる。刺さった角を外し、後方に後退する。
     効いたか?
    「ヒグーっ!」 
     熊襲は一回、雄叫びを上げると腹に突き刺さる角を抜き取り、その場に投げ捨てた。
    「ばかな」
     腹は無傷。血の一滴も流れる様子がない。
     熊襲が四つん這いになった。
    「これでも喰らえ。ヒグーっ!」
     熊襲の突進。
    「ヒー」
    「ピー」
    「キー」
     熊襲の突進を喰らったオスジカが次々と弾き飛ばされる。弾き飛ばされたオスジカはもう立てない。
    「どうだあ」
     再び後ろ脚で立ち上がり、勝利を確信する熊襲。
    「お前ら全員、噴火口の中に放り込んでやる。ヒグーっ!」
    「だ、だめだ」
    「やはり奴には」
    「勝てないのね」 
    「覚悟はできているようだな。ならば、まずはお前からだ」
     熊襲はメルセデスをガシッと掴んだ。 
     熊襲がメルセデスを噴火口へ投げ込むべく、両腕を高々と上に挙げた。
    「さらばだー」
     メルセデスが噴火口へ投げ飛ばされた。噴火口めがけて落下するメルセデス。
     その時。
    「なに」
     メルセデスの体は上昇を開始した。
    「間一髪だった」
    「お前はジュリー」 
     朱雀となったジュリーが間一髪、メルセデスの体を掴んだのだ。
     そして。
    「みんな、大丈夫ですか?」
     ペッパーとジョアンのもとにはヒミコが。ヒミコもまたジュリーと一緒に空を飛んできたのだ。
     ヒミコが空を?ヒミコは高千穂峡にある登竜門と呼ばれる大滝を登り切った鯉。見た目は鯉でも、その能力は竜と同じ。だから空を飛べるのだ。
     ジコマンコンピュータが検出した神獣はヒミコだったのだ。
    「性懲りもなく、またやられに来たか、ジュリー」
    「ここは屋外。建物の中とは違うぞ」
     前回の闘いは熊本城の天守閣の中で行われた。ジュリーにとって不利だったことは疑いようがない。
    「行くぞ」
     ジュリーは熊襲の周りを猛スピードで旋回し始めた。
    「どうだ。お前にぼくの本体が見切れるか、熊襲」
     更にジュリーは上下に飛翔するなど変化を持たせた。その結果、熊襲の上空には無数のジュリーが飛翔しているように見える。
    「フン」
     だが、熊襲は全く慌ててはいない。熊襲は四つん這いになると、頭を腹の中に入れ、その場で丸くなった。
    「ヒグーっ」
     熊襲の毛がピンと立ち上がった。
    「発射ーっ」
     熊襲の毛が四方めがけて発射された。
    「ぐわあ」
     その毛がジュリーに刺さった。
    「うわあ」
     傷を負ったジュリーは山頂に落下した。
     熊襲が頭を上げ、再び後ろ脚で立ち上がった。
    「これが私と貴様との違いだ。貴様ごときでは私には勝てん」
     熊襲がジュリーに近づく。
    「ジュリー!」
     ヒミコがジュリーと熊襲の間に入った。
    「これでも喰らいなさい」
     ヒミコは口から水鉄砲を勢いよく発射した。普通の動物であれば充分に仕留められるだけの威力がある。だが、熊襲には通用しない。
    「邪魔だ」
     熊襲の鍵爪がヒミコを襲った。
    「きゃあ」
     弾き飛ばされるヒミコ。ヒミコの体から血が流れる。
    「ヒ、ヒミコ」
     ジュリーがヒミコのもとへ向かって歩き出す。
     そこへ熊襲が。
    「これで終わりだ」
     熊襲が腕を振り下ろす。
     その腕がジュリーの体を切り裂く瞬間。
    「ヒグーっ。なんだ、この光は?」 
     ジュリーとヒミコの体が光り始めたのだ。熊襲が腕を振り下ろす直前、ジュリーの流す血とヒミコの流す血が触れたのだ。神獣の血が触れあう。これは合体の儀式に他ならない。やがて光が収まると、そこには一体の新たなる神獣が起立していた。
     頭は朱雀で体は鯉。胴に収まり切らなかったのだろう。頭からは尾の飾り羽が髪の毛のように垂れ下がる。その姿はまるで鯉の鱗を鎧として身に纏ったロングヘアーの朱雀。しかも、鱗は7色に輝いている。
     神獣が自らの名を告げる。
    「我はアマビエ。熊襲。生きとし生けるものたち平和のため、お前を倒す」
     アマビエと名乗られ、熊襲は後ろへたじろいだ。
    「アマビエだと?バカな」
     九州に伝わるアマビエの伝説は熊襲も知っていた。それがもしも事実ならば熊襲とて敵ではない。
    「お前がアマビエであるわけがない」
     熊襲が右腕を振り上げる。
    「これでも喰らえ」
     熊襲が鍵爪でアマビエの胸を横に切り裂いた。
     だが。
    「うぎゃあ」
     アマビエの鱗は掠り傷ひとつない。逆に熊襲の右腕の鍵爪が折れた。
    「フン」
     アマビエが嘴で熊襲の額を突いた。
    「ぎゃあ」
     熊襲の額が割れ、血が噴き出した。額を手で押さえる熊襲。
    「そ、そんな」
    「熊襲、お前の最期だ」
     アマビエの両眼が輝き始めた。やがて両目から光線が発射された。
    「ぐわあああ」
     光線を浴びた熊襲が燃える。
    「ぐわあああ」
     断末魔を叫びながらよろよろと歩く熊襲。熊襲は阿蘇の噴火口へと落下した。
     熊襲の最期を見届けたアマビエがジュリーとヒミコに分離した。



  •  大分にある猿山。
    「ジュリー、お前には世話になったな」
    「これで九州は平和の土地となるに違いない」
     その後、メルセデスが今後の抱負について、次のように語った。
    「今後はヒミコ様を全ての生き物の共通の女王として崇め、九州一帯を治めていきたいと思っている」
     ペッパーもジョアンもメルセデスの意見に賛同した。ヒミコの首に勾玉を繋げた首飾りが掛けられた。
     ヒミコが女王ならば何の不安もない。ジュリーは豚から朱雀へと変身した。
    「みんな、さようなら」
     ジュリーは銅鐸の塔を目指して飛翔した。



  • 次回予告

  •  次回の舞台はメソポタミア文明の地。

     量子はジッグラトに着陸した。
     周囲は全て砂漠。こんなところに果たして翔太がいるのか?ジコマンコンピュータの指示なのだから、何かしらの神がいることは間違いない。
    「ここで一旦、お別れじゃ」 
     そう言ったのはゼウス。ゼウスも量子に乗っていたのだ。
    「なぜ?」
    「どうやら、今度の敵も強敵の様じゃ。専用の武器がいる」 
    「敵って、知ってるの?」
    「恐らく奴だ」
     そう言うと、ゼウスは大鷲に姿を変えた。
    「儂が戻るまで、奴とは戦わないほうがいいぞ」

     謎の言葉を残して去るゼウス。
     果たして敵の正体とは?そして、ゼウスが探しに行った武器とは?

  • 続々・コックローチ15

  •  2021年10月1日(金)
     お楽しみに。



  • 15

  •  宇宙遠洋漁船量子。
    「ジッグラトを確認」
     ジッグラトというのはウル第三王朝時代の宮殿。
     ということで今回、梓彩たちがやってきたのはメソポタミア文明発祥の地・ウルである。
    「着陸」
     量子はジッグラトに着陸した。
     周囲は全て砂漠。こんなところに果たして翔太がいるのか?ジコマンコンピュータの指示なのだから、何かしらの神がいることは間違いない。
    「ここで一旦、お別れじゃ」 
     そう言ったのはゼウス。チャン、ジュリーだけでなくゼウスも量子に乗っていたのだ。
    「なぜ?」
    「どうやら、今度の敵は強敵の様じゃ。専用の武器がいる」 
    「敵って、知ってるの?」
    「恐らく奴だ」
     そう言うと、ゼウスは大鷲に姿を変えた。
    「儂が戻ってくるまで、戦わないほうがいいぞ」
    「どこへ行くの」 
    「イギリスじゃ。そこに奴を倒す武器がある」
     ゼウスがイギリス目指して飛び立った。
     ゼウスが飛び立って暫くしてから。
    「地震だわ」
     量子が左右にグラグラと揺れる。
    「収まったわ」
     どうやら、大丈夫のようだ。
    「降りましょう」
     梓彩たちは量子を降りた。
    「まずはジッグラトの捜索よ」
     ジッグラトの捜索を開始する。結局、この日は、収穫はなかった。
     翌日も、さらに翌日も、収穫なし。
     そして三日後のこと。
     梓彩たちはジッグラトに考古学者の知らない新たなる石室への入り口を発見した。中に入る。
    「こ、これは?」
     縦50m、横30m、高さ30mにもなる前人未到の巨大な石室。そしてその石室に埋葬されているのは王や女王といった人間のミイラではなく巨大な鯨の骨であった。
     でも、どうして鯨の骨がジッグラトの地下に?
    「これは鯨じゃない」
     ジュリーがそう言った。
    「え?」
    「これは鯨じゃない。恐竜だ」
     よく見れば、鯨のものとは骨格が異なる。鯨であれば胴と頭を隔てる首に当たる骨はないはず。だが、この骨には首があり、その先に頭蓋骨があった。
    「ジッグラトは『恐竜を収める巨大な石棺』だったというの?」
     その時。
    「うわっ」
    「地震だ」
    「今度のは大きいわ」
     梓彩たちは急いで地上へと上がった。
     地震の理由がその時、解った。ジッグラトを中心にその周囲が砂漠の上にゆっくりと浮上していたのだ。
     そして、梓彩たちの目の前に現れたのは卵型の堀を持つ古代都市。
    「ウルだわ」
     何と、梓彩たちが見ている前で古代都市ウルが復活したのだ。



  •  まちの中を歩く梓彩たち。数千年の長きに渡り地底に埋まっていた古代都市なのだから当然のことだが、街の中は無人だった。
     防犯上の理由からか、ウルの屋敷の周囲には庭がなく、全て中庭であり、周りは外壁で覆われていた。
     扉のない屋敷を発見。
    「入ってみましょう」
     取り敢えず、その屋敷の中に入る。
     二階に上る。床には無数の楔形文字の刻まれた粘土板が散乱していた。その中にひときわ大きなものを発見した。
    「解析しましょう」
     その粘土板を量子へ持ち帰り、ジコマンコンピュータへ画像送信。翻訳作業が行われた。
    「どうやらこれは旧約聖書に登場する『洪水伝説』の様だ」
     我々が知る洪水伝説にはノアの箱舟が登場するが、この粘土板の記述は、それとは異なるものであった。どうやら洪水伝説には複数のパターンがあるようだ。
    「なになに。『リバイアサンが海から出現した。リバイアサンは巨大な津波を起こし、まちを飲み込んだ。人々は恐れ、ある者は逃げ、ある者は戦った。だが、リバイアサンは非常に強い。そこで、学者たちはリバイアサンの魂を封印する小さな箱をつくった。リバイアサンは魂と体に分けられ、ジッグラトに封印された』」
    「さっきの巨大な骨のことを言っているのね」 
    「あの骨はリバイアサンの全身骨格だったのか」
    「伝説の怪獣は『実在した』ということか」
     その時、再び地震が。
    「レーダーに反応あり。量子の真下で何かが動いている」
    「緊急発進よ」
    「了解」
     量子が浮上した。その直後、ジッグラトの屋上が内側に崩れ落ちた。その中から飛び出してきたのは。
    「リバイアサンの骨だわ!」
     何と、埋葬されていたリバイアサンの骨が息を吹き返し、ジッグラトから飛び出してきたのだ。それにしても、内臓も筋肉もない骨だけの状態で動くとは。これはリバイアサンの魂が骨に宿り、動かしているからに違いない。
     その後、リバイアサンの骨はペルシャ湾を南東に向けて飛翔し始めた。
    「後を追うのよ」
     核戦争によって廃墟と化したドバイ上空を通過。アラビア海に出たところで、リバイアサンの骨は海の中へ潜った。
    「潜水」
     量子も海へと潜る。
     リバイアサンの骨がどんどん深海へと潜っていく
    「このままだと見失うぞ」
     やがて、リバイアサンの骨は深海へと消えた。

     その後、梓彩たちは可能な限りの粘土板をかき集めると、数日をかけて翻訳作業を行った。しかし、リバイアサンに関するものはなかった。
    「最初に発見した粘土板だけか」
     そういうことになる。
     そして、これは異常といえるかどうか。復活後のウルの空き家にはペルシャ猫が次々と住み着くようになった。
     大量の猫が住み着くようになったウル。
    「マカロニャン事件を思い出すわ」
     とはいっても、ここにいる猫は人の言葉を離さない。普通の猫の集まりだ。
     と思っていたのだが・・・。
     一匹の真っ白いペルシャ猫が量子に乗り込んできた。
    「私は猫の王。名はハンムラビだ」
     まさか、この猫は?
    「ハンムラビって、ハンムラビ法典の?」
    「そうだ。猫で驚いたか」
     梓彩の最初のペットであるタマは喋る猫だったから、それほど驚きはない。
    「なら、話は早い」
     ハンムラビは話を始めた。
    「奴が復活したのは知っているだろう?」
     奴というのはリバイアサンに他ならない。
    「ええ。でも、アラビア海に消えたわ」
    「奴は深海で肉体を復活させているのだ。そして近いうちに再びここへ戻って来る」
    「何のために?」
    「地上全体を海に沈めるためだ」
     まさか?だが、それが事実であるならば由由しき事態だ。
    「奴を倒すには我ら猫軍団だけでは不可能だ」
     そりゃあそうだろう。
    「そこで協力してほしいのだ」
    「一緒に闘えと?」
    「いや、探してほしいものがある」
    「探してほしいもの?」
    「奴の魂を封印する箱だ。以前、我々が作ったもので、今はここにない。何者かが持ち去ったのだ」
    「それはどこにあるの?」
    「わからない。だから探してほしい。恐らく、ここを発掘調査した考古学者が持ち去ったのだ」
    「それは、どんな姿なの?」
    「ラピスラズリと貝殻で装飾した箱だ。描く物をくれ」
     ハンムラビは口に鉛筆を加え、紙に絵を描いた。
    「これは、まさか」
     ジュリーは「ある箱」を思い出していた。考古学者が必死になって用途を考え、結局「音響箱」と定義した、とある箱のことを。
     その時。
    「何?この音は」
     突然、南の方から地鳴りが響いてきた。
    「拙い、奴だ。奴が攻めてきたのだ。どうやら完全復活し終えたようだ」
     南を見る。
    「津波だわ!」
     巨大な津波がウルめがけて迫って来ていた。
    「緊急発進」
     量子が離陸した。その僅か30秒後に巨大津波はウルのまちを飲み込んだ。
    「何ということだー」
     ウルにいる猫は恐らく、この一撃で全滅だ。
    「見て。まだ生きているわ」
     砂漠の砂と混ざり泥水と化した海の中から猫たちが次々と顔を出した。だが、このままの状態では、いずれ溺れてしまうだろう。
    「救助よ」
    「了解」
     ジュリーは量子を着水させた。
     その時。
    「リバイアサン!」
     チャンが叫んだ。梓彩、ジュリー、ハンムラビはチャンが叫んだ右手の方向へ一斉に目を向けた。
     そこには海の中から首を天高く突き出した巨大な首長海獣がいた。その姿はまるでネッシーの想像図を思わせた。
     リバイアサンが量子に迫る。
    「やばいぞ」
     リバイアサンの突撃を喰らう量子。
    「うわあー!」
     量子が転覆した。だが、量子は宇宙遠洋漁船。転覆しても沈没しない。
    「発進」
     逆さま状態のままで量子が飛び立った。
    「反転180度」
     元の状態に戻る。
    「核融合砲、発射準備」
     発射準備完了後、直ちに発射だ。
    「目標、リバイアサン。距離500m。発射」
     核融合砲が唸った。
    「なに」 
     リバイアサンは自分の前に津波を起こし、それを壁にして核融合砲をシールドした。
    「核融合砲が破られた」
    「次の発射までには10分かかるぞ」 
    「どうするんだ、梓彩」
     リバイアサンが口を開いた。リバイアサンが口から怪光線を発射してきた。怪光線が量子を直撃。
    「うわあ!」
     量子が破損した。
    「こいつは恐竜じゃなくて怪獣だ」
     まさか口から光線を発射するとは。
    「飛行高度低下、着水するしかない」
     量子が泥の海に着水した。
    「こうなったら、甲板に出て戦う以外にないわ」
     梓彩は量子に装備されているVP-70を手に取った。
    「チャンとジュリーはハンブラビと一緒に猫の救助にあたって」
     そう言い残して、梓彩は艦橋を出た。
    「ネット発射」
     量子は一応、遠洋漁船であるから魚を捕まえるためのネットを装備している。そのネットで猫を次々と救い上げるチャンとジュリー。
     リバイアサンが量子に接近してきた。
    「これでも喰らいなさい」
     甲板から量子がVP-70をぶっ放す。3点バーストだと機関銃のように連続発射できる半面、あっという間に弾が尽きてしまう。梓彩は次々とマガジンを交換する。
     だが、VP-70の銃弾などリバイアサンにとっては「焼け石に水」だ。
    「救助を終えた。梓彩。艦橋に入れ」
     チャンが叫ぶ。梓彩が艦橋に向かって走る。だが、リバイアサンの攻撃の方が速かった。量子が再び転覆した。
    「きゃああああ」
     梓彩が泥の海に投げ出された。
    「梓彩ーっ!」
     艦橋の中にいるチャンとジュリーが絶叫した。
     その時。
     一匹の大鷲が空から飛来した。大鷲が泥の海に浮かぶ梓彩の体を掴む。
    「間一髪」
    「ゼウス」
     ゼウスがイギリスから戻って来たのだ。
    「梓彩」
    「何」
    「儂の腹から箱を出すのじゃ」
    「箱?」
    「そうじゃ。そして、それを両手で奴に向かって突き出せ」
     梓彩はゼウスの腹をまさぐる。
    「くすぐったい、くすぐったい」
     ゼウスが笑い出した。高度が下がる。
    「きゃあ!」
    「儂は『腹を擽れ』とは言っておらん」
    「そんなこと言ったって」
     二人にリバイアサンが迫る。
    「急げ、早く箱を取り出すのじゃ」
     梓彩が再びゼウスの腹をまさぐる。
    「あったわ。これね」
    「そうだ、早く前に突き出すのじゃ」
     もう、リバイアサンは目の前だ。
    「やあっ」
     梓彩は貝殻やラピスラズリで装飾された跳び箱を細長くしたような形の箱を両手で前に突き出した。
     すると。
    「ぎゃああああああ」
     まるで掃除機のゴミが吸い込まれていくように、箱の中にリバイアサンの魂が吸い込まれていく。
    「ぎゃああああ」
     そのままリバイアサンの魂は箱の中に封印された。そしてリバイアサンの体は泥の海に沈んだ。
    「ゼウス、この箱って」
    「『ウルのスタンダード』じゃよ」
     ウルのスタンダード。大英博物館の秘宝。学者の間では「音響箱」と考えられていた。まさか、この箱の正体がリバイアサンの封印だったとは。
     水が引く。大地は再び砂漠へと戻った。砂漠の上にはリバイアサンの骨がバラバラになって文字通り四散していた。



  •  結局、ここにも翔太はいなかった。ジコマンコンピュータが検知したのはリバイアサンであり、猫の体に宿るハンムラビだった。
     砂漠の大地の上に立つ梓彩、ゼウス、チャン、ジュリー。
    「ところで、この箱どうするの?」
     リバイアサンを封じ込めたウルのスタンダードの処遇について、梓彩がゼウスに尋ねた。
    「封印は本来、箱と建物の二重構造になっていた。だから本来の場所へ戻すとしよう」
     本来の場所というのはジッグラトに他ならない。
    「でも、ジッグラトは破壊されているわ」
     ジッグラトはリバイアサン復活の際に屋根が落下していた。
    「あれを見てみい」
     ジッグラトの周りを猫の群れが走り回る。何と猫がジッグラトを修復しているのだ。
    「まかせておけ。ここには怪しいものは誰も決して近づけはしないニャン」
     ハンムラビが自信たっぷりにそう言った。
     かくして、ウルのスタンダードはハンムラビ率いる猫たちが管理することに決まった。
    「さあ、我々は戻るとしよう、梓彩」
     量子が銅鐸の塔を目指して飛び立った。



  • 次回予告

  •  次回の舞台は「ヒマラヤ山脈」。この時代、そこは五智如来が支配する「魔の住処」と化していた。
     そして遂に最後の四神獣、白虎が登場する。

    「その姿は『鳳凰』か?」
     ヴァイローチャナが蔑むような口調でそう言った。
     鳳凰。四神獣の能力を全て併せ持つ超神獣。その能力はバラバラの時とは比較にもならないほど強力。
    「これらな、どうだあ」
     口から光線を発射。青、赤、黒、白、四色の光線が螺旋状に絡み合いながらドリルの様にヴァイローチャナに突き刺さる。
     しかし、それでも。
    「効かぬ、効かぬ、効かぬ、効かぬわあっ!」
     どうして?
    「ふははははー」
     ヴァイローチャナは自身の勝利を確信する高笑いを発した。

  • 続々・コックローチ16

  •  2021年10月15日(金)公開。
     お楽しみに。



  • 16

  •  銅鐸の塔へ向かって飛翔する宇宙遠洋漁船量子の眼下にパキスタンが広がる。パキスタンとは「清浄な国」という意味で、1947年にインドから独立した国だ。故に、この一帯に紀元前2600年から紀元前1800年頃に繁栄した文明をインダス文明と呼ぶ。
    「降りましょう」
     梓彩はそう告げた。
     当たり前だが神や神獣は古代文明発祥地と縁が深い。ならば、この地とも縁が深いに違いない。そしてその神が翔太でないとも限らない。
    「了解」
     量子は降下した。

     モヘンジョダロ遺跡。
     ハラッパと並ぶインダス文明最大の都市のひとつ。ユネスコにより手厚い保護が行われていたが、核戦争後は荒れるに任せている。
     散策する梓彩たち。足元に一辺5cmほどの大きさの正方形をした印章が散らばっているのを発見した。手に取って図柄を見ると、卍、十字、円などが描かれたものや、角の生えた王冠を頂く神官の姿、そして牛、羊、犀などの角の生えた動物の姿などが描かれていた。
    「この文明は角を神聖なものとして尊重しておったのじゃよ」
     ゼウスがそのように解説した。更にゼウスは次のような話をした。 
    「角だけでなく月桂樹を敬うのも、この文明の特徴。それがのちのインドの文明に大きな影響を与えた。インドの人々が牛を敬うのも、仏教で月桂樹が尊ばれるのも、もともとはインダス文明の・・・いや、より正確にはインダス文明の前身となる、ここパキスタンに誕生した農耕文化によるのじゃよ」
    「あれ」
     梓彩は変わった図柄の印章に目を惹きつけられた。
    「これは虎ね。でも頭に角が生えているわ」
     虎の頭に角はない。これはどういうことなのだろう?
    「きっと、角を生やした兜かなんかを虎の頭に被せたんじゃないかな」
     チャンがそう梓彩に言った。
    「そうね。きっとそうだわ」
     更に付近を散策していると。
    「これってサイコロじゃない?」
    「そうじゃな。インダス文明はサイコロを発明したのじゃよ」
    「そうなんだ」
    「サイコロだけじゃない。チェスの起源もインダス文明じゃよ」
     ゼウスがそう解説した直後。
    「な、何だ」
     空が急に夜のように暗くなった。そして、白い霊体が出現した。
    「これはモヘンジョダロの神官の霊体じゃ。これはヤバいぞ」
     だが、時すでに遅し。霊体は梓彩に憑りついてしまった。霊体だから物理的な攻撃は効かない。
    「おお、見える」
     霊体が話し始めた。
    「お前は翔太という男を探しているな?」
    「どうしてそれを?」
     驚く梓彩。
     霊体は梓彩の脳の記憶をスキャンしたのだ。憑りついた相手の脳をスキャンするくらい、霊体にとってはわけがない。
    「私とチェスで勝負しろ。もしも勝てたら翔太に関する情報を教えよう」
    「何ですって、本当なの?」
    「嘘は言わない。但し、お前が負けた時には、その肉体を完全に私のものとする。よいな」
    「憑りつかれてしまった以上、やるしかないぞ。梓彩」
     ゼウスが「もはや戻れない」ことを告げた。
    「わかったわ。この勝負、受けるわ」
     チェスと言っても昔の道具を用い、昔のルールで行う。
    「できるのか?梓彩」
     チャンとジュリーが心配する。
    「霊体がやり方を教えてくれたわ」
     いよいよチェスが始まった。瑪瑙でできた手駒を動かす梓彩。霊体も手駒を動かす。ルールは現代のものと同じだ。先にキングを取られた方が負け。
    「ふん」
     梓彩の表情には、なぜか余裕が見られる。その余裕の表情が「噓でない」ことが、だんだんと明らかとなってきた。梓彩が次々と相手の駒を取り始めたのだ。
    「こんなバカな」
    「残念ね」
     梓彩はチェスの名手なのだ。
    「はい。これでチェックメイトよ」
     勝負は梓彩の圧勝。
     ゼウスが霊体に迫る。
    「約束じゃ。翔太の情報を教えて、とっとと消え失せろ」
    「翔太は雪の世界にいる」
    「雪の世界?」
    「見える。翔太は雪と氷の世界に住んでいる」
    「それは一体、何処なの?」
     だが、霊体はそれを告げずに消えてなくなってしまった。どうやら、そこまでは判らなかったのだろう。
    「翔太は雪と氷の世界・・・」
    「これである程度、居場所は限られたな。北極や南極に近い場所。或いは・・・」
     量子に戻ると、帆乃香から通信が入っていた。
    「ジコマンコンピュータがヒマラヤ山脈に強力な力の存在を確認したわ」
     ヒマラヤ山脈。そこも雪に覆われた世界だ。翔太はひょっとしてヒマラヤ山脈のどこかにいるのか?
    「すぐに発進よ」
     量子がヒマラヤ山脈を目指して飛び立った。
    「翔太。待ってて」
     梓彩の心は踊った。



  •  東西に広がるヒマラヤ山脈は実に広大な地域である。東からアッサム、ブータン、シッキム、ネパール、ガルワール、バンジャブ、そして飛び地のカラコルム山脈。
    「ジコマンの記録では、やはりネパールね」
     ネパール・ヒマラヤは文字通りヒマラヤ山脈の核心部だ。高さ8844m(中国による最新の計測値。一般的には+4mとされている)を誇る最高峰チョモランマを筆頭に14座ある8000m峰のうち実に8座がこの地域に聳える。

     ここで解説。チョモランマと表記したのは今日、世界の潮流となっている「現地名尊重」の立場からである(エベレストはイギリス領インド測量局長の名前)。こうした流れによって今日、マッキンリーは「デナリ」、エアーズロックは「ウルル」と呼ばれている。
     ところが、こうした世界の潮流に真っ向から逆行する国がある。それはニッポン。「飛騨山脈・木曽山脈・赤石山脈」を今もなお「北アルプス・中央アルプス・南アルプス」と呼んでいる。これはニッポン人の精神構造が未だに「舶来主義」に汚染されていることを証明するものだ。一体全体、いつになったらニッポン人はこうしたチープな精神性から脱却することができるようになるのだろう?

     量子がカトマンズ上空を飛行する。
    「熱源反応なし。この都市は放棄されています」
     核戦争以後、カトマンズに人間は住んでいないようだ。
     更に飛行すると。
    「周囲にちらほらと熱源反応」
     上空から見下ろすと、農村地帯に住居が点在する。熱源反応があるということは、そこには人が住んでいるということだ。
     理由はこうだ。核戦争後、経済が混乱したネパールでは都市に暮らす裕福な人々はインドへと移住。貧しい農村の人々のみ、そのままの暮らしを営んでいたのだ。
     そして。
    「山の中腹にも熱源反応あり」
     シェルパと呼ばれる山岳民族も昔同様、暮らしているようだ。
     量子はヒマラヤ登山の玄関口であるナムチェに着陸した。赤、青、緑色の屋根を持つ石造りの家が雛壇に立ち並ぶ。高度3440mに位置するかなりの奥地だが、下手な農村部よりも賑やかだ。
     量子から降りる梓彩たち。
    「わあ」
     片時も翔太のことを忘れない梓彩ではあるが、ヒマラヤの峰を正面に見て、さすがに「登山家」の熱い血が滾る。
    「自分の足で歩いて行きたいわ」
     勿論、そんな時間はない。ここへ来た目的はあくまでもジコマンコンピュータが探知したエネルギーの正体を確かめるためだ。
     梓彩たちの周りにナムチェに暮らすシェルパの人々が集まってきた。
    「ちょうどいいわ」
     梓彩はシェルパのひとりに道案内を頼むことにした。
     ところが、シェルパ族の人々は全員、難色を示した。長老と思しき人が次のように告げる。
    「今はもう、山には登れんよ」
    「どうしてですか?」
    「信じられんかもしれんが、今のヒマラヤは伝説ではなく、本当に『神々の住む山』となっておる。人間が入れば、たちどころのうちに殺されてしまう」
     梓彩は、この話を聞いても驚かなかった。その理由を知っているからだ。ジコマンコンピュータによってネパールの神々もまた復活したのに違いない。
    「早速、お出ましだぞ」
     梓彩たちのもとに一匹の白象がやってきた。ゼウスが代表して挨拶する。
    「お前さんはガネーシャじゃな?」
     ガネーシャはヒンドゥー教の神であるシヴァとバールヴァティの息子だ。白象は「そうだ」と返答した。どうやらガネーシャは人間の敵ではないらしい。
    「教えてくれ。今の山の状況を」
     ガネーシャはチョモランマを中心に山は現在「五人の如来たち」が支配していることを話した。それは五智如来と呼ばれるもので、ヴァイローチャナを頂点に、アクショビャ、ラトナサンバヴァ、アミダーバ、アモガシッディの五人である。
    「何が如来じゃ。本当は悪魔のくせに」
     ゼウスが吐き捨てるように言った。
    「何が『以心伝心・不立文字』じゃ。そんなものは『人にはわからない深い真理を私は知っている。だから自分を敬え』と威張り腐っている慢心の輩の戯言に過ぎん。誰が何と言おうと仏教の究極は『妙法』をおいて他にはないのじゃからな」
     梓彩も「その通り」だと思った。これらの如来はきっと真言密教をもって正しい教えである妙法が世界に広まるのを妨げる「悪の如来」であるに違いないと。
     一握りの優秀な人間だけが秘術を会得できると説く真言密教の教えほど選民主義的で「全ての人々を成仏させたい」という仏教の本義に反する教えはない。「自分は優秀、自分は特別」と自惚れた人間は、こうした教えにすぐに飛びつくものだが、それこそ思う壺で、そうした人間から地獄に突き落とされていくのだ。
     ジコマンコンピュータから送られてきたデータではチョモランマ周辺に強い反応があった。チョモランマに密教の如来どもが住み着いていることと一致する。
    「ひょっとして翔太はそのうちの一人なのかしら?」
    「さあな。そこまでは儂も知らん」
    「なら、行くしかないわね」
     梓彩が量子に乗り込もうとした。
    「ちょっと待ってくれ」
     ゼウスが梓彩を引き留める。
    「腹がへった。これでは戦はできん」
    「神様でも腹が減るのね」
    「兎に角、何か腹に詰めないことには」 
     そこへ、ゼウスと梓彩の会話を聞いていた10歳くらいのシェルパの少女がやってきた。
    「なら、うちへ来るといいわ。食事くらい提供できてよ」
     少女が駆けていく。
     梓彩たちは少女のお言葉に甘えることにした。

     梓彩たちの前にプレートに載せられた食事がやってきた。
    「おお、ダルバートじゃな」
     ダルは豆スープでバートは米。ニッポンで言えばさしずめ「ご飯と御御御つけ」といったところか。その他に炒め物のサーグや野菜のタルカリなどが付いていた。ダルバートはネパールの国民食ではあるが贅沢な部類の食事である。普段の彼らはリキグルと呼ばれるジャガイモをすりおろして焼いたパンケーキを主食としている。また麓の農村ではディロと呼ばれるトウモロコシや稗の粉を練り上げたものを食べて暮らしている。
     食事をしながら、梓彩は少女の祖父から情報収集を行った。祖父は先程の老人だ。どうやら、この家は長老の家のようだ。
    「如来は全員、人間の姿をしておるが、空を自在に飛び、大地を揺るがす」
     相当、厄介な相手のようだ。
    「やめた方がいい。みすみす死にに行くようなものだ」
     だが、梓彩の決意は固い。
    「なら、これを持って行くがいい」
     少女の父親が梓彩にククリを差し出した。ククリとはセルパに伝わる登山ナイフだ。
    「ありがとうございます。では、お借りします」
     梓彩は必ず生きて戻り「お返しする」と約束した。
    「量子発進」
     量子が飛び立つ。量子は高度を地上から100mにキープしながら、登山道を北上した。キャンツマで二手に分かれる。量子は針路を右に取る。ディンボチェで今度は左へ。トゥクラの上空に来た時、左手に氷河が解けた水が溜まったできた湖、チョラツォ・ポカリが見えてきた。ポカリとはネパール語で「池」のことだ。
     量子は更にクーンプ氷河を眼下に北上する。そして最終的に標高5364m地点に着陸した。そこはかつてチョモランマ登頂を目指す登山者がベースキャンプとしていた場所である。ここからチョモランマまでは10kmを切る距離だ。
    「ここから、いよいよ雪山登山の開始ね」
     冬山装備は量子に常に常備されているので、それを使用する。上下ともにダウン。足にはアイゼン。手にはピッケル。
     梓彩を先頭に氷河歩きが始まった。
    「みんな、寒くない?」
     豚は本来、脂肪が人間よりも少なく、寒さには弱いはずだが、チャンとジュリーは問題ないという。ゼウスも全く寒さを感じていないようだ。さすがは神。
     ニッポンの山を制覇。海外の山ではヨセミテを経験している梓彩だったが、さすがにヒマラヤはそれらの山とは困難の度合いが桁外れに違う。特に違うのは標高で、空気が極端に薄いのだ。
    「はあはあはあ」
     さすがの梓彩も呼吸を乱し始めてきた。チャンとジュリーもそれに気が付いた。
    「梓彩、大丈夫か?」
    「チャンの背中に乗った方が」
    「大丈夫よ」
     梓彩は二匹の気遣いを「無用」と突っぱねた。
    「せっかくの楽しみの邪魔をしないで頂戴」
     ニッポンに氷河は剱岳にしかない。梓彩は初めて体験する本格的な氷河の感触を踏みしめていた。
     梓彩たちはチョモランマの直下までやってきた。梓彩はチョモランマを筆頭にローツェ、ルプツェの三峰によってぐるりと周りを囲まれたその光景を、規模こそは違うけれど前穂、奥穂、北穂の三峰に囲まれた厳冬期の涸沢のようだと思った。
    「さあ、いよいよ岸壁に取り付くわよ」
     と、その時。
     五智如来のひとり、アミダーバが出現した。こいつは人々に対し「西方に浄土がある」と言って人々に妙法ではない間違った題目を唱えさせ、無間地獄へと引きずり込む魔物だ。
    「うおっ」
    「な、なんだ」
    「これは」
    「地震か」
     突然、山脈一帯が激しく揺れ始めた。
    「いかん。このままでは雪崩が起きるぞ」
     そう言っている間にチョモランマの上で雪崩が発生した。
     ゼウスは大鷲に変身。上空へ逃れた。
    「俺達も」
    「変身だ」
     チャンとジュリーが合体する。巨大竜、ケツァルコアトルに変身。
    「梓彩」
     梓彩はケツァルコアトルの鼻の上に乗った。間一髪。梓彩を乗せたケツァルコアトルも上空へと逃れた。今までいた場所を雪崩が襲う。そこは一瞬のうちにデブリと化した。
    「攻撃するわ」
    「了解」
     ケツァルコアトルがアミダーバに突撃する。梓彩はククリの鞘を抜いた。
    「やあっ」
     アミダーバに向かってククリを振り下ろす。ククリの刃がアミダーバの右腕にあたった。だが、効かない。掠り傷ひとつ負わないアミダーバ。
    「なんて硬い皮膚なの」
    「なんまいだあ」
     そう叫びながら上空へと逃れるアミダーバ。
    「奴め、我々を誘っているようじゃ」
    「梓彩、どうする?」
    「勿論、追うのよ」
     梓彩たちはアミダーバを追った。そして気が付けば梓彩たちはチョモランマの北壁側にいた。ここはネパールではなくチベットだ。
    「見失ったぞ」
    「どこにいるのかしら」
     アミダーバを見失った梓彩たち。敵地で敵を見失う。これは最悪のパターンだ。
     梓彩たちの位置からだと丁度、チョモランマの裏に太陽がある。梓彩たちから見たチョモランマは黒い影によって巨大な黒い岩塊となっていた。
     その黒い岩塊の中からアミダーバが出現した。影と同化していたのだ。
    「なんまいだあ」
     ケツァルコアトルは真後ろからアミダーバの攻撃を受けた。
    「きゃあ!」
     梓彩が鼻の上から落下した。
    「梓彩!」
     ゼウスが直ちに追う。
     だがその時、もう一体の如来が出現。アクショビャだ。アクショビャが触地印をチョモランマの氷河に触れた。その瞬間、チョモランマの中腹に巨大な裂け目が開いた。
    「これはクレバス。いかん!」
    「あああああ!」
     アクショビャが作り出したクレバスの中に梓彩が吸い込まれていく。やがて梓彩の体は完全に氷河の下に消えてしまった。
    「なんということだー」
     アクショビャとアミダーバ二体による攻撃がゼウスとケツァルコアトルに襲い掛かる。
    「ここはひとまず撤退じゃ」
    「梓彩はどうするんだ?」
    「今の状況ではどうすることもできん。量子に戻り、梓彩の居場所を探知しなくては」
     氷河の下は水が流れている。クレバスに落ちた梓彩はその水の流れで下流まで流されるだろう。無論、生きている可能性は限りなくゼロだ。水の中では呼吸はできず、それ以前に水の冷たさに凍死するだろう。後日、麓にあるポカリのどこかに死体が浮かび上がるだけでもラッキーというものだ。
    「兎に角、戻るぞ」
    「くっ」
     ゼウスとケツァルコアトルは撤退した。

     宇宙遠洋漁船量子に戻ったゼウス、チャン、ジュリーは直ちに梓彩の捜索を開始した。
    「反応がない」
     計測機に梓彩の体にある発信器からの送信はなかった。どうやら厚い氷河の下からでは電波が届かないようだ。
    「だめだ。これでは探しようもない」
    「あ、梓彩」
     ゼウス、チャン、ジュリーの間に急速に絶望感が広がっていった。

    「体が、動かない。意識も薄れていく」
     氷河の下の水の中を流れる梓彩。あと数分もすれば梓彩は死ぬ。
     その時、梓彩に向かって何かが泳いできた。その何かが梓彩のダウンジャケットをガブリと噛んだ。その何かは梓彩を口に咥えたまま、どこかへと泳ぎ去った。

  • つづく     



  •  次回「続々コックローチ16 後編」は2021年10月29日(金)に送信予定です。



  • 「うう」
     梓彩の意識が戻った。
    「どうやら、気付かれたようですね」
     ここは地上。梓彩は「何者」かによって救われたのだった。
     その何者を見た瞬間、梓彩はどきりとした。上半身を起こした梓彩の目に飛び込んできたのは、何と体長1,5mほどのヒョウだった。しかし梓彩は気を取り直した。猛獣とはいえ、相手は命の恩人なのだ。
    「あなたが私を?」
    「私はユキヒョウの『白虎』。四神獣のひとり」
     ユキヒョウとは高山地帯に暮らすヒョウのことだ。
    「あなたは普通のヒョウにしか見えないわ」
     梓彩は率直な感想を言った。
    「普段はそうです。ですが、私もまた蒼龍、朱雀、玄武と同じ神獣なのです」
    「まだ礼を言っていませんでした。助けていただきありがとうございます」
    「礼には及びません」
     その後、白虎は自分がこの地にいる理由について語った。
    「私は単身、五智如来と戦ってきました。しかし、私一頭の力ではいかんともしがたく現在に至っております」
    「まあ」
    「やはり、奴らと戦うにはこちらも戦力を完全に整えなくてはなりません」
    「完全に整える?」
    「ガルーダを召喚するのです」
     ガルーダはヒンドゥー教の最高神であるヴィシュヌ神に仕える最強の神獣である。
    「ガルーダこそ、五智如来を倒すことのできる最強の神獣。その力はケツァルコアトルの比ではありません」
    「最強の神獣ガルーダ」
    「そうです。ですが、ガルーダは非常に強暴で誰にもなつかない。そのガルーダを唯一ペットのように手玉に操ることができるのはヴィシュヌ神だけです」
    「そのような神獣を、どうやって召喚するのですか?」
    「あなたには、できます」
    「えっ」
    「なぜなら、あなたはチョモランマなのですから」
    「は?」
    「あなたはヒマラヤの最高峰チョモランマなのです」
    「どうして私がチョモランマなのです?」
    「あなたは自分のことをご存知ない。もともとチョモランマとは『大地の女神』という意味なのです。そしてあなたには、あらゆる女神の美徳が備わっているのです」
     これが梓彩の愛液が聖水である理由だ。それ故にタマを始め、ヨー・シロー、チャン、ジュリーといった動物たちが皆、梓彩に心酔するのだ。
    「私が女神」
    「そうです。あなたさまにはヒマラヤを支配する偉大なる女神の美徳が備わっています。ヴィシュヌ神さえも、あなた様に比べればヒマラヤで暮らす神のひとりに過ぎません。ですからガルーダがあなた様に従わないはずがありません」
    「だから私を」
    「はい。お救いしました。ぜひ私に力をお貸しください」
    「で、ガルーダはどこに?」
    「わかりません。ですが、あなた様が呼べば必ずや現れるでしょう」
     しかし現時点では肝心の呼び方がわからない。しかし光明が灯ったことは確かだ。最強の神獣であるガルーダさえ呼び出すことができれば、五智如来を倒し、ヒマラヤを人間の手に取り戻せるのだ。
    「ですが今、あなたがなすべきことは体力を回復することです」
     確かに、その通りだ。梓彩は疲れ切っていた。

     銅鐸の塔
    「で、梓彩はクレバスに落ちて、そのまま行方不明なのですねチャン」
    「そうです。申し訳ありません」
    「直ちに、こちらで捜索するわ」
     その後、折り返し連絡が入る。
    「こちらでも検索できないわ」
    「そうですか」
     こうした銅鐸の塔と量子との間で交わされている通信の内容を聞いていたテラが突然、外へ向かって走り出した。
    「変身」
     銅鐸の塔の外に出たテラは玄武に変身すると、甲羅を回転させながら飛翔した。
    「梓彩は自分が見つけ出すキャン」
     玄武がネパールに向かって飛んで行く。

     同じ頃。
    「どうした麒麟?」
    「梓彩が呼んでいる。何か重大な危機が訪れたようです」
    「なに」
    「ビア様。この場を離れることをお許しください」
    「勿論だ。彼女には恩がある。行け麒麟よ。梓彩の力になって参れ」
     神獣・麒麟もまたエジプトからネパールへ向けて飛び立った。

     そしてネパールの首都カトマンズでは。
     重大な決断を行うべく、白牛のシヴァ、白獅子のドゥルガー、白蛇のブラフマー、白孔雀のクマラなどヒンドゥー教の神々を体内に宿す生き物たちが旧ナラヤンヒティ王宮に集まっていた。そして彼らを一堂に集結させたのはシヴァの息子である白象のガネーシャだった。
    「いつまでも五智如来の好き勝手にさせるわけにはいかない。我々も戦おう」
     ガネーシャが叫ぶ。ガネーシャにこの決意を促したのは、いうまでもなく梓彩の存在だ。ガネーシャは梓彩の中に只の人間とは思えない聖なる存在を感じ、梓彩に賭けたのだ。
     だが、最終的な決断をするのは最高神である白牛のシヴァだ。シヴァが首を横に傾げなければ神々は動かない。
    「父上!」
     ガネーシャの必死の懇請。
    「うむ。そなたの言う通りだ。我々も神の名にかけて今こそ立ち上がり、五智如来どもと戦おうではないか」
    「おー」
     そうと決まれば行動は早い。ガネーシャを先陣にヒンドゥー教の神々がカトマンズから出発した。



  •  標高5364mにあるベースキャンプ。
     そこに停泊する量子に最初に到着したのは。
    「無事に着いたキャン」
    「テラ」
     まずはテラだった。
    「自分が来たからには必ず、梓彩を見つけるキャン」
     役に立ちそうには思えないが、それでもテラがやってきたことはチャンとジュリーの鬱屈した気分を軽くした。
     次にやってきたのが。
    「な、なんだ?」
     後ろから続々と動物たちが登って来る。その先頭にいるのは。
    「ガネーシャ!」
    「きみたちの仲間に入れてくれ。ぼくたちも戦うゾウ!」
     心強い仲間が一気に増えた。
     だが、ここに梓彩はいない。これは戦意を失わせるに十分な要因だ。
    「大丈夫。きっと生きているキャン」
    「それに、死んでいるのなら尚更、弔い合戦のひとつもやらねば気が済まん」 
     ゼウスのこの一言が、皆の落ちかけた戦意を高めた。
    「いざ、出陣!」
     麒麟はまだ到着していなかった(ここに向かって来ていることなど分かるはずもない)が、一行はチョモランマめがけて進軍を開始した。

     一行がデブリに到着した。
    「魔物どもよ。出てこーい」
     ゼウスが天空に向かって叫ぶ。三方を高峰に囲まれた地形のために、その声は幾重にも周囲に反射、大きな音となって木霊した。
    「来たか」
     五智如来が空から飛んできた。
    「愚かな奴らよ」
    「我々に殺されるために」
    「わざわざやって来たか」
    「バカめ」
    「全員纏めて始末してやるわ」

     チベットの森
     ヒマラヤから一匹のデマレルーセットオオコウモリが飛んできた。白虎の頭の上にとまると何やら耳打ちを始めた。
    「梓彩様。どうやら五智如来とヒンドゥー教の神々との間で闘いが始まるようです」
     オオコウモリは鋭い聴覚によってゼウスの叫び声を探知。それを知らせに来たのだ。
    「ならば、私たちも急ぎましょう」
    「御意」
     白虎が変身を開始した。体の斑点模様が横縞模様に変わる。ユキヒョウはその名の通りホワイトタイガーへと姿を変えた。体も一回り大きくなり2mを越えた。だが、それだけではない。何と頭に水牛の様な二本の鋭い角が生えてきたのだ。
    「これがあなたの本当の姿」
    「はい、そうです」
     梓彩は、この姿に見覚えがあった。そうだ。これはモヘンジョダロで見つけた印章に描かれていた虎だ。
    「お乗りください」
     白虎が屈んで背中を差し出した。梓彩は白虎の背中に跨った。
    「飛びますから、くれぐれも落ちないように」
    「わかったわ。これでいいかしら」
     梓彩は白虎の角を握った。
    「ええ、それで構いません」
    「白虎様あ」
    「頑張れえ」
    「ファイトー」
     周囲からレッサーパンダ、ミミセンザンコウ、ナキウサギ、チベットモンキー、アルガリといった地元の生き物たちが続々と集まってきた。彼らは皆、白虎が護ってきた仲間たちだ。
    「なあに、ちょっと行って来るだけさ」
     白虎と梓彩はチョモランマに向かって飛翔を開始した。



    「俺の相手は誰だあ!」
     アミダーバが叫んだ。
    「お前の相手は俺たち夫婦だ」
     アミダーバの挑戦を受けたのは、シヴァ&パールヴァティの鴛鴦夫婦だった。
    「いいだろう。来い」
     アミダーバが自分の領有するヒマラヤ最西端に起立するナンガ・パルバットめがけて飛翔する。シヴァ&パールヴァティ夫婦はそれに続いた。

    「お次は誰じゃあ」
     続いてアクショビャが名乗りを上げる。
    「なら、お前の相手は俺だ」
     そう叫んだのはブラフマー。
    「相手にとって不足無し。来い」
     アクショビャは自身が支配するヒマラヤ最東端にあるナムチャ・バルワに向けて飛び立つ。ブラフマーはそれを追った。

    「このラトナサンバヴァ様と戦うのは、どいつじゃあ」
    「私が相手をしよう」
    「ふん」
     ラトナサンバヴァがカメットに向けて飛翔する。その後を追うのはクマラ。 
    「兄さん、頑張って」 
     弟のガネーシャがクマラに叫んだ。
    「お前もな」

    「私と戦う猛者は・・・おまえか」
     アモガシッディがひとりのイケメンを指差した
    「ご指名とあらば」
     そう言ったのは、ヒンドゥー教の神一番の美男子であるクリシュナ。
    「よし、ついてくるがいい」
     アモガシッディの支配地は高さ第二位を誇るK2が聳えるアルプスの逸れ島、カラコルム山脈だ。
    「楽しめそうだな」
     クリシュナはカラコルム山脈へと飛び立った。

     あと、残るのは。
    「ということは、我と戦うのはお前だな?ガネーシャ」
    「そうだ」
    「エベレスト一帯を支配する五智如来最強を誇るヴァイローチャナと戦うのはガネーシャ」 
     そして
    「儂にも手伝わせてくれ」
    「俺達も」
    「戦うぞ」
    「そうだキャン」
     ゼウス、チャン、ジュリー、テラもここで戦う。
    「ガネーシャよ。ここが、お前の墓場となるのだ」
     ヴァイローチャナが印を結ぶ。圧倒的な闘気が周囲に放たれ始めた。
    「ううっ」
     それを見て怯えるガネーシャ。
     闘気はやがて凍気となって、ガネーシャたちに襲い掛かった。
    「うわああああ!」
     このままでは、ここにいる全員が凍死する。やはり五智如来を相手に戦いを挑むなど、無謀だったのか?
    「自分たちの愚かさを悟って、あの世へ行けい」
     ヴァイローチャナが最後の攻撃に出ようとした。
     その時。
    「むっ」
     ヴァイローチャナの凍気が止まった。横から不意の攻撃を受けたからだ。
    「あ」
    「あれは」
    「まさか」
    「あのお方は」
     ヴァイローチャナに攻撃を仕掛けたのは。
    「どうやら、間に合ったようね」
    「梓彩!」
     白虎に乗った梓彩が戦場にやってきたのだった。
    「梓彩。生きていたのだな」
    「おかげさまでね」
    「お主が乗っているのは神獣か?」
     それについては本人が説明した。
    「私は白虎」
     蒼龍、朱雀、玄武、白虎。梓彩のもと、ここに四神獣が全て揃った。
    「一斉攻撃」
     梓彩が神獣たちに攻撃命令を発した。全ての神獣が口から光線を発射。青、赤、黒、白の光線がビーム兵器の様にヴァイローチャナめがけて襲い掛かる。
    「ふはははは」
     だが、全く効いていない。
     なぜ?
    「みんな、合体よ」
     梓彩の背中を大鷲に変身したゼウスが掴む。梓彩が白虎の背中から離れたところで四神獣が合体した。
    「その姿は『鳳凰』か?」
     ヴァイローチャナが蔑むような口調でそう言った。
     鳳凰。四神獣の能力を全て併せ持つ超神獣。その能力はバラバラの時とは比較にもならないほど強力。
    「これらな、どうだあ」
     口から光線を発射。青、赤、黒、白、四色の光線が螺旋状に絡み合いながらドリルの様にヴァイローチャナに突き刺さる。
     しかし、それでも。
    「効かぬ、効かぬ、効かぬ、効かぬわあっ!」
     どうして?
    「ふははははー」
     ヴァイローチャナは自身の勝利を確信する高笑いを発した。
    「とりゃあ」
     ヴァイローチャナの腕の一振りを受け、鳳凰はいとも簡単に弾き飛ばされてしまった。そして、その衝撃によって鳳凰は四神獣に分離。それぞれ大ヨークシャー、中ヨークシャー、ポメラニアン、ユキヒョウに姿が戻ってしまった。

     ナンガ・パルバット
    「変身」
     女神であるパールヴァティが戦うには、変身しなくてはならない。パールヴァティは可憐な女体から10本の腕を持つ姿を変化させた。しかもその腕には全て、なにがしかの武器が握られていた。
     その姿こそドゥルガーと呼ばれる、神話の時代に魔王マヒシャを倒した無敵の軍神に他ならない。
     そしてシヴァは言うまでもなくヒンドゥー教の神々を統率する最高神だ。そのタッグとなれば、さすがのアミダーバも苦戦は覚悟せねばなるまい。
     ところが。
    「きゃあああ」
     ドゥルガーは10本の腕の全てを捥ぎ取られた。そしてシヴァもまた全身に深い傷を負った。
     それに対し、アミダーバは全くの無傷。
     これが神と如来の「力の差」だというのか?
    「当たり前だ」
     アミダーバが嘲る様にシヴァとドゥルガーに話し始めた。
    「如来は万物の智慧を有する存在。対するお前たちは所詮、ひとつの能力に秀でた『一芸バカ』に過ぎない」
     確かに「海の神・山の神」というように、神とはひとつの得意分野に秀でた存在であって、あらゆる知恵を有する万能の存在ではない。
    「もうわかったろう。お前たちの負けだ」
     これはアミダーバによる勝利宣言に他ならない。
    「さあ、死ねえ!」
     アミダーバが一撃必殺の印を結んだ。
     こうした状況は、その他の山域でも全く同様だった。

     エベレスト一帯
     戦況は明らかに不利。だが、ガネーシャは諦めない。
     ガネーシャには一つの確信があった。その核心は梓彩の存在。ガネーシャもまた白虎同様、梓彩をチョモランマの化身と信じていた。
    「梓彩様、今こそガルーダを呼び出してください」 
     ガネーシャが叫んだ。
    「何?ガルーダだと」
     それまで、圧倒的な自信を持っていたヴァイローチャナが動揺した。いかに万物の智慧を有するヴァイローチャナと言えど、荒くれ鳥であるガルーダには勝てないからだ。なぜならヴァイローチャナを始め、五智如来が豪語する万能の智慧など所詮は「まやかしに過ぎない」からだ。大宇宙の波動を根底とする妙法の智慧の前では、大地の波動を根底とする密教の智慧など「赤子の智慧」でしかない。
     だが、暫くしてから、ヴァイローチャナは再び覇気を取り戻した。というのは梓彩が動揺していたからだ。その様子からヴァイローチャナは梓彩にはガルーダを召喚できないことを読み取ったのだ。
    「ははははは。そうかそうか」
     ヴァイローチャナが叫ぶ。
    「お前たちの切り札はガルーダだった。そして、その女が召喚できると踏んでいたのだな。愚か者め。その女には何もできん。その女は女神でも何でもないのだからな。お前たちは『愚かな希望を抱いた』に過ぎないのだ」
    「そんなことはない」
     必死に反論するガネーシャ。
    「梓彩様こそ、この地上の救世主。絶対にそうなのだ」
    「愚かな。救世主などいるものか。仮にいるとすれば、それは我ら五智如来のことだ」
    「ふざけるな。誤った思想を広める悪魔どもが」
    「何とでもほざけ。所詮、この世は力が正義よ」
     ヴァイローチャナが最強の印を結んだ。
    「これで最後だ。全員、死ねえ」
     その時。
    「ふう。ギリギリ間に合ったみたいだ」
    「あなたは」
     梓彩は新たにこの場にやってきた神獣を知っていた。
    「お久しぶりです、梓彩様」
     それは遠くアフリカの地からやってきた麒麟だった。
    「は、まさか」
     この時、梓彩はひとつのことに気がついた。
     四神獣合体。これはまだ未完成なのでは?麒麟がいて初めて完全な合体神獣となるのでは?
    「麒麟さん。直ちに四神獣と合体してください」
    「がってん承知の助」
     四神獣と麒麟が合体作業に入った。
    「五神合体ーっ!」
     ヴァイローチャナの印が発する光を遥かに上回る強烈な光を発しながら、合体する四神獣と麒麟。やがて光が消え、そこには今まで見たこともない神獣が誕生していた。
    「きーっ!」
     鳳凰とは明らかに異なる怪鳥が出現した。この五神合体獣の正体をガネーシャが的確に指摘した。
    「これがガルーダ・・・」 
     五つの神獣が合体して、遂に最強の神獣が地上に降臨したのだ。
    「こんなもの、虚仮脅しよ」
     浅薄な智慧しか有さないゆえに現実を直視できないヴァイローチャナが必死に現実を否定しようとする。
    「喰らえ」
     ヴァイローチャナが必殺の印から自身、最強となる光線を発射した。
    「なに」
     だが、そんなものは全く効かない。
    「きーっ」
     ガルーダがヴァイローチャナに飛び掛かる。鋭い鈎爪がヴァイローチャナの体に突き刺さった。
    「ぐわあああ」
    「きーっ」
     ガルーダが嘴でヴァイローチャナを啄み始めた。目ん玉を啄み、性器を啄み、最後には心臓をも啄んだ。
     ヴァイローチャナを啄み終えたガルーダが東に向かって飛翔する。
    「後を追いましょう」
    「儂の翼では到底、ガルーダには追いつけんよ。量子に戻らねば」
     梓彩、ゼウス、ガネーシャはベースキャンプに置かれた量子のもとへ戻った。ゼウスがレーダーを操作する。
    「探知したぞ。どうやらナムチャ・バルワに向かっているようじゃ」
    「発進」
     チャンがいないので、梓彩自ら操縦桿を操る。アクセル全開の急加速にゼウスとガネーシャは床を滑り、後部の壁まで吹っ飛ばされた。
    「おいおい、お手柔らかに頼むぞ」
     梓彩の操縦はまるで暴走族のメンバーの様である。
     
     ナムチャ・バルワ。
    「く、くそう」
     全身、傷だらけのブラフマー。
    「お前の力など、その程度なのだ」
     アクショビャが最後の一撃をブラフマーに加えんとする。 
    「きーっ」
     そんなアクショビャにガルーダが襲い掛かる。
    「ぐわあ!うぎゃあ!ふぎゃああああ!」
     アクショビャが啄まれていく。あっけにとられるブラフマー。
     ガルーダ強し!ものの数分でけりがついた。
     再びガルーダが来た道を引き返す。その横を通過する量子。量子はブラフマーを回収してから反転。ガルーダを追った。

     カメット。
     ラトナサンバヴァに敗北したクマラがカメット南東壁に無数の針で磔にされていた。
    「うう・・・」
    「お前の最期の時は来た」
     ラトナサンバヴァが左手を腹の前で水平に、右手を手の平を返した状態で右下に垂らす。
    「せめてもの情け。この『施願印』で苦しまずに殺してやろう」
     右手の指から鋭い針が次々と発射された。今度は磔ではなく、確実に急所に突き刺すつもりだ。
     だが、針はクマラの体には刺さらなかった。間一髪、針は量子の左船体に突き刺さった。
    「兄さん!」
     ガネーシャがクマラを救助する。
     その間、ラトナサンバヴァは悲鳴を上げ続けていたようだ。だが、やがてその悲鳴も途絶えた。
     ガルーダがさらに西を目指して飛翔する。
    「行きましょう」
     量子がそれに続く。

     ナンガ・バルバット。
     全ての腕を失ったドゥルガーは元の姿であるパールヴァティに戻っていた。そしてシヴァとともに、アミダーバに倒されようとしていた。
    「さあ、お前たちも西方浄土の住人となれ」
     いうまでもなく、それは死を意味する。
     そこへ。
    「うわああああ!」
     まだ啄み足りないようで、アミダーバもガルーダの餌となって果てた。
     ガルーダが北へと向かう。目的は明白だ。

     K2。
    「イケメンが台無しだな」 
     アモガシッディの皮肉。既にクリシュナは顔を除く全ての体の部分に切り傷を負っていた。
    「その美しい顔も醜く切り刻んでやろう」
    「ううう」
    「覚悟しろ、クリシュナ」
     だが、覚悟しなければならなかったのはアモガシッディの方だった。
    「な、何だ?」
    「きーっ」
     ガルーダの鈎爪がアモガシッディの頭部をがしりと掴んだ。ガルーダが上昇する。10000m付近から急降下を開始。アモガシッディの体をK2の頂に突き刺した。
    「ぶぎゃああああ」
     アモガシッディの肉体は瞬時に両手足と頭の五つに分離。バラバラ死体となって、赤い血を雨の様にK2の岸壁に撒き散らしながら麓へと落下していった。
     戦いは終わった。
    「きーっ」
     勝利の雄叫びを上げたガルーダが光り出す。役割を終えたガルーダは光の中で、その姿を消滅。再び五神獣に戻った。
     五神獣が量子に乗った。
    「発進」
     闘いを終えた戦士たちを乗せ、量子はナムチャへと向かった。



  • 「よく無事に戻られたものだ」
     梓彩からククリを受け取った長老は驚きを隠さなかった。
    「またチョモランマに登れますよ」
     梓彩は長老の孫娘にそう話した。
    「自分は戻ります」
     麒麟は主のいるエジプトへ向けて長旅に入った。
     そして白虎もまた。
    「自分にはチベットの森に大切な仲間たちがいます。それにニッポン人には自分の姿は厳しいでしょう。何しろヒョウですから。豚やポメラニアンとは違います」
     梓彩は無理に白虎を銅鐸の塔に連れて行こうとは考えなかった。できるなら自分とて、ヒマラヤを仰ぎ見るこの地で暮らしたいくらいなのだ。確かに大自然は厳しく、暮らしは倹しい。しかし、ここにはニッポンが失ってしまった健康がある。ニッポン人にとっての神様はもはや「願掛けの道具」に過ぎないけれども、ネパールの人々と神様は今も厳然と「共存している」のだ。
    「また、お会いすることもあるでしょう」
     白虎がチベットに向けて飛び立った。
    「それじゃあ、私たちも」
     梓彩たちも量子に乗り込んだ。
    「みなさん、さようなら」
     量子が飛び立つ。下ではガネーシャを筆頭にネパールの神々やシェルパの人々が手を振っていた。

  • つづく     



  •  次回、急展開。
     遂に魔王が復活。魔王の軍団が銅鐸の塔を襲う!

  • 続々・コックローチ17

  •  2021年11月12日(金)
     お楽しみに。



  • 17

  •  その後も梓彩は雪と氷の世界を手掛かりに北欧、グリーンランド、カナダ、シベリアなど雪と氷の存在する地域を中心に世界中を駆け巡った。だが、未だ翔太の消息は不明のままであった。
     そして、人類が知らぬ間に何か恐ろしいものが「世界の脅威」となって襲い掛かろうとしていた。



  •  北海道サロマ湖。
     ここもまた辺り一面、銀世界。
    「サロマ」とカタカナで表記してしまうと何ともロマンがない。漢字だと「猿がお月見をする湖である」ことが一目瞭然でわかる。しかし今ここに猿はいない。
     畔には古城が一つ建っている。その古城は見るからに「邪悪の城」を思わせる暗い雰囲気を湛えていた。
     その古城の中を一頭の象が、のしのしと歩いている。いや、象ではない。体を覆う長い毛。これはナウマンゾウだ。だが、ナウマンゾウが生きているはずはない。ということは、これもまたジコマンコンピュータが生き返らせた神獣なのか?
     ナウマンゾウは玉座の置かれた王の間へと入った。
     玉座には全身、黒い服を纏ったひとりの男が「足を組む」といった具合に横柄な態度で座っていた。
    「どうだ?余の力は」
     ナウマンゾウは4つの膝を床について平伏した。
    「はい。素晴らしいです、魔王様」
    「余の力によって既に地上の生態系の1%が変わった」
     魔王が玉座から立ち上がった。すらりとして背が高い。
    「パオーよ。もう間もなくだ。もう間もなく、我々が地上を支配する時がやって来るぞ」

     銅鐸の塔。
     その周辺には核戦争を生き延びたニッポン人が次々と集まり、今では13万人ほどの街が出来上がっていた。
     幕張の海岸では勇気が釣りを楽しんでいた。
    「お、何かかかった」
     リールを巻いて獲物を引き寄せる。釣り糸の先端には魚ではなく直径20cmもある大きな巻貝が引っかかっていた。無数の触手が飛び出す貝の本体部分は、まるでイソギンチャクのようだ。
    「これって、オウムガイだな」
     東京湾でオウムカイとは随分と珍しい獲物だ。
    「みんなに見せてやろう」
     勇気は銅鐸の塔へ戻った。

     リビング。
    「勇気、お帰り」
    「みんな、面白いものが釣れたぞ」
     勇気は自信満々にオウムガイを皆に見せたのだが。
    「え」
    「なに」
    「それって」
     その場にいた帆乃香、烈、望は勇気の戦利品を見て、驚きだけでない、なにやら疑問の表情を見せた。
    「どうしたんだい、みんな」
    「勇気、それは・・・」
     帆乃香が代表して説明する。
    「アンモナイトよ!」
    「アンモナイト?まさか。ははは」
     勇気は笑った。それはそうだ。アンモナイトはとっくの昔に絶滅した貝だ。
    「ホントよ。良く見て」
     帆乃香が説明に入った。
    「オウムガイの殻はツルツルで、赤い炎のような模様が描かれているわ。ところがこいつは竹の様に節があって、しかも節の反り方がオウムガイの殻とは逆だわ」
    「てことは、もしもこれが本当にアンモナイトだとしたら新発見だな」
    「まさか」 
     帆乃香が何かに気が付いた。
    「まさかって何だ?」
     帆乃香は館内用の受話器を取った。
    「局長、すぐに来ていただけますか」
     連絡を受けた梓彩がチャン、ジュリーとともにやってきた。
    「局長、見てください。アンモナイトです」
     アンモナイトを見せられて、梓彩も驚いた。
    「直ちに海へ行きましょう」
     梓彩の決断は早かった。梓彩を筆頭に帆乃香たちは幕張の海へと向かった。

     幕張の浜。
    「足元を見て」
     梓彩が皆に足元を見るよう指示した。
    「おい、まさか」
    「これって」
    「三葉虫じゃないのか」
     何と足元を三葉虫が歩いているではないか。
    「帆乃香さん、これってまさか」
    「そのまさかよ。古代の生物が復活したのよ」
    「どうして?」
    「ジコマンコンピュータによって古代の神々が復活した。ならば太古の生き物が復活したって不思議じゃない」
    「ということは、これはジコマンコンピュータの?」
    「或いは、ジコマンコンピュータによって復活した神々の中に太古の生き物を復活させる力を持つ者がいるのかも知れない」
     その直後。
    「うおっ!」
     メンバーたちの前の海面を一匹の大きな魚がジャンプした。
    「あれは」
    「マジかよ」
     それは何とアノマロカリスであった。
    「こんなのまで復活しているのかよ」

     その後、チャンとジュリーは二匹で街の中を散歩していた。散歩は動物にとって大事な日課。犬や猫だけが散歩するわけではない。
    「海の中は凄いことになっているみたいだな」
    「あんなのがいたら、怖くて海水浴なんかできないな」
     そんなことを言いながら歩く二匹。
    「そのうち地上の生き物も復活するかもな。例えばティラノザウルスとか」
    「まさか」
     といってチャンの方を振り向いた瞬間、ジュリーは顔を真っ青にした。
    「なんだ、ジュリー。いきなり体を震わせ始めたりして」
    「その『まさか』が実現したようだ」
    「何を言ってるんだ?」
    「後ろを見てみろ」
     チャンは後ろを振り向いた。
    「な」
     そこには何と身長15mほどの大きさの、全身に羽毛を生やし、まるで巨大な鶏のような姿をした巨大生物がじっとこちらを睨んでいるではないか。
    これがティラノザウルスだ。爬虫類ではなく鳥類の姿をした肉食恐竜。
    「こういう時は」
    「逃げろー」
     チャンとジュリーは一目散に逃げだした。幸い、逃げるのは簡単だった。ティラノザウルスの走る速度は人間よりも遅いからだ。
     二匹はその足で直ちに銅鐸の塔へ駆け込んだ。
    「みんな、大変だ!」
    「ティラノザウルスが出現した!」
     最初は誰も信じない。
     その直後、警備室のジミーから緊急連絡が入った。ジミー率いる警察本部は銅鐸の塔の警備室にある。余談ながら烈が率いる消防本部も銅鐸の塔の中にある。文字通り、銅鐸の塔はこの地域一帯の司令塔であった。
    「市民から通報があった。ティラノザウルスが街の中で暴れているらしい」
    「市民の被害は?」
    「人的被害はまだ出ていないようだが、建物が壊されている」 
    「で、どうするの?」
    「放っては置けない。倒すなり捕獲するなりしないことには。取り敢えず警察部隊を派遣した。拳銃で武装しているから戦えるだろう。きみたちは奴がどこから来たのか、その原因を調査してくれ」
    「了解しました」
     梓彩が了解するまでもなく、海の中の異変を解明するべく既に帆乃香がジコマンコンピュータによる解析作業を行っていた。
    「帆乃香さん、作業は順調に進んでいますか?」
     コンピュータルームでは帆乃香が頭を抱えていた。
    「局長。どうやらこうした現象は世界規模で進行しているようです」
    「ということは」
    「解析の結果では、今のペースだと1年後には地上の生物の90%以上が古代生物にとって代わります」
     これは1年後には地球が太古の時代に逆戻りすることを意味する。
    「で、その原因は?」
    「これを見て」
     帆乃香が何やら名簿の様な表をスクリーンに表示した。 
    「この名簿は?」
    「これはジコマンコンピュータに残されていた、ジコマンコンピュータが復活させた神々のリストよ」
     そこには結構な数の神々がリストアップされていた。
    「これがチャン、これがジュリー、これがテラ。そしてこれがゼウス」
     リストの中には蒼龍・朱雀・玄武、そしてゼウスもその名を連ねていた。
    「そして、こんなのまでいるわ」
     リストの最後には「第六天魔王」が記されていた。
    「あらゆる手段を用いて人間を苦しめる最も恐ろしい相手よ」
    「こんなものまで復活させていたのね」
    「あの時のジコマンコンピュータは完全に暴走状態にあったから、善悪関係なしに復活させてしまったのよ。そして、この中に翔太に憑りついている神もいるはずよ」
    「翔太」
     梓彩は片時も翔太のことを忘れたことはない。
    「それが、どの神なのか判りますか?」
    「今のところは判らない。でも、もしかしたらこの表と対になる別のリストがあるかもしれない。憑りつかれた側の名前が記されたリストが」
    「そのリストさえ見つかれば、翔太に憑りついた神が何なのかわかるのね」
    「それよりも、今は生態系を太古に戻そうとしている敵を見つけて倒さなくては。生態系が太古に戻るということは細菌やウイルスもきっと今は存在しない太古のものが次々と復活するに違いないわ」
    「それって当然、人類の脅威ですね」
    「オナラウッドの医療技術は信頼できるけれど、復活させないに越したことはないわ」

     その頃、街では勇気率いる警察部隊がティラノザウルスと戦闘を繰り広げていた。
    「麻酔銃、発射」
     1発で効くような相手ではない。警察部隊10名による一斉発射。しかし、それでも効かないようだ。
    「仕方がない。猛毒弾を撃て」
     猛毒を含む弾が発射された。だが、これは裏目に出た。猛毒に酔ったティラノザウルスが今まで以上に暴れ出したのだ。これは人間だったら一発アウトの河豚の猛毒がイルカには酔っ払う程度にしか効かないのと同じである。
    「総員、退避ー」
     警察部隊が後退を始めた。そこへ今度は烈が率いる消防部隊がやってきた。
    「放水!」
     ティラノザウルスめがけて最大水圧による一斉放水が開始された。
    「よし、いいぞ」
     ティラノザウルスは水を嫌い、逃走を始めた。
    「誘導するぞ」
     放水による誘導でティラノザウルスは銅鐸の噴水の周囲に広がる芝生までやってきた。ここならば、周囲に家屋はないので、大胆な作戦をとることができる。
     ローターレスヘリコプターがやってきた。ティラノザウルスの上空でホバリングを開始する。
    「爆弾投下」
     ガソリンの入った風船爆弾がティラノザウルスめがけて投下された。ティラノザウルスの全身がガソリン塗れになった。
     烈が弓を手にティラノザウルスの前に立った。
    「済まない」
     烈は一言、謝罪の言葉を述べてからティラノザウルスめがけて火矢を放った。
     ティラノザウルスの全身が炎に包まれた。大暴れするティラノザウルス。
    「本当に済まない」
     やがてティラノザウルスは倒れた。
    「任務完了」 

     しかし数日後、今度は翼竜が飛来した。空を飛翔する相手だけに、今度はティラノザウルス以上に梃子摺ることが予想される。
    「プテラノドンの翼は脆い。穴を開けさえすれば簡単に破れる」
     原理はその通り。プテラノドンの翼は鳥のような羽毛ではなく、蝙蝠のような一枚の皮であるため破けやすいのだ。
     しかし、それが結構、難しい。
    「量子、発進」 
     たまらず望が宇宙遠洋漁船量子を発進させた。
    「これでも喰らえ」
     さしものプテラノドンも核融合砲の前では敵ではなかった。しかし、翼竜1体に核融合砲では割が合わない。

     そして、遂に帆乃香の予想は現実となった。街中でペストが流行したのだ。幸い、治療薬はあるので死者こそ出ないが一時期、街は指先などから肌の色が黒く変色するという、今まで見たこともない病気の流行にパニックとなった。



  •  サロマ湖の宮殿。
     ナウマンゾウのパオーが魔王に報告する。
    「魔王様。世界各地で恐竜が次々と復活。ペストも蔓延しています」
    「余の力は、なかなかだろう?」
    「はい。全くその通りでございます」
    「では、そろそろ行くか」
    「といいますと、遂に」
    「そうだ。余自ら軍団を率い、人類を抹殺する」
    「何と有難いお言葉でありましょうや」
     パオーは第六天魔王の言葉に腹の底から歓喜した。というのもパオーは人類を憎んでいたからだ。自分たちを食料や衣料の材料として次々と殺戮していった人類に対し、大いなる「怒りの念」を抱いていたのだ。
    「魔王様」
    「なんだ」
    「今度の戦いには是非、私もお供させてください」
    「いいだろう。ついて参れ」
    「はい」
     遂に魔王が城から外に出る時が来た。

     魔王率いる軍団が、遠くに銅鐸の塔の見える場所までやってきた。
    「懐かしいな」
    「は?」 
    「お前には関係ない」
     魔王はパオーに「深く考えるな」と忠告した。
     だが、魔王は確かに「懐かしいな」といった。何が懐かしいのだろう?まさか銅鐸の塔の姿を見て懐かしんでいるのか?
     
     その銅鐸の塔では帆乃香が遂に神の名を記載したリストの対となるリストをジコマンコンピュータの中から拾い出すことに成功した。確認作業に入る。確かにチャンは蒼龍、ジュリーは朱雀、テラは玄武に一致していた。
    「どうやら、順番は正しいようね」
     翔太の名を探す。なかなか見つからない。
     それもそのはず。翔太の名はリストの最後の方にあったのだ。
     そしてそれだけではない。梓彩の名もリストの中に発見された。只の人間と思われていた梓彩もまた「神話の世界の存在」だったのだ。
    「こ・・・こんなことって」
     そして帆乃香は梓彩と翔太の間に存在する決して「逃れられない運命」に涙しないではいられなかった。
     その時、警報が鳴った。
    「緊急事態。謎の敵が多数出現。街を攻撃しています」 



  •  梓彩を先頭に望、烈、勇気、チャン、ジュリー、テラが既に街中で敵と遭遇していた。

     望の前に現れたのは一頭の巨大なナウマンゾウ。
    「俺の名はパオー。人類は皆殺しだあ」
     パオーが巨大な牙で望めがけて突進を開始した。
    「おもしれえ」
     望もまた平突きの構えからパオーめがけて突撃を敢行した。

     烈のお相手はフクロオオカミ。
    「我が名はウル。お前の体を喰ってやる」
    「そう、上手くいくかな?」
     烈が十字手裏剣を構えた。

    「俺はコック」
    「わたしはヘン」
     勇気の前に出現した二匹のつがいの鳥。それ1931年に絶滅したヒースと呼ばれるニューイングランド一帯に生息していた雷鳥。
    「まさか、雷鳥拳を会得した自分が雷鳥と戦うことになるとは」

     チャンの前に現れたのもまた鳥。体長は1mほど。大きな嘴と小さな羽を持つ。
    「俺はドド。人類に味方するものには死あるのみ」
    「名前から察するに、どうやらモーリシャスドードーのようだな」

     ジュリーの前には。
    「俺様はニホンカワウソのライヤーだあ」
    「ウソだからライヤーってか」

     テラの前には何と全長8mもある巨大なトドが出現した。体長20cmしかないテラの目には巨大な山のように見える。
    「俺の名はステラ。あっという間に踏みつぶしてくれるわ」
    「ぼくのお相手はステラーダイカイギュウなんだキャン」

     これらはいずれも人類による乱獲によって滅ぼされた動物たちだ。自分たちを滅ぼした人類に復讐するために今、こうして再び蘇ったというのか?

     そして梓彩の前に現れたのは・・・。
    「久しぶりだな、梓彩」
    「翔太!」
     それは帆乃香の発見通り、第六天魔王に憑りつかれた翔太だった。

  • つづく     



  •  次回、遂に魔王軍との戦闘開始。

  • 続々・コックローチ18

  •  2021年 11月26日(金)
     お楽しみに。



  • 18

  • 「どうした?私を探していたんじゃないのか、梓彩」
    「翔太」
     遂に翔太に出会えた。だが、梓彩は素直に喜べない。梓彩は本能的に今の翔太に「何か違う」ものを感じていた。今の翔太からは内から滲み出る「優しさ」が全く感じられなかった。
    「違う。あなたは誰?」
     梓彩は翔太にそう問いかけた。
    「さすがだな。そうだ。今の私は翔太であって翔太ではない」
    「では一体、何者」
    「我こそはこの地上の支配者。その名も第六天魔王だ!」
    「第六天魔王・・・」
    「そうだ。この地上はもともと私が統治する世界だ」
    「そんなバカな」
     翔太が言う通り、地上は元々、第六天魔王が支配する場所だ。故に人は昔から第六天魔王の囁きに容易に操られ、私利私欲や国益といった「悪の道」に走る。第六天魔王の支配から逃れるには自身の生命境涯を高め,自身の胸中に「仏界を涌現」せねばならないのだ。
    「地上は私が再びもらい受ける。人類には死あるのみだ」
     この時、梓彩は気が付いた。
    「まさか、あなたがジコマンコンピュータを」
    「そうだ。よく分かったな。私が操り、地上に神々を復活させた。コンピュータを洗脳することくらい私には朝飯前さ」
    「どうして人類を滅ぼそうとするの?」
    「私は『弱肉強食の世界』を好む。人類も当初はそうだった。利己心旺盛で頻繁に戦争を繰り返す実に愉快な存在だった。だが、徐々に人類の中に『愛』や『平和』や『平等』や『自由』を説く者たちが出現し始めた。言うまでもなく『地涌の菩薩』たちだ。私はそいつらが大嫌いだ。中でも特に嫌いなのが奴らの武器である『慈悲』だ。慈悲こそ私が最も忌み嫌うものだ」
    「あと、もうひとつ訊きたい。どうして翔太なの?あなたはどうして翔太の体に憑りついたの」
    「これは偶然でも何でもない。どうしても翔太である必要があったからだ」
    「その理由は?」
    「その理由は・・・お前だ!」
    「わたし?」
    「お前は二度に渡って人類の滅亡を阻止した。お前の存在は、私の地上支配にとって最大の脅威だ」
     それって、どういう意味なの?
     翔太が右手を高々と掲げた。
    「あとは自分で考えるんだな。といっても、そんな時間はないな。お前は間もなく死ぬのだからな。行くぞ、梓彩」
     翔太の右手から黒い煙が噴き出す。煙は球体となって梓彩の周囲を取り囲んだ。
    「こ、これは?」
     梓彩の周囲が暗黒の空間に変わった。
    「重力がない。上と下がわからない」
     梓彩の体が無重力の宇宙空間の中でグルグルと回転し始めた。
    「ああああああ!」
     梓彩、危うし。



  • 「決まったあ」
     望の平突きがパオーの右の牙とぶつかった。
    「なに」
     だが、パオーの牙はびくともしない。それどころかパオーの突進によって望は後ろへ弾き飛ばされた。
    「うわああああ」
     路上に倒れる望。どうにか起き上がる。既に全身、傷だらけだ。
    「バ、バカな。俺の渾身の平突きが効かないなんて」
     パオーが望に語る。
    「お前、なかなかやるではないか」
     言い終わった直後、パオーの右の牙に罅が入り、砕け散った。望の攻撃は決して無駄ではなかったのだ。とはいえ、パオーにはまだ左の牙が残っている。
     望は牙を狙った攻撃では「パオーを倒せない」と悟った。
    「ならば」
     望が再び平突きの構えをした。
    「いいだろう」
     パオーは左の牙で望を突き刺そうと突進してきた。だが、望は衝突の寸前、パオーの左の牙を横に避けた。
    「とりゃあ」
     望はトレッキングポールを振り上げると左の牙めがけて勢いよく振り下ろした。
    「なに」
     望はトレッキングポールをパオーの左の牙に叩きつけると、その勢いを利用してジャンプ。望はパオーの禿げた頭の上に立った。
    「しまった」
    「うおおおおお」
     望はパオーの頭にトレッキングポールを突き刺した。
    「うぎゃあああ」
     脳を突き刺されたら、さすがのパオーも一巻の終わりだ。頭から血鮮をマグマの様に噴き出しながらパオーは地上に倒れた。
    「危なかった」
     望は辛うじて敵を倒した。

    「喰らえ、十字手裏剣」 
     烈が次々と十字手裏剣をウルめがけて投げる。
    「甘い甘い」
     十字手裏剣の軌道を的確に読んで、それを避けるウル。
     烈とウルの間合いが、たちまち詰まっていく。
    「くっ」
     烈は苦無を懐から取り出した。
    「させるか」
     ウルが烈の苦無に噛みついた。烈は右手に傷を負い、苦無はウルに奪われてしまった。
    「ううう」
    「自分の武器で死ぬか?烈とやら」
     苦無を口に咥えたウルが烈に攻撃を仕掛ける。それを右に左に躱す烈。徐々に苦無によって体に切り傷を受ける。
    「くっ」
    「どうしたどうしたあ」
     ウルが烈に攻撃を加え、真横を走り去ろうとした瞬間。
    「見切った。今だ」
     フクロオオカミの背中にはシママングースの様な黒い「横縞」がある。その横縞がフクロオオカミの移動速度の計算に役立った。烈はバーコードをスキャンするように横縞の流れから動きを見切り、尻尾を掴むことに成功したのだ。
     そして尻尾を掴めば、あとはもう。
    「おらああああ」
     烈は自分の体を軸に大回転を始めた。フクロオオカミの尻尾は見かけこそトカゲのように細く長いが、トカゲとは違い、切れない。
    「おりゃあ」
     烈はウルを街路樹の幹めがけて投げ飛ばした。ウルは街路樹に頸をシコタマ打ち付けた。
    「ギャン」
     首の骨を折ったウルは即死。街路樹の下に倒れ込むと、二度と動かなかった。
    「さすがは野獣。手強い相手だったぜ」

    「二鳥一身の攻撃、喰らえい」 
     ヒースの空中殺法。前と後ろ、二鳥は常に反対側から攻撃を仕掛けてくる。前から来るヒースに集中していると、あっという間に背後を別のヒースに取られる。
    「ならば」
     前と後ろから同時に勇気めがけて飛翔してきたヒース。
    「はっ」
     勇気は膝を曲げ、その場で低くしゃがんだ。
    「バカめ」
    「そんなのお見通しよ」
     二鳥のヒースはしゃがんだ勇気めがけて猛スピードで降下してきた。
     だが。
    「とうっ」
     勇気はその場で空高くジャンプした。勇気は初めからジャンプして避けるために膝を深々と曲げたのだ。
    「げ」
    「ピー」
     二鳥のヒースは互いに激突した。羽が折れる。二鳥はもはや飛ぶことができない。
    「こんな」
    「バナナ」
     勇気がヒースのもとに近づいた。
    「自分も雷鳥拳の使い手。命だけは助ける。もはや飛べまい。どこへなりとも歩いていくがいい」
     勇気はくるりと背を向けると、戦場を去った。

     ここまで来て、コックローチの三勝。なぜ、このような結果が生じるのか?
     これは至極、当たり前であった。第六天魔王の力によって復活したとはいえ、所詮は生存競争に負けて滅んだ種である。核戦争さえも生き延びた人類とは、生存にかける意気込みが違うのだ。
     というわけで当然、残りの闘いもコックローチ側の圧勝に決まっていた。

    「ドドドドドーっ」
     飛べないドドが脚力を活かして高くジャンプ。上空からチャンを攻撃する。
    「その努力だけは勝ってやる」
     チャンはドドが自分に攻撃を加える瞬間、素早く斜め前ろへと移動した。
    「やあっ」
     地面に着地したドドを後ろから回し蹴り。ドドは前のめりになって吹っ飛ぶ。
     当然だ。チャンの動きは将棋の角。斜めへの動きは字通り瞬間移動なのだ。ましてやチャンは見かけこそ豚だが、その正体は神獣・蒼龍だ。モーリシャスドードーの敵ではない。
     ドドが起き上がる。
    「もうよせ」
    「誰がやめるものか。人間に味方する奴などに、断じて負けてたまるか」
     チャンは一回、目を閉じた。
    「かつて『豚の王』を名乗る者も、お前と同じことを言っていた。その結果、悲惨な末路を迎えた」
     豚の王とはヨー・シロー総裁のことだ。
    「人間を恨む今のお前の姿は醜い。たとえ滅び去ったとはいえ、昔のドードーは決して争いを好まない心の清らかな鳥だった」
    「ぬかせ」
     ドドがチャンに突撃してくる。
    「『人間の食用豚』のお前が言うなあ!」
    「食用豚だからこそだ」
     チャンが前脚だけで立った。
    「はあああああっ」
     チャンが繰り出す後ろ脚による旋風脚によって、ドドは先程と同じ場所まで弾き飛ばされた。
    「クーっ」
     それでもドドは何とか再び立ち上がった。
    「ならば訊く。お前は人間が自分を食用とすることに対し、怒りを感じないのか?お前は自分が人間に食べられると決まった時、素直に従えるのか?」
     チャンが答える。
    「今のお前の知能は何者かから授かったものだろう?それがなければ、お前だって人間に素直に喰われているさ」
    「な」
    「同じことを自分も昔、考えたよ。そして出した結論が今、言ったことだ。自分の知能は他から与えられたもので、自ら進化して獲得したものではない。だからそれを使って人間を恨むのは間違いなんだと」
    「く、くそう」
     ドドは頸を項垂れた。ドドは己が敗北を悟らないではいられなかった。

    「うわあ」
     ジュリーはライヤーの卑怯な攻撃に両目の視力を失った。
     要はこうだ。ジュリーはライヤーよりも圧倒的に強い。そこでライヤーは降伏するふりをして、隙を突いてジュリーの目に屁を噴射したのだ。
    「ひ、卑怯者」
    「何とでもほざけ。俺はニッポンのカワウソだ。ニッポンのサムライが尊ぶ武士道では『勝てば官軍、負ければ賊軍』なんだ。勝負に勝ちさえすれば、どんな卑怯な戦術も正義とされるんだ!」
     確かにその通りだ。真珠湾奇襲にしても最終的にニッポンがアメリカに勝利していれば「美談」とされていただろう。
     ライヤーが目の見えないジュリーを痛めつける。尻尾による鞭打ち攻撃。
    「ははははは、どうだ。痛いかあ、痛いかあ」
    「ううう」
     尻尾で打たれた個所が次々と赤くなる。
    「ほれほれほれほれ」
    「ううう」
    「ほれほれほれほれ」
    「うう、なめるなあ」
     ジュリーの反撃。ジュリーは後ろ脚で立ち上がると、その場で回転し始めた。
    「シャシャシャシャシャー」
     ジュリーは前脚で鋭いパンチを連続で繰り出した。文字通りの「盲打ち」だ。
     だが、それは効果的であった。二本爪による盲打ちによって、ライヤーの尻尾はみるみる毛を削がれ、禿げになってしまった。
    「わーっ。俺の、俺の自慢の尻尾があーっ」
    「そんなに自慢のものなら金庫の中にでもしまっておくんだったな」
    「貴様あ」
    「どうした、来いよ。それとも怖いのか?」
    「怖くなんか、怖くなんかねえよ」
     ライヤーはジュリーめがけて突撃した。
    「お前の体を噛み切ってやるわあ!」
     ライヤーがどこから攻撃してくるかはわからない。だが、攻撃の射程距離内に入りさえすれば何の問題もない。
    「死ねえーっ」
    「今だ」
     ジュリーは再び体をコマのように回転させながら前脚を連打した。
    「ぶ」
    「ば」
    「う」
    「ぼ」
    「ぐ」
    「ぎ」
    「ご」
    「げ」
     ジュリーの二本爪が突き刺さるたびに、ライヤーはひらがなを一言発した。
     そして
    「が」
     このひらがなを最後に発して、ライヤーは息絶えた。

     全長8mのステラが体を反らして立ち上がる。その威容たるやハーレムを護るために闘うゾウアザラシの比ではない。対するテラは全長20cmしかない。ステラとテラ。名前が一文字違うだけで、何という大きな違いだろう。
    「行くぞう」
     ステラがテラめがけて体を落とす。まるで大きな波が上から襲い掛かるようだ。
    「危ない」
     テラは横に避けた。先程までテラがいた場所にステラの胸がドスンと落下。周囲に地響きが鳴り響く。
    「こんなの喰らったら、ひとたまりもないキャン」
     一回でも、この重量級プレス攻撃を受けたら、その場でポメラニアンの干物の出来上がりだ。
    「今度はこっちから攻撃だキャン」
     テラがジャンプ。
    「くらえー」
     テラが蹴りを繰り出す。だが、そんなもの、ステラには蚊が差したようなものだ。
     再びステラが体を反らす。
    「やばい」
     寸前のところで躱すテラ。再び地鳴りが響き渡る。
     暫くは、こうした攻防が続いた。
     だが。
    「あっ」
     テラが小石に躓いてしまった。その時、まさにステラが体を大きく反らしていた。
     逃げられない。

     ドスーン

     テラの体の上にステラが落下した。テラの最期か?
    「ん」
     ステラは自分の胸に何やら硬い岩の塊のような感触を感じた。
    「これは?」
     テラは落下の寸前、玄武に変身していたのだ。ステラが落下した場所には黒くて硬い亀の甲羅があった。
    「子癪な奴め」
     ステラは玄武となったテラの上に何度も何度も胸を落下させた。
    「くっ」
     必死に耐えるテラ。だが、さすがの玄武の甲羅にも徐々に罅が入ってきた。
    「ううう」
    「こんな甲羅など、粉々に打ち砕いてくれるわあ」
     テラ、危うし。
    「うぎゃああああ」
     叫び声が響く。テラがやられたのか?
     いや違う。叫び声を上げたのはステラだった。玄武の甲羅が砕けるよりも先にステラの肋骨が先に砕けたのだ。そして折れた肋骨は容赦なくステラの肺に突き刺さった。
    「あぶ、あぶ、あぶ」
     呼吸困難となったステラは口から血を吐き出しながら、その場で絶命した。
     玄武から元の姿に戻ったテラ。
    「うう。背中が痛いキャン」
     まさに間一髪の勝利だった。



  • 「あああああ!」
     無重力空間に囚われた梓彩。
    「お前さえ死ねば余の勝利は確定したも同じこと。さあ、死ぬのだ梓彩」
     無重力空間の中で梓彩の体が高速回転し始める。遠心力によって体の血液が頭と足先に集中する。
    「頭に、頭に血が上るう!」
    「はははは、まだまだ回転は速くなるぞ」
    「やめてえ、やめてえ」
    「お前の死を予告するカウントダウンをしてやろう。5,4,3」
    「あああああ」
    「2,1」
     その時。
    「やあっ」
     戦いを終えたチャンが救援にやってきた。チャンが翔太に飛び掛かった。無重力空間は消え、梓彩の体は地上に落下した。
    「ううう」
    「梓彩!」
     チャンが梓彩のもとに。 
    「梓彩、しっかり」
     梓彩は立てない。意識も朦朧としている状態だ。
    「飛んだ邪魔が入った。せっかくだ。お前も一緒に死ね」
     翔太が右手を掲げる。チャンも一緒に無重力空間に封じ込めようというのだ。
    「む」
     そこへ今度はジュリーが駆けつけてきた。
     更にはテラ、そして望、烈、勇気も。
    「梓彩!」
     望が梓彩を抱きかかえる。
    「顔が真っ赤だ。それに手が異様に白い。それに冷たいぞ」
     烈が望に進言。
    「直ちに銅鐸の塔へ連れて行くんだ。急いで治療しないと危ない」
     勇気が続く。
    「ここは俺たちに任せてくれ」
    「わかった」
     望は梓彩を抱きかかえると、銅鐸の塔へ向かって猛ダッシュした。
    「逃がさんぞ、梓彩」
     翔太が梓彩を追おうとした。
    「待てよ」
    「この場は一歩も通させないぜ」
    「そうだブー」
    「そうだブー」
    「そうだキャン」
     残りのメンバーが翔太の前に立ちはだかる。
    「やっと会えたな、翔太」
     烈が代表して挨拶する。
    「といっても、今は別の何者かだな?」
     その正体を知っている男がこの場にやってきた。
    「お前はゼウス」
    「みんな。こいつの正体は『第六天魔王』じゃ!」
    「第」
    「六」
    「天」
    「魔」
    「王」
     メンバー全員がひとりずつ、敵の正体の名を呟いた。
    「気を付けろ。こいつは強敵じゃぞ」
    「黙れゼウス」
    「これでも喰らえ」
     ゼウスはお得意の落雷を翔太に落とした。だが、効かない。
    「この程度の攻撃が余に通用するとでも思ったか?ゼウス」
    「やはりだめか」
    「余を倒せるのは梓彩だけだ。だが、梓彩は余を倒せない。この翔太の肉体に憑りついている限りはな」
     理由は不明だが、第六天魔王を倒せる唯一の存在は梓彩で、それ故に翔太の体を人質にしているということだ。
    「ふん」
     突然、翔太は後ろを振り向いた。
    「今日のところはこれまで。また会おう」
     翔太は蝙蝠に変身、北西へと飛び去って行った。

  • つづく     


  • 次回予告

  •  重傷を負った梓彩は直ちに銅鐸の塔の治療室で処置を受けた。
     だが。
     既に1週間が過ぎていた。依然、梓彩は目覚めない。
    「脳死の可能性がある」
     帆乃香は皆にそう忠告した。
     脳死。梓彩はこのまま二度と「夢から覚めない」というのか?
     そして翔太は自らの言葉の通り、世界中の人々を殺戮しまくっていた。
     アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、ラテンアメリカが血祭りにあげられた。

  • 続々コックローチ19

  •  12月10日(金)公開。お楽しみに。



  • 19

  •  銅鐸の塔。
    「帆乃香、帆乃香!」
     望は銅鐸の塔に到着すると、真っ先に帆乃香を呼んだ。
    「望」
    「帆乃香。梓彩を頼む」
    「局長!」
     帆乃香は梓彩が極めて危険な状態にあることを瞬時に見取った。
    「すぐに治療室へ」
     治療室の寝台に寝かされた梓彩。
    「頭と足の先が赤く熱い。それに対し、体は白く冷たい。これは遠心分離器にかけられたに違いない」
     帆乃香は梓彩が受けた攻撃の特性を直ちに見破った。
    「だとしたら既に脳の血管はズタズタに切れ、内出血しているに違いない」
     人間の脳は電気信号を発生させて肉体を作動させる装置だから、内出血すると血液に含まれる酸化鉄によって容易にショートする。この状態が長く続くと記憶データを完全に失い、その結果、脳死状態になってしまう。トイレに落としたスマホと同じだ。
     治療方針は決まった。
    「直ちに脳を遺伝子レベルで補修する」
     オナラウッドの医学は死者さえも生き返らせることができる。
     それから10時間後。帆乃香がリビングにやってきた。
    「処置は終わったわ」
     既にメンバー全員が戻って来ていた。
    「で、どうなんだ、帆乃香」
    「意識が戻るまでは何とも言えないわ。オナラウッドの医学は死者を生き返らせることはできるけれど、そっくりそのままという保証はないわ。今までの記憶は完全に消去されているかもしれない」
    「なんてことだ。せっかく翔太に会えたというのに」
    「それにしても、まさか翔太が敵のボスキャラだったとはな」
     ジコマンコンピュータのリストを見ている帆乃香はそのことを知っていたから、これは「起こるべくして起こったこと」だと感じていた。
    「そういえば、チャンとジュリーは?」
     チャンとジュリーは治療室前の廊下に座っていた。
    「梓彩」
    「梓彩」
     二匹は梓彩が目覚めるまで、ずっとこの場に居続けることだろう。



  •  サロマ湖の古城。
     翔太は戻っていた。
    「太古の生き物では、やはり使えんか」
     自分が蘇らせた太古の生き物たちは全てコックローチによって倒されていた。そのため今まではパオーが行っていた作業を翔太は自分で行わねばならなかった。ウォッカをグラスに注ぎ、グイッと飲み始める。
    「梓彩。果たして、まだ生きているかな?」
     翔太は勝利を既に確信していた。だからこそあの時、闘いを中止して城へ戻ってきたのだ。グラスをぐっと握りしめる翔太。グラスがパリンと粉々に割れた。
    「奴らのことは後でいい」
     玉座から立ち上がる。
    「これからは、その他の地域に生き残る人類を始末していくとしよう」

     銅鐸の塔。
     既に1週間が過ぎていた。だが依然、梓彩は目覚めない。
    「脳死の可能性がある」
     帆乃香は皆にそう忠告した。
     脳死。梓彩はこのまま二度と「夢から覚めない」というのか?
     そしてその間に、翔太は自らの言葉の通り、世界中の人々を殺戮しまくっていた。アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、ラテンアメリカが血祭りにあげられた。
     そして、お次はアジア。

     モンゴル。
    「いただききます」
     聖斗一行はゲルの中で地元のモンゴル人らから歓待を受けていた。群れから逃げ出した羊を無事に届けたからだ。
     頂くのは甘酒の様に白く濁った液体で、この地方ではお馴染みの飲み物だという。
    「この飲み物、美味いですね。カルピスみたいな味がする」
    「ホントね。とっても美味しい」
     美音も聖斗の意見に賛同した。
     そして二人の子どもである千帆も、もっともっと飲みたがった。
     外から地元の人がゲルの中に駆け込んできた。
    「大変です。魔物が仲間たちを次々と殺しています」
     魔物だと?聖斗は直ちに外に飛び出した。
     聖斗が目撃したのは血塗れになって倒れる地元の人々。そこはまさに地獄絵図。そんなモンゴル平原の大地に黒い服を纏った一人の男が立っていた。
    「奴の仕業か」
     聖斗は男に向かって走った。
     接近、男の顔を見た聖斗は驚きを隠さなかった。
    「あなたは、翔太さん?」
     男は紛れもない翔太であった。自然、気が緩む。草薙剣がそんな聖斗に忠告した。
    「聖斗、気を付けろ。もの凄い殺気だ。奴は只者じゃない」
    「あ、ああ」
     でもなぜ?なぜ翔太がこんな残虐非道な真似を。ゲルで暮らすモンゴルの人々の自然と同化した暮らしに山男である翔太は常々、憧れを抱いていたはずだ。
    「しょ、翔太」
     聖斗は翔太に声を掛けた。
    「俺を知っている貴様は・・・成程、ゴキブリどもの一匹か」
    「翔太!」
    「お前たちのリーダーは既に俺が倒した」 
     リーダー?それってまさか梓彩のことか。
    「バ、バカな」
    「ウソではない」
    「お前、気は確かか?梓彩はお前の・・・」
    「ああ、知ってるさ。この男の妻だろ?」
    「この男って・・・まさか貴様は!」
    「漸く気が付いたか。そうよ。翔太の体を借りているのさ」
    「貴様、何物だ?」
    「第六天魔王」
    「第六天魔王だと?」
    「もともと地上は私が支配する場所だ」
    「確かに、この地上は『穢土』だ。が、しかし」
    「故に平和を希求する者たちには死あるのみ」
    「許せん」
     聖斗が翔太めがけて走る。
    「海鼠の嚏、青い波濤!」
     青い波濤が横一線に走った。波濤はモンゴルの遥か彼方まで水平に広がる大地の上を水平に飛翔した。
    「ははははは」
     翔太は空中に浮遊していた。
    「聖斗よ。また会おう」
     翔太はいずこともなく飛び去って行った。
     美音が聖斗のもとに走り寄ってきた。
    「あなた。今のは、ひょっとして・・・」
    「帰国するぞ」
     本当に梓彩は死んだのか?まずは、それを確かめなくてはならない。



  •  1カ月が過ぎた。
     依然として梓彩は目覚めない。
     そして、再び翔太が銅鐸の塔に攻めてきた。
    「いいことを教えてやる。このひと月の間に世界中の人類はあらかた始末してきた」
     それを聞いたコックローチのメンバーに怒りの炎が灯る。
    「いいぞいいぞ。その炎。まさに『修羅界』。私はそういうのが好きなんだ」
    「そういう御託は私たちを倒してからにするのね」
    「勿論、そうするさ」
     まずは帆乃香から攻撃。帆乃香の左目からビームが発射された。
    「フン」
     だが、翔太の左手の平でいとも簡単にガードされてしまった。
    「ならば」
     今度はダマスカスナイフによる攻撃。
    「かわいい攻撃だ。赤ん坊でもあやすつもりか?」
     翔太の前には帆乃香の攻撃など「赤ん坊のおもり」に過ぎないのか?
     帆乃香が翔太と戦う間に、翔太の背後をジミーが取った。
    「喰らえ、化け物め」
     ジミーのゾンデが翔太の背中を捉えた。
    「こんなものが効くと思ったか?」 
     翔太の体が放電。ゾンデを伝って強力な電流がジミーに伝わる。
    「うわああああ」
     ジミーは感電。その場にうつ伏した。焦げた体からブスブスと煙が立ち上る。
    「ジミー」
     ミミと和貴子がジミーの傍に駆け寄った。
    「うう」
    「ジミー、しっかり」
    「フン。年寄りは年寄りらしく大人しく見ていればいいのだ」
     翔太の「上から目線」の忠告。 
    「貴様あ」
     望がトレッキングポールを手に平突きで突撃。
    「これでも喰らえ」
     トレッキングポールが翔太の心臓にヒット。
    「うぎゃあああ」
     結果はジミーと同じ。トレッキングポールが翔太の体に触れた瞬間、望もジミー同様、感電してしまった。
     ジミー同様、ブスブスと焦げた音を体から発しながら、うつ伏せに倒れる望。
    「ならば、儂が勝負じゃあ」
     ゼウスが落雷攻撃を敢行した。
    「どちらの電撃が、より上かな?」
    「それは決まっている。私だ」
     徐々にゼウスが苦しみだす。
     そして。
    「うわああああ」
     ゼウスをも上回る強力な電撃を発する翔太。さしものゼウスも感電しないではいられない。
    「この程度の攻撃でノックアウトとは実に弱いものだ」
    「舐めるな」
     烈が十字手裏剣を取り出した。
    「これでも喰らえ」
     十字手裏剣が翔太の体に突き刺さる。
    「フン」
     翔太が胸を張っただけで手裏剣は全て地面に落下した。 
    「なら、これはどうだあ」
     勇気が空高くジャンプした。
    「穂高Y字峰」
     上空からの必殺の蹴り。その蹴りが翔太の顔面に命中した。にも拘らず翔太はびくりともしない。
    「そ、そんな」
     翔太は勇気の足を掴むと、勇気の体をそのまま烈に向かって投げ飛ばした。
    「うわあ」
    「ぐええ」
     一度に倒される烈と勇気。
    「よくも勇気を」
     勇気とは固い絆で結ばれているテラ。テラが玄武に変身。
    「これでも喰らうキャン」
     片方の頭からは灼熱の炎、もう片方の頭からは冷凍の風が噴き出す。
     だが、やはり効かない。
    「なら、これならどうだキャン」
     頭を引っ込め、空中に浮遊。玄武の甲羅が回転しながら翔太に激突した。
    「効かんなあ」
     翔太が甲羅を掴んだ。
    「そらあ」
     翔太は甲羅をラグビーボールのように蹴り飛ばした。甲羅は高々と舞い上がり、再び地上に落下した。
    「クーン」
     テラはその場でのびてしまった。
    「はて、神獣はあと二匹いたはずだが、逃げ出したかな?」

     チャンとジュリーは今も廊下で梓彩が目覚めるのを待っていた。
     そこへ翔太がやってきた。
    「ここにいたか」
    「お前は」
    「第六天魔王」
    「死にたくなければ、そこをどけ」
    「冗談言うなよ」
    「梓彩にとどめは刺させないぞ」
    「愚かな」 
    「行くぞ」
     チャンは蒼龍に、ジュリーは朱雀に変身した。そして両者はひとつに合体。青と赤の二色に輝く渦が翔太めがけて飛翔する。
     だが。
    「効かんなあ」
     ヒグットンを倒した必殺技が翔太には全く通用しない。
    「さあ、お前たちも感電しろ」
    「うぎゃあ」
    「ぐわああ」
     豚に戻ったチャンとジュリーもまた、体から煙を立ち上げて、廊下の床にうつ伏せに倒れ込んだ。
    「さてと」
     翔太は治療室の扉の前に立った。
    「この中にいるんだな」 
     翔太が扉のノブを握ったその時。
    「うわっ」
     翔太はノブから手を離した。ノブに高圧電流が流れたのだ。ジコマンコンピュータによる防御機能が働いたのだ。
    「子癪な」
     翔太はドアを蹴り飛ばした。
    「見つけたぞ、梓彩」
     ベッドの上で昏睡状態にある梓彩を発見した。ゆっくりと歩み寄る。
    「梓彩」
     翔太が右腕を高々と上げる。
    「さらばだ」
     右腕の手刀が梓彩の心臓めがけて振り下ろされた。



  • 「ここはどこ?私は一体」
     梓彩は「この世」とは明らかに違う世界にいた。
    「そうだ。私は翔太に殺られて・・・ということは、ここは『あの世』なのかしら?」
     全身を働かせて、今いる場所を体験する梓彩。
    「なんて『心地いい』のかしら。取り敢えず『地獄に堕ちた』のではないようね」
     そんな梓彩の前に現れたのは。
    「タマ!」
     何と、死んだはずのタマが梓彩の前に現れたのだ。
    「待って。ということは、やはり私は死んだのね」
     その答えはタマが教えてくれた。
    「ここは、あらゆる生き物の『生命』が誕生する世界。そして、あらゆる生き物の生命が戻ってくる世界」
     ということは、やはりここは「死後の世界」なのだ。
    「それだけではなく、ここはあらゆる宇宙の法則を司る場所。エネルギーを空の状態から4種類の色の状態に変えたのも、この世界の働きによるものだニャン」
    「それって、要するに、こここそが『宇宙誕生の源となる世界』なのね?タマ」
    「さすが我がご主人様。呑み込みが早いニャン」
    「では、私は死んだのね?」
    「今のところはニャン」
    「今のところは?」
    「さあ、今から自分と旅をするニャン」
    「旅って?」
    「今からこの世界の『全て』を梓彩に見てもらうニャン」
     そう言うと、タマは歩き始めた。歩き始めたと言っても道などはない。まるで空中を散歩するようにタマが歩いて行く。
    「まずはここから見て貰うんだニャン」
     といってタマが指し示したのは深い峡谷。
    「この谷は人界と畜生界の間を隔てる谷。ここは『修羅界』の入り口なんだニャン」
     修羅界はこの峡谷の底にあるという。
    「さあ、行くんだニャン」
     谷を降りていくふたり。どんどん暗くなっていく。やがて光は完全に届かなくなった。それでも見えるから、なんとも不思議だ。
     谷底に到着。その時、ふたりが見たのは地獄の苦しみを味わう人々の姿だった。
    「これって、地獄界じゃないの?」
    「違う。修羅界だニャン。人間が考える地獄絵図というのは、本当は修羅界のことなんだニャン」
    「じゃあ地獄界は?」
    「地獄には『無気力・無感動』のぐうたらな怠け者たちがいる。でも、彼らは人を殺したり虐めたりはしていないから修羅界に堕ちた連中よりはずっと苦しまないで済んでいるんだニャン」
     そして修羅界だが、よく見れば、どこかで見たような顔が幾つもある。
    「あれってまさか」
    「そう。あいつはヒットラーだニャン」
     何と、ヒットラーが苦しんでいるではないか。
     他の人間たちもよく見れば、歴史上の人物たちばかりだ。ムッソリーニ、チューザレ・ボルジアなど、いずれも残虐なことで知られた暴君たちだ。
     そしてその一団の中には、嘗てニッポンの総理大臣を務めた右翼政治家らの姿も。
    「彼らは生命境涯の低さゆえに、この世界で苦しんでいるんだニャン」
    「生命境涯?」
    「気付かなかったかニャン?今の梓彩は肉体ではなく『生命の姿』なんだニャン」
    「じゃあ、私が苦しくないというのは・・・」
    「梓彩の生命境涯はとても高い。だからこの世界に受け入れられているんだニャン」
     よく見れば、その他にも多くの人々が同様の苦しみを受けていた。それは生前、右翼思想の政治家を熱狂的に支持していた人々であった。
     そのうちの一人。80歳ほどのおばあちゃんが苦しみもがいていた。
    「あの女性は生前、右翼思想の総理大臣の熱狂的支持者だった。生前、口を開けば『韓国の悪口』ばかり言っていたから、今はこうして苦しんでいるんだニャ」
    「でも、とっても可哀想だわ。何とかできないの、タマ」
    「自業自得なんだニャン。この世界はあらゆる宇宙の法則が生まれた場所。故に『完全中立・完全平等・完全調和』が大原則。『自分は偉い・自分は賢い・自分は優秀』という自画自賛意識の強い生命はそれ故に『圧迫を受ける』。改心して『全ての生命は平等なのだ』と悟るまで、この苦しみは続くんだニャン」
    「そんな・・・」
    「次に行くニャン。もう谷底とは『おさらば』なんだニャン」
     タマが歩き出す。今の梓彩はタマについていくしかない。

     地獄界、餓鬼界、畜生界、人界、天界、声聞界を経て、梓彩たちがやってきたのは。
    「あれはレオナルド・ダ・ヴィンチじゃない?そうでしょう、タマ」
    「ここは縁覚界なんだニャン」
     縁覚界と言えば、学問や芸術などで多大な功績を残した人々の生命境涯だ。よく見ればアインシュタインやニュートンといった人々もいる。
     そしてその先には菩薩界の人々の生命が喜びにあふれていた。
    「あれが最高の境涯『菩薩界』だニャン」
    「最高の境涯は『仏界』じゃないの?」
    「違う。仏界はこの世界そのものことを言う。人の生命として最高の境涯は菩薩なんだニャン」
     タマが再び歩き出す。

     梓彩たちの前に恐竜が出現した。
    「今、僕たちは時間を過去へと遡っているニャン」
    「過去に戻れるなんて、そんなことができるの?」
    「この世界には『過去・現在・未来』の全ての時間が同時に存在しているんだニャン。地上では時間は過去、現在、未来へと一方通行にしか進まないが、ここでは自在なんだニャン」
    「それって、ここが『時間の生まれた場所』だから?」
    「さすがは我がご主人様なんだニャン。4つの色、即ち『粒子』『波動』『重力』『時間』は妙の世界を司る4つの性質の『反射』なんだニャン」
    「宇宙は、妙の世界の性質を投影している世界なのね」
    「と言っても『正確に』ではないのだがニャン」
    「わかるわ。だから一方通行なんでしょう?正確に投影していれば、地上でも過去と未来を自在に往復できるはずですもの」
     そして梓彩は「宇宙誕生の瞬間」を目撃した。ビッグバンだ。
     だが、それは爆発というよりも、小さな丸い球体の中で生じる化学変化のように見えた。
    「宇宙は膨張しないのね」
    「球体の中でエネルギーが収縮しているんだニャン」
     球体の中で宇宙が「早送り」の様に変化していく。梓彩はその姿を見続ける。
    「成程・・・粒子は生命の反射なのね。そして重力は万有引力の反射。そして波動は先程から聞こえる、この世界の波動の反射」
     この世界に来て以来、梓彩の耳には「仏界の波動」が心地よく聞こえていた。
    「これで梓彩はこの世界の正体を、そして宇宙の正体を正確に知ったわけだニャン」
    「宇宙は『法』で、この世界は『妙』。宇宙は『迹』で、この世界は『本』。宇宙は『生の世界』で、この世界は『死の世界』。宇宙は『エネルギーを素材とする写し』で、この世界こそが『本体』」 
     やがて球体の中の宇宙は真っ黒に変わった。
    「これは全てのエネルギーがブラックホールに変わったのね」
    「そしてよく見るニャン」
    「判る。ブラックホールの中では時間が現在から過去へと逆流している」
     ブラックホールとは粒子・波動・重力・時間という4つの性質が再び一つに合体。色から空に戻る現象のことである。
    「よろしい。では『最後の旅』だニャン」 
     タマが歩き出す。
     やがて仏界の心地良い波動が薄らいできた。それと入れ替わりに心をざわつかせる波動が聞こえてきた。そして梓彩の目の前には青い星が。
     今、梓彩はあらゆる法則と生命の源である「妙の世界」とエネルギーで構成される「現在の宇宙」との間にいるのだ。
    「梓彩。この波動をどう思うニャン?」
    「この波動は今までとは違って心地よくない。なんだかムカムカしてくる」
    「これは『修羅界の波動』なんだニャン」
    「つまり『争いたくなる波動』ね」
    「この波動は地球から発せられているんだニャン」
    「確かに、地球は『弱肉強食の世界』ですものね」
    「この波動のおかげで地球では生物が多様に進化した。地球は『母なる大地』。だが、それは絶えず争いを引き起こす波動が生み出す『地獄の世界』でもあるんだニャン」
    「これが私が今、闘っている敵の正体なのね」
    「さすがは我がご主人様。呑み込みが早いニャン」
    「またそれ?」
    「敵の正体を知った今、敵の『倒し方』は自ずと判ったはず」
    「勿論よ」
    「なら、ここでお別れニャン。梓彩はこのまま地球へ戻るニャン」
    「また会えるわね?」
    「すぐに」



  • 「なに?」
     手刀が振り下ろされたベッドに梓彩はいなかった。いや、確かにいた。瞬間的に消えたのだ。
    「ばかな」
     翔太は周囲を見回した。
    「どこだ、何処にいる。出てこい梓彩」
    「翔太」
    「梓彩!」 
     目覚めた梓彩が立っていた。梓彩は蘇ったのだ。
    「ばかな、蘇ったというのか?」
    「翔太。あなたに私は殺せない」
    「ふん」
     翔太が両腕を突き出した。
    「ならば、もう一度同じ目に合わせてやろう」
     手の平から黒い煙が噴き出し、梓彩めがけて襲い掛かる。
    「再び無重力の中で回転するがいい」
     だが。
    「なに」
     黒い煙が梓彩の体を包み込むことができない。
    「これは」
    「あなたに殺されたおかげで、私は生命の源である『妙の世界』を見た」
    「何だと。昏睡状態の中で『仏の悟りを開いた』とでもいうのか」
    「タマが、あなたも知っているタマが私を導いてくれた」
    「バカな」
    「翔太の体に巣食う邪悪なる生命よ。翔太の体から離れなさい」
     梓彩が攻撃を仕掛ける。梓彩が右腕を高々と上げた。
    「やあっ」
     梓彩が右腕を振り下ろす。
    「くっ」
     翔太が逃げ出した。翔太に憑りつく第六天魔王はどうしても翔太の体から分離したくないらしい。
    「待ちなさい」
     梓彩が翔太を追う。
     翔太が銅鐸の塔の外に出た。
    「ふはははは」
     翔太が空高く舞い上がる。
    「そんなにこの肉体が愛しいか。ならば梓彩よ、ついてこい。最終決戦と行こうじゃあないか」
     翔太はどうやら宇宙に梓彩を誘っているようだ。だが、梓彩は人間だ。空は飛べない。
    「大丈夫」
    「ぼくたちがいる」
     梓彩を追ってきたチャンとジュリーが蒼龍と朱雀に変形した。
     そして。
    「合体」
     二体はひとつに合体。ケツァルコアトルに変身した。
    「さあ梓彩、乗って」
     梓彩はケツァルコアトルの頭の上に乗った。
     梓彩もまた宇宙を目指し飛び立った。

  • つづく     



  •  次回、最終回。
     遂に梓彩と魔王との戦いに決着!

  • 続々・コックローチ20

  •  12月24日(金)お楽しみに。



  • 20(最終回)

  •  高度400km。天空は夜。その下の地球は夜の闇に包まれている。
     人類はこの高度を「宇宙空間」と定義するが、この高度ではまだ天空から響く平和・平等を希求する「仏界の波動」よりも大地が発する弱肉強食を促す「修羅界の波動」の方が断然、強い。
    「さすがだ。よく、ここに来られた。かつて科学文明を誇った21世紀初頭の人類でさえ、たかだか高度100kmを小型シャトルに乗って数分間飛翔するだけでも随分と梃子摺っていたものだがな」 
    「私にはチャンとジュリーがいるわ」
     両者のすぐ下を無人の廃墟と化している国際宇宙ステーションが通過する。
     高度400kmだから当然、ここは真空だ。だが、翔太も梓彩も死なない。これは両者共、精神エネルギーを操る術を完璧に会得していることを示している。鳩摩羅什の舌が炎の中で燃えて灰にならなかったのと同じである。
     そして、いよいよ決戦が始まる。
    「チャン、ジュリー、攻撃よ。コアトルファイアー!」
    「ぎゃー」
     ケツァルコアトルが口から炎を吐き出す。
    「コアトルビーム!」
     次に目から光線を発射。
    「回転攻撃!」
     更に尻尾で翔太をぶっ叩いた。
    「ふん」
     だが、翔太には効いていないようだ。
    「その程度の攻撃、余には通用せん」
    「うう」
    「では、今度はこちらから行くぞ」
     翔太が両腕を高々と上げた。翔太の頭の上にエネルギーの球が。
    「喰らえ。サン・オブ・サン」
     その名の通り、太陽を小さくしたようなエネルギーの球が梓彩めがけて飛翔した。
    「うああああ!」
     精神エネルギーで必死に耐える梓彩。やがてエネルギーの球は消滅した。
    「ううう」
    「良く耐えた。だが、これで終わりだ」
     再び翔太がエネルギーの球を作り出す。
    「さあ、これで終わりだ。サン・オブ・サン」
     梓彩、危うし。
     その時。
    「む」
     地球から一隻の宇宙船が飛翔してきた。
    「あの船は!」
     それは修理を完了した宇宙戦艦チェリーだった。
    「梓彩、聞こえる?」
     オナラウッドの超科学による通信技術によって梓彩の脳に直接、チェリーからの通信が入った。
    「帆乃香さん」
    「どうやら聞こえているようね?」
    「はい。よく聞こえています」
    「なら聞いて頂戴。私たちもあなたと一緒に戦うわ」
     こうして帆乃香、望、烈、勇気、ジミー、一磨。さらには聖斗と美音も今回の闘いに間に合ったのだった。
     だが、梓彩の援軍はそれだけではなかった。
     そこへ別の星のものと思われる宇宙戦艦がワープアウトしてきた。宇宙戦艦から梓彩の脳に直接、これまたエイリアンの超科学による通信が入った。
    「梓彩、聞こえるかニャン?」
    「その声は・・・マカロニャン?」
    「覚えていてくれて嬉しいニャン」
    「あなたが、どうしてここに?」
    「決まっているニャン。『宇宙の平和を護る』ためだニャン」
     マカロニャンから通信が入ったということはワープしてきた宇宙戦艦は「チークワン」だ。
     そして更に続く。
     100隻にも及ぶ宇宙戦艦がワープアウトしてきたのだ。それは今まで見たこともない宇宙船団であった。
     その正体は旗艦クィーン・カグヤ率いる、かみのけ座銀河団の主力艦隊。女帝となった澄子が自ら主力艦隊を率いてやってきたのだ。
     まさに今、この時、地球に関係する者たち全てが再び地球に結集したのだ。
     最も年配者であり、かつ最も高度な頭脳を有する珍柿が当然のようにチークワンから梓彩と全ての宇宙戦艦に向かって今回の作戦の説明を始めた。
    「梓彩。先ずはそなたの力で魔王と翔太とを分離させなくてはならん」
    「わたしの力で?」
    「そうじゃ。それができるのは『お主』しかおらぬ。それが終わったら、あとは我々で始末をつける」
     聖斗が梓彩に。
    「梓彩、これを受け取ってくれ」 
     チェリーから一筋の光が梓彩に向かって飛翔した。一筋の光が梓彩の右手に収まった。
    「これは、草薙剣!」
     草薙剣が梓彩に語りかける。
    「梓彩、私を使って闘うのだ。私は生命境涯の高い人間の力によって威力をどこまでも高めることができる」
    「わかったわ」
     草薙剣の柄頭に嵌め込まれた、普段はエメラルドのような緑色のアレキサンドライトが梓彩の全身から放たれる「善なる闘気」によってルビーのように赤くなった。



  • 「どうやら準備は整ったようだな?」
     腕を組み、余裕を見せる翔太。
    「随分と余裕なのね?」
    「『丁度いい』と思ってな。みんな纏めて消し去ってくれるわ」
    「行くわよ」
     ケツァルコアトルが翔太めがけて突撃を開始した。
    「とうっ」
     梓彩がケツァルコアトルの鼻の上からジャンプした。翔太の頭上から草薙剣を振り下ろす。
    「やあっ」
     翔太が左肩に傷を負った。
    「ううっ」
     肩の傷を抑え、蹲る翔太。
    「梓彩。私を殺す気か?夫である私を」
     見るからに同情を求めるような翔太の振る舞いに、梓彩の心が動揺し始めた。
    「これは罠だ。梓彩。迷わず翔太を斬るのだ」
     草薙剣が叫ぶ。だが、梓彩には斬れない。
    「心配いらない。斬っても翔太は死なん」
     頭では判っている。でも、斬れない。
    「ふはははは」
     翔太がゆっくりと立ち上がる。
    「わたしの勝ちだ、梓彩」
     翔太が梓彩の首を両腕で掴んだ。翔太は梓彩の体を持ち上げると首を握りしめ始めた。
    「ううーっ」
    「ははははは死ね、梓彩ー。お前が死ねば、私は正真正銘、無敵となれるのだー」 
     これはどういう意味なのか?なぜ翔太は、これほどまでに梓彩を恐れるのか?
    「梓彩ーっ」
     ケツァルコアトルが梓彩を救うべく翔太に突撃する。
    「雑魚は失せろ」
     翔太の両眼から光線が発射された。光線がケツァルコアトルの全身を炎で包む。
    「うわああああ」
     ケツァルコアトルはあえなく敗北した。
     一方、宇宙戦艦に乗る人々は。
    「だめだ」
    「この状態では攻撃できない」
     翔太を攻撃すれば、梓彩を傷つけてしまう。この場は梓彩が自力で脱出する以外にはない。
     いよいよ翔太の腕の力が強まる。翔太の腕が梓彩の首を絞めあげる。
    「うううーっ」
     必死に足で翔太の胸を蹴る梓彩。だが、そんな攻撃が効くはずがない。
     死の直前、梓彩の脳裏には翔太との思い出が走馬灯のように次々と思い出されていく。そして、その中のひとつのコマが梓彩に「生きろ」と訴えた。
     そのコマとは。
    「タマ!」
     タマを脳裏に見た瞬間、梓彩の右腕は本能的に翔太の胸を草薙剣で突き刺していた。
    「ぎゃあああ」
     胸を突き刺され、翔太は梓彩を離した。
    「はあはあはあはあははあ」
     必死に呼吸を整える梓彩。
     一方、胸を刺され苦しむ翔太。やがて、そんな翔太から何やら黒い物体が飛び出した。翔太と敵が分離したのだ。
    「うう」
     崩れ落ちる翔太の体。
    「翔太」
     梓彩は翔太を抱きしめた。遂に梓彩は翔太の体を自分の腕の中に取り戻した。
    「でかしたぞ、梓彩」
     珍柿が叫んだ。
    「よし今じゃ。全艦、核融合砲発射」
     何と、珍柿は全宇宙戦艦に核融合砲の発射準備を命令していたのだ。そしてそれは既に完了していたのだった。
     102発の核融合砲が翔太の体から分離した黒い物体に向かって突き進む。
     これで終わりだ。 
    「なに?」
     だが、核融合砲は全て黒い物体に吸収されてしまった。
    「マカロニャン!」
     珍柿が直ちにマカロニャンに計測を命じる
    「がってんニャ」
     マカロニャンが敵の分析に入る。
    「ご主人様。あの黒い物体の中では時間が逆に流れているニャ。あの黒い物体の中心部は重力崩壊しているものと思われるんだニャ」
    「重力崩壊?ということは・・・こいつの正体は『空』か!」
    「空(くう)って?」
     訊き返したのは帆乃香。
    「要するに『ブラックホール』じゃよ」
     珍柿は帆乃香にそう返答した。
     ブラックホール生命体。それが翔太に憑りついた第六天魔王の正体なのか。
    「『色即是空・空即是色』は知っておるな?」
     帆乃香以外は判らない。
    「何だ、知らんのか。なら説明しよう。エネルギーには、いかなる性質も持たぬ『空』と粒子・波動・重力・時間の四つの性質を持つ『色』の二種類の状態がある。そして空から色に変化する現象を『ビッグバン』、色から空へ変化する現象を『重力崩壊』と呼ぶのじゃ」
    「では私たちが今、見ているのは」
    「色が空へと変化する現象じゃ。この時、エネルギーが有する四つの性質は全て逆転する。その中で最も判り易いのは時間じゃ。事象の地平線から先では時間は『現在から過去』へ流れているのじゃ」
    「そんなことが・・・」
    「あるのじゃ!なぜなら、我々の宇宙はエネルギーによって成り立っておるが、それはもともと『妙』が有する性質を反射しているに過ぎないからじゃ」
    「妙が有する性質の反射?」
    「妙が性質の『本体』だとすれば、色は『鏡に映る虚像』で、空は何も映らない『透明ガラス』なのじゃよ」
    「つまり私たちの宇宙で起きているすべての現象は、本体である妙の性質を反射しているものなのですね」
    「ここで重要なのは、色は決して妙の性質を『100%完全に映しているわけではない』ということじゃ。むしろ正確には映していないといった方が正しい。これも時間の譬えが一番、判り易いだろう。我々の宇宙では時間は『過去→現在→未来』へと流れる。ブラックホールの中はその逆。そして妙は過去・現在・未来を自由に往復する。元々そうした『区別などない』といった方が正確かも知れんな」
    「そんなバカなことが!」
    「我々の宇宙の時間が一方向にしか進まない『直流電流』だとすれば、妙の時間は『交流電流』なのじゃ」
     さらに珍柿は。
    「我々の一生の前後にはそれぞれ『生まれる前の世界』と『死後の世界』があるが、それはどちらも生命の源という『同じ世界』に他ならない。ということは、つまり過去も未来も同じ世界なのじゃよ」
    「成程ね」
     ふたつの譬えを得て、帆乃香や他の者たちも珍柿の話を納得することができた。
    「そしてブラックホールは直流電流のプラスとマイナスを逆転させたものであり、これまた取り立てて不思議な現象ではない」
     さすがは宇宙で最初に高度な文明を築き上げた古代宇宙生命体トマルクトゥス星人の珍柿だ。地球人類よりも遥かに「物理学の本質」を理解しているのだ。
     色(法)と妙の関係を図に示すと、次のようになる。

           色(法)     妙
         直流時間     交流時間
         重力       万有引力
         粒子       生命
         九界の波動    仏界の波動 

     直流時間が交流時間の反射であることは説明した。重力が万有引力の反射であることは比較的理解しやすい。問題は残りの二つだろう。
     粒子が「生命の反射」であるというのは今日、科学者が「無生物から生物が誕生する起源」を必死に研究していることを考えれば判りやすいだろう。無生物から生物が誕生するのは粒子が生命の反射だからである。粒子の集合体である物質も本質的には生命であり、無生物から生物へ進化する性質を本質的に備えているのである。ただ、遺伝子を持ち自立して活動する生物の方が、妙が備える生命の性質をより正確に反射しているだけのことだ。
     そして最後の波動だが、光や音が波動であることは既に知られており、人類が美しい絵画や音楽に感動を覚えるのは、それらが発する波動が生命境涯の高い波動だからに他ならない。逆に醜い光景やノイズが発する波動は生命境涯の低い波動である。
     そして、いうまでもなく最も美しい波動、生命境涯が最も高い波動は「仏界の波動」である。その波動を人類は「南無妙法蓮華経」という題目で顕した。人類は南無妙法蓮華経の題目を自身の口から繰り返し唱えることで妙と「一体となる」ことができるようになったのである。そして言うまでもなく「生命の源」であり「宇宙のあらゆる法則の源」である妙が発する波動は完全平等・完全中立・完全調和の世界から生じる平和・友好の波動である。それに対し、地球が発する波動は国防強化や人種差別を助長、人類を戦争へと導く。
    ここまで説明すれば、もうお分かりだろう。第六天魔王と梓彩の闘いは即ち「地球が発生する弱肉強食の波動を受信する者」と「宇宙に遍満する平和の波動を受信する者」との闘いなのだ。



  • 「ところで、何でブラックホールが地球に?」
    「2000年代の初め、超大国でブラックホールを作り出す実験が加速器によって行われた。失敗したと思っておったが、どうやら成功していたようだな」
    「でも、ブラックホールが『意思を持つ』なんてことがあるの?」
    「無生物と生物の区別は人類が勝手に行っておるもので、元々は同じもの。遺伝子を持たない物質も波動を受信しておる。かなり不正確にではあるがな。奴の場合、どうやら地球が発生する『修羅界の波動』を非常に強く受信しておるようじゃ」
    「地球が発する波動?」
    「『母なる大地』が発する波動は生物多様性を生み出す源であると同時に地上に絶えず争いを引き起こす波動じゃ。奴はその波動のみを受信するように進化した」
    「だから性質が『凶悪』なのね」
    「『おかしい』とは思っていたのじゃ。いくら何でもジコマンコンピュータに神々を復活させるほどの能力はない。ブラックホールであるこいつの時間は逆に進んでおるから、その煽りを受けて太古の昔に滅びた神々が復活したんじゃ」
     アンモナイトや三葉虫が復活したのも、どうやら同じ理由のようだ。
     それにしても時間が逆転しているとは!何という壮大なる宇宙の神秘だろう。

     遂に第六天魔王=ブラックホールがその能力を見せ始めた。小さいとはいってもブラックホール。事象の地平線の中に入り込んだら最後、全てのものが飲み込まれる。
    「いかん、全艦退避。急いで後退するのじゃ」
     しかし時すでに遅し。宇宙戦艦が次々と事象の地平線の奥に飲み込まれていく。あれよあれよのうちにチークワン、クィーン・カグヤ、チェリーの3艦だけになってしまった。だが、このままでは、いずれはこれらの船も飲み込まれてしまうだろう。
     珍柿が叫ぶ。
    「核融合砲で奴は倒せん。兵器は所詮『悪の力』。悪の力に対し、悪の力をもってしても勝てぬ」
     澄子が珍柿の声に応える。
    「では、どうすれば、あのブラックホールを倒せるのです?」
    「『正義の力』じゃ。正義の力で悪の力を中和する以外にはない。『仏と提婆は身と影の如し』じゃ」
    「中和?倒すのではなくて」
    「正義も悪も宇宙の誕生とともに生まれた法則なのじゃ。だから正義と悪が合体すれば消えてなくなる」
    その、正義の力とはいったい?

    「翔太、翔太」
     梓彩が必死に翔太に呼び掛ける。 
    「うう」
     翔太の意識が回復した。
    「翔太!」
    「あ、梓彩」
    「翔太、良かった!」
     梓彩は翔太をひしと抱きしめた。
    「梓彩」
     翔太が何かを言いたそうだ。
    「私は魔王と一体となっていたおかげで、魔王の弱点を知っている。それは・・・」
    「判っているわ。『慈悲の心』でしょう?」
    「なぜ、それを」
    「タマが教えてくれたの。私、死んだの。そして生命が誕生した世界、私たちが生まれた世界を見てきたのよ」
    「梓彩」
    「何も言わないで。これが私たちの運命だったの」
     運命?二人に何が起きるというのか?
    「梓彩、駄目だ。行かないでくれ」
    「ごめんなさい。でも、これが私の『出世の本懐』なのよ」
     梓彩は翔太の胸に掌を乗せた。
    「梓彩、だめだ」
    「さようなら、翔太」
     翔太の体が光に包まれる。
    「梓彩―っ!」
     やがて翔太の体が消えた。

     宇宙戦艦チェリー。
    「な、なに」
     艦橋の中に突然、光が発生した。その光はやがて人の形となり、輝きは消滅した
    「翔太!」
     それは梓彩の能力によってテレポートされた翔太だった。
     皆が翔太の周りに集まる。翔太はゆっくりと立ち上がった。その場で俯く翔太。
    「翔太」
     翔太は泣いていた。
    「何を泣くの?翔太」
    「梓彩は死を覚悟した」

     力を増大させるブラックホール。
    「止めなさい、魔王」
     ケツァルコアトルの鼻の上に立つ梓彩がブラックホールの前に対峙する。
    「我深敬汝等、不敢軽慢。所以者何」
     梓彩が何やら呪文のようなものを唱え始めた。
     すると、ブラックホールが活動を停止した。
    「梓彩、止めよ」
     どうやらブラックホールは梓彩が唱える呪文が苦手らしい。
    「汝等皆行菩薩道、当得作仏」
     梓彩が唱えているのは通称『二十四文字の法華経』と呼ばれるもの。梓彩はそれを唱えながら両手を合わせ、ブラックホールを礼拝し始めた。
    「止めよ梓彩。余に慈悲をかけるな。余は慈悲を好まぬ」
     だが、梓彩は止めない。なぜなら、これこそがブラックホールの弱点だからだ。修羅界の波動をエネルギーとするブラックホールにとって、今の梓彩が発する「菩薩界の波動」はまさに毒なのだ。
    「うううー」
     みるみるブラックホールが収縮していく。
     梓彩の体内に宿るものの正体。それは「不軽菩薩」。
    これですべての謎は終わり。なぜブラックホールが梓彩の存在を恐れ、梓彩の弱点である翔太を人質に取ったのか。それはブラックホールの正体が第六天魔王であり、両者は文字通り、正反対の性質を備えているからだ。
     そして梓彩の周りにタマやチャン、ジュリーといった動物たちが集まったのかも。
     全ての生命を慈しみ、相手が誰であろうと敬う心を持つ存在。それが梓彩なのだ。
    「うううー」
     梓彩の礼拝行によって小さくなったブラックホールはそれまでの勢いを失い、完全に静止してしまった。
     梓彩は勝ったのか?だが、それならば翔太が泣く理由はない。
     本当の「闘いの決着」は今から始まるのだ。



  •  地球上から幾つもの光が宇宙めがけて飛び立つ。それはまるで流星が地上から宇宙へ向けて飛び立つようだ。
    「あれは」
     その光の正体は地球上にいる神々たち。アメン、麒麟、ハンムラビ、白虎たちが地上から飛んできたのだ。
    「光が次々とブラックホールに飛び込んでいく」
    「彼らを飲み込み、ブラックホールが中和されているのじゃよ。見よ。ブラックホールがさっきよりも更に小さくなったぞ」
    「確かに。ということは」
    「ブラックホールによって復活した全ての神々が中に吸い込まれた時、あのブラックホールもまた消滅する」
    「どうやら、お別れの時が来たようだな」
     そう語るのはチェリーに乗っていたゼウス。
    「地上に復活した神話の神々が再び『神話の世界』に戻る時が来たのだ。さらばだ、みんな」
     ゼウスもまた流星となってブラックホールに向かって飛び立った。
    「ぼくも行くよ」
    「テラ」
    「ぼくも神獣なんだキャン。ぼくも行かねばならないんだキャン」
    「テラ」
     勇気はテラを抱きしめた。
    「行くな、行かないでくれ」
    「さようなら、勇気」
     テラもまた流星となってブラックホールへ向かって飛翔した。

     そして遂に。
     梓彩がケツァルコアトルの鼻から離れ、ブラックホールに向かって飛翔を開始した。
    「梓彩」
    「ぼくたちはいつまでも一緒だ」
     ケツァルコアトルもまた再びチャン、ジュリーに分離。梓彩のあとに従う。
     梓彩、チャン、ジュリーがブラックホールの中へ飲み込まれた。
     その直後。
    「見て。ブラックホールが光っている」
     光さえも飲み込むブラックホールが突如として輝き始めた。まるで太陽のように。
     そして。
    「消えた」
     初めから何もなかったように何もかもが消えた。
     通常の宇宙空間に戻った地球の地平線から本物の太陽が昇り始めた。



  •  銅鐸の塔。
     珍柿、澄子、そしてコックローチが一堂に集まっていた。
    「自分が去った時よりも随分と良くなったじゃないか。スマホのない地球。大いに結構!」
     核戦争によって科学文明を失った地球を、珍柿はむしろ評価しているようだ。
    「ジコマンコンピュータの暴走によって人類には『やり直しのチャンス』が与えられたんじゃよ。人類の脳みそには、まだまだ鍛える余地がある。スマホごときに踊らされて腐らせては『もったいない』というものじゃ」
     確かに、あのまま科学文明が進んでも人類は脳の働きを退化させ「滅亡の道」を進んでいただけかもしれない。

     一方、こちらでは。
    「聖斗」
    「澄子」
     互いに見つめあう二人。
     そこへ美音が子どもを連れて入って来た。
    「この子が聖斗の子どもなのね」
     澄子は千帆を抱きかかえた。
    「澄子はまだ一人なのか?」
    「いいえ。私も結婚したわ」
     夫のアルタイルは惑星メドゥーサで「お留守番」。

     残るは翔太。翔太はひとり空を見上げる。
    「梓彩」
     そこへ勇気がやってきた。
    「自分には何となく今の『あなたの気持ち』がわかる気がする」
     勇気もまた自身にとって最高の相棒を失っていた。
    「そうですか」
    「尊い犠牲のためにも、生き残った我々がこの世界を素晴らしいものにしなくては」
    「ええ」
     二人は並んで空を見上げるのだった。

     久闊を叙する時間が終わり、宇宙戦艦が飛び立つ。クィーン・カグヤは、かみのけ座銀河団へ。チークワンは、あてのない航海へ。
     そして地球に残るコックローチたちは。 
    「さあ、地球を平和の楽土に変えなくては」
     今日もゴキブリたちが地上を走る。

  • 続々・コックローチ 完    



  • コックローチ 完

    長きに渡り「コックローチシリーズ」を御鑑賞いただき、ありがとうございました。



  • あとがき

  •  コックローチシリーズがフェアウェルを迎えた。寂しくもあり、また同時にやり遂げた満足感もある。
     コックローチシリーズで自分がやりたかったこと。

     この平和が、いつまでも続きますように。(続・コックローチ 第二部より)

     全てはこの言葉に集約されていると思う。世界が平和であって欲しい。それに尽きる。そのための原理をここで発表したつもりである。神社や侍ブームといった「右翼思想の根源」の否定、そして三相性理論に代表される「仏理学」の開示。
     人というものは実に愚かな生き物で、一度身についてしまった先入観や習慣を「間違いだった」と素直に認め、改めることは容易ではない。というのも、それまでの「自分の人生そのものを否定する」ような気になるからだ。実際はそこから「本当の人生が始まる」のだが。コペルニクスの地動説しかり、ウェーゲナーの大陸移動説しかり。それらが発表当時に受けた非難を思えば、私の主張にも同様の非難があるのは至極当然である。しかもこの国は理論的思考を大の苦手とする「情緒・感情民族」が暮らすニッポンであり、理論的思考を得意とする欧米人や中韓人の国ではない。しかもそこに「自分の利益」や国益といったものまで絡んでくるから大変だ。「自分にとって都合のいいことが正義」と頭から信じ切っている自画自賛人間にとって私の主張は「目の上の瘤」以外の何ものでもあるまい。今のニッポンで「立身出世しよう」と思うならば国家権力に迎合するのが一番手っ取り早い。即ち国家権力者と「思想・哲学・宗教・歴史認識」を共有することだ。財界人にせよ、マスコミにせよ、芸能人にせよ、誰もが皆そのようにしているではないか。それが自分にはできない。なぜか。それこそが真実を知る者の「宿命」なのだ。真実を知らない者であってこそ悪に対して「迎合」もできるし、嘘に対して「騙される」こともできるのである。地球よりも遙かに進んだ科学力を持つ竜宮城。そこは「平和と平等の世界」であり、人々は誰もが「慈悲の心」を持ち、争い事など一切ない世界だ。問題事は勿論、起こる。いっぱい起こる。だが、竜宮城ではそれを理由に争ったりはしない。「話し合い」によって穏やかに解決する術を誰もが知っているからだ。つまり彼らは本当の「大人」なのだ。その点、地球人類はまだまだ子供である。すぐに喧嘩を始め最悪、戦争までやらかす。「竜宮城なんてあるものか」「そんなのでまかせだ」こんな声が聞こえてきそうだ。だが、私の目には手相や人相や水晶玉といった占いの方がよっぽど他人を騙す詐欺行為に見える。
     竜宮城に宗教は存在しない。宗教など所詮「非科学的なまやかし」だからだ。そんな竜宮城には唯一、法華経のみが存在する。それは法華経が本来は宗教ではなく「物理法則」だからである。今日の地球の科学が幼稚であるため、宗教に分類されてしまっているに過ぎない。竜宮城では宗教と物理学は同義であり、故に「仏理学」と呼ぶ。そのうち「三相性理論」については先行して「新・コックローチ」の中で帆乃香に語らせ、最終的に「続・コックローチ 竜宮城編」で開示した。また弥生時代は「正法仏教興隆の時代」であり、西暦552年の像法仏教伝来以前に既に豊玉姫によって仏教が倭国に伝来、広く信仰されていたことを示す「銅鐸本尊論」は「続々・コックローチ」の中で解説してある。
     今日、ニッポンを始め地球上には偏狭な思想に基づく人種差別が蔓延している。その一方、南無妙法蓮華経の題目を唱える人々の間には人種差別が存在しない。如何なる国の出身であっても彼らは「同志」と讃え合う。それは法華経が物理法則だからだ。物理法則=科学の基本はいうまでもなく「如何なる人が実験を行っても同じ結果が得られる」ことにある。同じ実験を行っているのに人種によって「実験結果が変わる」などということは有り得ない。だから法華経はいとも簡単に人種差別という垣根を人々の胸中から取り払うことが可能なのだ。無論、男女差別も経済差別も世代間の差別もだ。法華経が「世界平和を実現する唯一絶対の方法」であるのはそのためである。物理法則と矛盾する宗教にはこのような「崇高な理想の実現」など望むべくもない。むしろ「争いの種」にすらなってしまうものだ。
     竜宮城は実在する。ニッポンも昔は盛んに交流をしていた。垂仁天皇が伊勢神宮造営などという愚かな真似をしなければ今も続いていたかも知れない。ともあれ、この事件を機に竜宮城は倭国との交流を閉ざした。そして倭国は軍国主義による思想統制によって地方を支配する豪族たちに対し戦争を開始した。「弥生時代の終わり・古墳時代の始まり」である。だが、竜宮城はその後もニッポンを見続けてきたし、今も見続けている。これらについては小説『文殊の剱』の中でより掘り下げて取り上げているので、興味のある方は読んでみてはどうだろうか。と、つい自分の作品の宣伝をしてしまった(笑)



  •  2026年。ホームページの復活を機に作品を全面的に推敲・改訂することにした。「今なぜ、コックローチなのか?」それは愚問である。「防衛予算倍増」「台湾有事は存立危機事態」など軍国色を露骨に打ち出す好戦的な極右政権が出現した今、まさにコックローチで描かれた「ニッポンの未来」が現実のものとなろうとしているのであるから。
     「謗法三年」という原理をご存知だろうか?これは謗法行為を行ったおよそ三年後(勿論、幅はある)に大きな天罰を受けるというもので、具体的な例を挙げると、竜の口の法難三年後に「元寇(文永の役)」、安土問答三年後に「本能寺の変」、明治神宮竣成三年後に「関東大震災」、伊勢志摩サミット三年後に「コロナパンデミック」といった具合である。そして今年2026年は広島サミットから三年後にあたる。謗法三年の原理に従うならば「何がしかの世界規模の災害」が起きる筈だ。最悪「第三次世界大戦」ということも有り得る。勿論そんなことにはさせない。私にはまだこの世で「やりたいこと」が沢山ある。ローズベイやピナコテーカを量産化したい。ショーモデルでいいからエターナルやシャークを実車にしたい。銅鐸の塔を立てたい。そしてコックローチを映画化したい(笑)。このように私には「沢山の夢がある」のだから。最小限の災害で食い止めるべく、今年は全魂を注いでの「懸命な祈り」をする覚悟である。
     推敲の話に戻ると、実際にやってみれば結構な量の脱字や誤字が認められ、誤った四字熟語の使用など「連載」によって生じる集中力の欠如がどれ程のものか改めて思い知らされた。改行やひとマス空けの不備に関してはWordとホームページビルダーの間で「コピー&ペースト」が完璧に連動していないことによるものであり、これが結構、厄介な問題で、自分も正直困っている。発見次第、修正するつもりである。
     それにしても,コックローチとは実に不可思議な作品である。涙なくしては読めない「感動の名場面」が沢山登場するかと思えば、読むのも悍ましいシーンもあり,その両方が絶妙なバランスで「共存」している。生命境涯の基底部が人界以上である人は「後者は不要である」と思うだろう。私もそう思う。その主張は正しい。不快に思う人は読み飛ばして貰って構わない。修羅界以下の人は「本書の読破」の結果、人界以上になってくれることを願わずにはいられない。
     フェアウェル・コックローチということで最後に仏理学の2大柱であるところの「銅鐸本尊論」と「三相性理論」を簡略に纏めた。本小説の世界観を今一度理解する上での手助けとなれば幸いである。

  • 著者しるす        
                               2026年1月1日    
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  • 銅鐸本尊論

  •  豊玉姫を祖母とする初代・神武天皇から第9代・開化天皇までの「弥生時代」の倭国では仏教が盛んに信仰されていた。それを今から証明する。そのためには弥生時代を代表する「銅鐸」について正確な情報を知らなくてはならない。
     要点は三つ。

     鰭の三角形は何を表しているのか?
     胴に描かれた動物や人間や建物は何を表しているのか?
     流水紋は何を表しているのか?

     鰭の三角形にはご丁寧に外側にだけ斜線が引かれている。これは「外側は無い」ということを意味する。ということは内側だけを見ればいい。三角形は「胴が輝いている」ことを表現しているのだ。今日、私たちが太陽を描く際に円の周りに三角形のギザギザを描くのと同じ要領である。当時は照明など無かったから、このように表現したのである。
     胴に描かれた、蜻蛉、蛙、亀などの「生き物」。釣りをする人、餅をつく人などの「人間」。倉庫などの「建物」。これらは全て「現実世界」を表している。流水紋は四角い空間を囲むように描かれる。四角い空間は「田圃」である。それは言うまでもなく当時の人々にとっての「生活の糧」である。いずれにせよ、銅鐸の胴に描かれているのは「現実の世界」である。「現実世界を描いた胴が輝いている」。銅鐸が表現しているのは、あの世が楽土ではなく、この世が楽土であるという「常寂光土思想」に他ならない。
     『日本紀=日本書紀』には玉依姫・豊玉姫のことが書かれている。この二人の姫によって「竜宮の信仰」が倭国にもたらされたのだとすれば、銅鐸の意匠の説明がつく。常寂光土思想は「法華経の思想」に他ならず、法華経は竜宮において地球よりも先に竜種上如来、地球では文殊菩薩と呼ばれる「正法時代の仏」によって広められていたからである。従って「銅鐸」とは、正法時代における「本尊」である。像法時代が「仏像」で、末法時代が「曼荼羅御本尊」であるように、正法時代は「銅鐸」が本尊であったのだ。
     以上、銅鐸の衣装から弥生時代が「法華信仰の時代」であると証明された。

     以下「年代の検証」に移る。
     「正法時代の終焉・像法時代の始まり」は西暦52年。第10代崇神天皇が後漢・光武帝から金印を授けられたのは西暦57年。その誤差は僅か「5年」に過ぎない。このことから初代神武天皇~第9代開化天皇までが「弥生時代」で、崇神天皇から「古墳時代」が始まったと見て間違いない。銅鐸を本尊として信仰する時代が突然のように「終焉を迎えた理由」もこれで説明がつく。

     仏教上は「正法時代」が終わり「像法時代」が始まったから。
     日本史においては「後漢との交流」が始まり「大陸文化が流入した」から。

     大陸から伝わった「鉄の武器」や戦闘術である「角力」によって倭国が「軍事国家」へと変貌したことは容易に想像できる。この時代から古墳が作られるようになったのも始皇帝陵を作った土木技術が伝来したからで、土偶が埴輪に変わったのも兵馬俑の制作技術によるものである。
     そして古墳時代の始まりと同時に倭国による「全国統一戦争」が開始された。そう考えれば、崇神天皇の子である第11代垂仁天皇の時代に「伊勢神宮」が創建された説明もつく。戦争を行うためには軍国主義に基づく国民の「思想統制」が欠かせない。伊勢神宮は創建当初から「侵略戦争のための思想統制」を行う施設だったのである。その性質は現在においても同様で、だからこそ戦前の軍部政府は伊勢神宮の神札を国民全員に持たせたし、戦後も軍国主義に固執する政治家たちは伊勢神宮を敬い、テレビメディアもまた伊勢神宮を宣伝するのである。
     そして銅鐸が土の下に埋められ、江戸時代に発掘されるまで、その存在が完全に歴史から抹殺された理由も全て納得できる。「全ての人に仏性が備わる」という法華経の思想は地方の豪族たちと共存共栄を営む「対話・友好の時代」には有益でも、豪族たちを武力によってねじ伏せ、全国統一を目指す侵略戦争の時代には「邪魔」以外の何物でもないからだ。更には、今から凡そ2000年ほど前、地上から忽然と「大賀ハス」が姿を消した理由もこれで説明がつく。「古墳時代」とは戦争を開始するためであれば、法華経と縁の深い植物さえも忌み嫌って平気で地上から抹殺する「異常な時代」だったのだ。
     銅鐸を「シャーマンの祭器」とする、これまでの「ニッポンの歴史観」はここに完全に覆された。崇神・垂仁天皇時代に誕生した神道よりも初代・神武天皇の祖母にあたる豊玉姫の時代まで遡る仏教の方が「ニッポン人の宗教」として遙かに古く「神道はニッポン古来の伝統宗教である」とはもはや言えなくなったのである。
     
     神社には必ず「注連縄」が張られている。その理由は『古事記』に「縄・・・不得還入」、『日本書記』に「縄・・・勿復還幸」とあるように、注連縄は神様をその地から追い払うための「結界」であり、戦争の勝利を祈願する場所である神社に平和を尊ぶ神様が住んで貰っては「困る」からである。そうした場所には当然、戦争や自然災害など「人の血」を好む魔物が棲み着くことになる。それらは勿論、本当の神様ではないので「祟り神」と呼んでいるわけだ。そのような場所を「パワースポット」と称して敬っている現代ニッポン人の「異常さ」については、いくら非難しても「し過ぎる」ということはない。だからこそニッポンを代表する賢人「聖徳太子」「日蓮」「福澤諭吉」の三名はいずれも神社崇拝を真っ向から「否定している」のである。
     今こそニッポン人は「先哲の言葉」に耳を傾け、誤った宗教への信仰を捨て去らねばならない。今日、ニッポン国内が急速に「右傾化している」のは、争い事を好む魔物が棲み着くパワースポットを訪れ、魔物に願掛けをするニッポン人が増えていることで、ニッポン人の性質が「好戦的になっている」からなのである。



  • 三相性理論

  •  宇宙は一つの要素からではなく「妙」と「法」という二つの要素から構成されている。その関係性は以下のように言い換えることが可能である。

    「本」と「迹」
    「本体」と「エネルギーを材料とするコピー」
    「死の世界」と「生の世界」
    「あの世」と「この世」
    「精神世界」と「現実世界」
    「法則の世界」と「物質の世界」
    「原理の世界」と「実践の世界」
    「女」と「男」

     これらの関係性は「密接不二」である。どちらか一方が欠けても成立しない。仮に妙と法が別々に存在した場合、法は「空」の状態に留まり「色」に変化することはない。「宇宙の誕生」とは、妙と法が接触した結果、法が空の状態から色の状態に変化した現象のことをいうのである。
    ここまで説明したところで、では妙とは何か?法とは何か?具体的にその内容を見ていくことにしよう。まずは「法」から。

    【法の三相性理論】
       粒子 ← 相補性 → 九界の波動
       ↑  ↖     ↗  ↑
      相関性   相対性   相関性
        ↓  ↙     ↘  ↓ 
      重力 ← 相補性 → 直流時間

    このように、法には「粒子・九界の波動・重力・直流時間」という四つの性質があり、それらは「相対性・相補性・相関性」という関係によって結ばれている。
     この中のうち、粒子と直流時間の相対性をアインシュタインが、粒子と九界の波動の相補性をボーアが発見したわけである。
     「直流時間」というのは「過去→現在→未来へ」と一方通行に流れている時間のことである。
     この図から「膨張宇宙論」は否定されることが判る。時間は法、即ちエネルギーや物質が有する概念であり、宇宙という入れ物の概念ではないからだ。ビッグバン以後、宇宙が膨張しているのではなく、宇宙という入れ物の中で「天体や物質が収縮している」のである。
     また、この図からブラックホールの中では時間が「現在→過去」へと逆に流れていることも判る。つまりビッグバンとはエネルギーが「空→色」に変化する現象、ブラックホールはエネルギーが「色→空」に変化する現象だということがわかるのである。

    【妙の三相性理論】
       生命 ← 相補性 → 仏界の波動  
       ↑  ↖     ↗  ↑
      相関性   相対性   相関性
       ↓  ↙     ↘  ↓ 
     万有引力 ← 相補性 → 交流時間

     コピーである法の三相性理論の本体がこの「妙の三相性理論」である。法の粒子が「生命」、九界の波動が「仏界の波動」、重力が「万有引力」、直流時間が「交流時間」に変わっていることが判る。
     万有引力は言わずもがなニュートンが発見したもので、仏教徒でないニュートンがこれを発見したことは「脅威」と言える。まさにニュートンは「天才中の天才」なのだ。
     粒子が生命であることから、宇宙では生命が誕生することは不思議なことでも何でもない「ごく当たり前の現象に過ぎない」ことが判る。
     交流時間というのは仏教でいうところの「三世一体の時間」のことで、瞬時に過去・現在・未来を自由自在に往復する時間のことである。
     そして仏界の波動は「南無妙法蓮華経の題目」のことである。それ故に、南無妙法蓮華経の題目を唱える時、その声は万有引力の性質である「瞬間作用」によって一瞬のうちに全宇宙にこだまし、交流時間の性質によって現在だけでなく過去にも未来にも伝搬する。その結果、過去の罪業を消滅すること、祖先を回向すること、そして未来の子孫に福運をつけることが可能なのである。更に、万有引力の有するどんなに距離が離れても決してゼロにはならない「縁作用」によって、あらゆる人々に自分の唱える題目を贈ることができるのである。
     同様に、スタジアムにいるわけでもない、遠くでテレビ観戦しているだけのファンの祈りが「選手の力」となるのも、怪我や病気で苦しむ親や子や友人に自分の題目を送ることができるのも、やはり万有引力の縁作用によるものである。

     九界の波動は「仏界の波動の反射」である。質量に応じて波動の性質は「地獄界」から「菩薩界」まで変化する。太陽や夜空の星が発する光は「菩薩界」、地上に咲く花は「天界」、ブラックホールは「地獄界」、そして地球サイズの惑星は「修羅界」の波動を発生する。その結果、地上は本質的に修羅界の波動の影響が強い「弱肉強食の世界」であり、それが地球を「生物多様性溢れる星」にしたことは事実である。しかし、人類がいつまでも修羅界の波動に翻弄されていれば、未来に待っているものは「滅亡」である。それを避ける唯一の方法は地球が発生する修羅界の波動の影響を人類が克服することであるが、それは極めて「難しい」。その難しいことを可能としたのが、仏界の波動を文字化した「南無妙法蓮華経の本尊」であり、仏界の波動を人の口で発声できるようにした「南無妙法蓮華経の題目」なのである。