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  • 最後の花園(1991年)


  • 「真理学者銀河」
    「黒い羊のロニー」と共に
    大学時代の「初期三部作」第二弾。
    芸術監督が小学校2年生の時に制作した
    「昆虫大戦争」を基本に
    舞台設定を現代から未来に変更。
    「人類と自然の共生」をテーマに掲げて執筆したSF小説。
    原稿用紙150枚程度の小品。


    目次

    女帝誕生
    大王ジュンコの野望
    マキコの決断
    ユーカリ継承戦争①
    ユーカリ継承戦争②
    女帝結婚
    たくましき女帝
    巨大昆虫ビッグフェイス
    女帝大失策
    ホワイトピッグを探せ
    「天罰」再び



    第一部

  •  今から400年後の地球。宇宙から見るその姿は、今とさほど変わらぬ「青い星」。だが、今とは「何か」が違っていた。400年後の地球にも無論、人類は生存している。だが、やはり「何か」が今とは異なっていた。「地球環境の保護」の必要性は誰もが認識していた。だが、そのために世界が連帯することは遂になかった。『京都議定書』など、いかなる国も「真面目に履行しよう」などとは考えなかったのである。
     人類のエゴイズムは「人類の繁栄」を生み出す原動力となったが、同時にまた「人類の滅亡」を引き起こす原動力でもあった。
     400年後の地球では地上の90パーセント以上が「砂漠化」した。「何か」が違っていたのは、地上に緑がなかったからに他ならない。人類が暮らす都市は、あたかも砂漠の中に点在するオアシスのようであった。
     そのオアシスもまた、単なる人類が暮らす都市ではなかった。縮尺にして300分の1という、まるで「ジオラマのような都市」である。地球の急速な砂漠化による自然破壊が引き起こした「食糧事情の悪化」は、もはや人類に「等身大での生存」を許さぬところまで行ってしまったのである。人類は「科学技術の粋」を集めて、自らのサイズを400分の1に縮小することで、かろうじて当面の食糧危機から身をかわすという有様であった。
     そして今回の物語の舞台は現在の我々が「千葉県佐倉市」と呼んでいるまちの西部一帯である。
     鹿島川から西側の佐倉市。400年後のこの時代、この一帯は「神聖さくら帝国」と呼ばれていた。その名称から推察される通り、かつての神聖ローマ帝国を思わせる、いくつもの王国が同盟関係を結ぶ連合国家だ。
     この神聖さくら帝国の繁栄を支えているのが、現在の京成ユーカリが丘駅から南西方面に距離にしておよそ10キロメートル離れた場所に位置する「緑のオアシス」。広大な砂漠が広がる中で、そこだけが草木が生い茂り、美しい花々が咲き誇り、実にさまざまな昆虫たちがその生を営む。この奇跡の楽園を未来の人類は『花園』と呼び、決して資源を消費し尽くさぬよう大切に守っていたのである。

  • 女帝誕生

  •  かつては小竹、上座、下志津と呼ばれていたサクラ砂漠の上空を高速で移動する黒い飛行物体があった。
     それは「アブラゼミ」。だが、単なるアブラゼミではない。これこそが神聖さくら帝国空軍・主力戦闘機である「ノコギリクワガタ戦闘機」に変わる次期主力戦闘機「アブラゼミ戦闘機」の試作第一号機である。我々が今、目撃しているのは、まさにその「最終テスト風景」であった。
     その「飼育の難しさ」から昆虫兵器としての実用化は困難とされてきたアブラゼミ。しかしながら昆虫兵器、それも空中兵器としての素性の良さは誰もが認めるところ。ゆえに、今日まで様々な飼育法が試され、漸く量産の可能性が見えてきたのである。
    「すごいな」
     思わずジュン・アライン中佐の口から言葉が漏れた。
    「上昇」「下降」「急旋回」そして水平飛行における「加速力」。どれをとってもアブラゼミはノコギリクワガタの性能を数段上回っていた。
     アライン中佐は完璧にアブラゼミに魅せられてしまった。ユーカリ王国軍に所属し、まだ20代ながら一個中隊を率いるエースパイロットの彼にとって、アブラゼミはまさに「格好の相棒」であった。そもそもクワガタ類は飛行に適した形をしておらず、堅い殻によって覆われている分、頑丈ではあるが、飛行性能は正直「最悪」の部類に入る。その点、セミ類はトンボ類と並んで空中飛翔型昆虫の代名詞であり、飛行性能は申し分ない。アライン中佐は、つとめて冷静であろうとは思いつつも、感情が高ぶるのを抑えるのに、しばしば苦労しなければならなかった。
     通信機が鳴った。テスト飛行の終了までにはまだ時間がある。
    (何かあったのか?)
     アライン中佐は返答した。
    「どうした?テストは順調だぞ」
    「直ちに帰還せよ。重大な事件が発生した」
    「重大な事件?」
    「皇帝が崩御なされた」
    「何だと?」
    「次期皇帝が即位するまで、我が軍は緊急非常態勢に入る」
    「了解した」
     アライン中佐はアブラゼミの機首をユーカリ王国最大の軍事基地であるサティへと向けた。
    (皇帝崩御。すると次期皇帝は一体誰になるのか?)
     もはやアライン中佐の顔から先程までの笑顔は完全に消えていた。
    (皇帝選挙の結果によっては内紛の一つも起きるかもしれないぞ)
     そんな不安な思いを抱くアライン中佐の目に、ユーカリ王国の首都にして神聖さくら帝国の帝都であるスカイプラザが見えてきた。

     ユーカリ国王にして神聖さくら帝国皇帝であるタカヒロ王崩御の知らせは帝国全土を震撼させた。まだ40歳台の若き皇帝の突然の崩御であった。
     帝国内に暮らす民衆はこの若い皇帝の治世を心から喜び、平和な日々が長く続くだろうことを確信していただけに、ショックは大きかった。
     皇帝に男子の世継はいなかった。皇帝の一粒種は、まだ18歳の少女のみであった。
     その少女の名は「マキコ」。ユーカリ王国初の「女王の誕生」である。だが、運命は彼女に対してより重い責務、すなわち「神聖さくら帝国初の女性皇帝」となることも要求した。
     各王国に一人いる選帝侯(国王とは異なる存在で、大抵は寺院の司教)の間で次期皇帝を決定する「皇帝選挙」が行われた。結果は圧倒的多数をもって、マキコを皇帝に推戴するというものであった。
    理由はいくつかあった。
     ひとつは「マキコが前皇帝の娘」である点。
     ふたつめは「少女ならば御しやすかろう」という策謀。
     そして最後は、というよりも最大の理由は「次期皇帝の地位を絶対に渡してはならない野心家が存在するため」である。

     ジュンコ

     これが「野心家の名前」である。彼女は帝国最東端にある江原王国の女王である。
     江原王国は先王の時代までは帝国内ではあまり目立たぬ国であったが、王家が断絶、筆頭貴族が新たなる王家となって以来、急速に富国強兵政策を推し進めた結果、今や「帝国最大の軍事国家」であった。軍事力や経済力を尊ぶジュンコは日頃から文化・芸術に力を入れるユーカリ王国を「軟弱国家」と卑下し、軍事大国である自国の首都・セントこそが最も「帝都にふさわしい」と信じていた。そして、そのことを隠すことなく、機会あるごとに表明もしてきた。自らを「大王」と呼び、各王国の自治権を保証する帝国憲法を盾に国家主義に基づく恐怖政治を敷いていた。一説には王家断絶のきっかけとなった王家専用機墜落事故も「ジュンコの策謀」と言われている。まさに平和的連合国家である神聖さくら帝国に巣くう「獅子身中の虫」であった。



  • 第二部

  • 「ああ、胸糞悪いわ!」
     大王ジュンコは皇帝選挙の結果が知らされてからというもの、ずっとこの調子である。 
    「私は認めない、絶対に認めないわ。あんな小娘が、この偉大なる帝国の皇帝だなんて!」
     執務室の中でジュンコは、お気に入りの赤ワインを味も匂いも味わうことなく、ひたすら胃袋に流し込んでいく。
    「私こそが、この国の皇帝に最もふさわしいのよ」
     結局のところ、マキコに負けたことが悔しくてたまらないのだ。自分では「皇帝にふさわしい」と豪語するが、所詮は人徳に欠け、内外共に武力に頼る「威圧的な政治」しかできない器の小さな臆病な人物であることは明白だ。
    「来月は戴冠式。その時、私はあの小娘の前にひざまずき『封土』を頂戴しなくてはならない」
     封土とは「皇帝から授けられた土地」くらいの意味だ。封土は「帝国の正式な儀式」であった。
    「冗談じゃないわ」
     ジュンコはそう叫ぶと、飲みかけのワイングラスを投げ飛ばした。ワイングラスは粉々に砕け、赤ワインがカーペットを血の色に染めた。
    「はやく掃除しなさい」
     周りの従者にすれば迷惑この上もない。
    「見てなさい、小娘!」

  • 大王ジュンコの野望

  •  今日はマキコの「ユーカリ女王即位式」。
     マキコは神聖さくら帝国戴冠式より前に、まずはユーカリ王国の女王として正式に即位する。
     ユーカリ王国の首都スカイプラザではマキコの女王即位式に沸き立つ民衆が文字通りのお祭り騒ぎ。遊び好きのユーカリ国民は遊ぶことにかけては天才である。そして、このお祭り騒ぎは来月の皇帝戴冠式まで続くのである。
     「王宮」であるウィシュ宮殿の周りは人・人・人の群れ。話題の女王様を一目見ようと民衆が大勢集まっている。
     王宮の正門が開いた。次々と中から昆虫自動車ではない、400年前の現代文明の名残をとどめる「電気自動車」が出てきた。10台目のオープンカー。それがマキコの乗る車だ。彼女は自らハンドルを握り、走り去っていく。そんな彼女の後ろで大歓声が響く。
    「我らが女王万歳!」
     一市民の感想。
    (長くて美しい黒髪、色白の肌。広くて立派な額。そして、きらきら輝くいたずらな瞳)
     この「いたずらな瞳の女王」が今後、いかなる新風を帝国内に巻き起こすのか?民衆の期待はすこぶる高い。
    (おてんば、常識はずれ、少し頑固)
     これらについては、おいおい国民にも、読者にも知られていくことだろう。
     即位式の行われるクドウ寺院の周りも王宮同様の人混。その人混みの中をスルリとすり抜けるように車から降りたマキコは寺院の入口を目指して走る。その時、一つのハプニングが起きた。何者かがマキコのドレスの裾を踏んだのだ。
    「ああああっ?」
     マキコはその場で転倒、彼女の立派な額にはくっきりと赤いあざが付いてしまった。必死になって痛みをこらえるマキコ。マキコは直ちに起き上がるや、後ろを振り向き、自分のドレスの裾を踏んだ犯人を見た。
     犯人は服装からそれとわかる帝国軍人。それも青年将校。年齢はマキコよりもやや年上であろうか。20歳代であることは間違いない。
     マキコは将校の顔をしげしげと眺めた。いい男だ。マキコは素直にそう思った。
    「ああ、すいませんね」
     青年将校は何ら慌てる様子もなく、平然とした態度でそう答えた。
    (まあ、なんて失礼なお方なのでしょう)
     マキコは少しムッときた。だが、所詮は「少し」だ。なぜ本気で腹が立たないのだろう?その理由について、まだ幼い彼女には解らない。
     マキコは青年将校のそばに歩み寄った。
    「あなた、背が高いわ。少しかがみなさい」
     青年将校は言われる通りにした。
    「今から、あなたを罰します」
     そう言ってからマキコは、お返しとばかりに青年将校の額に接吻した。青年将校の額はマキコの口紅で赤く染まった。マキコはくるりと背を向けると、足早に寺院の中に入って行った。

     即位式が始まった。
     額のあざは赤から青に変わっていた。その上に、いかにも重そうなユーカリ王冠を被ってマキコは玉座に座っている。が、もとよりマキコはじっとしているのが大の苦手だ。
    (うーん、脱いだら駄目かしら。この王冠、サイズは大きいし重たいし)
     先程からマキコはそんなことばかり考えている。確かに王冠は男性用に作られており、女性の細頸には辛いだろう。
    (ああ、もう首が痛いわ)
     マキコが頭をブルンブルンと振り回し始めたその時、彼女の頭からスルリと王冠が落ちた。

     ゴトン、ゴロゴロゴロ。

     クドウ寺院のトップである大司教の声以外、物音一つしない静謐な空間で、この音は実によく響いた。
    (しまった)
     マキコは恐る恐る大司教を見た。大司教の冷たい視線。彼女は急いで王冠を拾い上げると、それを膝に抱えた。
     大司教は儀式を再開しない。マキコが王冠を被るまで、この状態は永遠に続くだろう。 「わかりました」
     いかに女王といえど、大司教には頭が上がらない。マキコはしぶしぶ重い王冠を再び頭に乗せた。首が痛い。ほとんど拷問だ。
     大司教はようやく儀式を再開した。
     儀式が終わるや、マキコは窮屈この上もない寺院の中から走って飛び出した。そんな彼女を出迎える民衆の大歓声。首の痛みもどこかへ消し飛んでしまった。この日この時をもって、マキコは王女から女王になった。

     翌日、マキコはユーカリ王国軍・サティ基地を訪問した。その理由は先祖代々受け継がれてきた「王国の財産」にして、神聖さくら帝国の生命線でもある自然のオアシス「花園」を査察するためである。
     前皇帝であったマキコの父であるタカヒロはマキコに政治や経済については何も教えなかったので、女王となった今、彼女は一から勉強しなくてはならない。無論、花園へ行くのは初めてである。
    「わたくしはユーカリ王国軍サティ基地所属、アライン中佐です。このたび女王陛下を『花園』へご案内いたします」
    「御苦労さま。行きましょう」
     王室専用機「たまむし」は一路、花園を目指して空に舞い上がった。
    「お尋ねしたいことがあるのですが、よろしくて?」
     マキコにはアライン中佐に訊きたいことがいくつかあった。
    「中佐。これから私たちが行こうとしている『花園』とは、いったいどのようなところなのでしょう?」
    「それはとても美しい場所です。人類が本能的に美しいと思う場所、それが『花園』なのだと思います」
     マキコは天国をイメージしてみた。
     あと、どうしても訊きたい質問がひとつ。
    「申し訳ありませんが、そのような将校を私は存じ上げません」
     マキコは、あの失礼な青年将校のことが知りたかったのである。
    「女王陛下、見えてきました。あれが『花園』です」
     マキコの目に、地上最後の自然の楽園である花園が飛び込んできた。

     深夜、花園の査察から戻ったマキコを待っていたのは、先王の時から仕えている執事の慌てた姿だった。
    「女王様、大変でございます」
    「どうしたのです。何をそんなに慌てているのです?」
    「こ、これをごらんください」
     執事は一通の手紙をマキコにさし出した。マキコはそれを一読した。
     マキコは軽く、ため息をついた。
    「なるほど、つまり江原王国の女王は私が来月の皇帝戴冠式を強行するならば『武力による阻止も辞さない』というわけですね」
    「どういたしましょう」
    「直ちに大臣を招集しなさい。対策会議を開きます」



  • 第三部

  • 「なるほど、つまり江原王国の女王は私が来月の皇帝戴冠式を強行するならば『武力による阻止も辞さない』というわけですね」
    「どういたしましょう」
    「直ちに大臣を招集しなさい。対策会議を開きます」

  • マキコの決断

  • 「全員揃いましたね」
     前皇帝の時代より宮廷に仕えてきた白髪頭の老大臣たちが、緊急だというのに2時間以上もかかって、ようやく集まった。マキコは大いに不満なのだが、とりあえず顔には出さない。いかに彼らがルーズでも、今はとにかく協力してもらわなくてはならない。
     マキコは手短に会議の目的を説明した。この者たちが「長い話」にイライラ、アキアキしないなどとは到底信じることができなかったからである。
     大王ジュンコによる要求の内容ははっきりしていた。「マキコが皇帝の位を辞退する」この一点に尽きる。
     これはマキコ自身、最初は望んでいたことである。
     18歳の、まだまだ遊び盛りの少女である。どうして進んで「全帝国民の生命を預かりたい」などと思うだろう?
     しかしながら、このような脅迫状が送り付けられるに及んで、マキコの心の中には「断じて自分が皇帝にならなくてはならない」という使命感がはっきりと作り上げられた。皮肉にも大王ジュンコの脅迫がマキコの「皇帝としての自覚」を促したのである。
    「経験豊富な、あなた方のお力が必要です」
     マキコは大臣たちに真剣に訴えた。今、ユーカリ王国は、いや神聖さくら帝国は最大の危機を迎えているのだ。
     だが、自分たちの保身ばかり考える高給取りの老大臣たちの口は重い。誰一人として真剣に女王を助け帝国を守ろうとは考えていないのだ。
    「大王のいう通りにするのがよかろう。それが一番じゃて」
    「そうですな。それしかありませんな」
     一人が口を開けば、皆が同じことを言う。まるで戦後のニッポンの政治のような状況だ。こうして老大臣たちの意見は一致した。マキコは呆れた。
    (この人たちは使えない)
     そのことがはっきりした以上、マキコはもはや「一人で思案する」しかなかった。
    (相手は帝国随一の軍事大国。どうやったら勝てるかしら)
     戴冠式を終えていない以上、マキコはまだ、この時点では「皇帝」ではない。ゆえに帝国軍は招集できない。使えるのは自国のユーカリ軍だけだ。仮に帝国軍を召集したとしても、向こうから脅迫状を送ってきたほどである。既にサクラ砂漠から東側の国家は寝返っているものと考えていいだろう。
    (それでも私はユーカリ王国の女王として、この国に暮らす人々の平和を守らないわけにはいかない。そして、帝国全土の平和のためには断じて私が皇帝にならなくては)
     マキコの思考は終わった。
    「みなさん」
     マキコはここで「帝国の未来」を決断する。果たして、この決断は是か非か?この時点では、まだ分からない。
    「私は断固として、このような脅迫には屈しません!」
     老大臣たちの驚愕!
     だが「賽は投げられた」のである。
     会議が終わるや、マキコの決定は直ちにユーカリ軍に伝達された。女王の毅然とした態度にユーカリ軍の士気は上がった。
     アライン中佐は思った。
    (若いとはいえ、女王陛下には立つべき時に立つだけの勇気がおありになる)
     マキコは王宮のテラスから昇る朝日を眺めた。打つべき手は打った。まもなくサティ基地からは多数の戦闘機が江原軍迎撃のために出撃するだろう。マキコは、いつもと同じ美しい朝日を、今日はいつもとは違う気持ちでじっと見つめるのだった。
    (どうか、帝国の平和が守られますように)
     真っ赤な朝日が、その色を白く変えていく。その中にぽつぽつと黒い点が現れる。そして徐々に大きくなる昆虫の羽音。
     大王ジュンコが動いた!



  • 第四部

  •  ユーカリ王国の東に広がるサクラ砂漠の上を飛行する昆虫兵器の大群。それらの発する羽音は文字通り「悪魔の雄叫び」だ。
     帝国随一の軍事力を誇る江原王国の主力兵器は「シオカラトンボ攻撃機」。その大編隊が朝日を背に浴びて、東から西、ユーカリ王国へと向かう。圧倒的な戦力差に、戦う前から勝利を確信するのは大王ジュンコ。
    「マキコを捕まえたら、我が軍の兵士たちの士気を高める慰安婦として一生を送らせてあげるわ、ふふふ」
     女の嫉妬は恐ろしい。かつて古代中国では、手足を切られ、眼を潰され、猿ぐつわに首輪までつけられ「トイレの置物」にされた皇帝の愛人がいたというが、ジュンコもそういうことのできる女のようだ。
     果たして、結果は?

  • ユーカリ継承戦争 ①

  • 「現在、サクラ砂漠上空を西北西に向けて飛行中。ユーカリ王国の首都スカイプラザまで約20分」
     江原軍作戦司令室へのシオカラトンボ攻撃隊からの入電。
    「いよいよね」
     ジュンコは「あと20分」と心待ち。何しろ王宮ではなく、みずから軍の作戦司令室に赴くほどの熱の入れようである。左手にはワイングラスを持ち、手首をクネクネとひねっている。作戦遂行中であるにもかかわらず、既に勝利の美酒に酔っているのだ。
     一方、それを迎え撃つユーカリ軍は、お世辞にも飛行性能に優れているとは言い難い旧式のノコギリクワガタ戦闘機とカナブン軽戦闘機といった陣容。
     にわかに作戦司令室が慌ただしくなる。
    「どうしました、イイダ将軍?」
    「大王様、どうやら敵と遭遇した模様です」
    「ふん。ユーカリ軍のポンコツね」
    「左様でございます」
    「さっさと蹴散らして、先を急がせなさい」
     ジュンコはもとより、今回の作戦の指揮を執るユウスケ・イイダ将軍もまた自軍の勝利を全く疑ってはいない。
     無論、自惚れではない。シオカラトンボとノコギリクワガタ&カナブンとで、どちらが「空中戦に優れているか」など、もはや説明の必要がないからである。
     サクラ砂漠の上空では既に戦闘が始まっていた。総勢数百機の大混戦。
     戦闘はジュンコの予想した通りの展開で進む。サクラ砂漠に墜落するのはノコギリクワガタ戦闘機やカナブン軽戦闘機のみ。シオカラトンボ攻撃機はまったくの無傷。
     この違いは飛行性能の差は無論だが、装備する「弾薬」の差でもあった。
     ユーカリ軍が使用する弾薬は昆虫兵器を眠らせるための「麻酔弾」。それに対し、江原軍が使用する弾薬はサソリから採取された最新式の「神経毒弾」であった。一発でも被弾すれば確実に昆虫兵器の全神経系統を麻痺させることができるのだ。
     次つぎと撃墜されていくユーカリ軍の昆虫兵器。もはや「奇跡」でも起こらない限り、大王ジュンコの勝利は揺るぎようもない。
    「どうしたのです?」
     作戦司令部の中が騒然となった。イイダ将軍が沈痛な面持ちで今の状況を説明し始めた。その説明を聞いたジュンコの顔からは、それまでの余裕は消え、見る見るうちに血の気が引いた。
    「あ、雨ですって!?」
     ジュンコは後ろに二、三歩あとずさりしながらよろめいた。
    「信じられないわ。こんなことって」
     地球上の90パーセント以上が砂漠化しているのは、いうまでもなくこの時代「雨など降らないから」に他ならない。その雨が、まさに今、戦場となっているサクラ砂漠で降り出したというのである。
     ジュンコは急いでイイダ将軍に命じた。
    「全軍、直ちに帰還させなさい。直ちにです!」
     だが、時すでに遅し。サクラ砂漠を突然襲った集中豪雨は両軍全ての昆虫兵器に、まんべんなく降り注いだのである。
     全ての昆虫兵器が砂漠に不時着した。そして雨が止むのを待った。30分後には雨など嘘のような青空がよみがえった。
     戦況は一変した。
     鞘翅目であるノコギリクワガタやカナブンは雨が晴れればすぐにでも飛行できるが、蜻蛉目であるシオカラトンボは羽が完全に乾くまで飛行できない。
     天はマキコに味方した。これを「奇跡」と言わずして何ぞや?
     ノコギリクワガタ戦闘機が、カナブン軽戦闘機が大空高く舞い上がった。
    「イー 、悔しい!!」
     誰がそういったかは・・・言うまでもないだろう。



  • 第五部

  • 「にっくき小娘。でも、奇跡は二度も起きなくてよ」
     大王ジュンコが空軍基地の傍らに建つ巨大なハンガーの中に入っていく。
    「まさか、これを使うことになるとはね」
     ハンガー内に照明が灯る。ジュンコの目の前には未だかつて見たこともない巨大な昆虫兵器があった。黄色と黒のストライプ模様に彩られた謎の超巨大昆虫兵器。その正体がついに明かされる時が来た。

  • ユーカリ継承戦争 ②

  •  「戦闘の常識」から言えば、勝利したユーカリ軍がここで一気に江原王国本土へ攻め込むのが常套であった。だが、それができないのだから苦々しい。
     そもそも江原軍の昆虫兵器がユーカリ王国へ侵攻するためにはサクラ砂漠と江原王国の間にある臼井王国を通過せねばならない。つまり今回の戦闘で臼井王国は江原軍の通過を許したということだ。
     そして今回、臼井王国はユーカリ軍の通過を拒絶した。つまり臼井王国は「江原王国に肩入れしている」ということである。
     臼井王国としてはユーカリ王国を攻める気は毛頭ないが、すぐ西に隣接する江原軍の強力な軍事力を前には「逆らえない」と言ったところなのだろう。
     戴冠式が済まぬ以上、マキコはまだ「皇帝」ではない。皇帝ではない以上、臼井王国に対して命令を下す権限はないのだ。
     だが、ユーカリ軍が江原王国に攻め込めぬ以上、ユーカリ軍は「防戦一方の闘い」をする以外に方法がない。となれば、とにかく「偵察を怠らぬ事」が重要である。

     ユーカリ軍の「ゴマダラカミキリ偵察機」がサクラ砂漠上空を偵察飛行していた。
     ゴマダラカミキリの長い触角は優れたレーダー機能を備える。圧倒的な敗北を喫した先の闘い以来、江原軍に表立った動きはないが油断はできない。マキコの皇帝戴冠式は数日後に迫っている。マキコが皇帝になれば、帝国軍を動員できる。そうなれば、さしもの軍事大国である江原王国といえど終わったも同じだ。必ず近いうちに動きがあるはずである。
     ユーカリ軍作戦本部に入電。
    「江原軍、ユーカリ王国に向け進軍中。その数、30機」
    「30機?大した数じゃないな」
    「先の闘いで、ほとんど壊滅したってことか」
     そんな楽観ムードも、だが長くは続かなかった。
     入電の続き。
    「機種不明。見たこともない巨人機」
    「!?」
     江原軍の秘密兵器。それは「オニヤンマ重爆撃機」であった。そして今回、ジュンコ自身も、そのうちの一機に搭乗していたのだった。
    「マキコよ。お前が『天の意志を示す』なら、私は『悪魔の意思を示す』までよ」

    「おそらく、これが最後の闘いになるだろう。敵もいよいよ必死だ。敵の新兵器の能力は未知数だが、頑張ってくれ」
     ユーカリ軍総司令シン・ムラコの檄が飛ぶ。パイロットたちが自分の愛機へと走る。無論、その中にアライン中佐がいた。彼の愛機は無塗装ながら全身黄金に光り輝くローゼンベルグ(日本名オウゴンオニクワガタ)である。
    「発信!」
     アライン中佐率いる第一部隊が出撃した。

     江原軍の新兵器の威力がユーカリ軍を圧倒する。第一部隊は苦戦していた。
    「くそう、化け物め」
     攻撃を加えようにも近寄ることすらできない、文字通りの「機銃の雨」。オニヤンマに限ったことではないが、蜻蛉目の昆虫兵器は尻尾の先端に機銃を装備している。そして尻尾は自由自在に方向を動かせるのだ。
    「これが新兵器の威力か」
    「まるで『空を跳ぶ要塞』だな」
     たった30機しかいないのに、全くもって歯が立たない。オニヤンマ重爆撃機は見る見るユーカリ王国の首都であるスカイプラザに迫っていた。
     爆撃機を攻撃する方法は「上空からの急降下」と決まっている。だが、その戦法がここでは使えなかった。オニヤンマは飛行高度が非常に高いからだ。しかも飛行速度も向こうが巡航であるのに、こちらは「最大速度」なのである。それも、こちらは爆弾一つ抱えていない身軽さで、向こうは足にパイロンを掴み、そのパイロンには爆弾が多数搭載されているというのに、だ。
     したがって自ずとユーカリ軍は後ろからの攻撃となってしまう。そうなれば、たちどころの内に機銃の集中砲火を浴びるのだった。
    「中佐、このままでは」
    「わかっている、わかっているよ」
     アライン中佐の頬に一筋の汗が流れた。
    「お前たちは戦線を離脱しろ」
    「中佐」
    「後ろから追いかけたところで、しょせん狙い撃ちに遭うだけだ」
     自分の大事な部下を無駄死にさせるわけにはいかなかった。
    「お前たちは基地へ戻れ、そして女王をお助けするのだ」
    「わかりました。ですが、中佐は?」
    「早く行け」
     隊員たちは中佐が死を覚悟していることを悟った。
     アライン中佐もそれを悟ったようで、次のように叫んだ。
    「命令違反で銃殺刑になりたくなかったら早く行け。私のことは心配するな」
    「・・・中佐」
     かくして第一部隊は戦線を離脱した。
     アライン中佐は単身、オニヤンマ重爆撃機を追跡した。アライン中佐の機体は、多少はノコギリクワガタよりも性能がいい。
     だが、射程距離に入るや、たちまちオニヤンマからの集中砲火が始まった。アライン中佐の乗るローゼンベルグの鍬が、足が、羽が、たちどころのうちに穴だらけにされた。
    「うわああああああああっ!」
     ズタズタになったローゼンベルグは錐もみ状態で墜落した。

    「きゃあ!」
    「うわあ!」
    「にげろ!」
    「たすけてくれえ!」
     オニヤンマ重爆撃機による無差別爆撃に逃げ惑う人々。ユーカリ王国の首都にして神聖さくら帝国の帝都であるスカイプラザが戦火の炎に包まれる。
    「ははははは、燃えろ燃えろ、すべて燃えてしまえ」
     スカイプラザに立ち上る黒煙を満面の笑みで機上から眺めるジュンコ。
     ジュンコの機体に無線が入った。隣のオニヤンマ重爆撃機に機乗するイイダ将軍からである。
    「陛下、マキコはどうします?直ちに捕えますか」
     ジュンコはマキコの名前を耳にして大いに気分を害した。ジュンコとしても一刻も早くマキコを捕らえて性奴としての調教を施したいと思ったが、この時は本音をこらえた。
    「そのようなことは後でもよい」
    「はっ」
    「スカイプラザはもういい。全機『花園』へ向かいなさい」
    「承知いたしました」
     オニヤンマ重爆撃機は進路を花園へ向けた。帝国の食糧庫である花園を制圧することこそがすなわち「帝国を制圧すること」だからである。

     オニヤンマ重爆撃機の恐怖が過ぎ去ってから数分後、ユーカリ軍の生き残りが廃墟と化したサティ基地に次々と戻ってきた。
     だが、その中にアライン中佐の姿はなかった。
    (まさか死んだのか?)
     そう思いながらもムラコ司令は生き残った隊員たちを、まずは激励した。泣いてなどいられない。死者を悲しむのは闘いが終わってからだ。早速に次なる任務を与えた。
    「今から最新兵器をとりに行く」
     兵士たちは驚いた。最新兵器という呼称が「起死回生の秘密兵器」と同義であることは誰の目にも明らかだった。
    「最新兵器は今まで君らの上官であるアライン中佐がテストを繰り返してきたものだ。ゆえに、これに乗る者はアライン中佐の志を受け継ぐ者、すなわち精鋭中の精鋭でなければならない」
     最新兵器は全部で10機。ムラコ司令は9名を選抜して最新兵器が眠る秘密工場へと向かった。
    「よし、全員中に入れ」
     選ばれし兵士たちは期待を胸に倉庫の中に入った。
     期待は現実となった。
     そこにはユーカリ軍の次期主力戦闘機として開発が進められていた「アブラゼミ戦闘機」が10機並んでいた。
    「今からお前たちは私と一緒にこれに乗り、オニヤンマ重爆撃機を追跡、殲滅する」
    「それはなりません」
     ムラコ司令の言葉を突然、誰かがさえぎった。それは女性の声だった。
    「指令は乗りません」
     全員が声の方を振り向く。そこに立っていたのは、紛れもないユーカリ王国の女王マキコだった。
    「なぜなら、私が乗るからです」

     大王ジュンコ率いるオニヤンマ重爆撃機は一路、花園を目指して飛行を続けていた。
    「見えてきたわ」
     遂にオニヤンマ重爆撃機が花園に到着してしまった。
    「おお!」
     いっせいに歓声を上げるパイロットたち。
    「これほど美しい場所だとは」
     菜の花・水仙・チューリップ・パンジー・ユリ・スミレ・ラン・ヒヤシンス・なでしこ・スイトピー・ゼラニウム・マーガレット・すずらん・菊・ひまわり・ライラック・コスモス・カーネーション・シクラメン・ダリア・・・その他、数えきれないほど多くの種類の花々が季節に関係なく咲き誇る。これにはさすがに普段は軍隊教育によって冷酷さを植え付けられている軍人たちも、しばし我を忘れるのだった。

     花園へと向かう選ばれし戦士たちとそれを率いる女神。戦士たちは「勝利を確信」しているが、マキコは悩んでいた。
     マキコの悩み、それは「花園は戦場にできない」ということ。敵が花園の上空を離れなければ、こちらからの攻撃はできない。
     そして敵を花園から外へおびき出すには?
     そのためにマキコは「自ら出撃した」のだ。「自分がいる」と知れば敵は必ず追ってこよう。
     そしてオニヤンマ重爆撃機に遅れること20分、アブラゼミ戦闘機もまた花園に到着しようとしていた。
    「何です、あれは?」
     花園の上空に何やら「竜巻」らしきものが発生していた。まさかジュンコが花園に対して何か「新兵器でも試している」のか?だとすれば最悪である。いずれにしても、このような現象は未だかつて一度として見たことがない。アブラゼミ戦闘機は花園へと急いだ。
     花園に到着すると、竜巻らしきものの正体が判明した。
    「こ、これは!」
     竜巻らしきものの正体は何と「蝶の大群」であった。
     一万匹、十万匹、いや、もっと多くの野生の蝶の大群が渦を巻きながら、オニヤンマ重爆撃機に襲いかかっていたのである。
     この「大自然の威力」を前にしては、さしものオニヤンマ重爆撃機といえど、全く手も足も出ない。
     これぞまさに「大自然の偉大さ」に他ならない。この偉大さの前には、いかなる人類の科学力も軍事力も所詮は「無」に等しい。次々と墜落していくオニヤンマ爆撃機。
     大自然は決して「人類の驕り」を認めない。地球は断じて「人間の傲慢」を許さない。そのことを蝶たちが、まざまざと見せつけたのである。

     余談
     数日後、サクラ砂漠から一人の男が歩いて生還した。いうまでもない、アライン中佐である。                           



  • 第六部

  •  こうして「ユーカリ継承戦争」は終結した。マキコは皇帝戴冠式を無事に終えて、晴れて神聖さくら帝国の皇帝となった。マキコがまず行ったことは「帝都の復興」「江原王国の民主化」そして「大臣の刷新」であった。それだけで、あっというまに2年が過ぎた。マキコは20歳になった。そして、降って沸いたように新たなる問題が発生した。

  • 女帝結婚

  •  20歳を迎えたマキコのもとに一通の封書が届けられた。それは外部から届けられたものではなく、前皇帝、すなわちマキコの父が生前に残していた「密書」であった。
    「前皇帝陛下の密書でございます。マキコさまが成人を迎えられました時に公表せよとのことでございました」
    「お父様の密書?」
    執事が密書を開封、内容を読み上げた。
    「ユーカリ王国王女マキコ・カトウは、宮ノ台王国王子シンジ・キョウトウと満20歳をもって夫婦となるものとする」
    「なんですって?」
     マキコは驚いた。大王ジュンコによる宣戦布告にさえ冷静でいられたマキコもこれには、さすがに驚きを隠せない。
     宮ノ台王国というのは、南をユーカリ王国、東、西、北を岩井王国に囲まれた帝国内で最も領土の小さい小国である。おまけに「血の気の多い野蛮な国」との噂もある。
    「お待ちください。まだ続きがございます」
     執事が続きを読み上げる。
    「双方同意なき場合には、これは無効となる」
     マキコは大喜びした。彼女はウキウキしながら叫んだ。
    「無効、無効、絶対に無効よ。私、結婚なんてまだ全然考えてなどいませんもの」
     だが、物事はそう簡単には終わらない。王子は既に王宮に見えられているというのだ。
    「とりあえずは、お会いにならないわけには」
     これが執事の意見であった。
    「では、ただの来賓ということで、おもてなし致しましょう」
     マキコは「全く興味ない」と言わんばかりの返事をした。だが、実際は「少し」ではあるが興味もあった。「自分の婚約者」が果たしていかなる男なのか?

     マキコは離宮から王宮へ向かった。あの戦争以来、自分の愛機にしてしまったアブラゼミ戦闘機(たまむしは公式行事の時にしか使わない)を飛ばし、護衛機を置き去りにして。
    「失礼いたしますわ」
     マキコは王子が待つ母親の名前が冠された「真喜子の間」の扉を開いた。
    「どうも、お久しぶりです」
     マキコは部屋の中に一人の若い将校を認めた。その顔は忘れもしない、クドウ寺院で自分のドレスの裾をふんづけた、あの無礼際まりない将校の顔だった。
    「あの時は失礼いたしました」
     マキコは動揺した。まさか、この青年将校がここにいようとは。
     マキコは冷静さを取り戻すために青年将校に質問をした。
    「まさか、あなたがお付きの人だとは思いもよりませんでした。で、王子さまはどこにいらっしゃるのですか?」
     部屋の中には青年将校しかいなかった。王子はどこに出かけられたのだろう?
    「ふふふ」
     青年将校は口に笑みを浮かべた。そして
    「ははははは」
     何と青年将校は大きな声で笑い出した。
     相変わらずの不遜な態度に、さすがのマキコもムッときた。
    「何がおかしいのです!」
    「これは失敬、失敬」
     青年将校は笑いをやめ、ピシッと背筋を伸ばした。
    「女帝、お目にかかれて大変光栄に存じます。私が宮ノ台王国の王子、京藤シンジであります」

     その頃、王宮の敷地内に曲者が侵入していた。曲者は老齢ではあるが、かなりの手練れであった。次々と倒されていく警備兵。やがて曲者は建物の中にまで侵入した。

    「あなたが、王子?」
    「はい」
     マキコがこれほど動揺したのは生まれて初めてのことである。何を話すべきか、次の言葉がなかなか浮かんでこない。
    「私がここへやってきた理由については、ご存知ですよね?」
    「え、ええ」
    「正直な話、自分は今、非常に動揺しています。最初の出会いがあまりにもひどいものでしたから。自分の婚約者がどのようなお人かと、一目見るだけのつもりが、あんなことになってしまって、さぞ、自分のことをお嫌いになられたのではないかと不安でなりません」
    「それは、その」
     マキコが口ごもる。
    「ですから自分としましては、大いなる期待に胸をふくらませて、などというような状況ではなく、ほんの僅かな期待を胸に抱いてここにやって来たのです」
     王子はマキコの手をとった。
    「どうか結論は今この場では出さないで欲しいのです。今の状態ではNOに決まっているでしょうから。しばらくの間、自分のことを見てはいただけないでしょうか。私に、悪い初対面の印象を払拭するための挽回の機会を是非、与えてほしいのです」
     王子の真剣な眼差しがマキコの胸を貫く。
     ああ、王子は明らかに誤解をしている。マキコはあの時、既に王子に恋をしているというのに、今は「返事をしないでくれ」などとは。
     既にマキコ自身も自分の気持ちに気が付いていた。マキコは今すぐにでも返事をしたいのだ。
     突然、扉が開いた。マキコと王子は開いた扉の方を向いた。
    「見つけたぞ、小娘!」
     突然、現れた曲者。マキコはその者の正体を知らない。
     だが、王子は知っていた。王子は顔色を変えた。
    「おまえは、江原軍総司令ユウスケ・イイダ将軍!」
     先の闘いで、花園で死んだと思われていた男が生きていたのだ。
    「ジュンコさまの敵を討つまで、死んでなるものか」
     王子はとっさにマキコを自分の後ろに隠れさせた。
    「小僧に用はない。後ろの女を渡せ」
     王子は直ちに腰の剣を抜いた。帝国軍人は通常、サーベルを所持しているが、王子のそれは日本刀。それも1m以上もある通称「物干し竿」と呼ばれるものだ。
    「おもしろい、ならば、お前も一緒に死ぬがいい」
     それに対し、イイダ将軍は両手に三又の短い剣を持っていた。筆架叉(ピーチアチャー)という。イイダ将軍は帝国内でも1・2を争う「二刀流の剣豪」としてその名を轟かせる猛者だ。無論、王子もそのことはよく知っていた。
    「行くぞ」
     イイダ将軍が先手をとる。何という速い突っ込み。あっというまに王子の目も前にいる。 王子はかろうじて相手の剣を受け止める。
    「おりゃあああ」
     だが、激しい突っ込みに王子の体は後ろに吹き飛ばされた。とはいえ王子も倒れない。 それを見たイイダ将軍は、にやりと笑った。
    「小僧、少しはできるようだな」
     王子は刀を水平に構えた。左手で柄頭を握り、右手で刃を下から支える。王子は右利きであるため、この構えの方が刀を前に突き出した時に刃先がより早く敵の体に届くのだ。右手で下から支えるのは刃が長く、それだけ重たいからだ。
     この王子の構えを見たイイダ将軍は思わず笑ってしまった。
    「ま、その長くて重い刀じゃあ、それしかできないわな」
     イイダ将軍は王子の剣術は「片手一本突き」であると見抜いた。
    「今度はこっちから行く」
     王子が突撃する。イイダ将軍の予想通り王子は突き技を繰り出した。
     イイダ将軍はとっさに二本の剣をクロスさせた。
    「はあっ」
     王子の刀を受け止めたイイダ将軍は刃を右に払った。刃はイイダ将軍の右脇へ流れた。
     二人の体が接近する。即座にイイダ将軍の蹴りが王子の腹部に入る。王子はよろけた。
     二人の激闘を見守るマキコ。だが、ただ見守っているだけでいいのか?マキコはとっさに傍らの花瓶を手に持つと、それをイイダ将軍に向かって投げつけた。
     イイダ将軍は何の苦もなく花瓶を八つ裂きにした。
     だが、その間に王子は再び体制を整えることができた。再び同じ構えをする王子。
    「性懲りもなく」
     イイダ将軍の笑み。まともにぶつかれば、間違いなく王子は死ぬことになる。
     それはマキコの目にも明らかだった。そして、ここで王子が死んでしまったらマキコは先程の返事を王子に対し、永久に伝えることはできない。
     マキコは王子に向かって叫んだ。
    「王子。私はあなたを愛しています。だから死なないで!」
     王子は戦いの最中だというのに、敵であるイイダ将軍から目線を外し、マキコを見た。
    「ははははは」
     イイダ将軍の高笑いが響く。
    「いいだろう。愛する者同士、仲良く死出の旅に送ってやろう」
     王子が一回、微笑んだ。王子は目線を再びイイダ将軍に向けた。
    「行くぞ」
     先程の攻撃と同じく、突き技を繰り出す。
    「バカめ」
     イイダ将軍が再び剣をクロス。刃を受け止める。
     とその時、王子は刀を離した。王子は「刀を捨てた」のだった。三ツ又に刀が引っかかり、刀の重みがもろにイイダ将軍の両腕にかかる。
    「もらったあ」
     邪魔な刀を外そうとするイイダ将軍に対して王子は自らの拳を繰り出した。
    「おらおらおらおらおらあ!」
     王子はおよそ20秒に渡り、連続して拳を繰り出した。1秒に5発として100発の拳を見舞ったことになる。
     これこそが王子の拳術の極意!長大な刀はそれ自体が「必殺の武器」であるように見せるためのカモフラージュであり、本当の武器は拳なのだ。
     イイダ将軍の体が吹っ飛んだ。イイダ将軍は血まみれになって宙を舞い、やがて床に落ちた。
     闘いは終わった。
     実力では確かにイイダ将軍が王子を上回っていたかもしれない。勝敗は「守るべきもの」があるのと、ないとの違いだった。
     王子はマキコに歩み寄った。
    「大丈夫ですか?」
     先に言うはずだった言葉を、王子は先にマキコに言われてしまい、苦笑いした。
    「私は見ての通り、元気そのものです」
    「良かった、本当に良かった」
     マキコは王子の胸に飛び込んだ。



  • 第七部

  •  マキコは神聖さくら帝国の女帝として毎月、帝国の食糧庫である花園の査察を行っている。このお勤めは数多い女帝のお勤めの中で、彼女が最も気に入っているもののひとつである。アブラゼミ戦闘機を自ら駆って花園の上空を飛びまわる。これほど楽しいひとときはない。花園はいつ見ても美しい。
     そして今回の査察も恙無く終えようとしていた。
     その時。
    「あれ?」
     アブラゼミ戦闘機の調子がおかしい。飛行高度が見る見るうちに下がっていく。これは「寿命」が原因である。栄養剤を投与することでメンテナンスはしていても、昆虫兵器も生物である以上は必ず死ぬ。ただ、それがいつなのかは正確には解らない。およその平均値があるので、それを過ぎた機体は処分するのが普通である。女帝の機体は「大丈夫のはず」であった。考えられるのは「女帝の飛ばし方が乱暴だ」ということだ。乱暴に扱えば当然、寿命は短くなる。
    「あららら」
     こうしてマキコは花園のど真ん中に墜落してしまったのであった。

  • たくましき女帝

  • 「女帝が墜ちた」
     この第一報がサティ基地に届いた時、基地内は当然のごとく大騒ぎとなった。直ちに捜索隊が組織され、花園へ向けて発進した。
    「大至急、王宮にも知らせなくては」
     かくして王宮内も大騒ぎとなる。日頃はクールで感情を顔に表さない執事でさえ、これにはさすがに取り乱した。
    「ああ、なんてことだ。今はシンジさまも、おられないというのに」

     その頃、シンジは自分の国である宮ノ台王国に戻っていた。結婚後、王位を父から譲られ、宮ノ台王国の国王として、もろもろの国内問題の処理にあたっていたのである。
     シンジはクマゼミ戦闘機で上空から自国を査察していた。宮ノ台王国はユーカリ王国に比べればはるかに人口の少ない、とても長閑な国だ。
     と言っても、この時代のことだから「森林に囲まれた大自然豊かな国」をイメージしてはならない。人口が少ないことは直ちに「開発されている土地が少ない」ことを意味する。すなわち宮ノ台王国は領土の大半が砂漠なのだ。
     この砂漠を緑豊かな土地にしなくてはならない。いつまでも花園の資源にばかり頼ってはいけない。これがシンジの結論であり、そのための候補となりそうな土地を上空から探していたのだった。
    「む?」
     シンジは何やら無線が混線しているのに気が付いた。シンジは直ちに無線の周波数をいじり始めた。何かがあったことは確実であった。やがて、次のような音声が飛び込んできた。
    「女帝はまだ見つからないのか?」
    「駄目です、上空からの捜索では、ほとんど何も見えません」
    「何としても発見するのだ。夜になったら捜索できない」
    「ですが、花園は広いです。女帝がどの地点に不時着されたのか、皆目わかりません」
     シンジは事態を把握した。
    (マキコが墜ちた!)
     シンジは直ちに機首を花園へ向けた。

     シンジが花園に到着したとき、上空は既に捜索隊の機体で溢れかえっていた。
    「状況を説明しろ」
    「今の声は、陛下?」
    「状況を説明しろ、早く」
    「はい」
     現場の捜索指揮を担当するアライン中佐が状況を説明した。はっきり言って最悪であった。 (くそ、なんてこった)
     シンジは自分の機体の高度を下げられるだけ下げた。しかし上空からでは花園の下は草花に遮られて全く見えなかった。
    (どこだ、どこにいるマキコ)
     しかし、気ばかりが焦って時間は無駄に過ぎるばかり。
     遂に花園の上空に星が瞬き始めた。今日の捜索はこれで中止である。
    「陛下・・・」
    「大丈夫だ。あれは強いから」

    「あいたたた」
     マキコは墜落の際に、しこたま自分の顔面を打ちつけた。マキコはヘルメットを脱いだ。
     マキコはアブラゼミ戦闘機から外へ出た。周囲を見渡せば、どこもみなジャングル。天を見上げれば、普段は高さなど感じない青空が、はるか上空に遠く見える。
    (これでは助けは望めない)
     マキコは自力脱出を覚悟した。
     まず、マキコはアブラゼミ戦闘機の修理を試みることにした。マキコはコクピット後方にあるドアを開いた。ドアの奥は「アブラゼミ戦闘機の胸部」。胸部の中は空洞の部分が多く、四方の殼には水気を失い、干からびた筋肉がへばりついていた。そして筋肉には無数の電極が差し込まれ、配線がコクピットの方へ通じていた。
    「へえ、昆虫兵器の中って、こんなふうになっているのね」
     マキコは興味顔で内部を観察した。
    「割と簡単なのね」
     昆虫兵器は昆虫の頭部をコクピットに改造したものであるので事実上、頭部以外は全て本来の昆虫そのままである。コクピットを構成する部品は、座席などの備品を除けば、操縦桿と飛行高度・速度などを表示するモニター、操縦桿の動きを微弱電流に変換するコンバーター、そして微弱電流を昆虫の筋肉に伝達するコードと電極、この四つだけである。しかもこの四つは、おそらくは「量産化」のためであろう、非常にコンパクトにできており、重さはそれなりにあるけれども、分解すれば一人でも充分に持ち運びが可能であった。
    「これって、ひょっとして、他の昆虫でも使えるのかしら?」
     マキコの脱出計画案は次の通りである。アブラゼミ戦闘機の修理はあきらめて、アブラゼミ戦闘機を餌に、別の昆虫をおびき寄せて、その昆虫にアブラゼミ戦闘機の操縦系統を移植する。
     だが、果たして、そううまくいくのだろうか?
     そうと決まれば、マキコは早速、作業に取り掛かった。モニターを外し、操縦桿を外し、コンバーターを外し、コードと電極はぐるぐるに巻き取った。そして、三日分の非常食が入ったビバークセットを背負って、アブラゼミ戦闘機を放棄、近くで野営することにした。

     野営を始めてから一週間が過ぎた。その間に、マキコの真上を何度となく捜索隊が飛んでいた。捜索隊が自分に気付かず飛び去って行くたびにマキコは落ち込んだ。遭難者の心理。 非常食はとうの昔に尽きていた。だが幸いなことにマキコは「自給の術」を身につけていた。
    「甘あい」
     マキコはアブラムシから甘い汁を分けてもらうことを知った。
    「酸っぱあい」
     蟻の汁が酸っぱいことも覚えた。これらはいずれも重要な「調味料の原材料」である。
     そして八日目の夜、ついにマキコが待ち望んだ昆虫がアブラゼミ戦闘機に食らいついた。マキコは、その姿を見て面を食らった。
    (・・・・・・)
     それはこともあろうに「オオカマキリ」であった。これには、さすがのマキコも恐怖を覚えた。だが、すぐに気を取り直す。どんなに相手が大きかろうと、獰猛だろうと、このチャンスを逃したら、もう助からない。マキコは意を決してミサイルランチャーを肩に背負った。
    「上手く当たれえ!」
     マキコは発射した。ミサイルは見事に命中、オオカマキリの頭部は四散した。
    「やったあ」
     マキコは頭の吹き飛んだオオカマキリの傷口に近寄ると早速、電極を差し込んだ。
     マキコは操縦桿を持ってオオカマキリの首の上によじ登った。
    「ちゃんと動くかしら?」
     マキコはスティックを右に操作した。

     ぐるん

     オオカマキリは体を左に向けた。
     今度は右に操作する。

     ぐるん

    「ははは、どうやら逆だったみたい」
     電極を差し替え直し、マキコはいざ脱出を開始した。
    「いっけえ」
     オオカマキリが夜空に舞いあがった。
    「やったわ、大成功♡」
     だが、オオカマキリはたちまち飛行高度を下げていく。やがて一輪の花の上に着陸した。 「何よ、飛ばないじゃない」
     それは仕方がない。オオカマキリは飛翔型の昆虫ではないのだから。
     だが、マキコはついていた。マキコの目の前に咲く花の上に、モンシロチョウが一羽とまっていたのである。

     夜が明けた花園に、既に捜索隊の姿はない。ただ一機、シンジだけが絶望的な気持ちで捜索を続けていた。
     シンジは一羽のモンシロチョウが飛んでいるのを確認した。
     その飛び方が、どうもおかしい。シンジは機体を接近させた。
     背中に何かがある。
    「マキコ!」
     シンジが叫ぶ。
     昨夜、一晩かけてモンシロチョウを改造したマキコ。
    「あいつ、心配かけさせやがって」
     モンシロチョウの背に乗るマキコの姿は、あたかも「蝶の妖精」のようであり、それはそれは大層「美しかった」。



  • 第八部

  •  いつの時代でも、物資の大量輸送の主役は「船舶」をおいて他にはない。花園で採取される物資の輸送も、やはり船舶によるものである。
     花園に隣接する港から花見川を北上、新川と合流後、進路を東に向け印旛海(印旛沼)の手前に位置する岩井王国の先崎(まっさき)港から陸揚げされていた。

     この日、一隻の輸送船が深夜の闇にまぎれて印旛海を航行していた。
     花園から輸送される物資は全て先崎港でおろし、検閲を受けることになっていた。つまり、この船は「密輸船」であった。
     この船には通常の物資とは違うものが積まれていた。それは臼井王国内に拠点を持つ反政府組織が密かに開発を進めていた新型昆虫兵器の蛹であった。
     蛹はとてつもなく大きなものであった。全長はオニヤンマ重爆撃機よりも長く、幅はカブトムシ重戦闘機よりも大きかった。
     このような昆虫は、花園にはいない。ということは、この船は花見川ではなく別の川からやってきたのに違いなかった。
     この蛹は秘密裏に臼井王国内にある秘密の工場に運ばれ、そこで昆虫兵器に改造されることになっていた。
    「どうした?」
    「大変です。蛹が、蛹が羽化し始めました」
    「なんだと」
     予定日よりも二日も早い羽化に、船内はパニックに陥った。
    「仕方がない、殺せ」
     だが、遅かった。蛹は完全に羽化してしまった。
    「ああ、もうだめだ」
     蛹から羽化した巨大昆虫は船内でひと暴れした後に、漆黒の彼方へと飛び去っていった。

  • 巨大昆虫ビッグフェイス

  •  臼井王国の首都であるレイクピアは帝国内でもユーカリ王国の首都スカイプラザ、志津王国の首都マインに次ぐ、第三の規模を誇る大都市である。
     その大都市で、夜中に大事件が発生した。都市のいたる場所で破壊が起きていたのである。
     一夜明けて、被害の状況が明らかとなった。それはまるで「同時多発テロ」のような状況であった。数十か所での大規模な建物の破壊である。
     臼井王国の警察本部はこの事件が「爆破物による」ものなのか、あるいは「局地的な異常気象」たとえば竜巻のような現象によるものなのか、判断を決めかねていた。
     そして、この日を境に、同様の事件が相次いで発生した。
     翌日には隣国の生谷王国でも同様の破壊事件が起き、さらに次の日には志津王国の首都マインが標的にさらされた。
     しかも事件は決まって「夜」であった。

    「夜行性の謎の生物が帝国内で暴れている」
     警察はともかくとして、帝国軍ではそういう見方をしていた。テロリストたちが異国から昆虫を密輸しようとしているという情報を入手していたからだ。おそらくは、その昆虫を使ってテロリストたちが帝国内をかく乱しているに違いない。
     ムラコ司令はアライン中佐を作戦司令室に呼んだ。
    「直ちに作戦を練り、テロリストたちの使用する昆虫を破壊せよ」
     アライン中佐は「ギンヤンマ特殊部隊」を招集した。
     ギンヤンマ特殊部隊とは、その名の通りギンヤンマを主力兵器とする空軍の特殊部隊であり。最大の特徴は全員が女性隊員であることだ。部隊のリーダーはマリ・コニシ大尉。彼女こそ帝国内のすべての女性軍人の憧れの存在である。
    「ギンヤンマ、発進せよ」
     ギンヤンマ特殊部隊の機体、全10機が深夜の飛行場を離陸した。
     マリの作戦は胴体の下に照明ポッドを搭載、その光で、謎の昆虫をおびきよせるというものであった。
     もっと時間がかかるかと思っていたが、作戦は1時間ほどで成功した。謎の昆虫は照明ポッドの放つ光に、まんまと吸い寄せられてきたのであった。
     だが、照明ポッドによって一瞬照らし出された謎の昆虫の姿を見たマリの顔からは瞬く間に血の気が引いた。あまりの驚きにマリは口をきくことができなかった。
    (今のは、何なの?)
     マリの機体の無線が鳴った。それはアライン中佐からの緊急通信であった。
    「謎の昆虫の正体が判明した。作戦は中止。直ちに帰還せよ」
    「現在交戦中」
    「何?直ちに帰還せよ。こちらの入手したデータが正しければ、ギンヤンマの攻撃力ではとても歯が立たない相手だ」
     それは目撃したマリ自身、よくわかっていた。
     マリは部下に帰還命令を下すと、自分の機体の照明ポッドの切り離しにかかった。だが、スイッチの故障か?照明ポッドが切り離されない。そればかりか、照明を消灯することもできない。
     そこへ照明ポッドの光に吸い寄せられてきた謎の昆虫が迫ってきた。マリの機体の尻尾がもぎ取られた。
    「きゃあ!」
     見る見る飛行高度を落とす機体。続く第二撃は羽の一枚を吹きとばした。
    (もうだめ、やられる)
     朝日が東の空に登り始めた。謎の昆虫は、いずこかへと飛び去って行った。マリは九死に一生を得た。

    「戻ってきて、すぐで済まないが、作戦室へ来てくれ」
    「了解」
     事の重大さは敵と遭遇したマリが一番よくわかっている。
    「これが今回の一連の事件の犯人だ。テロリストの間では『ビッグフェイス』と呼ばれている」
     アライン中佐は謎の昆虫に関するデータをスクリーン上に表示した。
    「全く、とんでもないものを帝国内に持ち込んでくれたものだ」
     大きさ、パワーをはじめ、あらゆるデータが今までの昆虫の常識をはるかに超えていた。これは我々の時代では『ヘラクレスオオカブト』と呼んでいる昆虫に非常に近いものだ。 「どうしてわかったのです?」
    「印旛海で不審船を捕らえた。案の定テロリストの密輸船で、その中に、こいつに関するデータがあったんだ」
     アライン中佐は、しばらく考え込んだ。こいつをいかにして倒すべきか・・・
    「もったいないが仕方がない。オニヤンマを一機、こいつにくれてやる」
     オニヤンマ重爆撃機は神聖さくら帝国内では最も高価な昆虫兵器である。そのうちの一機が急ピッチでリモコン機に改造された。そしてパイロンには照明ポッドと、強力な爆弾がありったけ装着された。
    「今回の作戦は次の通り」
     アライン中佐が今回の作戦について説明を始めた。内容としてはビッグフェイスがオニヤンマ重爆撃機に襲いかかって来た時に爆弾を爆発させて粉砕するというものだ。
    「作戦は今夜、今回は私が指揮を執る。以上」
     22時、作戦開始である。
     起爆スイッチはマリが握っていた。彼女の機体は先の作戦でぼろぼろなのでアライン中佐の横に便乗している。
     目的地に到着した。ギンヤンマ重爆撃機が旋回を始めた。
     長時間の夜間飛行は神経を酷使する。ギンヤンマ特殊部隊は二隊に分けての交代制である。アライン中佐は慣れていると見えて作戦中は飛行し続ける。
     そんなアライン中佐をマリが気遣う。
    「私が操縦を代わりましょう」
    「いや大丈夫だ。それよりも、来ているぞ」
    「えっ?」
     アライン中佐は殺気を見逃さなかった。まもなく羽音が聞こえてきた。
    「来るぞ。タイミングを外すなよ」
    「はい」
     ビッグフェイスがオニヤンマ重爆撃機を攻撃した。マリは起爆スイッチを押した。空中に巨大な火の玉が発生した。タイミングは完璧だった。
    「何て奴だ」
    「そんなことって」
     火の玉の中からビッグフェイスが飛び出してきた。致命傷どころか全くもってピンピンしている様に見える。ビッグフェイスは何事もなかったかのように悠々と夜間飛行を続けるのだった。
    「追うぞ」
     アライン中佐はビッグフェイスを追跡した。ねぐらだけでもつかんでおけば、対策は新たにたてられるだろう。
     だが、追跡は途中で断念しなければならなくなった。何とビッグフェイスはユーカリ王国の首都にして神聖さくら帝国の帝都であるスカイプラザで最も高いタワーマンション「テン・サウザンド・マウンテン」の明かりに誘われて飛行していたのである。
     もしもビッグフェイスがタワーマンションに激突したら、数千人の住人が死ぬことになる。
    「これはまずいぞ」
    「どうしましょう」
     アライン中佐は即決で判断を下さねばならない。だが、それは非常に危険な作戦であった。死ぬかもしれない。いや、一人で死ぬならばいい。
    「大尉」
    「何でしょうか」
    「家族はいるのか?」
    「両親と弟が一人」
     弟がいると聞いて、アライン中佐は少し安心した。
    「では、私と一緒に死んでくれるな?」
     マリは直感した。何か危険な作戦をしようとしていることに。
    「了解です。軍人は死ぬのが仕事ですから」
     マリは快諾した。さすがは「帝国軍人」だけのことはある。おしむらくはその時の心情が「お国のため」などではなく「民衆のため」であってくれればと思うアライン中佐だった。
    「よし、じゃあ行くぞ。時間がない」
     アライン中佐は自分の機体を背後からビッグフェイスに接近させると、ビッグフェイスの長く突き出た角を自分の機体の足で掴んだ。アライン中佐は操縦桿を前へ押し込んだ。

     下方空中開花

     見る見るうちに高度を落とすビッグフェイスとアブラゼミ戦闘機。
    「ギリギリまで高度を落とすぞ」
     夜間の下方空中開花は文字通り高度計だけが頼りの「命懸け」の大技である。
    「5・4・3・2・1、今だ」
     ビッグフェイスはそのまま砂漠に突っ込んだ。一方、アブラゼミ戦闘機はギリギリのところで水平飛行に入った。
     だが、そうは問屋が卸さない。
    (砂丘!)
     砂漠は時々刻々とその姿を変える。この日、そこには運悪く砂丘ができていた。かくしてアブラゼミ戦闘機は砂丘の土手っ腹に突っ込んだ。
    「うわあああ!」
    「きゃあああ!」
     意識が遠のいていく二人。

    「う、うーん」
     マリの意識が回復した。場所はどうやら軍の病院のようである。マリは奇跡的に無傷であった。マリは昨夜の出来事を思いだそうとした。
    「そうだ、中佐は?」
     病室に看護師が入ってきた。マリはアライン中佐のことを尋ねた。
    「アライン中佐は意識不明で、今はまだ集中治療室の中にいます」
     墜落現場からビッグフェイスは発見されなかった。地面が砂漠であったことから、おそらくダメージを受けていないようであった。ということは未だビッグフェイスは健在ということである。
    「基地の上空にビッグフェイスをおびき出して、滑走路上にたたきつける」
     マリは新たなる作戦を披露した。
    「いくらビッグフェイスが頑丈といったって、コンクリートにたたきつければ絶命するはず」
     これが、マリが出した結論であった。
    「危険すぎます!」
     ギンヤンマ特殊部隊の隊員全員が今回の作戦に反対を唱えた。百戦錬磨のアライン中佐ですら結果は「意識不明の重体」なのだ。夜間の下方空中開花。仮にコンクリート上に墜落すれば間違いなく死ぬことになる。
    「これ以外に方法はありません」
     だが、マリの意思は固かった。
     かくして作戦は実行に移された。再びオニヤンマ重爆撃機が改造され、基地の上空を旋回し始めた。マリは今回の作戦にあたり、砂漠から掘り出したアブラゼミ戦闘機を借りることにした。この作戦はいわば「アライン中佐の仇討ち」なのである。
     ビッグフェイスが出現した。
    「来たわね」
     マリは慎重にビッグフェイスに接近した。だが、思うように角を掴むことができない。アライン中佐はいとも簡単に掴んだのに。自分の腕の未熟さを嘆かずにはいられない。
    「ふう」
     それでも、どうにか掴むことができた。だがここからだ。マリは操縦桿を前に倒した。
     加速しながら降下するアブラゼミ戦闘機とビッグフェイス。強烈な加速Gがマリの体にかかる。マリは必死に高度計を見る。高度計の数値が見る見るうちに下がる。タイミングを推し量る。速すぎれば逃げられる、遅ければ自分も死ぬ。マリの頭がくらくらし始める。体力も精神力も、もはや限界に達していた。
    「10・9・8・7・6」
     そんなマリの耳に声が聞こえる。
    (これって、もしかしてカウント?)
    「5・4・3・2・1」
    (この声は、まさか?)
    「今だ!」
     マリは無線から聞こえる声のままに機体を切り離すと機体を急上昇させた。アブラゼミ戦闘機は上昇を開始、ビッグフェイスは滑走路に激突した。さすがのビッグフェイスも今度という今度は絶命した。
    「はあ、はあ、はあ」
     大きく息を切らせるマリ。それは彼女が生きている証拠でもある。マリは見事に任務をやってのけた。
    「良くやった大尉。完璧な作戦だったぞ」
     マリの無線に先程、カウントを読み上げていたものと同じ声が入った。マリは無線の声の主を知っている。
    「中佐、無事だったのですね」
    「まあな、今回の作戦を耳にして、病院からすっ飛んで来たってわけだ」
    「ああ、でもよかった、御無事で」
    「いや、私の方こそ済まなかったな。砂丘に突っ込んでしまったのは私の完全な操縦ミスだからな。こんな危険な任務をさせてしまったことを申し訳なく思う」
    「いえ、今回はとても勉強になりました」
     管制塔からマリを見上げるアライン中佐。アブラゼミ戦闘機からアライン中佐を見下ろすマリ。二人は互いに心の中で敬礼するのであった。



  • 第九部

  •  帝都スカイプラザから北へ1,2㎞ほどの地点に「ユーカリNo.6ー5」と呼ばれる地域がある。この地域は、かつてはユーカリが丘において最も古いマンションが建っていた地帯であり、それが400年後の今では廃墟となって、ほぼそのままの形で残っていた。
     なぜこの一角だけが「廃墟」なのか?それは、この一角には現在「黒い悪魔」が大繁殖しているためである。
     黒い悪魔。それは全身をギラギラと脂ぎらせ、動きは非常に素早く、空中をパタパタと音を立てながら飛翔するかと思えば、地上をカサカサと音を立てながら走る。要するに「ゴキブリ」である。
     ユーカリNo.6ー5に住みつくゴキブリは周辺が広大な砂漠であることもあって、普段はユーカリNo.6ー5から外に出ることはない。ただ稀に砂漠を越えてサティまで到達するものもおり、そのときには非常に困るのも事実だった。
     歴代皇帝が、この黒い悪魔の駆除に頭を悩ましていた。強力な昆虫兵器がなかったためである。だが、現皇帝であるマキコには「オニヤンマ重爆撃機」がある。かくして、今までのいかなる皇帝もなしえなかった難問題の解決にマキコは挑むことになった。

  • 女帝大失策

  • 「やめたほうがいい」
     このようにマキコに進言したのは、女帝の夫であるシンジだった。
    「無駄に兵士たちを危険にさらすだけだ」
     いつもはマキコのすることに口を挟まないシンジだったが、この時ばかりは執拗に反対した。無性に「胸騒ぎ」がしたのである。「一流の戦士のみが持っている勘」といってもいいだろう。
     マキコはしばらく黙っていた。考えているのではなかった。彼女はむくれているのだった。いつもは賛成してくれる夫が強硬に反対する。こんな経験は初めてだっただけにマキコは腹が立ってしまったのである。マキコは自分の考えは正しいと一歩も譲らなかった。その姿は右翼思想にかぶれ「軍拡の道」を突き進む平成時代のニッポンの首相のようであった。
     だが、それにしても、普段は思慮深い彼女が、なぜ今回に限っては、こうも感情的になるのだろう?
    「私には国民の安全を守る義務があるのです」
    「だがリスクが高すぎる」
    「リスクが何だというのです?このまま連中をのさばらせておいたら、きっとあとで取り返しのつかないことになります」
    「心配ない。こちらから仕掛けない限り、向こうから手を出してくるようなことはない」
    「私は、あの黒いのが大嫌いなんです。あんなのが帝国内に存在すると思うだけで、もう身の毛がよだつのです!」
    「知らないぞ」
     シンジは、その日のうちの王宮を去って、さっさと自分の国に戻ってしまった。
     これが女帝の御機嫌を、なおのこと損ねた。マキコは断じて自分の信念を曲げようとはしなかった。およそ、この時ほど彼女が「自分は神聖さくら帝国の女帝である」と自覚したことはなかった。
     マキコの立案した作戦は実に大掛かりなものだった。何しろユーカリ軍だけなく、隣国である臼井軍まで投入して「ユーカリNo.6ー5を徹底的に破壊する」というのであるから。その上で、廃墟から出てくるゴキブリを「一匹残らず駆除する」のである。
     マキコ自らが立案したこの大規模作戦、果たして結果はどうなるのだろうか?またも勝利の女神はマキコに微笑むのか?それとも今回ばかりは「違う結末」が待っているのだろうか?

     マキコが操縦するアブラゼミ戦闘機を筆頭に、総勢1000機にのぼる昆虫兵器が、決して広いとは言えないユーカリNo.6ー5の上空に飛来する様は「圧巻」の一言である。しかも、そのうちの5分の1にあたる200機は女帝の切り札であるオニヤンマ重爆撃機である。彼女はオニヤンマ重爆撃機に全幅の信頼を寄せていた。その昔、花園において「蝶の大群に翻弄される姿」を見ているはずなのに。
     女帝は、ことのほか「軍隊」を愛した。もろろん、彼女はニッポンの右翼政治家とは違い立派な指導者であるから、福祉政策や文化・芸術政策にも手ぬかりはなかったが、それでも彼女は「自分を皇帝にしてくれたのは軍隊」と一番の愛情を示すのに躊躇しなかった。だからこそ彼女は「平和の帝国」にあってもなお「軍備の増強」にことのほかこだわり、それを優先するのだった。
    「作戦を開始します」
     マキコが無線に支持を出した。直ちにオニヤンマ重爆撃機が絨毯爆撃を開始した。はじけ飛ぶコンクリート片。だが、それも思ったほどではない。今日の我々の目から見れば「当たり前」である。「爆竹で5階建てマンションを吹き飛ばそう」などとは、お笑いである。
     一向にあがらぬ成果にマキコは段々と焦り出した。だが何事においても「焦りは禁物」である。
    「全機、ユーカリNo.6ー5内部に侵入せよ」
     何ということを!廃墟となったマンションの中は文字通り「ゴキブリの巣窟」である。ゴキブリの巣窟の中に昆虫が飛び込めばどうなるか?今日の我々の目から見れば、結果は見えている。
    「うわああああ!」
    「助けてくれえ!」
     かくして昆虫兵器はゴキブリの格好の餌となった。
     そして、ゴキブリの魔の手は不用意にも自らも突入したマキコその人にも迫ろうとしていた。
    「いやあっ!」
     マキコの操縦するアブラゼミ戦闘機に何匹ものゴキブリが噛みついた。たちまちのうちに食われていく機体。
    「女帝が危ない」
    「何としても、お助けするのだ」
     女帝に忠誠を誓う勇敢な兵士たちが自らの機体をマキコの機体に襲いかかるゴキブリに体当たりさせる。その痛ましい姿は、さながら「神風特攻隊」を彷彿とさせた。
     やがて一匹の昆虫兵器が、ボロボロになったアブラゼミ戦闘機を足に挟んで、マキコを外に脱出させた。
    「女帝は救出した。生き残っている隊員は直ちに廃墟を脱出しろ」
     女帝を救出したパイロットは戦意を完全に喪失、半ば放心状態であるマキコに代わって、まだ生き残る兵士たちに命令を出した。
     生き残っている昆虫兵器が廃墟から出てきた。だが、その機数は100にも満たなかった。900機以上がゴキブリに食われたのだった。
    「だから言っただろう?こんな作戦は無謀だと」
    「あ、あなた」
     マキコを救助した昆虫兵器のパイロットはシンジその人だった。
    「ごめんなさい、私・・・」
    「私から言うことは何もない。お前は賢い女だから『自分の犯した罪の深さ』くらいは充分にわかっているはずだ」
     シンジは敢えて妻を責めない。むしろ自分を責めていたのだ。「やはり何としても作戦を中止させるべきだった」と。
     今回の作戦によって、実に2000名にのぼる尊い若者たちの人命が失われた。これらの殉職者は紛れもない「マキコが殺した」のである。
    「わああああああ!」
     マキコは号泣した。これは彼女が女帝になってから流した初めての「後悔の涙」だった。

     その後、マキコは国防偏重の国内政策を改め、より福祉や文化芸術へ力を注ぐようになった。本当の意味で彼女が「賢帝」となるのは、この事件以後のことである。



  • 第十部

  •  人類が昆虫兵器を発明したのは「武器として最適」であるだけでなく「移動手段として安全だから」でもある。仮に現在同様の乗り物を開発しても、所詮は「ラジコン」の域を出ない。
     だが、時が経つと、もとが生物である昆虫兵器では、やはり満足できず、20世紀・21世紀的な発明に取り組む者も出始めた。これは明らかに「文明の後退」なのだが今回、全長60㎝の太陽電池をエネルギーとするプロペラ旅客機が開発され、初フライトをすることになった。なるほど、確かにオニヤンマよりも巨大だし、飛行速度も速そうである。

  • ホワイトピッグを捜せ

  •  印旛海のほとりに民家がひとつ、ぽつんと建っていた。そこには一風変わった爺さんが暮らしていた。
     彼の名はピグミー・ヒグチ。20年前まで兵器工場で研究開発に従事していた博士だ。晩年の博士はここで「新しい昆虫兵器の開発」を楽しんでいた。
     今、博士の前に完成したばかりの昆虫兵器があった。それは「ゲンゴロウ」を改造したもので、理論上は「水陸両用」だが、まだテストが行われていないため、性能の程は不明である。
     突然、印旛海の方角からバシャンという大きな音がした。何かが印旛海に落ちたようだった。折からの強風で水面は大きく波立っていたが、何も見えなかった。落下物は既に水中に沈んでいるようだった。
    「強風で石でも飛んできたのかな。危ない危ない」

     30分ほど前の話である。
     臼井王国の首都にあるレイクピア空港は人・人・人で溢れかえっていた。「400年ぶりにつくられた飛行機」に多くの人々が熱狂していた。華麗なる式典が催され1000人の賓客を乗せた巨人機「ホワイトピッグ」が空港を離陸したのは11時ジャストのことだった。
     「悪夢」は10分後に起きた。
     折からの強風に機体は見る間に進路をスカイプラザではなく印旛海の方へ向けた。そして印旛海上空で機体は大きく傾いた。制御不能になった機体はあっけなく印旛海に墜落したのである。
     「ホワイトピッグ墜落」の報を受けて、直ちに捜索隊が印旛海に派遣された。「1000人の乗客の命」がかかっているとあって帝国軍は直ちに全長4,8メートル(現代の車くらいの長さ)に達する帝国が保有する最大の軍艦である空母「イヅミ」を現地に派遣した。
     上空をひっきりなしに昆虫兵器が飛ぶ。渡部博士は「何事か」と自宅の外に出た。博士は印旛海に空母イヅミを発見した。
    「これは、ただ事じゃあないぞ」
     博士は直ちにテレビのスイッチを入れた。博士のテレビは特別製で、軍の周波数を傍受できる。
     博士はイヅミの通信を傍受した。内容は概ねわかった。
    「出かけるか」
     博士はゲンゴロウに搭乗した。
    「お前さんの初仕事じゃ」
     博士はゲンゴロウを空に舞い上がらせた。向かう先は、イヅミである。

     イヅミのコントロールルームでは観測班が海底の情報収集に追われていた。イヅミには水中探索用のソナーが搭載され、事実、いくつかの物体を捉えてはいたが、それがホワイトピッグであるのか、海底の石なのか、魚なのか識別することは容易ではなかった。
     上空を飛行する昆虫兵器からの情報は正直、期待できなかった。折からの強風で、海の水は濁り、上空からの捜索では水面の下を見ることは不可能だった。
     この時、現場で指揮を執るケニチ・ワタナベ提督は「決定的な誤り」を犯していた。それは「ホワイトピッグは海底に沈んでいるもの」と思っていたことである。
     だが、実際のホワイトピッグはプラスチック素材の軽い機体と機内の空気によって、水中に浮かんで、あたかも魚のようにゆらりゆらりと移動していたのである。
     そして、イヅミのソナーはホワイトピッグが動いている姿を完璧に補足していたのである。
    「未確認飛行物体が本艦に接近中!」
     艦内に緊張が走る。
    「上空の機体に撃墜させろ」
    「ダメです、間に合いません」
     謎の機体は、イヅミの飛行甲板に着陸してしまった。
     どうやら謎の飛行物体は一機のみのようであった。ケニチ提督は意を決して自ら飛行甲板へ出向いた。
    (こんなときに何者だ?)
     見たこともない昆虫兵器から一人の好好爺が出てきた。好好爺はゆっくりとした足取りで、ケニチ提督の前に歩み寄ってきた。
    「久しぶりじゃのう、ケニチ大尉どの。おやおや、今は提督でしたな」
    「あなたはヒグチ博士!」
     ケニチ提督はこの者をよく知っている。何てことはない。空母イヅミの「生みの親」が我が子の元にやってきただけの話であった。

    「ふむふむ、なるほど」
     博士はイヅミのモニター画面をじっと見つめていた。博士はひとつの光点を指差した。
    「これじゃ、間違いない。これがホワイトピッグじゃ」
     その光点には矢印の表示があった。それはすなわち矢印方向に移動していることを意味していた。
    「博士、失礼ですが、それは魚では?」
    「モニターを巻き戻せるか?」
     観測班はモニターを巻きもどした。
    「よし、では早送りして見せてくれたまえ」
     光点はゆっくりと同じ方向に移動していた。
    「魚がこんな動きをするかね?これは水中を何かが浮かんで移動しているのじゃ」
     観測班は納得した。
    「捜索隊をこの光点に向かわせろ。イヅミも直ちに発進だ」
     捜索隊が光点の上空に到着した。だが、水面下は見えない。やや遅れて、イヅミも到着した。ソナーによれば、イヅミの真下1mに「物体」はある。
    「わしが見てこよう」
     博士がゲンゴロウに乗り込んだ。
     ゲンゴロウは潜水を開始した。テストを兼ねての初仕事だ。
     水深が1mに達した時、白亜の機体が眼前に、その姿を著した。
    「やはりそうじゃ、見つけたぞ」
     早速、博士は事前に計画していた救助作戦を開始した。
     博士の救助作戦は次の通り。
    「重いモーターの付いた主翼を切り離して、胴体を水面に浮かせる」
     別段、難しい作業ではない。右側のモーターに爆薬を仕掛ける。さて次は左、と思ったその時である。
    「おわっ」
     ゲンゴロウに何かが襲いかかった。それは「カミツキガメ」だった。
     異変はイヅミでも探知していた。だが、どうすることもできない。
     結局、カミツキガメはゲンゴロウの右後ろ足だけで満足したようだった。博士は作業を続けた。
    「さあ、上手く爆発しろよ」
     博士は爆破スイッチを入れた。
     爆破は成功。モーターは切り離され、水中に沈んでいく。ホワイトピッグの胴体がゆっくりと浮上し始めた。
     しかし爆発の衝撃で、カミツキガメが完全に凶暴化した。博士はゲンゴロウを飛翔させた。
     凶暴化したカミツキガメは、イヅミの船底を執拗に攻撃しだした。さすがの巨大空母も大きく揺れる。
     カミツキガメは、やがて攻撃を止め、イヅミの前方に浮上した。その姿は、まさに「ガメラ」そのもの。乗員は全員びっくり仰天。
    「主砲用意!」
     イヅミの主砲がカミツキガメに照準を合わせる。今でいうところの25mmライフル銃である。
    「発射!」
     弾丸はカミツキガメの甲羅を貫通した。
     ゲンゴロウが飛行甲板に着陸する。やや遅れてホワイトピッグも浮上した。乗客は全員無事である。

     後日、ゲンゴロウは正式に「水陸両用昆虫兵器」として帝国軍に採用された。 



  • 第十一部

  •  果たしてこれは「昆虫兵器」などというものを発明して性懲りもなく繁栄を続けようとする人類に対する「大自然からの警告」なのか?神聖さくら帝国の北方に突如として発生した「イナゴの大群」は一路、神聖さくら帝国を目指して南下していた。

  • 「天罰」再び

  •  神聖さくら帝国が誇る昆虫兵器のすべてが帝国の北、印旛海南岸に集結していた。明日の朝には、その対岸に「イナゴの大群」が姿を現わす。
    「みなさん」
     マキコの声が空母イヅミの甲板上に響く。帝国最大の危機に女帝は自ら出陣した。
    「いよいよ明日になりました。正直、今回、私たちが相手にする敵はとてつもなく強大なものです。まさに『大自然の力そのもの』といっていいでしょう。今まで私たちが味わったことのない壮絶な戦いになることでしょう。ですが、私たちには『希望』があります。私たちは決して『無策』で、この場に臨んだわけではありません。最善の作戦を立てて明日を迎えるのです。ですから、きっと勝てます。私はそれを信じて闘います。皆さんも私と同じ心で勝利を信じて闘ってください」
     兵士たちの不安が和らぐ。
    (そうだ、我々には女帝がいる。今までだって帝国の危機を何度も救ってきたではないか)
     兵士たちの心の中に勇気の炎が灯り始めた。
     それを見届けてから、マキコは壇上を降りた。マキコはイヅミの内部に設置された作戦司令室で「国民の避難」について具体的な指示を出しているシンジの元へと急いだ。
    「マキコ」
     シンジが女帝に呼び掛ける。このような公の場で女帝ではなく名前で呼ぶのはシンジにとっては珍しいことだった。
    「ちゃんと激励できたか?お前の毅然とした態度こそが『帝国の希望』だからな」
    「避難誘導は進んでいますか?」
    「ああ、おそらく、このままの進路であれば、サクラ砂漠から東側の国家は大丈夫だと思う。ただ、とりあえずは臼井王国・生谷王国も避難地区に指定した。全員を江原・印南・羽鳥・吉見に避難させている」
    「そうですか」
     マキコが涙ぐむ。夫の前では、やはりマキコも一人の女性だ。残念だが、志津王国・ユーカリ王国は蝗の大群の進路上にある。
    「まだ泣くなよ。泣くのは無事に勝利してからだ」
     シンジは、このようなことを言わなければならない自分が恨めしくてならなかった。本当ならば、どれほど「優しい慰めの言葉」をかけてやりたかったことか。だがそれはできなかった。彼の妻は「女帝」なのだ。そして女帝である彼女には「泣くことは許されない」のだ。
    「はい。わかってるわ」
     マキコは作戦司令室を後にした。

     夜が明けた。
    「これがイナゴの大群か!」
     印旛海北岸一帯に高々と舞い上がる砂煙。砂煙ではなく、それこそがまさにイナゴの大群に他ならなかった。まるで蜃気楼のようにゆらゆらと揺らいで見える。
    「作戦通りの成果を期待します。全軍配備!」
     女帝の命令とともに、飛翔型昆虫兵器が空高く舞い上がる。
     一方、地上型昆虫兵器も、南岸手前50メートル程の位置に展開する。主力は「オオカマキリ重戦車」。その前には岸辺まで沢山の「枯れ葉」が積まれていた。
     切り札は当然「空母」だ。
     空母は二隻。イヅミの他、同型艦「サワコ」が印旛海の左右に広がる。両空母には「火炎放射砲」が装備されている。
     作戦のあらましは、これでわかるだろう。南岸で枯れ葉を燃やし、イナゴを印旛海に落とす作戦だ。無論、イナゴが燃えやすいように事前に上空を飛行する昆虫兵器から「油を散布」する。
     さあ、遂に「人類の存亡」に関わるだろう重大な戦いの火蓋が切られた。
     印旛海上空を飛行するオニヤンマ重爆撃機&シオカラトンボ攻撃機が下を飛行するイナゴの群れに油を降り注ぐ。油にまみれたイナゴに、イヅミ&サワコ両空母の火炎放射砲が火を吹く。
     そして印旛海南岸の枯れ葉にも火が放たれた。次々と灰になるイナゴ。
     だが、予想以上に炎の壁を突破する個体が多い。
    「行くぞ」
     アブラゼミ戦闘機隊による機銃掃射が始まった。その中にはシンジが、マキコがいる。最前線で闘う皇帝と女帝。ここには19世紀までの「美しい戦闘の姿」があった。国家の指導者が前線の遥か後方から「無責任な命令」を下すのではない、兵士と共に最前線で闘う姿が。
    「一匹たりとも、スカイプラザに侵入させるものですか」
    マキコが前に出る。マキコの機体にイナゴが激突する。なんとか持ちこたえる。機体に異常はない。マキコの額から血が流れ落ちる。
    「大丈夫か?」
    「ええ」
     大混戦の中でも、シンジはマキコの位置を見失うことはない。シンジは常にマキコの横に位置し、必要に応じて前に出る。
     時間が刻々と流れていく。だが、いつまでたっても、イナゴの群れは切れない。
     気が付けば、南岸の炎が下火になっている。それに伴い、印旛海を突破するイナゴの数は確実に増えていった。
     火炎放射砲を繰り返し放射し続ける、イヅミとサワコの姿もイナゴの群れに隠れた上空からは確認することができない。
     南岸に展開するオオカマキリ重戦車は天手古舞いであった。
    (このままでは、全軍が全滅してしまう)
     マキコの脳裏に忌まわしい記憶が蘇る。「ユーカリNo.6ー5掃討作戦」だ。
    (あの時のようなことだけは避けなくては)
     そうは思うものの、なかなか作戦の中止が決断できない。それはとりもなおさず「スカイプラザの防衛の放棄」を意味したからに他ならない。
     迷いながら戦うマキコの機体の正面に10匹以上ものイナゴの大群が突進してきた。
    「やばい」
     マキコはどうにかスラロームで切り抜けた。
    「マキコ」
     シンジの機体がマキコの機体の真横に接近した。
    「周りを見てみろ。もう俺たち以外はイナゴしかいないぞ」
     確かに、その通りであった。
    「さっき全軍に退却命令を出したんだ。済まない」
     マキコは自分が迷っていたことを夫がしてくれたことを感謝した。
    「軍の皆さんはどこへ?」
    「レイクピア基地へ帰還するように指示したよ。取り敢えず臼井王国は無事のようだ」
    「そうですか」
     マキコの目に涙が溢れてきた。自分が即位して15年の月日が流れていた。その間、いろいろなことがあったけれども、帝国は女帝の才覚によって「繁栄の道」を着実に歩んできた。本来ならば「即位15周年記念行事」で沸き返るはずの帝都であった。それが、たった一日で廃墟と化した。「建設は死闘、破壊は一瞬」とはいえ、あまりにも惨い女帝の15周年。マキコにはどうしても、それが受け入れられない。
    「また作ろう。再び挑戦だ」
     無線から聞こえるシンジの声。
    (そうだ、つくるのだ。何度壊されようとも、何度でも)
     臼井王国へ進路を向けたマキコの機体からは右手方面にスカイプラザの様子がよく見えた。まさに今、帝都がイナゴの大群にのみ込まれようとしていた。
     神聖さくら帝国の帝都スカイプラザ。ユーカリ王国の首都スカイプラザ。そして、自分の故郷スカイプラザ。
    「国民の避難状況は?」
     シンジは言いづらそうに答えた。
    「輸送手段が足りない。他の都市へ避難できた市民は7割。残りは・・・」
    「わかりました。もういいです。聞きたくはありません」

     ああ これが「大自然の力」なのか?
     これが「人類の力」なのか?
     あまりにも「強大」な大自然。
     それにひきかえ、あまりにも「無力」な人類。
     果たして人類は本当の意味で「自然の脅威を克服」することなどできるのだろうか?
     人類が「自然と共生するための道」は一体どこにあるのだろうか?
     人類に与えられた課題は、それこそまだまだ「山積み」である。

  • 最後の花園 完     


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