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  • 第四の峰 他一編
  • 目次
  • 第四の峰
  • こちら拳骨編集部

  • 第四の峰(2017年)

    「執筆」と「カーデザイン」を同時進行で行った実験作品。
    ニッポンでは
    無名で終わった
    アパレルデザイナー碓氷充馬が
    お隣・韓国で
    カーデザイナーとして活躍する。




  •  美術史。そこには三つの「大きな峰」が聳え立つ。最初はギリシャ・ローマ。次にルネサンス。そしてみっつめは印象派。無論、ゴシックやバロックの時代にも傑作と呼べる美術作品が創造されたことは確かだが、それらが美術史における「谷」であることは否定のしようがない。そして、そうした谷の中でも最も深い谷が現代アートの時代、即ち「今」だ。およそ21世紀の現代ほど芸術が「力を失った時代」はない。芸術の力が人々の人間性を高め、社会を正しい方向へと向かわせる力を失った時代。芸術が娯楽品、或いは骨董品や奢侈品としての価値しか持たない時代。そのような時代にあって芸術家は果たして、どのように生きていけばいいのだろうか?今日、多くの芸術家は「世相を反映する」という美名のもとに世論に迎合。積極的に時流に合わせ、人々の関心を得て自身の富や名声といった俗物事を満たすことを創作の目標としている。しかし、そのような姿勢は断じて間違っている。現代を生きる芸術家は深く険しい谷から印象派時代に続く「第四の峰」の頂を目指して懸命に登って行かねばならないのだ。                  



  •  駅前からまっすぐに北に向かって伸びる大通り。その通りに一軒の店がある。今日は休みなのか?シャッターが下りている。シャッターには「臨時休業」の張り紙が貼られている。隣には職員用の扉があり、壁には小文字のhと䖝を組み合わせたロゴタイプの描かれた看板が掲示されている。
     その扉をひとりの女性が開いた。
    「ただいま」
     この店の社長である横田信子が出張営業から戻ってきたのだ。
     電気を点ける。店の中には沢山の女性用の服が陳列されている。それらは全て、ここの店の商品である。
    「お帰り、社長」
     チーフデザイナーの碓氷充馬(うすいあたま)が2階の作業場から下りてきた。「名は体を為す」とはまさにこの男のことだ。その名の通り、頭のてっぺんが薄い。48歳、独身。因みに趣味は「登山」。特に槍・穂高・剱といった岩山がお気に入りだ。
    「どうでした?」
    「だーめ。どこも『いらない』って」
    「まあ、そうでしょうな」
     デザイン企業・風信子(ヒヤシンス、hiyacinth)は今、深刻な経営危機に陥っていた。
     もともとはアパレルデザインの専門店なのだが、もとよりニッポン人の金持ちはフランスやイタリアの有名ファッションブランドの製品には惜しみなくカネを出しても、ニッポン人デザイナーの作品になど全く関心はない。そこでチーフデザイナーである碓氷は新たな商品として今回、完全にオリジナルなデザインを持つエレクトリックギターを開発した。その試作品を持って社長の信子が長野と静岡の楽器メーカーにデザインの売り込みを行うべく店を臨時休業して出張営業したのだった。
    「まったく嫌になるわ。どこもみんな『アメリカ製ギターのパクリデザイン』ばかりの癖に」
     今日、ニッポンの楽器メーカーは信子が言うように、どこもみなギブソン・レスポールやフェンダー・ストラトキャスターのパクリモデルばかりを製造して利益を上げていた。
    「まあ、この国は『パクリ大国・ニッポン』ですから。江戸時代までは中韓のパクリ。明治以後は欧米のパクリ」
    「そして今では『国防強化』『武器輸出による外貨獲得』といった具合に北朝鮮のパクリってわけですな」
     その後、ふたりは暫くの間「ニッポンの未来」について語り合った。ふたりは、いずれは「憲法改正を悲願とする総理大臣主導のもとニッポンは戦争へと突入。滅ぶだろう」ということで意見が一致した。
    「まあ、私としましては『右翼思想の政治家でない』ならば、この国を支配するのが中国人でもロシア人でも全く構いませんがね」
     冗談っぽく聞こえるかもしれないが、これは碓氷の「本音」だろう。マハトマ・ガンジーを尊敬する碓氷は当然ながら根っからの「右翼嫌い」なのだ。
    「それはともかく、ニッポンの企業には『プライド』ってもんがないのかしら?『オリジナルデザインで世界に打って出よう』という気概もないなんて、同じニッポン人として情けないわ」
    「どこかで『売れている製品』があれば、それをすぐにパクる。そうしてニッポンは経済大国になりました」
    「無様極まりない『ニッポンの真実』ね」
    「どこかのまちで『ゆるキャラ』が人気になったと思ったら、瞬く間にニッポンの自治体全てが、ゆるキャラを導入。呆れちゃいますね、まったく」
    「碓氷君は、ゆるキャラのデザインとかは、しないの?」
    「冗談でしょう。そんなの芸術家の仕事じゃないですよ」
     碓氷は芸術家であってマンガ家ではない。ゆるキャラのデザインなんて「マンガ家の仕事」で、芸術家のすることじゃないと思っている。
     人は「人間性」、物は「美」。これこそが唯一普遍の「価値基準」であり、それ故に人は人間性に優れ、物は美しくなくてはならない。しかしながら一般人は人を地位や財産や学歴などで評価し、物を価格やブランドなどで評価する。芸術家とは、いわばそうした一般人が犯す「誤りを正す」のが仕事である。ゆえに芸術家たる者は己の人間性を磨き、美しいものを創造しなくてはならない。
     こうした基準に照らす時、ゆるキャラには、およそ「美」など必要ない。ただ「外見のかわいさ」だけあればいい。だからこそ碓氷は「芸術家の仕事じゃない」と喝破したのだった。
     碓氷が2階に引き揚げていく。「やはり売れなかったか」ということで、どこか寂しげだ。
    「今回は売れなかったけれど、私は碓氷君のデザインしたギターはとても素晴らしいと思うわ」
     信子は碓氷の背中に向かって、そう叫んだ。
    「勿論、あなたのアパレルデザインもよ」
     碓氷のデザインする婦人服の特徴はワンピースであれ、ツーピースであれ、サスペンダー付きのスカートであれ、ジャンパースカートであれ、いずれも「背中にファスナーがある」ことだ。そうすることで胸部や腹部を自由にデザインできるからだ。スッキリさせるもよし、フリフリにするもよし、リボンや紐で飾るもよし。こうした特徴から碓氷のデザインする婦人服はどことなく1980年代的であり「清純さ」に溢れている。セクシー路線からは程遠く、かといってコスプレ的でもない。だが、その「コスプレ的ではない」ことがむしろ今のファッションの時流に合っていない点だった。今の時代、もはや「清純さ」は女性にとっての美徳でも何でもないのだから。
     そして今回、碓氷がデザインしたエレクトリックギターも独創的なデザインでありながら変形ギターにありがちなチープさを消すことに成功していたことがかえって婀娜になっていたのだった。
     要するに碓氷のデザインするものは、あまりにも洗練されすぎている、つまり「完成度が高すぎる」のである。完成度が高いゆえに、デザインに造詣の深い人は注目しても一般の人々が見たときには「普通すぎる」のだ。本当はどこにもない独創的なデザインであるにもかかわらず。
    「碓氷君。今日は、もう帰っていいわよ」
    「社長は?」
    「私も帰る。疲れたわ」
     社長のお言葉に甘えて職場を出た碓氷は駅前の弁当屋で夕飯を購入すると、踏切を渡り、そこからおよそ300m歩いた先にある築30年になるゴキブリ、アシダカグモ、ヤモリの巣窟となっている木造アパートの2階に入った。そこが碓氷の自宅であった。
     間取りは2DK。扉を開けるとすぐ左手にキッチン。油に塗れたガスレンジ。すぐに水が詰まる水回り。部屋は奥に縦に並んでいる。手前の部屋が押し入れ付の4畳半で、奥は6畳。1980年代のオーディオをはじめ机、ベッド、仏壇、それに本棚が5つも置かれているため、部屋の中はお世辞にも狭い。箪笥はなく、服はハンガー掛けに引っ掛けてあったので、あまり着ない服の肩や首周りには何年分もの埃が溜まっている。下着やタオルは100円ショップのプラスチックケースの中に無造作に突っ込んである。
     そして特徴的なのはキッチンを含め、全ての部屋に油絵のキャンバスが所狭しと置かれていることだ。そのおかげでただでさえ狭い部屋が猶更、狭くなっていた。特に4畳半から奥の6畳へ向かうにはF100号キャンバスに挟まれた横幅40cmほどの狭い通路を通らねばならない状態だった。
     碓氷はもともと絵描きであった。美術史で学芸員資格を取得した碓氷は素直に大卒の学歴を使ってサラリーマンにでもなればいいものを、卒業後は絵描きを目指す一方、空港での機用品運びや地元の図書館の臨時職員、老人ホームのヘルパーなどの職で生計を立てていた。
     その老人ホームで、同じくヘルパーとして働いていたのが碓氷よりもひとまわり年上の横田信子であった。
     信子はパッチワークキルトの上級者で、芸術に対する造詣が深い。そうしたことから碓氷の描く絵画にも興味を示した。結果、ふたりは意気投合。その後、老人ホームの施設長が変わり、新しい施設長と馬の合わなかったふたりは、ほどなく老人ホームを退社。アパレル会社・風信子を共同で始めることにしたのである。
     帰宅した碓氷はその後、風呂に入ってから弁当を食し、パソコンを少しいじってからベッドに入った。

     光明は依然として見えない。
     1000兆円を超える国の借金を減らすことを最重要課題とする現在の右翼政権は物価上昇を誘引するために、ここ数年、毎年のように大企業に対して「賃上げ」を要求していた。そして今年も「3%の賃上げ要求」が発令された。
     大企業で働くエリート社員や、大企業の平均賃金を基準に給与が決まる公務員は喜ぶだろうが、中小企業の経営者にとっては、たまったものではない。無論、風信子のような下請け零細企業も例外ではなかった。大企業からの仕事の依頼は減少するばかりだ。
     店の事務室では碓氷が店のホームページを更新するためにパソコンを操作していた。 ホームページでは当然、店の商品が紹介されている。そこにエレクトリックギターの写真を追加したのだ。
     もとより、ニッポンの企業など当てにはしていない。連絡を待つのは海外だ。海外の楽器メーカーが、あるいは連絡してきてくれるかもしれない。海外には景気のいい国もあるし、何より「ニッポン人の仕事は質が高い」という噂が広まっているから。事実かどうかは、ともかくとして。
     信子が出かける。というわけで昨日同様、店のシャッターは下ろしたままだ。
    「今日はどちらへ?」
    「ハローワークに行ってくるわ」
     えっ?ハローワークだって。まさか社長、儲からないもんで店を潰す気じゃないだろうな。でもって自分だけ次の就職先を探すんじゃあ。
    「違うわよ。ひとり社員を雇うのよ」
     なんだって?今だって赤字経営なのに。社員を一人増やすだって。未だかつて風信子に信子と碓氷以外の人間が就職したことはない。
    「何でまた」
    「『通訳』よ」
    「通訳?」
    「そう」
     信子は店を出ていった。
     信子は先の出張営業の散々たる結果から、ニッポンでの事業展開に見切りをつけた。そして活路を隣国・韓国に求めることにしたのだった。よって当然、新社員の雇用条件は「韓国語に堪能なニッポン人」であった。
     ところが。

     数日後。
     数日前から風信子は店を再開していた。シャッターを開けてはいるのだが、客は一向に来ない。 
    「すいません」
     そう言いながら、若い女性が店の中に入ってきた。信子が出る。
    「はい」
    「あのう、ハローワークの求人募集の広告を見て、昨日電話を差し上げた・・・」
    「あなたがそうね?どうぞこちらへ」
     女性は事務所へと案内された。
    「あなた、就労ビザはちゃんと持ってる?」
    「はい」
     女性はバッグの中から就労ビザを取り出すと信子に差し出した。
    「わかりました」
    「それでは雇っていただけるのですか?」
    「3日以内に連絡を差し上げます」
    「今すぐではないのですか?」
    「わが社にはもうひとり社員がおりますから、その者と相談したいと思います」
     女性は今日のところは帰っていった。

    「えっ、韓国の女性?」
    「そうよ」
     その日の午後、碓氷は午前中に面接に来た人が韓国籍の女性であることを社長から告げられた。
    「これが彼女の履歴書よ」
     碓氷は履歴書を手に取った。
    「随分、若いですね」
     履歴書に従えば、彼女はまだ23歳ということになる。
    「で、日本語は堪能でしたか?」
    「そうね。普通に話していたわね」
    「なるほど」
     再び履歴書を見る。ぱっと見、日本の有名大学の名前が目に飛び込んできたが、学歴欄に興味はない。学歴など何の参考にもならないことは名門大卒が売りのインテリ芸能人の口ばかり達者で生意気な姿が証明している。大切なのは学歴じゃない、人間性だ。真面目に仕事をすることのできる人間性だ。熱意をもって仕事に取り組むことのできる人間性だ。今の自分に満足しすることなく成長し続ける人間性だ。
     ということで碓氷は必然、顔写真を見ていた。
     童顔。履歴書の年齢を知らなければ、中学生でも通用しそうだ。
    「体つきは細そうですね」
    「ええ。とても華奢だったわ」
    「『社長とは違う』というわけだ」
     碓氷は履歴書を机の上に投げた。
    「私が作成した『入社規定』は、ちゃんと話したんでしょうね?」
    「内容を書いた紙を渡しておいたから、帰ってから読むんじゃない?」
    「それを読んで、尻込みしなきゃいいけど」
    「で、あなたとしてはどうなの。賛成?反対?」
    「社長の秘書でしょう。私には関係ありません」
     碓氷は全く関心がないように装って見せたが、実のところ大いに興味をそそられていた。今年で48歳になる独身男の碓氷とすれば23歳の、それもそこそこ顔のかわいい女性の入社は弥が上にも気になる。
    「じゃあ断ろうかしら」
     碓氷の顔色が変わった。信子はそれを見逃さなかった。信子は碓氷をからかったのだ。
    「心配しないで。雇うから」
     相変わらずの狸め。およそ心理戦において碓氷は信子に勝った試しがない。
    「といっても、あなたが言うように彼女が尻込みしなければの話だけれど。書き過ぎたんじゃない?」
     その日の夜、自宅のベッドの中で碓氷は彼女の写真を思い返していた。
    「真面目な人だといいけど」
     真面目。根性や忍耐、誠実や素直といった人間としての資質の基をなす人間として最も重要な要素だが、これらを備えた人間の少ないのが21世紀のニッポンだ。口ばかり達者で、実力や行動の伴わない人間の何と多いことか。この国では、もはや「能ある鷹は爪を隠す」などという諺は死語。「鳥無き里の蝙蝠」状態だ。
     ともあれ、ただかわいいだけでなく、写真から受ける印象が「真面目そうな人」ゆえに余計に気になる碓氷であった。それに彼女が韓国の女性であるという事実も碓氷が期待を高める要素であった。
     儒教の国・韓国。神道や武士道といった安っぽい思想に夢中になっているニッポン人よりかも遥かに「道徳」が尊ばれている。
     ところで、社長が新しい社員を募集するということで碓氷が急遽作成した入社規定の内容はおよそ、以下の通り。

     以下に挙げる行動が常態化していると判った時点で解雇となる。
     ①ながらスマホ・ながらヘッドフォン
     ②夜中に無灯火で自転車に乗る
     ③片手12時ハンドルで車を運転
     ④制限速度20km越えでの運転
     ⑤ゴミのポイ捨て・犬の糞の放置
     ⑥赤信号を横断
     ⑦買い物時に利用した店の買い物カゴやカートを元に戻さない

     これは実に「的を射た規定」である。日常生活において「ずぼらな人間」の仕事が真面目であるなどということは到底、考えられないからだ。



  • 「おはようございます」
     2日後、彼女が店にやってきた。彼女にとっての初出勤。あの入社規定を見ながら逃げ出さなかったとは,立派立派。
    「おはよう」
     信子が声をかける。
     碓氷は既に2階のアトリエで作業に入っていた。碓氷の今日の仕事は昨日デザインした新しいスカートの型をつくること。その型に基づいて信子が縫製を行うのだ。ゆえに型の寸法は寸分の狂いもあってはならない。
    「おはようございます」
     彼女がアトリエの扉を開いた。ソプラノ波長の、しかも決して耳に痛くはない、実にかわいらしい声がアトリエに響いた。
    「ああ、おはよう」
     碓氷は振り向きもせず、そう返事を返した。一見、作業に集中しているように見えるが、碓氷はこの時、かなり緊張していた。一刻も早く彼女の顔を拝みたかったのだが、碓氷はそれを躊躇していた。
     彼女はすぐに1階へと退散した。当然だ。彼女は社長である信子の秘書なのだ。
     碓氷は今度こそは本当に仕事に集中した。

     昼休み。
     碓氷はいつも駅前にある料理屋で昼食を摂る。美味いよりも、とりあえずは安いからだ。「倹しい庶民の食事」とはそういうもの。絶品グルメ三昧など庶民にとっては所詮「テレビの中だけの贅沢世界」に過ぎない。
    「失礼します」
     碓氷の座るテーブルの向いに彼女が座った。これは明らかに偶然ではない。彼女の方から自分に接近してきたことは明らかだった。
     碓氷は黙々と昼食を食べる。ウェイターが彼女に注文を取る。彼女は金目鯛の粕漬け定食を頼んだ。
    「はじめまして」
    「ああ」
    「碓氷さんですよね?」
    「ああ」
    「今日から一緒に仕事をさせていただきますキム・マナと申します」
    「自分は碓氷充馬」
    「先生」
     突然、先生と呼ばれて碓氷は口の中のものを噴きそうになった。
    「大丈夫ですか?先生」
     むせ込む碓氷をマナが心配する。むせ込みが収まったところで、碓氷は初めて顔を上げた。
    「先生?」
     この時、初めて碓氷はマナの顔を見た。自分の両手の中にすっぽりと収まりそうなほど小さい顔がそこにあった。それはともかく、自分を「先生」だって?
    「私、前々から先生のファッションデザインに関心がありました」
     そう言われてみれば、彼女の今日の服装も確かに自分が昔、デザインしたものだ。
    「そうなんだ」
    「はい。ですから私、先生の下で勉強したいと思っています」
    「それで、募集に応じたわけか」
    「はい。韓国語の通訳の募集を見た時『これだ』と思いました」
    「でも、きみは社長の通訳だ」
    「はい。勿論、仕事は一所懸命にやります」
    「で、将来は独立して自分の店を持つと」
     図星を指されて、マナはどきりとした。
    「それでいいんだ。うちの様な零細企業は社長が引退したら、会社そのものが消滅する。個人経営の設計事務所と同じさ。だから始めから独立を考えていた方がいい。会社が消滅しても一人でやっていけるだけの実力を養うんだ」
     碓氷は昼食を食べ続ける。
     やがてマナの注文した金目鯛の粕漬け定食がやってきた。碓氷はその直後に食べ終わってしまったが、彼女が食べ終わるの待った。勘定を自分が出すつもりということもあるが、彼女の食事ぶりを是非とも見てみたかったからだ。
     違うことへの関心を装いつつ、碓氷はマナの箸の動きを確認した。
     頭の出来のいい人間とそうでない人間とでは箸の動きがまるで違う。特に差が著しいのは骨付きの魚で、前者は綺麗に背骨と小骨だけを残すのに対し、後者は食べられるところを沢山残す。今日は金目鯛の粕漬け。確認するにはうってつけだ。
     実に上手に骨を取っていく。小骨の周りにある細い身もひとつずつ取って食べていく。考えて見れば、当然だ。韓国の人々は金属の箸を使う。ニッポン人が使う木の箸よりも遥かに滑りやすく、使いづらいものだ。それを使い慣れているのならば、割り箸を使うくらい、わけがないに決まっている。
    「ところで、入社規定は読んだんだろう?」
    「はい」
    「あの内容を読んで、よく逃げなかったもんだ」
    「読んでますます、ここで働く気になりました」
    「ほう」
    「書いてあることは、全く正しいことだと思います。私も思いますもの。『ポイ捨てされたゴミがゴミなのではなくて、ゴミをポイ捨てする人間こそが本当のゴミなんだ』って」
     さすがは韓国育ち。碌な躾も受けないで育つニッポン人とは違い「物事の道理」が良くわかっているじゃないか。碓氷は嬉しくなった。
    「将来、きみがデザイナーになりたいのであれば『才能』が必要だ」
    「才能、ですか」
    「そうだ。才能とはずばり『何だ』と思う?」
    「『独創性』だと思います」
    「そうだ。つまりスマホを開けばいくらでも調べられる知識を頭に詰め込んで自慢しているようでは駄目だということ。スマホを開いても決して調べられないもの、自分の頭の中にしか存在しない独創的なアイデアを次々と生み出す能力こそがデザイナーの命だ。勿論、豊富な知識は必要だ。既に存在するアイデアと被らないようにしなくてはならないからだ。デザイナーにとっての知識とはそのためのもので、他人にひけらかして自慢するための道具ではない。もしもきみが将来,昨今流行のインテリ芸能人や高学歴アナウンサーのような一般庶民を上から目線で見下す鼻持ちならない『知識自慢のタカビー』になってしまったら、きみは一流のデザイナーにはなれないだろう。庶民が喜ぶアイデアは庶民目線でなければ見つけられないからだ。つまり独創的なアイデアを生み出す才能とは庶民目線のことだ」
     庶民目線はあらゆる仕事において必要なものだ。庶民の心を失った科学者は「マッド・サイエンティスト」以外の何物でもない。
    「肝に銘じます」
    「『庶民目線を失うな』この言葉を就職祝いとしてきみに贈ろう」
     マナの食事が終わった。碓氷は立ち上がると2人分の勘定を支払った。その後、ふたりは店まで歩いて戻った。
     店に戻ると、信子が碓氷を捕まえに来た。
    「碓氷君。ホームページ、新しくしてくれる?」
    「さっき、やりましたけど」
    「今までのものも全部、新しくしてほしいのよ」
    「ええっ?」
     アパレルグッズ、すなわち風信子の主力製品である女性向けの洋服のデザインは現在、100点ほどもある。それを全部、新しくしろだって?
    「だって、せっかくモデルのできる女の子を雇ったんだから」
     現在掲載している写真は皆、マネキンに着せたものだ。
    「つまり、彼女に服を着せてホームページに載せろってことね」
    「そういうこと。お願いね」
    「すぐにはできませんよ」
    「3日あげるわ」
     かくして今日から早速、写真撮影が開始された。アトリエをスタジオに変えて、碓氷が三脚のカメラのシャッターを切る。
    「はい、チーズ」
     マナがポーズを決める。といっても、プロのモデルのようなド派手なアクションはしない。主役はあくまでも服の方だから。
     ともあれ碓氷は、この時とばかりにカメラのレンズ越しにマナをじっくりと「品定め」した。こんな時でもなければ、マナをじっくりと観察などできるはずもない。
     服によって、どんなにその身を包み隠そうとも、アパレルデザイナーの碓氷にかかれば服の下に隠された女性の体のラインを見抜くことくらい訳がない。
    着衣の中に秘められたマナの体は、まさしくスレンダー美女のもの。コークボトル型のボディライン。細身で華奢な体の中、唯一がっしりとしたつくりの骨盤から伸びる羚羊のような足。腕などは、それこそちょっとでも乱暴に扱ったら、あっという間にポキリと折れてしまいそうだ。碓氷は「女の子はこわれもの」だということを、マナの体を通じて改めて実感した。
     興奮するのが自分でもわかる。碓氷はそれを必死に我慢した。
     10枚ほどが撮影できたところで、信子が様子を見にやってきた。
    「碓氷君、碓氷君」
     信子が碓氷を1階へ呼んだ。
    「どう?上手く出来てる?」
    「昔と違い、デジカメですからね。確認作業は楽ですよ」
     信子が顔を碓氷に近づける。信子が小声で次のように言った。
    「彼女、可愛いでしょう?」
    「まあ、ファッションモデルとしては『及第点』といったところですかね」
    「またまた。本当はやりたくなったくせに」
    「何を言っているんですか」
    「どこまで我慢できるか楽しみね。ククク」
     碓氷の心理など「お見通し」ということか。そもそも碓氷の女性の好みなど信子にはとっくに「お見通し」なのだ。スマホやヘッドフォンをしながら道を歩く女性には嫌悪感すら抱く一方で、都会ズレしていない真面目な女の子には目がないという碓氷の性格を。
    「冗談でしょう。私は48歳、彼女は23歳。親子ですよ。まったくう」
    「はいはい。それじゃあ、仕事を続けて」
     階段を上りながら碓氷は思った。
    (社長は何を考えているんだか)
     再び撮影に戻る。結局、この日は20枚ほどを撮影し終えた。

     それから2日後。
    「よし、ここまできた」
     碓氷はパソコンに撮影を終えた画像データを入力するとwindowsフォトギャラリーを使って全てのデータの画像編集を終えた。
    「そして次は」
     今度は、その画像をホームページビルダーに取り込む。「デジカメ写真の挿入」をクリック。すると「写真挿入ウィザード」が立ち上がる。そこから「ファイル」をクリック。日付を今日に合わせて更にクリックすると、先程編集した画像が一斉に出てきた。
    「さあ、ここからが大変だ」
     今までの画像はすべて削除し、このファイルの画像を新たに挿入する。100枚もあるのだから、それはもう大変だ。それでも、どうにか昼前には作業を終了。
     「上書き保存」をクリック。画像枚数が多いから、終了するのに時間がかかる。
    「やっと終わった」
     あとは「ページの公開」と「サイト転送」をクリックするだけ。そうすれば、今までのホームページは一新され、新しいホームページに様変わりする。
    「よし、いけ」
     サイト転送がクリックされた。転送完了画面が出た。その画面にある「終了」を押して、全てが恙なく終了した。
    「社長、終わりましたよ」
     碓氷は信子を呼んだ。信子とマナがやってきた。新しいホームページを確認する。
    「よく出来てるじゃない」
    「そりゃあ、苦労しましたからね」
    「何だか、恥ずかしい」
     恥ずかしいと言ったのはマナ。自分がファッションモデルとなってホームページに載っているのだから普通の神経の女性であれば、まあそうだろう。
    「ファンレターとか来たりして」
    「冗談はやめてください、社長」
     そんなふたりの会話を、碓氷は聞かぬふりをしながら聞いていた。
     その日の夜、碓氷は自宅に戻ると、勤行、夕食、風呂を済ませたあと、自宅のパソコンで風信子のホームページを開いた。
     碓氷はホームページの中のマナの姿を見つめた。一番小さいSサイズを着てもらったにもかかわらず、マナにはそれでもちょっと大きかったようだ。でも、背筋が伸びて姿勢がいいので上手く着こなしている。
    「・・・・・・」
     何を思ったか、碓氷は急いで隣の部屋からティッシュ箱を持ってくると、パソコンの前でズボンを脱ぎ始めた。
    「ハア、ハア、ハア,ハア、ハア」
     何と碓氷はマナをおかずに自慰行為を始めたのだった。
    「かわいい、かわいい、実にかわいいよ」
     どうやら碓氷はすっかりマナにまいってしまったようだ。

     翌日。
    「先生、おはようございます」
     マナが出社した。早速、2階にいる碓氷のところへやってきた。いつものソプラノボイス。マナと顔を合わせた碓氷はその瞬間、ドキッとした。昨夜の自分の「不純な行動」が思い出されたからだ。
    「おはよう」
     碓氷はややぎこちない返事をマナに返した。
     マナが1階に戻るや、碓氷は顔を下に俯いて自分の谷間に向けた。ズボンの中では股間が起立、太く堅く硬直していた。
     まいった。昨夜、何度も出したはずなのに、もう興奮しているとは。碓氷は自分の心の中に「子羊を狙う狼」が住んでいることを、はっきりと悟った。碓氷は思う。この事実を誰にも知られないようにしなくては。特にマナ本人には決して知られてはならぬ。マナにとっての自分は、あくまでも「人間として尊敬に値するアパレルデザインの師匠」であらねばならぬ。
     翌日から碓氷は毎朝、出社する前には必ず下半身に溜まった精液を絞り出すことに決めた。

  • つづく        




  •  朝7時30分。
     今日は生ゴミの収集日。 
     暖かい服装になってから、寒い玄関に置かれた生ゴミや、独身男らしく使用済みティッシュの沢山詰まった市指定のゴミ袋を両手に抱え、碓氷は家を出た。ゴミ置き場は階段を下りて車道に出たすぐ左手奥にある。昨夜は雨だったのだろうか、路面が黒ずんでいる。
    「またかよ」
     近年はゴミ捨てのルールを守らない自己中心的な人間が増えた。今日、碓氷が見つけたのはスーパーの袋に詰め込まれた2Lのペットボトルの束で、ペットボトルの中にはまだ飲みかけのジュースが1/3ほど入ったままだった。
    「こんなの、持って行くわけないだろうが」
     ごみ袋を捨てると碓氷はそのまま職場へ向かって歩き出した。
     路上のポイ捨てごみが増えている。昨日はなかったコンビニ弁当のプラケース。しかもカレーのルーがびっちりと付着している。
     碓氷の家から大通りに出るまでの距離はおよそ100mだが、その短い距離だけでもポイ捨てごみを山のように発見することができる。空き缶、ペットボトル、おにぎり・菓子パンの包装袋、ファストフード店のシェイク・フライドポテトのカップ、使い捨てマスクなどなど。まさに右翼政権による歪んだ愛国教育の賜だ。「自分の国さえよければ他国のことなどどうでもいい」という政治家の言動が「自分さえよければ他人の迷惑などどうでもいい」という利己心剥き出しの国民をひとりまたひとりと増やしているのだ。「自分の家の中や車の中だけ綺麗であればいい」と考えるニッポン人にとって、ニッポンの国土など「ゴミ捨て場」と一緒なのだ。
    「おっと、危ない」
     碓氷は間一髪、犬の糞を踏まずに済んだ。そうだ、昨夜は雨が降っていたっけ。
     雨の日の当日や翌日は、殊に路上に放置される犬の糞の量が増える。散歩を面倒くさがる飼い主によって犬が街中に放たれるからだ。しかも、そうやって放たれる犬に限って「大型犬」である。糞はそれこそ人間並みに大きい。おまけに大型犬だから、いつ人を襲うとも限らない。事実、大型犬が散歩中の小型犬を襲うような事件は既にニッポン全国で発生していた。人とて、いつ襲われるかわかったものではない。故に碓氷は最近では山に登るときだけでなく、日頃の外出時にあっても常に護身用に登山用のトレッキングポールを携行していた。
     大通りに出た。すぐ正面にあるコンビニで碓氷はいつも朝食を買う。
    中ではレジ待ちの客が数名並んで立っていた。先頭に立つ老人は手にスポーツ紙。その後ろに立つ40歳代と思われるサラリーマン風の男性はマンガ雑誌。今やこれが典型的な「ニッポンの大人」の姿だ。こんなことだから20歳そこそこの現役大学生に上から目線でバカにされ、挙句の果てには「知恵者気取り」までされてしまうわけだ。
     コンビニを出て暫く歩いたのち、自転車屋のある交差点を右折、踏切を渡り、今度は左折、駅の北口に出た碓氷はまた右折して駅前の商店街を北へと進む。
     スマホをいじっている若者が前から歩いてくる。どうせ向こうが道をよけることはないから孔子が弟子に説いた「立派な人間が道を譲る」という原理に従い、年上の碓氷の方からさっさと道を譲ってしまう。次から次とそうした輩が前からやってくる。碓氷は右に左に軽快にスラロームする。日頃から顔を上げ、前を向いて歩いている碓氷にとってはこうした動きをすることくらい造作もないことだ。
     角地に銀行が建つT字路の交差点。通学途中の子どもたちの前でクラクションがけたたましく鳴り響く中、何食わぬ顔で70歳くらいの老人が赤信号をヘラヘラ笑いながら横断している。
     信号が青に変わった。そのまま直進。そこから1分ほどで碓氷は風信子に到着した。



  •  マナが入社してから碓氷は俄然、若返った。
     といっても、てっぺんの禿げあがった頭に髪の毛が伸びてきたわけではない。精神的に若返ったのだ。
     それまでも碓氷の仕事ぶりは「真面目一辺倒」であったが、マナが来てからは、それこそ自分の才能を絞り出すように仕事をしていた。碓氷はマナに「自分は優秀な男だ」ということを必死に演じていた。その時点で碓氷は立派な男だ。つまらない男であれば高級外車や高級腕時計の自慢をしているだろう。碓氷は「内面から輝こう」と必死に努力していたのだ。
     そして碓氷のデザインするアパレル製品はマナは気が付いていなかったが、明らかに変化していた。
    「碓氷君」
    「なんです、社長?」
    「服のセンスが変わったわね?」
     碓氷は信子のこの言葉に内心ドキッとしたが、薄らとぼけていた。
    「へえ、どんな風にです?自分はいつものように仕事をしているつもりですけどね」
    「ほう。誤魔化す気なんだ」
    「な、なんです」
    「私の目を誤魔化せると思って?碓氷君」
     信子が碓氷に詰め寄る。
    「正直に白状なさい。これらのデザインは全て『彼女のためのもの』でしょう?」
     核心を突かれ、碓氷は観念するしかなかった。
    「そりゃあ、彼女はわが社のモデルですから、彼女に似合うものをデザインすることが、我が社の製品がよりよく見える上で重要であると思いまして」
     それでも碓氷は、このようなことを言って必死に誤魔化すのだった。
    「まあ、いいわ。それよりも来たわよ」
    「来たと、いいますと?」
    「例のギターを『見せてほしい』という連絡よ」
    「ほう、物好きな。で、どこからです?」
    「私の予想した通り『韓国のメーカー』から」
     どうやって信子は予想を当てたのだろう?答えは簡単。先に国内を営業回りしていた時、たまたま、その企業の「今後の生産計画」を手に入れたのだ。それによれば、そのギターメーカーでは生産量の減少から長年、自社製品の生産を依頼していた韓国のギターメーカーとの関係を解消することが決まったとあったのである。そうなれば、その韓国メーカーは経営危機に陥るだろう。そして、現状を打開するために自社ブランドを立ち上げてオリジナル製品を製造するはずだ。そうなれば魅力的なデザインを必要とするに決まっていた。そこで信子はマナに手紙を書かせて韓国のギターメーカーにポートフォリオを提出していたのだ。
    「で、韓国へは、いつ出発するんで?」
    「申請中の就労ビザが降りたら、すぐよ」                   



  •  その日の夕方、仕事を終えて一番に会社を出た碓氷はいつものように駅前の弁当屋で夕食を購入すると自宅へと戻った。
     弁当を食べ終えた、その時。

     ピンポーン

    「誰だ?」
     碓氷は玄関へ向かった。
    「今晩は」
    「マナちゃん」
     玄関を開けると、外にはマナが立っていた。
    「どうしたんだい?」
    「今日の昼休みの時、社長の方から『先生の家の中は変わっているから一度入ってみるといい』と言われまして早速、お伺いさせていただきました」
     信子の奴、余計なことを。
    「上がってもいいですか?」
    「いいけど、汚いぞ」
     前もって、そのように予告してから碓氷はマナを自宅へと上がらせた。若い女性を上げるような部屋ではないが、断れば逆に理由を詮索される恐れもある。
    「わあ、凄い」
     碓氷の自宅に上がったマナはダイニングキッチンの壁一面に画鋲でひっかけられた油彩画を見て驚きを隠さなかった。それらの油彩画は全て山の絵であった。登山を趣味とする碓氷は登った山を油彩画で描く「山岳画家」の一面も持っていた。
     奥の四畳半へ進むと、これまた山の絵が壁面にびっしりと飾られていた。
    「韓国では山登りがとっても盛んなんです」
     マナの言葉に碓氷は「韓国では山登りが盛ん」という知識を思い出した。ピオレドール・アジアの授賞式も毎年、韓国のソウルで行われているし、北漢山(ぷっかんさん)といえば毎年900万人もの登山者を集める世界一登山者数の多い山。その数は実にニッポンの高尾山の3倍以上だ。
    「これは槍ヶ岳、これは八ヶ岳、これは安達太良山、こっちは奥穂高岳で、これは剱」
    「よく知ってるね」
    「はい。私も韓国人ですから、御多分に漏れず」
    「ひょっとして、登った経験があるとか」
    「はい。涸沢の紅葉は一昨年、見ました」
    「どうだった?」
    「それはもう」
     円らな目が線になる。かわいい。
    「日帰り?」
    「一泊しました」
    「大変だったろう?」
    「布団は『3人で1枚』といった感じで、膝を立てて寝ました」
    「あそこは10月10日前後の紅葉シーズン時はいつでもそうなんだ」
    「そのおかげで、朝には虹を見ることができました」
    「それはラッキーだな。自分は涸沢ではまだ見たことがない。上高地では見たことがあるけれども」
     この四畳半にはパソコンを乗せた机、ふたつの本棚、そして1980年代のオーディオがある。全て碓氷が学生時代に小遣いを貯めて年月をかけて少しずつ揃えたもので、全てどこかしら破損していた。アンプは左右のバランス調整が難しく、カセットデッキは加水分解によって切れたベルトを輪ゴムで代用、CDプレーヤーは時々音が飛び、MDプレーヤーはディスク情報をなかなか読み込まず、チューナーはFMの受信感度が極端に下がっていた。それらは他に置き場所がないからか押し入れの前にデンと置かれており、押し入れの出し入れを大きく阻害していた。と言っても押し入れの中に布団はなく油彩のキャンバスが詰め込まれているだけだから日頃、開閉する理由もない。
     マナは今では珍しいレコードプレーヤーに着目した。デンオンDP-57L。
    「中学時代に買ったものだよ」
    「どうやって操作するんですか?」
    「やって見せようか」
     この部屋の本棚には本ではなくCD、LPレコード、LDといったオーディオソフトが並べられている。碓氷はそうした中からLPレコードを取り出した。取り出したのはプログレッシブロックグループのライブレコード。二枚組だったのでぶ厚く、取り出しやすかったのだろう。レコード盤を音溝に触れないように左手の親指で外周、中指と薬指でラベルを貼った内周を支えると、右手でまずスプレーを噴射。次にベルベットのクリーナーを操り、レコード盤の埃をクリーニングした。
     ダストカバーを開け、レコードプレーヤーの上にレコード盤を載せる。
     次に、アンプの電源を入れる。続いてレコードプレーヤーの電源。電源が入ったら、トーンアームのロックを解除。「33-START」と書かれたボタンを押すと、ボタンが緑色に発光、ターンテーブルが回転し始めた。
     さあ。ここからがレコードプレーヤーを操作する真骨頂。トーンアームをレコード盤の上に載せる。カートリッジの付いたヘッドシェルの脇から伸びるアームに人差し指を引っ掛けて、針先をレコード盤の外周の上に持っていく。日頃から使用しているのだろう。アンチスケーティングや針圧はいじらない。
    「そして、こうする」
     碓氷はゆっくりと針先をレコード盤の上に下ろした。本来であれば歯が浮いてしまう歌詞を持つ典型的なラブレター・ソングが流れるはず・・・だったのだが。
    「あれ?」
     どうやらレコードが前後逆に入っていたようだ。流れてきた曲は捕鯨反対をテーマとする歌だった。
    「洋楽がお好きなんですね」
    「そういうわけでもない。ロックは聴くけど、ポップスは聴かないんだ。個人的にはクラシックが一番好きだな。自分がレコードプレーヤーにこだわるのもクラシックを聴くからだ」
     その言葉の通り、本棚には今となっては「古典」となったロックとともにクラウス、マタチッチ、スウィトナーといったクラシック通でないと知らないマニアックな指揮者のレコードがずらりと並んでいた。通の間ではクラウスはウィンナワルツ、マタチッチはブルックナー、スウィトナーはモーツァルトの名手として知られている指揮者だ。
     そして一番奥の部屋、六畳間は碓氷の寝室である。勿論、ここにも山の絵が,ここでは積み上げられていた。そして東側の壁に、本棚に挟まれて仏壇があるのをマナは見た。マナは碓氷が「神社崇拝者ではない」ことを知り、安心した。なぜ?それは韓国人であるマナはニッポン人よりも遥かに歴史や政治問題に詳しく、また敏感であるからだ。マナは戦前のニッポンの軍国主義の根底に伊勢神宮を中心とする神道思想があること、パワースポットブームとヘイト思想の台頭が比例関係にあることを知っていたのである。
     仏壇を挟むように置かれた左右の本棚の中は文字通り「岩波文庫の壁」だ。おそらく1000冊はあるだろう。白、青、黄、赤、緑とあらゆる分野のものが揃っている。例えば夏目漱石は岩波文庫60周年記念の箱の中に入っており、夏目漱石研究家でもない限りは、これだけ読めば充分だ。
     碓氷は画家だから当然、美術書も沢山目に通している。それらは本棚の右横にある押し入れの中に奥3段に渡り、ぎっしりと詰め込まれていた。
     碓氷の部屋はいかにも独身男らしい汚くて狭い部屋ではあったが、このまちで最も知的文化水準の高い空間でもあるのだ。
    「先生は夏目漱石の作品をどう思われます?」
     マナは本棚を眺めながら、碓氷にそう尋ねた。
     碓氷はマナの真意を測りかねた。普通のニッポン人にとって夏目漱石は紛れもない文豪だ。だが、マナはどう感じているのか?碓氷には見当がつかなかった。見当がつかない以上、本音を語る以外にはあるまい。仮にそれでマナが怒っても、それは仕方がない。
    「自分は正直、好きじゃない。思うに、漱石作品が『近代日本文学の基準』となったことで、その後の日本文学の質は低下したと思う。彼の作品は風刺文学で、風刺とは真剣な社会批判を避けた『負け犬の愚痴』のようなものだ」
     こうした碓氷の言葉の後を受けて、マナは次のように語った。
    「日本文学において真剣な社会批判を展開したのはプロレタリア作家でした。ですが、真剣であるがゆえに時の日本政府から弾圧された。海外においてもユゴー、デュマ、トルストイ、ロランといった作家らによって真剣な社会批判が展開され、彼らもまた政府から弾圧された。でもプロレタリア作家とは違い、彼らには多くの『民衆からの支持』があった。だから弾圧を受けても負けなかった。文学作品の質を決めるのは作家の才能以上に『民衆の力』が重要です」
     そういい終わったマナの目線は既に漱石のボックスセットではなく赤い背表紙、即ち海外作品の収まる場所に移っていた。
     碓氷はマナも自分と同じ考えであることを理解した。いや、それ以上に「この子はとんでもなく賢い子だ」ということを知った。「文学作品の質を決めるのは作家の才能ではなく作家を支持する民衆の力である」なんて普通、誰が考える?
     碓氷は「ならば」と一気に本音を語り始めた
    「漱石、中でも『吾輩は猫である』と『坊っちゃん』の評価が高い理由は日露戦争の勝利に沸く民衆の姿が描かれているからで、ようは国粋主義的な思想を持つ政治家や官僚が好む内容だからだ。吾輩に登場する人物は誰ひとりとして魅力的でなく、坊っちゃんは『赤シャツ&のだいこ』の前に敗北した。どちらも『どんなに一所懸命に頑張ったところで汚れた社会は変えられない』と言わんばかりの話だ」
    「海外で『名作』とされる文学は大抵が英雄物語、主人公が悪と戦い苦戦しながらも最後には勝利するものと決まっています」
    「ニッポンではそういう作品は好まれない。ニッポンは『権力者は上、庶民は下』という考えの非常に強い国だ。だから国民はとかく風刺をもって我慢してしまう。悪を見ても立ち上がらずに傍観するのがニッポン流なんだ。実にだらしない話だ」
    「思った通り先生は、やはり物凄く知的な方です。世評に左右されない、自分なりの哲学を持っていらっしゃいます」
    「おっと、レコードが終わっているな」
     碓氷のプレーヤーにはオートリフト機能があるので曲が終われば自動的にアームが上がる。マニュアルだったら完全に針を痛めていただろう。
    「レコードはもういいな。邪魔だ」
     碓氷はプレーヤーとアンプの電源を落とした。
     その後もふたりは大多数のニッポン人が頭を痛くするだろう高度に哲学的な話をまるで日常会話の様に交わし合った。そのおかげで碓氷はこの日、自身のマナに対する愛情を封印することができたのである。

     翌日。
    「社長。昨日は本当に、本当に大変だったんですよ!」
     碓氷は信子に食ってかかった。
    「自分だって一応は独身男性なんです。自宅に若い女の子なんか入れたら、いつムラムラしてしまうかわかりません。幸い、昨日は何も起きませんでしたが」
    「どうして、彼女を抱かなかったの?」
    「社長!」
    「そんな臆病なことをしていたら、いつまでたっても、お嫁さんなんか貰えないわよ。碓氷君」
    「うっ」
     そうだ。確かにこのままでは結局「片想いのまま」で終わってしまう。碓氷は何も反論することができなかった。

  • つづく        




  •  北朝鮮の軍事力がニッポンの国民に「多大なる恐怖」を与えているように、ニッポンの自衛隊もまたロシア・中国の国民に多大なる恐怖を与えている。こんな当たり前のことにさえ全く気が付かない現在のニッポンの総理大臣は夢中になって有事体制の強化、いわゆる国防強化に明け暮れ、その結果、今や極東アジアは一触即発の「武力衝突の危機」を迎えていた。これこそまさに「想像力の欠如した人間は陸な仕事をしない」という典型的な事例に他ならない。このように想像力こそ人間にとって最も重要な能力なのだ。想像力によって人は他人の身になって物事を考えたり、未来の出来事を事前に予測したり、斬新なアイデアを生み出すことができる。想像力は「人間性の源」であり「判断力の源」であり「創造性の源」である。いかなる豊富な知識も想像力なくしては、それを生かすことはできない。沢山の漢字を知っているからといって直ちに優れた文学作品が書けるわけでもなく、芸術理論を完璧に学んでいるからといって直ちに優れた絵画が描けるわけでもなく、ニッポン有数の名門大学を卒業したからといって直ちに社会に寄与する優秀な人材であるわけでもない。人間の行動の是非は全て「想像力の豊かさ」にかかっているのである。

     韓国の首都・ソウル
     立ち並ぶ高層ビルのいちフロアを占めるギターメーカーの社長はニッポンからやってくるクライアントの到着を心待ちにしていた。
     このギターメーカーでは1990年代初頭よりニッポンの楽器メーカーの委託を受けて、レス・ポール、フライングV、テレキャスター、ストラトキャスターといったアメリカ製エレクトリックギターにデザインの酷似した通称コピーモデルを製造していた。しかし世界的な不況の影響から、ニッポンの楽器メーカーから一方的に契約を解消されてしまったのだった。もはやニッポンの楽器メーカーのブランド名を用いて製品を販売することはできない。このギターメーカーは文字通り「ニッポンに捨てられた」のである。
     この経営危機の状況を、しかしながら社長は「自社のオリジナル製品を開発する時が来た」と前向きにとらえた。というより社長は以前から「アメリカ製品のコピーをつくれ」と言ってくるニッポンの楽器メーカーとの付き合いに辟易していたから、専務たち幹部の当惑や動揺をよそに、むしろこの状況を喜んだのだった。コピーとはいえ長年に渡りニッポンブランドの製品を製造してきた生産設備や技術には自信があったから、あとは人々を魅了するデザインさえあればいい。
     だが、開発は難航した。レス・ポールやストラトキャスターに匹敵する世界的スタンダードになりうるモデルの開発はまず不可能。メーカーではフライングVやエクスプローラーレベルの変形ギターで充分と見込んでいたのだが、それさえも非常に困難なことだった。いくら設計しても、できあがるのはビザールモデルばかり。今までずっとコピーモデルを製造していたメーカーゆえ、優秀なデザイナーがいなかったのだ。というよりエレクトリックギターに関する限り、スタンダードとなり得るデザインは既に世界において「出尽くした感」があった。だからこそオリジナルデザインの開発は難航を極めたのである。
     そうした現状を受け、会社の未来を悲観する幹部たちから次々と辞めていく。勝手にするがいいさ。だが、このような状況が1年も続くと、さすがの社長も不安を感じないではいられなくなった。やはりコピーモデルに甘んじるしかないのか。いつまでも生産ラインを停止させては置けない。そのように思い始めていた時、社長はたまたま、あるニッポンのデザイン会社のホームページに遭遇した。そこには実に美しい、しかも今まで見たこともないエレクトリックギターの試作品が掲載されていた。
     あまりの完成度の高さに、既にどこかのメーカーから市販されているに違いないとは思いつつも、社長は直ちにそのデザイン会社とのコンタクトをとった。すると驚いたことに、そのデザインはニッポンの全ての楽器メーカーから「足蹴にされた」というではないか。
    「だったら、うちにくれないか」
     社長の情熱はニッポンのデザイン会社にも十分に伝わった。デザイン会社は試作品を持って本社を尋ねることを約束した。

    「社長」
     秘書が社長室に入ってきた。
    「ニッポンの風信子の方々が見えられました」
    「おお、そうか。早くここへ通すのだ」
     やがて、3人が社長室にやってきた。
    「私が風信子の社長の横田信子と申します。後ろは秘書のキムとチーフデザイナーの碓氷」
     風信子を代表して信子が挨拶をする。その後ろにはギターケースを手にする碓氷とマナ。
    「私が我が社の社長を務めます・・・」
     挨拶を交わし終わると早速、碓氷はギターケースの中から試作品を取り出した。
    「これが『ローズベイ』です」
    「おおっ、これがローズベイ!」
     ネットで見て知ってはいたものの、実物を直に見た社長はそのデザイン、そしてすぐにでも生産に移行することの可能な完成度の高さに魅了された。社内に結成したデザインチームが作成した、既存のデザインを変形させた跡があからさまに見えるビザールものとは明らかに次元が違う。さすがはプロのデザイナー仕事だ。変形ギターなのに何処かしらクラシックな美しさが漂っている。決して「ヘビーメタル専用ギター」ではない。実に不思議なギターだ。デザインとタイガーメイプルとの相性は完璧であり、これならば1本あたりの利益が高い高級ギターとして製造することができる。
     ストラップを取り付け、社長自ら背負う。バランスは悪くない。椅子に座る。そこでも演奏性に問題はない。ただ見てくれが美しいだけのギターではない。唯一の難点は左右非対称デザインであるため平面の壁に立てかけて置くことができないことだが、壁にドアノブのような出っ張りがあれば、そこにネックやヘッドを引っ掛けて自立させることは可能だ。
     直ちに、その場で契約が取り交わされた。10年契約。ロイヤリティは1本につき売り上げの6%。双方が満足のいく契約ができた。今ここに「ニッポン企業に捨てられた両者」による黄金タッグが組まれたのだった。
     翌日には工場の人々にも公開された。ここでも歓声。
    「これが、俺たちが作るギターか」
     クラフトマン達のプライドに火がついた。この時点で今回のプロジェクトが成功することは、ほぼ「決まった」といっていい。皆が一丸となって仕事に取り組むムードが出来上がったのだから。それを可能としたのは無論、碓氷の「天才」に他ならない。クラフトマンたちが自分の仕事に誇りを持てるだけの魅力がローズベイには備わっていた。
     直ちに3本のプロトタイプが製作された。色は全てシースルーで、レッド、ブルー、グリーン。レッドはタイガー、ブルーは茣蓙目、グリーンはキルト。碓氷の指示通りに製作されたこの3本でテストが行われる。もともと碓氷の制作した試作品の完成度が非常に高いので、修正の必要などどこにもなかった。契約から一カ月もしないうちに来年の楽器フェアで発表できるだけの量を仕上げた。

     オリジナルデザインのギターでアメリカの2大ギターメーカーと真っ向勝負。

     目先のカネ儲けだけを重視し、アメリカ製品のパクリをもって満足しているニッポンの楽器メーカーには、およそ望むべくもない「高い志」を韓国の人々は持っていた。そうした志を持っていたからこそ彼らはニッポンの楽器メーカーがことごとく製品化を躊躇した碓氷のデザインに夢を賭けることを厭わなかった。碓氷はそうした人々の姿を見て「この国は今後、大きく発展するに違いない」と確信した。20世紀半ばから後半に大発展したがゆえに21世紀に入るや、その状態を維持することにばかりに囚われ、閉塞感ばかりが漂う今のニッポンでは、右翼思想にかぶれたメディアが連日のように「ニッポン自慢」と「韓国の悪口」を報道していたが、それこそがまさに「没落していく国の負け惜しみの声」にすぎないことを碓氷は肌で実感するのだった。
     
     1月のカリフォルニア。
     世界最大の楽器フェア「ウインター・ナム」が毎年、ここで開催される。その韓国メーカーのブースに碓氷の開発した新型ギターが展示されることになっていた。そこで碓氷はアメリカへと飛んだ。

    「あーあ」
     アメリカへ向かう大韓航空機の中で大あくびをする碓氷。
    「先生は、アメリカは初めてですか?」
    「ああ、もちろん」
     碓氷の隣に座るマナが碓氷に話しかけた。
     マナ?そう。今回の旅行はマナと一緒。理由は次の碓氷の言葉から凡その察しがつく。
    「学生時代は『日米同盟強化のための英語教育、反対ー!』と叫んで陸に授業にも出ていなかったから、英語なんかちっともわからん」
    「まあ、先生ったら」
     だが、碓氷は最初はそれでも「ひとりで行く予定」だった。通訳くらいはギターメーカーが現地で用意してくれるはずだからだ。
     マナを連れていくよう碓氷に強く迫ったのは、やはり社長の信子だった。信子は碓氷が未だマナに手をつけていないことを不満に思っていた。信子の見立てではマナは絶対に「碓氷の理想のタイプ」の筈なのだ。だから今度こそ「成功しろ」と祈って止まない。

     旅行前日の夜。
    「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
     碓氷はこの日もマナをおかずに楽しんでいた。
    「やりたい。きみとやりたいよ、マナ」
     翌朝にはマナとふたりで飛行機に乗る。機内では当然、長時間に渡って隣同士で座っていることになる。自分が「欲しい」と思っている女の子がすぐ隣にいる。これは碓氷にとっては「拷問」と同じだ。だから碓氷は必死に精液を絞り出していた。明日の拷問に耐えられるように。決して勃起などしないように。そうだ。今夜は、なるだけ眠らずにおこう。そうすれば飛行機の中で熟睡できるに違いない。
     このようにして碓氷は旅行の前日から、マナの前で「紳士」を演じるべく必死に苦労していたのである。

     アメリカに到着した碓氷とマナは楽器フェアの会場の傍にあるホテルへと向かった。一旦、荷物を置いてから隣の会場へと向かう予定であった。
     ホテルに到着した二人は、ここで「とんでもない事実」を知った。
    「一部屋しか予約を取っていないだと?」
     そう。「碓氷と通訳」ということで、シングルの二部屋ではなくダブルの一部屋が予約されていたのだ。信子にまんまとしてやられたのだ。急遽、部屋の変更を申し出るものの「無理です」とあっさり断られてしまった。当然である。楽器フェアの期間中は多くのバイヤーやミュージシャンやファンがここに集まる。近くのホテルは全て満室であった。
     取り敢えず部屋へ向かう。
     部屋はリビング大の大広間が一つ。そこに置かれてあるのは当然ながらダブルベッド。
    (今夜、ここで一緒に泊まるのか)
     碓氷とマナは顔を見合わせると、直ちに頬を赤らめ、顔を逸らした。
     仕方がない。この問題は後で考えることにして、ふたりは会場へと向かった。
     会場内は、人、人、人でごった返していた。その中を逸れない様に手をつないで歩く二人。 やがて、お目当ての韓国ギターメーカーのブースに到着した。そこも既に人で賑わっていた。それも異常なまでの大群衆である。
     それを分け入り、碓氷がブースの中に入ろうとしたところ、金髪の外国人に「割り込みするな」と怒鳴られてしまった。
    「俺は関係者だ!こいつにそう言ってやれ」
     その必要はなかった。先にアメリカに来ていた社長が碓氷を出迎えてくれたからだ。
    「よく来てくれた。見ての通り、周りはマスコミだらけだ」
     ふたりは直ちにブースの中央に連れて行かれた。
     碓氷がデザインしたローズベイは会場に旋風を巻き起こしていた。碓氷には信じ難がったが、碓氷は既に「天才デザイナー」と見做されていたのである。
     デザイナーに必要な能力として、次のふたつがある。

     ① アイデアを生み出す能力
     ② プロポーションを整える能力

     実のところ、世界のデザイナーの9割は、このふたつのうち①のみで仕事をしている。というのも①だけで人々の注目を集めるには充分だからだ。アイデアが斬新であれば、それだけで人々は関心を示す。
     だが、このような仕事の寿命は短い。トリッキーで人目をあっと驚かせる手法は現代アート作品と同じで、いっときの話題や流行とはなっても「永遠の価値」とはなり得ない。永遠の価値を持つデザインは②による吟味と洗練を経ているものに限られるのだ。そして②を備えたデザイナーは決して多くない。
     碓氷はその能力を持つ稀有のデザイナーであった。その証拠がローズベイに他ならない。美に疎いニッポン人の世界では注目を集めなかった碓氷だったけれども、美に敏感な欧米の人々にとっては完成度の高いデザインを生み出す能力を持つ碓氷はまさにグレイトな才能を持つ「スーパーデザイナー」に他ならなかったのである。
     ブースを訪れた碓氷に世界中の記者がどっと詰め寄る。こんな経験は無論、はじめて。正直、碓氷は「場違いなところに来てしまった」と思った。勿論、この日のうちに展示してあった全てのローズベイが「予約済」となった。残る期間は全て「バックオーダーの受付」ということになる。
     だが、これだけでは終わらない。
     その後、20時から始まったディナーパーティーに於いて、碓氷は世界的に有名なミュージシャンたちから次々と握手やら写真撮影やらを求められたのであった。
     そんな碓氷の姿を、マナは傍らでじっと見つめていた。

     ふたりがホテルに戻ったのは23時だった。
     マナは生まれてこの方、一度として感じたことのない「負の感情」に我が身を震えさせていた。負の感情とはいわゆる「嫉妬」である。
     ディナーパーティーでの碓氷は文字通り「その場の主役」だった。多くの有名ミュージシャンが碓氷の周りに集まり、握手や記念撮影を繰り広げていた。最初、マナはそんな碓氷を誇らしく感じていたが、やがて寂しさを覚えた。碓氷がビッグになり、自分とは遠い世界の人間になったような気がしたからだ。
     そこに決定的な一撃が加えられた。
     碓氷の周りに集まるミュージシャンは何も男性とは限らない。世界を代表する「歌姫」たちもまた密に吸い寄せられる蜂のように碓氷の周りに集まってきた。そして彼女たちは世界的なミュージシャンであるから当然のように強烈な「オーラ」を全身から放っていた。彼女たちは誰もがセクシーで色っぽく「私は美しい」という自信に満ち溢れていた。
     そんな彼女たちに比べたら東洋人で、おまけに童顔のマナは文字通り「ネンネ」でしかなかった。マナはそのことを誰よりも自覚していた。相手は世界的なミュージシャンたちなのだから一庶民に過ぎないマナが嫉妬など「烏滸がましい」もいいところだが、それでもマナは嫉妬しないではいられなかった。
    マナはこの時、初めて碓氷を「誰にも渡したくない」という自分の思いに気が付いたのだ。碓氷は自分にとって「デザインの師匠」以上の存在となっていたことに。「尊敬の対象」以上の存在であるということに。
     自分が最初に先生の才能を認めたのだ。自分は先生の一番弟子だ。こんな具合にマナは自分こそが碓氷に「最もふさわしい女性」なのだという理由を幾つも頭の中に列挙した。
     そんなマナの心に「ひとつの決意」が生じていた。言うまでもなくそれは「今夜、先生に告白する」という決意だ。
     だが、果たして碓氷は自分を抱いてくれるだろうか?自分を愛してくれるだろうか?もしかしたら彼にとって自分は「子供と同じ」に見えているかもしれない。美女たちに取り囲まれていた時の碓氷の顔が思い出される。笑顔を見せ、実に楽しそうだったではないか。そう思うとせっかくの決意も揺らぐ。マナは取り敢えず、時間稼ぎにシャワーを浴びることにした。だが、シャワーを浴びていられる時間など微々たるものだ。マナはシャワー室を出た。
     その頃、碓氷は半ば放心状態でソファに座っていた。一応、全ての人々にそつなく対応し、愛想笑いを見せはしたものの自分とは無縁の「別世界の人々」との応対に心身ともに疲れ果ててしまったのだ。碓氷はすぐにでも眠りたいのだった。しかしベッドはダブルが一つ。碓氷がソファに座っている理由がそこにある。碓氷はソファで眠ることに決めていた。
     そこへシャワーを終えたマナがやってきた。服はちゃんと着ていた。全裸での告白は碓氷が「下品」と感じるに違いない、そう思ったからだ。
    「先生」
     マナは碓氷の胸の中に飛び込んだ。
    「先生、先生!」
     碓氷の眠気は一気にどこかへ消し飛んでしまった。そして碓氷はこの瞬間に全てのことを悟った。マナにこのような振る舞いをさせた理由の全てを。マナは確かに、自分のことを好いてはいるのだろうが、これはあくまでも嫉妬の炎による「衝動的な行動」に違いないということを。
     碓氷はそれを知った上で、今の状況を利用することに決めた。今までずっと我慢してきた。職場で顔を合わせるたびに何度、邪な思いを抱き、それを押し殺してきただろう。今の碓氷にはマナに大人の分別をもって「目を覚ませ」「私は先生だ」「年の差を考えろ」などとはとても言えなかった。
     おまけに海外の大女優たちに囲まれたことで「自分の女性の趣味」についてもはっきりと気付いていたから尚更だった。自分はお色気たっぷりのセクシーな美女よりもマナのようなウブで子供っぽい女の子が好きなのだということに。
     碓氷はマナの体を抱きかかえると、ダブルベッドの上にうつ伏せに倒れ込んだ。碓氷はベッドの上で仰向けになるマナの上で腕立て伏せのような状態になった。
    「マナ」
    「先生。私を好きにして下さい」
     碓氷は野獣のように荒々しくマナの体を陵辱し始めた。碓氷にここぞとばかりに弄ばれるマナの肉体。勿論、前戯だけで終わりはしない。子作りに精を出す若い夫が妻にするように、碓氷は必死に自分の腰を突き動かした。
    「マナ。お前はもう俺のもの」
     マナはこうして処女を失い、碓氷もまた遂に長年の童貞から脱却したのである。

     翌朝。
     先に目を覚ましたのはマナだった。その傍らでは碓氷が深い眠りについている。
     マナは昨夜のことを思い返した。
    「もう後戻りはできない」
     その美貌をもってすれば同じ世代のイケメン韓国人男性と結婚することも充分に可能だったはずの「かわいいマナ」は結局、歳が20歳以上も違うニッポン人の中年男性と運命を共にすることになったのである。
    「でも後悔はしない」
     マナは碓氷の肩にそっと身を寄せた。                           

  • つづく        




  •                                     
     碓氷の開発した3本のギターによって韓国のギターメーカーは文字通り、アメリカ市場に食い込むことに成功した。しかし、当初の目標であった「アメリカ2大メーカーと真っ向勝負」とはならなかった。アメリカ2大メーカーはやはり偉大であり、シェアを減らすようなことはなかった。結局のところ、碓氷の開発したギターによってアメリカ市場を奪われたのは、ニッポンの楽器メーカーだった。つまり碓氷のしたことは、碓氷の才能を評価しなかったニッポンの楽器メーカーに対する「意趣返し」に他ならなかったのだ。目先の金儲けよりも王道や正論を尊ぶ碓氷の鬼才がアメリカ製人気モデルのパクリモデルを大量生産して利益を上げているニッポンの悪徳メーカーを駆逐するという「健全な作用」を楽器業界にもたらしたのである。
     こうしてニッポンを見限り、韓国を主戦場としたことで風信子は順調に利益を上げていたのだったが、それを「快く思わない連中」が現れた。それはニッポンの右翼思想にとり憑かれた人々だった。彼らは韓国企業の利益に加担、ニッポン企業の利益を損なう風信子を「非国民・国賊」と罵り、いたずら電話や店の入口にいたずら書きをするなどの「嫌がらせ攻撃」を仕掛けてきたのである。

    「お疲れさまでした」
     マナが退社した。マナは駅に向かって歩いていた。真冬の5時。外は既に暗い。
    「きゃあ」
     数人の男たちによってマナは近くの駐車場に連れ込まれた。
    「うーっ」
     ガムテープで口を塞がれ,声を出せないマナ。
    「韓国女。覚悟しろ」
    「お前を慰安婦にしてやる」
    「へへへ。こりゃあ、写真以上にかわいいぜ」
     男たちはマナを仰向けに寝かせ、手足の動きを封じるとコートを脱がせ始めた。この男たち、マナを強姦する機なのだ。
     駐車場の前の道路を続いて退社した碓氷が通る。
    「マナ!」
     碓氷は近頃の「ながらスマホ」の輩とは違う。山歩きに慣れた碓氷は道を歩いている時においても周囲の状況や気配に常に注意を払う。だから車で見えない駐車場の奥に多数の人の気配があるのを察知したのだ。
    「貴様らーっ!」
     碓氷がトレッキングポールを片手に襲いかかる。
    「なに?」
     すると男たちは碓氷に柔道技を仕掛けてきた。危うし、碓氷。
    「しゃらくせえ」
     相手が柔道の使い手だというのなら、遠慮はいらねえ。碓氷はトレッキングポールを用いて本気で相手の顔面や腕や脛を叩きまくった。幾多の自然の脅威をくぐり抜けてきた「山男の恐ろしさ」を思い知れ。
    「くそ、覚えてろ!」
     男たちは暗闇迫る駅前の路地を、住宅街の中を縫うようにしながら走り去っていった。「マナ」
    「先生」
    「もう大丈夫だ」
    「先生ーっ」
     マナは碓氷に抱きついて泣いた。
     それにしても、柔道の使い手が複数でひとりのかよわい女性を犯そうなどとは、本当にニッポンも腐ったものだ。もとより現在のニッポンには「武道によって心も体も磨く」という誤った思想が厳然と存在しているから、こうした事件が起きたところで何ら驚くには当たらない。もしも本当に武道を学ぶことで心身共に磨けるのであれば「宗教や哲学など不要」ではないか。
    江戸幕府は武道だけを会得した武士が力自慢の「無法者」に成り下がることを知っていた。だから武士に対し幕府は武道と同時に朱子学を奨励したのである。
     一方、明治政府は朱子学を否定し、武道のみを国民に奨励した。国民を「戦争」に駆り立てるには肉体のみを鍛えさせて精神は野蛮である方が、都合が良かったからだ。こうした誤った考えに基づく教育が21世紀の現代においても一向に改善されることなく平然と行われているのである。
     そして何と言っても「右傾化」がこの国を乱していた。「自分の国さえよければ他国のことなどどうでもいい」と考える政治家が支配する国の民が「自分さえよければ他人の迷惑などどうでもいい」と思うようになるのは当然である。事実、今のニッポンではあらゆる職種においてモラルが崩壊。「データ改竄」に代表される不祥事が頻発していたのである。
     もはや一刻の猶予もない。碓氷は信子に今回の事件を告げると「自分の考え」を直訴した。「社長、お願いします」
     信子は「来るべき時が来た」ことを感じた。
     薄々気が付いてはいた。アメリカから戻ってきてからのマナは日に日に美しく、そして愛らしくなっていた。それは「恋をしている女性」に特有の現象に他ならなかった。
     今回、碓氷がこのような申し出をしてきたことで、信子はふたりが既に将来を約束し合う間柄にあることを確信するに至った。
     現在、碓氷の自宅で惰眠をむさぼっている膨大な数の美術作品。これらはニッポンに置いておいても「粗大ゴミ」にしかならない。何故ならニッポンの総理大臣は「マンガ・アニメ立国」を宣言、文化庁において「公共美術館は全てマンガ・アニメ館に改修。美術品はオークションで売却しろ」と発言。それを受けて東京都もまた「マンガ都市」を高らかに宣言。それどころか名古屋市では市長が「美術表現の自由を否定する」といった具合なのであるから。これらはいずれもニッポンが「エンターテイメント大国」を目指し、アート文化を否定する動きに他ならない。
     こんなニッポンが世界でも有数の「ポイ捨て大国」なのも当然だ。おにぎりや菓子パンの包装、空き缶、ペットボトル、使い捨てマスク、犬の糞など実に多くのポイ捨てごみが路上に散乱する。こんな汚らしい国に美もへったくれもないではないか。
     しかも、今もなおニッポンは、政治家の子は政治家、芸能人の子は芸能人、社長の子は社長、大学教授の子は大学教授といった具合に「士農工商」の身分差別が色濃い国である。どんなに才能があっても倹しい一般家庭に生まれ「カネもなければコネもない」という人間には活躍の場がない。「一億総活躍社会」なんてスローガンは全くの嘘っぱち。貧しい人に用意されている仕事はせいぜいコンビニのバイトか老人ホームのヘルパーくらいのもの。だが、お隣の韓国ならば才能溢れる有為の人材が活躍できるチャンスがまだまだいくらでもある。それに韓国で成功すれば活躍の舞台が一気に世界に広がる可能性もある。そのため、ニッポンではなく韓国でデビューするニッポン人の若手ミュージシャンも年々増えている。

     「マンガアニメ立国・ニッポン」から芸術の国・韓国へ!
     「ポイ捨て大国・ニッポン」から美の国・韓国へ!
     「カネコネまみれの国・ニッポン」からサクセスドリームの国・韓国へ!

     彼のためにもその方が絶対にいい。知識や想像力に富んだ大人たちが鎬を削る実力社会はイコール「厳しい競争社会」だが、そして実際,韓国は競争の激しい国ではあるが、ローズベイを設計した彼ならば立派に勝ち抜いていけるだろう。
     信子の決意は固まった。
     かくして風信子は今の店を畳み、新たに韓国の地で操業することになったのである。

     ソウル郊外。
     風信子の新しい本社がここにある。いろいろと検討した結果、やはりソウルということになった。今までは1階に事務所、2階に作業場だったが、今回からは逆になった。というのは今回の建物は元・コンビニエンスストアーで、1階はガラス張りのショールームのような空間、そして2階に事務所があったからだ。1階をギターとアパレル製品を開発する工房とし、2階に事務所と碓氷の油彩画を飾るギャラリースペースを設けた。
     韓国に移住した碓氷は「燃えていた」。ニッポンとは違い、ここ韓国では金持ちであろうがなかろうが、いくらでも未来への夢や希望を抱いて「情熱の焔」を燃やすことができる。
    「自分はこの先、自分の才能の全てを韓国のために捧げるのだ」
     新しい城ができた。碓氷はここから次々と新しい製品を開発するであろう。
     だが、製品開発以上に重要なのは「営業」だ。どんなに素晴らしい製品が存在していたとしても営業なくしては世に広まらない。
     かつて青色発光ダイオードを発明した某科学者が「この発明を行ったのは自分だ。だから儲けの90%を受け取る権利がある」と主張、企業を相手に裁判を起こしたことがあったが、自惚れも甚だしい。発明など、それを量産し、多くの人々の手に渡らせることに比べたら実に簡単なことである。碓氷が信子とコンビを組んでいるのも「信子の営業能力」が必要だからに他ならない。アイデアマンは総じて人付き合いが苦手。碓氷も例外ではない。もしも碓氷がフリーランスで仕事をしていたら、今もきっと「売れないデザイナー」のままだっただろう。どんなに素晴らしいアイデアも全て「試作品止まり」だっただろう。
     作家やミュージシャンの印税が10%もあれば充分であるように、科学者の発明対価もまた売り上げの10%もあれば充分である。アイデアを発明する者は、手に入るカネではなく、自分のアイデアが「会社の利益」となり「顧客の満足」となることに喜びを感じるべきである。そうでなければ開発者が屡屡口にする「社会や人々の役に立つ発明がしたかった」という発言は「実は嘘」「人前でいい子ぶっているだけ」ということになる。それがどうしても「嫌だ」というのであるならば、アルフレッド・ノーベルやトーマス・エジソンのように起業して、自ら経営者として忙しく仕事をするべきである。彼らは決して「特許料を受け取る科学者」として大金持ちになったのではない。「大きな会社を切り盛りする実業家」として大金持ちになったのである。
     碓氷が新製品の開発に精を出す頃、信子はエレクトリックギターの開発によって手に入れたコネクションを最大限、利用しながら営業活動を着実に進めていた。
     信子はギター会社とエンドース契約するミュージシャンたちと会い、自社のアパレル製品を無償でプレゼントした。
    「どうぞ、つまらないものですが」
     口ではそう言いつつ、信子がプレゼントする製品は風信子が扱う品の中でも最高級のものであった。これも「必要経費」と腹を括ってのことだ。
     かくして、効果は絶大であった。
     彼らの多くは碓氷を「ギターの神様」として尊敬していたから、それらの製品を使用することを厭わなかった。テレビ画面の中に風信子の製品が映る機会は確実に増えた。中にはコンサートの衣装のデザインを依頼してくれるミュージシャンも現れた。
     風信子は確実に飛躍していた。

     それから数カ月後。
     風信子の経営が順調ということもあって碓氷の給与が上がった。碓氷が開発したローズベイの生産はキルトメイプルの最上級モデルからオールマホガニーの普及モデルまで入れて、この時期「月3000本」に達していた。
     ということで、碓氷は思い切って車と家を購入した。永住すると決めた以上、車と家は必須である。「新型」の肩書きが取れると、たちまち魅力を失ってしまうニッポン製品の特徴を碓氷は良く知っていたから車は当然、ニッポン製ではない。かといって韓国製でもない。
     シトロエンDS
     碓氷は大のシトロエンファンだ。2CVやCXもお気に入りだが、やはりシトロエンといえばDSだ。勿論、今のDSブランドではない。碓氷が購入したDSはDS19。デビューが1955年だから、程度のいい代物がなかなか出回らない。碓氷の手に入れたそれは新型エンジン(あくまでも当時の話)を搭載、丸目ライトの1967年製だったが、それでも当然、レストアが必要なシロモノだった。そして碓氷はそれを自分でやっていた。毎週日曜日になると、コツコツと自宅前の駐車スペースの一角で作業に勤しんでいた。
     碓氷の新居は2階建て。2階建てのアパートのように1階と2階は外階段で繋がれていた。2階が3LDKの住居。1階はアトリエと、ちょっとした会合ができる大広間。14m×21,2m=89,94坪の土地に8台分の駐車スペースと庭を備える。数百坪の土地を持つ大豪邸ではないが、それなりの広さを備えていた。贅沢よりも実用を尊ぶ碓氷らしさが良くわかる家だ。
    「先生」
     マナが車で碓氷の新居にやってきた。車は当然、韓国製。マナは碓氷ほど酔狂ではない。「まだ、できないの?」
     車から降りたマナが開口一番、碓氷にそういった。
    「ああ、見ての通りだ」
     碓氷が購入したDS19は外壁と骨格とが切り離された状態にあった。
    「思った以上にフレームの錆が酷くてね」
     一般的なモノコック構造とは異なり、DS19のボディは外壁とフレームとがボルトによって結合されている。よって、ボルトを外せば簡単に外せる。当然、碓氷はそうした構造について熟知していたから「自分で修理可能」と考え、専門のショップに頼まず自宅で修理を開始したのだが、思っていた以上に事態は「深刻」だったようだ。錆はそれこそボトムの全てに及んでいた。特にリアのトランク周辺部は酷かった。新しい部材による溶接作業が必要だった。故に、ひと月前にフランスから輸入した新品のスフェアやLHMは未だエンジンには組み込まれず、1階のアトリエ内に置かれたままだ。
    「もう、昼よ」
    「そうだな。昼飯にするか」
     碓氷とマナは2階へと上がった。
     昼食はマナが作る。台所を借りて持ってきた材料を使って作り始めた。壁に掛かる白いフリフリのエプロンを身に付ける。今日のメニューはキムパプとスンドゥブチゲ。ニッポン語に訳せば、韓国式の海苔巻と、おぼろ豆腐の入ったチゲ鍋。「仕事命」を言い訳に家事や育児を放棄、女を忘れたニッポンの女性とは異なり、韓国の女性は料理上手。マナも例外ではない。
    「美味い」
     次々とキムパプを口に放り込む碓氷。
     昼食を片付けるのもマナの仕事だ。台所で皿を洗うマナ。その後ろ姿を碓氷が見つめる。 綺麗に編まれた三つ編み。背中でクロスするサスペンダー。それらが碓氷の欲情に火を付けた。
    「マナ」
     碓氷が背後からマナに抱きついた。
    「先生。まだ、お昼です」
    「そんなの関係ない」
     碓氷の腕がマナの体を包み込む。マナは自分の背中に碓氷の胸を感じた。
    「あっ」
     触られてもいないのに、マナの秘部が濡れ出す。顔は幼子のようでも体の方は碓氷の調教によって性の味を知り尽くした「大人の女性」のものに仕上がっていた。だから男の腕に抱かれただけで、たちまち反応してしまう。
    「準備はオッケイだな」
     碓氷は半ば強引にマナをベッドルームへと連れていった。
     脱衣、抱擁、愛撫、結合、そして射精。
    「マナ」
    「何?」
    「いつになったら、自分のことを御両親に紹介してくれるんだい?」
     マナは現在、アパートで独り暮らし。マナの実家は韓半島最南端に位置する珍島。その名の通り、元々は島だったが、今は橋で結ばれている。ソウルからだと高速鉄道で全州まで行き、そこから湖南線に乗り換え、ひたすら南下。終点の木浦で下車した後、市外バスで1時間以上かかる。はっきり言って遠い。ソウルとは所要時間6時間ほどの高速バスで結ばれているので、そちらの方が便利だ。
    「もうすこし、ね」
     マナは碓氷のことを、まだ親に話していなかった。
    「もうすこしって、いつさ」
    「もう少しだけ待って」
     マナは碓氷が父親と同じ歳であることを気に病んでいたのだ。
     マナの父親はとても厳格な人だ。碓氷の年齢を聞いただけで驚き、おまけに結婚前から肉体関係にあることを知れば、きっと怒り出すに違いなかった。それどころか碓氷は殴り殺されるかも知れなかった。
    「マナ」
     碓氷がマナの乳首をしゃぶり始めた。
    「1日も早く、ここできみと一緒に暮らしたい」
     故郷であるニッポンを捨ててきた碓氷にとってマナは文字通り「すべて」だった。
    「マナだって早く、そうしたいだろう?」
     碓氷の愛撫は止まない。胸を下から揉み上げる。指の短い碓氷にはジャストサイズ。弾力も申し分ない。
    「そうすれば毎日、こうして私と快楽を貪ることができる」
    「そんなことは希望していません」
    「相変わらず恥ずかしがり屋さんだな。別に隠さなくたっていい。女が綺麗になるのは『男に抱かれたい』というサインだ。マナだって例外じゃない」
    「ところで、ひとつ言ってもいいですか、先生?」
    「何?」
    「車のことですけど、先生はDSよりも『H』の方が絶対に『お似合い』だと思います」
    「そうか?」
    「ええ」
    「確かにHなら、後ろの荷室を改造すればちょっとした宿泊施設になるから、長期登山にはいいかもしれないな」
    「・・・・・・」
     碓氷にはマナの言いたいことが全く伝わってはいないようだ。

     ともあれ、いつまでもふたりの関係を隠しておくわけにもいかない。マナは実家へ戻ると、勇気を振り絞って碓氷のことを両親に話した。
    「なにい!」
     案の定、パパが激昂した。
    「そいつのこと、ぶっ殺してやるっ!今、そいつはどこにいるんだ?」
     自家用車をぶっ飛ばし、遠路はるばるパパがソウルへやってきた。碓氷はその時、職場にいた。そこへパパが鬼の形相で乱入してきた。
    「お前かっ!いい歳ぶっこいて、うちの娘をたぶらかしたニッポン人ってのは」
    「な?」
    「冥途に送ってやるから、覚悟しろっ!」
    「うわあああっ!」
     その後、碓氷はパパによって文字通りボコボコにされた。顔面血だらけ、痣だらけ。
     そこへマナと信子と、そして今日、碓氷と面会予定のクライアントがやってきた。
    「きゃあ」
    「碓氷君」
    「これは一体」
     3人は必死にマナのパパを止めた。
     その後3人はパパの説得に入った。
    「何で、あいつを庇うんだ?」
     パパは娘をたぶらかした碓氷の悪党ぶりを訴えた。
    「それは彼が立派な男だからです」
     3人は碓氷について力説した。碓氷は21世紀を代表するインダストリアルデザイナーで、その名声は世界に轟くことを。だが、それらの話はパパの心を変えなかった。そんなことはどうだっていい。奴の社会的地位など知ったことではない。「社会的地位の高い人格最低の人間」など、この世には腐るほど存在する。
     それに、そもそもニッポン人の言うことなど信用するに値しないことは、明治維新後のニッポン人の行動を見れば明らかだ。戦前は言うに及ばず、戦後も、ダイヤモンドや金目当てに南アフリカ政府のアパルトヘイト政策を支持したり、核実験後に「ボイコット運動」によって世界中で売れ残ったフランス製の有名ブランド品を安値で買い漁ったり、およそニッポン人が語る「人道」や「核廃絶」など、実践の全く伴わない「口先ばかりのインチキ」もいいところではないか。であるからして「パパの心を変える」ことなど、およそ不可能なように思われた。「全てのニッポン人=口先だけのチキン野郎」という先入観を変えることは容易ではない。
     だが。
    「ニッポンでマナが3人の強姦魔に襲われた時、碓氷は必死になって戦い、マナを護った。そしてニッポンの会社を閉めて、韓国に移住した」
     この事実を知った時、パパの気持ちに変化が生じた。パパはてっきり碓氷が娘をニッポンへ連れ去るものと思っていたのだ。
    「娘のために国を捨てた・・・」
     凡そ具体的な行動ほど人の心を動かすものはない。パパの心は一転、碓氷を「信じられる男」と認めたのだった。
     意識を取り戻した碓氷が隣の部屋からやってきた。顔には多痣。
    「おとうさん」
     碓氷はその場で土下座した。
    「どうか、お嬢さんを自分にください」
     パパは碓氷に言った。
    「きみを信じよう。娘のことは、きみに託そう」
    「ありがとうございます」
     こうして碓氷とマナの交際はいよいよ「結婚」へと動き出したのだった。

     ところでこの日、社長の信子が碓氷に持ってきた仕事は、碓氷にとっては「畑違いのもの」だった。
    今度の仕事は何と「カーデザイン」であった。碓氷に課せられた命題は半年後のモーターショーに展示するショーカーのデザインの候補を提出すること。期限は1カ月。
     アパレルデザインとギターデザインだけでは収入が限られることは明らかである。信子は収入を安定させるべくデザイン分野の拡大を考えていたのである。
     この畑違いの仕事に碓氷はやる気を燃やした。碓氷は文字通り自分がスーパーカーに憧れていた小学生時代の童心に返ってこの仕事に取り組んだ。
     自動車メーカーから送られてきたボディの骨格となる4面図。碓氷はそれをA4サイズにコピーして、それに外観を描き入れていた。
     現代の自動車デザイナーは大概、イメージイラストからデザインをスタートさせるのだが、碓氷は4面図で構想を練っていた。3面図ではなく4面図というのは車には前、後ろ、横、上の4方向の異なるデザインが必要だからである。
     骨格図面からは、それがV8エンジンを搭載するミッドシップカーであることが見て取れる。自動車メーカーはモーターショーにスーパーカーを展示する計画であった。
     ならば、とびっきりカッコいいデザインが必要だ。量産は意図していないのだろうから、デザインはいくらでも飛躍できる。碓氷はフロントガラスが頭の上まで伸びる、フロントスクリーンが非常に大きなデザインを考えた。それはスマートフォンの縦長のスクリーン画面を連想させるものだ。
     さらに碓氷はこのスーパーカーに昭和から21世紀の現代までの「スーパーカーの歴史」をすべて盛り込むことを考えた。つまり昭和時代のカッコよさと21世紀の最新技術の融合だ。全体のイメージは昭和に流行したシャープなラインだが、ボディと一体となったフロントバンパーやリアバンパーに施されたダウンフォースのためのデヒューザーなどは21世紀の最新空力学の賜である。
     碓氷は自ら生み出したデザインに大いなる満足を覚えた。この時、烏滸がましくも碓氷は今まで誰もなしえなかった偉業を「達成した」と感じていた。その偉業とは「ランボルギーニ・カウンタックを超えるスーパーカーを開発すること」。碓氷はカウンタックの直接の後継車であるディアブロ・ムルシエラゴ・アベンタドールのデザインに大きな不満を覚えていた。安易にカウンタックのアイコンであるシザーズドアを採用してカウンタックの後継車を気取っているだけの偽物。これらの車を碓氷はその様にしか感じていなかったのだ。チゼタV16-Tでさえ碓氷の眼には後ろが鈍重で、カッコいいけれどもデザインの洗練度でカウンタックに劣ると感じていた。
     その点、この車の洗練度は実に素晴らしいものだ。確かに、サイドスクリーンの前下がりな点はディアブロ&チゼタ的で、クォーターガラスの後方のエアインテークはミウラをイメージさせはするけれども、それを理由に「デジャブ」とは言えないだろう。カウンタックのイメージを持ちながらもカウンタックとは同じ線が一つとしてないことの方がより重要である。何しろこの車にはシザーズドアもNACAダクトもないのだ。
     果たしてこの車はカウンタックを超えただろうか?それはひとりひとりが決めることだ。但し、客観的に見て「匹敵する」とは言えるだろう。
     碓氷は早速、図面を実物大に拡大する作業に入った。そのために1階の工房の壁に、油圧式の縦2,4m、横6mに及ぶ巨大な製図台が設置されていた。
     拡大の仕方は、通常は拡大する比率に合わせて升目を描いて升目に合わせて線を引くのだが、碓氷はフリーハンドで一気に描き始めた。当然、描かれる線は異なるものになるのだが、碓氷は一向、気にしなかった。碓氷は美しい線を体に覚え込んでいるのだ。
     こうして4面図が仕上がった。猶予は1カ月だったが、ここまでやり終えるのに碓氷は1週間もかからなかった。
     さらに碓氷はクライアントから要求されてはいなかったインテリアデザインまでも考えた。やり始めたら止まらなくなってしまったのだ。碓氷は自分がデザインした車に惚れこんでしまったのだ。外観が昭和なら内装もこれまた昭和の白物家電を思わせる仕上がりであった。ただ古くなるだけでなく古くなると「味が出そう」な雰囲気がそこにはある。
     凡そ近年流行りのエルゴノミクスからは程遠い水平基調かつ左右対称形のダッシュボード。基本は水平に走る木目パネル。その上にはメーター、エアコンダクト、そして唯一21世紀を匂わせるのがセンターに埋めこまれたナビゲーションシステム。木目パネルの下にあるセンターコンソールにはナビゲーションを操作するボタンと中央にハザードボタン、エアコン用のダイヤルスイッチ、カップホルダー。最近のプロのカーデザイナーに見られる必要なボタンがどこにあるのやらよくわからないデザインとは明らかに異なる実用重視のものだ。メーターの中の配置も左右対称形。左から順番にオイル、速度、水温、燃料、タコ、電圧。左右に位置するオイルと電圧の上には、緊急時に点灯する警告灯が配置されている。
     そして最後の仕上げとして、碓氷はこのスーパーカーに「エターナル」という名前を授けた。「スーパーカーよ、永遠なれ」という意味を込めて。
     碓氷は自分の仕事に満足を覚えた。クライアントとの期限はまだ3週間以上残っていたが、少しでも早い方がいいだろうと碓氷は信子にクライアントに連絡を入れるよう告げた。信子は直ちに自動車会社に約束の仕事が完成した旨、報告した。
     自動車会社は驚きを隠さなかった。1カ月でも魅力的なデザインのアイデアを仕上げることは「容易ではない」ことを知っているからだ。
     その驚きは仕事の内容を見て更に倍加した。碓氷のデザインは確かにトレンドからは大きく逸脱していたが、俗にいう「一目惚れするデザイン」であった。そこには明らかに鬼才が認められた。しかもそれはイメージイラストではなく、すぐに制作に移行することの可能な四面図で仕上がっているのだ。
     正直、クライアントは風信子の仕事に左程の期待はしていなかった。あくまでも本社のデザインチームのアイデアが本命であり「当て馬」と考えていたのだ。
     だが、実際のデザインを見て、クライアントは当初のこうした決定を変更する必要性を感じた。明らかに碓氷のデザインしたものの方が優れていたからだ。
     その日の夜、自動車会社では緊急の重役会議が行われた。喧々諤々の意見が飛び交い、最終的に風信子のデザインが採用されることに決まったのだった。
     そしてエターナルはその年のモーターショーに出品され、ローズベイの時のように一大センセーションを巻き起こした。似たり寄ったりのショーカーの中で、エターナルは孤高のストレンジャーであった。
     デザインについては予想通り「1970年代的」との批評が多かった。外国メディアは「すぐにでも市販化が可能なほどデザインの完成度は高い」「トレンドと異なるところがかえって新鮮」など概ね高評価。それに対してニッポンのマスメディアだけは「質の低いカウンタックもどき」といった辛口・毒舌を展開していた。無論、それは想定内。ニッポンのマスメディアはニッポンの国際的影響力が下降線を描き出して以来、一貫して韓国を「目の仇」にしており、事あるごとに重箱の隅をつつくが如く非難中傷を繰り返しているのだから何ら驚くには当たらない。前下がりのサイドスクリーンが「ディアブロに似ている」ことも当然、指摘していた。
     だが、ニッポンのメディアがこのような指摘をするのは正直「身の程を弁えない振る舞い」だ。というのも、デザインの盗用は「ニッポンのお家芸」だからだ。ミラジーノ、MR-S、初代セリカ、初代パルサーなど外国車のデザインを模倣した例(前から順にMINI、ポルシェカレラGT、ギア450SS、現代ポニー)は枚挙にいとまがなく、それどころか「ニッポンが世界に誇る名車」とニッポン人の誰もが胸を張る2000GT、コスモスポーツ、初代NSXなどのスポーツカーさえも、それぞれアーノルド・ブリストル、フェラーリ410SAスーパーファストⅡ、クライスラー・イントレピッドの模倣なのだ。無論、ニッポンの自動車評論家諸氏は、そのようなことは絶対に口に出さないが。
     それはさておき、エターナルが多少、他の車と似ている点があるからといって「何だ」というのだろう?エターナルはこの先、数多くのカーデザインを手掛けるであろう碓氷にとっての「処女作」なのだ。ジュジャーロを引き継いでベルトーネのチーフデザイナーとなったガンディーニの処女作であるランボルギーニ・ミウラが多少「ジュジャーロ的」であったように、ガンディーニを尊敬する碓氷の処女作が多分に「ガンディーニ的」であることは、むしろ自然である。それは尊敬する先達のデザインを真摯に研究した成果なのだ。
     要はここからどう「飛躍するか」だ。ガンディーニがミウラから飛躍して独創性を発揮、ストラトスやカウンタックを生み出したように、碓氷もまたエターナルから飛躍することだろう。

  • つづく        





  •  碓氷とマナが遂に結婚した。
     披露宴会場は風信子本社2階のギャラリースペース。そこにテーブルを並べ、バイキングを乗せた。来賓はギター会社の社長をはじめとするクライアントと、ギター会社とエンドース契約しているミュージシャン。
     招かれた来賓はこの時、初めて碓氷の油彩画を見た。
    「こんな才能もあったのか」
     ミュージシャンの中には絵を趣味とし、たびたび個展を開催している者もいたが、碓氷の絵を目の当たりにして「マルチタレント」を気取っていた自分の驕りを恥じるのだった。
     そして翌日、マナは今までのマンションを引き払い、碓氷の自宅へと引っ越した。

    「動くな、マナ。リンゴは動かないぞ」
     碓氷がセザンヌを気取ってマナを叱りつける。
     碓氷のアトリエ。マナが先程から碓氷の前でポーズを取っていた。
    「よし。今日はここまでにしよう」
     碓氷がマナをモデルに絵を描くのは、実はこれが初めてだ。韓国に移住して以来、思った以上に仕事が忙しかったからだ。ちなみにDS19のレストアも未だに完成していない。「ふう」
     苦痛から解放されたマナの口からため息が漏れる。その後マナは肩を動かし首をグルグルと回した。
    「自殺者がビルから飛び降りて地面に落ちるまでの間に、さっさと描き終えてほしいわね」 マナも負けてない。
    「言ってくれるぜ。我が奥さんは」
     碓氷が筆を洗う。ティッシュで拭きとったあと、オドレス・ペトロールの入った壺の中に漬ける。その後、再びティッシュで拭き、鉛筆立てにぶっ刺した。
    「昼にしよう」
     ふたりでアトリエを出る。ふたりは2階へと上がった。

     翌日。
    「よーし、こんなもんだろう」
     制作は終わった。制作期間は7日。現代アートの真逆を行く写実絵画であることを思えば、この制作速度は「速い」と言えよう。下塗りのバーントアンバーに1日。その後は3回塗り重ねた。油彩画は水彩画とは正反対で、重ね塗れば塗るだけ色が鮮やかになる。
     碓氷は20年ほどかけて自身の技法を完成させた。ゴッホ風の絵画から出発した碓氷は最終的にエドゥアール・マネを思わせるスペインバロック調の作風に辿り着いたのだった。即ち「筆跡を生かした写実表現」「黒絵の具が画面を引き締める絵画」である。
     マナも見に来た。
    「まあ」
     両腕を大きく広げたマナの全身像。その腕の姿は富士山の稜線を思わせる。白いブラウスに碓氷がデザインしたピンクのジャンパースカートという出で立ち。背景は想像上の山岳風景。
     ヨーロッパでは昔より「歴史画」を絵画の最高峰とする。理由は技量だけでなく歴史の知識といった教養も必要となるからだ。ヨーロッパの人々にとって絵画とは「学問」に他ならない。しかし、その一方で、実に多くの女性像もまた描かれてきた。そして今日の我々の眼から見た時、「一流」と評される画家の代表作が歴史画でなく女性像であることは珍しくない。その頂点は言うまでもなく「ジョコンダ=モナ・リザ」だ。風景画で有名なコローでさえ、最も評価される作品といえば「真珠の女」である。女性像こそ、その画家の「技量を如実に証明する作品」なのである。聖母やヴィーナスを含め、女性像の順位がそっくりそのまま「画家の順位」と言っても過言ではない。

     21世紀は女性の世紀

     碓氷はこの絵を、そう命名した。右手に握られた地球儀を玉とする剣玉は「21世紀の地球は女性が活躍する時代である」ことを、そしてその形は女性の記号(♀)に他ならない。足元の蒲公英から綿毛が飛んで行くのは女性の活躍が世界中に広がっていくことを暗示している。

     エターナルによって一躍「スーパーカーの名手」としての名声を手に入れた碓氷のもとに韓国でも名門の工業系大学の学長がやってきた。教授として翌春から来てほしいという。担当は勿論「自動車デザイン科」。
     熟慮した結果、碓氷は招きに応じることにした。韓国語はまだ得意ではなかったが、これが逆に「上達する機会になる」と考えたのだ。
    翌春、碓氷は教壇に立った。いろいろと問題が起きると思っていたが、問題は生じなかった。学生たちはエターナルのことを良く知っていたから、碓氷に対して敬意をもって接するのだった。
     碓氷はひとつのテーマを学生たちに与えた。
    「21世紀のシトロエンDS19を作れ」
     DS19が好きな碓氷だから、これは当然ともいえるテーマだ。
     プロの自動車会社ではデザイン担当、クレイ担当、モックアップ担当といった具合に専門化が進んでいるが、碓氷はそのようなことはせず、全員にその全てを担当させた。全てに精通すれば、ひとり立ちしてフリーのデザイナーとなることもできる。
     まずはボディサイズの検討に入る。DS19の後継車ということで、DS19がいかなる車だったのかを調べる。そこから学生たちはメルセデスSクラスに匹敵するサイズである「全長5mほどの高級車」にすることを決めた。
     インテリアを皆で検討する。最終的に皆が選んだのは「落花生の殻」をイメージしたもので、DS19のイメージを重視しつつアルミパネルなどにシトロエンSMのイメージを巧みに取り込んだものだった。
     インテリアに平行してエクステリアも作業が進められた。メルセデスSクラスのライバル車としての風格が求められた。その一方で、シトロエンの伝統も盛り込む必要がある。ボディスタイルは5ドアハッチバックと決まった。トランク容量を増やすためにCピラーでショルダーラインを一段上げる。不自然なつながりにならないようにCピラーのデザインには細心の注意が払われた。
     こうしてできあがった図面に突然、碓氷が「悪戯書き」を始めた。
    「これでよし。どうだ?みんなはどう思う」
     みんなの反応は。
    「何だこれ?」
    「かわいいー」
    「おもしろーい」
    「先生って、こういう趣味なんだ」
     一体全体、碓氷は「何をやらかした」のだろう?

     その後、車は実物大モックアップとして無事に完成。大学の学園祭に展示した後、翌年のトリノモーターショーのブースに展示された(注、ソウルとトリノは一年おきの隔年開催)。屋根をホワイト、Cピラーをシルバー、ボディを高級車らしからぬメタリックピンクに塗られた大型高級セダンの実物大モックアップ作品「サンディ」は碓氷が指導したということで大きな反響をモーターショーの会場にもたらしたのだった。
     Cピラーの造形処理によるショルダーラインの高さ変更によって得られるトランク容量の拡大など、注目すべき点はいろいろあったが、人々を最も驚かせたのは何といっても「碓氷の悪戯」であった。
     碓氷は何と、タイヤのホイールの中心とフロントエンドにリボンをあしらい、さらにヘッドライトカバーを少女マンガの主人公の瞳のように星で輝かせたのだ。
     世界中のマスメディアが、こうした装飾について意見を述べていた。賛もあれば当然、否もあった。そして否の急先鋒はまたしてもニッポンのマスメディア。ニッポンのマスメディアは一様に「悪趣味」と酷評していた。
     そして中には、次のような論評もあった。
    「この大学の教授は自分のカーデザイナーとしての才能を世界中の自動車会社に売り込むために大学生たちをいいように利用している」
     これは明らかに、ニッポン人でありながら韓国のために仕事をしている碓氷に対する「不快感」から来る歪んだ論評に他ならなかった。
     この意見に対して、碓氷は断じて「承服する」ことはできなかった。というのは、風信子は既に韓国の自動車メーカーと複数年契約を結んでいたからだ。その契約が切れるまで風信子は他の自動車メーカーとの仕事はできないのだ。
     碓氷が願っていたことは部員たちが将来、社会に役立つ有為の人材となって大きく「世界に飛躍してくれる」ことであった。ニッポンの大学生は東大生を筆頭に「クイズ王」になることに夢中で、もはや地球の未来を託すことのできる存在ではない。だから碓氷は韓国の若者たちに地球の未来を託す思いで指導にあたっていたのである。                          

     碓氷はクライアントである韓国の自動車メーカーから新型小型車のデザインのアイデアを開発するよう指示を受けた。1985年にヒュンダイがエクセル&プレストを発表、北米で大ヒットを記録して以降、韓国の自動車業界は着実にその実力を高め、今や韓国は世界第4位の自動車生産大国であった。車内のデザインチームもまた同様に実力をつけてきていた。エターナルでは勝利したものの油断はできない。
    「世界に通用する小型大衆車、他車とは明らかに異なる個性を持った製品を開発して欲しい」
     これが指示の内容である。
     小型大衆車といえば、言うまでもなく「世界の小型大衆車のベンチマーク」と呼ばれる「フォルクスワーゲン・ゴルフ」が思い出される。初代は言わずもがなジョルジェット・ジュジャーロによる。更に「ルノー・スーパーサンク」はマルチェロ・ガンディーニといった具合に、錚々たるデザイナーによる名車が揃うカテゴリーだ。
     果たして碓氷は、これらに匹敵する名車を生み出すことができるのか?
     正直、自信などなかった。実際、できもしないだろう。
     とは言え、今回の依頼は全長4m以下の「Bセグメント」に属する車であるから、ある程度の「デザイン上の遊び」は許される。このクラスの車は「セカンドカー」として購入されることが多く、購入するのは主に女性ドライバーであり、彼女たちは何よりもデザインを優先するからだ。ファーストカーとしての実用性が最重要のCセグメントでは、こうはいかない。
     幾つものアイデアを没にして、碓氷はオリジナリティに溢れるデザインを完成した。それはローズベイやピナコテーカといった曲線美のエレクトリックギターを開発した経験を持つ碓氷ならではの曲線美を持った小型大衆車だった。
     先に挙げた名車、即ちゴルフ、スーパーサンクは、いずれも「直線美」の車たちだ。最初、碓氷は直線的なデザインを模索していた。大衆車といえば何よりもまず機能性を追求するべきであり、機能性といえば「直線である」からだ。しかし碓氷は気が付いた「直線美を追求していたのでは、これらの名車を超えられない」と。そこで碓氷は試しに曲線を描いてみた。鼻先からリアに向かってショルダーラインを描き、リアで上に曲げた曲線をそのままフロントウインドウに持っていく。すると、美しい形が見えてきた。
    「これだ」
     碓氷は垂直線を二本描いた。フロントドアが出来上がった。さらにタイヤと床を描く。そして最後に碓氷は、リアタイヤと屋根を結ぶ1本の曲線を描いた。
    「できた」
     紙には「かわいらしい」と表現したくなる車のプロフィールが描かれた。
     碓氷はさらに5ドアでも試してみた。描かれたラインに歪な個所はなかった。ふと街中をひょこひょこと走るひよこの姿が碓氷の頭に浮かんだ。
    「これだ。これでいこう」
     碓氷は決めた。一見すると「機能的でない・使いづらい」と思われかねない曲線美のデザインを敢えて実用的な大衆車に。「どうせ自分は当て馬だ」という開き直りが、それを可能とした面もある。
     その後、碓氷はこのデザインを基にパッケージングを詰めていった。最後まで悩んだのは5ドアのリアドアのサイドスクリーン。間にサッシを入れて前後二分割にするか、それともボディパネルに瘤を付けてリアホイールとの干渉を避けるか。
     碓氷は最終的に瘤を選択した。確かに瘤は邪魔だが、サッシはどう考えても車を「古く見せる」からだ。
     自動車メーカーの首脳陣は碓氷のデザインを高く評価した。「街中を走るひよこ」というコンセプトに興味を示したのだ。その結果、本命の社内デザインは却下され、碓氷のデザインが正式に採用されることになったのである。

     が、しかし物事は、そう簡単には進まないものだ。
     設計部門が「ホイールベースの変更」を申し出たのが事の発端だった。
     当初のホイールベースの長さは2400mmだった。実際、碓氷はそれで設計を行った。 ところが、設計部はホイールベースを200mm長くすることに決めた。ようするに「セグメントの変更」である。最初はBセグメントで開発する予定だったものをCセグメントで行くことにしたのだ。
     このセグメント変更は何を意味しているのだろう?碓氷のデザインを見て「これならCセグメントでも戦える」という判断か?或いは同じ職場の仲間のアイデアを差し置いて外部のデザイナーを起用することに対する反発か?いずれにしても「デザインのやり直し」が必要であった。
     2400mmのホールベースが2600mmになる。車を知らない人であれば「どうということはない」と思うかもしれないが、この差は実に大きい。
     フェラーリ・ディノ308GT4という車がある。鬼才・ガンディーニが設計した車だが正直、カーマニアの間での評判はよろしくない。というのも当初の設計よりもホイールベースが50mm短くされたからだ。その結果、フロントスクリーンが立ち上がり、スーパーカーというよりも普通乗用車のようなスタイルになってしまったのだ。
     このように僅か50mm違うだけでも車の印象はがらりと変わる。それが今回は200mmだ。そのままボディの中央を延ばせば「鈍重」になることは明白だった。
     碓氷はなるべく鈍重にならないよう細心の注意を払いつつ細部を変更していった。
    「これで行こう」
     正直、ボディが大型化したことで「街中を走るひよこ」というイメージが薄れたことは否めない。だが、もはやこれしかなかった。開発の期限は迫っている。
     ホイールベースが延びたことは、しかしながら悪影響ばかりではなかった。3ドアについては、当初は嵌め殺しであったリアクォーターウインドウが下に降ろせるようになり、5ドアのリアスクリーン下部の瘤も小さくすることができた。
     碓氷はこの図面を持ってクライアントを訪れた。結局、これが量産化されることになったのである。
     難産の末に碓氷の開発した小型大衆車は、まず手始めにヨーロッパに登場した。するとどうだろう。瞬く間に「大ヒット」を記録したのである。
    次にインド市場に投入。これまた大ヒット。
    「街中を走るひよこ」というコンセプトをそのままイメージしたCM戦術もあって、とにかく「売れた」。売れまくったのだ。無論、中国市場でも大ヒットを記録。
     ニッポンは?
     ニッポンでは販売されなかった。ニッポン人が「丸っこい車を好まない」ことは過去のデータから明らかであったからだ。世界中でヒットした車が「ニッポンでだけ売れない」ということは珍しいことではない。例えばヨーロッパでは人気の、お尻がなだらかに下がる「5ドアハッチバックセダン」はニッポンではさっぱり売れない。路上のポイ捨てごみを「あって当たり前」と感じるなど、ニッポン人の美意識は「どこか違う」のだ。
     そして何よりもこの時期、自動車業界に限らず、韓国ではあらゆる業種がニッポンとの経済取引を削減する「脱日」へと大きく舵を切っていたのである。いつまでたっても戦前の軍国主義を賛美するニッポン人の粘着質のようにネチネチとした「しつっこさ」に韓国の人々は「愛想が尽きてしまった」のだ。
     既に韓国では「仲良くするなら、ニッポンよりも中国がいい」という考えが広まりはじめていた。市場はニッポンよりも遥かにデカイし、何よりも「価値観」が共通していたからだ。「勝てば官軍、負ければ賊軍」の武士道精神を尊ぶニッポン人に対し「正義は勝ち負けとは全く関係がない不変のものである」と考える王道精神を重んじる中国人の方が「信義」を尊び「風見鶏」を嫌う生真面目な韓国人の気質に合致していたのだ。ニッポン人は権力を手中に収めたことを理由に平清盛や足利尊氏を「英雄・偉人」と讃えるが、韓国や中国の人々にはこうしたニッポン人の感覚は到底「理解しがたい」であろう。というのも『三国志』で言えば曹操を英雄・偉人として讃え、劉備や諸葛亮を「逆賊」と罵る様なものだからだ。こうしたことを思う時、韓国や中国がニッポンと仲良くすることは「非常に難しい」と結論する以外にはないのである。
            
  •                                   
    つづく        





  •  風信子本社。
     信子とマナが碓氷の話で沸いていた。
    「碓氷君のHって、そんなに激しいの?」
    「というか、Hの時だけ言葉づかいがとっても荒っぽくなるんです。さすがに手錠や鞭や蝋燭はありませんが、ほとんど『SM状態』なんです」
    「で、マナちゃんはどうなの?」
    「優しくしてほしいです。確かに激しいのは『気持ちいい』ですけど」
    「なら、いいじゃないの」
    「そうでしょうか」
    「50歳にもなって毎晩、激しいSEXができる男なんてサイコーじゃない。むしろ私は心配していたのよ。オジン相手に『夜が退屈なんじゃないか』って」
    「社長!」
     表で車のエンジン音がする。碓氷がやってきたのだ。信子とマナは表に出た。
    「碓氷君、やっとできたのね?」
     今日の碓氷が乗ってきた車はDS19。まるで新車のようにピカピカだ。
    「やっと完成しましたよ」
     碓氷の顔は喜びに溢れていた。普段はあまり見せない子どもの様な無邪気な顔。
    「この車のマッシュルーム(ブレーキペダルの愛称。DS19のブレーキペダルは円形で床から生えている)は制動力が凄いから、運転が大変です」
    「碓氷君、碓氷君」
    「なんです、社長?」
    「私は是非とも碓氷君には『SM』に乗っていただきたいと思うわ」
    「無理です」
    「どうして?」
    「値段が高すぎます。SMはマセラティのエンジンを積んだスーパーカーです。自分にはとても買えませんよ」
     碓氷は信子の言葉を「真剣」に受け取っていた。単なるジョークなのに。
    「それは残念ね」
    「確かに『一度は乗ってみたい車』ですけどね」

     ひよこカーのデザインに最終的にゴーサインが出て半年後。
     碓氷のもとに新型車のプロポーザルを提出するように依頼が来た。しかも、今回はミニバンと軽乗用車の二台。
     碓氷は直ちにデザイン作業に入った。
     だが、今回はなかなか作業が進まなかった。その理由は碓氷が「ミニバン嫌い」だからである。
     車高が高く、操縦性がすこぶる悪い。その癖に着座位置が高く、路上からの目線が高いために体感速度が低く、アクセルを深く踏みがちになる。ミニバンは本質的に「速度超過による事故を起こしやすい車」なのだ。
     他にも、四角い箱型ゆえにボディ剛性の確保が難しい、ボディが大柄であるため前を走る車に対する後ろからの圧迫感が強い、歩行者をはじめとする路上の障害物を視認しにくい(床に落ちた画鋲は目線を下げて捜すのと同じ原理)などなど、マイナス面をあげればきりがない。
     それでもどうにか碓氷はデザインを完成させた。
     碓氷はボディの大きさを全長4700mm、全幅1690mmの通称5ナンバーサイズに設定した。先程、碓氷は「ミニバンが嫌い」と書いたが、中でもニッポン製の上級ミニバンが嫌いであった。とにかくボディが大きく、さらにフロントグリルが妙に厳つく、見るからに「自分は偉い、他人はバカ」といった威圧的な雰囲気を周囲に撒き散らしており、碓氷には断じて我慢がならなかった。但し車内の快適性を考慮して、車高だけは1800mmオーバーとした。
     Aピラーを立ててダッシュボードの奥行きを短くした。そして、ボディ剛性の確保からCピラーを太くした。太いCピラーを隠すためにCピラーにはシルバーの加飾を施した。
     そして、重要な装飾が鼻先に施された。本来であればエンブレムが装着されるべきボンネットの上に、碓氷は何と「鶏冠」を取り付けたのだ。赤いゴム製のそれは運転席からは決して見ることのできない先端の位置をドライバーに知らせる役目を負うとともに、先に開発した小型大衆車が「ひよこ」であることの対比でもある。つまり、このミニバンは「親鳥」というわけだ。
     座席配置にも独自の趣向を凝らした。たとえばニッポンのミニバンの場合、8人乗車であれば、フロント、ミドル、リアの順番に2・3・3、7人乗りの場合は2・2・3の座席配置を採用するが、碓氷は3・2・3の8人乗りとした。これはミドルの座席を高級仕様にしながらも8人乗りを可能とするための座席配置に他ならない。この座席配置を可能とするためATレバーは存在せず、ダッシュボード上にギアチェンジのためのボタンを採用した。 あと、ドアノブ。碓氷はドアノブをドアのかなり低い位置に設置した。
     ドアノブには大きく二種類の形がある。ひとつは下から指を突っ込むプレートタイプ。もうひとつは上からも下からも握ることのできるグリップタイプ。
     近年はグリップタイプが主流だ。上からも下からも握れるため、車高の低い車にも車高の高い車にも同じ部品を使用することができるからだ。だが碓氷は前者を好む。グリップタイプではドアノブを引っ張った状態のままドアを閉めるのが困難だからだ。つまりグリップタイプだと、ドアを閉める作業によってドアをロックできないため、いちいちキーでドアをロックする作業が必要となるのだ。また、グリップタイプはプレートタイプよりも突出が多く、空力的にも「不利」とされている。
     下から指を突っ込むプレートタイプは、車高の高いミニバンには向かない。高い位置のドアノブに指を下から突っ込むのは動作として「不自然」である。だから碓氷はドアノブを一般的なセダンと同じ高さの位置に取り付けたのだ。
     早速、実物大モックアップが製作され社内品評会が行われた。反応はまずまず。ショーカーでの欠点は全て改善され、かなり「普通のミニバンらしく」なったけれどもオリジナリティも確保されていた。
     但し、碓氷が苦心したドアノブにはクレームが付いた。結局、ドアノブはグリップタイプのものが通常の位置に取り付けられることになった。碓氷としては誠に残念な結果であったが、いたしかたない。
     その後、実走可能な試作車によるテストが行われた。そこでは太いCピラーがボディ剛性の確保に有効であることが立証された。ニッポン製ミニバンでは、すぐにボディが撓み、天井の内装が落下することも珍しくないが、試作車ではそのような兆候は全く見られなかった。

     同時進行でデザインされた軽自動車は碓氷を梃子摺らせた。
     およそ軽自動車ほど「パッケージングの制約の多い車」はない。室内の広さを確保するための手法は限定されている。すなわち「車内高を上げ」て「シートを上げ」、やや立ち気味に座らせることによって足元の広さを確保しつつ、前後長を短くする。即ちニッポンのハイト系軽自動車が既にやっている手法だ。
     となると、デザインによる「オリジナリティの確立」が非常に重要となるわけである。基本的なスタイルそのものは、ほとんど一緒なわけだから。
    「うーむ」
     ミニバンの場合には「ひよこの親鳥」というコンセプトがあったから、デザインは比較的スムーズに進んだ。しかし今回は、もはやその手は使えない。別のコンセプトを考える必要に迫られた。
     そこで碓氷は、軽自動車は「犬」をモチーフにすることにした。「犬がお尻を振って歩いている姿」だ。
     最初に碓氷がデザインしたのはフロントに取り付ける「エンブレム」である。   

     犬の鼻

     おにぎりを逆さまにしたような形の犬の鼻。これにクロームメッキを施して、車のフロントに取り付ける。まさに「犬」である。
    さらに碓氷は、軽自動車のネーミングも決めた。

     カーペット

     床に敷く絨毯のことではなく「車のペット」でカーペットだ。
     ここまでくると俄然、乗ってきた。魅力的なエンブレムに名前。碓氷は、この車のデザインは絶対に「いいものにしてやる」と意気込んだ。
    エンブレムの似合うフロントデザインが仕上がり、犬の後ろ姿を思わせるリアデザインが完成。サイドにはサンディのCピラーで見せたショルダーラインを変更するアイデアがBピラーに用いられた。その結果、違和感なくリアドアのショルダーラインを一段高くすることができた。これは外形からも「リアシートの高さがフロントシートよりも一段高いこと」を示すアイコンである。
     フロントのヘッドライトは左右の端、前輪の真上に位置し、ヘッドライトの下はバンパーというよりも、クラシックカーのフロントカウルといった方がいいデザイン。
     リアは台形フォルムを誇張するために、ハッチバックドアのみ巾着袋のように上を絞っている。碓氷はこうした言い方は好まないが「達磨型」。当然、下は膨らんで見え、それが犬のお尻をイメージさせるのに役立っているのだった。
     こちらもミニバン同様、首脳陣の承認を得た。
     かくして半年後、碓氷デザインによる新型ミニバンと軽自動車が正式に発表された。ちなみに生産は1年後である。
     発表された場所が驚きである。何と東京モーターショー。「ニッポンでは販売予定なし」「韓国国内専用車」のはずなのに何でまた?まさに「敵前上陸」もいいところだ。
     ともあれ碓氷は自らの作品とともに、3年ぶりに故郷・ニッポンの地を踏んだのである。

     3年ぶりに碓氷は「ポイ捨てゴミの山」を見た。韓国の路上には、そのようなものは存在しないからだ。
    「相変わらず、きったない国だな」
     空き缶に空きペットボトル。おにぎりや菓子パンを包んでいたビニール袋。それに犬の糞といった具合に、ニッポンの路上には実に多くのポイ捨てゴミが散乱していた。
     ニッポン人と韓国人とでは、もとより「愛国心」の中身が全く異なっている。韓国人のそれは「国土や自然」を大切にすることだが、ニッポン人のそれは「国の威信や名誉」を自慢すること。だからニッポン人にとっては自分が暮らすまちや自然がどんなにゴミによって汚れて無様な姿を晒していようが、そんなことはどうだっていいのだ。
     煙草をふかした女性が自転車をこぎながら近づいてくる。ちょうど吸い終わったのだろう。碓氷の目の前で吸い殻をポイッと路上に投げ捨てると、そのまま走り去っていった。碓氷はよくもまあこんな汚い国に住んでいられたものだと思った。
     やがて碓氷は会場となる東京ビッグサイトに到着した。かつては日本コンベンションセンターにおいて開催されていた東京モーターショーも、若者の「車離れ」を反映して近年では建物の規模の小さいビッグサイトを会場とする。その昔、晴海埠頭で開催されていたのに戻った感じだ。バブル全盛の時代に2兆円もかけて建設されたコンベンションセンターも、もはや使用されない日の方が多い。
     碓氷は会場がまだ晴海埠頭だった時のことをよく覚えていた。亀の甲羅の中にいるような丸いドームの中にひしめく自動車たち。あの頃は良かった。当時はまだ幼い子供にすぎなかった碓氷は当然ながら「ニッポンの政治の醜さ」など知りもしなかった。あの頃の碓氷の頭の中には夢や希望だけが存在していた。
     それが今ではどうだ。この国には、もはや夢、希望など、どこにもありはしない。若者たちは「いつ首相は憲法を改悪して中国大陸への侵略戦争を開始するのか?」そして「いつ自分は徴兵され中国大陸に送り込まれるのか?」といった不安の中を美食グルメやスマホゲームやクイズといった目先の娯楽によって紛らわしながら、その日その日をただ虚無的に生きていた。
     会場に到着して、パンフレットを見る。その内容に碓氷は唖然とした。
    「話には聞いてはいたが、本当だったんだな」
     今回の東京モーターショーには、アメリカ、イギリス、イタリアの自動車メーカーは一社もブースを設けていなかった。即ちシボレーもキャデラックも、フォードもリンカーンも、ジャガーもアストンマーチンも、ローバーもロールスロイスも、アルファロメオもフィアットも、そしてフェラーリやランボルギーニさえも、ここには存在しなかったのだ。
    「ここまで堕ちぶれるとは、いやはや、おっどろきだ」
     これもひとえに国防強化と憲法改正に執拗に固執する総理大臣の「理性的判断の欠如」が招いた結果である。これらの海外メーカーの眼には、もはや「ニッポンは終わった」「ニッポンは市場にあらず」と映っているのだ。
     今回、韓国メーカーが東京モーターショーに出展した理由が朧気ながらわかってきた。あまりにも参加企業が少なく、内容が貧弱なので、ニッポン側から「参加してくれ」と懇願されたのに違いない。やれやれだ。
     韓国メーカーのブースに到着した碓氷を待ち受けていたのは海外のモータージャーナリストたちだった。わざわざ「海外の」と書いたのは、その中にニッポンのジャーナリストがひとりもいなかったからだ。
     碓氷は自分に対する状況に「変化が生じた」ことを察知した。
     韓国に移住してから今まで、碓氷に対してニッポンのマスコミは一貫して「非難中傷」を浴びせてきた。それが今回からは「無視」へと変わったのだ。こうした変化は碓氷の作品がいくつも登場するようになり、それらを実際に見た人々の中からマスコミの非難中傷に「同調しない人々」が出始めてきたことを示唆していた。質の高い作品をいくら声高に非難してみたところで反対者が出てくるだけだと理解したニッポンのマスコミは「それならば作品そのものの存在を隠すまでだ」と、だんまりを決め込むことにしたのだ。歴史歪曲同様、ニッポンの得意芸である「隠蔽」というわけだ。
     まあ、そんな事情はどうだっていい。五月蠅いニッポンのマスコミがいないのは有難い限りだ。碓氷は快く海外のジャーナリストたちのインタビューに応じるのだった。海外のマスメディアはニッポンのそれよりも遥かに良識を備えているから、碓氷も話していて楽しい。
     その後、碓氷は東京モーターショーの主催者によるディナーパーティーに出席した。
     だが、碓氷はすぐに退席してしまった。
     理由?それはディナーのメニューにあった。韓国ではとっくの昔(1986年)に全面禁止になっていた「鯨の肉」が使われていたからだ。
    「未だにニッポン人は鯨を食べているのか!」
     これにはアメリカをはじめとする海外の来賓たちからも「不満の声」が上がった。碓氷は彼らとともにこの場を退席したのだった。
     ニッポンは執拗に調査捕鯨を行っていた。調査で鯨を殺す必要はない。実際は調査に名を借りた商業捕鯨に他ならなかった。それは現在の総理大臣の地元がニッポン最大の捕鯨基地のある場所で、要するに「自分の有権者の利益を優先する政策」である。
     ともあれ、ニッポン民族ほど「自然を愛さない民族」は世界的にも珍しい。こうしたニッポン人の特性は勿論、昨日、今日始まったものではなく「ニッポン古来の伝統」であるから非常に始末が悪い。神社や祠の存在はニッポン人が古の時代から自然を「人間の手でコントロールするべき対象」と捉えていた証である。これはニッポンが台風や地震や噴火といった自然災害の多い国であることによるものである。
     事実ニッポンでは、たとえば海洋権益を護るために沖ノ鳥島を鉄とコンクリートでできた牢獄に閉じ込めて周囲のサンゴ礁を平気で破壊したり、リニア新幹線建設によってライチョウの繁殖地である南アルプスの環境を悪化させておいて、その代わりとして人工孵化によって繁殖させようなどという発想も、いかにもニッポン人らしいものだ。
     碓氷は一刻も早く韓国に戻りたかった。まだニッポンに来て10時間にもならないのに、韓国が懐かしくてたまらない。碓氷はもはや自分が「ニッポン人ではない」ということをはっきりと悟った。碓氷の眼に映るものの全てがここでは醜く、汚かった。街の明かりも、人々の言動も、何もかも。走っている車のドライバーの運転マナーからして最悪だ。自分がいない間にますます「片手12時ハンドル」をするドライバーが増えている。まともにハンドルを握ることさえ「面倒だ」というのなら車など運転しなけりゃいいのに。まあ、こういう連中は車が好きだからではなくて「歩くのが面倒」だから車を運転しているにすぎないのだろう。メーカーとすればニッポン人である碓氷に対し「たまには故国へ戻って和食でも食べてこい」といった感じの労いだったのだろうが、はっきり言って迷惑な話でしかなかった。滞在は3日間の予定だったにもかかわらず碓氷は荷物を取りにホテルへ戻ると、その場でチェックアウト。急いで24時間空港の羽田へと向かうのだった。

     韓国に帰国した碓氷は翌日、信子とマナを食事に誘った。
    「ここがいい」
     碓氷が選んだのは韓国でも人気の某焼肉店。全羅道の肉は言うまでもなく「世界で最も美味い肉」で、しかもニッポンの和牛のような「高級肉」ではない安価に楽しむことのできる「庶民の味」である。
     センカルビ、センドゥンシム(ロース)といった肉が次々と運ばれてくる。それらを目の前で網焼きする。これらは信子とマナの注文品。
     それらの牛肉よりも、碓氷はむしろ豚の方が好きだ。碓氷が注文したハンジョンサル(トロ)もやってきた。
    「ああ、うめえ」
     美食通ではない碓氷が今日は珍しく美食通を気取る。予定を早めての帰国といい、ふたりは「ニッポンで何かあった」ことを察知した。
    「これだけ美味いものがあれば、他のものなど別に食べる必要などないではないか」
     さらに碓氷は。
    「人類が『調理法』を次々と生み出し、食材をより『美味しくする』のは何のためだ?限られた食材で沢山の味を生み出すことで保護すべき生き物を保護するためではないのか?何でもかんでも『食べたい』のであるならば、調理法なんか考え出す必要もない。本当のグルメとは手軽な食材を美味しく調理することだ」
     やはり何かあったのだ。ふたりは互いに見合ったあと碓氷の顔をじっと眺めた。
     その時、突然マナが手で口を押さえた。
    「ううう」
     マナは急いで洗面所へと駆けこんだ。
     暫くしてマナが戻ってきた。
    「大丈夫か?」
    「ええ。日頃、食べ慣れないものだから、体が拒絶反応でも起こしたのかしら?」
     だが、再びマナが調子を崩す。結局、マナは碓氷によって病院へと運ばれるのだった。

     診察室前。
     碓氷が診察の結果を待つ。信子は診察室に入っていた。
     診察室の扉が開く。中から信子が碓氷を呼んだ。
     診察室の中に入った碓氷は医師から「驚愕の事実」を知らされた。
    「4か月ですな」
     マナは何と身籠っていたのだった。



  •  1月のカリフォルニア。
    「今年、わが社が新たにラインナップに加える新製品は『ザ・パグ』であります」
     パグとは「胡坐」のこと。シタールのように胡坐をかいても演奏できるギターという意味で、お尻の部分が突出しているのがデザイン上の特徴。だが、この名前にはもうひとつの由来があり、名機レス・ポールモデルの母体となった「ザ・ログ」に引っ掛けているのだ。そのことから推察されるように、このギターはレス・ポールモデルの直接のライバルとなるギターだ。ローズベイで自信を得たメーカーが放つ正真正銘の「スタンダードモデル」だ。デザインは勿論、風信子。
     手で抱えながら演奏する弦楽器には大きく「瓢箪型」と「洋梨型」の二種類がある。ザ・パグは洋梨型を採用。言うまでもなく世界のエレクトリックギターの基準となっているレス・ポールやストラトキャスターはいずれも瓢箪型であり、意識的に避けたのだ。ヘッドシェイプは「オニオン型」で、ペグはヘッドのシェイプを生かすためにバンジョータイプを採用。
     メーカーの意気込みの凄まじさはエレクトリックギターだけでなく同じシェイプのアコースティックギターも同時に発表したことでわかる。アコースティックギターのブリッジには葉っぱがあしらわれ、指板のインレイも公孫樹である。
     アコースティックギターは「クラフトマンからの強い要求」によるものである。腕に自信のあるギタークラフトマンにとってはNCルーターでボディを切り出すエレクトリックギターでは「物足りない」ということだ。
     碓氷が当初デザインしたアコースティックギターでは、実はブリッジに将棋に駒があしらわれ、指板のインレイは五角形、そしてサウンドホールは何と「成り歩」を意味する「と」に似た文字だった。
     だが、これはさすがに「アバンギャルドに過ぎる」として却下されたのだった。

    「こんにちは」
     碓氷はマナの実家を訪問した。お腹の大きいマナは出産に備えて実家に戻っていたのだ。あとひと月ほどで碓氷は「父親」になる。
    「いらっしゃい」
     マナの母親が碓氷を出迎えた。マナ同様、背が低い。体型はマナとは違い小太りだ。
    「お母さん、こんにちは。マナはどうしていますか?」
     碓氷は居間に通された。やがてマナがやってきた。
    「大丈夫のようだな?」
    「ええ。もうすぐ、生まれるわ」
     マナが自分のお腹を擦る。マタニティドレスを着たマナの姿を見た碓氷は思わず性的興奮を覚えた。当然だ。もう何か月も碓氷はマナとHをしていないのだ。
    「早く生まれてこい」
     碓氷はマナのお腹に向かってそう言った。マナは碓氷の言葉を素直に「子どもに対する愛情」と受け取った。碓氷の性的欲望からの発言だなどとは思いもよらない。
    「結局、最後まで分からずじまいだ」
     わからずじまいというのは、生まれてくる子供の性別のことだ。碓氷もマナも調べなかったのだ。
    「名前は、考えたの?」
    「いや、まだだ。いいのが思いつかなくてな」
    「自分がデザインした製品には、すぐに名前をつけるくせに」
     マナはそう言って碓氷を皮肉った。
     お母さんがキムチを持ってやってきた。
    「どうぞ、召しあがれ」
     碓氷はお茶菓子代わりにキムチを食べ始めた。韓国ではどこでも自宅でキムチを漬ける。各家庭に「独自のレシピ」がある。そして勿論、店で売っているキムチも買う。
    「これは、いつものとは味が違いますね?」
    「わかる?これはね、お隣さんが今朝、持ってきてくれたものなのよ」
     韓国では自分の家で漬けたキムチを近所に渡すことも珍しくない。
     その後も碓氷とマナは居間で、もろもろの話をして楽しんだ。
    「それじゃあ、もうそろそろ戻るよ」
     碓氷はそう言うと、マナに接吻した。
    「もうすぐよ」
    「ああ。楽しみにしている」
     碓氷はマナの実家を後にした。

     それから20日ほど後。
     マナの実家からマナが産気づいたと報告があった。碓氷は急いでマナの実家へと向かった。
     碓氷が実家の玄関に到着すると、奥から既に赤ん坊の泣く声が聞こえていた。碓氷がマナのいる部屋に入ると、赤ん坊がちょうど産婆さんの手で、盥のお湯の中で体を洗われているところだった。
    「マナ!」
     碓氷は横たわるマナの傍に寄った。
    「マナ。よくやった」
     マナがにこっと微笑んだ。
     その後、碓氷は産婆さんから赤ん坊を受け取った。
    「男の子ですよ」
     赤ん坊は男だった。自分に似ているのかどうかはわからないが、酷いサル顔だ。しかし、そんなことはどうでもよかった。碓氷は自分が父親になったことを素直に喜んだ。そして当然、マナとHができることも。
     マナの体調が元通りになると碓氷は早速、マナと毎晩、合体した。マナが性交時に見せる「羞恥と快感」との鬩ぎ合いを隠すことなく、まるで初体験であるかのようにあどけなく悶える姿は、いつ見てもサイコーである。彼女の童顔は彼女の羞恥の仕草と相まって、まさに女子高校生とプレイしている気分にさせられ、ついつい興奮しすぎてしまう。
    「ほらほら、気持ちいいか、気持ちいいのか?」
     今までのストレスを一気に発散するかのごとく碓氷は自分の腰を激しく突き動かすのだった。で結局、どうなったか。またしてもマナは妊娠してしまった。出産数カ月にして碓氷はまたしてもHを我慢する生活に逆戻りしてしまうのだった。

     風信子のポストに一通の封書が入っていた。差出人は韓国建設省。
     韓国では現在、首都機能のソウルからの移転が漸次、行われていた。今後、首都になるであろう新しい土地に首都に相応しい美術館を建設することになり、そのデザインコンペを行う旨を記した、要は案内状である。
     それにしても、なぜ、このようなものが風信子に?どうやら官庁の役人が風信子を、建築デザインを行う会社と勘違いしたようだ。電話帳等には単に「デザイン会社」とだけ謳っていたので。
    「どうする?碓氷君」
     信子がこういう言葉づかいをするときは「やってみなさい」という意味に他ならない。
     間違いだろうと何だろうと、向こうから来たのだ。やってやろうではないか。

     碓氷は自宅の居間で炬燵に入り、蜜柑を頬張っていた。はてさて、どのようなものを造ったらいいのやら。
     大通りに隣接する150m×300mの広大な土地。地下駐車場というのはやはり使い勝手が不便であるので土地の半分は屋外駐車場に充てるとして、残りに何を建てるのか?周辺は高級住宅街となる予定であり、あまり高いものは建てられない。高くするならば北面の屋根は斜めにカットする必要がある。
     碓氷は画家であり、学生時代に学芸員資格を取得しているので、美術館に必要な設備については精通していた。即ち「収集」「保存」「調査・研究」「教育・普及」。これら四つの活動が円滑に行えるように設計する必要があるということ。職員用の事務所や収蔵庫などは誰もが思いつくだろうが、他にも収蔵品消毒室、収蔵品修復室、搬入出用梱包室、搬入エレベータ、消火用ガス貯蔵室など美術館には実に多くの設備が必要である。
     また碓氷はデザイナーであるから当然、建築の様式についてもひと通り学習しており、さすがに明治時代の東京の街並みを彩ったサーヴェイヤーたちのような「お粗末な代物」は作らないだろうが、バロック様式の宮殿建築やビクトリア様式の赤煉瓦といったアイデアは端から考えてはいなかった。というのは現在の東京で明治・大正時代に建てられた洋風建造物が「浮いて見える存在」であることを嫌というほど知っていたからだ。擬洋風や帝冠式などは論外。鉄とガラスの建物が立ち並ぶ現代の都市景観の中では、やはり同様の素材を用いるのが正しい。
     それに一目で「美術館」とわかる記号性も重要だ。カーデザインにおいて外観と構造が一致していなくてはならないように建築においても「外観と機能」が融合していなくてはならない。
     その点において碓氷は新宿の東京都庁舎やお台場の某テレビ局社屋のデザインを全く評価していない。前者はゴシック聖堂をモチーフとし、後者はプラネタリウムを設置する科学博物館のようだからだ。特にゴシック聖堂をモチーフにするなど「キリスト教国ではない国」のすることではないだろう。
     そもそもニッポン人は建築に関して実に無頓着だ。三重県には安土状の外観をそっくりまねたレジャー施設が存在するが、これは海外では到底考えられない「暴挙」だ。考古学的調査に基づく復元とは本質的に異なるものを海外の人々は断じて許さない。こんなことがまかり通るニッポンだから、ニッポンの都市景観は「出鱈目」なのだ。ニッポン人は本質的に自分が気に入ったものがあると「そのアイデア頂き!」という短絡志向の民族であり、そうした性癖が最も端的に表れているのが、中華料理だろうが韓国料理だろうが「これは和食だ!」と豪語するニッポンの乱れた食文化とニッポンの乱れた都市景観なのだ。
    「そうだ」
     碓氷は傍らに置かれたコピー用紙とシャープペンシルを手繰り寄せると、炬燵の中で一枚のスケッチを描いた。
     コピー用紙とシャープペンシル。これが日頃、碓氷がアイデアを書き留めるためのツールである。コピー用紙ならばホームセンターでいくらでも安く手に入れられるから、碓氷はいつでもさっと取り出せるように職場でも家でも山と積んであるのだ。実際、500枚のコピー用紙など、数カ月で無くなってしまう。
    「なかなか悪くない」
     碓氷がコピー用紙に描いたアイデアをひとことで言うならば、それは「巨大な炬燵」だ。自分が今入っている炬燵をそっくりそのまま建物のデザインにしようというのだ。
     炬燵がモチーフだから、基本的なスタイルは台形。炬燵の布団の部分がハーフミラーとなっており、テーブルにあたる屋上には炬燵に付き物の蜜柑を載せる。3つある蜜柑のうちのふたつは屋上に通じる階段の出入り口で、残りの蜜柑は浄化槽。屋上は1辺が80mの正方形で1階は1辺が140mの正方形。台形フォルムは近隣の日照問題を解決。遠方から見た時のフォルムはまるで浅間山の様にどっしりとしている。
     7階建て。高さは52m。蜜柑まで入れると58mになる。20階建てマンションくらいの高さだ。布団に該当する6階までは1階から5階が展示室で6階がレストランとミュージアムショップ。テーブルに該当する最上階の7階は機械室。機械室やレストランを上部に配置するは万一の火災に備えるため。事務室や収蔵庫といった職員しか入れない空間は地下に設置。建物は大きいのに展示スペースが狭い美術館は少なくないが、やはり来館者の満足度を上げるには建物と展示室の大きさには差がない方がいい。来館者は建物の大きさからある程度、展示品の数を勝手に推測してしまうものであり「何だ、これっぽっちしかないのか」と思われるのは最悪である。
     内部で目立つ特徴としては建物の中にエスカレータが設置されていないことが挙げられる。
     車椅子や杖などを利用する足の悪い人は階の移動にエレベータを使用し、エスカレータは使用しない。エスカレータはバリアフリーではなくバリアである。それに現実問題としてエスカレータを利用する人の多くがエスカレータの上を「歩く」。仮に体重60kgの男性が10人歩くならば、エスカレータを駆動するチェーンにかかる負担は瞬間的には1tを超える。「故障する」のは当然だ。おまけにエスカレータを駆動するモーターは電気を大量に喰う。メタボリックシンドロームの予防という医学上の理由からも、日頃から階段を積極的に利用することが望ましい。
     ということで碓氷はエスカレータを「不要のもの」と判断、階段とエレベータのみとしたのだ。
     建物の外観はもとより、こうした「建築の専門家が考えもしないアイデア」を投入したことが評価され、碓氷のアイデアが採用と決まった。
     「専門家ではない」ことこそが独創的なアイデアを生み出す重要な原動力となる。専門家は専門知識の豊富さに驕り高ぶり、専門知識という型枠に嵌められて、総じて型通りのものを造りたがるものだ。
     碓氷は今でこそギターデザイナーのエキスパートであり、アパレルデザインのオーソリティだが、いずれも「独学」である。独学であるが故に既成の型にはまらないアイデアを次々と生み出し、それ故に見慣れたものを好む保守民族の国であるニッポンでは全く評価されず、独創性を尊ぶ韓国で評価を勝ち得たのである。
     さて、碓氷のアイデアが採用されたとは言っても、碓氷はプロの建築設計士ではない。当然、建築士の資格など持ってはいない。ということで碓氷のアイデアを基にプロの建築設計事務所が図面を描き上げることになった。
     碓氷はその設計事務所に何度も足を運んだ。イメージイラストを他人に託して図面におこしてもらう場合、大抵「イメージと違うものに仕上がる」からだ。それを最小限にとどめるには細かい指導を自ら行う必要がある。
     たとえば外壁となるハーフミラーの傾斜角などは、その最たるもので、少しでも変われば建物そのものの印象ががらりと変わってしまう。碓氷は執拗にチェックを加えるのだった。 また碓氷は韓国の芸術文化を監督する官庁へも足を運んだ。というよりも建物の設計者という立場上、足を運ばなければならなかった。
     省の建物の中で碓氷は新美術館の今後のスケジュールの書かれた書類を渡された。それによると、どうやら既に開館後、向こう3年間のスケジュールが組まれているようだ。
    「8月だけ何もありませんね?」
     碓氷はいぶかしく思った。8月といえば夏休み。美術館とすれば「稼ぎ時」だろうに。
    「それには理由がある」
     官僚のひとりが碓氷にその理由を説明した。
    「8月は毎年『アジア芸術文化祭』を開催する」
     アジア芸術文化祭?
    「アジアということは・・・」
    「そう。アジア中の芸術家を集めた大芸術祭だ」
     アジアのアイデンティティを問い直すための芸術祭か。碓氷は「ニッポン自慢」に明け暮れ、他のアジアの国々の文化を蔑視するニッポンの首相とは「大違いだ」と思った。
     なるほど。そのための美術館なのか。
     そこは韓国。ニッポンのように「カネが余っているから建物でも建てようか」などという感覚ではないのだ。やはり、ちゃんとした理由があったのだ。
    「韓国は今、まさに『アジアのリーダー国』としての自覚に立脚した政策を次々と打ち出そうとしている」
    「確かに、そのようですね」
     韓国は「和食を世界に広めよう」とか「ニッポンのマンガ・アニメ文化を世界中に広めよう」といったお国自慢に夢中のニッポンとは全く正反対の道を進もうとしていた。アジア全体の利益を考え、アジアの全ての国々の文化を尊重する道を。それはニッポンが忌まわしき「日韓併合」を強行した時、初代朝鮮王・壇君の存在を否定して神道を強制したり、ハングル文字の使用を禁止するなど韓国独自の文化をことごとく闇へ葬り去ろうとしたのとは文字通り正反対の道だ。
    「この芸術祭はアジアのあらゆる地域の芸術文化を再発見するための絶好の機会となるであろう。無論、戦前のニッポンによる同化政策によって滅ぼされてしまったアジア各地の文化を発掘することも重要な目的のひとつだ」
    「私を呼んだ理由は?」
     碓氷は既に「話に乗る」ことを決めていた。碓氷は故に「自分の役割」について早く知りたかったのだった。それにしても、ニッポン人である碓氷の前で堂々とこのような話をするとは。それだけ碓氷は「信用されている」のだ。韓国の人々にとって碓氷はもはや完璧に「韓国の同胞」なのだ。
    「きみには第一回芸術文化祭の特別ゲストとして作品を100点ほど出品してもらいたい。きみが優れたデザイナーであるだけでなく優れた画家であることを私たちは知っているのだ」
     ニッポンでは叶わなかった「画家」としての地位が、ここ韓国の地で碓氷に約束されようとしていた。
     美術館の完成予定日は3年後の夏である。                                              

  • つづく        





  •  ニッポン。
     信子は東京に本社を置くとある輸入ブランド品販売会社の社長室にいた。風信子の評判を聞きつけ「ニッポンでも販売したい」と連絡が入ったのだ。
     社長が会社の説明を行う。
    「わが社は『お客様第一主義』をモットーに、お客様のニーズに合わせた商品を輸入・販売しておりまして・・・」
     信子はソファを立ち上がった。これは即ち「交渉の決裂」を意味した。
    「どうされたのです!?」
     部屋を出ようとする信子を社長が慌てて引きとめようとする。
     その社長に対し、信子は次のように言った。
    「生憎、うちの会社は『社員第一主義』でしてね」
     信子は「お客様第一主義」の会社を信用しない。なぜなら、そのような会社の社員はそうした会社の方針を徹底するために「奴隷並みの扱い」を受けているため、職場や仕事に対して「不満を抱いている」に決まっているからだ。そのような状況にある社員がどうして「完璧な仕事」などするだろう?お客様第一主義を掲げる会社など所詮は「手抜き仕事が蔓延する会社」にすぎないのだ。このような相手とは取引をしないに限る。
     信子がこうした考えを抱くに至った理由。それは以前に碓氷と一緒に働いていた老人ホームが、お客様第一主義の社訓を盾に介護ヘルパーを「使い捨ての道具」としか見ないブラック企業だったからだ。そして実際、お客様第一主義が蔓延しているニッポンでは、データの改竄、偽装、捏造といったといった不祥事が後を絶たない。信子の考えは「正しい」のだ。
     お客様第一主義や「おもてなしの精神」をニッポン人は美徳と考えるが、それらはいずれも「他人基準」であり、仕事を「自分自身との闘い」と考える厳しい姿勢とは程遠いものだ。そして他人基準であるならば、いくらだって仕事の手を抜くことができる。というのも自分はプロで、お客様は基本的に「素人」だからだ。プロにとっては「最高の仕事とはどういうものか」を知らない素人を適当な仕事によって満足させるくらい訳がないのである。しかも中には専門家を気取っている素人というのもいて、こういう「知ったかぶり人間」は、それこそ素人を自覚している素人以上にプロから見て騙しやすい存在である。「自分が騙されるわけがない」という自惚れが騙すのを手助けしてくれるからだ。というわけで、知ったかぶりが大好きなニッポン人は実に騙しやすい(笑)。ニッポンでデータ改竄や偽装が頻発している理由はまさしくこれだ。そしてそんな国だからこそ、お客様第一主義やおもてなしの精神などという三流モラルが美徳とされているのである。
     仕事で「手を抜く・抜かない」の最終的な判断は実際に仕事をしている人間に委ねられている。従って手を抜かない仕事とは「自分はプロだ。だから自分は絶対に手を抜かない」という自尊心によってのみ保証されるのである。
     例えば、高級ホテルの厨房で働く料理人がいる。お客様の大半は「ブラックタイガーと車エビの違い」など分かりはしない。特に料理人の腕前が高ければ尚更そうだ。「味付け」や「下ごしらえ」によっていくらだって似せることができる。そうした条件下にあってブラックタイガーを車エビと偽って提供するか、それでも本物の車エビに拘るかは法律上の問題はあるにしても、結局は料理人の自分の仕事に対する厳しさ次第なのだ。
     そして、この料理人を雇用する雇用者は料理人が「後者を選択する」ように職場環境を整えなくてはならない。料理人が自分の仕事に対して「真面目に取り組もう」という意欲を削ぐようなことは行うべきではない。それはつまり「厳しい残業」とか「安月給」といった要因は排除されなくてはならないということだ。「職場の不満」は容易に労働者の仕事に対する意欲を削ぐ。
     故に風信子では、お客様第一主義を否定。「社員第一主義」を職場のモットーとし、第一に社員が楽しく仕事をすることの出来る環境を維持しているのだった。
     いずれは愚かなニッポン人も気が付くであろう。お客様第一主義とか、おもてなしの精神とかいうものがいかに仕事の質を落とす「チープな考え方」にすぎないかということを。一流の仕事は他人の評価を気にすることからは決して生まれない。「一流の振る舞いを成すのが一流の人間」という自発的精神によって生み出されるのだということを。

     サンディを出品したトリノショー終了直後、碓氷は自動車メーカーの設計部門を訪れた。
    「よく来た」
     中へと案内される碓氷の目に、見事なシャシーが飛び込んできた。それは、ただ外装がないだけの実走可能なミッドシップスポーツカーのシャシーであった。カーボンでできたバスタブ型のシャシーにV型8気筒エンジンが載せられている。
    「これが何かは、わかるね?」
     一目瞭然、それは「エターナルのシャシー」であった。いや、実際はエターナルのものよりもホイールベースが短くなっていた。エターナルは2650mmだが、このシャシーは2535mmである。
    「改めて言うまでもないが、このエンジンは3,5リッターV8。出力は500馬力を絞り出す」
     この時代、フェラーリやランボルギーニは700馬力に達し、ブガッティは1500馬力。さらには1800馬力超えといったモンスターマシンを製造するメーカーもあった。
     だが、この控えめな数値には確たる「理由」があった。このエンジン、実はガスケットが一切使われていないのだ。エンジンやミッションは全て直接、結合されていた。普通のエンジンの場合、エンジンのブロックとブロックをつなぐ部分にはオイル漏れやガス抜けを防ぐために必ずガスケットが挟まれる。だが、ガスケットは劣化する。劣化すればオイル漏れやガス抜けといった現象が発生してしまう。
     セレブによって購入される高級スポーツカーの場合、毎日乗られることはなく、ほとんどの日をガレージの中で過ごすと考えられる。とすれば日頃、乗られている車以上にパーツ類の劣化に気をつかう必要がある。「バッテリー上がり」は仕方ないにしても、ガスケットがなければ少なくともガスケットの劣化にまつわるトラブルは起きない。
     それを可能としたのは韓国の誇る高度な金属加工技術に他ならない。今回、このエンジンの加工精度は1/100000mm。この超精密な加工によって組み立てられるエンジンゆえにガスケットが無くてもオイル漏れやガス抜けといった現象が発生しないのであった。とは言え、高出力になれば当然、こうした現象が起きないとも限らない。500馬力というのは、こうした現象を起こさない「安全な出力」だったのである。
    「ところで、きみにこのシャシーを見せたのは他でもない。是非きみに、このシャシーに載せるボディのデザインをやって欲しい。いわば同じシャシーを使った『エターナルの姉妹車』だ。開発コード名は『スーパースポーツカー』。恐らくそのまま、この車の名前になると思う」
     スーパーカーは高額商品ゆえに大量には売れない。それにも拘らず高性能が求められるため開発費は高い。少しでも利益を上げるには同じシャシー&エンジンを用いる姉妹車というアイデアは実に有効な方法だ。
    「できるか?」
    「ここのデザインチームは?」
     碓氷は、ここ最近は自分のアイデアが具現化していることでメーカーのデザインチームが不快に思っていないか不安であった。
    「心配ない。彼らは別の仕事をしている」
     別の仕事というのは、このシャシーのロングホイールベース版、2900mmのものを用いた4シータースーパーカーであった。既に市販化されているエターナルを筆頭に3台の異なるスーパーカーを販売しようという計画なのだ。
    「彼らはエターナルを見た時点で既にきみに白旗を挙げているよ」
     設計部長は笑顔を見せた。
    「うちのデザイナーたちは正直、時流に肖ったデジャブなデザインばかりしていた。私たち設計部門としては正直、彼らのデザインには大いに不満を抱いていた。そこへあなたがやってきた。彼らには『いい薬』になったと思う。彼らも最近は、少しはましなデザインをするようになってきたよ」
    「わかりました。やりましょう」
    「姉妹車とはいってもエターナルとは明らかに異なるものにしてほしい。しかもエターナルよりも車格を一つ下げてもらいたい。エンジン出力は400馬力にデチューンする予定だ。エターナルは高額商品だが、こいつは1000万円を切る」
     エンジン出力を100馬力下げて、車格を一段落とし、販売価格を抑える。これはエターナルよりも「量産する」ことを意図しているからに間違いない。それに見合ったデザインにしなくてはならない。
    「厄介な仕事だぞ」
    「ご心配なく」
     碓氷は本社に戻ると早速、ボディのデザインに取り掛かった。デザインはその日のうちに完成した。何の迷いもなく一気呵成に描かれたそれはエターナルとは明らかに異なるデザインでありながら、実に碓氷らしいスポーツカーに仕上がっていた。
     フロントフェンダーのふくらみは1960年代を感じさせ、Aピラーから後方部分のシャープさは1970年代を思い起こさせた。Bピラーとエアインテークを同じデザインにしてウエストラインを境に上下反転、その部分のみシルバー仕上げにしている。カッコいいし、高級感も漂うが、メーカーが要望する「エターナルの一つ下のクラス」という基準も見たしている。これほどのデザインが一気呵成に仕上がったのは、エターナルを開発していた時期に既に「エターナルの別候補」として仕上げていたからに違いない。
     碓氷の描いた四面図を受け取った技術部門の連中は誰もが口を揃えて「これこそ我々が求めていたものだ」と絶賛した。マッチョ&シャープ。来年のソウルショーの№1スターは、こいつで決まりだ。



  • 「えっ、わたしが?」
    「そうです。今日からはあなたが風信子のアパレルデザイナーです」
     双子!を出産後、職場に復帰したマナに信子から辞令が下された。横では碓氷が腕組をしている。
    「でも、どうして?」
    「実力がついたからだよ」
     碓氷は妻に向かってそう言った。
     これはまんざら嘘ではない。勿論、自分がカーデザインに専念したいからなのだが、碓氷は前々からマナにアパレル部門を託そうと思っていたのだ。
    「自分と最初に会った時に言っていたじゃないか『アパレルデザイナーを目指している』と」 マナは正直、今も信じられない。
     風信子は飛躍的に事業を成長させていた。取引先も増え、その分、責任も増えていた。風信子ブランドは既に韓国では「一流ブランド」と認められていたから、セレブをはじめ多くの人々が所有していた。碓氷を尊敬するデザイナーの雛たちも沢山、存在する。
     マナは今後、こうした人々を自分の才能によって「納得させなくてはならない」のだ。
     正直、マナは不安である。「子育て」だってあるし。
    「でも」
    「子どもは連れて来ていいわよ。わたしがいる時は面倒見てあげるから」
    「がんばれよ、アパレルデザイナー」

    「あー、どうしよう」
     マナは今まで碓氷が座っていたデスクに座っていた。碓氷はデスクもそっくり1階に移していた。顔を合わせない方が、仕事がはかどるだろうと考えたからだ。
    「何にも思い浮かばない」
     マナは気負っていた。気負いはその者の本来の能力を低下させる。今のマナの頭の中は動揺や不安といった「負の感情」によって混乱していた。
     廊下の方から、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。その声の音量はだんだんと大きくなった。 マナのいる作業室の扉が開いた。信子が子どもを腕に載せてやってきた。
    「ボタンちゃんが泣き止まないのよ。マナちゃん、ちょっと乳を飲ませてあげて」
     マナは乳を飲ませるべく服の胸の部分を外し始めた。一応それ用のドレスなのだが結構、面倒くさい。
    「はやく、はやく」
     漸くマナの左胸が露わになった。マナは次男を腕に抱くと乳を飲ませた。
    「ばぶ、ばぶ」
     赤ん坊は泣き止んだ。
    「やっぱり本当のママが一番ね」
     乳を飲ませながらマナはふと、あることに気がついた。漸くマナは自分の「最初の仕事」ができそうだった。
     マナが最初にデザインしたもの、それは子育て用のドレスだった。
    「そうよ。自分が欲しいものをデザインすればいいんだわ」
     その通りだ。碓氷とて自分が女性に着せたいと思うものをデザインしていたのだ。
     「お客様第一主義」など糞喰らえ。「おもてなしの精神」などゴミ箱に捨ててしまえ。人目を気にして何になる。他人の評価などいちいち気にするな。自分が「欲しい」と思うものをつくることこそが最も質の高い仕事を成し遂げるコツだ。車を見ろ。歴史に残る美しいスーパーカーにはおよそ、おもてなしの精神などかけらも備わってはいないではないか。逆におもてなしの精神を車にすれば「ニッポン製ミニバン」のような美しさとは無縁の車になってしまう。
     これがわかるとマナの心は軽くなった。マナはペンを片手にスケッチを始めた。
     スケッチを元に自分のサイズに合わせて縫製。とりあえず試作品が出来上がった。外見上は幅広のサスペンダーの付いたスカートとセーターの組み合わせだが、実際はワンピースだ。サスペンダーの裏側にファスナーがあり、ファスナーを下ろすと胸を出せる。ようするに母乳用のワンピースということで、サスペンダーでファスナーを隠す寸法だ。
     早速、試着。鏡の前に立つ。見かけは悪くない。機能を試す。胸を肌蹴てみる。取り敢えず問題はなさそうだ。
    自分では満足だが、取り敢えずチーフデザイナーに聞いてみないことには。マナは内線で碓氷を呼んだ。
    長男を背中に背負って碓氷がやってきた。マナが碓氷に評価を求めた。
    「どうかしら?」
     碓氷の評価は厳しいものだった。
    「機能はともかく、デザインがつまらない」
     確かに、スカートはオーソドックスな黒一色で、デザイン上の特色が何もない。マナはスカートのデザインに独自性を出すべく、スケッチを描く。
     縫製、試着。その姿を見た碓氷は信子を呼んだ。
    「いいんじゃないかしら」
    「だそうだ」
     社長が「いい」といったのだから、碓氷が何かをとやかう言う必要はない。
     かくして、これがマナの処女作としてソウル市内の某アパレルショップに並ぶことになったのだった。

     スーパースポーツカーをもって韓国の自動車メーカーとの複数年契約を終えた風信子のもとには、いろいろなところから自動車関連の連絡が来るようになった。といっても、その多くは自動車メーカーではなくセレブ、即ち「スーパーカーや高級車を数多く所有している大富豪たち」からだった。
     彼らは時に自分のためだけのワンオフモデル、通称「フォリゼリエ」を求める。その理由は様々あるだろうが、最も多い理由としては「期待していたニューモデルのデザインが気に入らなかった」というものだ。
     フォリゼリエの素材となる車は大体、決まっていた。「メカニズム的には魅力的だが、スタイリングの完成度が低い」。過去には、ポルシェ914、ポンティアック・フィエロ、トヨタMR-2、フェラーリ・テスタロッサ、ランボルギーニ・ディアブロなどが、たびたびフォリゼリエの素材に選ばれ、様々なワンオフモデルが制作されていた。
     そして今回、碓氷がデザインするフォリゼリエの素材はフェラーリ599。
     風信子には自動車組み立て工場はないので、碓氷が担当するのは無論、デザインのみ。碓氷がデザインした図面はイタリアのカロッツェリアによって具現化される。
    「フロントマスクは『サンディ』に似せてほしい」
     これがクライアントからの注文だった。この人はトリノショーに出品したサンディを見て、そのフロントマスクを気に入っていたのだ。
     かくして、作業に取り掛かる。
     クライアントは近年のエルゴノミクススタイルを気に入らず、1960年代のロングノーズスポーツカー、たとえばジャガーEタイプなどのスタイルを気に入っていた。そうなれば話は早い。碓氷自身、そうしたシャープなラインを保った曲線美を好んでいたから、デザインはあっという間に仕上がった。
     テールは包丁で切った大根のように縦にすっぱりと切れ落ちている。これこそ1970年代半ばまでの高級スポーツカーの典型的スタイル「コーダ・トロンカ」に他ならない。そして、ドアのヒンジはAピラーよりもかなり前方に位置する。これは近年、Aピラーの後方に三角窓を配し、ドアのヒンジを後退させる傾向にあることに対する碓氷からの回答=アンチテーゼだ。その結果、ダッシュボードの奥行きを押さえ、見晴らしのいい運転視界を確保。近年の自動車の造形は碓氷に言わせれば「間違っている」。
     メーター類は599のものを流用するもののダッシュボードの造形はやはりエルゴノミクス調のものを廃し、プレーンな造形に変更した。
     碓氷もクライアントも実車に満足した。フロントのオーバーハングが若干長い気がするが、これは素材が599ゆえ仕方がない。フロントのオーバーハングが長いのはBBに始まり、ラ・フェラーリまで受け継がれるフェラーリの構造的特徴である。

     ふたり目の大富豪が用意した素材は、なんと「エンツォ・フェラーリ」だった。
     エンツォをフォリゼリエの素材として用いた例として、真っ先に浮かぶのは「P4/5」。エンツォのスタイリングを嫌ったとあるフェラリスタが、ピニンファリーナ社に「エンツォのシャシーを利用したスペシャルモデルを製作して欲しい」と依頼したことが始まりで、完成するや、瞬く間に「伝説の車」となったものである。
     先程も話した通り、フロントのオーバーハングが長いことがフェラーリの構造的特徴であり、そのためフェラーリの多くは全体のバランスを崩している。実のところフェラーリは「デザイナー泣かせの車」である。BBや308などはフロントバンパーを左右から先端に向かって強く絞ることでバランスの崩れを巧みに相殺していた(さすがはフィオラバンティ!)。エンツォの場合には「F1マシンに似せる」という制約条件から、フロントバンパーを兼ねるウイングを左右に大きく伸ばす必要があり、フロントバンパーを左右から絞れなかったため、フロントオーバーハングの長さを隠せていない。P4/5の場合、エンツォよりも大きなタイヤを装着、フロントフェンダーの高さが上がった結果、フロントオーバーハングの長さが目立たなくなっている。
     カースタイリングとは、かくも「微妙なもの」なのである。かつてデザイナーの条件に「アイデアを生み出す能力」と「プロポーションを整える能力」のふたつを挙げたことがあるが、これは「後者に関する話」である。アイデアについていえば、エンツォは間違いなく「アイデアの塊」のようなデザインの車である。だからデビュー当時には、いろいろな方面から称賛されたわけである。ただ、それがバランスよく美しく纏まっていない。そして、それがわかる優れた美的感性の持ち主は「自分のエンツォを造ろう」と思い立つわけだ。
    「マエストロ・アタマ(碓氷の名前は充馬)に、ぜひデザインをお願いしたい」
    「お待ちください。本人を呼びましょう」
     信子から内線を受けた碓氷が、貴賓室にやってきた。
    「話はわかりました」
     話の内容は実に具体的なものだった。
    「キャノピーはティア・ドロップ型」
    「ドアはインセクトウイング(斜め前方に上がる)方式」
    「1960年代のレーシングカーを彷彿とさせるスタイル」
    「ダウンフォースは現代基準をクリア」
    「可変スポイラーなどのギミックは搭載しない」
     などなど。
     話が具体的である場合、それを嫌がるデザイナーもいるが碓氷は逆だ。具体的であるほど具体的なアイデアを出しやすい。
    「満足のいく作品ができる保証はありませんが、精一杯努力しましょう」
     碓氷はニッポン人でありながら自信過剰な発言を慎む。今時のニッポン人は、お笑いタレントの悪影響から誰もが「俺に任せとけー」と大言壮語するものなのだが。
     碓氷は人から褒められることも好まない。だから褒められて「いいえ、別に大したことではありません」と返答してしまうのだ。こうした碓氷の態度が時に相手を「不愉快」にもさせるのだが、碓氷は右傾化以降、多くのニッポン人がそうするようになった自画自賛は「チープな振る舞い」としか感じられないのだ。

     じっくり長い時間をかけて傑作が生み出されることもあれば、あっという間に傑作が生み出されることもある。
     今回の場合は「後者」であった。いや、碓氷とすれば「前者」であった。イメージイラストを7枚も描くなど、碓氷にとっては非常に珍しいことなのだから。ともかくも碓氷は僅か3日でアイデアをイラスト化した。
     そこに描かれていたスーパーカーの姿は実現不可能なコンセプトモデルなどは初めから設計しない碓氷ならではの完成度の高さを誇っていた。全体のイメージとしては1980年代のグループCカーのようなスタイリングだ。
     しかし、クライアントはこのデザインに満足しなかった。
    「もっと古く!」
     先のクライアントもそうだったが、真の車好きは「1960~70年代のスタイリング」を好むのだ。
     碓氷も頑張る。本質的にセレブは好きではないが、車のことをよく知っている「車好き」からの頼みだから碓氷も遣り甲斐がある。
     そして、遂に完成。
     そこには、まさに「1960年代レーシングカー風の21世紀スーパーカー」と呼べるデザインが紙に描かれていた。
    「ファンタスティック」
     これこそまさしくクライアントが求めていたデザインに他ならなかった。
    「まだ、決定されなくて構いませんよ。ゆっくり時間をかけて煮詰めていきましょう」
    「いや、これで行こう。私はこれが気に入った」
     碓氷は「一目惚れする車」をデザインできる数少ないカーデザイナーのひとりだ。
     碓氷がデザインしたこの車の独自の特徴としてまず目につくのはティアドロップ型のリアスクリーンの縁に合わせて放熱用のグリルが「V字型」になっている点である。この車を後ろから眺めるドライバーは、この車が何物にも負けない「勝利のマシン」であることをこのV字から確信するであろう。なおイラストや四面図に描かれているBピラーに施された襟巻上のスポイラーは最終的には外されることになる。風洞テストで気流を乱すマイナス効果が認められたからだ。

     これらのフォリゼリエ。唯一の残念は、これらは決して「多くの人の目に触れることがない」ことだ。ふたりの大富豪はいずれも、これらのスーパーカーを「個人で楽しむ」ことだろう。

  • つづく        





  •  今日は碓氷が勤務する工業大学の入学式。その会場である講堂において碓氷は大学を代表して新入生に祝辞を述べることになった。
    「新入生の皆様、本日は誠におめでとうございます」
     最初は月並みの挨拶から。
    「私は、その昔はニッポン人でありましたから、この場をお借りいたしまして『元・ニッポン人』という立場で、皆様方にひとこと申し上げておきたいことがございます」
     ややや。何かやるみたいだぞ、碓氷は。
    「現在、お隣の国ニッポンでは検定やクイズといった事柄が大変なブームになっております。ニッポンの大人たちは夢中になって漢字検定をはじめとする検定試験を受け、ゴールデンタイムにおけるテレビ番組は軒並み、クイズが増えました」
     ここまでは実際に起きている現象。こうした現象を、果たして碓氷はどのように評価しているのだろう?
    「こうしたブームこそ、ニッポンが『衰退に向かっている』ことの何よりの証拠に他なりません。なぜなら、こうしたブームの根底にあるのは『自分の博識ぶりを自慢したい』というチープな自尊心に他ならないからであります」
     やはり始まったか。とりあえず、先を聴いてみよう。
    「現代のニッポン人には『社会の役に立ちたい』『人々の役に立ちたい』という崇高な志が全くありません。『自国は優秀、他国はバカ』というナショナリズムの台頭によって『自分は優秀、他人はバカ』というエゴイズムが広がり、もはやニッポン人は博識自慢によって『何てあの人は頭がいいのかしら』と自分ひとりが周囲からチヤホヤされさえすれば、それだけで満足なのです。残念ながら、こうした傾向は大人ばかりか、未来のニッポンを担う若き大学生たちにまで広がっています。一流大学に通う学生たちが先を争ってテレビのクイズ番組に出演、自分の学歴や知識を鼻高々に自慢する姿は、まさにその証明と言えましょう。修行中の身でありながら、あたかも芸能人のようにテレビ出演に明け暮れる慢心した姿からは、将来『一流の仕事をする人間としての風格』など微塵も感じられません。勿論、彼らは一流大卒の肩書きをもって将来は一流企業に就職するなり、政治家になるなり、高級官僚になるなり、ニッポン社会の重要な立場には就くでしょうが、持っている志が低いのですから、陸な仕事はしないでしょう。『勝ち組』を自認する彼らは徹底して庶民を見下し、美食三昧、高級ブランド品三昧などの贅沢趣味に走り、それらに溺れるに違いありません。『ニッポンが衰退に向かっている』とは、まさにこのことを指しているのです。『戦争と平和』を読んだ、『赤毛のアン』を読んだと威張るニッポン人大学生は大勢いますが、彼らはその後も相変わらず『富や名声こそが人生の幸福度を測る物差しである』と考え、貧しい人々を上から目線で見下します。彼らのそうした振る舞いによって彼らが結局のところ、それらの名著から『何も学んでいない』ことは明らかです。なぜなら家の財産よりも負傷兵の命を護ったナターシャや、大祖国戦争後の荒廃したロシアの復興に自身の財産を投じたピエール、大富豪のロイではなくギルバートを選んだアンや、貧しい牧師ジョナスと結婚したフィリパなど、それらの名著には『この世には富や名声よりも大事なことがあるのだ』がはっきりと描かれているからです」
     ここまでは、お隣の国の現状。ここから先が「碓氷が言いたいこと」だ。
    「皆さま方は決して、こうしたニッポンの大学生のようなことになってはいけません。あなた方、未来の韓国を担う若き人材諸君が『世のため・人々のため』という崇高な志を失い、習得した知識を『自分の博識自慢のため』などという安っぽい目的に用いるならば、今は発展を続けているここ韓国もまた、ニッポン同様に衰退へと向かうことでしょう。断じてニッポンの二の轍を踏んではなりません。皆様方はどうか学歴や知識を威張り散らして満足する三流の大人ではなく自身の人間性を誇れる一流の大人に、自分にしか成し得ない仕事を成し遂げる立派な大人へと成長してください」

     碓氷が指導教授を務める自動車デザイン科の学生が取り組む今年の新たなるテーマが決まった。

     現代の2CVをつくる。

     課題としてはごく平凡だ。世界中の大学・専門学校でこのテーマに基づく作品が毎年、制作されているからだ。
     ただ、それらと異なるのは碓氷が「Cセグメントの車」を条件としたことだ。
    「現在、一般家庭で最も売れている車はCセグメントだ。ならば現代の2CVはCセグメントカーであるべきじゃないか」
     現代の2CVと言うと普通はもっと下のクラスの車が設計されるのだが、碓氷の主張はもっともだ。
     かくして、全長4200mm前後、幅1750mm前後という巨大な2CVが設計されることになった。
     数カ月を経て、四面図が仕上がった。
    車の大きさが全く異なるので、学生たちはエクステリアデザインに「2CVらしさ」をわかりやすく再現する必要を感じたようだ。エクステリアの至る場所に2CVの特徴が見て取れた。それはほとんど現代のワーゲンビートルやBMWミニ並みのデジャブさであった。「アイコンの流用」という手法を碓氷は「安易な方法」として好まないのだが、こうしたデジャブな車がドイツの大メーカーから堂々と市販され、世界的にヒットしている現代だから学生たちはさほど気にしてはいないようだ。
     救いは横幅が広いため、全体から感じられるイメージが細身の2CVとは大きく異なっていることだ。フロントマスクは特にそうで、碓氷はそれを次のように表現した。
    「まるでウォンバットみたいな顔だな」
     学生たちは碓氷のこの言葉をそっくりこの車の車名に採用した。
     そして碓氷のこの言葉が引き金となって、学生たちは全体をよりウォンバットに似せるために屋根を丸く仕上げる、フロントグリルのデザインを変更するなど「脱デジャブ」に向けた作業を自らの意思で始めたのである。

     この時期、碓氷の心に「一つの不満」が生じていた。
     碓氷自身はスーパーカーが好きだ。だが、それらを購入するのは「セレブ」と呼ばれる、悪く言えば、美食グルメに舌鼓を打つ庶民蔑視の連中である。
    「自分は庶民蔑視の輩のために仕事をしているのだ」
     そんな思いに悩む碓氷に韓国メーカーから、実にグッドタイミングの仕事の依頼が来た。 手頃な価格のライトウエイトスポーツのデザインを碓氷に求めてきたのである。
     かつてはロータス・エランなど世界には魅力的な軽量オープンスポーツカーが多数、存在していたにも関わらず、こうしたライトウエイトの手頃なオープンカーは今日では、ニッポンの自動車メーカーによる独占状態にあった。ヨーロッパ製のオープンスポーツカーは魅力的ではあるものの、そのほとんどは「手作り品」であり、当然のように「高価」だった。およそ「お手頃価格」と呼べるようなものではなかったのである。
     韓国メーカーは、この分野への進出を決めた。「スーパーカーの次はライトウエイトスポーツカー」というわけだ。
     エターナルにせよスーパースポーツカーにせよ高価で、とてもではないが庶民が所有することなどできない。新型スポーツカーは、いわばこうしたスーパーカーを購入することのできない人々の「受け皿」であった。
     碓氷は即座にこの話に「乗った」。学生でも購入することのできる手頃なライトウエイトスポーツカーのコンセプトは碓氷にとって、とても「魅力的」なものに映った。
     早速、デザインが始まった。
     コンセプトとしては「直列4気筒1800ccエンジンをリアに横置きに搭載」「全長は4mを切ること」「ボディ重量は1t以下」「価格はベーシックグレードで200万円を切る」。そして「全手動」。
     今日、オープンカーの多くが「全自動」によって屋根を開閉する装置を備えていた。しかし、それが果たして「ドライブの楽しさ」に結び付いているのかどうかといえば大いに疑問であった。手動で屋根を取り外す作業の中にもオープンカーを操る楽しさがあるのではないか?
     とりあえず、この車の特徴を見てみよう。
     この車はフルオープンではなく「タルガトップ」である。これは勿論、走りに直結する「ボディ剛性」にこだわった結果だ。また「ニッポンのオープンスポーツカーのパクリ」などと呼ばれることを避ける意味合いもある。手動で外した屋根はシートの後ろに立てて収納される。
     この車には今日では常識となっているカーナビゲーションは装備されない。かわりに装備されるのがラジオと「道路地図」だ。地図読みの中にも「車の運転の楽しさ」があるということらしい。ミッションは当然、マニュアル。
     マニュアルといえば、エアコンもマニュアルだ。パワーウインドウすらなく、窓はノブを回して上下させる。パワーステアリングは装備。安全装備もABSこそ装備されているが、エアバッグもなければ自動ブレーキやハンドルアシストなどは勿論、ない。
     こうした時代と逆行するやり方。そこには碓氷の確固たる信念があった。それは即ち「電気的なギミックは必ず誤作動をする」というものだ。もしも高速道路を走行中にエアバッグが誤作動したら?「大事故」は免れないに違いない。そして警察は、そのようにして起きた事故の原因をよう特定しないであろう。「ハンドル操作の誤り」とされた事故のうちの何割かは、こうした安全デバイスの誤動作による事故であると思われる。たとえば実際「キャッツアイをタイヤで踏んだ途端にエアバッグが開いた」というケースが過去に報告されている。この時、もしもドライバーが死亡していたら「ハンドル操作の誤り」にされてしまっていたに違いない。「雨滴感知式自動ワイパー」も過去に大雨の時に逆に「小雨」と判断。ワイパー速度を普通から間欠に切り替えてしまうといった事故が起きている。
     こうした事例を多数知る碓氷は「ギミックは極力、採用しないほうがいい」と思っている。そして今回、そうした理念を「軽量化」「低価格」「趣味的要素の強いスポーツカー」という条件を巧みに利用して具現化したのである。確かに普通車では、ここまで思い切ったことはできないだろう。
     果たして、吉と出るか、凶と出るか?
     特殊な車とは言え、このような戦術を展開できる辺りに今の「韓国の勢い」が見られる。顧客の要望に媚び諂うしか能のない、おもてなし戦略一辺倒のニッポンの企業には到底、このような真似は出来ないだろう。
     そしてその車の名前は「ポニーランド」。その名前に合わせて、ロールバーを兼ねるBピラーの後方には馬の鬣を思わせる飾りがある。
     グレードは三種類。レースカーのベースとなるデラックス(ちっともデラックスではない「ウソ広告の典型」のような名称。だからか最近は聞かなくなった)、通常のスタンダード、そしてエレガント仕様の「ギャン」。内装はすべてブラックが基調で、センターコンソールは、デラックスはブラックでスタンダードはシルバー。ギャンにはウォルナットの本木目が奢られる。デザインとしては台形が基調となっており、メーターナセルが台形で、センターコンソールが逆台形になっている。ダッシュボード上が小物置き場になっている点が、これまた泣かせる。1970年代に一時期流行った造形に他ならない。昔はここに物を置いておくと左右に大きく動いてしまい、実のところはあまり実用的ではなかったけれども、今の時代ならばホームセンターで立派な滑り止めが安く手に入るので充分に実用的である。またギャンにはこれまた最近では珍しくなった足の長いリアウイングが装着される。「スポーツカーらしい視覚アイテム」としての採用であり、空力はある程度、無視してある。もとより1800CCのスポーツカーである。超高速域を想定した厳密な空力デザインなど必要あるまい。「スポーツカーを操る楽しさ」を気軽に楽しめさえすればいいのだ。
     ハンドリングについては徹底してテストを繰り返したことは言うまでもない。特にタイトコーナーにおける切れ込みの良さや、意図的に挙動の安定性を下げて「テールを滑らせる楽しさ」が追求された。「ファミリーカーではない」という割り切りが何とも潔い。
    かくして発売された新型車ポニーランドは、2178mmという量産ミッドシップカー最短のホイールベースも相まって、自動車評論家から「今どき珍しい、まっすぐ走らせるのが難しいじゃじゃ馬」と評された。「全手動」というキャッチコピーも衝撃的だった。それ故に可能となった超軽量ボディは明らかに、この車の操縦性にとってプラスに働いていた。
     テールはよく滑るが、ほんの少しカウンターを当てるだけですぐに収まり、上級者であればコントロールは実に容易である。カーナビを持たない室内はドライバーに「地図読みの必要性」を再認識させ、カーナビの誘導に頼って運転することが、いかに車を「単なる移動道具」に貶め、ドライブの楽しさを大きくスポイルするものであるかを改めて人々に知らしめ、また自動ブレーキやハンドルアシストといった安全デバイスが装備されているという安心感が、どれだけドライバーの「運転への集中力」を削ぎ、注意力を散漫なものにするかも明らかにしたのである。
     ポニーランドは安い価格も手伝って、その後、12年以上に渡って生産され、世界中の国へ輸出されることになる。ドレスアップメーカーによるスポイラーやホイールアーチなどの改造パーツ製品も多数製造され、「ワンメイクレース」なども開催された。
     碓氷は、この仕事を心から楽しむことができた。若いカップルや現役を引退した老夫婦がポニーランドを走らせる姿をみかけると、碓氷は自分の心が楽しくなるのを感じた。



  •  当初はニッポンからの連絡といえば右翼思想の輩による「嫌がらせの類い」と決まっていたが、カーデザイナーとしての名声の高まりからか、自動車メーカーからも碓氷のもとに依頼が来るようになった。
     だが碓氷は今まで一度として、ニッポンのクライアントからの依頼に対して首を縦に振ったことはない。碓氷にとってニッポンは既に「終わった話」だからだ。
     そもそも碓氷はニッポン人の「仕事に対する誇り」とやらを信じることができない。碓氷の知るニッポン人はオリジナリティには全く関心がなく、沢山の金銭的利益を得さえすればそれだけで大満足なエコノミック・アニマルだ。「売れている商品」があるとすぐさまそれに似たものを生産・販売、オリジナルが開拓した市場をそっくり奪い取ってしまう「後出しジャンケン」こそがニッポン流「商いの神髄」であり、レパードのあとのソアラ、ストリームのあとのウィッシュ、ソリオのあとのトールなど具体的な例を挙げればきりがない。こうした商いが成立するのは「中小企業が発売するオリジナル商品よりも名門企業が発売する模倣品の方が、品質が高いから、そちらを購入した方が得だ」とする価値観がニッポン人の常識だからに他ならない。
     だが、碓氷は今回の仕事を受けることにした。その理由は今回の仕事の内容が昨今、人気のない「高級4ドアセダン」だったからである。そして自分に仕事を依頼してきた企業が、たびたびニッポンの大手企業によってアイデアやデザインを「模倣される側の企業」だったからだ。もしもこの製品がヒットすれば半年後には大手企業によって当然、模倣されるだろうが、それはイコール「セダン復権」につながると碓氷は考えたのだ。
     今回、メーカーは実に事細かに「寸法」を指定してきた。

     全長4500mm
     全幅1690mm
     全高1435mm
     車内全長1950mm

     ようするに「小さな高級セダンをつくって欲しい」ということだ。マンション内の狭い駐車場でも停めることのできるサイズの高級セダン。それによってセダンの需要を「拡大したい」ということなのだろう。ニッポンの駐車事情を思う時、3ナンバーサイズでは「駐車できない」ケースは少なくない。
     メーカーの意図は読めた。現在ニッポンで売れているセダンといえば3ナンバーサイズの某高級車一車種だけ。メーカーは5ナンバーサイズの手頃なセダンを求めている潜在的顧客層に訴える車をつくりたいというわけなのだろう。
     今日、人気のないセダンだが、セダンにはセダンボディならではの長所がいくつも存在する。そのうち最も優れた長所は何といっても前後にボックスを持つ構造ゆえに「前後の衝突安全性が高いこと」だ。リアにトランクのないハッチバックなどは後ろから追突されたら、それこそ一巻の終わりだ。また、トランクの分だけ後ろを走る車との距離が開くことによる「心理的安心感」もある。実際の車間距離はあってもリアガラスのすぐ後ろに車が見える感覚は思いのほか威圧感があるものだ。
     こうしたセダン特有の美点から碓氷自身、日頃より「セダンの復権」を考えていた。それに、ニッポンで唯一売れているニッポンを代表する高級セダンに挑戦状を叩きつけてみるのも面白い。
     かくして両者の思惑は一致した。
    「極秘ということでお願いしたい」
     どうやらメーカーとしては「自社のオリジナルデザイン」として発表したいようだ(こうしたことは海外のメーカーでも、たびたび行われている。著作権上「問題がある」ことは言うまでもない)。ニッポン人にとって碓氷は「韓国に味方する非国民」というイメージがあるから商売上、それを隠したいのだろう。ああ、いいよ。隠したいのならばどうぞ。今どき4ドアセダンをデザインさせてくれるメーカーなど、ありはしない。それをやらせてもらえるならば、それだけで「願ったり叶ったり」だ。
     早速、碓氷は腕を振るい始めた。
     メーカーによる寸法の指定があるから基本となるプロポーションは自ずと決まった。
     今回、碓氷は片端から「ニッポン人が好みそうな要素」をぶち込むことにした。長年、ニッポンで暮らしていた碓氷の頭の中にはニッポンでヒットした車に関するデータが蓄積されていた。
     本来であれば窓枠のないハードトップがベストだが、高いレベルの衝突安全性が要求される今ではそれは不可能だったので、可能な限りハードトップっぽく見えるようにした。Cピラーにはアクリルのガーニッシュを貼り付けた。
     フロントグリルを立派なものにするのは当たり前。クロームメッキを施したT字状の金属バーを取り付けることで高級感と押し出し感を再現。
     その昔、マークⅡが売れて、マークXが売れなかった理由。それは車のプロポーションの基本形を変更したことによる。マークXの室内はマークⅡよりもずっと広く、使い勝手は大きく向上した。だが、このモデルチェンジは裏目に出た。ニッポン人はロングヒップ&ローデッキのマークⅡを好み、ショートヒップ&ハイデッキのマークXを歓迎しなかったのだ。ニッポンでセダンが売れなくなった理由は「キャビン空間の拡大」を狙ってプロポーションをロングノーズ&ロングヒップのアメリカ型からビッグキャビンのヨーロッパ型に変更したことだ。トランクの短いスタイリングは外観上5ドアハッチバックと大差がなくなってしまい、であるならば、より多くの荷物が積めて座席が7席(或いは8席)あるミニバンの方がいいということでユーザーが流れたのである。そこで碓氷はプロポーションをアメリカ型に戻した。トランクを可能な限り長く、高さも水平に設定。
     テールランプは幅広の二段式で上がウインカー、下がブレーキ。これはニッポン人が好む「真っ赤なお尻」を実現するためだ。
     ボディ側面には尻上がりの折れ線を一つ入れることで疑似的なサーフィンラインを再現。 そして時速100kmで走る車だから、空力的な洗練などは正直、無視した(それでもCd0,34くらいの性能はあるだろう)。かくして、この車はいかにもニッポン人が好みそうな車に仕上がった。完璧なまでにドメスティックな車であり、ニッポン人以外には到底、理解できない車である。
     ボディが空力に配慮していない分はハイブリッド方式が補う。「リッター30km」を保証する辺りは、やはり「現代の車」である。高級車とは言っても、もはやガス喰い虫の「大排気量エンジン車」ではない。
     インテリアはウッドと皮をふんだんに使用することで高級感を演出した。
     碓氷のイメージとしてはイタリアンムード。ブリティッシュテイストも悪くはないが、やはり高級車の室内といえばイタリアンだ。お年寄りの使用を配慮して、メーター類は必要最低限のものだけを配し、ごちゃごちゃした印象を避けるためにメーターナセル内にはわざと空き地を設けてある。カーナビのモニターもナセル内に埋め込んだ。大衆車ならまだしも高級車であっても「後から取り付けました」的なデザインが横行しているのは正直、どうかと思う。そこで碓氷はモニターをメーターナセルの中に設けたのであるが正直、満足はしていない。碓氷自身、カーナビがダッシュボードに違和感なく上手に取り付けられている車をほとんど知らない。カーナビは非常に自己主張の強い、実に「デザイナー泣かせ」のシロモノである。
     オーディオは海外の有名音響メーカーのものを採用。ダッシュボードの中心に位置するアナログ時計は国産メーカーによる電波時計。
     高級感の追求は無論、素材や機器だけでは終わらない。車内の防音対策もまた入念に行われた。時速100km巡航時における音圧は60dBを切る。しかも車内に設置されたスピーカーからは常時、エンジンの発する音とは逆の波形を描く音が流れる。まさに「車内で最も五月蠅いのは時計の針の音」だ。サスペンションもドイツ車のようなしっかり感とは無縁。いかにもニッポン人好みの柔らかなものだ。
     また今回、碓氷は初めてアルミホイールのデザインも行った。そのモチーフとなったものは「桜の花びら」。なぜ今まで誰も用いなかったのか?碓氷とすれば誠に不思議なくらいだ。アルミホイールの形は花を真上から見た形に非常によく似ているではないか。ともあれ桜の花びらを足に履いて似合う車など、およそニッポン車しかないだろう。碓氷は迷わず、この車の足に採用したのだった。
     この車をデザインしていて碓氷は「気が付いたこと」があった。それはニッポン人ドライバーが煙草の吸殻を車内から「ポイ捨てする理由」である。
    碓氷は当初、この車のインテリアを左ハンドルで設計してしまった。結局は、それを左右反転させたのだが、碓氷はその時、ピンと来たのだ。即ち、利き腕が右手の場合、喫煙者は煙草を右手に持つから、右ハンドルの車の場合、センターコンソールにある灰皿は使用しづらく、同時に右側にドアがあるため右手で外に投げ捨てやすいのだ。
     ただでさえニッポン人の公衆衛生に対する道徳観は低いのであるから、ニッポン車は断じて左ハンドルが好ましいのである。ついでに言えば、特に頭の出来の悪いニッポン人は、それこそ窓を開けてドアの上に肘を突いたり、車の外に腕を出したりする(このような状態の時、体は間違いなく右に傾いているが、頭の悪い人間には、そうした自覚がない)から、「窓が全開に開かないように窓の上部をほんの少し残す」などの対策が必要不可欠である。
     右ハンドルに関しては実は、もうひとつ大きな弊害がある。
     それは、ペダルの位置だ。
     ペダルは右から順に「アクセル・ブレーキ・クラッチ」という配置になっている。これは右ハンドル車も左ハンドル車も変わらない。
    それが「まずい」のだ。
     かつては、商用目的のワゴン車といえば荷室を長くするためにフロントタイヤを前席の真下に配置するのが普通だった。だが最近では「衝突安全」という観点からフロントタイヤを前に配置するのが一般的である。ワゴン車は少しでも荷室を長くするために前席を車の前方に配置するのだが、そうするとフロントタイヤのホイールハウスが運転席の足元を侵食することになる。
     左ハンドルの場合には、クラッチペダルが右側に移動することになるわけだが、近年はオートマチック車が主流であり、ほとんどの場合、問題とはならない。
     だが、これが右ハンドルの場合には、大きな問題となる。なぜなら右ハンドルの場合には、アクセルペダルが左側に移動することになるからだ。
    その結果、左脇にブレーキペダルが、そして中央にアクセルペダルが配置されるのである。中央にアクセルペダルがあるということは、とりもなおさず「アクセルペダルが最も踏み易い位置にある」ことを意味する。
     近年、ニッポンでは「アクセルとブレーキの踏み間違いによる急発進による事故」が頻発している。それは一般的には「ドライバーの不注意によるもの」とされているが、こうしたペダル配置にこそ原因が求められるというのが碓氷の見方である。なぜなら、ニッポンは世界有数の「ミニバン大国」であり、ミニバンのペダル配置は、まさにワゴン車のそれと同じだからだ。
     カーデザイナーは事故を起こしにくい車をデザインするべきではないのか?事故を起こしやすい車を平気でデザインして、それを「カメラやレーダーを利用した自動ブレーキ技術」によってカバーするというのは「本末転倒」ではないのか?少なくとも碓氷はそう考えている。

     さて実物大モックアップが作成された。
     首脳陣による検証は大好評であった。碓氷は首脳陣から握手を求められた。
     ともあれ、極秘プロジェクトであるから碓氷の仕事はここまで。碓氷は韓国へと戻った。

     それから1年後。
     碓氷はこの車のデビューCMをインターネットで見た。それは碓氷を激昂させるには充分過ぎる内容だった。

    ナレーター 「保守的という名の『コンサバ』」

    車のエクステリアが映し出される

    ナレーター 「ニッポン人の、ニッポン人による、ニッポン人のための車です」     

    車のインテリアが映し出される

    ナレーター 「この品質、まさに『ジャパン・クオリティ』」
    ナレーター 「このスタイル、まさに『ジャパン・ビューティー』」

    再び車のエクステリアに戻る。

    ナレーター 「ジャパン・マジョリティー『コンサバ』。デビュー」

    イメージキャラクターである右翼思想の歴史作家が登場する

    歴史作家 「保守って、いいね」

    「あいつらめえっ!」
     まさか車の名前が「コンサバ(コンサバティブの略)」とは。おまけにイメージキャラクターは碓氷の大っ嫌いな右翼思想の某歴史歪曲作家だと!?
     よくよく考えてみれば、確かに車の内容はコンサバそのものだ。「セダン復権」を目論む以上、そうならないはずがなかったのだ。復権とは即ち「復古」に他ならないのだから。
     このCM。見ての通り、新型車の宣伝を利用した「右翼の宣伝」である。「ニッポン人のための」などという宣伝文句は、いかにも「ニッポンを中心に地球は回っている」と驕り高ぶるニッポン人が好むものだ。しかも「ニッポン&ジャパン」という言葉が僅か15秒の間に6回も登場する。民族意識は弥が上にも高まろうというものだ。
     碓氷は「裏切られた」と感じた。苦労したアイデアを大手メーカーに模倣されることに対して同情していたのに。まさか、このような仕打ちをするとは。
     その後、コンサバは丸4年に渡って月販1万台の大ヒットを記録した。当初見込んでいた「3ナンバー高級セダンのライバル」としてだけでなく、より安価な3ナンバーセダンからの乗り換えや、それに何と言ってもタクシーとしての需要が多く発生したからである。アメリカやイギリスなどではタクシーといえば2ボックスが主流で、ニッポンでも大手メーカーがタクシー専用の2ボックスカーを開発してはいたが、ニッポンでは「あおり運転が頻発する」という道路事情もあって後ろに長いトランクのある車が求められ、多くのタクシー会社で何十年も昔に製造された5ナンバーセダンが多く使用されていた。コンサバはまさにその買い替え需要に応える車として最適だったのである。
     それにしてもまさか自分が設計した車がニッポンの右傾化を助長する道具だったとは。唯一の救いは極秘プロジェクトゆえに、この車には「h&䖝」のバッジが付かないことだ。
     碓氷は二度と「ニッポンの仕事はしない」と固く心の中で決意した。



  •  人間の「やる気」を起こさせる原動力は様々だ。
     ある人は「富や名声を得るため」であったり、ある人は「好きな人のため」であったり。
     そして「怒り」もまた、やる気の原動力となり得る。コンサバ事件における碓氷の怒りもまた、碓氷のやる気の原動力となったのである。
    「何?4ドアセダンをやりたい」
    「はい、そうです」
     碓氷は得意先である韓国メーカーに直談判しに訪れていた。
    「と言ってもなあ」
     経営陣は正直、乗り気ではない。4ドアセダンの市場は年々、減少傾向にあるのだ。
    「だからこそです」
     碓氷が畳みかける。
    「4ドアセダンの市場は限られたメーカーによる寡占化の傾向を見せ始めています。その中に食い込むことさえできれば、強力な武器になります」
     確かに、その通りなのだが、その食い込むことが難しいのだ。現在4ドアセダンが売れているメーカーといえば、ほとんどがドイツ勢だ。
    「とりあえず、デザインを見てください」
     既に碓氷はデザインを完成させていた。しかも3台も!
    「この3台は全て同じプラットフォームで製造できるようにしてあります」
     その昔、4ドアセダンが乗用車の主流であった時代には、たとえばGMはキャディラック、ビュイック、オールズモビルの各ブランドで同じプラットフォームを用いて異なるデザインの車を製造していた。パクリ好きのニッポン人はそのアイデアを借用して1980年代には「マークⅡ3兄弟」を製造していた。
    「うーむ」
     実際の図面を見せられて経営陣も多少、乗り気になってきた。現物があるとなしでは、やはり説得力が違う。
    「今年の北京ショーで試作車を発表して下さい。市場の反応を見るだけならいいでしょう?お願いします」
     不人気な4ドアセダンとはいっても、3台纏めてデビューとなれば、それなりにインパクトはある。それに「4ドアセダン復権」という使命感を打ち出すことは企業のイメージアップに通じるかもしれない。評判がよければ量産すればいいのだ。
    「よし。考えてみよう」
    「ありがとうございます」 
     その後、喧々諤々の社内会議の末、碓氷の申し出が了承された。
     3台の車はそれぞれ「フォーマル」「カジュアル」「スポーツ」に分類される。
     ボディの大きさは3台ともほぼ同じ。全長4835~4875mm。全幅1828mm、全高1430mm、ホイールベース2860mm。これは、ニッポンで人気の某高級セダンとほぼ同じサイズだ。無論、これは意図的なもの。碓氷の「ライバル意識の表れ」だ。
     フォーマルはその名の通り、フォーマルな装いの、リムジンとしても使用できる車に仕上げてある。横のガラスも3台の中で唯一、6ライトを採用している。厳ついフロントマスクは、何と縦2段、横2段の4ライト。リアの縦型ランプはトランク部分のボディパネルを大きく見せることによって重厚感を出す手法である。このモデルが、ニッポンで人気の某高級セダンの最も直接的なライバルである。
     カジュアルはカジュアルとは言うものの、トランクの開口部が三角形であるなど、その造形はかなり大胆だ。最大の特徴はAピラーからCピラーへと続く屋根を支える構造体を造形上の特徴として前面に打ち出している点で、フロント&リアのスクリーンの縁とピラーとのラインとが一致していない。難を言えばその分、ピラーによる視覚が増えることだが、極端に悪化しているわけではない。
     スポーツは4ドアセダンでありながら、最新のエアロダイナミクス技術を導入。リアバンパーには強力なダウンフォースを発生させるデヒューザーが採用されている。テールランプ類もスポーツ色を打ち出すために「丸型」を採用している。また、リアドアのノブをCピラーに隠し、ぱっと見「2ドアクーペ」のように見せている(これ自体は珍しい手法ではない)。そして驚くべきは大きく湾曲したリアガラスで、まるでランチャ・ストラトスのフロントスクリーンのようだ。これも最新のエアロダイナミクスを採用した結果で、真上から見た時のキャノピーは、それこそレーシングカー並みのティアドロップ型を形成する。そのためリアの座席は狭いが、一応は3人分を確保している。
     エンジンは新たに開発されたシームレスV6を搭載。但しスポーツのみ最上級モデルには、あのスーパースポーツカーと同じシームレスV8が搭載される。
     この3台は北京モーターショー、さらに上海モーターショーに出品された。このような大型かつ高級なセダンが売れる市場は、もはや中国以外には考えられない。碓氷もそれを知悉していたからこそ北京ショーへの出品を懇願したのだった。

     市場調査の結果、後部座席を拡大するためのストレッチが施されたのち、4ドアセダン三兄弟は中国で販売が開始された。直接のライバルは言わずもがなニッポンの某高級4ドアセダンであった。結果、ニッポンの高級4ドアセダンはニッポン国内にあってはコンサバ、中国にあっては三兄弟の攻撃をもろに受けることとなり、多くの顧客を失うことになるのだった。

  • つづく        





  •  ニッポンから、ひとりの老人小説家が韓国へ移住した。
     その小説家は何でも「コックローチ」という自身の作品の中で、現在のニッポンの右翼政治を痛烈に批判したことが原因でニッポン政府から目を付けられ、身の危険を感じて韓国へ移住したのだという。

    「碓氷君」
     信子が碓氷を呼んだ。
    「あっ、それって、もしや」
     どこから手に入れてきたのか?信子が手にしていた本は何とニッポンでは現在発禁本となっている日本語版「コックローチ」であった。
    韓国語版は既に国内でも売られていたし、話の内容が「碓氷向き」であることも知ってはいたが、日常会話程度の韓国語しか話せない碓氷には手に余るシロモノだったから、日本語版は大いにありがたい。
    「どう、読んでみる?」
    「勿論!」
     碓氷は家に戻ると早速、読み始めるのだった。
     その内容は実に「痛快」であった。社会のゴミを退治する暗殺集団・コックローチの活躍を描いたこの小説には「武士道反対、神社崇拝反対」といった具合に、一貫してニッポン人の精神を腐敗堕落させている右翼思想に対する批判精神が込められていた。
     中でも特に愉快なのは「革命編」と題された一章。そこでは何と憲法改正後に中国大陸に侵略戦争を仕掛けたニッポンの総理大臣が、その後に中国軍に捕らえられ、中国の法廷の場で戦犯として裁かれる場面が描かれていたのだった。
     この章を読んだ碓氷は「将来、無きにしも非ずだな」と思った。少なくとも、明治時代の富国強兵政策を礼賛する現在のニッポンの総理大臣が憲法改正後に中国に侵略戦争を仕掛けることは、もはや誰の目にも明らかであった。こうした愚かな未来を食い止めるだけの「自浄作用」など、今のニッポンにはもはやありはしない。
     本を読み終えた碓氷は、ふと「原作者に会ってみたい」と思った。
     原作者は現在、釜山でホテル住まいをしているという。碓氷は日曜日に思い切って釜山へと向かった。
    「あなたは、どなた?」
    「えっ?」
     碓氷はホテルの部屋のドアが空いた瞬間、吃驚した。なぜなら、中から現れたのは老人ではなく若い女性だったからだ。それも美しい。
    「コックローチの原作者であられる納豆喰(なっとく)先生に会いに伺ったのですが」
    「なら、入って」
     碓氷はホテルの中に通された。
    (この女性は秘書かな)
     碓氷はソファに座ると早速、納豆喰に会わせてくれるよう、女性に告げた。
    「目の前にいるわ」
    「ええっ?」
    「わたしが納豆喰よ。フフフ」
     驚きだ。納豆喰というのは、この美女の渾名だったのだ。

     その後、碓氷は納豆喰と、ある場所へと出かけた。それは、やはりニッポンから韓国へ移住していた物理学者の家だった。その物理学者は正真証明の老人であった。この老人の方がむしろ納豆喰のイメージに合っていた。
    「新しい客人か」
    「ええ、教授。私たちと同じ、ニッポンからの移住者です」
    「歓迎するよ。中へどうぞ」
     碓氷は中へと通された。
     この家の主である桃葡 輝(とうぶひかる)は世界的にも有名な物理学者である。ハッブルの法則を宇宙が膨張している証拠ではなく、我々観測者を含め宇宙の中に存在するあらゆる天体や物質が収縮している証拠であると提唱。その功績は今日、天動説が地動説へ、ニュートン力学が相対性理論へ変わったのに匹敵するものと高く評価されている。長年、名門国立大学の教授を務めてきたが、近年の右傾化、更には「クイズ王になってテレビの人気者になること」を夢見る志の低い大学生が増加したことに愛想を尽かし自ら退官。韓国へ移住し、現在は同地の天文学研究所に勤務していた。
     碓氷が通されたリビングルームには既に先客がひとりいた。 
    「ジャンも来てたの」
    「ああ。納豆喰先生も来ましたか。で、そちらの方は?」
    「はじめまして。自分はキム・アタマといいます」
     XO・ジャン(芸名)はニッポンを代表するロックバンド「アナ・コンダー(正式名称はアナーキー・コンダクター。『無秩序世界への水先案内人』といったところか)」のリーダーを務めるギタリスト。彼はヒットソング「TOKYOの女」の中で、自分の個性を殺して流行のファッションばかりを追い求める東京の女性のアホぶりを唄ったことから、ニッポン政府によってCDを発禁処分にされ、それに抗議するために韓国に移住していた。
    「キム・アタマだって!」
     ジャンはソファから立ち上がると碓氷に尊敬のまなざしを向けた。
    「では、あなたがローズベイを生んだ天才デザイナー」
    「天才かどうかはともかく、そうです」
    「実は私の愛機がそうなのです。もしよければ、サインを頂けますか?」
     ニッポンへは輸出していないから、アメリカあたりで購入したのだろう。ジャンはソファの隣に置かれたハードケースの中からローズベイを取り出すと碓氷にサインを描いてもらった。
    「これは一生の宝です。ありがとうございます」
     その後、XO・ジャンは「サインのお礼に」とニッポンで発売禁止となった未発表曲を披露した。

     一、国防強化に夢中になっている頭のイカレた権力者が
       朝鮮半島と日本列島にいる
       いずれは両者とも
       この世から滅び去るだろう
       独裁政治に反対する勇気さえ持っていない
       臆病な国民や
       ヘイトスピーチに明け暮れている
       愚かな国民を
       多数巻き添えにして

     二、国防強化に明け暮れている頭の狂った権力者が
       朝鮮半島と日本列島にいる
       互いに嫌っているが
       第三者の目には似た者同士
       歪んだ社会を変革する覚悟を持たない
       無気力な国民や
       乱れた社会に気が付いてさえもいない
       無能な国民は
       まさに同じ穴の狢

       他国の国防強化を見て
       自国も国防強化

       自国の国防強化を見て
       他国も国防強化

       こうして最後には
       両者とも滅び去る

       独裁政治に反対する勇気さえ持っていない
       臆病な国民や
       ヘイトスピーチに明け暮れている
       愚かな国民を
       多数巻き添えにして

     このようにして、碓氷が彼らと打ち解けるのに時間はかからなかった。
     その後、4人は「ニッポンからの移住者」という共通の立場上、当然のように「今後のニッポン」について語り合った。
    「万能の巨人レオナルド・ダ・ヴィンチは『希望が死ぬと願掛けが生まれる』と述べておる。今のニッポンはまさしくそんな国じゃ。希望のない国だから国民は挙ってパワースポット-ブームに明け暮れておる。その結果、今のニッポンは大地震に大型台風といった具合に『大規模自然災害大国』じゃ」
    「過去の例を見ても、明治神宮の竣成が大正9年で、その3年後の大正12年に関東大震災が起きています」
    「明治神宮に『鎮護国家・東京守護』の力がないことは明白。というよりも明治神宮などつくったから3年後に東京に天罰がくだったのじゃ」
    「全くバカですね。自分たちで『災害を招き寄せる』なんて」
    「パワースポットブームは『大規模災害の予兆』だ。こうしたニッポン人の行動を研究すれば少しは『地震予知』に役立てられるかもよ(大笑い)」
    「でも、どうしてそうなるのでしょうね?神様を祀っているはずなのに」
    「そこじゃよ。実際は神様を祀るどころか、神様に敵対する魔物を養っておるのじゃ」
    「それって、どういうことですか?」
    「古事記には『縄・・・不得還入』、日本書紀には『縄・・・勿復還幸』という記述が登場する。どちらも『注連縄を張った場所には神様は入らない』という意味じゃ。つまり注連縄を張ってある場所には神様はおらんのじゃ。そして神様がおらん場所に好んで棲みつくといえば魔物と決まっておる」
    「注連縄を張ってある場所と言えば『神社』に他なりません」
    「これは、ニッポン人ならば絶対に知っておくべき『宗教上の原理』ですね」
    「神様は神社や祠の中にいるものと思っているからニッポン人はニッポンの国土や自然を大事にしない。ニッポン中、ポイ捨てゴミだらけなのも納得です」
    「神社崇拝がニッポン人の心から愛国心を失わせているんじゃ」
    「ニッポン人には本当の意味での愛国心がない。ニッポン人の愛国心と言えば、昔も今も『富国強兵・国威発揚』といった権力者が作り上げた偽りの愛国心だけだ」
    「愛国心の欠如といえば、何と言っても『日の丸掲揚・君が代斉唱』ですね。これこそまさしく『天皇が侍に降伏、頭を下げる姿』を再現する儀式に他なりませんもの」
    「まったくだ。侍の旗である日の丸を礼賛するために天皇の歌である君が代を唄うなど天皇蔑視にも程がある」
    「一般参賀。これがまた許せません。民間人が図々しくも皇居に押し寄せて日の丸を振る。皇族の方々に向かって『この国は侍の国だ、お前たちの国じゃないぞ!』と言っているのと一緒です(怒)」
    「日本代表チームの名称と言えば『侍ブルー』に『侍ジャパン』に『リレー侍』」
    「侍には二つの側面がある。ひとつは『軍人』、もうひとつは『権力者』じゃ」
    「ニッポン人の侍に対する憧れの裏には『軍人や権力者に対する憧れ』が潜んでいるのですね」
    「そういう意味において、ニッポンは紛れもなく『軍国』だ。だから靖国なんてものが存在するんじゃよ」
    「ニッポンの軍人は本当に哀れだ。海外の軍人は死ねば『人として土に還り、安らかに眠る』ことができるが、ニッポンの軍人は生きている時はもとより、死してもなお『軍国思想を宣揚する道具』として利用され続けるのだから」
    「生きている時は戦争の道具、死しても戦争の道具。これを『無間地獄』というのじゃ」
    「ニッポン人は骨の髄まで軍国主義に汚染されている。それを全て綺麗に洗い落すことは容易ではない。ニッポンにいた頃、戦争体験者の平和講演会に参加したことがあります。そこで講演者は若者たちに向かって、次のようなことを言っていました『自分は戦争を体験しているから平和の大切さが良くわかる』。これって、『きみたちも一度戦争を体験するべきだ』と言っているのと同じでしょう?」
    「その講演者は若者たちに積極的に戦争を勧めているんだ。本人は平和講演のつもりなのだろうけど。それが恐ろしいところだ」
    「終戦直後、ニッポンは『二度と軍事大国にはならない』と世界に向かって約束した。ところが僅か5年後の1950年にはもう再軍備を開始している。全ては莫大な金額にのぼる戦争賠償金の支払いを免れるための『芝居』だったんだ。そして今やアメリカに次ぐ『大量破壊兵器保有国』だ」
    「本音と建て前を巧みに使い分ける『二枚舌』はニッポンが世界に誇るニッポン人の特性じゃ(笑)」
    「ニッポン人は核廃絶に積極的だが、本当に核廃絶を願うのであるならば、何よりも自国の右翼思想を根絶することが重要だ。ニッポンが『明治時代の植民地政策を礼賛する人物でも総理大臣になれてしまう国』である限り、とてもではないが中国もロシアも安心して核兵器を手放すことなど不可能だからな。そんな総理大臣をトップとする今の自衛隊は中国やロシアの人々に途轍もない『軍事的恐怖』を与えている」
    「『他国の戦力は世界の脅威だが、自国の戦力は世界の平和のため』。こんな主張を展開する輩こそが真の『平和の敵』に他ならないのじゃ」
    「他人の贅沢三昧には腹を立てるくせに、自分の贅沢三昧は大いに喜ぶようなものですね」
    「政治家がイージス艦やステルス戦闘機を鼻高々に自慢するのは、大金持ちが高級車や高級腕時計を、インテリ芸能人が出身大学や検定資格を鼻高々に自慢するのと全く同じ感情の発露だ。そしてそれは、小さい子供が最新のおもちゃを親に買って貰ってそれを鼻高々に自慢するのと同じくらい幼稚な振る舞いだ」
    「どうしてニッポン人の中でもインテリ階級が真っ先に国防強化を支持、右翼思想を礼賛するのか?その答えがこれですね」
    「だからニッポンみたいにインテリ階級がメディアを牛耳り、庶民がそんなメディアの言いなりになっているような国はダメなんじゃよ」
    「あるニッポンのテレビ局は近年、金曜日のゴールデンタイムに軍事マニアのインテリ芸能人をレポーターに起用して盛んに自衛隊の宣伝をしています」
    「クイズ番組に出まくり、出身大学や知識をひけらかしまくった挙句の果てが『自衛隊の広報係』か(笑)」
    「間違っても、こんな人間にはなりたくありませんね」
    「他民族を上から目線で蔑視するヘイト民族が大量破壊兵器を保有している。これほどの脅威はありません。中国やロシアは『税金の無駄』とは知りつつも、今後もヘイト民族・ニッポン人による侵略行為に備えて武力を増強せざるを得ないでしょうね」

  • 中略

  • 「ニッポンの核廃絶運動は実に『甘い』。アメリカの人々は『あいつは赤だ』と罵られるのを、ロシアの人々は『当局による逮捕・拘束』を覚悟の上で核廃絶運動を行っておる。平和運動というのは本来『命懸けの行為』なのじゃ」
    「ニッポンの核廃絶運動に対する世界の目は実に冷やかなものだ。かつてフランスが核実験を実施した時、世界中の国々でフランス製高級ブランド品のボイコット運動が展開されたけれども、その中で唯一、そうした世界的な世論に逆行して『今が安く購入するチャンス!』と世界中で売れ残った高級ブランド品を買い漁ったのは他ならぬニッポン人だった。それにそもそもニッポン政府は核兵器禁止条約の批准を頑なに拒否している」
    「核兵器禁止条約批准国が増えて、地上から核兵器が完璧に無くなったとしても、通常兵器を用いた戦争を企てる国が存在する限り、戦争は無くならない。ニッポンのように国防強化に明け暮れ、隣国の人々を虫けら扱いするヘイト国家が真っ先に戦争を引き起こすことは間違いない。事実、今の総理大臣は『自衛権の名のもとに長距離兵器を保有して敵の基地に先制攻撃を仕掛ける』と明言している」
    「自衛権は拡大解釈によっていくらでも侵略戦争を正当化します。戦前のニッポンは『アジア全土がニッポンの支配地にならない限りニッポンの安全保障はない』として植民地政策を推し進め『アメリカの軍事的脅威がある限りニッポンの安全保障はない』として真珠湾攻撃を行いました」
    「今や北朝鮮でさえ『自衛権』を口実に核開発に明け暮れておる」
    「今のニッポンの首相が盛んに主張している『集団的自衛権』。これを行使できるのは唯一『国連だけ』です。なぜなら『集団安全保障』に基づく武力行使を決定することができる唯一の正当な機関は国連だけだからです。日米同盟に基づく武力行使は断じて集団的自衛権ではありません」
    「国連決議に基づかない軍事行動は全て『違法なもの』なのじゃ。だから全ての国による自衛権の放棄、即ち『自衛権の国連譲渡』が重要なのじゃよ。全ての国が自衛権を放棄することこそ『世界平和実現の道』に他ならぬ」
    「それは要するに『日本国憲法第9条の精神を国際法にまで高める』ということですね」
    「自衛権を声高に主張、憲法改正を進める現在のニッポンはまさにその道に『逆行する存在』と言えましょう。それは同時に中国やロシアはもとより、先程も話に出た通り『北朝鮮の自衛権をも認める愚行』ことに他なりません」
    「右翼思想の最大の欠陥は、自動的に他国の右翼思想をも正当化することだ」
    「ニッポンは『平和国家の皮を被った軍事国家』なのじゃよ。その証拠に、ニッポンの首相は『ニッポンは戦後70年以上も平和国家を演じてきたのだから、これからは積極的に武力行使をしてもいいんだ』といった内容の発言をした。つまり『軍国ニッポンを復活させる』と自ら認めたのじゃ」
    「平和とは『恒久的に希求するべきもの』であって、これだけの期間、戦争をしなかったのだから、これからは『思う存分、戦争をしてもいい』という話ではないはずです」
    「近年、先の大戦での戦争に対する賠償請求が中国や韓国の民衆から出されているのも、こうした首相の態度を受けてのものじゃ。今のニッポン政府が『2度と軍国主義には走らない』という賠償放棄の大前提を反故にした以上、これらの国の人々がそれを求めるのは当然のことじゃ」
    「右翼思想のニッポン人は中国や韓国の人々が戦争を語ると『いつまでもしつこい連中だ』と文句を言いますが、自分たちこそ『東京大空襲を決して忘れない』などと叫んで、いつまでもアメリカ軍の行為をなじっています」
    「凡そ世界中どこを見てもニッポン人ほど過去のことをいつまでもほじくる『しつこい民族』はない。21世紀になってから突然、1965年に韓国と結んだ合意の内容を破棄して『徴用工は強制労働ではなかった』と言い始め、癒し財団設立の時などは、ニッポンの方から『不可逆的な合意』と言い出したくせに、合意直後から『慰安婦は自ら進んで体を売った娼婦だ』と宣伝し始めた。そりゃあ韓国が怒るのは当然だ。これらは元徴用工や元慰安婦の方々に対する明らかな『名誉棄損行為』だ」
    「というわけで、韓国ではそんなニッポンに対し損害賠償を請求するための裁判が行われました。それに対しニッポン政府は『韓国の行為は国際法違反だ』と主張しています」
    「笑っちゃうな。今現在、ニッポン政府が行っている名誉棄損行為に対して損害賠償を求めることのどこが『国際法違反』なんじゃ?」
    「元徴用工や元慰安婦の方々への名誉棄損行為はまさに『今現在、行われている』ものです。それをニッポン政府や右翼メディアは『過去に決着済みの問題を韓国は未だに騒いでいる』と言って論点をすり替えているわけだ」
    「こういった話をすると右翼は決まって『ニッポン人がニッポンの国益を第一に考え、ニッポンの恥となる事実を隠すのは当然のことだ!』といった話を展開します」
    「何という器の小ささよ。まさに自ら『ニッポンはアジアのリーダーの地位を放棄します』と宣言しているようなものじゃ。今のニッポンの総理大臣にはアジアのリーダーたる資格など全くないのじゃから(笑)まあそれはそれで結構かも知れぬが。中国や韓国の人々の心情に全く配慮しないアジアのリーダーなんて考えられんよ」
    「自衛権が『侵略のための国防強化』という本音を隠すための建前であるように、愛国心は『自分は優秀・自分は賢い・自分は偉い・自分は立派』という自画自讃を隠すための建前に過ぎない。右翼とは自分に対する『依怙贔屓』であり、それが自国に対する依怙贔屓の源になっている。こうした右翼という名の愛国者気取りの非国民による自分の国に対する依怙贔屓こそ、依怙贔屓な親が自分の子供を甘やかしてダメにするのと同様、国をダメにしてしまう最大の原因に他ならないのじゃ」
    「恥を『隠す・誤魔化す・最初から無かったことにする』限り、いつまでたっても『恥の原因』は改善されないままです」
    「恥と言えば戦後、ニッポン政府が南アフリカ政府によるアパルトヘイト政策を積極的に支持した事実も決して忘れることができない。その理由が『南アフリカから採掘される金やダイヤを輸入、自国の経済発展に利用するため』だったのだから、ニッポン人が骨の髄まで腐りきった『金の亡者』であることは明白じゃ」
    「しかしながら、こうした事実はニッポンの教科書には載っていない。ニッポンではニッポンの恥を隠す教育が徹底しているからだ」
    「ニッポンの歴史歪曲は何も明治時代以後だけの話ではない。例えば『遣隋使』。ニッポンでは蘇我馬子が派遣した第一回遣隋使の存在を隠蔽して、聖徳太子が派遣した小野妹子の遣隋使を第一回としている」
    「中国には、その記録が残っているんですよね」
    「隠している理由は、第一回遣隋使が『散々な結果に終わった』からじゃ。隋の皇帝を怒らせ、侵略の危機さえ招いた。現代においても全く変わることがない外交が下手糞なニッポンの『外交失敗』の記念すべき第一号じゃよ(笑)」

  • 中略

  • 「右翼というのは実に『矛盾だらけ』の行動をする人間である。何しろ日本軍の非人道行為を否定する同じ口から『中国人は虫けら、韓国人は虫けら』という非人道発言が飛び出すのだから、発言の説得力は文字通りゼロだ(笑)」
    「スタートとなる土台が『嘘・偽り』だから、どうしても発言には矛盾が生じるのじゃよ(笑)」
    「『日本軍は人道的な軍隊だった』と主張する前にまず、自分がデマやヘイトを止めて『人道的な人間になったらどうなんだ?』と言いたいね」
    「無理無理(大爆笑)」
    「イギリスは『アヘン戦争の誤り』を認めて香港を返還した。対するニッポンは未だに日韓協約や日清戦争を『正当な行為』と主張している。この違いこそ『紳士の国』と『野蛮人の国』の違いに他ならない」
    「儂の主張は昔から一貫していて、それは『明治維新の時点でニッポン領でなかった領土はニッポンの固有領ではない』じゃ。ひとつは明治維新以後のニッポンを『軍国ニッポン』と定義するゆえに。もうひとつは明治維新を『武力によるクーデター』と定義するゆえに」
    「一般的なニッポン人には、こうした理論的な割り切りが出来ません。理論的に物事を考える能力がないからです」
    「情緒感情民族だからな。ニッポン人は」
    「ニッポン人が、自分の耳に心地のいい嘘は容易に信じてしまう一方、自分の耳に痛い真実は絶対に信じようとしないのも、ニッポン人が情緒・感情で物事を判断する民族だからです」
    「あと、ニッポン人はとかく見栄を張りたがる。『自分は優秀な人間なんだ』というふりを見せたがる。何故なんでしょうね?」
    「その答えは単純明快。『武士道』じゃよ。『武士は食わねど高楊枝』という諺。その意味するところは『外見さえ立派に見せかけていれば、中身なんかどうだっていい』ということじゃ」
    「ニッポンの政治家が歴史歪曲に夢中になるのも,外見ばかりを尊ぶ『武士道精神』の賜なのですね」
    「ニッポンは『恥の文化』じゃ。恥を掻くことを最も悪と考えるのがニッポン人。だから嘘を吐いてでも『恥を誤魔化そうとする』のじゃ」
    「やっぱり侍なんかを崇拝しているようでは駄目ですね」
    「ニッポンでは源義経や織田信長といった武将が人気じゃが、いずれも人道とは無縁の『残虐の輩』じゃ。義経は屋島の戦いでは籠城する平氏を誘き出すために何の罪もない地元の農民の家を焼き払い、壇ノ浦の戦いでは何の罪もない地元の船頭を真っ先に殺害した。信長も伊丹城攻略戦において女子供を情け容赦なく磔の刑にして殺害しておる。時代が太平洋戦争であれば間違いなく『A級戦犯として処刑される』に値する非人道的な戦い方じゃ」
    「中国で英雄と言えば、劉備や諸葛亮といった『民衆のために戦う人徳者』と決まっていますが、ニッポンの英雄は違う。義経や信長はむしろ『曹操と同類の人間』です」
    「どうやらニッポン人は本質的に人道的な人物よりも『己の力をひけらかす暴君』を好むようじゃな。そしてそれがニッポンにおいて『右翼思想の暴走政治家』が国民からの熱狂的な支持を得て長期政権を維持する理由じゃろう。庶民蔑視の政治姿勢も、国会での強行採決も、慰安婦や徴用工の方々を虫けら扱いする言動も、ニッポン国民にとっては『この政治家、強くて素敵だわ!』という好意的な評価につながるのだと考えられる」
    「同様のことがインテリ芸能人やクイズ王についても言えると思います。普通の人間の感覚では『上から目線のタカビー』なんて軽蔑の対象以外にはなり得ないのですけど、ニッポン人の眼には『かっこいいー!素敵ー!』と映るようです」
    「ニッポンの庶民には『負け犬根性が染みついている』からな(笑)。どんなに上から目線でバカにされても相手が名門大卒やテレビスターなら別段『悔しい』とさえ思わないのだろうよ」
    「インテリ芸能人やクイズ王は文字通り『テレビメディア界の暴君』だ。『自分は優秀・自分は賢い』と自惚れ、他人を『上から目線』で見下し、『知恵者気取り』でご高説を垂れることにかけては世界でもトップクラスの能力を持っている(笑)」
    「こうしたインテリ芸能人をチヤホヤもてはやすことからもわかるように、現在のニッポンのテレビ局は反面教師にしかならない『クズ人間の溜まり場』なのじゃ」
    「最近のニッポンのテレビ番組には東大生がやたらと登場していますね」
    「テレビ局は『良識のない大人だらけの世界』だから、現役大学生に向かって『大学生は勉強が仕事だ。チャラチャラしてテレビ出演なんかしているんじゃない』と忠告する人間なんてひとりもいやしないんだよ」
    「テレビ職員に限らず、ニッポンの大人は『グルメ三昧』といった具合だから若者に対して何も言えないのさ(笑)」
    「20歳そこそこの若者に対して何も言えない大人なんて、情けないったらありゃあしないですね」
    「『何も言えない』どころの話じゃない。現役大学生如きに『知恵者気取り』をされ『上から目線』でバカにされる(爆笑)」
    「ニッポンの大人も終わりだな」
    「だからニッポンの大人は必死こいて中国や韓国の人々を見下そうとしているのね。ニッポン人の中では自分が『最下位』なもんだから」
    「右傾化の『底が見えた』な。20歳そこそこの若者に知恵者気取りされて上から目線でバカにされるダサい大人たちによる、せめてもの『ストレス解消法』というわけだ」
    「そもそもの間違いは『人間性の優劣』とは異なる手段で人間に優劣を付けようとすることだ。というのも、人間性の優劣を基準にしてしまうと、それこそ『自分の立つ瀬がない』からだ(爆笑)」
    「ニッポン人は『学力が高い』とか『お金持ちである』といったことばかりを尊び、『真面目に仕事をする』とか『嘘を吐かない』といったことの方が人間として遥かに優秀な能力だということが判らないんだな」
    「だからニッポンの国会は真面目に仕事をしない政治家や嘘を吐く政治家ばかりなんだ(笑)」
    「『偉い人』の定義がニッポンと欧米・中韓では根本的に違っておる。欧米・中韓では『自分の振る舞いに厳しいモラルの高い人物』のことだが、ニッポンでは『我儘放題できる立場にいる人物』のことでしかないのじゃ」
    「『好き勝手なことができる人間ほど偉い人の証』ってことか。ひっでえ話だな」
    「ニッポン人の『人間性の低さ』を説明しだしたら、それこそ切りがない。ニッポンで『金持ちの関心事』と言えば、美食グルメに豪邸に高級車に高級腕時計に高級ブランドのスーツやバッグ。その他には数分間の宇宙旅行など『道楽』の一言で片づけられる事柄ばかり。アフリカには綺麗な水すら飲めない子どもたちが大勢いるというのに、こういう輩はそうしたことには全く無関心。これもひとえに明治時代に儒教を捨てて神道なんか礼賛するようになったからじゃよ。儒教は人徳を尊ぶが、神道は人間性なんて全く興味ないからな」
    「だから宗教学において神道は『下等宗教』に分類されているんですね。仏教やキリスト教とは異なり『人間性の向上』に全く寄与しないから。そしてニッポン人の人間性の低さが、そのことを端的に証明している」
    「神道なんて結局のところは神様に賄賂を贈って自分の欲望を叶えてもらう、要は『ドーピング』ですものね」
    「ニッポン人は『一億総ドーピング民族』か(笑)。上手いこと言うのう。だからニッポンでは『賄賂政治』や『裏口入学』や『カネコネ人事』が当たり前なんじゃよ」
    「私は子供の頃からスポーツ選手が必勝祈願で神社参拝する姿に『違和感』を感じていました。スポーツ選手というのは誰もが精神的に強靭で、いつでも『自分の実力を試してみたい』と感じているものだとばかり思っていたのです。ところがニッポンではスポーツ選手がせっせと神頼みをしている。それって結局、試合に勝てるならば『自分の実力でなくても構わない』ということでしょう?」
    「ニッポンのスポーツ選手は負けたら『悔しい』を連呼、勝ったら『これが自分の実力だ』と大威張りするのが普通。それに対し外国人は負ければ『自分の実力不足』を素直に認め、勝った時には『神様のおかげ』と実に謙虚だ」
    「神社でせっせと神頼みしているニッポン人が『自分の実力だ』で、外国人の方が『神様のおかげ』というのは皮肉ですね」
    「外国人にとって神とは『物事の善悪を厳しく裁く裁判官』だからな。ニッポン人の抱く神のイメージとは本質的に違う」
    「ニッポンでは毎回、予選落ちしているにもかかわらず『今回は優勝を狙う!』と豪語するプロゴルファーも珍しくない。凡そ『紳士的な振る舞い』とは思えないのだけれども」
    「ニッポンでは、自分の実力に自惚れることが『前向き』で、失敗しても反省しないことが『前向き』で、たまたま勝ったときに大威張りすることが『前向き』とされているのさ(笑)」
    「ニッポン流『前向き三原則』じゃな(爆笑)」
    「できもしないくせに『できる』といい、知りもしないくせに『知っている』という。そんな見せかけばかりの『はったり人間』だらけになってしまいましたね。ニッポンは」
    「ニッポンではクイズ番組が人気で『クイズで勉強しているんだ』と自慢げに語るニッポン人も少なくないが、これは『自分は日頃、まともな勉強は一切していない』ということを自ら白状しているようなものだ」
    「小学生でも知っている常識問題に正解したくらいで『どうだ、あたったぞー!』と大燥ぎして喜んでいる大人も少なくない。まさしく『自分の知識は小学生レベルだ』と公言しているのと同じだ」
    「クイズと言えば『教科書からの出題』というのが少なくありません。そして教科書からの出題となれば、直接『文部科学省からの圧力はない』にしても、結局は文部科学省の息がかかっているのと同じですよね。ということは、クイズに出題される問題は自ずから『ニッポン政府に都合の良い右翼色の強い内容』ということになります」

  • 中略

  • 「北斎・広重に代表される浮世絵版画。今でこそ『ニッポンが世界に誇るアート』と政府もパスポートの絵柄に使用したりしておるが、明治時代には『こんなものはいらない』と輸出品の詰め物に使っておった。また、ゴッホが憧れたニッポンというのは『江戸時代の日本』であって、断じて明治時代のニッポンではない」
    「『ニッポンが世界に誇る発明』としてたびたびテレビで取り上げられる『乾電池』『カップラーメン』『使い捨てカイロ』ですが、それって発明当時は全部『使い捨て』が基本なんですよね。『モノを粗末にするニッポン人』ならではの発明品にしか見えないのですけど」
    「こうして『ニッポン自慢』をひとつひとつ見ていくと、自慢しているんだか、恥を晒しているんだか、わからないな(笑)」
    「右翼のすることなんて、そんなものよ。どこかしら抜けているんじゃ」
    「邪馬台国に女王・卑弥呼。これらは『魏志・後漢書』という中国の歴史書に登場するもので、ニッポンの歴史書には一切登場しません。それにも拘らず右翼政府やメディアは『実在した』と断定しています。日頃、中国の歴史書の記述にケチばかりつけているのにです。おまけに、その一方で、日本書紀に厳然と記述されている聖徳太子に関しては『架空人物』と主張しています。同書に記述されている神話から『ニッポンは神の国だ』と主張しているくせにです」
    「右翼というのは、自分たちに都合のいいものは何でも利用し、自分たちに都合の悪いものは何でも否定するのじゃよ」
    「実に勝手な連中ですわ」
    「ともあれクイズ番組において『幕末・明治のニッポンの偉人』『ニッポンの世界遺産』『ニッポン発祥』といったニッポンの自慢話ばかりが出題されるのには、こうした理由があったんじゃな。全ては文部科学省への忖度」
    「今日、ニッポンのテレビ局では朝から晩まで『美食グルメ番組』ばっかりです」
    「どこかのクイズ番組では、女子アナが『少しでも生産者の手助けになれば』と前置きして高級食材をクイズの景品として紹介していたよ」
    「『ものは言いよう』じゃな。本音は『自分たちが食べたい』だけの話じゃろう?」
    「高級食材の生産者なんて、政治家や財界人といったお金持ちのお得意さんと懇意なんだから手助けなんか必要ない。手助けが必要なのは倹しい庶民のはずだ」
    「ニッポンでは自殺者が急増しており、海外のメディアの方がこうした事態を積極的に報道。真剣に『ニッポンの行く末』を憂慮しています」
    「どっちが『ニッポンの愛国者』か判らないな(笑)」
    「ニッポンのテレビ局の職員なんて所詮『庶民蔑視のインテリ』でしかないからな。アナウンサーなんて『カネコネ人事の見本』のようなもので、それこそ大金持ちのお坊っちゃんとお嬢ちゃんばかりだ」
    「だから『バカばかり』なんだ(爆笑)」
    「そのくせ『アナウンサーは言葉のプロ』『アナウンサーは博学で優秀な人間でないとなれない』なんて真顔で自画自讃している。勿論、誰も信じちゃいないがね(大笑い)」
    「誰でしたか『美食グルメを食べ慣れた口からは呆れるくらい自慢話や大嘘ばかりが飛び出し、正義や真実は何ひとつとして語られない』といった人がいましたね」
    「珍柿。『明治時代に伝来したマキャベリズムとニッポンの武士道が融合して今日の右翼思想が出来上がった』と定義した21世紀を代表する賢人じゃよ」
    「確かに、自分も『グルメ!グルメ!』と騒いでいる人格高潔な人物にあったことは一度もありません」
    「グルメ通を自称する奴ほど、実のところ味覚が肥えていない。テレビ番組で美食グルメを解説する人間の決まり文句は『甘い』と『柔らかい』だ」
    「ニッポンにいた頃、儂は『梨は長十郎が一番美味い』と思っておった。硬くて甘くないが瑞々しい。近頃の品種改良された梨は甘くて柔らかく、儂の口には『腐っている』ようにしか感じられん」
    「ニッポンでは品種改良が盛んで、昔は苦かった野菜も糖度を増して軒並み甘くなってしまいました。その結果、子どもの野菜嫌いは減りましたが、だからといって本当に『野菜嫌いが克服された』とは言えないでしょう」
    「『マンガで楽しく日本史を勉強』などと同じ発想。こういう子どもは『マンガが好き』なだけで、決して勉強が好きになっているわけではない」
    「苦い野菜や硬い肉を『美味しい』と感じられるようになることが『大人への成長の証』であり、本当の意味で『味覚が肥えた』ということなのじゃ」
    「品種改良によって甘くて柔らかい食材ばかりが流通するようになり『食事によって忍耐力を鍛える』という習慣がなくなった結果、ニッポン人はちょっとしたことでもすぐに『キレやすく』なりました」
    「その点、韓国にはキムチがあり、子どもの忍耐力を高めるのに役立っています」
    「韓国の料理は『医食同源』。ニッポンのように『美味しさ』だけを追求してはおらぬ。だから韓国料理には『奥深さ』があるのじゃ」
    「料理ひとつ見ても、ニッポンと韓国では雲泥の差があるのですね」
    「今日、クイズ番組や美食グルメ番組だらけのニッポンのテレビ番組。その理由は何かありますかね?」
    「『バブル崩壊』じゃ。バブルが崩壊してニッポン国内の貧困格差が大きくなった結果、CMを提供しているスポンサーが顧客を金のない『一般庶民』から、金のある『インテリ』にシフトしたのじゃ。その結果、テレビ局は『庶民向けの番組』ではなく『インテリ好みの番組』ばかりを制作するようになったのじゃよ」
    「そういうことか」
    「つまり、ニッポンのテレビ局は『一般庶民を切り捨てた』のじゃよ」
    「だから『視聴率6%のドラマ』でも放送中止にならないわけですね(笑)。インテリなんて人口の一割ぐらいしかいないわけですから」

  • 中略

  • 「私が学んだニッポンの歴史教科書には『竹島は1905年に島根県になった。だから竹島はニッポンの固有領である』と記されていました。私以外の生徒はその内容を丸暗記するだけでしたが、私は『じゃあ、それ以前はどうだったのかしら?』と思い、調べたのです。そうしたところ、中国に31ある正史のひとつである『隋書』や仙台出身の学者・林子平の『三国通覧図説』など、竹島がもともと『韓国領である』ことを示す資料が幾つも見つかりました。そして竹島が島根県になった理由が『武力を背景にした強迫による不当な領土割譲』であることもわかりました。竹島の割譲に反対する朝鮮王妃を駐在公使に暗殺させるなど『ニッポンの極悪非道ぶり』をまざまざと知ることができたのです」
    「こういう話を聞くと、自分の大学生時代を思い出すわい。天文学の講義で教授から『ハッブルの法則は宇宙が膨張している証拠である』と聞かされ、教室の中にいる多数の学生の中で儂一人だけが『それって観測者が収縮している証拠とも考えられるじゃないか』と疑問を抱き、教授に質問したんじゃ。教授には一蹴されてしまったが、それが結果的に正解だったんじゃ」
    「庶民の心を失い、上から目線でしか物事を見られなくなった科学者は『マッド・サイエンティスト』に成り下がる。この原理は何も科学者に限った話ではありません。いかなる立場の人間であろうとも庶民の心を失えば『マッドな存在』に成り下がります。政治家しかり、官僚しかり、メディアしかり、芸能人しかり、スポーツ選手しかり、そして一般庶民もしかり。現在のニッポンの世論が狂っているのは結局のところ、一般庶民が『インテリ気取り』を始めてしまい、物事を『上から目線』で見ようとするからです。テレビに頻繁に登場するコメンテイターに代表されるインテリの話をそっくり鵜呑みにすることによって」
    「まさに『一億総インテリ気取り』じゃな」
    「昔からニッポン人は自らを『一億総中流』と呼んで自画自賛しています。根っこは深いです」
    「この言葉は奇しくも『ニッポンには上流の人間はいない』という物事の本質を鋭く衝いています」
    「上流の人間、即ち『本当に立派な人物』とは、全ての人々の幸福を願い、そのために行動する『器の大きな人間』のことで、学歴や財力や地位をひけらかして自分を立派な人間に『見せかけよう』とする人間のことではない」
    「自画自賛は器の小さい人間の典型的な行動です。自画自賛の本質は『自分に対する過大評価』であり、それは『自分に対する依怙贔屓』に他なりませんから」
    「自分に甘い人間は、他人よりも自分の家族の振る舞いに甘く、他国よりも自国の振る舞いに甘い。自分に厳しい人間は他人よりも自分の家族の振る舞いに厳しく、他国よりも自国の振る舞いに厳しい。当たり前の話だがな」
    「ニッポン人は呆れるくらい『自分に甘い民族』です。誰もが守らなければいけないモラルやルールを誰もが『自分だけは守らなくてもいい』と考えている」
    「昔『ニッポン人がニッポン人を追悼して何が悪い!』と靖国参拝を繰り返す総理大臣がいたが、まさに『自分に甘い人間』の典型例であった。思えばニッポンがアジアのリーダーから転落し始めたのも、この総理大臣のこうした振る舞いからじゃった」
    「要するに『自分に不都合な正義』や『自分の耳に痛い真実』がこの世にはいくらでも存在するということを認識できないのがニッポン人ということです。体は大人でも精神は幼児のままなのです」
    「だからなんだな。今のニッポンで、産地の偽装やデータ改竄といった不祥事が頻発するのは」
    「今やニッポンは『偽装大国』。どんなにニッポン政府やメディアが『ニッポン製品は品質が高い』などと声高に叫ぼうとも、ニッポン産やニッポン製品の品質など凡そ信頼できるものではない」
    「ニッポン人はそのことを承知していますよ。だって、お金持ちはみんな『車はドイツ製』『腕時計はスイス製』『スーツはイタリア製』『バッグはフランス製』を欲しがりますもの」
    「貧乏な人だけが仕方なく購入するのがニッポン製というわけだ」
    「にも拘らず『ニッポン製品は素晴らしい』か(笑)。まさに二枚舌だな。しかも本人の意識としては嘘を吐いている気などはさらさらなくて『ニッポン製品は素晴らしい』と口にするときだけは本気で『そう思っている』のだから、なおさらたちが悪い」
    「産地を偽装する食品業者、安い食材を高級食材に装う高級料亭、燃費データを改竄する自動車会社、ペーパー車検を行う民間車検場、部品の加工精度を示す数値を検査合格範囲内に改竄する金属加工会社、東大・京大といった名門大学による論文データの捏造、テレビ局のやらせ番組など『ニッポン人の仕事の質の低さの具体例』を挙げれば、それこそキリがありません」
    「こんな調子だから中国に抜かれ、韓国に抜かれた。この先、もっと多くの国々に抜かれるじゃろうて」
    「ところで、もしもニッポンが中国に先制攻撃を仕掛けたとしたら、それこそが、こうしたニッポンを『滅ぼす好機』となるのではないでしょうか」
    「さっさと憲法を改正して戦争を始めろ。そして負けちまえ!そうすりゃあニッポンの右翼は全員処刑だ。その方が手っ取り早い。今のニッポンには自浄作用など到底、期待できない」
    「私もその意見に同感です。『自衛隊が抑止力になっている』という右翼の主張が如何に出鱈目なものであるかを証明するには憲法改正が一番です。憲法改正後、直ちに戦争になれば『やっぱり平和憲法こそが抑止力だったのであり、自衛隊など何の役にも立っていなかったんだ』とニッポン人も認識するでしょう。それにそもそも右翼が大威張りしていられるのは『平和憲法に護られているから』であり、それを自ら棄てて他国との戦争に突入すれば、そうした連中は肝を消して『こりゃあえらいことになったぞ』と慌てふためくことでしょう。その姿が是非とも見てみたいです」
    「神社ブームがこうした我々の期待と予想を『現実へと誘う』であろう。ニッポン人は神社に住んでいる魔物をせっせと養う結果、戦争という最悪の事態を招き寄せて、自ら国を亡ぼすのじゃ」
    「まさに太平洋戦争がそうでしたね。国民総出で伊勢神宮を敬った結果は敗戦。それも『原爆二発』のおまけ付きでした」
    「ニッポン人とは実に『弱い生き物』で、相手が魔物であっても目先の小災害を恐れて、或いは目先の『魔の功徳』欲しさから崇拝してしまう。そうして魔物をせっせと養い、最後には国そのものを滅ぼす大災害に見舞われるというわけじゃ」
    「この前、ニッポンのクイズ番組で『10月は神無月と言ってニッポン全国の神様が出雲大社に集まる月だ』と解説していました」
    「出雲大社と言えばそれこそ、ひと際大きな注連縄で有名な神社。神様が集まろうにも集まりようがない。ニッポン政府やメディアがどんなに『神社は神様が住む神聖な場所』と喧伝しようとも、ニッポンに代々受け継がれてきた歴史書の記述こそが真実であり、神社は魔物の住処なのじゃ」
    「聖徳太子、日蓮、福澤諭吉といったニッポンを代表する賢人たちが一堂に『神道を否定する』のも至極当然のことだ」
    「それにしましても、どうしてニッポン人は『自国の歴史書』さえ満足に読まないのでしょうね。特に今の時代は右翼思想が台頭して『愛国心』が声高に叫ばれているのですから、自国の歴史書を積極的に読みそうなものですけど」
    「そりゃあ精神力が貧弱だからさ。何たって赤信号が青に変わるまでの数分間さえも我慢できずに信号無視するのがニッポン人なのだから。そんなニッポン人に読むことのできる本と言えば、せいぜい『入門書』くらいのものだ」
    「検定教科書はまさにそうした『入門書の代表選手』です」
    「今のニッポンの教科書には『ニッポンの世界遺産』『ニッポンの偉人』『ニッポン発祥』といった『ニッポン自慢に関する知識』ばかりが満ち溢れていて、それは今のニッポンでは愛国教育という美名のもとに政治家にとって都合のいい『お国の名誉を貴ぶ国民』を作り上げるための教育が行われていることを示唆しています。しかも平清盛や長州維新志士など本来は『国賊』とされるべき人物が多数『偉人』として扱われている」
    「そんな教科書を学ばされているニッポンの子どもたちが実に憐れでならん」
    「教科書だけではありません。ニッポンでは『情操教育』という美名のもとに子どもたちに路上のポイ捨てごみを拾わせたり、毎年12月の寒い時期に募金箱を持たされてスーパーの入り口や駅前などに立たされています」
    「とんでもない話だ。大人がポイ捨てしたゴミは大人が拾うべきで、子どもたちが拾う必要など全くない。それに12月に外に立たされるなど罰として廊下に立たされるのと同じだ」
    「その結果、ニッポンの子どもたちは性格がねじ曲がり、大人になるとポイ捨てを平気でするようになるのじゃ」
    「大人と子どもの完全な『役割分化』というわけですね」
    「ニッポンの子どもたちは学校教育によって『人間性を歪められている』んじゃよ」
    「そもそもニッポンの大学では『人間性豊かな学生』など初めから求めてはおらん。ニッポンの大学が求めている『理想の学生』とは学歴社会に何の疑問も抱くことなく黙々と受験勉強にいそしむことのできる『社会に従順な学生』のことじゃ。それと『カネコネを持っている学生』じゃ。というのも、名門大学の名門大学たる由縁は『有名企業への就職率の高さ』にあるからじゃ。だからどんなに頭はバカでも有名企業ヘの就職が約束されている学生,或いは『親の地盤を引き継いで将来、政治家になることが約束されている学生』であれば100%合格になるのじゃ」
    「ニッポンってホント、イヤな国ですね」
    「最後にお隣、北朝鮮について少々、論じ合いたいと思うのですが」
    「同じ民族同士でいがみ合うなんて・・・まるでニッポン国内の争い、たとえば東京と大阪、千葉と埼玉のようです」
    「こうした争いはニッポン人の得意分野であり、ニッポン人に任せておけばいいんじゃよ」
    「同感」
    「拉致被害者の一部が帰国した時、ニッポン政府は一気に友好関係を推し進めればいいものを『全員帰国でなければ何もしない』と自ら対話の門を閉ざした。それが全てじゃよ。その結果、北朝鮮は『ニッポンは信用できない』『もうニッポンとは対話しない』と結論するに至ったのじゃ」
    「ニッポンの政治家が『韓半島の歴史』についてもっと知っていれば、北朝鮮に対する外交政策は『違うものになっていた』はずです」
    「何よりも呆れるのは、ニッポン人の多くは『自分たちは何も悪くないのに北朝鮮はニッポン人を拉致した』と考えていることだ。過去に自分たちが彼らに対し行ってきた『残虐非道行為』を綺麗さっぱり忘れている」
    「戦後、右翼政権は『そのような教育』を一貫してニッポン国民に対して行ってきたからの。ニッポン人は1876年まで時間を巻き戻して、正しく学び直さないといかんよ」
    「その年、ニッポンは軍艦8隻を用いて韓半島に攻め込んだ。そしてその後、日韓協約を3度に渡り強要。最終的に日韓併合を行った」
    「軍艦8隻!ペリーが日本にやって来たときは軍艦4隻でした。当時のニッポンはその倍の数で韓国に攻め入ったのですね」
    「軍艦4隻による威嚇によって交わされた二つの日米条約を今日、ニッポン政府は『不平等条約』と定義している。であるならば、軍艦8隻による威嚇によって交わされた日韓協約が『超・不平等条約』であることは疑う余地がない。それをニッポン政府は平然と『対等の話し合いによる正当な条約』と主張しているのだから、恐ろしい限りだ」
    「ニッポンの名門大学生はこうした事実を知っているのでしょうか?」
    「知るわけがない。なぜなら彼らは高校生の頃まで『受験対策の勉強』しかしていないから、大学生になっても『クイズ対策の勉強』しかできないんだ。『勉強とはそういうものだ』と思っているのだからある意味、当然だ」
    「だからニッポンの名門大学生は日常、使うこともない『難読漢字』をはじめ、別に『知らなくてもいいことばかり』を頭に詰め込んでいるのですね。本当に知るべきことは何も学ばないで」
    「結果、今のニッポンには難読漢字や世界遺産は沢山知っているけれども、人間が人間らしくあるために知っておくべきことについては何も知らない『阿呆』がウジャウジャいるというわけじゃ」
    「韓国人は英語をスラスラと話せますが、ニッポン人は話せない。それはニッポン人が漢字力を国語力と錯覚しているように単語力を英語力と錯覚しているからで、つまり英語教育以前にニッポン人は『語学力に対する考え方』が根本的に間違っているのです」
    「英語力はともかく、国語力の欠如は深刻な問題だ。それはイコール『思慮の欠如』や『表現力の欠如』といった人間としての『内面の奥深さの欠如』に直結するわけだから」
    「だからニッポン人は『チャラい』のじゃよ。海外の人々にとって、自分が自由に使うことのできる時間は『有意義なことをするための時間』だが、ニッポン人にとっては『暇で退屈な時間』に過ぎん。だからニッポン人は暇な時間があると、テレビ・ゲーム・マンガ・スマホといった『暇つぶしの道具』を用いて、自分の頭を使っていろいろと独創的なアイデアを生み出すことのできる有意義な時間を『無価値な時間』にしてしまっておるというわけじゃ」
    「そろそろ話を戻しますと、要するに北朝鮮側の意識としては1876年から現代にいたるまで『ニッポンとの戦争は続いている』わけだ。拉致事件もそうした歴史的背景があればこその行動。とすればニッポンがとるべき行動はそうした北朝鮮側のニッポンに対する怒り『ときほぐす行動』をとることだ。そしてそれは当たり前だが、断じて経済制裁などではない」
    「『北朝鮮が先に誠意を示せ!』は無理というものだ。『大日本帝国による卑劣外交』によって何度も裏切られた挙句に、国そのものを奪われた過去があるのだから『ニッポンに対する不信』はそりゃあ相当なものだ」
    「今の北朝鮮は『拉致被害者を全員帰国させてもニッポンは経済制裁を止めない』『核兵器を破棄したらアメリカが攻め込んでくる』と本気で考えている。そう思われても仕方のない行動をニッポンとアメリカは過去に行っているのだから、これはニッポンとアメリカの自業自得というもの。北朝鮮のすぐお隣で暮らす我々としては『迷惑極まりない話』じゃ」



  •  自分と同じくニッポンを捨てた「流浪の民」たちと久しぶりに胸がスカッとなる話をし終え、ソウルへと戻った碓氷を待っていたのは「商用ライトバンの設計依頼」だった。
     乗用車とは異なり、長い年数に渡って製造されるものだから、実用的な堅実さが何よりも重要となる。しかも古臭くなってはならない。なまじ流行のデザインを取り入れると、あっという間に古臭く見えてしまう。ある意味、デザインとしては最も難しいものかもしれない。
     だが心配はいらない。碓氷はここでも非凡なる才能を見事に発揮した。
     碓氷は今回、チーズの角をナイフで切り落としたような、カクカクとしたシェイプを採用した。これは箱形の使いやすい荷室と垢抜けたボディデザインという両方の要素を同時に実現するためのものだ。
     トレッド幅が車幅よりも明らかに狭い。これは路上駐車する際に歩道の路肩にタイヤのホイールを接触させないためのものである。
     Cピラーが太いのは鶏ミニバンの時と同じでボディ剛性という観点から。コピー機などの重量物が積まれることを想定してのものだ。Cピラーに飾りとなるガーニッシュが施されているのも鶏ミニバンの手法だ。
     リアには精密機器を運んだ際に衝撃を与えないためにエアサスペンションを採用。エンジンがオフのときには、お尻が低く下がるので、荷物の出し入れにも都合がいい。
     そしてこの車の最大の特徴はやはりドアノブが左右に3つずつあること。このライトバンは5ドアではなく7ドアなのだ。リアドアのさらに後ろに設けられたドアによってリアゲートを開けなくても横から荷室の荷物を取り出すことができるのだ。それほど大きくない荷物の出し入れ、たとえば牛乳ビンの入れ替えなどで効果を発揮することは間違いない。
     このように碓氷はこのライトバンにニッポンのライトバンには備わらない「商用車としての利便性」を多数、注ぎ込んだ。
     こうした数々の特性によって、商用バンとしての高い機能性を備えたことは勿論だが、こうした特性ゆえに、この車には「予定外の需要」まで求められることになった。それは即ち「タクシー需要」であった。乗員部分の車内長だけで2000mmに達することから「タクシーとしても充分に利用することができる」と、タクシー会社が次々と発注したのである。
     こうしたことから、直ちに生産されることが期待されたのだが、社会的な事情により生産開始は数年遅れることになる。



  •  毎年1月に開催されるカリフォルニアの楽器フェアにおいて碓氷は音楽業界への貢献を評価されて賞を授与されることになった。

     ひと月前。
    「そうですか。ですが、うちのチーフデザイナーはそういうのは好きではないので、断ることになるかもしれません」
     楽器フェアを主催する団体から風信子に電話が入った。その電話を受けた信子は先方に対して、そのように告げるのだった。
    「とりあえず、伝えてはおきます」
     そう。碓氷は賞が嫌いであった。賞を鼻高々に自慢する受賞者。賞に騒ぐメディアや大衆。どちらも碓氷にとっては「愚かな連中」にすぎない。なぜなら前者は「自分の人間性を磨く」ことに全く興味のない連中、後者は「他人の人間性」に全く興味のない連中に他ならないからだ。

     ここで碓氷の「家柄」について簡単に触れておこう。どうでもいいことなので、読み飛ばしていただいて結構である。
     碓氷は広島のとある名家の末裔である。明治維新後もその勢力は衰えず、そのまちの初代町長は碓氷の曾祖父だ。そして祖父は外交官であった。
     しかしながら碓氷の姓は異なっている。
     碓氷家は領主に代々仕える家老の家柄。そこにふたりの姉妹がいた。姉は碓氷家を継ぎ、妹は領主に嫁いだ。妹は子宝に恵まれ、3人の男の子を生んだ。一方、姉の方は子宝に恵まれることなく夫は逝った。そこで姉は妹が産んだ次男を養子とした。これが碓氷の父である。
     その後、碓氷家は家の財産を質に入れながら、養子となった碓氷の父を女手一つで育て上げたのである。
     さらに事態は変化する。妹の夫が亡くなり、妹が再び碓氷家に戻ってきたのだ。しかも三男を連れて。妹は三男を愛し、姉も同調した。というのも、碓氷の父はすぐに激昂する性格だったが、三男はとても素直な性格だったからだ。
     かくして家は三男が継ぐことになり、碓氷の父は妻とともに東京へと旅立つことになった。その後、碓氷の父は東京近郊に安住の地を定めた。碓氷はその地で生まれた。碓氷が生まれたのは住宅公団の2DKの団地だった。
     碓氷は倹しい生活の中で育つ。碓氷が中学時代に一家はマンションを購入、引っ越す。
     そして中学時代に一つの事件が起きた。
     中学三年生の三学期。碓氷はそこそこの進学校に進学することが決まった。そこそこであったにもかかわらず、それまで碓氷を「偏差値40以下のバカ男」とバカにし、口をきいたことさえもない女子生徒たちが碓氷の周りにどっと集まった。「すごーい」「碓氷って、頭いいのねえ」。碓氷は述懐する「およそこの時ほど、腸が煮えくりかえるほどの怒りと空しさを覚えたことはない」と。
     こんな心境の碓氷が進学校に進学したからとて、真面目に勉強などするはずがなかった。一流大学への進学も、一流企業への就職も、碓氷にとっては「空しい虚栄」にすぎなかった。名門大学の肩書きや一流企業の肩書きに釣られて集まってくる連中との交友。碓氷はとてもではないが、そんな生活は「自分には耐えられない」と思った。かくして碓氷は教室を逃げ出し、近所の公園のベンチで読書三昧に耽った。完璧に「落ちこぼれ」である。
     この時期の碓氷はがむしゃらになって世界的名著を読み漁った。現在、碓氷の本棚に並ぶ書籍の何割かは、この時代に読まれたものだ。「今の自分に必要なのは大学受験のための学力ではなく人生の指針となる哲学だ」。碓氷は自分の「生きる目的」を探していた。
     行く気など全くなかったのに大学に進学してしまった碓氷は懸賞小説の執筆や、ロックバンドでの活動など、いろいろなことに手を染めた。自分の才能に気が付いていない碓氷は、とにかく必死になって「才能捜し」に明け暮れた。だが、どれも上手くはいかなかった。懸賞小説は落選を重ね、ロックバンドはインディーズのままだった。
     そんな碓氷が最後に辿り着いたのが「絵画」だった。その時、碓氷は25歳になっていた。

     今一度、違う角度から碓氷の過去を見てみよう。
     碓氷には4つ年上の兄がいる。兄と弟。この両者は全く性格が異なっている。
     碓氷については改めて説明するまでもない。エレキギターを開発させれば「ローズベイ」、スーパーカーを開発させれば「エターナル」といった具合に、常に「傑作」を生み出すために最大限の努力を払う。仕事に対する集中力は文字通り、ずば抜けている。
     一方、兄の方は自分の仕事に対する「必要最低限の責任感」さえも持たない。
     兄は長年、とある個人経営の設計事務所で建築の図面を引いていたのだが、いつまでたっても「1級建築士」の資格を取得しようとはしなかった。家に帰ればマンガとテレビゲームに明け暮れる日々。それは設計事務所の社長が高齢となり事務所を閉める日まで変わらなかった。結果、兄は設計事務所のクライアントを引き継ぐことができないばかりか、他の設計事務所への再就職さえもできなかった。以後、兄はゲームとマンガに明け暮れる日々を過ごしていた。
     そして碓氷の母親は、そんな兄にぞっこんである。「お兄ちゃんは賢い、お兄ちゃんは頭がいい、お兄ちゃんは優秀」これが母親の口癖である。対する碓氷に対しては「あんたはバカ、あんたは変わりもの、あんたは頭がおかしい」。
     なぜ、このようなことになるのか?それは碓氷の母親と兄の生命境涯の基底部はともに無気力な「地獄界」だが、碓氷のみ創作活動を好む「縁覚界」だからである。
     碓氷は幼少の頃から絵を描いたり、文章を書いたりするのが好きだった。母親はそうした碓氷の行動を「くだらない、ばかばかしい」としか感じなかった。生命境涯が地獄界である母親は決して碓氷の創造能力を理解しようとはせず、碓氷のこうした行動を全て「無駄な努力」と見下していた。当然のように母親は、碓氷のこうした才能を徹底的に潰そうとした。碓氷は小学1年生にして学習塾に放り込まれた。「大学!公務員!大学!公務員!」これが碓氷の母親の口癖であった。母親は碓氷が名門大学へ進学、卒業後は公務員となること以外、何も期待しなかった。
    「民間企業とは違って公務員になれば仕事は楽で、サボっていてもクビにならず、ボーナスもいっぱい貰えるの。だから公務員になればとっても楽なの!」
     この言葉が「真実である」かどうかはともかく、母親はそう言って碓氷に公務員になることのメリットを力説した。だが、それは「楽な生活=幸福な人生」と考える母親の人生観であって、碓氷の人生観はそれとは全く正反対なものだった。碓氷は「本当に価値のある喜びは努力の先にしか存在しない」ことを知っていたのである。母親は年がら年中、テレビばかり見ており「寝っ転がってテレビを視ているのが一番楽しい」と公言するが、碓氷の眼には、そんなものは幸福な人生から最も遠い位置にある「無気力のなせる業」でしかなかった。碓氷に言わせれば、無気力で自分では何も「やる気が起きない」から、他人が与えてくれる娯楽を見て「おもしろい、つまらない」と判定するだけの日々に満足できるのである。果たして母親の力説は全く逆効果となった。碓氷は母親が力説すればするほど大学進学や公務員に全く魅力を感じなくなっていったのである。
     そもそも母親には幼少の頃より碓氷の話を全く理解することすらできなかった。碓氷が話をする。すると母親は「ははは」と笑いだしたり「うーうー」と唸り出したりするのが常だった。その原因は碓氷の話が理論的であり、志が高い内容であるため、碓氷の話を聞くと母親の脳はたちまち処理能力の限界に達し「思考停止の状態」に陥ってしまうからであった。自分の感情のみを判断基準として自分が好きなものは「正しいもの」、自分が嫌いなものは「間違ったもの」という考え方しかできない母親には、碓氷の客観的かつ理論的なモノの見方、自分の私利私欲よりも社会全体の利益を考えるコスモポリタン的思考など到底、理解し得なかったのだ。テレビ三昧の母親と創作三昧の碓氷の関係は文字通り「水と油」であったのだ。
     「努力すれば成功できる」という考えを母親はあざ笑った。「努力しても成功しないのが社会の現実」であり、それを理解できない碓氷を母親は「社会の厳しさを知らない愚か者」と罵った。「寝っ転がってテレビを視ながら宝くじが当たるのを待つのが賢い生き方なの」と豪語する母親。
     そんな母親に対し、碓氷は「努力もしないで宝くじが当たるのを待っている方が社会の厳しさを知らない人間だ」と言い返す。両者の主張は常に平行線を辿った。
     これはある意味、当然のことだった。母親と碓氷の生命境涯の間には「餓鬼界、畜生界、修羅界、人界、天界、声聞界といった具合に幾つもの境涯があり、しかも修羅界と人界の間には大きな断絶がある。母親は修羅界から上にあがることはなく、碓氷は人界から下にさがることはない。ゆえに、ふたりの生命境涯が交わることは決してなく、それは即ち「ふたりの意見が一致しない」ことを意味していたのだから。
     そしてそんな関係に我慢できなくなった碓氷は30歳の時、家を出た。大学を卒業、社会人となり、休みの日に家で絵を描いていると「寝っ転がってテレビを視ていれば楽なのに!」「絵なんか描いたところで疲れるだけなのに!」と嫌味を言ってくる母親の存在に耐え兼ねたのだ。

     同じ家に一緒に暮らしていた頃、たびたび碓氷は「兄のお伴」をした。
     兄のお伴。それは「対戦ゲームの相手」だ。以下、ふたつのゲームについて解説しよう。 
    ひとつ目は、太平洋戦争をモチーフとした戦争ゲーム。兄は日本軍を、碓氷はアメリカ軍を操作する。兄は戦艦大和に乗り込み、大規模な戦艦部隊を組織する。対する碓氷はエンタープライズに乗り込み、レキシントン・サラトガ・ヨークタウンからなる空母部隊を編成する。勝負はほぼ互角だ。日本軍が先にアメリカ艦隊を発見すれば、圧倒的な火力によって空母を全滅させるし、アメリカ軍が先に日本艦隊を発見すれば、戦艦大和めがけて艦載機が攻撃を仕掛ける。
     ふたつ目は、戦国時代のニッポンを舞台にした全国統一ゲーム。兄は織田信長。対する碓氷は伊達。といっても、この時代の伊達の藩主は「晴宗」だ。キャラクター数値といい、国力といい、圧倒的に兄の方が優位だ。碓氷が必死に「輝宗」とともに東北を平定する頃には既に兄は近畿一帯を支配する「大大名」だ。碓氷はとにかく上杉謙信と武田信玄が兄によって倒される前に、少しでも多くの諸領と人材を確保しなくてはならない。「政宗」に過度の期待をしてはならない。頭脳も戦闘力も大したものだが如何せん、なかなか登場しないのだから(笑い)。政宗が登場する頃には西日本はおろか関東も織田信長の勢力圏になっている。兄が操る織田信長は呑気に「茶器集め」を楽しんでいる。一等茶器を家臣から取り上げて悦に入っている、とんでもない奴だ(後で金を与えて忠誠度を回復させるのだ)。鉄砲製造も大好きで、全ての足軽部隊が鉄砲部隊だ。鉄砲100丁の足軽部隊に3方面を囲まれ一斉射撃などされたら、それこそ1ターンの戦闘で伊達の部隊は「全滅」してしまう。

     このふたつのゲームの譬えからも、碓氷と兄との性格の違いが、まざまざと見えてくる。
     兄はまずバリバリの「右翼思想の持ち主」だ。日本軍や右翼政治家を礼賛、中国人や韓国人を「虫けら」としか思わない。「自分は優秀、自分は立派、自分は偉い、自分は賢い」という自画自賛意識が非常に強く、常に「有利な立場」に自分を置きたがる。
     逆に碓氷はニッポンの常識に「懐疑的」だ。由緒正しいサラブレッドであるよりも努力と才能によってのし上がる「叩き上げ」を好む。
     碓氷は30歳で家を出たが、兄は親と今も同居し、食品は「国産品」しか口にしない。特に中国産や韓国産の食品は絶対に食べない。データ改竄や虚偽表示といった事件からは目を背け「国産は安全」と信じて疑わない。対する碓氷はニッポンいた頃より中国産や韓国産に大変、御厄介になっている。「右傾化のおかげで中国産や韓国産に問題があればすぐにメディアが騒いでくれるから安全」「国産品は品質が悪くても風評被害を理由に事実を隠すから、むしろ危ない」という碓氷の考えは実に理論的である。
     兄は食わず嫌いが激しく「魚嫌い・野菜嫌い・椎茸嫌い」で肉ばかり食べている。反対に碓氷は肉よりも魚や野菜を好む。
     兄は運動も嫌いだ。その結果、ぶよぶよと太り、見た目はまるで「弱い相撲取り」のようだ。対する碓氷は言うまでもなく登山が趣味。これまた母親曰く「あんたは頭がおかしい」という根拠の一つとなるものだ。「自分から危険な場所にいくなんてバカ」ということだ。
     正直、こんなふたりが直接、話をすることも、ここ20年ほどは無くなってしまった。兄は韓国に移住した弟を「非国民」と罵る。母親も同様である。だが碓氷にとって、この称号は「誇り」だ。右翼思想が席巻するニッポンにおいては愛国者こそがヘイトや軍国主義といった反人道行為を支持する「人非人」であり、非国民こそがそうしたものを否定する「まともな人間」なのであるから。そして「要領よくサボること」を人生の美徳と考えている人間から罵られることは自分が「真面目な人間」である何よりの証でもあるのだ。                          

     ところで受賞の件だが、碓氷は結局「受けること」にした。
    「自分には、この賞を受ける義務があるように思う。毎年自分の作品を展示してもらっているわけだから、賞を主催する側の都合も考慮しないわけにはいかない」
     この碓氷の発言は奇しくも「賞の本質」を見事に言い当てている。
    賞、それは結局のところ「受賞者のためのもの」ではない。受賞者の名声を利用して自身の権威を高めたいという「主催者の思惑」だ。主催者は賞を授与することで「賞の名声」の維持のために現時点において有名な科学者や作家の業績を利用する。その見返りとして受賞者には富や名声が与えられるという寸法だ。それだけではない。場合によっては一国の政府が「富裕国との経済交流」を狙って富裕国の国民に賞を出すことも珍しくない。だから賞には常に「疑念」が付きまとうのだ。それにもかかわらず、自分の審美眼を磨いていない多くの人間は無条件に賞の権威を受け入れ、その前にひれ伏す。受賞者を「優秀な人間」と思い込み、受賞理由とされる業績を「優秀な業績」と思い込むのだ。これが「俗物趣味」でなくて何であろう。

     だから碓氷は「賞が嫌い」である。

  • つづく        



  • 10

  •  世界中の誰もが予感していた通り、ニッポンの右翼政権は憲法改正後、直ちに行動を開始した。「敵国の基地を先制攻撃、破壊することは自衛権の行使である」という手前勝手な理論のもと、自衛隊は東シナ海沿岸にある中国の軍事基地を長距離兵器で攻撃、破壊した。さらにその3日後には「ニッポンに宣戦布告してくる可能性のある国を先に武力制圧することは自衛権の行使である」とする出鱈目もいいところの理論を主張。本格的に中国内に武力侵攻を開始した。かつて大日本帝国は「大東亜共栄圏」の美名のもとに非道極まる植民地政策を繰り広げた。今度の戦争では「積極的平和主義」の美名が用いられていた。そんなニッポンの行動に対し中国もまた直ちに宣戦を布告。「第二次日中戦争」の始まりである。そしてそれは韓国にとっても決して「対岸の火」ではなかった。
     ニッポン政府は韓国に対し「この戦争に乗じて北朝鮮が韓国へ侵攻してくる可能性がある。故に自衛隊の部隊を援軍として韓国へ配備する」と一方的な通告をしてきた。無論、これが「韓国防衛の手助け」のためなどでは決してない「日韓併合の布石」であることは誰の眼にも明らかだった。当然、韓国政府はこれを拒否。直ちに自衛隊の進軍に備えた。
     それから2日後、自衛隊による韓国への侵略が開始された。真っ先に攻撃にさらされたのは無論、竹島。韓国軍の善戦空しく、アメリカに次ぐ世界第2位の軍事力を誇るニッポンの自衛隊の前に、あえなく撤退する以外にはなかった。
     アメリカの同盟国同士による武力衝突。
     この非常事態に対しアメリカは「成す術」がなかった。ニッポン政府はあくまでも「北朝鮮の軍事侵攻から韓国を護るための援軍派遣」であり、それを拒絶する韓国政府がどうかしているのだと一貫して主張した。アメリカ軍は北朝鮮の行動には目を光らせることができても、同盟国同士のもめごとには全く無力であった。
     その北朝鮮はといえば、ニッポンと韓国とが共に「疲弊する時」を待っているのか?不気味な沈黙を続けていた。

     在韓ニッポン人が在韓アメリカ軍の軍艦に乗って次々とニッポンへと帰国する。韓国政府はニッポンのような強制収容所を作らなかった。ヘイトスピーチが蔓延する非人道国家・ニッポンにあって在日韓国人や在日中国人は強制収容所の中で太平洋戦争の時と同様に「虫けら同然の扱い」を受けていたが、人道を重んじる韓国では在韓ニッポン人に対して速やかな帰国が促されたのだった。
     但し、身元保証人がいる場合に限り、在韓を許された。信子はマナが身元保証人となった。とは言え自由に街中を歩けるわけではない。信子には事実上、自宅での軟禁生活が強いられた。そしてそれは碓氷も例外ではなかった。碓氷は大学を追われ、風信子は休業を余儀なくされたのだった。
    「ええい、くそう」
     碓氷は自宅の中で、いてもたってもいられなかった。
    「こんなときに自分は何もできないのか」
    「パパー」
    「パパー」
     唯一の慰みは、ふたりの幼子たちだ。
    「おー、よしよし。今日は何をしようかあ」
     その後、ふたりの幼子は遊び疲れてソファの上で眠った。
    「マナ」
    「はい」
    「俺は決めたぞ」
    「決めたぞって、何をですか?」
     マナは碓氷のいつになく真剣な顔に不安を覚えた。
    「まさか!」

     1週間後、碓氷は慶州にいた。
     そう。碓氷は兵隊に志願したのだ。拱手傍観など凡そ碓氷の性格に合わない。自分の祖国の兵力が自分の家族が暮らす国を武力によって侵略しようとしている。碓氷にはそれが断じて許せなかったのだ。
     碓氷は陸軍の対空防衛部隊に配属されていた。携帯SAM(歩兵用地対空ミサイル)を武器に飛来する戦闘機を迎撃するのが任務だ。
     配属当初、部隊の誰もが碓氷の存在をいぶかしんだ。歳をとっていたし、何よりも「元・ニッポン人」であったから。
     だが、すぐに碓氷は部隊の中でも「一目置かれる」ようになる。
     配属3日目。遂に自衛隊との初交戦の時が訪れた。
     サイレンが戦闘機の襲来を告げる。碓氷もまた肩に携帯SAMを背負って、建物の外に飛び出した。
     碓氷が構えた。左手のグリップを握ると安全装置が解除され、同時にオートフォーカスによる自動追尾機能が作動を開始した。目標物は三つ。それらがブルーで表示される。数秒後、目標物のうちの一つがブルーからレッドに変わった。これは目標物をロックした証。敵戦闘機をロックしたのだ。
    「発射!」
     右手の人差指でトリガーを引く。ミサイルが発射された。
     ミサイルは一直線に敵戦闘機を目指して飛んでいく。10秒後、敵戦闘機は空中爆破。機体は燃えながら落下していった。
     やがてサイレンが止んだ。残りの2機はどうやら去ったようだ。
     この光景を見ていた兵士たちが、碓氷のもとに集まってきた。
    「すごいじゃないですか」
    「やったじゃないですか」
     敵とは言え、本当にニッポンの戦闘機にミサイルが打てるのか?この疑念を、ものの見事に払拭した碓氷を皆が称賛した。
    「ありがとう」
     碓氷は「人を殺した」という懺悔の念にかられつつも、皆からの称賛を嬉しく思うのだった。
     その後も碓氷は次々と自衛隊の戦闘機を撃墜していった。気が付けば碓氷はこの部隊における「撃墜王」。撃墜数二桁は部隊中、唯一人の記録であった。

     信子の自宅のポストに封筒が届く。マナがそれを手に取ると、差出人は碓氷であった。 マナは碓氷が兵隊として志願してからは、ふたりの幼子とともに信子の家に暮らしていた。
     マナが封を切る。

    「タクミとボタンは元気か?私は至って元気だ。昨日も戦闘機を一機、撃墜した。パラシュートは開かなかったから恐らくパイロットは死んだのだろう。死んだパイロットには親がいて、あるいは妻や子供もいるかもしれない。それを思うと、やり切れなくなるが、これも全ては右翼思想に固執するニッポンの政治家どものせいなのだと自分に言い聞かせて、今はとにかく『闘うしかない』と覚悟を決めている。  中略  早く風信子を再開したいな。造りたい車のアイデアがいくつもあるよ。社長には『よろしく』といっといてくれ」

     マナは祈る、「一日も早く無事に戻ってきて」と。



  •  中国大陸へ進軍した自衛隊は上海を攻略。その余勢を買って南京をも落とした。そして遂に北京攻撃を開始した。
     同じ頃、韓国では釜山が陥落。それに続くように江陵も落ちた。沿岸地帯で残すところはもはや慶州のみとなっていた。
    「来た、ヘリボーン部隊だ!」
     慶州に自衛隊の誇るオスプレイ一個部隊が攻撃を仕掛けてきた。次々とオスプレイから自衛隊員らが地上へ降下してくる。
     多勢に無勢。もはやこれまで。
    「くそう」
     地団駄を踏んで悔しがる碓氷。その碓氷とともに部隊は大邱へと下がった。
     その後の慶州はまさに「地獄絵図」と化した。侵略者らによる略奪、殺戮。そして強姦。
     その中に、碓氷の知っている者がいた。と言っても友人ではない。
    「いやー、やめてーっ!」
    「ひゃっひゃっひゃっ」
     民家に押し入り、若い娘を凌辱する3人のニッポン人。
     そう。奴らこそその昔、マナを襲った、あの3人組に他ならなかった。
    「あれえ~っ!」
     成す術もなく凌辱される娘。果たして碓氷は娘の仇打ちができるだろうか?

     釜山、慶州を落とした自衛隊は続いて大邱攻略へ向けて計画を練った。まず先に釜山を落とした部隊が進軍を開始した。その大邱では釜山と慶州から撤退した韓国軍が合体して立て直しを図っていた。

     その後、情勢に変化が生じる。そのきっかけは北京攻防戦に中国が勝利したことだった。最新の兵器を揃え、武力において圧倒的に勝るニッポンの自衛隊に対し、中国軍は文字通り「不屈の闘志」で挑んだ。両者の闘いはまさに「モノ自慢のニッポン人と精神力の強さを誇る中国人」の闘いだった。そして1000万人に及ぶ被害を出しながらも中国人民はニッポンの自衛隊に北京の土を最後の最後まで踏ませなかったのだ。
     この情報は当然、韓国軍も掴んでいた。防戦一方だった韓国軍の士気が一気に上がった。 士気の高い両軍による大邱攻防戦は文字通り、北京攻防戦に劣らぬ大激戦となった。都市をなかなか陥落できないことにいらつく自衛隊による無差別攻撃によって数多くの韓国市民が殺害されたのである。「中国人は虫けら、韓国人は虫けら」。このような思想がニッポン人の世論となっている時代に自衛隊が中国や韓国の人々に対して「人道的に振舞う」ことなど、もとより有り得ない。その暴虐はまさに、かつての旧日本軍を彷彿とさせるものがあった。
     そして、その中で「運命の出会い」が碓氷を待っていた。
    「兄貴!」
     碓氷の兄である正幸もまた、この闘いに志願兵として参加していたのだ。
     思えば正幸は幼少の頃よりバリバリの右翼で大の「韓国嫌い」。だから、これは不思議でも何でもなかった。正幸は自分が大好きな戦争ゲーム感覚で「韓国の人々を皆殺しにする」ためにやってきたのだった。
    「丁度いい。裏切り者のニッポン人をひとり、ここで成敗してくれるわ」
     正幸は銃を構えるのではなく軍刀を抜いた。
    「覚悟しろ、国賊め!」
    「くっ」
     碓氷もまた刀を抜いた。もはや戦うしかなかった。
    「死ね!」
    「兄貴!」
    「兄貴などと呼ぶな。お前は非国民。それだけだ」
     テレビゲームに明け暮れる正幸と、登山で体を鍛える碓氷。何事もチャランポランで手を抜きまくりの兄と、根性の塊のような弟。そんなふたりの勝負ははじめからわかりきっていた。だが正幸は「自分の方が強い」と信じて疑わない。「弟が兄よりも優れているわけがない」。それが正幸の信念であり、同時に正幸を愛してやまない母親の信念でもあった。
     そんな正幸の攻撃に対し、碓氷は防戦一方。
     碓氷は戦えなかった。こんな兄でも兄は兄だ。それに兄を殺せば母親が悲しむ。一方、正幸はこれを「自分の実力」と自惚れていた。
     碓氷は刀を下ろした。自分が殺される覚悟だった。
    「さらばだ、非国民!」
     軍刀が振り下ろされる。
     その時。
     碓氷の後方から銃声が聞こえた。同時に正幸の体が空に舞った。
    「隊長!」
     碓氷の部下がそう叫びながら碓氷のもとに駆け寄ってきた。隊長というのは碓氷のことに他ならない。この時期、武勲著しい碓氷は隊長を務めていた。
     銃声の正体は部下による銃撃だった。部下の放った銃弾が正幸の体を吹き飛ばしたのだ。
    「隊長、お怪我は?」
    「ああ、大丈夫だ」
     碓氷は倒れる正幸の体に向かって歩いた。正幸は既にこと切れていた。胸から上を血だらけにし、目をかっと見開いて。その恐ろしい目つきに碓氷は兄が本当に自分のことを「ニッポンを捨てた国賊」として憎んでいたことを見て取った。だが、それでも碓氷は幼い頃に一緒に遊んだ思い出、メンコやスーパーカー消しゴムによるカーレースなどを回想しないではいられなかった。
    「・・・・・・」
    「隊長、急ぎましょう」
    「ああ」
     碓氷は部下とともにその場を後にした。

     大邱攻防戦に勝利をおさめた韓国軍は、その勢いで一気に慶州を奪還。さらには江陵も取り戻し、遂に釜山へと迫っていた。
     その釜山では自衛隊員らがオスプレイに乗り込んで退却を行っていた。
     そこへ碓氷の率いる部隊が到着した。
    「逃げる者は追わずともよい」
     碓氷は一旦、部隊の前進を止めた。右翼思想に汚染された自衛隊は非道極まる侵略者だが、韓国軍は人道を尊ぶ防衛軍なのだ。
     その時。
     近くの茂みから銃撃が。自衛隊員が潜んでいたのだ。
     碓氷に怪我はなかった。だが、すぐ隣に立っていた戦友が打たれた。即死だった。
    「おお、許せん!」
     碓氷は自らの足で逃げる敵を追った。敵は3人。碓氷は知る由もなかったが、こいつらこそ、かつてマナを襲い、慶州の娘を集団レイプした、にっくき3人だった。
     3人は必死に最後のオスプレイに向かって走って逃げた。だが、日頃から登山経験に長けた碓氷の方が断然、足が速い。
    「うぎゃあ!」
     まず一人。
    「ぐわあ!」
     続いて二人。
    「うげえ!」
     最後のひとり。碓氷は3人とも容赦なく斬り捨てた。
     一流のアーチストである碓氷には一目見ただけで、その人物の性格を見抜く能力がある。碓氷のセンシブルな感受性は即座にこの3人を「決して生かしておいてはならない悪党」と判断したのだった。
     残りの自衛隊員はいないと判断したのだろう。オスプレイはその場を離陸した。

     釜山は取り戻した。あと残すは竹島のみ。
     碓氷の部隊はその後、海軍と合流。高速駆逐艦に乗船した。
     碓氷を乗せた高速駆逐艦はより大型の駆逐艦や巡洋艦などとともに艦隊を形成、竹島奪還に向け出発した。

    「明日、海を渡る。生きて韓半島へは戻れないかもしれないが、結果はどうあれ、生き延びるために必死に戦うつもりだ」

     この手紙がマナのところに届いた頃、竹島では激戦が展開されていた。                          



  •  竹島を取り巻くように浮かぶ海上自衛隊の無数の護衛艦。旭日旗を掲げ、軍艦マーチを声高らかに唄う「日本海軍気取り」の連中に手加減など無用だ。
    「撃てー!」
     韓国軍司令官の号令と同時に海戦は始まった。
     無数とはいっても海上自衛隊だって無尽蔵の艦船を保有しているわけではない。中国軍との戦闘のために、かなり出払っていた。ここにいるのは10隻ほど。
     だが、それでもやはり韓国軍は不利な闘いを強いられた。
    (このままでは負ける)
     そう直感した碓氷は艦長に戦場を離れ、艦を東に航行させるよう提案した。
     東へと進む高速駆逐艦。
    「いた」
     何かがいる。更に近づくと、そのシルエットが明らかとなった。
    「間違いない。イージス艦だ」
     海上自衛隊が誇る6隻のイージス艦の一隻。碓氷はもともとニッポン人だから海上自衛隊の艦船の形を知っていた。
     そして、更にその後方には。
    「ご丁寧に空母までいやがる」
     海上自衛隊が所有する空母は4隻。そのうちの半数にあたる2隻が、ここに展開していたのだった。
     これらの艦船こそ、まさしく海上自衛隊・韓国方面部隊の司令部に他ならなかった。
    「こりゃあ、面白くなってきたぜ」
     碓氷は危機的状況に陥れば陥るほど冷静になる。凡そ碓氷の心に「諦め」とか「絶望」といった感情が備わっているとは思えない。
    「対艦ミサイル発射準備」
     この時代における海戦の勝敗はどちらが先に対艦ミサイルを敵艦に命中させるかだ。
    「ミサイル接近!」
     だが、先に発射したのはイージス艦だった。拙い。
    「そのまま直進してください!」
     碓氷は艦長に直進を要求した。「無謀な賭けに出た」わけではない。直進している時が最も船のシルエットが小さいゆえに碓氷はこのような判断をしたのだ。なまじ回避しようとして船体を横に向けたら、シルエットが大きくなる。ましてやこの船は駆逐艦よりもさらに小型の高速駆逐艦だ。当たれば一発で沈むが、当たらない確率の方が高い。
     かくして、イージス艦が発射したミサイルは逸れた。
     天は碓氷に味方した。当然だ。天は必ず「使命ある人間」に味方するのだ。
    「発射!」
     高速駆逐艦から対艦ミサイルが次々と発射された。全弾発射。それぞれ異なる艦に向かって飛翔していく。対艦ミサイルは面白いようにイージス艦や空母のどてっ腹に吸い込まれていった。見る見る黒煙が立ち上る。対艦ミサイルの破壊力は第二次世界大戦時の魚雷などとは比較にもならぬほど強力なものだ。かくして、フォークランド紛争においてイギリス海軍が誇る巡洋艦が一発の対艦ミサイルによって撃沈されたように海上自衛隊が誇るイージス艦と空母の計3隻が海の藻屑と消えた。
    「艦長、あれを」
     無数の小型ボートが自衛隊員を載せてニッポンを目指していく。
    「どうしますか?捕まえて捕虜にしますか」
     航海士の意見を碓氷は否定した。
    「逃げる者を追う必要はないでしょう。艦長、それよりも艦を竹島へ」
     高速駆逐艦は船首を竹島へと向けた。

     その後、碓氷の部隊は船内で暇な時間を過ごしていた。上海では自衛隊と中国軍との激戦が行われていたが、韓国領土内では、あの日以来、もはや戦闘は起きていなかった。

     そして、さらにひと月が経過。
     全ての都市を奪還した中国軍は、いよいよニッポン本土攻撃に向けて準備を整えていた。かねてより開発、量産を続けていた最新鋭ステルス戦略爆撃機「関羽」を投入することに決定したのだ。航続距離10000Kmを超え、音速の2倍で飛翔する関羽はニッポンのいかなる都市も2時間以内に攻撃することができる。
    「隊長、大変です」
     部下が自室で寛ぐ碓氷のもとに駆け込んできた。
    「どうした」
    「先程、入った情報で、どうやら富士山が噴火したそうです」
    「そうか。遂にニッポンは諸天善神からも見捨てられたか」
     その昔、国を挙げて伊勢神宮を敬い、アジアの国々で暴虐の限りを尽くしたニッポンに対しニッポンの諸天善神が「東海大地震」という天罰を下したように、今回もまた諸天善神はニッポンに対し「天罰を下した」のだ。
     中国軍の反撃ばかりかニッポンを守護するはずの諸天善神からも見捨てられた謗法国家・ニッポン。碓氷はこの戦争の結末が「ニッポンの敗戦」であることを確信した。
    「もうじき、この戦争も終わる。ニッポンの負けでな」
    「そうですね、隊長」
    「早く、子どもたちに会いたい」
     突然、サイレンが鳴った。碓氷は急いで艦橋へ向かった。
    「何があったのですか?」
    「敵襲です。敵の戦闘機隊が急速接近しています」
    「数は?」
    「約20機」
     戦闘機が飛来してきた。
    「何?」
     先頭を飛んでいた戦闘機が洋上に浮かぶ韓国の巡洋艦に体当たりした。続いて飛んでくる戦闘機もまた、別の巡洋艦に体当たり。
    「これは神風特攻だ!」
     そう。中国との戦いに敗れたニッポンの指導者らは「せめて竹島だけでもニッポン領に!」との思いから残った戦闘機部隊をかき集めて彼らに特攻を命じたのだった。「竹島を占領した後、中国と和睦を結ぶ」というのがニッポン政府の考えであった。
    「何てバカな奴らだ!」
     思わず碓氷はそう叫んだ。そう叫ばずにはいられなかったのだ。右傾化の果てに今のニッポンが「太平洋戦争から学んだ教訓」を全て捨ててしまったことはとっくにわかっていたけれども、まさか「ここまで」とは思わなかったのだ。
     だが、感傷になど浸っている場合ではない。まだ18機の戦闘機が残っていた。
     そのうちの一機が碓氷の乗船する高速駆逐艦に特攻を仕掛けてきた。爆発。衝撃。瞬く間に船は炎に包まれた。
    「全員退艦。脱出用のボートに乗れ」
     直ちに脱出用のボートが用意され、乗組員が次々と脱出する。
    「隊長、早く!」
     碓氷がボートに乗ろうとしたその時。

      ドガーン

     高速駆逐艦が大爆発した。その衝撃で周囲に波が立った。その波によって救助ボートが一気に押し流された。
    「隊長ー!」
     脱出ボートは碓氷を高速駆逐艦に残したまま波に揺られながら離れていくしかなかった。
     そして数分後。船は海底へと沈んだ。
    それから約1時間後に戦争は「終わった」。航空自衛隊に神風特攻を強いるニッポン政府に愛想を尽かした自衛隊の青年隊員らが反旗を翻し、総理大臣をはじめとする関係閣僚全員を拘束。中国・韓国に対し「無条件降伏」を通告したのである。

  • つづく        



  • 11

  •  終戦を迎え、ソウル市民は喜びに沸き返っていた。
     そんな中でマナは絶望に打ちひしがれていた。
    「先生の乗った船が撃沈された!」
     悲しむマナを信子が激励する。
    「あなたはふたりの子どものママなのよ。そんなことでどうするの。しっかりなさい」
    「はい」
    「ともかく詳しい情報を知らなくては。軍に直接、掛け合うのがいいわ」
     ふたりは軍本部へと向かった。
     中は混雑していた。戻らない兵士を心配する人々でごった返していた。2時間も待たされて、ようやく関係者と話のできる機会を得た。
    「それらしい人物に関する情報は今のところありません」
     とりあえず情報が入ったら伝えてくれるよう頼んで、この場は帰宅するしかなかった。
     1週間経っても連絡はなかった。無論、じっと待ってなどいない。独自に調査を進めていた。

     ひと月が経過。
     やはり行方は杳としてわからなかった。絶望が脳裏をかすめる。

     そして1年が過ぎた。
     マナと信子は碓氷が戦死したとされる竹島沖の洋上にやってきた。船の上から海を眺める。
    「先生」
     ふたりは海に花束を投げ込んだ。
     自宅へ戻ったマナは一通のはがきが届いているのを見た。それはソウル市内の大学病院からだった。
    「現在、当病院に入院されているキム・アタマ様に関することで至急、お話したいことがございます」
     まさか?マナは信子とともに直ちに大学病院へと向かった。
     病院に到着した二人を待っていたのは、はがきの差出人である碓氷の担当医師であった。
     事情は次の通り。
     今から半年ほど前、地方の病院からひとりの患者がここへ転院されてきた。その患者こそが碓氷だったのだが、碓氷には意識がなかった。植物人間の状態のまま半年が経過したのだが、指紋検査によって身柄が判明した(碓氷は韓国入国の際に指紋を採取されている)という次第。
    「それで今、先生は?」
     ふたりは碓氷の病室へ案内された。扉を開け、中に入る。
    「先生」
     ベッドの上で眠っているのは、紛れもない碓氷。
    「このまま延命治療を続けるか中止するか決めていただきたくて、連絡を差し上げたのです」
     碓氷はあの日以来、1年に渡り植物人間の状態であった。意識を取り戻す確率は限りなく0だという。
    「先生」
     マナは碓氷の手を握りしめた。
     その時。
    「バカな」
     担当医師の驚愕。マナに握られた碓氷の手が動いたのだ。
     そして。
    「マナ」
    「先生」
    「ここは、病院か?」
    「そうよ、ここはソウルの病院よ」
    「そうか。俺は助かったのか」
    「碓氷君」
    「社長も来てましたか」
     3人の会話を目の前に見る担当医師は思わず「信じられない」と叫んだ。
     そう。碓氷は復活したのだ。現代医学が「蘇生は不可能」と判断。既に「臓器提供者」の候補となっていた植物人間は見事に奇跡の復活を遂げたのだ。
    「そうか。あれから1年も過ぎたのか」
    「ええ」
     マナは、この1年間の出来事を碓氷に話した。戦争は終わり、復興に向けて進んでいることを。
    「戦争は、まだ終わってはいない」
     だが、碓氷はそう語るのだった。

     この時期、中国ではニッポンの右翼政治家らを裁く軍事法廷が開かれていた。
     そこでは、総理大臣を筆頭に右翼政党に所属する政治家、政府に翼賛したジャーナリスト、学者、芸能人、財界人などが次々と裁かれていた。だが、こうした者たちが全員裁かれるまでには、まだまだ長い年数が掛かる。
     そして、そうした戦犯に対する処分以上に、右傾化の時代には美徳とされていた「ヘイト感情」がニッポン人の心から完全に払拭されるには、それこそ気の遠くなるような長い年数が必要であるに違いなかった。
     ニッポン人が「アジアの人々は皆、同じ仲間だ」という意識を獲得するまで戦争は決して終わらないのだ。そしてそれこそが太平洋戦争後にやり残した「ニッポンの長年の課題」でもある。今こそ、この課題に真剣に取り組まなくてはならない。2度とアジア人同士による戦争を起こしてはならない。

     翌日、碓氷は退院した。



  •  さあ、風信子の再開だ。
     碓氷は社長室へ挨拶に伺った。
    「社長、今日から復帰します」
    「碓氷君」
     信子の様子がおかしい。何か思い悩んでいるように見える。
    「社長、どうされましたか?」
    「私、社長を辞めようと思うの」
    「えっ」
    「社長を辞めてニッポンへ戻るわ」
     信子はずっと以前からニッポンへの帰国を願っていたのだった。碓氷の将来のことを思い韓国にやってきたのだが、信子は碓氷よりも一回り年上だ。異国の地での暮らしが、どれほど重荷だったことか。そして今の碓氷はおしもおされぬ世界的デザイナーだ。将来は確約されていた。
    「社長」
    「碓氷君、今まで本当にありがとう」
    「礼を言うのは自分です。今まで本当にありがとうございました」
     碓氷は一旦、社長室を出ると、数分後に戻ってきた。脇に何やら抱えて。
    「これ、持って行って下さい」
     それは昔の風信子の看板。
    「どうせニッポンに戻ったところで、じっとなどしていられないでしょう?好きなことを始めてください」
    「社章権とかは、いいの?」
    「社長を訴える奴なんか、ここにはいませんよ」
    「ありがとう。なら、いただくわ」

     後日、役員会議が開かれた。
     その結果、信子は社長を解任。社長には新たにマナが就任することに決まった。
     再開した風信子は次々とニューデザインを発表した。
     社長兼アパレル部門の代表であるマナは洋服のように気軽に着ることのできる韓服を開発。早い話が膝丈スカートと韓服風のブレザーコートの組み合わせで、最初に上下紺色のものをリクルートスーツとして販売した点がユニーク。瞬く間にビジネスマンスーツとして認知された。
     碓氷もまた精力的にデザインをこなしていく。
     碓氷自身は全く好みではないが海外では人気ということでSUVを発表。全長4500mm・横幅1840mmのものと全長4700mm・横幅1950mmの二種類をデザインした。プラットホームを共有する関係からホイールベースは全く同じだが、どちらもデザイン的な破綻がないのは碓氷ならではのセンスによるものだ。国内販売主眼の小型バージョンは遊びを少なく、個性を重視する海外市場向けの大型バージョンはリアエンドの造形を大胆なものにするといった違いを見せる。
     碓氷が特に力を入れたのはフロントマスクのデザイン。欧米各社のSUVの場合は、たとえばBMWのキドニーグリルやJEEPの7本スリットに代表されるように元々メーカー自体の独自性が確立しているので、フロントマスクの造形に困ることはないが、新しく参入する者が他社に似かよらないオリジナリティあふれるフロントマスクを確立することは容易ではない。実際、ニッポンのSUVの中にはスリットの数を変えただけの「ジープもどき」といった類いのデザインは少なくない。
     碓氷のそれはグリルを正方形に分割したうえで、各正方形の中の上1/3をエアインテークとし、下の2/3はパネルで覆うというものだ。
    正方形は小型の方が3つ、大型の方が4つといった具合に格子の数を変えてあるのは横幅が違うためであるが、それでも両者のイメージを変えないことで、今後の「メーカーの顔」としてのオリジナリティを確立する狙いがある。海外の一流メーカーの車の顔はいつの時代にも同じであり、モデルチェンジのたびにコロコロ変えたりなどしないもの。碓氷の狙いはそこにある。街乗りSUVではあるが本格オフロードマシーン的な「武骨なイメージ」を意図的に残している点がミソで、路線としてはドイツではなくイギリスのSUVと同じものと言える。
     勿論、フォリゼリエやショーモデルはお手のものだ。スーパーカーをはじめ、スポーツカーのようなミニバン、王族のための御料車にいたるまで、あらゆる車を次々とデザインしていった。
     そして碓氷の処女作にして最高傑作(総じてそんなものだ)であるエターナルもまた遂に最後のアニバーサリーモデルがラインを離れた。エターナル生産用のジグがレストアルームへと移動される。明日からは後継モデルの生産が開始される。もはやガソリン車ではなく水素燃料で走る新世代のスーパーカーだ。なぜ水素自動車なのか?発進加速や最高速など数値的には電気自動車の方が優れるが、エンジンの吹き上がりなどスーパーカーには実用車とは異なる「機械ならでは感触」も必要であり、水素エンジンの方が電気モーターよりもガソリン車に「味わいが近い」からである。
     その名は「ホライズン」。「永遠から地平線の彼方へ」というわけだ。
     エターナルからの構造上の変化はラジエーターがフロントに移動したことだ。その結果、冷却能力が大幅に向上、水素燃料とも相まってエンジンパワーをアップさせることが可能となった。しかし、これはあくまでも副産物である。ラジエーターをフロントに移動した最大の理由はリアにトランクスペースを設けるためである。
     エターナルのオーナーが抱く最大の不満はリアにトランクスペースがないためゴルフバッグを2個載せることができないことだった。トランクスペースがフロントの場合、フロントサスペンションによってゴルフバッグを載せるだけの横幅を確保することができなかった。エターナルの後継車には、この改善が求められたのだ。
     フロントにラジエーターを持っていった場合、デフ&トランスミッションの上にあったマフラーをラジエーターのあった場所に移動できるため、デフ&トランスミッションがあった空間をトランクとして利用することができる。しかもその位置はリアのサスペンションとは干渉しないため横幅を広くとることができ、ゴルフバッグを載せることが可能なのだ。
     碓氷自身はゴルフをやらないため「スーパーカーにゴルフクラブを載せられる必要がある」のか疑問なのだが、確かに、ミッドシップ黎明期はリアにトランクがあった。ディノ、308、カウンタック、パンテーラはリアにトランクを備えている。リアにトランクを備えなくなったのはBBが最初で、フェラーリはその後のテスタロッサや348でもトランクを廃しており、やがてリアにトランクのないミッドシップが主流となったのである。
     ホライズンのスタイリングはエターナルのクリーン&プレーンとは打って変わり、グラマラスなものとなった。これは実際の数値にも表れており、エターナルに対し全高が65mm上がったのに対し、全長は何と192mmも短くなった。地を這うスタイリングからググっと盛り上がるスタイリングに変わったということだ。鰭の付いたエアインテーク&ダクトとボディサイドを走る曲線の組み合わせは、まるで女性が着る革製の服が描くラインのようにセクシー。実際、このホライズンには焦げ茶色や黄土色といった革製の服に使われる色が似合う。
     リアにトランクを持ちながら尻下がり。そしてボディ表面と一体となったテールランプ。エターナルとは明らかに異なる造形。碓氷はエターナルの後継車にエターナルの面影を残さなかった。ホライズンは碓氷が過去の巨匠たちの影響を脱したことを示す「成長の証」なのだ。
     最後のエターナルがラインを離れた時、碓氷は何を思ったであろう?本音かどうかは実に疑わしいのだが、碓氷は次のように語った。
    「過去のアイデアに興味はないよ」
     その言葉の通り、碓氷はその後も精力的に仕事をこなしていく。
     だが、全てのデザイナーが、プロスポーツ選手が歳とともに体力の衰えを感じるのと同様「アイデアが枯渇する」のを避けることはできない。ひたむきな努力によって自身の才能を爆発させることのできた人間だけが味わう「悲哀の時」だ。無論、碓氷も例外ではない。経験値によって「それなりにまとまった作品」を容易に生み出す一方で、ホライズンを最後に碓氷は二度と「一目惚れ」するスーパーカーを生み出すことはなかった。

     翌年から、戦争によって生産を見合わせていたライトバンが「マイスターバン」の名前で生産を開始された。
     同じ頃、建設中断によって鉄骨むき出しの状態にあった新美術館もまた建設が再開された。新美術館は「平和を祝う祭典」のために急ピッチで建設が進められた。

     そして2年の月日が流れた。

     右翼を裁く軍事裁判は集結した。そして、ニッポン国内では中道政権主導による「平和国家に向けての再建」が軌道に乗り始めていた。
     その代表的なものは「テレビ局の再編」である。
     アメリカですら全国ネットのテレビ局は「3局」しかないにもかかわらず、戦前のニッポンにはNHKも含めて6局もの放送局が存在した。明らかに供給過剰状態で、視聴率は「10%で好成績」というありさまだった。
     そこでアメリカと同じ3局にしたのである。
     最大の問題は「どの3局を潰すか」だった。NHKを潰し、2局の民放を潰すのか?それとも民放を3局潰すのか?
     結果は「民放3局を潰す」。その理由は戦前、民放テレビ局による「右翼礼賛」「反中・反韓」を根底とする番組制作が余りあるものだったからだ。そこで、特にそうした傾向の顕著だった3局、即ち文部科学省&防衛省御用達の「政府広報放送局」の色合いが濃い順に民放テレビ局3つが潰されたのである。
     無論、NHKを筆頭に残った民放2社も職員の多くが事実上「総入れ替え」となったことは言うまでもない。右翼政権に迎合した職員は経営トップを筆頭にプロデューサーだろうとアナウンサーだろうと全て一掃され、メディアへの再就職も禁止された。
     こうした政策は国民に「有益な効果」をもたらした。テレビ局が減ったことで「視聴率一桁台の番組」は減少、テレビ局に支払う企業の広告費用が「5分の3」になったことで「商品の値段」が大幅に安くなり、さらには通信に利用できる電波帯が増えたことで飽和状態にあったスマホ回線にも余裕が生まれたのである。



  •  碓氷は成田からニッポンに入国すると東京、三島、富士経由で富士宮を訪れた。
     富士宮のまちは富士山麓にあるまちでは唯一、観光客に荒らされていない純粋に「地元の人々が静かに暮らすまち」だ。富士五湖周辺のような高級ホテルやペンションなどはなく、遊園地もない。グルメもB級にランクされる焼きそばだけだ。そのおかげで富士山の裾野に広がる風光明媚なまちでありながら観光客による喧噪とは無縁である。
     碓氷が降りたのは富士宮からひとつ先の西富士宮駅。駅の出入り口に自動改札はなく、スイカ用の無人機が真ん中にひとつ置いてあるだけ。碓氷は改札にいる駅員に切符を手渡し、駅を出た。
     ドーナツ型のロータリー。中央には樹木が二本と、その隣に現代アート風の彫刻が立つ。ロータリーを囲むようにして立つ建物のほとんどが3階建ての商店だ。赤い屋根の白いタクシーが並ぶ。
    「さてと」
     碓氷は右手、即ち富士宮方面に向かって歩き出した。歩くとすぐ右手に地元の信用金庫があった。そこの駐車場に置かれた三角ポールが青と白、即ち富士山カラーであるのを見て、碓氷はここが富士山の裾野に広がるまちであることを認識するのだった。
     東の空を見上げると、そこには確かに富士山が聳えていた。
    「これが今の富士山か」
     大噴火後の富士山。富士宮のまちから見るとまさに真正面の中腹に宝永噴火口に匹敵する大きさの新たな噴火口が大きく口を開いていた。
     空は晴れているのに道路脇の側溝にはまるで大雨の時のように水が大量に流れている。富士山からの湧水がまちの中を流れているのである。そんなマイナスイオンいっぱいのまちだからだろう。このまちに暮らす人々はニッポン人でありながら、まるで韓国人のようにマナーが良くて、とても礼儀正しい。
    「おはようございます」
    「おはようございます」
     道をすれ違うたびに碓氷は相手から先に挨拶をされる。
     信号機のない横断歩道の前で車をやり過ごそうと立っていたら、何と車が停まってくれた。
     これらはいずれも首都圏のまちでは絶対にあり得ない出来事だ。
     まちの歩道のあちらこちらに大小様々な火山弾が置かれていた。先の大噴火の名残が、ここかしこにまだ残っている。
    「あった、ここだ」
     2階建ての小さなコーヒー喫茶。表の看板には「ひやしんす」の文字。碓氷は入口の扉を開け、中へと入った。
     店の中は、こじんまりとしている。4人ほど座れるカウンターに4人用のテーブルが3つ。棚にはキルトグッズがいくつも置かれ、壁には創業時の看板が掛けられていた。碓氷はそれをじっと眺めた。「貴重な品」との思いからだろうか。外には飾らないで中に飾られていた。
    「いらっしゃい」
     若いイケメンのウェイターがオーダーを取りに来た。
    「店のオーナーに会いたい」
    「オーナー、お客さんです」
     店の奥から信子がやってきた。
    「まあ、碓氷君じゃないの」
    「久しぶりです、社長」
     ふたりは空いている客席に着いた。
    「何でまた急に?」
    「招待状をお持ちいたしました」
     碓氷は懐から一通の封筒を取り出した。
    「来月、いよいよ新美術館が開館します」
     新美術館がいよいよ来月に開館する。
    「あなたも出品するの?」
    「私の作品は常設です」
     碓氷の作品は最上階の展示室に常設展示される。
    「VIP待遇じゃない」
    「まあ、あちらでは自分は『戦争功労者』ですから」
     碓氷はこの言葉を他人には聞かれぬように小声で話した。

     実は、ここへ来る前、碓氷は実家を訪ねていた。
    「お前の言うことなんか何も信じないわ。正幸はきっと生きているわ!」
     碓氷は母親に自分が戦場で見た真実を語った。だが、昔からそうであるように碓氷の母親は碓氷の話など全く信じようとはしなかった。
    「お前の顔なんか見たくもない。二度とここへは来ないで頂戴!」
     碓氷は実家を後にした。碓氷はこの母親の言葉を肝に銘じた。二度と碓氷が実家を訪れることはないだろう。かくして碓氷は物心ついてから唯の一度も母親から愛されることなく終わった。これはひとえに碓氷の生命境涯が高いゆえの宿命であった。「人が見ていない時には要領よくサボって、大変なことは他人にやらせて自分は楽をするのが賢い人間の生き方」と考えるごく普通のニッポン人にすぎない母親には、実の親子でありながら最後の最後まで碓氷の心を理解することはできなかったのである。

    「タク君とボタン君は元気」
    「ええ。もう一人増えましたよ」
     終戦後、碓氷はさらに一児をもうけていた。
    「また男の子?」
    「いえ、女の子です」
    「お母さんに似て、かわいいでしょうね。きっと」
    「それはもう」
    「ところで、富士山は見た?」
    「ええ。迫力ありますね。あんなものが正面を向いていると正直、怖いですね」
    「私が来た時は、それこそまだ噴火が続いていて時々、火山弾が降って来たのよ」
    「それは大変でしたね」
    「特に激しかったのは、まちの北。何から何まで溶岩流に飲み込まれて、今も4km先から北へは立ち入り禁止になっているわ」
    「鬼押出?」
    「そんな感じね」
    「それは是非、見てみたいですね」
    「それはそうと、随分と富士山も登ってないんじゃないの?」
    「そうですね。最後に登ったのは確か2012年の夏。翌年、世界遺産に登録されたからバカバカしくなって、それからは登ってないですね」
    「碓氷君は既存の権威に阿る輩が嫌いですものね」
    「そう。だから知床も、屋久島も、白神山地も一生『登らない』です」
    「そもそも世界遺産にならなければ、地元の人しか知らなかったものばかりですものね」
    「ピラミッドや万里の長城とは違います。それらは世界遺産の肩書なんかなくたって人々の興味を引くだけの魅力を秘めているけれど、ニッポンの世界遺産は世界遺産の肩書がなければ誰も見向きもしないものばかりだ」
    「ところで、今の富士山を写真家やら画家やらが先を争って撮ったり描いたりしているけど、碓氷君はそのお仲間にはならないの?」
    「『ブームに乗る』なんてのは、アーチストのすることじゃないですからね」
    「最高の『富士山の画家』が富士山を描かないなんてね」
    「社長は描いてほしいんで?」
    「ここに飾りたいかなあ、なんてね。他の画家の描いた富士山なんか、それこそ『お話にもならない』じゃない」
    「わかりました。それじゃあ、明日にでも登りましょう」
    「えっ、入山する気?まだ入山規制がかかっていて入れないわよ」
    「私は山岳画家ですからね。下から見上げた山など描きません。山を描くならば、その山に登らないことには」
    「女を描くならば、その女を抱かないことには(笑)」
    「そう言えば、どうして(創業時の)看板を表に掛けないんで?」
    「自分の正体がばれると、うるさいでしょう?」
    「『お金持ちステキー!有名人ステキー!』といった傅きの輩が集まると」
    「ここの暮らしの何よりもいいところは私の正体を誰も知らないことよ。碓氷君」
    「只のおばさん」
    「そう。ここでは只のおばちゃん。『風信子初代社長』なんて肩書、ここでは必要ないのよ」

       中略

    「それじゃあ、そろそろ、お暇します」
    「まだ早いじゃない」
    「若い男性を雇ったりして結構、楽しそうにやっているんで安心しましたよ」
    「まあ、言ってくれるじゃない」
     碓氷は店を出た。次にふたりが会うのは新美術館だ。



  •  新美術館のこけら落としとなる「第一回アジア芸術祭」が開幕した。アジアの全ての国から、その国を代表する芸術家たちが作品とともに一堂に集まった。
    「ようこそ、社長」
     信子が会場に到着した。
    「でかいわねえ」
     新美術館を見上げる信子。
    「まるで『ガラスでできた富士山』ね」
    「どうぞ中へ」
     碓氷が信子をエスコートする。
    「どこから見ますか?」
    「下から順番でいいわ」
     信子には芸術の造詣がある。とりあえず一通り「見たい」のだ。
     建物も大きければ、作品の数も多い。丁寧に見ていたら、それこそ数時間はかかるだろう。
     現時点で現代アート作品が多いのは仕方がない。今後、この芸術祭がどのように変わっていくか興味は尽きない。というより、どのように変えていくかが重要だ。
     ひと目見て「つまらない」と思う作品は素通りしていく。そこらへんの審美眼は、さすがだ。
    「これは、面白いわね」
     最初に信子が目を留めたのは、お皿や器の詰め物に使用されクシャクシャになった紙の上に置かれただけの作品。だが、そのクシャクシャの紙が「ニッポンの浮世絵」である点がミソだ。
    「なになに、タイトルは『明治時代~詰め物にされた名画たち』か」
    「明治時代のニッポン人は自ら『ニッポンが世界に誇る芸術作品』を輸出品が壊れないための詰め物にしていたのよね」
    「明治時代のニッポン人は自国の芸術文化を卑下し、愚かにも捨て去った。でも、それだけではありません。『物を大事にする心』さえも捨て去り、使える物でも平気でポイ捨てするようになったのも、やはり明治時代からです」
    「それもこれも結局は長州維新志士などという『田舎侍』が天下を取ってしまったからね」
    「天下を治めるだけの器のない連中が国を動かせば、国が間違った方向へと進むのは、いつの時代でも同じです」
     上の階へと進む。
     何やら、ごった返している場所を発見。
    「美術館の中に弁当屋?」
     確かにそこは弁当屋。人が沢山、弁当を買い求めていた。
     メニューの弁当を並べるショーケースの中を覗いた二人。
    「なるほど。そういうことか」
     この臨時の弁当屋で売られていた弁当は「日の丸反対弁当」。つまり、日の丸弁当の上に海苔で「☓印」が書かれていたのだ。
    「碓氷君の嫌いな『パフォーマンスアートの一種』ね。でも、これはやるじゃない」
    「ええ。現代アートは嫌いですが、こういうものなら私も大歓迎ですよ」
     技巧至上主義に堕することなく「人々の善性を覚醒する」というアートの本質を外していない点を碓氷は評価したのだった。
     今年の芸術祭は終戦後、まだ数年しか経過していないこともあり、ジャパン・マキャベリズム=ニッポンの右翼思想を痛烈に批判する作品に質の高いものが多かった。他にも、日本軍による中国人の虐殺とニッポンによる捕鯨とを組み合わせた「南京大虐殺」、日本公使による朝鮮王妃殺害事件をテーマにした「閔妃殺害」、竹島が韓国領であることを証明する江戸時代の古地図「三国通覧図説」の摸写画、処刑されたニッポンの総理大臣の生涯をピカソの傑作版画「フランコの夢と嘘」風に揶揄した「カマキリ首相の栄光と敗北」など、見るべき作品が多々出品されていた。
     そしてこの時期、碓氷が発表した「美術論」は世界中のアーチストやデザイナー、さらには芸能人やマンガ家といったエンターティナーをも巻き込んで喧々囂々・侃々諤々の「賛否両論の争い」を巻き起こしていた。

  • 美術論

  •  美術論を否定する画家や彫刻派がいる。彼らは「そんなものは空しい」という。だが、その結果が、文化の向上や人間性の向上に何ら寄与しないどころか寧ろ、それらを下げる効果しか持たない現代アートという名の「粗大ごみの大量生産」であったことは紛れもない事実だ。やはり美術論は必要である。
    「子どもの作品」に影響を受けた作品。「障碍者の作品」に影響を受けた作品。「古代人の作品」に影響を受けた作品。「マンガ」に影響を受けた作品。「工業製品」に影響を受けた作品。これらの実験はすべて「失敗に終わった」。現代アーチストが好む、こうした実験から生み出される作品は決してオリジナルを超えることはなかった。なぜなら「制作動機が不純だから」だ。
     アートは徹底してアートでなくてはならない。「別の目的」をもって制作された何かに影響されるのではなく、アートは徹頭徹尾、アート本来の目的のために制作されなくてはならないのである。
     そこで、この駄文の目的とするところのものは「アート本来の目的」とは何かを明らかにすることにある。

     自転車、バイク、電車など車輪の付いた乗り物が全て「自動車とは限らない」ように人間が制作したものが全て「アートとは限らない」。だが今日、マンガ家をはじめ自らの仕事を「アート」と称したがる者は後を絶たない。ルネサンス以来、アートには「高尚なもの」という権威が存在するため、自らの仕事を高尚なものと主張したい者たちが挙ってアートの権威を「借りようとする」のだ。実に呆れた話だが、こうした輩を一方的に責めるわけにもいかない。というのも、こうした現象を引き起こした責任はアーチストの側にあるからだ。20世紀になるとアーチストは競ってデザインやエンターテイメントの要素をアートに導入するようになった。マルセル・デュシャンによるレディ・メイド作品は前者の、リキテンシュタインによるマンガの一コマを拡大した作品は後者の代表例だ。アーチストの側が進んでこうしたことを行ったがために「これ幸い」とデザイナーもエンターティナーも「ならば我々もアーチストだ」と主張するようになったわけだ。その結果、今や世界は「人間が制作したものは何でもアートだ!」というカオス状態であり、これはデマやヘイト、軍拡競争や貧困格差などが蔓延する現代社会の様相そのものでもある。「アートの基準が乱れたから社会の規範が乱れたのだ」といったら言い過ぎだろうか?私はそうは思わない。なぜならアートは古来より「社会の規範」を体現するものだったのだから。実際、アートの基準が大きく乱れてアートが軽視されている国ではモラル・マナーが大きく乱れる。マンガ・アニメは言うまでもなくエンターテイメントだが、アートとして高く評価する国がある。その国は現在、政治もマスメディアも「民衆蔑視の悪徳」に塗れている。マンガ・アニメなどのエンターテイメントも確かに「ひとつの文化」ではあるが、断じてアートではない。ゆえにアートの基準を明確にする「アート復権の試み」は乱れた社会の規範を最構築し「世論を正す作業」に他ならないのである。
     アート復権にとって今までアートとされてきたものをデザイン、エンターテイメント、アートに仕分けする作業は必須だ。その第一歩は、それら三つの「目的とするもの」の明確化である。
     デザインは「実用性・機能性」である。エンターテイメントは「面白さ・楽しさ」。アートについては取り敢えず置くとしよう。あとで明確にする。
     ということで、以下のような分類が可能となる。

     デザイン
      建築、車、飛行機、船、電車、文具、腕時計、陶芸、漆器、織物、衣類・・・

     エンターテイメント
      マンガ、アニメ、テレビ、映画、歌舞伎、落語、宝塚、遊園地
      歌謡曲、流行ソング、野球、サッカー、ゴルフ、茶道、華道、盆栽・・・

     批判・反論が出ることは明白なので、前もって、いくつか解説しておこう。
     スーパーカーは「芸術的な車」である。これは即ち「アート的な車」ということで「車はアートではない」ということを基本前提としている。
     野球やサッカーなどのスポーツにおいて「芸術的なプレー」という言葉が登場する。これはそうしたプレーが「アート的なもの」であることを意味し、アート的であるということは「アートそのものではない」ということだ。そしてそもそも、これらスポーツの試合を「ゲーム」という。ゲームは当然エンターテイメントを指す言葉だ。
     千利休が創始した茶道はアートだったかもしれないが、現代の茶道はもはや「インテリ階級の道楽」に過ぎない。道楽だから当然、エンターテイメントだ。華道や盆栽も同様の理由からエンターテイメント。
     アート的なものとアートそのものとの明確な区別。これは極めて重要な要素である。これによって「現代アートはアートではない」と一刀両断することが可能となるからだ。現代アートはアートにデザインやエンターテイメントの要素を導入することで「アート的なもの」になり果てているからである。例えばポップアートのポップとは「エンターテイメント」のことに他ならず、メディアアートのメディアとは「エンターテイメント」のことに他ならない。こうした作品を制作する現代アート作家が自らの作品をエンターテイメントとは言わずアートと名乗るのはアートの権威に縋り、自らの作品を「高尚なもの」と世に主張したいからであることは最初に述べた通りだ。
     現実問題、現代アートのエンターテイメント性は実に低いものであるため、仮にエンターテイメントを名乗りたくても名乗れないだろう。楽しさ・面白さにおいて「本物のエンターテイメントの敵ではない」ことは明らかである。私だったら「一日楽しむ」ことが目的ならば現代アート展などへは行かず素直にディズニーランドへ行く!とある海外で人気のロックバンド。彼らは自らを「エンターティナー」と名乗り、自らのコンサートを「サーカス」に譬える。実に「立派だ」と思う。アートの権威に縋らず「内容の高さ」で真っ向勝負!こうした彼らの姿勢をアートの権威を生み出す源となった過去のアート作品を否定していながらアートの権威だけはちゃっかり利用している現代アート作家どもは大いに見習うべきだ。
     同様に実用性・機能性においても建築や自動車などに劣るからデザインを名乗ることもできない。さらに現代アートは「美しさ」においてもアートの敵ではない。そもそも「美の価値」を否定するのが現代アートだ。
     では、エンターテイメントでもなく、デザインでもなく、アートでもない現代アートとは何なのか?それを知るにはアートの最先端、即ち「アートの岬」にいる画家が「誰」であるのかを知ればいい。それは無論、パブロ・ピカソだ。現代アートとは「ピカソを超えよう」としてアートの岬から下の海へと転落、バラバラになった粗大ゴミなのである。
    ということで、見ての通り「アート復権」のためにはアートの権威に縋るしか能のない「自称アート作品」を一掃することから始められなければならない。それによってカオス状態にあったエンターテイメント、デザイン、アートそれぞれの「特性」が明確化することになるのである。

     アートを愛する者の作品とアートを揶揄する者の作品との間には「天地の開き」がある。アートを愛する男パブロ・ピカソは「アート表現」を徹底的に追求し続けた。当然のように彼はダダにも、シュールレアリズム運動にも、ポップアートにも与しなかった。それらが「アートを揶揄する運動」だったからだ。彼にとっては硬直化したアカデミズム同様、それらは「アートの堕落」でしかなかった。彼はアートを愛する真のアーチストであった。だからアーチストの責務として「失墜したアートの権威を如何にして回復するか?」を真剣に模索していた。当然である。彼は「ゲルニカの画家」なのだから。アートが多くの人々に「正しい影響」を及ぼすことを証明して見せた画家(恐らく最後の画家)なのだから。彼にとってアートとはまさに「そういうもの」であった。人々の善性を覚醒、社会を正しい方向へと導く「正義の松明」。

     20世紀以降、アートは「個性的な表現」「自由な表現」を重視するようになったが、これによって必然的に「アート制作の矛盾」が生まれた。
     素晴らしいアート作品は当然ながら、多くのアーチストに刺激を与える。その結果、世界中のアーチストがそこから影響を受けた作品を制作するようになる。世界中で「同じようなアート運動=イズム」が興るわけだ。これが世界中の文化を同一化せしめる現象、即ち個性・自由とは「正反対の現象」であることは容易に判るだろう。つまり、より多くの人々を感動せしめ、より多くの人々に影響を及ぼす「質の高いアート作品を制作する」こと自体が実のところ「個性や自由を否定する行為」に他ならないのである。ルネサンスの頂点に立つ画家・ラファエロはまさにその代表選手であり、それ故に20世紀美術はラファエロを「個性・自由の敵」として忌み嫌う。
     となると、個性や自由を尊重するアーチストがとるべき手段は、ある特定の階級なり特定の地域の人々にだけ理解され、多くの人々からは「なんだこりゃあ!?」と否定される作品を作る以外にはない。現代アートの歴史はまさに「そうした歴史」に他ならない。多くの人々から賞賛されてはならないから必然的に「醜いもの」「汚いもの」「安っぽいもの」「人間が本能的に不愉快に感じるもの」ばかりが制作されることになった。それらの作品を評価するのは美術評論家と、美術評論家の言葉をそっくりそのまま拝借する財界人やインテリゲンチャという特定の階層の人々のみ。しかもそれが「この魅力が判らない奴にアートを語る資格はない!」といった具合に「民衆蔑視の具」として利用するためなのだから呆れてものも言えない。はっきり言おう。アートを判っていないのはまさにこうした連中の方なのだ! ルネサンス時代のアート事情を見ると、なるほど確かに個性的な表現や自由な表現は重視されていたが、それは「より質の高い美術作品を生み出すための試行錯誤を認めた」がためのものであり、個性的な表現や自由な表現の追求それ自体が目的ではなかった。だからこそレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロ・ブオナローティのような個性的でありながらも質の高いアートが生まれたのだ。そしてルネサンスアートの頂点がラファエロであることは先に説明した通りだ。
     個性や自由を重視すればアート制作は矛盾に陥る理由が分かった。ならば個性や自由を重視しなければ矛盾しないわけだ。というわけで必然的に「アーチストの心構え」がいかなるものであるかが見えてくる。アーチストは「自分の個性を重視した自由な表現の作品」を制作してはならないということだ。より具体的に言えばアート制作には個性よりも重視すべき「規範」があるということだ。個性はあくまでもアートという「ジャンルの特性」に任せなくてはならない。アートがエンターテイメントやデザインとは明らかに異なる個性を有するものであるならば、個々のアーチストが個性を「意識的に演出」する必要はないのである。アート、エンターテイメント、デザインを明確に区別する理由はここにある。
     ここであなたは次のように反論するかもしれない。「自由を規制することは間違っている」と。これに対する私の反論はキリスト教の教義に忠実なレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」と画家の想像力のままに自由奔放に描かれたパオロ・ヴェロネーゼの「レヴィ家の饗宴(もともとは最後の審判だった)」とどちらがより「魅力的な作品」なのかと?あなたが「絶対に後者だ!」というのであるならば、ここから先を読む必要はない。

     では、アーチストが「個性や自由な表現よりも重視するべきもの」とは何なのだろう?  

     いうまでもなく19世紀末までのヨーロッパのアートは「キリスト教」と密接不二の関係にあり、それ故にアーチストが取り立てて意識しなくても、作品の内容はごく自然のうちにキリスト教の教義に適った「人道的なもの」に仕上がった。しかし現代は違う。人道的な内容を意識しないことには健全なアートを生み出せないのが現代人の悲しいサガだ。このような状況を改善しなくてはならない。人道を意識して制作されたアートに真の人道性はない。「道徳の教科書」に人々を感動させる力はない。内から滲み出る人道性、アーチスト本人が「人道的な人間である」がゆえに無意識のうちに人道に適った作品ができあがることが重要である。それがまた政治家による「アートへの介入」を防ぐことにもつながる。アーチストには「世論操作の機会」を窺っている非民主的な思想を持つ政治家が「だから国家による統制が必要なのだ!」と大威張りで主張することのできる格好の口実となる作品を制作しないだけの「自律の精神」が必要なのだ。したがってアートは断じてモラル・マナーを軽視する不道徳なものであってはならない。現代社会にあってはアーチストの「人間性」が強く問われているのだ。
     人間性!これこそがアーチストがアートを制作するにあたって自身の個性や自由な表現よりも重視するべき規範に他ならない。「非人道な行い」に対する怒り!これこそが優れたアートを創造する唯一の原動力だ。美を愛するのは非人道な行いを憎むがゆえである。デマ、ヘイト、暴力、戦争、飢餓、飽食、富の独占。この世は非人道な行いで満ち溢れている。これらに対する怒りや憎しみを感じない不感症の人間は断じて絵を描くべきではない。だから感受性豊かな人間であることが重要となる。人々の感受性を磨いて人間性を高める。多くの人々が努めて関心を示さない「思想・哲学・宗教」といった人間が人間であるために必要な事柄に人々の関心を向けさせる。これがアートの目的である。そしてそれを行う人間は「人間性に優れた人間」でなくてはならない。

     「人間性・感受性」を目的とするアート
     「楽しさ・面白さ」を目的とするエンターテイメント
     「実用性・機能性」を目的とするデザイン

     これで全て揃った。あとはこの定義に従って、それぞれのジャンルで「優れた作品」が生み出されるばかりだ。



  •  人類の営みは総じて似たようなもので美術史も音楽史も、変化した年代の差こそあれ「同じ道程」を辿っている。

     ① レオナルド・ミケランジェロ・ラファエロの「ルネサンス三大巨匠」
     ② 印象派
     ③ 後期印象派
     ④ キュビズム・フォービズム
     ⑤ シュールレアリズム
     ⑥ 現代アート

     これらに該当するのが

     ① モーツァルト・ベートーヴェン・シューベルトの「クラシック三大巨匠」
     ② ロックンロール
     ③ ハードロック
     ④ ヘビーメタル
     ⑤ プログレッシブ・ロック
     ⑥ パンク・ニューウェイヴ

     このふたつを分析すると、①から②へと急激に変化していること、⑥になって一気に質が落ちている点で共通している。②から始まる急激な変化の原因は美術史では「チューブ入り絵の具の発明」、音楽史では「エレキギターの発明」によるもので、技術革新後にそれを生かす技法が次々と編み出されていったことを示唆している。そして⑥はそうした「試行錯誤の終焉」によるものである。①が頂点、⑥が谷底であることは説明するまでもない。
     こうした変遷は過去に一度起きたものでもある。そう、芸術文化の頂点を極めた「ギリシャ・ローマ時代」からの転落。しかし人類はそのどん底から這い上がり「ルネサンスの花」を咲かせたのだ。だから現代アートの時代から質の高い芸術文化の時代を生み出すことは決して「不可能ではない」はずである。

     ここからは「ニッポン固有の話」となる。
     ニッポン人はアート創作に対して謙虚でなくてはならない。なぜならアートは車や鉄道や飛行機や電話やテレビやコンピュータ同様「ニッポン人の発明ではない」からだ。油彩画はもとより、日本画も元を辿れば中国起源の山水画や水墨画、浮世絵版画も同様に中国起源の年画である。仏画や仏像はシルクロード経由で中央アジアから伝わったものであり、縄文土器や土偶はアイヌのものだ。

     昨今流行りのクイズ番組には充分に「警戒」しなくてはならない。ワイドショーのコメンテイターの話であれば容易に「世論操作」を見破れても「クイズの問題」として出題されると見破ることは容易ではないからだ。そして気が付かないうちにニッポン政府や文部科学省による「洗脳攻撃にやられてしまっている」ということになりかねない。「教科書から出題」「全国統一テストから出題」といった問題は明らかに文部科学省公認の「検定教科書の記述」に準拠しており「右翼的な内容」が数多く問題として出題されているのだ。
     こうした例からもわかる様に現在のニッポンにあってアーチストが「健全な人間性」を保持することは非常に困難である。したがってあなたは直ちに正しい物差し、即ち「確固たる思想・哲学」を身につけなくてはならない。あなたが画家であるならば「絵画技法」よりもまず先にそれを実行しなくてはならない。それこそが軍国主義や人種差別といった「右翼思想」という名の悪性ウイルスを本能的に排除するワクチンとなるものだからだ。どんなに優れた技量を身に着けたアーチストも右翼思想に汚染されたら一巻の終わりだ。アドルフ・ティーグラーやゲオルグ・コルベと同じ轍を踏むことになる。あくまでも「ピカソと同じ道」を歩むのだ。軍国政権を批判したがゆえに祖国に戻れなかったピカソと同じ道を。「時代を反映」という言い訳による時流への迎合を避けよ。「誤った時代を正しい時代へと変革する」のがアーチストの使命であり、アート作品はそのための武器なのだ。
     もしもあなたが若くしていとも簡単に「アーチストとしての名声を手に入れる」ことができたならば「自分は偽物なんだ」と思うべきである。10代で優勝、その後は「予選落ち」を繰り返すプロゴルファー。甲子園で大活躍、その後はプロで2軍生活の野球選手。自身をそんな出来の悪いスポーツ選手と「同類」と思うべきだ。若い頃の活躍のおかげで周囲、特にマスメディアはいつまでも「チヤホヤし続けてくれる」だろうが、所詮は偽物である。なまじ若い頃にひとつの結果が出てしまったせいで、その後「真剣な努力ができない人間」に成り下がってしまうならば、若い頃には結果が出せず苦悩する方が遥かに幸福である。「一流を目指す」ならば若い頃の苦悩は避けて通れない。否、進んで苦悩するべきだ。苦悩は「超えるべき高い壁」の前に立ち、それを超えるために必死になって戦った証なのだ。そして年老いた時に輝いて「若い頃の苦悩の日々」を堂々と胸を張って語れる老人になれ!「若い頃の栄光」ばかりを語る老人など実に無様なものだ。

     ニッポン人は「高級志向」「ブランド趣味」「鑑定好き」といわれる。いずれもニッポン人の「審美眼の欠如」の証明に他ならない。したがって、あなたはまずアートを制作する前に「審美眼を矯正する」ところから始めなくてはならない。あなたの審美眼は十中八九「狂っている」に違いないからだ。路上にポイ捨てごみを見ても全く「気にならない」、繁華街に設置された色とりどりの看板を見ても「汚い」と感じない、人物画を描くと「マンガ絵」になる、美術品の価値を「アーチストの知名度」や「オークション価格」で判断する。おそらく、あなたはこうしたことを「普通のこと」と思っているに違いない。これは実に「とんでもないこと」で、あなたの審美眼が狂っている証明である。
     なぜ、ニッポン人の審美眼はかくも狂っているのか?
     森の中、或いは湖の中に「神社の鳥居」が立っているとする。夫婦岩に張られた注連縄でもいい。こんなものは「自然の景観を損なう人工物」以外の何ものでもなく、『古事記』『日本紀(日本書紀)』には「神様がそこにはいないことの証」とまで記されているのだが、ニッポン人の感性は出鱈目もいいところで、そこに邪悪さどころか「神聖さ」を感じるのだ。「鳥居や注連縄は神様の住む聖なる場所にあるものだ」という前もって習った誤った情報が引き起こす現象である。こうした誤った情報をニッポン人は沢山備えている。「ニッポン人は誤った情報で生きる動物である」といってもいいくらいだ。家柄や社会的地位で人を差別する「権威主義」、カネ・カネ・カネの「拝金主義」、東大ブームに代表される「学歴主義」、メディアによる偏った報道内容を安易に信じる「メディア依存主義」、単に「古い」という理由だけで風習や伝統を尊ぶ「保守主義」、世界遺産・ノーベル賞・ギネス記録・ミシュランガイドといった海外の名誉にチヤホヤする「舶来主義」、欧米諸国にはペコペコ頭を下げ、中韓をはじめとするアジア諸国にはデカい態度をとる「中流意識」、お国の名誉などというくだらないものに価値を見る「国粋主義」などなど。
     箱根や美ヶ原の美しい自然の中に設置された巨大な現代アート彫刻群。設置者は「自然の中に展示され、自然と一体となったアート作品」と思っているようだが、これらもまた自然の景観を損なう「粗大ゴミ」でしかない。これらが本来あるべき「都会のど真ん中」に設置されていれば印象は大きく異なるものとなるだろうに。それがニッポンでは自然の中に置かれ、代わりに「ポイ捨てごみ」や「店の看板」が都会を彩っているというわけだ。アーチストがどんなに苦労を重ねて制作したところで美術の美など「自然の美より下、都会の美より上」に位置するものであり、都会暮らしによって日頃、自然の美を満喫できない人々のための「代用品」にすぎないのだ。古代の洞窟壁画は「狩りの動物が激減した」からこそ描かれたのであり、豊富にいた時代には壁画など必要ない。「アートには高い人間性が表現されていなくてはならない」のは高い人間性を備えた人間の存在が都会暮らしの現代人にとって「疎遠のもの」だからだ。都会から隔絶した地方の農村に暮らし、豊かな人間性を備えている人々に美術は「必要ない」。だから例えば長野県に旅行へ行ったら何よりも「登山」を満喫するべきであり、「美術館めぐり」などはそれこそ美しいものを蔑ろにして美しくないものを堪能する「愚かの極み」なのだ。
     審美眼を磨く。観察力を鍛える。自身の感性を豊かにするにあたり「美術館通い」は最終手段である。先に述べた通り、美術品の美は「都会の美」には勝っても「自然の美」には劣るものなのだから。日頃、道を歩きながら鳥の囀る声や虫の鳴き声に耳を澄ませ、道端に咲く野花などに目を止めることの方が遥かに重要である。そうした機会を捨てて、ながらスマホで道を歩くなど実に「愚かな行為」なのだが、現代ニッポン人はそうした愚かな行為が大好きである。そんな大人が美術館で名画を前に「この絵画は10億円の価値がある」などと鑑定家を気取り、自身の曇りきった審美眼に酔っている。ああ、何と不潔な光景だろう!子どもはさらに深刻な状況だ。ピカソは「子どものような絵を描けるようになりたい」といったが、ニッポンの子どもは「子どものような絵」は描かない。幼い頃よりマンガ・アニメ・ゲームに慣れ親しむニッポンの子どもは物心ついた時から既にマンガ・アニメ・ゲームに登場するキャラクターの様式(これを絵画様式と呼べるかどうかはともかく)を身につけており、それに類する絵しか描かないからだ。子どもにして既に純粋さを失った「観念の動物」なのだ。
     とにもかくにもニッポン人はまず己の日常生活が如何に己の審美眼を衰えさせているかということを知らなければならない。つまり己の審美眼に「疑いを抱く」ことから始めなくてはならないのだ。それが不可能な人間、「反省は自虐」と考え、自分の考えや行動は「いつだって正しい」と信じて疑わない人間はアーチストではなく右翼政党に所属する政治家にでもなるべきである(笑)。

  • 碓氷充馬 しるす       

  •  ぱっと見ただけで「これは物議を醸す内容だ」と誰もが思うだろう。しかも内容がなまじ理論的であるがゆえに反対の立場に立つ人々の怒りは尋常ではないはずだ。
     今まで「自分はアーチストだ」と思っていた人々の鼻を碓氷は文字通り「ヘし折った」のだ。デザイナーはアーチストにあらず、エンターティナーはアーチストにあらず、現代アート作家はアーチストにあらず。このような理論を碓氷が構築しえたのは碓氷が油彩画とデザインの両方に非凡なる才能を持っているからに他ならない。

     いよいよ信子と碓氷は一番上の展示室に到着した。そこは碓氷一人のために用意された展示室。既に多くの人でごった返している。ここには「碓氷の人生」が展示されている。山岳画によって覆われる壁面は碓氷の登山歴そのものだ。
     その中にただ一点。全く趣の異なる絵画が展示されていた。それこそが今回の目玉である碓氷初となる「裸婦像」。題名は「アカデミア」。
     題名は絨毯の柄にある。絨毯の柄は通称「ダ・ヴィンチ・ノット」と呼ばれるもので、中央に「レオナルド・ダ・ヴィンチのアカデミア」と記されていることから命名された。
     そして裸婦像といえばティツィアーノ。レオナルドとティツィアーノの華麗なる合体。猫もまたレオナルドの白貂とティツィアーノの仔犬をイメージさせる象徴物として機能している。「現代アートなどゴミだ。古典美術、なかんずくルネサンスこそが最高の芸術なのだ」碓氷はそう高らかに宣言しているのだ。
     ダ・ヴィンチ・ノットの上に寝そべる女性の姿は現実の女性を描いていながらまるで「貝殻の上で横になるヴィーナス」のようだ。明らかにまだ色塗りが終了していない「未完成作品」だが、それでも本来、現代アートの売りであるはずの「人々の注目を集める奇抜さ」にかけては、いかなる現代アートにも負けていない。否、未完成であること自体が一つの魅力と化している。未完成もまたレオナルドや晩年のティツィアーノの特徴である。
     さて、このアカデミア。碓氷の定義するアートの基準に合致しているだろうか?
     答えは「YES」だ。ここで碓氷がやろうとしたことが、女性は「美の対象」であって蔑視の対象でもなければ性欲の対象でもないということは明らかだ。
     かくして「アカデミア」の周りには人だかりが幾重にもできあがっていた。
    「初めての裸婦にしては、よくできてるじゃない」
    「正直、構想を練るのに苦労はしませんでした。唯一の苦労らしい苦労はモデルにこのポーズを取らせることだけでした」
    「マナちゃんね」
     裸婦のモデルは当然、マナだ。そしてマナがモデルになることを嫌がっただろうことは容易に想像がつく。
    「これで現代アートの時代に『終止符を打てた』と思う?」
    「いやあ、まだまだ」
     先程から碓氷は数多くの言葉を用いて美術論を展開するが、実のところ碓氷の美術論は至ってシンプルだ。即ち「自分にとって大切なもの、愛おしいものを、心を込めて描く」。碓氷が風景画として山を描くのは、それが碓氷にとって大切なものであり、人物画としてマナを描くのは、それが自分にとって何よりもかけがえのない女性だからに他ならない。だからこそ碓氷の作品は外見や肩書ばかりを貴ぶニッポン人には全く相手にもされず、心を大事にする韓国の人々の琴線に触れたのだ。
     今日のインテリどもが「学力・閃き力自慢」によって堕落・腐敗しているように、現代アーチストたちもまた「技法自慢」によって堕落・腐敗している。そして何より、ニッポンのアーチストは「ニッポン独自の芸術」とか「ニッポン人ならではの芸術」といった国家主義・民族主義的価値観に汚染され過ぎている。だから「第四の峰」を担うアーチストたちは何よりもまず心を大事にしなくてはならない。「心を込めて作品を作り上げる」。それによってのみ芸術は芸術本来の力を取り戻し、真の復興を見るであろう。心を込めて作品を作ろうとするならば、技法など自ずと磨かれるものだ。
    「こんにちは」
    「お久しぶりです」
    「教授。それに納豆喰先生も」
     桃葡 光と納豆喰も今回の芸術祭に参加していたのだった。
    「丁度、会えて良かった」
    「屋上へは行った?」
    「いえ、まだです」
    「屋上にはXO・ジャンがいるぞ」
    「本当ですか?」
     4人は屋上へと向かった。
    3個置かれた蜜柑のうちの1個から屋上へと出てきた4人を待っていたのはコンサートの熱気だった。屋上ではアジア各国から集まったロックバンドによる生演奏が繰り広げられていた。
    「おっ、あれは」
     ステージに立つギタリストを碓氷は知っていた。
    「本当だ。彼に間違いない」
     そのギタリストは、紛れもないXO・ジャンに他ならなかった。
    「ということは、このバンドが『アナーキー・コンダクター』か」
     アナ・コンダーの演奏を生で見るのは無論、初めてだ。
    「今日の日のために、新曲をつくってきた。聴いてくれー」
     ボーカルが叫ぶ。観客が盛り上がる。
     それにしても新曲を、この場で披露するとは。何という力の入れようだろう。それだけ、この芸術祭を重要なものに感じているのに違いない。
     曲が始まった。

     一、戦争は終わった
       さあ 共に手を取り合おう
       これからは
       新しい「アジアの時代」が始まる
       事実の隠蔽もなければ
       歴史歪曲もない
       加害者は 自らの過ちを認め
       加害者は そんな彼らを許そう
       軍国主義・選民主義
       みんな 溝(ドブ)に流してしまおう

     二、再生へ向けて 
       さあ お互いに抱き合おう
       ここからが
       新しい「アジアの時代」の幕開け
       差別や偏見もなければ
       軍事同盟もない
       加害者は 勇気をもって反省を
       被害者は 勇気をもって冷静を
       人道主義・平和主義
       今こそ それらを現実のものに

       新しいアジア 新しいアジア
       新しい「アジアの時代」が始まる

       新しいアジア 新しいアジア
       新しい「アジアの時代」が始まる

       新しいアジア 新しいアジア
       新しい「アジアの時代」が始まる

       新しいアジア 新しいアジア
       新しい「アジアの時代」を始める

     XO・ジャンが碓氷を発見した。
    「皆さん。今回の芸術祭の主役、キム・アタマ大先生が来ております」
     やばい、見つかった。だがもう手遅れ。碓氷はステージの上に登らされた。
    「先生、久しぶりです」
    「そうだな」
    「新曲は聴いていただけましたか?」
    「ああ、聴いたよ」
    「どうでした?」
    「『新しいアジアの息吹』というやつを感じたよ」
    「ありがとうございます!」
     お世辞ではなく、碓氷はまさに「第四の峰の始まり」をこの曲に実感していたのだった。

     新しいアジアによる新しい芸術運動

     今日はまさに、その始まりの日に他ならなかった。

  • つづく        



  • 12(最終回)

  •  ここから先は後日譚である。
     まずは絶世の美女・納豆喰から。
    「あっ、あっ、あっ、ああっ」
     敷布団のシーツを握りしめ、うつ伏せの状態で必死に男の腰の突き上げに耐える納豆喰。「だめ、だめ、感じ、ちゃう」
     納豆喰は今、まさに男と性行為を楽しんでいた。
    「ああ、だめ、だめ」
     絶世の美女が必死に「快楽に溺れまい」と我慢する姿が余計に激しく男を興奮させる。男の精子は既に前立腺を通過している。
    「あああーっ!」
     男が納豆喰の膣の中に射精した。納豆喰の膣の襞は、それを鋭敏に感じ取った。
     男がペニスを抜き取る。
    「赤ちゃん、出来ちゃう」
     小声でそのように叫んだ後、納豆喰はその場でぐったりとなった。
     小説コックローチの中では暗殺集団コックローチに関係する女はすべて「男の慰み物」としての辱めを受ける。原作者も例外ではなかったようだ。
    男は性行為を終えると、納豆喰の横に並んで寝そべった。
    「どうだ、脇子。気持ち良かったか?」
     納豆喰は暫くの間、呼吸を整えてから、次のように答えた」
    「最高よ、宙(ひろし)。愛してるわ」
     納豆喰の名前はわかった。宙というのは誰だ?

     話は戦争開始前夜まで遡る。
     戦争を間近に控え、韓国に在住するニッポン人は一部を除いて国外退去処分となった。桃葡 輝、納豆喰、XO・ジャンの3人も例外ではなかった。
    「儂はアメリカへ行く。教授職を用意してくれるそうじゃ」
     ふたりの内、桃葡はアメリカ行きが決まっていた。
    「どうじゃ、お主らも一緒に来ぬか?」
     だが二人はそれを断った。
    「私たちはオーストラリアへ行きます」
    「そうか。達者でな」
     こうして桃葡はアメリカへ、納豆喰とXO・ジャンのふたりはオーストラリアへと渡った。
     オーストラリアに到着した納豆喰とXO・ジャンは滞在費用を節約する必要から、同じアパートで一緒に暮らすことにした。
     もうおわかりだろう。宙とはXO・ジャンの実名である。ふたりが愛し合うのに、時間はかからなかった。
     こうして美人作家と天才ギタリストの熱い恋の物語がオーストラリアで始まったのである。ということは碓氷と再会した時、ふたりは既に付き合っていたわけだ。
     そして、ふたりは「目出度く」かどうかは知らないが、その後、ゴールインした。
     その数年後、納豆喰の書いた「腐朽の迷作」コックローチが映画化された。ロケの舞台はニッポン。しかし俳優は全員、韓国人(ジコマン役のみカナダ人)。草食男子や肉食女子ばかりの現代ニッポンにはハードボイルド役の似合う「イケメン俳優」もいなければ、和服の似合う上品な「大和撫子女優」もいないからだ。
     「小説の映画化」について、碓氷の芸術論に照らすならば「アートのエンターテイメント化」ということになる。つまり「人間性の向上を目的とするものから楽しさ、面白さだけを目的とするものへの変更」である。納豆喰は当然、納得がいかない。どうして小説を読もうとはせず「映像で楽しみたがる」のか?こうした頭を使いたがらない現代の大人たちの幼児化現象に納豆喰は辟易していたが、出版社も映画会社も何としてもコックローチで「一儲け」したかったのだ。小説だけでは数億円の利益しか上がらないが、映画がヒットすれば数百億円の儲けが出るというわけだ。
     かくして映画化されたコックローチはその圧倒的スケールと独特の世界観によって瞬く間に興業売上げの記録を塗り替えた。そして最終的にはシリーズ10(すなわち10作品)まで制作される大ベストセラー映画となり一時期、トレッキングポールを手にする若者や、カポエラを踊る若者たちの姿が世界中の都市で見られたのである。
     コックローチの音楽を担当したのは当然、XO・ジャンだった。XO・ジャンはこの時、初めてオーケストラの作曲に取り組んだのだった。
     そして、この時の苦労と経験を活かしてXO・ジャンは後に不朽の名作(こちらは腐朽の迷作ではない)となる全部で12楽章から構成される交響詩ならぬ「交響小説」を生み出すことになるのである。

     アメリカに渡った桃葡は大学で生徒たちに物理学を講義する一方、「宇宙は膨張していない、観測者である我々が収縮しているのだ」という彼独自の宇宙論をさらに深化させていった。そして桃葡はエネルギーが粒子・波動・重力・時間の四つから成り、粒子と波動に相補的関係があるように、重力と時間にも相補的関係があることを発見した。またこれら四つはすべて相補・相対・相関のうちのいずれかの関係にあり、これらすべてが融合した時、エネルギーはいかなる計測器によっても測定することの不可能な、あたかも「存在しない」かのような状態になることも突き止めた。その結果、不安定元素が消滅する理由が明らかとなっただけでなく、宇宙はもともと体積や質量をはじめとするあらゆる性質や法則の存在しない「空の状態」であったこと、そしてその状態から粒子・波動・重力・時間という四つの性質が誕生したこと、それらの性質の源となる「宇宙を包み存在」があることが確定的となったのである。これらの業績によって桃葡は世界でも最も権威のある物理学に関する賞の受賞が発表された。
     しかし。
    「専門学校出の自分が『ニッポンの頭脳』と呼ばれる名門大学を卒業された方々を差し置いて、このような名誉ある賞を受賞することは、名門大学に対する冒涜行為となりますので、謹んでご辞退いたします」
     勿論、桃葡は大卒である。これはメディアで人気の女性弁護士による「東大以外は専門学校」という発言を踏まえての返答であった。そしてニッポンの頭脳というのは、ニッポンのマスメディアが東大を礼賛する時の決まり文句である。いわば桃葡は世界最高の栄誉である賞を敢えて辞退することによって、学歴主義に染まったニッポンのマスメディアのチープさを皮肉ったのだ。
     さあ。ニッポンのマスメディアによる「弁明」が始まった。東大をヨイショしまくっているマスメディアが必死に「我々は学歴で人を差別などしてはいない」と言い訳する姿は実に醜い限りである。実際、やっているくせに。無論、桃葡は歯牙にもかけない。
     更に桃葡はご丁寧に、次のような発言も行っていた。
    「ニッポンでは国際的に名誉ある賞を受賞すると、首相官邸への表敬訪問を強制され、総理大臣に頭を下げなくてはならないしきたりがある。自分が支持してもいない政治家に頭を下げることなど、私にはできそうにない」
     騒動は「政治の世界」にも飛び火した。何よりも「お国の名誉」を貴ぶニッポンの政治家にとって、この賞のメダルの数を増やすことはオリンピックのメダルの数と同じく非常に重要なことだったからだ。挙句の果てには総理大臣が「代理人を(授賞式に)出席させる」と言い出す始末。本人の威光など全く無視した格好だ。
     それにしても、世界最高の栄誉をいとも簡単に捨てるとは!まさに肩書自慢などには全く興味のない桃葡だからこそ可能な大技である。
    授賞式当日、桃葡の姿は会場にはなかった。代理人が出席することで、桃葡は「受賞した」ということになってしまったのだ。
     その後、桃葡は天文物理学から興味を放射性物理学に転換、ひとつの研究を始めた。それは原子番号92のウランに原子番号7の窒素イオンを照射して原子番号99のアインスタニウムを生成する手法の開発だった。窒素ならば地上にいくらでも存在するし、生成された元素は合成元素特有の不安定さによって、あっという間に消滅する。この手法を用いればウランをアインスタニウムに変換して瞬時に地上から消滅させることができるので「放射性廃棄物の貯蔵」という問題が一挙に解決する。この時代、世界中に使用済み核燃料が存在、その処理が大きな社会問題となっていたのである。
     技術的には可能。問題はそれを研究所の実験施設内ではなく原発の解体作業現場で可能とするための小型化、そして低価格化だ。
    「これが儂の最後の研究じゃ!」

     成長したタクマはアメリカ・メジャーリーグの選手に、ボタンはイタリア・セリエAの選手にそれぞれなり、しかもふたりとも一流として活躍した。ふたりの兄弟は碓氷のアーチスト&デザイナーとしての才能を受け継いではいたのかもしれないが、父とは「違う道」を自ら選択した。「人生は自分という宝島に眠る才能というお宝を探す冒険」「親が見つけたお宝をそっくり受け継ぐだけでは人生つまらない」。こうした父の信念に基づき、ふたりの息子たちは、政治家の子は政治家、歌舞伎役者の子は歌舞伎役者のような「世襲」という安易な人生を選ばなかったのだ。

     タクマがバッターボックスで構える。バットを寝かせ、その先をピッチャーに向ける。剣術の「平突き」に似た独特の構えは既にメジャーファンにとっては見慣れたものだ。
     ピッチャーが投球を開始する。それに合わせてタクマは素早くバットを立てた。
     球が来る。タクマの一振り。ボールは外野スタンドの中に吸い込まれていった。
     「変則フォーム」は実力が伴わないときには顰蹙を買うが、タクマのように何年にもわたり首位打者を獲得するような選手になるとファン公認の「トレードマーク」となる。
     この変則フォームにはタクマなりの理由がある。最初からバットを立てて構えるよりも「全身の力が抜ける」のだそうだ。
     勿論、タクマの卓越したバッティングセンスはフォームによるものだけではない。
     バッティングは「集中力」がものを言う。例えば交通事故に遭った瞬間、周りの動きがスローモーションを見ているように見えることがある。それは極度の緊張状態に置かれることで脳が刺激され、IQが瞬間的に跳ね上がるからである。こうした緊張状態を意識的に作り出すことができるならば、160kmのスピードボールでも「停まっている」ように見え、軽々と打ち返すことができるに違いない。そして、それを可能とするのが類い稀なる集中力に他ならない。過去「一流」と呼ばれた強打者は皆、こうした集中力を備えていた。彼らはバッターボックスにいる間、集中力によってIQを一時的に高めることでボールのスピードを一般人が感じるよりも遥かに遅く感じていたのである。タクマも同じだ。ただでさえ父親譲りのIQの高さを受け継いでいたタクマは文字通り「メジャー屈指の強打者」であった。
     ダイヤモンドをゆっくりと走るタクマ。マウンドで項垂れるピッチャー。どうやら、これはサヨナラホームランだったようだ。ホームベース上ではチームメイトたちがタクマを荒々しく出迎えるのだった。

     ボタンがボールを受け取る。場所はまだコートの中間付近。
     だが、ボタンは全速力で敵のゴールを目指してドリブルを開始した。
    「なめやがって」
     行く手を阻む相手のディフェンス。
    「うわっ、何だ?体が揺れる!」
     相手ディフェンスは突然、自分の体がフラフラと揺れるような感覚を覚えた。
    「こんな時に眩暈だと?」
     そうではない。相手ディフェンスはボタンの「独特の走り」に翻弄されたのだ。
     ボールをドリブルする時、ボタンは足の裏で地面を左右に蹴りながら直進する。そのため、体は左右に大きく揺れる。ディフェンスはベースボールで言うところの「ナックルボール」のようなボタンの動きに、自分の体が左右に揺れているような錯覚を覚えたのである。
    「しまった」
     ディフェンスはボタンに抜かれてしまった。
     ボタンが次々とディフェンスを抜く。そして敵の「最後の砦」であるキーパーと対峙した。「くそう、どっちから来るんだ?」
     左右に揺れながら迫るボタン。キーパーが戸惑う間にボタンはキーパーを右から抜いた。「ゴーーーーーーーール!!」
     ボタンのシュートが決まった。斜め60度(ゴールの幅は正面と比べて1/3しかない)からの、まるで針に穴を通すかのような精密なシュート。
     普通のストライカーがボタンのように左右に地面を蹴りながら走れば、瞬く間に膝を痛めてしまうに違いない。ボタンにそれが可能であったのは、ボタンが小柄で軽量だったからだ。小柄で軽量なボタンはパワー勝負では他の選手には勝てない。だから自分の身体的特徴を活かした技を編み出したのである。そのため、ボタンは食事には人並み以上に気を使う。決して体重を増やさぬよう霜降り肉など脂肪分の高い食事を控える。彼もまた碓氷の息子のひとり。食欲すら満足に制御することができず、グルメ三昧に明け暮れる「軟弱な精神」の持ち主ではないのだ。
     ゴールを決めたボタンが右手を高々と上げてグランドを走る。ボタンは現代のサッカー界では珍しくなってしまった生粋の「ファンタジスタ」だ。

     ふたりの息子たちは活躍の舞台の違いはあれ、やはり兄弟だけあって「共通する振る舞い」も少なくない。
     試合終了後に、お立ち台に立つことも少なくない両者。その時、ふたりが心がけていることがある。それは決して「ファンに応援を強要しない」ことだ。
     ふたりはプレーすることを心から楽しんでいた。だからファンの声援など無くても良いのだった。多くのファンから「このヘタクソー、さっさと辞めちまえー!」と罵声を浴びせられても一向、気にもならない。
     思えば、子どもの頃はファンの声援など何もないグラウンドで草野球や草サッカーを心から楽しんだものだ。多くのプロ選手がそうした「純真の心」を大人になると忘れてしまう。ファンの声援を欲しがり、高額な年俸を欲しがる。自分のプレーに対する「見返り」を当たり前のように求める。プレーそのものを楽しまない。
     こうしたふたりの姿勢に対し、しかしながら一部から批判が起こった。「プロにはファンを喜ばせる義務がある」と。確かに、碓氷の芸術論に従えばエンターテイメントは「楽しさ、面白さ」をファンに与えることが目的であるからプロのスポーツ選手であるふたりにはファンを楽しませる義務がある。そこで、ふたりはどうしたか?
    「チームの応援、よろしくお願いします」
     ふたりは「チームを優勝に導くことでファンを楽しませる」という姿勢こそがプロフェッショナルであると自覚、それに徹していたのである。
     こうした姿勢は当然のように次のような行動を引き起こした。ふたりはFA権を一度も行使することなく現役選手を終えたのだ。ふたりには自分の評価を他のチームに訊いてみる必要など全くなかった。勝負事とはあくまでも「自分との闘い」であり、他人の評価を気にすることほどバカげたことはないと感じていたからだ。
     また、ふたりは負け試合の時に決して「悔しい」と発言しなかった。この言葉の裏には「自分の方が実力は上なのだ」という驕りがあり、これもまた「他者との比較」であって自分との闘いではない。勝者を素直に讃えられず「悔しい」などと口にするのは相手の実力を認められない小心者のすることだ。私の記憶が確かなら、同様の内容の文章がウインブルドンのロッカールームに掲げられているはずである。
     だからふたりは試合に負けたときには「見ての通り、相手が強かった」と実にサバサバとした表情で発言するのだった。

     父・碓氷を何よりも喜ばせたもの、それは「兄弟の仲がいいこと」だ。碓氷はそうではなかったから。ふたりの兄弟がプロスポーツの世界で活躍することなどは、どうでもよかった。 ふたりの兄弟は自分が好きなことには絶対に手を抜かないで集中して取り組むという父親の性格を受け継いでいた。だから、どんな分野であれ興味を持ったならば、その分野で一流になったであろう。ふたりは、たまたまそれがプロスポーツだったにすぎない。実際、碓氷は息子たちに「将来はオリンピックで金メダルを獲るんだ!」といった親馬鹿スパルタ教育は一切、行わなかった。碓氷は自分が「大学・公務員!大学・公務員!」と声高に叫ぶ母親の敷設したレールのせいで人生の回り道を余儀なくされた経験から、息子たちの将来の進路には一切「干渉しない」と決めていたのだ。息子たちは自分が本気で夢中になれるものを自分で見つけて、自分たちで勝手に一流へと成長したのである。

     そしてもうひとり。
     末娘のカナは10代の時にはフィギュアスケートの選手として世界を舞台に活躍した。母親譲りの童顔もあって世界中に多くのファンを獲得。だが、フィギュアスケーターの寿命は短い。歳には勝てず20代に入ると成績は急降下した。23歳で引退。そして引退後は兄弟の中で唯一、両親の後を継いだ。
     現在の彼女は風信子のCEOである。

     これは碓氷や風信子には直接「関係のない話」ではあるが、やはり書かないわけにはいかない。それはこの時期の韓半島は「ひとつに統一されている」ということだ。
     それは、ひとりの哲人政治家が韓国の大統領に就任したことから始まった。
     彼は大統領就任演説において「北朝鮮との友好」を外交に掲げ、その言葉の通り、一度たりとも北朝鮮政府の非難を行わなかった。北朝鮮政府がどんなに韓国を非難しようとも、彼は微動だにしなかった。
     では、彼は何をしたのか?
     彼はひたすら「北朝鮮の民衆の幸福」を念じたのだ。日米がどんなに非難しようとも、北朝鮮の民衆が食糧難で困っている時には人道支援を強行した。
     彼にとっては韓国民も北朝鮮民も同じ「我が家族」であった。
     彼は聡明であった。否、賢明であった。そして何より誠実であり、真剣であった。彼は心から北朝鮮の民衆を愛し、彼らの生活を案じていたのだ。そんな彼の心が北朝鮮の人々に届かぬはずはない。

     そして「運命の日」はやってきた。
     
     普段と変わらない一日が始まった。
     ところが、38度線を警備する韓国兵はその日、驚くべき場面に遭遇した。何と門が開かれ、続々と北朝鮮の民衆が国境を越えてきたのだ。しかも、その顔には笑顔が。
     何があったのか?
     答えは、国境を警備する北朝鮮の兵が自らの意思で38度線の国境の門を開放したのである。
     しかしなぜ?
     理由。それは韓国大統領の一念が北朝鮮の民衆だけでなく、軍人の胸にも「響いていた」ことによるものであった。
     それまで北朝鮮は、いかなる経済制裁にも、いかなる軍事的な威圧にも屈することはなかった。そういう意味でまさしく「無敵の国」であった。恐怖政治による独裁体制は非常に強固であり「永遠に続く」かと思われた。
     だが、そんな無敵を誇る国も「誠実」という最強の武器の前には全く無力だった。
     人の心を動かすのは誠実だ。いかなる恐怖も、またいかなる甘い誘惑も、誠実の前には無力である。
     「北朝鮮との友好」という目標のために、経済制裁の継続を主張する日米から非難され、野党・脱北者ら強硬派による「今の大統領は甘い!」という宣伝によって国民の支持率を落としながらも、大統領は「己が信念」を決して崩さなかった。その誠実な振る舞いが、最終的に「偉大なる勝利」をもたらす原動力となったのだ。
     そして、統一韓国は韓米同盟を解消。永世中立国として新たに出発を切り、兵器削減を進めていた。中国・ロシアの脅威であってはならず、だからと言ってアメリカと敵対するわけにもいかない。これはいわば「必然の選択」であった。



  •  富士山は今日も雪化粧に余念がない。
     風信子CEOキム・カナは見るからに屈強な肉体を持つボディガードとともに富士宮の珈琲喫茶ひやしんすを訪れた。
    「お久しぶりです」
    「おやまあ、よく来たねえ」
     信子が出迎える。歳はもう90歳を超えていたが、まだまだ壮健だ。芸術の世界では「90歳で2本脚」は決して珍しくない。
    「パパやママは元気?」
    「はい。パパは昨日『富士山に登る』と言って途中で私と別れたの」
     どうやら碓氷も来日しているようだ。80歳にして富士登山とは、矍鑠たる老人とはこのことだ。
    「相変わらずね」
    「でも昔よりも大分、人間が丸くなったわ」
     昔の碓氷には「戦うべき敵」が沢山いたから、ほとんど毬栗か海栗のような性格であったが、現在は敵がいないので、刺々しくしている必要もなくなったのだ。今ではすっかり好好爺であった。
     但し、これが「永遠に続く」という保証はない。なにしろ終戦直後のニッポンでは誰もが「自分は悪くない!」と訴えていたのだから。国民は「政治家やメディアに騙された」と言い張り、メディアは「政治家に騙された」と言い張り、政治家に至ってはあろうことか太平洋戦争後の東京裁判の際のA級戦犯同様「天皇が悪い」と言い逃れを図った。まさに「責任のなすり合い」状態である。天皇陛下の「(右傾化を)深く憂慮する」という建設的発言を無視して右傾化を推し進めた政治家やメディア、憲法改正によって右傾化支持を表明した国民、そのいずれもが責任者だというのに。こうしたニッポン民族固有の責任感の欠如が、いずれは再びニッポンを軍国主義へと走らせるだろうことは目に見えている。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」がニッポン人の本質である以上、今の平和も所詮「かりそめの平和」にすぎないのだ。事実、「日米同盟の堅持」を条件にニッポンは既に自衛隊を復活させ、再軍備に邁進していた。アメリカにとってニッポンが「アジア支配の重要な基地」であることに変わりはないのだ。
    「で、今日は何か用事があってきたのでしょう?」
    「はい」
     カナはハンドバッグの中から一通の封筒を取り出した。
    「招待状をお持ちいたしました」
     どこかであったようなシチュエーション。前回は「新美術館の開館式」だった。
     封を開けて中を見る信子。
    「これは何とも立派な」
     招待状には招待場となる施設の鳥瞰図が描かれていた。
    「来月、風信子の新社屋が運用を開始します」
     それはソウルに変わる韓国の新首都・世宗の高層ビル群のほぼ中心に建設された風信子のデザインセンターである。
     ハーフミラーと花崗岩の壁。その上に白い球体が幾つも乗る。建物全体にどことなく工場の雰囲気を残しているのは、ここがレジャー施設ではないことを示すため。「デザインは機能性」という碓氷の芸術論に忠実な設計。ちなみに白い球体部分は3階建ての倉庫、給水タンク、自家発電施設などとなっており、単なる飾りではない。当初は「赤煉瓦の外壁に白い球体」というアイデアだったが「明治時代の軍国ニッポンを連想させる」ということから変更された。
     100m正方形の土地に建つ建物の大きさは縦横84m正方形で、高さは36m。地上5階(球体を入れれば8階)地下3階。地下階と2階までは高さが6mで3階から上は4m。大手の自動車メーカーのデザインセンターと比べたら随分と小さいが、カロッツェリアとしては贅沢な部類に入るだろう。事業規模に合わせて建て増ししていたソウル市内の建物ではやはり使い勝手が不便ということで、新たに建設された。
     大きく二つのエリアに分かれており、3/7を占めるのが三角屋根のギャラリー。縦36m、横84m。東京都現代美術館の、165mの巨大通路を除く本館部分だけでも縦43m、横117mほどもあるから、大きさとしては大したことはない。だが来館した人は展示される作品の数の多さと質の高さによって木場の美術館よりも遥かに「満足感を覚える」に違いない。別エリアにある入口から入りL字の道なりに左手に曲がれば、そこはもうエターナルをはじめとするファンタスティックな車たちが来館者を出迎える世界だ。体育館を思わせる中央部分を挟み込むように展示室が並ぶ。1階は中央に実車、左右の展示室にはアパレル・エレキギター・建築模型などが展示される。吹き抜けを挟んで左右にある2階展示室は碓氷の油彩画を展示するスペースだ。新美術館とここを見れば「碓氷の業績」を一望することができる。
     ここでの最大の見どころはやはり赤、青、黄のアカデミア裸婦像3枚と緑、桃、黒のアカデミア着衣像3枚、計6枚のアカデミアであろう。新美術館のアカデミアは未完成だが、ここの6枚は完成作だ。
     一般公開はするものの、一般美術館のように来館者を積極的に呼び込むための宣伝活動は一切行わない予定。画家・デザイナーといった、あくまでもプロフェッショナルのため学習施設だからだ。とはいえ、ここが周りの高層ビル群で働くエリートビジネスマンたちの憩いの場になることは間違いない。
     ワシントンD.C.、パリ、ロンドンなど先進国の首都は議事堂や中央省庁舎のすぐ傍に国を代表する美術館が必ず存在する。国会議員や高級官僚が休憩時間に美術館で感性を育むためである。また、こうした場が与党議員、野党議員、高級官僚が一堂に会し自由な会話を楽しむ社交場ともなっている。美術館を上野に追いやり(明治時代の上野は文字通り、東京の一番端であった)政治家や高級官僚が「美に親しまない」なんて国は凡そニッポンくらいのものだ。だからニッポンの政治家や高級官僚は三流人間ばかりなのだ、という問題はさておき現在の風信子はデザイン部門がアパレル・自動車・建築・精密機器(エレキギターはここに含まれる)の4つに分かれており、彼らが日頃、交流する場としてもここは重要な場所となる。
     そして残り4/7がデザインセンターである。上から見ると「コの字型」の建物が4つ。各デザイン部門がそこに入っている。
     地下は1階が社員用の駐車場で2階と3階が工房である。碓氷の時代は外注していた実走可能モデルの制作も現在の風信子では自ら行う。地下2階と3階をぶち抜くかまぼこ型の風洞実験室を備え、高温多湿地帯や極寒地といった気象テストもできる。
     建物の設備と規模は碓氷が現役だった頃の比ではない。
    「儲かってるのね」
     カナがCEOになってから、風信子は一気に事業規模を拡大、大成長を遂げた。
     それまではクライアントであったギター会社を傘下に収め、自ら自動車工場を保有。デザイン企業から文字通りのカロッツェリアとなっていた。両親の後を継いだとは言っても、カナの才能は両親のそれとは全く違っていた。カナには「経営の才」が備わっていたのである。
     風信子が所有する自動車工場は韓国から遠く離れたアフリカにある。その理由は以下の通り。
     デザイン企業として発展を遂げる風信子は利益の一部を「アフリカの難民救済」に充てた。まずは「飲料水の確保」から井戸を掘り、それを地元に寄付した。「アフリカにはきれいな水が飲めない子どもたちが大勢いる」と聞いたからだ。ニッポンの冷酷非情な財界人とは違い、カナにはこうした子どもたちを無視して「自分の金儲け」や「自分の贅沢三昧」といった自分の事だけに狂奔することなどできなかったのだ。
     風信子が掘った一本の井戸。ここから全てが始まった。その後、井戸の左右に農地と住宅地が広がり、更に下に病院が建設された。こうなれば労働力を安心して確保することができる。かくして風信子は上の土地に自動車工場と発電所を建設したのである。
     そこでは現在、韓国メーカーの依頼で、全長2500mm、横幅1400mm、ホイールベース1690mmの電動シティコミューターが製造されていた。
     カナが発掘した弱冠20歳という現在のチーフデザイナーは「良い仕事」をしているようだ。多くのシティコミューターが「実用性重視」の、お世辞にもスタイリングの美しくないものが多い中で、風信子の製造するそれは「デザインド・バイ・ヒヤシンス」の名に恥じないだけのカッコ良さを備えている。カッコ良さの秘密は前部の左右を絞り込んでいることだ。ダッシュボード周辺の幅は狭くても室内空間には影響を与えないため思い切って絞り込んだのだが、その結果、只の四角い箱になりがちなシティコミューターのデザインに変化を与えることに成功した。
     通常は2名乗車だが、荷室の床を立ち上げることで追加の2名分の座席を生み出すことができる。また、前席は事務用チェアのように一本の円柱で支えられ、回転することができる。
     そして何と言ってもこのシティコミューターの最大の特徴は乾電池で動くラジオのように蓄電池を速やかに交換する機能を持っていることだ。その結果、充電の完了した蓄電池を販売しているガソリンスタンドであれば、充電ではなく蓄電池の交換によって速やかに走行することができるのだ。要領は床下の引き出しを引き出し、中の蓄電池を交換するだけ。無論、従来のように充電することも可能だ。こうした機能は「蓄電池の規格化」を促す画期的なものであり、将来的には電気自動車は「自宅では充電、スタンドでは蓄電池の交換」という方向へと進むに違いない。
     難民支援が目的ではあったが、アフリカに工場があることにはメリットもある。アフリカは韓国よりも欧米に近いため欧米への輸出に有利なのだ。そこで風信子では将来的にはギター工場もアフリカに移転する計画を立てていた。
    「開社式は午前中で、午後からは風信子でデザインされた車のオーナーたちが集まってツーリングが行われます」
     オーナーズクラブ或いはランボルギーニなどの自動車メーカーでは度々行われているが、カロッツェリアが主催者というのはユニークだ。スーパーカーからライトバンまで、実に多くの種類の車が集うことだろう。
    「そうそう。カナちゃん、お父さんから聞いた?」
    「何をです?」
    「去年、開発した車の失敗談」
    「知りません」
     その後、信子は碓氷がニッポンの自動車メーカーから依頼を受けて開発した車に関する失敗談をカナに語った。
    「去年、お父さんが開発した車が凄いのよ。何と『空飛ぶ自動車』(全てのタイヤが電気モーターで駆動する時代ならではだ)で、マスコミ向けに実演飛行をしたの。そうしたら・・・」
    「そうしたら?」
    「とりあえず飛んだのよ。でも結局、開発は中止に決まったの」
    「なぜ?」
    「離陸するときにはジャッキアップして、タイヤの向きを90度変えてから回転させるんだけれど、その時、タイヤの溝に石が挟まっていて、タイヤが高速回転をしている時に石がタイヤから飛び出したの。幸い、石はマスコミのカメラのレンズに突き刺さったからいいようなものの、もしも人にあたっていたら間違いなく死んでいたわ」
    「まあ」
    「で、『これは危険だ』ということで結局、開発は中止になったというわけ」
     その時、店の扉が開いた。碓氷が入ってきたのだ。早朝、富士山頂を出発。今、下山したところだった。富士宮口は最も歩行距離が短いから昼には下山できる。5合目からはバスで富士宮市街へ戻るだけだ。
    「パパ」
    「何だ、いたのか」
    「今ね、あなたの話をしていたのよ」
    「俺の?」
    「空飛ぶ自動車の話よ」
    「何だ、その話か」
    「パパ。その車はどうなったの?」
    「知らない。まだメーカーにあるか、あるいは既に破壊されたかもな」
    「碓氷君。失敗作といえば、他にも『水の上を走る自動車』もあったわよね?」
    「あれはもう25年以上も昔の話ですよ」
    「聞かせてあげなさいよ」
    「訊きたいか?」
    「是非」
    「ある大金持ちからの依頼で、水の上を走る自動車を開発したんだ。独自の特徴としては、ドアを上下二分割して、水の上に浮かんでいる時には上半分だけ開閉できるようにしたことだ」
    「そうそう。ドアノブが2つあったのよね。あと機械的にも、かなり凝った仕掛けを導入していたわよね?」
    「一般的に、水陸両用自動車のスクリューはエンジンの駆動力ではなくバッテリーの電力でモーターを回すが、こいつはリアのデファレンシャルとホイールを繋ぐ左右のシャフトの間に、さらに容量の小さなデファレンシャルを組み込んで、そこからスクリュー用のシャフトを伸ばしたんだ。3つのデファレンシャルを後・前・後と互い違いに並列に繋いだと思えばいい。他にもエンジンの床を完全にクローズしてあるから、エンジンルームに水が溜まった場合に外に排出する管をフロントフェンダーの上に取り付けたりもした」
    「そんだけ苦労したのに結局、失敗しちゃったのよね」
    「そのアイデアには問題なかったが、別のところで問題が発生した。水に浮かぶ関係上、マフラーをボディの下に置けない。そこでマフラーを屋根の上に載せ、排気管をAピラーの中に通した。そうしたらAピラーが熱いのなんの。ドライバーの顔や左腕が絶えず熱気に晒された」
    「見た目にもカッコ悪かったしね」
    「で結局、キャンセルになってしまったというわけだ」
    「排気管の先端だけ水面の上に出るようにはできなかったの?」
    「下に通すと排気ガスの温度が水で冷やされて下がってしまう。そうすると触媒が作動しなくなって排気ガスが汚くなる」
    「なるほど、それで屋根に載せたんだ」
    「でも、大失敗だった。あの場合、触媒をどうにかしてエンジンルーム内に収めるしかなかったんだよな」
    「パパでも、そんな失敗をすることがあるんだ」
    「自分はそれこそ『失敗作の山』さ。だが、それが人生にとって重要なんだ。沢山の失敗こそが沢山の努力をした証なんだ。成功した努力は富や名声となって自分を驕り高ぶらせる材料にしかならないが、失敗した努力こそが人間を謙虚にし、成長を大いに促してくれるものなんだ」
     カナにも思い当たることがある。現役時代、優勝した試合よりも負けた試合の方が確かに自分の成長の糧になっていた。失敗を怖がって何もしない人間には成功は訪れない。カナはパパの言葉を真剣に受け止めていた。



  •  ひと月後。
    「只今より、テープカットを行いたいと思います」
     御来賓である信子、碓氷、マナの3人によってテープが切られた。入口の扉が開き「待ってました」とばかりにビジネスマンや美術愛好家たちがドッと建物内に入っていく。一度として公開されたことのない碓氷の未発表作品の数々を見るために。入り口には「ニッポンに捨てられた風信子」という過去の忌まわしき経緯から「NO JAPANESE(ニッポン人お断り)」と書かれた看板が掲示されている。碓氷は平成末に「公立美術館に『美術品を売却してマンガ・アニメ作品を展示する』ように指導しろ!」と文化庁に進言した当時のニッポンの総理大臣の暴挙を未来永劫、許しはしないのだ。現代アートを礼賛、「この魅力がわからない奴にアートを語る資格はない」などと上から目線で一般庶民を見下すインテリゲンチャも無論、お断りだ。そういう人は新木場にある美術館へどうぞ。
     ともあれ、新たなる地平に向かって風信子は活動を開始したのである。

  • 第四の峰 終        



  • こちら拳骨編集部(2019)

    小説「第四の峰」のスピンオフ作品。
    自動車雑誌・拳骨(げんこつ)の取材陣という視点から
    カロッツェリア風信子の仕事を解説する。



  •  ニッポンには実に多くの自動車雑誌、自動車評論家が存在する。しかし、だからといって、その数だけ「自由な自動車評論が存在する」わけではない。というのも、ニッポンの自動車雑誌や自動車評論家には心掛けなくてはならぬ「約束事」があるからだ。それは「ニッポンを代表する某自動車メーカーの新型車への辛口批評は避ける」というものだ。例えば、新製品がどんなにライバル他車の先行製品にデザインやコンセプトが似通っていても、決してそれを「指摘しない」といった具合である。事実、このメーカーが販売する最上級国産ミニバンの初代・2代モデルは明らかにキャディラックの「アート&サイエンス」デザインの盗用だったし、他にもホンダ・ストリームやスズキ・ソリオの「後出しジャンケン」としか思えない製品を販売したりもしているが、それらを指摘することは「業界のタブー」なのだ。なぜタブーなのか?それはニッポンの消費者がこうした行為を「容認している」からだ。ニッポンの消費者は中小企業の開発陣が苦労して生み出したオリジナル製品よりも、それをそっくりそのままパクった大企業の製品の方を選択する。これは外国人には到底理解できない「ニッポン人特有の思考」であり、ニッポン人はそれを「長いものに巻かれろ」という諺で表現する。要するにニッポン人はブランドネームに弱く、中小企業の製品よりも大企業の製品の方に「魅力を感じる」のだ。というわけで、ニッポンの自動車雑誌や自動車評論家は自分たちの身の安全を確保する必要から長いものに巻かれまくっているというわけである。
     そこに「そんな真似はしない!」という気骨の自動車雑誌が登場した。その名は『拳骨』という。自動車雑誌らしからぬタイトルだが、そこに「腑抜けた自動車評論の世界に殴り込みをかける」といった意味が込められていることは明白だ。
     で、結果は?
     拳骨は常に自動車雑誌販売数「ワーストワン」を更新し続けていた。一握りの固定ファンを獲得するものの、多くの国民からはそっぽを向かれていたのだ。
     元々、自動車雑誌を購入する人々の多くは男性で、しかも最大の目的は「パパが新型車を購入するためにママを説得するための口実を手に入れる」ことであり、その目的のためには「新型車のいいところ」ばかりが多数書かれていることが重要なのだ。具体的に言えば「安全装備が強化された」とか「新型車ではシートが改良されて超時間乗っていても腰が痛くならない」いった記述である。拳骨は明らかにその目的に合致しなかった。そしてニッポンを代表する某メーカーに対しても手厳しい批判を加えるとなれば、売れなくて当然であった。
     かくして、拳骨はいつ「廃刊」になってもおかしくない状況にあった。



  • 2019年 3月号

  •  本来、このページには「ラ・フェラーリ」に関する記事が掲載されるはずあった。しかし我々スタッフは記事の変更を余儀なくされる「驚くべき状況」に遭遇したのだった。
     その日、我々拳骨(拳骨)スタッフはラ・フェラーリの全開走行テストを行うべく鈴鹿サーキットへ来ていた。
     そこへ一台のロールスロイスがやってきた。
    「お待たせ」
     中から降りてきたのは今回の企画に賛同、ラ・フェラーリを快く貸して下さった女性オーナーの中畑由真氏。
     その数分後にはアストンマーチンもやってきた。
     ロールスにアストン。羨ましい限りだ。我々スタッフ5名は錆錆のグロリアSGLの乗り合わせだというのに。
    「フェラーリのハンドルを握るのは久しぶりだな」
     そういいながらアストンから降りてきたのは今回、全開走行をお願いしたプロレーサーの等々力鷲也氏。
     これで全員が揃った。早速、準備に取り掛かる。
     ラ・フェラーリは数周回、慣らし運転を行った後、全開走行に入った。
     いくら「ハイブリッド」とはいえ、全開走行となればエンジンは轟音を発する。ラ・フェラーリはフェラーリ特有の甲高い、実に快いレーシーな轟音を奏でながら瞬く間に鈴鹿サーキットの周回速度記録を更新した。
    「ふふん」
     ご満悦の中畑氏。歳は50歳を超え、顔には皺が目立つはずだが、専属メイクの高度な技量に助けられ、見事に30年は若作りしていた。
     ここで事件が発生した。といっても「中畑氏のメイクが剥がれた」というのではない。
    「何、あの車は?」
     突然、サーキット場にもう一台、見慣れない車が出現したのだ。
     
     ピコーン、ピコーン、ピコーン

     エンジンの爆音の代わりにUFOの様な電子音を奏でながら走る謎の車。
    「そんなバカな!」
     そして、その謎の車は我々全員の前で全開走行中のラ・フェラーリをいとも簡単に追い抜いたのだ。その光景は電子音とも相まって、まるで1980年代初期のテレビゲームに登場する、ゲーマーが操作するレース中のレースマシンを軽々と抜き去っていく緊急車両を思わせた。
    「何してるのよ。はやく抜き返しなさい!」
     無線に向かって怒鳴る中畑氏。ニッポンを代表するレーサー・鷲也氏も真剣になったのに違いない。
    無線からは次のような叫び声が聞こえてきた。
    「よし。俺はいまこそ鷲になるんだ!」
     だが、ラ・フェラーリは謎の車を追い抜くことができないばかりか、その後、何度も周回遅れを重ねた。
    「フェラーリなんて亀と一緒さ」
     そう言わんばかりに悠々とサーキットコースに吸い付くかのように走る謎の車。
     そして謎の車は、いずこともなく走り去っていった。
    「何なのよ、あの車は!」
     日頃からタカビーで有名な中畑氏がこの時、般若の面のごとき顔をして怒り狂っていたのは言うまでもない。こうなれば最早、いかなる厚化粧をもってしても素顔を覆い隠すことなどできはしない。
     だが、いくら怒られたところで、今回の珍事件に関して我々スタッフが事情を知るわけもない。
     直ちにサーキット職員に問い合わせたところ。
    「その様な車が走行する予定はありません」
     では、我々は夢でも見ていたのだろうか?
     だが、それは夢ではなかった。スタッフカメラマンのカメラに、その謎の車はしっかりと写っていたのだ。これがその一枚である。我々はこの車を「シャークマシン」と命名した。写真にある通りフロントノーズに「鮫の背鰭」を思わせるマスコットが付いているからだ。
     それにしても、この車は一体、何だったのだろう?
     フードがリアまで真っ直ぐに伸びていることや、リアの巨大なエアインテークから、相当巨大なエンジン、あるいはモーターが搭載されているに違いない。もっとも、これが「人間が作り出した車」であるならば、だ。読者からは笑われてしまいそうだが、我々には人類の生み出した車とは思えなかったのだ。
     後日、中畑氏は今回の敗北を車ではなくレーサーの責任に転嫁した。中畑氏にとっては「フェラーリこそが最高のスポーツカー」でなくてはならないのだ。
     中畑氏の責任転嫁。傍目には「空しい言い訳」だが、しかしながら、まるっきり「的外れ」ではないかもしれない。
     なぜなら、ドライバーが速水某、あるいは隼某であれば、或いは負けなかったかもしれないからだ。



  • 10月号

  •  ラ・フェラーリの取材現場に突如として出現、いずこともなく去っていった謎のスーパーマシン「シャーク」。それを設計・開発したのが「風信子(ヒヤシンス)」という名のデザイン会社であることを風の噂で耳にした我々、拳骨首脳陣は直ちに編集会議を行った。
     風の噂。真実かどうか疑わしい情報。果たして「取材に値する」のかどうか。風信子はニッポンではなく韓国に本社を置く。それ相応の旅費を覚悟しなくてはならない。
     だが、それでも「シャークの魅力」が勝った。我々は風信子への取材を決定、取材陣を風信子が存在するという国・韓国へと送り込んだ。
     我々が入手している情報によれば、風信子はニッポン人社長・横田信子、同じくニッポン人チーフデザイナー・碓氷充馬(うすいあたま)の両名が中心となって運営しているデザイン企業である。商品としては女性向けの服やエレクトリックギターなどが知られており、過去にカーデザインを手掛けた例はない。ということは「新たに進出」ということなのか?そして手元にあるデータによれば風信子はもともとニッポンに本社があったものが事情により「韓国に移転」とある。この事実がニッポンのメディアによる取材を非常に困難なものとする要因であることは容易に想像できた。過去にはローズベイ(エレキギター。風信子を代表するデザイン商品)が大ヒットした時、ニッポンの大手メディア各社がインタビューを試みたものの全社、けんもほろろに追い返されていた。我々が取材に行くことを知った某大手メディアの記者は「あそこは無理、無理。ガードがもの凄く堅い」と大手メディアで仕事をする人間特有の上から目線で我々の行動を「三流雑誌社による身の程を知らぬ愚行」とバカにした。
     だが、それでも我々は取材を敢行した。で、結果はどうだったか?私たちは実に「幸運だった」。スーパーカー専門誌という特殊性が鍵となったことは言うまでもない。我々がスーパーカーを高級ブランド品や流行品と同様の「自分を飾り立てるための小道具」としか見ていない大手メディアとは「違う」ということを、われわれが根っからの「スーパーカーバカ」であるということを風信子ははっきりと理解してくれていたのだ。
     とはいえ、それでも風信子のガードは、最初はやはり硬かった。社長の横田氏と接触を重ね「マエストロ」碓氷氏が我々の前に現れたのは、それから3か月後。そこから更に3か月、我々は幾度となく接触。焼き肉店で全羅道の肉を一緒に食したり、済州島にある漢孥山にヒーヒー言いながら登ったりするうちにシャークの真実、「あの車は確かに私たちが設計・開発した」「あれは韓国メーカーの新型エンジン開発のための試作車だった」「データ収集のため分解してしまった」ことや、そこで得たノウハウを生かした全く新しいスーパーカーを開発している事実を知らされ、やがて碓氷氏の口から「ニューマシンの名前は『エターナル』だ」と教えられた時には、半年にわたる苦労が遂に実を結んだことに我々一同の目からは安堵と感激の涙が流れたのである。
     このようにして今回、我々は世界で最初にエターナルのスクープを報じることができるのである。ハッキリ言おう。これから、あなたが目にする記事はまさに「奇跡」である。



  •  言葉はいらない。写真からでも十分にその魅力を実感できるだろう。見ての通り、それは謎のスーパーマシン・シャークを生み出した鬼才ならではの魅力を秘めた「21世紀に開発された最も美しいスーパーカー」に他ならない。
     エターナルという名前には「スーパーカーよ、永遠なれ」という意味が込められているのだという。近年、若者の「自動車離れ」が深刻である。エターナルはそうした状況に危機感を抱いた風信子からの回答なのだ。
     だからだろうか。エターナルは21世紀に開発されたにもかかわらず、そのボディからは「1970年代の香り」がそこはかとなく漂っている。そう、あのスーパーカーブーム全盛時代の香りだ。フェラーリ、マセラティ、ランチャ、デ・トマソ、ロータス、ポルシェ等、実に多くの自動車メーカーが魅力的なスーパーカーを世に送り出していた時代の香りだ。
     そしてランボルギーニ。中でもカウンタックは当時「スーパーカーの王者」と呼ばれた。エターナルにはその香りがプンプンに漂っている。パッと見、誰もが「21世紀のカウンタック」と思うに違いない。
     それにしても、エターナルの「プレーンさ」には驚かされる。現在のフェラーリやランボルギーニの穴だらけ・角だらけのゴテゴテした「虚飾塗れのデザイン」とは対照的だ。過去のスーパーカーの写真をひと通り精査したのだが、エターナルは間違いなく「最もプレーンなデザインのスーパーカー」である。このプレーンさに匹敵するのは「カウンタック・プロトタイプ」と「ストラトス・ゼロ」くらいのものだ。エターナルには「空力特性の改善」や「走行性能の向上」を理由に悪趣味なデザインをユーザーに「機能美」として無理強いする言い訳めいたところが一つもない。
     まずは真横から見る。サイドスクリーンはカウンタックの後継者であるディアブロのものをさらに極端にしたような造形。だがエターナルはディアブロには似ていない。なぜ?それは「造形の完成度」が極めて高いからだ。カウンタック同様「ここはこうしたらいいのに」「自分だったらここはこうするのに」と注文を付けたくなる部分が極めて少ないのだ。ディアブロのサイドスクリーンは「歪な5角形」だが、エターナルは実に綺麗な平行四辺形である。
     エンジンにエアを供給するインテークはサイドスクリーンの後方とその真下の上下対称形。その特徴的な形が生み出すこの車ならではの「個性」はカウンタックのNACAダクトに負けていない。ドアは一般的なスイングドアで、シザーズドアではない。ボディと一体となっている前後アクリル製のバンパーは、この車が「21世紀の産物」であることを物語る部分だ。
     リアホイールアーチの造形が1970年代的というか「ガンディーニ的」だ。リアホールアーチの上部をスパッツ状にしてタイヤの一部を覆っている。だが、これは正直、疑問だ。装着できるタイヤの幅を狭くするし、タイヤ交換の際に傷をつけてしまう危険もあるからだ。完成度の極めて高いエターナルの中で唯一「?」と感じるデザイン造形である。
     今度は正面。ラジエーターが後ろにあるためフロントボンネットは実にすっきりしている。勿論、トランク容量もそれなりにある。通常のお買い物程度ならば全く問題ない。そしてフロントスクリーンが極端に大きい。運転席の真上までフロントスクリーンが伸びている。
    「雨の少ないアメリカではスーパーカーといえども『オープン仕様』が求められる。だが、エンジンが後ろにあるミッドシップカーではデザインの制約が大きい。そこでフロントスクリーンを頭上まで延ばすことで、ハードトップでありながらオープンカー並みの開放感を得られる空間を実現することにしたんだ(碓氷氏。今後、特別な注がない場合、コメントは全て碓氷氏)」
     ヘッドライトは当然「リトラクタブル」ではない。ウインカーがドアミラーに内蔵されている点も21世紀の車ならではだ。
     最後に後ろから眺める。
     エンジンフードはガラス製。積極的にエンジンを見せる手法だ。左右に熱を抜くアルマジロが配されている。これで果たしてエンジン音は車内に響かないのか?あとで確認してみよう。
     真っ直ぐ横に延びる平べったい一枚板から成るリアパネル。ここが最も1970年代を感じさせてくれる部分といえる。そこに装着されるテールランプは何の変哲もないもので、まるでトラックで使われているものをそのまま流用したかのようだ。
    「現代のスーパーカーはどれも角が取れて丸っこく、エルゴノミックで自分の好みじゃない。エターナルでは『クリーン&プレーン』であることを心がけた、それこそ『やり過ぎ』というくらいにね。『糊の効いたワイシャツのような清潔感』といえばわかるかな?皺が一つもついていないワイシャツのように無駄な線が一つもないデザイン。昔のスーパーカーは皆、こうだった。とはいえ単なる懐古趣味ではない。21世紀の車であることがわかることも重要な要素と考えた」
     リアパネルは1970年代的だが、バンパー下部のディフューザーは明らかに21世紀的だ。強力なダウンフォースを発生させるため、巨大なリアウイングは不要だ。
     懐かしいのに最新鋭。エターナルならではの魅力がそこにある。単なる懐古趣味に終わっていないのは基本デザインが完全なオリジナルであり、過去のいかなるスーパーカーの「オマージュ」でもないからだ。ぱっと見「カウンタックっぽい」エターナルだが、フロントバンパー、ヘッドライト、サイドドア、サイドエアインテーク、エンジンフード、リアバンパー(そもそもカウンタックにはリアバンパーがない)など、実際に似ている個所は唯のひとつとして「ない」のである。
     ではなぜ、エターナルはカウンタックを思い起こさせるのだろう?
    「それは同じ『スーパーカー魂』を持っているからさ」
     抽象的な表現ではあるが、実に的を射ていると思う。
    「モナ・リザの模写画は世界中に何百と存在する。だが『最もモナ・リザに近い作品』と言われているのは、そうした模写画ではなく、髭モジャおやじの肖像画(ラファエロ作「カスティリオーネの肖像」)だ。大事なのは外観が同じことではなく『精神性が同じ』ことなんだよ」
     こうした話をさらりと言ってのけるところに碓氷氏の「博学ぶり」が見て取れる。碓氷氏は名門大学出のインテリではないが、昨今流行りのインテリ芸能人やクイズ王など比較にもならぬほど博識な人物だ。
    「シザーズドアは絶対に『使用しない』と思った。それはあくまでもカウンタックのアイデンティティだからね。そんなことをすれば単なる『カウンタックの偽物』になってしまう」
     ディアブロ、ムルシエラゴ、アヴェンタドールはそれを継承しているが、単に「カウンタックの後継車である」ことを示すアイコンにすぎない。これらの車は厳しい言い方をすれば、カウンタックの持っている伝統や威厳に「おんぶにだっこ」。それらの車たちに固有のアイデンティティは存在しない。
    「それに現実問題として、エターナルにシザーズドアは使えない。ドアをシザーズさせるにはあまりにもサイドスクリーンが立ちすぎているんだ」
     エターナルはサイドスクリーンがミウラやBB並みに立っている。これはフロントスクリーンを運転席の真上まで延ばした結果に他ならない。もしもエターナルにカウンタックのようなドアを取り付けた場合、エターナルのフロントスクリーンは「三角フラスコ」のような形になってしまうだろう。



  •  内装を見ていく。水平基調のそれは木目やクロームの使い方も相まってまさに「1970年代の家電製品」のような香りがする。その一方でセンターには液晶パネルが嵌められている。紛れもない21世紀的な部分だ。
     スポーツカーというよりは、まるで高級リムジンのような装い。近年のスーパーカーは「ブラック本革&アルミ加飾」が主流だが、エターナルは敢えて「違うこと」を試みている。「イタリアやドイツ製のスーパーカーと同じでは、ユーザーは今まで通り『イタリアやドイツのスーパーカーを買う』に決まっている。ブランドは実に偉大なものさ。だから+αが必要だと感じて、こうしたんだ」
     メーター類は運転席正面に昔ながらの嵌め込み式タイプのメーターが6つ装備され正直、嬉しい部分だ。左から順番に油圧、タコ、水温、油温、速度、燃料。
     センターは上からナビモニター、ナビ操作ボタン、エアコン操作ダイヤル、ドリンクホルダー。ナビにタッチパネルを採用しなかった理由はモニターの表面に特殊加工を施し、外の景色の映り込みを軽減しているため(昔、日立のブラウン管テレビが同様の加工を行っていたっけ)。
     アルミのゲートが見るからに頑丈そうな印象のシフトは6速マニュアル。6速セミオートマチックも用意され、そちらはパドルシフトが基本だ。パワーのある車なので実際問題必要ないし、重量増加や故障の原因にもなるのだが、ライバルが装備するギアの段数を考えれば、やはり8速、最低でも7速は欲しいところだ。感触は剛性感のある好ましいもの。6速ゆえに横のゲート幅が広く、ゲートを入れ間違う心配なしに安心して操作することができるのは、実は立派なメリットである。
     巨大なフロントスクリーンによって前方の視界は実に開けている。そのフロントスクリーンの中央辺りには自動運転用の車載カメラとルームミラー。カメラへの電力はスクリーンに嵌め込まれた細いニクロム線(リアスクリーンの曇り取り用の熱線と同じ)によって行われるためピラーを連結するバーはない。ボディ剛性について伺ったところ「問題はない」という。この車に乗る人にとってサングラスと帽子は必需品である(笑)。ピラーには大きなアームが装備され、この車は車高が低いため、乗降時にはこれを掴んで体を「ナマケモノのような姿勢」にする必要がある。
     天井まで伸びるフロントスクリーンの後方には若干ながら屋根があり、その部分に天井を覆う2段スライド式の日除けボードが収納されている。この車の個性を殺してしまう行為ではあるが、どうしても「天井を覆いたい」場合には中央の取手部分に指を突っ込むことで簡単に引き出せる。
     ハンドルには、いろいろなボタンが装備されており、エアコンやオーディオの操作が行える。オートマチック車の場合にはさらに「オートクルーズ機能」まで備わるというから驚きだ。前方車追従式、それも車間距離を一定に保つのではなく、時速100㎞ならば80m、80㎞ならば60mといった具合に速度に応じて適切な距離を保つという優れもの。勿論、渋滞にも対応する。
     エンジンフードを開いてから外に出る。
     500馬力を誇るアルミ製縦置き90度V8エンジン。外観が実にかっこいい。カムカバーが見えるように吸気管のデザインが非常に吟味されているのだ。排気管のデザインも秀逸だ。この車はまだ新品同様の色だが、いずれは焦げて独特の色合いを見せるだろう。
    エンジンの外観を決定するカムカバーやエアチャンバー。フェラーリは昔から赤。他にもメーカーによって緑、青、黒といった塗装が施されているが、エターナルのそれはオレンジ。意図的に他車との差別化を図っている。
     ヘッドは当然のようにDOHCのクワトロバルボーレ。タコ足の直径が狭いのは高回転を多用するエンジンならではのもの。ちなみに高回転を使用しないことを前提とするニッポン製4バルブエンジンのタコ足は直径が大きい。
     このエンジンの最大の特徴はシームレス、即ち接合部にガスケットが使用されていないこと。1/10万の加工精度によってエンジンブロックを完全に密着させることでガスケットを必要としないのだという。その昔、シトロエン2CVがそうであったが、これは500馬力エンジンである。果たして「ガス抜け」や「オイル漏れ」はないのだろうか?
    「シャークでは20万kmの走行テストを行ったが、問題はなかった」
     確かに、ガスケットが必要ないのならば「ない方がいい」に決まっている。ガスケットは耐熱ゴムや軟鉄でできており必ず劣化する。発熱量の大きいエンジンだと数年しか持たないこともある。
    「スーパーカーは大概、大富豪の車庫に眠ってしまい、日頃まともにメンテナンスなどされないのが普通だ。その様な状態でもベストコンディションでエンジンが動くことが求められた」
     さすがは「韓国メーカー」である。ニッポンのメーカーは「カタログスペック」ばかりを重視するが、韓国では何よりも「実用性」が重視されるのだ。
    「ニッポン人はきっと『何だ500馬力か。GT-Rは600馬力だぜ!』と思うだろう。だが、エターナルの心臓はシームレスエンジンだ」
     碓氷氏はエターナルのエンジンに胸を張る。
     と、ここで重大発言が。
    「現在、馬力を400PSに落として電気モーターと組み合わせたスポーツカーを開発している。莫大な投資をして開発したエンジンなのだから広く車種展開するのはメーカーとすれば当然だ。そちらも近いうちに発表されるだろう。スタイリングはエターナルほど過激ではなく、スーパーカーというよりもミッドシップスポーツカー的なものになる。こちらは1000万円を切る。エターナルに手が届かない人のためのものだ」



  •  いよいよエターナルを実際に走らせる。場所はメーカーの試験場。設備は完璧だ。周回路だけでなくサーキットコースもあり、あらゆるテストができる。
     前もって話しておくと、マニュアルとオートマチックではエンジンの特性が違う。オートマチックは低速トルク重視で、低速からグングンと車を押し出すよう設計されている。それに対し今回、テストするマニュアルは高速重視で、低速ではややトルクが薄いものの5000回転から一気に吹き上がるという。
     実際に試してみるとしよう。先ずはエンジンに火を入れる。実に簡単にかかる。嫌がる素振りは微塵もない。アイドリング時のV8エンジンは実に静かだ。振動は皆無。大型マフラーを装備すれば、それこそ高級車のエンジンとしても使用することが出来るのでは、と思えるほどだ。成程、これならばエンジンフードをガラスにできる。
     まず先に行っておくと、サーキット場を疾駆するエターナルの姿は実に美しい。1909年の未来派宣言ではないが「疾走するエターナルの姿はサモトラケのニケよりも美しい」と思わず言いたくなる。
     いざ走り出す。先ずはサーキット場で挙動を確認する。
     高速重視とはいっても絶対的なパワーがあるから低速でも速く、しかも粘る。「6速、60km」も決して不可能ではない。だが、5000回転を超えるとエンジンは一気に目覚める。このエンジンはノンターボだが、ドッカンターボのような特性を持っている。マフラーから響く音も明らかに変化。甲高い、実にレーシーな音になる。そして32個のバルブが硝子1枚を隔てた後方で交響曲を奏で出す。その変化はまさに「二重人格」といってもいいくらいで、上品なお嬢様と思っていたら実はとんだ「はねっかえり」だったといった感じだ。そして、こうした特性を知ってしまうと、最初の言葉を訂正したくなる。「この車は低速では貧弱だが、高速ではとんでもなく速い」といった具合に。
     ハンドル、クラッチ、シフト、その全てが軽い。こういう点は21世紀的だ。ドライバーに筋トレを強要しない。しかも決して「やわ」ではない。全てがしっかりと安定している。
     ハンドルはかなりシャープで遊びがほとんどない。これもオートマチック車では多少ダルに変更されているそうだ。クラッチはエンジンパワーのおかげで、アイドリング状態でいきなり繋いでもエンストせず、車体はゆっくりと前へ動き出す。したがって免許取りたての素人ドライバーでも街中で苦労することはない。
     ただし、ハンドリングにはそれなりの技量が要求される。テールハッピーなこの車はタイトコーナーでいとも容易にケツを振る。古典的なドライビング技術に習熟しているドライバーならば大いに楽しめるだろう。ややオーバースピードでコーナーに飛び込み、ヒール&トゥ状態でハンドルを切ってケツを流し、カウンターをかけて流れを止めてからクラッチを繋いで脱出。勿論、あなたが並みのドライバーならば「スロー・イン&ファスト・アウト」が鉄則だ。
     それにしてもなぜ、このようなセッティングを?確かに、ミッドシップカーの長所は回頭性なのだから「間違い」ではないのだが、安定志向が叫ばれる今日である。「上級者に振ったセッティング」であることは間違いない。
    「悪かったな」
     どうやら、碓氷氏の好みらしい。
     サーキット走行を楽しんだところで、そろそろ計測に入る。
     0km~100km加速は3,9秒。ランボルギーニ・ウラカンやフェラーリ・F8トリビュートの2,9秒に遠く及ばぬばかりか、4ドアSUVのランボルギーニ・ウルスの3,6秒よりも遅い。やはり500馬力ではここまでか。「エンジンの信頼性が向上したら馬力を上げる」ということなので、それを期待したい。
     と、ここまで書いて私はふと思った。私たちは「パワー不感症」なのではあるまいか?フェラーリ・288GTOは4,9秒、F40でも4,1秒なんだぞ。3,9秒は実に立派な数値ではないか。
     でもって、いよいよ最高速度。公表値は299kmだが、実測では+20kmを超える323,88kmを記録した。考えてみれば495馬力の初代ディアブロでも325kmの最高速度を出せるわけで、299kmという公表値は随分、控えめな数値といえる。
    「それが『韓国流』さ。この国にはニッポンでは完全に失われてしまった『能ある鷹は爪を隠す』の精神が今も生きているんだよ」
     今のニッポンでは政治家の「ニッポン自慢」の姿勢が国中に広まって、国民もまた「自画自賛」が当たり前。知らないことでも「知ってる、知ってる!」できないことでも「チョー得意!」と言い張るのがニッポン人の常識であり、テレビをつければ、どこもかしこも「クイズ王」「インテリ芸能人」「現役東大生」といった連中が知恵者気取りで自分の学力や閃き力を鼻高々に自慢している実にくだらない糞番組ばかりが放送されている。
    「だから自分はニッポンを捨てたのさ。自分は名門大学出でもなければ漢字検定取得者でもMENSA会員でも、ましてや大金持ちの御曹司でもない。そんな自分が活躍するためには、そうした肩書を重視する国にサヨナラして『実力社会の国』へ移るしかなかった。ニッポンにアメリカンドリームはないが、韓国にはあるんだ。海外を目指すニッポン人ミュージシャンがニッポンではなく『K・POPの歌手』として韓国でデビューするのは知っているだろう?」
     ニッポン政府は口では「一億総活躍社会」と叫んでいるが、現実は全く違う。碓氷氏の「韓国流出」もまた、その証明である。 
     速度を100kmまで落とす。ここで私はハンドルを握る位置を、今までの「3時・9時」から「12時」に変更。
     それから10秒。突然、ピーピーピーという警告音が車内に鳴り響いた。
     これは風信子が開発した新発明、その名も「12時ハンドル防止装置」だ。
    「韓国では無用だが、とある国(勿論、ニッポンのことだ)では『左手にスマホ、右手は12時ハンドル』『右肘をドアの上につき、左手は12時ハンドル』というドライバーが年々、増えているだろう?それを防止するための機能として考えてみたんだ」 
     11時~1時の間でハンドルを10秒以上握っている場合に作動、警報音を発する仕組みだ。ハンドルから手を離せば警報音は止む。
     12時ハンドルの危険性を碓氷氏は指摘する。
    「12時ハンドルは脇が甘くなり、腕が左右に揺れるため非常に危険だ。それに速度計や燃料計が腕に隠れて見えない。何より、こういうドライバーは『正しい位置』でシートに座っていない。体を斜めに傾け、背骨がシートから浮いてしまっている」
     そういえば最近は路線バスやパトカーが走行中にヘッドライトを点灯していないケースも増えた。
    「ニッポン人の『危険を感知する力』が低下しているのさ」
     碓氷氏によれば、ニッポン人は年々、危険を「危険」と感じなくなってきているという。
    「危険だけじゃない。汚いものを『汚い』と感じる能力も低下してきている」
     碓氷氏はニッポンにおける「ポイ捨てごみの増加」を嘆く。
    「ポイ捨てごみは車高の低いスーパーカーにとっては脅威だ。特に最近、やたらと目にする『使い捨てマスク』。エアインテークに吸い込まれればオーバーヒートの原因となり、ファンベルトに絡みつけばエンジンブローの原因になる」
     風信子が「韓国へ移転した理由」がだんだんと見えてきた。私たちは単純に「ニッポンで売れなかったから移転した」と考えていたのだが、「ニッポン人のモラルの低さに辟易した」からだったのだ。
     先に大手メディアがことごとく取材を断られた話をしたが、風信子はニッポン企業からの仕事の依頼も断っている。その際の決まり文句は「わが社には東大卒のインテリはひとりもおりませんので」なのだそうだ。
    「メディアから『ニッポンの頭脳』と絶賛されている東大に学ばれた方々ならば、専門学校出の自分なんかより(碓氷氏は渋谷にある某私立大学卒だが、東大卒のあるニッポン人弁護士から「東大以外は専門学校!」と罵られて以後、専門学校卒を名乗っている)も遥かに素晴らしいデザインを考えついて当然だろう?」
     かくも碓氷氏は「挑発的・攻撃的な性格の持ち主」なのだ。碓氷氏は「肩書ばかりいっちょ前」で実力の伴わない人間や「既存の知識ばかりを自慢」して独自のアイデアを持っていない人間を極端に嫌う。その根底にあるのは「上から目線」に対する嫌悪に他ならない。
    「政治批判からカーデザインまで、あらゆる物事を自分は24時間『庶民目線』で考えている。だが、ニッポン人は、インテリはもとより一般庶民でさえも『上から目線』で考えたがる。例えば『外交問題』。多くのニッポン人が『政治家や評論家になった気分』で偉そうに批評する。だから判断を間違えるんだ。ニッポン人が『エコノミック・アニマル』である理由も同じ。倹しい庶民ならば『人生、お金がすべてじゃない』というべきところなのに、お金持ちの目線で『人生、お金がすべて』と自分の人生や存在を否定する発言を平気でしている。その結果、ニッポン社会はいつまでたっても『お金持ちの天下』だ。ほんとバカだよ、ニッポン人は」
     エターナルの開発について、碓氷氏はこう締めくくった。
    「自分が小学2年生の時にスーパーカーブームがあった。自分はカウンタックに憧れる少年で、その時のピュアな気持ちがエターナルを開発させた。スーパーカーデザイナーとしての富や名声、顧客である大富豪たちの欲望、実際に製造・販売するメーカーの思惑、それら『擦れた大人の目線』ではなく、少年の目線でね」
     この言葉にこそ、エターナルが魅力的な車である「真の理由」が集約されている。


  •  

  •  「シャークの噂」の真相を辿る私たちの旅路は「エターナルのスクープ」という予想外の結末をもって終わった。シャークがこの世に存在しないという事実は確かに私たちを大いにがっかりさせたが、エターナルはそれを補って余りある実に魅力的なスーパーカーだった。実際に目にしたならば、誰もが私たちと同じ感動を「体感する」に違いない。だが、ひとつ残念なことがある。それは、この車がニッポンの路上を走る日は当分「訪れそうにない」ことだ。その理由が「軍国主義を礼賛するニッポンの歴史観」を受け入れないことを理由とするニッポン政府による韓国に対する経済制裁なのだから呆れる。どうしても手に入れたい人はアメリカなり一旦、別の国に輸出された車を並行輸入する以外に方法はあるまい。
    いつに日になるかは全くもって想像もできないが、真の日韓友好が実現した時、私たちニッポン人はこの「21世紀で最も美しいスーパーカー」がニッポンの路上を颯爽と走る姿を見られるようになるだろう。



  • 12月号

  •  先月号の記事に関して、実に多くのコメントが弊社に寄せられたことをまずご報告申し上げる。
     その内容だが「好意的なもの」が1割弱で、9割以上が「悪意あるもの」である。

      ①「カウンタックもどき、ダッサー」
      ②「デザインが最新流行ではなく古臭い」
      ③「ニッポンを代表するスーパーカーは童夢ゼロ」
      ④「風信子は裏切り者の非国民企業」
      
     9割以上の意見を大別したところ、まあこんな感じである。
     ①については先月号で指摘した通り似ている個所はひとつとしてない。「タイヤが4つある」といった屁理屈を言わない限りは。
     ②については「最新流行ではない」とは言えても「古臭い」とは言えない。なぜなら、このようなデザインの車は今まで「存在しなかった」からだ。1970年代の香りが「古臭い」というのであれば、それは致し方ないが。
     ③については、恐らくこういう人にとっては童夢ゼロが「憧れの名車」で、それ以外の車は論外なのだろう。
     ④については、彼らに「そうさせた」のは彼らの仕事を認めなかった「ニッポンの大手企業」や「ニッポンのユーザー」だということを述べておきたい。



  •  エターナルのスクープ記事の中で述べられていた「V8エンジンとモーターを組み合わせたスポーツカー」が発表された。その車の名は「スーパースポーツカー」。
     そのスーパースポーツカーがニッポンに上陸した。経済制裁に伴う大幅関税にもめげず、韓国企業は「ニッポンへの輸出」を強行してくれたのだ。そして我々、拳骨は光栄にも最初の独占取材を許された。
     今回、我々が試乗するスーパースポーツカーは黄緑色と白のツートンカラーを纏ったスペシャルバージョン。
     ぱっと見は当然ながら「21世紀のスポーツカー」だ。バンパーはボディと一体化され、バックミラーにはウインカーが装備される。しかし細部を見渡すと、そこには紛れもない「1970の香り」が漂っている。フロントフェンダーの盛り上がりや三分割されたボンネットはV8フェラーリを髣髴とさせ、フロントホイールハウス後方に設けられたブレーキ冷却のためのパラボラコンターは、まるでフェラーリP5のようだ。
     だが、やはり我々ニッポン人の琴線を揺さぶるのは、何といっても後方から見た時の姿だ。
    ガラスハッチのリア、そしてボディが黄緑色であることもあって「羨望のRX-7」の影をそこに見ないではいられない。
     とはいえ、ミッドシップエンジンを証明するリアバンパー中央の大きなエアダクトはRX-7とは似ても似つかず、また横から見たRX-7が水平基調であるのに対し、スーパースポーツカーは明らかに「尻上がり」。シルバーに塗られたセンターピラーの傾斜の向きも正反対。これだけ差異があれば、ぱっと見の印象が似ているからといって「パクリ」などといわれる筋合いはない。かつての「オースチン・MINIとミラジーノ」や「ポルシェ・カレラGTとMR-S」のような、あからさまな物真似を思えば、この程度の相似は些事だ。
     センターピラーはエアインテークを兼ね、直下にも同様のエアインテークが備わる上下対称デザインはエターナルでも用いられているもので、いわば風信子の「お家芸」。
     エンジンはV8とモーターのハイブリッド。最高出力はエンジンが400馬力でモーターが150馬力の合計550馬力。エンジン単体では100馬力劣るが、総馬力ではエターナルを50馬力上回る。レーザーを利用した超精密加工による「シームレス接合技術」が用いられている点はエターナルと同じ。経年変化によるシームの劣化がないため接合部からの「ガス抜け」や「オイル漏れ」が生じないのがいい。ガレージの中で眠ることの多い「大富豪のための車」ゆえのメンテナンスフリーへの配慮がうかがえる。
     コクピットに乗る。ディノ246並みに膨らんだフロントフェンダーのおかげでフロントタイヤの位置が容易に把握できる。これならばミリ単位でコースを狙える。スーパーカーではなく「スポーツカー」を名乗る車には絶対に必要な条件だ。この車は「直線番長ではない」のだ。
     ダッシュボードにメーターはない。代わりにメルセデス・ベンツの様にタブレット式のパネルが正面に1枚、センターに2枚備わる。エンジンを始動させるとそれぞれメーター、ナビゲーション、エアコン&オーディオの操作スイッチが表示される仕組みだ。正面に表示されるメーター類は当然、アナログではあるが、雰囲気としては今一つだ。やはりバーチャルは本物には敵わない。
     背後から聞こえてくるアイドリング音は実に静か。試しに空吹かししてみる。10000回転(!)でも音はそれほど大きくならない。あまり官能的ではない一方、すこぶる(ここでは「大いに」という意味)実用的である。
     走り出す。深夜2時の都心は昼間の大渋滞とは打って変わってガラガラ。
    低速走行は「お手のもの」だ。まるで普通乗用車並みのイージーさ。ペダルは重くなく、ハンドルも適度に軽い。ガラス面積が広いので視界もいい。
     首都高に入り、そこから上越道へ向かう。高速走行に入ってもエンジンは依然、静かだ。このイージーさはスポーツカーというよりもGTカーのようで正直、つまらない。
     この車にはエターナル同様「12時ハンドル防止装置」が装備されている。そこで試しに12時ハンドルをやってみる。するとやはり10秒後に突然、ピーピーピーという警報が鳴り響いた。手をハンドルから話すと警報は直ちに鳴り止む。全ての車のハンドルにこの仕掛けを装備すれば、重大事故に直結する「片手12時ハンドル」は一掃されるに違いない。
     さらに窓を開けて腕を外に出してみる。やはり10秒後に警報が鳴り響いた。こちらは「腕出し運転防止装置」だ。エターナルでは確認しなかったが、或いは装備されているのかもしれない。
     さて「イージーでつまらない」というドライビングの印象だが、それは高速道路を降りた途端、一変した。
     小諸インターで高速道路とおさらば、テストコースに利用している、いつもの山道を走る。エンジンのパワーがあるので上り坂でも速度は全く落ちない。
     最初のタイトコーナーに差し掛かった時。
    「うわっ」
     ブレーキを踏んだ瞬間、テールが大きく横滑りを始めた。危うく崖に激突するところだった。対向車が来ていれば間違いなく正面衝突。何というじゃじゃ馬!さすがはミッドシップスポーツカー。気を取り直して再び走り出す。
     二つ目のタイトコーナー。今度は覚悟してブレーキを踏む。やはり横滑りが激しい。だが、ブレーキを外せば直ちに横滑りは止まる。これはどうやら車の特性ではなく「意図的な味付け」と見た。この車のリアダンパーは意識的に粘らないようにしてあるのに違いない。
     そして3つ目のタイトコーナーを駆け抜けた時には、自分はこの車のハンドリングに「病みつき」になっていた。一度コツを覚えてしまえば、これほどテールを滑らせて「楽しい車」はない。カーブの多いコースでこの車を速く走らせるコツはブレーキを踏んでテールを積極的に滑らせ、カウンターでノーズの向きを調整、一気にアクセルを踏み込むことだ。無論、こうした車の特性はあくまでも電気的デバイスをオフにしたときのことで、オンにしていれば限界まで実によく粘る。ちなみにオンの時には4WD、オフの時は2WDでの走行となる。
     気がつけば、あっという間に終点の車坂峠に到着していた。体感もそうだが、車の絶対速度も速い。そこから眺める早朝の富士山は実に美しいものだった。


  •  
     メーカーではスーパースポーツカーを「年間2000台」販売する計画を持っている。550馬力のスーパーカーを年間2000台というのは、かなり強気といえるが、ニッポン政府による悪意の関税にもめげず888万円に設定された販売価格はライバルとなるNSXの2420万円は当然のこと、レクサスLCの1377万円、GT-Rピュアエディション(最廉価盤)の1082万と比較してもバーゲンであり、それが有利に働くに違いない。
     これらのうち「どれを購入する?」と聞かれたら、私は迷わずスーパースポーツカーを選ぶ。ニッポン車の機械としての完成度の高さは魅力だが、「じゃじゃ馬慣らし」の醍醐味にはやはり捨てがたいものがある。走り屋の本能を擽る「何か」がスーパースポーツカーにはある。



  • 2020年 新春1月号

  •  エンツォはスペチアーレ・フェラーリの中で最も「美しくない車」として我々の記憶に残る車である。部分部分を見ればオリジナリティに溢れているものの、何よりも縦、横、高さのバランスが非常に悪い。横から見れば背が高すぎ、後ろから見れば横幅が広すぎる。フロントからリアへと流れるフェンダーの曲線を意図的にキャビン部分でカットしているのは、はっきり言って「良くない処理」だ。また、フロントバンパーの一部がフロントボンネットの中に入り込み、全て黒い線であるべきボンネットの継ぎ目の一部がバンパー色になってしまっているのは「煮詰め不足」である。
     エンツォの不評によってフェラーリ社とピニンファリーナ社の蜜月関係は大きく変化した。以後、フェラーリ社は自社でデザインを行うようになる。10年後に登場したラ・フェラーリはフェラーリ社のオリジナルデザインである。
     ポルシェ959のライバルとして開発された288GTOは文句なくエレガントだった。F40は「エンツォ・フェラーリの遺作」としての価値を持ち、F50はF1の技術をそっくり投入、「最も過激な性能を持つフェラーリ」として我々の記憶にとどめる。
     ではエンツォは?スタイリングの不評もさることながら、このスペチアーレには「特別な何か」が絶対的に欠けているのだ。
     ということで、エンツォは今日ではテスタロッサと並ぶ「フォリゼリエ」の母体として格好の車となってしまった。
     フォリゼリエは大富豪がメーカー、あるいはカロッツェリアに独自に注文する一点物の車という性質上、一般に知られることがあまりない。だが大富豪の中には「こんな車を所有している」ということを世間に自慢したい者もいて、ここに紹介する車は、まさしくそんな1台である。
     真っ赤に塗られたフォリゼリエ・エンツォ(この車には正式な名前がないため便宜上、このように呼ぶことにする)。このデザインを担当したのは、読者には、もはやお馴染みの風信子だ。
     スーパーカーとは異なり、極限性能を追求するレーシングカーは個性を出しにくい。バブル時代「ジオット・キャスピタ」というレーシングカースタイルの国産スーパーカーが存在したのを覚えている人もいるだろう。お世辞にも「個性的なスタイリング」とは言えなかった。しかしながら、そこは風信子。しっかりと個性を打ち出している。真っ先に目につくのはエンジンフードの部分。V字形のエアダクトは後続車に対し自身の「勝利」を高らかに宣言する。
     そして何といっても、リアフェイスが格段にカッコよくなった。オリジナルが女性的だとすれば、フォリゼリエは明らかに男性的だ。フォリゼリエ・エンツォは徹底的なまでに「後ろを走る車に見せつける車」なのだ。
     エンジンもまたはオリジナルとは明らかに雰囲気を一転させている。エンジン上部の黒いエアタンクが撤去され、代わりに高速道路のジャンクションの様にエンジンの左右にアルミ製のパイプが複雑に絡み合いながら走る。そしてパイプの先にはターボチャージャー2基とスーパーチャージャー2基。フォリゼリエという性質上、それらの改造パーツから社名は消されているものの、この手の車のエンジンを見慣れた者には、パイプや過給機に施された赤や青の塗装によって、これがドイツのK社でも使用されていたパーツであることが明らかだ。
     K社によって改造されたテスタロッサ、通称「コンペティション」は390馬力のオリジナルエンジンから2,57倍の1000馬力を絞り出していた。単純比較はできないが、同じ比率でパワーアップしているとすれば、オリジナル・エンツォは650馬力であるから実に1670馬力に達することになる。
    控えめに、このエンジンのパワーは「1300馬力である」と仮定しよう。それでも、このフォリゼリエ・エンツォは軽々と時速400kmの壁を越えていくに違いない。
     エンジンクーリングの性能を高めるためだろう、フロントバンパーはオリジナル・エンツォよりも分厚くなったが、キャノピーの形状は理想的なティアドロップであるため、総合的な空力特性はオリジナルよりも優れていると思われる。



  • インタビュー・風信子社長 横田信子

  • ―あなたのプロフィールをお聞かせください。
    「昭和34年生まれ、千葉県育ち。若い頃は某新聞社で働いていましたが、30歳の時に独立、デザイン会社を設立しました。ちょっとした不手際からその会社を他人に乗っ取られてしまい、その後はしばらくの間、地元の老人ホームでヘルパーをしておりました」
    ―その老人ホームで、今のチーフデザイナーである碓氷氏と出会ったのですね。
    「その結果、再び『起業精神』が沸き上がり、ふたりで風信子を始めました」
    ―最初はアパレルデザインが主だったのですよね。
    「そうです。ですが、なかなか利益が上がらず、ギターデザインに手を染めることで、また活動の中心を韓国に移すことで苦境を乗り切ったのです。風信子というとカーデザインと思われる方が多いようですが、今でもギターデザインやアパレルデザインを手掛けています」
    ―風信子が「ニッポンを代表するカロッツェリア」でないことをとても残念に思います。
    「それは仕方がありません。ニッポンでは私たちの仕事は全く評価されなかったのですから。ニッポンは経済大国化して以降、保守的になり、変化や成長を求めなくなってしまいましたから。その点、発展途上にある韓国では、まだまだ新しい斬新なアイデアが広く求められています」
    ―今日のニッポンと韓国の関係悪化を、どう思われますか?
    「『アメリカと中国の関係』にも同じことが言えますが、表向きは『安全保障上の脅威』を口実に経済制裁を行っていますが、本音は『相手国の経済成長を妨害してやろう』ということでしょう。アメリカもニッポンも『斜陽の時代』に入っていますから」
    ―今のニッポンやアメリカでは「保守勢力が台頭」しています。
    「ニッポンもアメリカも保守的になればなる程、より『国は衰えていく』ということを知らなくてはなりません。ニッポンについていえば、ニッポンはもはや『アジアのリーダー』ではありません。小泉、安倍と二代続けて『器の小さい保守的な総理大臣』に国政を委ねた当然の報いです。経済力では中国、指導力では韓国の方が勝っています。現在のニッポンはその事実を素直に受け入れる必要があると思います」
    ―過去の歴史認識もそうですが、ニッポン人には『自分の耳に痛い事実』を直視するだけの精神的な強さはありません。
    「ニッポン人の生命力は修羅界レベルにとどまり、人界レベルに達していないのです。これが『島国根性』というものなのでしょう」
    ―ニッポン企業の多くが今日、ボイコット運動によって「韓国からの撤退」を余儀なくされていますが、風信子は韓国で受け入れられています。
    「それは私たちが大の『安倍晋三嫌い』だからです。明治政府の政策を礼賛する歴史観も、自衛隊という強大な武力を背景とする対話軽視の威圧的な安全保障政策も、いずれも私たちには到底、納得しがたいものです。例えば徴用工問題ですが、1965年に『ニッポンによる強制労働があった』ということを前提に合意したにもかかわらず安倍晋三は突然『ニッポンによる強制はなかった』と主張し始めました。明らかに韓国との合意を一方的に破棄する暴挙です。同じことが従軍慰安婦についても言えます。癒し財団設立の合意直後から『韓国の女性は自ら進んで慰安婦になった娼婦である』と主張し始めるなど、やり方が実に卑怯です」
    ―その安倍晋三が礼賛する「明治政府」について気に入らない点を「具体的」に挙げてもらえますか?
    「幕末までのニッポンの伝統文化を軽んじた明治政府のおかげで、ニッポンの優れた文化財の多くがこの時代に一気に海外流出しました。それだけでも許しがたい国賊行為といえます。他にも『殖産興業』の美名のもと朱鷺の羽毛を使った羽毛布団の海外輸出を積極的に押し進めたのも許しがたいことです。その結果、ニッポンの朱鷺は全滅してしまいました」
    ―朱鷺の話は知りませんでした。
    「朱鷺の専門書には必ず書かれていますよ。もともと朱鷺はめったに見られない『珍しい鳥』で、江戸幕府の積極的な鳥獣保護政策によって少しずつ増えたのです。そういう鳥ですから乱獲されればあっという間に絶滅することは目に見えていたのですが、明治政府は『金儲け』を優先したのです」
    ―オナラウッド研究所の珍柿監督は安倍晋三についてボロクソに酷評しています。
    「知っています。『商業捕鯨を再開したのは自分の票田である地元・下関の漁業関係者への阿り』といった具合ですよね。『真実』だと思います。安倍晋三は『自国の利益が第一、自分の利益が第一』という人間の典型で、およそニッポンの総理大臣に相応しい男ではありません。ましてや『アジアのリーダー』など論外です」
    ―現在、ニッポンでは「桜を見る会」に関する騒動が起きているのは知っていますか?
    「地元の有権者ばかりを招待していたのでしょう?あの男のやりそうなことですわ。あなたは知っていて?安倍晋三が総理大臣になってから毎年、ニッポン人からノーベル賞受賞者が出ていますが、それはスウェーデン政府と『10億円の資金援助』の約束を取り交わした見返りですよ」
    ―ニッポンのマスメディアは口を噤んでいます。
    「でしょうね。ニッポンのマスメディアはどこもかしこも既に『安倍晋三の太鼓持ち』ですから」
    ―あなたにも、そう見えますか?
    「クイズ番組をごらんなさい。出題される問題といえば『軍艦島』『伊勢神宮』『伊藤博文』『渋沢栄一』といった具合に安倍晋三が喜びそうなものばかりではありませんか。クイズという方法を用いてニッポン国民に安倍晋三の思想・哲学を刷り込ませているのですよ」
    ―文在寅大統領はどうですか?ニッポンのメディアは当然ながらボロクソですが。
    「『文政権崖っぷち?』などという報道については、はっきりと『嘘』と申し上げられます。国民一丸となって『不買い運動』を展開しているのがその証拠です。『安倍晋三なんかに負けるものか!』と結束しているのです。むしろ経済危機はニッポンなのでは?」
    ―ニッポンからのビールの輸出は0%になってしまいました。デサントは韓国からの撤退を表明しています。パナソニックは半導体事業の売却を、ヤフーはLINEとの経営統合を発表しました。
    「韓国では『脱日』が急速に進んでいます。ニッポンから輸入していた原材料を別の国から輸入するようにシフトしているのです」
    ―消費税が10%に上昇したことによる影響もあるでしょうが、ニッポンの10月の経済指数は明らかに下降しました。
    「東京オリンピックが終われば、更に落ち込むでしょう。その時、韓国はもう『救いの手』は差し伸べないでしょうね」
    ―それは「バブル崩壊」の時のことを言っているのですね?
    「バブル崩壊直後、ニッポンの大企業は自分たちが生き残るのに必死で、取引先の中小企業をバッサリと切り捨てました。その切り捨てられた中小企業に救いの手を差し伸べたのがサムソン電子をはじめとする韓国の大手企業でした。そこから本格的な日韓経済交流が始まったのです」
    ―そんな恩も忘れて安倍晋三は経済制裁を発動した。「自分の歪んだ歴史観」を韓国の人々に押し付けるために。
    「ですから韓国の人々は本当に怒っているのです。『下剋上』や『だまし討ち』などニッポン人にとっては当たり前の行動ですが、韓国は儒教の国ですから、そうした『恩知らず』な行為は断じて許しがたいのです」
    ―その一方で、文大統領はGSOMIAを継続しました。ニッポンとの防衛協力関係は今後も続きます。
    「韓国の大統領としてではなく『アジアのリーダー』としての判断を下したのです。『感情まかせ』に経済制裁を発動したニッポンの総理大臣、アジア全体の利益を念頭に『冷静な判断』を下した韓国の大統領、どちらが『人間としての器が大きい』かは明白だと思います」



  • ―フォリゼリエ・エンツォに関する開発エピソードについて、お聞かせください。
    「この車は、さる外国の大富豪の注文品で『パワフルでレーシーな車に仕立ててほしい』ということでした。そして『K社と同じ手法でエンジンをパワーアップしてほしい』などの具体的な要求がいろいろあり、それらを取り入れた結果、あのような車に仕上がったのです」
    ―フロントバンパーがとても分厚いですね。
    「オリジナル・エンツォでは、フロントラジエーターはランボルギーニ・ミウラのように水平に寝かせてあります。ですが、エンジンをパワフルに改造する結果『エンジンクーリング性能を高める必要がある』と判断、ラジエーターを立てることにしたのです。その結果、フロントバンパーを厚くする必要に迫られ、あのようなラッセルカー(除雪車)を思わせる顔になったのです」
    ―空力的には大丈夫なのですか?
    「バンパーそのものの空気抵抗は確かに増えましたが、ラジエーターを抜ける空気の抵抗はむしろ減りましたので、トントンです」
    ―エンジンフード上のエアダクトがV字であるのは?
    「あれは完全にデザイナーの遊びでしょう。クライアントにイラストを見せたところ大変、気に入っておりましたから」
    ―エンジンの改造は貴社で行われたのですか?
    「いいえ。全てK社にお願いしました。わが社はデザイン企業であり、エンジンを改造するだけの施設はありませんので。『改造のノウハウが豊富なメーカーが行う方がいい』という判断です。ですからエンジンの組み込みはドイツで行ったのです。そして走行テストもドイツで行いました」
    ―ニュルブルクリンク?
    「そうです。満足のいくタイムが出たと聞いております」
    ―フォリゼリエは今回が初めてですか?
    「実のところ既にもう1台、完成しております」
    ―それもフェラーリが母体ですか?
    「いえ。ブガッティです」
    ―ブガッティですって!?
    「オリジナル・ブガッティのデザインを気に入らない人もいるのです。リアエンジンをフロントエンジンに変えてあります」
    ―それはまた大胆な改造ですね。
    「こちらはエンツォとは一転、社交場に乗り付けても全く違和感のない、落ち着いた外観の『大人のクーペ』に仕上がっています」
    ―あなたの会社は順調ですが、近年、カロッツェリアはどこも経営困難に見舞われています。
    「社内にデザインチームを設立して自社開発を進めるメーカーが増えていることは事実です。そしてその理由がオリジナルデザインを追求するためではなく、他社のデザインを盗用するためであるということも。ある企業、仮にHS社としましょう。HS社が苦心の末に今までにない車を開発、『新たなる顧客層を開拓した』とします。するとライバル企業のTD社の社長は社内のデザインチームに対し、次のように命じるわけです『HS社の製品と同じ車をつくれ!』。その結果、HS社のヒット商品にクリソツの車が『後出しジャンケン』のようにTD社から発表され、HS社は『顧客をごっそりと奪われる』といった具合です」
    ―ありそうな話ですね(笑)。盗用が目的ならば何もカロッツェリアに外注する必要はないですものね。
    「そういうことになります。ですが、そういう悪質な企業ばかりではありません。オリジナリティのあるカーデザインを訴求するメーカーは世界中にあります。要はデザイナーの実力次第です。実力のあるデザイナーを要するカロッツェリアであれば経営が悪化することはないのです。ベルトーネやピニンファリーナが破綻したのは経営の問題ではなく単純に『デザイナーの実力が低下した』からです。ガンディーニやフィオラバンティであれば今の時代であっても経営は順調だったでしょう」
    ―一概にそうとも言えないのでは?イタルデザインでさえも今やアウディ・フォルクスワーゲングループの子会社です。
    「それはマエストロ・ジュジャーロが是が非でも『ブガッティのデザインを担当したかったから』で経営難から子会社になったわけではないと私は考えています」
    ―過去は独立した会社だったスーパーカーメーカーも、今ではほとんどが「大メーカーの子会社」となり、外部のカロッツェリアがデザインを獲得することができなくなってしまいました。
    「フェラーリはフィアットの、ランボルギーニはブガッティと同じグループの一員。ですから私たちは『スーパーカーデザインのエキスパート企業』でありながら一度もこれらの企業からデザインの依頼を受けたことはありませんし、今後もないでしょう」
    ―風信子の今のチーフデザイナーは碓氷充馬ですね。
    「ええ。彼は本当によくやってくれています」
    ―私もそう思います。そこで一つ思うのは、彼ならば「ひとりで仕事ができるのでは?」ということです。彼が風信子を去り、フリーランスになる危険は考えられますか?
    「それはありません。なぜなら彼は人付き合いが『大の苦手』なのです。ひとりで黙々と仕事をこなすことを好み、営業活動が大嫌いです。その部分を私がやっています。彼は才能あるデザイナーですが、彼ひとりでは仕事を取って来られないのです」
    ―それを聞いて安心しました。



  • ―企業経営者として日頃から「心掛けていること」は何かありますか?
    「それは企業として『有名になりすぎないこと』そして『大きくなりすぎないこと』です。先程も出たオナラウッド研究所の珍柿監督によれば、企業の生涯は『零細企業(幼年)→中小企業(青年)→大企業(壮年)→腐敗による倒産(老年)』であり、大企業への成長はそれ自体が既に『倒産への一里塚』なのです」
    ―私もこの説は知っています。「ひとりの『やる気のある人物』によって起業した企業は、その人物の才能によって中小企業へと発展。すると『優秀な人材』が集まるようになり、やがて大企業へと成長する。ところが大企業になると『大物政治家の息子』や『資産家の娘』といった人間を才能ある人材よりも先に雇用しなくてはいけない状態に陥り、企業は腐敗。『不祥事』の頻発によって社会的信用を失い、最終的に倒産に至る」。
    「ですから私は風信子をいつまでも『青年』でいさせようと考えています。枯れた壮年ではなく、向上心溢れる青年の状態のままにです」
    ―「カネコネ人事」から企業が腐敗するのを防ぐためですね。大企業や有名企業はカネコネ人事が避けられない。
    「カロッツェリアの要は何といっても『優秀なデザイナー』の存在ですから、そのポストをカネコネ人事によって決定することなど考えられません。ニッポンのテレビ局のアナウンサーのように『有名人の息子』とか『資産家の娘』といった理由を重視して無能な人物を起用することは自殺行為です。自殺行為といえば、メーカーとの契約の際に『協力関係を秘密にしていただきたい』といった類の要求を呑むことも、やはりカロッツェリアにとっての自殺行為といえます。自社のアイデアを『自社のアイデアである』と主張できなくなるのですからね。それだけ自社の『デザイン能力の高さ』を世間に示せなくなってしまいます。過去には幾多のカロッツェリアがこうした不条理な契約をメーカーと結ばされましたけれども、徐々に『真実』が暴かれつつあるのはいいことです。社内デザインとされていたものが実は『某カロッツェリアによるもの』だったと明らかにされることは、そのカロッツェリアにとって本来、得ていて当然の名声を回復することに他なりません」
    ―協力関係を秘密にすることについては著作権や特許権といった問題も絡んでくる。
    「それもありますが、やはり『デザイナーのモチベーションが下がってしまうこと』が最大の問題でしょう。デザイン企業はデザイナーを常に『自分の行った仕事を堂々と誇れる環境』に置いておくべきです。ですから私たちは隠さなければならない仕事は引き受けないようにしています。その結果、獲得できたはずの仕事を獲得できないこともありますが、それは『想定内の出来事』と思っています」
    ―1点物のフォリゼリエの場合でも、ですか?
    「そうです。『どこどこの大富豪による依頼』といった類のプライバシーに関する事柄については当然、隠しますが、『こういう車を設計した』という事実については隠しません。ですから『こういう車を所有している』という事実そのものを隠したい大富豪はひたすらガレージの中にしまっておくことをお勧めいたします」



  • インタビュー・風信子チーフデザイナー 碓氷充馬

  • ―プロフィールをお聞かせください。
    「昭和44年生まれ、千葉育ち。専門学校卒業後(本当は都内の私立大学卒だが、某東大卒弁護士から「東大以外は専門学校」と愚弄されて以降、専門学校卒を名乗っている)は成田空港や地元の図書館などで仕事をし、さらに老人ホームでヘルパーを5年間やった」
    ―その時、今の社長と出会ったのですね。
    「夜勤の時は毎朝、お手製の弁当を持ってきてくれたり、当時から非常に世話になった。自分の描く絵画も高く評価してくれ、そうしたことから一緒に会社を設立することになった」
    ―最初はアパレルデザインが主でしたよね。
    「自分に彼女がいたら『着せたい』と思うようなものをデザインしていたのだが、それがニッポン人の好みとは合致しなかったようで、まったく売れなかった」
    ―その後、ギターデザインを始めた。
    「というより、昔のデザインを再び掘り出した。専門学校時代、自分はロックバンドを組んでいて、その頃、盛んにオリジナルギターを制作していたんだ」
    ―それが韓国に認められ、その後は韓国を主戦場とするようになった。
    「社長がたまたま韓国人の秘書(現在の夫人)を雇った関係で韓国にクライアントを求めたところ、直ちに見つかった」
    ―カーデザインを始めたきっかけは?
    「社長の気紛れ。というか、デザインの幅を広げないことには利益が上がらないという判断から、カーデザインに手を出してみた」
    ―そしてエターナルが生まれた。
    「『はじめて』の量産車にしては恐ろしく良くできている。自分で言うのもなんだがね」
    ―今後、発表予定の車について聞きたい。
    「メーカーからの依頼については当然ながら極秘だ。風信子が独自に設計開発しているものとしては『21世紀のDS19』をテーマにしたコンセプトモデル。今度のパリサロンで発表する予定だ。全長5mを超える本格的なフォーマルセダンで、といってもフランス車だから5ドアハッチバックだけれど・・・ま、とにかくメルセデスSクラスやBMW7シリーズに対抗できるモデルだよ。社内では『陸の鯨』と呼んでいる」
    ―社長から「ブガッティのフォリゼリエ」の話を聞いたのですけれど。
    「21世紀のDS19に通じるデザインだ。同時期に制作したのだから当然だな。キャノピーは白で、ボディは黒。お尻のデザインが特にDS19に似ている。要するに昔のポルシェ911のように尻下がりで、テールランプが地面すれすれのところに横一列に配されているのさ」
    ―フロントエンジンの車だそうですね。
    「リアエンジンをフロントに載せ換えた。理由はエンジンクーリングの関係から。オリジナルのクーリングが少ないというわけではなく、エアインテークを減らしたかったんだ。やたらと大きなエアインテークは、凄味はあるけれど下品でもあるからね。ブガッティには上品であってもらいたい。あと当然ながら、オリジナルの悪趣味な室内デザインは変えてある(笑)。アルミをゴテゴテ使用せず木目を主体にデザインしたんだ」
    ―最近はアルミ加飾がブームですよね?
    「走行中に太陽光が反射して眩しかったり、まったく実用的ではないのだがね。私に言わせれば安易に高級感やスポーティーさを狙った『安っぽい虚飾』だよ」
    ―ハンドルについて。風信子デザインの車はすべて「ウッドハンドル」だ。少なくとも今のところは。
    「革よりもウッドの方が好きなんだ。なぜなら『ギターのネック』と同じ感触だから」
    ―ギターデザインを手掛けていたがゆえに、ということなんですね。



  • ―ニッポン人ドライバーのマナーが悪化しています。
    「スピード違反もそうだが、あおり運転の最大の理由は、そもそもそういうドライバーは『車の運転が好きではない』んだ。車の運転を『苦行』にしか感じられないドライバーが一刻も早く目的地に到着して運転席から降りたい、運転から解放されたいと思うのは当然のことだ」
    ―そういうドライバーが「増えている」のですね。
    「僕の眼から見て、ニッポン人は日を追うごとに『忍耐力』がなくなっている。昔は我慢できたことでもどんどん我慢できなくなっている。すぐにイライラしてしまうんだな。いつだったか、こんな記事があったよ『SNSに投稿される映像は20分くらいが普通で、それに慣れている人は2時間の映画に耐えられず、20分もすると映画鑑賞そっちのけでスマホをいじり始める』ってね。恐ろしいことだ。今のニッポンでは、こんな人間たちが車の運転をしているのだからね」
    ―ながらスマホは無くなるどころか増える一方です。
    「道を歩いている時に周囲の状況に注意を払うよりも、スマホを見ている方が圧倒的に脳を働かせなくて済む。頭の働きの鈍い人間がスマホを常用するのは、脳の負荷を軽減するための『自衛的行動』だ。だから『危険だから止めろ』といったって止められない。止めるだけの『能力がない』んだ。このような人物から仮にスマホを取り上げたところで、かえってイライラさせるだけだ。周りの状況を絶えず観察して、それらを分析すること自体、脳に対して非常に負荷のかかる行為であり、昔の人にとっては簡単なことだったのだが、便利道具に慣れ親しむ現代人にとっては非常に大変な作業なんだ」
    ―運転マナーの悪化の「根本原因」は実に深刻なんですね。
    「だから単に『道交法の厳罰化』を行ったくらいでは何の効果もない。自分の脳を長い時間にわたって活発に働かせておくことのできるだけの強い忍耐力や集中力を養う必要があるんだ」
    ―最近は「片手12時ハンドル」のドライバーも増えています。
    「理由は不明だが、頭の働きが鈍くなると人間は脇の下が甘くなる。12時ハンドルは脇の下を大きく開くハンドルの握り方の典型的なもので、それ故に頭の働きの鈍いドライバーは無意識のうちにそういうハンドリングをしているんだ」
    ―スポーツでも脇の下が甘い選手は総じて「弱い」。
    「語源となった相撲はもとより、野球のバッティングやゴルフ、剣道なども脇の甘い選手は決して上達しない」
    ―「脇を閉める」ことは非常に大事です。
    「車の運転の基本は脇をしっかりと閉めて、常にハンドルを腕で押し込むようにして握り、背中をシートバックに強く押し当てること。そうすることでカーブでも体がシートからずれない」
    ―近年では後頭部や背中をシートから浮かす『前傾姿勢』のドライバーも少なくありません。
    「これは『ミニバンブーム』とも関連している。ミニバンはセダンよりも着座位置が高く、セダンよりも遠くがよく見える反面、手前の死角は大きい。だから前に乗り出して『手前を見よう』としがちになるんだ」
    ―車の形態が運転マナーの悪化を助長しているんですね。
    「1980年代までは『スタイリッシュで美しい車』が求められていたが、今では『荷物や人が沢山詰める車』や『まちの中でも山の中でも使える多目的車』が人気だ。そういう意味で人類は『退化している』といえる。実用性にばかりこだわり、美意識が低下しているんだ」
    ―現代アートなどという「美しくないアート」が主流の時代ならではの現象だ。
    「それはともかく、片手12時ハンドルほどハンドル操作を誤る確率の高い『危険な運転』はない。最近のニッポンでは『直線道路でハンドル操作を誤る事故』が頻発しているけれど、おそらくは、これが原因だ」



  • ―カーデザイナーを目指す人々に何か言いたいことはありますか?
    「まずは技術論から。カーデザインに限れば、イメージイラストからデザインをスタートさせるのは絶対に止めるべきだ。イメージイラストではいくらでも『かっこいいデザイン』ができるが、それを具現化するのは容易ではない。カーデザインの場合、四面図からスタートしなくてはいけない。四面図を基にクレイモデルをつくり、クレイモデルからイメージイラストを作成するのが『正しい手順』なんだ」
    ―同じようなことをジュジャーロやガンディーニも語っています。
    「ニッポン人デザイナーの作品が『縦・横・高さ』の比率の何とも悪いアンバランスな車ばかりである理由はイメージイラストからスタートするからだ。イメージイラストの車は大概かっこよくて、エレガントだ。だが、そんなものを実際に制作することはできない」
    ―最初から「制作できるものを考えろ」と。
    「そういうことだ。そのためにも最初から四面図でアイデアを考える能力を身につけることを勧める。だからデザイナーは『幾何』に強くなくてはいけない。図面が立体になった時の線の形や位置関係を頭の中で正確に把握できていないことには図面は引けないからね」
    ―ギターデザインでも基本は一緒?
    「ギターデザインについていうと、ギターは事実上の平面物で、ザクリの深さや形などは共通しているから極端な話、平面図だけあればいいのだが、それでもやはりイメージイラストからスタートすると、それを図面化するとき大変な苦労を伴うことになる。今もあるのかな?昔、ヤングギターという雑誌に『僕の考えたオリジナルギター』というコーナーがあり、優秀作は実際に制作してくれるのだが大概、イメージイラストとは似ても似つかぬ『不格好な代物』になっていた。応募はがきに描かれたデザインは縦横比の全く出鱈目なイメージイラストに過ぎないからだ。勿論、美的センスに長けたギタービルダーであれば可能な限りイメージイラストの持っている美しさを崩すことなく上手に補正して完成作を仕上げるだろうが(笑)。でも、やはり最初からボディの縦横比やパーツの大きさが正確な図面を描く方がいいに決まっている。その時点で『美しい』ならば補正する必要がないのだから。ということで、私はこういうものを作成している(といって、ネックとブリッジが印刷された紙を見せてくれる)。これは前もってネックと弦とブリッジだけが紙に印刷されたもので、丁度1/6の寸法になっている。したがって、これにボディやコントロールノブを書き入れれば直ちに縦横比の正しい1/6の図面に仕上がるという寸法だ」
    ―便利ですね。
    「プロは失敗作も含めて沢山仕上げるから、こういう工夫も必要なのさ。で次に精神論だが、こちらの方がより重要だ。なぜなら純粋芸術は勿論のこと、工業デザインであっても必ず作者の『人間性が現れる』からだ」
    ―工業デザインに現れる人間性に関する具体的な例を教えてください。
    「自分は特にスーパーカーをデザインする時には『スーパーカーの傑作』をものにしたときに得られるだろう自身の富や名声のことなど一切考えていない。自分が考えているのは、それを見る子供たちの笑顔だ。『かっこいいなあ』といいながら走り去る姿を眺める子供たちの姿だよ。だからこそ自分のデザインしたスーパーカーは魅力的なんだ。一方、最近の高級車はどれもこれも満足しているのは乗っている本人だけで、その車が走り去るのを見た周囲の人々を、かえって不愉快な思いにさえしている。それはデザイナーの人間性が『下劣』だからだ。デザイナーの功名心や金銭欲が車を『金持ち自慢の具』にしてしまい、それが周囲の人々を不愉快にさせるんだ。他にも童夢ゼロやジオット・キャスピタのデザインが海外のスーパーカーの足元にも及ばないほどダサいのは単に技術的な問題だけでなく『お国の名誉』『ニッポンの誇り』といった右翼的な臭いがプンプン漂うからだ。ニッポン人はそうした腐臭を大いに好むけれども、外国の人々にとっては単なる悪臭だ」
    ―デザイナーには「高い人間性」が求められるわけですね。
    「この原理は別にデザイナーに限った話ではない。一流の仕事は一流の人間性を備えた人間の手からしか生まれないのは、いかなる仕事でも同じだと思う。一流の仕事を達成する上で重要なのは世のため人のために役に立つ仕事をするのだという『高い志』であり、高い学力が全く意味をなさないことは最近流行りのインテリ芸能人を見ていれば明白だ。彼らは名門大学を卒業し、大いに博識ではあるが『上から目線』でしか物事を見ることができない志の低さゆえに『クイズ王』などという三流人間の称号を手に入れることに夢中になり『後世に残る立派な仕事』ができないまま一生を終えてしまう」
    ―あなたは「エターナルの生みの親」だ。
    「『ローズベイの生みの親』でもある」
    ―こうした才能を、あなたはどうやって手に入れたのですか?
    「『庶民目線で一流の人間を尊敬すること』これに尽きるね。だから『自分が一番だ』と驕り高ぶって上から目線でしか物事を見ない人間は、その時点でもう『おしまい』だ。自分はカーデザイナーとしてマルチェロ・ガンディーニ、ジョルジェット・ジュジャーロ、フラミニオ・ベルトーニを、ギターデザイナーとしてレオ・フェンダー、テッド・マッカーティを常に尊敬し目標としてきた。即ち一流の仕事を成した人たちをね。『クイズ王』なんか目標にしたことは一度だってないよ(笑)」
    ―現代ニッポン人は尊敬する人間を「間違えている」。
    「学力を鼻高々に自慢しているだけの本来、軽蔑すべき『衒学人間』を尊敬する。これほど愚かな誤りはない。『この程度の人物ならば自分でも簡単になれそうだ』ということで目標としているのだとすれば、今のニッポンの若者たちの『器の小ささ』は絶望的だ」
    ―学力は「自慢の道具」にはなり得ない。なぜなら、それらは既に教科書や辞書を引けば載っている事柄で、多くの人々によって既に「知られているもの」だからだ。
    「自分が本当に誇れるものといえば、自分の頭をひねって生みだしたもの、自分以外は誰も知らないもの、つまりは自分が『発見した法則』や『発明したアイデア』だけだ。そしてそれらを実現するために人は勉強するんだ、本来はね。ところが現代ニッポン人は富や人気を手に入れるために勉強する。だから大人になっても学生気分が抜けないまま『学力自慢』などというバカバカしいことをして粋がっているわけだ」
    ―番組の司会者が既に答えを知っている事柄を必死になって解答して、司会者から「さすが」と褒められて喜んでいるなんて幼稚ですよね。しかも問題が「小・中学生用の教科書から出題されたもの」であればなおさらです。
    「現代ニッポンにおける学習成果とは『どれだけ多くの知識を頭の中に詰め込んでいるか』であり『既存の知識を土台にして新しいアイデアを生み出せるかどうか』ではないんだ」
    ―今のニッポンが低迷しているのは、新しいアイデアを生み出さず、既存の知識をひけらかして大威張りしている「創造力のない人間」ばかりだから。
    「それでも知識が豊富であるならばまだいい方で、大概の連中は肩書ばかり一張前で、学力の方はまるでなってない」
    ―「知恵者気取り」で頻繁にテレビ出演している現役東大生が「桃太郎は広島県」と思っていたり、東大OBが「凝縮」という小学生レベルの易しい漢字を書けなかったり、数え上げればキリがない。
    「ニッポンの子供たちは、そういう口ばかり達者な大人たちの姿を見て『どう思っている』のだろう?」
    ―正直「大人って馬鹿だなあ」と思っています。小学生の子供から「小学校に戻って勉強し直した方がいい」とまで酷評される大人たちも大勢います。
    「だが、その一方で『漢字が得意な大人』とか『英語が得意な大人』などが子供たちから尊敬を集めるのも、これまた問題だ」
    ―「自画自賛のタカビーな性格」こそが、今のニッポンの大人たちの「最大にして最悪の問題点」なんです。
    「正直な話、ニッポン人の話は額面通りに受け取れない。韓国人はできないことは『できない』、知らないことは『知らない』と正直に告白するが、ニッポン人はできもしないことを『それ、チョー得意♡』、知りもしないことを『自分は全知全能だから何でも知ってるー♡』などと平気で言ってのける」
    ―そうした性格を「前向き」と考えるのが、今のニッポン社会ですから。
    「私に言わせれば、それは前向きではなく『嘘つき』だ。なぜなら『事実と異なる』のだから。ニッポン人は『賢い人間になる』ことよりも『正直な人間になる』ことの方が遥かに大事であることを知るべきだ」



  • 2月号

    セダン復権? 風信子、新型セダン2種を発表

  •  SUVやミニバンといった背の高い車が人気の昨今、セダンの車種が減少しているのは実に寂しいことだ。後ろに独立したトランクを持つセダンは構造的に頑丈な設計にしやすく、SUVやミニバンでは味わえない「走りの剛性感」があるとともに、後ろからの追突事故にも当然、強い。近年、前方不注意による追突事故による、追突された車の後部座席に乗っている人の死亡事故が多発している(後ろにトランクがないのだから当然だ)ことを思えば、家族を安心して乗せることのできる車は「やはりセダン」と思わずにはいられない。
     こうした現状をいち早く察知したのだろうか?カロッツェリア・風信子から新型セダンが発表された。しかも2台!
     1台はコンセプトモデルで、テーマは「21世紀のシトロエンDS19」。もう1台は来春から販売される予定の韓国・H社のニューモデル。
     今回はこの2台についてスクープする。



  •  初代DSシリーズは1955年に登場したDS19を皮切りにDS23まで、20年間に渡り製造され、1999年に行われた「カー・オブ・ザ・センチュリー」では堂々の3位入賞を果たした名車中の名車の1台(ちなみに1位はT型フォード、2位はミニ)。この傑作中の傑作を「現代的に解釈する」ことの困難さは、例えばシトロエン自身が過去に発表した「C6」において既に証明済みである。だが大胆にも風信子は今回、敢えてその困難に挑んだのである。
     とまあ、難しい説明はここまでにして、車を見て行こう。
     その全長は5mに達し(オリジナルは4800mm)、メルセデスベンツSクラスと渡り合える堂々たるサイズ。色が黒いこともあり、まさに「陸を走る鯨」といった印象だ。オリジナルのDSは独立したトランクを備えていたが、こちらはハッチバックスタイル。いうまでもなくシトロエンCXやMX、ルノー25やサフランなど、フランス車にはハッチバックスタイルを採用するプレステージサルーンが多く(シトロエンCXは、見かけはハッチバックだが実は独立トランク式)それに倣った格好だ。テールランプが下に一列に並んでいるのはオリジナルと共通。オリジナルの特徴であるCピラー上部の通称「トランペットウインカー」も採用されているのが嬉しい
     Cピラー付け根の処理が斬新。シルバー加飾はオリジナルと同じだが、コンセプトモデルではトランク容量を増やすため(プレステージサルーンのトランクはゴルフバッグが4つ入ることが基本)にベルトラインを、Cピラーを境に変更しており、その処理が見事なのだ。このデザイン処理は単に見てくれを良くするだけではない。この結果、後部ドアのサイドガラスはサッシレスの一枚ガラスであるにもかかわらず全開にできるのだ。これはリアドアに施されたシルバーアクセサリーによってサイドガラスの後方下部を大きく切り取れるためリアタイヤのホイールアーチに接触しないからで、こうした丁寧な処理は「さすがは風信子!」である。
     ダッシュボードはDSのイメージに違いないが、むしろ「SMに近い」といえる。艶消しシルバーのダッシュパネルがそう思わせる理由。ハンドルは勿論「一本スポーク」。ダッシュボードの湾曲は、まるで「落花生の殻」のよう。個人的には最新のDS3クロスバックに採用されたトラス(ダイヤ模様)をあしらったダッシュボードがクールだと思うが、クラシカルという点ではこれも悪くない。
     運転席のペダルがこれまた泣かせる。ブレーキペダルが吊り下げ式ではなく、床から生えた丸形ペダル、通称マッシュルームなのだ。といってもオリジナルDSの様に「おゆるり」と踏まないと直ちに急ブレーキになってしまうといったシビアさはない。ABSが介入するからだ。
     VIPカーであるから当然、後部座席は広々としている。足元はどんなに足を伸ばしても前席に届かない。シートもふかふかとしているフランス車式だ。
     ホイールベースとトレッドの寸法は「オリジナルDSと全く同じ」だという。ということは後ろのトレッドは前のトレッドよりも20cmも少ないことになる。真上から見ると、前が広く、後ろへ向かう程、車幅が狭くなっているのがわかる。こうしたことから、この車にはVIPカーに相応しい直進安定性が備わっている(フロントよりもリアのトレッドが広い車は幅寄せ時にリアのホイールハウスを壁に接触しやすいだけでなく、昔のオート3輪のようにカーブで転倒しやすくなる)ことは間違いない。
     いうまでもなくシトロエンは自動車界に革新のアイデアを次々ともたらすメーカーだ。そうした歴史に敬意を表したものか、風信子もいろいろなアイデアをこの車に盛り込んでいる。
     例えば、荷室のスロープ機能。まるでダンプカーの荷台のようにボタン一つで傾斜する。腰を曲げて奥まで手を伸ばさなくても奥にある荷物が自分から手前にずるずると滑り落ちてくるという仕掛けだ。かつてリンカーンのショーモデルに荷室の床を二枚重ねにして上の床をレールで手前にスライドさせるというものがあったが、駐車スペースの後方が広くないと使えないという問題があった。だが、これならば問題ない。これを見ていて私は思わずマツダ・ボンゴフレンディの「オートフリートップ」を思い出してしまった。間違っても小さい子供を載せて作動させてはいけない。
     メカニズムにおいては「ハイドロ・ニューマチック」は当然のこと「センターピボット・ステアリング」も採用している。これは原理としては「キングピン軸の延長戦が路面の接触面の中心点を通過する」というもので、実際の効力としては、たとえタイヤが高速走行中にパンクした場合でもハンドル操作を誤ることなく安全に停止ができるという優れものだ。過去のシトロエンでは当たり前だった。現代の車は「安全」をことさらに強調するが、ならばなぜ、このアイデアを採用しないのか不思議である。「衝突安全の強化」は確かに安全に寄与するものであるが、高速道路を走行中にタイヤがバーストしても安全に停車することができる特性もまた車の安全にとって重要なはずである。
     安全装備としては、車載カメラが赤いランプに反応して速度を原則、あるいは停止させる機能がユニークだ。基本はカメラエリアを上下二つに分割、下半分に赤い光点があればテールランプと判断して減速、上半分に赤い光点があれば信号機と判断して停止する仕掛けだ。勿論、誤作動を防止するためのAIを搭載している。テールランプで減速するため、レーダーや赤外線による車間距離測定よりも反応が速いという。また信号機が赤の場合には、いくらアクセルを踏み込んでも発進しないのだそうだ。



  •  H社のニューセダン「ウォーターサン(水と太陽)」には1980年代にニッポンを一世風靡したハイソカーでお馴染みの白い塗装が施されている。リアの丸形テールランプは見るからに「走り」をイメージさせる。丸形ランプといってもフェラーリやいっときのスカイラインとは異なり、丸形ランプの間に四角いバックランプを挟むことで「差別化を図っている」ところが、いかにも個性を重んじる風信子らしい。
     だが、やはり何といってもまず目につくのはリアガラスの造形だ。まるでランチャ・ストラトスのフロントスクリーンのように大きくUの字に湾曲している。こうしたリアガラスはかつてベルトーネに在籍したフランコ・スカリオーネが得意とするもので、初期のランボルギーニがそうであった。この点について碓氷充馬氏曰く「Cピラーの位置とリアガラスの先端部の位置をずらすことでトランクを長く見せる効果」を狙ったのだとのこと。なるほど、確かにリアガラスの中央部分のトランクは短いが、Cピラーの付け根の位置のトランクは長く、全体としてトランクは短く見えない。碓氷氏によれば、セダン衰退の原因の一つに「1990年になってからトランクを短く見せるデザインに移行したこと」があるという。その結果、セダン特有の伸びやかさが失われたというのだ。
     確かに「一理ある」かもしれない。ミニバンとタメを張る様にホイールベースを伸ばし「室内長を伸ばす」ことで室内の居住性を改善しようとした結果、セダンはセダン本来の伸びやかで美しいスタイリングを失ってしまったのだ。
     そこで今回、碓氷氏は、ホイールベースは長いままでトランクが長く見えるデザインを採用したのである。
     後部座席に乗ってみる。思ったほど窮屈ではない。大人3人が充分に座ることができる。リアを絞り込むボディデザイン上、リアシートの座席幅は狭いはずだが、1800mmを超えるボディサイズのおかげだろう。足元に広がるフロアは広く、実に快適な空間が用意されている。居心地は3列シートのミニバン中間席よりも明らかにいい。背後に広い空間がない分「背中を守られている」という安心感があり、エアコンの効きも当然、速い。
     トランクを長く見せる効果は確実に「サイドシルエット」の美しさに繋がっている。1980年代までのセダンが持っていた「セダンの美」がこの車には備わっている。それをさらに引き立てているのが「4ライトウインドウ」即ちリアガラスにサッシがないことだ。それに対し、例えば現行クラウン。Cピラーにクラウン初となる「ジャガーXJもどき」のクォーターウインドウを配し、おまけにリアガラスにサッシがあることからサイドガラスが4分割された「8ライトウインドウ」なのだ。見るからに「古臭い」と感じられる部分で、デザイナーの技量の低さが端的に表れてしまっていると言ったら厳しい意見だろうか。低価格車でこれなら仕方がないが、高級車でこれでは正直、困る。デザイナーにはもっと真面目に仕事をしてもらいたいものだ。
     ダッシュボードはセンター上部に大型ディスプレイを配置する今では当たり前のものだが、運転席正面のフェイシアがリアガラス同様、Uの字に湾曲しているのが面白い。しかもそれは横長の液晶パネルで構成されており、液晶パネルの左右部分に表示される計器類は運転席から見ると真円だが、助手席など横から覗くと縦に潰れた楕円形に見える。ホルバインの名画「大使たち」の足元に描かれた髑髏をおもわせる「アナモルフォーズ」の手法であり、スマホ用ディスプレイの技術で世界をリードする韓国ならではのアイデアだ。
     ウォーターサンの外形寸法は「全長4875mm、全幅1820mm、全高1450mm」。これは現行クラウンの「全長4910mm、全幅1800mm、全高1455mm」に近い。現行クラウンが直接のライバルであることは明白である。
     だが一方で大きく異なる点も。それは最低地上高が「200mm」あることだ。つまり、この新型セダンは「セダンの皮を被ったSUV」なのだ。実際、駆動方式は全車種4WDである。「SUVを選択する前に今一度セダンを考えてみては?」という声が聞こえてくる。
     というわけで、想定されるライバルとしてはメルセデスベンツC&EクラスやBMW3&5シリーズだけでなくメルセデスベンツGLEやBMW Ⅹ4といったSUVも含まれることになる。
     グレードは「イーター」「スリーパー」「プレイヤー」の三つ。クラウンで言うところの「アスリート」「ロイヤルサルーン」「デラックス」に該当する。エンジンはイーターにはエターナルから移植した500馬力エンジンが搭載され、スリーパーには280馬力、180馬力、108馬力の三種、改造車の母体となるだろうデラックスには180馬力のみがそれぞれ搭載される。売れ筋となるモデルはやはり108馬力エンジンを搭載した「スリーパー」だろう。外装も内装も280馬力モデルと全く変わらない。価格は純粋に「エンジンの違い」である(ちなみに価格はデラックスと同じ。エンジンを採るか、装備を採るかという選択になる)。国産車のように「充実装備が欲しければ高性能エンジン車を買え」といった商売をしないところは良心的だ。イーターは当然、メルセデスAMGやBMW Mシリーズがライバルとなる。シームレスエンジンならではのメンテナンスフリーが売り物。そして何よりも値段が安い。AMG C63S(510馬力)の1426万円、M3コンペティション(450馬力)の1280万円に対する808万円はバーゲンプライスであり、イーターはその名の通り、これらのハイパーセダンを「食ってしまう」に違いない。或いはより上級モデルであるAMG E63S4マチック(612馬力・1858万円)やM5(600馬力・1737万円)を購入候補に挙げているユーザーにも検討を促すかもしれない。
     後日、我々スタッフはウォーターサンを実際に走らせる機会を得た。用意されたグレードは売れ筋の108馬力スリーパー。ということで絶対的な動力性能よりも乗り心地やエンジンの吹き上がりなどが主な確認点となる。
     電気モーターがサポートしているからだろう、スタートは108馬力とは思えないほど素早い。そして乗り心地はニッポン車に近い、つまり「柔らかい」。絶対性能を求めていない、実用域での乗り心地を重視したセッティングだ。
     エンジン音は静かだ。室内の防音がしっかりしているのだろう。だがアクセルを踏み込んだ時のエンジン音は決して小さくない。といってもその音は実に「シルキー」なもので決して耳障りではない。これは直6エンジンゆえのメリットで、V6エンジンではこうはいかない。
     改めて説明するまでもないが、直6エンジンのメリットは完全な「バランス型エンジン」であること、そしてV6のようにピストンが傾斜していないため、ピストンリングの「片摩耗がない」ことだ。その結果、長期間、初期性能を保証できる。近年はV型エンジンが流行りであるが、全てのピストンが地球の重力に対して垂直に動く直6エンジンはエンジンの構造として「理に適っている」のだ。
     タウンライド(街乗り)では不満点は見つからない。今や4WDといってもハンドルの切れは2WDと変わらない。外観こそ1980年代セダンだが、室内はずっと広く快適だ。軽乗用車の合理的パッケージングが活かされている。室内の質感もいい。かつてはダッシュボードやシートをエグい「ワインレッドカラー」や「マリンブルーカラー」にすることで高級感を装い、数年もして日焼けするとたちまちチープになってしまったものだが、この車はそんなインチキはしていない。スイッチ類も繰り返し押したら文字が消えてしまうような代物ではなく、夜間には文字が光る様になっている。
     一般道をそれて山道を走る。ボディ剛性は「さすがセダン」で、いかなる凸凹にもボディは軋み音ひとつあげない。この日は雨上がりで未舗装道路はぬかるんでいたが、通常の4WDモードでも走行不能になる心配はまるでない。走行モードは「SUVセダン」を自認するだけあってセンターコンソールにダイヤル式のグリップコントロールを備え、脱輪時の脱出の際には4輪を完全にロックすることも可能だが、それを使用する機会は最後までなかった。
     先行する形で、私たちは放送予定の「CM」を見せていただいた。そこでは後方から大型トラックが突っ込んでくるテスト映像が用いられ、それでも後部座席の安全が確保されている点を主張するもので、乗員保護に対する「セダンの優位性」を強調する内容であった。
     確かに、現代はミニバンやSUVが人気で、セダンは低迷である。が、セダンにはセダンならではの長所があり、それを改めて人々に知らしめるCMには我々も心から賛同するものである。特に最近のニッポンでは「あおり運転」が大きな社会問題となっており、リアガラスの後ろにトランクのあるセダンは、仮に後ろからあおられても、後ろの車に接近されることによって生じる恐怖感が「より少ない車」なのであるから。



  • 3月号

  •  風信子から2台の全く性格を異にするスポーツカーが発表された。
    一方は重量級かつ1点物のフォリゼリエ。もう一方はライトウェイトの量産品。エンジンの搭載位置も前者はフロントで後者はリアだ。 
     2台を同時に見ると、その大きさはまさに「大人と子供」だ。全く性格の異なるモデルを同時期に仕上げるとは、実に驚きの仕事である。
     フォリゼリエの方は、かねてから話に上っていたブガッティ・シロンを母体とするものである。発注者の名前は「最重要機密」扱いで公表されていない。価格もまた謎だが「4億円!」というのが専らの噂である。まあ、母体となっているシロン自体が3億円の超高級スーパーカーなのだから、当然と言えば当然だ。
     その外観は「端正」の一言に尽きる。
     リアに収まるW16気筒エンジンをフロントに乗せ換えた結果、エアインテークを大幅に少なくすることに成功している。フロントマスクとフロントアンダーインテークから冷気を取り入れ、フロントホイールの後方に設けられたスリットから暖気を抜くだけの、実にすっきりとしたものに仕上がっている。オリジナル・シロンの、レーシングカーまがいの仰々しいエアインテークに塗れた姿はここにはない。フロントやリアから眺める限り、この車は並々ならぬ高級感を別にすれば「普通の車」とさほど違いはない。
     しかしながら横から見た時、この車が「普通ではない」ことがわかる。フラッシュサイド(プレーンなボディサイドのこと。現代の車の主流)を完全に放棄したフロントフェンダー後半部からリアフェンダーに至る立体的かつ流線的な造形は、まさに1930年代に流行したデザイン。しかもリアホイールは完全にリアフェンダーカバーによって覆われ、外からは見えない。このように風信子は21世紀のスーパーカーにあえてクラシックカーのデザインを採用したわけだが、その効果は極めて絶大だ。この車には「クラッシックカー」と「未来の車」両方の雰囲気が備わっている。思えば、ランボルギーニ・カウンタックやシトロエンBXといったガンディーニ作品もリアタイヤを部分的に隠すことで「未来感」を巧みに表現していたものだ。
     色は2トーンに塗り分けられており、下は黒、上はグレー。ただ色分けしているだけでなく、グレーの部分には革が貼られている。無論、ハードトップであり開閉はしない。個人的には、この車の魅力は屋根を取っ払ってオープンカーにしたときに最も発揮するのではあるまいか。もしも屋根がなければ、かつてのDSのような美しいオープンカーになるに違いない。
     運転席を覗き込む(乗車は許されていない)。平面木目パネルにアナログ式メーターを嵌め込んだプレーンなダッシュボードの雰囲気はシルバースパーが主力モデルだった頃のロールスロイスのようだ。正直、現代のロールスロイスよりも遥かに感じがいい。個人的な意見を言わせていただくと、現代の高級車のダッシュボードの高級感は1970年代の小型車、たとえばバンデンプラ・プリンセスにさえ劣るものだ。現代の車はあまりにもデザインに凝り過ぎており「素材の良さ」が伝わりにくい。超高級車のインテリアは、これくらいすっきりした造形の方が似合っている。
     ドアの開閉音も見事だ。アルミあるいはカーボンのはずだが、軽量素材の安っぽさはない。ドスンと重たい音がする。
     リアにもシートが備わる点は、オリジナル・シロンには望むべくもないフロントエンジン車ならではの「利点」だ。あるとないとでは大違い。ひとりの時にはここに手荷物やコートを投げ込み、いざという時には人も乗せられるのだから。
     リアガラスは固定式。したがってトランクは完全な独立式で、これはボディ剛性にこだわった結果であろう。2名分のゴルフ用具を十分に詰めるだけの広さがある。これまたオリジナル・シロンには期待できない芸当だ。オリジナル・シロンは純粋に走りを楽しむ車、あるいは所有欲を満たすための車だが、フォリゼリエ・シロンは目的地がゴルフ場だろうと高級ホテルだろうと安心して乗っていくことのできる実用車である。
     エンジンを始動してもらった。マフラーを大きくしたのだろう、エンジン音はスーパーカー級の「爆音」ではない。まさに高級リムジンと同じ、実に静かなものだ。振動も見事にシャットアウトされている。時速100km時の騒音は51㏈とのこと。60㏈以下であれば高級車と定義するならば、これは文字通り「超高級車」だ。といっても、その動力性能は明らかにスーパーカーのそれなのだが。
     動力テストは当然ながら許されなかった。大型マフラーによる出力ダウンを考慮しても元々1500馬力を誇るエンジンである。1000馬力のヴェイロンが時速400kmの壁を超えるのだから、400kmオーバーは間違いない。



  •  かたや、こちらはライトウェイトのミッドシップカー。名前は「ポニーランド」という。
    ポニーといえば、言うまでもなく1970年代を代表する韓国の国民車の名前(ちなみにデザインはジュジャーロ)だ。その名前の一部を借りたポニーランドには、ミッドシップスポーツとはいえ当然ながら「国民車」となるべき使命が科せられている。
     ボディ寸法は全長3868mm、全幅1690mm、全高1138mm。ミッドシップに搭載される直4エンジンは排気量1000cc、最高出力は100馬力で、フォリゼリエ・シロンの1/10にも満たない。
     しかし侮ってはいけない。1トンを切る車体重量が、この車に、実に魅力的な運動性能を与えているのだ。
     コンセプトは明らかに「フィアットX1-9」。だが批判を受けるにはあたらない。少なくともニッポン人からは。マツダ・ロードスターとて「ロータス・エラン」のコンセプトをそのまま流用しているではないか。
     ボディデザインには「ポニーランド」の名に相応しいアクセントが施されている。フロントフェイスしかり、ロールバーの鬣(たてがみ)しかり。この鬣、後付けの飾りかと思っていたら、ロールバーと一体のもの。塗装による色分けによってロールバーと区別しているのだ。その証拠にリアガラスはロールバーと鬣の境目ではなく、鬣に嵌め込まれている。その結果、リアガラスは究極の「クリフカット」を形成している。ここまで逆反りのリアガラスは、かつて存在しなかった。外の微粒子や雨の水滴が付着しない半面、室内の微粒子は付着しやすいだろう。これは一長一短である。
     ボディパネルはプレーンの一言に尽きる。高級感とは無縁だ。といっても安っぽさはない。「走りに徹した結果」として十分に受け入れられる範囲内。屋根は手動で取り外しが可能なタルガトップ。外した屋根はフェラーリ・レインボーのようにシートの後ろに立てかけて収納する。鬼才マルチェロ・ガンディーニが編み出した、外観を損なわず、リアトランクの容量も減らさない最も合理的な収納法。リアガラスとの干渉がなく、後方視界を妨げない点もよく吟味されている。
     手動といえば、この車のキーワードは「全手動」だという。何でも自動が当たり前の昨今、意識的に「それに逆らった」のだという。
     屋根の取り外しも手動なら、窓の開閉も手動。ドアには昔懐かしい回転式ハンドルが装備されている。このハンドル、海中に転落した時にも窓を開けられるため安全装備としては有難いものだったりもする。
     ミッションは当然のようにマニュアルだ。いずれはオートマチックも揃えられるのだろうが、取り敢えずはマニュアルのみだという。ハンドルにはパワーステアリングさえ装備されない。
     オーディオはラジオのみで、カーナビはない。その代わりに地図を収納する大型のポケットが備わる。「カーナビになど頼らず地図を見て走れ」ということのようだ。
     エアコンにも自動で温度を調節する機能などはなく、マニュアルだ。
     その一方で「現代の車」を匂わせる部分もある。自動ブレーキやエアバッグといった安全装備だ。やはり外せなかったのだろう。
     ミッドシップに収まるエンジンに別段、変わったところはない。ごく普通の1000ccロングストロークエンジンである。エンジンの肉厚に余裕があり、必要とあればボア・アップできる。これは将来的には、より大排気量のエンジンにできることを意味する。またエンジンルームの隙間も多く、ターボチャージャーやスーパーチャージャーなども装備できる。レース用に改造されることも多い車には、こうした要素も重要である。メーカーも当然「ワンメイクレース」などを積極的に奨励するに違いない。
     ということで、ポニーランドはかなりマニアックな「走りが好きな人のための車」あるいは「走りを好きになってもらうための車」である。

     こちらの方は、フォリゼリエ・シロンとは異なり、大いに走らせることができた。
     走りはまさに「ミッドシップスポーツの入門車」だ。面白いようにコーナーを駆け抜ける。ミッドシップであるだけでなく、ホイールベースが短いことが功を奏している。最小回転半径が小さいので、どんなタイトコーナーでも確実に曲れる。絶対的なエンジンパワーが少ないこともあってコーナーでの「お尻の滑り出し」は緩やかだ。
     マニュアルシフトの操作感は上々。パワーステアリングでないハンドルもダイレクト感があっていい。ペダル配置も適切で「ヒール&トゥ」がやりやすい。
     室内装備が貧弱なのだから当然と言えば当然だが、価格はずばりニッポンの軽乗用車並みだ。装備充実の軽自動車か、それともポニーランドかという選択肢になる。
     筆者としては俄然、ポニーランドに魅力を覚える。欠点は「二人しか乗れない」ことだけだ。それゆえに子持ちの夫婦は食指を動かされないだろう。
     メーカーは「月1000台」の販売を見込んでいる。勿論、国際商品であり、ライバルは、価格帯は大きく異なっているものの、やはり「マツダ・ロードスター」ということになるだろう。機械としての完成度や高級感はロードスターが上だが、スタイリングの個性や格安感ではポニーランドの方が上だ。モデルチェンジのたびに高級感を増していったロードスターはもはやヨーロッパやアメリカの裕福な人々には買えても途上国の人々には手が届かない「高嶺の花」だが、ポニーランドはそうした人々にも「スポーツカーを所有する喜び」を提供することだろう。



  • 4月号

  •  風信子といえば、我々車好きには「スーパーカーデザインのエキスパート企業」というイメージが強い。それらのイメージがエターナルやスーパースポーツカーなどによって築かれてきたことは言うまでもない。
     そんな風信子のイメージを根底から覆す大事件が起きた。何と風信子による「ミニバン」が発表されたのだ。
     風信子がミニバン?正直、我々にとってこれは「青天の霹靂」である。ミニバンと言えばスーパーカーの対極に位置するファミリーユースの「箱車」に他ならない。まさか今後、風信子は大衆車ばかりをデザインするようになってしまうのか?確かに大量生産とは無縁のスーパーカーのデザインは「儲けが少ない」と聞く。我々はスーパーカーデザインの風信子を失ってしまうのか?
     これは何としても「事の真相」を明らかにしないわけにはいかない。我々、拳骨スタッフは直ちに取材を申し込んだ。



  • ―ずばり今回、ミニバンを開発した意図は?
    碓氷(以下省略)「2019年にトヨタ自動車から『2020年にエスティマの販売を終了する。後継車は開発しない』という発表があった。我々は直ちにエスティマからの乗り換えユーザーを獲得するミニバンを開発することに決めた。『アルファード&ベルファイアは嫌い!』というユーザーの声に応える製品の開発をね」
    ―エスティマユーザーを「そっくり頂戴する」ということだね。
    「『月産1000台』程度の販売台数の車はトヨタのような大メーカーにとっては利益が少ない魅力に乏しい製品なのだろうが、OME供給によって月100台にも満たない販売台数しか確保できていない小型車専門メーカーにとっては実に美味しいものだ。しかも今まで独自のミニバンを製造していなかったメーカーにとっては強力な『フラッグシップ』にもなる」
    ―これはメーカーからの提案?
    「いや、自分たちからアプローチした」
    ―ミニバンの開発はスーパーカーとは「勝手が違った」のでは?
    「勿論。だが、新しい分野に取り組むのは実に愉快なものだ。同じような内容の仕事の繰り返しなど、つまらない限りだ」
    ―外観を見る限り、背こそ高いものの鼻先が低い。そして最近の主流である「厳ついフロントマスク」とは異なり、フロントに大きなグリルはない。
    「販売の動向次第。売れなければフロントの造形を変更して厳ついグリルを取り付けることになるのだろう。個人的には好みではないがね」
    ―厳ついフロントグリル即「高級」ではないと。
    「個人的には、そう信じたいね」
    ―シルバー加飾が施されたCピラーのデザインは、この車が風信子以外の何ものでもないことを示している。
    「『シトロエンDSコンセプト』でも採用したもので、リアガラスを下まで下げられる点が気に入っている」
    ―リアガラスを下まで下げる関係から、この車のリアガラスはハードトップタイプだ。
    「セダンのようにサッシがあると、窓を開けて顔を外に出している時に誤ってドアを開き、サッシとCピラーの間で首が挟まれる危険があるが、ハードトップならばそれはない」
    ―でも、ハードトップだと「雨避けバイザー」が付けられないため雨の日に窓を開けることができない
    「『どちらがいいか』ということだね。我々は晴天時にリアガラスを全開にできる方を選択した」
    ―リアのテールランプが「丸形」というのが、この車の特性を物語っている。
    「丸形テールランプ即スポーティーというのはいかにも単純な発想だが、ニッポン人は単純だから、こうした記号が重要な意味を持つ」
    ―スポーティミニバンということだが、車高は1745mmに達し、着座位置や姿勢も決してスポーティーとはいえない。きみらの狙い通り、外観同様「エスティマ的」だ。
    「スポーティミニバンと呼べるのは『どのあたりまで』なのかを定義することは難しい。私たちは『ひとつの基準』として現行オデッセイを考えた。その全高は1695mm。僅か50mmの違いだよ」
    ―先代オデッセイくらい車高が低ければ、明らかにスポーティミニバンを名乗れたと思うが。
    「確かに、先代オデッセイは売れた。だが今の時代に同様のコンセプトで、果たしてユーザーが『購入したい』と思うのかどうか大いに疑問だ。先代オデッセイの事実上の後継車であるジェイドはほとんど売れていない。多人数乗車が可能なSUVであるマツダCX8の車高は1730mmで、こちらはヒットしている」
    ―車高を下げたくないと。
    「構造的な問題もある。低床構造のフレームと座席の間にモーターを駆動する電池を敷き詰める必要があったんだ。今の時代、もはや電気駆動は避けられない」
    ―実際に運転した感じでは、現行オデッセイとさほど変わらないシャープな走りを実現している。
    「『200km巡航』も可能なように開発したんだ。1800mm以下だったからこそ可能な目標さ」
    ―コーナーでのロールも少ない。意図的にロールを出そうとしても、その前に後輪がスリップする。
    「前と後ろの両方にスタビライザーを入れてあるんだ」
    ―とはいえ峠を積極的に攻め込みたいタイプの車ではない(笑)。一般的なミニバンよりは操縦性に優れるが「GTカー」の域を出ていない。
    「純然たるスポーツカーと比較してもらっては困る。あくまでもミニバン同士の対決での話だ」
    ―ハンドルの切れは、確かにスポーツカー並みに速い。この車のハンドルは「片手12時ハンドル」での運転を拒む。
    「だからこの車は安全上、11時~1時の間で5秒以上ハンドルを握っている場合には警報音が鳴り響くようになっている。このアイデアは風信子が特許を持っているから自由に使うことができる」
    ―リアゲートのオープニングラインがサイドに回り込んでいる。
    「量産車では確かジュジャーロデザインのフォルクスワーゲン・シロッコが最初だった(1974年)と思う。その後、いすゞピアッツァやルノー21など、ジュジャーロのアイコンとなったものだけれど、最近は見かけないデザインだ。というのもやはり『違和感がある』からで、今回は非常に上手くいった稀なケースだ」
    ―そのリアゲートだが、リアスポイラーを兼ねている。
    「フロントエンジンのFF駆動だからリアが軽い。高速域ではリアのダウンフォースを上げる必要があると判断した」
    ―リアゲートについてもう一つ。リアガラスをクリフカットにした理由は?
    「3列目シートに座る人にもシートを寝かせてリラックスした状態を確保するためだ。いうまでもなくリアスペースの最大容量はリアゲートを完璧に垂直に立てた場合なのだが、それだと後部の剛性確保が難しい。そこでクリフカットとし、その下にバンパー機能を付加した。さすがに大型トラックでは駄目だけれど、乗用車であれば後部からの追突にも十分に耐えられるように設計してある」
    ―クリフカットといえば、きみらの作品としてはポニーランドが思い浮かぶ。
    「正直、クリフカットはかっこいい造形が難しい。人間の美意識は基本的に車を横から見た時に、前後がなだらかに下がることを欲する」
    ―最近の高級セダンは、まるで5ドアハッチバックであるかのように後ろのなだらかな造形を見せるものが増えた。今やクラウンでさえ「6ライト(8ライト)ウインドウ」だ。
    「その結果、みんながみんな『ポルシェ911』みたいなお尻をしている。自分としては食傷気味。だから敢えてクリフカットを選んだ。その結果、このミニバンは鼻先のシャープさと相まって、的に向かって飛んで行く『矢』のような造形になった」
    ―ニッポンでクリフカットといえば、初代マツダ・キャロルが有名だ。
    「間違っているかもしれないが、おそらくクリフカットの最初の例は1961年発表のシトロエンAMIだ」
    ―ある書籍には「フィアット600ベルリネッタ2+2がクリフカットの元祖」と書かれているが。
    「それは違う。その車はクリフカットではない。斜め前からの写真だと、そのように見えるかもしれないが、斜め後ろからの写真で確認したら違っていた」
    ―このミニバン、名前が実に洒落ている。
    「『MINIVAN』ではなく『MINIBURN』。このミニバンを運転するときはドライビングに燃えて欲しいという願いから命名した」
    ―走りにもこだわったミニバンならではの名前だね。
    「発進時はモーターアシストによって、かなり強烈なダッシュ力を見せる。ゼロヨンは14秒を切り、最高時速は250kmに達する」
    ―1970年代のV8エンジンを搭載したスーパーカー並みだ。
    「電気自動車時代ならではの高性能だよ」
    ―ニッポンの場合、ミニバンは2・2・3の7人乗り、或いは2・3・3の8人乗りが主流だが、この車は3・3・3の9人乗りだ(8人乗り、7人乗りの設定もあり)。
    「ニッポン人はカタログ数値を非常に気にする民族だ。実際には9人乗る場面などめったにないはずだが、それでも乗車人数が『1人多い』というのはライバルの多いミニバン市場での販売競争に勝つための強力な武器になるだろうと考えた」
    ―SUV市場では先程も名前の挙がったマツダCX8が「7人乗れる」という理由から販売台数を伸ばしている。
    「SUVが7人乗車の時代ならば、ミニバンは9人乗車でなくてはミニバンを積極的に選ぶメリットがない」
    ―4WDは?
    「勿論、用意してある。ヒルディセントコントロールなどの機能を持つ本格的なものだ」
    ―デリカD5のライバル出現だ。
    「近年は省エネや安全性とともに『災害時に強い車』が求められる傾向がある。『路上にある障害物を乗り越えられるだけの性能』が必要ということで、そうなると4WDは当たり前だ」
    ―ミニバンも将来的には「4WDが必須になる」と。
    「街乗りSUVとはいっても、SUV人気の根底に『4WDなら雪道や悪路も走れる』という発想があることは間違いない。となるとミニバンもそうならないと商品価値が上がらない」
    ―かつて東京近郊で、雪の日に坂道で多くのミニバンが立ち往生しているのを見かけた。
    「軽乗用車だったら上れる坂も、ボディが重たいから2WDだと上れないんだ」
    ―SUVは多人数シートとなりミニバンは4WDとなれば、両者の違いはなくなる。
    「将来的には、そうなるだろう」
    ―いろいろな車がある方が楽しい。
    「自分も同感だが、経済システムがそれを許してくれない。デザインひとつとっても、どこかの車がヒットすると『雨後の筍』のようにそれに似通った車ばかりが登場する。トレンドと言えば聞こえはいいが、早い話が『パクリ』だ」
    ―あれれ、MINIBURNはエスティマのパクリじゃなかったっけ(笑)。
    「エスティマが生産終了になるからだよ。生産され続けるならば開発などしなかった。ミニバンとはいえ『箱車ばかり』では寂しいじゃないか」
    ―アルファード&ベルファイアのパクリはやらないと?
    「やらないね、絶対に」
    ―トヨタではさらに大きなミニバン「グランエース」を開発したけど。
    「政治家御用達車。まさに『ミニバンのセンチュリー』。際限なき贅沢趣味を追求するニッポンの悪徳政治家連中の趣味ではあっても自分の興味ではないね」
    ―こういう車は「開発しない」と。
    「金欠の時にはやるかもしれないがね(笑)」



  •  ミニバンと聞いて我々は当初、大きな不安を抱いたわけだが、やはり風信子は風信子であった。ファミリーユースの車であっても走りやスタイリングにこだわる姿勢がこの会社には備わっていることを改めて実感することができた。碓氷氏の「アルファード&ベルファイアは嫌い!」というひとことが全てを物語っている。碓氷氏がこうした気持ちを持ち続けている限り、我々は安心していいだろう。風信子は今後も決して高級感や実用性だけが売りの箱車など作らない。今回、それを確信した次第である。



  • 5月号

  •  現在、ニッポンはコロナウイルスの感染拡大の真っただ中。新車の発表も軒並み延期となっている一方、お隣の韓国では5月からプロ野球やプロゴルフが開幕ということで、新車の発表も花盛りになる気配。その先陣を切るのが、今回の車。いずれはニッポンにも輸出されるだろうが、今のところは韓国内のみの販売となる。2シーター軽スポーツという特殊なカテゴリーの車で、名前は「ベタ(betta)」。筆者は詳しくないが、熱帯魚の名前なんだそうだ。ベタは「闘魚」と呼ばれる種類の魚で、オス同士の縄張り争いでは相手を殺すまで戦う。その過激さからスポーツカーに相応しいネーミングとして採用されたようだが、ニッポン人の私には「ベタ塗り」のベタをイメージしてしまう。
     2シーター軽スポーツといえば、ニッポンでは現在はホンダ「S660」とダイハツ「コペン」の二車種が販売されている。そして過去にはホンダ「ビート」、スズキ「カプチーノ」、マツダ「AZ-1」などがあった。いずれも高く評価された車であったが、販売実績はお世辞にも良くない。というのも軽自動車にしてはあまりに「高価格」だったからだ。カプチーノを除いていずれもミッドシップ(ビートはリアエンジン)を採用、フロントエンジンのカプチーノにしても凝った造りの全自動式開閉ハードトップを採用するなどしていた。
     こんな特殊なカテゴリーの車を開発するところといえば当然、風信子以外には有り得ないと思っていたら、やはり風信子デザインであった。
     2シーター軽スポーツの開発を決めた時、彼らは「少しでも低価格なものにしたい」と思ったに違いない。そのため屋根は固定式ルーフ、エンジンも通常のフロントエンジンを採用している。だが、デザインは徹底して「スポーツカーらしいもの」に吟味されている。それも1960年代風にだ。
     どこが1960年代風かといえば、それはロングノーズ&ショートデッキのプロポーションに尽きる。この古典的スポーツカーを思わせるスタイルはドライバーズシートを通常の軽自動車のリアシートの位置に配置することで実現された。そうなると当然、エンジンルーム内はスカスカになる。そこで風信子はエンジンと室内の間に縦650mm、幅1250mm、深さ500mmのトランクを設置した。これは買い物袋6個を飲み込むことのできる大きさだ。ボンネットの中央に横一文字にキャラクターラインが入っているのはエンジンフードとトランクフードを別々に開閉できることを意味している。オープンボタンを一つ余計に増やすだけの話で、わざわざ「そんなことしなくてもいいのでは」?と思うのだが、これには訳がある。トランクとエンジンの間には当然、断熱材が貼られ、エンジンの熱がトランクに伝わらないようになっているのだが、フードが繋がっていると熱伝導によって熱が伝わり、上からトランク内部を熱してしまうのだ。
     トランクの下にエンジンの熱が籠らぬようフロントタイヤの後方にはエアスリットが設けられており、外観上のスポーティーさにも貢献している。機能とデザインを高度に融合させる技は、さすが風信子だ。このトランクは当然、正面衝突の際のクラッシャブルゾーンにもなる。
     エンジンは普通の横置き3気筒(もちろんターボ付き)で、フロントタイヤを駆動。リアにはモーターが備えられているので事実上の4WD。ジムニーのような縦置きエンジンでリアを駆動するようにしたら面白いと思うが、コストの関係から見送ったそうだ。残念。屋根は一見すると開閉可能な革製の幌のように見えるが実際は固定式のハードトップ。リアガラスは風信子のもはや「お家芸」といっていいだろうクリフカット。エンジンルームへ空気を導くフロントグリルが「本物の金網だったら」と思うが、そこは歩行者安全を考慮した設計が要求される21世紀の車であるから当然プラスチック素材。ニッポンが世界に誇る高級ブランド・レクサスのスピングリルにも言えることだが、お世辞にも「高級とは言えない」部分で、もう少し質感の向上を望みたいところだ。テールランプも含め所々に配された赤色のアクセントがスポーティーさを醸し出している。ベタには鰭の先端部分が赤色の種がいるそうで、そのイメージだという。



  •  運転席に乗ってみる。視界は実に良好で、鼻先までフロントボンネットがはっきりと見える。所詮、軽であるから直6エンジン搭載車のように長くはないが、それでも直4エンジンを搭載する普通乗用車並みの長さがある。
     先に挙げた2シーター軽スポーツと明らかに異なるのは着座位置。もちろん、昨今流行りのハイトワゴンのように高くはないが、道路に手が届くレーシングカー的な感覚とは皆無。全高はコペンが1280mm、S660が1180mmであるのに対し、ベタは1400mmもあるのだから当然だ。ちなみにアルトラパンは1525mm、タントは1750mmである。着座位置をもっと下げればロングノーズと相まって「ロータス7」のような感覚になっただろうにと思うが、21世紀の車はハイブリッド駆動が必須。この車も当然、床下にモーター駆動用の電池を搭載しており、それが車高を下げなかった理由でもあるに違いない。そのおかげで座席後方に若干のスペースがあり、まさかこの車でゴルフ場に行く人はいないだろうが、ゴルフバッグの一個くらいは寝かせられる。フロントトランクと相まって実用性は2シーター軽スポーツの中では「群を抜く」といえる。
     本来リアシートのある位置にドライバーズシートを配置する走りの感覚は、やはり独特である。ミッドシップ2シーターが自分の体を中心にクルクルと回るとすれば、これは鼻先を軸に自分の体が左右に振りまわされるような感じだ。先に挙げたロータス7ほど過激ではないが、やはり本質的には似ている。一般的な車でリアタイヤを滑らせた時には「自分の体を軸に背中の後ろが横に流れる」感覚なのだが、この車の場合には「自分の体そのものが横に振られる」感覚(リアタイヤとドライバーのお尻がすぐ傍にあるのだから当然だ)であり、これは一種の恐怖体験である。風信子の開発した車は大なり小なり「じゃじゃ馬」的傾向を示すが、これはその最右翼である。だが、それはあくまでもコーナーを限界まで攻めた場合のことで、普通に走っている分は全く意識することもない。また、慣れてくると結構楽しくもある。ホイールベースの長さは一般的な軽と同じであるため、ニッポン製ミッドシップカーよりも直進安定性に優れ、明らかに高速道路における運転時の疲労は少ない。ABSや自動ブレーキなどの安全デバイスがひと通り装備されていることは言うまでもない。



  •  さて気になる価格だが、エンジンを始め、数多くの部品を普通車と共用することで、スタンダードで143万円、最上級モデルでも177万円と一般的なターボ付き軽自動車と同価格帯に抑え込んでいる。コペンのスタンダードモデルが185万円(最上級モデルだとで212万円)、S660に至っては198万円もする(最上級モデルは何と285万円!)ことを思えば破格である。個人的にはロングノーズを生かしてフロントのトランクを撤去、昔のカローラ・レビンやシルビアあたりの直4エンジンを搭載してみたら面白い車になりそうな気がしている。



  • 6月号

  •  近年は世界中でSUVが大流行である。かつてはジープやローバー、ベンツGクラスといった具合にかなりマニアックなオフローダー車だったものが、「街乗り四駆」という概念が誕生して以降、次から次と普通車のように乗ることができるSUVが登場。そして今ではランボルギーニ、マセラティといったスーパーカーやロールスロイス、ベントレーといった超高級車まで存在する。
     かつて碓氷氏はこうした状況を踏まえて「SUVは好きではない。およそ車好きが選択する類の車ではない」と述べていた。こうした発言から、我々は「風信子デザインのSUVは登場しないだろう」と思っていた。
     しかし、それは「間違い」であった。企業であるからには、クライアントから要求されればデザインしないわけにはいかないのだ。日頃、付き合いのないクライアントであれば「お断りします」といえるだろう。だが、エターナルやポニーランドといった仕事を一緒に行ってきた親密な関係にあるメーカーからの要求では、さすがに断るわけにはいくまい。
     かくして我々は今、ここに「風信子デザインのSUV」を目撃することとなった。
     そのSUVの名前は「パレス」。英語で「宮殿」。この名称からも、このSUVがオフロードを走る車ではなく街乗り四駆、それもかなり「セレブリティな人々」のための車であることがわかる。実際、外形寸法は「5060×1980×1840mm」という巨大さを誇る。勿論、中国や北米を中心とする「輸出専用モデル」だ。ちなみに価格的に見て直接のライバルと思われるランドクルーザーの外形寸法は「4950×1980×1870」である。参考までに他のライバル車の寸法をここに記す。

      BMW・X5           4910×1940×1760mm
      ポルシェ・カイエン        4918×1983×1696mm
      ボルボ・XC90         4950×1960×1775mm
      マセラティ・レヴァンテ      5000×1985×1680mm
      ランドローバー・レンジローバー  5005×1985×1865mm
      テスラ・モデルX         5052×1999×1684mm
      アウディ・Q7          5070×1970×1735mm
      レクサス・LX          5080×1980×1910mm
      ランボルギーニ・ウルス      5112×2016×1638mm
      ベントレー・ベンテイガ      5150×1995×1755mm
      キャディラック・エスカレード   5195×2065×1910mm
      ロールスロイス・カリナン     5341×2164×1835mm

     全長5060mmはレンジローバーとLXの間に位置するもので、決して「法外に大きい」わけではないことがわかる。それにしても、ざっと挙げただけでもこれだけの「超高級SUV」があるとは驚きだ!
     次に、これらの車の価格を表示する。ランドクルーザーのみ最上級仕様で、残りは全て最廉価仕様である。

      トヨタ・ランドクルーザー     683万円
      BMW・X5           992万円
      ポルシェ・カイエン        976万円
      ボルボ・XC90         789万円
      マセラティ・レヴァンテ      986万円
      ランドローバー・レンジローバー  1409万円
      テスラ・モデルX         1041万円
      アウディQ7           812万円
      レクサス・LX          1115万円
      ランボルギーニ・ウルス      2779万円
      ベントレー・ベンテイガ      1994万円
      キャディラック・エスカレード   1260万円
      ロールスロイス・カリナン     3894万円

     私などには到底、手が届かない車ばかりだ。そして、いかにランドクルーザーが「お買い得」であるかがわかる。道理で世界的なベストセラーになるわけだ。ボルボ、アウディがそれに続く。
     で、今回の主役であるパレスの価格は「749万円」である。ライバル車よりも安い設定ながらも、ランドクルーザーより敢えて高く設定してあるのは「ランドクルーザーよりも車格として上の車」ということを意図的に表明しているのだろうか?



  •  外観を眺める。何よりもまず目につくのはフロントの造形だ。「大口&釣り目」という最新流行の「おらおら、早くどけえ!」と言わんばかりの厳ついマスクとは正反対を行く「グリルレス&垂れ目」。亀甲形のプレートには控えめに「くの字」のスリットが明けられているが、そのデザインはまるで1970年代のマスタングのリアのようだ。亀甲形はリアのデザインでも繰り返され、これまた1970年代のリンカーン・コンチネンタル風(向こうは半円形だけれども)だ。どうやら意図的に1970年代デザインを取り入れているようだ。Cピラーを目立たせるアルミプレートの採用もそうした流れの一環と見ていいだろう。実際、ライバル車は全てAピラーからDピラーまでのサイドガラスを一体に見せるデザインを採用しており、今日、Cピラーを目立たせているSUVといえばランドローバー・ディスカバリーくらいしかない。そしてリアのテールゲートは風信子のお家芸であるクリフカット。風信子は意図的に「流行に逆らっている」のだ。おそらく後発車として「個性を目立たせるため」であるに違いないが、これは冒険でもある。「流行の衣装でない」ということは目立つ一方で「全く売れない可能性」も内包している。
     中に入ってみる。中は文字通り「宮殿」の名に恥じない豪華さだ。
     本革、本木目、本アルミといった具合にあらゆる高級素材が奢られ、果ては瑪瑙まである。かつてインフィニティQ45というニッポン製高級車にオプションとして「ココン(漆に金粉をまぶした装飾パネル素材)」というのがあったが、それを凌駕している。瑪瑙は自然の素材だから1台1台、模様が違うはずである。我々の試乗車には朱色と黄色のものが用いられていた。ダッシュパネルの造形は直線基調の保守的なもの。碓氷氏によれば「セレブリティな人々はエルゴノミックな造形は好まない」とのこと。そしてさらに「セレブリティな人々は最先端のシステムにうるさい」とのことで、大型の液晶パネルが「正面メーター用」「ナビゲーション用」「ルームミラー用」「操作パネル用」といった具合に、何と4面もある。バックミラーは装備されているが、実際はルームミラーに左右のカメラ映像が表示されるため、実質「ウインカーのための装備」である。自動運転技術にも力を入れていることは言うまでもない。駐車は全て自動でできるのは勿論、高速道路での車線変更もウインカーを入れるだけで自動的に車線や他車の動きを計測して行われ、その方が下手なドライバーが手動で車線変更を行い、後ろから接近してくる車を見落とすなどという事態が起きない分、遥かに安全である。ちなみに車が渋滞などの理由から「車線変更は不可能」と判断した場合はウインカーが切れ、そのまま走行する。
     リアシートはシートというよりもソファであり、1980mmの幅が効いて大人3人が座っても左右に余裕があるほどだ。勿論、足元の広さは言うに及ばずで、どんなに伸ばしても前席には届かない。センターコンソールがないかわりに、シートの中央には電動マッサージ機が装備されている。肩こり症の人には重宝だろう。
     トランクもクリフカットだけあって、バカでかい。高級車の最低ノルマである「ゴルフバック4個」どころか、これならば10個だって余裕で収納できるだろう。
     エンジンは、基本はエターナルと同じだが専用の調整が施され、最高出力は50馬力ダウンの450馬力に落とされているものの、低速トルクを分厚くしている。勿論、電気モーターも装備され、総出力は650馬力を誇る。したがって動力性能に不足はない。車重は2tを超えるが、発進は鈍いどころかスーパーカーのそれだ。お世辞にも空力的に優れているとは言えないボディだが、それでも最高時速は280kmに達するという。大型SUVであるためホイールが大きく、強力なディスクブレーキが装備されているため、ブレーキ性能は申し分なし。走行時の騒音も「時速100kmで走行中に最もうるさいのが車内の時計の音」という、かつてのロールスロイスの神話を見事に再現している。乗り心地も車というよりは荷物を満載した「大型トラック」の様で、いかなる凸凹でも何事もないかのようにフラットに走るし、この日は風が強く、トンネルを抜けるたびに強い横風に襲われるのだが、自動運転の技術によって横揺れは全く感じられなかった。それこそ軽乗用車などでは風に煽られて「車線一つ分」も横に流されることがあり、これは非常にありがたい技術である。いずれは全ての車種に展開されることを期待したい。



  •  多くのライバルが犇めく高級SUV市場に颯爽と乗り込んだパレス。最新流行のスタイルとは異なる個性的なデザインを身に纏うことが、果たして吉と出るか凶と出るか?車としての完成度は申し分がないだけに「早くも半年後にマイナーチェンジ」などとはならないことを祈りたい。



  • 7月号

  •  1970年代の美学と21世紀の技術が見事に融合。「21世紀にデザインされた最も美しいスーパーカー」といわれるエターナル。ランボルギーニ・アヴェンタドールの刺々しさやフェラーリF8トリビュートの毒々しさはここにはない。初代カウンタックLP400を思わせるクリーンなデザインこそがエターナル最大の魅力である。
     そのエターナルの限定バージョンが発表された。今回は限定だが、これが将来、レギュラーモデルになることは間違いない。
     エンジンはツインターボの装着によって実に250馬力アップの750馬力となり、遂に700馬力マシンの仲間入りを果たした(ちなみにアヴェンタドールは770馬力、F8トリビュートは720馬力)。ギアシフトは7速から8速に。それらに合わせてブレーキも強化。そのブレーキを収めるためにタイヤもまた17インチから20インチとなった。だが、何といっても驚きは、そのタイヤを収めるためにオーバーフェンダーが装着されたことだ。さらには高速域の空力を改善するためにフロントスポイラーと電動式のリアスポイラーも装着。
     筆者がまだ小学生だった頃の「スーパーカーの王者」といえばランボルギーニ・カウンタック。そのランボルギーニ・カウンタックがLP400からLP500Sにスイッチした時、筆者はそこにクリーンさとは違う別の「アグレッシブな魅力」を感じたものである。だが、この歳(50歳)になって、その時と同じ感動を再び味わうことになろうとは正直、思ってもみなかった。
     クリーンさが売りだったエターナルは今回のマイナーチェンジによってアグレッシブさを身に纏ったのだ。「どちらがいいか」と言われれば正直、甲乙つけがたい。現在のカウンタックの市場評価を考えれば、将来的にはアクササリー類の一切ない現行モデルが最も「貴重」かつ「高額」で取引されるようになることは間違いないのだろうが(笑)。
     「エターナル・フォー・ウスイ」。これが今回発表された限定モデルの名前である。バイではなくフォーである点がミソだ(エターナルは碓氷氏のデザインなのだから、レギュラーモデルがバイなのだ)。今回の限定バージョンこそが「碓氷氏自身が理想とするエターナルの姿」であるという。よって色はブルーメタリック一色のみ。エターナルというとイエローがイメージカラーとして思い浮かぶが、碓氷氏はメタリックブルーがお気に入りだという。
    「昔、『プジョー406クーペ』という車があったのだが、ブルーメタリックがとても似合っていたんだ」とは碓氷氏。その時の印象がとても強烈だったとのこと。
     色といえば、エンジンのエアチャンバーやカムカバーの色が変更されている。ノーマルはオレンジだが、フォー・ウスイはパープルである。そしてエンジン真上のリアガラスをアルマジロに変更している。結果、エンジンは外からは見えなくなってしまった。「紫のエンジン」を拝めるのはエンジンフードをオープンする資格を持つオーナーのみとなったのだ。
    「エンジンパワーをアップした結果、エンジンの騒音が大きくなり、エンジンが発熱する熱の量も増えた。そのため、音と熱を効率よくリアに逃がすためにアルマジロにしたんだ」
     アルマジロ部分の開閉だけだとエンジンの整備性に問題があるのだろう、開口部が左右に拡大した。あと細かいところではリアのナンバープレートをリアランプと同じ高さの位置から下に移動させてある。そしてナンバープレートがあった場所には「U・SU・I」の文字が装備されている。碓氷氏の苗字なのだが、何かの記号のように見える点がユニークだ。
     「1000馬力オーバー、400kmオーバー」のモンスターは別格として、エターナルも遂にイタリアンスーパーカーと同じだけのポテンシャルを有するに至った。正直、500馬力はベビーランボ・ウラカンの640馬力どころか、GT-Rニスモの600馬力にさえ劣るものであり、かつてのロータス・エスプリ同様、オーナーの大いに不満とするところであった(注、ロータス・エスプリはカッコいいスタイリングの半面、エンジンのパワーが貧弱だった)。エターナルはようやく、そのスタイリングに相応しい強心臓を手に入れたと言えよう。その結果、販売価格は一気に2倍近く跳ね上がり2328万円になってしまったが、それでも同等の性能を有するF8トリビュートが3328万円(ピッタシ1000万円高!)、アヴェンタドールが4157万円、マクラーレン・720Sが3530万円、アストンマーチン・DBSスーパーレッジェ―ラが3567万円であることを思えばバーゲンだ(人によっては2631万円で手に入る4シートが売りのフェラーリ・ポルトフィーノに食指が伸びるかもしれないが)。とはいえ、我々しもじもが購入できる類の車ではない。いや、仮にあなたがお金を持っていたとしても購入することはできない。なぜなら既に全ての車のオーナーが決定しているからだ。エターナル・フォー・ウスイの販売台数は715台。715人の幸運なオーナーたちは皆、世界に名だたる大富豪たちなのだ。



  •  まさかエターナル・フォー・ウスイをテストできるとは思ってもみなかった。何故ならオーナーが既に全員決まっているのだから、テストに供される車など「用意できるはずがない」と思われたからだ。予想外の出来事に我々スタッフ一同は歓喜。現在、我々の仕事車となっているMINIBURNに機材一式を詰め込み、試験場へと向かった。最大の興味は、やはり最高速度だ。初代モデルの最高速度299kmを果たして、どれ程、超えるのか?
     我々を待っていたのは、チーフデザイナー碓氷氏とブルーメタリックに輝くエターナル。
    「これは自動車メーカーから私にプレゼントされた車だから、いくらでも回して構わない。何ならぶっ壊したっていい。どうせ自分は乗らないだろうから」
     テスト車両が用意できた謎が解けた。テスト車両は碓氷氏本人のものだったのだ。ポニーランドを日常の足にする碓氷氏にとってエターナルは「高価に過ぎる」ようだ。
     「ぶっ壊したっていい」といわれたものの、さすがに気が引ける。壊さないようにテストするつもりであることを告げる。
     コクピットに乗る。ダッシュボードもまた現代風に変更されている。木目は廃され、黒皮のダッシュボードに白皮のシート。本物のアナログメーターはアナログメーターを表示する液晶モニターに変わり、ギアシフトもパドルシフトとなった。これらは全て「オーナーからのクレームによるもの」という。よく見ると、ハンドルには「自動運転モード」なんてものまである。
     だが、この車独特の着座感覚は相変わらず不動である。フロントスクリーンが頭上まであることによる解放感。それはまるで戦闘機のコクピットに着座しているような錯覚をドライバーに与える。今は見慣れたものの、実のところエターナルの巨大なフロントスクリーンは「スーパーカーの常識」から完全に逸脱している。
     だが、オーナーからのクレームで最も多かったのは、やはり「パワーが足りない」というものだったという。「500馬力、最高時速299km」は決してローパワーではないが、やはりエターナルのオーナーはエターナルでランボルギーニやフェラーリと直接対決したかったのだ。
    「エターナルのオーナーの大多数は単に他よりも『安いから』ではなく純粋に『スタイリングの良さ』で選んでくれていた。これは私たちにとっては意外であると同時に、とても嬉しいことだった」
     エンジンを始動する。室内の音はパワーアップしているにもかかわらず以前よりも「静かになっている」と感じた。やはりアルマジロが効いているのだろう。そのアルマジロから眺める後方視界は思いのほか良好。
     室内は旧モデルよりも前後方向で広くなった。シートの後方には大人がひとり横に寝そべるだけの広さがある。屋根も若干だが高くなった。というのもタイヤを17インチから20インチにアップしたことからホイールベースが2500mmから2650mmに延長され、延ばされたホイールベースが室内の延長に用いられているからだ。その結果、ただでさえ大きなフロントスクリーンがより大きくなった。
     走り出す。ホイールベースが延びたからだろう、過敏なハンドリングはややマイルドになった。これは、より高速化した車の特性にマッチしていると言える。乗り心地も、やはりホイールベースの延長が効いていることがわかる。直進安定性自体が高まっている。
     しかし、だからといってスポーツカーとしての走りの楽しみが減少したわけではない。ホイールベースだけでなくトレッドも拡大され、タイヤがよりファットになったことで左右のグリップ力も増大しているからだ。つまりドライバーが本気になってブン回せば、いくらでも右に左にスラロームする。エンジンのパワーアップも手伝って、本格的なサーキット場でアタックすれば、タイムはこちらの方が確実に上のはずだ。0km~100km加速は3秒とかからない。
     あっという間に200kmをオーバーしてしまった。挙動は新たに装着されたフロントスポイラーとリアの電動スポイラーのおかげで実に安定している。
     そして、いよいよエターナルにとっては今までは「未知の領域」であった330km超えの世界へ!
     310、320、330、340、そして
    「350km!」
     あくまでもメーター直読みではあるが350kmに達したのだ。
     ここで「自動運転モード」を試してみる。入らない。「300km以下で作動」となっている。300kmに減速する。すると自動運転モードが作動した。
     おお、本当に走っている。時速300kmをキープした状態でエターナルはテストコースを周回しているではないか。勿論、筆者はハンドルから手を、アクセルペダルから足を完全に放しているのだ。
     さらにオーディオにある「騒音消去スイッチ」を入れる。車内はエンジン音のほとんどしない実に静かな空間に変わった。だが、依然としてフロントガラスを流れる景色はこの車が時速300kmで走っていることを証明している。まさに「異次元の体験」である。これが「21世紀の自動車テクノロジー」。もはや新幹線に乗っているのと同じである。
     自動運転モードをオフ。300kmからの制動テストを行う。
     背後から巨大な手で鷲掴みされるような強力なブレーキ。見る見るうちに速度が下がる。性能的には申し分ない。当然、ABSが装着されているのだが、足に伝わるショックから、初めからポンピングするのではなく、最初は一発ブレーキングでタイヤをロックさせ、可能な限り減速させてからポンピングを開始するようセッティングされているようだ。こうしたプロのレーサーが用いるテクニックをそっくりそのままセッティングしてしまうところが風信子である。



  •  スーパーカーが最も光り輝いていた1970年代の香りを放つ21世紀のスーパーカー・エターナル。その身にオーバーフェンダーやスポイラーを纏うことで洗練が獰猛へと変わっても、その魅力は全く色褪せることがない。我々はここに1970年代が如何に輝いていたかを目の当たりに見る。1970年代の人々の未来は実に多くの「夢」に溢れていた。当時の人々には「21世紀には宇宙旅行が実現している」と本気で信じられたし「一般家庭の車は全てスーパーカー」と真面目に思われていたのだ。それに比べて現代世界の何とつまらないことだろう!温暖化、自国第一主義、そしてパンデミック。現代を生きる人々にとって未来は夢どころか不安だらけではないか。その様な時代の中にあって碓氷氏は1970年代の香り漂う「夢のある車」を次々とデザインする。なぜ、そのようなことが可能なのか?それは碓氷氏が「夢追い人だから」ではないだろうか。現代の人々の多くは夢を捨てた、或いは夢を持ちたくても持てない。だが、碓氷氏は夢を持ち続けているのだ。こんな「先行き不安な時代」にあっても1970年代の人々のように輝ける未来を信じているのだ。
    「夢工房」。こんな言葉をふと思い出してしまった。風信子こそがその名に最も相応しいと思うのは私だけではないだろう。夢とは名ばかりの「現実逃避の避難小屋」のような、ただ「手作り」であることだけを売りにする、そんな代物にばかり用いられた結果、今や古臭さしか感じられないこんな言葉さえも美徳に変えてしまう。それが風信子だ。
     そんな碓氷氏の音楽の好みは「1970年代のハードロック」だという。思えばハードロックに限らずニッポンの歌謡曲も含めて音楽が最も輝いていたのもこの時代だった。
    「エターナルの車内にポップソングなんかちっとも似合わない。『ハイウェイ・スター』や『デトロイト・ロック・シティ』を聴きながら走るのが一番さ。まあ『マシン・ハヤブサ』や『グランプリの鷹』でもいいけどね」。



  • 8月号

  •  今月号では、以前に募集した第1回「拳骨杯・カーデザイン大賞」の結果と授賞式の模様を掲載します。



  •  受賞式会場となったソウル市内にある○ッテホテルの大会場には、栄えある受賞者をはじめ入賞者、審査委員長の桃部 光編集長、審査委員を務めた風信子チーフデザイナー碓氷充馬氏など関係者一同が集まる。さらには賓客として世界中の自動車会社の関係者が参加。手前味噌で誠に申し訳ないが盛大に盛り上がる式典となった。
     会場前方、黄色い垂れ幕の前に桃部審査委員長が立った。
    「発表します。第1回『拳骨杯・カーデザイン大賞』大賞受賞作は、樋口佳子さんの『カシマシーン』に決定いたしました」
     盛大な拍手が会場を包み込む。会場と隣の部屋を遮る黄色い垂れ幕が上がると、中からメタリックピンクが眩しい受賞作「カシマシーン」が現れた。
    「受賞者の樋口佳子さんは前にお越しください」
     会場内に用意された幾つもの丸テーブルの周りに座る人混みの中から、色白で細い目をしたポッチャリ系の女性が立ち上がる。彼女が樋口佳子さん。佳子さんが歩いて行く。佳子さんに桃部審査委員長から賞状とトロフィーが手渡される。ここでも盛大な拍手。
     その後、受賞理由が碓氷氏から語られる。「この度の受賞、おめでとうございます」と挨拶をした後、碓氷氏は淡々と話し始めた。
    「第一に、まだ十代の学生とは思えない完成度の高い設計技術。エアインテークの配置など、すぐに量産化できるだけの煮詰めがしっかりとなされている。第二の理由としては『若い女性が3人で乗れるカジュアルでオシャレなスーパーカー』というユニークなコンセプト。そして第三の理由は、今回の課題は『500馬力エンジンを搭載したスーパーカー』だったわけですが、カジュアルでオシャレなデザインながらもエンジンパワーに負けていない、500馬力エンジンを搭載する車としての風格や獰猛さが十分に備わっていること」
     しかしその後、碓氷氏からは厳しい「注文」が。
    「見るからにリフトが大きそうであり、この車で時速200km以上のスピードを出すならば、リアウイングは必須だろう。そしてこの車の特徴となっているサイドガラスとデザインを統一したアーモンド形のスプーンカットについては『とってつけた感じ』が払拭しきれておらず、結果的に量産車ではなくコンセプトカー的な雰囲気をこの車に与えてしまっている」
     碓氷氏の言葉は辛口だが、これも将来の成長を期待してのこと。唇をきっと噛み締めて碓氷氏の話を聞く佳子さん。
     実のところ、ふたりはここで初めて対面するのではない。
     今回の拳骨杯は1/10スケールモデルでの審査であった。審査後、スケールモデルを元に風信子の工房で実物大の実走可能なモデルが製造された。その時、ふたりは一緒に作業を行っているのだ。
     碓氷氏は辛口だが、それでもカシマシーンが街中でひと際「注目を浴びる車」であることは間違いない。いにしえのポルシェ928の横幅を拡げて、さらにずんぐりとさせたような丸い図体、そしてその色などから筆者的には「ピンクの豚」といったイメージなのだが、これも辛口批評の類に入るのかも?
     その後は、入選者5名の発表および授賞、そして最後に審査委員長を務めた桃部 光編集長のスピーチが行われた。
     こうして授賞式はつつがなく終わり、その後はカシマシーンの周りを自動車関係者が取り囲んでのレセプションとなった。佳子さんの周りにも自動車関係者が集まる。盛んに質問を繰り出す関係者たち。中には仕事を依頼している者までいる。
     それも当然だろう。実現不可能なイメージイラストをカッコよく描く若手デザイナーは沢山いるが、初めから製作可能なデザインのできるデザイナーは少ない。佳子さんはカシマシーンを設計するにあたってイメージイラストではなく「四面図」から始めたという。かつて碓氷氏も「ジウジアーロもガンディーニも四面図から始める。イメージイラストはクライアントが求めない限りは描かない」と同様のことを述べていた。これは勿論、四面図と立体図を頭の中で組み合わせてイメージできる卓越した幾何能力があってこそ可能な業である。
     さて、カシマシーン。写真で見ての通り、女性の手で生み出されたとは俄かには信じがたいほど実にド迫力な車だ。この車にド迫力を与えているのは碓氷氏が「とってつけた感じ」と手厳しい批評を行ったアーモンド形のスプーンカットで造形されたフロントヘッドライトに他ならない。アーモンド形の両端の尖りが「ピンク色の大福餅」のような車にシャープさを与えているのである。リアのアーモンドもまたエンジンクーリング用のエアダクトとして機能しており、単なる飾りではない。
     スプーンカットといえば、我々ニッポン人にはフーガの登場によって消滅した日産セドリック&グロリアの最終モデルが思いされる。ジウジアーロ・デザインで、スプーンカットによるリアの造形が非常に印象的な車だったが、せっかくのスプーンカットもボディ寸法の小ささから(セドリック&グロリアは国内専用)その魅力を活かせず、また当時、最新鋭のトランスミッションであった「エクストロイドCVT」の完成度が低くシュルシュルと不快な音を発するなどの結果、ライバルのクラウンとは販売台数で大きく水を開けられる格好となってしまったのは残念だった。
     おっと、話が横道に逸れてしまった。話を戻さなくては。
    デザインの統一はアーモンドだけではない。フロントボンネット、フロントスクリーン、リアスクリーンの形もまた六角形で統一されており、一見目立たないものの、これまた秀逸なデザイン処理といえる。
     また、サイドガラス内のサッシの造形もセンスを感じさせる部分で、まるで葉脈や蝉の羽のようだ。これはドアの高さが低いことでガラスが下がらないことに対する苦肉の策であるはずだが、見事に「災い転じて福となす」を実現している。佳子さん曰く、この部分は「カウンタックのオマージュ」だそうだ。
    ここから先は内装を見ていくことにしよう。
     車内は3人乗りということでシートが横一列に並ぶ。フェラーリ365Pベルリネッタ・スペチアーレ・3ポスティ、ビッザリーニ・マンタ、マクラーレンF1同様、真ん中がドライバーズシートとなる。
     ふたりしか乗れないのと3人乗れるのとでは、やはり大違い。企画書通りに若い女の子が3人で乗り込むのもいいし、若い夫婦と子供の3人で乗ることもできる。或いはイケメン男性が中央に乗り、左右に美女を侍らせることだって可能だ(笑)。スーパーカーでありながらも実に「実用的な車」なのである。
    ダッシュボードの基本は「水平」。アルミパネルにエアコン用ダクトと交互に縦19,4mm×横34,4mmのプラズマパネル(ノートパソコンのディスプレイと同じ大きさ)が三枚嵌め込まれている。中央には当然、メーター類が表示されるが、両サイドはカーナビやテレビになる。どちらかをカーナビにという使い方もできれば二つともテレビという使い方もできる。左右のパネルは手前に開き、右のパネルの奥にはCDチェンジャー、左のパネルの奥にはブルーレイディスクチェンジャー(共に50枚入る)がある。
     ダッシュボードの色はブラウン。部分的に赤い加飾が入る。近年、世界的にスポーティさを狙った赤い加飾が人気で、ニッポンにはオレンジや青や黄緑といったものまであるが、ほとんどはブラックとの組み合わせであり、ブラウンとの組み合わせというのは珍しい。四角形の赤いパネルは全部で六つあり、上段の二つはダミーだが下段の四つには機能があり、三つがドリンクホルダー、のこりのひとつ、左から二つ目はUSB電源ソケットとなっている。ソケットは全部で3個あるから、3人分のスマホを一斉に充電できる。ダッシュボードが水平横長なので充電中のスマホは全て並べて置くことができる。
     ハンドル付け根の左右にあるインジェクションボタンとハザードボタン以外にダッシュボードにスイッチ類は一切ない。エアコン、オーディオを操作する機能は全て自動運転用の車載カメラを収めるボックスを延長した天井に配置されているのだ。天井にスイッチを配置する手法はDS5という先例があり、決して目新しいものではないが、それでもやはり珍しい手法であることは事実である。左右いずれかの座席の正面のダッシュボードに配置することは可能だったが、3列座席の結果、グローブボックスの幅が狭く容量確保からグローブボックスをふたつ装備したかったために「こうした」のだそうだ。
     エアコン、オーディオの操作系が天井にあることによる不便は避けられず、そのため主な機能はハンドルで操作・変更可能になっている。ハンドルの形は最近流行りの縦棒がアルミV字のT形。スイッチは左下からエアコン・オーディオ切り替えスイッチ、エアコン・オーディオON/OFFスイッチ。その上が、エアコンの場合には横が温度で縦が風量、オーディオの場合は横がCD/FM/AMセレクトで縦が音量になる十字スイッチ。右はクルーズコントロール関係で、下がスピードで、上がON/OFF。安全上、このスイッチのみONの際にはオレンジ色に点灯する(メーター内の上部にも「AUTO DRIVE NOW」の文字が右から左に電光掲示板のように繰り返し流れる)。勿論、12時ハンドル防止装置付き。今までのものは10秒後に突然、大きな警告音を発したが、今回から目覚まし時計のように徐々に音が大きくなっていくタイプになった。そのおかげで最強時の音量が飛躍的に大きくなっている。
     ギアシフトはフロアにもダッシュボードにもなく、パドルシフトのみである。とはいえ基本ドライブはあくまでも「普通のオートマチック車」。エンジンをかけると最初はP。左のパドルを引くことでR、N、D、Lに入る。戻す時は右のパドルを引く。マニュアル操作を可能にするには停車時にブレーキを踏んだ状態で一旦、両方のパドルを手前に引く(N、D、Lで可能)。マニュアルからオートに戻すのも同じである。マニュアルの場合N~8までシフトできる。走行中の安全からマニュアルではRには入れられない。
     スーパーカーというと「後方視界が悪い」のが定石だが、この車の後方視界は悪くない。というのも天井のルームミラーが左右に一つずつ、合計二つあるからだ。中央にドライバーズシートがある車ならではだ。ひとつは通常の位置に、もうひとつは「バニティミラーとして使う」などという手もある。余談だが、時々、女性ドライバーが運転する車で、後ろから見ていると、目元ではなく太腿や腹が映っているルームミラーを目撃することがあるが、ルームミラーをバニティミラー代わりにして後方を全く見ていない証拠である。
     床と天井の色は肌色で室内の明るさを演出。シートとドアはタン。タンはシルバーパネル同様1960~70年代のスーパーカーに好んで使用されたカラーで、てっきり碓氷氏のアイデアかと思いきや佳子さんのものだという。碓氷氏曰く「外装、内装共に全て彼女のオリジナルアイデアであり、色も含めて自分は何も助言していない」とのこと。



  •  かつて、ベルトーネが才能ある若手デザイナーの発掘を目的に開催していたデザイン・コンペティション「グリフォ・ドーロ賞(黄金のグリフォン賞)」の魂を継承すべく企画、開催された第1回拳骨杯・カーデザイン大賞。正直、上手くいくかどうか不安な面もあったのだが、カロッツェリア・風信子の協力によって無事に成功することができた。今回受賞された佳子さんには是非とも世界を代表するカーデザイナーとしての飛躍を期待したい。実のところ、我々スタッフは「碓氷氏を脅かす仕事上のライバル」を探している。「ライバルがいないと仕事がダレてくる」のは、いかなる世界でも同じであり、碓氷氏をダレさせないためにも次々と有能な才能が登場する必要があるのだ。スポーツだって、ひとりだけ「ずば抜け実力」があり毎回、その選手が優勝するような状況は「つまらない」ではないか。今日、自動車離れが著しい若者たちに再び「自動車への憧れ」を!そのためにも魅力的なデザインを生み出す活きのいい若手デザイナーが次々と登場、互いに鎬を削る群雄割拠が切望されているのである。



  • 9月号

  •  今やエターナルといえば「フォー・ウスイ」が俄然、注目されているが、フォー・ウスイ発表と同時にマイナーチェンジを受けたノーマルモデルも棄てたものではない。今回はそのノーマルエターナルについて伝える。



  •  最大の変更点は予てより「(ライバルに比して)プア」と指摘されていたエンジンの強化。150馬力アップの650馬力はランボルギーニ・ウラカンの640馬力、GT-Rの600馬力に勝る。これはツインターボの装着によるもので、チューニングの違いはあるもののフォー・ウスイと同じものだ。
     そして外観上の最大の変更点はリアのホイールハウスがスパッツ状から現代風に改められたことだ。これはエンジンのパワーアップに伴い、より幅広いタイヤを装着する必要があったからだ。サイズ自体も17インチから19インチにアップした(フォー・ウスイは20インチ)。このように変更の理由はパワーアップに伴う必然だったのだが、個人的には「この方がカッコいい」と思う。エターナルは遂に外観上の唯一の欠点を改善。「画竜点睛」を入れ終えたのだ。
     ギアシフトはマニュアル、セミオート共に6速から8速に一気に2段増えた。
     8速シフトを採用したことで、ひとつの問題が生じることになる。マニュアルギアの場合の「シフトパターン」だ。縦四列となるためシフトの「入れ間違い」が起きる可能性があるのだ。事実、8速マニュアルを先行採用するポルシェ911やアストンマーチン・ヴァンテージなどではデリケートなシフト操作が要求される。
     エターナルはそれを見事に解消している。横のゲートを1本とはせずに5・6速で僅かにズラすことで、4速からいきなり7速へ入るのを防いでいるのだ。そのためNは通常「3・4速の間」に一つあるが、エターナルは「5・6速の間」にもある。
     実際に操作してみたが、操作感覚に左程の違和感はない。むしろ4速から5速へ勢いよく入れられるのが実に気持ちいい。
     とはいえ「ギアの多段化」もマニュアルに関しては「これが限界」だろう。縦のゲートが増えればゲート間の距離は詰まり「横への操作」はシビアなものとなるからだ。9速を用意するとなれば、縦のゲートは最低でも5本になってしまう。
     室内もマイナーチェンジを機会に変更、高級感がぐっと増した。とはいえ相変わらず「70年代家電」のイメージは継承されている。今まではローズウッドだけだったが、今回からセンターコンソールにバーズアイメイプルが用いられるようになった。レーシーなフォー・ウスイに対する「GTカー的なエターナル」という区分を明確にしたのだ。
     エアコンダクトが大きく変わって助手席側はベントレー張りのクロームメッキを施した円形タイプに変更、そしてドライバー側は何とメーターコンソールの中にある。その意図について伺ったところ「助手席からもメーターが見えるようにするため」ということだ。確かに今までのエターナルだとメーターはエアコンダクトに隠れてドライバーにしか見えなかった。それが助手席からも見えるようになったのだ。細かいところでは家庭用エアコン同様にスイングルーバーも装備された。
     運転席正面のメーターパネルはフォー・ウスイとは異なり、依然としてアナログメーターが配置される。但し、オプションでフォー・ウスイと同じ液晶パネルに変更できる。大富豪の方の中には「正面パネルにナビ、センターパネルにメーター類を表示したい」という方もいるそうだ。
    驚くべきはシート調整が手動から電動に変更されていることだ。故障したら動かなくなる実に不便な代物だが、大富豪の方にはやはり自動の方がいいのだろう。



  •  実際の走行感覚は「熟成」が進んだ結果だろうか、或いはGTカーとしての特徴をより強く出すことを狙ったのか、かなりマイルドなものとなった。タイトコーナーでもリアが滑ることがなくなり、かなり粘る。アマチュアドライバーでも容易に操れるようになった。エンジン特性もターボ装着によってがらりと変化。高回転域でいきなりドッカーンといった特性は影を潜め「トルクフルなエンジン」に生まれ変わった。
     それはテスト結果でも明らかとなった。0~100km加速は、以前は3,9秒だったが、今回は2,9秒と100馬力違うにも拘らずフォー・ウスイと0,1秒しか違わない数値を記録したのだ。
     そして最高速だが、こちらは期待したほど(340kmを予想)には伸びず328,88kmにとどまった。これらのデータからターボをスーパーチャージャー的に低速域で活用していることが判る。
     最高速が伸びなかった理由は他にもボディがフォー・ウスイと同じロングホイールベースを採用したことが挙げられる。その結果、ボディだけで以前よりも50kgほど重くなった。ターボ装着などもあり全体としては200kg増加しているのだ。
     しかし、サイズアップは室内空間に余裕をもたらしている。車内での快適度は確実に増した。
     最後に気になる値段だが1288万円から1688万円にアップした。この「400万円アップ」をどう見るか?400万円といえばニッポンなら、ちょっとした高級車が1台買えてしまう。しかしながらフォー・ウスイが2328万円だから、やはり「バーゲン」と呼んで差し支えあるまい。もっとも我々スタッフには、それでも夢物語なのだが。



  • 10月号

  •  風信子から一本の電話が入った。
    「見せたいものがある」
     何だ何だ?我々は直ちに韓国へ飛んだ。

  • 伝説のシャークマシン、復活!

  •  我々が風信子本社の開発ブースで目撃したのは、まさにシャークマシンであった。
     しかしなぜ?シャークマシンは破壊されたはず。
     説明すると、シャークマシンは韓国の自動車メーカーが新型エンジンのテスト用に開発した車両で、テスト終了後にデータ収集のために分解され「現存しない」とされている幻のマシンのことである。我々取材班はその走行する姿をラ・フェラーリの取材時にたまたま目撃したのだった。
    「メーカーに問い合わせたところ、バックヤードにバラバラではあるが全ての部品が放置されていることが判明したんだ。で、それらを全てもらい受けて、レストアしたのさ」
     レストアの結果、いくつもの謎が判明したという。
    「こいつのエンジン。何とヴァンケル・ロータリーだった」
     直列6気筒ターボとかV型12気筒スーパーチャージャーといった感じで説明するならば、さしずめ「縦置き8ロータリーターボ」ということになるだろうか。「縦置き」というのは何と4ローターターボエンジンを二基、上下に載せて配置しているのだ。シャークのリアセクションがなぜ一直線に真っ直ぐ後ろへと伸びるのか?その答えがこれだ。
     今回、風信子から透視図が提供されたので、それを参考に詳しく見ていくことにしよう。この手の透視図は我々取材者側にとっては非常にありがたいものだが(これだけでページを確保できるのだから)描くには時間を必要とするものだ。
     今回、我々が提供を受けた透視図。見ての通りの「手描き」。実は碓氷氏が自ら描いたものだ。「プロなのだからこれくらい描けて当然」などと思うことなかれ。昔のカロツェリアは大概、専門のイラストレーターに外注していたし、現在ではコンピュータに3Dデータを入力してイラストを自動的に作成するのが普通なのだ。碓氷氏が画家としても非凡な才能を持っていることは話には聞いていたが今回、実際にそれを確認する機会を得たわけだ。マエストロ・ジュジャーロが美大卒の画家で実に美しいイラストを描くことは知られているが、碓氷氏にも同様の天分が備わっているのだ。
     でも、なぜ自分で描くのだろう?
     風信子。実はスタッフが社長・チーフデザイナー・秘書の三人しかいないのだ。ゆえに幾つもの仕事をひとりの人間がこなしているのだ。社長の仕事は営業マンと被り、秘書はアパレルデザインの担当でもある。そしてチーフデザイナーである碓氷氏はデザインだけでなくクレイモデルの制作も自分でこなす。碓氷氏によれば「最短3日で完成できる」という。
     3日!いかにメーカー専属のデザイナーが「ダラダラ仕事をしているか」が判ろうというものだ。
    「初日に粘土をつけて乾かし、2日目に外形を整え、3日目に細部を整えて完成」
     成程、確かに3日でできる。
     とはいえクレイ制作専用の職員を雇用する気はないのだろうか?その方が自身の負担が軽減するだろうに。ひとりのチーフデザイナーの下に多くのデザイナーが補助として関わっているのがカロッツェリアの常識だ。
    「ニッポンにいた頃、自分はいろいろな人間と付き合ってきたが『これをやっておいてくれ』と頼んで自分が期待した内容に仕上げてくれる人間は実に少なかった。本質的にニッポン人は口だけが達者の『評論家』であり、他人の仕事にケチはつけても自分では何もできない能無しばかりだ(怒)。で、そうした信頼できない他人にやらせるよりも全部『自分でやってしまった』方が、結局は質の高い仕事になることが判ったんだ。幸い、今は韓国企業が主なクライアントだから自分は図面だけ描いてクレイモデルは向こうで作ってもらうという手もあるがね」
     話を戻すと、上下に載せられた4ロータリーエンジンは上下さかさまの状態で縦置きされている。といっても同じエンジンではなくローターの回転が逆のエンジンを合体させている。エンジンを真後ろから見ると、まるで「鏡富士」のように上下が対称になっているのがわかる。これは無論、遠心力を相殺、ハンドリングの違和感を無くすための配慮だ。
     その副産物としてエンジンルーム内の配置も吸気管と排気管を左右に分離した実に効率のいいものとなっている。後ろから見ると、エンジンの左側上にラジエーター、下に排気管があり、右側上にエアクリーナーと吸気管(実際には下にも伸びているが)、下にバッテリー(青いボックスがそれ)などの補器類がある。リアバンパーの真裏には横置きにされた巨大なマフラー。燃料タンクはリアタイヤの前部にふたつ。容量は60×2=120ℓ。給油口はエアインテークのすぐ前にある。
     吸気管は右側上部にあるフィルターボックスから上下2本に分かれて伸び、更にエンジンの手前で上下に分岐する。透視図で見ると、上管が奥のローターに、下管が手前のローターに繋がっている。常識的には「上管を上のローター、下管を下のローターに繋げる」と思うのだが、碓氷氏に伺ったところ「この方が絶対にいい」という。エンジンの手前で別のパーツを用いて上下に分岐した方が配管の中央部分で手前と奥に分岐するよりもメンテナンス上、有利なのだという。確かにその通り。これならば分岐から先、下へ延びる管を供用できる。しかも破損した際に一本の直線的な管を交換するだけ、外す個所も前後の二カ所で済むのだ。上下完全分離にすると上下で管を専用設計しなくてはならず、破損した際にはエアフィルター側と二つのエアチャンバー側の三カ所を外さなくてはならない。
     吸気管が繋がるエアチャンバーからは更に左側面にあるターボチャージャーまでエンジンを包み込むように管が伸びる。ターボチャージャーは透視図にある通り2ローターにつき一基の合計四つ。
     二基のエンジンからの動力は一つに合成されたのち、室内側に飛び出した6速ギアへと送られる。そして驚くべきことに、更にそこから前にドライビングシャフトが伸びる。後ろへ延びるシャフトは見当たらない。つまり、こいつはFF(前輪駆動車)なのだ。
    「恐らく、エンジンが高くなりすぎるからだろう」
     ドライビングシャフトを後ろへ伸ばそうとすれば、その分、エンジンを上げなくてはならない。V型エンジンであれば排気管を避けてクランクシャフトの脇を通すこともできるが、ロータリーエンジンでは不可能だ。
     ではミッドシップV12気筒エンジンのような「エンジン・デフ・ミッション」という通常の配置では搭載できなかったのだろうか?
     4ローターの全長はV12よりも長い。2ローターの全長が直4の全長とほぼ同じ。ということは、4ローターの全長はV16エンジン並みということだ。そして二階建てということになると、通常の配置だとドライバーの頭の真後ろにエンジンがあることになる。さすがにそれは拙かったのだろう。
     特徴的なのはエンジンの周りを3本の金色の金属ベルトで締め上げていることで「エンジンの繋ぎ目を圧着する効果」と「エンジンの剛性をアップする効果」を狙っていることだ。これは形が競馬場のトラック状をしたロータリーエンジンだからこそできる芸当と言えよう。
    「測定器で計測したら、実に2000馬力を叩き出していた」 
     2000馬力!ラ・フェラーリをいともあっさりと抜き去るわけだ。1991年ルマン王者・マツダ787Bに搭載されていた4ローター「R26B」が700馬力だったことを考えれば、同等の能力を持つエンジンが二基でしかもターボ過給ということで、2000馬力は順当なところだ。
     ハイパワーエンジンを搭載するFFであるから、なるべく重心を前に持っていきたい、ということでギアとデフはフロントにある。「逆トランスアクスル」とでもいうべきか。そのおかげで重量配分は50対50を確保しているが、理想は60対40だろう。
     ピコーンピコーンという電子音についても理由が判明した。
    「エンジンにトラブルが生じたときに発する警報音さ」
     つまりこいつは鈴鹿でエンジンがトラブルを起こしていた状態のまま走行していたのだ。
    「ギア比からの計算値では、こいつの最高速度はエンジン回転数6500の時に時速500kmに達する」
     やはりシャークは「とんでもないモンスター」であった。
     そして最後の謎。「3台製造された」というのは?
    「やはり1台だけだった。同じシャシーにいろいろなエンジンを載せて試していたんだ。バックヤードには違うエンジンが何台も野晒しになっている。私たちは最も『パワフルで魅力的』と思われるエンジンをオーバーホールしたんだ(※注 実際はもう1台あり、ニッポンの幕張にある)」
     しかし、まさかロータリーエンジンとは。
    「ロータリーエンジンの特許を取得したメーカーは何もマツダだけじゃない。特許権の大元であるNSUヴァンケル社を吸収したフォルクスワーゲンは当然のこと、スズキやシトロエンなども特許を取得している。韓国メーカーも遠い昔に特許を取得していたのさ」
     でも、実用化には至らなかった。
    「独自開発とはいっても細かい部分で、やはり先行する『マツダの技術』と被る部分があったのだろう。『8ロータリーエンジン』なんて実に魅力的ではあるけれどもね」



  •  果たしてこいつは「計算値通りのパフォーマンス」を発揮するのか?やはり試さないわけにはいくまい。
     遅ればせながら「シャークの外観」について説明すると、真横から見た図は「ロータス・エリート」のようにフロントスクリーンの上端から後ろまで一直線にフードが伸びる。これは背高エンジンを収納するためのデザインであるが、空力的にも優れている。翼断面でないため、リフトが発生しないのだ。そのため、シャークのリアバンパーにはエターナルのような空力的対策は施されていない。そしてリアバンパーに空力的対策がない最大の理由は、やはりこの車がFFだからだ。高速走行時になるべく駆動輪である前輪に重量をかけたいのだ。
     フロントとリアのライトの造形は碓氷氏に伺ったところ「携帯電話の電波強度を示す棒グラフ」なのだそうだ。そしてフロントボンネットの上には、この車のネーミングの元となっている「鮫の鰭」を見立てたマスコット。ドライバーに先端の位置をわからせるためのものだ。
     碓氷氏は「リアデザインに苦慮した」という。
    「綺麗にまとめてしまう、例えばリアガラスとテールランプを合体させて横一列に並べるとデザインとしての完成度は高まるが、他の車と似たものになってしまう。だからデザインの完成度が下がるのは覚悟の上でリアガラス、エアダクト、テールランプを全てバラバラに配置したんだ」
     リアホイールアーチは初期エターナル同様のスパッツタイプ。
    「自分はDS19のデザインを気に入っている」
     碓氷氏のデザインにたびたび登場するスパッツタイプのリアホールアーチの源はカウンタックではなくDS19である。
     リアのエンジンカウルはF40のようにBピラーにあるヒンジから後ろが全てガバっと大きく開く。エンジンメンテナンスを容易にするためで、テスト車両ならではだ。そのカウルの上部には「鮫の鰓」のようなエアダクトがある。
     今回のテストにあたり碓氷氏所有のエターナル「フォー・ウスイ」にもご賛同願った。言うまでもなくエターナルはシャークを元に開発された車であり、この二台はいわば「双子の兄弟」である。
     こうして眺めると、単体では未来の車にしか見えないエターナルが如何に「現実的なデザイン」であるかがわかる。シャークはそれだけ「未来的」なのだ。
     縦横の寸法は両車とも同じ(オーバーフェンダーは除く)であるが、シャークの方がスリムに見える。逆にエターナルはどっしりしている。理由はフードの横幅の違い。シャークはサイドスクリーンの傾斜が強く、フードの横幅が狭いため、スリムに見えるのだ。
     後ろから眺めると更に違いは顕著で、エターナルの方が幅広で低く、シャークは随分と背高のっぽに見えるが、実際はエターナルの方が若干、背が高い。こうした違いは「デザインの違い」によってイメージが大きく変わることの証明でもある。
     兄弟車だからボディ構造は両車とも同じ。カーボン製のバスタブ型シャシーにアルミ製の外皮を被せている。サスペンションがダブルコイルであるのも共通。ブレーキシステムもどうやら同じようだ。信頼のブレンボ製。
     シャークの室内に乗り込む。内装は「ランチャ・ストラトス並み」といえばわかってもらえるだろうか。はっきりいえばスパルタンだ。至る所にボディ材であるカーボンが剥き出しになっており、運転席の正面には計器類の代わりに市販のタブレットがそのまま装着されている。
     エアバッグすらないハンドルだが、しっかりと「12時ハンドル警告装置」が搭載されている。しかし、その仕組みはエターナルのピエゾ素子による圧力センサー方式ではなく、テレビのリモコンのような赤外線方式だ。そのためハンドルの上部に幾つもの丸い穴が開いている。
     シートはこれまた信頼のスパルコ製。エターナルとは異なりシャークは社外部品を多数、利用している。シャークを開発している時点では自社製部品はまだ開発途上だったのだろう。リクライニング機能はないが、基本的な形状に優れておりドライバーの体を確実にホールドする。シートベルトは4点支持タイプ。
     サイドドアに装備されている自転車のグリップとブレーキノブはサイドウインドウを開閉するための仕組みである。ブレーキを握り上下にスライドさせることでサイドウインドウの一部を開閉することができる。つまりサイドウインドウは普通の車のように水平に上下せず、コンパスのように軸を中心に回転しながら上下するのだ。その軸はドアの後方にある。
     エアコンが装備されているのは幸いだ。それもかなり強力な奴で、エンジンパワーが強力無比だから「この程度の装備は足枷にならない」ということだろう。
     エンジンをかける。ロータリー独特のトルク変動を感じさせるエンジン音。昔、サーキットで耳にしたロータリーエンジンは「ビイイー」といったかなり甲高い音だったと記憶しているが、こいつはレシプロ並みに「ボオーン」といった音を発している。それもレーシングカー並みに大きい。
     いよいよ計測に入る。
     今回、我々は新兵器を導入することにした。
     計測器といえば、昔は車後方バンパーを取り外し、そこに車輪式の計測器を設置していた。現在は車の加工はせず、主に赤外線センサーで外部から計測する。だが、これらは誤差が大きいとされている。
     そこで今回、私たちは「ジャイロ式加速度計測器」を導入した。
     この装置の原理は基本的には宇宙ロケットや民間旅客機で用いられている「自動航法装置」のものと同じだ。高速回転するジャイロが作り出す水平面に加わる加速度を三方向から測定、そのデータをコンピュータで積分することで移動距離や移動速度を精密に割り出すものだ。地球の自転運動から来る微かな誤差までも補正できるため、文字通り究極の測定が可能である。
     今回、この装置を使用することができたのは、この装置が非常に小型であり、シャークの助手席に載せても左程、重くならないからだ。開発したのは韓国のPIPIRUMA技研。その名からもわかるようにニッポンのPIPIRUMAグループの一員だ。
     テストコースの周囲には数100mおきにアサルトライフルを手にした韓国軍が配備されている。これだけ小型だと容易に軍事転用、たとえば弾道ミサイルや誘導ミサイル、さらには偵察用ドローンにさえ搭載できるため、この装置は国の重要機密扱いなのだ。
     こんな物騒な代物を今回、借り受けることができたのには理由がある。どうやらシャークの開発にはPIPIRUMAの技術が用いられているらしい。1/100000mmの加工精度を誇るシームレスエンジンはPIPIRUMAの技術によるものだったのだ。ちなみに今回使用する計測器の小型化を可能とした豆ジャイロの加工精度は原子レベルと言われている。こうした自動車メーカーとPIPIRUMAグループとの関係から今回、拝借できたというわけだ。
     こうした物物しい環境の中で、まずは加速測定を行う。従来通り、赤外線測定装置も併用する。両者の測定誤差が楽しみでもある。
    0~100km加速はジャイロ、赤外線共に2,8秒を記録した。ちなみに1800馬力のSR-71は2,3秒、500馬力も劣る1500馬力のブガッティ・シロンでさえ2,5秒なのだから正直、寂しい感じもする。
     だが、このデータにはちょっとした「説明書き」が必要である。
     シャークに搭載されているロータリーエンジン、実は「休止機能」が装備されている。つまり通常モードでは4ローターで駆動、必要な時だけ8ローターに切り替わるのだ。そして上記のデータはいずれも4ローターでのデータなのだ。
     それはそうだろう。こいつは4ローターでも900馬力の出力を発揮するモンスターなのだ。切り替え時にはメーター内のランプが点灯するのだが結局、最後まで点灯することはなかった。で、今度はレースモードに切り替えて計測することに。レースモードはシャークのロードクリアランスをグループCカー並みの50mmに下げ、アイドリング状態から全てのローターを作動させる。サスペンションは勿論、ガチガチに固くなる。
     再び0~100km加速の計測を開始。アクセル全開。
     ミッドシップは発進時にリアタイヤに大きく重量がかかる。シャークはFFなので「発進加速は苦手」かと思われたが、フロントタイヤは思いのほか空転せず、車体は一気に加速した。
     すると、直ちにピコーンピコーンという警報音が鳴り始めた。
     この警報音はギアに強度を超えるトルクがかかった状態の時に鳴る。つまり「いつギアが壊れてもおかしくない」ということだ。風信子の許可は取ってある。警報音鳴りまくりの状態で加速を続ける。
     計測の結果は何と1,88秒!まさか100kmに加速するのに2秒を切るとは。幸い、ギアは壊れてはいない。しかもこのデータはいずれの計測器でも全く同じ。従来の計測器の精度もバカにできないということだ。
     そして、最高速テスト。
     メーカーのテストコース。外周の総全長11,14km。周囲に「かまぼこ型」の格納庫が幾つも建つ、有事の際には空軍基地としての使用も想定されているという全長4kmの長さを持つ2本のストレートコースを有する陸上トラック形周回路。両サイドにある半径500mの曲線部分の最大カントは80度。計算上は時速1000kmでの走行が可能で、しかもドライバーはハンドルを切ることもアクセルを緩めることなく、まるで直線道を走行している感覚でコース内を旋回走行することができる。
     シャークをテストする前に、エターナルがまず先に周回路を走行開始。今日のエターナルはエンジン快調で、最高時速370kmを記録した。
     お次は、いよいよシャークの番だ。
     今回、シャークに乗り込むのは何と碓氷氏本人。メーカーの職員が必死に止める。シャークの最高速度はエターナルを100km以上も上回ることが予想されている。碓氷氏は自動車界のレジェンド。万が一のことがあったら大変だ。だが、碓氷氏は自身がデザインした車の性能をどうしても「自分の手で確かめたい」と主張した。
    「この車は私の処女作なんだ」
     この言葉にハッとさせられた。そう。シャークは碓氷氏の処女作なのだ。処女作にして既にこれだけ独創的なデザインを生み出していたとは今更ながら驚きだ。デザイン学校に通う学生の作品が、なまじっかデザインの基礎やトレンドを学ぶがゆえにどれもこれも没個性で似たり寄ったりであるのとは大違いである。
     いざ、スタート。
     まずはおもむろに走り出す。数秒後、タイヤがスリップしない程度に加速してからアクセル全開。途轍もない爆音とともに見る見るうちに後ろ姿が小さくなっていく。
     それはそうだろう。こいつは0~400mを走るのに10秒かからないのだ。0~400km加速も20秒以下でこなす。10秒ほどでシャークは周回路に姿を消した。遠くで爆音が響いているのが聞こえる。
     爆音が我々の右横から後ろへと移動する。そして爆音が最も小さくなった頃、再びシャークが直線道の反対側から姿を現した。こちらめがけて猪のように突進してくる。それとともに爆音が大きくなる。爆音が最大になった時、シャークはスタート地点を猛スピードで通過していった。しかも先程は10秒ほどだったが、今度は4秒ほどで周回路の彼方に姿を消した。
     シャークは1分ほどで戻ってくるだろう(時速500kmで走る距離は1分間で約8,33km)。大急ぎで計測器の数値を確認する。その時、我々は我が目を疑った。そこに表示されていたデータは何と520,05km!この数字は量産車であるSR-71は当然のこと30台限定生産のブガッティ・シロン・スーパースポーツ300+の490,48kmさえも凌駕するものだ。しかもそれらの車はパワーを路面へ伝達するのに有利な4WD車である。
     2度目の周回でも同様のデータが計測された。
     シャークが戻ってきた。碓氷氏の遊び?シャークは我々の前で途轍もない急ブレーキを披露した。タイヤの焦げる匂いが周囲に立ち込める。シャークはブレーキ開始から僅か120mほどで停止した。これまた凄い能力だ。
    早速、ジャイロ式計測器のデータを確認する。そのデータは508,88km。赤外線式よりも遅い。おそらくはこちらが正解なのだろう。とはいえ、これだって世界最速であることに違いはない。
     やはりこいつは我々の期待通りの、掛け値なしのモンスターマシンであった。



  • 11月号

  •  Cセグメント。全長4200mm~4500mm程度の5ドアハッチバックの「メルクマール」といえば、言うまでもなく「フォルクスワーゲン・ゴルフ」。20世紀最高のカーデザイナー、ジョルジェット・ジュジャーロが「ビートルの後継車」として1974年に発表して以来、その地位は文字通り「不動」。今まで、いかなる強敵が出現しようともその地位が奪われたことはなく、今後も「ない」であろう。その絶対的地位を脅かすべく広島が「マツダ3」を開発したことは本誌の読者であれば知っていて当然。勿論、それはいいことで、そういうライバルがいることでゴルフもまた、さらに進化するのである。
     その後を追って、我らが風信子も遂にこの「激戦区」で戦う車を開発した。その名は「SOUL=ソウル」。ソウルはゴルフ(そしてマツダ3などゴルフのライバル)に対する「風信子からの挑戦状」である。ソウルとはニッポンでは一般的に「魂」と訳されることが多いが、精髄や手本といった意味もあり「コンパクトカーの精髄」という意味と思われる。ソウルは無論、彼らの首都の名前でもあるから、この名前を使用したこの車に賭けるメーカーの意気込みが如何に凄まじいものであるかがわかる。
     全長4390mm、幅1760mm、高さ1490mm。これがソウルの外寸だ。対するゴルフは全長4265mm(ヴァリアントは4595mm)、幅1800mm、高さ1480mm。ソウルの方が幅で4cm狭く、高さは1cm高い。長さはゴルフとヴァリアントのちょうど中間で、1台で両方を相手に戦うことを示唆させる。ちなみにホイールベースはゴルフと同じ2635mmだ。ソウルが横幅を1700mm台に収めたのは、1800mmは「やはり大きい」と感じる顧客に対するアピールとして機能し、高さを1cm上げて1500mmに近づけたのは「より荷物を積める」ことを印象付けるための戦略である。全く同じことをやっていたら顧客は「ゴルフを買う」に決まっているわけで、これは「正しい判断」と言える。そして意識的に「大きな差を設けなかった」ことも。ホイールベースが同じであることは「とり回しが同じ」であることを意味し、それは顧客に「乗り換えても変化はない」という安心感を与える。
     エンジンはハイブリッドエンジンを主軸に、最上級モデルにはエターナル用V8エンジンの「方側バンク」をそっくり利用した直列4気筒300馬力エンジンが搭載される。ちなみにエンジンは全て横置きだ。
    まずは外観をチェック。
     真っ先に目につくのはバックドア、いわゆるテールゲートだ。これほど奥行き幅の厚い立体的な造形を持つテールゲートは今まで存在しなかった。テールゲートといえば一枚の大きな薄い板であるのが当たり前。しかしそれは当然、ボディ剛性にとってマイナスとなる要素に他ならない。そのため、走りにこだわるハッチバック車の場合、テールゲートをなるべく小さくする。だが、それだと荷物の出し入れに難が生じることは避けられない。
     風信子は果敢にも、こうした「マイナス要素の克服」を試みたのだ。
     ソウルのテールゲートには逆U字状にフレームが入っている。即ち下を除く左右と上に補強材が入っているのだ。そのため左右の板は厚く、上はダックテールになっている。しかもソウルのロック機構は左右のフレームの中央に1カ所ずつ、計2カ所ある。その2カ所のロックによってフレームはボディ本体のフレームと合体、Cピラーの役割を果たすのだ。上のフレームと結合するヒンジも通常の2カ所から倍の4カ所に増やされている。
     こうした複雑な構造の結果、ソウルのボディ剛性は飛躍的に向上している。テールゲートの剛性は文字通り「史上最強」で、リア全体が大きく開くにも拘らず、どんなに乱暴な走りでも決して歪まない。
     テールゲートの独特な形の理由は判った。しかし、これは明らかな「冒険」だ。スーパーカーとは異なり大量販売が絶対条件の大衆車で、これほどの冒険をしてもいいのだろうか?
    「安全策で行くならばクリフカットだった。我々には豊富なノウハウがあるからね(碓氷氏)」
     ではなぜ、安全策をとらなかったのだろう?
    「はじめは『ゴルフに勝てる車を作ろう』なんてメーカーも『バカなことを考えるもんだ』と思ったよ。でも、引き受けたからには『よーし、やってやろうじゃないか』という意欲が沸いてきた。で、やるからには徹底的に『新しいことをやってやろう』と思った。今までのハッチバック車の常識を一から見直してやろうとね。で、まずは『ハッチバックのテールゲートは小さくて当然』という常識を打ち破ってやろうと思った。そのためにはテールゲートの中に強固なフレームを入れなくてはならないわけだが、そうすれば当然、ボディが重くなる。そこで思い切ってボディ側の補強を排除したのさ。普通の人間には『考えられない』非常識極まりないアイデアだと思う。だが自分は『やれる』と思った。ボディとテールゲートとを合体させるロック機構さえ頑丈にすることができれば可能だとね」
     サイドスクリーンはリアクォーターガラスのある、やや長めのアーモンド=杏仁形。杏仁形は飛鳥時代の仏像の目に用いられたもの。カシマシーンのスプーンカットに影響されたことは間違いない。杏仁形のモチーフはエクステリアの至る場所に散見される。
    「一緒に仕事をしたのだから影響を受けるのは当然さ」
     同様にヘッドランプも杏仁形。目を引くのは、ヘッドランプの下にある車幅灯が涙滴型であること。つまり、この車の顔は「泣き顔」なのだ。一体、何を泣いているのだろう?
    「これだけ頑張ったけれど、やはり『ゴルフには勝てない』ことを泣いているのさ」
     碓氷氏はそう言って笑った。だが、果たして本当にそうだろうか?人は勝ったときにも泣くものだ。本当のところはともかく、泣いている顔の車というのは世界初だろう。よく見ると、リアにも同様のモチーフが。バックランプの形もまた涙滴である。
     フロントボンネットが、これまたユニーク。「二重ボンネット」とでも言おうか。内側の線はダミーで、フロントフェンダー最上部を走る線が本物。フロントフェンダーを盛り上げ、ボンネットを低くしているのは1960年代風だ。
     口を表すフロントグリルは上下にふたつあり、下は笑い、上は怒る。結果、笑っているんだか、怒っているんだかよくわからない顔に仕上がっている。
    「最近は『厳つい顔』が主流だけれど、それは自分の好みではない。かといって笑った顔にする気もなかった。無表情を狙った結果、口を二つにしたのさ。BMWのキドニーグリルのような、今後のブランドイメージとなり得る顔だと個人的には思っているよ」



  •  室内に乗り込む。エクステリア同様、杏仁形のモチーフが採用された世界がそこにある。
     ナビ画面の左端がメーターパネルに食い込んでいるのは完全にデザイナーの遊び。機能的には問題ない。メーターパネルの左にはオートクルーズコントロール用のオン・オフスイッチと速度調節用のダイヤルがある。
     ナビ画面の手前にはDENONの円盤型ターンテーブル風にスイッチが並ぶ。これらはナビを操作するためのもので、一番左端はハザードスイッチ。タッチパネルは採用されていない。
    「タッチパネルは爪の長い女性には不向き。Cセグメントは主婦が日常的に使用する車だから女性に優しい車でなくてはならないと考えた」
     この考えはセンターコンソールにあるスイッチの配置にも表れている。上から順番に「エアコンダクト」「エアコン風向きスイッチ」「エアコンオン・オフ、オート・マニュアル切り替え、デフォッガースイッチ」「温度表示パネル」「温度・風量調節ダイヤル」。操作を誤ることがない、わかりやすい配置になっている。結果、女性だけでなく高齢者にも優しい車に仕上がっている。
     そしてボタンには全て自発光式の透明スイッチが採用されている。文字が裏側から掘られているため、指で頻繁に押されても鍍金のように文字が剥げることがない。
     メーターパネルの表示にも碓氷氏ならではの人間工学的配慮がなされている。基本は三つの円形メーター。中央にタコメーターを配し、左に速度計、右には各種警告灯。注目すべきはリング状のタコメーターの内、最も見やすい位置に燃料計と水温計を配置していることだ。通常、中央にタコメーターを配する車は、その中にデジタル式の速度計を配置するが、碓氷氏は見落とされがちな燃料計と水温計を配置したのだ。勿論、これらはデジタル表示で、燃料計の場合、通常は青色だが、走行可能距離100km以下で黄色、50km以下で赤色に変わる。タコメーターを見るたびに必ず目に入る場所にあるため、見落とされる危険がない。
    「速度計はドライバーによって最も頻繁に『意識的に見られるもの』だから左側でも大丈夫と判断した」
     残った空き地に適当に配置されがちな警告灯も右側の一画を大きく占めており、点灯時に視認しやすくなっている。
     今時、珍しくこの車のハンドルには操作スイッチがない。オートクルーズコントロールもエアコンもナビもハンドルから手を放して操作しなくてはならないのだ。
     それどころかハンドルにはエアバッグすらない。これは一体全体どういうことなのか?
     エアバッグはAピラーに装備されているのだ。
    「シートの下から餅が膨らむように膨らむアイデアも考えたが、ロングスカートの女性だと無理があることが判り、断念した。実はこの方が胸や腹でも吸収するから、顔へのダメージが少ないのだけれども」
     そのため、この車はハンドルを市販品に自由に付け替えることができる。革の感触を嫌い、ウッドハンドルを好む碓氷氏ならではのアイデアである。だからハンドルにはいかなる操作ボタンも装備されていないのだ。
    「女性の指は繊細で、しかも掌の大きさも男性より小さいから、人によっては細いグリップを好む可能性がある。オプションとしてそうしたハンドルを用意する予定になっているんだ」
     センターコンソールに生えるシフトノブ。ジグザグゲートなどの複雑なものは意識的に避け、L字形のオーソドックスなものを採用。真っ直ぐ引けば終点はDレンジ。右に倒せばL。パドルシフトはスポーツモデルでも装備されない。女性ドライバーへの配慮を徹底しているのだ。無論、マニュアルもない。少なくとも今のところは。
     シートは撥水加工を施したモケットが基本で、上級モデルにはカーフレザー(子牛の革)が用意されている。
    助手席のシートバックを倒すためのノブが通常とは異なりセンター側にある点はユニークだが、何故なのだろう?まさか昔のプレリュードのような「デートカー」を意識したわけではあるまい(注、プレリュードの助手席は運転席からシートバックを倒せるようになっていた。助手席の彼女を男性の意思で寝かせるためだ♡)。この点を窺ったところ「ひとりで買い物をした際、反対側に回らなくてもシートを倒せれば、長物を載せるのに楽だ」と回答を得た。つまり「ハッチバック車ならではの装備」ということだ。
     ナビ周りやセンターコンソールに施される装飾パネルは、一般グレードは黒いプラスチック、上級モデルは本木目でスポーティモデルはシルバー。近年はカーボンパネルが人気だが用意されていない。
    「ボディにカーボンが使用されていないのに内装にカーボンを使用するのは顧客を騙すのと同じだ」
     内装にカーボンを使用することができるのはボディにカーボンを使用する車だけだという碓氷氏の主張は理に適っている。碓氷氏の口ぶりから、もしかしたら将来的にはボンネットやテールゲートをカーボンにして内装にカーボンパネルを使用(その時には当然、パドルシフトやマニュアルも採用されるだろう)するモデルが登場するかもしれない。



  •  私たちがテストに駆り出した車は真っ赤なボディの最上級モデル「RS(レーシング・スピリット)」。アクセントとしてバックミラーとテールゲートが白い。見た瞬間「かっこいい」と思ってしまった。だが、それはあくまでも自分の感想。ヨーロッパの人々がこのスタイルを「どう思うか」は正直、わからない。
     RSの室内。加飾パネルはシルバーだが、廉価モデルの黒の方が「似合っている」と思うのは私だけだろうか?パドルシフトは装備されていないので弥が上にも「Dレンジ」のみで走行することになる。Dレンジのみでスポーティーな走りを楽しめるかどうかが今回のテストの狙いだ。無論、Cピラーの補強材を無くしたボディの剛性もチェック項目だ。早速、いつもの浅間山山麓をグルリと走らせてみる。
     300馬力のパワーが急な山坂をモノともせずにボディを引っ張る。この程度の坂ではシフトダウンしない。勿論、意識してアクセルを思いっきり踏み込めば即座にシフトダウン、一気に加速を開始する。シフトチェンジのパターンはノーマルとスポーツの二種類で、手動で切り替えるスイッチはなく、それらはコンピュータがアクセルの踏み込み状況から自動判断する。「無駄なスイッチは無くし、操作手順を少なくする」という姿勢が貫かれている。
     タイトコーナーではフルタイム4WDが実によく粘り、スリップとは無縁。これは前後のトルク配分だけでなく左右のトルク配分も自動制御するためだ。ナビ画面に表示することで、その様子をつぶさに確認できる。上り坂の直線時のトルクは前が15・15の30で、後ろが35・35の70。ハンドルを右に切った場合、前が20・10で、後ろが47・23に変わる。下りになると今度は前が35・35の70で、後ろが15・15の30。これはハンドルの切れ角ではなく「重量がかかるタイヤにトルクを振り分けている」ことを意味する。試しに停車時にハンドルを目いっぱい回してみたところ、左右のトルク配分に変化は生じなかった。こうした制御は雨天時や雪道でも威力を発揮するものであり、脱輪時の脱出の際にも有効だ。 
     ということから当然、ひとつの疑問が浮かぶ。このソウル、ひょっとして「ラリー用のベース車」ではないのか?
     これについては、メーカーは「NO」と回答したのだが、ワークスとしてはともかく、プライベートチームが「ソウルで参戦」ということは十分にあり得る。性能的には「スバルWRX」に匹敵するだけに個人的には期待したいところだ。
     テールゲートに補強材を入れ、Cピラーの補強を排除したボディの剛性については申し分なしだ。捩じれ感は全く感じず、軋み音もない。エンジン音も高回転まで実に静かで、滑らかに回る。
     今ではあまり使われなくなったが、こいつはまさしく「ホットハッチ」である。



  •  ゴルフの強力なライバルとなり得るか?その答えは実際のところ販売されてみなければわからない。だが、個人的には「なり得る」と思う。性能的に同じで、スタイリングの個性では上回る。価格も割安だ。ただゴルフも進化しており、新型ではソウルとは正反対に先進技術満載の、日頃からスマホを使い慣れている人ならば操作しやすいだろう未来的なインテリアを採用している。果たしてユーザーがどちらを好むか?その答えは1年後にはわかるだろう。



  • 12月号

  •  カロッツェリア風信子といえば「スーパーカーデザインのエキスパート」というのが一般的な見方で、ミニバンやSUV、軽乗用車であっても「スポーティーなデザイン」といったイメージが付きまとうのだが、時にそうしたイメージとは全く異なる車も手掛ける。今回、紹介するのはそうした車の1台。ジャンルとしては「営業用のライトバン」である。



  •  「VANBOO(バンブー)」という、いかにも風信子的なダジャレのネーミングを持つ、このライトバン(オリジナルのスペルは勿論、BAMBOOだ)のデザイン上の特徴はまず、ボディ側面の造形を見ての通り「竹」である。
     本当ならば、真ん中を膨らませて、より本物の竹が持つ丸いイメージを出したかったのだろうが、全幅1695mmという制約から垂直の平面パネルとなってはいるが、それでも雰囲気は十分に出ている。リアのテールランプもよく見れば「竹の葉」をモチーフにしている。
     だが、私が真っ先に注目したのはドアの湾曲とデザイン上の統一感を出すために湾曲させたフロントボンネットだ。私はこれを見た瞬間、思わず笑ってしまった。というのも、どう見ても「お尻」にしか見えないからだ。フロントマスクの造形にしても明らかに「動物系」の顔である。
     リアゲートはクリフカットではなく垂直に立たされ、収納性を優先させているのは営業車ならでは。後方への突き出しを縮小する必要からヒンジ部はL字型に食い込んでいる。
     この車の特徴である竹のモチーフを用いたサイドスクリーン。実は単なる「デザイン上の遊び」ではない。サイドスクリーンが下まで降りた時にわざと「上端部が残る」ようにしてあるのだ。
    「車の運転を舐めている奴は人生そのものを舐めている。そういう奴は仕事でも舐めたことをするに決まっている。だから車を運転中に肘をドアの上につけない、ドアの外に出せないようにしたんだ」とは碓氷氏の弁。
     そしてよく見ると、リアクォーターガラスの下にもドアノブがある。
     そう。このVANBOO。全部で7つのドアを備えているのだ。一番後ろのドアは勿論、荷室と繋がっている。
    「車の横からでも荷室に搭載した荷物を取り出せるようにしたのさ」
     こうしたアイデアは過去に何度も発表されているが、それらはクォーターガラスのみがガルウイング状に上がるものだったり、リアゲートが無かったり、決して使い勝手に便利なものとは言えなかった。
     だが、これは違う。普通のリアゲートも備え、なおかつ左右にもドアがある。その場の状況に応じてリアゲートと使い分けができるのだ。たとえば牛乳配達で「数本の瓶を入れ替える」といった作業ならばリアゲートをいちいち開けるよりもずっと「楽である」ことは間違いない。
     唯一の難点はリアタイヤを収めるホイールアーチが少々邪魔であることだ。ホイールベースを短くすれば、もっと使い勝手は向上するだろう。
     ボディ寸法は4495mm×1695mm×1500mmでニッポン製の一般的なライトバンと同じサイズ。ライバルは当然プロシード。3枚目のドアによって使い勝手では確実に上回る。外観もオシャレであり「若者のお遊び車」にも使えそうだ。実際、展示モデルの荷室にはサーフボードが載せられている。竹の湾曲が海の波をイメージさせる。
     こうした目立つ部分を無視して外観を眺めてみると、この車は実に「古典的」なシルエットを持っている。Aピラーやフロントスクリーンが立ち、おまけにフロントホイールハウスとフロントドアの間のスペースが広い。25cmくらいある。かつてはスカイラインがそこに「GTバッジ」を装着するなどしていたものだが、最近は詰めるのが主流である。
     ではなぜ、このような造形を?その意図するところはインテリアを見れば一目瞭然だ。
     黒とグレーを基調とする、見た目にも営業車らしいインテリア。最上位モデルであってもダッシュボードの見てくれは、お世辞にも陳腐だ。しかしながら営業車としての機能は「至れり尽くせり」である。メーターパネルは実にオーソドックスなもので、左右に速度計、回転計、中央上に燃料系と温度計、そして下に警告灯。最近は凝ったメーターパネルが流行りだが実際、これだけあれば十分。自発光式でないのは単に安上がりに仕上げるだけでなく、日没後や日の出前の暗い時間帯にメーターが暗くなることでドライバーに「ヘッドライトの無灯火」を認識させるためでもある。
     営業車だから「地図検索」や「交通情報」用のカーナビ&オーディオは必需品だ。しかも操作はタッチパネル式ではなく、専用のスイッチを用意してある。タッチパネルは泥などで汚れた手や手袋をしている手だと反応しにくく、長い爪の女性にも操作しづらいという短所があるからだ。
     その下にハザードスイッチを挟んでエアコンの操作ボタン。その下には引き出し式の棚がある。昼食時には弁当や飲み物などを載せられる。素材はプラスチックで作りは「やわ」だが、シフトレバーがPの時にトレーの真下に入ることで「支え」となるため、実際にはかなりの重量物でも載せられる。ライバルのプロシードは2kgだが、これは5kgでも大丈夫だ。
     トレーの下には蓋つきの小物入れ。さらにその下に「ゴミ箱」が用意されている。コンビニでいろいろ購入すると何かとゴミが出るもので、それを一時的に入れておける大きなゴミ箱は必需品と思われるが、なぜか、ほとんどの車に装備されていないのが実情だ。これは路上へのポイ捨てを忌み嫌う碓氷氏ならではの発想である。
     注目すべき装備は助手席側のドリンクホルダーの下にあるテンキー。これは助手席正面にある大型収納ボックスの扉をロックするためのものだ。ここには営業マンが通常使用しているサイズの鞄を収納できる。開錠すると蓋が二つ折りになって上に跳ね上がる。通常ではグローブボックスがある下部は固定式。昼食時など車から離れる際には、ここに鞄を入れておけば安心だ。この大きなボックスを実現するために助手席のエアバッグはAピラーに内蔵されている。
    センターアームレストの下は小物入れ。そこにスマホ充電用のUSB端子がある。蓋の底には消火剤が充填され、中でスマホが発火した場合、炎で袋が破れて消火剤が落下するようになっている。
     天井には車載カメラとルームミラーとティッシュ収納ボックスが一体となったコンソールが装備されている。ティッシュ箱はさかさまにして収納する。実際、使用してみると非常に使いやすい。ピラピラが「気になる」という人は押し込むべし。
     運転席のシートは何とレカロだ。長時間の運転が想定される営業車ならではの装備だ。
     そのシートに実際に座ってみる。座り心地は多少硬いが、さすがレカロ。背中やお尻にかかる圧が実に適切で心地いい。
     ダッシュボードの奥行きが短い。計測してみたら軽トラック並みの20cmほどしかない。ミニバンなどはそれこそ奥行き60cmも当たり前になっているから、これは驚くべき短さだ。Aピラーとフロントスクリーンを立て、フロントホイールハウスとフロントドアの間を25cm設けた理由は、まさにこれを実現するためだ。
     ダッシュボードの奥行きの短い車が、どれほど安心して運転できることか。営業車には、これは絶対に必要な条件だ。営業車を運転するドライバーが「免許取りたての入社一年目の新人さん」といったことだってあるのだから。上から目線を否定「優れたアイデアは庶民目線でなければ見つけられない」というポリシーを持つ風信子はこうした点にも配慮を欠かさない。「プロのデザイナーの仕事」とはこういうものを言うのだ。最近のデザイナーの仕事は「見てくれの奇抜さ」のみを追求する三流レベルであることが多い。デザイナーといえば一般の人々から見れば「憧れの職業」であり、多くのデザイナーが今日「上から目線のタカビー」になっている。デザイナーは風信子の仕事から大いに学ぶべきである。
     グローブボックスがないので車検証は助手席側のドアポケットに入っている。運転席側には通常はメーカー純正の地図が入っており、メーカー車検であれば車検毎に最新刊に交換してくれるそうだ。また最近では珍しくなったドアグリップが備わる。碓氷氏によると、ドアグリップがあると「丸めた新聞」を挟んだり、何かと重宝するとのことだ。
     シフトをRに入れた際にナビ画面に映る後方の映像。普通はひとつのカメラによる映像だが、VANBOOはハの字に設置した二つのカメラ映像をデジタル技術によって一つに合成している。そのおかげで視野が広いだけでなくパノラマ写真のように画面の左右の歪みが非常に少ない。
     まだある。「車上荒らし防止機能」は、あらかじめ「営業車モード」に設定しておくと、鍵を持っている人間が近くにいない状態でドアが開かれた場合、車上荒らしと認識、警報ブザーがけたたましく鳴り響くという機能。これはエンジン停止、ドアロックが開錠状態でも機能する。荷物の配送や集金といった「短時間、車から離れる」といった場合に非常に有効な機能だ。
     エンジンは1,8リッター直列4気筒エンジンで出力は100馬力。それに35馬力の電気モーターが二基装備される。燃費はWLTCモードで29,0kmという営業車としては有難い数値が出ているが満載時には当然、落ちるだろう。それでも、ただのガソリン車よりは優れていることは疑う余地はない。日曜日にしか長距離走行をしない一般家庭の車よりも使用頻度の多い営業車こそハイブリッドであるべきで、これは理に適っている。
     レカロシートやハイブリッドなど「価格高騰の要因」があるにもかかわらず、VANBOOは直接のライバルであるプロシードと同価格である。これは「ダッシュボードの造りの安っぽさ」などに反動として表れているのだが、必要なところにお金をかける姿勢を高く評価したい。



  •  VANBOOは「ライトバンの常識を変える」かもしれない。今は5ドアが主流だが、今後は「7ドアが主流」となるのではあるまいか?ドアが3枚あるにもかかわらずBANBOOはデザイン的に何ら破綻をきたしていない。デザイン的な破綻がないのだから、例えば3列目シートを備えるミニバンにも応用できそうだ(但し、セカンドドアをスライドドアにはできない)。現在のミニバンは3列目シートへの乗降は実に不便極まりないものがある。



  • 新春1月号

  •  12月号に掲載したVANBOOのテスト走行写真の中に映り込んでいた謎のスーパーカーに関して多数の問い合わせが出版社にあった。今月はその回答をお送りする。 
     結論から先に言ってしまえば、その車こそが「エターナルの後継車」のプロトタイプである。メーカーでは既に次期エターナルの開発が着々と進められているのだ。エターナルのマイナーチェンジが行われてまだ日も浅いというのに、だ。
     これは世界的にノーカーボンが叫ばれ「2030年にはガソリン自動車は販売できなくなる国」が多数、登場することが予想されるため、メーカーとしては早期にエターナルの後継車を開発する必要があったからである。そして、そこから「電気自動車開発のノウハウを手に入れ、他の車へと応用していく」という意味合いもあるに違いない。
     ということで、エターナルの後継車は当然「電気自動車」である。
     気になるスペックだが、最高時速は400kmを超えるという。電気自動車の最高時速は既に500kmを超えており、これは左程、驚くような数値ではない。
     気になる名前だが、どうやら「エターナル」にはならないようだ。スタイリングが変わるのに「同じ名前ではおかしい」ということで、これは正しい判断といえる。そして現時点ではまだ正式名称ではないが、開発コードは「ホライズン」である。「永遠から地平の彼方へ」ということか?
     デザインは当然、風信子によるものである。完成度は正直、高い。このまますぐに市販化できるレベルにあるといっていい。
     実車を見ていくと実に多くの示唆に富んだ特徴がみられる。
     エターナルとは異なり、ドライバーの上部にフロントスクリーンはなくフードが覆う。「普通の車らしくなった」ということだ。ということは当然、タルガトップも開発されるに違いない。北米ではオープンが必須条件だからだ。
    フロントボンネット上にエアダクトがある。これはディフューザー。フロントバンパーから吸引した空気をここから排出する。リアバンパー下のディフューザーと合わせて、強力なダウンフォースを発生する。
     リアボンネットを開くと、オレンジ色に塗装されたV12気筒エンジンが鎮座しているように見える。が、これはダミー。プラスチック板をエンジン風にプレス加工したもので、お正月に飾る鏡餅を入れたプラスチック容器のようなもの。非常に軽い素材でできている。この蓋を開くとその下に4本の大きなバッテリーが鎮座している。一本の容量が50kWhだから合計で200kWh。航続距離は一回の充電で500kmという。
     そして、手前にはゴルフバッグが2個入るトランクスペースがある。中にはクリムゾン色のベルベットが敷き詰められ、非常にゴージャスなつくりだ。ミッドシップ・スーパーカーにリアトランクが果たして「本当に必要なのか」という議論はともかく、60年・70年代のスーパーカーは大概、リアにトランクを持っていた。無かったのはフェラーリBBくらいである。それがいつしかトランクレスが主流となったのであり、これは原点回帰といえる。エターナルのオーナーの最大の不満が「ゴルフ場へ行けないこと」だったというから、これは必須の改良条件だったのだろう。
     モーターは各タイヤに装着。したがって4WD。各450馬力を発生。総出力は1800馬力。最高時速400km越えを可能とする。
     ブレーキシステムが独特だ。「モーターブレーキ」と呼ばれるもので、直流モーターの特性を利用して、ブレーキを踏むとアクセルとは逆方向に電流が流れる仕組みだ。電流の向きが逆になれば当然、モーターは逆に回る。その特性をブレーキに利用するというアイデアである。ディスクパッドなどの消耗部品がないのがメリットだが、まだ実験段階。効きに関しては、いかなるディスクブレーキをも凌駕するという。但しデザインはいただけない。アルミホイールからの眺めは、まるで昔の「ドラムブレーキ」を思わせる。
     全体のスタイリングはエターナルのスマートさから一転、グラマラスである。ベルトラインはフロントとリアのフェンダーの2カ所でぐっと盛り上がる。しかも、そのラインは「女性的」である。筋肉質のマッチョな男性とは違う。敢えて言えば、ジャンパースカートを着たナイスボデーの女性のラインだ。
    このデザインについて「ある一通の手紙からこのデザインは生まれた」とは碓氷氏。どういうことなのか。
    「風信子のデザインする車はランボルギーニ的なものばかり。きっとフェラーリ的なデザインは苦手なんだろう」といった内容の差出人不明の手紙が届いたんだ。あったまに来てね。『やってやろうじゃないの』ということで今回、このデザインを仕上げたってわけ。で、まずは『フェラーリ的』とはどういうことなのかを検討した。結論すれば、それは『ピニンファリーナ的』ということ。それも1990年以降のものではなく、アルド・ブロヴァローネやレオナルド・フィオラバンティが活躍していた時代のピニンファリーナ」
     碓氷氏はそう発言したが、ホライズンはその時代のフェラーリには似ていない。キャビンフォワードを基本とするスタイリングは、やはりカウンタックに代表されるランボルギーニ的なものだ。しかもこの車のリアは尻下がりで丸みを帯び、凡そダックテール&コーダ・トロンカを基調とする当時のフェラーリとは似ても似つかない。それにリアランプも丸くない。
     にも拘わらず「フェラーリ的」な雰囲気があることも事実だ。フロントマスクはどことなく「デイトナ」を思わせ、フロントボンネットのエアダクトは「BB」、左右のインテークに施された鰓は「275GTB4」、そしてリアのエンジンカウルは「308・328」に通じる。リアボンネットの全体的に丸っこい造形もF40のリアスクリーン的といえなくもない。
    「そうした細かい部分よりも、真上から見た時に『四角い』ことが当時のフェラーリ的なんだ」
     横から見たホライズンはコークボトルだが、上から見たホライズンはコークボトルではない。サイドは真っ直ぐに伸びている。
    「これが60・70年代スーパーカーの造形さ。現代はコークボトルが当たり前。それとキャビンの横幅が小さいことも。この車は違う」
     最近のスーパーカーはレーシングカーのスタイリングをそっくり用いたものが大勢を占めるが、碓氷氏のデザインするスーパーカーは違う。
    「極限性能を追求するのであれば、最新のレーシングカーと同じスタイリングが最も適しているが、その結果、街中を走っている姿に『違和感を覚える車』では意味がない。しかも、そうしたレーシングカー的スーパーカーはメーカーが違うだけでどれも皆『同じスタイリング』になる。自分の眼にはV8フェラーリも、マクラーレンも、パガーニも、ケーニグセグも全て『同じ車』に見える。それと、せっかくだから、昨今流行りの『戦闘機のイメージ』についても言っておこう。初代NSX、ランボルギーニ・レヴェントン、8代目コルベットなど戦闘機のイメージを借りてきたことをメーカー自らが公言するスーパーカーは少なくないが、自分は大いに疑問だ。車に『軍国主義の衣』を被せることに何の意味があるというのだろう?自分には到底、理解しがたい。スーパーカーは『平和な道を走る車』だと思うがね」
     電気自動車にしてはエアダクトが多い。その理由はもともと、この車が「ピストンエンジンを搭載する」ことを前提に開発されていたことを示唆する。
    「元々、この車はピストンエンジン車として開発していた。その『名残り』だよ。1000馬力を超えるピストンエンジンを搭載する予定だったから、熱を逃がすために沢山の穴を開ける必要があった。フロントボンネットのエアダクトも、もともとはエンジンのパワーアップを想定してクーリング性能の向上からラジエーターをフロントに移動するためのものだった。結局、ラジエーターは装備されず、純粋にディフューザーとしての機能だけになったけれどもね」
     ピストンエンジンから電気モーターに変わったとはいっても、オーディオに詳しい人ならわかると思うが、出力の高い電気回路はやはり大量の熱を放出するため、これくらいのインテーク&ダクトが必要になる。大出力のパワーアンプには必ず熱を放出するためのヒートブロックがある。ホライズンの場合もクォーターウインドウ後ろのインテークの中にある。
     フロントボンネット下には充電用のガソリンエンジンがある。空冷2気筒、排気量800cc。電池だけだとバッテリーが上がってしまったら、アウトだ。やはりガソリンエンジンは搭載せざるを得ない。
     ドアミラーがない。後方確認は全てカメラによって行われる。左右と中央にある3つのカメラ画像はデジタル技術によって一つに合成(VANBOOに用いられた技術と同じものだ)され、本来であればルームミラーがある天井中央のワイドモニターに表示される。その画像は自分の顔やピラーなどの遮蔽物が一切映り込まない「死角なき画像」であり、まるで後ろを向いてリアスクリーンから直接、眺めているかのようだ。ニッポンでも左右のAピラーに小型のバックモニターを設置するタイプのものが採用されているが、こちらの方が格段に使いやすい。但し、市販化にあたっては法規上、やはりドアミラーは装備することになるだろう。空力的には「ない方が望ましい」のだが。
     こうした装備を始め、室内のデザインもエクステリア同様、既に完成の域にある。
     ダッシュボードの上にはメーターナセルがない。かつてのフィアット・ティーポのようにダッシュボードに穴を掘り、その中に全てのメーターを埋め込んでいるのだ。その結果、前方視界は良好だ。直射日光を浴びても見えにくくならない輝度の高い液晶パネルを採用しているがゆえに可能となった造形だ。
     室内にカーボンは見当たらない。ボンネットを開ければもちろんカーボンが見えるし、ドアのサッシ部分もしかり。しかし、ひとたび乗り込んでしまえば、そこはレザー&モケットの世界だ。エクステリアだけでなくインテリアでも今時のスーパーカーのような「レーシーさを廃したい」と考えた結果である。
     ランボルギーニはグラマラスなミウラからスタイリッシュなカウンタックへと進化したが、風信子はスタイリッシュなエターナルからグラマラスなホライズンへと進化した。どちらも「進化」である点が面白い。どちらかが「退化」というわけではないのだ。
     進化といえば、ボディの素材も進化している。エターナルは「カーボンシャシー&アルミパネル」だったが、ホライズンではシャシーとリアパネルがカーボンで、フロントパネルはアクリル。これは接触事故の際に歩行者を保護するため、フロントセクションにはバンパー同様、柔らかく変形する素材が求められたからである。スタイリングこそ60・70年代だが、中身は21世紀の車である。

     我々は今回、試乗の機会を得ることに成功した。
     停止状態でアクセルを吹かす。エンジン音が全くしないのは電気自動車ならではだ。
     次にオーディオの「E N(ENGINE NOISEの略)」と書かれたボタンを押す。するとエンジン音が聞こえ始めてきた。この音は人工的に作り出されたエンジン音で室内のスピーカーから出ている。BMW初の電気スーパーカー「BMWi8」と同じ仕組みだ。勿論、車速やアクセル開度に連動して音はリアルに変化する。
     この話をすると碓氷氏は少々、気を悪くする。というのも、このアイデアは碓氷氏が高校生の頃(即ち1980年代半ば)には既に考え出していたものだからだ。
    「当時、中学時代の同級生とふたりで、このアイデアについて意見し合ったものだ。というのも当時は結構、暴走族がいて、爆音を響かせて走っていたから『マフラーを改造せず、カーオーディオのスピーカーから排気音を出すようにして、周りに迷惑をかけずに自分だけ楽しんで走ればいいじゃないか!』と憤慨していたんだ」
     当時、学生であったがゆえに実現できなかった「自分のアイデア」というわけだ。
     電気モーターだから低速トルクが凄まじい。ピストンエンジンでは絶対にありえない加速が低速から始まる。体験したことはないが、おそらく「艦載機のカタパルト発進」のようなものではないだろうか。電気自動車は「つまらない」というが、これだけパワフルだと、そうとも言えない。スピードメーターの数字があっという間に300kmに達した。実際、0km~300km加速をこいつは僅か12秒でこなすのだ。
     そして実際、時速400kmを突破して見せた。しかも旧態依然とした60・70年代スタイルの車なのに安定感は抜群。強力なダウンフォースを生み出す最新のエアロダイナミクスが効いているのだ。これは「レーシングカーに似せなくても、ダウンフォースを稼ぐことができるだけのデータがある」ということなのだろう。であるならば、むしろ、このスタイリングの方が「クール」というものだ。レーシングカーのスタイリングを持っていないのに性能はレーシングカー並みなのだから。室内の音も静かだ。隣同士での会話に苦労することはない。オーディオサウンドも楽しめる。タイヤが発するロードノイズが一番大きく、その次に風切り音。モーター音はそれらに掻き消されている。
     そして直線道に入ったところで、時速400kmから例の「エレクトリックブレーキ」とやらを体験してみた。急ブレーキを踏み込む。その効き具合といったら、まさに後ろから大きな手で掴まれたかのように強力無比。そして驚くべきことは、全くブレーキ音がしないのだ。普通であれば「キキーッ!」という高周波音が耳を劈くのに、全くの無音。モーターの回転が遅くなる時の「ギューン」という音しかしない。タイヤがロックしないのも特筆すべき点だ。速度が0kmになった時点でフットブレーキは切れ、パーキングブレーキが作動。勿論、そこからアクセルを踏み込めばパーキングブレーキは解除される。
    これは正直「使える」と思った。唯一の気がかりは「役所の認可」だ。電源が落ちれば、この強力無比なブレーキは作動しないわけで、やはりディスクブレーキも装備しないわけにはいかないだろう。
     
     気になる「ホライズンの発売」はいつになるのだろう?それは同時に「エターナルが生産終了を迎える時」でもある。碓氷氏は明言を避けたが、2030年を迎える前に、その日は確実にやって来るのだ。そしてその時には、ホライズンは今以上に、さらに洗練されているだろう。勿論、今のままでも十分に魅力的なのだが。



  • 2月号

  •  移動販売を目的とする商用車。古くは「シトロエンH」。その後もフランスでは、こうした車が次々と生み出されてきた。今日、その代表的な車といえば、その筆頭はやはりルノー・カングー。ニッポンで外車と言えばドイツ車が人気だが、これは数少ないニッポンでも人気の高いフランス車だ。風信子は大胆にもそこへ食い込むための車を設計した。その名は「ギャバン」スペルは「GAVAN」だ。VANは判る。だが「GA」とはどういう意味なのだろう?風信子からの正式なコメントはない。そこで、自動車評論家の間では、いろいろな推測が既に始まっている。いくつかを挙げると「GAIN(収益)」「GAME(遊び)」「GADGETRY(実用新案)」「GALA(祝日)」「GET ALONG(仲良く暮らす)」などなど。中には「GANG BANG(乱交パーティー)」なんてものまである。「発音が似ている(ギャンバン)」からだそうだが、ここまで来ると「KISSはKIDS SATURN SERVICEの略だ!」と言い張るようなものだ。我々が直接、碓氷氏に訊いたところ「意味はない。あくまでもVANの方が重要で、ギャバンというネーミングを単に気にいっただけだ」ということだ。
     この車の寸法は次の通り。全長4400mm、全幅1650mm、全高1880mm。これは全長でカングーより120mm長く、全幅で180mm狭く、全高で70mm高い。ベルランゴの場合、全長はほぼ同じ、全幅で190mm狭く、全高で40mm高い。明らかに異なるのは「全幅の狭さ」だ。全幅が狭いという特徴は、やはり風信子がギャバンに「独自性を持たせることに拘った結果」と言えるだろう。リアの総容積は同じながらギャバンは、より幅の狭い路地を自在に走ることができるのだ。
     ここでニッポンの代表的なミニバンのデータを見てみよう。

      ステップワゴン 全長4690mm 全幅1695mm 全高1840mm
      セレナ     全長4685mm 全幅1695mm 全高1865mm
      ヴォクシー   全長4695mm 全幅1695mm 全高1825mm
      NV200   全長4400mm 全幅1695mm 全高1850mm

     このデータを見ていくと「トヨタの戦略」みたいなものが見えてきて面白いのだが、それは今回のテーマではないので置くことにして、この中でギャバンに最も近いのがNV200(日産・バネット)であることはすぐにわかる。そしてNV200はミニバンではなく商用バンである。つまりギャバンの直接のライバルはNV200なのである。当然だ。ギャバンは2列シートの車なのだから。
     といっても、全幅はギャバンの方が狭い。この点について碓氷氏は「この車は全長3700mmの小型ハイトワゴンのリアを伸ばしたものだから」と答えてくれた。つまりミニバン派生ではなくスズキ・ソリオやダイハツ・トールといった小型車のリアを伸ばした車なのだ。だから幅が狭いのである。そして当然ながら着座位置もそれらの車と同じくらい低い。これは乗降を頻繁に繰り返す商用車にとって非常に価値のある特性である。運転席はVANBOO同様、レカロが奢られている。
     屋根を見るとキャンバストップになっている。だが、この車は屋根を開けて走ることはできない。このキャンバストップ、実はオートフリートップなのだ。横に45度の角度で立ち上がり、縦2400mm、横1100mm、高さ950mmの三角テントになるのだ。大きさ的には「ふたりが寝る」には十分な広さだ。キャンバストップ以外の面を構成する生地は透湿防水素材となっており、雨でも使用可能である。その結果、この車はリアシートを倒し、荷室をフラットにすれば最大4名が普通に寝ることができる。キャンプ用の荷物はフロントシートの上や前に置けばいいわけだ。
    「金属の屋根だと、どうしても頭が重たくなるからキャンバストップにしたんだ」とは碓氷氏。縦ではなく横に開くのも三角テントと同じ形状にしたかったから。かつてマツダが販売していたボンゴ・フレンディのオートフリートップとコンセプトは同じだが、中身はかなり違う。ともあれ、この機能のおかげで、この車は商用車としてだけでなくキャンピングカーとしても使うことが可能である。商用車ゆえに保冷庫用の電源ソケットなどもあるので、キャンプに使うには実に都合のいい車である。
     というよりも風信子は、この車を商用ユースよりもむしろファミリーユースに設定している。そうすることでVANBOOとの競合を巧みに避けているのだ。
     フロントマスクはまるでロボットの顔のようだ。左右の丸いヘッドライトは十字に切られ、外側は上がウインカーで下が車幅灯。内側はハイ&ロービーム。昨今流行りの大きな厳めしいフロントグリルがない辺りは、流行など無視する風信子らしい部分だ。「トレンドセッターはトレンドに流されない」のだ。
     外観上の特徴としては、他にも前後左右の全てに同じフューズのようなモチーフがあしらわれていることが挙げられる。フロントのみエアインテークとフォグランプで、他はラバーバンパーと反射板である。路上駐車も少なくないだろう商用車だから「反射板によって視認性を高めた」とのこと。トラックの荷台部分にランプが設置されているようなものだ。
     前後左右の全てに同じモチーフを用いるデザインといえば、言うまでもなくエンリコ・フミアのお家芸だ。フェラーリF90(イラストのみ)、Xタイル、チェリーS16、ランチャJ(ここまでは試作車)、ランチャ・イプシロン(量産)など数々の車でいろいろな形のモチーフを試みている。
    「フミアというと『元ピニンファリーナのデザイナー』というイメージが強いが、彼を発掘したのはヌッチオ・ベルトーネ。つまり、彼もまたスカリオーネ、ジュジャーロ、ガンディーニと並ぶ『ベルトーネ一族の人間』なんだ」
     ちなみに反射板というアイデアは碓氷氏独自のものだ。
    「単なるパクリでは教科書や辞書に書かれていることを丸暗記して自慢しているだけのインテリ芸能人と同じになってしまう。独自の発明や発見を成すのが学者であるように、デザイナーもまた独自のアイデアを生み出してこそ『価値ある仕事をした』と言えるんだ」
     だが、この車の独自性はこうしたエクステリアよりも、むしろインテリアの方にある。
     この車のドアは左右にそれぞれ3枚。そしてリアゲートは観音開きの2枚。つまり合計で何と8枚ものドアがある(だから当然、センタードアはスライドドアではない)。そして一番後ろのサイドドアとリアゲートにはフックを掛けられるように穴が開けられている。そしてその穴を利用して棚を設けることで、まるで冷蔵庫の扉のようになるのだ。勿論、棚は大きさや深さの異なるものが複数用意されており、牛乳瓶用もあれば植木鉢用もあるといった具合だ。更に後部座席を畳んでその上に専用の保冷庫とパーテーションを積むことでフロントシートと後部の荷室を完全に分離、荷室を簡易的な保冷室にすることも可能だ。4枚のドアを開いた時、そこはまさに売り物を販売する「商店」となる。
     エンジンは1500ccのハイブリッドとオール電気の二種類が用意されている。先進性を感じるのはやはり後者だ。後者の場合、ボンネットを開くと、直列4気筒エンジンが横に置かれているように見えるが、これはホライズン同様、プラスチック製のダミーカバー。カバーを開くと下に電池がある。実用車だから、どちらも4WDである。前者は前がエンジン、リアがモーターで、後者は4輪モーターである。
     気になる販売価格は先程、説明に挙げたソリオ&トールとほぼ同額であるから、これはやはり「割安」と言えるだろう。
     そしてお隣・韓国では、この車は何と婦人警官が街中を巡回するための「パトロールカー」として使用されることが決まったという。電気自動車だから夜間でも音が静か、そして何より車幅が適切で、狭い住宅街の路地でも取り回しがよいことが採用の決め手となったとのことで「真面目に行われた仕事は意外な方面からも高く評価される」という好例である。

     次回3月号では、ポルシェ・パナメーラ、フェラーリ・GTC4ルッソ、ランボルギーニ・ウルスのライバルとなる4シーター2ドアスーパーカーについてお送りします。



  • 3月号

  •  「4シータースーパーカー」というジャンルに該当する車は現在、フェラーリGTC4ルッソ、ポルシェ・タイカン&パナメーラ、ランボルギーニ・ウルスくらいしか思い当たらない。これはスーパーカーを開発するメーカーから見た場合「美味しい市場」と言える。今後、このカテゴリーの車が「増える」ことは疑いようがなく、先に手を付けることで「優位に立つ」ことができるからだ。
     風信子もそう思ったのだろう。一台の4シータースーパーカーを披露した。
     FINBACK(フィンバック)。意味は「ナガスクジラ」。名前の理由は車を見れば明白だ。

      全長      4939mm
      全幅      1818mm
      全高      1342mm
      ホイールベース 2900mm

     このデータから、かなり細身で長い車だとわかる。その姿からナガスクジラと命名されたことは間違いない。ちなみに全幅が1818mmというのは70年代スーパーカーのデータである。これは全面投影面積を少なくすることで空力特性を上げるためである。というのも全高が1300mmを超えるからだ。ちなみに先に挙げたライバル車は全て全幅1900mmを超える。
     フィンバックは2ドアである。先に挙げたスーパーカーでは唯一、ルッソがそれに該当する。そして先に挙げた3台は全てフロントエンジンであり、フィンバックのみがミッドシップカーのスタイリングだ。某ニッポンの自動車メーカーが、ジャガーXJにクリソツのクラウンやBMW6シリーズにクリソツのLSといったライバル車の物真似デザインで「市場を奪おう」とするのとは異なり、風信子は全く異なるデザインで勝負に打って出た。そこには「安易にライバルの真似事はしない」という風信子のプライドが感じられる。GAVANにしてもカングーやベルランゴとは明らかにデザインの異なる車であった。
     フィンバックの2ドアは斜め上方にあがるインセクトドアである。これはリアへの乗降性を考慮した結果である。リアの乗降を考えた場合、ドアは大きくするのが望ましい。だがドアを大きくすれば横への飛び出しが増える。それを解消するための理想はドアを上にあげることだが、この車はエターナル同様、サイドスクリーンの傾斜が浅いため、シザーズドアは使えない。その結果、斜め上方にあがるインセクトドアが採用されたのである。その結果、大きなドアを持ちながら横への飛び出しが少ないドアの開閉が可能となっている。
     なら、4ドアにすれば?というのは愚の骨頂だ。タイカン、パナメーラ、ウルスは4ドアだが、彼らがスーパーカーなのは、あくまでも走行性能だけで、スタイリングはお世辞にもスーパーカーではない。風信子はスーパーカースタイリングに拘ったのだ。実際、ルッソ、タイカン、パナメーラ、ウルスと比べて、フィンバックのスタイリングは群を抜いてスーパーカー的であり、それこそがバレノテッラの優位性なのだ。
     エターナルをイメージさせるフロントスクリーンの目的はリアの閉塞感をすくなくするためである。実際、リアシートに座ってもかなり明るく、広々とした開放感がある。
     全幅1818mmといっても、室内の横幅は全幅2000mmクラスの車と変わらない。フェンダーの張り出しがなく、ボディラインが一直線だからだ。そして、この全幅の狭さが全長4900mmを超えるこの車の運転のし易さに大きく寄与している。
     とはいえ、ホイールベース2900mmというデータからわかる通り、この車はタイトコーナーを華麗に駆け抜ける類いの車ではない。高速道路を一定速度で快適クルージングする、悪い言い方をすれば「直線番長」的な使い方を強いる類いの車だ。ホライズンとは「異なる性格を与えよう」ということなのだろう。スタイリング的には、こちらの方がむしろ「エターナルの後継車」と呼ぶにふさわしい。
    「元々、この車が『エターナルの後継車』だったのだが、メーカーから『エターナルからの飛躍が少ない』ということで没になったんだ。その後、4シーターを開発する話が持ち上がり、全幅を150mm少なく、逆に全長と全高を200mmほど増やしたんだ(碓氷氏)」
     その頃の4面図を掲載する。そこには全長4700mmという記述が見える。
     リアのアルマジロは電源を入れると同時に水平になり後方視界を確保。更に速度が200kmを超えると徐々に角度が上がる。すなわちスポイラーだ。アルマジロの奥にはガラス製のリアスクリーンがある。ヘッドライト周りはデザインこそ四角形だが、配列はGAVANと同じだ。フロントボンネット上にあるエアダクトはディヒューザーである。
     定員2名のリアシートの座り心地はなかなかだ。形状はフロントシート同じで、+2ではない。碓氷氏によれば、直接のライバル車ではなく「ランボルギーニ・エスパーダ」を研究したのだという。
    「エスパーダはよくできている。実に完成度の高い車で、恐らくルッソ(その前作であるFFも含めて)も参考にしているはずだ」
     かつてフェラーリはウラッコを参考に308GT4を開発しているから、この言葉には説得力がある。
    「電気自動車にすると決まった時点でミッドシップカースタイリングでのフル4シーターが可能になった」
     この言葉の通り、フィンバックは電気自動車である。仕組みはホライズンに準拠。リアトランクはゴルフバック4個を飲み込む。そして最高時速はリミッターによって350kmに抑えてある。全長4900mmを超えるとはいえ、仮にリアにV8エンジンを載せた場合、やはり2+2にせざるを得ないだろう。この車のスタイリングは電気時代ならではのものだ。
     実際に走らせてみる。驚いたのはスーパーカーとは思えないサスペンションの柔らかさだ。勿論、超高速域になれば電子サスによってサスペンションは締まるわけだが、時速100km走行におけるサスペンションの柔らかさは、まるで高級リムジンのようだ。
    「リアシートのすぐ後ろにリアタイヤがあるから、硬くしてしまうとリアに乗車している人の乗り心地が極端に悪化してしまうんだ。この車のサスペンションはフロントではなくリアの乗り心地を最優先してあるんだ」
     リア最優先。今までこんなスーパーカーは実在しなかったに違いない。リアシートがあっても優先順位はあくまでも「フロントの乗り心地」であった。そういう意味で、このフィンバックは「スーパーカーの画期」である。
     フィンバックは2ドアだから当然、スポーツカーである。しかし乗り心地は、あくまでもリアが最優先。こうしたコンセプトは今後、他のメーカーへも波及するのだろうか?



  • 4月号

  •  街乗り電動シティコミューターの理想形を求めて、風信子が開発した「MACHIKO」。
     全長3250mm、全幅1300mm、全高1625mm。全長と全高は現代の軽乗用車に酷似しつつ、全幅のみ1952年に「国民車構想」として決められた軽自動車規格に準拠する。したがって外見は実にスリムで、ぱっと見、ボディの大柄なミニバンに見える。全幅の狭さが逆に「安っぽさ」を払拭しているのだ。まさに「碓氷マジック」である。
     横幅が狭いとはいえ、初期軽自動車規格であるから当然、4人の大人が乗れるスペースが室内には確保されている。全長3250mmは現代の軽自動車規格と比べて僅か150mm短いだけであるから、後席の足元は広々としている。
     シティコミューターと言うと、全長3mを切るものを想定してしまうところだが、風信子は3mを超えるものを開発した。勿論、そこには明確な理由がある。それは派生モデルとして商用車が用意されているためだ。荷室を実用性のある広さのものにするため3mを切りたくなかったのだ。
     その商用モデルは3人乗りである。1座席しかない前席は中央に置かれ、ホイールハウスによる足元の干渉がないので、4人乗りモデルよりも座席位置を前方に移動。荷室の容量を大幅に拡大している。まさにコロナウイルスの影響でデリバリーが増えている時代に対応した商用車なのだ。実に風信子らしい独創性に溢れた部分だ。
     その一方でフロントフェイスは風信子らしくない部分である。フロントグリルが大きく、厳めしいイメージは明らかに時流に合わせたものだ。伺ったところ「メーカーからの要望だった」とのこと。今の時代、易しいマスクの車が売れないことは「フィットの苦戦・アルファードのバカ売れ現象」が証明する通りだ。事実、我が家の周りも「アルファードだらけ」。1980年代の「マークⅡ三兄弟ブーム」と全く同じ現象に「ニッポン人は変わらないな」と呆れる次第。
     それはさておき、MACHIKOはシティコミューターとはいえ、実に豪華な車だ。スライドドアは電動式で、一見ドアノブに見えるそれはタッチ式のボタンである。
     安全装備もぬかりなく、カメラは2眼。元より高速道路をかっとぶ類いの車ではないので、センサーは低速時の反応の速さに特化した設計になっている。後方にもカメラがあり、法規制に合わせてドライブレコーダーが標準装備になっている。
     そして風信子は世界初の安全装備をこのシティコミューターに用意した。それは「音声認識誤発進防止装置」と呼ばれるもので、ギアをDに入れた際に「前、前進、フロント」、Rに入れた場合には「後ろ、後退、リア、バック」と正しいキーワードを叫ばないとモーターに電気が流れないシステムだ。例えばDの時に「後ろ」、Rの時に「前」と叫んだ場合には「キーワードが不正確」ということで、いくらアクセルを踏んでも車は全く動かない。いうまでもなくこれは昨今流行りの「誤発進」を防止するための装備である。「なにもここまで」という気もしないでもないが、高齢化が急速に進み、誤発進が社会問題化している現代にあっては、こうした装備が必要ということなのだろう。また、カロッツェリアとしては「新しいアイデアを提案する必要があった」ということかもしれない。
     電池は床下にある固定式のものと後部座席下にある交換式の二種類。交換できる電池を装備しているのは電源が切れた際にフル充電の電池と交換、直ちに走行できるようにするための工夫だ。交換式電池はリアシートを上げてスマホの電池パックのように交換できるが、大きさはスマホのものよりも遥かに大きく(当たり前だ)それなりに重いので、交換作業は女性には難しいかもしれない。充電用のコンセントはフロントノーズにではなくフロントタイヤの上部左右にあり、左右どちらからでも可能になっているのは細かい配慮だ。
     モーターは全てのモデルで前と後ろにあり、要するにすべての車種が4WDだ。2WDと4WDふたつのシャシーを開発するよりも採算性がいいということなのだろう。



  •  今回、借り出したモデルは最上級仕様のミミ。上が白で、下がソリッドピンク。
     乗り込むと、印象としては当然ながら「幅の狭い軽自動車」だ。質感は現代の軽自動車の水準に達するもので、チープさは見受けられない。ダッシュの上段に置かれるナビモニターが大きく感じられる。色はいろいろと用意されているのだろうが、今回のものは上がクリーム、下がタンで床は肌色。
     走り出しは静かだ。フューンというモーター音以外は聞こえてこない。意図的に荒れた道を選んで走る。すぐに感じることは「ボディの堅牢さ」だ。ボディが軋む感じは皆無。これはボディそのものが小型であることによるものだ。そう。車は本来、小型である方が好ましいのだ。どんなに内装がゴージャスでも大型上級ミニバンの「ボディが悲鳴を上げている感覚」はお世辞にも気分のいいものではない。しかも、それを誤魔化すために足回りを軟らかめにセッティングしているところなどは猶更である。
     左右に揺すってみる。幅が狭く、全高が1600mmを超える車である。さぞや左右に傾く感じが大きかろうと思いきや、実に安定している。床下に電池を搭載しているからだろう。かなり激しくハンドルを切り返したが、転倒の恐怖を感じることはなかった。小型で頑丈な車ゆえに足回りを硬めにすることができ、それが功を奏しているに違いない。無論、高速道路で高速走行中に強い横風を受けるような場面ではひやりとするかもしれないが、この車はシティコミューターである。高速道路を走るのはなるべく控え、どうしても走る時には一番左を法定速度で走るべきである。
     そして当然、この車が本領を発揮するであろう、狭い路地の多い都心の下町の中を走行してみた。
     横幅1300mmは、やはり軽自動車以上の機動力を持つ。この車ならば、バックで下がる以外にない突き当りのある路地でも、どんどんと入っていく勇気が持てる。今回は用意されなかったが、ぜひとも3人用の商用モデルを試してみたい。運転席が中央にあり、おまけに前方にせり出していることから察して、より細道で「運転しやすい」に違いないのだ。乗用モデルではダッシュボードの奥行きが結構あり、鼻先を掴むのに多少の慣れが必要(フロントクォーターウインドウを配する最近の車はどれもそうだ)なのだが、商用モデルならばそうした問題もないであろう。



  •  翌日、3座モデルを借りることができた。
     ボディは同色、バンパーも無塗装ではないので、ミラー形状などの違いはあるものの、ぱっと見、外見上は同じだ。
     内装は当然、安っぽくなっている。鉄板剥き出しの部分が無数にある。だが、ボディと同色に塗られており、これはこれで「クーペ・フィアット」のようでお洒落。個人的にはこちらの方が好みだったりもする。
    フロントのダッシュパネルは4座モデルとは全く意匠が異なる。右手に速度計などを収めるフェイシアとエアコンの操作スイッチ。左手にナビモニターとオーディオの操作スイッチ。正面には何もなく、レバーが折れ、昆虫の触角のように上に延びる二つのレバーは、左がウインカー・ライト・ワイパーを操作する複合スイッチ、右はギアシフト。左にウインカーというのはニッポン人には慣れが必要だが、これが世界の標準である。
    個人的な意見だが、やはりフェイシアは正面に、現在のフェイシアはグローブボックスにしてもらえると有難い?
     後ろの荷室は広大だ。およそシティコミューターとは思えない広さがある。これは全長がほぼ軽自動車と同じで、運転席が前進していることが効いている。荷室長は実に1800mmに達する。これは床下にエンジンを搭載する国産軽バンに匹敵するもので、商用車として充分に「使える」ことを意味する。
     実際に走らせてみる。狭い路地での取り回しは予想通り、軽自動車よりも断然、優れている。「軽自動車よりも200mm狭い横幅」は短所どころか立派な長所だ。



  •  シティコミューターと言うと「ワングレード」というケースが多い中、風信子は最上級仕様のミミ、廉価仕様のマリーン、そして商用モデルのコムと3種類を用意する。シティコミューターが普及しているフランスなどへの輸出がメイン。触覚レバーというのも、なるほど確かにフランスで好まれそうなアイデアだ(確かDSがそうだった)。だが、ニッポンではどうだろう?ニッポン人は保守的だから、変わったアイデアを好まない。それにニッポンでは一般家庭が利用する実用車は軽自動車がメインであり、シティコミューターは「売れない車」である。過去、国産メーカーが開発したシティコミューターは、ほとんど売れていない。
     果たしてMACHIKOはどうなるであろう?今まで売れなかったシティコミューターは全長を短くする手法を用い、全て2人乗りだった。それに対し、MACHIKOは横幅を狭めた4人乗りである。ちなみに風信子ではMACHIKOを「21世紀の2CV」と位置付けている。



  • 5月号

  •  車のEV化は進み、遂にタフな性能が要求されるオフローダーまでもがEV化した。技術進歩によって、もはや砂利道や川の中を走る車であってもEVで「大丈夫」ということなのだろう。
     そんなEVオフローダーが韓国の自動車メーカーから発表された。

     CARPET
     
     そのまま訳せば「絨毯」になってしまうが、これはCARとPETを分解して読まないと正確な意味にならない。つまりは「ペット車」という意味である。
     名前の由来はフロントフェイスを見れば一目瞭然!犬とも猫ともつかない顔がそこに表現されている。髭の穴がエアインテークとなっている。このフロントフェイス、実際には強化プラスチック製なのだが、塗装によって鉄板のように見える。その結果、過酷な使用条件に耐えるハードさを見事に演出。かつてニッポンの自動車会社が製造していた「パイクカー」になりそうなところを巧みに躱している。
     大きさは全長3400mm、全幅1475mm、全高1710mm。これは完璧にニッポンの軽自動車規格だ。唯一違うのはモーターの発生する最高出力がニッポンの軽自動車の自主規制値である64馬力を大きく上回る85馬力に達することだ。これは勿論、意識的なものだ。外国メーカーがニッポンの自主規制値を守る理由はない。そこで大幅な馬力を与えることで、ニッポンの軽自動車よりも付加価値を高める作戦なのだ。
     また、この馬力は同じモーターが普通自動車サイズの「CARPETワイド」にも採用されるためである。CARPETワイドの寸法は全長3755mm、全幅1695mm、全高1630mmである。
     まずは軽自動車規格のCARPETを見ていくと、直接のライバルがスズキ・ジムニーであることは明白だ。ジムニーの寸法は全長3395mm、全幅1475mm、全高1725mmであり、ほとんど変わらない。そして、ジムニーより後に出ただけあって、当然ながら使い勝手はCARPETに分がある。
     例えば、リアクォーターウインドウ。ジムニーは嵌め殺しだが、CARPETは下半分ではあるが下がる。これは後ろに乗る人の閉塞感を軽減、快適性を大いに向上させる装備だ。
     室内長もジムニーよりCARPETの方が長い。ジムニーが縦置きガソリンエンジンを搭載するため、どうしても全長を喰われてしまうのに対し、CARPETがEVであること、さらにCARPETは後ろに交換用のタイヤを装備しないことが効いている。実際、後部座席に座れば、足まわりの広さはCARPETの圧勝だ。室内の広さに関する限りライバルはむしろハスラーである。ドアが3ドアなのは単純に装着されるタイヤがジムニー並みに大きなものだからに過ぎない。
     ボディを支えるラダーフレームの素材もジムニーはボディと同じスチールだが、CARPETは何とカーボンファイバー。それによって無塗装であっても錆びない。これはオフローダーにとっては非常にありがたい特徴といえる。それでいて販売価格がジムニーと変わらないのは、韓国の方が圧倒的に「物価が安い」からで、ニッポンのA元総理大臣が「国の借金を減らす目的」から強引に実施した毎年2%の物価上昇の「ツケ」が来ているのだ。
     2000年におけるGDPの世界シェア(世界に与える経済的影響力を表す指標)はニッポンが「14%」、その他のアジアが「7%」だった。それが2020年にはニッポンが「5,7%」、その他のアジアは「25%」と一気に逆転してしまった。2030年にはニッポンのGDPは「4%台にまで落ちる」ことが予測されている。つまりニッポンの国際的な影響力は着実に落ちているのだ。こうした現実をニッポン国民が知らず、今でもニッポンは「アジア有数の経済大国だ」と浮かれていることが恐ろしい。事実、有機ELパネルなどは韓国企業の圧勝であり、ニッポンの電機メーカーは軒並み「撤退」を余儀なくされている。昨今流行りの「強度データ偽装」「燃費データ改竄」などの品質の偽装・改竄にしても、もはや「品質の高い製品を作り出せなくなってきている」ことを証明しているのだろう。ニッポン政府はさすがにニッポンが世界に与える経済的影響力が年々低下していることを知っていて「経済力はもうだめだ。これからは武力による威圧だ」というわけで、せっせと自衛隊を増強しているわけだ。まったくう。
     国際問題はさておき、ワイドである。全長4000mmを切る小型車なのに、ぱっと見、まるでハマーのような印象を与える。これは「縦・横・高さの比率」が絶妙だからである。
     よく見ると、髭の穴の数がCARPETとは異なる。横幅が広いため、それに合わせてフロントフェイスを微妙に変えているのだ。同じイメージではあっても、実のところCARPETとCARPETワイドの外壁パネルの間に共通する部品はひとつもない。それぞれ完璧に寸法が調整されているのである。これは当然、カネのかかる仕事で「絶対に売れる」という確信がなければ到底できることではない。
     屋根は一見するとガラスルーフのようだが、これは太陽電池パネルだ。勿論、昼間の充電のためであるが、かつてのマツダ・センティアのように夏場に換気扇を回すことで室内温度を下げることもできる。
     この2台の車をデザインしたのは、言わずもがな「風信子」だ。韓国メーカーは風信子の仕事に絶対の信頼を置いていることがわかる。

     室内を見る。そこにもカーボンが奢られている。ラダーフレームがカーボンなのだから、これは正しい選択である。無論、高級感においてジムニーを上回る。そして、ジムニーのフェイシアがコンサバティブな丸型メーターを採用するのに対し、CARPETは液晶パネルである。マイナーチェンジ後のエターナルが液晶パネルであることを思えば、これは当然の選択といえよう。メーカーは液晶パネルに絶対の自信を持っているのである。
     そしてフェイシアの液晶パネルの表示が素晴らしい。まるで旅客機の操縦席のように中央に傾斜計を設置。その四隅に左上から時計回りにバッテリー温度計、バッテリー容量計、速度計、出力計が配置されているのだ。やはりオフローダーに傾斜計は必需品である。単なる「気分を盛り上げるための小道具」に過ぎないかも知れないが、それが遊び心というものだ。フェイシアの横にあるナビ画面の操作性も見事だ。独立した大型のプッシュボタンによって、グローブをはめた指でも確実に操作することができる。ジムニーの場合、エアコンダイヤルにはそうした工夫があるのだが、ナビは他の軽自動車と共通のものを装着しているため、こうはいかないのだ。

     走りだが、そこはEV。実に静かだ。そして電気モーター特有の低速から働く分厚いトルクで実にパワフルかつスムーズな加速を見せる。モーターは勿論、4輪に備わる。
     上りの時にはアクセルを離してもブレーキがかからず、下りの時にのみアクセルを離すと自動的にブレーキがかかるのは「傾斜センサー」の働きによるものだ。その結果、ヒルディセントコントロールスイッチを外すことが可能となった。つまり、わざわざスイッチを押さなくてもドライバーは自動的にアクセル操作だけで下りの速度を自在に制御できるのだ。スリップを検知するセンサーも装備されているので、雪道からの発進も普通にアクセルを踏むだけでいい。必要な時に正しく作動するのであれば、スイッチを沢山並べるよりも、この方がずっと「親切」である。

     そしてオフローダーであるから、やはりオフロードでの走行テストを試みた。結果は実に満足できるものだった。水深40cmの川中へ突っ込む。普通乗用車であれば排気管が水に漬かり、確実にエンジンストールする深さだ。
     かなりの水飛沫が上がる速度で何度も飛び込んだのだが、モーターが浸水によって機能を停止、走行不能に陥るといった事態にはならなかった。漏電対策は完璧である。そしてひとたび、それがわかるとガソリンエンジンではないため、排気管が水に漬かる不安がないのは心理的にも実に「快適である」ことがわかった。ガソリンエンジン車の場合には、いつエンジンストールするか、常に不安がつきまとうのだが、そうした心理的ストレスを一切感じないのである。
    「水深80cmでも大丈夫」
     この言葉、恐らく嘘ではないだろう。電気系統の水漏れ対策さえ完璧であれば、この車は一般的なガソリンエンジン車では到底不可能な水深を軽々と走行できるに違いない。考えてみればディーゼルエンジンを搭載する潜水艦はシュノーケルが届かない深海を走行する時には電気モーターでスクリューを回すのだから、EVが水の中を走るのに有利なシステムであることは既に判明済みなのだ。

     CARPETはEVの新たなる可能性を私たちに見せてくれた。今後はCARPETをトレンドセッターとして、同様のコンセプトの車が世界中の自動車メーカーから多数発売されることだろう。勿論、その中にはニッポンの自動車メーカーも含まれているに違いない。ニッポンの自動車メーカーは「外車のパクリデザイン」によってしか生きられないのだから。

  • こちら拳骨編集部 終     
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  • あとがき

  •  第四の峰は『ディベートシスターズ』『国連救助隊』からなる「中道三部作」の第二弾である。
     その『ディベートシスターズ』は1993年に短編小説『黒い羊のロニー』を書き上げて以来、久方ぶりの作品であった。2007年だから実に14年ぶりということになる。その間、私は絵画制作に力を入れていたわけだが、再び小説を書こうと思った理由は当時の総理大臣の振る舞いに対する激しいまでの「怒り」だった。「ニッポン人がニッポン人を追悼して何が悪い!」こうしたスケールの小さい身内贔屓の主張に基づき当時の総理大臣は毎年、靖国参拝を繰り返した。民衆に同苦しない指導者が「民衆のリーダーではない」のと同じくアジアの人々の心情に配慮しない政治家もまた「アジアのリーダーではない」ことは幼稚園児にだってわかる。これぞまさにニッポンが「アジアのリーダー」の地位を自ら放棄したことを証明する出来事であった。後に、次の総理大臣が過去に政府が行った戦争謝罪の内容を全て「否定する」という暴挙によって日中・日韓関係を決定的に破壊してしまうのだが、その布石はこの時代に既に打たれていた。
     そして2017年。本作が執筆された。総理大臣は変われど、その誤った歴史認識は全く変わることはなかった。「森友・加計問題」や「桜を見る会」における元総理大臣の釈明する姿が私たちニッポン国民に教えてくれているのは「右翼政治家の言動は全く信用できない」という本質だ。右翼政治家の日頃の振る舞いが「人道的」であり、不正や汚職と「無縁」であり、常に庶民に「寄り添っている」ならば、私も彼らの歴史観を「或いはそうなのかも知れない」と思うかもしれないが、現時点ではそんな疑問を感じる余地はない。私は断固、中国・韓国の「南京大虐殺や731部隊の人体実験は真実」「徴用工・慰安婦は日本の強制によるものである」という主張を支持する。それどころか、韓国政府の徴用工・慰安婦の方々を徹底して擁護する姿、ニッポン政府の経済制裁による不況を招いてまでも擁護する姿に、私は「弱い人々を守る」という政治本来の姿を感じずにはいられない。そして、これこそが今のニッポンの政治に決定的に欠けているものなのだ。「大企業&大富豪優遇」のアベノミクスによって確かに、国全体の経済力は維持できたかも知れない。だが、どれほど多くの一般庶民が貧民へと転落したことだろう!私もそのひとりである。だからこそ余計に韓国政府の姿を「羨ましい」と感じるわけであるが、こうした思いを抱くのは決して私だけではないだろう。
     そしてこの差は恐らく「アメリカにプレゼントされた民主主義」と「自分たちで軍事政権を打倒して手に入れた民主主義」の差に違いない。韓国の人々の方がニッポン人よりも遥かに「政治を腐敗・堕落させてたまるか!」という思いが強いのである。

    追記
     私もスーパーカー大好き人間だから、当然のようにマルチェロ・ガンディーニ氏を尊敬するひとりだ。あんなにも早く亡くなられてしまわれるとは・・・。一度でいいからお会いしたかった。そして、自分のデザインした車、なかんずくエターナルについてどう思われるか是非ともお伺いしたかった。「全然駄目。まるでなってない」それでもいい。それだって立派な指導です。でも私は信じている。きっとお褒めになって下さったと。私はあなたが後世のクリエイターのために残して下さった言葉を決して忘れません。だから私はどんなにAIの技術が進歩しようとも決して「紙と鉛筆から創造を開始する」ことを止めません。

  • 2025年12月2日      
    著者しるす           
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