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  • 文殊の剣

    保科正之の隠し子である澄姫と
    竜宮で文殊師利菩薩の精神と技を会得した剣客・石之伸を
    主人公とする
    ラブ・ロマンス小説。
    江戸時代の江戸を舞台とする
    作家初の「時代劇」である。



    目次

    第一部「蘇我城編」
    第二部「福南藩編」
    第三部「竜宮編」



    文殊の剱・第一部「蘇我城編」



  •  江戸。
     時の将軍は五代・徳川綱吉。四代・家綱より引き継いだ「文治政治」により、世はまさに「元禄文化」花盛り。武勇を競って自慢する野蛮な時代よさらば、といわんばかりに江戸の町民たちは天下太平の世を謳歌していた。徳川政権もいよいよ安定期に入ったのである。だが、いつの時代にあっても「平和を喜ばぬ輩」というものは存在するものである。世を拗ねて生きる愚かな者たちが。
     そのひとつが長州藩である。

     天和二年(1682年)元日。
     ここは桜田門の近くにある長州藩上屋敷。そこでは今、全ての家臣を集めて、藩主・毛利吉就による「新年の挨拶の儀」が執り行われていた。
     そしてその屋根裏では、ふたりの密偵が中の様子を観察していた。それは徳川方が放った「柳生の忍」であった。
    「ねえ、何が始まるの?」
     くノ一・澄が大介に小声で話しかけた。
     毛利家の動向を監視する任務。澄は今回が初めてである。同い歳ながら大介は既に何度も経験していた。ふたりは19(今なら18)歳。ふたりは実の兄妹のように育った仲だ。
     澄はかわいくて、大介はなかなかの二枚目。そんなふたりが並ぶ姿はちゃんと絵になっている。
    「毎年恒例の『負け惜しみの儀式』さ」
    「負け惜しみの儀式?」
    「ほら、始まるぞ」
     筆頭家老が一歩前に出た。
    「殿、新年明けまして、おめでとうございます」
     家臣が続く。
    「おめでとうございます」
    「さて殿、今年こそはいよいよ憎き徳川めを討ち滅ぼしますか?」
     筆頭家老の大胆不敵な発言。それに対し吉就は。
    「いや、今は止めておこう」
     これが毎年恒例となっている毛利家の「新年の挨拶」に他ならない。かつては安芸を拠点に中国地方全土を掌握していた毛利氏も関ヶ原の合戦以後、領国は長州一国のみとなり、石高も37万石に大幅減。その恨みを断じて「忘れまじ」と毎年、年頭には必ずこうした挨拶を行う習わしが生まれたのだった。それにしても何という執念深さ!これが後に明治維新という無法極まりない軍事クーデターを成就させる原動力となるのだが、それは未来の話だ。
    「な」
    「確かに大した負け惜しみぶりだわ」
     異常なし。毎年恒例の任務もこれで終了。後は柳生屋敷に戻るだけだ。
    「待て、何かおかしい」
     大介が何やら異変を察知した。
    「どうしたの?大ちゃん」
    「静かに」
     二人は屋根裏にそのまま待機する。
    「ブイブイブイー」
     どこからともなく怪しい声が聞こえてきた。
    「そのおまえたちの願い、叶えて進ぜよう」
     突如、一人の野武士風の男が大広間に出現した。
    「テテンテテン」
     驚く毛利家の家臣たち。
    「貴様、何者だ」
    「ここを何処だと思っておる」
    「ここを長州藩・毛利の上屋敷と知っての狼藉か」
     野武士の周りを毛利家の家臣がいつでも刀を抜けるようにして取り囲む。野武士は落ち着き払った表情で、次のように語った。
    「まあ待て。拙者はお主たちの味方じゃ。お主たちの『打倒、徳川』という悲願に力を貸そうという者じゃ」
     だが、毛利家の家臣はそうすぐには信用しない。
    「黙れ」
    「お前、さては徳川の隠密だな」
    「この場で成敗してくれるわ」
     野武士に斬りかかる家来たち。だが、野武士の放つ神業のごとき剣術の前に全員、峰打ちを食らってしまった。その場で倒れ込む家来たち。

     天井裏。
    「なんということだ」
    「早く、頭に知らせないと」
    「それにしてもあいつ、何者なんだ?」
     それに関しては吉就自ら野武士に尋ねた。
    「そちの名は?」
    「拙者の名は山崎雄一郎と申す」
    「そちの望みは何じゃ」
    「拙者も殿の『お仲間』にお加えください。必ずや徳川を滅ぼしてご覧に入れます」
    「その言葉、誠か?嘘偽りはないな?毛利家を滅ぼすために徳川方が計った策ではないな?」
    「決してそのようなことはございません。その証拠に・・・」
     そう言うや、雄一郎は屋根に向かって刀を突き刺した。刀は大介の肩に突き刺さった。
    「今から天井裏に潜んでいる徳川方が当家に放った忍どもを始末いたします」
     大介と澄は長州藩上屋敷からの脱出を図った。
     二人は屋根の上に出た。
    「いたぞ」
    「あそこだ」
    「追え」
    「逃がすな」
     家来たちが二人を追う。
    「しっかりして、大ちゃん」
    「なあに。この程度の傷、心配はいらない」
    「でも」
    「俺があいつらを引きつける。その間に、お前はひとりで柳生屋敷へ戻るんだ」
    「いやよ。大ちゃんを置いていくなんて、絶対にいや」
    「事は急を要する。このことを一刻も早く頭に報告するんだ」
    「大ちゃん」
    「行け。行くんだ」
    「わかった」
     澄は大介を残し、塀の屋根から屋根へと伝って走った。大介は澄とは違う方向へ走る。
    「いたぞ」
    「あそこだ」
     囮となった大介を家来たちが追う。大介は江戸城の外堀の一部を構成する溜池に出た。溜池とは言っても左は神田川、右は江戸湾にまで通じている。
    「もう逃げられないぞ」
    「おとなしく観念しろ」
     家来たちが左右から大介を取り囲む。逃げ場を失った大介は溜池の中に飛び込んだ。
    「くそ」
    「逃げられた」
    「いや待て」
     やがて水面に血が浮かんだ。
    「この出血。助かるまい。行くぞ」
     家来たちは澄を探しに向かった。

     澄は大介のおかげで、無事に毛利の追っ手から逃れることができた。
    「大ちゃん」
     屋根の上で立ち止まって涙する澄。
     そこへ。
    「あっ」
    「逃がさんぞ。小娘」
     現れたのは雄一郎。雄一郎が刀を抜いた。
    「死ねえ」
     雄一郎の一太刀。
    「あああっ」
     澄が斬られた。深手だ。それでも必死に逃げる澄。
    「あの傷では遠くへは逃げられまい。あとは毛利の奴らに任せるか」
     そう確信した雄一郎は刀を鞘に収めると、その場を去った。
     必死に柳生屋敷目指して逃げる澄。
    「いたぞ」
    「あそこだ」
     先程、大介を溜池に追い詰めた家来たちが澄を見つけた。
    「捕まえろ」
     澄、危うし。
     その時。
    「痛え」
    「痛え」
     どこからか、家来たちの顔に碁石が次々と打ち込まれた。
    「ひとりの女を沢山の男が追いまわすとは随分と妙な場面に出くわしたもんだ」
     ひとりの浪人が現れた。若い。歳はまだ20代前半か。
    「貴様」
    「何者」
    「邪魔立てする気か」
     家来たちが刀を抜いた。
    「仕方がない」
     浪人は腰の木刀を抜いた。
    「木刀?」
    「こいつ、刀を持ってないのか」
    「笑わせるぜ」
     刀と木刀。勝負は決まったようなものだ。しかも多勢と無勢である。だが、結果は予想に反し、浪人の圧勝であった。木刀でなければ全員、この場で死んでいただろう。
    「くそう」
    「覚えていろ」
     青痣だらけになった家来たちは退散した。
    「もう大丈夫だ」
    「ああ」
     安堵した澄はその場に崩れ落ちた。
    「おい、しっかりしろ」
     既に意識はない。だが、まだ生きている。
    「この傷は酷い。このままでは。鯰の精!」
     石之伸は鯰の精を呼んだ。鯰の精は石之伸に仕えるよう乙姫より命じられた四人の「竜宮の遣い」のひとりだ。
    「お呼びで」
     その声だけを聴くと「悪役の首領」のようだが、その精神は主人への「忠誠心」に満ち溢れている。主君である天皇に背き、手前勝手な政治をおっぱじめたニッポンの侍なんかとはわけが違う。侍の精神が武士道なら、竜宮の遣いの精神は騎士道に近い。
    「どうだ、助かりそうか?」
    「傷は深手ですが、まだ生きていますから、竜宮城に連れて行けば助かるでしょう」
    「頼む」
    「合点、承知の助」
     それにしても鯰の精に乙姫に竜宮城とは、一体全体どういうことなのだ?

     三日前。
     勝浦で漁民が殺された。それを発見した地元の浪人・柿崎石之伸は下手人を追った。すると、ひとりの野武士が道を歩いているのを発見した。
    「貴様か。漁民を殺したのは」
     野武士が振り返った。その男を我々は既に知っている。山崎雄一郎だ。
    「ブイブイー」
     突然、雄一郎が斬りかかってきた。だが、今は浪人の身となったとはいえ石之伸もかつては歴とした藩士。易々とは負けない。
    「やあー」
     石之伸の渾身の袈裟斬りが雄一郎の左肩を直撃した。左肩から心の臓まで達する傷口。この勝負、石之伸の勝ちだ。
    「なに?」
     だが、雄一郎の傷口がみるみるうちに治っていくではないか。
    「馬鹿な」
    「ブイブイー」
     傷の癒えた雄一郎が再び石之伸に迫る。
    「くそう」
     再び雄一郎を斬る。
    「どうだあ」
    「ブイブイブイー」
     だが、結果は同じ。またしても雄一郎の傷口が塞がっていく。そして遂に石之伸は雄一郎に斬られてしまった。
    「うわあああ」
     海に転落した石之伸。水飛沫が舞う。やがて石之伸の体は完全に海の底へと消えた。

    「うう」
     石之伸が覚めた。
    「俺は死んではいないのか」
     そう。石之伸は死んではいなかった。それどころか。
    「傷がない」
     確かに雄一郎に斬られたはずなのに石之伸の体には刀傷がなかった。
    「ここはどこだ?」
     辺りを見渡すと今、自分がいるのは部屋の中だとわかった。だが、それは今まで一度も見たこともない部屋だった。至る所に金や貴石の飾りが施された部屋。将軍の部屋でもこれほどに贅沢ではないだろう。
    「気がつきましたか」
     そこへ高貴な雰囲気を讃えた女性が二人の女官を伴ってやってきた。
    「あなたは?」
    「私は乙姫」
    「乙姫?」
    「そうです」
    「では、ここはまさか『竜宮城』?」
    「その、まさかです」
     なんと。石之伸は竜宮城にいたのだ。
    「どうやら、受けた傷は完全に治っているようですね」
    「あなたが治してくださったのですか?」
    「いいえ」
    「では、誰が私を治療して」
    「それは竜宮城そのものですわ」
     乙姫はその理由について説明した。簡単に解説すると、地上と竜宮城の間を空間移動する際、時の流れが一時的に逆に捻れるため、地上の人間である石之伸の体は傷を受ける前の状態に戻ったのである。
     この説明を受けた石之伸は、あることに気がついた。
    「では、まさか私を斬ったあの野武士は!」
    「そうです。あなたが戦ったあの者は竜宮城の人間」
    「そうか。だから俺の一太刀を浴びても傷が元に戻ったのか」
    「一年ほどではありますが、地上にいる限りあの者は『不死身』なのです」
    「あいつは一体、何者なのですか?まさか『竜宮の遣い』ではありますまい」
    「あの者は元・竜宮城の兵士。ところが、あの者は兵士の地位に満足せず、あろうことか自らが『地上の王』になることを目論み、竜宮城を裏切ったのです」
    「地上の王だと?馬鹿な」
    「そう。馬鹿なことです。なんとしても止めさせなくてはなりません」
    「急いで地上へ戻らねば」
     石之伸は焦った。
    「待ちなさい。今のままでは何度闘っても、あなたはあの男には勝てません」
    「なんですって」
    「お聞きなさい」
     乙姫は、なぜ石之伸が雄一郎に勝てないのか、その理由を説明した。
    「俺の生命境涯はあいつよりも低い?」
    「そうです。あの者は仮にも竜宮城の人間。あの者の生命境涯の基底部は縁覚、すなわち二乗。対するあなたは六道輪廻を決して超えられません」
     生命境涯とは生命力のことだ。それは大きく10ランクに分類され、強い方から順に「仏界」「菩薩界」「縁覚界」「声聞界」「天界」「人界」「修羅界」「畜生界」「餓鬼界」「地獄界」となっている。そのうちの縁覚界と声聞界を合わせて二乗といい、天界から地獄界までを六道輪廻という。
    「なぜ、自分には六道輪廻を超えられないのですか?」
    「それはあなたが地上の人間だから。地上とは即ち『穢土』の世界。江戸とは穢土の中心都市のことに他なりません」
    「俺は穢土に暮らす人間ゆえに『生命が穢れている』ということなのか」
    「真の剣術とは己の生命境涯を高めるための修練。故に剣の強さと生命境涯の高さとは比例関係にあります。あなたが『あの者を倒したい』というのであれば、あなたは己の生命境涯をあの者と同じ、或いはそれ以上に高めなくてはなりません」 
    「倒したい。俺はあいつを、雄一郎を倒したい」
     石之伸は拳をぎゅっと握りしめた。
    「わかりました。その願い、叶えましょう」
    「ですが、どうやって」
    「竜宮城で修行を積むのです。そうすれば、あなたの生命は清められ、生命境涯は菩薩界にまで高められることでしょう」
    「そんな時間はありません。一刻も早く雄一郎を追わなくては、地上は奴のものに」
    「心配いりません。竜宮城の一年は地上の一日。二年修行しても二日にしかなりません」
    「なんと!」
    「さあ。修行をしましょう。私についてきなさい」
    「はい」
     庭を歩くこと数分。銅鐸を模した巨大な塔が見えてきた。鰭は金色で、胴は黒いハーフミラーで覆われている。高さは九十丈六尺(272m)。
    「あれは『正法の戒壇』。竜宮城の中で最も神聖なる場所です」 
     乙姫自ら、その入り口の扉を開く。
    「さあ、お入りなさい」
     エレベータに乗り、上に昇る。降りた場所は仏間。
     本来であれば仏像が乗っている蓮華の台座の上には銅鐸が置かれていた。勿論、この時代の地上では、まだ銅鐸は地中に埋められた状態にあり、石之伸が銅鐸を見たのはこれが初めてである。
    「これは竜種上如来、地上で言うところの文殊師利菩薩が竜宮城を訪れた際に如来自らが御建立なされた正法時代の本尊,通称『竜宮城の御本尊』です。ご覧なさい。鰭の部分には三角形の文様が刻まれています。これは胴の部分が光り輝いていることを表現したものです。そして胴の部分には蛙、魚、鹿、人、建物などが描かれています。これは私たちが暮らす世界が光り輝いている、即ち私たちが暮らす世界こそが寂光土であり、どこか遠くに理想郷を探し求めるのではなく、今いる場所を輝く世界にすることがいかに大切であるかを教えているのです」
    「竜宮城は仏教の国なのか」
    「そうです。それも念仏や禅や真言といった真実の悟りを説いていない権教ではなく、法華経という実教のです」
     全ての人々が法華経を信仰する国。それ故に平和の国。それが竜宮城である。その理由は文殊師利菩薩が法華経をこの地で説き、この地の人々がそれを素直に信じたからである。
    「これからは、あなたも正法の戒壇において勤行・唱題を行い、今までの誤った思想・信仰を捨て去らなければなりません。でなければ到底、あの者に勝利することはできないでしょう」
    「自分が誤った思想・信仰の持ち主だと?」
    「『神道』と『武士道』。この二つの邪悪な思想を断じて捨ててしまわなくてはなりません!」
    「それらは『邪悪』だというのですか!」
     石之伸は無意識のうちに激高していた。
    「説明しましょう。それらの邪な思想の由来を。それらの思想の本質を」
     乙姫は神道の由来を、武士道の本質を次のように説明した。
    「当時、地上の王のもとに竜宮城から豊玉姫が嫁がれて以後、その孫である神武天皇から開化天皇の時代まで、天皇が統治する「倭国」と地方の豪族たちが支配する国とが共存・共栄する平和な時代が続いていました。倭国では竜宮城と同じく文殊師利菩薩の法華経、通称『正法時代の法華経』を信仰していたからです。ところが、崇神天皇が後漢から金印を拝受したことで平和は崩れ去りました。鉄の武器や角力といった戦争のための武器や武術が大陸から伝わった結果、倭国は地方の豪族たちを討ち滅ぼし『全国統一』の野望を実現するための戦争を開始することを決めたのです。ですが、武器や武術だけで戦争はできません。戦争を起こすには軍国主義による思想統制が必要です。そこで崇神天皇の後を受け継いだ垂仁天皇は伊勢神宮を造営。戦争を開始しました。戦争は長く続き、多くの豪族たちが滅ぼされました。ひとりの女帝の登場によって、どうにか戦争は終わりましたが結局、最初の皇室は伊勢神宮の毒によって断絶を余儀なくされました」
    「武烈天皇ですね」
    「その通りです。伊勢神宮を中心とする神道という極めて好戦的な思想によって国を統治し続けた結果、滅ぶことを余儀なくされたのです」
     現代のニッポンにおいても、こうした状況は全く変わってはいない。今日、右傾化による軍国思想が台頭。国民が挙って国防強化を支持するのは「伊勢志摩ブーム」の影響に他ならない。また大規模地震に代表される自然災害が頻発しているのも「パワースポットブーム」の影響によるものである。どんなに科学技術が発達しようとも人間もまた「自然界の一部」であり、人間の振るまいが乱れれば、自然もまた乱れるのである。
    「その誤りを正したのが聖徳太子でした。朝廷内において神社・武具を管理、絶大なる権力を持つ物部一族の長である守屋を討ち滅ぼし、日本を再び仏教が栄える国としたのです。釈尊に由来する『像法時代の法華経=鳩摩羅什訳・妙法蓮華経』によって」
     石之伸は驚きを隠せなかった。日本の仏教は欽明天皇の時代に朝鮮半島から伝来したのがはじまりと学んでいたからだ。それよりも遙か昔、初代・神武天皇が即位される以前から日本に仏教が存在していたなどとは思ってもみなかったのだ。
    「今まで見てきたように神道は『戦争を開始するための宗教』なのです。神事を思い起こしなさい。流鏑馬など『軍のための訓練』以外の何物でもないではありませんか」
     その通りだ。確かに乙姫のおっしゃられる通りだ。
    「ここまでで神道が『争いの種』を巻き起こす邪教であることの証明は済みました。次は武士道です」
     石之伸は唾を飲み込んだ。果たして自分は「納得できる」だろうか?
    「わかりやすく、地上で広く知られている諺をいくつかあげて説明しましょう。『武士は食わねど高楊枝』『勝てば官軍、負ければ賊軍』これらはいずれも武士道が内面ではなく外見、中身よりも見てくれ、実力よりも肩書き、人間性よりも家柄や石高といった飾りを重視する姿勢を示しています。『刀は武士の魂』に至ってはまさに道具自慢も甚だしい。それこそ武士の魂は『人の胸中』にはなく『刀』という道具に宿っていると言っているようなものです」
     これまた状況は全く変わってはいない。武士が名刀を欲し、手に入れるや鼻高々に自慢する姿勢は現代のニッポン人の男どもが高級車や高級腕時計を欲し、それらを鼻高々に自慢する姿勢にものの見事に受け継がれている。「現代の侍」を気取るプロスポーツ選手が契約金を手にするや、忽ち高級車や高級腕時計を購入するのも至極当然のことといえよう。
    「そして自身の胸中に魂が存在しないのであれば、そのような人間はもはや『人』とは呼べないでしょう。魂なき人間など死人と一緒。そのような存在であるからこそ武士道を尊ぶ侍は人の命を軽んじ、戦いで人を殺せるばかりか、家の名誉のために平気で自分の腹を切ることもできるのです」
    「なんということだ」
     武士である石之伸は自身の胸が痛むのを覚えた。
    「その様子。どうやら、おわかりのようですね?」
    「ええ」
    「その痛みを克服するには只管、勤行・唱題するほかありません。大宇宙が奏でる仏界の波動=南無妙法蓮華経の題目を自らの口で唱えることによって全身に染み込ませ、大地の底から発せられる修羅界の波動の影響から解放されるのです」
    「仏界の波動?修羅界の波動?」
    「そうです」

     説明しよう。エネルギーは本来、体積もなければ質量もない、いかなる性質も持たない「空」の状態にある。仏界の波動と接触するとき、初めて素粒子という性質、即ち「色」を生じるのだ。それがビッグバンである。素粒子はやがて原子となって磁力や電力を生みだし、さらに様々な物質や天体、更には生物を作り出すが、それらの形態を維持するのも仏界の波動に他ならない。仏界の波動は文字通り宇宙の営みを支える「宇宙の根源」なのだ。
     そして仏界の波動を受け、物体化したエネルギー自身もまた仏界の波動を反射する形で波動を発生する。しかしそれは「鏡に映し出された像」のようなものであるため完璧に一緒ではない。軽いほど仏界の波動の性質に近く、重くなるほど性質は遠くなる。素粒子は「菩薩界の波動」を発生し、ブラックホールは「地獄界の波動」を発生するのである。では地球は?地球クラスの天体の場合、修羅界の波動を最も強く発生する。その結果、地球上ではその影響を受けた生物たちによる「弱肉強食の世界」が現出した。地球が発生する修羅界の波動こそが「生物多様性」の源なのだ。しかし、科学技術を獲得するに至った人類がいつまでもそうした修羅界の波動に精神を翻弄され続けていたら、地球の未来は「破滅」である。そうした危機から地球を、なかんずく人類を救うには修羅界の波動に翻弄されない人生を人類が歩む、即ち宇宙が発する仏界の波動をすべての人類が我が身に知覚することで人類全体の生命境涯を高める以外にはない。人類が地上に「平和な世界を実現する戦い」とは母なる大地である「地球との戦い」であり、故に「いつかは戦いが終焉する」といった性質のものではない。地球が発生する修羅界の波動に翻弄されないための努力を常に実践し続ける永遠・持続の「限りなき戦い」なのである。

    「地上の人間は大地が発する修羅界の波動によって操られているのか」
    「そうです。そしてそれこそが、地上に暮らす人間の生命境涯が『六道輪廻』を超えられない理由なのです」
    「竜宮城の人々は超えているのですね」
    「誰もが菩薩界の生命境涯にあります。法華経の力のおかげです。但し、あの者は違いました。法華経をないがしろにし、そのため『二乗』の生命境涯を超えられませんでした。他人を思いやることのできる心の豊かさこそが大事であることを理解できず、提婆達多のように学識の高さや才能の豊かさをもって『最高の境地』と錯覚したのです。その結果、増上慢となり、挙げ句の果てには修羅界まで己の生命境涯を堕とし『地上を支配する』という恐ろしい野心を抱いてしまったのです」
     現在のニッポンにも、こういう輩が大勢いる。「クイズ王」「インテリ芸能人」「高学歴アナウンサー」といった連中はその代表例だ。「自分は名門大学を卒業した」「自分は漢字検定二級を持っている」こういった事柄を鼻高々に自慢し、一般庶民を上から目線で見下す実にタカビーな存在。それは「パワースポットブーム」「侍ブーム」といった低次元の思想・哲学に熱中する現代ニッポンを象徴するものだ。
    「先程、私は神道を破折しました。それは神社・神宮が、修羅界の波動を強く発生させる施設だからです」
     海外においても聖地と呼ばれる場所を巡ってたびたび人と人との「争い」が起きているように、パワースポットと呼ばれる場所は地上でもとりわけ「修羅界の波動が強く発生している場所」である。だから縄文・弥生時代まではそうした土地は「人が決して足を踏み入れてはならない場所=タブー」として封印されていた。ところが、あろうことか神道はそうした場所に神社・神宮を建てることで「人々が進んで参詣する地」へと変えてしまったのだ。人々が修羅界の波動の影響を受けて「好戦的な性格」になるように。
    「この先、あなたは剣の技をめきめきと向上させるでしょう。ですが、あなたは剣の技を磨きつつ、同時に剣で人を殺めることの愚かさや服従させることの空しさも学ばなくてはなりません。決して己の剣の腕に溺れてはいけません」

     鯰の精は澄の体を抱えると、この場から消えた。
    「ヒュヒューン」
     入れ替わりに「飛魚の精」がやってきた。
    「いいことを教えましょう。奴らは毛利家の家来たちです。ヒュヒューン」
    「なんで知っているんだ?」
    「あいつらが別の男を追いかけているのを見かけて、後をつけていたんで」
    「成程。それにしても毛利といえば37万石を誇る大名じゃないか。こりゃあ相当に厄介な相手だな」
     といいながらも石之伸は既に毛利家の家来がなぜ彼女を追っていたのか、その理由を突き止めようと考えていた。この時点での石之伸は雄一郎のことは後回しにしてでも、これは先に解決しておかなければいけない事件であると考えていたのである。

     柳生屋敷。
    「頭。戻りました」
     とっくの昔に戻っていていいはずの澄と大介が戻らない。柳生の頭は仲間を迎えに出していた。
    「で、ふたりは?」
    「まだ、みつかりません」
    「なんということだ」
    頭は頭を抱えた。
    「澄姫にもしものことがあれば、若殿に何といって詫びたら良いのだ」
     澄姫?そう。澄の正体は会津藩主・松平正容の腹違いの姉。今は亡き初代藩主・保科正之公の御落胤なのだ。保科正之といえば三代将軍・徳川家光の腹違いの弟であり、伊達政宗亡き後、実質上の副将軍として四代・家綱を補佐。由井正雪の乱、明暦の大火などの難局を切り抜け、徳川の政治を「武断」から「文治」へと転換した黒幕である。その保科正之には六人の男子と九人の姫、総勢十五人もの子供があったが、澄が誠に御落胤とすれば十六人ということになる。澄は寛文四年(1664年)の生まれであるから、位置的には八女である。

     長州藩上屋敷。
    「よし。忍び込むとするか」
     河豚の精が忍び込む。あっという間に塀の上に飛び乗り、そこから屋敷の屋根の上に飛び移る。瓦を数枚剥ぎ取り、そこから天井裏へ。その間、わずか数分の早業だ。
    「さてと」
     天井裏から下を覗き込むと。
    「あ、あいつは!」
     河豚の精はそこに雄一郎の存在を認めたのだった。
    「こりゃあ、えらいこっちゃ」
     取り敢えず、暫く様子を伺う。

    「ええい、忍びをみすみす取り逃がすとは」 
    「殿。心配には及びますまい。忍はおそらく柳生配下の者。だとすれば、徳川方も公にはできますまい。正月早々、大名屋敷を監視していたなどと知れれば大変なことになりますからな」
    「確かに、そちの言う通りだ」
    「それよりも、今後の作戦について話しましょう。まずは私が奉行職を務める要人どもを暗殺いたします」
    「成程。まずは江戸市中の治安を乱すのじゃな」
    「その間、殿は徳川に不満のある浪人どもをお集めください。なあに一万人や二万人、すぐに集められましょう」
     屋根裏。
    「なんということだ。あいつめ。とんでもないことを考えやがる」
     その時。
    「はあっ」
     雄一郎が天井裏にいる河豚の精の気配に気がついた。雄一郎が剣を天井に投げた。
    「やばっ」
     急いで逃げ出す河豚の精。
    「追えっ」
     毛利吉就の号令に家来たちが走る。
    「止めておけ。あいつには追いつけん。あいつは地上の人間とは違う」
    「『地上の人間とは違う』というのは?」
    「あいつは『竜宮の遣い』だ」
    「『竜宮の遣い』ですと!」
    「ああ。どうやら俺がここにいることに気がついたようだ」
    「大丈夫ですか?」
    「なあに、心配はいらん。奴らに俺は倒せん。だが、ちょろちょろされるのも鬱陶しい。俺が直々に倒すとしよう。ちちちい」
     そう言い終わるや、雄一郎はその場から消えた。

     石之伸の元へ急ぐ河豚の精。
    「待て、逃がさん」
     雄一郎が斬りかかる。
    「ぼううっ」
     火炎弾で応戦する河豚の精。火炎弾を次々と刀で切断する雄一郎。
    「火の扱いは俺の方が上だ。ぶいー」
     雄一郎が爆竹を河豚の精に投げつけた。
    「あちいっ!」
     文字通り、お尻に火がついた河豚の精。
    「あちちちち」
    「私の作り出した炎で焼け死ぬがいい」
    「あちちちち」
     その時、河豚の精に向かって水鉄砲が放水された。
    「大丈夫、河豚の精?」
    「助かったよ、鉄砲魚の精」
    「ぬう。鉄砲魚の精も出て来ておったか」
    「全部で四人いてよ」
     この話し方。どうやら鉄砲魚の精は女性らしい。
    「ということは、あとは飛魚の精と鯰の精あたりだな」
    「その通り。ヒュヒューン」
    「どすこい」
     竜宮の遣いが全員、集結した。雄一郎と対峙する。
    「お前たち全員、揃ったからといって、まさか『俺に勝てる』と思っているのではあるまいな?」
     雄一郎の言うとおり、彼らでは束になっても雄一郎には歯が立たない。
     鯰の精が代表して返答する。
    「お前を倒すのは私たちではない」
    「なに」
    「お前を倒すのは我らがご主人、石之伸様だ」
    「石之伸だと?」
    「竜宮城に法華経を伝えた文殊師利菩薩の精神を継承するお方よ」
    「文殊の精神を継承?それは面白い。で、石之伸とやらはどこにいるのだ?」
    「俺なら、ここにいるぜ」
     石之伸は雄一郎の背後に立っていた。
    「よお。また会ったな」
    「お前は確か、沼に転落・・・そうか。竜宮城に助けられたな。お前を倒したのは三日前。ということは、さてはお前、三年間、剣の修行を積んだな」

     正法の戒壇。
    「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経・・・」
     石之伸は乙姫の言われるままに銅鐸に向かって手を合わせ、妙法の題目を繰り返し唱えていた。
     題目自体は地上と同じもの。だが、本尊は異なる。場所が違えば本尊の形も異なる。竜宮城は正法時代の浄土、それに対し地上は末法の穢土である。
     ところで、竜宮城はなぜ「正法のまま」なのだろう?地上は「正法、像法、末法」と移り変わり、末法に至って初めて日蓮により南無妙法蓮華経の題目が開示されたというのに。
     正解はこうだ。竜宮城は地球に存在しない。竜宮城がある星は地球よりもずっと小さく、発生する波動が修羅界ではなく「二乗」なのだ。地上の人々は「竜宮城は海底にある」と信じているが、実際は水の底に存在する異次元トンネルによって繋がっているだけで全く別の星にあるのだ。従って文殊師利菩薩の布教活動は流罪や死罪といった「大難を伴う」ことがなかった。人々の生命境涯が二乗ということは「誰もが天才」ということであり「気根」を整える必要すらない。いきなり南無妙法蓮華経の極理を開示しても誰もが素直に受け入れたのである。
     さて石之伸である。今まで神社で柏手を打つ、念仏を唱える、座禅を組むといったことに関して何の違和感も抱かなかった石之伸だったが、法華経の題目を唱えることについてだけは「激しい抵抗感」を覚えたのだった。今でこそ賢明に題目を唱える石之伸であるが、生まれて初めて題目を一遍唱えるまでに実に丸一年を要したのである。その理由は石之伸が地上の、それも末法の時代に生まれた人間であり、その生命は偏見、先入観、自惚れ、思い上がりなどによって害されていたため、法華経を信じることができない状態にあったからである。まさに『忠言耳に逆らう』の状態にあったのである。
     だが、抵抗を諦め、ひとたび題目を唱え始めると、自身の生命境涯が高まっていくのを感じないではいられなかった。自身の精神力が強まり、集中力や忍耐力が格段に高まっていくのを感じたのだ。それだけではない。頭の回転が速くなり、時の流れが遅く感じられるようになったのだ。これは事実上「寿命が延びた」のと同じである。IQ50の人間の100年間の人生=合計5000よりもIQ300の人間の50年間の人生=合計15000の方が3倍も中身の濃い充実したものなのである。
    「この題目は本物だ!」
     石之伸は「頭による理解」などという浅薄なものではない「体験」として法華経の功徳を実感していた。
     竜宮城の科学力は現在の地球のものよりも遙かに先行する。非科学的な迷信が数多く存在する地球とは異なり、竜宮城では唯一、法華経こそが物理学の法則と「完全に一致する思想」であることがとっくの昔に解明されていた。故に竜宮城では宗教も物理学も存在せず、両方が合体した「仏理学」のみが存在する。
     その根幹となるのが妙と法の二つからなる「三相性理論」である。
     エネルギーには四つの性質が存在する。「粒子」「波動」「重力」「時間」である。これらは互いに異なる性質によって結ばれている。粒子と波動、重力と時間は「相補性」によって。粒子と時間、重力を波動は「相対性」によって。粒子と重力、波動と時間は「相関性」によって。これら三つの性質を三相性という。これは「法の三相性」である。
     それに対する、もう一つの三相性が「妙の三相性」である。粒子に対し「生命」。(九界の)波動に対し「仏界の波動」。重力に対し「万有引力」。時間に対し「三世一体の時間」。
     妙が本体で、法はエネルギーを素材とするコピーである。ゆえに妙と法では微妙に性質が異なる。波動に関しては先に説明してあるので、ここでは省略する。生命は永遠だが、粒子からなる肉体は有限である。重力は近距離でしか作用しないが、万有引力はどんなに遠く離れても作用し続ける。法の時間は過去から現在、現在から未来へと一方通行だが、三世一体の時間は瞬時に過去、現在、未来を往来する。
     ここまで説明したところで、いよいよ話は「核心」に迫る。石之伸が懸命に唱える南無妙法蓮華経の題目の正体。それは「仏界の波動」である。仏界の波動を人の口で言えるように文字で表したもの。それが南無妙法蓮華経なのだ。それを繰り返し唱えることで自身の生命を「仏界と一つに繋げる」ことができる。その結果、自身の生命境涯を高めることが可能となり、さらには妙が有する「無限の知恵」を獲得することができるのである。手っ取り早く言うと南無妙法蓮華経の題目を唱えると「心が清らか」になり「頭にいいアイデアが浮かぶ」のである。こうした現象は水素と酸素を結合させれば水ができるのと同じで科学法則である。科学法則と言うことは誰がやっても必ず「同様の結果が出る」ということだ。占いに代表される「当たるも八卦、当たらぬも八卦」のインチキとは異なるのである。
     ここから先は余談だが、三相性理論によって実にいろいろな「宇宙の謎」を解き明かすことができる。例えば「ビッグバン」については既に説明した。空の状態にあるエネルギーが妙と接触した瞬間、粒子・波動・重力・時間という四大性質を有する素粒子に変化した現象である。
    次に「ブラックホール」。重力と時間は「相補性」だから、重力が増すほど時間の流れは遅くなる。中性子星では完全に時間は停止している。そしてブラックホールの中では時間は「逆に進む」。つまり現在から過去へと時間が進んでいるのである。その先にあるのは「ビッグバン以前」。ブラックホールの最後は「空=消滅」である。
     宇宙はビッグバンによって生まれ、ブラックホールによって空に戻るのである。

    「俺に悟られもせずに背後を取ったことは褒めてやる。だが、俺には勝てん。なぜなら地上の人間の生命境涯は六道輪廻を超えられないからだ」
     雄一郎が剣を抜いた。
    「それに対し俺は縁覚界、即ち二乗の位まで己の生命境涯を高めることができる。お前の生命境涯が仮に六道輪廻の最上位の「天界」まで高められるとしても、俺にはお前の動きは1/2に見えるのだ。チチチー」
     石之伸が腰の木刀を抜いた。構えは正眼。脇を締め、右手の拳を体の中心線に置く。ごく普通の構えだが、それ故に全く隙がない。
     木刀?どういうことだ。雄一郎はそのことを毛利の家来のように笑いはしなかった。相手は仮にも乙姫が自分を倒すために送り込んだ剣士なのだ。
    「行くぞ」
     先に雄一郎が仕掛ける。
    「食らえ、駄津!」
     駄津というのは「突き」のことだ。それも相手に対し走り込んでの。相手の体に刀を突き刺し、そのまま突き飛ばす大技だ。一撃必殺の剣先が石之伸の木刀の先に触れる。その瞬間。石之伸は左足を後ろに引きながら体を反時計回りに90度回転。それと同時に木刀の切っ先を真下にして、木刀の柄と鞘が上下に分離した。これは木刀ではなく木刀の外観を持つ刀であった。刃が頭上から真下に向かって振り下ろされる。
    「海鼠の嚔・深海に降る雪!」
     抜刀術。しかも腕の振りによる遠心力を最大限に生かした頭上からの振り下ろし。互いの技がぶつかり合う。雄一郎の体が石之伸の横を通過した。
    「くっ」
     雄一郎の眉間が割れた。血が滴り落ちる。一方、石之伸は無傷だ。
    「ブイー、きさまあっ」
    「貴様の野望もここまでだ。鋒鋩!」
     鋒鋩(謗法)。これが雄一郎の本当の名前である。
    「お前の、その剣の速さは一体」
    「残念だったな。俺は自分の生命境涯を菩薩界まで高めることができる。お前の動きこそ1/2に見えるぞ」
     竜宮の剣の秘密は剣技にはあらず。生命境涯を高めることで己の知能指数を極限まで高め、周囲の時間の流れを遅く感じることにある。時間の流れを遅く感じ、周囲の動きが1/2になれば容易に避けることができる。今の石之伸には周囲の動きは1/4に、雄一郎の動きは1/2に見えているのだ。
    「馬鹿な。地上の人間にそんなことができるわけがない」 
    「普通に考えればそうだ。だが、それを可能とする秘法が一つだけある」
    「妙法か!」
    「そうだ。古来より数多の仏を成仏させた宇宙の根本原理。いかなる人間の生命境涯も究極まで高めることができる奥義。それが妙法だ」
    「生命の汚れきった地上の人間であっても『悟りの境地』が得られるというのか。そんなことがあるものか。竜宮城で生まれ育ったこの俺でさえ『二乗止まり』だというのに」
    「それは、お前が決定的なものを欠いているからだ」
    「なんだと」
    「お前には妙法に対する『信』がない。だから、お前の生命境涯は二乗止まりなのだ」
     雄一郎の眉間の傷が治っていく。竜宮城にあって石之伸の体が逆に時間が流れていたように、竜宮城の人間である雄一郎の肉体の時間もまた地上では逆に流れているのだ。
    「御託はここまで。この程度の傷で俺は死なんぞ。俺を倒すには『即死』させる以外にはないのだ」
     地上にいる限り、雄一郎は事実上、不死身と言っていい。
    「ブイイー」
     再び雄一郎が襲いかかってきた。
    「海鼠の嚔・赤潮!」
     一度、鞘に刀を収め、右腕を大きく振りかぶる。刀が背中に密着。その瞬間、左手で鞘頭を握り、勢いよく刀を引き抜く。抜刀術による袈裟斬り。刀は雄一郎の左の首筋を直撃。そのまま心の臓まで切り裂いた。
    「無駄、無駄。ブイイー」
     またも傷口が塞がっていく。それだけではない。雄一郎は疲れさえも知らないのだ。一方、普通に時間が流れる地上の人間である石之伸は奥義を繰り出すたびに疲労を体内に蓄積していた。
     形成逆転。雄一郎の攻撃に石之伸は防戦一方となった。掠り傷を徐々に浴びる石之伸。
     そして。
    「ぐわあ」
     石之伸が右上腕部を斬られた。左手で傷口を押さえる。
    「勝負あったな」
    「くっ」
    「死ね、石之伸!」
     雄一郎が刀を振り上げた。
     その時。
    「痛え!」
     雄一郎が突然、頭を押さえた。
    「痛え、痛え!」
     更には腹も押さえる。
     一体全体、雄一郎の身に何が起こっているのだ?やがて雄一郎はその理由に気がついた。
    「まさか、これは『鯣烏賊・墨隠れの術』?」
     墨隠れの術というのは所謂「透明術」である。
    「まさか、乙姫が自らここに来ているのか?」
     この術は乙姫が所有する「烏賊を封印した宝珠」がなければ使えない。宝珠に特殊な呪文=陀羅尼を唱える時、中にいる烏賊が墨を吐く。すると黒い煙に包まれて体が消えるのだ。
    「どこだ、乙姫。出てこい。姿を見せろ」
    「ふふふ。残念。私は乙姫ではなくってよ。でいび・ろけい・たけい・とけい」
     でいび・ろけい・たけい・とけいは十羅刹女が唱える陀羅尼呪の一部である。突如、黒い煙が出現。その中からひとりの女性が出現した。
    「この前の借りを返しに来たわ」
    「お前は、あの時のくノ一」
     黒い煙とともに現れたのは澄であった。
    「なぜ、お前が墨隠れの術を使える?」
    「その理由はこれよ」
     澄は烏賊を封印した宝珠を雄一郎に見せた。宝珠の中では様々な種類の烏賊たちが縦横無尽に泳いでいた。宝珠は手のひらサイズの小さいものだが、中は別次元で、とても広いのだ。
    「乙姫様が貸してくださったのよ」
    「くそう」
    「知っていて?この宝珠の力は何も透明になるだけではなくってよ。相手の動きを封じることもできるのよ」
    「なんだと」
    「さあ。あいつの動きを封じて頂戴。あり・なり・となり」
     今度の呪文は毘沙門天が唱えた陀羅尼呪の一部。宝珠の中から大王烏賊が出現、10本の足で雄一郎の体を見事に拘束した。
    「くそう。離せ。離しやがれ」
    「このまま、あなたを竜宮城へ連れて行くわ。覚悟なさい」
    「止めろー」
     その時。
    「待て。奴の体を自由にしてやってくれ」
     そう言ったのは、やっとこさ立ち上がった石之伸。
    「どうして?」
    「あいつを倒すのは私が乙姫様から命じられたこと。だから私にやらせてくれ」
    「しかし」
     石之伸の受けた傷は直ちに絶命するものではないが軽傷ではない。
    「頼む」
    「わかったわ。あなたは私の命の恩人。恩人の言うことには逆らえないわ。戻れ。あなろ・なび・くなび」
     大王烏賊が宝珠の中に戻る。澄は雄一郎の体を自由にした。
    「礼を申す」
     石之伸は澄に礼を述べた。
    「さあ、今こそ勝負をつけようではないか鋒鋩」
    「馬鹿め。その体で勝てると思っているのか?しかも俺は不死身だ。行くぞ」
     雄一郎が石之伸に「とどめの一撃」を仕掛ける。
    「針千本!」
     これは超高速の動きで相手の全身を突き刺す「究極の突き技」。雄一郎は縁覚界の生命境涯を最大限に発揮して技を繰り出してきた。
    「海鼠の嚔・青い波濤!」
     刀を水平に構え、上半身を左に捻る。捻り切ったところで抜刀。腰の回転運動を最大限に活かして左から右へ水平に刀を走らせる。
    「うわあああああっ」
     雄一郎の頭が胴体から切り離された。石之伸の勝ちだ。雄一郎の胴体はその場に仰向けに倒れ、頭が地面にゴロゴロと転がった。
    「ふたりいるからにほんしゅう」
     謎の言葉を残し、雄一郎は息絶えた。いくら時間が逆に流れているとはいえ、頭と体が離れていては再生しない。あとは頭と体を竜宮城に持っていって弔うだけだ。
    「姫様ー」
     戦いが終わった戦場に澄姫を探して江戸の中を飛び回っていた柳生の仲間たちがやってきた。
    「姫様。ご無事で」
     再会を喜び合う。その時、ひとりの者が不用意にも地面に転がる雄一郎の頭を憎々しげに蹴飛ばした。すると運悪く、その頭はせっかく分離した雄一郎の体と接触してしまった。たちまち再生が始まる。
    「生き返ったぞう。ブイー」
     なんと、雄一郎が復活した。また「戦いが始まる」というのか?だが、雄一郎は次のように言うと、この場から消えたのだった。
    「だが、今日のところは『自分の負け』を素直に認めよう。石之伸よ。いずれまた会おう。ピピピー」
     こうして当面の危機は去った。だが、いずれは決着をつけないわけにはいかない。
    「鋒鋩・・・」
     石之伸は既にその日のことを思い描いていた。

     雄一郎との二度目の決戦から数日後、石之伸は突如、三田の会津藩下屋敷に呼ばれた。現在は「慶応中・慶応女子高」がある場所である。なお、中屋敷は現在「東京ツインパークス」のある場所に、上屋敷は「皇居外苑内」にある。
    「そなたには四千石の直参・旗本になって貰おう。姉上を助けてくれた礼じゃ」
     数えでまだ14歳(今なら13歳)ながら現在の当主である松平正容の傍らには腹違いの姉である澄が座っている。忍び装束の時から既に美しかったが、姫として着飾った今の姿はその何倍も美しい。この時代、正容の妹も含め9人の姫は全員、この世になく、現存するのは落胤である澄のみ。正容が澄を慕い、頼りにしていることは容易に想像できる。
    「それと現在、我らが徳川宗家より預かっている幕府直轄領・五万五千石のうち三万石をそなたに任せよう」
     ということは、表向きは四千石の直参・旗本だが、実質は三万四千石の大名ということになる。
    「それと、どうだ。そなた、姉上を妻として娶る気はないか?」
     三万四千石の厚遇、そして姉の嫁入り話。明らかに正容は石之伸を警戒していた。竜宮城の秘剣を極めし地上最強の剣客。もしも徳川の敵に回るようなことがあれば大変なことになる。何としても味方にしなくてはならない。尾張、紀伊、水戸に次ぐ第四の格式を誇る会津松平家は幕末に至るまで最も徳川宗家に忠誠心厚き大名である。
    「わかりました。今のお話、謹んでお受けいたします」
     石之伸は正容のそうした「腹の内」を読んでいたので、申し出を断らない方が賢明と判断したのだった。
     石之伸に対する正容の見方は強ち「間違い」ではない。石之伸は幕府を、皇室を蔑ろにする国賊政権と見ていたのだから。それでも石之伸が謀反など考えてもみないのはひとえに、漸く民衆が手にした元禄時代という平和な社会を壊したくないからだ。間違っても「権力者に取り入って立身出世したい」などといったチープな考えからではない。
     かくして、一年ほど前に「お家断絶」となった四千石の直参・旗本の屋敷がそっくりそのまま石之伸の新しい住まいと決まった。そこには石之伸と澄、そして家老として澄の師匠である柳生の頭が住むことになった。これは勿論、石之伸の動きを見張る「正容の密偵」に他ならない。わざわざ大和国の大名、一万二千五百石の家督を息子に譲って、である。

     寝室。
    「姫様」
    「石之伸様」
     このとき既にふたりは固い絆で結ばれている。だが、それは恋愛感情ではない。さしずめ志を同じくする者の連帯心といったものか。澄の心の最も大事な場所には厳然と大介が住んでいるのだ。その大介だが、現時点において「生死を知る者」は誰もいない。
    「もう遅い。寝なさい」
     石之伸に促されて澄が布団の中に入る。
    「石之伸さまは?」
    「夜の見回りに行く」
     石之伸は既に動き出していた。雄一郎の行方を探索するために。屋敷には柳生のご隠居がいる。屋敷の警備に問題はない。
    「希望を捨てないことだ。死体が見つかっていないのだから、大介とやらはきっと生きている」
     そう言って石之伸は出ていった。



  • 次回予告

  • 妖精たちはそれぞれ中山捲土(けんど)、渡部東風(こち)、樋口焔(ほむら)、水野鶴夕(つゆ)と名前を変え、江戸に住み着くことになった。そして柿崎小竹介と名前を変えた石之伸は透明術を使って夜盗団を追跡する澄の後を追う。
    次回・文殊の剣「景信山の大捕物」
    お楽しみに。





  •  紀伊半島の東に位置する伊勢志摩。
     日本海溝の隣に鋭く立ち上がるという地形的特徴から、地球上で最も修羅界の波動が強く発生する場所の一つとなっている日本列島。その中でもひときわ強く修羅界の波動が発生する場所がここである。この地にやってくる者は忽ち修羅界の波動の影響によって「タカビー」或いは「戦争大好き」といった攻撃的な性格になる。
     その伊勢志摩の山中から時折、バーンというもの凄い音が響く。地元の人々はそれを「天狗によるものに違いない」と恐れていた。
    「ブイー」
     雄一郎(鋒鋩)にはひとつの特技がある。それは阿若憍陳如のごとく「火器の扱い」である。彼はその特技を活かし只今、鉄砲の訓練に力を入れていた。的を狙い、撃つ。しかも的は山中に住む猪だ。音の正体はこれである。
    今、雄一郎が行っている訓練の目的は百発百中の精度で的を射ること。目的は勿論、来るべき石之伸との再戦の時に必ず勝利するためだ。自身の生命境涯を菩薩界まで高めることのできない雄一郎はいくら磨いたところで剣の技では石之伸に勝てないと判断。鉄砲の腕を磨くことにしたのだ。
    「ピピピー」
     猪が走り去る。どうやら外したようだ。それも当然だ。雄一郎は自ら「蛾羽免斗(がばめんと)」と命名した銃身を極端に短くした改造鉄砲を使用していたのだから。通常の鉄砲がライフルだとすれば、これは拳銃。携帯には便利な一方、命中精度は格段に下がる。
     この鉄砲を実際に使用した雄一郎は次のように呟いた。
    「利、有る(利点がある)だ」
     命中精度は訓練によって、或いは鉄砲を改良することで「今よりも上げられる」と判断したのに違いない。
    「俺様が戻るまで死ぬなよ石之伸。お前はこの俺様が倒す。チチチー」



  •  江戸城の東に広がる神田・日本橋は実に広大である。現在の皇居、東御苑、外苑、北の丸公園を合わせたよりも面積が広い。それも当然。そこは江戸に暮らす人々すべての物資を供給する商業の中心地であり、かつては築地、今は豊洲にある卸売市場もこの当時は日本橋川一帯に魚市場、神田須田町一帯に青果場といった具合に、この地に分散して存在していた。
     日本橋小網町。ここは大伝馬町・横山町と並ぶ江戸きっての問屋街である。
    「ぎゃあ」
    「きゃあ」
    「助けてくれえ」
     屋敷の中を悲鳴が飛び交う。縮緬問屋に押し込み強盗が入ったのだ。女、子供、老人。強盗は屋敷の者たちを皆殺しにした。
     倉の鍵を破壊する。中には千両箱が5つ。
    「運び出せ」
     全ての千両箱を用意した荷車に載せ、藁を被せる。
    「行くぞ」
     押し込み強盗は速やかにその場を去った。

     竜宮城を離れ、地上に来ている四人の竜宮の遣いたちは、それぞれ江戸市中に居場所を見つけていた。 
     八丁堀。
     そこは現在の東京駅からまっすぐ東京湾に向かう道を進み、京橋を抜けた先にある、上から見ると長靴のような形をした、周りを完全に川堀で囲まれた一角で、実際は隣の茅場町も含む一帯を指す。
     その地にある長屋の扉をどんどんと叩くのは中山捲土と名を変えた鯰の精。
     扉が開く。中からまだ眠そうな顔をした、これまた渡部東風と名を変えた飛魚の精と、樋口焔と名を変えた河豚の精が出てきた。
    「なんですか、中山の旦那?こんな朝っぱらから」
    「ほんと。まだ眠いですよう」
    「何を言っておる。昨夜、押し込み強盗があったんだぞ」
     三人の立場は中山が南町奉行配下の与力で、渡部と樋口は中山が預かる同心である。これまた会津肥後守正容の配慮によるもので、雄一郎の行方を捜すには町奉行の下で働きながら情報収集をするのが何かと都合が良かろうということからなのだが、江戸の治安維持のために、いいように利用されているような気がしないでもない。が、如何せん会津の若殿様は柿崎小竹介の奥方様の弟君であるから無碍にすることもできない。
    「ほら、ふたりとも行くぞ」
    「旦那」
    「待ってくださいよ」
     三人が現場へと走る。

     越後屋。
    「こりゃあ酷い」
    「一家皆殺しか」
    「これは、かなりの人数による組織的な犯行だな」
     一家皆殺しとなれば、目撃者を見つけるのが難しい。となれば現場の検証がより重要となる。だが、犯人に結びつく証拠らしきものは何も出ない。
    ひと通り現場検証を終えた三人はまだ食べていない朝飯を摂るべく「鶴夕」という名の小料理屋へと足を運んだ。
    「いらっしゃい」
     ここの女将・鶴夕の顔を我々は既に知っている。鉄砲魚の精だ。勿論、これは市中の情報を江戸の庶民から容易に入手するためのカモフラージュである。
    「今日はまた随分と早いのねえ」
    「昨夜、押し込み強盗があったのよ」
    「まあ」
    「一家皆殺しだ。小さな子供までな」
    「許せないわね」
    「絶対に下手人を捕まえてやる」
     そんな会話をしているうちに朝食ができあがった。白米の飯、浅蜊の味噌汁、お新香、小魚の煮物、お茶。早速、頬張る三人。
     そこへ石之伸がやってきた。
    「みんな、集まっているな。こんな朝っぱらからどうした?」
    「これは石之伸様。実は・・・」
     妖精たちが石之伸に昨夜の押し込み強盗の件を話した。
    「鋒鋩(雄一郎)の可能性は?」
    「今のところはわかりません」
    「そうか。だが、いずれにせよ、そんな外道、ほっとくわけにはいかないな。よし。拙者も毎晩、夜の見回りに歩くとしよう」
     そこへやってきたのは北町奉行所配下の与力・竹崎木人。今月は南町の月であるから非番である。
    「昨夜、押し込み強盗があったらしいじゃないか。大変だな」
     どうやら「冷やかし」に来たようだ。
    「捕まえてやるよ」
    「俺たちの月番の間にな」
    「ほう、大した自信だねえ」
     与力・竹崎。実にむかつく奴だ。
     町奉行所は北と南の二つがあり、職務は月の交代制である。奉行所の建物自体、別々である。とはいっても北町は現在の東京駅・丸の内北口、南町は現在の有楽町駅の辺りなので八町(約900m)ほどしか離れてはいないのだが、ご覧の通り両者は「仲が良い」とはお世辞にも言い難い。互いに手柄を競い合っているのだ。
    「おや、こいつは誰だい?」
     竹崎が石之伸に気がついた。石之伸は次のように返答した。
    「拙者は見ての通り一介の浪人。名は青山石之伸と申す」
     まさか柿崎小竹介とは名乗れない。そこで石之伸は浪人として振る舞うときには青山の姓を名乗っていた。
     竹崎は石之伸の腰に差す木刀に気がついた。
    「なんだ?お前、刀を持っておらんのか」
    「生憎の貧乏暮らしで、刀はとうの昔に質に入れてしまいました」
    「そりゃあまあ、おかわいそうに」
     竹崎は石之伸の木刀を馬鹿にしているが、この木刀の正体は古事記・日本紀(日本書紀)にも登場する伝説の名刀「草薙剣」に他ならない。

     竜宮城。
    「この刀を抜いてご覧なさい」
     石之伸は乙姫の言うままに手渡された拵えのない樫造りの刀を抜いた。一見、普通の光景なのだが、それを見た乙姫は驚きの表情を隠さなかった。
    「まさかとは思っておりましたが、どうやらあなたは『主人』として認められたようです」
    「主人?」
    「その刀は『草薙剣』。瀬戸内の海の底に沈んでいたものを竜宮城で回収しました」
    「草薙剣だって」
     石之伸は驚きを隠さなかった。当然だ。草薙剣と言えば竜の尻尾から出てきたといわれる伝説の剣だ。
    「その刀、竜宮城では誰も抜くことができませんでした。この私にも」
    「何ですって!」
     だが、こちらの方が遙かに驚きだ。乙姫にも「できない」ことがあるなんて。
     竜宮城の科学力・思考力は21世紀の地球の科学力・思考力の数千年先を行く。21世紀の地球では未だに化石燃料の航空機が飛び、原子力発電が行われ、政治家が裏金づくりを行い、有名企業がデータ改竄に走り、芸能人やアナウンサーどもは絶品グルメ三昧に明け暮れ、名門大卒自慢によって民衆を睥睨する。そして何より、各国の為政者が「自国は優秀、他国は下等」という思い上がりの元に挙って国防強化や戦争などという愚行を繰り広げている。だが、竜宮城ではそんなことは遠い昔に終わりを告げ、今では瞬間移動技術によって多くの星々のエイリアンたちと平和的な交流を盛んに行っている。乙姫はそんな竜宮城を支配する王族のひとりなのだ。
    「その刀は明らかに意思を持っています。自らが認めた者以外に抜かれることを拒みます」
     草薙剣が石之伸には抜かれた、ということは・・・。
    「あなたは草薙剣によって選ばれた剣士なのです」
     自分が草薙剣に選ばれた剣士だと?
    「その剣はあなたのものです。ですが、抜く時は心しなさい。あなたがその剣を抜く時、間違いなく相手の命は尽きているのですからね。素粒子から構成される全ての物体に『仏性が備わる』のだということを決して忘れてはいけません。悪人が悪人であるのはあくまでも地球が発生する修羅界の波動の影響を受けている結果に過ぎないのです。まあ、そう言われても現実には最後の最後まで『自分も仏界の波動を受信することができる存在』なのだということを理解できずに改心しない人間が多いのですけれども」

    「ま、せいぜい頑張って、どこかのお屋敷に拾っていただくんですな。ははは」
     そう言い残して竹崎は店を出た。
    「『知らぬが仏』とはまさに、このことですわね」
     鶴夕は呆れ顔でそのように言った。
     現在の石之伸は歴とした会津松平藩の藩士である。お目見え以下(将軍にお目通りできない身分の旗本)の与力にすぎない竹崎がそれを知ったら、さぞや吃驚するだろう。だが、これは石之伸にとって決して着心地のいいものではなく、ましてや自ら望んだものでもない。できれば浪人のままでいたかった。その方がどんなに気楽でいられるか知れない。 
    「あいつ、しょっちゅう来るのかい?」
    「毎日来るわ。もううんざり」
    「どうやらあいつ、おまえさんに『ほの字』のようだな」 
    「止めてくださいな。あんな吐く息の臭い男、絶対に厭ですよ」

     柿崎家屋敷。
     石之伸が戻った。
    「若。何処をほっつき歩いておったのですか」
     柳生のご隠居が昨夜から行方不明となっていた石之伸のもとに大慌てでやってきた。
    「ああ、すまん、すまん。夜の見回りを、ちょっとな」
    「一大事ですぞ。澄姫が行方不明ですじゃ」
    「なに?」
    「若が出かけられたあと、どうやら外出したようです」
     澄もまた石之伸同様、雄一郎の行方を、或いは大介の行方を探すべく深夜に外出したようだ。既に捜索にあたっているだろう柳生の探索が「不発である」ということは透明術を使っているに違いない。
    「なんということだ。あのお転婆伝法娘め」
     忍として育てられたのだから、これは別段、驚くには当たらない。だが、まだ「戻っていない」というのが引っかかる。
    「まさか、昨夜の押し込み強盗を追っているのでは」
    「若」
    「仕方がない」
     石之伸は「料亭鶴夕」へと走った。

     料亭鶴夕。
    「というわけだ」
     石之伸は手短に竜宮の遣いたちに状況を説明した。
    「迷惑をかける。探してくれるか。恐らく昨夜の押し込み強盗一味を追尾しているに違いない」
     だが、どこをどう探せばいいのやら。



  •  その頃、押し込み強盗団は千両箱五つを持って甲州街道を西に向かっていた。そして石之伸の予想通り、そのすぐ後ろを「墨隠れの術」で透明になった澄が尾行していた。
    「こいつらのアジトを突き止めてやるわ」
     石之伸が出かけたあと、澄もまた雄一郎を探しに夜の江戸の町に繰り出した。その時、たまたま澄は押し込み強盗団が千両箱を荷車に乗せて逃げるのを目撃したのである。ここから番屋までは遠い。駆け込んでいたら逃げられてしまう。そこで澄は透明術によって姿を消して強盗団を追跡することにしたのである。
     八王子を過ぎ、みるみる国境の山が大きくなる。左手には高尾山が見える。横一列に連なる峰の奥は甲州だ。
     強盗団と澄は山道を登り、小仏峠までやってきた。
     信楽焼の大狸が置かれた小仏峠の稜線からは東には江戸のまちが、西の麓には相模湖が見える。時期は真冬。足下の枯れ草の茎にはこの地方の名物である「氷の花」が咲いている。氷の花とは毛細管現象によって冬に枯れた草の茎を伝って土の中の水分が上昇。その後、水分が茎から蒸発する際に氷点下の外気に触れることで瞬時に凍り、それがまるで白い花のような形になる現象である。
     強盗団は小仏峠を越えて西に向かうのかと思いきや稜線上を北へと進み始めた。無論、登山道などはない。藪漕ぎをしながら稜線を進むこと二刻(30分)ほどで景信山の頂上に到着した。参拝客で賑わう隣の高尾山とは異なり、ここには誰もいない。人の手の全く入らぬ原始林で覆われた実に静かな山頂だ。
    「よし、埋めろ」
     どうやらここに千両箱を埋めるらしい。
    「ようし」
     澄が何やら始めるようだ。澄が宝珠を取り出す。
    「あぎゃねん・ぎゃねい・くり・けんだり」
     澄が持国天の「陀羅尼呪」を唱えた。宝珠の中から沢山の蛍烏賊が出現した。
    「さあ、脅かしておあげ」
     沢山の蛍烏賊が青い光を発しながら盗賊たちの周囲を飛び回る。盗賊たちはそれを「火の玉」と錯覚した。
    「うわあ」
    「ぎゃあ」
    「火の玉だあ」
    「お化けが出るぞう」
     取り乱す盗賊たち。澄はそれを見て大笑い。
    「さてと」
     澄が盗賊退治に乗り出す。一人ずつ頭を殴って気絶させていく。透明だから抵抗されることも反撃されることもない。
     だが、盗賊の頭だけは違った。さすがは頭だ。見えなくても何やら人のいる気配を感じたのだ。盗賊の頭は気配の感じる方角に向かって斧を投げた。斧はかろうじて澄には当たらなかったが、驚いた澄は悲鳴を上げた。
    「きゃあ」
     集中力を欠いた澄の透明術が解けた。
    「何だ、お前は!」
     しまった。澄が見つかった。急いで逃げる澄。だが、藪漕ぎを必要とする道のない山中を走る能力は相手の方が断然上。澄はあっという間に盗賊の頭に捕まってしまった。
    「おい、野郎ども。さっさと起きやがれ」
     気絶させた子分たちが次々と目を覚ます。
    「どうやら、火の玉はこいつの仕業らしい」
     子分たちが澄の品定めをする。
    「こいつはいい女ですぜ、頭」
    「うむ、確かに別嬪だ」
     盗賊の頭も同意見だ。
    「今夜は大いに楽しめそうだぜ」
     
     景信山に夜が来た。
    「うう」
     澄は縄で両腕を縛られ大木の下に吊されていた。そんな澄の姿を眺めながら薪を取り囲んで「夜の宴会」と洒落込む盗賊ども。
    「皆の者。いよいよ始めるとするか」
    「おー」
     盗賊の頭が澄に近づく。
    「そらー」
     鞭が澄の体を襲う。
    「あーっ!」
    「おらおらおらあっ」
    「あーっ、あーっ、ああーっ!」
     痛みに耐えかね絶叫する澄。
    「どうだー、痛いかあ」
    「ああーっ!」
     必死にもがく澄。だが、手首を縛られ木の枝から吊り下げられた澄にはどうすることもできない。
     盗賊の頭が鞭を捨てる。盗賊の頭は背中から澄に抱きつくと胸を揉みはじめた。
    「いやあ、やめてえ」
     この時代は現代よりも遙かに女性の「貞操観念」が強い。澄が今、感じている「恥ずかしさ」は現代の女性の非ではない。
    「いいぞ、いいぞ」
    「もっとやれー」
     子分たちが叫ぶ。必死に暴れる澄だが、その姿は傍目には踊っているように見える。
     そして遂に盗賊の親方が澄の着衣を脱がしにかかった。帯紐を解き、帯を外す。その時、澄の着物の下から竜の姿を象った素焼きの鈴が地面に落下した。
    「なんだ、これは」
     親方はその鈴を拾い上げると、カラカラと鳴らした。
     その瞬間。
    「飛魚の精、参上」
    「河豚の精、参上」
     渡部と樋口、ふたりの竜宮の遣いたちが出現した。竜の鈴は竜宮の遣いたちを呼ぶための道具で、本来は石之伸が所持するものだが、石之伸は澄に持たせていた。つまり竜宮の遣いたちの現在の主人は澄で、石之伸は竜宮の遣いたちのリーダーといった立場にあるわけだ。つまり鷹・犬・豚・鶴を統率する虎である。
     その石之伸もまたこの場にやってきた。石之伸は地上の人間だが、草薙剣が有する「飛翔能力」によって竜宮の遣いの後を追ったのだった。
    「はあっ」
     石之伸は澄を吊す縄を切った。澄の体が石之伸の腕の中に収まる。
    「姫は返して貰うぜ」
    「貴様あ」
     盗賊の頭が斧を手に襲いかかる。
    「これでも食らえい」
     斧を振りかぶる盗賊の頭。素人目には恐ろしく見えるが、腹も胸も隙だらけだ。
    「無礼者ーっ!」
     石之伸は素早く碁石を盗賊の頭の額の中央に投げた。見事に命中。額に碁石を打ち込まれた盗賊の頭の顔はまるで「仏像の顔」のようだ。
    「あ、ああーっ」
     気を失い、地べたに倒れる盗賊の頭。
    「ああーっ!」
    「お頭が倒された!」
     無敵と信じていた頭があっけなく倒され、動揺する盗賊たち。それを見届けた石之伸は、これなら自分はもう「いなくても大丈夫」と判断した。
    「後は任せる」
     石之伸は強盗団を竜宮の遣いたちに任せ、澄を連れてこの場を退散。その後は妖精ふたりによる「お祭り」だ。
     江戸へ戻る石之伸の目に小仏峠を登っていく「御用」と書かれた沢山の提灯の明かりが見えた。彼らを率いるのは鯰の精・中山である。見事、竹崎の鼻を明かすことに成功したというわけだ。

     柿崎家屋敷。
    「これに懲りて、もう勝手に外へは出歩くでないぞ」
     石之伸の雷。だが、今回の事件、澄には全く効いていないようだ。
    「おあいにく様。私はこれでも『くノ一』ですからね。それに私には大事な任務があるんですからね」
    「鋒鋩は『自分が倒す』と言ったであろう」
    「それとは別の任務です」
     それについては次回。



  • 次回予告

  • 突如、江戸の町に現れた大泥棒「天竺鼠小僧」。その腕前は相当なもので中山、渡部、樋口による追跡さえも逃れるほど。そしてその正体は意外な人物であった。
    次回・文殊の剣「柿崎屋敷 襲撃さる」
    お楽しみに





  •  今日、ニッポンの歴史教科書には「弥生時代はシャーマニズムの時代」と書かれている。昭和・平成・令和を通じてニッポン人はこうした歴史観を学び、聞かされ、信じ込まされてきた。というのも、こうした記述は政権与党である右翼政党の支持母体である宗教団体にとって実に「都合がいいもの」だからである。これならば「神道こそがニッポン人が崇拝すべき伝統宗教である」と声高に主張することができるからだ。
     だが、事実は全く異なる。弥生時代、即ち初代・神武天皇から第九代・開化天皇までの間。倭国は豊玉姫・玉依姫が竜宮城から伝えた文殊師利菩薩を起源とする「仏教」を信仰する国であった。つまりアニミズムの縄文時代と伊勢神宮を崇拝する古墳時代の間に銅鐸を本尊とする「仏教興隆の時代」があったのだ。それは仏教で説かれる「正法時代」ともピタリと符合する。
     ではなぜ、その事実が失われてしまったか?それは倭国が西暦57年に後漢、当時の中国と交流を開始したからである。それは正法時代が終焉を迎えた西暦52年から僅か五年後の話であった。そこから倭国はそれまでとは全く異なる国へと変貌した。
     角力という武術。鉄製の武器。古墳の建設を可能とする始皇帝陵由来の高い土木技術。それらを次々と大陸から輸入した倭国は「全国統一」を目論み、地方の豪族たちを次々と武力で制圧していった。そのための精神的支柱が第十代・崇神天皇の子である第十一代・垂仁天皇により創建された伊勢神宮である。「戦意高揚・国威発揚」という思想統制のために創建された神宮を崇拝、侵略戦争に邁進する倭国にはもはや平和な世界を誓願する道具である銅鐸は不要であった。また仏教上も正法時代の本尊である銅鐸は仏像を本尊とする像法時代には捨てられるべきものであった。かくして銅鐸は土の底深くに埋められ、弥生時代は歴史の彼方に葬り去られてしまったのである。仏教が再びニッポンに登場するのは像法時代500年目の西暦552年の「仏教伝来」まで待たねばならない。その間の500年間、ニッポンには「神道の嵐」が吹き荒れたのである。
     その後の歴史は皆も知る通りである。聖徳太子が神道の長である物部守屋を討つ。仏像を本尊とする像法時代の到来と共に「平安」という争いのない穏やかな時代がやってきた。しかし西暦1052年、末法時代に入ると神道が再び息を吹き返す。丁度100年後の西暦1152年に平清盛が荒廃した厳島神社を修復。これが号砲となって武士による醜い「権力争いの時代」が始まるのである。



  •  この日、澄は忍び装束で濱御殿(現在の浜離宮恩賜庭園)とは運河を隔てた対岸にある会津藩中屋敷の天井裏に張り込んでいた。その目的は現在、ここに暮らしている澄の実父・保科正之の継室「おまんの方」の動向を監視するためであった。
     おまんの方は保科正之の正室・お菊の方亡き後、継室となったが「媛姫毒殺事件」以後、正之に疎まれ、一時は力を失っていたのだが、正之亡き後、再び勢力を盛り返し、現在の当主である正容の命を脅かしていたのである。
     かいつまんで説明すると、媛姫毒殺事件の一件は自分の娘である媛姫が米沢30万石に輿入れした一方、側室「おしほの方」が生んだ松姫は加賀100万石に輿入れすることと決まり、そのことを妬んだおまんの方が松姫を毒殺しようと計ったところ、誤って媛姫を毒殺してしまった。つまりおまんの方は実の娘を毒殺してしまったわけである。この事件の真相を知った正之は激怒。その後、おまんの方を冷遇したのは至極当然であった。
     そして正之死後、おまんの方が産んだ四男・正経が二代藩主となったものの、病弱だったことから八年と数ヶ月ほどで側室「お富貴の方」が産んだ六男・正容に三代藩主を譲った。それがおまんの方の「お気に召さない」というわけである。正容はまだ数え年で十四歳。お世継ぎはまだ生まれていない。もしも暗殺されるようなことにでもなれば東北の要石である保科=会津松平家は断絶する。何としてもお護りせねばならない。
    「どうやら、大丈夫ね」
     暫く監視していたが、怪しい動きはなさそうだ。澄は天井から消えた。
     中屋敷の外に出た澄。
    「どうやら無事だったようだな」
     屋敷の塀の外には石之伸が来ていた。
    「石之伸さま」
    「ご隠居に『様子を見てきてくれ』と頼まれてな」
     その後、ふたりは歩きながら柿崎屋敷へと向かった。
    「お家騒動も、なかなか大変だな」
    「何があっても正容公をお護りせねばなりません」
    「伊達政宗公死後、実質的な『副将軍』として、そなたの父が果たした数々の功績は、まさにそなたの父が『名君』であることを証明するものだ。玉川上水の建設。明暦大火での迅速な対応。殉死の禁止。証人制(外様大名の家族を江戸に住まわせる人質制度)の廃止。会津藩にあっては高齢者に毎日、玄米五合を支給する老人福祉制度や飢饉に備えて社倉を整備・・・」
     石之伸の口から発せられる「父に対する賛辞」を澄は心から嬉しく思った。
    「だが唯一、よろしくないことがある。それは『神道』なんぞにうつつを抜かしていたことだ。神社は修羅界の波動がひときわ強く発生する場所。だから『力を貰ったような気』になるのも無理はない。だがそれは所詮、性格が凶暴になっただけの話で、本当に力が備わるわけではない。人道による王道を尊び、武力による覇道を否定する『孟子の思想』に精通する公のこと。恐らくはそうした神道の『本質』を見抜いていたに違いない。だが『神道こそが日本古来の宗教』という誤った歴史観に縛られていたため、完全否定するには至らなかったのだ」
     澄の顔色が変わった。怒ったのではない。不安になったのだ。竜宮城に行った澄もまた「祟り神」と称して魔物を崇拝する「神道の害毒」を知っているからだ。
    「会津藩は将来、どうなるのでしょう?」
    「『因果の理法』は厳しい。どんなに正しい政事を行っても、それには限界がある。誤った信仰を実践していれば、いずれは毒が溜まってくる。武烈天皇の世がまさにその例だ。今は善政行き届く会津藩だが、将来的には『滅びる』のかも知れないな」
     その通り。会津藩は将来、長州藩によって滅ぼされるのだ。その長州藩によって生み出された大日本帝国も例外ではない。そして神道勢力を支持母体とする右翼政党が支配する令和のニッポンも近い将来・・・。伊勢神宮を創建、軍国主義を宣揚した垂仁天皇の「施策の誤り」がその後も延々とその時代、その時代のニッポンの権力者たちによって受け継がれることによって、ニッポンは未だに「平和とはほど遠い国」だ。
    「だが、そんなことにならぬよう私たちが努力しようではないか。正しい思想・哲学を知る私たちが」



  •  深夜、丑の刻。
     高利貸しで有名な金貸業「望月屋」の蔵の前に全身、黒装束の忍者風の男の姿があった。男は蔵の扉を封印する錠前の鍵穴に細い金属の棒を刺し込むと、僅かな時間の間に錠前を見事に外した。
     扉を開き中に入る。中には幾つもの千両箱が積んである。男はそのうちの一つの蓋を開くと、自身の懐の中に二十五両で纏められた小判の包みを10包みほど放り込んだ。
    「よし」
     男は倉から出ると、塀の上に飛び移り、塀の上を走ってその場を立ち去った。
     その後、男は、とある貧乏長屋にやってきた。
    「それ、それ、それ」
     男は長屋の中に手裏剣を投げるように一両を投げ込むと、長屋を足早に去って行く。長屋の人々は目が覚めたとき、さぞや驚くことだろう。

     料亭鶴夕。
     料亭の客の間では昨夜に起きた事件で「持ちきり」であった。
    「おい。昨夜、また『天竺鼠小僧』が出たらしいぞ」
    「今度は望月屋だってよ」
    「ざまあみろだ。あの悪徳金貸しが」
    「でもって、長屋の人々は大喜びだってさ」
     こうした話から察するに、望月屋の蔵を襲った黒装束の忍者風の男は「天竺鼠小僧」と呼ばれる盗賊で、それも貧しい庶民に金を恵む「義賊」らしい。しかも「また」と言うからには今回が初めてではあるまい。
     そう。天竺鼠小僧による蔵荒らしはこれで十件目になる。北南の両町奉行所は必死に探索をしてはいたが、その足取りは杳として掴めなかった。
    「いらっしゃい」
     中山が樋口と渡部を連れて入ってきた。
     料亭鶴夕は神楽坂、現在、東京理科大学の校舎が建つ場所にある。八丁堀とは江戸城を挟んで反対側、江戸城をぐるりと巡る道の中継点であり「見回りの休憩にはもってこい」の場所である。
    「鶴夕。朝飯をくれ」
    「その様子じゃ、まんまとしてやられたようね」
     三人は天竺鼠小僧を追って一晩中、町中を探索していた。
    「くそう。なんて逃げ足の速い野郎なんだ」
     それにしても、竜宮の遣いの追跡から難なく逃げおおせるとは。そんなことが「あり得る」のだろうか?
    「でも、あなたたち三人の追跡から逃げおおせるなんてねえ」
     鶴夕も正直、驚いている。
    「まさか、鋒鋩(雄一郎)じゃないでしょうね」
     中山は言下にそれを否定した。
    「違う。鋒鋩じゃない」
    「じゃあ一体、誰なのさ」
    「わからん。だが『相当の手練れ』ということだけは確かだ。俺たちが巻かれるなんて、普通だったらあり得ん」
    「ひとついいかな、中山の兄い」
    「何だ?樋口」
    「これは明らかに『本職の仕事』だと思う」
    「本職だと?」
    「ということは『抜け忍』?」
     確かに、本物の忍なら三人を巻くことも可能だろう。
    「一つの『手がかり』ができたようだ。忍集団から抜け忍に関する情報を聞き取ろう」
     三人は朝食を済ませると、服部をはじめ忍集団の聞き取りへと向かった。

     柿崎屋敷。
    「うちには抜け忍はいない」
    「そうですか」
     中山は現在、柿崎家の家老を務めている柳生のご隠居にも話を聞いていた。
    「いや、待て。一人だけ、いないこともない」
    「それは誰です?」
    「いや、そんなことはない。そんなことは・・・」
    「取り敢えず、お聞かせください。誰なんです?」



  •  正午。
     料亭鶴夕に竹崎がやってきた。
    「おや、今日はいつもの三人組は来てないのかな?」
     昨夜、天竺鼠小僧が現れたことは知っている。これは明らかな厭味だ。
    「ええ、いませんよ」
     鶴夕は素っ気なく返答した。
    「旦那は追わないんですか?天竺鼠小僧を」
    「今月は南の月番だからね」
    「そうですか。でも捕まえれば大手柄じゃありませんか」
     この言葉を竹崎は「自分への期待」と受け取ったようだ。
    「ようし、わかった。天竺鼠小僧はこの竹崎様が捕らえてやる。期待しててよ、鶴夕ちゃん♡」
     竹崎は意気揚々と外へ飛び出していった。
    「やれやれ」
     再び平和なときが戻った料亭内。先程から鶴夕は奥に座るひとりの若い男のことが気になっていた。一言も話さず、黙々と昼間から酒を飲む小柄な町人風の男。酒は飲んでいるのだが、しかし酔っているようには見えない。
    「ご馳走さん」
     男は立ち上がると、勘定を置いて左に向かって出ていった。
    「さわ。いづみ。私、ちょっと出かけるわ。ふたりとも後をお願いね」
     鶴夕は男の後を追った。
     男は牛込御門(現在の飯田橋駅辺り)で針路を左に曲がり、越後高田藩がその地に庭園を築いたことにその名が由来する高田馬場方面に向かって延びる街道を西へと歩き始めた。暫く道なりに歩く。穴八幡神社前の十字路まで来たところで男は突如、右(現在の早稲田大学周辺)に曲がった。
    鶴夕も同じ角を曲がる。
    「あっ」
     既に男の姿はなかった。一体全体、何処へ消えたのか?
     やはりこの男、只者ではない。

     その頃、石之伸は神田上水を西に向かって一人、散歩していた。
     太田道灌の伝説で有名な「山吹の里」に来た時。
    「何者だ?」
     そこへ浪人風の男たちが押し寄せてきた。総勢九人。
    「柿崎小竹介とお見受けしたが、間違いないか」
    「如何にも拙者は柿崎小竹介だ」
    「お命頂戴。やあっ!」
     男たちが突然、石之伸に斬りかかってきた。
    「仕方がない」
     木刀を抜き、応戦する石之伸。
     そこへ先程、料亭鶴夕で酒を飲んでいた男が面影橋を渡って南から走ってきた。男は石之伸の加勢に入った。
    「引け」
     勝てないと思ったのか、男たちはこの場から逃げ出した。
    「済まないな」
    「いや、どうやらお邪魔だったようだ。あなたひとりでも勝てたみたいですね」
    「いい腕だ。ひょっとして忍か?」
    「御免」
     男は足早にその場を去って行った。どうやら図星のようだ。
     
    「若」 
     屋敷に戻った石之伸のもとに柳生のご隠居がやってきた。
    「実はかくかくしかじかでして」
    「そうか。今、流行りの天竺鼠小僧とやらの正体は抜け忍か」
     石之伸は先程、自分に加勢した男のことを思い出していた。
    「それなのですが、『まさか』とは思うのですが」
    「何だ?ひょっとして心当たりでもあるのか?」
    「はい」
     柳生のご隠居は自分の「率直な意見」を石之伸に告げた。
    「そうか。充分にあり得るな」
    「はい。あの者の腕ならば、天竺鼠小僧になるくらいのことは朝飯前です」
    「で、その話、澄にはしたのか?」
    「いえ、まだでございます」
    「暫く間、黙っておいてくれ」
    「承知しました」
     石之伸は何としてももう一度、あの男に「会わねばならない」と思った。

     その日の夜。
     石之伸は夜道を歩いていた。天竺鼠小僧に会うために。すると天竺鼠小僧ではなく昼間、遭遇した浪人たちと出会った。
    「また会ったな」
    「今度は間違いなく死んで貰うぞ」
    「理由くらい聞かせてくれてもいいと思うな」
    「問答無用!」
     男たちが石之伸に斬りかかる。石之伸は派手に大立ち回りを演じる。天竺鼠小僧がこの騒ぎを耳に知ればきっと「やってくる」と思ったのだ。
     そして案の定、天竺鼠小僧が現れた。そして再び石之伸の加勢をする。
    「くそう、引け」
     またも逃げ出す男たち。
    「あんたが最近、話題の天竺鼠小僧かい?」
     昼間の町人風とは異なり、全身黒尽くめ。
    「お前の正体は『大介』だな?」
    「さすが。よくご存じで」
    「生きていたのだな」
    「はい。川に飛び込み、溺れたところを川の漁師に助けられました。その川の漁師は貧しい長屋暮らしをしておりますが、その長屋の人々は全員、貧しいにもかかわらず私のために精一杯の看護をしてくださいました」
    「そうか。それで天竺鼠小僧に」
    「『華の元禄文化』とは言いながら、この江戸には貧しい庶民がまだまだ大勢いることを知りました」
    「だが盗みは犯罪だ。もし捕まれば打ち首、獄門になるぞ」
    「わかっています。ですから柳生のみんなの元へは戻らず、こうしてひとりで生きています」
    「それはそうと、なぜ私を助けた?」
    「それは、あなたが澄様の婿君だからです」
    「そうか。だがそれは少々違う。私と澄は、表向きは夫婦だが、互いに愛し合っているわけではない。会津の若殿様が私の動きを監視するための偽装だ。澄はお前の帰りを待っている。お前が生きていると信じてな」
     この言葉を耳にして、さすがに大介は動揺した。
    「澄様には『私は死んだ』とお告げください」
    「なぜだ」
    「私はもう盗人です。澄様に会わせる顔などありません」
     そう言うと、大介は屋根の上に飛び移った。
    「大介!」
    「御免」
     大介は屋根の上を走って消えた。

     一方、二度も石之伸の襲撃をしくじった九人組はというと。
    「馬鹿者!」
     頭とおぼしき男から大目玉を食らっていた。理由は不明だが、二度の暗殺に頭は参加していなかった。
    「二度も暗殺を仕掛けておきながら、おめおめと逃げ帰ってくるとは」
    「ですが、奴は只者ではありません。我々では歯が立ちません」
    「そんなことでは『殿のご無念』を果たせんではないか」
     最初、彼らは神道に伝わる呪術、少彦名命由来の「蔭針」で石之伸を呪い殺そうとした。だが、もとよりそんな迷信に効果があるはずもなく、石之伸はピンピンしている。続いて道教に伝わる「九字の呪文」を試すがこれも効果なし。仕方がないので真言密教を極める高僧に大枚を支払い天法輪法、所謂「調伏護摩」まで焚いたものの、こうした人を呪う邪宗教に頼る試みは全て徒労に終わった。当然である。そのようなものは日頃から邪宗教を信じる人間にしか効果がないからだ。そこで彼らは仕方なく自らの剣で仕留めようとしたのだったが、あまりにも「腕が違いすぎた」のだった。
     それにしても「殿のご無念」とは、どういうことなのだろう?
    「私に『いい考え』があります」
    「なんだ」
    「小竹介本人ではなく、あ奴の奥方を狙うのです。話によると今の屋敷に多くの家臣はいないとのこと。奥方を人質に取られては奴もどうすることもできますまい」
    「そなた、儂より小竹介の方が『強い』と申すか?」
    「いえ、そのようなことは決して」
    「まあよい。相手が凄腕というのならば致し方あるまい」
    「やるなら早いほうがいいかと。小竹介は今頃、我らを探して夜の町を歩いているはず」
    「今からか」
    「『屋敷の間取り』は我ら、今でも手に取るように覚えております」
    「そうだな。よし」
     頭を含め、総勢十人が柿崎屋敷に向かうのだった。

     その頃、石之伸は鶴夕と鉢合わせをしていた。鶴夕もまた、あの男を捜して夜の町に繰り出していたのだ。
    「そうでしたか。やはりあの男が・・・」
    「お前も知っていたとはな」
    「何やら、独特の雰囲気を発していたものですから」
    「惚れたか?」
    「まさか」
     口ではそう言っているが、まんざらでもなさそうだ。
    「若!」
     そこへ柳生のご隠居がやってきた。
    「爺も来たのか」
    「天竺鼠小僧が大介なら儂も『会わねば』と思ってな」
    「一足違いでした。あの者はもう去りました」
    「では、やはり」
    「はい。大介でした」
    「なんということだ」
     この言葉、自分の愛弟子が盗人家業に手を染めてしまったことを嘆いたのだ。
    「まあ、そう嘆きなさんな。あいつは根っからの悪人ではない。それに金は盗んでも、まだ誰ひとりとして人を傷つけてはいない」
    「ですが」
    「あいつのことは私に任せてくれないか」
    「わかりました」
    「あいつは必ず元に戻してみせる。それが『澄の願い』でもあるからな」

    「いた」 
     浪人たちが走る。大介はその後をつけた。石之伸を執拗に狙う者どものアジトを突き止めようと思ったのだ。
     だが、大介が見つけたのはアジトから出て柿崎屋敷へと走る浪人たちの姿だった。屋敷に到着した浪人たちは次々と塀を乗り越え、屋敷内へと入っていった。
    「こいつら、石之伸様は倒せないと見て澄様を」
     次々と塀を乗り越えていく浪人たち。
    「くそう!」
     大介もまた奴らを追って塀を乗り越えた。

     このとき、澄は寝室で寝ていた。
     だが、澄も忍の端くれ。大勢の人数の足音に気がついた。目を覚ますと直ちに飛び起き、最近、柳生のご隠居の指導で修練を始めた鞭を手にした。刀や手裏剣だと相手を殺めることになる。鞭ならばその危険は少ない。柳生のご隠居は如何に「忍の掟」とは申せ、澄の手を血に染めさせたくはなかったのだ。
     襖が開いた。
    「柿崎小竹介の奥方だな?」
    「悪いが、人質になって貰うぞ」
    「覚悟」
     次々と澄に襲いかかる。
    「やあっ」
     澄が鞭を振るう。ひとりは顔面を叩き、もうひとりは首に巻き付け、窒息させることで失神させた。
    「爺!爺!」
     澄が叫ぶ。だが、柳生のご隠居の返事はない。今、屋敷には澄しかいない。
     必死に防戦する澄。しかし相手は残り八人。一流とは言えなくても元は旗本に仕えていた武士たちである。それなりに剣術は身につけている。
     そして遂に鞭を斬られてしまった。
    「しまった」
     こうなってはもう戦えない。必死に屋敷内を逃げ回る。
     そんな澄を浪人たちが追い回す。
    「ほらほら、どうしたあ」
     追いつかれる度に、次々と寝間着を破られていく。
     そして。
    「あっ」
     襖を開けたところに先回りした敵が仁王立ち。浪人たちを率いる頭だ。
    「うっ」
     腹に一撃が入った。澄は気絶してしまった。その周囲に浪人たちが集まる。
    「へへへ」
    「ひひひ」
     厭らしい笑い声を上げる浪人たち。
    「小竹介を殺る前に、こちらの方を楽しんでからでも遅くはないでしょう?」
    「・・・そうだな」
     頭の了解が出た。男たちは早速、澄の上半身を目が覚めたときに抵抗できないように後ろ手に縛り始めた。
     その時。
    「ぎゃあ」
     悲鳴を上げて男が倒れた。
     大介である。大介が澄を助けるためにやってきたのだ。
    「貴様」
    「俺たちの後を」
    「つけていたのか」
    「女を人質にしようとは、何とも許せぬ奴らよ」
     浪人たちと大介との格闘が始まった。
     次々と敵を倒す大介。だが、多勢に無勢。大介ひとりでは荷が勝ちすぎている。
     そして。
    「ぐわっ」
     この悲鳴は大介のもの。大介が敵の頭に切られたのだ。さすがは頭だけのことはある。その場に蹲る大介。
    「やれ」
     頭の命令。浪人たちがとどめを刺しにかかる。
     その時。
    「お前たち、やはりここに来ていたか」
     石之伸は石之伸で「奴らの思考」を読んだのだった。何度、襲撃しても倒せない相手。ならば、さすがに次は「別の手を使うはず」と。
    「姫様」
    「しっかりしてください。澄様」
     柳生のご隠居と鶴夕が澄を介抱する。石之伸は浪人たちと戦闘開始。
    「はっ、はっ」
     次々と白い碁石を敵の急所に打ち込む。
     そんな中にひとりだけ全ての碁石を刀で打ち落とす者がいた。
    「お前は初めて見る顔だ。この浪人どもの頭か?」
    「拙者はかつて、この屋敷に住まわれていた三城藩、大矢武州守様の元・武道指南役、行方鈴之介だ」
    「そういうことか」
     今、石之伸が住んでいる屋敷には以前、大矢武州守が住んでいた。三城藩は「お家騒動」によりお取り潰しとなり、武州守は切腹。その後に石之伸が住むことになったため、彼らは石之伸を妬んでいたのだ。石之伸が屋敷を奪うためにお家騒動を画策したわけではなく、これは明らかな「逆恨み」である。
    「小竹介、刀を抜けい」
    「それは私が決める」
     再び石之伸が白い碁石を今度は連弾で放つ。
    「いくら数を増やしたとて、こんな物、打ち落とすくらい拙者にとって造作もないわい」
     行方がそう豪語した直後。
    「ぐわっ」
     一発の碁石が胸に突き刺さった。
    「ば、ばかな。全て見切り、打ち落としたはず」
    「残念だったな」
     石之伸が自分の手の平の中で碁石を弄ぶ。
    「それは『黒石』」
    「普通に放てば只の黒石。だが白石に混ぜて放てば目に見えぬ『影石』となる」
     石之伸の手から六発の碁石が放たれた。それらは先の一発とともに行方鈴之介の胸に北斗七星を描くように突き刺さった。石之伸は『孝子伝(簫広済著)』の中に登場する話に基づき、相手の胸に北斗七星を描いたのだ。
    「あの世で主君に尽くすのだな」
    「む、無念」
     行方の胸で北斗七星が輝く。行方はその場に崩れ落ちた。
    「大介。しっかりしろ」
     石之伸は直ちに大介の傍に駆け寄った。意識を取り戻した澄も大介の傍に寄った。
    「大ちゃん!」
    「澄・・・様・・・」
    「澄様なんて言わないで。私と大ちゃんの仲でしょう?」
     大介は石之伸を見た。
    「石之伸さま・・・澄様を・・・頼み・・・ます・・・」
     石之伸は黙って頷いた。
    「よか・・・った」
     石之伸の体の力がなくなった。手が、首がだらりと下に落ちた。
    「大ちゃん!」
    「大介、しっかりしろ。大介!」
     返事はない。大介は死んだのだ。
    「大ちゃーん!」
     澄は大介の体を抱きしめて号泣した。それをじっと見つめる柳生のご隠居と石之伸。
    「澄。実はな」
     柳生のご隠居が澄に何やら話しかけようとした時、石之伸はそれを制した。
     何も言うまい。「大介が天竺鼠小僧である」などという野暮なことは。今更、そんなこと澄には「どうでもいい話」ではないか。長州藩の屋敷から逃げるとき囮になった大介。そして今また、澄を護るため懸命に戦った大介。それが澄にとっての「大介の全て」なのだ。

     この事件以後、天竺鼠小僧は姿を一切見せなくなり、義賊・天竺鼠小僧の話題は江戸市民の間にのぼらなくなった。
     石之伸はその後も決して大介の正体を澄に話すことはなかったのだが、澄は勘づいたようで、ある日、ふたりで明暦の大火の復興事業の一つで父・保科正之公とも関係の深い両国橋を歩いていた時、石之伸に次のような話をした。
    「天竺鼠小僧はもう現れないのでしょうか」
     この質問に石之伸は次のように返答した。
    「天竺鼠小僧というくらいだから、きっと天竺にでも行ってしまったんだろう」 
     それに対し、澄は何も言わなかった。
    「石之伸様。私、何だか、お団子が食べたくなりましたわ」
     お団子と聞いて、石之伸は自分が操る白い碁石をふと連想した。
    「そうか。ならば寄るか」
     ふたりは隅田川の畔にある茶店へと入った。



  • 次回予告

  • 大ちゃんは死に、石之伸様もいない今、江戸の平和は私が守るわ。江戸市中を騒がせる真夜中の辻斬り事件。さあ、悪党退治よ!
    次回、竜宮の剣「参上!その名は烏賊頭巾」
    お楽しみに。





  •  内桜田御門。言うまでもなく、そこは江戸城の正門。その門の最も近い場所に会津藩上屋敷はある。それはまるで江戸城に出入りする者を全員、監視するかのようである。事実、上屋敷の西面にある広場で江戸城に入る者たちは全員、馬を降り、家来を残して必要な者だけが門の中に入ることが許されるのだ。会津藩がいかに徳川幕府にとって重要な地位にあるかがわかる。
     その会津藩上屋敷一帯が先程から騒々しい。といっても不穏な空気はない。
     騒がしい理由は藩主・松平肥後守正容が参勤交代により会津へ出向するからだ。そしてその一行の中に柿崎小竹介呑波こと石之伸もいた。この日の石之伸は正装である。腰には立派に拵えた刀と脇差し。草薙剣は自身の上屋敷に置いてある。
    「小竹介」
     肥後守が石之伸を呼ぶ。
    「はい」
    「出発前に、この藁人形を斬ってみよ」
     上屋敷の庭に刀の試し切りを行う藁人形が置かれていた。
    「はっ」
     石之伸が藁人形の前に立つ。
    「やあっ」
     石之伸は「翡翠(技の名前)」を藁人形に仕掛けた。左上から右下へ、そこから左上へ、そして最後に左から右へ水平斬り。それを目にも止まらぬ早業で行う。
     藁人形に異変はない。石之伸は刀から笄(こうがい。髪を整える道具)を引き抜くと、それを藁人形の頭に投げた。笄が突き刺さるや頭から順番に藁人形は四つに分解。下半身を除く三つの部品が地面に落下した。しかも切り口の藁に乱れは一切ない。まるで大根を切ったような綺麗な切り口だ。
    「おおっ」
    「なんて腕だ」
    「まさに神業だ」
     それを見た家臣たちが歓声を上げる。草薙剣がなくても石之伸が「地上最強の剣客」であることに変わりはない。
    「見事じゃ」
     肥後守は石之伸の腕前を褒め称えた。
    「恐れ入ります」
     出発前に、このような見世物を行ったのには理由がある。今回の参勤交代、警護の責任者として選ばれたのは他ならぬ石之伸であった。多くの古くからの家臣を差し置いての抜擢。肥後守は家臣の間に不満の声が上がらぬよう、その理由を家臣たちに教えておく必要を感じたのだ。そして見事に石之伸はそんな肥後守の期待に応えたのだった。これで不満を抱く家臣はひとりもいないだろう。
    「さあ、出発じゃ」
     参勤交代の行列が出発する。
     肥後守が澄に気がついた。
    「澄。暫くの間、夫を借りるぞ」
     続いて石之伸が声をかける。
    「姫。私が留守の間、家のことを頼みます」
    「はい」
     行列が行く。この先、当分の間、石之伸は物語に登場しないことになる。 


  •  

  •  深夜の江戸市中。
     中山、渡部、樋口の三人は夜の見回りをしていた。ここ最近、辻斬りが三件も発生していたため特に目を光らせていた。
    「中山の旦那。お腹が空いてしょうがありません」
    「ほんとにしょうがない奴だなあ、焔」
    「そんなこといったって、これは生理現象ですから」
    「そんなことだから我々の中で唯一、お前だけが太っているんだぞ」
     幸い、目の前には屋台の蕎麦屋がいるではないか。この当時の屋台といえば肩に天秤棒を担ぎ、その両端に料理の道具や客用の長椅子を入れる縦長の木箱を掛けるスタイルが一般的だが、これは現代の我々もよく知る、屋台の荷車を引くチャルメラ・スタイルだ。
    「よし、ここで夜食とするか」
     三人は蕎麦を食べ始めた。椅子は用意されていないので、立ち食いである
    「ぎゃあああ」
     闇夜を劈く男の悲鳴。
    「行くぞ」
     中山と渡部が走る。
    「ちょっと待って、まだ麺が残ってますって」
    「ぐずぐずするな、焔!」
    「しょうがないなあ。ずるるるる」
     結局、全部平らげてから樋口は二人を追った。
     現場では、先に到着した中山と渡部のふたりが辻斬りと格闘していた。
    「いくぞ、受けてみろ。蜂飛糸手裏剣!」
     渡部の「はちびいと手裏剣」が唸る。その名の如く手裏剣が飛ぶ時の音が蜂の羽音のように「ぶうん」と鳴る。
     だが、辻斬りはいとも簡単に剣で叩き落とした。
    「嘘だろ。この暗闇で全ての手裏剣を見切り、落とすとは!」
    「次は拙者が相手だ。これを受けてみろ」
     中山が鎖をぶんぶんと回転させる。その先には十手。これは中山が独自に改造した十手鎖鎌だ。中山は得意かどうかはさておき武器の改造が好きだ。
    「それっ」
    鎖が相手の左腕に巻き付いた。
    「どうだ。もう逃げられないぞ」
     だが、これもまた辻斬りはいとも簡単に鎖を剣で断ち切った。
    「そんなバカな。鉄の鎖だぞ!」
     十手をその場に投げ捨て、辻斬りが走り去る。
    「待て」
     だが、その逃げ足は速い。まるで瞬間移動のようだ。とても追いつけそうにはない。ふたりは追跡を断念した。
     そこへ樋口がやってきた。
    「ふう、やっと追いついた。辻斬りはどこだ?」
    「ばーか。とっくにいなくなったよ」
    「なんということだー」 
    「それより今は殺された者の身元を調べるのが先だ」
     足下にはひとりの武士が刀を抜いた状態で倒れていた。防戦したのだろう。にもかかわらず胸を一太刀。相当の手練れであることは既に体験済みだ。
    「お、腰に印籠がある」
     中山が印籠を手に取り上げた。
    「こっちにも落ちているぞ」
     そしてもう一つ印籠が。樋口が拾い上げる。
    「旦那。これは辻斬りが落としたものでは?」
    「なんだと」
     中山は樋口の手から印籠を奪った。
    「間違いない。辻斬りのものだ。これで辻斬りの正体がわかる」
    「早速、お奉行に」
    「いや、その前に姫にお見せしよう。きっと知っているだろう」

     柿崎屋敷。
     保科正之の娘だけのことはあって澄は印籠の紋について豊富な知識を持っている。澄によれば被害者の方は、さる旗本ということであった。
    「夜分に済みません。おかげで被害者の身元がわかりました」
    「また辻斬りですか」
    「はい」
    「あなた方が揃っていながら、その場から逃がしてしまうなんて」
    「夜目、斬鉄、縮地。言い訳するようですが、相手は凄腕です。私と渡部のふたりがかりで全く太刀打ちできませんでした」
    「では『私の出番』と言うことですね」
    「それはなりませぬ。姫にもしものことがあれば我ら、石之伸様に会わせる顔がありませぬ」
    「大丈夫。私もここ最近、爺(柳生のご隠居)と特訓を積んでいるのです」
    「なりませぬ」
    「そなたも石之伸様と同じことを言いますね」
    「盗賊団の一味のこと、よもやお忘れではございますまい。危うく女の操を失うところだったのですぞ」
    「あのときはあのとき」
    「姫!」

     辻斬りが自分の屋敷へと戻る。何とそこは大名屋敷だった。
    「殿。何処へ行っておられたのですか」
     筆頭家老の荒井淳治が走ってやってきた。
    「なあに、只の散歩よ」
    「その服、血が付いているではありませんか」
    「ああ、野犬を斬ったのよ」
     荒井もここ最近の江戸の騒ぎについては耳にしている。
    「まさか、殿が辻・・・」
    「おっと、それ以上言うと、そなたの命はないぞ。荒井!」
     そう言うと村越志津守晋一は血の付いた服を脱ぎ、屋敷の風呂場へと向かった。
    「殿。こんな遅くに、お風呂は沸いてはおりませんぞ」
    「水浴びだ」
     荒井は頭を抱えた。
    「なんということだー。殿が何故、このようなことを」
     一週間前まで村越志津守はごく真面目な大名であった。決して狂乱に走る様な人物には見えなかった。それが突然、性格ががらりと変わったのだ。言葉遣いも明らかに「上から目線」となり、このままでは家臣からの信頼を失いかねない状況にあった。
     しかし、なぜ。

     翌朝。
     中山、渡部、樋口の三人はいつもの如く、料亭鶴夕にやってきて朝食を摂っている。
    「辻斬りの犯人は大名なのですか」
    「ああ、そうだ。町方では手が出せない」
    「でも、証拠の印籠があるのでしょう?」
    「澄姫に没収されてしまったよ」
    「どうして?」
    「どうやら、ご自分で解決なさるおつもりのようだ。ことがことだけに大目付に知れたら藩は改易・断絶、間違いなしだからな」
    「藩を救うために、ですか」
    「藩がお取りつぶしになれば、何百人という浪人が出て路頭に迷うことになる。そうなれば社会は不穏になる」
    「で、姫様はどうなさるおつもりなのですか」
    「今日、その大名屋敷に出向くそうだ。ああ見えても保科正之公のご息女だからな」

     村越藩上屋敷。
    「これはこれは澄姫様。ようこそお越しくださいました」
     筆頭家老の荒井が丁重に挨拶をする。
    「お人払いを」
     荒井は人払いをした。荒井は不安になった。
    「実は、これなのです」
     澄は志津守の印籠を荒井の前に置いた。
    「何処で見つけたと思います?昨夜起きた辻斬りの現場で、です」
     見る見る荒井の顔が青くなる。
    「やはり・・・」
     荒井はそう呟くと、体をわなわなと震わせ始めた。その姿を見て澄は、荒井は辻斬りの一件には関わっておらず「信用できる人」だと判断した。
    「私がここに参ったのは藩を潰さずに済むよう、何か手を打つためなのです」
    「忝い」
     荒井は額を畳に擦りつけた。
    「殿に御子は?」
    「まだおりませぬ。殿はまだ、お若いですからな」
    「では、なんとかして殿を正気にさせる以外にはないと言うことですね」
    「それなのですが」
    「何か?」
    「殿は昔から武芸や争い事は嫌いな、とてもお優しいお方でした。ところが一週間ほど前から急に性格が豹変したのです」
    「その理由について心当たりは?」
    「わかりません」
    「殿の身の回りで、何か変わったことは?」
    「それがわからぬ故、困り果てております」
    「一週間ほど前に何か行いませんでしたか?例えば神社に詣でたとか」
    「そういえば」
    「何です?」
    「一週間ほど前、屋敷に骨董屋が見えましてな、一太刀購入しました。稀代の名刀ということで殿は大層、気に入られました。それが大層、変わった刀でして」
    「といいますと」
    「短刀でもないのに反りの無い両刃造りで、おまけに左右三つずつ、しかも同じ位置に刃毀れがありましてな」
     刃こぼれ?
    「で、その刀は?」
    「殿が常に腰に差しておられます」
    「殿は今、どちらに」
    「お呼びしましょう」
     荒井は殿に遣いを出した。暫くして、使いがバタバタと走って戻ってきた。
    「荒井殿。殿が見当たりません」
    「何じゃと?」
    「どうやら、お忍びで、どこかへ出掛けられたようです」

     柿崎屋敷。
     澄、ご隠居、中山の三人で集まっていた。
    「その刀というのが怪しいですな」
    「爺もそう思うか?」
    「はい。単に名刀の切れ味を試すための辻斬りとは思えませぬ」
    「ということは」
    「その刀。妖刀・魔剣の類いではないかと」
    「妖刀・魔剣?」
    「聞くところによると、世の中には『特殊な能力を秘めた刀』というのがあるそうです。そして、その刀は持ち主の精神を意のままに操るとか」
    「ということは、その殿様は刀に精神を操られているということか」
    「伺ったところ、家老の荒井様の話では殿様の剣の腕は決して達人ではないそうです」
    「私が戦った相手は達人だった。ということは刀自身の能力によって腕が上達しているということか」
    「でもこれで殿様をお救いする可能性が見えてきました。刀に操られているのなら刀を破壊すれば元に戻るはずです」
    「そうすれば、お家断絶も免れる」
    「で、殿様は今、何処に」
    「わかりません。どうやらこちらの動きを、その妖刀やらが察知したようで身を隠されてしまいました」
    「何としても探すのじゃ。柳生にも手伝わせる」
     斯くして、極秘裏の内に村越志津守の捜索が行われたのだが、昼間は結局、発見することができなかった。

     そして夜。
    「ぎゃああああ」
     闇夜に響く悲鳴。
    「出たぞ」
    「急げ」
     中山たちが走る。
    「また、お前たちか。おっと、ひとり多いな」
    「今日こそ御用だ」
    「おとなしくお縄につけ」
    「覚悟」
    「バカな奴らよ」
     志津守が刀を抜いた。
    「つきまとわれるのも面倒。この場で始末してくれる」
    「うっ」
     その時。
    「おやめなさい。志津守!」
     背後から全身、黒一色の忍び装束を纏った澄とご隠居がやってきた。
    「お前、俺の正体を」
    「そうよ。だからおやめなさい」
     その時、ご隠居が、志津守が手にする刀を見た。
    「あれは『氷粒刃凹剣』!」
    「爺、知ってるの?」
    「間違いない。闇社会ではあまりにも有名な伝説の『魔剣』。その刀を手にする者は文字通り天下無敵といわれておる」
     その姿は説明通りの両刃で左右対称に刃毀がある。一見おかしな刀に見えるが、よくよく見ればその姿は日本の仏教寺院において追善供養などで用いられる卒塔婆にそっくりだ。そう。この魔剣こそが卒塔婆の原型なのだ。
    「天下無敵って言ったわね?勝てるの」
    「わかりませぬ」
    「でも、やるしかないわね」
     1対5という、まさに昭和50年4月5日に始まる戦隊ヒーローを思わせる戦いが始まる。



  • 「今度は外さねえ」
     渡部が蜂飛糸手裏剣を投げる。
    「避けられるなら避けてみろ」
     はちびいと手裏剣の乱れ撃ち。まさに雀蜂の一斉攻撃だ。
    「ふん」
     だが、あの時と同様、容易に打ち落とされていく。いや、状況は更に悪化した。打ち落とすばかりか、手裏剣を跳ね返してきたのだ。それも正確に渡部めがけて。
    「うぎゃあ」
     手裏剣が渡部の体に突き刺さる。傷は軽くはない。
    「おのれえ、よくも」
     仲間を傷つけられ激高する樋口。
    「今度は俺の番だ。脂肪焱(しほうえん)」
     しかし、これは投げ技なので実質、はちびいと手裏剣と同じだ。全く通用しない。
    「ならば、これはどうだ。酒麗焱(しゅれいえん)!」
     樋口がいつも腰にぶら下げている瓢箪の中の藷焼酎を口に含んだ。藷焼酎を霧のように相手の全身めがけて噴射。その直後、火打ち石を発火。強力な炎が志津守の全身を包む。
     だが、これも効かない。確かに、志津守の全身は炎に包まれているのに。
    「バカな。生身の人間がこの炎の中で平気だなんて」
    「バカめ。この程度の炎で『氷の魔剣』を手にする私を焼くことなどできるものか。お前が焼いているのは私の体の薄皮一枚よ」
     志津守が刃凹剣を振り上げ、その後に一閃。炎が樋口を包んだ。
    「うぎゃあ」
     樋口が炎に焼かれる。まるで「豚の丸焼き」だ。
     やがて炎は消えた。取り敢えず生きてはいるが、こちらも重症だ。
     残るは中山、ご隠居、そして澄の三人。
     志津守が三人に技を見せる。
    「とくと見るがいい。『紅蓮地獄』の恐ろしさを」
     紅蓮地獄。それは八寒地獄のひとつで、酷寒によって皮膚が裂け、そこから滴り落ちる血が紅蓮に似ていることから名付けられた。現代のニッポン人は紅蓮地獄というと「火炎地獄」を連想するが真逆である。
     現代ニッポン人が言葉の「本来の意味」を正しく理解せず、真逆に用いる例は多い。我慢は本来「我見と慢心」、無学は「学ぶ必要がない博学」という意味だが、現代ニッポン人は前者を「辛抱強い」、後者を「無教養」といった意味で用いている。こうした逆転現象はニッポン人が「見た目の印象」や「聞いた感じの印象」から勝手な思い違いをする癖=先入観が非常に強いことを意味する。外国人が「日本語は難しい」と感じるのは漢字と仮名文字が混同して用いられることだけにあるのではなく、こうしたニッポン人の「ずぼらさ」にこそ原因があるのだ。
     氷の粒が弾丸となって次々と三人に飛んでくる。
    「くそう」
     中山が十手鎖鎌を高速回転させて、どうにか氷の粒を打ち落とした。
    「これでも食らえ」
     回転の威力をそのまま使って十手を投げる。だが、一度見た技が通用するはずもなく、いとも簡単に弾き返された。
    「若い衆は下がっておれ。儂が行く」
     ご隠居が正攻法=柳生新陰流で挑む。足を大きく開き、両手で右肩に刀を背負い、相手めがけて突進。
    「うおおおお、いくぞー」
     だが。
    「柳生新陰流、敗れたり」
     ご隠居の体は刃凹剣が作り出す猛烈な吹雪を突破することができず、元いた場所まで弾き飛ばされてしまった。
    「ぐわあ」
    「爺!」
    「大丈夫じゃ。傷は浅い」
     なんて奴だ。強い。強すぎるぞ、村越志津守。
    「やあっ」
     澄が鞭を振るう。鞭が志津守の左腕に巻き付く。
    「捕まえたわ。観念なさい」
     だが、今の志津守にはこんなものは「児戯」であった。逆に鞭を握られ、澄の方が体を振り回されてしまった。
    「きゃあ!」
     鞭から手を離すことで、どうにか危険を脱した。
     大なり小なり皆が手傷を負った。一方、志津守は無傷。
    「もう終わりか?ならば、お前たち全員この場で死んで貰おうか」
     その時、中山が「最後の非常手段」に出た。

     ピーーーッ、ピーーーッ。

     中山は呼び笛を吹いたのだった。間もなく、見回りの同心たちが大量にこの場に集まるだろう。
    「くそう」
     志津守は走り去った。
    「さあ、私たちも」
     澄とご隠居もこの場を去った。
     同心たちが集まってきた。
    「中山様、大丈夫ですか」
    「私は大丈夫だ。渡部と樋口を頼む。早く医者に診せなくては」
     同心たちが渡部と樋口を担ぐ。
     こうして戦いは見事に「玉砕」に終わるのだった。

     屋敷に戻った澄とご隠居。一敗地に塗れた屈辱に打ち震えていた。
    「姫」
    「まだよ。まだ一つだけ方法があるわ」
     この期に及んで、まだそんなものがあるのか?ご隠居は正直、疑っている。
     澄は、現在は留守である石之伸の部屋へと向かった。その後をご隠居が追いかける。石之伸の部屋に到着した澄は床の間の刀掛けに置かれた一本の木刀を手に取った。
    「それは『草薙剣』」
    「そうよ。これさえ抜ければ、あの魔剣にだって、きっと勝てるわ」
    「しかし、その刀は若でなければ」
    「やるのよ。絶対に」
     澄は一度言い出したら聞かない性分だ。
     それから、澄による試行錯誤が始まった。
    「うーん」
    「抜けろー」
    「どうして抜けないのー」
     どんなに腕に力を入れても抜けない。
    「ならば」
     鞘の先端部を足の裏で挟んで全身を使い、必死に抜こうとする。が、これも駄目。
     どうやら草薙剣は澄のことを「ねんね」と思っているようだ。

     そして再び夜がやってきた。
     町中を呼び笛が鳴り響く。志津守が出たのに違いない。
    「行くわよ、爺」
    「ですが姫」
    「わかってる。わかってるわ。でも放っとけない」
     まだ草薙剣は抜けない。だが、相手は待ってはくれない。澄は木刀状態の草薙剣を手に外に飛び出した。

    「ぐわあ」
    「ぐわあ」
    「ぐわあ」
     次々と斬られる同心。
    「さあ、次は誰だ?」
     中山には打つ手がない。しかもこれ以上、同心たちを斬らせるわけにはいかない。
    「皆、引け」
     中山は同心たちに「撤退」を命じた。その方が「闘い易い」という判断もあった。同心たちはこの場から全員、去った。
    「お前は逃げないのか?」
    「御用だ」
    「仲間の仇討ちか?馬鹿め。逃げれば助かるものを」
     中山は仮にも鯰の精だ。まだ「奥の手」が残っていた。
    「これでもくらえ」
     大地が大きく振動し始めた。地震だ。それも震度八の直下型大地震だ。
    「どうだー、揺れるぞー」
     だが、志津守は体を空中浮遊術によって体を七寸ほど浮かせることで、いとも簡単に技を破った。
    「くそう」
     十手を手に志津守に挑む。だが、これはあまりにも無謀な戦いであった。まるで糵か胡瓜でも切るかのように十手を折られ、中山の手の中にはもはや戦うための武器さえもない。
    「もう、いいな」
     中山が斬られる。
    「覚悟!」
     その時。
    「待ちなさい」
     忍び装束の澄が到着した。
    「この前の女だな。わざわざ死にに来おったか」
    「今度はそうはいかないわ」
     澄は木刀状態の草薙剣を構えた。
    「木刀だと?バカか、お前は」
    「とうっ」
     澄が木刀を振り下ろす。志津守はいとも簡単にそれを弾き飛ばした。その場に倒れ伏す澄。
    「ふん」
     今度は逆に志津守が刃凹剣を振り下ろす。澄は振り向きざま木刀を水平に構え、両手で受けた。
    「よく折れなかったな。だが、終わりだ」
     志津守が腕に力を入れる。
    「木刀もろとも、お前の体を真っ二つにしてやる」
    「うう」
     腕の力では男である志津守の方が圧倒的に強い。しかも相手は立ち、澄は地面に座った状態。勝負は見えている。
    「こいつは刃自体が卒塔婆。相手を斬り殺すと同時に供養ができる。実に便利だろう?といっても実際は供養どころか『紅蓮地獄行き』だがな」
     刃凹剣の剣先が澄の頭頂部に迫る。
    (助けて、石之伸様)
     死を意識した澄は無意識のうちに石之伸のことを思った。
     その直後。
     澄がこの場から消えた。
    「どこだ、何処に消えた」
    「私はここよ」
     空から声がする。志津守は声がした方角を見上げた。
    「げっ、その姿は!?」
     澄は家の屋根の上に月を背景に立っていた。
     顔を三つの三角形から構成された頭頂部を持つ白い頭巾で覆い、烏賊の足を模した白いマントが背中に翻る。体を覆うワンピース風の衣装。この変化は次のように行われる。「更衣」の叫びを聞いて、宝珠の中から一匹の烏賊が飛び出す。烏賊は一目散に澄に向かって泳ぐ。そしてひとつに合体。澄の前身を包むのだ。
     そして更衣を終えた澄の右手には鞘から抜かれた草薙剣が握られていた。
    「とうっ」
     屋根の上から澄が飛ぶ。烏賊の足のマントを翻しながら澄は地面に着地した。
    「これは面白い」
     澄の姿を見ても志津守は全く動じない。
    「『烏賊の冷凍漬け』というのは一興だ」
     志津守は氷粒刃凹剣で猛吹雪を発生させた。
    「カチンカチンに凍らせた後に烏賊の刺身を拵えてやる」
    「いけない。このままでは凍死してしまう」
    「ははは。まいったかあ」
     法会の防御力は高いが、元々が「戦闘用の強化服」ではないので完璧ではない。このままだと澄は氷の像にされてしまう。
    「さ、寒い。し、死んじゃう」
     澄の体温が30℃を切った。このままでは命に関わる。
     その時、吹雪と澄の体の間に視力検査で用いるランドルト環のような模様が四つ描かれた透明の丸い盾が出現した。大きさは十寸ほどしかないのだが、その防御力は絶大で、吹雪を悉く跳ね返した。
     その出現は志津守が全く予期しないものだった。
    「何だ、この盾は?」
     よく見れば盾の姿は「水海月」の傘そっくりであった。エフィラ幼生(妖精?)が一匹、烏賊の体にくっついていたのだ。宝珠の中は「烏賊の王国」ではあるが、水質保全の観点から他の海洋生物も住んでいるため、これは不思議でも何でもない。
     草薙剣と水海月の盾。澄は強敵を前に最強の剣と盾を装備したのだ。
    「残念だったわね。寒くなんかないわ」
    「猪口才な。そんな盾など真っ二つにしてくれる」
     志津守が刃凹剣を水海月の傘めがけて振り下ろした。それによって傘には確かに縦に一筋、くっきりと傷痕が入った。
    「どうだあ」
     だが。
    「傷が治っていく?」
     そう。傷がついても水海月の再生能力によって傘についた傷はすぐさま完治するのだ。仮に草薙剣によって真っ二つに切断されたとしても、すぐさま合体して元の姿に戻るだろう。それは草薙剣も同じで、刃毀れしても直ちに自己修復してしまう。そのため、最強の剣と盾を持つ澄の攻撃力と防御力との間には通常であれば生じるはずの「矛盾」が生じないのだ。
     今度は澄の攻撃。水海月の盾を左手に、右手に草薙剣を振りかざして突進する。
    「やあっ」
    「バカめ。まともに打ち合う気か。そんなことをすれば、貴様の剣は折れるぞ」

     ピシッ

     この音。間違いない。刀に罅が入った音だ。志津守の予言的中か?
     答えを見てみよう。効果音と閃光だけが描かれた2ページを捲る(笑)。
    「バカな!刃凹剣に亀裂が」
     いくら天下無敵を自負しようが草薙剣の前には氷粒刃凹剣など「只の刀」でしかない。
    「どうやら、折れてしまうのはあなたの剣のようね」
    「くそう」
     その後も打ち合う度に刃凹剣には罅が入り、破片が周囲に飛び散った。皮肉にも、その破片の輝きは「金剛石の塵」のように美しい。
    「食らえ、氷の弾丸」
     これまた水海月の盾によって完全に防がれた。
    「もはやこれまでよ」
     最後の一撃が決まった。
    「拙者が負けるなど。しかも女ごときに」
     女性蔑視の言葉を吐いてから志津守はその場にうつ伏せになって倒れた。まあ、それに関しては江戸時代のこと故、致し方あるまい。令和の今でさえ右翼思想に固執する男の間ではそうなのだから。最後の一撃を浴びた刃凹剣の刀身は粉々に砕け、魔力は完全に消滅してしまった。魔力の消滅によって今までの志津守の記憶も全て消滅した。
     水海月の盾は自分の足を使い、自らの意思で澄の左腕に巻き付いた。
    「ありがとう、水海月」
     澄は水海月に労いの言葉を掛けた。
     それから澄は右手の草薙剣をじっと見た。
    「でもなぜ、草薙剣は鞘から抜けたのかしら」
     草薙剣は澄が自分の主人である石之伸と三世に渡る深い縁で結ばれた相手であることを知って抜けたのだ。だが、澄は死を目前にして自分が石之伸に助けを求めたことを全く覚えてはいなかった。というのも、それは第九識・阿摩羅識の働きによるものであり、第六識どころか第八識・阿頼耶識の領域でさえ澄は未だ「大介を好いている」のである。
    「ま、いいか」
     澄は草薙剣を鞘に収めた。
    「爺。屋敷へ帰りますよ」
     澄とご隠居はこの場から退散した。



  •  誰が教えたのか?昨夜の出来事は早速、読売となって市中に出回った。

    「辻斬り事件が遂に解決だ。何と伝説の魔剣が大名の殿様を操っていたんだと。恐ろしいねえ。その魔剣に操られた大名を助けたのがこれまた謎の剣士・烏賊頭巾というから驚きだ。全身、白尽くめ。その正体は幽霊か?はたまた妖精か?昨夜の捕り物については一部始終ここに書いてある。さあ、買った、買ったー」

     料亭鶴夕。
     今は鶴夕と中山の二人だけ。
    「じゃあ、飛魚の精と河豚の精は助かったのね?」
    「ああ。どうにかな」
    「それは良かったわ。ところで、村越家のお殿様は『お咎めなし』になったんですってね」
    「全ては魔剣に操られていたせいだからな。実際、記憶すらないそうだ」
    「ということは、お家断絶の危機は去ったわけね」
    「勿論。裏で澄様が働きかけたんだろう」
     こんな話をしている場に・・・。
    「ごきげんよう」
     澄が鶴夕にやってきたのだ。
    「これは姫様。いらっしゃい」
    「『昨日の話』でもしていたんでしょう?」
    「それは当然よねえ」
    「瓦版は見ましたか?」
    「いいえ」
    「これこれ。『謎の剣士・烏賊頭巾』。出ていますよ、あなたのことが」
    「さあ、私は何のことやら」
    「またまた、とぼけて」
     そこへ。
    「竹崎様、参上」
     招かれざる客のお出ましだ。
    「じゃあ、私はこれで」
     澄は早々に退散した。
    「今、出て行かれた女性は誰だい?」
    「さあ、存じませんねえ」
     澄の素性は絶対の秘密だ。
     今後も澄は鶴夕へ度々、やってくるだろう。そうなると、いつまでも「姫様」といってお迎えするわけにも行かない。話し合いの結果、澄の江戸市中での名前は「ミドリ」に決まった。
     斯くして、江戸の町に敢然と悪に立ち向かう正義の使者が誕生した。その名は烏賊頭巾。



  • 次回予告

  • 雄一郎とは異なる新たなる敵が江戸に現れた。その正体は中大兄皇子と中臣鎌足によって滅ぼされたとされる蘇我一族の末裔である女王・馬知子。蘇我一族の祖である馬子が崇峻天皇殺害の際に手に入れた豊玉・玉依の両姫君が輿入れの際、地上へ持参した「竜宮の秘宝」を用いてニッポン征服を目論む。

    次回、文殊の剣「新手出現!その名は冥堕(べいだ)」
    お楽しみに。



  • 5

  •  真夏の夜の隅田川。
     大型の屋形船がゆっくりと進む。その中では、さる大名が華々しく宴会を営んでいた。
    「さあ、飲め飲め」
     大名、家臣、そして彼らを接待する五人の艶やかな中居たち。皆、楽しく夜を過ごしていた。
     突然、中居たちが晩酌を止め、すっくと立ちあがった。
    「何じゃ、どうしたというのじゃ?」
     一番年上の中居が次のように話し始めた。
    「今からここにいる全員、我々と一緒に来て貰おう」
    「何じゃと!」
     吃驚する大名。
    「何だ、殿に対して、その口の利き方は!無礼であろう」
     家臣が続く。家臣たちは直ちに腰の刀に手を掛けた。
    「シャコシャコ!」
     先程の中居がそう叫んだ。すると、川の底から一匹の妖怪が屋形船に乗り込んできた。その妖怪はまさに「蝦蛄の着ぐるみ」を着込んだような姿をしていた。
     家臣たちが刀で斬りかかる。だが、全く通用しない。次々と殴り倒されていく家臣たち。そして殴り倒された家臣から順番に川に投げ込まれていく。
     残るは大名ひとり。
    「さあ、お前も来るのよ」
    「や、止めろお!」
     そんな叫びも空しく、大名も川に投げ込まれてしまった。
     そして。
    「はっ」
    「はっ」
    「はっ」
    「はっ」
    「はっ」
     妖怪と共に五人の中居が次々と川に飛び込んだ。
     あとに残ったのは無人の屋形船。やがてはどこかの岸にぶつかり、停止するだろう。
     今回の事件を起こした犯人。それは「冥堕(べいだ)」という名の悪の組織である。冥堕はその昔、中大兄皇子と中臣鎌足によって滅ぼされた蘇我氏の血を引く末裔によって結成された組織で、目的は勿論、ニッポン征服だ。
     五人の中居が組織の本部に戻ってきた。五人はひとりの女性の前で恭しく跪いた。
    「女王様。作戦は成功しました。捕らえた奴らは全員、我らが管理する『金の採掘場送り』としました」
    「でかしたぞ蘭々鈴(ららべる)。この調子でもっともっと奴隷を増やすのじゃ」
     女王は、ここでは通称「吉原五人衆」と呼ばれている五人の中居たちにそう告げた。
    「はっ」
    「ところで、妖海の方はどうじゃ?」
    「はい。とても役に立つ者です。堅い外骨格は日本刀による斬撃にもびくともいたしません」
     そこへ当の本人である妖海シャコシャコがやってきた。女王はそれを見つけるや自ら走り寄り、しっかと抱きしめると、今日の働きを褒め称えた
    「おお。今そなたの話をしておったところじゃ。見事な働きだったそうじゃな。わらわは嬉しいぞ」
    「有り難きお言葉。このシャコシャコ。今後も女王様のために身を粉にして働きまする」
     女王は部下の心を捉えるのが非常に巧みだ。善であれ悪であれ「人の上に立つ者」の資質だ。
     先程から女王と呼ばれているこの女性こそ蘇我馬子を祖とする、その名も蘇我馬知子(そがのうまちこ)である。
     正確な歳はわからないが、何とも表現の難しい「危険な香り」を全身から漂わせる「熟女」である。「関わり合ってはいけない」と思いながらも、どんどんと引き込まれていく。そんな女だ。
    「今日は休んで、明日から思いっきり働いておくれ」 

     その言葉の通り、翌日も妖海シャコシャコと吉原五人衆は大名が宴会を楽しむ屋形船を襲撃。全員を川底へと連れ去っていった。



  •  柿崎屋敷。
    「うーん、うーん」
     再び草薙剣は鞘から抜けなくなった。必死に抜こうとする澄。
     そこへご隠居がやってきた。
    「姫。中山様がいらっしゃっております」
    「中山が?わかりました」
     澄は客間へと向かった。

    「昨日とおととい、二日続けて屋形船で宴会を楽しむ大名とその家臣が忽然と姿を消すという事件が起きました」
     中山が事件のあらましを澄に報告する。
    「それは何とも不可思議な事件ですね。で、犯人の当たりはついているのかしら?」
    「それが全く」
    「で、この話を私に持ってきた理由は?」
    「『囮捜査』をしようかと思いまして」
     中山の考えはこうだ。ご隠居を大名に仕立てて屋形船で宴会を開く。家臣は中山、渡部、樋口、そして柳生の部下たちで敵の来襲に備えるというものだ。
    「どうでしょう、姫」
    「うーん」
     澄は難色を示した。
    「相手がもしも雄一郎だったら、どうするの?そのメンバーではきっと全滅よ。それに相手が雄一郎でなくても、単に撃退するだけでは意味がないわ。連れ去られた大名たちを救出しなくては。そのためには一度、捕まる必要があるわ」
    「成程、確かに」
    「だから柳生の部下は数名程度にして、相手に『今夜も成功する』と思わせないといけないわ。そして雄一郎対策は当然、私よね。私が男装して屋形船に乗り込むと」
    「それはなりません。もしものことがあれば一大事です!」
    「石之伸様がいない今、一番強いのは私よ」
     そう言われたら返す言葉がない。
    「いいわね。これで行くわよ」
    「やれやれ」
     中山は頭を抱えた。

     今日も屋形船が隅田川に浮かぶという。
     流石に冥堕も警戒した。二日続けて屋形船が襲われたのに、今日も屋形船が浮かぶとは。
    「蘭々鈴様。これは罠では?」
    「かもね。でも大丈夫。私たちには妖海がいるわ。人間では絶対に歯が立たないわ」
    「では、いつも通り」
     吉原五人組が中居として雇われ、屋形船に乗り込んだ。 
     一方、澄は付け髭によって見事に男装していた。
     船が出航した。順調に隅田川を進む。
     そして今まで同様、五人の中居は突然、晩酌を止め、すっくと立ち上がった。
    「お前たちを我々の採掘場へ連れて行く。お前たちは一生涯、奴隷となって働くのだ」
     妖海シャコシャコが出現。全員を川に投げ込んだ。
     



  • 「そら、さっさと歩け」
     数珠つなぎに縛られた澄とその一行は長い洞窟の中を歩かされていた。
     やがて正面に光が見えた。
     長い洞窟を抜けると、そこは四方をせり立った崖によって取り囲まれた金の採掘場であった。崖は高く、とても登ることはできそうにない。
    「あれは」
     そこでは、連れ去られた大名とその家臣たちが過酷な労働を強いられていた。
    「うう」
     疲労からひとりの家臣が地面に倒れた。
    「ほら、立ちなさい。立つのよ」
     白い上着に赤い袴の顔に狐面をした見張りがその家臣の背中を激しくむち打つ。
    「ああーっ、ああーっ」
     鞭の痛みに悲鳴を上げる家臣。
    「よく見ておきなさい。サボると、あなたたちも同じ目に遭うのよ」
    「そろそろいいわね」
     澄のこの言葉が「戦闘開始」の狼煙となった。全員が「縄抜けの術」で体の自由を回復した。 
     次々と狐面の女戦闘員(ミコーンと呼ばれている)を倒し、奪われた武器を取り返す。慌てたのは、ここに澄たちを連れてきた吉原五人衆だ。
    「シャコシャコ!」
     蘭々鈴の声に反応して妖海シャコシャコが出現した。
    「出たわね。そっちがそうならこっちもこうよ」
     付け髭を外し、正体を明かしてから、澄が草薙剣を手にした。といっても木刀だが。
    「めーん、めーん、めーん、めーん」
     殺すのは忍びないと思ったのだろう。わりかし、ゆっくりとした速度で面を狙って繰り返し打つ。この技で相手の刀を次々と破壊した昔の剣豪の名を取って通称「工藤打ち」。だが、これでもシャコシャコの外骨格を破砕するには十分であった。さすがは草薙剣。
    「ああ、シャコシャコ!」
     かくして妖海シャコシャコは散った。
    「どう?あなたの用心棒は倒したわよ」
    「舐めないで!」
     蘭々鈴が短刀を抜いた。
    「用心棒などいなくたって私は強いわよ」
    「その言葉、確かめさせていただくわ」
     澄は木刀を腰に差し、今度は鞭を手にした。
    「このことを直ちに平放蕩将軍にお伝えして」
     蘭々鈴が五人衆ナンバー2の死乃舞(しのぶ)に向かって叫ぶ。
     続いて。 
    「魔魅(まみ)、羽騎虎(わきこ)、御酒(みき)、あなたたちはここに残って騒動の鎮圧よ」
     死乃舞が別方角に走る。澄の前には四人が立ちはだかった。
    「四対一とは卑怯千万」
    「我らも」
    「助太刀いたす」
     中山、渡部、樋口がやってきた。
     これで数の上では五分五分だ。

     澄VS蘭々鈴
     中山VS魔魅
     渡部VS羽騎虎
     樋口VS御酒

     冥堕本部。
     死乃舞がやってきた。
    「将軍、大変です。金の採掘場に敵が侵入。奴隷を解放しています」
    「そうか・・・だが、私は今、忙しい」
     平放蕩将軍(へいどらしょうぐん)は至って冷静にそう言った。将軍は今、女王に献上する壺の品定めをしていたのだった。勿論、長崎奉行を買収して手に入れた密輸品である。
    「うん。この壺はいいものだ」
    「将軍!」
     死乃舞は気が気ではない。
    「まあ、そう焦るな。長い戦い。こんなこともある」
    「ですが」
     そこへ頭巾を被り、顔を隠したひとりの若い男がやってきた。
    「将軍。ここは私めにお任せ下さい」
    「いいだろう。見事、鎮圧してみせるがいい」
    「はい」
     男が背を向け、部屋から出て行こうとしたとき。
    「待て」
     平放蕩将軍が一本の刀を男に投げた。
    「私からの餞別だ」
    「これは日本の伝説に登場する『十握剣(とつかのつるぎ)』ではありませんか」
     素戔嗚尊(すさのおのみこと)が八岐大蛇(やまたのおろち)を退治する時に使用した伝説の剣である。人間が作った刀では如何なる名刀といえども敵ではない。
    「こんな立派な刀を私ごとき新参者に」
    「いや、初めて会ったときから、お前に譲る気でいたのだ」
     そう言うと平放蕩将軍は自分の愛剣を手に取った。その剣もまた神功皇后に由来する伝説の剣。六つの牙を持つ七枝刀(ななつさやのたち)である。
    「私の刀はこの手にちゃんとある。二本も必要ないからな。だから気にするな」
    「ありがとうございます」
     男は部屋を出て行った。
    「将軍。あの男が最近、女王様が見つけてきたという」
    「そうだ。今は私の副官をしてもらっている」
    「信用できるのですか?」
    「私は多くの者を見てきた。あの男は信用できる。それに腕も確かだ」
    「ですが」
    「心配なら、お前も今すぐ戦場に戻れば良かろう」
    「そうさせていただきます」
     死乃舞は不満顔で部屋を出て行った。

     勝負はほぼ互角であったが、澄と蘭々鈴だけは澄の方が優勢であった。
    「はっ」
     澄の鞭が蘭々鈴の右拳を叩いた。
    「しまった」
     蘭々鈴は短刀を落としてしまった。
    「勝負あったわね」
    「うう」
    「覚悟!」
     澄の鞭が蘭々鈴の体に巻き付く。澄は蘭々鈴を見事、捕らえた。
     その時、鞭が切断された。
    「誰?」
     澄は何かが飛んできたと思われる方角である崖の上を見た。そこには頭巾を被り、顔を隠した若い男が剣を手に颯爽と立っていた。
    「あなたは何者?」
    「俺の名は邪鰈(じゃかれい)」
     男はそう名乗ると、崖の上から澄に向かって飛び降りた。
    「ふん」
     邪鰈が剣を振り下ろす。澄は素早く後ろに飛んだ。
    「うっ」
     澄の服の帯が切られていた。
    「ばかな。確かに躱したはずなのに」
     その後も邪鰈の剣が澄の服を切り刻む。刃は当たっていないのに。
    「これは『鎌鼬の術』」
     邪鰈は剣先ではなく、剣先が作り出す真空の刃によって澄の服を切り刻んでいたのだ。
     しかもそれだけではない。剣を振る度に「剣の輝き」が増しているように感じられるのだ。どうやら最初は黒かった刀身が真空を発生させる度に白くなっているらしい。やがて鏡のように光をキラキラと反射するようになった。澄は眩しくて目を開けていられない。
    「驚くのも無理はない。この剣は伝説の『十握剣』。この剣の前では、お前は手も足も出ん」
     確かに、一般論ではそうだ。だが、澄は一般の乙女とは違う。澄は懐から宝珠を取り出した。
    「更衣(ころもがえ)!」
     澄は目にも止まらぬ速さで更衣を完了した。
    「烏賊頭巾!」
     そして手には草薙剣。伝説の剣を前に草薙剣も進んで鞘から抜かれていた。
    「その剣が如何なる剣であろうと、私が手にする伝説の剣には勝てん」
    「果たしてそうかしら?」
    「行くぞ」
     邪鰈の一太刀。澄がそれを受ける。
    「なに?」
     十握剣が刃毀れした。これは驚くには当たらない。なぜなら『日本書紀』にも同様の場面が描かれているからだ。素戔嗚尊が八岐大蛇を退治したとき、尻尾を切ろうとしたところ刃毀れしてしまった。尻尾を調べたところ中から一本の刀が出てきた。その刀こそ草薙剣なのだ。
    「お前の刀は草薙剣か!」
    「その通りよ」
    「面白い。これは面白い!」
     恐れるかと思いきや邪鰈は逆に喜んだ。こういう性格の男を正直、澄は嫌いではない。澄は敵ながらも相手に好意すら感じた。
    「さあ、はじめましょうよ」
    「そうだな」
     かくして、ふたりの打ち合い戦が始まった。
     そこへ死乃舞が加勢に入る。
    「邪魔をするな。これは私と烏賊頭巾との勝負だ」
     死乃舞は全く気がついていなかったが、死乃舞の存在はかえって邪鰈の邪魔となった。澄の攻撃から死乃舞を庇うことで邪鰈の攻撃能力は相当、低下していた。本来の澄であれば確実に仕留めることができたに違いない。だが、この時、澄もまた攻撃能力を相当、低下させていた。というのも邪鰈が死乃舞を庇う度に、澄の心には嫉妬にも似た感情が芽生えていたのだ。生命境涯の高い達人の域にある者に修羅界の感情に過ぎない「怒り」は決して力とはならない。ふたりは互いに能力を低下させながら、互いに致命傷となる一撃を相手に与えられずに剣を交え続けるのだった。
     こうして澄と邪鰈が争っている間に中山、渡部、樋口はそれぞれのお相手を撃退。奴隷となっていた大名たちは全員、地上に通じる洞窟に入った。この場での戦いは決したのだ。
    「潔く降参することね。邪鰈」
    「今日のところは素直に負けを認めよう。だが、次はこうはいかないぞ」
     今日のような日が来ることを想定して前々から採掘場をぐるりと囲む崖に仕掛けられた爆薬が爆発した。土石流が擂鉢状になっている採掘場の底にいる澄を襲う。
    「ははははは、さらばだ」
    「逃がさないわ」
     澄は外套を構成する触腕の一つを握った。
    「やあっ」
     鞭と化した触腕が長く伸びる。澄は邪鰈の腕を捕らえた。
    「捕まえたわ」
    「ふん」
     だが、十握剣に切られてしまった。まるで、ふたりの縁をプツリと切るかのように。
    「お前が生きて、ここから出られたなら、また会おう。ははははは」
     そこへご隠居が走ってきた。
    「姫。お急ぎ下さい。穴が塞がってしまいます」
     ご隠居が澄を急かす。唯一の脱出口である崖に開いた洞窟に通じる穴を塞がれたら逃げようがない。
    「わかったわ」
     邪鰈のあとを追いかけていきたかったが、澄はこの場を引いた。
    「邪鰈・・・」
     澄は邪鰈に何やら「運命的なもの」を感じないではいられなかった。その理由は何なのか?単に草薙剣と十握剣の間にある因縁だけなのだろうか?
    「まあいいわ。きっとまた会えるわね。奴らが悪巧みを繰り返す限り」
     その通り。澄はこのあとも度々、邪鰈と剣を交えることになるのだ。

     冥堕本部。
    「将軍。申し訳ありません」
    「そうか。草薙剣か・・・」
     将軍は邪鰈を責めなかった。と同時に敗因となった死乃舞の行動も責めなかった。そのようなことをしたところで死乃舞は自分の落ち度を認めず、拗ねるだけだろう。戦いは始まったばかり。今は仲間同士の結束を固める方が重要だ。
    「どうやら徳川には強力な味方がついているらしい。この戦い、かなり長引きそうだ」 



  •  大名たちは無事、地上へと戻った。
     だが、事件の根っこが捥ぎ取られたわけではない。これはいわば「序曲」に過ぎないのだ。
     今後も冥堕は次々と卑劣な作戦を仕掛けてくるに違いない。
     負けるな澄。更衣せよ烏賊頭巾!



  • 次回予告

  • 「出でよ、アジアジ」。
    蘇我馬知子女王の呼び声と共に宝珠の中から妖海アジアジが飛び出してきた。
    「ご主人様、お呼びで」。

    次回・文殊の剣「妖海製造法」
    お楽しみに。





  •  女王の間。
    「何ということじゃ。我が方の資金源となる金を採掘する場所をひとつ潰されるとは」
     蘇我馬知子女王の怒りはもっともだ。
     そんな女王を平放蕩将軍が宥める。
    「あの採掘場は近年、金の採掘量が減っておりましたから、いずれ近いうちに閉山する予定でした。それに邪鰈の機転で完全に土砂で埋めてしまいましたから、他の者が採掘する危険もありません。それよりも・・・」
     ここで将軍が本題に入った。
    「どうやら、敵の中に竜宮城と関係のある者が混じっているようなのです」
     馬知子女王の顔色が変わった。
    「そんなバカな。竜宮城と関係のある者が混じっておるじゃと?」
    「左様です。詳しくは蘭々鈴にお尋ね下さい。蘭々鈴!」
     蘭々鈴が女王の間に入ってきた。
    「今、平放蕩将軍が申したことは本当なのか?」
    「はい。間違いありません。私はその者と直接、交えました。その者は烏賊頭巾といって、烏賊の法会を身に纏っておりました。それも最初からではなく、戦闘の途中で目にも止まらぬ速さで瞬時に法会を纏ったのです」
     そんなことが、江戸に暮らす人間にできるわけがない。
    「おまけにその者は副官の邪鰈様が手にされる宝剣をも上回る鋭い切れ味の剣を持っております」
     それに関する詳しい情報は将軍が述べた。
    「草薙剣です、女王様。壇ノ浦の海底に沈んだ草薙剣を竜宮城が回収し、あの者に下された違いありません」
    「なんということだ。我ら以外にも竜宮城の超能力を用いる者がいるとは」
    「いかがいたしましょう」
    「決まっておる。倒すのじゃ。何としても、その烏賊頭巾とやらを!」
     そう言うと女王は女王の間の傍らに置かれた直径約五丈(約1,5m)もある巨大な水晶玉の前に立った。
    「この水晶玉は偉大なる我がご先祖様であられる蘇我馬子大王(おおきみ。蘇我氏は確かに当時、そう名乗っていたことが日本書紀に記されている)が崇峻天皇から奪い取ったお宝。天皇家の祖である豊玉姫が地上にお輿入れする際に竜宮城から運び込んだ、謂わば『嫁入り道具』じゃ。この中には数々のお宝と共に、豊玉姫の侍従となる海の妖精どもが沢山、住んでおるのじゃ」
     水晶玉の中を覗くと、多くの海洋生物が暮らしているのがわかる。大きさこそ違えど、これは構造的に澄が所持する宝珠と同じものだ。
    「わらわは『特別な呪文』によって、この中から自由にその妖精どもを地上へと呼び寄せることができる。お、面白いのが泳いでおる」
     女王の目に一匹の鰺が止まった。
    「出でよ。唵阿毘羅吽欠蘇婆訶(おんあびらうんけんそわか)!」
     女王の呼びかけに応じて鰺が水晶玉から飛び出してきた。
    「女王様。アジアジ、参りました」
    「アジの開き」を思わせるその姿は海の妖精と言うよりも海の妖怪である。とても豊玉姫の侍従とは思えない酷い姿だ。その理由は女王の唱える呪文にある。その呪文は本来、海の妖精たちを呼び出す呪文である妙法蓮華経・陀羅尼品に説かれる陀羅尼呪ではなく、謗法大師という悪僧が平安時代に世に広めた邪宗教が説く「真言の陀羅尼呪」なのだ。そのため邪悪な呪文によって呼び出された海の妖精は海の妖怪=妖海に変わってしまうのだ。
     アジアジの登場と同時に、女王の間にただならぬ悪臭が漂い始めた。その強烈な匂いは瞬く間に部屋中に満ち満ちた。
     平放蕩将軍と蘭々鈴は思わず鼻を摘まんだ。
    「なんだ、この『うんち』のような匂いは!」
    「匂いの元はアジアジです。将軍」
     そう。この猛烈に臭い匂いの発生源はアジアジの体に他ならない。
    「ええい。なんて臭い奴だ!」
     平放蕩将軍は怒り心頭で、今にもアジアジを腰に下げる七支刀で斬り殺さんばかりだ。
     だが、女王の評価は違った。
    「なんと素晴らしい匂いなのじゃ。この匂いを嗅いでいると、酒が何杯でも飲めそうじゃ」
    「女王様!」
    「お主らには判らんか?この匂いは『くさや』じゃ」
     くさや。伊豆諸島で盛んに作られている魚の保存食だ。「酒のつまみ」としては最高級の部類に入る。
    「そう言われれば確かに、これはくさやの匂いだ。成程、確かに美味しそうな匂いですな」
     酒豪の平放蕩将軍は納得した。一方、酒を飲まない蘭々鈴は納得できない様子。
     女王は小躍りせんばかりに喜ぶ。
    「これがお前の能力じゃな?一握りの酒飲みには耐えられても、大勢の江戸の庶民には、この強烈な匂いは耐えられまい。行け。行って江戸の町中を『くさやの匂い』で満たすのじゃ」
    「アジャパー!」
     アジアジは女王の間を勇んで出ていった。
    「では女王様。行って参ります」
     そのあとを追うように平放蕩将軍もまた出ていく。更にそのあとを、鼻を摘まんだ蘭々鈴が追う。
     ひとり、女王の間に残った馬知子女王は。
    「邪鰈!」
     女王は邪鰈を呼んだ。幕の後ろから邪鰈が出てきた。
    「邪鰈。早速じゃが、わらわの体を楽しませておくれ」
    「まだ、日が高いようですが」
    「構わぬ!今しがた将軍と吉原どもが出ていった。今が絶好の機会じゃ」
    「わかりました」
     女王と邪鰈は女王の間の更に奥にある「女王の寝室」へと入った。扉の奥からは女王の「官能の叫び」や女王が使う寝台の「軋む音」が聞こえ始めた。中で何が行われているか?説明は不要だ。これもまた女王から邪鰈に与えられた立派な、そして極秘の「お役目」なのだ。



  •  柿崎屋敷。
    「ああ、ああ、ああ」
     こちらでも先程から澄の官能の叫びが聞こえる。澄は衣服を乱し、畳の上に寝転がって自慰行為を楽しんでいた。
    「ああ、大ちゃん、大ちゃん」
     今はもうこの世にいない愛しい人の名を叫びながら、澄は必死に自分の指で自分の無花果の実を擦る。これは明らかに烏賊頭巾に変身することによる「後遺症」であった。烏賊頭巾に変身するたびに澄の無花果の実はより長い時間にわたり刺激を楽しむことのできる悦楽の道具へと「できあがっていく」のだ。
    「ああん、ああーん」
     徐々に絶頂へと進んでいく澄の体。 
    「ああーん、石之伸さまあ」
     本人も全く気がつかないうちに相手が大介から石之伸に変わっている。澄の精神が理性の領域から無意識の領域に突入したのだ。
     そして。
    「いく、いく、いくうーっ」
     俎板の上の鯉のように畳の上で澄の体がビクンビクンと跳ねる。
    「はあ、はあ、はあ、はあ」
     絶頂を追えた澄は激しい呼吸をしながら畳の上で脱力状態となった。
    「姫、姫!」
     そこへ柳生のご隠居がやってくる。
    「いけない」
     澄は慌てて立ち上がると衣服を整え、愛液によって濡れた右手は後ろに隠して、何事もなかったかのように振る舞った。
     ご隠居がやってきた。
    「何事です?爺」
    「中山様が見えられ、何やら鶴夕で『珍しい珍味』を客に出しているそうで、もし良かったら『姫もどうですか』ということなのですが」
    「珍味?」
    「そうです」
    「面白そうね。判ったわ」
     澄は身なりを姫から庶民に着替え、ご隠居と連れだって三人で鶴夕へと向かった。

     鶴夕まで十丈(約30m)ほどの距離まできたところで、三人の鼻は異臭を感じた。
    「何か匂うわね」
    「『肥溜め』のような匂いですな」
    「道に馬の糞は見当たりませんが」
     そんなことを言いながら三人は鶴夕の中へ入った。
    「うわっ、臭い!」
     中は外よりも遙かに匂いが漂っている。どうやらここが匂いの発生源のようだ。
    「いらっしゃい」
     鶴夕が笑顔で出迎える。
    「何なのです?この臭い匂いは」
    「これですか?これは『くさやの匂い』です。先程、旅の行商人が店の前を通ったものですから仕入れたんですよ」
    「それにしても臭いわね」
    「ミドリさんは育ちが『お上品』ですからね。でも、ほら」
     店の中を見れば、幾人もの客が喜んで食べている。
    「これって、食べられるの?」
    「珍味ですわ」
     そう言って鶴夕は澄にも、くさやを勧めた。珍味とは「このことか」と澄は思った。
     取り敢えず食卓につく。くさやが卓の上に酒と共に置かれた。
    「さあ、どうぞ。召し上がれ」
     口に入れた瞬間、口の中が「うんちの匂い」で満たされた。澄はまず、水を飲んで口の中を洗浄した。だが、匂いは全く消えそうにない。仕方がない。普段は飲まない酒だが、飲んだ。というより口の中の匂いを消すには飲まずにはいられなかったのだ。
     一方、ご隠居と中山の二人はというと。
    「これは美味い」
    「さあ、飲め飲め」
     既に二人はできあがっていた。強烈な匂いも全く苦にはならないようだ。
    「やれやれ」
     澄はひとりで店の外に出た。
     その時、外は大変なことになっていた。多くの人々が苦しみながら路上に倒れていたのだ。
    「ううー」
     路上で翻筋斗を打って苦しむ女性。澄がその場に駆け寄る。
    「どうしました!」
    「く、臭い」
     どうやら、くさやの匂いにやられたようだ。よく見れば、同じように苦しむ人の姿が大通りのかなり先の方まで続いている。
     これはきっと冥堕の仕業に違いない。澄は尾張藩上屋敷方面に伸びる道を外堀を左手に見ながら走った。
    「冥堕はどこにいるのかしら?」
     澄の心配は不要だった。相手の方から出てきてくれたからだ。
    「娘。何でお前は平気なんだ?」
     澄は吃驚。その姿はまさしく「アジの開きのお化け」だ。
    「あなたは妖海ね!」
    「俺を知っているのか?さては貴様が烏賊頭巾だな?」
    「更衣!」
     澄は烏賊頭巾に更衣した。
    「烏賊頭巾、参上!」
    「行くぞー」
     妖海アジアジが澄に攻撃を仕掛ける。
    「食らえ。くさやの匂い攻撃!」
     多くの江戸市民を苦しませる悪臭だが、澄には効かない。なぜって、鶴夕で既にくさやを口にしているからだ。しかも澄は酒も嗜んでいたので少し酔ってもいた。それらの複合効果によって澄の嗅覚は麻痺していたのだ。
    「今度はこっちよ」
     澄は外套の触腕を握ると、それを鞭にして攻撃を開始した。
    「よー!とう!やー!とう」
     澄に鞭打たれ、苦しむアジアジ。
     そこへ平放蕩将軍がやってきた。
    「アジアジよ。この場は引け」
    「アジャパー」
     アジアジは外堀の中へ飛び込んで消えた。
    「しまった」
     まんまとアジアジに逃げられてしまった。だが、これも仕方がない。烏賊の法会の防御力は確かに強力だが、市井の娘として町に繰り出している今の澄は草薙剣を携行していないから深入りは禁物だ。
    「姫ーっ」
     ご隠居、中山、鶴夕の三人が走ってきた。
    「姫」
    「やはり冥堕だったわ」
    「なんて恐ろしい相手だ」
    「今度の相手は悪臭攻撃を得意とするわ」
    「我々は幸い、無事ですね」
    「くさやを食べていたお陰よ」
    「それなのですが・・・」
     鶴夕が何やら話したそうだ。
    「どうしたの?鶴夕」
    「もしかしたら、くさやを売っていた旅の行商人が妖海だったのではないでしょうか」
     それを聞いて驚いたのはご隠居。
    「バカな。儂らはその者が売ったくさやを食べてしまったぞ」
    「そこですわ。その結果、匂いに対する免疫があったのではないでしょうか」
     その後、鶴夕は「海の妖精」について語った。元々は海に暮らす魚などの海洋生物であるから、いざというときには「食べる」ことができ、食べた者には「元気がつく」ということを。
     それを聞いて、澄は鶴夕に尋ねた。
    「ということは、あなたたちも食べられるの?」
    「はい。その時が来れば、喜んで」
    「その時って?」
    「瀕死の重傷を負ったときとか」
     話の中に中山も入ってきた。
    「拙者も思いは同じです」
    「有り難い話だわ。でも、私は絶対にあなたたちは食べないわよ!」



  • 「またしても烏賊頭巾」
     平放蕩将軍は苦々しい思いで、そう呟いた。
     そこへ邪鰈が合流した。
    「将軍。烏賊頭巾のことは私めにお任せを」
    「邪鰈。そなた随分、烏賊頭巾にご執心だな。何か理由でもあるのか?」
    「いけませんか?」 
    「別に・・・よし。今後、烏賊頭巾のことはそなたに任せる」
    「はっ」
     邪鰈はいずこともなく消えた。

     大通りで倒れていた者たちは幸い、強烈な悪臭に苦しみはしたものの全員、死ぬ様なことはなかった。数日もすれば回復するだろう。だが、アジアジの存在が江戸市民の生活を脅かす存在であることは間違いない。
     また、鶴夕の推測通り、店でくさやを食べた客は元気そのものだった。
    「あとは任せるわ」
     澄は鶴夕を出ると外堀を右手に、東に向かって歩き出した。
    「水戸藩上屋敷は『異常なし』と」
     水戸藩上屋敷があるのは現在の東京ドームシティ一帯である。
     実のところ、会津藩と水戸藩はお世辞にも「仲が良い」とは言えない。澄の実父である保科正之と二代水戸藩主・徳川光圀は同じ時代を共に生きた互いをよく知る間柄だが、性格を異にする二人だったからだ。正之が孟子の性善説を、光圀が荀子の性悪説を尊ぶこともあったが、それ以上に正之が徳川家に対し「絶対恭順」であるのに対し、光圀は紫衣事件などから「徳川家も所詮、天皇に背く国賊」という考えを抱いていたからだ。光圀が『大日本史』の編纂を開始した理由も日本は「天皇の国」であり「武士の国」ではないことを明らかにするためであった。それ自体は間違った考えではない。しかし残念ながら水戸学は後に、京都御所に大砲を撃ち込む、時の天皇を毒殺するなど、最も天皇を蔑にする国賊である長州藩によって「明治維新の原動力」として利用されてしまうのである。
     澄は寛永寺に通じる下谷広小路までは行かず、途中の狭い路地を左に曲がり、再びやや広い道に出た。狭い路地は加賀藩上屋敷に通じる抜け道。右手には赤門が見える。門が赤いのは「上屋敷の正門は赤く塗る」ことが幕府によって取り決められているからだ。そしてこの赤門こそが他でもない現在、東京大学の象徴となっている赤門である。
     ここで異常が発生。
     澄は強烈な殺気を感じた。この殺気は只者ではない。
    「ふふふ、また会ったな」
    「あなたは!」
     それは邪鰈であった。相手が邪鰈と知った澄は一瞬、頬を赤く染めた。
    「行くぞ」
     邪鰈が十握剣を振り上げ、攻撃を仕掛けてきた。拙い。今の澄は草薙剣を持っていない。相手が吉原五人衆なら触腕の鞭だけで戦えるが、相手が邪鰈では、とても勝負にはならない。
    「更衣」
     烏賊の法会に更衣した澄。
    「やあ」
     この場は触腕の鞭で闘う以外にない。

     場所はうって変わって、ここは尾張町(現在の銀座界隈)。多くの数寄屋が立ち並ぶことから通称「数寄屋町」と呼ばれる。
    「ふう。今日は平和だなあ」
     北町奉行所配下の与力・竹崎木人は茶店が並ぶ通りを西から東へと歩いていた。
     その時、目の前に奇怪な生物が現れた。アジの開きを巨大にした様な怪物。言わずもがな妖海アジアジだ。
     当然ながら、竹崎はたじろいだ。アジアジが放つ強烈な匂いに鼻を摘まむ。だが、それ以上にアジアジの方が竹崎を前にたじろいだ。
    「く、臭っせえ!なんだこいつ、むちゃくちゃ臭っせえでいやがる」
     そう言うと、アジアジはこの場から逃げ出した。アジアジは竹崎の吐く息の臭さに閉口したのだ。
     それを見て激高したのは竹崎。
    「何言ってやがる。臭いのはお前の方だろうが!待てえ、待ちやがれえ」
     竹崎は逃げるアジアジを一目散に追いかけるのだった。

    「ふっ、これで終わりか?」
     二つある触腕の鞭を悉く邪鰈の剣に切リ刻まれた澄。 
    「ううっ」
    「ならば、こちらから行くぞ」
     澄の法衣が斬られていく。まるで料理人が包丁で烏賊刺しを作っているかのようだ。
    「水海月の盾!」
     澄は水海月の盾で防備する。
    「そんなものが通用すると思うか」
     だが、十握剣は水海月の盾を真っ二つに切り裂いた。
    「そらそらそらそらそらあ!」
     邪鰈は澄の体は切らず、法会だけを斬る。自分の剣の腕を見せつけているのだ。これに対抗できる者がいるとすれば、それは石之伸をおいて他にあるまい。
    「いやあ、恥ずかしい!」
     法会を全て剥ぎ取られ、澄は両腕で胸を隠してその場に蹲った。そんな澄の傍へ歩み寄る邪鰈。邪鰈が澄のすぐ傍までやってきた。
    「やあっ」
     その時、澄は邪鰈に足蹴りを繰り出した。だが、邪鰈は既にそんなことは承知だったと見えて、それを素手で受けとめると、そのまま右足を掴んで澄の体を逆さまにして持ち上げた。更に左足も掴まれた澄は股を大きく開いた状態で上下逆さまになった。邪鰈の口元に澄の無花果の実がある。邪鰈の吐く息を澄の無花果の実が感じる。
    「いやっ、恥ずかしい!」
    「お前をこのままアジトまで連れて行く。殺しはしない。お前の子宮に妖海ウニウニを寄生させて、我々の操り人形にする」
     子宮の中に海胆の妖海を寄生させて「棘による脅し」によって澄を操ろうとは、なんと恐ろしいことを考えつくのだ、この男は。いや、このアイデアは恐らく女王のものだろう。御伽の際に言われたに違いない。
    「そんなの駄目っ」
     必死に藻掻く澄。
    「無駄だ。女の細足で何ができる?」
     果たして、このまま澄は冥堕のアジトまで連れて行かれてしまうのか?
    「姫!」
     そこへ渡部と樋口がやってきた。自分たちの上司である中山が鶴夕にいるということで、そこへ行く途中だったところを、たまたま遭遇したのだ。
    「もう少しのところで邪魔が入ったか」
     邪鰈はこの場を引いた。邪鰈はいずこともなく去って行った。
    「大丈夫ですか?姫」
     二匹の妖精たちが澄を気遣う。
    「ええ、大丈夫。ありがとう」
     その後、澄と妖精たちは鶴夕へと向かった。勿論、全裸の澄は宝珠の力で透明になって。

     鶴夕。
     そこで渡部と樋口は耳寄りな情報を中山に知らせた。
    「なに、アジアジの弱点がわかっただと?」
    「はい。あいつの弱点は竹崎木人の吐く息です」
    「あの男、確かにとんでもなく臭い息を吐くからな。で、竹崎は今どこにいるんだ?」
     その後、渡部と樋口は数寄屋橋の団子屋で休んでいる竹崎を鶴夕に連れてきた。
    「怪しい妖海と遭遇したときの話を聞かせてくれよ。これは俺のおごりだ」
     中山はせっせと酒と肴を竹崎に勧めた。
    「旦那。私もその話、伺いたいわ」
     鶴夕も加担する。
    「そうかそうか。そんなに聞きたいかい。よっしゃあって、あれ。なんだか、眠くなってきた・・・ぞ」
     竹崎はお酒に仕込んだ睡眠薬で眠りについた。
    「よし、今だ。鶴夕」
     鶴夕は爪楊枝で竹崎の歯の汚れを採取した。
     早速、鶴夕による分析が始まった。
    「臭い匂いの正体は、どうやら歯垢の細菌のようです」
    「培養できそうか?」
    「ええ。でも、これはくさや以上に耐えがたい匂いですわ」
    「構わん。やれっ」
    「判りました」
     こうして直ちに中山が命名した「竹崎菌(たけざきん)」の培養が始まった。

     冥堕本部。
    「その者を生かしておく訳にはいかぬ。将軍よ。直ちに消すのじゃ」
     女王が命令を下す。その者というのは竹崎木人のことだ。
    「はっ。それでは直ちに吉原五人衆を向かわせます」
     かくして吉原五人衆が竹崎暗殺へと向かった。
    「俺も一緒に行く」
     そのあとをアジアジもついて行った

    「う、うーん」
     竹崎が目を覚ましたのは、数寄屋橋の団子屋であった。
    「あれ、確か俺は渡部と樋口に誘われて鶴夕にいったはず」
     だが、どう見ても場所は数寄屋橋の団子屋だ。
    「気のせいだったのか」
     竹崎は再び歩き出した。そこへアジアジと吉原五人衆がやってきた。
    「お、貴様。さっきは逃げやがったが、今度は逃がさねえぞ」
    「お前の相手をするのは俺じゃない」
     吉原五人衆が竹崎に襲いかかる。
     竹崎、絶体絶命。だが、そこへすぐさま中山と樋口がやってきた。敵がアジアジの弱点である竹崎の暗殺にやってくるだろうことを見越していたのだ。
    「お前たち、殺されにきたか。アジアジ!」
     蘭々鈴に呼ばれて、アジアジがふたりと対峙した。
    「お前たちふたりとも、俺の発するくさやの匂いで始末してくれるわ」
    「それはどうかな?いくぞ」
     中山と樋口は懐の中から小さな巾着袋を取りだした。
    「これでも食らえ!」
     巾着袋をアジアジに投げつける。それを食らったアジアジは苦しみだした。
    「うぎゃあああ!何だ、この袋はーっ?」
    「それは『匂袋』だ。その中にはお前が苦手な与力・竹崎の吐く息と同じ匂いを発する粉末が入っているんだ」
    「こりゃあ、たまらん」
     その場から逃げようとするアジアジ。そのアジアジの動きを封じたのは既に烏賊頭巾に更衣していた澄。澄の触腕がアジアジの体にぐるぐると巻き付いた。
    「さあ、とどめよ。渡部!」
    「合点、承知の助」
     澄と一緒に行動していた渡部が必殺の蜂飛糸手裏剣(はちびいとしゅりけん)をアジアジに向けて投げた。
    「アジャパー!」
     手裏剣を全身に受けたアジアジの体は数寄屋橋御門そばのお堀に落下。高い水飛沫を上げて爆発した。竹崎を苦手とするアジアジが死んでしまった以上、吉原五人衆の目的はなくなったも同然。
    「引けえ」
     吉原五人衆は撤収した。



  •  鶴夕。
    「さあ、飲んで飲んで」
     鶴夕が酒を竹崎に勧める。
    「確か今日、一回ここに来たような気がするんだが」
    「まさか。旦那が今日、ここへいらっしゃるのは今が初めてですよ」
    「そうか。じゃあ、やっぱり夢だったのかあ」
    「いやあ、今回はお手柄でしたなあ、旦那あ」
     中山も鶴夕同様、竹崎に酒を勧める。
    「『お手柄』って何のことだ?」
    「今回の悪臭騒ぎは旦那の活躍のお陰で無事に解決することができたってことですよ」
    「そうなのか?」
    「そうですよとも、そうですとも」
     渡部も竹崎を煽てる。
    「そうか。そうなのか。そりゃあ良かった。拙者のお手柄かあ」
     内容を理解すると生来、威張りたがり、自慢したがりの竹崎だ。急に勢いづいてきた。
    「どうだあ。俺様は凄いだろう!わはははは」
     今回に限っては皆、竹崎を担ぎ上げるのだった。
     しかし、竹崎はよもや自分の吐く息の臭さが事件を解決に導いたとは思いも寄らないに違いない。
     こうした光景を入り口から眺めていた澄は中へは入らず、そのまま大通りを水戸家上屋敷方面へと歩き出すのだった。
     取り敢えず事件は無事に解決した。だが、冥堕との戦いはまだ始まったばかりだ。頼むぞ、澄。
     更衣せよ、烏賊頭巾!



  • 次回予告

  • 江戸湾に鮫の妖海が出現。次々と漁師を襲う。さあ、烏賊頭巾の出番だ。
    だが、それは冥堕の仕掛けた罠。冥堕は烏賊頭巾の正体、更にはアジトを知ろうと、
    別の妖海に命じて闘いを終えた澄のあとを密かにつけさせるのだった。
    次回・文殊の剣「卑劣な罠!澄が妖海の子供を孕む?」
    お楽しみに。





  •  馬加の海岸ではこの時期、馬刀貝の収穫が最盛期を迎えていた。また、沖合でも漁師たちによる鰻漁が盛んに行われていた。
     馬加というのは現在の千葉県幕張一帯を差す昔の地名で、「まくわり」と発音する。音読みだと「ばか」になることから明治時代に幕張という字に改められた。「源頼朝がこの地に幕を張った」という伝説は改名と共に創作されたもので当然、史実ではない。この手の明治時代に創作された「偽伝説」はニッポン中、至る所にある。源頼朝、或いは空海にまつわる伝説のほとんどは「この類い」である。さも古くから言い伝えられているように装ってはいるが、実際は明治時代以後に作られたものなのだ。
     では何故、このようなことが明治時代に盛んに行われたのかといえば、それは伝説によって土地の知名度を高め、観光客が集まるのを狙ってのことである。例えば「空海が掘った温泉」と聞けば人々は挙ってそこの湯に入りたがるというわけだ。まさに現代のニッポン政府が夢中になっている「世界遺産登録」と一緒である。要は権威を利用した「宣伝」。ニッポン人がいかに明治時代から「宣伝に弱い民族」であるかを端的に示す出来事と言えるだろう。

     馬加沖。
    「おい、あれは何だ?」
     小舟に乗る漁師が、何やら鮫の背鰭のようなものが近づいてくるのを発見した。それはぐんぐんと近づき、やがて水面の下から妖海が現れた。 
     鮫の妖精が妖怪化した「妖海サメサメ」である。
    「うわあ!」
    「助けてくれえ!」
     次々と襲われる漁師たち。
     一通り漁師たちを襲ったサメサメは次に砂浜で馬刀貝を採っている地元の人々を襲った。
    「きゃあ!」
    「お助けえ!」
     斯くして、普段は何事もない平穏な馬加一帯は一転、地獄絵図と化した。

     馬加の沖に妖怪出現。
     この事件は直ちに江戸にもたらされ、翌日には瓦版となって江戸庶民の耳にも届いた。

     柿崎屋敷。
    「姫。馬加で発生した妖怪騒ぎのせいで、只でさえ高価な鰻が高騰しております。これでは江戸の庶民の口には入りませんな」
    「それは可哀想に」
    「なんて悠長なことを。私どもの口にも入りませんぞ」
    「私は別段、鰻を『食べたい』なんて思いません」
     というより、澄は鰻の姿が苦手なのだ。
    「これはもう烏賊頭巾の出番ですぞ」
     日頃は澄が烏賊頭巾になるのを窘めるご隠居が嗾けるとは。それほど、ご隠居は鰻が大好物なのだ。
     だが、どうやって馬加まで行く?この時代、女人ひとりでは江戸からは出られない。江戸の周囲には関所が設けられているからだ。
    「儂がお伴いたします」
     斯くして、柳生のご隠居とその孫に扮した澄の二人は馬加へと旅立った。



  •  現代であれば東京から幕張まで行くのに、車で車道を走ればあっという間だ。だが、この時代は「橋が架かっていない川」が幾つもあり、そこは当然、渡し船で移動する以外にはない。
     暦は秋だが、今日は冬のように寒い風が吹く。ふたりは厚手の生地の服で出発した。ご隠居は緑を基調とした着物。澄は薄紅色の着物に小豆色の帯。ふたりの姿は補色関係にあり、ふたり並んで歩くと互いに引き立つ。
    「どうやら、ここから渡し船に乗らないといけないようですな。姫」
     両国橋を渡り、暫く進んだ先で澄とご隠居は中川(現在の荒川)にぶつかった。ここは「逆井の渡し」である。
     対岸の小松川村で降り、小岩まで来たところでまたも川。今度は利根川(現在の江戸川)だ。ここから船に乗り、市川へと渡る。
     こうした旅の不便さは幕府が意図的に行っているものだ。謀反を企てる軍勢が「攻め込みにくいように」との配慮であり「天下太平の世」という言葉とはほど遠い「厳しい現実」が見え隠れする。
     市川まで来てしまえば、あとは千葉街道を延々と進むだけだ。
     今日はここに一泊する。明日の早朝、出発すれば昼までには到着するだろう。

     翌日は昨日とは一転。真夏のような猛暑となった。
    「今日は暑いですなあ、姫」
     厚手の服は辛いが、しょうがない。ふたりは市川の宿を出発した。
     どうにかこうにか、ふたりは昼前には目的地の馬加に到着することができた。その馬加の海は閑散としていた。当然だ。地元の漁師たちは妖怪を恐れ、船は一艘も海には出ていなかったからだ。
     船を沖に出してもらわねばならない。しかし何処も皆、断られた。
     その時、浜辺に、沖に出ようとしている一艘の船を発見した。急いでその場に駆け寄る。
    「漁に出られるのですか?」
    「そうじゃ」
     漁師はそう答えた。目つきの鋭い老人だ。
    「良ければ、私たちも乗せていただけませんか」
    「ああ、いいよ」
     澄とご隠居は頼み込んで、船に乗せてもらった。
    「それっ」
     沖を目指し船が出発した。暫くは何事もなく進む。
     突然、船が止まった。
    「どうしました?」
     漁師がすっくと立ち上がった。
    「ふふふふふ」
     どうやらこの漁師、冥堕の一味のようだ。澄たちを抹殺するために沖に連れ出したのだ。だが、そんなことは澄も先刻、承知済みである。
    「さっさと正体を現し」
    「儂の名は妖海サメサメ様だあーっ」
    「更衣」 
    「姫」
     ご隠居が持参した木刀を澄に手渡す。澄は木刀の姿をした草薙剣を抜いた。
    「行くぞー」
     サメサメはそう言いながら海に飛び込んだ。
     どこから仕掛けてくる?
    「なに?」
     船が真っ二つに割れた。サメサメは真下から攻撃を仕掛けてきたのだ。
    「うわあ」
     海に放り出されるご隠居。澄は背中の漏斗から出る噴射によって、空中浮遊することができる。
    「爺」
     澄がご隠居の救助に向かう。
    「がばあっ」
     そこへサメサメが大口を開けて海の底から飛び上がってきた。澄を口に咥え、そのまま海の底へと沈む。
     ご隠居はどうにか助けを借りずに、ふたつに割れた船の片方にしがみついた。
    「姫ーっ!」
     ご隠居が海に叫ぶ。だが、返事はない。海は何事もなかったかのように静まりかえる。
     だが、海の底ではサメサメと烏賊頭巾に更衣した澄との壮絶な闘いが繰り広げられていた。
    「このまま噛み殺してやる」
     澄の体を食いちぎろうとするサメサメ。だが、烏賊の法会はそう易々とは噛み切れない。
    「仕方がない」
     澄は草薙剣をサメサメの鼻の先に突き刺した。
    「ぎゃあああ」
     サメサメの顎の力が緩む。澄はサメサメの口から脱出した。海上へと向かう澄。そのあとを追うサメサメ。
     澄が浮上した。そのまま空中浮遊する。その真下からサメサメが大口を開けて浮上した。
    「このまま噛み殺してやるう!」
     それを見ていたご隠居が手裏剣をサメサメに向かって投げた。澄しか見ていないサメサメは隙だらけ。それらの手裏剣は全てサメサメに命中した。
     全身に深手を負ったサメサメが血を流しながら逃げる。澄はそのあとを追った。
     サメサメは江戸湾を東へと泳ぐ。
    「なんとか持ってくれよ」
     サメサメは南品川沖にある鮫州海岸まで逃げてきた。今は大井埠頭のあるこの一帯はこの時代には浅草海苔の養殖場であった。海底には篊(ひび)と呼ばれる海苔を着生させるための粗朶が無数に仕掛けられていた。
    「よし、なんとかここまで持った。後は頼むぞ」
     そしてサメサメは結局、ここで力尽きた。
    「鮫だから自分の名前を冠するこの浅瀬で死にたかったのね」
     澄は素直にそう解釈した。澄はサメサメのためにこの場で手を合わせ、題目を唱えた。
    「爺は大丈夫かしら?」
     本当は今すぐにでも探しに戻りたい澄だったが、サメサメとの闘いと猛暑によって体は疲れ切っていた。鮫州海岸から馬加までは遠い。増上寺の北にある柿崎屋敷までの方が遙かに近い。そこで澄はひとまず屋敷に戻り少し休んでから馬加へ戻ろうと思ったのだった。
     背中の漏斗から空気を噴射する。澄が屋敷を目指し飛行を開始した。
    「ふふふ。罠にかかったな、烏賊頭巾」
     そんな澄の姿を見つめる猫のような瞳孔を持つ二つの黄色い目。
     それは新手の妖海タコタコの目。タコタコは鮫州海岸にしかけられた篊に隠れて、烏賊頭巾を待ち伏せていたのだ。目的は烏賊頭巾のあとをつけて烏賊頭巾の正体、更にはアジトを突き止めるためだ。そのためにサメサメはここまで必死に泳いできたのだった。
    「よくやったサメサメ。お前の死は決して無駄にはしない」
     タコタコもまた漏斗から勢いよく空気を噴射して空を飛んだ。タコタコが澄のあとをつける。そのことに澄は全く気がつかない。タコタコの体には色素胞という特殊な細胞があり、それを使って周囲の色に溶け込むことができる。一種の「透明術」である。
     タコタコにつけられているとも知らず、澄は屋敷へと戻った。
    「ここが烏賊頭巾のアジトか」
     タコタコは足を大きく広げると、落下傘状態で屋敷の塀の上に音を一切立てることなく着地した。
    部屋に戻った澄は草薙剣を刀掛けに戻し、更衣を解く。烏賊によって脱がされた着物が元の状態に戻る。
     その模様を一部始終、見ていたタコタコ。
    「か、かわいい」
     お団子を結った頭。秋桜の花のような薄紅色の着物。小豆色の帯。そして色白の肌。どうやらタコタコは澄に魅せられてしまったようだ。
     タコタコが蘇我馬知子女王から命じられていたのは、烏賊頭巾の正体を見定め、アジトを報告することであった。だが、タコタコはそんな自分に課せられた重大な任務も忘れて、この場で直ちに澄を襲いたくなったのだった。
    「あの娘はサメサメとの闘いと今日の猛暑で疲れ切っている。今なら倒すのは簡単だ。よし、やるぞ」
     そう決意したタコタコは屋敷の中へヌルヌルと入り込んだ。

    「あっ」
     烏賊頭巾から元の姿に戻った澄の足下がふらつき、畳の上にどてっと倒れた。それだけ闘いで疲弊したのだ。
    「暑いわ。着物を薄手のものに着替えなきゃ。それに水も飲まないといけないわ」
     だが、澄にその時間はなかった。
    「だ、誰?」
     気配に気が付いた澄。
    「あ、あなたは!」
    「俺の名は妖海タコタコ。冥堕が送り込んだ刺客だよ」
     全身に茶色の斑紋のあるタコの妖海。元々は豹紋蛸の妖精である。
     タコタコは直ちに足を使って澄に襲いかかった。4本の足がそれぞれ澄の両腕と両足に巻き付く。サメサメとの闘いで疲弊した今の澄にはこれらの足を振り払うだけの力が残っていない。瞬く間に手足の動きを奪われてしまった。
    「こ、ころも」
     危険を察知した澄は直ちに更衣しようとした。だが、言い終わる前に1本の足が澄の口の中に差し込まれた。
    「うぐうーっ!」
     これでは更衣できない。更にタコタコはその足を澄の首や頭に巻き付け、澄の目と耳を塞いだ。タコタコは嗅覚を除く視覚、聴覚、味覚、触覚の四つを澄から奪った。何も見えない、聞こえない。手足を動かせない。澄は「無の世界」に堕ちた。
     タコタコが足に力を入れ始めた。澄の全身が締め上げられ、背骨が後屈の状態を増す。
    「うぐうーっ!」
     苦しい、助けて。澄は心の中で必死にそう叫んだ。
     だが、今の屋敷には誰もいない。ご隠居がその後、無事に馬加の浜に辿り着いていたとしても、ここに戻るのに現地で早馬を調達できたとしても丸一日はかかるだろう。澄は自力でこの緊縛から脱出する以外にはないのだ。だが、それは不可能であった。
     厚手の着物が澄の体温を上昇させる。前身から汗が噴き出す。水分補給ができなかった澄の体力がみるみる消耗していく。
    「お水が飲みたい」
     脱水に苦しむ澄。
     さて、タコタコは残る一本の足で澄の体の中で最も感じやすい部分を激しく擦り始めた。その残りの一本こそ「交接腕」と呼ばれる足であった。
    「うううーっ!」
     水の中に落ちた芋虫のように激しく体をくねらせる澄。だが、タコタコの拘束から逃れることはできない。そしてタコタコは澄が疲れ、動きが緩んだところで、交接腕を澄の体の中に挿入した。
    「うぐうーっ!」
     交接腕を前後左右に激しく動かすタコタコ。自分の交接腕を澄の体を使って刺激しているのだ。タコタコは澄の体の中に「精子袋」を放出するつもりなのだ。人間の卵子と妖海の精子が受精。果たしてそれによっていかなる生き物が誕生するのか?想像もつかない。そもそも澄の肉体は出産に耐えることができるのか?まさにその実験が今、始まろうとしていた。
    「うぐうーっ!うぐうーっ!」
     必死に逃れようとする澄。残っている力を振り絞るように腕と足に力を込める。するとタコタコが次のように言った。
    「おっと、それ以上暴れるなら毒で殺すぞ。何たって俺様は猛毒の蛸だからな」
     澄は全身から力を抜くしかなかった。
    「よしよし、いい子だ。冥堕の誰からも恐れられた最強の戦士である烏賊頭巾も、俺様にかかればイチコロよ」
     タコタコには澄を殺す気など毛頭なかった。殺してしまえばそれっきりだが、妊娠させれば、その後もずっと「自分の操り人形」として弄ぶことができる。
     精子袋が交接腕の中間地点を通過した。
    「妖海と人間の子供。果たしてどんな姿になるのかなあ?それとも、この場合は『蛸と烏賊の華麗なる初体験』とでも言っておいた方がいいのかなあ?」
     精子袋がすぐ手前のところまで進んだ。
    「さあ、もうすぐだ。もうすぐ、お前は妊娠する」
     澄、万事窮す!
     その時。
    「うぎゃあ!」
     タコタコが絶叫した。
    「俺の交接腕があ!」
     タコタコの交接腕がすっぱりと切り落とされていた。
    「何者だー?」
     タコタコが激昂しながら横を向いたその瞬間。
    「たこすっ!」
     タコタコの眉間に刀が突き刺された。その時、タコタコは自分を襲った犯人の姿を見た。
    「な、なぜ仲間の俺を?」
     そう言い残してタコタコは絶命した。タコタコの足の力が抜け、澄の体から外れた。澄の顔はタコタコの足の締め付けによって赤く充血。吸盤の部分に至っては丸い青痣になっていた。腕と足は着物で隠れているが同様だろう。これらの痣は今まで澄がどれほど全身をきつく締め上げられていたかという証だ。
    「・・・・・・」
     意識がない。それどころか呼吸すら停止している。まさかタコタコの涎が澄の体に?脱水と緊縛によって衰弱しきったこの状態で猛毒を浴びたのであれば、間違いなく澄は死ぬ。
     タコタコを切り捨てた謎の人物が頭巾を脱ぐ。謎の人物は両手で澄の頭頂部と顎を左右から挟み込み、自分の唇を澄の唇に重ねた。
    「スー、ハー、スー、ハー」
     人工呼吸が功を奏し、澄が呼吸を始めた。どうやら体内に毒は入っていないようだ。
    「ふん」
     謎の人物は頭巾を再び被り直すと、この場から消えた。



  •  自力で馬加の浜に上陸した柳生のご隠居は現地で馬を借りると、直ちに柿崎屋敷へと走った。
     そして屋敷に戻ると。
    「お前たち」
     そこには中山、渡部、樋口、そして鶴夕の四名が揃っていた。澄は布団の中で休んでいる。
    「何があったのじゃ。姫は無事なのか?大丈夫なのか?」
     それについては鶴夕が答える。
    「ええ、大丈夫ですわ。でも正直、危なかったんです。私たちが来るのがもう少し遅れていたら死んでしまっていたでしょう。私たちが来たとき、姫様の意識はなく、傍には蛸の姿をした妖海が死んでおりました」
    「蛸だと?サメのような姿の妖海ではなかったのか」
    「いいえ、蛸でした」
    「成程。敵は妖海を二体、送り込んできていたのか。サメの妖海のほうは囮で、その蛸の妖海が姫を狙う本当の刺客だったわけだ」
     ご隠居はどうやら今回の敵の作戦を理解したようだ。
    「で、そなたたちはどうしてここに?」
    「これですわ」
     鶴夕は一枚の紙を見せた。
    「この紙が私の店に投げ込まれたのです」
     そこには「姫、危うし。柿崎邸」と書かれていた。 
    「この投げ文は一体誰が?」
    「それは判りません」
     謎の投げ文を投げたのは妖海タコタコを斬り捨てた謎の人物に違いない。

     その謎の人物だが、その後、その者は冥堕の本拠地へと戻っていた。
    「邪鰈」
     将軍が今回の作戦から帰陣した邪鰈を呼び止めた。
    「将軍」
    「どうだった?烏賊頭巾の正体は、アジトは判ったのか?」
    「申し訳ありません。残念ながら作戦は失敗しました」
    「タコタコはどうした?」
    「見つかりません。タコタコは優れた密偵。恐らくアジトを突き止めたのでしょう。ですが、そこで敵の返り討ちにでもあったのでは・・・」
    「そうか。残念だ」
     邪鰈は将軍に嘘を吐いた。妖海タコタコを斬り捨てたのは他でもない邪鰈だった。そして邪鰈は澄の正体とアジトを知っていながら知らない振りをしたのだ。
    「一緒に来い。次の作戦を立てねばならん」
    「はい」
     でも何故?どうも邪鰈の動きには謎が多い。



  • 次回予告

  • 「女王陛下。是非とも私めを冥堕にお加え下さい」
    突然、現れた謎の男「鱏屠(えいと)」。美貌を武器にまんまと女王の信頼を得る。
    そして軍師となった鱏屠の計略によって、澄に絶体絶命の危機が迫る。
    次回・文殊の剣「青い軍師が蘇我城にやってきた」
    お楽しみに。





  •  蘇我城。
     それは地底の巨大な洞窟内にある湖の中央に浮かぶ、秀吉時代の大阪城にも匹敵する巨大な平山城。そして、これこそが日本侵略を企む冥堕の本部に他ならない。最初は蘇我氏が身を隠すための「粗末な山小屋」だったが、奈良時代になると島の北側に聳える山を切り崩し、その上に法隆寺を思わせる「寺院」を建てた。それが平安時代には島が浮かぶ中池を要する「寝殿造りの宮殿」となり、戦国時代には御殿と天守が創建され、更には島の周囲を埋め立てたことで本格的な「城郭建築」へと生まれ変わったのである。

     本丸 ~ 天守、御殿
     二の丸 ~ 部下の屋敷、倉庫 
     三の丸 ~ 農地、工場、市場
     出島 ~ 港

     以上が蘇我城の主な区分である。以下、細かく見ていくことにしよう。
     島の周囲をぐるりと囲む三の丸は埋め立てよって新たに出来上がった場所で、外周は一辺千丈(3000m)の完璧な正方形。その広大さは屋敷七十六町(町はhaとほぼ同じ)田圃二百五十五町、畑七十七町、牧場五十一町、果樹園四十六町、外周路百十八町=総面積六百二十三町(623㏊。東京ドーム100個分)という数字を聞けば十分だろう。外周は勿論、外敵に備えた城壁によって囲まれている。また南の右端には大阪城の「真田丸」を参考にした船の発着場となる出島が突き出ている。その三の丸の内側、一辺二百六十六丈(800m)の正八角形の中堀の中央に本丸と二の丸を擁する島が浮かぶ。その形は縦三百三十三丈(1000m)横四百丈(1200m)の馬鈴薯形。ここには南北の長屋に挟まれた大通りを中心に、北に本丸、北西に食糧倉庫、南西に武器倉庫、南に幹部の屋敷、内堀を挟んで東に馬出しがある。本丸は先に説明した通り、山を切り崩して作られた改築著しい部分だ。上から見た形は縦六十六丈(200m)横九十三丈(280m)の長方形の左上に台形型の土地が付属する。御殿は寝殿造りの宮殿時代に造られた三つの島が浮かぶ縦二十三丈(70m)横四十丈(120m)の繭型の池を三方から囲むように、西に現在は使用されていない大奥、南に女王の住まいである中奥、東に作戦会議を行う「女王の間」のある表が配置され、それらは全て廊下で繋がっている。そして池の北には天守が聳える。天守は大天守、二つの中天守、三つの小天守から構成され、真上から見た形は六連星「昴(すばる)」だ。大天守は望楼型で、六重八階、シャチホコまで入れた高さは二十丈(約62m)を誇る。これは大阪城の十四丈、名古屋城の十二丈を超えるものだ。中天守・小天守からしてその高さはそれぞれ熊本城・広島城の大天守に匹敵するのだから、まさに空前絶後の巨城である。勿論、瓦や壁にはふんだんに金箔が用いられている。これらを総合するに、日本を支配する城として何ら不足するものではない。しかも驚くなかれ、洞窟内は非常に明るく、こうした城の全貌を遠くから眺めることができる。その理由は天井の一部に巨大な天然水晶の柱が露出。それが地上にも達しており、光ファイバー効果によって、まるで太陽のように輝いているからである。
     また、場所が深い地底であることから、ここには温泉やガス井戸があり、地熱も豊富なことから地熱発電が行われている。

     ここから先は、地上から女王の間まで辿り着くまでの道順を説明しよう。地上から隧道を降る。隧道を抜けると並々と地下水を湛える地底湖に出る。その奥には蘇我城が浮かぶ。ここからは通常、船で向かうことになる。船は三の丸の右端から突き出た出島の桟橋に着く。出島から橋を渡り三の丸に上陸。左右に門があるが、ここは右の門をくぐる。突き当たったら左に曲がる。奥に見える門を一つくぐり、二つ目の門まではいかず、果樹園の途中にある左に曲がる道を曲がる。果樹園を真っ直ぐ進むと中堀に架かる橋に出る。ここまで来ると一気に見晴らしが良くなり、右手に天守が聳えるのが見える。橋を渡った先は馬出し。そこを真っ直ぐ突っ切り、内堀の奥にある正門をくぐる。左右に長屋が建つ大通りを進み、十字路に出たら右の階段を上る。因みに左に曲がれば幹部たちが住む庭付きの屋敷で、真っ直ぐ進めば道の右には食糧倉庫が、左には武器倉庫が立ち並ぶ。右の階段を上ると、来た道を戻るように長屋の後ろに真っ直ぐな道が延びる。そこを突き当たりまで進み、左の階段を上れば松の木が茂る本丸の入り口に到着だ。表玄関を入ったら左、左と反時計回りに180度向きを変え、松の廊下を進む。松の廊下は途中で右に曲がっている。突き当たりが女王の間である。出島からここまで一里(約4000m)ほど歩くことになる。
     この難攻不落の蘇我城で今、大事件が起きていた。

    「謎の敵襲。城内、戦闘配備につけ」
    「現在、三の丸にて戦闘中」
    「キツネギ、全滅!」
    「ツキノワグウジマからの応答、途絶」
     ツキノワグウジマというのは三の丸の管理官で、日頃はツキノワグマの面を被り、城内にあって黒い狐面をつけた男性戦闘員「キツネギ」を統率する。
    「敵は二の丸に侵入。備えろ」
    「ミコーン、全滅!」
    「ハクビシンカンからの応答、途絶」 
     ハクビシンカンというのは二の丸の管理官で、日頃はハクビシンの面を被り、城内にあって白い狐面をつけた女性戦闘員「ミコーン」を統率する。
     これらの名称から判る通り、蘇我城の警備は神職にある者たち、より正確に言えば「かつて神職にあった者たち」によって行われている。だからここには神社もなければ祠も鳥居も注連縄もない。彼らは「物部氏に仕えた者たちの末裔」である。彼らは聖徳太子が勝利し、物部守屋が負けたという現実を素直に受け入れ、以後、蘇我氏に仕えるようになったのだ。だから彼らは「仏が主人で、神はその家来である」という大宇宙の法則を正しく理解している。そういう意味ではまさに「神本仏迹」の邪義を唱える地上の神職とは真逆である。彼らにとっては地上の神社など「邪教の社」であり、伊勢神宮に至っては「魔物を祀る悪の総本山」でしかない。勿論、正しい日本史、神武~開化までの正法時代には仏教が栄え、像法時代の仏教不在時代の隙を突いて崇神・垂仁の親子天皇が神道を興したということも知っていた。実のところ冥堕にはこうした「正しい側面」もある。少なくとも、後にニッポンを支配することになる長州藩主導の明治政府や、その精神をそっくりそのまま継承する現在の右翼政権といったニッポンのタリバン(タリバンはイスラム原理主義組織だが、こちらは神道原理主義組織という意味)に較べれば、ずっとマシな存在である。だからこそ「地上征服を企む」のだとも言える。冥堕は「我々が支配した方が地上はより平和な世界になる」と本気で信じているのであって、決して「悪が栄える世界」を造ろうとはしていなかった。
    「敵は本丸へ侵入した模様。警戒せよ。警戒せよ」
     そして謎の敵は遂に本丸に侵入したようだ。

     本丸表。通称「女王の間」。
     先程、説明した通り、ここは冥堕幹部が集まる作戦会議室である。
    「馬鹿な。どうなっているんだ」
    「将軍、落ち着いて下さい」
     平放蕩将軍を蘭々鈴が宥める。ここには将軍以下、吉原五人衆も集っていた。
    「ええい」
     だが、平放蕩将軍が苛立つのも尤もだ。無敵の要塞・蘇我城の三の丸、二の丸と次々と落とされていくのだから。
    「守備隊のキツネギ、ミコーンどもは全員、眠らされでもしたというのか?」
     他にも謎が。
    「そもそも敵の正体すらわからないとはどういうことだ。監視モニターには何も映っていないぞ」
     それについては、すぐに正体がわかった。
    「ピピピー、チチチー、テテンテテン」
     女王の間に響く不気味なオノマトペの数々。一気に緊張が高まる。
    「誰だ!出てこい」
     将軍が七支刀に手を掛ける。五人衆も各自、得意とする武器に手に構える。
    「ブイブイブイー」
     謎の声を発する正体が遂にその姿を現した。
    「俺の名は鱏屠(えいと)。お前たちの女王と話がしたい」
     その身なりは一言で言えば「青頭巾」。青い着物に青い頭巾で顔を隠す。瞳を見れば、白目の部分がまるで緑茶のように濁っている。
    「ええい。無礼者。お前などに誰が女王様を会わせるものか」
     平放蕩将軍が七支刀を抜いた。
    「食らえ。電光石火!」
     七支刀は落雷を発生させる。鱏屠と名乗る謎の人物に雷が落下した。だが、鱏屠は全くの無傷。本来ならば黒焦げになっているはず。
    「馬鹿な」
    「将軍。もう良い」
     蘇我馬知子女王が中奥からやってきた。 
    「私が女王じゃ。私に話とは何じゃ?」
     すると鱏屠は今までの不遜な行動とは一転、恭しく立て膝を突いて、臣下の礼を示した。
    「女王陛下。是非とも私めを冥堕にお加え下さい」
     この言葉を聞いた将軍が激昂した。
    「我らの兵を沢山殺しておいて、何をヌケヌケと申すか!」
    「殺してはいない」
     城内を監視する魔魅が叫ぶ。
    「将軍。見て下さい」
     城内を監視する画面には次々と意識を回復するキツネギ、ミコーンの姿が映し出されていた」
    「ここまで来るのに邪魔だったから、一時的に眠ってもらったのだ」
    「見事じゃ、見事じゃ」
     女王は鱏屠の手際の良さを絶賛した。
    「女王様ならば必ず、そのように言われると思っておりました」
     この鱏屠という奴。実にお世辞が上手い。
    「で、そなたの特技は何じゃ?」
    「何でも。爆発物や火縄銃といった火の扱い。そして最も得意とするのは拷問です」
    「拷問とな?」
    「あらゆる責め具を自ら考案、開発できます」
    「なかなか面白いことをいう奴じゃ」
     もう「我慢も限界」といわんばかりに将軍が鱏屠に向かって叫んだ。
    「ええい、無礼者めが。いつまで頭巾を被っておる。女王様の御前だ。さっさと取れ!」
    「おっと、つい忘れていた」
     鱏屠が頭巾を取った。その瞬間。
    「きゃあ、すてきい」
    「超美男子い」
    「かっこいいわあ」
    「ドキドキしちゃう」
    「口説かれちゃいたいわあ」
     これは全て吉原五人衆の反応である。確かに、鱏屠は美男子であった。
    「おおーっ。これは美しい」
     そして鱏屠の美男子ぶりに最も強く反応したのは女王だった。
     これで決まったも同然だ。
    「そなたを我が冥堕にお迎えいたそう。役職は何が良い?」
    「参謀、軍師、輔弼。呼び方はそちらでご自由にどうぞ」
    「よろしい。今からそなたは冥堕の軍師じゃ。その美貌。まさに『現代の周瑜』のようじゃ」
    「女王様!」
     それに対し不服なのは平放蕩将軍。
    「何じゃ?そなたはわらわの命令が不服か?」
    「いえ、そのようなことは」
    「よろしい。では、今後は軍師殿の命令に従って動くように。よいな?」
    「は」
     こんなことがあっていいのか?将軍は内心、不満たらたらだ。だが、今この場で争うことは危険すぎる。女王は既にぞっこんだし、五人衆もしかりだ。無理に批判を続けても、自分の地位が危なくなるばかりだ。
     女王に対し恭しい態度を見せるが、将軍は鱏屠に不満と共に「不審」を抱いていた。こいつの狙いは冥堕を乗っ取ることにあり、きっと今に襤褸を出すに違いない。
    「さてと」
     早速、軍師となった鱏屠が作戦を打ち出す。
    「これを見ろ」
     鱏屠が懐から一本の記録媒体を取り出した。
    「なんだ、それは?」
    「これは烏賊頭巾の更衣を超低速度で撮影したものだ」
    「なんだと」
    「とはいえ、このままではまだ速すぎる。これを元に、更に速度を遅くする必要があるが、できるか?」
    「お任せ下さい」
     五人衆のひとり、科学調査にかけては冥堕一の能力を持つ才女である羽騎虎が鱏屠の前に出た。
    「軍師様。それを私にお貸し下さい。その映像媒体の解析は天守にある超高速演算装置ならば可能です」
     蘇我城の天守には、どうやら本来この時代には存在しないはずの「いろいろなもの」があるようだ。それらが竜宮城から運ばれた「豊玉姫の嫁入り道具」であることは違いない。そして羽騎虎はそれらの管理を任されていた。
    「わかった」
     記録媒体を受け取ると、羽騎虎は天守内にある研究室へと急いだ。天守に行くには表玄関から反時計回りに進み、右手の竹林が切れたところで池に架かる三つの橋を渡るのだが、結構な距離がある。
    「光線式幻影装置、作動!」
     羽騎虎は胸に下げた一種の変身装置で自身の姿を「翼羽の生えた虎」に変えた。羽騎虎は背中の翼で空を飛ぶと大天守ではなく小天守へと向かった。そこに研究室があるのだ。
     研究室に到着した羽騎虎は変身を解くと、直ちに映像の解析を開始した。

     女王の間。
    「ええい、遅い」
     平放蕩将軍がいらつく。
    「どうやら終わったようだ」
     鱏屠がそう言うや、その言葉の通り羽騎虎が嬉々として戻ってきた。
    「女王様。お喜び下さい。我らの超科学力が遂に一糎秒の画像解析に成功しました」
    「そうか。よくやった。で、烏賊頭巾の秘密はわかったのじゃな?」
    「はい。バッチリです。これをご覧下さい」
     その映像には烏賊が澄と合体。法会に姿を変える場面がはっきりと映し出されていた。
    「烏賊頭巾は女か!」
     将軍はびっくり仰天。
    「そうです。この娘の名前は澄。ピピピー」
     鱏屠が自慢気に知識をひけらかす。
    「お前、名前まで知っているのか。何故だ。我らが必死になって調べても判らなかったというのに」
     それについて鱏屠は何も答えない。
     ともあれ、冥堕に烏賊頭巾の正体が澄であることが知られてしまった。
    「これが更衣の仕組みか」
    「そうです」
    「この映像から軍師殿、対策はできそうか?」
    「いい考えが思いつきました。澄と烏賊が合体できないように、あらかじめ澄の体に『貞操具』を取り付けるのです」
    「貞操具とな。それは面白い作戦じゃ。烏賊頭巾に更衣できなくなれば、もう我らの思うがままじゃ。ははははは」
     顔にこそ出さないが、鱏屠は内心、笑いが止まらない。これで澄は片付いた。残るは妖精たちと石之伸だ。
     鱏屠以下、将軍、五人衆が女王の間から退出。外の廊下に出てきた。その時、向かいから邪鰈が歩いてきた。邪鰈は常に頭巾を被っているので鱏屠は邪鰈の正体に気がつかない。だが、邪鰈は鱏屠の顔を見た瞬間、ぞっとした。
    (なに?何でこいつがここにいる)
     だが、邪鰈も馬鹿ではない。何事もなかったように平静を装う。
     将軍が邪鰈に鱏屠を紹介する。
    「紹介しよう。この者は今度、冥堕の軍師になられた鱏屠様だ。鱏屠様。こちらは私の配下の副官、邪鰈です」
     邪鰈は会釈した。鱏屠はふんぞり返っている。
    「今から女王様に様か?」 
    「はい」
     一行は退出した。邪鰈は女王の間へと向かった。

    「入ります」
     邪鰈が女王の間にやってきた。
    「おお邪鰈。丁度良かった。そなたに申したいことがあるのじゃ」
    「なんでしょう?」
    「そなたの役目を変更する。そなたは今後、鱏屠の配下となり、あの者に仕えるのじゃ」
    「鱏屠というのは軍師様のことで」
    「そうじゃ。どうやら廊下で会ったようじゃな」
    「はい」
    「よって、そなたの御伽役は終了じゃ。今後は軍師様に楽しませてもらうことにする。今までご苦労じゃった」 
    「確かに、あの軍師様は相当の美男子ですな」
    「そうか。そなたもそう思うか。嬉しいぞ。そなたも気に入ってくれて」
     美男子だとは思うが、だからといって気に入っているとは限らない。だが、邪鰈はこの命令を「都合がいい」と思った。軍師という以上は「作戦を立案する」のだろうから、誰よりも先に作戦を知ることができるし、何より鱏屠と名乗って冥堕に入り込んだ雄一郎が何を企んでいるのか監視することができる。
     そう。鱏屠の正体は雄一郎なのだ。



  •  奥多摩・日原鍾乳洞。
     東京都内にある唯一の鍾乳洞である。ここは現在、冥堕が管理している。無論、幕府には知られていない秘境だ。
    垂直にそそり立つ岩山と岩山の間を流れる渓流を橋で渡り、対岸の岩壁に開いた入り口から入る。中は狭く、天井は低い。突き当たりの二股を右に曲がる。格天井、船底岩、三途の川、ガマ岩、あみだの原、死出の山、血の池地獄と進む。するとそれまでの低い天井から一転。突然、天井の高い空間に出た。そこが鍾乳洞の終点「大広間」だ。そしてそこでは沢山の雪洞による明かりを頼りに死乃舞の指揮の下、捕らえた澄を身体拘束するための仕掛けが作られていた。天井から鎖が吊り下げられる。床にも鎖が打ち込まれる。ここで澄はX字状に拘束されることになる。
    「これは女王様」
     何と、作業現場に女王が自らやってきたのだ。
    「ほう、これか。澄を拘束する仕掛けは」
    「はい」
    「実に立派な舞台ではないか」
    「それはもう。何しろ主役が立つ舞台ですから」
     女王は澄がここに繋がれた場面を頭で想像してみた。思わず笑いがこみ上げてくる。
    「ふふふ。今から楽しみじゃ」
     こうして冥堕では今まで散々ぱら作戦を妨害した憎き敵である澄に対し「復讐する企て」が着実に進められていたのである。

     神田。
     そこは職人街。澄は銀細工で有名な白銀町に来ていた。澄も若い娘だ。今日は綺麗な髪飾りを探しに来たのだった。
     そこへ鱏屠が吉原五人衆を連れてやってきた。
    「あれが澄だ」
    「確かに、映像の女と同じだ」
    「では、人気がない場所で作戦決行だ。よいな」
     そう言うと、鱏屠は先に蘇我城へと戻った。
     そして、その時がやってきた。
    「みんな、行くわよ」
     五人が澄を取り囲む。
    「烏賊頭巾、覚悟!」
    「あなたたちは吉原五人衆!」
     吉原五人衆の四人がいきなり澄の手足に取り憑いた。
    「今です。蘭々鈴様」
     蘭々鈴は澄の着物の裾を捲ると、鱏屠から渡された貞操具を素早く澄に装着した。
    「あっ」
     澄は何かが自分の股座に装着されたのを感じた。
    「やったぞ、成功だ。皆の者、澄をこのまま連れて行くぞ」
     四人組が澄の体を仰向けにした状態で、神輿のように担ぎ上げる。
    「連れて行くって、私をどうする気?」
    「お前のために専用の地下牢を用意した。お前はそこで一生涯、苦しみ藻搔いて過ごすのだ」
    「そんなの嫌よ。更衣!」
     だが、澄は更衣しない。
    「更衣!」
     もう一回叫ぶ。だが、結果は同じ。
    「更衣できない!」
    「無駄よ。もはやあなたは烏賊頭巾にはなれないのよ」
     澄は自分が相手の罠に填まったことを理解しないではいられなかった。
    「さあ、行くぞ」
    「嫌、離して」
     澄は抵抗できぬまま、このまま連れて行かれてしまった。

     地下牢。
    「嫌、止めて」
    「悪あがきはおよし」
     四対一では勝負にならない。死乃舞、御酒、魔魅、羽騎虎の四人によって澄の手首足首に次々と枷が嵌められていく。
    「う、動けない」
     澄の体は舞台の中央でX字型に磔にされた。
    「ふふふ。言い様ね、澄」
    「ううっ」
    「あなたの更衣を阻止する貞操具を今から見せてあげるわ」
     蘭々鈴は花の図柄も美しい帯をほどきにかかる。そのために、まず初めに蝶の帯留めがついた三分紐をほどきにかかる。それによって背中のお太鼓の形が崩れた。
    「やめて」
     次に帯揚げを胸の下から持ち上げ、結びをほどいてから横に引き抜く。
     これで漸く帯が取れる。普通は帯の下におはしょりを整える伊達締めを巻いているが、澄はしていない。最後に裾の高さを決める腰紐をほどいた。
    「さあ。答えはこれよ!」
    全ての締め紐を失い、乱れた着物を、澄の左右に立つ御酒と魔魅がそれぞれ左右に大きく広げた。
    「ああっ!」
     澄は見た。自分の股座に蟹に似た赤い色の生き物が密着しているのを。
    「これはアカホシヤドカリという大型のヤドカリ。本来は腹部を貝殻の中に入れているけど、今はあなたの体を貝殻代わりにしているわ。」
    「アカホシヤドカリと合体したあなたは、もはや只の『かよわい女』であり、ここからは永久に出られないってわけよ」
    「それにしても、いい体してるじゃないの、あんた」
     澄の体は男性は勿論、女性の目にも「美しい」と感じられるものであった。
    「あんたの母親もきっと、あんたと同じ体つきだったんでしょうね」
    「その体で会津二十八万石のお殿様をまんまと誑し込んだって訳ね。貧しい庶民の出のくせに」
     澄のことは全て調べ済みであった。
    「ところで、あんた随分長いこと、ご亭主と会ってないんだって?」
     そこまでちゃんと調べているとは、さすがは冥堕の諜報網だ。
    「せっかくだから、ヤドカリに楽しませて貰うといいわ」
     いずれはアカホシヤドカリが腹を動かし始めるだろう。その時、澄は吉原五人衆の言う通り、アカホシヤドカリと「楽しむ」ことになる。
    「どうじゃ、澄の様は?」
     そこへ黄金の冠を被り、十二単を纏った、まるで雛人形の様な姿をした女性が、ふたりの男を伴って現れた。澄はそのうちのひとりが邪鰈であることを認めた。澄は恥ずかしさから頬を真っ赤に染めた。
     もうひとりは平放蕩将軍である。その平放蕩将軍が澄に女性を紹介する。
    「澄。こちらが偉大なる冥堕の女王。蘇我馬知子様だ」
    「蘇我・・・ということは、あなたは」
    「そうじゃ。わらわが偉大なる日本国の大王・蘇我馬子の末裔にして冥堕の首領じゃ。お前のような下賤な女とは身分が違うのじゃ」
     その時。
     まさに絶妙のタイミングと言えよう。アカホシヤドカリが腹を動かし始めたのだ。
    「ああっ、だめっ、だめっ」
     澄が叫び始めた。
    「これは『見もの』じゃ」
     女王が小躍りして喜ぶ。
    「みんなで、こやつがヤドカリに弄ばれる姿を見学してやろうではないか」
    「それはいいアイデアです、女王様」
     平放蕩将軍はそう言った。吉原五人衆もニヤニヤし始めた。
     その時、邪鰈が後ろを振り向いた。
    「邪鰈、どうしたのじゃ」
     女王が不思議がる。
    「私は結構です」
    「何故じゃ?おもしろくないのか。憎むべき敵が我らの前で『一生の大恥』を晒す瞬間を見られるのじゃぞ」
     その理由を平放蕩将軍が説明した。
    「邪鰈の奴。実はこの女に惚れているようでして」
    「私はこの女を『我が宿敵』と思っておりましたが、今のこの女の姿には『幻滅』しか感じません。失礼」
     邪鰈は澄にも聞こえるようにはっきりとした声と態度で厳しい意見を吐くと、この場を去った。
    「相変わらず堅い奴だな」
     平放蕩将軍はそう評したが、本当のところ邪鰈は澄が恥ずかしめられている姿を見たくなかったのだ。できることなら、この場の全員を倒し、澄を救いたい。だが、訳あって女王に絶対忠誠を誓う今の邪鰈にはそれはできない。ならば、せめて辱めを受ける場面を見ないことが、せめてもの「情け」であると思ったのだ。
    「まあよい。我々だけで楽しもう。将軍」
     女王は邪鰈の非礼を責めなかった。それだけ信頼しているのだ。
     澄が鳴く声を後ろに聞きながら、邪鰈はその声が一刻も早く耳に聞こえなくなるように洞窟の出口へと一目散に歩いた。



  • 「なかなか面白い見世物だったぞ、蘭々鈴」
     女王は蘭々鈴に向かってそう言った。
    「ありがとうございます」
    「この女の使い道が決まった。この女は今後『被験者』として、我が研究班が開発する新薬をいろいろと試すことにしよう」
     女王と平放蕩将軍が洞窟をあとにした。
    「よかったわね。あんた、まだ殺されないそうよ」
     蘭々鈴は澄の髪の毛を掴んで顔を持ち上げると、そのようにいいながら微笑んだ。
    「また来るわ。取り敢えず、そうしていらっしゃい」
     五人衆もまた洞窟をあとにした。洞窟の中にひとり一人、取り残された澄。手首足首に嵌められた枷が外されない限り、澄はここからは逃げられない。
     だが、そんな澄に突然、奇跡が訪れた。
    「抜けた」
     アカホシヤドカリが澄との合体を説いたのだ。どうやら澄の体は自分の腹には「きつすぎる」と感じたようだ。アカホシヤドカリは新たなる貝殻を求めて澄の体と「おさらば」したのだ。それによって澄は更衣ができるようになった。
    「更衣」
     お団子状に整えられた髷の中に隠された宝珠から烏賊が発進した。更衣に成功した澄は手足を拘束する鎖を外套の触腕の力を借りて断ち切った。
    「ああ・・・」
     だが、自由となった澄はその場でうつ伏せになって倒れ込んだ。更衣したとはいえ、アカホシヤドカリによって弄ばれた時に消費した体力が回復するわけではない。
    「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
     息を荒げながら必至に立ち上がり、洞窟の出口を目指し、歩く。だが、今の澄には歩くのが非常に辛い。
     明かりが見えた。澄はもうすぐここから「脱出できる」という希望を求めて必至に出口を目指した。
     そして遂に外に出た。
    「残念だったわね」
     だが、出口には平放蕩将軍、五人組、そして大勢のミコーンが待ち伏せていた。女王はいない。女王は洞窟の出口で待っていた邪鰈と共に城に戻ったのだ。
    「ここから逃げられるとでも思ったの?」
    「さあ、洞窟へ戻るのよ」
    「再び舞台の上に繋いでやるわ」
    「手足を拘束され、ヤドカリに弄ばれる」
    「あなたにはそれがお似合いよ」
    「五人衆のいう通りだ。観念しろ。澄!」
     今の澄は両足ガクガクで、闘うどころか真面に歩くことすらままならない。澄の頭に「絶望」の二文字がよぎった。
     その時。
    「姫!」
    「我らが来たからには」
    「姫には一歩たりとも」
    「近づけはさせないぞ」
     中山たちがやってきたのだ。理由は不明だが、中山たちはこの場に澄が捕らわれていることを知って、ここへやって来たのだ。その後には、ご隠居と柳生の一団も続いていた。
    「拙者どもも助太刀いたす」
    「みんな」
     澄は安堵した。心の底から「助かった」と思った。
    「みんな、行くぞ」
    「オー」
     中山たちが五人衆を相手に闘う。平放蕩将軍はご隠居。ミコーンは柳生が相手をする。
    「くそう、引けえ」
     平放蕩将軍が撤退を指示した。冥堕はこの場から逃げ去った。
    「姫。しっかりして下さい」
    「爺、大丈夫よ。ありがとう。でも、どうしてこの場所がわかったの?」
    「屋敷に敵襲があったのです。その者のあとをつけました。そうしたら、ここにやってきたのです」

     女王の間。
    「大変です。澄を奪還されてしまいました。仲間たちが襲ってきたのです」
    「うー、なんということじゃ。もっともっと虐めてやるつもりだったのに」
    「まったく残念です」
     悔しがる女王と将軍。邪鰈はひとり涼しい顔をしている。
     それに気がついた将軍が叱責する。
    「邪鰈。不謹慎だぞ。お前も少しは悔しがらんか!」
    「まあ良い将軍。お前も言っておったではないか。邪鰈は澄に『ほの字』じゃと。内心、ほっとしておるのじゃろう。なあ邪鰈?」
     女王は邪鰈のことを全く疑ってはいない。
     そういえば、この場に鱏屠がいない。鱏屠は既に中奥で女王が来るのを待っていたのだ。そして女王の機嫌がいいのも、このあとの御伽を楽しみにしていたからである。それがなければ女王は邪鰈を疑ったかも知れない。

     それにしても、なぜ中山たちは澄がここに捕らえられているのを知ったのだろう?
     実は邪鰈は吉原五人衆が城を出た直後、自分も城を抜け出し、この場所を示す地図を鶴夕に投げ込んでいたのだ。
    「澄。お前を倒すのは俺だ」



  • 次回予告

  • 妖海タラタラが雪を降らせる術を使って江戸の街を雪の下に沈める。
    そして鱏屠は澄を捕縛するための強力な道具を発明。澄を待ち受ける。

    次回・文殊の剣「雄一郎、動揺する」
    お楽しみに。





  •  柿崎屋敷。
    「行くわよ。いいわね。作戦名『五人衆の嵐』。開始よ」
     吉原五人衆を筆頭に次々とミコーンたちが押し入る。鱏屠の古い情報では「澄はここにいる」とのことだったからだが・・・。
    「待っていたぞ。冥堕!」
     待っていたのはご隠居の後を継いだ息子が率いる柳生一族。まんまと罠にかかってしまったのだ。
    「しまった」
    「召し捕れー!」
     次々とミコーンがお縄にかかる。
    「引けえ」
     流石に五人衆は無事に撤退することができた。

     蘇我城。
    「ええい、なんてことだ」
    「申し訳ありません、女王様」
    「軍師殿。これはどういうことじゃ」
    「敵もさる者引っ掻く者。どうやらこちらの動きを読んだようです」
    「では、これからどうするのじゃ」
    「取り敢えず、澄の居場所探しは止めて、江戸征服作戦を進めるのが得策かと」
    「そうじゃな。よし。で、次なる作戦は?」
    「次なる作戦は・・・女王様。妖海を召喚して下さい。その者の特性を見極めてから立案したく存じます」
    「成程。確かにそれは道理じゃ」
     女王が巨大な宝珠の前に立った。
    「出でよ。唵阿毘羅吽欠蘇婆訶(おんあびらうんけんそわか)!」
     その様子を鱏屠が鋭い目つきで見つめる。それを邪鰈は逃さなかった。
     邪鰈は思った「女王様は不注意にも程がある。これでは周囲の者に呪文を教えているようなものではないか」と。
     そして次のように推測した。
    (鱏屠の奴、御伽の時にいろいろなことを女王様から聞き出しているに違いない)
     妖海が宝珠から飛び出してきた。
    「妖海タラタラ、参上」
     タラタラを見た鱏屠は直ちに作戦を決定した。
    「こんなのはどうでしょう」
    「それは面白そうじゃ。やってみよ」
     果たして、今度の作戦とは?

     さて、澄の居場所だが、澄は内桜田門の会津松平藩上屋敷にも三田の下屋敷にもいなかった。冥堕の襲撃から逃れるために、どこかに隠れているのだろうが、それが何処なのかは誰にも判らなかった。

     鶴夕。
     与力の竹崎がやってきた。
    「おや、今日はふたりだけか」
     ふたりとは同心の渡部と樋口のことだ。
    「中山の旦那はどうしたんだい?」
    「ちょっと用事で、江戸を留守にしております」
     この渡部の言葉から察するに、どうやら中山は澄と一緒に江戸を離れているらしい。確かに、その方が安全だ。
    「おい、こりゃあ、どうなってるんだ?」
     店の外から声が聞こえる。竹崎は店の外に出た。その時、竹崎はこの時期には絶対にお目にかかれないものを目撃した。
    「なに?雪だと」
     外では雪が降り始めていたのだ。今はまだ十月。雪が降るには早すぎる。店の中から渡部、樋口も出てきた。
    「こりゃあ驚きだ」
    「奇っ怪なことが起きるもんだ」

     江戸城内。
     大老・堀田正俊が将軍にこの怪奇現象を報告すべく松の廊下を走る。白書院、黒書院、御用の間を抜け、中奥へと急ぐ。
    「上様。雪が降っておりまする」
    中奥・御座の間で報を受けた将軍・綱吉は空を見上げた。
    「これってまさか、八百屋お七の生き霊による恨みの雪ではあるまいな?」
     前年(1682年)の十二月。八百屋お七が処刑されていたのだ。

    「凄いぞ、タラタラ」
     平放蕩将軍がタラタラの能力を褒めた。
    「お褒めにあずかり、光栄至極に存じます」
    「だが、本番はこれからだ」
    「お任せあれ。江戸中に大雪を降らして、家という家を片端から雪の重みで押し潰してごらんに見せます」
     「十月の雪」という怪現象の正体は妖海タラタラの能力だったのだ。
     瞬く間に雪は積雪七寸に達していた。その影響は既に町中に出ていた。多くの人が転ぶ、転ぶ。荷車も滑る、滑る。そして今後も雪は降り続きそうだった。
     かくして江戸の経済活動が停止した。
     そして雪は翌日も、その翌日も、そのまた翌日も降り続けた。その結果、積雪は七尺にも達したのである。そうなると屋根の雪下ろしを怠る屋敷から次々と潰れていくのだった。

     柿崎屋敷。
     ここでは、ご隠居を筆頭に柳生一族が総出で雪下ろしに精を出していた。雪下ろしをしながら、ご隠居の頭にあるのは澄のことだった。
    「姫様は、大丈夫なのかのう?」
     姫が消えたのは三日前。中山が一緒であることはご隠居も知ってはいたが、それでもやはり不安だった。
    「儂もついて行ければ良かったのだがなあ」
     ご隠居は澄から「屋敷を護るように」と厳命されていた。
     それにしても、澄と中山は一体全体、何処に?
    「ご隠居。あれを見て下さい」
     柳生のひとりが何やら奇っ怪なものを発見した。ご隠居がその方角を眺める。
    「あれは・・・まさか」
     ご隠居は雪下ろしを中断すると、奇っ怪なものが見える方角へと屋根伝いに移動した。
    「あっ」
     そこでご隠居が見たのは、呪文を唱える妖海の姿だった。
    「雪よー、降れー、もっとー、降れ-」
     さてはこいつか。ご隠居はもっと近くに近寄った。
    「お主、妖海だな。お主が雪を降らせておるのか!」
    「そうとも。俺は妖海タラタラ(鱈鱈)。江戸中を雪で埋め尽くしてやるわ」
    「許せん」
     ご隠居が刀を抜いた。
    「いくぞ妖海。柳生新陰流・一の太刀。とうっ!」
     ご隠居が飛んだ。頭上から袈裟斬り。
     だが。
    「刀が凍る?」
     凍った刀はタラタラの体を斬る前にポキリと折れてしまった。
    「そら。お前も凍れい」
     もの凄い吹雪が、ご隠居を襲う。
    「こりゃあ、たまらん」
     ご隠居は屋根の上から飛び降りると同時に身を隠した。というより、まだ除雪ができていない雪の中にズボリと填まってしまっていた。それをタラタラはこの場から「消えた」と錯覚した。
    「まあよい。そろそろ別の場所へ移動するか」
     タラタラは屋根伝いに別の場所へと移動した。
    「おーい、誰か助けてくれえ」
     必死に叫ぶご隠居。幸い、あとを追ってきた柳生の仲間たちによって無事に救出された。

     雪は確かに江戸の人々を混乱させはしたが、幸い江戸市中には川が沢山流れているので、屋根から下ろした雪や道にある雪は全て川に落とすだけで事足りた。とはいえ、経済的損失は莫大なものであることに変わりはない。一刻も早くタラタラを倒さなくては。
     雪を降らせる犯人が妖海であることをご隠居から聞いた渡部と樋口は市中を必死に巡回していた。
    「おい、あれじゃないか?」
     樋口がそれらしき影を屋根の上に認めた。
    「どうやら当たりのようだ」
     渡部も同意した。
    「いくぞ」
     ふたりは屋根の上に飛んだ。
    「御用だ、御用だ」
    「来たな、竜宮城の妖精ども」
    「おとなしくお縄につけ。この妖海め」
     渡部と樋口が十手を構えた。
    「ここは俺の出番だ」
     そう言って先に攻撃を仕掛けたのは樋口。
    「お前の雪と、俺の火と、どちらが上かな?」
     樋口は自信満々のようだが。
    「食らえ、脂肪焱!」
     藁を巻き付け、そこに火をつけた手裏剣を投げる。だが、タラタラが作り出す吹雪によって手裏剣は凍り付き、タラタラの体に届く前にすべて地面に落下した。
    「ならばこれはどうだ、酒麗焱!」
     瓢箪の中の酒を口に含んで一気に吹き出し、火打ち石で着火させる。火炎がタラタラを襲う。だが、火炎はタラタラの薄皮一枚を焼いたに過ぎなかった。
    「おい」
     呆れたのは渡部。
    「全然、効いてないじゃないか」
    「おっかしいなあ」
    「だから、お前は中山の旦那から『ジコマン』なんて言われるんだ」
     ジコマンというのは樋口の渾名で「自己満足」から来ている。
    「それで終わりか?ならば、こちらからいくぞ」
     タラタラが作り出した猛烈な吹雪が樋口と渡部を襲う。このままではふたりは氷の像になってしまう。
     その直後、タラタラは体をおもいっきり後ろに引っ張られて転倒した。
    「たらばっ」
     だが、タラタラはすぐに起き上がった。
    「だ、誰だ?今、俺を後ろに引き倒した奴は」
    「ごめんなさい。私よ」
    「げっ、お前は!」
     それは澄。
    「俺もいるぜ」
     その隣には中山。
     三日間、行方知れずだったふたりが江戸の街に再び姿を現したのだ。

     蘇我城。
     蘭々鈴が女王の間に血相を変えて走ってきた。将軍がそんな蘭々鈴を見かねて尋ねる。
    「どうした。何をそんなに慌てている?」
    「澄が・・・澄が江戸に現れました!」
    「なんだと!」
     将軍の隣にいる鱏屠も一瞬、顔色を変えた。
     女王はというと。
    「見つかったのじゃな。それは結構、結構」
    「何を呑気なことを言っているのです、女王様」
    「何がじゃ、将軍。そなたたち、澄を探しておったのではなかったか?」
    「そうですが、向こうから出てきたと言うことは、体調は万全の筈。しかも何か我々への『対策』を考えついたに相違ございません」
    「軍師殿!」
    「はい」
    「澄を倒す作戦は考えてあるな?」
    「勿論。私はこの時がくるのを、首を長くして待っておりました。チチチー」
    「頼もしい奴じゃ」

    「姫。こいつはタラタラです」
    「知っているの?中山」
    「はい。こいつは凍気を操ります」
    「それだったら、周りの風景を見れば判るわ」
     タラタラは少々不満。
    「何をさっきから話しているんだあ!」
    「あら、ごめんなさい。今からあなたを倒すわ」
    「俺様を倒す?随分と笑わせてくれるなあ、お嬢ちゃん」
     この時の澄は着物姿。だが、更衣する気配は全く見せない。澄は懐から短刀を取り出した。何か特殊な能力を秘めた刀ではなく普通の刀である。
    「それを武器に俺様と勝負しようってか?」
     タラタラが笑う。
    「とうっ」
     澄が短刀を振った。すると距離が離れていたにもかかわらず、タラタラの体が真っ二つになった。
    「これって・・・たらばあっ!」
     あっという間の一撃だった。タラタラはあっけなく鍋料理の具材となったのだった。
    「お見事です。姫」
     この技はかまいたち?いや違う。澄は自分の精神力を短刀の刃に込めて、それをタラタラに向かって投げたのだ。精神力の刃はいかなる刀の刃よりも切れ味が鋭い。しかも澄はそれを烏賊頭巾ではない、普通の姿の時にやってのけたのだった。澄は自分の精神力を自在に使いこなす能力、即ち超能力を身につけたのだ。
    「これでもう、どんな妖海が現れても強姦されたりはしませんね」
    「ええ。二度とあんな『恥ずかしい思い』はしないわ」
     と、そこへ将軍以下、吉原五人衆がやってきた。
    「貴様。性懲りもなく、ノコノコとまた現れおったか」
    「まったく、あなたってお馬鹿さんね」
    「ずっと隠れていればいいものを」
    「また辱めを受けたいのね」
    「ならば遠慮はしないわ」
    「我らの新必殺技、受けてみるがいい」
     五人衆が散開。澄の周囲を五方向から取り囲む。五人衆はそれぞれ懐から首輪を先端につけた鎖を取り出した。
    「みんな、いくわよ。必殺・首輪縛り!」
     五人衆が鎖を澄にめがけて同時に投げる。澄の手首、足首、そして頭首の五カ所に首輪が嵌められた」
    「この首輪は冥堕が誇る軍師・鱏屠さまが開発された捕縛道具」
    「しかも内側は鋭い刃物になっているから無理に動けば首が切れるわ」
    「これに繋がれたら、もはや逃げることは不可能」
    「これでもう、お前は私たちの虜よ」
    「覚悟するんだね」
     拷問の天才・雄一郎が開発した捕縛道具となれば、その性能は「折り紙付き」だ。
     だが、澄は全く動じない。
    「なぜ、あなたはそんなに落ち着いているの、澄?」
    「なぜだか知りたい?ならば教えてあげるわ。答えはこれよ。ふん!」
     澄は拳を握りしめた。すると、たちどころのうちに澄の手首、足首、頭首を拘束する首輪が粉々に砕け散った。全身から発した精神力が首輪を破壊したのだ。
    「馬鹿な。鉄よりも遙かに強度の高い特殊合金で造られた首輪を破壊するなんて。それも烏賊頭巾に更衣もしないで」
     驚く五人衆。
     澄が懐から短刀を取り出した。
    「やあ」
     澄が動いた。速い。五人衆は一歩も動けない。
    「貰ったわ」
     澄がまず仕留めようと思ったのは羽騎虎。何故って、五人衆の中で一番美しいから。勿論、意図してではない。本能的に最も美しい相手を狙ったまでの話だ。
     羽騎虎がやられる。
    「そうはさせん」
     羽騎虎を庇ったのは平放蕩将軍。将軍の七支刀が辛うじて、澄の短刀が羽騎虎の喉を掻き切るのを防いだ。澄と平放蕩将軍が互いを睨み合う。澄は「にこっ」と笑ってから後ろに飛び下がった。
    「なに?」
     その直後、平放蕩将軍の七支刀の牙が一本、折れた。
    「ばかな。この刀は神功皇后由来の御神刀。それを折るとは。しかもあんな短刀で」
     平放蕩将軍は生まれて初めて「恐怖」という感情に襲われた。
    「この女は今までの澄ではない。引け。この場は引くのだ!」
     平放蕩将軍は五人衆にそう命じた。
     平放蕩将軍と吉原五人衆はこの場から消えた。
    「姫。敵はあなた様の強さに恐れをなして退散しましたぞ」
     喜ぶ中山。
     だが、中山がその後に見たのは屍となったタラタラの傍に立つ澄だった。
    「姫」
    「可哀想なことをしました。この妖海も元々は豊玉姫に仕える妖精だったのですものね」
     澄は懐から今回は出番のなかった宝珠を取り出した。
    「これももう、必要ないわね」
    「はい。ですが、もう少し持っておいでなさい。冥堕は強敵です」
    「そうね」
     澄はそう返事をしたが別段、冥堕を強敵とは思っていなかった。澄が思い描く強敵は「あの男」ひとりだ。

     蘇我城に戻った平放蕩将軍は事の全てを蘇我馬知子女王に包み隠さず報告した。七支刀の牙を折られたこと。軍師様が発明した捕縛道具が全く役に立たなかったこと。この報告を受けて、軍師の鱏屠は顔にこそ出さないが内心かなり動揺していた。武器にかけては「改造の天才」を自負していた雄一郎である。相当の衝撃であろう。
     一方で、同じ報告を「別の心境」で受け止めている者もいた。言わずもがな邪鰈である。
    (澄よ。強くなって戻ってきたか)
     これで安心だ。もう澄は誰からも辱められることはない。そう思うと邪鰈は内心、笑わないではいられなかった。
    「なぜじゃ。なぜ澄は急に強くなったのじゃ」
     女王のこの問いに対し、誰も答えられない。邪鰈は薄々気が付いているが、語る気はないようだ。
     読者はもうおわかりだろう。澄は中山に連れられて「竜宮城」に行ったのだ。そして三日間、即ち三年間みっちりと修行を積んで戻ってきたのだ。全くの余談だが、これで三年間、竜宮城にいた石之伸と実年齢差が整ったことになる。
    「ええい。どうするのじゃ」
     女王の激昂。誰も口をきかない。
    「女王様」
     暫くの沈黙の後、口を開いたのは邪鰈。
    「澄は私が必ず仕留めてご覧に入れます」
    「できるか?」
    「この命に代えましても」
    「宜しい。やれ邪鰈。見事、澄の首を私の元に届けて参れ」
    「はっ」

     その後、邪鰈は表に出ると二の丸の最東端に位置する馬出しでひとり、来るべき決戦に備え剣の練習をしていた。
    「邪鰈」
     そこへ平放蕩将軍がやってきた。
    「お前、澄に決戦を挑むと言っていたが本気か?」
     邪鰈は答えない。黙々と剣を振る。
    「お前、澄を愛してしまったのではないのか?」
     邪鰈は答えない。
    「澄は強い。失礼を承知で言わせて貰うが、私が見た限り、お前よりも格段に勝っている」
     これにも邪鰈は答えない。
    「自慢じゃないが、私は一度も敵の強さに恐怖したことはない。だが、今回は違う。私は生まれて初めて敵に対し『恐怖』を覚えた。そして今はその恐怖が『畏怖』にかわっていくのを感じる。あの女は素晴らしい!」
    「将軍」 
     澄を「素晴らしい」と褒める将軍の言葉に、邪鰈は漸く口を開いて素振りを止めた。
    「俺たちは共に女王に忠誠を誓った者だ。女王が『倒せ』と言われるならば闘うしかない」
     その言葉には「できることなら闘いたくない」という思いが滲み出ていた。
    「それはさておき、邪鰈」
     ここで将軍は前々から思っていたことを邪鰈に語り始めた。
    「お前、どう思う?あの軍師様を」
     邪鰈は「さすがは将軍」と思った。五人衆の目は騙せても、将軍の目は騙せなかったのだ。
    「最も近くにいるお前だ。判っているだろう。奴はどうも怪しい」
     それに対し邪鰈は。
    「思い過ごしですよ、将軍。あの者は『忠義の者』です」
    「邪鰈!」
    「御免」
     邪鰈はその場を足早に去った。将軍はがっかりした。邪鰈だけは自分の仲間と思っていたのに。
     邪鰈は決して、決して将軍を裏切ったのではなかった。我らふたりを見ている鋭い視線を、雄一郎の視線をひしひしと感じていたのだ。だからこの場で「本当のこと」が言えなかったのだ。
     そして、その雄一郎は当然だが、次のようなことを考えていた。
    「あの将軍は近いうちに消さないといかんな。ブイブイー」



  • 次回予告

  • 遂に澄と邪鰈の一対一の決闘の時がきた。果たして勝つのはどちらか?
    だが、そこに横槍を入れる者が。軍師・鱏屠が火縄銃で澄を遠距離から狙撃する。
    次回・文殊の剣「対決!澄VS邪鰈」
    お楽しみに。



  • 10

  •  江戸・柿崎屋敷。
     そこへ矢文が打ち込まれた。それを見つけたのは、ご隠居。
    「こ、これは」
     ご隠居は直ちに矢文を澄に届けた。
    「遂に、この時が来ましたね」
    「姫様」
    「手紙の通り、決戦の場所へは私ひとりで行きます」
    「姫!」
    「止めても無駄ですよ、爺。それに相手が邪鰈なら手助けに来たところで全て『足手まとい』にしかなりませんわ。石之伸様ならともかく」
     そう言われると、ぐうの音も出ない。
     知っての通り、ご隠居は元々、石之伸の監視役として、また自身は柳生家の血を引く者ではない(これについては後日、語ることもあるだろう)ことから柳生一族の頭の地位を現在の但馬守に譲ったとは言え、実力においては今も柳生新陰流最強の使い手である。そのご隠居を「足手まとい」と言うほど、澄が見る邪鰈は「屈強の戦士」ということなのだ。
    「それと、妖精たちにもこのことは内緒にして頂戴ね」

     蘇我城、出島。
    「行くのか、邪鰈」
     馬知子女王自ら、邪鰈の出陣を見送りに来た。
    「はい」
    「必ず無事に戻って参れよ」
     それには答えず、邪鰈は地上へ通じる洞窟のある対岸へ向かう小舟に乗り込んだ。因みに、見送りの場には平放蕩将軍、吉原五人衆もいた。
     小舟が出る。邪鰈は気分を高揚させるためか、小舟の船首に立つ。
     出島では平放蕩将軍が、実に的を射た「疑問の言葉」を発していた。
    「そういえば女王様、軍師殿は来ておりませんな」
    「そういえばそうじゃ。何処へ行ったのじゃ」
     この場にいない鱏屠。それだけでも「怪しい」と思う平放蕩将軍であった。

     邪鰈が今回の決戦場所に選んだのは「西の丸」。簡単に説明すると、ここは歴とした江戸城の一部であり、現在の「皇居」である。江戸城が完成した当初、西の丸には徳川御三家の上屋敷が立ち並んでいたが、先の明暦の大火の際に全て焼け落ち、御三家はそれぞれ赤坂、市ヶ谷、小石川に移転。その後は浜御殿(現在の浜離宮)に変わる将軍の鷹狩場として整備され、立ち入りが制限される場所となっていた。誰にも邪魔されず、しかも広い。まさに決戦するには絶好の場所と言えよう。
     決戦場所に先に到着したのは邪鰈だった。
     今宵は満月。夜とはいえ、それなりの訓練を受けた者の目には昼間とほとんど変わらない。勿論、幼少より柳生の下で育てられた澄も同様だ。
     実に広々とした空き地。島が浮かぶ池があり、小高い丘もある。起伏に富んだ地形はあらゆる戦闘術を可能とする。そして東には江戸城が聳える。天守こそないが、実に壮大な景観だ。
     天守がないのは、言わずもがな明暦の大火で焼け落ち、その後に再建されなかったからだ。再建されなかったのは、火事で焼け出された江戸市民の救済を優先するべく当時、ひとりの幕臣が莫大な費用の掛かる天守の再建に断固として反対したからで、その者こそ澄の父親、保科正之に他ならない。
     邪鰈が人の気配を感じた。澄が来たのだ。
    「今から更衣するのか?」
     邪鰈がそう尋ねたのは、澄が着物姿でやってきたからだ。
    「しないわ」
     澄の返事。話には聞いていたが、やはり澄はとてつもなく強くなって竜宮城から戻ってきたようだ。
     ならばこちらも手加減はしない。
     邪鰈は迷うことなく十握剣を抜いた。久しぶりの登場なので解説すると、素戔嗚尊がオロチ退治に使用した伝説の剣である。
     それに対し澄は袖の中から白い鞭を取り出した。
    「行くぞ」
     そう叫んだ邪鰈は突進するのかと思いきや、その場から飛び跳ね、後ろに後退した。
    「食らえ。十字手裏剣」
     後ろに下がったのは間合いを取る必要があったからだ。十字手裏剣の乱れ打ち。まずは「小手調べ」といったところか。
    「やあっ」
     澄は白い鞭で手裏剣を叩き落とす。
    「やはり、こんなものでは倒せないか」
     邪鰈が剣を正眼に構えた。
    「行くぞ」
     澄に向かって突進する。
     澄は袖の中に鞭をしまうと懐から短刀を取り出した。
    「やあっ」
     澄は短刀を上から下へ真っ直ぐに振り下ろした。闘気の刃が邪鰈に向かって飛んでいく。これが決まれば、この時点で闘いは終わる。
     だが。
    「なに?」
     邪鰈の体が消えた。一体全体どこへ?
     数秒後。
     澄の目の前で突然、邪鰈が出現した。邪鰈必殺の一撃が澄に迫る。
    「くっ」
     辛うじて躱す澄。澄は右の着物の袖を斬られた。邪鰈が走り去る。そして反転。再び間合いを取ってから澄に向かって駆け出す。
    「今度こそ」
     再び澄の攻撃。しかし今度も闘気の刃が当たる寸前、邪鰈の体が消えた。
     そして、澄の目の前で再び出現。
    「きゃあ」
     今度は無傷というわけにはいかなかった。左上腕部を斬られた。またも邪鰈が走り去る。
     「妙な攻撃」だと澄は思った。せっかく間合いを詰めたのに、なぜそのまま戦い続けないのだろう?自分の武器が短刀だから?いや違う。もっと別の理由があるに違いない。そしてどうやら「消える理由」はそこにありそうだ。
    「これで最後だ」
     邪鰈が突進してきた。澄は今度も同様に闘気の刃を邪鰈に向かって撃った。
     やはり消えた。だが、流石に三回目である。その消え方を澄は見逃さなかった。邪鰈の消え方は体全体が一斉に消えるのではなく、体が左右から圧縮されるように細くなり、最後に細い縦の線のようになって消えるのだ。
    「もしや」
     澄は短刀を逆手に持ち変えると、すかさず闘気の刃を放った。今度は垂直ではなく右から左へと水平斬りで。
    「うわあっ」
     悲鳴と共に腹を押さえた邪鰈が姿を現した。
    「くうう」
     どうやら腹に闘気の刃が当たったようだ。峰打ちだったからこの程度だが、通常であれば上下ふたつに体は切断していただろう。
    「俺の技、よくぞ見破った」
     邪鰈が消える仕組みはこうだ。邪鰈はその名の通り「鰈」としての能力を持つ。邪鰈は体を真横に捻ることで自身の体をペラペラにすることができるのだ。そして攻撃後、直ちに間合いを取っていたのは、違う角度だと姿が「丸見え」だからだ。
    「うう」
     立ち上がる邪鰈。
    「ここからはもう小手先技は『なし』だ。お互いの剣で勝負するとしよう」
     邪鰈の言葉に嘘はない。平放蕩将軍もそうだが、冥堕の戦士は実に誇り高い。
    「望むところよ」
     澄は邪鰈の申し出を受けた。
     武器は刀と短刀。しかも邪鰈の刀は伝説の剣。武器の上では邪鰈の方が有利だ。一方、邪鰈は腹に手傷を負っている。そういう意味で勝負は「五分五分」といえる。
    「やー」
    「とう」
    「よー」
    「とう」
     互いに打ち合うふたり。十握剣と短刀が交差。二人の動きが停止した。
    「ううう」
    「終わったな。これで最後だ」
     邪鰈が腕に力を入れる。十握剣は澄の短刀を容易に切断するだろう。
     だが、いつまでも澄の短刀は折れる気配を見せない。
    「そうか。出石の刀子(いずしのとうす)か」
     澄の短刀。実は只の短刀ではない。日本書記にも登場する新羅から伝わった伝説の名刀である。
    「あなたと闘うのに無名の刀など持参すると思って?」
    「更衣しなくても伝説の名刀を扱えるほど成長したか」
     伝説の名刀は扱うのが難しい。草薙剣はその代表で、名刀ほど使う人間を「刀が選ぶ」のだ。澄が出石の刀子を使いこなせるというのは、それだけの実力が「今の澄にはある」ということを意味する。

    「ふふふ、待っていたぞ。この瞬間を」
     そう口にしたのは、二人の闘いを江戸城・黒書院(江戸城・本丸にある御殿の一つである表を構成する建物)の屋根上から眺めていた鱏屠=雄一郎だった。
     雄一郎が火縄銃を澄に構える。この時、澄はまさに江戸城に向かって背中を見せていた。距離、僅か二百丈(600m)。この距離を雄一郎が外す筈がない。しかも澄は邪鰈との決戦に全神経を集中している。これほどまでに「無防備な状態」というのは超一流の戦士にそうあるものではない。まさに絶好の機会だ。
    「やっと邪魔者が消せる。さらばだ、澄」
     それにしても雄一郎という奴、何という卑劣漢なのだ。男と男の・・・ではないが「真剣勝負の場」を汚すことも厭わぬとは。流石は鋒鋩=謗法だ。
    雄一郎が引き金を引いた。撃鉄が落ち、火打ち石が発火。それを火種として火薬が爆発。弾が澄の背中をめがけて飛び出した。
     澄の肩越しに江戸城を見る邪鰈はそれに気がついた。火薬が爆発した瞬間の僅かな発光を見落とすような邪鰈ではなかった。
    「いかん!」
     邪鰈は渾身の力を振り絞って澄を横に弾き飛ばした。それはまさに澄の危機を救わんとする「火事場の糞力」に他ならなかった。
     その直後。
     澄の目の前で鮮血が宙を舞った。それは邪鰈の鮮血だった。雄一郎の放った鉄砲の弾が邪鰈の左胸に命中したのだ。
    「しまった」
     黒書院の銅瓦葺きの屋根(江戸城の御殿は大奥・中奥は通常の瓦屋根だが、表のみ銅瓦屋根である。因みに消失した天守も銅瓦屋根だった)の上にいた雄一郎は狼狽した。まさか自分が的を外すとは。
    「邪鰈!」
    「油断するな。まだ闘いの途中だぞ」
    「でも」
    「それよりも敵は後ろだ」
     澄は後ろを振り向いた。満月が放つ月明かりのお陰で、江戸城の御殿の屋根の上に動く人影をはっきりと見つけることができた。
    「あいつね。あなたを撃ったのは」
     澄は直ちに更衣した。
    「衣更!」
     澄は御殿の屋根に向かって飛翔した。だが、既にそこに雄一郎の姿はなかった。逃げ足だけは速い。やがて、火縄銃の発射音を聞きつけた城内の者たちが次々と集まってきた。
    「ここにいるのは拙いわね」
     澄は再び二の丸へと戻った。着地と同時に更衣を解く。
    「邪鰈は?」
     邪鰈の姿もまたそこにはなかった。地面には大量の血が滴り落ちた跡が。
    「邪鰈ーっ!」
     澄が叫ぶ。返事はない。聞こえるのは松虫、鈴虫、轡虫ら秋の虫たちが奏でる合唱ばかり
     こうして決闘は雄一郎が水を差す形で終結した。
    「邪鰈。死んでなんかいないわよね」
     澄は池の中に向かってそう呟いた。今の澄にはそう呟くのが精一杯だった。

     蘇我城。
    「軍師殿。何てことをしてくれたのじゃ!」
     馬知子女王の激昂。
    「申し訳ありません」
    「そなた、なぜこのような真似をしたのじゃ」
    「邪鰈殿の勝利のためです。私が見たところ、邪鰈殿おひとりの力では澄には勝てません。ですから加勢したのです。まさか私が放った弾が邪鰈殿にあたるとは思いも寄らぬことでした」
    「で、邪鰈はどうなったのじゃ」
    「判りません。ここに戻っていないところを見ると、或いは・・・」
    「おおおー」
     馬知子女王の号泣。平放蕩将軍も下に俯いた。
     果たして、邪鰈は死んだのか?

     柿崎屋敷。
    「姫。ご無事でしたか」
     澄は何も答えない。
    「姫。どうなさいました。勝負はどうなったのです?」
    「・・・再戦がありそうよ」
     それだけいって、澄は自室へと向かってしまった。
      再戦があるということは「決着はつかなかった」ということか。ご隠居はそう判断した。それにしても、姫の様子がどうもおかしい。そのことには流石に気がついていた。
     自室に戻った澄はその場に跪くと、それまで我慢していた涙を目からポタポタと零し泣き始めた。
     その時。
    「誰?」
     澄は怪しい人の気配を庭に感じた。立ち上がりざま涙を袖で拭き取り、すかさず庭を眺める。
    「あなたは!」
    「流石だな。完全に気配を消していたはずなのだが」
    「邪鰈!」
     それは何と邪鰈だった。
    「あなた、生きていたのね」
    「ああ」
     邪鰈が生きていた。敵だというのに、澄はなぜか嬉しくてならない。
    「でも、傷は?急所を外れていたのですか?」
    「答えはこれさ」
     邪鰈は自分の服の襟を捲って、その下を見せた。
    「それは『鎖帷子』」
    「こいつのお陰で助かったというわけさ」
     何て奴だ。相当の重量物である鎖帷子を着て、あの俊足の動きをしていたのか。鮮血は「動物の血を入れた袋」だろう。忍が敵に「深手を負った」と見せかけるために使う手法だ。
     ということは邪鰈には「忍の心得がある」のか?
    「どうしてここへ来たの?」
    「お前が心配しているだろうと思ってな」
    「なんで私が敵であるあなたを」
     と言ったところで澄は言葉を止めた。
    「わざわざ教えにきてくれてありがとう」
     澄は素直にそういうことができた。
    「おっと、勘違いするなよ。気持ちの落ち込んでいるお前じゃ、他の奴に簡単に倒されそうだからな。それは困る。お前を倒すのは俺だ」
     その時、奥からご隠居の声がした。
    「姫。誰かおるのですか?」
    「おっとやばい。退散するとするか」
     邪鰈が消えた。その動きはまさに超一流の忍のそれだ。
    「姫」
    「爺」
    「今、誰かと話しておられたようですな」
    「いいえ。独り言よ」
     澄の心は今の夜空のように晴れ渡っていた。澄は煌々と輝く満月を満足げに見上げるのだった。

     ともあれ、これで邪鰈は完全に「自由の身」となった。冥堕ではきっと「邪鰈は死んだ」と思っていることだろう。何しろ、目の前にいた澄でさえ「そう思っていたほど」なのだから。
    「雄一郎。女王様を陵辱する『冥堕の癌細胞』め。必ず倒すぜ」
     邪鰈もまた今宵の満月を見上げながら、そう決意するのだった。



  • 次回予告

  •  驚異の強さを手に入れた澄。馬知子女王は自らその実力を確認しに部下に内緒で、ひとりで地上へと向かう。

    次回・文殊の剣「女王、地上を見物する」
    お楽しみに。



  • 11

  •  蘇我城。
    「女王様!女王様!」
     平放蕩将軍が先程から何やら慌てている。
     そこへ蘭々鈴がやってきた。
    「どうだ?いらっしゃったか」
    「いいえ、何処にも」
     そこへ続々と他の五人衆も集まってきた。
    「いません」
    「いません」
    「何処にも見当たりません」
    「まさか、おひとりで地上に行かれたのではあるまいな?」
     どうやら蘇我馬知子女王の姿が城の中から忽然と消えてしまったらしい。
    「なんということだ。お伴も連れずにおひとりで出掛けられるなど、もしもの事があったら大変だ。蘭々鈴。直ちに五人衆で手分けして地上を捜索するのだ」
    「はっ」
     吉原五人衆が地上へと向かった。

     江戸のまち。
    「ほう。これが江戸のまちか」
     実のところ、馬知子女王は生まれて初めて地上に出たのだった。ちょっと驚きだが、自分が将来、支配するために攻め込んでいる国のことを知らなかったのだ。
    「天井が青い。これが空という奴か。そして白いのが雲じゃな」
     空も雲も初めて見るのだった。
     先程から馬知子女王は「注目の的」である。というのも町中をいつもの格好、即ち十二単で歩いていたからだ。
    「おい、何だ?」
    「雛人形の仮装か?」
     馬知子女王を目撃する衆人はそんなことを囁き合っている。流石に女王もそのことに気がついた。
    「無礼者。何をじろじろ見ておる」
     そこに親切な老人が登場。
    「その格好が変だからじゃよ」
    「変?」
    「そう。町中で十二単はないぞ。髪型も変じゃ」
    「では、どんな格好をすればいいのじゃ?」
     老人が婦人を指さす。
    「あれが普通の女性の格好じゃ」
    「そうか。わかった。えい」
     女王は瞬時に衣装を着物に、髪型を髷に変えた。それを見た老人は吃驚して目を回してしまった。それにしても、女王はどうやって衣装を瞬時に変えたのか?その理由は「魔法」だ。女王は魔法を使えるのだ。ともあれ、これで周囲からジロジロと見られることはなくなった。
     やがて女王はお堀に出た。
    「あれが江戸の城か?」
     正直、女王は呆れている。当然だ。明暦の大火を経た江戸城には「天守がない」のだから。
    「わらわの城の方が遥かに美しいではないか」
     女王は満足のご様子。
     そこへ中山、渡辺、樋口の三人が歩いてきた。昼間の定時の見回りだ。
    「むっ」
     女王は即座にこの三人が「人間ではない」ことを見抜いた。一方、三人は女王の正体には全く気がついてはいない。それはそうだろう。女王は蘇我氏の末裔で、特殊能力を持つとはいえ「地上の人間」なのだから。
     三人が堀を左手に西へ歩いていく。女王は三人の後をつけた。三人はやがて、右手の小料理屋に入った。
    「いらっしゃい」
    「今日のおすすめは何だい?鶴夕」
    「今日は『ハタハタの塩焼き定食』よ」
     中を覗く女王。
    「なんと、女将も人間ではない。どうやらここが竜宮城の出張所らしいな」
     女王自ら敵の拠点の一つを発見したわけだ。
    「それにしても、わらわの部下はよう、ここを見つけなかったと見えるな」
     半ば呆れ気味のご様子。
    「まあよい。それっ」
     女王はフナムシを中山の背中に取り付けた。フナムシは場所に応じて体の色を変化させる能力を持つ。忽ち中山の衣服と同じ色に変化、見えなくなった。フナムシは冥堕が用いる諜報員(スパイ)だ。中山たちの居場所を突き止めた後、蘇我城へ戻ってくるだろう。
    「これでいい」
     女王はその場を離れ、再び歩き出した。来た道を戻り、神田へと向かう。そこには江戸の青物市場がある。
    品物を眺める。その数の豊富さに女王は圧倒された。城の貧弱さは「お話にもならない」が、野菜・果物の種類の多さは地底の畑で採れるものの比ではない。
    「必ず地上を我が手に」
     そう決意する女王であった。
    「ぐうっ」
     女王の腹の虫が鳴った。取り敢えずは「腹ごしらえ」だ。ざっと見たところ生野菜ばかりで、そのままでは食べられそうにない。
     と思っていたら、季節は秋。「石焼きいも屋」があるではないか。女王は店の前に立つと無造作に売り物の焼き芋を手に取り、口へと運んだ。
    「ちょっと、勝手に食べないでくださいよ」
     店の主人が前に出てきた。
    「なんじゃ?」
    「お金、お金」
    「これか?」
     女王は懐から慶長小判を取り出すと、主人の手に握りしめた。
    「こんなに!」
    「文句あるまい」
     さすがは女王。金銭感覚に疎い?
    「まいどあり」
     女王は焼き芋を手にその場を離れた。実のところ、この慶長小判は女王が作り出した贋物で、いずれは葉っぱに戻る運命にある。
     石焼きいもを頬張りながら、今度は道を南へと歩く。
    「おや、あの娘は?まさか」
     なんという偶然。女王は澄を見つけたのだった。女王は迷わず澄の元へと走り寄った。
    「澄。久しぶりじゃな」
    「あなたは!」
     たしかに「久しぶり」ではある。ふたりは一度、奥多摩の鍾乳洞で会ったことがある。
    「どうしてここに?」
     経験豊富ゆえ、かなりのことがあっても動揺しない澄だが、さすがにこの時ばかりは驚かずにはいられなかった。
    「どうじゃ。一緒に歩かんか?」
    「え、ええ」
     ふたりはこうして歩き始めた。
    「黙って歩いていてもつまらん。何か話をしようではないか」
    「あなたからどうぞ」
     女王は遠慮もせずに、いろいろと話し始めた。自分のこと。冥堕のこと。それは「私には隠すことなど何もない」と言わんばかりだ。事実、そう思っているのだろう。
     そして、話はいよいよ武家政治のことになった。
    「何が『御成敗式目』じゃ。何が『武家諸法度』じゃ。そんなもの、結局は自分たちが武力で政権を奪ったもんだから、同じように武力で自分たちの政権が奪われないようにと考えて作った『お仕着せ忠義』ではないか。お前たちの唱える『武士道』など所詮は邪道じゃ。お前が護らんとする徳川幕府にしたところで『天皇・皇室蔑視』という点では過去にいくつもあった武士政権と何ら変わるものではあるまい?」
     こう言われると成程、確かに事実であり、ぐうの音も出ない。
     しかし澄が冥堕と闘うのは徳川幕府の政権維持のためではない。やっと手に入れた争いのない天下太平の世を謳歌する江戸の「庶民の暮らし」を護りたいからだ。だから、女王のこうしたいかなる毒舌に対しても澄の心は決して動揺することはなかった。確かな目的観があれば、いかなる揺さぶりにも動じることはない。常に正々堂々としていられるのだ。
    しかも、女王は決定的なことを失念している。女王のご先祖である蘇我馬子もまた崇峻天皇を殺害して政権を奪った簒奪者なのだ。
    「おっと、いい場所があるではないか」
     鬱蒼とした森が茂る。そこは神社の境内。ふたりは中に入った。中には祭りの際にはうってつけと思われる思いのほか広い広場があった。そしてふたり以外、ここには誰もいない。
    「これは我らが闘うには絶好の場所じゃ」
     女王が澄から少し距離を置いた。
    「どうじゃ?今から試して見んか?そなたとわらわ、どちらが上か」
     そう言うと、女王は右手の平から境内に立つ一本の銀杏の木の枝に向けて冷気を発射した。忽ち沢山の葉が氷った。
    「あなたは!」
     それを見て、初めて澄は女王の能力を知ったのだった。
    「隠さんでも良い。そなたも同じ能力を持っておるのじゃろう?」
     その通り。女王と澄は同じ能力を持つ者=超能力戦士なのだ。
    「ついでに、こういう能力もあるぞ」
     女王は懐から「宝珠」を取り出した。
    「衣更」
     女王の体が妖海に包まれていく。
    「どうじゃ。これがわらわの法衣『ゼブラウツボ』じゃ」
     白と黒のストライプ模様の衣装に身を包む女王。
    「『神の魚』ということで鰰も考えたが、やはりこれがわらわの一番のお気に入りじゃ。何といってもウツボだから戦闘力はそんじょそこいらの魚とは較べものにならん」
     確かに、口の中にもうひとつの口があるなんて生き物、ウツボ以外にはない。
    「さあ、そなたも衣更するがよい」
     女王の挑発。
    「『嫌』とは言わせてくれないようね」
    「その通り。うりゃあ!」
     女王が今度は冷気を澄に向けて発射した。
    「衣更」
     澄もまた烏賊頭巾に姿を変えた。
    「はあっ」
     女王の冷気に対し澄は両手から繰り出す炎で防御した。
    「なかなか、やりよるわい」
     今度は澄からの攻撃。炎をそのまま女王めがけて発射。勿論、女王には通用しない。
    「カツオノエボシ!」
     女王がそう叫ぶと、宝珠の中からカツオノエボシが出現。澄の首に襟巻のように巻き付いた。
    「それっ」
     カツオノエボシの電撃攻撃。普通の人間だったら即死だ。だが、烏賊頭巾に衣更していたおかげで何の問題もない。
    「お返しよ」
     澄は烏賊の触腕を女王の左腕に巻き付けた。カツオノエボシの電撃が女王の体にも流れる。
    「下がれい」
     カツオノエボシが宝珠に戻った。
    「なら、これではどうじゃ」
     周りの銀杏の木が風でざわめき始める。強烈な竜巻が広場に発生。澄の体を黄色く変わった銀杏の葉とともに包み込む。
     澄はその場で屈むと、地面に掌をついた。
     地面が割れ、割れ目からは勢いよく地下水が噴き出した。そして澄の周りで渦潮となって回転し始めた。渦潮が女王に迫る。
    「これはたまらん」
     女王は竜巻を消した。地下水は地面へと浸み込み、やがて消えた。
    「思った通り。そなたはなかなかの使い手。それは我が冥堕にとっては『驚異』ということに他ならぬ」
    「私はあなたたちの侵略を阻む最大の『壁』よ」
    「この決着はいずれつけることになるであろう」
     再び竜巻が今度は女王を中心に回転する。銀杏の葉が女王の姿を隠す。
    「さらばじゃ、澄よ」
     竜巻が消えると女王の姿も消えていた。

     蘇我城
    「女王様。どこへいらしてらしたのです?」
    「女王様。ご無事でしたか」
     平放蕩将軍以下、幹部たちが女王の無事に安堵した。
    「心配ない。わらわは無敵じゃ。それより、そなたたちに土産じゃ」
     そう言って女王は「石焼きいも」を皆に見せた。
    「地上は食べ物が豊富じゃ。それに引き換え、この世界は・・・」
    「女王様」 
     女王に同情する吉原五人衆。
     平放蕩将軍が前に進み出た。
    「必ずや地上を女王様のものにして差し上げます。このようなものは『食い飽きる』ようにして差し上げます」
     これは平放蕩将軍の「決意」に他ならなかった。
    「その言葉が聞きたかったのじゃ。将軍。よくぞ言ってくれた」
    「はっ」
    「土産は他にもある。竜宮城から来ている奴らの住処も突き止めておいたぞ」
     女王がそう言い終わると同時にフナムシが地上から戻ってきた。女王の耳元に取り憑き、何やら囁く。
    「でかしたぞ」
    小料理屋・鶴夕。そして八丁堀の中山の屋敷、渡部と樋口が一緒に住む長屋。正確に敵の居場所が明らかとなった
    「それでは早速、その場所を急襲いたします」
     戦いは、いよいよ佳境を迎える。



  • 次回予告

  • 平放蕩将軍と吉原五人衆が「妖精たちの塒」を襲う。
    一方、江戸幕府も本格的に「冥堕討伐作戦」を計画する。
    そして鱏屠(雄一郎)も何やら「怪しい作戦」を計画している。 

    次回・文殊の剣「決戦前夜」
    ご期待下さい。 



  • 12

  •  蘇我城から東に位置する巨大地底洞窟の壁。その上部に何やら明かりが灯る。
     拡大すると、そこではひとりの人物が何やら木箱を、現代の登山用語で「チムニー」と呼ばれる人が入れるほどの縦に裂けた割れ目の中に運び込んでいた。 
     その人物は・・・何と鱏屠=雄一郎であった。
     雄一郎がいるのは東壁の上部にある現代の登山用語で「テラス」と呼ばれる場所である。壁と言っても垂直にそそり立つところもあれば、緩やかな場所、更にはこうして岩が壁から突き出し、その上が平らになっている場所もある。このテラスは実に広いもので、テニスができそうだ。
    「よし、終わった。全て仕掛けたぞ」
     そう呟く雄一郎。
     仕掛けたというのは「爆薬」のことである。先程、割れ目の中に運んでいた木箱がそうだ。雄一郎は蘇我城の武器庫の中の爆薬を密かに運び出し、洞窟の東壁に設置したのだ。
     何のために?勿論、雄一郎が考えた「計略」のためである。もう真面な方法では澄は倒せない。そう悟った雄一郎は「最後の非常手段」を実行することにしたのだ。
     最後の非常手段。それは澄をはじめ全ての敵を蘇我城に集め、その時を見計らって壁を爆破。そこから江戸湾の海水を洞窟へと引き込み、敵を一気に海底に沈めるというものだ。
     本来の計画では地上の敵を一掃、自分が女王を操ることで地上の王となる予定だった。だが、澄が自分の想像を遙かに超える強さを身につけてしまったことで、その予定が狂ったのだ。雄一郎にしても、本当は蘇我城を海底に沈めてしまうのは惜しいと感じている。しかし、もうそんなことは言っていられなくなったのだ。
     何が何でも澄を殺す。それなくして地上の支配はない!それが雄一郎の頭脳がはじき出した「結論」であった。
     それにしても、ひとりでよくもまあ、このような場所に木箱に入った爆弾を運べたものだ。
     よく見ると壁に二カ所、持ち手の柄に穴のある苦無が打ち込まれている。そして、その下にはかなり長い麻縄。どうやら苦無をハーケン代わりにしてロック・クライミングの要領でここまで登ったようだ。爆薬の入った木箱もこれで持ち上げたのだろう。
    「これでいつでも爆破できる。あまり留守にしていると怪しまれるからな。(蘇我城に)戻るとするか。シュイーン」
     雄一郎が麻縄を苦無の穴に通す。きっと自作したのだろう「エイト環(8の字をした金属製のクライミング道具)」と呼ばれる道具にも通すと、それを巧みに操り、スルスルと壁を降り始めた。

     江戸城・本丸御殿。
    「上様、上様!」
     老中が叫びながら江戸城内の廊下を走る。
    「何事じゃ」
    「上様。先程、矢文が打ち込まれました」
    「読んでみよ」
    「ご自身でご覧下さいませ」
     老中がそう言ったのには理由がある。というのは、矢文は手紙ではなく「地図」であったからだ。
    「これはまさか!」
    「そうです。これは『冥堕のアジト』が描かれた地図です」
     その通り。この矢文を打ち込んだのは勿論、雄一郎だ。これは明らかに冥堕に対する裏切り行為である。
    「それにしても、まさかこんなところに『冥堕のアジト』があったとは」
    「全くです、上様」
    「直ちに但馬守をここへ召して参れ」

     それから暫くして。
    「上様。柳生但馬守、参りました」
     現在の柳生但馬守は柳生宗矩の孫にあたる。年齢は澄よりも数年若い17歳(今なら16歳)。現在は柿崎屋敷に住むご隠居が手塩にかけて育てた新世代の「柳生の頭」である。その顔は「色白の美少年」と呼ぶのが相応しい実に端整なもの。だが、そんな外見とは裏腹に忍としての実力は勿論、超一流である。
    「そちをここへ読んだ理由はわかっておるな?」
    「はい。地図をいただき次第、直ちにその内容の真偽の程を確認に参ります」
    「頼むぞ」
    「はい」
     雄一郎の地図を懐にしまうと早速、入り口となる武家屋敷へと向かった。
    「まさか、こんな千代田(江戸城のこと)のすぐ近くに敵のアジトへ通じる場所があったとは」
     江戸城を出た但馬守は、あっという間に目的地に到着した。
    「む、これは」
     今は無人の筈の武家屋敷の中に人の気配。やはりここが地底の蘇我城へ通じる場所なのか。
    「ひとり、ふたり・・・全部で六人」
     但馬守は気配を消すと、壁一つ隔てた外から中の様子を覗いた。
     中では平放蕩将軍が吉原五人衆に「今夜の作戦」について話していた。
    「蘭々鈴。お前は与力の中山の屋敷を襲え。死乃舞と御酒は渡部、樋口が住む同心長屋を。魔魅は鶴夕とかいう小料理屋だ。そして羽騎虎。お前は私と共に柿崎屋敷を襲う。お前は胸の機械で姿を変えて澄を襲え。俺はじじいをやる。作戦決行は子の刻だ」
    「師匠」
     但馬守は平放蕩将軍が「じじいをやる」といった直後、小声でそう呟いた。但馬守は「そんなことはさせない」と心の中で誓った。
     とはいえ、この場で踏み込むわけには行かない。何しろ相手は六人。しかもここに集っているのは冥堕の中でも精鋭中の精鋭たちだ。
     但馬守は胸の中から懐紙を取り出すとそれを開いた。中には一匹の大きな蛾が。それは「ヨナグニサン」と呼ばれる世界最大級の毒蛾で、但馬守はそれを飼い慣らしているのだ。
    「さあ、行け」
     ヨナグニサンが音もなくゆっくりと六人の頭上をひらひらと舞う。毒を含む鱗粉が下にいる六人に落下するが、六人はそんなことには全く気がつかない。
     ヨナグニサンが戻ってきた。
    「よしよし。よくやったぞ」
     但馬守はその場を離れた。江戸城へ向けて旗本屋敷の屋根の上を飛翔する。
    「む」
     その時、但馬守は人の気配を感じた。屋根の上に立ち止まる。
    「誰だ?」
    「姫」
     姫?そう。但馬守は男ではない。「男装の麗人」なのだ。無論、これは公には秘密だ。
    「とうとう柳生一族を束ねる立場になられたようですね。姫」
     ひとりの忍姿の男が姿を現した。それは邪鰈だった。
    「しかも柳生・・・いや、全ての流派の忍の誰ひとりとして会得できなかった毒蛾の鱗粉を用いて敵を幻覚世界に引きずり込む伝説の技を、どうやら身につけられたようですね。その手並み、しかと拝見させていただきました」
    「お前は何物だ?」
     邪鰈が頭巾を取った。
    「だ、大介」
     邪鰈の正体は大介であった。
    「お久しぶりです。阿綺羅姫」
     阿綺羅。これが但馬守の名前である。
    「生きて、生きていたのですね」
    「姫」
    「大介!」
     阿綺羅は大介の胸に飛び込んだ。
    「良かった。本当に良かった」
     喜びに涙する阿綺羅。それはそうだろう。ふたりは元々、今のご隠居が決めた許嫁の間柄なのだ。本来であれば大介が阿綺羅を娶ることで養子となり大和国柳生荘を支配する但馬守となる筈だったのだ。
     大介は阿綺羅の肩を掴むと自分の体からぐっと引き離した。
    「大介?」
    「今の私は『邪鰈』。大介ではありません」
    「ど、どういうこと?」
     大介は左の袖を捲った。そこから現れたのは鱗に覆われた腕。
    「これは!」
    「私は一度死に、海の妖精、正確に言えば鰈の妖精と一心同体となることで生き返ったのです」
    「そんな馬鹿な」
     大介の遺体は墓から掘り出され、密かに竜宮城へと運ばれた。そして竜宮城の超科学によって鰈の妖精と一つになったのだ。勿論、竜宮城がこのような処置を大介に施したのには理由がある。大介は「乙姫の密命」を受けているのだ。
     これで邪鰈の強さの秘密も納得がいく。邪鰈となった大介もまた、石之伸や澄のように竜宮城で鍛えていたのだ。
    「姫。私のことはどうかお忘れ下さい」
    「大介」
    「御免」
     大介は頭巾を被るといずこともなく飛び去った。その速さはどんなに必死になって追いかけたとしても阿綺羅に追いつけるものではない。
    「大介えっ!」
     天に向かって阿綺羅は叫んだ。

     子の刻。
     事前に計画した作戦通り、八丁堀では蘭々鈴が中山の家を、死乃舞と御酒が渡部と樋口のいる長屋を急襲する手はずになっていた。
    「何だ?この怪しい鈴の音は」
     中山は怪しい鈴の音に目を覚ますと、雨戸を開けて庭に出た。塀の上に人影を認めた。
    「貴様は、蘭々鈴!」
    「中山、いや『鯰の精』。お前の命をいただくわ」
    「おもしろい」
     中山は反復横跳びのような動きを始めた。それに合わせて地面が大きく揺れる。
    「地震だ。揺れるぞ!」
     言わずもがな、中山の得意技だ。塀の上の蘭々鈴が塀の上に乗る瓦と一緒に地面に落下した。
    「どうだ、見たか」
    「くっ、流石に強いわね。あんた」
    「これで対等の勝負ができるというもの」
     中山が十手を構えた。
    「御用だ、蘭々鈴」
    「そうはいかないわよ」
     蘭々鈴が懐か竹筒を取り出した。
    「これでも食らうといいわ」
     竹筒の中には導火線が仕込まれていて、そこに蘭々鈴は火を付けた。すると、竹筒の中から無数の火花が飛び出した。
    「お、おのれ」
    「ははは。これは『取火方』といって火薬を使って鉄の粉を燃やし、相手に向けて飛ばす武器よ」
    「く、くそう」
    「我らの軍師様が教えてくれたのよ」
    「軍師というのは雄一郎のことだな」
    「軍師様の名は『鱏屠』よ。『ゆういちろう』じゃないわ」
    「それは偽名だ」
    「そんなことはどうだっていいわ。それよりも、お前はここで焼け死ぬのよ」
     竹筒から飛び出す鉄粉の威力は凄まじい。熱くて目も開けられない。必死に両腕で顔を庇う。
    「隙だらけよ」
     そこへ蘭々鈴が懐から三寸ほどの大きさの「炮烙火矢」を取り出した。炮烙火矢というのは名前こそ矢だが、実際は炮烙を二つ貼り合わせ、その中に鉄と火薬を詰めた球形の爆弾である。
    「さらば、鯰の精」
     蘭々鈴が炮烙火矢に点火。中山に投げつけた。
     大爆発。周囲に白い煙が立ちこめる。
     煙が消えたとき、中山の姿はなかった。
    「流石は軍師様が発明なさった爆弾。凄まじい破壊力ね」
     まさか、中山の肉体は爆発によって地上から「消滅した」とでも言うのか?

    「ぐわあ!」
     戦闘の最中、樋口が撃たれた。明らかに鉄砲だ。だが死乃舞と御酒はそれらしいものを所持していない。
     更に。
    「うぐう!」
     樋口に続いて渡部も撃たれた。樋口同様、その場にうつ伏せになって倒れる。
    「ふふふ、やったわね」
    「そうね。これで邪魔者が減ったわ」
     二人もまた雄一郎が開発した火薬兵器を所持していた。「握り鉄砲」と呼ばれるそれは、その名の通り人の手の中に収まる大きさしかない。容易に懐の中に忍ばせておくことができるため、まさか銃火器を所持しているとは相手も思わないのだ。唯一の欠点は握ることで発砲するため「命中精度が高くない」ことだ。

     小料理屋・鶴夕
    「さわ!いづみ!」
     魔魅によって二人の使用人は既に絶命していた。
    「おのれえ!」
     鶴夕が怒りに燃える。
    「食らえ。怨出射濡!」
     指先から水鉄砲を発射する。水鉄砲といって笑うなかれ。鶴夕のそれは人を殺傷するだけの威力がある。
     だが、魔魅はそれをこれまた軍師の鱏屠が開発した「編み笠の盾」で防いだ。編み笠の中に鉄板が入っているという代物だが、これが結構な効果を発揮する。
    「今度はこっちの番よ」
     魔魅は鶴夕の懐まで距離を狭めると、鶴夕の首を両手でぐっと掴んだ。
    「あああああ」
    「これであんたもおしまいよ。二人の使用人と一緒に仲良くあの世に旅立ちな」
     魔魅はただ鶴夕の首を絞めているのでなかった。指に「角手」をはめていたのだ。角手とは見た目は鉄の指輪だが、掌側に鋭い爪がある。拳を握っても掌には刺さらないが、相手の腕や首を握ったときには爪が突き刺さるのだ。
     鶴夕の首から大量の出血。頸動脈が切れたに違いない。
    「あああ」
     鶴夕の体が動かなくなった。魔魅は両手を鶴夕の首から離した。その場に崩れ落ちる鶴夕の体。
    「へへへへへ」
     自分に与えられた任務を無事に全うした魔魅はその場で笑った。

     柿崎屋敷。
    「あなたは羽騎虎!」
    「澄。今夜があなたの最後よ」
     羽騎虎は胸の未来兵器で自身の姿を「羽の生えた虎」に変化させた。
     羽騎虎が澄に襲いかかる。羽騎虎は澄の腕にガブリと噛みついた。
    「くうう」
     必死に振り払おうとする澄。そんな澄に対し羽騎虎は両腕の爪で体を引き裂く。脇腹を引き裂かれた澄は満身創痍だ。
    「これで最期よ」
     羽騎虎が澄の首に噛みついた。バキバキッと澄の首の骨が噛み砕かれる音がした。
     変身を解く羽騎虎。
    「やった・・・やったわ。私が澄を倒した」
     羽騎虎は「信じられない事実」を前に驚喜した。

     一方、ご隠居はというと。
    「ぎゃああああ」
     ご隠居の悲鳴。平放蕩将軍の必殺剣を浴びて、ご隠居の全身から血が噴き出る。
    「姫様・・・姫・・・さま・・・」
     ご隠居も澄のあとを追った。

     作戦完了。平放蕩将軍と吉原五人衆は見事に蘇我馬知子女王の命令を達成したのだった。
     意気揚々と蘇我城に戻った六名は早速、女王にこのことを報告した。
    「よくやった、皆の者。本当によくやってくれた」
    「ご期待に添うことができ、我々も嬉しく思います」
    「さあ、今から祝賀会と行こうではないか」
     女王の間の中は飲めや歌えの「お祭り騒ぎ」と化した。それだけ澄らを倒すのに今まで手子摺ってきたということなのだろう。
     だが、その中で唯一、不満げな顔をしているのは鱏屠。
     平放蕩将軍がそんな鱏屠に気がついた。
    「どうした軍師どの?何か不満でもあるのか」
    「おかしい」
    「おかしい?それはどういう意味だ」
    「あの澄が、こうも簡単に倒される相手とは思えません」
     これを聞いた平放蕩将軍は手にしていた「祝いの杯」を床に投げ捨てて激昂した。
    「軍師殿は我らの成果を『虚偽』『捏造』とでも申すか?」
    「そうは言っていない」
    「ならば先程の言葉は何なのだ?」
    「澄の強さはあなたも充分、ご存じの筈」
    「知っておる。だが羽騎虎は蘇我城の超科学力によって『翼の生えた虎』に変身できる。さしもの澄も敵わなかったのだ」
    「本当にそうだろうか?」
    「そうに決まっている!さあ、お主も飲め」
     二人の「言い合いの決着」はいずれ明らかになるだろう。
     兎も角この時点では澄、ご隠居、そして妖精たちは全員「死んだ」ことになっているのだ。杯を受け取った鱏屠はその酒を飲み込むのだった。

     江戸城。
     中奥にある御座之間では将軍と老中たちによる「作戦会議」が行われていた。「行われていた」というのは先程、会議が終了したからである。その会議の場には但馬守も同席が許されていた。
    「頼むぞ」
    「はい」
     但馬守が退席する。彼には「新たなる任務」が与えられたのだ。
     新たなる任務。それは作戦会議で決まった「蘇我城攻略作戦」の指揮を執る人物にそのことを告げ、兵と共に江戸に向かい入れること。
     更に老中たちが退席する。彼らにも勿論、仕事が与えられていた。

     翌日。
     お上の命令を告げる「立て札」に次のような紙が貼られた。

     この度、倒幕の野心を持つ賊を討つべく、討伐隊を編成する由。
     浪人を広く募るものなり。
     功あり名を挙げたる者には仕官の用意あり。勇んで応募すべし。

     これが「老中たちの仕事」の内容である。冥堕を討つために浪人からなる武装集団を組織するというわけだ。これは実に「上手い手」だ。これならば江戸に屋敷を持つ旗本・御家人の武士たちを戦いに投入せずに済むというわけだ。
     江戸には現在、10万人にも及ぶ浪人がいる。誰もが貧しく、仕官を夢見ている。我も我もと集まってきた。あっという間に3万人の大軍勢が出来上がった。
     残すところは、これらの浪人たちを統率する指揮官となる大名の江戸到着のみである。

     日光街道。
     但馬守と共に今回、冥堕討伐隊の指揮官に抜擢された大名が4000人の兵を伴って江戸を目指して南下していた。その姿は藩の威信を賭けて贅を尽くすことで有名な「参勤交代」を遙かに上回る勇壮かつ豪勢なもの。
     その軍勢を率いる馬上の大名の名は松平正容。
     彼が選ばれた理由は明白だ。外様大名の兵を江戸に入れることはできない。また、およそ徳川宗家に対し「忠誠心篤き」とはお世辞にも言えない徳川御三家に頼むわけにもいかない。何しろ彼らは「獲物を狙う猫」のように常に将軍職を狙っているのだから、そんな連中に江戸の地で大量の浪人兵を与えようものなら、彼らはまだ実際に見てもいない蘇我城ではなく江戸城に進軍するであろう。となれば、今回の任務を頼める者は初代藩主・保科正之公が定めた「家訓十五箇条」をもって徳川宗家への絶対忠誠を誓う会津松平藩以外にはない。
     こうして会津藩は「損な役回り」を押しつけられたのだった。これと「似たようなこと」が後の幕末にも起こるのだが、これはまさにその「予行演習」に他ならなかった。
    「殿」
    「何じゃ」
    「柿崎小竹介殿が見当たらぬようですが」
    「あの者は先に江戸へと向かって貰った。我らの足取りはお世辞にも速くはないからな」
     大軍勢の移動には時間が掛かるもの。石之伸はこの行列から離れ、ひとりで江戸に向かったらしい。
    「では、既に江戸に入られているかも知れませんね」
     それについて正容は答えない。
    「但馬守。今日はどこに泊まるのじゃ」
    「出発当初は『今夜は越谷の宿』と思っていましたが、草加まで足を伸ばせるでしょう」
    「そうか」
    「そうすれば、明日はいよいよ江戸です」

     柿崎屋敷。
    「澄!爺!戻ったぞ!」
     石之伸が屋敷に入った。
     さあ、平放蕩将軍と鱏屠の言い合いの結果がわかる。
    「澄!」
    「あなた」
    「今、戻った」
    「あなた!」
     澄は石之伸の胸元に飛び込んだ。
     ということで、勝負は鱏屠の勝ち。澄は死んでなどはいなかった。
    「若。お帰りなさいませ」
    「ご隠居。あなたも元気そうで何よりです」
     この通り、ご隠居もピンピンしている。勿論、妖精たちも健在だ。
     理由はもうおわかりだろう。これが但馬守の用いたヨナグニサンの鱗粉の効果だ。平放蕩将軍と吉原五人衆は澄たちを「襲撃した気」になっていただけで、実際は六人で鱗粉が作りだした澄、ご隠居、妖精の幻影たちと楽しく和気藹々と踊っていただけなのだ。

     「全員、生きている」という情報は直ちに地上にいる偵察隊から蘇我城に齎された。
    「ばかな。そんなばかなー!」
     平放蕩将軍はまだ信じられない。確かに俺はじじいを殺した。そして血だらけになった澄の死体も見たのだ。なのに、なぜ。
    「うぬぬぬ。なんということだー」
     本来、鱏屠が口にするべき言葉を平放蕩将軍が吐いた。
    「残念じゃあー」
     これは女王。
    「まさかこんなことが」
    「あの日の夜」
    「我々がやったことは」
    「全部」
    「幻覚だったというのか」
     これらは五人衆。
    「どうやら敵の中に『幻覚使い』がいるようです」
     鱏屠は努めて冷静にそう発言した。だが内心、鱏屠も焦っていた。幻覚術の「仕組み」がどのようなものなのか皆目、見当がつきかねていたのだ。
    女王の間を出たとき、鱏屠は既に決意を固めていた。
    「ブイブイー。敵も戦力を整えつつある。やはり最後の手段を実行しないわけにはいかないようだ」
     
     遂に会津藩が江戸に到着した。正容は直ちに登城。将軍・徳川綱吉に拝謁した。
    「よく参った」
    「ははっ」
    「期待しておるぞ。必ずや謀反人どもを一網打尽にしてくれ」
    「はい。必ずやご期待に添うてご覧に入れまする」
     藩士は一日も早く会津に戻りたがっている。それに藩士たちの食料の確保なども考えれば一刻も早く作戦を終える必要がある。
    正容は翌日、直ちに浪人たちの編成作業に入った。
     浪人3万、家臣4千、総勢34000人からなる冥堕討伐隊。勿論、その全てを正容ひとりで指揮するわけでない。3万の浪人を1000の部隊に分け、部隊長には会津藩の家臣が就任。各部隊は31名で構成されるわけだ。そして残りの家臣約3000人は戦闘には直接参加せず、主人である正容の護衛にあたるのだ。
     1000の部隊に分けたのは、これらの部隊に「競争させるため」だ。目立った働きをした部隊に所属した浪人だけが戦闘終結後に、幕府の責任において仕官が許されるのである。
     それにしても1000は多い。だが、これは仕方がないことだ。100にしてしまうと一部隊300人になってしまう。仮に5部隊を仕官させた場合、1500人もの浪人を仕官させなくてはいけなくなる。だから各部隊を小さく編制する必要があるのだ。これならば10部隊を仕官させたとしても300名で済む。
     場所を二手に分かれ、各部隊による訓練が開始された。一つは江戸城西の丸。もうひとつは浜御殿。江戸で大規模演習のできる広い場所といえば、この二つしかない。
     正容自身は浜御殿の演習の様子を実検していた。浜御殿のすぐ隣に「会津藩中屋敷」があるからだ。中屋敷には保科正之の側室である「おまんの方」が暮らしていたが、今は非常事態。会津藩の屋敷としては最も狭い「上屋敷」に移動させた。
     演習は順調にいっているようだ。その理由は何といっても「士気が高い」からだ。どの部隊も「手柄を立てるぞ」という気概に燃えていたのである。
     石之伸も部隊長のひとりとして演習に参加していた。今度の闘いでは30名の浪人たちを指揮することになったのだ。正直、これは石之伸としては「嬉しいこと」ではなかった。石之伸クラスの剣客ともなれば単独で行動する方が遙かに敵の懐に容易に潜入できるからだ。
     正容はまさにそれを恐れて部隊長に就任させたのだった。姉上(澄)のためにも石之伸を敵の最前線に立たせて「死なせるわけにはいかない」と思っていたのだ。
     それでも石之伸はきっと誰よりも早く蘇我城の心臓部に到着するだろう。そして蘇我馬知子女王と対峙するに違いない。

     蘇我城。
     冥堕ではこうした地上の動きを既に把握していた。
    「なぜじゃ。なぜ我らの城の場所が奴らに知れたのじゃ?」
     流石に女王も動揺を隠せない様子。平放蕩将軍が落ち着かせる。
    「ご安心下さい、女王様。3万人と言っても所詮は浪人の集まり。統率の取れた動きなどできるはずもありません。それに対し、我々は数こそ少ないものの一枚岩。誰もが女王様に命を捧げる覚悟です。決して烏合の衆に負けるはずがありません。それに、ご覧下さい」
     平放蕩総軍は蘇我城の見取り図をスクリーンに表示した。
    「このように我らが城には幾つもの防御システムがあります。決して破られはしません。むしろ奴らがこの場で全員息絶えることで、我らの地上制覇を手助けする結果となりましょう」
    「そうじゃな。そうに決まっておるな」
     笑顔を取り戻す女王。
     傍らで平放蕩将軍の話を聞いていた鱏屠=雄一郎は腹の中で次のように思っていた。
    (そうとも、確かに地上制覇を手助けする結果となる。だが地上を制覇するのはお前たちではない。この私だ。お前たちも奴ら同様、この地で果てるのだからな。ピピピー)
    「どうした軍師殿。何を笑っておるのじゃ?」
    「いえ、我らの勝利は『確実』と思いまして」
    「そうかそうか。軍師殿もそう思うか」
    「はい」
    「ならば何も問題あるまい。これからも枕を高くして眠ろうぞ」
     ふう、危ない危ない。
     そんな鱏屠の動きを平放蕩将軍はじっと観察しているのだった。

     その後、平放蕩将軍は羽騎虎と密かに接触した。
    「羽騎虎」
    「はっ」
    「そなた、軍師殿を見張れ」
    「は?」
    「どうも気になる。何か『よからぬ企み』をしている匂いがする」
    「謀反?まさか軍師様が」
    「この城の位置が敵にばれた理由、お前はどう考える?」
    「はっ」
    「軍師殿が密告した。そうとしか思えん。そしてそれは恐らく『何らかの作戦』を実行するためなのだ」
     この時、はじめて羽騎虎は鱏屠に対し疑問を抱いたのだった。平放蕩将軍はそれを見て安堵した。
    「漸く奴の洗脳が解けたようだな」
    「洗脳?」
    「女というものは美男子に弱い。美男子の吐く嘘にすぐに騙される。例えば、単に自分を『金蔓』としか思っていない性悪な男であっても『あの人は本当に私のことを愛してくれているのよ』といった具合にな」
    「そんな、私は」
    「まあよい。それも昔の話だ。よいな。誰にもばれぬよう軍師殿を監視するのだ」
    「はい、承知しました」
    「なぜ軍師殿がこの城の位置を敵に密告したのか。その目的を何としても探ってくれ」

     そして、それぞれの思いが交錯する中、あっという間に時間が流れた。

    「皆の者、出陣じゃ!」
     総大将・松平正容が軍配を振り下ろした。いよいよ蘇我城に向け兵が出発だ。一行は但馬守が確認した敵の江戸屋敷を目指す。
     最初の作戦はその屋敷の「破壊」であった。杵を用いて屋敷の壁を打ち壊していく。すると巨大な洞窟が露わになった。
    「中に入るぞ」
     但馬守を先頭に松明、或いは提灯をかざし、洞窟を地下へと降っていく。
     どんどん地下へと進んでいく。長い。限りなく長く、深い。一体全体、いつ到着するのか?
     ひょっとして地底にあるという「地獄の世界」に向かって進んでいるのでは?誰もがそんな不安に駆られながらも誰ひとりとして恐怖に発狂することもなく静かに進んでいく。こんな状況、現代ニッポン人であれば到底、絶えられないだろう。彼らが絶え得たのは会津藩の藩士には「使命感」が、浪人たちには「仕官が叶う」という希望があったからだ。
     地下三千尺(900m)。遂に洞窟の最深部に到着した。空間の広さと明るさによって視界が一気に開ける。
    「おおっ!」
    「これはっ!」
     並々と水を湛える地底湖。そしてその奥に見えるのは・・・。
    「あれが蘇我城か!」



  • 次回予告

  • 遂に「決戦の時」は来た!
    浪人たちが、会津藩家臣が、ミコーンが、キツネギが闘いの中、次々と命を落とす。
    石之伸が、澄が、阿綺羅が、ご隠居が、妖精たちが走る。目指すは蘇我馬知子女王。
    そんな中、雄一郎が遂に巨大地底洞窟の壁を爆破した。大量の海水が大滝となって流れ込む。
    そして邪鰈となった大介が乙姫から受けた「ふたつの密命」とは?
    決戦の結末は誰にもわからない。
    激闘の中、生き残るのは果たして誰か?

    次回「文殊の剣」第一部・最終回
    「束の間の終焉」
    ご期待下さい。



  • 最終回

  • 「あれが蘇我城か!」
     一行の前に蘇我城がその姿を現した。本来ならば明かりがないはずの地底の洞窟にあって、その威容は実にはっきりと見て取ることができるのは、天井から突き出た巨大な水晶が地上の太陽光によって輝いているからだ。
    「凄い」
    「何という偉容」
    「まさしく」
    「我が国で最も巨大で荘厳な城だ」
     水面と接触する石垣。その上には塀が水平に広がる。その奥の一段高くなった場所に武家屋敷があり、更にその奥の山の上に幾つもの小天守を従えた大天守が聳える。大天守は最上階のみ朱色に塗られ、残りの階は薄紅色に塗られていた。その配色から冥堕は蘇我城のことを「朱鷺城」と呼ぶ。
     そんな城への進入路は雄一郎によってもたらされた地図によれば右手前に見える出島以外にはない。無論、敵も固めていることだろう。
     続々と兵が洞窟を降りてきた。降りてきた兵たちが驚きの声を上げる。
     その声は巨大な地底洞窟の中だというのに全く反響しない。その理由は壁のほとんどが、溶岩が冷えた軽石からできているだからだ。軽石の丸い穴が音を吸収しているのだ。音楽室の壁、或いはオルセー美術館の天井に埋め込まれた無数の壺をイメージすればわかりやすい。
     さあ、驚いている時間はない。急いで小舟の準備だ。次々と小舟を湖面に浮かべる。
     長い洞窟を決して軽くはない小舟を抱えて降ってきたのだから相当、疲弊しているに違いない。だが、それでも浪人たちは士官という目的があるから意気軒昂だ。浪人の中には妻や子を持つ者も大勢いる。浪人たちは必死だったのだ。
     それを「捨て駒」に使うとは徳川幕府も酷いことをする。勿論、生きて帰りさえすれば良いのだけれども、それは極めて難しいだろう。
     次々と小舟が出発する。一つの小舟に乗れるのは二十名ほど。一班31名だから一班で二艘の小舟を使う。
     小舟が出島に接近。忽ち出島からは火縄銃による反撃が。
    「ぐわあ」
     弾や矢を受け、次々と湖に転落する浪人たち。
    「怯むな。真っ直ぐ進め」
     それでも小舟は突き進む。数にものをいわせた物量作戦だ。
     先頭の小舟が出島に到着した。生き残った浪人たちが次々と上陸。敵の鉄砲隊に斬りかかる。
     鉄砲隊の砲撃が緩んだ。今だ。次々と小舟が出島に到着する。一時間ほどの戦闘の後、出島は完全に制圧した。
     それを見計らって総大将である松平正容が出島に上陸した。そして直ちに陣を張った。以後、戦闘が終了するまで、出島が征伐隊の「本陣」となる。
    出島に掛かる橋の奥に門が見える。蘇我城へ通じる第一の門「雷門」だ。正面は三相式の櫓で左右に西と北に向かう道に繋がる門が一つずつ備わる。
    「急げ」
     橋の手前に運び込まれたのは何と大坂の陣の時に淀君・秀頼親子がいる大阪城に打ち込まれた大筒である。
    「討てえ」
     大筒が水平発射された。雷門の三相櫓が一撃で吹っ飛んだ。白い煙や焦げたような匂いが一体に漂う。
    「突っ込めえ」
     浪人たちが一斉に橋を渡り始めた。
     しかし。
    「ぐわあ」
     戦陣を切った勇敢な浪人たちだったが全員、殺られた。
    「よくも、俺様が守護する門を破壊してくれたなあ。許さんぞお」
     破壊された三相櫓の煙が晴れる。すると中に立っていたのは妖海だ。
    「俺の名は妖海ハタハタ様だあ!」
     ハタハタ。鰰の妖精が妖怪になったものだ。成程、鰰は「鱩」とも書く。だから門の名前が「雷門」だったのか。
    「門を破壊された代償に、お前たちの大将の首をもらい受ける」
     ハタハタが橋を駆けてくる。狙うは本陣の床机にでんと座る松平正容の首だ。
    「無礼者」
    「手打ちにいたすぞ」
     藩の家臣が正容の前に立ちはだかる。だが、相手は妖海だ。
    「これでも食らえ」
     ハタハタは背中にでんでん太鼓を背負っている。その太鼓を両手のバチで叩く。その直後、落雷が藩の家臣たちを襲った。 
    「ぐわあ」
     家臣たちは、その電撃にひとたまりもない。その様子を見ていた正容は家臣たちを左右に下がらせた。しかも本人は逃げる様子も見せず、床机に座り続ける。
     そして遂にハタハタが正容の正面にやってきた。
    「その度胸だけは褒めてやろう。だが、それがお前の命取りよ。覚悟、総大将!」
     ハタハタが必殺の電撃を浴びせんとバチを打つ。
     その時。
     強風がハタハタを襲った。ハタハタは後方へ吹き飛ばされた。体制を立て直すハタハタ。
    「何だ、今の風は?」
    「ヒュヒューン。お前が雷神なら、俺は風神だ」
    「げっ、お前は」
     風神の正体は言わずと知れた渡部=飛魚の精。翼を持つ数少ない妖精であり、その翼によって風を自在に操ることができる。
    「正容殿」
    「どうやら」
    「ご無事のようですな」
     中山、樋口、鶴夕が正容を囲むように立つ。 
    「我ら妖精」
    「石之伸様の命により」
    「正容殿をお守りいたす」
     そしてハタハタは渡部が倒すようだ。
    「お前たち、加勢はいらないぞ。こいつは俺ひとりで倒す」
     そんな渡部を樋口が茶化す。
    「大丈夫か?お前ひとりで本当に」
    「何だと」
    「せめて鶴夕の力くらい借りたらどうだ?」
    「馬鹿にするんじゃねえ。なんで女の力など借りねばなんねえんだ」
     そうこう言っているうちに、ハタハタが体制を整えた。
    「さっきは油断したが、ここからはそうは行かないぞ」
     ハタハタがバチを構える。
    「食らえ、電撃」
     バチが叩かれ、そのたびに落雷が渡部を襲う。それをすんでのところで避ける渡部。勿論、直撃を受ければ妖精といえど黒焦げだ。
    「ははははは、先程の威勢はどうしたあ」
    「くそう。近づけねえ」
    「助けてあげましょうか?」
    「黙れ鶴夕。お前の助けなど」
     そうは言っても、今にも落雷を受けてしまいそうだ。
    「わかった。1回だけ頼む」 
    「了解」
     鶴夕が両手を天に向けてかざした。
    「雨よ、降れえ!」
     地底だというのに、雨が降り始めた。
    「これは拙い」
     拙いというのは、この状態で落雷を発生させれば「自分も感電する」という意味に他ならない。
    「さあ、早く倒しなさいよ」
    「よっしゃあ。風よ、吹けえ」
     只の雨が猛烈な横殴りの雨に変わった。
    「お、おのれえ」
     逃げ出すハタハタ。
     それを見た正容は直ちに床机を立ち上がり、叫んだ。
    「誰か、槍を持て」
     中山が長槍を持ってきた。正容はそれを手に取るや、ハタハタの背中に向けて投げつけた。
    「お見事」
     中山の言葉通り、長槍はハタハタの心の臓を背中から貫通した。
    「敵に背中を見せる。その時点で貴様の負けよ」
     ハタハタはふらふらと蹌踉けながら、そのまま橋から転落した。 
    「その長槍はお前にくれてやろう。写し(模倣)とはいえ『蜻蛉切(とんぼきり。天下三名槍のひとつ)』だ。あの世まで持って行くのだな」
     会津藩三代当主・松平正容。姉に甘える弱いお殿様かと思いきや、いやいやどうして何を隠そう「槍の名手」なのだ。それも当然である。「東の会津、西の柳川」と世に謳われるくらい会津の槍術は日本屈指なのだ。そうでなければ伊達を筆頭に東北の蒼々たる外様大名たちに睨みをきかせることなどできはしないではないか。
    「さて、お前たち」
     お前たちというのは妖精たちのことだ。
    「これでわかったろう。私のことはいい。姉上を守ってやってくれ」
    「・・・・・・」
    「惚けんでも良い。どうせ既に敵の本陣目指して走っているのだろう?困った姉上だ。頼むぞ」
    「はっ」
     妖精たちは正容の予想通り、先を走る澄を追った。
    「頼むぞ、妖精ども。そして頼むぞ、石之伸」

     その後、浪人が、藩士が次々と上陸を果たす。
     今回、松平正容が連れてきた藩士は4000人。「一石250人」の藩士を抱えるのが大名の平均であるから、28万石の会津藩には7000人の藩士がいることになる。ということは3000人の藩士を残してきた計算になる。絶対に負けられない軍とはいいながらも藩政を犠牲にはしない。また逆に敵を侮り、浪人たちだけで闘うような真似も犯さない。正容の「思慮深い性格」がよくわかる数字と言えよう。
     さて正容率いる幕府軍は最小単位30名からなる合計3万人の浪人を大きく三つの隊に分けていた。青竜隊、朱雀隊、玄武隊である。
     三の丸は北西の角が少し欠けてはいるが、ほぼ3千尺(900m)の正方形である。そこで破壊した雷門を中心に青竜隊は中央から、朱雀隊は左から、玄武隊は右から三の丸を包囲する作戦を採った。
     三の丸を守るのは黒い狐面をした男性兵士・キツネギだ。その数およそ8000。その動きの素早さはまさに「狐憑き」にかかった人間のそれだ。しかも彼らには蘇我城に伝わる最新の武器がある。嫌が応にも苦戦を強いられる浪人たち。 
     そんな三の丸では文字通り一進一退の攻防戦が繰り広げられていた。その闘いは「戦国時代のそれ」同様、非常に激しいものであった。だが、どこか「違和感」を感じないではいられない。
     その理由を考察すると、それは「身なり」に辿り着く。
     天下泰平の時代。戦国時代の鎧兜は既に骨董品と化していた。そのため浪人の多くは着物、或いは袴姿であった。対するキツネギにしても衣装は禰宜のそれであるから、両軍とも何とも「軽装」なのである。それは総大将である松平正容も同様で、陣羽織と軍配によって総大将とわかる程度で、鎧兜の類は一切身に着けてはいなかった。それも当然のことで、実父・保科正之は戦国時代を知らない「戦後世代」の大名であり、会津藩には「先祖伝来の甲冑」など存在しないのである。

     出島の本陣。
     百足衆が正容の元に状況を報告にやってきた。百足衆とは武田信玄が用いていた「伝令部隊」である。
     なぜ、それが会津藩に?
     それは保科正之が7歳まで武田信玄の六女・見性院によって育てられ、その縁から元・武田家の家臣であった保科家の養子となったからである。会津藩には先祖伝来の甲冑はないが、その代わりに武田武士の精神と戦闘技術が継承されているのだ。そして領民をいたわる保科正之の善政も「信玄堤」を築いて川の氾濫をなくした武田信玄の善政と無縁ではない。
    「申し上げます。我が軍、苦戦!」
    「よし。直ちに三将軍に伝えよ。会津の強さの源は『力』と『技』と『団結』だと」
    「はっ」
     直ちに百足衆が戦地へと戻る。
     力や技があっても団結がなければ軍には勝てない。今の会津に必要なのは浪人たちを一つに纏める「団結」であった。

     本丸・女王の間。
    「現在、三の丸で敵と交戦中です」
     死乃舞が現状報告する。女王の間には現在、女王、平放蕩将軍、蘭々鈴、死乃舞、魔魅、御酒がいる。軍師の鱏屠と羽騎虎はいない。
    「女王様。私、今から大手門の警備に当たります」
     平放蕩将軍はひと言、そういうと牙を一本失った七支刀を手に女王の間を出た。
     大手門は三の丸と梨園を隔てる門の名前で現在、討伐軍が突破しようとしている門である。討伐軍側から見た突破すべき門は雷門を除き、大手門、慎一門、兼武門、夕焼門の計4つ。この先に女王のいる本丸御殿がある。

     多くの犠牲を払いながらも、漸く左から攻め込む玄武隊によって大手門の前に大筒を設置することができた。
    「討て」
     第二の門・大手門が破壊された。
     しかし、だからといって無事に門を通過できるわけではない。破壊された門の周囲にキツネギが集まってきたからだ。破壊された門の上の櫓からも飛び道具が飛んでくる。狭い場所での攻防戦では、せっかくの多勢を活かすことができない。
     斯くして大手門の手前で次々と乱闘が起きはじめた。
    「混戦だーい、混戦だーい」
     どこからともなく、そんな叫び声も聞こえる文字通りの大混戦だ。
     その中に柳生のご隠居と阿綺羅がいた。
    「このままいつまでもこんなところでグズグズしておるわけにはいかん。儂らだけでも先に進むぞ」
    「はい」
    「忍法・雲隠れの術」
     忍であるご隠居と阿綺羅は自ら張った煙幕の中をすり抜けるようにして大手門をどうにかキツネギに悟られずに無事に通過することに成功した。
    「よし。上手くいった。このまま先へ急ぐぞ」
    「はい」
     だが。
    「待て。貴様ら、何処へ行く!」
     ふたりの正面に平放蕩将軍が立っていた。平放蕩将軍を倒さない限り、奥へ進むことはできないのだ。
     ご隠居は決断した。
    「阿綺羅。お前は先に進め。ここは私ひとりでやる」
    「でも」
    「行け」
     ご隠居の命令に阿綺羅は逆らえない。
    「師匠。気をつけて」
     阿綺羅は先を急いだ。
    「ふん。小娘ひとりくらい、まあいいだろう」
     さすがは将軍。男装している阿綺羅を娘と見破っているではないか。そして女ゆえ平放蕩将軍は見逃したのだった。
    「将軍。儂の挑戦を受けてくれたこと、感謝するぞ」
     ご隠居が右手で刀を、左手で脇差を同時に抜いた。それを見た平放蕩将軍は次のように言った。
    「それは『柳生新陰流・阿吽の型』」
     阿吽の型は柳生新陰流の二刀流の型のひとつ。刀を立て、脇差を水平に寝かせる。
     それを見た平放蕩将軍もまた七支刀を構えた。
    「面白い。柳生新陰流史上最強の剣客・松平長七郎。相手にとって不足なし」
     松平長七郎。三代将軍・徳川家光の実弟である駿河大納言・徳川忠長の嫡子である。二代将軍・徳川秀忠の考えとしては忠長が治める駿府藩こそが「徳川宗家の懐刀」になるはずだったのだが、幼少の頃より実母に可愛がられる忠長に憎しみを抱いていた家光は父・秀忠の死後、忠長を自刃に追いやってしまった。駿府城を追われ、居場所を失った長七郎はその後、柳生に拾われたのである。そして今、長七郎は祖父秀忠、父忠長の意思を継いで徳川宗家の懐刀である会津藩のために闘っているのだ。
    「いざ」
    「いざ」
     両者、互いに相手の隙を探す。ゆっくりと動く。
     そして遂に。
    「はあっ」
    「とおっ」
     遂に火花が散った。長七郎の脇差と平放蕩将軍の七支刀の牙がぶつかり合う。

     ポキン

    「まずは一本」
     七支刀の牙が折れた。最初は長七郎の勝ち。
     続いて長七郎が刀を振り下ろす。それを受ける平放蕩将軍。またも刀と牙がぶつかり合う。
    「おりゃあ」
     平放蕩将軍が右手の手首を捻った。

     バキン

     長七郎の刀が折れた。刀の長さが左手の脇差と同じになった。
    「やるな。若いの」
    「そっちもな。爺さん」
     長七郎が新たなる構えを採った。脇を締め、両腕は水平、刀は逆八の字。
    「柳生新陰流・比翼連理の型」
     一方、平放蕩将軍は左手を前に突き出すと七支刀を握る右手首を反時計回りに捻り、右肘を後ろに引いて弓を射るような構えをした。
    「柳生新陰流は『後の先』と聞く。私の剣は『先の先』だ。果たしてどちらの剣が上か。試してみようではないか。『螺旋剣』受けて見ろ」
     平放蕩将軍が長七郎めがけて突進する。
    「やあっ」
     平放蕩将軍が腕を時計回りに回転させながら平突きの要領で七支刀を突き出す。その際、右手首も時計回りに捻ることで七支刀の側面にある四本の牙(既に先端の二本折れている)が高速回転。真空の渦が発生した。
    「おっと」
     身を横に躱した長七郎の着物の衿がビリビリに破れた。もしも先端の二本の牙が折れていなければ、長七郎自身の胸がズタズタに切り裂かれていただろう。
     刀を素早く引き、後ろへ下がる平放蕩将軍。
    「ちっ、しっかりと踏み込んだつもりだったが、浅かったか」
     悔しがる平放蕩将軍。
     何て恐るべき剣を使うのか。長七郎の頬を冷や汗が流れた。
     さあ、お返しだ。今度は長七郎から仕掛ける。右手に握る折れた刀で顔を狙う。それを平放蕩将軍が七支刀で受ける。受けたところで長七郎が体を反時計回りに回転。左手の脇差で平放蕩将軍の左首を狙う。
    「甘い」
     平放蕩将軍は自分の左肘で長七郎の左拳を突く。
    「くっ」
     勝負つかず。両者は再び間を開く。両者一歩も引かず。実に見応えのある面白い勝負が展開されている。
     だが、この勝負はここで「終了」となってしまった。
    両者の戦いを終わらせたのは羽騎虎からの一報だった。大手門を守る守備兵のひとりが櫓の中から平放蕩将軍に大きな声で叫んだ。
    「将軍。すぐに来て下さい。軍師の鱏屠様が謀反との情報が」
     その声は長七郎の耳にも入った。
    「わかった。すぐに行く」
     平放蕩将軍は長七郎に向かって叫んだ。
    「悪いが、この闘いはここまで。私には別の用ができた。御免」
     平放蕩将軍は大手門を構成する櫓の中に入ると、二階からプロペラ付のモーターグライダーに乗って東に向かって飛び立ったのだった。
     平放蕩将軍は去った。
    「阿綺羅殿はご無事だろうか?」
     一方、長七郎は直ちに阿綺羅のあとを追った。

    「軍師様。気でも狂われたのですか?」
     羽騎虎はテラスのチムニーにセットした爆薬に火を付けようとする鱏屠の行動を止めさせようと必死に説得にあたる。
    「わかっているのですか。そんなことをすれば、蘇我城は海底に沈んでしまいます」
    「勿論、わかっているとも。そうすれば邪魔者は全員、海の底だ。そして私だけが生き残る。私は地上の王となるのだ。ピピピー」
    「狂ってる」
    「さあ、点火するぞ」
    「そうはさせないわ。変身」
     羽騎虎は胸のペンダント型変身装置で「羽の生えた虎」に変身した。
    「軍師様。覚悟」
     鱏屠は懐から新式銃を取り出した。それは形こそ旧式だが、機能的には現代のリボルバー拳銃と全く同じ薬莢に入った鉛玉を連続して発射できる回転銃であった。
    「これでもくらいな。チチチー」
     鱏屠は回転銃を発射した。ヒットしたが、変身している羽騎虎には通用しない。
     羽騎虎の牙が鱏屠の首に迫る。
    「ならば、これでどうだ」
     鱏屠は羽騎虎の体ではなく、羽騎虎が首からぶら下げているペンダント型変身装置を狙って回転銃を発射した。そして見事に命中。忽ち変身が解ける羽騎虎。
    「これで最後だ」
     鱏屠の弾が羽騎虎の胸を貫く。
    「ああっ」
     その場にうつ伏せに倒れる羽騎虎。
     そこへ平放蕩総軍が到着した。
    「くそう。遅かったか」
    「これはこれは将軍。よくぞいらっしゃいました」
    「おのれ。この裏切り者め」
    「あなたもそろそろ『旅立ち』しますか。羽騎虎と一緒にあの世へ」
     鱏屠が回転銃を構える。平放蕩将軍も七支刀を構えた。
     発射。七支刀で防御。

     ポキン

    「さしもの伝説の名刀も最新の飛び道具の前には無力でしたなあ。将軍」
     刀身から無残に折れる七支刀。
     長篠合戦における火縄銃が「騎馬による闘いの時代」を終わらせたように、最新式の銃が「刀による闘いの時代」を終わらせようとしていた。平放蕩将軍はその後の新撰組が鳥羽・伏見の戦いで味わった悲哀をいち早くこの場で噛み締めていた。
    「ううっ」
    「ここで殺してもいいが、せっかくだから、いいものを見せてやろう」
     そういうと鱏屠は火薬の導火線に火をつけた。火が導火線を伝う。やがて火はチムニーの奥に置かれた火薬に引火した。
     巨大な轟音。その後、チムニーから大量の海水が噴出した。鱏屠の後ろを海水は大滝となって地底湖に落下する。
    「貴様あ」
    「ブイブイブイー。これで冥堕もおしまいだ。そして今ここにいる地上の奴らもなあ。そして俺だけが生き残る。俺こそは地上の覇者よ」

     そうは問屋がなんとやら。

     平放蕩将軍の後ろからそんな声がしたと思ったら、平放蕩将軍の顔の真横をもの凄い速さで刀が通過した。
    「ぐっ」
     刀は寸分の狂いもなく、鱏屠の心臓を貫通した。
    「ば、ばかな」
     突然の出来事に何が起こったのか理解できず、平放蕩将軍は心臓に刀を突き刺した鱏屠の姿を呆然と眺めていた。
    「大丈夫ですか?将軍」
     後ろから呼びかけられた声に我を取り戻した平放蕩将軍は後ろを振り向いた。
    「お主は邪鰈?」
    「お久しぶりです、将軍」
    「お主、生きていたのか」
    「おかげさまで、この通り」
    「おお、邪鰈」
     平放蕩将軍は邪鰈が生きていたことを心から喜んだ。
    「今は久闊を叙している時ではありません。将軍は一刻も早く女王様のもとへ」 
    「お主は?」
    「あいつはまだ死んでいません」
     鱏屠は心の臓を貫かれたにも拘わらず、まだ生きていた。
    「なんて奴だ」
    「あいつのことは私に任せて、将軍は早く」
    「大丈夫か?」
    「ご心配なく」
    「わかった」
     平放蕩将軍はモーターグライダーでチムニーを飛び立った。
     大介は冷たくなった羽騎虎のもとへ歩いた。大介は羽騎虎を仰向けにすると手を合掌させ、瞼を閉じてやった。大介は手を合わせると冥福を祈り、羽騎虎のために題目を唱えた。やがてはここも水に浸かるだろう。本当なら地上で葬ってやりたいが、今はこれくらいのことしかしてやれない。
    「さらばだ。羽騎虎」
     すっくと立ち上がると、大介はいよいよ鱏屠と対峙した。
    「待たせたな鱏屠。いや雄一郎」
    「貴様、なぜ俺の名を?」
     邪鰈が頭巾を取った。
    「貴様は大介!」
    「その通り。覚えていてくれて嬉しいぜ」
     大介は雄一郎の胸に突き刺さる十握剣を抜き取った。
    「ぐうっ」
     苦しむ雄一郎。心の臓に受けた傷が昔のように塞がらない。
    「地上に長く居すぎたようだな雄一郎。傷が治りにくくなっているぞ」
     弱い磁石が強い磁石の影響によって極の向きを変えるように、最初は時間が逆に進んでいる肉体も長くその世界に居ることで時間の進む方向は同じになってしまう。現在の雄一郎の肉体は「現在→過去」から「現在→未来」に移行する中間である「時間停止」の手前にあるのだ。傷が塞がるまでに一刻はかかるだろう。
    「覚悟はいいな?」
     大介も元は柳生。足を大きく開き、右肩に刀を背負う「一の型」の構えを取った。あとは刀を左首筋に斬り込んで頭と体を切断するだけだ。
    「うう」
    「雄一郎。貴様の最期だ!」

     大宇宙が奏でる仏界の波動を「修羅界の波動」に変換して地表に放射することで「弱肉強食の世界」を地上に現出させる惑星・地球。その中でもひときわ強く修羅界の波動を放射する場所がある。それは釈尊生誕の地であるヒマラヤの麓から最も遠い場所であるアジアの東端と西端。そのうちの東端にあたる日本列島では、それ故に私利私欲に溺れた人間たちによる醜い争いが絶えない。というより日本列島自身がそうした野蛮な人間を「作りだしている」といっても過言ではない。そう。修羅界の波動を放射する日本列島とは文字通り「血に飢えた島」なのだ。
     そんな日本列島が地上で最も邪悪な存在である雄一郎に「生きろ」と加担する。

     突然、テラスが小刻みに振動し始めた。
    「地震か?」
     小刻みな微動はやがて大きな揺れに変わった。
    「これは、まさか」
     海水を吹き出すチムニーの割れ目が一気に拡大し始めた。大介と雄一郎がいるテラスにも無数の亀裂が走る。
    「やばい」
     大介がそう思った直後、それまでとは比べものにならないほどの大量の海水がチムニーの割れ目から噴出。その凄まじい水圧が大介と雄一郎のいるテラスの北側半分を破砕した。
    「なんということだ。あと一撃、あと一撃だというのに」
     テラスの破片と共に湖に向かって落下する大介と雄一郎。
    「今回は俺の負けだ。だが『勝った』などと思うなよ。俺には暫くの休息が必要なだけだ。ではまた会おう。さらばだ大介。ブイー」
     大滝の中に消える雄一郎の体。
    「待ちやがれ、雄一郎!」
     だが大介の思いに反し、大滝の中を流される二人の距離は広がるばかりだ。

     ざばあっ

     湖面に大介が浮上した。二千尺(600m)の高さにあるテラスから落下した大介だったが、彼は鰈の妖精と合体した半魚人なので傷はない。普通の人間であれば間違いなく絶命している。
    「雄一郎はどこだ」
     周囲を見回す。雄一郎の姿はない。
    「くそう。逃げられた!」
     雄一郎の肉体はまだ、完全にこの世界に順応しているわけではない。いずれは傷を癒やすであろう。その時、再び「恐ろしい謀略」を携えて、その姿を現すに違いない。
     その後、大介は蘇我城へは向かわず「滝登り」を始めた。スルスルと事もなげに大滝を登っていく大介。その光景は鯉の滝登りならぬ「鰈の滝登り」だ。
    しかしなぜ今、蘇我城を離れるのか?敵前逃亡?まさか大介に限ってそんなことは!これにはきっと何か深い理由があるに違いない。とにかく大介はこうして戦場を後にしたのだった。
     
     他の隊と較べてやや多い47名の浪人を率いる石之伸。三の丸の戦いが混戦となったのを見て取った石之伸の一隊は出島から二艘の小舟に乗り、東へと向かった。
    「地図ではここが二の丸へ通じる道の筈」
     石之伸は「石垣を登ろう」というのだ。
     その時。

     ドカーン

     爆発音を石之伸率いる全員が耳にした。爆発音がした方角を見ると、水が滝となって流れ落ちるのが目撃された。高さ二千尺ほどもある大滝の出現。それが「何を意味している」のか?石之伸は直ちに理解した。
    「非常事態発生だ。お前たちは全員、出島に戻れ。そして総大将に『全ての兵を撤収させる』よう進言するのだ」
    「なんですって?」
    「あの滝を見ろ。ここはいずれ水没する。地上への出口が水没する前に撤収させなければ全滅するぞ」
    「ですが、ここで引き返したら、我々の士官への道が・・・」
    「バカ者!士官と命とどちらが大事だ。それに上の者に向かって反旗を翻せば士官など思いもよらぬことだぞ」
     要するに「隊長である自分の命令に従え」ということだ。
    「わかりました」
    「そうだ。それでいい。それでこそ『士官も叶う』というものだ」
     浪人たちが納得したのを見取った石之伸は石垣に飛びついた。
    「隊長はどうするのですか?」
    「私は任務を遂行する。私の勝利はお前たち全員の勝利だ。お前たちは地上で吉報を待て」
     石之伸はそういうと、するすると石垣を登り始めた。
    「よし。俺たちは隊長の命令に従い戻るぞ。総大将に事態を説明するんだ」
     二艘の小舟は出島へと急いだ。

     石垣を登り終えた石之伸は更にその上の塀を乗り越え、内側に入り込んだ。
     正面には一本の道があり、その左右には梨園がある。雄一郎の地図が正確であるならば、道の奥に見える門は「慎一門」の筈だ。
     そこへ。
    「石之伸様」
     左手から駆けてきたのは・・・。
    「阿綺羅」
    「はあはあはあはあはあ」
    「よくここまで来られた。さすがは柳生の首領ですな」
    「師匠が・・・師匠が私を行かせてくれました。今、敵の将軍と戦っています」
    「もう息は整ったか?」
    「はい」
    「今からこの道を奥に見える門まで突っ走る。恐らく伏兵が沢山いるぞ」
     梨園は会津藩の居城である若松城にもある。そこは別名「伏兵曲輪」と呼ばれ、その名の通り伏兵を忍ばしておく場所となっている。ここも「用途は一緒だろう」と石之伸は読んだのだ。
    「覚悟はいいな?」
    「はい。勿論です。元々『ひとりで突き進むつもり』だったんですもの。石之伸様が一緒となれば『勇気百倍』ですわ」
    「いい子だ。いくぞ」
    「はい」
     石之伸と阿綺羅は奥に見える慎一門を目指して梨園の中の道を走りだした。
     案の定、左右から白い狐面を被ったミコーンが出てきた。キツネギが男の雑兵なら、ミコーンは女の雑兵だ。雑兵といっても油断はできない。これまたキツネギ同様、狐憑きの状態にあるからその能力は常人とは比べ物にならないほど高い。
     といっても石之伸や阿綺羅の敵ではない。ひとりひとり確実に倒していけば問題ない。
     だが、慎一門の手間に差し掛かると「強敵となり得る者」が登場した。
    「俺はこの慎一門を守護する妖海ワニワニ様だ」
     「名は体を為す」とはよくいったものだ。これはいわれなくても「鰐の妖海」だとわかる。背中に鰭があれば、その姿はまさに東宝映画のゴ○ラだ。
    「奴は俺が引きつける。その間にお前は梨園を通って門の前に行け」
     石之伸は阿綺羅にそう命じると、ワニワニを挑発した。
    「もっとこっちへ来い。梨園の真ん中で勝負しようじゃないか」
     ワニワニは石之伸の挑発に応じた。ワニワニは門を離れ、石之伸の立つ道の真ん中辺りまで守備位置を前進した。
    「よし。そこでいい」
     石之伸が草薙剣を抜いた。
    「一つ質問いいか?」
    「なんだ」
    「『古事記』に出てくる『稲羽の素兎(いなばのしろうさぎ)』の皮を剥いだ鰐というのはお主か?」
    「違う。あれは鮫だ」
     その直後、ワニワニが口から破壊光線を発射した。まさかとは思っていたが、やはり口から破壊光線を吐き出す、実に厄介な相手であった。上に飛んだ石之伸はそのまま刀をワニワニの眉間めがけて振り下ろした。
    「なに」
     だが斬れない。まさに最高級のワニ革である。
    「斬れるものか。俺様の皮は鉄よりも強い鎧なのだ。うりゃあ」
     ワニワニの攻撃。長い爪を持つ両腕をぶんぶんと振り回す。これで引っかかれでもしたら即、致命傷だ。石之伸は梨園の中に入り込んだ。伏兵曲輪だけあって身を隠しながら移動するにはうってつけだ。
    「どこだ。出てこい」
     盲滅法、破壊光線を発射するワニワニ。せっかくの実が成る梨の木が次々と灰と化す。
    やがて石之伸は先程とは東西正反対の位置に立った。手に取った椰子の実をガブリと囓ることで相手に余裕を見せる。
    「うーん、美味い」
    「俺を舐めるなあ!」
     ワニワニが怒りの破壊光線を発射した。
    「阿綺羅、よけろ!」
     そう言って石之伸は再び梨園の中に飛び込む。石之伸に言われたとおり門の前に立っていた阿綺羅は破壊光線が自分に向かって飛んでくるのを見て、慌てて横に飛んだ。
     その直後。

     バキバキーッ

     破壊光線が慎一門の城門を吹き飛ばした。勿論、これは石之伸の作戦だ。敵に門を破壊して貰ったのだ。
    「しまったあ」
    「阿綺羅、走れ」
     阿綺羅が門を通過。
    「待て、小娘」
     慌てたワニワニが阿綺羅を追いかける。
    「はっ」
     ワニワニは自分の真横に人の気配を感じたが時、既に遅し。梨園の中に身を潜めていた石之伸の真横に来た時、石之伸は迷うことなくワニワニの急所である唯一皮が柔らかい喉元に一撃を入れた。
    「不覚」
     こうしてワニワニを倒した石之伸。その後は石之伸も無事、慎一門を通過した。
    「石之伸様」
     阿綺羅が石之伸のもとへやってきた。
    「まだまだ先は長いぞ」
     二人の前には長さ千尺(300m)ほどの橋が架かっている。隆史橋という。その奥には半月型をしたその名も半月曲輪。その奥に再び門がある。兼武門だ。よく見ると開門している。なぜだ?
     まずは隆史橋だ。必ず何らかの仕掛けが施してあるはず。
     橋の仕掛けとしては爆弾による「爆破」が考えられるが、これはあくまでも「敵の侵攻を止められない」と判断した際に行われる最終手段だろう。通常考えられるのは、飛び道具が仕掛けてある、或いは敷板の一部が回転して、その上に乗った人間が落下するといったものだ。
     いずれにしても仕掛けが「作動してみない」ことにはわからない。
    「俺が先に行く。暫く進んで何もなければついてこい」
     石之伸の運動能力でも爆弾の爆発があれば負傷は覚悟せねばならない。
     石之伸が橋を駆ける。三分の一辺りで一旦停止。今のところ仕掛けは何もないようだ。石之伸が手招きをする。阿綺羅も橋を渡り始める。
     更に進む石之伸。橋の中間まで来た。何も起きない。
    「おかしい。『何の仕掛けもない』などということは有り得ない」
     その時、石之伸は足下から目を外し、正面奥を見た。
    「拙い!」
     石之伸は後ろを振り返った。
    「阿綺羅、走れ」
    「えっ」
    「この橋は沈んでいる。走り抜ける以外に方法はない」
     何と、橋全体が沈んでいるのだ。一気にではなくゆっくりであるのは橋全体が重いため、一気に沈ませると柱が折れるなど破損するからだろう。
     それにしても何という手の込んだ仕掛けなのか。落とし穴を気にして自分の足下ばかりを見て歩いていれば当然、橋全体が沈んでいることになど気がつくはずもない。そうした侵入者の心理を巧みに読んだ実に恐るべき仕掛けだ。兼武門が開門しているのも門の奥に目線を向かわせることで橋の沈下を気付かせないための巧妙な策だったのだ。
    「急げ」
     先を走る石之伸は楽々と半月曲輪に到着した。
    「阿綺羅」
     必死に走る阿綺羅。橋の上が水面よりも低くなった。水をバシャバシャ弾きながら必死に走る阿綺羅。そんな阿綺羅の両側から迫る魚はピラニアだ。
    「阿綺羅、これに掴まれ!」
     自分の着物の帯をほどき、それを下に垂らす石之伸。阿綺羅が飛ぶ。帯にどうにか捕まる。橋は完全に水の底に沈んだ。どうやら阿綺羅は助かったようだ。
    「うわーん」
     帯をほどいた石之伸の胸に飛び込んで泣き出す阿綺羅。初めて経験した「死の恐怖」である。当然だろう。石之伸は阿綺羅を優しく包容した。
     だが、うかうかしてもいられない。ここはまだ敵の城の中なのだ。
     続いて半月曲輪。ここには建物は一切ない。ここは平時にあっては兵を訓練する運動場である。そのため視界は開けている。正面の兼武門の左手には水堀を挟んで武家屋敷の屋根が並び、右には同じく水堀を挟んで山の上に大天守が聳えるのが見える。
     先程の橋のからくりから察して、ここを何事もなく通過できる可能性はまずない。必ず「何か」があるはずだ
     帯を締め直し、衣服を整えた石之伸は懐から碁石を取り出すと、いくつか投げてみた。水面を跳ねる小石のように碁石が地面を何度も跳ねる。すると・・・。

     ドカーン

     地面が突然、大爆発した。
    「思った通りだ。ここは地雷原だ」
     そう。ここは「地雷原」。どこに埋まっているかは見た目にはわからない。だが、石之伸は碁石を沢山持っていた。片端から行く手めがけて投げる。その度に地雷が爆発する。
     投げる。爆発。進む。これを繰り返すこと8回。漸く兼武門に到着した。ここには門を守護する妖海はいないようだ。
     奥を覗く。左右に長屋。これまたどう考えても怪しい。「罠ですよ」という声が聞こえる。何しろ、この長屋には通りに扉がひとつもない。全ての窓には鉄格子がはめてある。しかも名古屋城の大天守と小天守を結ぶ廊下橋と同じく庇には「忍返し」と呼ばれる鉄串が装備され、屋根に飛び乗ることは不可能。つまり長屋の中に入ることも、屋根の上に登ることもできない。向こうへ辿り着くには長屋に挟まれた道を走り抜ける以外にはないのだ。その距離、八十尺(240m)。
     だが、進まねばならない。モタモタしてはいられない。雄一郎が作り出した滝は地底湖の水面を上昇させ続けているのだ。
    「生きて、向こうで会おう」
    「ええ」
     二人は走り出した。
     長屋から矢が次から次と二人を狙って打ち出されてきた。
    「やあっ、やあっ」
     それらを躱し、剣で叩き落とす石之伸。
    「とうっ、とうっ」
     阿綺羅もそれらを躱し、忍者刀で叩き落としていく。
     長屋の中間に達したとき、飛び道具が矢から飛杖に変わった。それも量が半端ではない。飛杖は只の木の棒だから矢よりも加工が簡単であり、大量に製造できるのだ。
    「まずい。このままでは串刺しになるぞ。早くここを突破せねば」
     澄がいれば、こんな飛杖くらい念動力で一瞬のうちに停止できるのだろうが、今ここに澄はいない。
    「よし、やるぞ」
     石之伸は精神を集中。自身の生命境涯を高め、長屋を高速の動きで無事に突破した。
    「阿綺羅は?」
     阿綺羅はまだ長屋の中間辺りにいる。いかん。このままでは阿綺羅は飛杖の串刺しになる。
    「くそう」
     石之伸が碁石を連射。阿綺羅を援護する。だが飛杖の数が多すぎる。碁石で叩き落とせる数は限られている。
    「阿綺羅ーっ!」
     絶体絶命。その時、阿綺羅は武器である忍者刀を捨てた。そして懐から一本の縄を取り出した。
    「忍法・縄跳びの術」
     まさに小学校で習う縄跳びを始めた阿綺羅。だが、その回転速度が半端ではない。
    「これは八重跳び?」
     石之伸は阿綺羅が連続八重跳びで飛杖を弾き飛ばしながらこちらへ駆けてくるのを見た。
    「はあはあはあはあはあ」
     無事に長屋を走り抜けた阿綺羅は息を荒げてその場に蹲った。
    「阿綺羅」
    「どう?私だって、これくらい」
    「ああ、見事な技だった」
     この技が如何に凄いかは速度を計算すれば判る。縄の回転半径を1mとした場合、円周の長さは6,28mだから1秒8回転とした場合、50、24mになる。これは時速180㎞を越える速度である。
    「この石之伸。しかと見届けたぞ」
     石之伸の言葉に阿綺羅は笑顔で答えるのだった。
     その時。
    「むっ」
     石之伸は人の気配を感じた。それも複数。
    「何者だ?」
    「さすがは石之伸。完全に気配を消していたのに、よくぞ気がついた」
     現れたのは蘭々鈴、死乃舞、御酒、魔魅の吉原五人衆のうちの四人だった。
    「くっ」
     阿綺羅は身構えた。だが、石之伸は悠然としていた。
    「お前たち、殺気がないな。どうやら、俺たちと戦うつもりでここへ来たわけではないようだ」
    「お前に頼みがある、石之伸」
     蘭々鈴の顔から汗が流れた。
    「女王様をお助けください」
    「なぜ、そのようなことを俺に頼む?俺は女王を倒しに来たんだぞ」
    「平放蕩将軍から連絡が入ったのです。軍師殿が東の壁を爆破、江戸湾の海水をここへ流し込んだと」
     そうか。こいつらも今の状況を知っているのだ。
    「ここにいれば死は免れません。とにかく女王様を早く地上にお連れ致さねばなりません」
    「今までの罪は当然、償って貰うぞ」
    「我ら全員、覚悟しています」
    「わかった。ならば力になろう。で、俺は具体的に何をすればいい?」
    「今から女王様の元へ案内します」
    「案内?そんなものなくても、この階段を登ればいいんだろう?」
    「途中に仕掛けがあります。それも今までとは全く次元が異なる強力な仕掛けが」
    「停められないのか?」
    「本来は、これで停められます」 
     そう言って蘭々鈴は遠隔装置、今で言うところのリモコンを石之伸に見せた。
    「しかし、何物かが装置を破壊したのです。ですから停めるためには夕焼門の櫓の中にある装置を使って停止させなければなりません」
     破壊したのは勿論、雄一郎だ。 
    「案内と言っていたな?」
    「我々四人が盾となります」
    「無用だ。これでも俺は文殊師利菩薩の正当伝承者。女を盾にはしない」
    「兎に角、急いで我々についてきてください」
     吉原の四人が階段を上り始めた。ついていくしかない。
     暫く上ると突然、階段の頂上にある夕焼け門がひとりでに開門した。
    「なぬ?」
     門の中から全身木製の「からくり人形」、それも等身大のからくり人形が、丸い拳を右、左と突き出しながら階段を下りてきた。しかも無数に。
    「あれが冥堕の超科学力が誇る絡繰警備兵『木人』よ」
     与力の竹崎木人のことではない。全身、硬い木でできた心を持たない、今でいうところのロボット兵器だ。
    「下がっていろ」
     石之伸は吉原の四人を下がらせると、伝家の宝刀・草薙剣を抜いた。
    「こんなもの、一撃で蹴散らしてやる。『海鼠の嚔・青い波濤』」
     真横へ斬る抜刀術。これで全ての木人が粉砕するはず。
    「なに?」
     木人はびくともしない。
    「そんなバカな」
     木人が迫る。
    「もう一度だ」
     石之伸は、今度は別の技を仕掛けた。
    「海鼠の嚔・深海に降る白雪」
     これは左足を引きながら体を真横に向け、真上から縦に振り下ろす抜刀術。
     遉(さすが)にこれは効いた。一体の木人が左右真っぷたつに割れて倒れた。
     その瞬間。
    「うわあ!」
     木人が大爆発した。こいつは只では死なない。自分を破壊した相手も「道連れ」にするということか。人を殺しながら動き続け、動けなくなった時点で自爆。まさにロボットテロリストだ。
     恐るべし、木人。
     今回は爆発から辛うじて逃れた石之伸。取り敢えず、深海に降る白雪ならば効果はあるが、その後は大爆発に備えないといけない。少しでも備えが遅れれば爆発に巻き込まれる。
    「とんでもない奴らだ」
    「石之伸様」
     闘いを見かねて蘭々鈴が石之伸に話しかけてきた。
    「これでわかったでしょう?誰かが犠牲にならなければ、とてもこの階段は突破できないということが」
    「くっ」
     何という屈辱!だが、蘭々鈴の言う通りだ。この場はやはり女を盾にしないといけないのか?
    「わかった。頼む」
     石之伸は蘭々鈴の言葉に頷いた。納得はしていない。だが、こうする以外にここを突破する方法はないのだ。
    「さあ、行くよ、みんな。華々しく散ろうじゃないか!」
     蘭々鈴が、死乃舞が、御酒が、魔魅が木人と闘う。その隙に石之伸と阿綺羅は階段を駆け上った。
    「間に合ってくれ」
     石之伸は夕焼門の櫓の中に入ると、直ちに木人をコントロールするコンピューターを破壊した。
     木人の動きは一斉に停まった。石之伸は櫓の外に出ると、再び階段を駆け下りた。
    「・・・・・・」
     だが、既に四人は息絶えていた。木人の必殺パンチの前に全員、全身の骨を打ち砕かれていたのだった。
    「石之伸様」
     阿綺羅が石之伸を労う。
    「行こう。女王のところへ」
     石之伸は女王がいる本丸御殿へと向かうのだった。

     出島。
    「大将殿。石之伸様配下の浪人たちがお目通りを願っております」
    「何、石之伸配下のだと?よし、直ちに通せ」
     47名の浪人たちが幕の内に入ってきた。代表して一人が進言する。
    「申し上げます。敵の計略により、この洞窟は海水で満たされます。その前に直ちに兵を撤収させないと全滅します。事は一刻を争います。何卒ご決断を」
     何と。洞窟が海水で満たされるだと?それが事実なら、一刻も早くここを脱出しなければならない。
    「わかった。直ちに撤収を命じる」
     出島の本陣から撤収を知らせる花火が打ち上げられ、続いてホラ貝が吹かれた。
     続々と浪人たちを率いていた藩士たちが戻ってきた。だが、浪人たちが戻ってくる気配はない。
    「申し上げます。浪人たちは功を焦るあまり一向、我々のいうことを聞きません」
     何としても手柄を立てて「仕官するのだ」という思いが強いのだ。
    「なんということだー」
     正容は嘆いた。このままでは浪人たちは全滅だ。
     三の丸では火災が発生しているのだろう。無数の黒い煙が上るのが見える。
     その煙の動きに変化が。上に向かって上っていた煙が、下の方から徐々に斜めに傾き始めたのだ。
    「拙い!」
     正容の顔が青ざめた。
    「どうされました?殿」
    「残念だが、もう浪人たちは助からぬ。見よ」
     黒い煙の横への動きが徐々に速くなる。黒い煙はやがて幾つもの渦となって回転し始めた。三の丸に「旋風」が発生したのだ。それも竜巻のように天井まで届かんばかりの大旋風が。
     ここで「旋風と竜巻の違い」について解説しよう。混同されがちだが、旋風と竜巻は違う。旋風は地上が原因で発生する。一方、竜巻は上空の積乱雲が原因で発生する。つまり旋風は地上から上空へと伸びるが、竜巻は上空から地上へと伸びるのだ。
     この旋風が発生した理由は「三の丸で発生した火災」だ。火災の発する高熱によって生まれた上昇気流が中堀のある北西から冷たい空気を三の丸に引き込むことで非常に強い風の流れが生み出された。その風が四方を高い塀によって囲まれた三の丸の中でグルグルと回転し出したのだ。
     問題はそこから先だ。その風が火災の炎を激しくすると共に炎とひとつに合体してしまったのだ。そう。火炎旋風が発生したのだ。
     これは何も驚くことではない。明暦の大火の時にも同様の旋風が幾つも発生したし、後年の関東大震災でも現在、両国国技館や江戸東京博物館が立つ隅田川・総武本線・都営大江戸線に囲まれた三角地帯(当時は陸軍被服廠跡と呼ばれる空き地だった)でこうした火炎旋風が発生。大量の死者を出している。
     炎に包まれた浪人やキツネギが火炎旋風によって上空に吹き上げられるのが見える。地上では勿論、浪人やキツネギが炎に身を焼かれていた。
     まさに灼熱地獄。浪人3万、キツネギ8000,合計38000人が一瞬のうちに焼け死んだ。
    その光景を出島から呆然と眺める会津藩士たち。
     三の丸と出島の間に架かる橋の長さは333尺(100m)に過ぎない。その僅かな距離が生と死を明確に分かつ。
     浪人たちは死に、会津藩士は生き残る。その違いはただ一点。それは「上の者への忠誠心」だった。我見を述べず、上の命令に素直に従った者だけが生き延びたのだ。生き残った浪人は結局、石之伸配下の47名だけだった。
    「殿、早くご避難を」
    「大丈夫だ。旋風はこちらまでは来ぬ」
     正容は暫くの間、本物の竜のように三の丸を何周も何周も徘徊する旋風をじっと眺めていた。
    「行こう」
     正容が床机を立った。
     残念な結果ではある。せめてもの救いは会津藩の藩士は「生き残る」と言うことだ。そして幕府はこの結果に満足することだろう。理由はどうあれ、江戸に暮らす浪人を大きく減らせたのだから。
     本陣の幕が下ろされ、撤収が始まった。小舟が洞窟の出口に向かって漕ぎ出される。出口に到着するや一目散に上を目指して登る。全員が登り始めてから間もなく、出口は水の底となってしまった。もうここからは上に出られない。
     地上に続々と到着する会津藩の藩士たち。
    「石之伸はどこじゃ。石之伸を探せ」
     正容は藩士らに石之伸を探させた。
    「おりません。どうやらまだ洞窟の中にいるようです」
    「そうか」
     やはり石之伸はまだ闘っているのか。そして姉上も。
     普通の人間であれば死は確実。だが正容はふたりが「普通の人間ではない」ことを知っている。
    「二人は必ず生きて戻ってくる」
     正容はそう信じていた。

     本丸御殿へは玄関から入る。左手の松の廊下を進む。松の廊下を右に曲がる。正面に女王の間の入り口が見える。入り口の前に立つ石之伸と阿綺羅。
    「準備はいいな」
    「いつでも」
     石之伸は女王の間の扉を開いた。
     正面奥右手が明るい。真っ直ぐ進んで右に振り向く。そここそが女王の間だ。
    「よくぞ参った。そなたが澄の夫の石之伸か」
    「そうだ」
    「で、ここへは何をしに参ったのじゃ?」
    「この闘いを終わらせる」
    「できるか?そなたに」
    「相手がたとえ女であろうと、江戸庶民の平和な暮らしを破壊する者は容赦しない」
    「それで結構。わらわも『女だから』と手を抜かれるのは性に合わぬ」
    「蘇我馬知子女王。覚悟!」
     石之伸が飛んだ。
    「無礼者ーっ!」
     女王が右腕を挙げる。その直後、電撃が石之伸を襲った。石之伸は女王の手前の床に落下した。
    「何だ、今の衝撃は?女王がやったのか」
     起き上がる石之伸。
    「わらわを誰だと思っておるのじゃ。この国の大王・蘇我馬子直系の子孫、馬知子女王なるぞ」
     女王は上から目線で床に倒れる石之伸を見下ろす。
    「頭が高い!跪けい」
     石之伸の体が勝手に女王の前で跪く。女王の超能力を前に石之伸の体は完全に女王の操り人形と化した。
    「ははははは。ははははは」
     石之伸の後頭部に足を乗せ、グリグリと動かす女王。
    「言い様じゃ。言い様じゃ」
     その後、女王は石之伸の首根っこを捕まえて持ち上げた。
    「そなたとは、そろそろお別れじゃ。唵阿毘羅吽欠蘇婆訶(おんあびらうんけんそわか)!」
     宝珠が吸引力を発動し始めた。石之伸の体を宝珠へ向かって放り投げる。
    「うわああああああ!」
    「さらばじゃ、石之伸。中にいる妖海どもの餌にでもなるがいい」
     石之伸の体が宝珠の中に吸い込まれた。
    「石之伸様ーっ」
     阿綺羅の絶叫。石之伸の体は完全に巨大宝珠の中に吸い込まれてしまった。
    「石之伸様」
     阿綺羅は巨大宝珠に駆け寄ると、手のひらでパンパンと何度も叩いた。しかし何の反応もない。
    「無駄じゃ。わらわが呪文を唱えぬ限り、石之伸は二度とそこから出られはせん」
    「おのれえ」
     阿綺羅は懐から忍者刀を取り出すと、鞘を抜いた。
    「わらわと闘う気か?よせ。そなた如きでは、わらわの相手になどならぬわ」

     時間は若干、巻き戻る。
     石之伸と阿綺羅が木人と格闘していた頃、澄は蘇我城の真北の位置にいた。そこは牧場。出島から上陸した澄は雷門から西に向かって時計回りに走り、敵と遭遇することもなく、ここに辿り着いていたのだ。
     澄がこの位置を選んだのは雄一郎の地図から、ここが一番「手薄」と判断したからだった。実際、ここにはキツネギもミコーンもいない。いるのは牛や猪といった家畜だけだ。そして牧場を抜けた先には中堀を挟んで蘇我城が聳える。ここから眺める蘇我城はまさに「聳える」という言葉が相応しい。なぜなら東から眺める蘇我城は半月曲輪越しに、南から眺める蘇我城は武家屋敷越しに、西から眺める蘇我城は倉庫越しに眺めるが、北から眺める蘇我城は断崖絶壁の上に立つからだ。
     そしてこの自然の断崖絶壁こそ、北側が無防備である理由に他ならない。ここから攻め込んでくる者がいることは初めから想定されていないのだ。どう見たってこの断崖絶壁は人の力では登れそうにない。
     だが一カ所、登攀可能な場所があった。それは絶壁の最東端。そこだけは比較的絶壁の角度がなだらかで、そこを登れば東の小天守の脇から本丸に入ることができそうであった。
     唯一の問題は中堀をどうやって渡るかだ。やはり泳ぐか?
     その時、澄の後ろから一頭の猪が澄めがけて猪突猛進してきた。それを回転飛びで素早く躱す澄。猪はそのまま中堀に落下した。
    「あっ」
     猪が暴れだしたかと思ったら瞬く間に骨へと変わった。
     ピラニアだ。ピラニアに食べられてしまったのだ。不幸な猪のお陰で、泳いで渡ることはできないと判った。
     そこへ丁度。
    「姫」 
     妖精たちが到着した。これは好都合。
    「いいところへ来たわ。あっちへ渡りたいのよ。力を貸して頂戴」
     妖精たちが全員、下半身だけ妖精に戻る。下半身だけ魚の尾鰭に戻ったのだ。これは勿論、水堀を渡るためだ。
     妖精たちが水堀に飛び込む。鶴夕が先頭に立ち、中山、渡部、樋口は騎馬戦の騎馬を作る。
    「姫。どうぞお乗り下さい」
     裾を捲った澄が騎馬の上に乗る。
    「では行きましょう」
     水堀を進む。ピラニアが寄ってくる。が、ピラニアは襲って来ない。妖精たちを人ではなく「魚」と認識しているのだ。
    無事に断崖絶壁の東の端に到着。
    「いよいよここからね」
     登攀開始。ここからは澄が先頭に立つ。難易度的には「屏風岩(横尾~涸沢の中間にある大岩)」レベルであり、フリークライミングで充分登攀可能なレベルだ。
     澄が頂上に到着した。
    「お待ちしておりました」
     そう言って出迎えたのは渡部。飛魚の精である彼は飛翔できる。そんな渡部が真っ先に本丸に登っていたのは当然だ。
     続いて鶴夕。次に中山。最後は樋口。
    「全員、登ったようね。じゃあ行きましょう」
     澄と妖精たちは大天守を支える石垣の下に建つ茶室を囲む竹藪を抜け、本丸御殿へと侵入した。
     松の廊下を通って、いよいよ女王の間へ。
    「女王」
    「待っておったぞ、澄」
    「澄姫」
     阿綺羅が澄の姿を認めて、叫んだ。
    「阿綺羅。あなたも来ていたのね」
    「ええ。それより大変なの」
    「大変って?」
    「石之伸さまが、あの妙ちくりんな水晶玉の中に吸い込まれたのよ」
     澄は阿綺羅が指差す方向を見た。
    「これは妖精たちが暮らす宝珠!」
    「流石は澄じゃ。よくわかっておる」
     この後、女王は嬉々として澄に語り始めた。
    「わらわの呪文でそなたの夫をあの中に封じ込めた。今頃は中で溺れ死んでいることじゃろう」
     そうした女王の皮肉に対し、澄はいかなる反応も示さない。先程からじっと巨大宝珠を見つめている。
    「どうじゃ、悔しかろう、悔しかろう。だったらわらわと闘え。そして見事、わらわを倒して見よ」
     だが、澄は懐の短刀を取り出そうとはしない。
    「どうした澄、臆したか」
    「残念ですけど、それはできません」
    「なんじゃと?」
    「あなたの相手はやはり主人がするそうです」
    「溺れ死んだ者が、どうやってわらわと闘うというのじゃ」
     その時。
     巨大宝珠に亀裂が入った。亀裂から海水が漏れ、女王の間の床が海水で濡れ出した。
     それを見て驚いたのは女王。
    「バカな。宝珠に亀裂が入るなど」
     だが、亀裂は更に大きさを増した。
    そして遂に巨大宝珠は爆発、粉々に割れた。中から出てきたのは石之伸。石之伸は自らの力で内側から宝珠を破壊したのだ。
    「あなた」
    「お前も来ていたのか」
     澄と石之伸。互いに見つめ合うふたり。
    「お主、どうして」
     怯えるような声で女王が石之伸に尋ねた。
    「見ろ」
     石之伸の後ろにおよそ千人もの妖精たちが並ぶ。
    「この者たちが俺を助けてくれた」
     妖精を代表して、鯱の精が一歩前に進み出た。
    「我らが師・竜種上如来のあとを継がれる石之伸様は紛うことなき我らが『妖精の頭領』であられる」
     石之伸は竜宮では竜種上如来と呼ばれる文殊師利菩薩の継承者。つまり石之伸は地上における釈尊同様、竜宮においては妙法をその世界に伝えた偉大なる仏なのだ。中山ら妖精たちが「石之伸に仕える者たち」であることは知っての通り。ここにいる妖精たちもまた石之伸に信服随従することを決めたのだ。
     それにしても驚きだ。これほど多くの妖精たちが宝珠の中に暮らしていたとは。娘が地上に嫁ぐに際し、父である娑伽羅竜王はこれだけの数の使用人を付けたのだ。
    「なんということじゃー」
     女王は絶句した。いかに女王の超能力が強力でも、これだけの妖精たちを相手に戦えるわけがない。
     妖精たちが女王に歩み寄る。
    「ううっ」
     流石の女王がたじろいだ。
     だが、石之伸は妖精たちに「待った」の合図をした。
    「手出しは無用。女王との勝負はまだ終わっていない」
     石之伸はやはり「自分の手」で女王を倒す気だ。妖精たちが下がる。女王はそれならばまだ自分にも「勝てる可能性がある」と思った。
    「馬鹿め。先程、わらわの超能力の前に手も足も出なかったのをもう忘れたのか。食らえい『蜘蛛の巣縛りの術』!」
     だが、今度は通用しない。石之伸は平然と体を動かし、大きな欠伸をしているではないか。
    「ならばこれじゃ『火炎の術』」
     だが、石之伸は炎に包まれながら、ピンピンしている。
    「お次はこれじゃ『氷結の術』」
     これも通じない。石之伸は腕を組んだ。
    「ならば『かまいたちの術』」
     石之伸の着物は多少切れているようだが、石之伸の薄皮一枚も切れない。
    「残念だが、あなたの超能力はどれも通用しない。先程は宝珠の中に入るために態と負けた振りをしただけだ」
    「なぜ、なぜわらわの超能力が通用しないのじゃ。まさか貴様もわらわや澄と同じく超能力者なのか」
    「違う」
    「では、なぜじゃ」
    「理由かい?それは俺が今、自分の胸中に『仏界を湧現している』からだ。物理的な攻撃は効いても妖術の類いは自分には効かない。そして超能力の類いは大抵が妖術だ」
     瞬時に自身の胸中に仏界の生命境涯を湧現することのできる石之伸には「善と悪」「正と邪」「真と嘘」を正確に見分けることができる。つまり石之伸は「いかなるまやかしにも騙されない」のだ。

     モーターグライダーで平放蕩将軍が兼武門に着陸したとき、長屋の仕掛けは既に作動を終えていた。それは「ここで戦闘があった」ことを意味していた。
    「何物かが侵入したのか。急がねば」
     平放蕩将軍は本丸に通じる階段を駆け上る。
    「これは!」
     平放蕩将軍は機能を停止した無数の木人の姿を見た。そして・・・。
    「長七郎!」
     長七郎はここで命を落としていた吉原五人衆の四人を一カ所に集め、合掌していた。
    「お主も来たか、将軍」
    「これはどういうことなんだ?」
    「私にもわからない。私がここに来たとき、既にこの状態だった」
     平放蕩将軍は四人を見た。四人に刀傷はなく、打撲のみだった。そこから四人は木人と闘い、殺されたのだとわかった。異変を知っていた四人は女王様を助けるために本丸御殿に向かおうとしたに違いなかった。
    「なんということだー」
     平放蕩将軍は哀れな姿と化した乙女たちのために涙を流した。それを見た長七郎は平放蕩将軍に「誠の人間の姿」を見た。
    「ここは将軍に任せる。懇ろに弔ってやれ。拙者は先を急ぐ」
    「待て。私も行く」
    「ならば一緒に行こう」
    「わかった」
     二人の間には既に戦闘する気はなかった。二人は心の通い合った同志のように階段を登った。
    「阿綺羅姫は御無事だろうか」
    「女王様は御無事だろうか」
     それぞれの思いを抱いて二人は本丸御殿の中に入った。

    「後頭部へのグリグリ。あれは確かに効いた」
     そんな冗談を言った後、石之伸が草薙剣を鞘から半分ほど抜いた。
    「もういいな?女王」
     石之伸の腕なら僅か五糎秒(0,05秒)で首が飛ぶ。苦しむこともない。
     その時。
     女王の前にひとりの男が分け入った。
    「将軍!」
     それは平放蕩将軍だった。
    「女王様。申し上げることがあります。我々は負けました。敗北です」
    「な、何を言っておるのじゃ?」
    「吉原五人衆は全滅しました」
    「何じゃと!こやつらに殺されたというのか?」
    「いいえ、そうではございません。軍師殿であられる鱏屠が我々を裏切ったのです」
    「軍師殿が・・・」
     その時、石之伸が軍師の説明をした。
    「鋒鋩。またの名を雄一郎。それが、お前たちが軍師と呼んでいる者の正体だ。元は竜宮城の兵士で、地上征服を企む凶悪な男だ」
    「何てこと。我ら冥堕はそやつに、まんまと踊らされていたというのか」
     あまりのショックに足に力が入らず蹌踉ける馬知子女王を平放蕩将軍が支えた。
     そこへ更に長七郎が女王の助命を懇願する。これは女王と言うより平放蕩将軍を思ってのことだった。女王が死ねば平放蕩将軍も自害することは必定だからだ。
     石之伸は草薙剣を鞘に収めた。
    「忝い。石之伸殿」
     長七郎は石之伸に感謝の言葉を述べた。
    「で、これからどうする?ここからどうやって脱出すればいい」
     女王は首を振った。
    「そんな方法はない。我ら全員、海の底に沈むことになろう」
    「取り敢えずは『時間稼ぎ』だ。その間に良い智慧が浮かぶかもしれない」
     時間稼ぎとは少しでも高い場所に移動するということだ。
    「早速、行動開始だ」
     本丸御殿から外に出た瞬間、目に入ったのは。
    「見て。既に二の丸が水の底に!」
     仕掛け長屋や武家屋敷、食糧倉庫などが建つ二の丸は既に海底であった。
    「天守へ急ぐのじゃ」
     女王を先頭に天守に登る。
     安土城や秀吉が築いた大阪城の天守の中には城主の居間があった。しかし戦国時代を終えた天守の中といえば大概「倉庫」として利用されていた。そして蘇我城も例外ではない。他の城と大きく異なるのは江戸時代にはないはずのいろいろな機械が置かれていることだ。
    「この中で、何か使えそうなものは?」
    「わからん」
    「あんた女王だろう?」
    「機械のことは羽騎虎に任せてあったのじゃ」
    「まったくう」
     石之伸はここに残り、残りの者は最上階へ向かう。
    「さて、いろいろ試してみるか」
     石之伸は機械を片端から作動させてみた。全く反応しないものもあれば、動いているものもあるが、動いているからといって、それが「どのような効果」を発揮しているのか石之伸には正直、判断がつきかねた。 
     そういえば、巨大宝珠の中から出てきた妖精たちがいない。妖精たちは泳げるので、さっさと「滝登り」をして江戸湾に脱出していたのだった。
     そして最上階では。
    「将軍、邪鰈は見ましたか?」
     澄が平放蕩将軍にこのような質問をした。将軍は邪鰈が洞窟の東壁で軍師と対決したことを話した。
    「だが、その対決が『どうなったか』は知らない。その前にその場を離れたからだ」
     澄は不安になった。果たして邪鰈は無事にここから脱出できたのだろうか?
     やがて石之伸も上がってきた。大天守の一階も水に浸かったからだ。
    「どうだった?」
    「だめだ」
     澄は髷を解き、宝珠を手に取った。
    「私だけなら、これで更衣してここを逃げられるけれど」
     それを見た女王も懐から宝珠を取り出した。
    「わらわも、これで更衣すれば逃げられる」
     すると、石之伸と将軍は同時に「同じこと」を叫んでいた。
    「なら、さっさと逃げろ」
    「なら、さっさとお逃げ下さい」
     だが、澄も女王も拒んだ。
    「嫌よ。あなたを置いてはいけないわ」
    「わらわも将軍を置いては行けぬ」
     こういう非常時に、その人の本当の「人間性」が見える。
     人間性と言えば、中山以下、石之伸配下の妖精たちもまだここに残っていた。
    「我ら一同、石之伸様、澄様の死を見届けてから自害いたします」
     何とも律儀な奴らよ。
     いよいよ水が最上階まで迫ってきた。
     その時、水の中から何かが最上階の部屋の中に飛び込んできた。
    「邪鰈!」
     それは邪鰈だった。
    「大介!」
     邪鰈をそう呼んだのは阿綺羅。それを聞いて澄も邪鰈の正体を知った。
    「邪鰈。あなた、大ちゃんなの?」
     頭巾を取る。
    「ああ、大ちゃん。生きていたのね」
     大介はそれには答えず、淡々と次のように話した。
    「ご安心下さい。助かります。まずは全員、水の中に飛び込んで下さい」
    「何を言っておる。そんなことをすれば死んでしまうではないか」
     そう言ったのは長七郎。長七郎は今まで生きていたことを自分に隠していた大介に多少、憤慨しているご様子だ。
    「お頭。大丈夫。私を信じて下さい」
     大介のこうした確信の理由に石之伸と澄は気がついた。
    「そうか。そういうことか」
    「判ったわ。大ちゃん」
     二人は迷わず水の中に飛び込んだ。まずは自分たちが「手本を見せよう」というわけだ。
     水に飛び込んだ石之伸と澄をどこからともなく現れた大きな泡(あぶく)が包み込んだ。
     この泡の正体は竜宮城にある生体伝送装置によって創り出された時空移動カプセルである。これに包まれることで安全にどこへでも移動することができるのだ。水中に飛び込んでから竜宮城に辿り着くまでに窒息しないのはそのためである。雄一郎が江戸湾に通じる穴を掘ってくれたお陰で地底洞窟と江戸湾が海水によってひとつに繋がり、地底洞窟まで泡が届くようになったのだ。
     大介の滝登りの理由これであった。大介は竜宮城に状況を説明しに戻ったのだ。
    「お先」
    「先に行ってるわ」
     石之伸と澄を包んだ泡が大滝に向かって流れていく。それを見た長七郎は大介の言うことを納得した。
    「ええい、ままよ」
     長七郎も水の中へ飛び込んだ。続いて阿綺羅も馬知子女王も平放蕩将軍も。全員、泡に包まれ、大滝に向かって流れていく。
     更には泳げるはずの中山、渡部、樋口、鶴夕も。妖精たちは泡に包まれて流されることを「楽しもう」というのだ。
     大滝を登る泡の中から馬知子女王は蘇我城を眺めた。
    「わらわの城が沈む」
     大天守の鯱(しゃちほこ)が水の底に消えた。馬知子女王の目から涙が零れた。
     さて、最初に流された石之伸と澄は大滝を登り、岩の裂け目から岩の中に入った。勿論、そこは真っ暗だ。
     やがて明るい海底に出た。江戸湾である。そして二人は海上に浮かんだ。太陽が眩しい。これほど太陽を眩しいと感じたことは今までなかった。
     やがて他の者たちの泡も海上に浮かんだ。この泡は砂浜であれ、岩であれ、地上のもの触れると自動的に割れる。
     江戸湾の海流に乗って全ての泡が蘇我の浜(現在の千葉県蘇我の辺り)に流れ着いた。
     全員が揃ったところで大介が皆に話し始めた。
    「自分は一度死んで、鰈の妖精と合体して生き返った。そんな自分には乙姫様から『二つの使命』が与えられた。ひとつは豊玉姫・玉依姫のお輿入れの際に地上にお連れした妖精たちを全員、竜宮城に帰郷させること。もうひとつはお輿入れの際に地上に持ち運んだ超科学を全て回収、或いは破棄すること。両方とも無事に完了することができた」
     妖精たちは全員、巨大宝珠の中から解放され、超科学は蘇我城と共に海底洞窟に沈んだ。
    「超科学というのは、これじゃな?」
     馬知子女王が宝珠を大介に見せた。
    「おっと、これも回収しないと」
    「わかっておる」
     女王は素直に宝珠を大介に手渡した。
    「わらわの目は覚め、夢を見る時間は終わった。これからは平将軍と二人で『いち庶民』として生きていくつもりじゃ」
     城も沢山の仲間も失った女王はその代わりに自身の生命境涯を高めたのだった。
    「石之伸様。申し訳ありません。雄一郎を逃がしてしまいました」
     大介は石之伸に「自分の失態」を詫びた。
     それに対し石之伸は。
    「気にするな。それは私が乙姫様から命じられたものだ。お前は使命を果たしたんだろう?それでいいではないか」
     さて、いよいよ「別れの時」だ。いつまでも砂浜にいるわけにはいかない。
    「自分は妖精たちを引き連れて竜宮城へ戻ります」
     こう言ったのは大介。
     江戸湾沖の水面が光り始めた。あの光の真下に竜宮城へ通じる路がある。
    「大介」
     阿綺羅は名残惜しい様子だ。
    「姫。どうぞお幸せに」
     大介と妖精たちは江戸湾に消えた。
     一方、女王と将軍は身なりを平民に変えて。
    「では、私たちもここで」
     二人は新たなる道を歩き出した。
     続いて石之伸。石之伸は中山たちに次のように言った。
    「お前たちも大介と一緒に竜宮城に戻れ」
    「いきなり何をおっしゃられますか」
     中山たちは石之伸の言葉に、直ちに反論した。
    「嫌でございます。ずっとこのまま江戸に居させて下さい」
     渡部、樋口、鶴夕も同意見であった。
    「駄目だ。戻れ!」
     石之伸は厳しい口調で言った。江戸の街は穢土だ。今後もいろいろな事件が起きるだろう。江戸の街で暮らすにはそれ相応の覚悟、即ち「忍辱の鎧」が必要なのだ。竜宮城という正法世界で平和に暮らす者に耐えられる世界ではない。
    「嫌でございます!」
     中山たちの抵抗は激しい。これならば、なんとかなるだろう。
    「ならば好きにしろ」
    「有り難き幸せ」
     こうして中山ら譜代の妖精たちは江戸に残ることになった。
    「さあ、江戸に向けて出発だ」



  •  小料理屋・鶴夕。
    「秋刀魚の塩焼き定食二つ。急いでね」
    「はい、女将さん」
     ここはいつでも商売繁盛。

    「待て、この盗人。待ちやがれ!」
     町の人混みに紛れて現れた掏摸を懸命に追いかける中山、渡部、樋口の三人。だが、人混みを走ることにかけては掏摸の方が断然、上だ。
     掏摸の前を大名駕籠が横切る。掏摸は素早く大名駕籠の上を飛び越え、そのまま走り去った。
    「ああっ!」
     一方の中山たちは、まずは先頭を走る中山が大名駕籠にぶつかり、更に後ろを走っていた渡部と樋口も続いた。
    「無礼者!」
     駕籠を警護する侍たちが刀に手をかけ、中山たちを取り囲む。いずれも「今にも斬らん」といった怖い形相をしている。
    「おいおい、やっちまったぞ」
    「どうするんだよ」
    「どうするといったってなあ」
    動揺する三人。
    「皆の者、お待ちなさい」
     大名駕籠の中から声がした。女の声だ。警護の侍たちが中山たちから下がる。
    「駕籠を」
    「はっ」
     駕籠が下ろされる。直ちに駕籠の扉が開く。中から出てきたのは。
    「澄姫?」
    「何です、中山?そんなに慌てて走って」
     今日の澄は訳あって柿崎夫人ではなく、松平正容の姉という立場で会津藩の大名駕籠に乗っていた。警護の侍たちは全員、会津松平藩の家臣であり、中山たちのことは知らなかった。
     その後、澄は警護の侍たちに三人を紹介した。
    「この者たちは先の蘇我一族との決戦で私と共に闘い、功を上げた者たちなのです」
     それを聞いた警護の侍たちは、今度は一転、中山たちの前で平伏するのだった。

     会津藩。
     磐梯山の東南の麓にある土津神社の一角。そこには澄の実父である初代会津藩主・保科正之公の墓がある。
     徳川家康公を祀る日光東照宮は極端としても、大名の藩主の墓所ともなれば伊達政宗公を祀る経ヶ峯・瑞鳳殿など宮殿を思わせる華麗な墓所も珍しくない中、正之公のそれは実に簡素なもので、森林の中に置かれた石柱に過ぎない。その石柱も既に苔生していた。
     会津の名産品である絵蝋燭に火を灯す。
     石之伸と澄は初代藩主の霊に今回、江戸で起きた闘いについて報告するのだった。
    「殿が築かれた江戸の平和を今回はどうにか守ることができました」
    そしていずれ再び傷を癒やし、江戸の街に現れるだろう雄一郎との決戦に思いを馳せるのだった。
     城下である会津若松までは多少の距離がある。ふたりは馬で移動する。
     通り道の左右に広がる田園風景。それこそ米所・会津を象徴するものだ。
     公表値は28万石だが、実際の石高は40万石を優に超えると言われる会津藩。しかも他藩に先駆け社倉や老養扶持(高齢者や身障者に米を支給する一種の年金制度)を整備した結果、後に全国規模の大飢饉が発生した時も藩内で餓死する者はひとりもいなかったばかりか、他藩に備蓄米を送るだけの余裕さえあったという。
     ふたりの駆る馬が城下に入った。ここからは徒歩で散策を開始する。澄にとっては初めての会津若松である。正容公の供として一度、来ている石之伸が道案内をする。
     会津若松を南北に走る町一番の大通りである大町通りの一つ隣の道を南に向かって歩く。左手の建物の中から『孟子』を読む人々の声が聞こえてきた。
     そこは「稽古堂」。身分を問わず誰でも学問を学ぶことができる学問所である。学問を重んじる会津藩ならではの施設だ。
     やがてふたりは大きな道にぶつかった。右に曲がれば越後街道に通じる七日町通りだ。
     そろそろ正午になる。
    「蕎麦でも食うか」
     通りに面したそば屋に入るふたり。
     会津の蕎麦といえば、つけ汁に山葵おろしの代わりに大根おろしを入れる信州名物「高遠そば」だ。高遠藩から会津藩に伝わったのは武田武士の精神だけではない。「高遠の味」もまた保科正之によって会津に伝えられたのだ。
     そして真っ昼間だというのに、石之伸は酒も注文した。米所は言うまでもなく酒所となる道理だ。
     腹を満たしたふたり。
    「何か、菓子でも口にしたいわ」
     そう言い出したのは澄。昔も今も、女というのは食事のあとのスイーツが欠かせないと見える。
    「飴でも舐めるか」
    江戸の日本橋に相当する一里塚の起点・札の辻を左折。大町通りを北上。澄を飴屋へ連れて行った。
     そこで売られているのは「五郎兵衛飴」。店の創業は何と鎌倉幕府の誕生よりも古いという。
    「御免」
    「おわいなはんしょ(いらっしゃい)」
    「飴をくれ」
     店を出た二人は飴をなめながら下野街道に通じる道を南に向かって歩く。
     左手に白壁の美しい天守が見えてきた。後に土井晩翠が『荒城の月』を詠むことになる鶴ヶ城=若松城だ。勿論、今は荒城ではなく堂々と聳えている。屋根の色がまるで蠍の甲殻のように赤いのは厳冬期の寒さに強い赤瓦を使用しているためだ。
     江戸を防衛する若松城の役割は極めて重要である。会津若松は越後街道・米沢街道・二本松街道・白河街道・下野街道の五街道が交わる交通の要所であり、ここを敵に通過されれば徳川家康を祀る日光はそれこそ目と鼻の先なのだ。
     手前で道を左折。城の北側を通る。若松城の大手門は城の北にある。
    「どうする、寄るか?」
     石之伸が弟・正容との面会を促す。
    「いいえ。結構よ」
     澄はその申し出を拒否した。
    「武家のしきたりは私には肩が凝ってしょうがないわ」
    「実は俺もだ。脱藩してまた浪人に戻るか」
     結局、二人は城へは寄らず、そのまま東へ直進。突き当たりを斜め右に曲がる。その先は会津若松の名湯・東山温泉郷だ。
     白河街道との分岐にやってきた。真っ直ぐ進めば東山温泉。左に曲がれば白河だ。
    「おや?」
     左の道から見慣れた体型の人物が走ってくる。
    「中山?」
    「似ているわね」
     だが、中山は江戸に居るはず。
     人物の姿が大きくなる。
    「やはり中山だ。おーい中山ーっ」
    「石之伸様、澄姫殿」
    「どうしたんだ?江戸で何かあったのか」
     息を整え終えた中山の口から「意外な言葉」が飛び出した。
    「鋒鋩・・・雄一郎の遺体が発見されました」

  • 第一部 終     



  • 第二部・予告編

  • 「雄一郎の遺体が発見されました」
     これは大変な事件だ。中山が急ぎ江戸から会津までやってきたのも、もっともだ。
    「真っ先にお二人にお知らせしなければと思いまして」
    「ご苦労であった。で、どこで発見されたのだ?」
    「竜宮城です」
    「何?竜宮城だと」
     ということは、雄一郎は大介との死闘のあと竜宮城に密かに戻っていたことになる。
    「で、遺体はどうしたのだ?」
    「竜宮警察本部の遺体置き場に安置されています。地上ではありませんから、復活は絶対にありえません」
    「本当に雄一郎なのだな?」
    「間違いありません」
    「そうか」
     だが、石之伸の心は「すっきり」しない。あの雄一郎が死んだ?しかも竜宮城で?
     果たして、本当に雄一郎は死んだのだろうか。石之伸の疑いは晴れない。
    「中山」
    「はい」
    「私も遺体が見たい」
    「では、今から江戸に戻られると?」
    「いや、ここで大丈夫だ」
     その後、石之伸が向かった先は岩代湖(猪苗代湖)。
    「お前は待っていてくれ」
     中山に馬を預け、石之伸と澄は岩代湖の中に飛び込んだ。

     竜宮警察本部。
    「こちらです」
     検死官に案内されて石之伸と澄は雄一郎の遺体が保管されている安置室へ向かった。
    「どうぞ」
     扉を開く。寝台の上に横たわる遺体。その顔にかけられた白い布を取る。
     それは確かに雄一郎だった。
    「あなた、間違いないわ。雄一郎よ」
    「どういうことなんだ、一体」
     雄一郎の遺体を目の前に見ているというのに、それでも石之伸の心は晴れないどころか、ますます不安が募ってくるのだった。
     そこへ、やってきたのは。
    「大介」
    「やはり来ましたか。石之伸殿」
     大介は雄一郎の遺体を石之伸が自ら確認することを確信していたのだ。だからといって、それだけを理由に一般人が警察本部の遺体安置所に自由に出入りできるわけがない。どうやら大介、竜宮城で相当高い地位に就いているようだ。
     あの闘いから既にひと月ほどが経過していた。従って大介は30年ほど竜宮城に暮らしていることになる。だが今の大介の容姿は昔と変わらぬ20代のものだ。
    汚れた穢土と清浄な聖地では人の寿命は大きく異なる。穢土では短く、聖地では長い。仏教ではこうした法則を「減劫」と呼んでいる。神武~開化までの弥生時代の天皇の寿命が軒並み「100歳超え」であるのは、その時代が正法時代で、人々の生命が清らかだったからである。要は地上という穢土に暮らす人間の寿命は80年ほどしかないが、竜宮城に暮らす人々の寿命は遙かに長く、30年くらいではほとんど「歳を取らない」ということだ。
     竜宮城と地上との「時間軸の逆転」についても、永遠にその法則が適応されるわけでない。竜宮城に暮らす人間も地上に暮らす妖精も、最初のうちは逆転する時間軸によって「若返る」けれども、長くその世界に暮らせば、肉体がその世界に適応、時間軸は同化することになる。ならば「定期的に往復すれば永遠に生きられる」と理論的に考える人もいるだろうが、竜宮城と地上の移動の際に生じる時間軸の逆転はそれ自体が肉体や精神に負荷をかける危険な行為であり、やはり限度がある。
     人は「永遠の命」を求めるが、それは絶対に不可能なのである。人にできることは、今いる世界を清浄にして寿命を延ばすことのみである。それを仏教では「広宣流布」という。
    「実は、あなたに大事な話があるのだ」
    「大事な話?」
    「あくまで仮説だが、もしかしたら雄一郎は『生きている』かも知れないのだ」 
    「そこのところを詳しく聞きたい」
    「話はこうだ。馬知子女王の呪文によって呼び出された妖海たちも元々は竜宮城の妖精。殺されてもやがては生き返り、呪文の魔力が解けた妖精たちは自らの意思で竜宮城に戻る。蝦蛄の妖精や鱈の妖精など、地上で殺された妖海たちはいずれも戻ってきている。だが、ひとりだけ戻ってこない者がいるのだ」
    「ひとりだけ戻ってこない?」
    「そうだ」
    「雄一郎がその妖精と自分の体を入れ替えた」
    「地上では無理だが、竜宮城でならば、できる。その装置がある施設を確認したところ、外部からの侵入を許した形跡があるのだ。もしも、それが雄一郎だったとしたら、その理由は明らかだ。入れ替えた体の方が悪事を働くのに鋒鋩よりも『好都合』なのだ」
    「で、戻ってこない妖精というのは?」
     大介はちらりと澄を見た。そして気まずそうな素振りを見せながら、次のように答えた。
    「・・・豹紋蛸だ」
    「!!」
     大介の言葉を耳にした澄の顔は蒼冷め、体がブルブルと震え出した。

     かつて澄を性地獄に突き落とした豹紋蛸の体を借りて、雄一郎が復活した!
    「うううーっ」
     7本の足で全身をきつく締めあげられ、呻く澄。
    「俺としては今すぐお前を殺したいのだが、この体が過去に味わったお前との『体験』を覚えていてな。どうしてもお前とまた『犯りたい』といって聞かないんだよ。そういうわけだから、殺す前に今一度、お前の体をおもいっきり陵辱させてもらうぞ。ピピピー」
     澄の無花果の実に交接腕が差し込まれる。
    「吸盤が膣の襞に絡みついて・・・だめっ・・・擦っちゃだめ・・・気持ちいいーっ!」

     江戸城。
    「そなたを福南藩(福山藩の南という意味)の大名とする。謹んで受けられよ」
     一方、石之伸は先の闘いの報償として一国の大名の地位が与えられた。先の闘いの時に率いた47名の新たなる家臣を連れて、東海道を上る。
     福南藩の立藩に不服の長州藩では。
    「もしも到着すれば、福山周辺一帯の守りは、より強固になる。何としても到着する前に岩代守(大名となった石之伸は小竹介から岩代守になった)を消すのだ!」
     福山のすぐ隣に位置する府中を支配する長州藩の支城・相方城から次々と送り出される刺客たち。それらを倒しながら自藩を目指す石之伸の一行。
     澄と石之伸はそれぞれ別々の敵と闘うことに。
     果たして石之伸は無事に福南藩に辿り着けるのか?そして澄の運命は?

  • 文殊の剣・第二部

  • 2025年春 ローンチ!



  • 文殊の剣・第二部「福南藩編」

  •  「蘇我の乱」と呼ばれる闘いが終わりその後、戦後処理が行われた。
     亡くなった浪人の遺族に30両の見舞金が支払われた。「安い」ということなかれ。3万人ともなれば90万両にもなるのだ。独身者もいるので、実際の費用は50万両ほどではあるにせよ。だが、独身者に対しては別の支出があった。それは無縁墓地を建てて埋葬することだ。墓地といっても海水で満たされた地下洞窟に遺体を回収に行けるはずもなく、供養のための記念碑のようなものである。そして生き残った者たちには「報奨金」を支払わねばならない。これまたひとり30両。ということで結局、幕府の支出は100万両を越えた。無論、その多くが「会津藩の負債」として幕府から押しつけられたことは言うまでもない。その結果、初代・保科正之公の善政によって豊かな国であった会津藩は一転して藩財政が最も苦しい藩へと転落したのである。そんな会津藩が財政を再建するには五代藩主・松平容頌と名家老・田中玄宰の時代まで待たねばならない。
     
     そして、闘いからひと月ほどした頃、石之伸は突然、江戸城に呼び出されたのだった。
    「そなたを福南藩の大名とする。謹んで受けられよ」
     当たり前だが、反問は許されていない。謹んでお受けするのみだ。
     福南藩というのは今回、新たに立藩した新生藩である。その場所は備前・福山藩の南。福山藩の南だから福南藩。芦田川から西側一体に広がる瀬戸内海に面するこの地域は「沼隈郡」と呼ばれ、元々は広島藩の最東端だった地域である。知行は3万石だ。
     今回の決定の理由は非常にわかりやすい。福山藩10万石の西、北、東の三方にはその何倍も多くの石高を有する外様大名が控えており「親藩・会津藩」の精神を継承する石之伸に対し「福山藩を補佐する役割」が与えられたのだ。そもそも福山藩自体が「西の防衛拠点」として立藩したという経緯がある。そうした目的から芦田川を外堀としてその東に建てられた城の規模は姫路城に匹敵するもの(天守の高さは会津若松城を上回る)であり、仮に攻められても、そうやすやすと落城する筈はない。だが、西の三原には広島藩の支城である三原城が、北西の府中には何とあの長州藩の支城である相方城がある。広島藩はともかく、長州藩の支城が福山城から僅か二里(8㎞)の位置にあるのは脅威以外の何物でもない。しかも相方城は支城でありながら立派な石垣を有する難攻不落の山城である。
     今までの石之伸は会津藩お抱えの旗本ながら会津藩が有する幕領の一部3万石を管理していた。そして今回、幕府は会津藩が管理する幕領5万5千石の返還を決めた。無論、その理由は先の闘いによる莫大な出費にある。だが5万5千石の幕領が返還となれば石之伸の三万石も当然なくなる。そこで幕府は大名に封じることで埋め合わせをしたというわけである。
     しかも今回、石之伸には「松平姓」が許された。理由は勿論、嫁である澄が保科正之の娘で、子ができれば徳川の傍系の血筋となるからだ。使用する御紋は当然「会津葵」である。
     
     ここで「三つ葉葵」について若干、説明しよう。
     一口に三つ葉葵といっても様々なものがある。明らかに異なるものは取り敢えず置くとして、似たものとしては三種類がある。「尾張藩」「紀州藩」その他多くの松平藩が用いる三つ葉葵。「水戸藩」が用いる三つ葉葵。そして会津藩が用いる三つ葉葵だ。尾張・紀州は一枚の葉に槍状の模様が13個。水戸は17個。そして会津は19個。そして会津はその姿が葵というよりも河骨と呼ばれる睡蓮の葉に似ていることから「河骨紋」と呼ばれる。つまり会津葵は正式には三つ葉葵ではなく「三つ葉睡蓮」なのだ。勿論、こうした違いは素人目には全く判らない微妙なものなのだが。
     三つ葉睡蓮。竜宮城に法華経を広めた文殊師利菩薩の精神を継承する石之伸にとって、これ程相応しい家紋もあるまい。
     とは言え、石之伸は今後も「柿崎姓」を名乗り続けるであろう。

     3万石ということは1石250人の計算で750人の武士を雇用できる計算である。勿論、家臣は少ない方が、支出が少なく「藩が潤う」ことはいうまでもない。
     現在、石之伸の家臣はご隠居を含め48名。そして澄がいるから自分も含め総勢50名ということになる。あと何人の浪人を仕官させるかは藩主となった石之伸の「腹一つ」である。
     恐らくだが、石之伸は浪人を仕官させないだろう。というのも、先の闘いに勇んで参加しなかった浪人たちなど「仕官させても意味がない」からだ。今の石之伸は47名もの家臣が増えたことに充分満足しているのに違いない。
     実のところ、あと3名、家臣が増えている。それは中山、渡部、樋口の「妖精三人組」である。石之伸から直々に中山は江戸家老に、渡部は京屋敷家老に、樋口は蔵屋敷家老に任命されたのだ。
     江戸家老の仕事は言うまでもなく江戸の上屋敷の管理である。
     京屋敷家老は京都にある屋敷の管理、蔵屋敷家老は大坂にある屋敷の管理にあたる。京都に屋敷があるのは、この時代は京が都だからで「京の動き」を知ることは西国の動きを察知することにも繋がり、非常に重要である。また大阪に屋敷があるのは年貢米を商人と取引して換金できる場所が江戸と大阪だからで、福南藩は西国だから大阪に拠点が必要なのだ。
     今回、京屋敷と蔵屋敷に渡部と樋口を配置したのは江戸上屋敷と福南藩を結ぶ「通信役」としての役割が与えられたからに他ならない。非常時に彼らが走ってくれるならば、これくらい頼りになる者はおるまい。
     そして渡部・樋口の両名は一週間ほど前に既に江戸を発っていた。

    「では、行って参る」 
     今回、福南藩へ旅立つのは石之伸と爺こと松平長七郎の二人。目的は福南藩の視察と新しく家臣になった者とその家族たちの国での受け入れ準備をするためである。
     どこに家臣たちの屋敷を配置するのか。場合によっては城の建設も必要かも知れない。国内に暮らす住民たちの性質も知らねばならない。問題を抱えていないとも限らない。これらをある程度、解決してからでなければ家臣やその家族を江戸から旅立たせるわけにはいかなかった。そこでまず藩主である石之伸と爺の二人が出発したというわけである。
     ということで、江戸上屋敷に残ったのは澄と中山である。中山がいれば安心だ。
     澄がまず取りかかったのは屋敷の門を赤く塗ることであった。これは「武家諸法度」に江戸上屋敷の正門は赤く塗ることが決められていたからである。
     着物の袖を襷掛けして、中山と二人で自ら門を塗る。
    「これでいいわね」
     赤く塗られた正門。屋敷自体は変わらないが、それでも赤く塗られただけで「大名屋敷」としての風格みたいなものが漂う。
     今まではここは会津藩家臣の屋敷だった。これからは大名屋敷である。 

     これから暫くの間、石之伸とはお別れである。
     その間の「身の処し方」を澄はよく知っていた。以前も石之伸は会津藩に出向いている間、澄は爺と二人で過ごしていたのだから。
     勿論「おとなしく夫の帰りを待つ妻」を演じる気など毛頭ない。と言うことで早速、町民のふりをして江戸の町中に繰り出していた。
    まず向かったのは小料理屋・鶴夕だ。
     中に入ると竹崎木人が真っ昼間から酔っ払っていた。その理由はどうやら同じ与力の中山をはじめ自分より格下の同心である渡部と樋口までもが挙って福南藩に雇用され、立身出世したことによるものらしかった。
    「ちっきしょー。俺も蘇我の乱に参加すりゃあ良かった。そうすりゃあ俺も今頃は大名屋敷で仕事ができたかも知れねえ」
     二人扶持の与力と大名の家臣では禄が大きく違う。竹崎が悔しがるのも判らぬではない。だが、もしも竹崎が参加していれば間違いなく今現在、この世にいないだろう。
     その後、澄は鶴夕と世間話をしてから外に出た。
     
     蘇我の乱以後の江戸は蘇我の乱の影響から治安は「乱れ気味」であった。役人たちや商人らによる不正行為が頻発していた。そしてそれは澄にとっては願ってもない「活躍の舞台」を提供してくれるものであった。
    「ええい、頭が高い。このお方を『どなた』と心得る。先の将軍輔弼役・保科正之公ご息女、澄姫なるぞ。控えおろう」
     中山が悪人を前に叫ぶ。だが、大抵は次のような言葉が返ってくる。
    「ええい。相手はふたり。しかもひとりは女じゃ。斬ってしまえい」
     そして乱闘が始まる。勝負は常に澄と中山の勝ちだ。
     当然だ。中山は妖精たちの中でも屈強を誇る「鯰の妖精」であり、澄は柳生の忍、それも松平長七郎から柳生新陰流の手ほどきを受けている。そんじょそこいらの相手では歯が立たない。
     しかもこの時期の澄は「人を斬る」ことを恐れなくなっていた。勿論「楽しんでいる」わけではないが、夫の石之伸がいない今、石之伸だったら斬るだろう相手、今世での改心・更生は極めて困難であろうと思われる相手は「自分が斬らねばならない」と心に決めていたのである。

     それは石之伸が江戸を出立して間もなくのこと。
     江戸市内で押し込み強盗が頻発したのである。そしてその強盗一味を裏で操っていたのは無役の旗本・望月正明であった。望月は目付になりたくて多くの幕閣に根回しをしていた。そのためには大量の金が必要である。その金を強盗一味に強盗をやらせることで手に入れていたのである。
     仕事を終えた強盗一味が千両箱を抱えて逃走する姿を澄が発見した。強盗一味のあとをつける。強盗一味は望月の屋敷に入っていった。迷わず澄も中へと入った。
    「何という悪行。見逃すことはできないわ」
     今回は中山もいない。だが、澄はたじろがない。
    「ええい、斬れ、斬れー」 
     家臣と強盗。総勢30名にものぼる大集団が澄に襲いかかる。
     澄が刀を抜いた。松平長七郎張りの二刀流。といっても刀の使い方は異なる。右の刀を盾に、左の脇座に相手を次々と斬っていくのが澄のスタイル。利き腕を盾に使うのは重い刀を長い時間にわたり振り回せるだけの力がない非力な女性ならではのものだ。
     それでも澄はどうにか28人を倒した。
     残るは強盗一味の親玉と、その親玉である望月正明のふたり。
    「ぶっ殺してやる」
     強盗の親玉が襲いかかる。手には鎖鎌。
    「とりゃあ」
     鎖鎌が澄の右腕に巻き付いた。
    「やったぜ」
     勝利を確信する強盗の親玉。
    「望月さま。殺っておくんなまし」
    「よ、よし」
     望月が刀を構えて左側から澄に近づいてきた。左手は脇差で攻撃力が弱く、更に右側からだと鎖が邪魔になると判断したのだろう。
    「死ねえ」
     望月が振りかぶる。明らかに日頃「剣の修行」などしていない稚拙な構えだ。
     澄は素早く右腕に力を入れ、自分の体を鎖の後ろ側に下げた。望月に刀は鎖によって封じられ、澄の右腕は切れない。
    「やっ」
     澄の左手による「平突き」。脇差が望月の腹に突き刺さった。望月が崩れた。絶命するのは時間の問題だ。
    「おのれえ」
     逆上した強盗の親玉が鎖を勢いよく引いた。それを「待ってました」とばかりに澄は親玉めがけて飛んだ。
    「やあっ」
     澄は右腕で鎖を親玉の首に巻き付けた。そして更に。
    「とうっ」 
     澄が今度は上に飛んだ。左手で木の枝に掴まり、さらに体をその上に持ち上げ、そして体を落下させた。
    「うげえ」
     持ち上がる親玉の体。鎖が親玉の首を締め上げる。
     親玉もまた望月の後を追った。
     右腕から鎖を外す澄。親玉の体が崩れ落ちた。
     刀を左右に大きく振ってから、澄は刀を鞘に収めた。

     それから三日後。
     今度は若い女性たちの「失踪事件」が発生した。
    「これはきっと組織的な誘拐事件に違いないわ」
     澄はそう睨んだ。
     そうと決まれば作戦は「決まった」も同じだ。澄が自ら囮となって誘拐されるという寸法だ。
     案の定、美貌の澄に誘拐団は即座に食いついた。
     連れて行かれた牢獄には行方不明の女たちが。今すぐにでも動きたいところだが、武器はない。取り敢えず、中山が自分の武器を持ってきてくれるのを待つより他にない。
     夜中、中山が屋根裏から澄のいる牢獄に侵入した。
    「お持ちいたしました」
     刀と脇差を差し出す中山。澄は鞘を帯に突き刺すと、刀と脇差を抜いた。
    「やあっ」
     刀と脇差で牢の檻を切り裂く。
    「中山は女たちを。私は奴らを倒します」
     誘拐犯を追い詰める澄。その結果、裏で糸を操っていたのは長崎奉行の小網武人と判った。攫った女性たちを異国に売り飛ばしていたのだ。
     中山を連れて、屋敷に乗り込む澄。
     その頃、小網武人は主人の悪事を知る家老たちと夜桜を楽しんでいた。
    「酒を楽しめるのも今宵が最後よ」
    「何奴」
     現れたのは着物姿の美女。小網は鼻の下を伸ばした。
    「自らここへ乗り込んでくるとは。『飛んで火に入るなんとやら』とはこのことじゃ」
     そこへやってきたのは中山。
    「ええい、頭が高い。このお方を何と心得る。先の将軍の補弼役・保科正之公のご息女、澄姫であられまするぞ」
    「澄姫?ということは会津藩の・・・」
     小網は手にする杯を下に落とした。 
     その後の展開はいつもの通り。
     



  •  さて福南藩へ向けて旅をする石之伸と長七郎は順調に旅を続けていた。

     ここで東海道について簡単に説明しよう。
    『東海道五十三次』と言われる通り、江戸・日本橋から京・三条大橋の間には51の宿場町がある。日本橋と三条大橋を加えて53になることから五十三次と言われているわけだ。

    日本橋・品川・川崎・神奈川・保土ケ谷・戸塚・藤沢・平塚・大磯・小田原・三島・沼津・原・吉原・蒲原・由比・興津・江尻・駿府・丸子・岡部・藤枝・島田・金谷・日坂・掛川・袋井・見附・浜松・舞坂・白須賀・二川・豊橋・御油・赤坂・藤川・岡崎・池鯉鮒・鳴海・熱田・桑名・四日市・石薬府・庄野・亀山・関・坂下・土山・水口・石部・草津・大津・三条大橋

     先程「順調に」と言ったけれど、蘇我の乱の後だから当然、地方も治安が乱れているのは致し方がない。川崎では悪徳商人を戒め、藤沢では悪代官を懲らしめ、三島では山賊を一掃、沼津では漁業関係者同士のいざこざを収めた。要するに江戸に残る澄と「同じようなことをしていた」のだった。
     その際の名乗りは長七郎が行っていた。
    「こちらのお方をどなたと心得る。先の将軍輔弼役・保科正之公の姫君を妻とする柿崎岩代守呑波様なるぞ。頭が高い、控えおろう」
     こんな具合である。石之伸的には「爺の方が身分は上だろうに」と思うのだが、爺曰く「私は家臣。殿は石之伸様でいらっしゃいます」とのこと。
     だが、素直に引き下がるものは、まずいない。結局、斬り合いになるのだが、その時に石之伸は自ら次のような名乗りを上げるのだった。
    「俺のもうひとつの名前を教えてやろう。それは『竜種上如来』だ。お前たちはあの世へは行かせない。この世とあの世の狭間に挟まれて永遠に苦しみ藻掻くがいい」
     死んで肉体を失うとき、人の生命はこの世である「法の世界」を離れ、あの世である「妙の世界」へと向かう。そのとき生命境涯が高ければ、速やかに妙の世界に溶け込み、妙の四大法則のひとつである「交流時間=三世一帯の時間」を知覚することで再び来世の法の世界へと戻ることができる。だが、生命境涯が低ければ、妙の世界に入ることが許されず、永遠に法の世界と妙の世界の狭間を漂うことになる。従って自らの悪を反省せず「石之伸に斬られる」ということは「二度と生まれ変われない=輪廻転生ができない」ことを意味するのだ。
     石之伸は文殊師利菩薩であって地涌の菩薩ではない。ゆえに邪悪なる者に対し慈悲を示す必要がない。竜種上如来という名前は文殊師利菩薩の竜宮城での名前であり、竜宮城での位は如来=仏でも地球にあってはあくまでも弘経・折伏が許されない「迹化の菩薩」なのだ。

     そんなこんなでふたりは駿府までやってきた。現在の静岡市である。
     長七郎にとって駿府は思い出深い土地である。自分が生まれた土地だからだ。長七郎は駿府のお城で生まれたのだった。三代将軍家光の弟、その家光によって切腹させられた徳川忠長の子として。
     現在の駿府は幕府の直轄地であり殿様は存在しない。代わりに駿府奉行が常置されている。素通りすることは可能だったが、石之伸は駿府奉行に挨拶することにした。理由は勿論、爺のためである。できれば、幼い頃に爺が育った駿府城の中を見せてやりたかったのである。勿論、親藩・会津藩の元・旗本にして現在は福南藩の大名を無碍に追い返したりはすまいという計算もあった。
     そしていざ奉行所に到着してみれば駿府奉行はふたりを追い返すどころか丁重にもてなし始めたのだった。しかしどうも様子がおかしい。何やら怯えているような雰囲気だ。
    「何かあったのですかな?」
     思い切って石之伸から話を切り出した。
     すると駿府奉行は「笑ってしまうような話」を始めた。奉行曰く「この頃、駿府城に幽霊が出る」というのだ。しかしそれが「駿河大納言・忠長卿の祟り」となれば笑い話では済まない。それは長七郎にとっては断じて「無視できない話」であった。
     斯くして、奉行の勧めもあり「幽霊退治」をすることに決まった。そのためには駿府城に泊まらなくてはならない。その用意は奉行が全て行ってくれた。
    「では、我々はこれで」
     幽霊に怯える奉行とその配下の者たちはそそくさと城を出て行った。城の中には石之伸と長七郎のふたりのみ。今夜はふたりで過ごすのだ。
     今はまだ日が高い。長七郎が石之伸にいろいろな場所を教えてくれる。自分が住んでいた部屋。自分がよく遊んだ庭など。
     駿府城は正方形の敷地を持つ曲線部分を持たない幾何学的な造形の城である。その形は水堀こそないものの「二条城に近い」と言えなくもない。
     そして駿府城と言えば家康公が晩年に過ごした城であり「莫大な財宝」が隠された城として名高い。徳川が傾いたときに建て直すのに必要な軍資金が隠された城。大坂の陣で滅ぼした豊臣家の財宝を密かに運び込んだ城。その財宝の量は実に一億両に上ると。だが、長七郎はそれを否定した。「単なる噂にすぎない」と。
    「拙者はそのようなお宝など見たことがないし、その手の宝が隠されたという文書も見たことはない」
     かつてここに住んでいた人間の話なのだから、そうなのだろう。
     さて、城の中を巡っていると、ふたりは「妙なこと」に気がついた。どうやら最近、城の中に人がいた形跡が認められるのだ。「幽霊騒ぎ」以後、城には誰も入っていないことは奉行から聞いていたので、これは明らかに不自然である。どうやら幽霊騒ぎは何物かが城をカラにするために仕組んだことらしい。とすれば、その目的はひとつしかない。

     城の中にある財宝を探し出す。

     それが一体全体、何者なのか?
     その答えは早ければ今夜にも判るだろう。今夜、石之伸と長七郎はここに泊まるのだから、きっと犯人は幽霊を装ってふたりを脅しにかかるはずだ。

     本丸御殿。
     深夜、丑三つ時。
    「爺、起きてるかい?」
    「ええ、殿」
    「どうやらお出ましらしいな」
    「そうですな」
     ふたりが眠る部屋に忍び足で何者かが近づいてくる。それもひとりふたりではなく大勢だ。襖が音もなく開く。外から忍び衣装の者たちが大勢入ってきた。
    「死ね」
     忍たちが一斉にふたりが眠る布団に忍者刀を突き刺した。
    「おやおや、今夜の幽霊は脅すだけでなく、人殺しをするのかい?」
    「しかも十人もいるとは驚きだな」
     驚いた忍たちが声のする天井を見上げた。そこには石之伸と長七郎が天井の四隅の角にへばりついていた。
     忍たちが懐に手を入れる。天井では忍者刀は届かないので手裏剣を取り出すようだ。
    「遅い」
     だが、石之伸の白い碁石の方が遙かに早かった。瞬く間に8人を倒す。
    「くっ」
     お頭らしき人物ともうひとり、ふたりの忍が庭に逃げた。
    「逃がすか」
     追いかける長七郎。
     屋内とは異なり、外は月明かりによって明るかった。長七郎は逃げるふたりが男と女であるのを見て取った。
    「爺」
     石之伸も外に出てきた。
    「駄目です。逃げられました」
    「中に倒れている八人はいずれも『くノ一』だった」
    「女ですか」
     ということは、お頭だけが男で、残りは全員女だったようだ。
    「どうしますか?」
    「ひとりだけ起こそう」
    「御意」
     長七郎がくノ一のひとりを起こした。目的は勿論、幽霊騒ぎの目的だ。
    「勿論、この城のどこかにある埋蔵金を手に入れるためよ」
    「そんなものはない」
    「嘘を吐くな」
    「嘘ではない。昔、ここで生まれ育った自分が言うのだ。間違いない」
    「誰だ、お前」
    「松平長七郎」
    「お前が長七郎」
    「私は名乗った。お前たちは何者だ?」
    「誰が言うものか」
    「礼儀を知らないな」
    「私が話そう」
     お頭が戻ってきていた。くノ一を助けに来たのか?
    「我らは『太陽族』。長州藩に仕える忍の集団よ。相方城家老・渥美格八の命により、徳川の埋蔵金を奪いに参ったのだ」
     何故、ペラペラと話す?これが事実ならば「お家断絶」の重大情報だ。理由として考えられることは三つしかない。
     ひとつは「本当に降伏している」。
     ふたつめは「黒幕は別で、罪をなすりつけている」。
     そしてみっつめは・・・。
    「貴様」
    「さらばだ」
     お頭が表に飛び出す。その直後。

     ドカーン

     火薬によって本丸御殿が大爆発した。
     そう。長七郎と石之伸を殺害する手筈が整っていたからペラペラと話したのだ。
    「バカめ」
     不敵に笑うお頭。
     それにしてもまさか八人のくノ一を爆破の犠牲にするとは。恐るべき男だ。
    「お頭。いえ、お父上」
     唯一生き残ったくノ一が、お頭にそう話しかけた。
    「あの八人は瞬く間に敵の手に落ちた。敵は間違いなく達人だ。八人を救う手立てはなかった。真面に闘っていれば我々も捕まっただろう」
    「はい」
    「ここに埋蔵金はない。ここにはもう用はない。一旦、城に戻るぞ」
     お頭とその娘は駿府を後にした。
     ふたりが去ってから。
    「おい、生きてるか?」
     長七郎が石之伸に呼びかける。
    「ああ、取り敢えず死んではいないようだ」
     ふたりは無事に生きていた。
     駿府城は仮にも長七郎が生まれ育った城だ。秘密の抜け穴は全て熟知していた。
     床の間の掛け軸の後ろに抜け穴があった。そこへ飛び込んだのだ。

     翌朝、ふたりは奉行所へ顔を出し、奉行に昨夜の出来事を報告した。
    「後のことは任せる」
     石之伸と長七郎は再び旅路についたのだった。

     長州藩・相方城。
    「家老。嵐、駿府より戻りました」
    「その様子では埋蔵金は手に入れられなかったようだな」
    「それどころか配下のくノ一、八人を殺られました」
    「なぬ?どういうことだ」
    「実は・・・」
     太陽族のお頭・嵐は事の次第を家老・渥美格八に報告した。
    「松平長七郎だと?」 
    「はい」
    「他には誰かいなかったか?」
    「もうひとり、若いのがおりました」
    「たわけ!」
     渥美の恫喝。
    「そやつこそが我らが敵、柿崎石之伸だ!」
     嵐はそれを聞いて驚いた。
    「あいつが石之伸!」
    「そうだ。どうやら長七郎とふたりで福南藩を目指しているようだな。それが判っただけでも収穫だ」
    「爆死した者たちが福南藩を目指すことはありますまい」
    「たわけ!」
     渥美の激昂。
    「奴らが爆弾で殺せるとでも思うのか?奴らは生きておる。間違いない」
    「申し訳ありません」
    「時間的には今頃、浜松辺りだな。今から繰り出せば、熱田で遭遇できるだろう」
    「海上戦ですか」
    「そうだ。伊勢湾を石之伸の死に場所とするのだ」
    「判りました。戦力を整え、明日の早朝にも熱田へ向かいます」
     嵐は城を後にした。
     その後、嵐は自分の屋敷へと戻った。
    「美佐、美佐はいるか」
    「はい」
     奥から出てきたのは駿府で唯一生き延びた例のくノ一だ。
    「明日の早朝、熱田へ向かう。今度は人斬りだ。抜かるなよ」
    「はい、父上」
     嵐が再び屋敷を出ようとした。
    「父上、どちらへ?」
    「三人衆を連れていく。今度の敵は大物だからな」
     嵐はまずは狩場へと向かった。そこではひとりの若い男が鷹狩用の鷹の調教を行っていた。
    「飯狂(いいぐる)」
    「これは、お頭」
    「闘いの時が来たぞ」
     嵐は飯狂に今回の作戦を語った。
    「明日の早朝、出立だ」
    「はい」
     続いて嵐は芦田川の上流へと向かった。そこでもひとりの若い男が鮎漁をしていた。
    「沙悪(しゃあく)」
    「お頭。こんな山奥までようこそ」
    「任務だ」
     嵐はここでも今回の作戦を語った。
    「明日の早朝、出立だ」
    「了解」
     最後は山の中。そこには熊を相手に稽古をするひとりの若い若者がいた。
    「犯詐(ぱんさ)」
    「お頭。どうしましたか」
    「実戦だ」
    「ひょひょう」
     嵐が今回の作戦を語る。
    「明日の早朝、出立だ」
    「判りました」
     嵐は思った。
    「これで準備は整った。待っていろよ、石之伸」

     浜松を通過した石之伸と長七郎は浜名湖畔にやってきた。
    「殿、浜名湖です」
    「見事な絶景だな」
    「実は私が幼い頃、駿府城内には次のような言い伝えがありました『浜名湖に大坂城から運び出された一億両のお宝が眠っている』と」
    「ということは」
    「はい。この湖の底に豊臣秀吉の隠し財宝があります」
    「何故、この話を私に?」
    「争いの種を是非、殿に消していただきたいと」
    「いいのか?それで」
    「はい」
    「判った」
     石之伸は湖畔で竜宮城を呼んだ浜名湖の水面に泡が立つ。やがて泡は消えた。こうして一億両は竜宮城が回収したのだった。



  •  江戸・福南藩上屋敷。
     深夜、密かに忍び込む影。その姿がどうも、人であって、人ではない。
     影はやがて澄が眠る部屋へ。
    「何者?」
     澄も成長した。屋敷に密かに侵入する敵に気がつかない「以前の澄」ではない。行灯に明かりを灯す。その瞬間、澄の全身から血の気が引いた。
    「ま、まさか」
    「久しぶりだな、澄」
    「お前は豹紋蛸!」
     ヒョウモンダコ。かつて澄の無花果の実を陵辱した恐るべき妖海だ。
    「何故、あなたがここに?」
    「この体が、お前の味を覚えていてな。お前の体を『味わいたい』んだとよ」
     この言い方、どうも不自然だ。まるで体と精神が異なるような。この時、澄は竜宮城で大介が言っていたことを思い出した「豹紋蛸だけが竜宮城に戻ってこない」ということを。
    「まさか、あなたは!」
     澄がそう叫んだ直後、豹紋蛸が澄に襲いかかった。二本の足によって澄の手足が拘束され、一本の足が澄の口を封じた。
    「うぐう」
    「そうだ。俺は雄一郎だ。もっとも今は『佐々木助八』だがな。鋒鋩の体を捨てて豹紋蛸の体を頂いたのさ。こちらの方が強力だからな」
    「うぐう」
    「そうしたら、どうだい。昔、お前の体を弄んだ記憶が残っているじゃないか。で、ここにやってきたというわけさ」
    「うぐう」
    「では、楽しませて貰うとするか」
    「うぐうーっ!」
    「そうら『懐かしい味』を思い出させてやろう」
    「うぐう、うぐう!」
     畳の上で翻筋斗を打つ澄。
    「そうら、そうら」
     いい気になって澄を弄ぶ助八。しかし、なぜ雄一郎は「助八」などと名乗っているのだろう?
    「うーっ!ううーっ!」
     いつもは気丈夫の澄が大粒の涙を流す。同じ豹紋蛸による過去の恐怖体験を思い出した澄は明らかに怯えていた。
    「では、そろそろイカせて貰うとするか」
     精子を入れた袋が足の中の管をゆっくりと澄の無花果の実をめがけて動き出す。
     その時。
    「姫を話しやがれ、この野郎」
     中山が雄一郎の体を掴み、澄から引き剥がそうとした。
     だが、なかなか離れない。
     豹紋蛸の口から中山の顔めがけて墨が放出された。墨を浴びて苦しむ中山。
    「その墨は河豚にも匹敵するほどの猛毒だ」
     中山は妖精だから死ぬことはないが、暫くの間は使い物にならない。
    「邪魔者は消えた。さあ妊娠しろ、澄。お前は豹紋蛸の子供を産むのだ」
     その時、中山に代わる「第二の助っ人」が出現。その助っ人が交接腕を刀で切断した。
    「ぎゃあ」
     雄一郎は澄への戒めを解いた。
    「貴様あ」
    「また会ったな。雄一郎」
     それは大介だった。
     竜宮城では天の川銀河を真上から見たとき、地球を含む、およそ1/4にあたる扇状空間を管理している。竜宮城は単に竜宮という惑星の一首都ではない。いわば銀河警察の中心拠点なのである。その竜宮城の管理センターが「江戸での異変」を検知した。そこで今回、江戸のことをよく知る大介が派遣されたのだ。
    「くそう」
     雄一郎は逃げ出した。相手が大介では「勝てない」と思ったようだ。
     その逃げる姿を見て、大介は「おかしい」と思った。
    「自分の見間違いか?今の雄一郎は足が4本に見えたが」
     豹紋蛸の足は勿論8本ある。だが、大介にはそれが4本にしか見えなかったのだ。
     雄一郎の殺気が完全に消えた。どこかに隠れているわけではない。完全に遠くへと逃げたのだ。
    「澄、大丈夫か」
    「大ちゃん」
    「どうやら大丈夫のようだな」
    「大ちゃーん」
     澄は大介に抱きついて大泣きするのだった。
     その夜、大介は雄一郎の再びの襲撃に備え、澄の傍で屋敷の柱を背に仮眠をした。結局、雄一郎の襲撃はなかった。
     その日の早朝、早馬が屋敷に到着した。駿府から来たという早馬は石之伸からの手紙を持ってきたのだった。そこには長州の刺客に襲われたと記されてあった。これを見た大介はピンときた。というのも、大介ははじめて澄を連れて長州藩上屋敷の偵察をしたとき、その場に雄一郎が現れたことを覚えていたからだ。
    「石之伸を襲った長州の刺客というのは雄一郎の手の者ではないだろうか」
     しかし昨夜の事件から明らかな通り、雄一郎は江戸にいる。江戸から長州にいる手下に連絡というのはどうも腑に落ちない。「雄一郎は長州にいる」と考える方が自然だ。
    「中山。私は今から柳生の屋敷に行く。澄のことを頼む」 
     大介は柳生屋敷へと急いだ。
     大介は阿綺羅に手紙の内容を話した。阿綺羅は直ちに父、十兵衛の弟にあたる宗冬を呼んだ。
    「宗冬様。私、暫くここを留守にします。後のことをお願いします」
     柳生一族は宗冬の兄である十兵衛が死んだとき三つに分裂した。それを十兵衛の娘である阿綺羅が再び一つにまとめ上げた。だが、女が頭(かしら)ではやはり拙い。そこで表向きは宗冬が頭ということになっていたのである。
    「判りました」
    「大介さま。行って参ります」
     阿綺羅の全身を蝶の鱗粉が覆う。その渦の中で阿綺羅の姿が消えた。阿綺羅は石之伸のあとを追ったのだ。
     
     熱田。
    「修羅界の波動がビンビン伝わってくるな」
     ここには言うまでもなく「熱田神宮」という謗法施設がある。石之伸はそこから発せられる人間を「戦争」や「差別」や「自画自讃」を好む低次元の生命境涯へと誘う邪悪な波動を鋭く感じ取っていた。しかし、それを破壊するのは「石之伸の仕事」ではない。文殊師利菩薩の智慧を受け継ぐ石之伸は普賢菩薩と並ぶ「迹化の菩薩の頭領」であるため地球という星に法華経を広める「資格がない」のだ。その資格があるのは末法における法華経の弘通を託された地涌の菩薩である。
     ここ熱田からは船に乗り、伊勢湾を渡って対岸の桑名に向かう。現在の我々の感覚だと「東海道」といえば「東京~名古屋」のイメージが強いが、江戸時代の東海道は名古屋を通過しない。
     ふたりが熱田に到着した日。その日は生憎、風が強く、船は休みであった。結果、ふたりは熱田の宿に一泊することになった。その影響は甚大であった。その結果、長州藩の刺客、即ち太陽族の忍集団が岐阜・名古屋を経由するルートで熱田に到着してしまったのだ。
     明日は否応なく「戦争」が始まるだろう。

     翌日はまさに「呉越同舟」。石之伸・長七郎と虚無僧に扮する太陽族が同じ船に乗って桑名を目指し出立した。だが、そのことを石之伸・長七郎は知らない。顔を見知る嵐と美佐が乗船していなかったからだ。
     船に乗っていた太陽族は沙悪とその配下の者たちであった。嵐、美佐、飯狂とその配下、沙悪とその配下は対岸の桑名において吉報を待っていた。
     船が中程まで進んだとき。
     突然、沙悪とその配下が石之伸と長七郎に襲いかかってきた。
    「うわあっ」
     石之伸が海に転落した。それを見定めて、沙悪とその配下の者たちも一斉に海の中へと飛び込んだ。今回の狙いはあくまでも石之伸の命。長七郎は「どうでもよい」のだ。
     水中で襲いかかる沙悪とその配下たち。彼らは全員「自分たちの勝利」を確信していた。というのも彼らは日頃から芦田川において水中訓練を積んでいる者たちだからだ。中でも首領である沙悪は水の中で20分も動くことができる強靱な肺を誇っていた。となれば、石之伸に「勝ち目はないよう」に思われた。
     だが、彼らは決定的な過ちを犯したことに気がつくことになる。
    「なに」
    「ばかな」
    「こんなことが」
     そう。石之伸は水中において巨大な泡に包まれ、その中で地上同様に呼吸をしていたのだ。
     石之伸は竜宮城を広宣流布した文殊師利菩薩の継承者である。竜宮城から発射される泡によって水中は石之伸にとって「自分の庭」と同じであった。
     石之伸に向かって薬玉ほどの大きさの泡が浮かび上がってきた。石之伸はそれで頭を包んだ。丁度、透明のカプセルで頭を包んだような感じだ。
     これで石之伸もまた自由に水中を泳ぐことができるようになった。
    「行け。こんな虚仮威しに誤魔化されるな」
     沙悪の命令を受け、配下たちが石之伸に迫る。だが、石之伸の剣術の前にひとり、またひとりと命を落としていく。
     残るは沙悪のみ。
    「俺様は仮にも『青い清流のシャアク』と呼ばれた男。水の中で俺よりも速い動きのできる男などいるものか」
     沙悪が石之伸に迫る。
    「死ねえ。沙悪『乱れ顎』」
     沙悪が無数の手裏剣を乱れ打ちした。石之伸が剣でそれを弾く。
    「もらったあ」
     沙悪は忍者刀を構えた。石之伸の心臓を狙う。
     石之伸は自分の体を反時計回りに捻りながら刀を振り上げると、沙悪が心臓を突くよりも早く沙悪の脳天に刀を振り下ろした。
    「海鼠の嚔『深海に降る白雪』」

     桑名。
    「おっ、船が見えたぞ」 
    「沙悪が戻ってきたぞ」
     太陽族は大喜び。
     だが。
    「船に乗っているのは・・・船頭を入れて3人だ」
    「なに?どういうことだ。沙悪の部隊は全員で10名の筈だ」
     もう一度よく確かめる。
    「やはり3人しか乗っていません」
    「ということは8名もやられたのか」
     この期に及んで、まだ「沙悪が負けた」という事実を受け入れられないとは。
     ま、それも無理はなかろう。沙悪の実力は太陽族の皆が知っているのだから。

     一方、桑名を目指す船では。
    「殿、もうすぐ桑名に着きますな」
    「ああ」
    「どうやら、そこでも一騒動ありそうな気配ですな」
     石之伸と長七郎は桑名の海岸に太陽族が総出で出迎えているのをはっきりと認識していたのだった。

     船が桑名に到着した。
    「お前は石之伸。ということは貴様、沙悪を」
     嵐は体をブルブルと震え上がらせていた。
    「帰った方が身のためだ。『仇討ち』などということは考えないことだ」
    「黙れえ!皆の者、この場でこいつを討ち果たすのじゃ!」
    「それは無理というものだ」
     桑名の港はその後、修羅場と化した。
     次々と命を落とす太陽族。
    「秘剣『大文字焼き』」
     飯狂の秘剣が石之伸を捉える。
     だが。
    「なに、消えた?」
     常人の4倍の速度で移動する石之伸である。いかなる秘剣も「蠅が止まっている」ように見えるのだ。
    「秘剣を見せてくれたせめてもの礼に、せめて奥義で葬ってやろう」
     石之伸が鞘に入った刀を右上に勢いよく振り上げた。刀は勢いそのままに石之伸の背中に当たる。その瞬間、石之伸は左手で鞘頭をぐっと掴んだ。
    「海鼠の嚔『赤い潮』」
     石之伸が抜いた刀は飯狂の体を左肩から心臓めがけてぶった切った。
    「おのれ。よくも兄弟を。許せん」
     犯詐は両手に装着した手甲鈎で挑んできた。これに1回でも引っかかれれば致命傷になる。
    「犯詐『狗狼』」
     次々と腕を繰り出す。しかし石之伸の体にはあたらない。絶対的な速度が違いすぎるのだ。
    「あたたたたた」
     必死に乱れ打ちする犯詐。その全てを躱す石之伸。
    「兄弟か。ならば、お前も奥義をもって葬ってやろう」
     石之伸が鞘に入った刀を左手に持ち体を左に捻る。捻りきったところで水平に抜刀。
    「海鼠の嚔『青い波濤』」
     犯詐の体が上半身と下半身に切断された。

     その他の雑魚は長七郎が始末していた。
     残すは嵐と美佐のみ。
    「駿府の決着をここでつけるか、太陽族」
    「自惚れるな石之伸。貴様との決戦の地はここではない」
    「なに」
    「伊勢で待っているぞ」
     嵐と美佐は東海道を外れ、南へと逃げた。その先にあるのは・・・。
    「殿」
    「修羅界の波動が日本で最も強く発生する場所で闘うか。それもよかろう」
     決戦の舞台、それは伊勢神宮だ。

     雄一郎が澄を襲った翌日の夜、大介は江戸の長州藩上屋敷に侵入した。雄一郎が身を隠すとなれば「ここ以外にはない」と踏んだのだ。そして案の定、雄一郎はここにいた。それも「江戸家老・佐々木助八」という大層なご身分で。
     その助八こと雄一郎だが、先程から自室において瞑想状態にあった。目を閉じ、全く動かない。
     丁度、その頃。
     長州藩の出城の一つである相方城でも、城を預かる家老・渥美格八が、やはり先程から瞑想状態にあった。
    「助八。そちらの様子はどうだ」
    「申し訳ありません。澄の襲撃に失敗しました。大介が竜宮からやってきたのです」
    「それは拙いな」
    「どう致しましょう」
    「大介がいるとなれば、お前だけでは不利だ。一旦、西へ戻れ」
    「はい」
     こんなやりとりが、ふたりの間で「精神波」によってなされていたのだった。
     佐々木助八と渥美格八。ふたりの関係は一体?



  •  正法時代が終焉、像法時代が幕を開けた西暦52年から五年後の西暦57年。第10代・崇神天皇は前漢・光武帝から「金印」を拝受した。以後、前漢の隷属国となった倭国には大陸から「鉄の武器」や始皇帝陵を作り上げた高度な「土木技術」、戦闘術「角力」といったものが次々ともたらされた。そして第11代・垂仁天皇はこれらを用いて地方の豪族たちを攻め、倭国による全国統一を企てた。だが、戦争を起こすには、それだけでは足りない。戦争を進めるには「軍国主義による思想統制」が必要である。そのために築かれた軍事施設。それが伊勢神宮に他ならない。
     世界にはキリスト教やイスラム教など様々な宗教が存在するが、およそ初めから「戦意高揚」を目的に創始された宗教は神道を置いて他にはない。神道は文字通り人間を殺戮へと駆り立てる「邪宗教」なのだ。
     戦争に勝利するには兵士の生命境涯を「修羅界」にするのが一番だ。そこで伊勢神宮は日本列島で最も修羅界の波動が強く発生している地=タブーに築かれた。その結果、伊勢神宮は現代に至るまで軍国主義を礼賛する好戦的な為政者たちが決まって参詣する場所なのである。

     金印について、もう少し話そう。
     金印が九州から出土した経緯について。それはニッポン人の得意とする「ダブル・スタンダード」が当時から行われていたことを示すものに他ならない。金印が九州にあるのは、後漢には「倭国は属国になった」と思わせ、倭国には「対等の関係を結んだ」と思わせるダブル・スタンダードが九州の地で行われたことの証明なのだ。従って金印の出土を理由に「邪馬台国は九州にあった」と主張することはナンセンスである。邪馬台国は「やまとこく」今の奈良だ。そして卑弥呼は「日の御子」である。

     伊勢神宮に代表される修羅界の波動が強く発生する場所を「パワースポット」と呼ぶ。「受験祈願」や「就職祈願」はそうした特性を利用している。受験も就職も他者との競争あり、他者を蹴落として自分が勝利を手にする「戦争」だからだ。確かに、そうした競争や戦争に勝利する上で、パワースポットを訪れることには一定の効果がある。だが、それは「自分さえよければそれでいい」という野蛮な性質を助長することと引き換えなのだ。
     そしてパワースポットは何も神社のような「施設」だけに留まらない。修羅界の波動を強烈に周囲に発生させる存在は全てパワースポットとしての機能を持つ。例えば軍国主義や民族主義を声高に訴えることで過激な思想に心惹かれる人々の支持を集めるカリスマもまたパワースポットに他ならない。カリスマは「歩くパワースポット」である。こうしたカリスマは自ら修羅界の生命境涯を持ち、修羅界の波動を周囲に発生することで、周囲の人々を修羅界の生命境涯へと誘うのだ。
     こうしたパワースポットに対し、菩薩界の波動を発生させる場所もある。「ピーススポット」である。そしてパワースポット同様、平和主義や自由主義や平等主義を訴える者もまたピーススポットである。マハトマ・ガンジーなどはその代表例と言えよう。
     そして今、この時代の最大のピーススポットである石之伸がパワースポットである伊勢神宮に刻一刻と近づいていたのである。

    「この地からはもの凄い勢いで修羅界の波動が放出されている。これが伊勢か」
    「そうですな」
     なんとなく「邪悪な空気」は感じるものの、残念ながら長七郎には石之伸が言わんとするものを正確に感じることはできなかった。
    「この波動を味方にして『私と闘おう』というのは、なかなかのアイデアだな」
     やがて伊勢神宮の入り口である大鳥居が見えてきた。その奥には宇治川が流れ、橋が架かる。橋の奥が神宮の敷地内だ。
    「天岩戸に天照大神が入ることができなかったように、この鳥居から奥にはいかなる神も入ることができない。つまり今度の闘いでは『神の御加護』は期待できないと言うことだ。相撲の横綱を知っているだろう?横綱というのは自分の体に注連縄を張った力士のことで、それは『今後は神様の力を借りずに自分の力だけで勝ちます』という決意なのだ」
     それを聞いた長七郎は流石にビビらずにはいられなかった。どんなに実力があっても、やはり神の御加護がないというのは怖いものだ。だから現代でもスポーツマンの大半が人前やマスメディアの前では自信たっぷりに振る舞う一方で、神社に詣でて「必勝祈願」をする。勿論、そのような自信は「本当の自信」ではないのだが。神頼みなどせず「勝ち負けはどうでもいい。自分の実力を大舞台で試したい」と思うピュアな精神こそが本当の自信なのだが、勝利者には莫大な「富や名誉が得られる」ゆえに、そうしたピュアな精神を維持し続けることのできるスポーツマンは極めて少ないのである。
    「怖いなら、ここで待っていてもいいです」
    「ご冗談を。私には家老として殿をお守りする責任があります」
    「では雑魚は任せます」
    「御意」
    「大物には絶対に手を出さないように。あなたを死なせたくはないから」
     ふたりは大鳥居を潜った。
     いくつかの建物の脇を抜け、やがて石之伸と長七郎は広場に出た。闘いにはうってつけの場所だ。
    「待っていたぞ。石之伸」
     広場の先の小高い場所には嵐と美佐。そしてその前方にはふたりを護るように20名の巫女が横一列に並ぶ。
    「そうか。美佐が『伊勢の祭主』だったのか」
     伊勢神宮の祭主は女性、それも「処女」と決められている。表向きは天照大神が女性神で「男性や男性と交わった女性を嫌うから」だが、実際は神様が入って来られない結界の中に棲みつく魔物の本性が「助平」であり処女を好むからだ。
     ともあれ、これで長州が忍を使う理由も分かった。本当の頭は美佐で、嵐はその手下。そして忍の正体は伊賀忍者だ。
     伊賀忍者といえば服部に代表される通り徳川に忠誠を誓う忍の集団である。だが、どうやら裏では長州に味方しているらしい。後日談になるが、勝海舟が徳川方を装い、実際は長州に内応していたようなものだ。
     では何故、そのようなことが可能だったのかと言えば、長州は資金が潤沢だったからだ。長州藩37万石というのは実のところ徳川が長州藩の実力を世間に低く見せるために決めた石高であり、実際には90万石とも言われる石高を有していたのだ。実際は90万石の石高がありながら幕府から課せられる賦役は37万石で済むのだから嫌でも国は豊かになる。こうして蓄えた資金を活かして多くの徳川方を寝返らせていたのである。武士道の時代といっても所詮、ニッポン人の本性は現代同様「カネ・カネ・カネ」だ。
     美佐が右腕を高々と挙げた。その手には軍配。
    「皆の者、やっておしまい」
     軍配が下ろされた。戦闘開始だ。巫女たちが石之伸に迫る。
    「奴らは私めにお任せを。殿は嵐と美佐を」
     長七郎が刀を抜いた。柳生新陰流二刀剣術。
    「やあ」
     早速、一人目を斬った。
     一方、石之伸は丘の上にいる美佐めがけて走った。
    「無礼者!」
     嵐が立ちはだかる。
    「どっちが!」
    「この若造が」 
     嵐が丘の上から石之伸めがけて飛んだ。
    「その程度かい。とうっ」
     石之伸が丘の下から飛んだ。
    「なにい?」
     何と、丘の上から飛んだ嵐よりも丘の下から飛んだ石之伸の方が高かったのだ。石之伸は嵐の肩を踏み台にして、更に飛んだ。
    「美佐。お命頂戴する」
     そのまま一気に美佐の目の前に迫る。
     その時、美佐は何やら丸い盾のようなもので防御した。
    「うわあ!」
     刀が丸い盾のようなものに振れた瞬間、石之伸は強烈な光を全身に浴び、上方に弾き飛ばされた。石之伸は美佐の前にうつ伏せになって落下した。 
    「な、何だ、今のは?」
     石之伸は目を擦って、美佐を見た。
    「そ、それは八咫鏡(やたのかがみ)」
     丸い盾のようなものの正体。それは八咫鏡であった。いうまでもない、伊勢神宮の秘宝だ。
     三種の神器のひとつである八咫鏡。その能力は草薙剣に匹敵する。そしてその草薙剣は今回、江戸の上屋敷に置いてきた。まさか八咫鏡を敵に回して闘うとは思ってもみなかったからだ。
    「さしもの文殊師利菩薩も、この鏡の前には手も足も出ないようね」 
    「なにい」
     石之伸は平突きで八咫鏡を攻撃した。
     再び八咫鏡が光を発する。
    「うわあああっ」
     石之伸の体が、八咫鏡が発する強烈な光によって今度は丘の下まで吹き飛ばされた。
    「愚か者め。この八咫鏡は打ちあえば打ちあうほど発する光を増すのよ」
    「ううう」
    「殿」
     長七郎が石之伸の元に駆け寄った。
    「殿、しっかりなさって下さい」
     石之伸にとってこれは久しぶりの苦戦だ。こんな苦戦、雄一郎と闘って以来だ。
    「だ、大丈夫だ」
     気力で立ち上がる。
    「八咫鏡をどうにかしなければ勝ち目はない」
     だが、どうする?
    「さあ、八咫鏡が発する光に体を切り刻まれろ」
    「くっ」
     石之伸は奥義、海鼠の嚔「深海に降る雪」で応戦した。だが、八咫鏡には罅ひとつ入らない。
    「そ、そんな」
    「そんな鈍(なまくら)で八咫鏡に傷を付けられるものか」
     歴代の有名武将が好んで愛用した鎌倉時代の名匠、古市亜夢の一振りを捕まえて「そんな鈍」とはよくぞ言ってくれた。だが、相手が神器となれば、それも致し方ないところか。
     誇らしげに美佐が語る。
    「この八咫鏡は太陽の煌めきをもってつくられた光の聖鏡。4000年の太陽の輝きがこの鏡の中にはおさめられているのよ。我が忍の名称・太陽族の名もここから来ているわ」
     このままでは殺られる。
    「さあ、どのようにして死にたい?光の刃によって切り刻まれるか、それとも光の世界に飲み込まれるか、好きな方を選べ」
    「くう」
    「ならば私が選んでやろう。石之伸。光の世界に飲み込まれるがいい」
     八咫鏡が輝き始める。まさしく太陽の輝きそのものだ。
    「さらばだ、石之伸!」
     その時。
     八咫鏡に「何か」が突き刺さった。八咫鏡に輝きは失せ、只の銅鏡と化していた。
    「何だ、何があったのだ?」
     動揺する美佐。美佐は八咫鏡に突き刺さったモノを見た。
    「これは草薙剣!?」
     美佐が驚いた直後、どこからともなく声がした。
    「そうよ、草薙剣よ。これで八咫鏡は使い物にならなくなったわ」
     そう叫んだのは。
    「阿綺羅!」
     長七郎は阿綺羅の存在を認めた。
    「どうやら間に合ったようね」
     阿綺羅が石之伸の元にやってきた。
    「大丈夫ですか?」
    「ああ、大丈夫だ。ありがとよ」
    「おのれえ」
     美佐が草薙剣を八咫鏡から引き抜こうとした。
    「おっと、そうはいかないわ」
     阿綺羅が馬の毛を引っ張った。馬の毛は草薙剣の柄に結びつけられていた。草薙剣は美佐が奪取する前に八咫鏡から抜け、阿綺羅の手元に戻った。
    「くそう」
    「さあ、石之伸様」
     阿綺羅は草薙剣を石之伸に渡した。
     形勢逆転。だが流石は神器。八咫鏡が自己修復を開始した。傷が埋まり、徐々に元の能力を取り戻しつつある。
    「石之伸様、急いで下さい。八咫鏡が復活する前にあの女を」
    「よし」
     石之伸が丘を駆け上る。
    「うおおおおおおお」
     美佐に迫る。
    「覚悟ーっ!」
     その時。
    「なにい」
     美佐と石之伸の間に嵐が飛び込んできた。草薙剣は嵐の体が盾となって美佐の体には届かなかった。
    「お父様!」
    「美・・・佐・・・」
     草薙剣の一太刀を受けた嵐の傷は致命傷だった。崩れ落ちる嵐の体。
    「お父様ーっ!」
     美佐は八咫鏡を投げ捨てて嵐を抱きしめた。号泣する美佐。
     だが。
    「あはははは」
     突然、美佐が笑い始めた。最愛の父親を失い、気が狂ったのだ。
    「あはははは」
     もはや美佐に戦闘能力はない。闘う理由はなくなった。石之伸は草薙剣を鞘に収めた。
     そして八咫鏡は阿綺羅が回収した。
    さて、問題は美佐だ。このまま放って置くわけにもいかない。結局、長七郎が美佐を連れて一旦、江戸に戻ることになった。

     石之伸と阿綺羅のふたりは遂に三条大橋までやってきた。無事というには、いろいろな出来事があったけれども、無事に東海道を歩ききったのだった。
    「石之伸様ーっ」
     そう叫びながら走ってくるのは、先に京に到着していた樋口である。
     そして後ろからも声が。それは何と長七郎。江戸に向かったはずでは?結局、江戸に向かう途中で正気を取り戻した美佐に、まんまと逃げられてしまったのだとのこと。ということは、美佐はいずれ再び石之伸の前に姿を現すであろう。それがいつかは今の時点では判らないけれども。
     樋口に連れられて三人は京屋敷に入った。京屋敷は通りを挟んで二条城の東の向かいにあった。
    「結構な広さだな」
     屋敷内は10名の家臣は暮らせそうな広さがある。石之伸は47名の家臣のうち7名をここに住まわせることに決めた。 
     京屋敷を確認した石之伸らは翌朝には既に大坂へ向けて出奔していた。長州による謀反の動きが明白となったからには一刻も早く福南藩を藩として整備し、福山藩と共に「西国を監視する強力な壁」を構築しなくてはならない。
     
     大坂では渡部が一行を出迎えた。ここでも石之伸は蔵屋敷を視察。渡部に適切な指示を与えた。
     ここから先へ向かうルートは大きく二つあった。通常であれば堺の港から船に乗り今回、福山藩から福南藩に割譲された鞆の浦の港まで直行なのだが、阿綺羅がもたらした「大介からの情報」によれば敵の中に豹紋蛸となった雄一郎がいるとのこと。そこで「船上での戦闘」は危険と判断。陸路を行くことにした。
     尼崎から六甲の麓を通って明石に入り、更に姫路へと向かう。
     姫路藩は城こそは古(いにしえ)の蘇我城を思わせる立派なものだが、内実は頻繁に改易が行われ、藩主がコロコロ入れ替わるという実に落ち着かない藩だ。そんな状況だから財政も当然、悪い。「武士道=食わねど高楊枝=中身よりも見てくれが大事」の典型のような藩である。
     そして一行は赤穂藩に到着した。言わずと知れた浅野内匠頭が治める国だ。現在は城普請に力を入れている最中であった。
     この赤穂藩。実は会津藩とはちょっとした縁がある。というのは赤穂藩独自の学問の礎を築いた山鹿流軍学の祖・山鹿素行は会津の出身なのだ。
     ということで藩主・浅野長矩は石之伸らの来訪を心から歓迎した。
    「我が藩では塩の生産に力を入れております」
     赤穂藩と言えば塩。それが後に塩の生産で利益を得ている吉良上野介との確執へと発展することを、この時点ではまだ知らない。
    「見たところ築城中らしいが」
    「はい。素行先生の縄張りによって築城を進めております」
    「よく幕府が認めてくれましたな。今の時代、築城はそれ自体『改易』の理由にもなるというのに」
    「私も驚いております」
     しかし幕府がこの時期、赤穂藩に築城を認めたことは紛れもない事実である。
     そして「先を急ぐ」と断ったものの、どうしてもということで、この日は赤穂の屋敷に一泊することになった。石之伸と長七郎は同じ部屋に、女性の阿綺羅は女性のみが入ることを許された大奥の一室で就寝していた。
     その阿綺羅の元に、何やら怪しい影が忍び寄る。長旅の疲れからか、阿綺羅は全く気がつかない。
     そして。
    「ううーっ」
     口を塞がされ、全身を拘束された阿綺羅。目が覚めたときには全てが終わっていた。
    「ブイブイ-」
     阿綺羅は青い豹紋を全身に浮かび上がらせた何とも気味の悪い蛸を見た。大介が話していた「助八=雄一郎である」と認識するのに、さしたる時間はかからなかった。そして江戸で澄に対して行われた「責め」が阿綺羅に対しても容赦なく開始された。
    「ううー、うぐうー」
     澄とは異なり阿綺羅はまだ処女だ。その阿綺羅が辱めを受ける。
    「うぐうー、うぐうううー」
     相手は何しろ雄一郎。史上最凶の「SM責め」が阿綺羅の最も感じやすいところを責めまくる。
    「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
     雄一郎の激しい呼吸音が深夜の部屋に響く。
     別室にいる他の女性たちが起きてくる気配はない。石之伸と長七郎も遠く離れた大奥での出来事には全く気がつかない。
    「ううーっ、うううーっ」
     必死に助けを呼ぼうとするが、雄一郎の足がそれを阻む。
     
     ドクン、ドクン、ドクン

    (今のは何?これってまさか)
     そう。雄一郎は澄の時には果たし得なかった交接腕からの「精子袋の挿入」を阿綺羅に対し行ったのだ。そして精子袋は破裂した。
    (いやあ、そんなのいやああああっ!)
     その後も雄一郎は翌朝になるまで阿綺羅の体を弄び続けた。ときに力強く。ときに素早く。ときに焦(じ)らしながら。阿綺羅はウブな生娘から一転、この一晩だけで何十回もタコされ・・・ではなく、イカされたのだった。
     翌朝。
    「おはようございます」
     阿綺羅は何事もなかったかのように石之伸たちの前に姿を現した。
    「おはよう」
     石之伸と長七郎も普段と変わらない阿綺羅に何の疑念も抱くことはなかった。
     だが、阿綺羅は心の中で涙を流し続けていたのだった。こんな辱め、誰にも知られてはならない。もしも妊娠したらどうしよう。いろいろな思いが阿綺羅の頭の中で交錯していた。



  •  いよいよここから先は「山陽」である。
     後楽園に隣接する岡山城の天守閣は豊臣秀吉時代の大阪城を模したと言われる。黒く塗られた天守の壁と金箔を貼った瓦の組み合わせ。言われてみれば「優雅さ」よりも「無骨さ」を感じる。
     1969年から開始された埋め立て事業によって現在は存在しない笠岡湾を眺める一行。その足下の干潟の中を沢山のカブトガニが蠢いている。
     そして、その先には既に福山城が見えている。笠岡を越えれば、そこはもう福山藩だ。

     相方城。
    「何ということだ。石之伸はもう福山のすぐ手前まで来ておるではないか」
     城代家老・渥美格八の激昂。
    「太陽族。偉そうなことを言いながら全く使えない奴らめ」
    「申し訳ありません」
     家臣一同、平謝り。
    「こういうときは『女遊び』で憂さを晴らすに限る。今夜、掠って参れ。活きのいい生娘をなあ」
    「承知いたしました」
     太陽族はまだ全滅したわけではない。嵐は死に、美佐の行方は杳として知れなかったが、相方城には多数の下っ端どもが残っていた。
     彼らは夜になると、相方城を出て福山城下へと繰り出した。その目的は家老の夜の楽しみのために生娘を調達することだ。実のところ、こうした行為は家老が今の渥美格八になって以後、度々行われており、福山城下では「連続拐かし事件」として恐れられていた。「犯人は相方城の忍」という噂はあったものの相方城は福山藩の外にあり、確証が掴めない限り幕府に訴え出ることもできなかった。
    「今日の獲物はあの廻船問屋の一人娘だ」
     太陽族が廻船問屋・板井屋に押し入る。何しろ忍だから、どんなに厳重な仕掛けが施された雨戸も開けるのにわけがない。
    「よし、城へ戻るぞ」
     太陽族は板井屋の一人娘・陽を連れ去っていった。

     相方城。
     陽は城の中にある牢の中に幽閉されていた。
     そこへやってきたのは。
    「ピピピー」
     言わずと知れた渥美格八。
    「さあ、今夜は楽しませ貰うぞ。チチチー」
     牢から出された陽は格八自らの手で拷問部屋へと移された。

     ピシッ、ピシッ、ピシッ

    「あーっ、あーっ、あーっ」
     陽が泣き叫ぶ。陽は天井から吊り下げられ、体に鞭を浴びせられていた。
    「いいそ、いいそ。もっと泣け。もっと泣けい」
     容赦なく鞭を浴びせる格八。みるみるうちに陽の体に蚯蚓が這い回るような赤い痣がつく。
    「ああーっ」
     ガクッと頭を落とす陽。気絶したのだ。そこへ水を浴びせ、蘇生させる。そして更に鞭を浴びせる。
    「ああーっ、ああーっ、あああーっ」
     そしていよいよ「お楽しみ」が始まった。格八の顔色が茶色く変わる。更にそこに青い斑紋が浮かび上がる。その姿は紛れもない豹紋蛸!
     これは一体全体、どういうことなのだ?雄一郎は佐々木助八の筈だ。
     豹紋蛸と化した格八が陽の体を愛撫し始めた。
    「いやあ、やめてえ」
    「年頃だもんなあ。嫌でも感じてしまうよなあ。ほれほれ」
     格八は至って冷静に陽を責める。あまり興奮している様子は見せない。
    「くそう。交接腕がないから、やりたくてもできない」
     交接腕がない?
     理由は不明だが、どうやら格八には交接腕がないらしい。ということは「生殖行為はできない」ということだ。
    「こんないい女を前にしてできないとは」
     そのように文句を言いつつ、格八は陽の体を必死に愛撫し続けるのだった。
    「今夜は無理だが、もう暫くすればできるようになる。今日のところは愛撫で我慢してやる。覚悟しとけよ。陽」
     この言い方だと今後「交接腕が生えてくる」ということか?
     兎にも角にも、格八の言うことは謎だらけだ。

     陽が格八の手に落ちた日の昼、石之伸一行は福山城下に入った。一行はまず福山城にいる藩主・水野勝種(1663~1697)を表敬訪問した。
    「西国の抑えとして我が藩の責任は非情に重い。その責任を分けることのできる福南藩の立藩は我が藩にとっても大いに有り難い」
    「恐れ入ります」
     こんな感じの話が交わされた後、勝種より次のような話が出た。
    「ここ最近、城下で『拐かし』が頻発していてな。昨夜もあって、これで10名になる。噂では相方城の手の者が城代家老の慰めものとするために連れ去っているのだという話だが、如何せん証拠がない」
    「相方城とは?」
    「相方城は長州藩の支城じゃ。我が福山城から僅か二里(8㎞)の位置にある。しかもこの城は立派な石垣を有する難攻不落の山城なのじゃ」
    「で、城代家老というのは?」
    「半年ほど前に就任した。名は『渥美格八』という」
    「渥美格八」
     石之伸はその名前を聞いて、顔を曇らせた。大介からの知らせによって、江戸の上屋敷で澄を襲った豹紋蛸は「佐々木助八」と名乗ったということを思い出していたのだ。
     佐々木助八と渥美格八。何か関係がありそうだ。
     それに長州藩が太陽族を使って道中、自分を攻撃してきたのも気に掛かる。そのように仕向けているのが雄一郎だとすれば、全て辻褄が合う。
    「判りました。我々も福南藩に向かう前に、その件について調べてみましょう」
     石之伸は勝種にそう約束した。ということで城を出た石之伸一行は、今日は出立せず、福山城下の宿を借りることにした。
     深夜、石之伸は宿の外に出た。
    「石之伸様、町の中を巡回ですか?」
    「阿綺羅」
    「お伴いたします」
    「しょうのない奴だ。一緒に来い」
     だが、阿綺羅の予想に反し、石之伸は早々に福山城下を出てしまった。相方城の者たちが福山城下に潜入してくるのを待つのではなく、自ら相方城に潜入しようというのだ。城代家老・渥美格八の正体が雄一郎であるならば倒すし、拐かされた娘たちが無事ならば救出するまでだ。
     距離は僅かに二里。二人はあっという間に相方城が見える場所に到着した。
    「あれが相方城か」
     正攻法では絶対に落とせないだろう急峻な山の頂上にそれは築城されていた。今で言うところの「フリークライミング」の技術を使って、ふたりは相方城に取り付くことに成功した。
     警備は至って手薄である。自然の地形による鉄壁の防御を信じ切っているのだろう。
    「俺から離れるなよ」
     石之伸と阿綺羅は一緒になって城の中を探索する。
    「娘たちがいるとすれば地下の牢屋だろう」
     そう辺りを付けて、下へ向かう階段なり梯子なりを探す。やがて、それとおぼしき地下へ向かう通路を発見。
    「いくぞ」
     慎重に降りていく。
    「ここが牢屋だな」
     複数の牢が集まる牢屋。だが、牢の中に娘たちの姿はない。一番奥に木の扉が。そこは鍵がかかっていて開かない。
    「鍵の解錠は阿綺羅にお任せ」
     流石は柳生のお頭。阿綺羅が銀の簪一本で鍵を解錠した。扉を開くと中にはひとりの可愛らしい娘が天井から吊り下げられていた。
    「あんた、名前は?」
     娘は陽と答えた。
     ここは拷問部屋で、娘は陽のみだった。残念だが、他の娘たちは既に始末されているようだった。
    「阿綺羅、この娘を頼む」
    「どちらへ?」
    「城代家老を探す」
     石之伸は城代家老・渥美格八を探しに出ていった。阿綺羅は娘と共に来た道を戻る。
    「どこだ、どこにいる」
     蚯蚓腫れだらけになった陽の姿に「SM趣味」を見た石之伸は渥美格八が雄一郎であることを確信した。
     石之伸は天守ではなく本丸御殿を目指した。今は深夜であるから天守にはおるまいと考えたのだ。だが、その読みは外れた。この時、格八は天守にいたのだ。
     その格八は苛立っていた。
    「早く来い。早く」
     格八は助八を待っていたのだ。

     本丸御殿。
    「いない」
    石之伸は本丸御殿で格八を発見することができなかった。
    「ということは天守か」 
     急げ、石之伸。格八と助八が出会う前に格八を倒すのだ。

     天守。
    「お待たせ致しました。助八、只今戻りました」
    「よし。よく戻ってきた」
     そこへ石之伸がやってきた。
    「なに。雄一郎がふたり?」
     豹紋蛸が二体いるのを見た石之伸は当たり前だが、大いに驚いた。そして驚いたのは格八、助八も同様であった。
    「お前は石之伸!」
    「どうして、ここにお前が?」
     気を取り直した石之伸は格八と助八を瞬時にじっくりと観察した。どちらも豹紋蛸。そして足は四本。
    「そういうことか。体を分離していたんだな、雄一郎」
    「ばーれーたーかー」
    「だが、手遅れよ」
     格八と助八が合体作業に入った。互いの足を絡め合う。互いの口を重ね合う。その姿はまさに「男同士によるメイクラブ」だ。
     そして、石之伸の目の前で雄一郎は本来の姿に戻った。
    「ふふふふふ。どうだ。これが鋒鋩の体を捨てて豹紋蛸の体を手に入れた今の俺様の真の姿よ。ブイブイブイー」
     何て悍ましい姿なのか。全身、茶色い蛸の体に青い豹紋が、見た目にも「猛毒の持ち主」とわかるように、これ見よがしに浮き出ている。
    「性懲りもなく、江戸にいる澄を襲ったそうじゃないか」
     石之伸は雄一郎に向かってそう罵った。それに対する雄一郎の返答は石之伸を驚愕させるものだった。
    「澄とはできなかったが、その代わりに阿綺羅とは、ばっちりやらせてもらったぜ。今頃はあの娘、俺の子供を妊娠しているかもな。ピピピー」
    「きっさっまあーっ!」
     石之伸の怒りが頂点に達した。

     その頃、本丸御殿の中庭に、ひとりの女性の姿があった。
    「ご家老様。美佐。只今、戻りました」
     運命の歯車とは凡そ、こんなものだ。美佐が相方城に戻ってきたのだ。
     返事はない。
    「ご家老様?」
     やはり返事はない。
    「ということは、天守にいらっしゃるのか」

     天守。
    「とうっ」
     石之伸の攻撃。
    「どうした石之伸。いつもの『技のキレ』がないではないか。さては貴様、怒っているな?今のお前の生命境涯は『修羅界』と見た」
    「おのれえ」
    「お前の強さの秘密は類い稀なる『生命境涯の高さ』にこそある。今のお前ならば簡単に倒せるわ」
     雄一郎の攻撃。複数の足が鞭のように撓りながら石之伸に襲いかかる。右に左に体を張り飛ばされる石之伸。
    「うぐう」
     こんなバカなことが。石之伸が片膝をついた。
    「ふふふ。生命境涯の低いお前など、俺の敵ではないわ」
     更に石之伸を叩きのめす雄一郎。
    「ううっ」
     遂に石之伸がうつ伏せになって倒れた。
    「せっかくだから。もっとお前を怒らせてやろう」
     勝利を確信した雄一郎は調子に乗ってペラペラと話し始めた。
    「お前が駿府で殺した八人のくノ一。あれはな、私が太陽族に命じて福山城下から掠わせた娘たちだ」
    「何だと」
    「豹紋蛸の毒というのは実に便利な代物でな。大量に用いれば死ぬが、少量だと脳細胞だけを刺激して過去の記憶を消し去り、我が意のままに操ることができるのだ」
    「なんてことを」
    「お前は何の罪もない娘たちを殺したのよ」
    「それは違う。彼女たちを殺したのは俺ではない。太陽族の嵐が爆弾を破裂させたのだ」
    「さもあろう。あいつは俺以上に非情だからな。何しろ、あいつは俺が楽しんだ後の女どもを自ら進んで強姦していたからな。毒に冒されて記憶がなくなるのをいいことに」

    「そ、そんな」
     雄一郎の話を壁一つ隔てた隣の部屋で美佐が聞いていた。
    「お父様が、そんなことをするなんて」

    「お前が掠った娘は全員で10名だったな」
    「沢山やったから正確には覚えておらん」
    「太陽族の八名のくノ一、そして陽。九名は判った。あとひとりは誰だ?」
    「あとひとり?ああ、それならばはっきりと断言することができる。美佐よ」
    「何?」
    「あの娘は実に滑稽だよ。何しろ自分のことを本気で『嵐の娘である』と信じているんだからな」
    「どういう意味だ?」
    「最初に掠ってきた娘が美佐なのさ。しかも俺の命令で美佐を掠ってきたのは嵐だ。理由が分かるか?それは伊勢神宮に祭主として送り込むためだ。だからあの娘だけは手を付けてはおらん」
    「成程。最初から『おかしい』とは思っていたよ。伊勢神宮の祭主は皇族の姫君から選ばれることになっているのに、どうして一般の女性が、とな」
    「嵐に祭主を殺させ、美佐を祭主に据えたのよ。『伊勢神宮を制する者が日本を制する』からさ」
    「確かに。いかなる権力者よりも、民はまず『神の祟り』を恐れるからな」
    「法華経を信じるごく少数の者を除いて日本人は『魔物の住処』である伊勢神宮を『神様が住まう聖なる地』と本気で信じ切っているから尚更だ。で、美佐には祭主になってもらい、嵐には父親を演じて貰ったってわけさ」
    「おのれ」
    「バカな娘よ。自分の家族を殺した嵐を父親と信じて慕っているんだからな。ははははは」
     ということは、石之伸は美佐の父親の仇どころか美佐の両親の仇を討ったということになる。
    「ははははは」
     高笑いする雄一郎。
     その時。
     隣の部屋から壁が蹴破られた。
    「美佐!」
    「ご家老様。いや、ご家老。話は全て聞かせていただきました。酷い。酷い・・・」
    「美佐・・・」
     こちらは石之伸。その声には同情の心がこもっている。
    「許せない。この場であなたを倒す!」
     美佐が忍者刀を抜いた。

    「ふう」
     陽を抱えた阿綺羅はどうにか相方城の麓まで降りてきた。
    「阿綺羅」
     そう声をかけたのは長七郎。
    「爺」
    「心配になってな。やはりここに来ていたのか」
    「爺、この女性を城下へ。早く手当を」
    「お主はどうするのだ」
    「石之伸様を助けます。どうやらここに雄一郎がいるらしいのです」
     阿綺羅は再び山を登り始めた。

    「やあっ」
     美佐が雄一郎に襲いかかる。
    「無茶だ。よせ」
     石之伸が必死に制止する。だが、そんなものを聞く美佐ではない。石之伸は立ち上がろうとしたが、ダメージが酷く、立ち上がれない。
    「お前に用はない。いや、ひとつ残っているな。お前はまだ処女だ。俺にそれを捧げろ」
     雄一郎は美佐の肉体に交接腕を突っ込んだ。
    「ああーっ」
     交接腕を両腕で掴む美佐。
    「抜かせるかよ」
     他の7本の足で美佐の両腕、両足を拘束する。
    「さあ。俺を楽しませてくれよ」
     雄一郎が交接腕を激しく動かし始めた。
    「だめえ、だめえ、止めてえ!」
     泣き叫ぶ美佐。
    「良いぞ、良いぞ、その調子だ、その調子だ」
    「あああーっ!」
     美佐の体がビクン、ビクン、ビクンと激しく跳ねる。
    「今度は俺からの『お返し』だあ」
     交接腕の中を精子袋が移動する。
    「さあ、俺の子供を身籠もるがいい」
     精子袋が美佐の体内に送り込まれた。
    「いやあああああ!」
     美佐の絶叫。そこへ阿綺羅がやってきた。
    「お前は雄一郎!」
    「お前も来たのか」
    「あなたは美佐さん」
    「この女も、お前のように妊娠させてやったぞ」
    「うっ」
    「何ならもう一回、楽しませてやろうか?」
    「バカにしないで。あのときは就寝中で油断していたけど、今は違うわよ」
     阿綺羅は懐から八咫鏡を取り出した。
    「これでも食らえ!」
     八咫鏡が光を放つ。
    「ぐわあ」
     苦しむ雄一郎。足の力が弱まった。その結果、美佐は自力で脱出することができた。
    「おのれえ。その鏡をよこせえ」
     雄一郎の足が阿綺羅の足に巻き付いた。
    「きゃあ」
     床の上に転がされた阿綺羅。八咫鏡が床の上を滑る。雄一郎がそれを奪おうと足を伸ばす。だが、一足先に美佐が拾った。
    「とどめは私が刺してあげるわ」
     美佐が八咫鏡をかざした。
    「さあ。光の世界に飲み込まれるがいい」
     雄一郎の周囲に強烈な光を放射する八咫鏡。
    「ぶいいいいいいいっ!」
     やがて光が消えたとき、雄一郎の姿はどこにもなかった。
    「これで終わった」
     美佐がその場に倒れた。美佐の左胸には雄一郎の足が突き刺さった痕が。それは雄一郎渾身の一撃。美佐を道連れにしたのだ。
    「美佐」
     どうにか起き上がった石之伸が美佐の傍にやってきた。
    「私の両親の敵を討ってくれて、ありがとう」
    「たまたまだ。お前はずっと俺を『父親の仇』と思っていたんだろう?」
    「・・・・・・」
    「悪かった。何か言い残すことは?」
    「八咫鏡を彼女に。そして彼女にこの薬も・・・これで堕胎できる」
     美佐はいつ悪い奴に捉えられ、辱めを受けても大丈夫なように、いつも舶来品の堕胎剤を髪飾りの玉の中に携行していたのだ。
    「判った」
     こうして美佐は死んだ。
     そして石之伸もまた「己の未熟さ」を改めて思い知るのだった。如何に文殊師利菩薩の智慧を継承する者であっても怒りにまかせて生命境涯を修羅界に落とせば、せっかくの能力も発揮することはできないのだ。



  •  芦田川を越えた一行は進路を南へ向けると、水呑の農村を抜けた。やがて左手正面に海が開けた。
    「ここが鞆の浦か」
     鞆の浦は日本において最も古い港の一つだ。『源氏物語』にも登場するし、足利最後の将軍・義昭が晩年に過ごした地でもある。潮の香りが何ともすがすがしい。白い砂の上を蝦蛄が何匹も這っているのが見える。
    「遂に福南藩に来たんだな」
     一行は鞆の浦の海を眺めながら、その思いを実感するのだった。
     一行は鞆の浦の西にある低い山を超えた。
    「瀬戸内の藩というから海産物が主な特産品だとばかり思っていたが結構、田圃が多いな」
     山と山の間の谷間を流れる小川。その小川の両側に田圃が広がる。そんな光景が暫く続く。
     やがて田圃がなくなると、上り坂となった。そこを登り切ったとき。
    「海だ」
     左手に再び海が見えた。手前には港もある。更に海の奥に結構な大きさの島がある。
     福南藩は現在の福山市沼隈町一帯に位置する、東は鞆の浦、西は尾道に挟まれた山と海に囲まれた「隠れ里」を思わせる場所である。
     主な産業は「蜜柑」と「無花果」と「黒鯛」と「昆布」である。黒鯛と昆布は採るだけだから今後、育成するのは蜜柑と無花果の栽培ということになる。
     家来の屋敷だが、海に面した山の中腹に道を通し、その沿線に建てるしかなさそうだ。また赤穂藩同様、城も造らねばならない。それについて石之伸には一風変わったアイデアがあった。それは、ひとつめは山の上に造り、福山へ通じる街道からよく見えること。そしてふたつめは山の上にあるため容易には近づけないという特性を生かして建物の大きさを1/2スケールにすること。そうすれば建設費用を少なくできる。たとえば天守の外観が5層ならば、実際の階数は2階で最上階は只の飾りといった具合である。そしてみっつめは天守の周りに配置される櫓の中に大砲を備えること。それも大砲は鉄製のものではなく、打ち上げ花火に使用される麻縄をとぐろ巻きにした筒であることだ。玉も鉄球ではなく紙で包んだもので、威力を増すために中に火縄銃の弾を詰め込む。即ち「散弾」にする。安普請だが、西から攻め込んでくる敵に対する威嚇としての効果は充分で、実際に砲撃に使用した際にも、そこそこの威力が期待できるというわけだ。
     そして藩の政治を司る役所は城から延びる山道の麓に置かれる。山上の城はあくまでも「パフォーマンス」なのだ。そうすれば、いちいち山の上まで行く必要はない。必要なことは全て麓の御殿で済む。それに万が一にも福山城が攻め込まれたときにはすぐに急行することもできる。こうした仕掛けは勿論、他の国には秘密だ。
     城の建設地は福南藩の最北端にある馬背山に決めた。標高299m。この山の北麓を福山~尾道を結ぶ街道が通っている。安普請のミニチュアだから一夜城とはいわないまでも、かなり早期に築城が完了するだろう。

     石之伸が来て半年ほどが過ぎた。
    家臣たちの屋敷の建設も進み、石之伸は江戸の家臣とその家族たちを福南藩に旅立たせることにした。一部の家臣は京と大坂に残るが。
     石之伸は福南藩の家臣を「半士半農」の身分とした。つまり武士ではあるが農民のように「田畑を耕す」のだ。農作業はそれ自体、体を鍛えることに役立ち、それに自分や家族の分を自作できるならば、仮に飢饉が起きても農民が餓死することはあるまいという判断からだ。農民の餓死は石高の減少に直結する重大事なのだ。
     そして石之伸は元・会津藩士だから、当然のように会津藩が採用する社倉制度を採用した。老齢年金に該当する高齢者に米を支給する制度も、である。
     石之伸自ら漁船に乗って沖合を走る。すると無人島の岩には野生の牡蠣が結構びっしりと付着しているではないか。これをどうにか養殖したいものだと思う。更には船の製造業も立ち上げたいと考える。新しい藩であるから、いろいろなことに手を出して、藩の収入を安定させなくてはならない。
     藩が運営する高級旅館を海の眺めのよい場所につくれば、或いは旅の客が増えるかも知れない。現に隣の尾道は旅の客で賑わっている。
     そして気がつけば江戸を出立してから丸一年が経過しようとしていた。澄はどうしているだろう?石之伸は思う。そろそろ江戸に戻らねば。
     石之伸は長七郎を連れて江戸に向けて出発した。阿綺羅はとっくの昔に江戸に戻っている。
     来るときは敵との戦闘を考慮して陸路だったが、今回は鞆の浦から船で大坂まで行くことにした。その方が歩かなくていい分、ずっと楽だからだ。
     瀬戸内を船で行くふたり。大阪に着いたら蔵屋敷の渡部に会わねばなるまい。そんなことを考えている。
     明石沖を通過中。堺の港は近い。
     突然、船の上が慌ただしくなった。何と海中から無数の真蛸が船の上に飛び乗ってきたのだ。
    「きゃあ」
    「助けてくれえ」
     次々と真蛸によって海中に引きずり込まれていく人々。石之伸と長七郎を除き、全ての人々が海中に消えた。その光景を目の当たりにした石之伸と長七郎はその理由を直ちに理解した。
    「真蛸を操る妖精。これは雄一郎の仕業だ」
    「あいつ、まだ生きていたのか」
    「ブイブイブイー。その通りだー」
     雄一郎が海中から船の甲板に飛び移ってきた。
    「貴様、八咫鏡の光の世界から、どうやって逃げおおせたんだ」
    「この新しい体はどんなに狭い隙間でも潜り抜けることができる。古い城の床なんて隙間だらけだ。その隙間から下の階に逃げただけの話さ」
    「成程な」
    「そろそろ我々の勝負も決着を付けようではないか、石之伸」
    「望むところよ」
     石之伸は右手で刀を腰から抜くと、左手で鞘を握った。これは抜刀術の構えに他ならない。この構えからならば三種類ある奥義「海鼠の嚔」のいずれも発動することができる。
    「爺、手出しは無用だ」
    「はい」
     長七郎は後ろに下がる。
    「雄一郎。お前は結構長いこと、この地上にいたから、心臓を切られれば再生はないぞ」
    「言っておくが、俺の心臓はひとつではないぞ」
    「蛸の心臓が三つあることくらい、知っているさ」
    「いくぞ」
     互いに相手の出方を待つ両者。
     先に動いたのは雄一郎。墨を吐いてから上に飛んだ。
    「死ねえ、石之伸」
     頭上から落下してくる。
    「海鼠の嚔・赤い潮」
     奥義発動。まずは鰓心臓と呼ばれる左の心臓を切った。
     そして次に。
    「海鼠の嚔・青い波濤」
     今度は右の鰓心臓を切った。
    「くう」
    「残るは一つ」
    「ふん」
     雄一郎は自分の八本の足を自ら切断した。八本の足が自在に石之伸を攻撃する。
    「九つの脳か」
    「俺の足にはそれぞれ脳がある。故に自由に判断してお前を攻撃する」
     右、左、上、下。文字通り四方八方から石之伸の体を串刺しにしようと飛んでくる。だが、石之伸は冷静だ。もう「同じ過ち」は繰り返さない。生命境涯を高く維持する石之伸の動く速度は本来の4倍速に戻っていた。
    「まずはひとつ」
     一つ目の足を切断。
    「つぎ」
     二本目の足を切断。
    「今度は上」
     三本目の足を切断。
    「今度は左」
     四本目の足を切断。
    「次は下」
     五本目の足を切断。
     石之伸の動きを見ていた雄一郎が叫ぶ。
    「こんなバカな」
     そして
    「これが最後」
     八本目の足を切断。
     これで残すは頭のみ。そして頭には一個の心臓と一個の脳が残っている。
    「まだだ」
     頭が浮遊した。念動力だ。
    「行くぞ」
     頭が石之伸に襲いかかる。速い。避けるので手一杯だ。
    「どうだあ、どうだあ」
    「とう」
     石之伸が刀を頭に突き刺した。心臓を貫いたのだ。
    「うう、おのれえ」
     刀を引き抜き、最後の奥義を繰り出す。
    「海鼠の嚔・深海に降る雪」
     雄一郎の頭を脳天から垂直に唐竹割り。
    「ふたりいるからにほんしゅうーっ!」
     断末魔の叫び声を上げた雄一郎の頭が二つに割れ、甲板の上に落下した。
     終わった。何もかも。後はバラバラになった雄一郎の肉片を竜宮城で回収して貰うだけだ。
     ところが。
    「何だ、あれは?」
     空から謎の飛行物体が飛来してきた。謎の飛行物体が船の上で静止する。謎の飛行物体から光が甲板に向けて発射された。
    「雄一郎の体が」
    「飛んでいく」
     石之伸と長七郎が見ている目の前で、バラバラになった雄一郎の体が謎の飛行物体が発する光を浴びて上空へと上がっていく。雄一郎の体は全て謎の飛行物体の中へ吸収された。謎の飛行物体が雄一郎の体を回収したのだ。
     その後、謎の飛行物体はいずこともなく飛び去っていった。
    「まさか今の物体は」
    「雄一郎の味方なのか?」
     雄一郎の肉体を持ち去った謎の飛行物体の目的は?まさか再び石之伸の前に雄一郎が立ちはだかるとでもいうのか?

     江戸・福南藩上屋敷。
    「戻ったぞ」
     石之伸と長七郎が無事に帰ってきた。無事というには、確かに「不可解な事件」に遭遇もしたわけだが。
    「お帰りなさいませ」
     澄と中山が出迎える。喜びの再会。
     そこへ突如、傷だらけになった大介がやってきた。



  • 予告

  •  大介が傷だらけの姿で福南藩江戸上屋敷に現れた。
    「竜宮城が・・・襲われた」
     何と、竜宮城が敵の攻撃を受け全滅したというのだ。
     直ちに竜宮城へ向かう石之伸たち。そこで石之伸たちが目にしたのは
     大介がいう通り廃墟と化した竜宮城の姿だった。
     そして、乙姫は「敵に連れ去られた」という。
     果たして、石之伸たちは乙姫を取り戻すことができるのか?
     敵の星を目指し石之伸たちは宇宙空母「一眼の亀」に乗り込んだ。

  • 文殊の剣・第三部

  • 2025年5月3日19:30より送信開始。
    宇宙では賢い者だけが生き残る。






  • 文殊の剱・第三部「竜宮編」



  •  大介が傷だらけの姿で福南藩江戸上屋敷に現れた。
    「うう」
     ふらつく大介。
    「大介」
     石之伸が大介の体を支えた。
    「どうしたんだ。一体全体、何があったんだ?」
    「竜宮城が・・・襲われた」
    「なに?」
    「遠い宇宙からやってきた敵に襲われ・・・竜宮城は破壊され・・・乙姫様は連れ去られた」
     こんなことが。天の川銀河の中で最も高度な科学力を有し「平和な星」であるはずの竜宮が襲われただと?
    「とにかく治療をしよう」
     石之伸は大介を屋敷の中に入れた。

     布団の中で横になる大介。意識はあるが、体は動かさない方がいい状態だ。
     大介の周りには石之伸ほか、澄、長七郎、中山がいた。
    「お前が知っていることを、なるべく詳しく話してくれ」
     大介は話し始めた。
    「敵はエルライスという。今から8年前に突如として出現した軍事国家で、天の川銀河全域の征服を目論んでいる。そして遂に竜宮が支配する星域にも侵略の手を伸ばしてきたのだ」
    「それで、乙姫様は?」
    「乙姫様とその側近たちは最も安全な場所、王宮に置かれた無量宝珠の中に避難した。蘇我城にあった奴をより巨大にしたものと考えればいい。奴らは宝珠を外部からは容易に破壊できないと知るや、自分たちの星へと持ち去ったのだ」
    「で、敵の星の場所は判っているのか?」
    「敵の星の正確な位置は判らない。だが、宝珠が敵の本星に持ち去られたのであれば、その場所はいつでも判る。宝珠からは特殊な電波が発信されているからだ」
     取り敢えず、乙姫を取り戻すことはできそうだ。
    「・・・いや無理だ」
    「何故?」
    「宇宙船がない。奴らの星に行くには宇宙船が必要だ」
    「竜宮城にないのか?」
    「全て破壊されたか、或いは持ち去られた」
    「なんてこったい」
     ここで澄が話に入ってきた。
    「でも、もしかしたら一隻くらいは残っているかも知れないわ」
    「とにかく竜宮城に行って宇宙船があるかどうか探してみよう。それには大介、お前がまずは健康になることだ」
    「だったら急がねば」
     大介が起き上がろうとした。
    「まだ動くな」
    「急がねば。でないと竜宮城にすら行けなくなるかも知れない」
     石之伸は「ハッ」と思った。そうだ。地上と竜宮城を行き来できるのは竜宮城にある転送装置による。それが破壊されれば江戸と竜宮城との往来は不可能になる。
    「済まない大介」
    「大丈夫だ」
     大介は起き上がった。人は気さえ張っていれば多少の無理は利くものだ。
     一行は上屋敷内にある池の傍までやってきた。水が溜まっている場所であれば、どこでも竜宮城の入り口になり得る。無論、まだ転送装置が破壊されていなければの話だが。
     石之伸が池を見つめる。
     池が金色に輝き始めた。大丈夫だ。転送装置は生きている。
    「よし、いくぞ。みんな」
    「おっと待って。私たちも行くわよ」
    「お前たちは!」
     石之伸たちを呼び止めたのは蘇我馬知子女王と平放蕩将軍。
    「どうしてここに?」
    「久しぶりに会いに来たのよ。ずっと表で待っていたけれど、出てこないから塀を跳び越えたのよ」
     頼もしい仲間が一気に二人増えた。
    「そうだ。妖精たちも呼ばないと」
     澄は妖精の鈴を鳴らした。
    「渡部、見参」
    「樋口、見参」
    「鶴夕、参りました」
     妖精の鈴は瞬時に妖精たちを招集することができる実に便利な道具だ。
    「これで全員『揃った』ということだな」
     石之伸、澄、長七郎、馬知子女王、放蕩将軍、中山、渡部、樋口、鶴夕、そして大介。
    「よし、行こう」
     大介を先頭に全員が池に飛び込んだ。池の輝きが消え始める。
    「待ってー!」 
     そこへ何者かが飛び込んだ。

     石之伸たち10名が竜宮城に到着した。
    「きゃあ」
     そこへもうひとり。
    「いててて」
     腰を撫でるその者の正体は。
    「阿綺羅!」
     それは阿綺羅だった。石之伸が福南藩から戻ってきたので上屋敷に会いにやってきた時、皆が池に飛び込むのを見て、自分も後に続いたのだった。
    「ここはどこ?」 
     阿綺羅は大介の話を聞いていないから、ここがどこか判らない。
    「竜宮城だ」
    「まさか」
    「本当だ」
     阿綺羅は最初「まさか」と叫んだのだったが、すぐに自分の認識を改めた。その理由は建物の外に出た瞬間、本来であれば空があるはずの頭上に「海がある」のを認めたからである。
     だが今、認めるべきは「地上の光景」の方だった。認めたくはないが、かつての美しい町並みも今や廃墟と化していた。
     その中を一行は王宮へと向かった。
    王宮もまた廃墟であった。銅鐸の塔は上半分が吹き飛び、さながらバベルの塔を思わせる状態と化していた。しかし下半分はどうにか原形を留めており、中に入ることは可能だった。
    「何か残っているとすれば、この地下だ」
     大介を先頭に地下へと向かう。
     地下には秘密の通路があった。その通路の先には広大な空間が。
    「どうやらここが宇宙船の格納庫だったらしいな」
     だったらしいと言うのは何も残っていないからだ。全て持ち去られたようだ。
     やはり何もないのか?石之伸は五感を働かせて格納庫の中を確認する。
    「まだこの下に階がある」
    「なんだって?」
    「この下にも大きな空間がある。どこかに降りられる仕掛けがあるはずだ」
     石之伸の言葉を信じて必死に探す。だが見つからない。
    「仕掛けはない。だが、空間はある。ということは・・・」
     石之伸は草薙剣を抜いた。
    「はあっ」
     石之伸は草薙剣を床に向けて振り下ろした。床が崩れ落ちる。
    「うわあ」
     皆で落下。竜宮は地球よりも重力が弱いので、落下しても大怪我には至らない。
     果たして石之伸の言う通り、地下の空間は秘密の格納庫だった。
    「やはり竜宮城の人々は賢いな。『秘密の仕掛け』なんて、どんなに仕掛けを工夫しても結局は見破られるものだ。だから破壊しなくてはここには至れないように完全に封印していたのだ」
     格納庫には全長300mに及ぶ紫色の宇宙空母が一機。しかもその姿は海亀そのもの。「紫色の亀」というのは珍しいが、それはこれが乙姫専用機であり、紫は「最も高貴な色」だからである。
    「これは『一眼の亀』!」
     大介がそう叫んだ。
    「以前に乙姫様から聞いたことがある」
     「一眼の亀」というのは仏教に登場する亀で、眼がひとつしかないため水面に浮かぶ浮き木を目指してもなかなか辿り着くことができないことから「非常に困難な事業の譬え」として用いられる。
    「これが一眼の亀なら、この中には乙姫様専用のコスモパペットもあるはずだ」
     コスモパペット?
    「人型の戦闘用大型機械だ」
     要するにロボット兵器である。
    「取り敢えず、中に入ろうではないか」
     そう言ったのは石之伸。
    「そうだな」
     ということで全員、一眼の亀に乗船した。
     空母だから艦内には巨大な格納庫がある。カタパルトデッキ=発進口は頭の付け根の左右に一つずつ。
    「凄いな」
     格納庫には予想通りコスモパペットが十機、装備されていた。
     大介がタブレットを持ってきた。それを見ながら皆に説明を開始する。ここでは竜宮城に長く暮らしている大介が一番の博学だ。
    「一眼の亀が装備するコスモパペットは全部で十機。種類は五種類。こいつは『ジャンダル』。モチーフは『甲冑を纏った女兵士』で剣と盾とライフルを装備する多目的パペットだ。で、あっちにある一つ目の見るからにロボット的なやつは『スピル』。戦艦に装備される主砲に匹敵する威力を持つ強力なビームキャノン砲を装備し、アカエイの姿に変形することで飛行速度を飛躍的に高めると同時にレーダーに発見されにくいステルス性能を持つことができる」
     場所を移動する。すると、ひときわカラフルな色のコスモパペットが出現した。
    「これが乙姫様の専用機『ドリアン』だ。デザインは見ての通り『蝶の妖精』。精神エネルギーによって操縦と攻撃を制御するサイコパペットだ」
     数はジャンダル五機、スピル二機、ドリアン一機、そして残りの二機はそれぞれジャンダルとスピルの試作機である。
    「実際の戦闘に使えるのはジャンダルとスピルの七機ということか」
    「ブリッジ(艦橋)に移動だ」
     全員でブリッジへ。ここで役割を決める。艦長は迷うことなく長七郎に決まった。
     さて、問題はパイロットだ。
     五機のジャンダルはすんなりと石之伸と妖精たちに決まった。問題は二機のスピルだ。大介と放蕩将軍できまりかと思いきや。
    「私たちはどうなるのよ」
     女性三人が文句を言い出したのだ。つまり、自分たちもコスモパペットに乗って「敵と闘いたい」というわけだ。
     そこで石之伸はスピルの、大介はジャンダルの試作機に乗ることにした。性能が未知数の試作機を女性陣に任せるわけにはいかないからだ。
     というわけで、ジャンダルとスピル二機の席を三人の女性で争うことになった。こういう場合は大抵、ジャンケンだ。
     最初に抜け出したのは馬知子女王。
    「わらわはスピルがいい」
     こうしてアカエイは女王と将軍のコンビと決まった。
     残るは女戦士一機。
    「じゃんけんぽん」
     勝ったのは澄。だが、ここで阿綺羅が駄々をこね始めた。
    「私には柳生の頭として、澄姫様をお護りする義務があります」
     この意見に対し。
    「私も同意見だ。姫が危険な戦場に飛び出すのは宜しくない」
     何と長七郎が阿綺羅の意見に賛同してしまったのだ。
    「やったあ」
     その結果、最後の席は阿綺羅のものとなり、澄は一眼の亀の操舵手と決まった。
     準備は整った。いよいよ発進だ。完全密閉の秘密の格納庫からの発進口などないから、壁を爆破することで作る。
    「今から壁を爆破する」
     現時点で唯一、コスモパペットの操縦法を知る大介がスピルに乗り込む。スピルのビームキャノン砲を用いて破壊するためだ。スピルがカタパルトデッキに立つ。
    「発射」
     正面の壁が爆破された。その奥には平地が広がる。
     大介がブリッジに戻ってきた。
     長七郎が叫ぶ。
    「一眼の亀、発進!」
     澄が復唱する。
    「一眼の亀、発進します」
     前足の中に装備されたバーニアがジェットを激しく噴射する。一眼の亀が腹の甲羅を地面に擦りながら動き始めた。
    「なんだ?この音楽は」
     艦内に突然、音楽が流れ始めた。艦内のムードを盛り立てるレクリエーション機能が自動的に作動したのだ。この機能、コンピュータが現在の艦の状況を分析、最適な音楽を流す仕組みになっているのだ。今は「発進」に相応しいBGMが流れているが、「敵襲」のときには緊迫感のあるBGMが、戦況が不利なときには不安感の漂うBGMが、戦況が有利なときには勇壮なBGMが流れることで気分を高揚させるというわけだ。車で長旅をするときに音楽やラジオを流すのと同じで、宇宙航海によって生じるストレスを減らすためには、こうした機能が必要なのだ。因みにこの機能はコスモパペットにも搭載されている。勿論、音を消すことは可能だ。
     一眼の亀が地面から浮いた。それに合わせて一気に速度が増す。目の前に海底の山が接近。それに合わせてBGMが緊迫感のあるものに変わった。澄が操縦桿を引いた。一眼の亀は機種を上に向け、山をどうにか回避した。
    「海に突入します」
     そのまま海に突入。その中を、見る見る高度を上げていく。
    「あと10秒で海を突破します。5,4,3,2,1」
     一眼の亀が海を突破した。その後は地球同様、大気圏を突破することになる。
     竜宮は青くて美しい水の星だ。陸地には宇宙観測用のレーダー施設や通信施設がある程度で、人が暮らす都市はない。陸地は全て自然保護区域なのだ。そして、地球よりも重力が弱いことからも判るように、地球が修羅界の波動を発生させているのに対し、竜宮は「人界の波動」を発生させている。人界とは人として理性的・道徳的な判断ができる生命境涯。そのおかげで忍辱の鎧を身に纏わない迹化の菩薩に過ぎない文殊師利菩薩であっても法華経を広宣流布することができたのである、竜種上如来として。
     大気の密度が薄くなるにつれて外が暗くなってきた。青空は夜空となった。地上では決して見ることができない多くの星が煌めく宇宙。大気によって星の輝きが失われない宇宙は「こんなにも明るいのか」と驚かずにはいられない。光子は素粒子であるから、その生命境涯は「菩薩界」。だから星の煌めきには人の心を浄化する力がある。
    「あれは何?」
     澄が宇宙空間に浮かぶ無数の、鏡でできた羽を三枚持つソーセージ形の巨大な浮遊物体を発見した。
    「あれは『スペースコロニー』だ」
     大介が説明する。
    「竜宮の人々は王族をはじめとする一部の人々を除いて全員、宇宙で暮らしている。その理由は竜宮という惑星の自然環境を汚染しないためだ。またその方が、惑星が発生する波動の影響を受けない分、大宇宙が奏でる『仏界の波動』を容易に受信することができるからだ」
     この原理に従えば、地球人類もまた宇宙で生活するようになれば、地球が発生する修羅界の波動の影響を受けなくなることで、感受性に優れた一握りの特別な人間でなくても、大宇宙が奏でる仏界の波動を容易に受信できるようになるわけで、そうなれば全ての地球人類が生命境涯の高い新人類=ネクスト・ジェネレーションへと進化することができるに違いない。そもそも戦争・侵略は「土地や領土に対する執着」が引き起こすもので、それは大地の源である地球という惑星に対する執着であり、地球が発生する修羅界の波動に対する執着に他ならないのだ。だから土地や領土への執着を捨てることこそが「平和な世界」を実現する上で重要なことであり、未来の人類が「進むべき道」なのである。

     ところで、ネクスト・ジェネレーションとは「いかなる人類」のことをいうのか?
     妙と法ふたつの三相性理論からなる仏理学の観点からいえば、それは生命境涯が高く、容易に妙の世界に片足を踏み入れることができる人間ということになる。そういう人間であれば三世一帯の交流時間を知覚することで未来を容易に予測できるし、万有引力を知覚することで遠く離れた人との「心の繋がり」を感じることもできる。勿論、その場その場に応じた最適な智慧を引き出すくらいのことは訳もない。
     より具体的な話をいえば、道を歩いていて後ろから自転車が近づいてきたとき、その気配に気がつき、さっと横に避ける人間はネクスト・ジェネレーションである。逆に、真後ろにまで接近されても全く気がつかず、ベルを鳴らされるや「金縛りの術」に掛かってしまったようにその場で硬直してしまう人間はオールド・ジェネレーションだ。この場合は「後ろに目があると思えるくらい周囲の気配に敏感な人間」という意味になる。
     また散歩中、周囲を見ながら人や車の動きに絶えず注意を払い、鳥や虫の鳴き声を感じ、道端に咲く名もない花に目をやる人間はネクスト・ジェネレ-ションで、周囲など一切お構いなしでスマホを見ながら道を歩く人間はオールド・ジェネレーションである。この場合はテスト中などの特殊な状況下ではなく無意識のうちに「脳が処理している情報量が非常に多い人間」という意味になる。
     もうひとつ例を挙げれば、車をドライブ中、前を走る車の更に「前の状況」に警戒を怠らないのがネクスト・ジェネレーションで、前を走る車の後ろ姿ばかりを見ながら走ることで車間距離を詰め、赤信号の交差点に突っ込んだり、渋滞している道で横断歩道の上や病院・消防署の入り口で停車、歩行者や救急車・消防車の進路を妨害するのがオールド・ジェネレーションだ。
     つまり無意識のうちに「他人や社会に配慮した正しい行動がとれる人間」がネクスト・ジェネレーションなのだ。逆に言えば無意識のうちに「他人や社会の迷惑になる行為」を平気でやっている人間がオールド・ジェネレーションである。
     自分の「やりたい行動」をしているけれども、それが決して「他人の迷惑」とはならない。それどころか多くの人々の「興味を惹くもの」となる。孔子が言うところの「心の欲するところに従えども」の境地に到達している人間。それがネクスト・ジェネレーションなのだ。

    「だが、ここから見える限りでは全て破壊されている。エルライスめ」
     見た目は無傷でも、どこかに穴が開いていれば、そのコロニーは空気が漏れて、中の人々は窒息死だ。
     その時。
    「む」
     大介が何かを発見した。
    「敵のコスモパペットだ。全部で三機いる」
    「なんだって?」
     一同が叫ぶ。
    「どうやら我々の存在にはまだ気がついていないようだ。何か『別のもの』を追っている」
     大介がモニターを拡大した。
    「あれはコロニーを結ぶ路線シャトル。まだ生き残りがいるんだ」
     大介が走る。
    「何処へ行くんだ」
    「コスモパペットで出る。シャトルを救助しなくては」
     大介がブリッジを飛び出し、格納庫に走る。
     そのあとを石之伸がついて行く。まさかコスモパペットを操縦する気じゃないだろうな。
     大介がコスモパペットのコクピットに乗った。
     その時。
    「何?」
     何と、石之伸が乗り込んできたのだ。
    「お前、何で?」
    「後学のために、お前が操るところを見学させて貰うよ」
     そう言うと、石之伸はシートの後ろに回り、大介が座るシートの左右に掴まった。シートの右横から顔を出す石之伸。
    「ほら、早く発進しろ」
    「大介、発進する」
     こうして大介と石之伸がジャンダルの試作機である「あゆみ」で出撃した。あゆみはパペットを開発した技術者の娘の名前で、その名の通り外見を塗装によって「少女風」に仕上げてある。銀色の鎧兜を黒いおかっぱ頭に、銀色の鎧を緑のチェック柄のジャンパースカートに、バーニアを装備する背中のランドセルを赤色にといった具合だ。
     ブリッジでは残りの者たちが必死にマニュアル本を読み合う。
    「俺たちも急いでコスモパペットの操縦を覚えなくては」
    「こんなことなら発進する前にコスモパペットの操作を覚えるべきだったな」
     今更、そんなことを言ってもしょうがない。
     一方、あゆみのコクピット内では。
    「やっぱり乗って良かったぜ。思っていたのと大分、違う」
    「大分って?どんな風に」
    「パペットっていうから、十字に組んだ木の棒に糸がいくつも結んであって、それを指に挟んで操るものとばっかり」
    「そんなわけないだろうが」
     そうこう言っている間に、あゆみは敵をビームライフルの射程距離内に収めた
    「よし、撃つぞ」
     大介が左のグリップのトリガーを引いた。勢いよくビームが発射された。
     だが。
    「くそ、当たらねえ」
     何しろ、今まで密封状態の格納庫の中にあった未整備の機体である。照準が甘いのだろう。
     それを石之伸が茶化す。
    「単に、お前が下手糞なだけだろう」
    「黙れ」
     ビームライフルの光線を目撃した敵のコスモパペットがあゆみに気が付いた。三機のうちの二機が標的をシャトルからあゆみに変えたらしく、あゆみに向かってくる。
    「こっちに来るぞ。早く撃ち落とせ」
    「わかってるよ」
     ビームライフルを撃ちまくる。だが、やはり当たらない。
    「おい、目の前に来たぞ。しかも『光る剣』を持っていやがる」
    「くそう」
     バーニアをふかし、その場を離脱。再びビームライフルを撃ちまくる。
     そうこうしているうちに。
    「エネルギーが尽きた」
     ビールライフルのエネルギーが尽きたのだ。
    「他に武器はないのか」
    「確かサーベルがある筈だ」
     大介は右手にレーザーサーベルを手にした。
    「行くぞ」
     大介がレーザーサーベルで敵に切りかかる。だが、思うように操れないようだ。
    「ええい、じれったいなあ」
     石之伸が後ろから乗り出してきた。
    「右の操縦桿を俺に貸せ。俺の方が剣の腕は上だ」
    「こら、勝手にいじるな」
    「何もしないで、お前と一緒に死ぬのは御免だ」
     あゆみの戦闘ぶりをブリッジから眺める他のメンバー。明らかに「危険な状況」にあるとわかる。
    「おい。このままだと大介と石之伸、やれちまうぞ」
     その時、澄が突然、叫んだ。
    「みんな、椅子に座って」
    「何をする気だ、澄?」
    「行くわよ。エンジン全開!」
     一眼の亀が敵のコスモパペットめがけて突撃を敢行した。
    「大ちゃん、避けて」
     大介の乗るあゆみが急上昇した。そこへ一眼の亀が。一眼の亀は左右の前足でそれぞれ敵のコスモパペットを一機ずつ破壊した。
     それを、シャトルを追う敵のパイロット・ミズコイが目撃した。
    「なに、ダシキとガスがやられたのか」
     ミズコイの目にあゆみと一眼の亀が映る。一機で闘うのは不利だ。
    「この場でふたりの『敵討ち』といきたいところだが、このことを司令に報告せねば」
     ミズコイはこの場を撤退した。
     当面の危機は去った。
    「大ちゃん、大丈夫?」
    「ああ、助かったよ。ありがとう」
     大介と石之伸がシャトルを伴って一眼の亀に帰艦した。あゆみに続いてシャトルがカタパルトデッキに着艦。中から竜宮の生き残りである妖精たちが次々と降りてきた。
    「我々も参加させて下さい」
     実はこのシャトル、竜宮城から一眼の亀が発進したのを知り、はじめから「合流するつもり」で敵に発見されるのを覚悟でここへやってきたのだった。
    「判りました」
     大介は「心強い仲間が増えた」と思った。宇宙航海には通信士や航法士、パペットを整備する整備士、また料理人や医師といった人々も必要だ。シャトルの妖精たちはそれらの全てをカバーしていた。
    「私たちのコロニーへご案内します」
    「まだ生き残っているコロニーがあるのですか?」
    「はい。航海のために必要な物資をそこで補給しなくてはなりません」
     確かに、現在の一眼の亀ではとても長い日数を航海することはできない。
     一眼の亀は唯一残ったというスペースコロニー「ビッグフェイス」へと向かった。その名の通り、通常のコロニーが直径6,5㎞、全長30㎞であるのに対し、ビッグフェイスはその10倍、直径65㎞、全長300㎞もある巨大なものである。その巨大さ故に引力バランスを保つために竜宮から最も遠い位置に配置され、しかも密閉型コロニーであることから光を外に出さないため、敵にその存在を知られなかったのだ。
     スペースコロニーと一口に言っても、いろいろなタイプがある。最も一般的なミラーでできた羽が三枚あるタイプは「島三号」と呼ばれ、窓ガラスを介して太陽光を居住エリアに直接取り入れる開放型コロニーである。この場合、居住エリアとなるシリンダーは半分が窓ガラス、残り半分が大地となる。それに対しビッグフェイスは「密閉型」と呼ばれるもので、太陽光を取り入れる窓ガラスがシリンダーにない。そのためシリンダーの内壁の全てを大地として利用することが可能である。そのおかげでビッグフェイスは元々の大きさもあって、その土地面積は60㎞×240㎞×3,14=45216㎢ある。それは関東七都県32330㎢、スイスの国土41000㎢を上回る。だが、このタイプのコロニーの場合、外から太陽光を取り込むことができないため、内部に人工太陽を設置する必要がある。人工太陽は遠心力による重力の発生しないコロニーの中心部を貫くレールを串に刺さったお団子のように発光しながら12時間かけてシリンダーの右端から左端まで移動し、その後、消灯状態で8時間かけて元の位置まで戻り、4時間のメンテナンスを経て再び発光しながら動く。
     たかが1気圧とはいえシリンダーの中には気圧が存在するため、シリンダーの両端には圧力隔壁の機能を持つ半球形の構造体がつく。その中にはコロニー内の空調や温湿度を管理、またコロニーの自転運動を制御する生命維持のための装置があり、重力のない臍の部分には出入口となる空港がある。通常のコロニーの場合にはここからシャトルが発進、コロニー周辺に停泊する艦船との往復をするが、超大型コロニーのビッグフェイスでは直接、艦船が空港内に侵入することが可能である。
     一眼の亀はそこから入港した。



  • 予告

  •  竜宮を破壊したのはエルライス軍に所属するアシベ艦隊であった。二機のコスモパペットを破壊された彼らは残り六機のコスモパペットで戦闘を仕掛けてきた。そのうちの一機は巨大なガスボンベを運んでいた。毒ガスによってビッグフェイスの住民を全滅させようというのだ。それを迎え撃つ一眼の亀のコスモパペットは「素人の集まり」である。果たして阻止できるのか?
    次回5月17日(土)19:30~
    「毒ガス作戦」
    宇宙では賢い者だけが生き残る。





  •  ひとつの戦いが終わり、一眼の亀の艦内には穏やかな音楽が流れる。
     ビッグフェイスの空港から着陸誘導灯が点灯され、同時に誘導電波が発信された。
     操舵手である澄が現在の状況を声に出す。
    「ILS電波確認。グライドスコープ、ローカライザー共に正常範囲内。このまま真っ直ぐ侵入します。メインエンジン停止。補助エンジン推力1%」
     こうして一眼の亀は無事、ビッグフェイスの空港に入港した。

     竜宮から100万㎞ほど離れた宇宙空間。戦艦パンジャを旗艦とする巡洋艦2隻、駆逐艦4隻から成る総勢7隻の艦隊がいた。エルライスが竜宮討伐のために派遣したゾウン・アシベ中将を指揮官とする艦隊である。一眼の亀が、竜宮が開発した空母らしく海洋生物の外観を持つのに対し、こちらはいかにも軍事国家のものらしく旧日本軍の軍艦のスクリュー部分にロケットエンジンを装備した様な外観を持つ。
     ブリッジ。
    「提督。竜宮の残党狩りに向かわせたコスモパペット隊が帰艦しました」
     副官のミズコイ少佐が報告にやってきた。提督というのは海軍少将以上の名称である。ゾウン・アシベは中将だから提督である。
     正直、名称に関してはややこしい。艦隊を率いる指揮官は階級で呼ばれるときもあれば提督、更に旗艦の艦長であれば艦長とも呼ばれる。
    「よし、すぐにブリッジに上げろ」
    「いや、待って下さい。戻ってきたのは隊長機だけです」
    「なに?」
    「どうやら残りの二機は撃墜された模様です」
    「撃墜?妙だな」
     ブリッジにコスモパペット隊「ひかり三連結」の隊長であるミズコイ少佐がやってきた。
    「二機、やられたそうだな?」
    「はい」
    「何故、仲間の仇もとらずに、のこのこと戻ってきたのだ?」
    「それは、どうしても指揮官殿にご報告すべきことがありましたので」
    「実に上手い口実だな」
     アシベ提督は暗にミズコイ少佐の「臆病さ」を仄めかせた。
    「まあよい。聞こうではないか」
    「はい。敵にはまだ宇宙空母とその艦載機と思われるコスモパペットが残っております。そのことを何としてもご報告せねばと、急いで戻って参りました次第で」
    「ということは、今から『敵討ちに戻る』ということだな?」
    「あ、いえ、それは・・・」
    「まあよい。そいつらには機密戦隊をあてがわせる。お前はもう下がれ」
     何という屈辱!ミズコイは直ちに返答した。
    「私も一緒に参ります」
     機密戦隊は五機のコスモパペットからなるパイロットチームであり「アシベ艦隊の懐刀」であった。それと一緒に行動するのであれば「心強い」と思ったようだ。
    「わかった。とにかく休め。機密戦隊の戦闘準備が完了したら呼ぶ」
    「はっ」
     ミズコイはブリッジを退出した。
    「まったく・・・副官」
    「はい」
    「艦隊を50万㎞まで前進させろ」
    「それは危険では」
    「心配ない。既に破壊した竜宮のコロニーの残骸の中に艦隊を紛れ込ませるのだ」
    「成程。全速前進」
     アシベ艦隊が前進を開始した。

     ここで宇宙船のサイズについて説明しよう。
     通常、260m級の戦艦はコスモパペットを五機、搭載している。200m級の巡洋艦は三機、150m級の駆逐艦はゼロだ。「少ない」と思うかも知れないが、これらの艦船は主砲を装備しているため、コスモパペットを収容するスペースが不足しているのだ。因みに主砲は戦艦が三門、巡洋艦が二門、駆逐艦が一門である。そしてエルライス軍では通常、戦艦1、巡洋艦2、駆逐艦4をもって一艦隊とする。従ってコスモパペットの総数は十一機である。
     それに対し空母は主砲を装備しない分、空母一隻だけで一艦隊に匹敵するコスモパペットを搭載することができる。一眼の亀が十機であることは見た通りである。しかも一眼の亀に至っては対空砲すら装備されていない。一眼の亀は兵器を装備しないことで機体に「余計な穴を開けない」ようにして甲羅の被弾力を究極まで高めた機体であり、反撃能力は全てコスモパペットが担っているのである。

     一眼の亀・ブリッジ。
     長七郎艦長が主なメンバーを集めた。今後の旅の説明を皆にするためだ。
    「ビッグフェイスの管理センターからの情報によれば、乙姫がいる無量宝珠のある位置はどうやら天の川銀河の中心核の裏側らしい。我々のいる位置からだと12万光年ほど離れた場所のようだ」
    「ここから先は自分が」  
    ということで、ここから先は長七郎に変わって大介が説明をする。
    「12万光年の彼方へ行くためには光の速度でも12万年かかる。そこで光よりも早く移動する『ワープ航法』が欠かせない。その原理は『三相性理論』、今回の場合は『相対性理論』と同義だが、粒子と時間の関係性は相対性にあるから、粒子の性質を究極まで弱め、時間の性質を強めることでワープ航法が可能となる。ワープしている時間そのものは1分程の短いものだ。さて、ここで問題がある。それは1回のワープでせいぜい300光年までしか飛行できないことだ。そして再びワープをするためには24時間待たねばならない。加熱したエンジンを冷やさねばならないからだ」
     これにはちょっとした事情があった。本来はひと月ほどで行く予定だったのだが、先の戦闘で行った体当たり攻撃によって前足に装備されたメインエンジンが大破してしまったのだ。その結果、一眼の亀は後ろ足の補助エンジンのみで飛行するしかなくなったのである。だが、これは仕方があるまい。あのときは「ああしないこと」には大介と石之伸は敵にやられていたのだ。
    「ここで修理はできないのか?」
    「ここは只の空港だから修理用ドックはない。修理専用のドック艦というのもあるらしいが、どこにも見当たらないそうだ。敵に奪われたのかもしれん」
    「では仕方ないな」
    「ということは、旅は最低でも400日かかるわけだ」
    「そういうことだ」
    「それも無事に行けば、だ」
    「当然、敵の妨害があるだろう」
    「面白い。受けて立つさ」
    「ということで、物資の補給が完了するまでの間、我々全員、コスモパペットの操縦訓練をする。いつ敵と遭遇しても戦えるようにしなくてはならない」 
     現在のところコスモパペットを完璧に操縦できる者はひとりもいない。大介さえもマニュアル本に一通り目を通しただけなのだ。

    「ジャンダル、発進します」
     まずは阿綺羅から訓練スタート。
     一眼の亀のカタパルトデッキからの発進。勿論、本番同様カタパルトを使用する。
    「くっ」
     かなりのGが全身に掛かる。一般の女性ならば気絶は必至だ。だが、阿綺羅はまだ10代の娘とはいっても仮にも「忍」だ。気絶することなく耐えることができた。
     そのまま真っ直ぐ飛行、ビッグフェイスの空港発着口から一気に宇宙空間へ飛び出す。
    「えっ?」
     竜宮の開発したコスモパペットのコクピットには360度全方位のプラネタリウムモニターが装備されている。それは初心者に操縦席がそっくりそのまま宇宙空間に飛び出したような錯覚を与えるものだ。その点では、エルライス軍のコスモパペットが使用するバスタブ型(普通の戦闘機のそれ)のコクピットの方が下に死角があるものの宇宙に放り出されているような恐怖感を感じない事は確かだ。
    「面白い。まるで宇宙遊泳しているみたい」
     だが、阿綺羅は宇宙に放り出された恐怖よりも宇宙空間を漂うことの楽しさを感じていた。そんな阿綺羅の楽しそうな声は無線を介して大介にも届いていた。大介は「これならば、なんとかなりそうだ」と思った。というのも先の戦闘では大介自身が恐怖を感じたからだ。もしも石之伸が同乗していなければ意地を張ることもできなかっただろうほどに。
    「どうやら『ご満足』のようだな?阿綺羅」
    「ええ、ご機嫌よ」
    「それでは、今から自分が言う通りに操縦するんだ」
     その一言で阿綺羅は自分のすべきことを思い出した。今から自分はコスモパペットの操縦を覚える訓練をするのだと。
    「了解」
    「まずは左のグリップを、手首を使って前後左右に倒してみろ」
    「はい」
     言われた通り、前後左右に動かしてみる。機首の方向を変えながら前後左右に飛行する。
    「そうだ。今度は右のグリップだ。同じように前後左右に倒してみろ」
     これも言われた通り、前後左右に動かしてみる。今度は機体の向きはそのままに、機体は前後左右に横滑りするように移動した。
    「どうだ。違いがわかったか?左は操縦桿で、右は水平移動桿だということが。近い敵を追いかけるときは左を、遠くの敵からの砲撃を避けるときや、遠くの敵を砲撃するときは右を使うんだ」
    「はい」

     ここで「コスモパペットの操縦席」について解説しよう。といってもこれはあくまでも竜宮のコスモパペットの話であり、エルライス軍のコスモパペットは「異なる」ことをお断りしておく。
     先程説明したとおり、竜宮のコスモパペットは操縦席を取り巻くように360度全周モニターが備わる「プラネタリウムモニター」だ。ジャンダルの場合、頭部のメインカメラ以外に乳首と後頭部、更に脹脛の合計五カ所にサブカメラがある。
     操縦席には右、中央、左といった具合に三つのハンドルが備わる。機能は左ハンドルが飛行に関するもの、中央ハンドルが地上歩行に関するもの、右ハンドルが戦闘に関するものだ。
     操縦の基本は左右のレバー・グリップ・ジョイスティックが一体となったハンドルである。
    レバーは機体の「前進・後退」を、グリップは「上下・左右」を、ジョイスティックは「腕の動き」を制御する。
     まずは左ハンドルから。
     その構造を簡単に言えば「スロットルレバー」の上に「グリップ」が乗っかったものだ。レバーは奥から縦にD、N、Rの三つ。そしてNの左にはPがある。PからNでエンジンが始動。DとRはフレキシブル可変式で、一番奥でD全開、一番後ろでR全開となる。グリップは操縦桿で、右旋回、左旋回、上昇、降下、斜め上昇、斜め降下が可能だ。グリップの上にある親指一本で操作するジョイスティックもグリップ同様、前後左右斜め全ての方角に動かせるが、その機能ついては右レバーの時に説明する。
     お次は中央ハンドル。
     中央ハンドルは前後左右に動かすことが可能で、地上にいる際の歩行に使用する。進む、止まる、下がる、座る、足を揃えるが可能。グリップは固定式で、上には左右にのみ動くジョイスティックがあり、歩行する方向を左右に変えることができる。
     最後は右ハンドル。
     左ハンドルが「スロットル」であるのに対し、こちらは「アクセル」。スロットルは奥からD、N、Rだが、アクセルは奥からR、N、D。そしてスロットルが手を離してもその位置をキープするのに対し、手を離せばNに戻ることだ。そしてNの位置はスロットルの位置によって決定される。スロットルがメインボリューム、アクセルがサブボリュームと考えると判りやすい。スロットルがDであればアクセルのニュートラルはD、スロットルがRであればアクセルのニュートラルはRになるわけだ。
    従ってコスモパペットを前進飛行させる方法は「ふたつある」ことになる。ひとつは左のスロットル
    をPからNにしてから、そのまま前へ押す方法。もうひとつはスロットルをNにしたあと右のアクセルを手前に引く方法。スロットルのみを使用するか、アクセルと併用するかは操縦者の思い次第だ。
     グリップは左レバーのそれが操作の度に機体の向きが変わるのに対し、右レバーのそれは「水平・垂直」移動を可能とする。つまりコスモパペットの向きを変えることなく瞬時に左右、上下に移動できるのだ。これは例えば遠距離の敵をビーム兵器で狙撃するときや敵のビーム攻撃を回避するときに有効だ。因みに足元にも、足の裏で操作する十字架型のフットペダルが左右にあり、機能はグリップと同じである。
     そしてジョイスティックだが、これは「腕の動き」を制御するもので、操作によって腕だけでなく手首を回すこともできる。これによってレーザーサーベルでの格闘戦が可能となるわけだ。右のジョイスティックは右腕を、左のジョイスティックは左腕を制御する。
     便宜上、右腕の説明だけをするが、動作が対称になるだけで左腕も基本は同じだ。中央はニュートラル。手前に引くと腕が上がり、押すと下がる。右に傾ければ右に動き、左に傾ければ左に動く。左に傾けてから前に押すと手首が時計回りに回転、手前に引くと反時計回りに回転する。右に傾けてから手前に引くと肘を引き、前に押すと肘を突き出す。かなり複雑な腕の動きが可能である一方、自在にコントロールできるようになるには「慣れ」が必要である。
     グリップにはトリガーが装備されており、勿論ビームライフル・ビームキャノン砲を撃つためのものだ。その照準は自動で行われる。その仕組みはセンターモニターの上部にあるパイロットを撮影するカメラによってパイロットの視線を常時、計測することで行われる。その精度はパイロットの視線に比例するため「3回に1回は命中する」程度である。またこのカメラはパイロットの頭の動きも監視しており、コスモパペットの頭がパイロットの頭と常に同じ向きにあることで、額に装備された機銃の照準を正確にしている。
     中央のモニターの左右にはレバー式のダイヤルがあり、指の開閉を制御する。モニターの下には四つのスイッチがあり、レーザーサーベルとビームライフルのオン、オフスイッチだ。
     中央モニターと中央レバーの間にあるキーボードは右の数字キーが通信機で、複数の通信を一元管理できる。他のキーボードについてはレバーやグリップでは再現できない、より細かな動きを行うときのものだが、戦闘時に使用することはまずないだろう。

    「では、こちらから支持した通りに飛行しろ。まずは機首を右45度に変えろ」
    「機首を45度変えるということは・・・左のグリップを右に傾ける」
    「そうだ。では次は左に水平に動け」
    「今度は右のグリップを左に傾ける・・・と」
    「飲み込みが早いじゃないか。では、後ろに敵がいる場合はどうする?」
     今度は具体的な状況で指示してきた。
    「右や左旋回ではつまらないわね」
     阿綺羅は右レバーを前に押し込んでからグリップを手前に引いた。
     阿綺羅のジャンダルは急加速。「宙返り」しながら後ろを向いた。
    「よし。では、最後にレーザーサーベルだ」
    「これね」
     正面モニターの下に並ぶ四つのグリーンに光るスイッチの一番右を押す。スイッチの色がオレンジに変わると共に、右手にレーザーサーベルが握られた。
    「サーベルを45度の角度で構える」
     右のグリップ左に傾けたから手前に引く。拳が反時計回りに回転。45度の位置で前に戻す。レーザーサーベルは45度の位置で固定した。
    「左から右に水平斬り」
     再び手前に引きレーザーサーベルが水平になったところで前に戻し、ニュートラル(中央)を通り越して一番右まで素早く傾け、更に手前に引く。
    「そうだ。それが水平斬りだ。では、今度は上にジャンプしてから真下に唐竹割りだ」
     阿綺羅はグリップではなく、フットペダルを用いる。右のフットペダルの手前を踏んで急上昇しながら同時に右のジョイスティックを手前に引く。その後、左のフットペダルの前を踏んで機首を下に傾けながら右のジョイスティックを前に倒した。
    「よし。まずまずだ」
     阿綺羅は合格。
     続いて妖精たち。彼らも妖精だけあって飲み込みが早い。とはいえ、レーザーサーベルの扱いに関してはやはり難しそうだ。
     それは馬知子女王や放蕩将軍も同様で、彼らの戦術は視線によって敵に照準を合わせるビーム兵器が「基本」となりそうだ。
     そもそもコスモパペットの操縦は難しい。腕や足がある分、戦闘機とは比較にもならぬくらい複雑な操作が要求されるのだ。だからこそドリアンのような複雑な操作を必要としない、頭で考えただけで手足が自在に動くサイコパペットが開発され、そうしたコスモパペットを操縦できるパイロットがあらゆる星の軍隊で求められているのである。特にその分野に関する研究が進んでいるのが軍国主義に傾斜するエルライスであることはいうまでもない。

     エルライス軍・アシベ艦隊。
    「提督。ミドミンジャーから、かなり大型のスペースコロニーを発見したという連絡が入りました」
     アシベ中将は敵の宇宙空母(一眼の亀のこと)の捜索のために機密戦隊の五機を発進させていた。そのうちの一機がビッグフェイスを発見したのだ。
    「よし。ミドにはその位置から動くなと伝えろ。残りの機密戦隊をそこへ集結させろ」
    「はい」
    「それと、ミズコイも発進させろ。機密戦隊と合流させるんだ」
    「判りました」

     巡洋艦チグマヤ。
    「ミズコイ少佐。戦艦パンジャから出撃命令が出た。場所は機密戦隊が集合する場所だ。そちらのコンピューターにデータは送信されているな?」
    「方位座標はバッチリだ。ミズコイF-16、発進する」
     F-16というのはミズコイが乗るコスモパペットの名称である。正確に言えば量産型とは異なるひかり三連結専用の「0系」である。腕や足は同じだが、胴体と頭部が微妙に異なり勿論、塗装もオリジナル。通常はグリーンがメインカラーだが、こちらはその名の通りスカートの色が青い。
    エルライス軍のコスモパペットは名前を用いず全て数字である。Fは勿論「戦闘機=ファイター」の頭文字だ。F-15は戦艦クラスのビームキャノン砲を装備する大型コスモパペット、F-16は通常のコスモパペットで、ステルス性能はないが、どちらも高い性能を有する機体である。F-15がスピル、F-16がジャンダルに相当する。ミズコイと撃墜された二機の仲間が乗る機体がF-16で、機密戦隊がF-15である。

     ここまででアシベ艦隊は一眼の亀の突撃によって撃破された二機を含め、八機のコスモパペットを出撃させたことになる。ということは、あと三機のコスモパペットがいるはずだが、発信する気配はない。
    「こちらミズコイ。マジノクオオ、聞こえるか?」
     マジノクオオというのはチグマヤと並ぶ、もう一隻の巡洋艦である。
    「ああ、よく聞こえる。例のものはカタパルトブリッジに置いてあるぜ」
    「確認した」
     ミズコイが乗るF-16が巡洋艦マジノクオオのカタパルトデッキに着艦した。
    「貰っていくぞ」
     ミズコイはカタパルトデッキの上に置かれた巨大なガスボンベを手にすると再び離陸した。
     ミズコイがマジノクオオから受け取ったガスボンベ。それは猛毒ガスが充填されたガスボンベであった。今回、ミズコイがアシベ中将から受けた命令。それは毒ガスによってスペースコロニー内にいる竜宮の生き残りを全滅させることであった。どんなに「中が広い」とはいってもスペースコロニーの中は密室の空間である。そんな場所に毒ガスを散布すれば、いくら空気清浄機が稼働しているといっても中は忽ち毒ガスによって満たされてしまう。
     これで残り三機のコスモパペットが発信しない理由がわかった。マジノクオオはコスモパペットの代わりにガスボンベを運搬していたのだ。コスモパペットを搭載しないのであれば、整備用の装備品も不要となる。マジノクオオは文字通り格納庫内にガスボンベを大量に満載していた。
     ガスボンベを運ぶミズコイが既に集合が完了している機密戦隊と合流した。
     機密戦隊の隊長であるアカミンジャーの異名を持つ大佐がミズコイに命じた。
    「我々は囮となってコロニーの裏側に敵を誘う。その間に、お前はコロニーの外壁にガスボンベを設置するのだ」
    「わかった」
    「仲間の仇を討つ気持ちでやれ。いいな」
    「判っております」
    「よし。我々の姿がコロニーの裏に消えたら、ここを発進しろ」
     機密戦隊の五機のF-15がビッグフェイスに向かって進軍を開始した。
     
     一眼の亀・ブリッジ。
    「コロニーから連絡が入りました。敵のコスモパペットがこちらに向かっているとのことです。その数、全部で五機」
     長七郎艦長が叫ぶ。
    「よし。直ちにコスモパペット隊を出撃させろ」

    「何、敵だと?」
     焦る大介。なぜ?その理由はまだひとり訓練が残っているからだ。他でもない石之伸である。
    「石之伸スピルマ。今から敵を撃退する」
     石之伸が敵に向かって発進した。
    「待て、お前はまだ」
    「大丈夫。お前が操縦するところを1回見た。なんとかなる」
     スピルマというのは石之伸が乗るスピルの試作機の開発時のコードネームであり、その名前が量産型のスピルに受け継がれた。実際、人型の時のスピルマとスピルは非常に良く似ている。異なるのは足の形と背中の黒いパーツだけで、頭、胴体、腕は同じである。
    「飛行形態に変形する」
     その一方で、飛行形態の時の姿は似ても似つかない。スピルはアカエイだが、スピルマは二枚の直角三角形と一枚の二等辺三角形から成る幾何学的な「三角錐」である。
     石之伸はこの機体が気に入った。何といってもその色が素晴らしい。機体の底となる二等辺三角形の部分は黒だが、他は全てオレンジ一色。そのため、飛行形態時の姿はノズルから噴射されるジェットが緑色ということもあって、まるで「渋柿」のようだ。石之伸はスピルマを「自分のための機体」だと思った。
    「駄目だ、追いつけない」
     あゆみでは飛行形態になったスピルマを追いかけることは無理だ。スピルもだが、飛行形態になったコスモパペットは通常、3倍の速度で飛行することができるよう設計されている。そうでないと、わざわざ故障の原因となり得る複雑な構造や重量増しを覚悟してまで変形機能を持たせる意味がないからだ。あゆみが時速90㎞の在来線だとすれば変形時のスピルマは時速270㎞の新幹線である。

     一眼の亀。
    「コスモパペット隊、発進せよ」
     次々と一眼の亀からコスモパペットが発進する。
     まずは阿綺羅が率いる妖精たちから成るジャンダル隊から出撃。その後、女王と将軍のスピル隊が続く。
    「艦長、全機発進しました」
     直ちに長七郎艦長がコスモパペット隊に指示を出す。
    「ジャンダル隊は敵のコスモパペットを迎え撃て。スピル隊は敵艦隊を捜索しろ。恐らく破壊されたコロニーの残骸を隠れ蓑にしているに違いない。その辺を探すんだ」
     これで全機、発進した。数的には有利だが、何分にも初心者の集まりである。戦いは「五分五分」といったところだろうか。
     機密戦隊の五機のF-15はそのままビッグフェイスに接近するのかと思いきや、遠回りをしてビッグフェイスの裏側に回った。当然、阿綺羅たちもそのあとを追ってビッグフェイスの裏側に回る。それを確認してからミズコイは毒ガスボンベをビッグフェイスに向けて運び始めた。
    「よし、到着したぞ」
     直ちにガスボンベをコロニーの外壁に取り付ける作業に入る。
    「これだけ大きなコロニーだと、何回必要かな?」
     コロニーの外壁に向かってビームライフルを連射する。徐々に穴が深くなり、やがて穴が貫通した。その穴の上にガスボンベを乗せる。
     あとはボンベのコックを捻るだけだ。

     あゆみ。
    「敵は五機だ。ジャンダル五機で戦えるな?石之伸には戦わせるなよ。あいつはまだ訓練していないんだ」
     大介はジャンダル隊全機に通信を入れた。この通信は勿論、石之伸にも届いているだろうから、石之伸はきっと「おせっかいな奴め」と思っていることだろう。
    「それにしてもおかしい。やっこさん、何でわざわざコロニーの裏側に回ったんだ?まるでこちらを誘っているような動きだ。ひょっとして陽動作戦か」
     敵の動きに疑問を感じる大介。
    「数的にはこっちの方が多い。自分がいなくても大丈夫だろう」
     大介は阿綺羅たちとの合流を止め、あゆみを引き返させた。
    「む」
     大介はコロニーの表面に突起物があるのを発見した。プラネタリウムモニター上に拡大表示する。
    「あれは敵のコスモパペット?それに隣の大きなタンクは何だ?・・・まさか!」
     大介はそれが毒ガスボンベであることに気がついた。
    「やらせるか」
     大介は全速力で毒ガスボンベに向かってあゆみを飛ばした。
    「くそう。見つかったか」
     ミズコイもあゆみに気がついた。かくしてコロニーの裏側よりも先にここで戦闘が始まった。
    「来させるかよ」
     ミズコイのF-16があゆみに照準を合わせる。
    「これでも食らいな」
     F-16のビームライフルがあゆみを狙って発射された。あゆみの頭部に当たった。だが、あゆみは見た目こそ少女だが、基本はジャンダルと同じ鎧を纏った女兵士。頭は兜によって堅くガードされている。ビームライフルの一発くらいでは貫通しない。
    「当たれえ」
     お返しとばかりに、あゆみがビームライフルを撃つ。
     当たった。前回の反省から照準を微調整していたのが功を奏した。F-16のビームライフルを持つ左腕を吹き飛ばした。
    「まだまだあ」
     もう片方の腕にレーザーサーベルを握るF-16。
    「いくぞお」
     ミズコイが大介に格闘戦を挑む。「相打ち」を狙っての突撃だ。
    「ダシキとガスの仇。討たせてもらうぞー」
     F-16がレーザーサーベルを振りかぶって接近してくる。
    「冗談ではない」
     あゆみがビームライフルを三点バーストに切り換え連射。そのうちの一発がF-16を破壊した。
    「む、無念」
     あゆみに接近する前にF-16が爆発した。
     確かに、今回の戦闘はミズコイ少佐にとってははなはだ「不本意」なものだったに違いない。「ひかり三連結」というチーム名を持つくらいだから、もしも三機揃っていれば「とてつもない大技」が見られたのかも知れないが、一機ではどうしようもない。
    「あとはこいつだ」
     三点バーストの状態のままビームライフルを毒ガスボンベに向けて連射。ボンベは大爆発した。
    「これでいい」
     かくしてビッグフェイスの住民1000万人の生命は大介の活躍により無事、守られたのだった。



  • 予告

  • 大介の活躍により毒ガス作戦は阻止された。次は石之伸の番だ。敵は「Jストームアタック」で石之伸に迫る。だが、こんなところで負けるわけにはいかない。まだ竜宮の空域すら出てはいないのだ。乙姫を救う旅はこれから始まるのである。
    次回・5月31日(土)19:30~
    「旅立ち」
    宇宙では賢い者だけが生き残る。





  •  その間に、ビッグフェイスの裏側でも戦闘が進んでいた。
    「我らは『機密戦隊ジミンジャー』。お前たちの命は貰ったあ!」
     訓練空域にいた石之伸はこの場に存在せず、先に敵と遭遇したのはジャンダル隊であった。
     そのジャンダル隊にとって、最初のお相手ははっきり言ってあまりにも「手強い相手」だった。何しろ「機密戦隊」である。そんな名称を持つ戦闘部隊なのだから「それ相応の実力を持っている」ことは容易に想像できる。
     集団戦法を得意とする機密戦隊だったが、ここでは一対一の「サシの勝負」を挑んできた。そしてジャンダル隊はそれにまんまと乗ってしまった。五機のジャンダルはそれぞれバラバラの状態となり、戦闘が不利になっても「援軍を期待できない状態」に陥った。そして、戦闘に慣れた敵を相手に大いに苦戦することになったのだ。
     渡部の相手は黄色いF-15。
    「我輩はキミンジャー。お前の命、頂戴するばってん」
     樋口の相手は桃色のF-15
    「私はモモミンジャー。行くわよ」
     中山の相手は緑のF-15。
    「拙者はミドミンジャー。いざ勝負」
     鶴夕の相手は青いF-15。
    「俺の名はアオミンジャー。可愛がってやるぜ」
     そして阿綺羅の相手は・・・。
    「お前は運がいい。私は機密戦隊ジミンジャーの隊長、アカミンジャーだ」
     仲間の危機が迫る!とてもではないが「大介の命令」に従うことはできそうにない。急げ、石之伸。

     早速、阿綺羅が危機に陥った。
     F-16のスタイルが全体的に丸っぽくてずんぐりしているのに対し、F-15は直線的ですらりとしている。そして、どことなく西部劇に登場するガンマンのようなイメージがある。シェリフのバッジを思わせる左胸の排気バルブしかり、踵の拍車しかり。カウボーイハットを深く被った顔は口元しか見えない。何とカメラアイは顔ではなく帽子にあるのだ。そして手にするビームライフルは戦艦の主砲クラスの威力があるからだろう。両手で握られるようにグリップがふたつある。
     そしてジミンジャーの機体は色が違うだけではなく、それぞれに装備する武器が異なる。アカミンジャーの武器はエレキワイプ(電気鞭)。敵の機体に巻き付き、高圧電流を流す。
    「きゃあああ!」
     グリップに流れる高圧電流に苦しむ阿綺羅。
    「たとえ機体そのものは電流に耐えても、中のパイロットはそうはいくまい」
    「くうう」
     両腕に腕に流れる高圧電流に耐えて、必死にグリップを握り続ける阿綺羅。
    「負けるもんか。こんな罰ゲームみたいな技なんかに」
     左グリップのトリガーを引いた。
    「食らえ」
     ジャンダルの左手に握られたビームライフルが火を噴いた。
    「なに」
     ビームライフルがエレキワイプを切断した。
    「なかなかやる」
    「はあはあはあ」
     敵の武器を破壊したとは言え、高圧電流を浴びた阿綺羅の体は衰弱していた。
    「もう一撃」
     再びトリガーを引く。
     ビームライフルが発射される。
    「あたらない」
     もともと、パイロットの視線を検知して照準を合わせる仕組みであるから、阿綺羅の衰弱した体では視線を敵に正確に向けることも儘ならないのだ。
     だが、敵は「そうは感じなかった」ようだ。
    「全部、俺の機体を掠めやがる」
     阿綺羅の射撃は結果的に敵を本気にさせてしまった。
    「よし。ならば、こいつでとどめを刺してやろう」
     こいつというのはF-15が装備するビームキャノン砲のことだ。背中に背負うビームキャノン砲を両腕で構える。
    「さらばだ」
     アカミンジャーが阿綺羅のジャンダルに必殺の一撃を加えんとしていた。
    その時。
    「やらせるか!」
     石之伸が乗った飛行形態のスピルマがギリギリ間に合った。赤いF-15はスピルマを躱すのに手一杯。
    「大丈夫か、阿綺羅?」
    「ええ」
    「お前は仲間たちと合流するんだ。バラバラに戦っていたら勝てないぞ」
     その後、石之伸はスピルマの高速飛行能力を活かして、次々とジャンダル隊を救援した。救援したといっても敵を倒したのではなく、単に戦闘の中に飛び込んで攪乱しただけではあったが。
     だが、この攪乱は敵の関心をスピルマ一機に向けさせるのには充分だった。何しろ通常のコスモパペットの三倍の速度で飛翔するのだから当然だ。
    「何だ、あのニンジンみたいな戦闘機は?」
     機密戦隊の五名は石之伸の乗る飛行形態のスピルマを見て唖然とした。オレンジ色の機体に後部から噴射される緑色のロケット噴射。確かに「人参」だ。渋柿と思っている石之伸にとっては、これは不本意だろう。
     それより、機密戦隊の五名が何より驚いたのは、その色が宇宙空間では非常に目立つ「発見されやすい色」だったからだ。地球でも救助隊の制服といえばオレンジ色が用いられるが、それは緑に囲まれた山の中や火災で充満する煙の中でも非常に目につきやすいからだ。勿論、これは試作機だからで、テスト中に異常が発生した際にすぐに機体を発見、回収できるためである。
    「こいつ、俺たちをバカにしているのか?」
    「それとも『絶対に落とされない』という自信の表れなのか」
    「あの飛行速度。確かに侮れない相手だ」
     機密戦隊の五機がスピルマの周囲に続々と集まってきた。
    「よし。ここらで更に驚かせてやるか」
     石之伸はスピルマを飛行形態から人型に変形させた。エルライスには変形するパペットはまだ存在しない。
     下半分が黒かったプラネタリウムモニターが360度全周囲を見渡せるようになった。スピルは飛行形態時だろうと人型形態時だろうと常時360度の視界を確保するが、飛行形態時のスピルマは下が死角となって見えないのだ。
    「よし、ビームライフルをお見舞いしてやる」
     正面モニターの左下にあるスイッチを押す。だが、スピルマはビームライフルを左手に構えない。
    「どうなってんだ一体?」
     何度もスイッチを押す。だが、スピルマはビームライフルを構えようとはしない。
     当然である。スピルマはビームライフルを初めから「所持していない」のだ。コクピットはジャンダルやスピルと同じものを流用して使っているため正面モニターにビームライフル用のスイッチはあるものの、それは機能していないのだ。流石は試作機である。その点を改良して機体の後方に尻尾型のビームキャノン砲を装備させたのがスピルなのだ。
    「まじかよ」
     となれば、レーザーサーベルで戦うしかない。
     正面モニターの右下にあるスイッチを押す。スイッチがグリーンからオレンジに変わる。その直後、スピルマの右手がレーザーサーベルを自動で手にした。
    「よし行くぞ」
     レーザーサーベルで五機のF-15相手に斬り込むスピルマ。
    「単機で向かってくるとは」
    「いい度胸だ」
    「褒めてやろう」
    「だが俺たち五人を相手に」
    「無謀だぜ」
     赤、青、黄、桃、緑に色分けされた五機のF-15がブランチする。その展開は速い。瞬く間にスピルマを五方向から取り囲んだ。F-15は元々、格闘戦用ではなく艦船狙撃用の大型コスモパペットであり、遠距離にいる敵に速く接近するために股間には強力なバーニアが三つも装備されているのだ。
    「よし。こいつに我らの恐ろしさを教えてやるぞ」
     五機がビームキャノン砲を構えた。
    「いつもの通りだ。テンポ良くやるぞ」
    「了解」
    「了解」
    「了解」
    「了解」
    「よし。Jストームアタック、スタート」
     Jストームアタックとは赤い隊長機から青、黄、桃、緑と順番に2秒間隔でビームキャノン砲を発射。敵の機体を破壊するまで、それを延々と繰り返す技である。敵が躱す余裕は2秒しかないが、攻撃する側は五機いるので1回発射したあと次までに10秒の余裕がある。それはビームキャノン砲がエネルギーを充填する時間に他ならない。戦艦の主砲クラスの破壊力を持つビームキャノン砲はビームライフルのような連射ができない。これはその欠点を補う戦法なのだ。しかもビームは五方向から飛んでくる。後ろに目でもない限り避け続けられるものではない。
     JストームアタックのJはいうまでもなくジミンジャーの頭文字のJだ。それにしてもJという頭文字には「不吉な匂い」がついて回る。「兵士」を意味するジャックもJ。偶然かも知れないがJは軍国、或いは右翼を意味するモノの頭文字として用いられていることが多いのだ。
    「この技から逃れた者はひとりもいない」
    「お前も例外ではない」
    「ここで死ぬのだ」
    「我々の手にかかってな」
    「ひひひひひ」
     2秒間隔で強力なビームがスピルマめがけて飛んでくる。それに対しスピルマがまるでフラメンコでも踊るかのようにして避ける。
    「こいつ」
    「小癪な真似を」
    「だが」
    「いつまで」
    「避けられるかな」
     攻撃から1分が経過。
    「こんなバカな」
    「我々の攻撃に1分以上耐えるなどあり得ん」
    「何故、墜ちないんだ」
    「まさか、こいつは後ろに目でもあるのか」
     驚く機密戦隊。
     その通り。石之伸には「後ろに目がある」のだ。
     石之伸は阿綺羅たちに無線を入れた。
    「お前たち、どれでもいい。一機だけを狙って一斉に攻撃しろ。一機倒せば、こいつらは崩れる」
     今、機密戦隊はスピルマという惑星の周りを周回する五機の衛星のように五カ所にブランチしている。しかも全機のパイロットの意識がスピルマに集中している。今ならば一機だけを狙うことは容易い。
    「判ったわ」
     今度は阿綺羅が妖精たちに無線を入れる。 
    「黄色い奴を一斉に襲うわよ。他の機体には一切目もくれない。いいわね」
    「了解」
    「了解」
    「了解」
    「了解」
    「よし、行くわよ」
     ジャンダル五機が青いF-15めがけて一斉に襲いかかった。
     スピルマに意識が集中していたイエローのF-15はジャンダルの一斉攻撃に気がつくのが一瞬遅れた。
    「うわあ、隊長ーっ」
     黄色いF-15が爆発した。
    「キミンジャーッ!」
     隊長のアカミンジャーが叫ぶ。
     黄色いF-15の爆発が残りの四機に動揺を与えたことはいうまでもない。そうなればもはや石之伸の敵ではない。
    「そこ頂き」
     今までは踊るように避けていたスピルマが緑のF-15めがけて突撃を開始した。ミドミンジャーの胸にレーザーサーベルを突き刺す。
    「こ、こんなばかな」
     アカミンジャーの顔に汗が流れる。
     既に二機が倒された。残るは三機。
     黄色を撃墜したジャンダル隊は、今度は桃色めがけて突撃を開始していた。そして更に後方からは、漸く到着した大介が乗るあゆみが青色に向かって攻撃を開始していた。どちらも倒されるのは時間の問題だ。
    「ミズコイ。そっちの作戦はどうなっている?」
     アカミンジャーはミズコイに無線を入れた。
    「返事をしろ」
     返事はない。
    「くそう」
     アカミンジャーは毒ガス作戦が「失敗した」ことを悟った。
    「ならば、中から破壊してやるまで」
     アカミンジャーは戦線を離脱すると一眼の亀が停泊する空港とは居住区を挟んで逆の位置にある空港からビッグフェイスの中へと侵入した。
    「あいつめ」
     石之伸もまた赤いF-15に続いてビッグフェイスの中へ入った。
     初めて入ったスペースコロニー。自分の周囲を森が、川が、田圃が、そして都市がぐるりと取り囲んでいる。そしてコロニーを構成するシリンダーの中央を貫く金属の支柱の奥に人工太陽が輝く。
    「凄い。これが未来の人口都市か」
     倒すべき敵のことも忘れて、呆然と目の前に展開される風景を眺める石之伸。それも仕方あるまい。何といっても石之伸は17世紀の人間なのだ。いや、21世紀の地球人類だって、この光景を目撃したら、うっとりと見とれるはずだ。
    「未来の地球の周りにも、こんなコロニーが浮かんでいるのだろうか」
     そんなことを考えてしまう。
    「いかん、今は奴を探さなくては」
     アカミンジャーの捜索に入る。プラネタリウムモニターには先程から赤い囲みで敵の位置が表示されている。
    「そこか」
     アカミンジャーに接近する。アカミンジャーはビームキャノン砲で応戦してきた。右のグリップを使って機体の向きはそのままに横にスライドして避ける石之伸。だが、石之伸が避けたことでビームキャノン砲のエネルギーが五番町地区を直撃。八棟が並ぶマンションとその隣にある小学校が吹き飛んだ。そこに暮らす大勢の人々と小学校に通う数百人の子供たちの命が一瞬で消えた。
    「貴様あ!」
    「お前が避けるからだ。避けるお前が悪いんだ」
     何て言い草だ。この時、石之伸はエルライス軍の軍人たちの、民間人の命を何とも思わぬ鬼畜のような「人間性」をはっきりと理解したのだった。断じてこんな奴らに負けるものか。
     敵の戦い方がわかった以上、ビーム攻撃を避けることはできない。だが、スピルマはジャンダルとは違い盾を持っていない。仮に盾を持っていたところで相手が戦艦クラスのビームキャノン砲では1発受けただけで盾は粉々になるだろう。
    「そうかい。だったら避けなければいいんだろう」
     それでも石之伸は正面から全速力で敵に向かって突撃した。
    「バカめ。まんまとこちらの挑発に乗りやがった」
     ビームキャノン砲の銃口がスピルマを捉えた。
    「死ねえ」
     ビームキャノン砲がスピルマめがけて発射された。
     だが。
    「バカな。戦艦の主砲に匹敵するビームキャノン砲を受け止めただと?」
     理由はこうだ。スピルマは瞬時に飛行形態に変わると機首を上に向け、黒い床面でビームライフルを受け止めたのだ。
     人型のスピルマは背中に黒いパーツを二枚背負っている。それは飛行形態の時にスピルマの底を覆う耐熱パネル。その性能はスピルマに大気圏突入能力を与える。大気との摩擦によって生じる3000度の高温にも耐えるパネルである。ビームキャノン砲のエネルギーを受け止めるくらいわけがない。スピルマが飛行形態時に下が見えないのは大気圏突入能力を与えるために下にカメラを設置していないためだ。因みに大気圏突入能力を持つコスモパペットはスピルマとドリアンのみ。ドリアンは仰向けになることで後頭部の髪と蝶の羽によって熱から機体が高熱から護られる仕組みになっている。
    「くそう、くそう」
     ビームキャノン砲を撃ってくる赤いF-15。だが、効かない。スピルマはそのまま赤いF-15に体当たりした。両機は密着した状態のまま何と人工太陽に飛び込んだのだった。
    「うわああああ」
     赤いF-15は爆発する余裕もなく一瞬のうちに高熱によって蒸発して消えた。一方、スピルマは耐熱パネルのおかげで無事、脱出に成功。
    これで敵のコスモパペットは全滅だ。
    それにしても、石之伸のスピルマを操作する動きは既にベテランパイロットを思わせる。これこそが石之伸の会得する「文殊の智慧」に他ならない。石之伸は「一度見たもの」を直ちに自分のものにできるのだ。つまり、大介があゆみを操縦する姿を見ていたおかげで、その操縦法を完璧に理解し「自分のもの」として身につけていたのである。

     その頃、馬知子女王と放蕩将軍のスピル隊は「大将首」を狙ってスペースコロニーの残骸が浮かぶ空間を懸命に捜索していた。
     宇宙での闘いの基本は「前方にコスモパペットを、後方に軍艦を」だ。軍艦を失えばコスモパペットが帰艦できなくなるばかりか宇宙航海そのものができなくなるからだ。故に強力な主砲を装備しているにも拘わらず戦艦や巡洋艦が「戦闘の表舞台」に出ることはまずない。「ならば空母で充分」ということで、竜宮では空母を積極的に開発していたわけだ。一方、軍事国家であるエルライスでは政治における軍人の発言力が強く「今や宇宙戦争はコスモパペットが主力であり戦艦など必要ない」という発想ができず、今も「大艦巨砲時代」を引きずっているのだった。
    「いた」
     女王と将軍が敵の艦隊を見つけた。ステルス性能を有するスピルだけあって敵はまだこちらの接近には全く気がついていないようだ。砲撃はない。ぱっと見、最も大きそうな奴に狙いを定める。
    「こうも近づけるとは思わなんだ」
    「コロニーの残骸のおかげでしょう、女王様」
     スペースコロニーの残骸は我が方の艦隊の「隠れ蓑」になると同時に、相手の隠れ蓑にもなる。
    「よし、変形じゃ」
     スピルがアカエイから人型に変形した。この時点で敵のレーダーに捕捉される。反撃される前にビームキャノン砲による攻撃を速やかに行わねばならない。
     だが、そこは初実戦。そう上手いこと事は運ばない。
    「どうなっておるのじゃ?獲物は目の前だというのに」
    「どうやらこの兵器は、すぐには発射できないようですぞ」
     その通り。何しろ戦艦の主砲クラスの破壊力を持つ兵器である。発射の前にエネルギーを充填する作業が必要なのだ。そこはF-15が装備するビームキャノン砲と同様である。そして両手で握らねばならない点も。尻尾の付け根にあるグリップを右手で、尻尾の中程に生える棘を左手で握る。 
     そうしている間に、目の前の軍艦が対空砲で攻撃してきた。
    「うわあ!」
     敵の攻撃に慌てる馬知子女王。
    「落ち着きましょう女王様。ここは冷静に対処しないことには」
     だが、悠長なことは言っていられない。当たれば一発で撃墜だ。
     そうしている間に、エネルギーゲージが臨界に達した。
    「お喜び下さい。どうやら撃てそうですぞ」
    「助かった」
    「しっかりとお狙い下さい」
    「判っておる。その方こそ外すでないぞ」
     狙いを定めて。
    「発射ーっ」
    「発射―っ」
     スピルのビームキャノン砲が発射された。一発は主砲を破壊、そしてもう一発は何と軍艦の急所とも言える艦橋を直撃した。
     女王と将軍が撃沈したのは巡洋艦のチグマヤだった。残念ながら大将首=戦艦パンジャではなかった。とはいえ大金星だ。
    「やったあ」
    「やりましたな、女王様」
     
     戦艦パンジャ。
    「なんということだ」
     巡洋艦チグマヤが爆発する姿はその後方100㎞に位置するパンジャのブリッジからも目視できた。
     機密戦隊ジミンジャーが全滅したことは既に報告を受けていた。それだけでも驚きなのに巡洋艦まで撃沈されたのだから、アシベ提督が動揺したのも無理はない。しかもこのままでは自分の船が沈められるかも知れないのだ。
    「引け。体勢を立て直さねば。この場は引くのだ」
     アシベ艦隊は後方へワープして退却した。
     こうして初戦の戦いは文字通りの大勝利に終わった。勿論、これは「運がよかった」のだ。いずれはもっと酷い損害が、場合によっては死者が出るかも知れない。

    「一眼の亀、発進」
    補給を完了した一眼の亀がビッグフェイスの空港を発進した。
    ブリッジには新たに三人のオペレーターが加わった。「藻魚(はた)三姉妹」である。今は乙女だが、やがては・・・などという心配はいらない。この三人、成長と共にいずれは男に性転換するはずである(笑)。
    ビッグフェイスの知事室からは現知事のキャプテン・サワーが出航する一眼の亀を見つめていた。「必ず無事に戻ってきてくれよ」と祈りながら。
    そして。
    「竜宮のコロニー空域を脱出」
     一眼の亀は破壊されたスペースコロニーやその残骸が浮かぶ空間を脱した。そしてスペースコロニーの浮かぶ空間を通り抜けた一眼の亀の目の前には「無限」ともいえる大宇宙が広がっていた。いよいよ長い航海の「旅」が始まったのである。



  • 予告

  • 一眼の亀は惑星・キンナーンに到着した。その惑星もまた竜宮同様、破壊の限りを尽くされていた。
    そしてそこにはアシベ艦隊の巧みな戦術による罠が待ち構えていた。
    次回6月14日(土)19:30
    「戦略合戦」
    宇宙では賢い者だけが生き残る。





  •  地球そっくりの青く美しい「水の星」。だが、見た目の美しさに惑わされてはいけない。この星では現在、先住民族へのジェノサイドが繰り広げられているのだ。
     この星の名は「エルライス」。竜宮を攻撃した敵の星である。
     この星、かつては「チナパレス」と呼ばれ、この星に元々暮らしていたチナパレス人が平和を営む星であったが、突如、宇宙からやってきたエルライス軍による無差別攻撃によって今では絶滅の危機にある。それは古墳時代、垂仁天皇によってはじめられた「倭国統一戦争」によってアイヌ民族が北へ北へと追いやられたのと非常に良く似ていた。

     この星の首都・イセサレムではこの日、ヤネニフタ総統による国民向けの演説が行われていた。言葉巧みな独裁者にとって演説は思想統制の実に有効な手段である。会場となったドーム球場に8万人の軍人たちが集まる。この模様は天の川銀河全域に向けて配信されていた。それは言うまでもなく天の川銀河全域に艦隊が派遣され、侵略の魔の手が伸びていることを示していた。
    「諸君。我々が気の遠くなるような長い流浪の旅路の果てに、遂にこの星に定住、エルライスと定めてから既に8年の歳月が流れた」
     今の言葉から判るようにエルライスは今から8年前に建国された若い国家だ。
     ヤネニフタ総統は、元々はヤダユ人という大宇宙をさすらう「流浪の民」の将軍であった。彼はそうした民族の宿命に逆らい、住み心地の良い惑星を見つけてそこに定住することを王に進言した。だが王はそれを拒否した。そこで将軍は自分と行動を共にする者たちを率いてヤダユの船団を離れた。そして辿り着いた安住の地が、今の星であった。
    「これを見るがいい」
     総統の後ろにある巨大スクリーンに天の川銀河を真上から見た図が映し出された。そこに映し出されたのは、雪だるまのように大小二つの渦巻き銀河が縦に並ぶ図であった。
    「見ての通り、天の川銀河は大銀河と小銀河の二つから成る二重銀河である。そして我々の新たなる故郷となったエルライス星はここ、小銀河の中にある。そして、我々はこの星に居を定めてから僅か1年のうちに小銀河の全てを征服した」
     小銀河の色が征服を示す赤色に変わった。ここでわーっという歓声が沸く。
    「それから7年、これを見るがいい」
     巨大スクリーンに現在の勢力図が映し出された。
    「8年のうちに我々は勢力をここまで拡大することに成功したのだ」
     ここで再び歓声が沸き上がる。
     それはそうだろう。その図によれば、赤い部分は小銀河から一気に広がり、大銀河の3割に達していた。その中には当然、竜宮も含まれている。
    「我々の勢力は見ての通り、既に天の川銀河の3割を制圧するに至った。残りの7割を制圧するのも、もう間もなくだ。このほど制圧した竜宮の超科学力を用いて我々の軍隊はより強力なものとなるだろう。その力によって我々は一気に天の川銀河を制圧するのだ」
     ここでひときわ大きな歓声が沸き上がった。
     なんと恐ろしいことだ。およそ軍事国家というのはこういうものだ。自分たちだけが「正義」であると思い込み、国防強化・侵略戦争に明け暮れるのだ。
     因みに地球もエルライスの支配地域内にある。だからこそ、彼らは雄一郎を連れ去ったのだ。そして地球が無事であるのは、地球が科学力の貧弱な「原始人の星」だからであった。何しろこの時代の地球の周りにはスペースコロニーどころか人工衛星の一つも存在しないのだから。地球人類など「滅ぼすにも値しない」と判断されたのだ。
     演説を終えたヤネニフタ総統は王宮に戻った。
     そこへ警察庁長官がやってきた。というよりヤネニフタ総統が呼んだのだ。
    「ザガの連中はどうなっている?」
     ザガというのはチナパレス人が組織したエルライスに対する抵抗勢力、いわゆるゲリラである。
    「抵抗激しく、未だ全滅させるまでには至っておりません」
    「こざかしい連中め」
     ヤネニフタ総統は演説後の満足感から一転、いらだち始めた。
    「我らの方が戦力は圧倒的に上なのだ。さっさと始末せい。ザガの連中を皆殺しにしてしまうのだ。女子供とて容赦はするな」
    「はい」
     長官がオドオドしながら退出した。
    「全く、使えない奴め」

     戦艦パンジャ。
     副官が報告する。
    「艦長。エルライス星から補給艦・シカノイインが到着しました」
    「よし来たか。直ちに補給を開始しろ」
     補給艦シカノイインはゾウン・アシベ提督からの連絡を受けて、三機のパペットとそれを操縦するパイロットを運んできたのだ。
    「アシベ提督。『三本の矢』参りました」
     三本の矢というのは「ウリ」「モモ」「ナトリ」の三名から成るパイロットチームの名前である。
    「ご苦労」
    「早速ですが、敵の情報をお教え下さい」
    「長旅だっただろうに、随分と熱心だな」
    「それはもう。我々は敵のパイロットの噂を聞きつけて、ここへ勇んでやってきたのですから」
    「そうか。『休息を』と思ったが、ならば今すぐ説明しよう」
     アシベ提督は交戦した敵について説明を始めた。
    「敵の軍艦は一隻。どうやら空母のようだ。外観は海亀で、海亀らしく一回のワープで300光年しか飛行できない」
    「それはまた、随分と足の短いオンボロですな。まさに呪いの亀(鈍いの亀)ですな」
    「それはそうだろう。竜宮城にあった最新の兵器は全て私が本国へ送り届けたからな。残っていたのがこのボロ船だけだったのだろう」
    「で、コスモパペットの方は?」
    「女性兵士タイプとその試作機らしいのが6機。アカエイに変形するタイプが2機。そしてキャロットに変形するタイプが1機」
     最後のコスモパペットを聞いて、三人の瞳がきらりと光った。
    「最後のタイプについて、詳しい情報をお教え下さい」
    「キャロットに変形するコスモパペットは飛行速度がずば抜けて速い。通常のコスモパペットの三倍だ」
    「三倍ですと」
     三人はこの言葉を聞いて耳を疑った。
    「私も同感だ。だが事実なのだ」
    「やはり本当だったのですね」
     成程、これがエルライス軍の間で噂になっていたのか。
    「そうだ。だから補充した。本当は八機欲しかったのだがな」
    「お任せ下さい。我々三名は普通のパイロットとはわけが違います。八機、いや十機分の活躍をしてご覧にいれます」
    「お前たちの噂は聞いている。頼むぞ」
    「はっ」
     それから三人は次の作戦に備えて休息に入るのだった。
     翌日。
     アシベ提督が作戦を発表する。
    「今回の作戦はあくまでも敵のコスモパペットを少しでも減らすことにある。三本の矢は『キャロット』を倒すことに専念しろ」
    「了解」
    「幸運を祈る。作戦開始だ」
     アシベ艦隊による新たなる作戦が発動された。
     それにしても、石之伸の願いも空しくスピルマは敵に渋柿ではなく完全に「人参」として認識されてしまったようだ。

     一眼の亀。
    「飛行物体発見。どうやら敵のコスモパペットの模様。その数三機」
     長七郎艦長。
    「コスモパペット隊、発進せよ」 
    「石之伸スピルマ、発進する」
    「大介あゆみ、出撃する」
     一眼の亀から次々とコスモパペットが発進する。但し、前回とは異なり一機少ない。鶴夕のジャンダルの修理がまだ終わっていないのだ。

     パイロットチーム「三本の矢」。
    「判ってるな。まずはオレンジ色の奴だけを狙う。残りは雑魚だ」
    「判ってるさ」
    「そのためにここへ来たんだぜ」
     やる気満々の三名。何か「策」があるに違いない。
     そこへ。
    「来たぞ。オレンジ色の奴だ」
    「よし」
    「やるぞ」
     三機のコスモパペットがブランチした。
    「よし、攻撃」
     三方向からのビーム攻撃が始まった。スピルマの周囲を旋回しながらビームライフルを撃つ。
    「間合いを詰めろ」
     三機はビーム攻撃を行いながら徐々に間合いを詰めていった。
    「よし、今だ」
     三本の矢が金属製のワイヤーをスピルマめがけて発射した。それらはそれぞれ、スピルマの右腕、左腕、左足に巻き付いた。
    「やたっぞ。これであいつは終わりだ。高圧電流放射!」
     金属製のワイヤーを伝って三本の矢から高圧電流がスピルマに流される。このままだとスピルマは爆発してしまう。今まで、この戦法で倒せなかった敵はいない。
     だが。
    「なに?」
     突然、スピルマは人型から飛行形態に姿を変えたかと思うと、全力噴射で飛行を始めた。
     ワイヤーでスピルマと一つに繋がった三本の矢の機体が引っ張られる。三機の機体は互いに猛スピードで接近を始めた。
    「拙い!」
     だが時、既に遅し。三機は猛スピードで激突した。スピルマが全力飛行を開始したことで、三機のコスモパペットは「クラッカーボールの玉」となったのだ。
     衝突後、三機の間合いは広がり、再び激突。
     そして三回目の激突の時、遂に三機は大爆発を起こした。それを見届けてから再び人型に変形するスピルマ。
    「ふう。ギリギリの勝負だった」
     そう呟いたのは石之伸。
    「あと5秒、電流を流されていたら、こちらが爆発していた」
     コクピット内に高圧電流によって焦げた部品が発する煙が漂う。そう。スピルマも正直、危なかったのだ。だが、今回の戦いは石之伸に運が味方したのだった。
     
     戦艦パンジャ。
    「折れないはずの三本の矢が折られた」
    「提督」
    「退却だ」
     三本の矢を折られたアシベ艦隊には「退却」以外の選択肢はなかった。



  •  一眼の亀の旅は続く。
    「ワープ終了」
     短距離ワープが終了した。
    「前方に惑星発見」
     惑星キンナーンである。
    「惑星の表面をモニターに映せ」
     そこに映し出されたのは廃墟と化した都市であった。いわずもがなアシベ艦隊の仕業である。
    「酷い」
     震えるクルーたち。
    「惑星に降下する」
     長七郎艦長が指示した。
    「もしかしたら生存者がいるかも知れない」
     それに対し、クルーからは次のような声が上がった。
    「時間が惜しいです。一刻も早くエルライス星に行かないと」
     だが、長七郎艦長は反論した。
    「どうせこの船は今から24時間、ワープすることはできない。その間、捜索する分は問題あるまい」
     かくして一眼の亀は惑星キンナーンに大気圏突入した。
    「対流圏に突入。高度60000フィート」
    「捜索開始。コスモパペット隊、発進」
     修理を終えた鶴夕のジャンダルを含めコスモパペット全機が発進した。

     戦艦パンジャ。
    「報告します。敵は惑星キンナーンに降下したようです」
    「フフフ」
     不敵に笑うアシベ提督。
    「必ず『そうする』と思っていたよ。竜宮城の連中は『人情に篤い』からな。愚かな奴らよ」
     一眼の亀に気付かれぬよう、寒帯は惑星の裏側に隠れていたのだ。
    「これで我々の勝利は確定だ」
     勝利宣言をするアシベ提督。
     今回、コスモパペットの補充はない。「コスモパペット抜き」でどうやって闘うというのか?
    「コスモパペット隊などなくても『戦い方はある』ということを奴らに教えてやる」
     入隊後、直ちに提督になどなれるわけがない。アシベ提督が「百戦錬磨の軍人」であることは間違いない。
     果たして、アシベ提督は「いかなる戦い方」を仕掛けてくるのだろう?

     石之伸と大介がとある廃墟に着陸した。コスモパペットから降りる。
    「見ろ。まだ死体が腐っていない。どうやら虐殺はつい最近、行われたようだ」 
    「ということは、まだ近くにエルライスの艦隊がいるかも知れないぞ」
    「拙い。戻るぞ」
     全機、一眼の亀に帰艦した。果たして間に合うか。
    「一眼の亀、発進。直ちに大気圏を離脱する」
     一眼の亀が宇宙へ向けて離陸を開始した。
    「敵艦隊発見。我々の頭上100㎞の位置にいます」
    「しまった。遅かったか」
     頭上に敵の艦隊が。このまま離陸すれば離陸中に主砲の餌食に遭う。まさに、これが「敵の狙い」だったのだ。一眼の亀は完全に頭を抑えられたのだ。
     
    「『他人への情けが我が身を滅ぼす』ということを覚えるんだな。ははははは」
     勝利を確信。高笑いをするアシベ提督。
     一眼の亀は大気圏脱出を断念。再び降下した。
    「バカめ。大気のある地表と大気のない宇宙空間では、宇宙空間にいる我らの方が断然、動きが速いわ」
     その通り。
    「全艦、砲撃開始」
     高度100㎞から一眼の亀めがけて主砲を発射する艦隊。勿論、この距離ならばあたることはまずないが威嚇にはなる。
     その時。
    「レーダーから一眼の亀が消えました」
    「なに?」
    「間違いありません。消えました」
    「ということは『撃墜した』ということか?」
    「判りません」
    「望遠カメラで残骸を探せ。撃墜したのなら残骸があるはずだ」
     艦隊は必死に一眼の亀の残骸を探した。

     その頃、一眼の亀は。
    「成程。こういう手がありましたか艦長」
    「こいつは海亀だからな。このまま海を潜行。惑星の裏側に移動する。海から出たら直ちに惑星を影に全速力で大気圏を離脱だ」
     どうやら一眼の亀の方が「一枚上手」ということらしい。百戦錬磨という点では長七郎も負けてはいないということだ。
    「惑星の裏側に出ました。頭上に敵艦隊の反応なし」
    「一眼の亀発進!」
     補助エンジンを最大にして一眼の亀は浮力を用いて海中から一気に離陸。そのまま大気圏を脱出した。
    「コスモパペット隊発進。敵艦隊を惑星の左右から挟み撃ちにしろ」

     戦艦パンジャ。
    「どうした。まだ残骸を発見できないのか?」
     アシベ艦隊はまだ一眼の亀の残骸を捜索していた。
     その時。
    「レーダーに機影確認。コスモパペットです。コスモパペットが惑星の裏側からこちらに向かって飛んできています。その数九機」
    「何だと?」
     アシベ提督は「しまった」とおもった。「敵に一杯食わされた」事を悟ったのだ。
    「探せ。海亀は既に宇宙に出ている。敵のコスモパペットがいるということは、どこかに海亀の奴もいるはずだ」
    「レーダーに反応なし」
    「ばかな。そんなはずはない」
    「ですが、レーダーには反応ありません」
    「それでは『攻撃できない』ではないか」
     どんなに強力な主砲を装備していようが、敵艦を発見できなければ意味はない。
    「敵コスモパペット、接近。あと10秒で遭遇します」
    「くそう、海亀の野郎はどこにいるんだ!」
     アシベ提督は完全に取り乱していた。ちょっと考えれば、自分たちがそうだったように「惑星の後ろに隠れている」とすぐに気が付くだろうに。「勝利の美酒」に酔いしれるのがあまりにも早かったばかりに、作戦が狂った瞬間から思考回路までもが狂ってしまったのだ。
    「敵コスモパペット。来ます」
    「対空砲で応戦しろ」
     必死に応戦する艦隊。
     だが、軍艦とコスモパペットでは機動力が違いすぎる。高速移動するコスモパペットにとって軍艦など「止まっている」のと同じだ。
    「駆逐艦・レク、撃沈」
    「駆逐艦・ニクワイ、撃沈」
    「駆逐艦・マヤクト、撃沈」
    「駆逐艦・キセノモシ、撃沈」
    「巡洋艦・マジノクオオ、撃沈」
     次々と仲間の軍艦が撃沈されていく。
    「あああああ」
     残すは戦艦パンジャのみ。 
     コスモパペットの集団運用による集中攻撃は艦隊が最も恐れるものだ。たとえ強力なビームキャノン砲を装備していなくても、ビームライフルを接近された状態でエンジンやブリッジに撃ち込まれれば、たとえ戦艦であっても簡単に撃沈されるからだ。
     そして、今まさにその時がやってきた。
     渡部と樋口が乗るジャンダルが戦艦・パンジャの両サイドに接近したのだ。
    「いくぞ」
    「せーの」
     呼吸を合わせて左右から連射する。
     左右に5発、合計10発、撃ち込まれた。ビームが弾薬庫とエンジンに命中。
     ブリッジではアシベ提督が「悲痛な叫び」をあげていた。
    「そんな、そんな。私は英雄だ。竜宮城に最初に乗り込み、全ての最新兵器を奪い、本国へと送ったーっ!」
     エルライス国内では英雄かもしれないが、そんなものはここでは全く通用しない。こいつに破壊された竜宮の人々の、そして滅ぼされた惑星キンナーンの人々の怒りを今こそ受けるがいい。
     ここで戦艦パンジャの索敵が「最後の仕事」をした。
    「レーダーに反応。一眼の亀です」
     一眼の亀が惑星キンナーンの後ろから出てきた。「アシベ提督の最期」の見届け人となるために。
     その姿をアシベ提督は恨めしそうな目で見た。
    「私は祖国の英雄ぞーっ!」
     アシベ提督がこの言葉を発した直後、戦艦パンジャが大爆発した。

     イセサレム宮殿。
     総理大臣がヤネニフタ総統のもとにやってきた。
    「も、申し上げます」
    「なんだ?何をそんなに震えておる」
    「はい。それが」
    「なんだ。早く申せ」
    「はい。ゾウン・アシベ中将が戦死いたしました」
    「なに?アシベ提督が」
    「はい」
    「そうか。ならば国葬せねばなるまい」
    「さようですな」
    「生きているときは『戦争の道具』として使い、死してもなお『国威発揚に利用する』ことができる。軍人とは権力者にとって実に便利な代物よ。そうは思わぬか?総理大臣」
    「さようですな」
    「しかし、なぜ戦死したのだ?」
    「通信によれば、竜宮城の生き残りが超兵器を用いて攻撃してきたようです」
     今まで冷静だったヤネニフタ総統の顔色が変わった。
    「竜宮城にはまだ兵器が残されていたのか」
     しばらく思案する総統。
    「総理大臣。こうなれば一刻も早く竜宮城の技術を用いた新型コスモパペットを開発する必要がある。それと、竜宮城の生き残りを早急に始末する必要もな」
    「といいますと?」
    「チンプー。プラトン。インフラ。この三名を直ちに戦地から呼び戻せ」
     彼らはいずれも自らの艦隊を指揮する提督である。
    「この三名はそれぞれ別々のエリアにおいて侵略戦争を進めております」
    「それは後回しでよい。今はまず竜宮城の生き残りを始末することが重要だ」 
    「わかりました。すぐに帰還命令を出します。ですが、三名が前線から戻るまでにはひと月ほどは掛かるかと」
    「なるべく急げよ。それから、あいつはどうなっている?」
    「はい。何分、体がバラバラでしたから、回復までに時間が掛かりました。ですが大丈夫です」
    「よし。ならば三名に同伴させ、戦闘に参加させるのだ。但し無理はさせないように。あくまでも『宇宙での戦闘』というものがどのようなものかを学ばせるためだからな」
    「はっ」
     その後、ヤネニフタ総統は軍の研究所へと出向いた。
    「どうだ?」
    「ダメです。びくともしません」
     そこには竜宮城から運び込まれた無量宝珠があった。
    「乙姫。小癪な真似を」
    「いかがいたしましょう」
    「何としても割れ。私の願いはそれだけだ」
    「はい」
     総統は宝珠の置かれた部屋を出た。
     実はヤネニフタ総統は一度、過去に乙姫と会ったことがあるのだ。
    (乙姫よ。私はあの日以来、一度としてそなたのことを忘れたことはない。必ずやそなたを我が妻としてくれようぞ)
     研究所の廊下を歩きながら、総統はそのようなことを考えていた。



  • 予告

  • 次回6月28日(土)19:30
    一眼の亀に次々と襲いかかるエルライス軍の艦隊。今度の敵は資金力にものをいわせて自分専用の戦艦やコスモドール(コスモパペットの一種)を開発する大富豪イーバイ大佐率いる成金艦隊。
    「戦争は『金を掛けている方が勝つ』ということを教えてやる」
    果たして、戦いの行方は?
    「恐怖!機動テンバイン」
    次回6月28日(土)19:30
    宇宙では賢い者だけが生き残る。





  • 「石之伸ドリアン、発進する」
     石之伸がドリアンで発進した。将来の戦闘のことを思えば、やはりドリアンも「計算できる武器」にしておく必要がある。というのもマニュアル本によれば、ドリアンにはスピルのビームキャノン砲を遙かに上回る威力を秘めた強力な武器が装備されているからだ。
    「石之伸、聞こえるか?まずは通常の武器から始めよう」
    「・・・・・・」
    「どうした?」
    「全然反応がない」
     ドリアンの通常兵器は胸にある蝶の形をしたブローチから発射される拡散ビーム砲。
     だが、それが全く「作動しない」のだ。
     ドリアンは乙姫専用機として開発され、乙姫の精神力によって全てをコントロールする「サイコパペット」として設計されている。従って通常の操縦装置は搭載されていない。文殊菩薩の智慧と能力を受け継ぐ石之伸ならば操縦できるのではと思ったのだが。
    「駄目か」
    「駄目だ」
    「じゃあ、それは後回しにして、肝心の超兵器を試そうか」
    「判った」
     石之伸は仮想敵である浮遊隕石に対し、足の爪先を向けるようにドリアンを仰向けに寝かした。
     肝心の超兵器というのは、その名を「絶頂砲」といい、女性でいえば無花果の実の部分が発射口になっている超強力ビーム砲である。破壊力がマニュアルに書かれている通りならば、その威力は敵艦隊を一発で消滅させられるだろう。戦艦ではなく艦隊を、である。
    「駄目だ。足が開かない」
     絶頂砲の砲門は足と足の間にあるため、足を大きく開く必要がある。だが、どんなに念じても開く気配はない。
    「大介。俺では無理だ。この機体は使いこなせない。闘うどころか普通に飛ばすだけでも一苦労だ」
    「判った。戻ってこい」
     この機体は、やはり乙姫でないと駄目ということなのか。

     イーバイ大佐のもとにアシベ艦隊全滅の報が伝えられた。イーバイ艦隊は現在、最も一眼の亀に近い場所に位置する。
    「これはまたとないチャンスだ。アシベ艦隊を撃滅した敵を我らで殲滅すれば『二階級特進』ものだぞ」
     イーバイの階級は「大佐」であるから提督の地位にはない。そしてエルライス軍では大佐が率いる艦隊は「巡洋艦三隻」が基本である。当然、イーバイ艦隊も本来ならば巡洋艦三隻から成る。だが、自身が社長を務めるリサイクルショップとは名ばかりの高額転売業「良売(いーばい)」によって巨万の富を稼ぎ出した経済界の大物である彼は自ら巨費を投じて全長400m級の豪華客船を改造した戦艦を建造、自らの旗艦としていた。元々が豪華客船であるから外観も見るからに絢爛豪華。しかも船体を金色に塗っているから尚更だ。
     言うまでもなくイーバイ大佐は「提督=少将以上」になることを願っていた。だが流石に、その地位だけはいくら金を注ぎ込んでも手に入れることができないでいた。
     イーバイが受話器を取った。格納庫に通話するためである。

     格納庫。
    「いいぞ、いいぞ、走れ、走れ」
     そこではレイカー少佐が今、コスモパペットの整備をそっちのけで「ギャルピッグ」というゲームを楽しんでいた。このスマホゲームは女性を競争豚に見立てて自分で調教、レースに出走させて勝利を狙うというもので、男尊女卑もいいところの内容ではあるが今、エルライス国民の間で大人気なのだ。
    「レイカー少佐はいるか?」
     いきなりのイーバイからの艦内電話。レイカーは慌ててしまい、うっかりスマホを落としてしまった。コスモパペット前の作業台の現在の高さは10m。落下したスマホは勿論、粉々になった。
    「あちゃあ」
    「どうしたレイカー。返事をせんか」
    「何でしょう?艦長」
    「今からアシベ艦隊を撃破したという敵を追う。ここからだと三日とはかかるまい。コスモパペットの整備をしておけ。念入りにな」
    「はっ」
     レイカー少佐はイーバイ艦隊直属のコスモパペット隊「暴壊夷SHOW(ぼうえいしょう)」の隊長である。
    「タカコ。聞いた通りだ」
    「聞いた通りでありますー。カズ少佐どのー」
     タカコはレイカー少佐の右腕である。階級は軍曹。
    「しっかり整備しておけよ。作戦は恐らく二日後にある」
    「ハイイー、わかりましたー」
    「その返事、なんとかならんか。耳が痛くてたまらん」
    「ハイイー、気をつけまーす」
     一方、格納庫への指示を終えたイーバイは直ちに次のように命じた。
    「直ちにアシベ艦隊を撃破した敵を追え」
     戦艦オークションとゴマスリーン、コシギン二隻の巡洋艦が発進した。

     戦艦一隻と巡洋艦二隻のイーバイ艦隊。普通であれば、いくら「二階級特進」とはいっても、そこに駆逐艦四隻を加えた艦隊を撃破した敵をわざわざ迎え撃つなどということはしない。「勝つ見込みがある」からこそ迎え撃つわけで、その根拠の一つは先に挙げた自ら建造した戦艦の能力であり、もうひとつはコスモパペットにあった。
     イーバイ艦隊にはまだ実戦配備間もない最新鋭のF-35が配備されていたのである。勿論、財力を活かして優先的に回して貰ったものだ。
     F-35はF-16の後継機である。最大の特徴は飛行形態に変形することでステルス性能を有することだ。上腕・太腿を太く、下腕・脹脛を細くすることでカメラの三脚のように腕と足を引き込み、四枚の巨大な三角形の板で機体を覆うことでレーダー波を受信レーダーに戻らない方向に反射するのである。こうした特徴の結果、人型のF35は正直「不格好」である。スピルやスピルマほどの洗練度がないのはエルライス軍の技術力が竜宮には「遠く及ばない」からに他ならない。
     そしてカメラアイはF-15同様、顔ではなくヘルメットに装備されている。今までの水平とは異なり「×字状」に動くことで視界を大きく拡大している。とはいえ、可動式カメラアイを採用している以上、死角が生じることは避けられない。その分、360度プラネタリウムモニターのようにパイロットが宇宙に放り出される恐怖感を感じないため、初心者でも扱いやすい事は確かだ。

    「飛行物体発見、大型です。海亀と思われます」
    「遂に見つけたぞ。皆の者。戦闘準備だ」
     カタパルトデッキ。
    「レイカー、発進する」
     赤いF-35が発進する。隊長機らしく頭に角を生やし、胸に「Aマーク」を施す。彼は少年の頃から「ムスタングのチャー」に憧れており、自分の乗るコスモパペットの外観を「同じ」にしている。チャーというのはムスタングの名が示す通り、いち水兵の身分から軍司令官にまで出世した伝説のエースパイロットの名前で、ヤダユ人ならば誰もが知る「英雄」だ。
     続いて。
    「タカコ、発進します。ハイイー」
     迷彩塗装のF-35が続く。迷彩塗装は本来、地上用のパペットに施される塗装だが、彼女は好んで使用していた。彼女?そう、タカコは女性である。それもやけに声がバカでかい。
     その後は部下たちの五機が続いて発進した。
     そして。
     イーバイ大佐もまた格納庫に現れた。
    「私のコスモドールの準備は?」
    「はい。できております」
     コスモドールはコスモパペットの一種で、人型ではないタイプのものを指す。この機体の場合は背中やスカートの中ではなく巨大なショルダーの中に複数のバーニアを装備し「腕がない」のでコスモドールということになる。
     どうやらイーバイ自ら出撃するらしい。全身を金色に塗装した機体。「成金」が金色を好むのは、いかなる星の知的生命体も同じらしい。それは当然だろう。存在する元素が宇宙によって変わるわけではないからだ。「水兵リーベーブック」でおなじみの元素表は全宇宙共通である。
    「既に乗っているな」
     イーバイ専用機の中には既にふたりの大尉がパイロットとして登場していた。このコスモドール、操縦士、砲撃手、そして指揮官の三名で操縦する仕様になっているのだ。
    「大尉。テンバインを発進させろ」
     イーバイが操縦士に出撃を命じた。
    「了解。テンバイン発進します」
     テンバインと命名されたコスモドールが発進した。
     テンバインはまず、その大きさに圧倒される。通常のコスモパペットの身長は15~20mの中に収まるが、テンバインは2倍以上ある。しかも頭には大きな角が生えているから、それも含めると3倍以上だ。道理で専用の戦艦を開発する必要があったわけだ。これでは通常の巡洋艦の格納庫に収まるわけがない。

     一眼の亀。
    「敵艦隊発見。敵のコスモパペットを確認。一機だけです」
     一機というのは「テンバイン」のことで、残りの七機のF-35はレーダーでは確認できない。
    「よし。ならば石之伸だけを発進させよう」
     長七郎艦長はそう判断した。
    「待って」
     澄が長七郎艦長の判断に異議を唱えた。
    「おかしいわ。美蕾さん、本当に一機なの?」
    「はい。間違いありません」
    「怪蕾さんは?」
    「私も一緒です」
     だが、澄は言下にふたりの判断を否定した。
    「でも、間違いだわ。私の目には全部で八機見える」
    「何だと?」
     驚く長七郎艦長。
    「本当か?澄」
    「ええ」
     勿論、敵との距離を考えれば目視などできるわけがない。澄は直感によって敵のコスモパペットが全部で八機であることを確信していたのだ。
    「わかった。コスモパペット隊全機、発進だ」 
    「私の言葉を信じてくださってありがとう」
     澄は長七郎に礼を述べた。 
    「なあに。昔からお前は直感力に優れていた。だから信じたまでだ」
     そう。意外な発言でも「過去の実績」があれば信じることができるのだ。「信頼」とは凡そそういうものだ。信頼は「過去からの積み重ね」によってしか得られない。
     美蕾と怪蕾のふたりは不服そうだが、間もなくふたりも澄に敬服することになる。
     最初に発進した石之伸から連絡が入った。
    「敵を確認。全部で八機。そのうち、レーダーに捕捉できるのは一機のみ。どうやら敵さんもスピルのようなステルスパペットを開発したようだ」
    「ステルスパペットか。わかった。こちらもカメラ探知機で確認する」
    「自分は今から敵と戦闘に入る。以上」
     石之伸は言わずもがな、テンバインに狙いを定めた。この時点ではまだ、その巨大さには気がついていない。

     やがて、残りのコスモパペット隊もやってきた。まずは大介率いるジャンダル隊である。スピル隊が遅いのは発進の順番が最後であることと、この時はアカエイ型ではなく、すぐに一発目のビームキャノン砲を発射できるように人型で飛行しているからだ。
    「阿綺羅、お前は妖精たちを率いて左へ移動しろ」
    「大介さまは?」
    「俺は右へ行く。恐らく敵の隊長が誘いに乗ってくるはず。そいつは俺がやる、お前は残りを妖精たちと仕留めるんだ」
    「了解」
     最初、阿綺羅は大介の言う通りに動いた。妖精たちを引き連れて左へ移動する。
     一方、それを見た暴壊夷SHOWは。
    「タカコ、見ろ。敵は二手に分かれた。それも一機と五機だ。一機は隊長機の俺を誘っているんだ」
    「ハイイー、どうやらそのようですねえ」
    「ならば誘いに乗ってやろうではないか。ただし、こちらは二機と五機だ」
    「ハイイー」
    「聞いた通りだ。タカコ以外は右の五機を襲え。一対一だ。頑張れよ」
     敵もまた二手に分かれる。但し、大介が乗るあゆみ一機に対しレイカー少佐とタカコ軍曹の乗る二機が向かう。
    「二対一とは卑怯な連中。中山。後はお願い」
     そうした敵の動きを見た阿綺羅が妖精たちを中山に任せて大介のカバーに向かった。
    「阿綺羅」
    「大介さま。敵は二機います。ですから私もご一緒します」
    「お前は妖精たちを率いて戦え」
     だが、そんな命令に従う阿綺羅ではない。
    「邪魔だ、阿綺羅」
    「足手まといにはならないわ」
     そうこうしている間にレイカー少佐の乗る赤いF-35とタカコ軍曹が乗る迷彩塗装のF-35がふたりに接近してきた。
     戦闘開始だ。もう大介は阿綺羅とタッグで戦うしかない。
    「わかった。お前は迷彩塗装を相手にしろ」
    「了解」
    「まったくう。このお転婆め」
     迷彩塗装のF-35に阿綺羅のジャンダルが挑む。
    「これでも食らえ」
     左手のビームライフルを発射。
    「当たった」
     迷彩塗装のF-35の背中の三角板を一枚、弾き飛ばした。無論、致命傷ではない。
    「やったなあ」
     タカコ軍曹の反撃。F-35のビームライフルが炸裂。
    「当たったあ」
     こちらもヒット。しかもこちらは明らかにジャンダルの胸を直撃した。
    「ば、バカな。直撃の筈よ」
     驚くタカコ軍曹。
    「も、もう一度」
     今度は臑にヒット。
    「そんな。ビームライフルが効かない?」
     変形コスモパペットであるスピルマやスピルは骨格を構成するパイプフレームに核融合炉、バーニア、ガーダーなどのパーツを後付けする構造で、防御能力はお世辞にも高くない。それに対しジャンダルはそうしたメカを全てボディに内蔵するモノコック構造を採用する。しかも頭部や胸部など場所によってはモノコックのボディの上に更に鎧を被せている。従って、鎧の部分の強度は戦艦の主砲ならばともかく、コスモパペットの常備するビームライフル程度ならば充分に耐えることができるのだ。
     ジャンダルの防御力の高さに驚くタカコ軍曹。それが隙を生んだ。
    「うわあ」
     阿綺羅の放ったビームライフルがF-35の左腕を吹き飛ばした。
    「しまった。左腕を飛ばされた。だが」
     迷彩塗装のF-35が飛行形態に変形。戦線を離脱する。その動きは「退却」に見えた。
    「待て」
     阿綺羅は迷彩塗装のF-35を追った。

    「よし。これくらい離れればいいか」
     迷彩塗装のF-35が再び人型に戻る。
    「私の得意技はビームライフルじゃないのよ」
     そこへ阿綺羅の乗るジャンダルがやってきた。
    「どうやら観念したようね」
    「それはどうかしら。それ」
     迷彩塗装のF-35から「何か」が無数に放たれた。何かがジャンダルの周りを取り囲んだ。
     そして、何かの一つがジャンダルに触れた瞬間。
    「何?」
     ジャンダルの左手に握る盾の上部が吹き飛んだ。
    「こ、これは地雷?」
     タカコ軍曹が笑う。
    「これは『宇宙機雷』よ。私はもともと機雷の扱いの方が上手なのよ」
     そして更に。
    「そーれ」
     迷彩塗装のF-35が右手で宇宙手榴弾を投げた。爆発。それに合わせて宇宙機雷が誘爆する。
    「きゃあああ」
     ジャンダルの周囲で多数の宇宙機雷が爆発した。
     宇宙機雷自体は小型爆弾に過ぎない。だからジャンダルのボディそのものは爆発に耐えることができる。だが、衝撃による内部の破損は免れない。
     ジャンダルのコクピット内に警報が鳴り響きはじめた。
    「空気が漏れている?」
     宇宙機雷によってジャンダルのコクピットを包む球状の外壁のどこかに罅が入ったのだ。
    「このままでは窒息してしまう」
     迷彩塗装のF-35が再び宇宙機雷をジャンダルの周囲に散布する。
    「一か八か」
     阿綺羅はバーニアを吹かすと、ジャンダルを迷彩塗装のF-35めがけて突撃した。宇宙機雷がジャンダルに次々と接触、爆発する。
     それを見ていたタカコ軍曹が高笑いを発した。
    「ハハハ、バカな奴。自分から死におったわ」
     だが、煙の中から現れたのは。
    「そ、そんな」
     それはジャンダル。盾と鎧を全て失った「裸のジャンダル」だ。
    「うおおおお」
     ジャンダルがレーザーサーベルを抜いた。
    「しまったあ」
     ジャンダルの一撃が迷彩塗装のF-35を一刀両断した。上半身と下半身に分断された迷彩塗装のF-35。
    「隊長、タカコはやられちゃいましたー」
     迷彩塗装のF-35が爆発した。
    「急いで戻らなくては」
     迷彩塗装のF-35の爆発を見届けた阿綺羅はジャンダルを一眼の亀に向けて飛ばした。

     こちらは一対一の格闘戦を繰り広げる大介とレイカー少佐。
     ジャンダルのレーザーサーベルに対し、赤いF-35が手にするのは「レーザー銃剣」である。銃剣とはライフル銃の先端に短剣を取り付けたもので、銃としての機能と剣としての機能を兼ね備えた武器である。一見「便利」なように思えるこの武器だが。
    「そんな武器を使っている時点で貴様の負けだ。レイカー」
    「何だと?」
    「その証拠にほら、お前の胸はさっきからずっとガラ空きだぞ」
     銃剣道は剣道の基本である「利き腕の拳を自分の胸の中心から外さない」という型を崩す。銃剣道を極めれば極めるほど剣道は「弱くなる」のだ。旧日本軍が陸戦で「弱かった理由」はここにある。旧日本軍では弾を全て打ち尽くし、只の重荷でしかなくなっても戦場で「ライフル銃を捨てない」ことを美徳としたが故に、先端に短剣を取り付けることで武器としての使用も可能としたことが、兵士の戦闘力を弱める結果となったのだ。
     そしてレイカーがわざわざレーザー銃剣を自分の武器として使用しているのは勿論、伝説のパイロット・ムスタングのチャーが「ビーム銃剣の名手」だったからだ。
    「もういいな」
     大介がガラ空き状態の赤いF-35の胸に輝くAマークの中央にレーザーサーベルを突き刺した。エースパイロットを気取っていても、自分の戦闘術を確立することを怠った「気取り男」など所詮、大介の敵ではなかった。
    「阿綺羅は?」
     大介は阿綺羅を探す。見当たらない。まさか。
     その時、一眼の亀から無線が入った。
    「阿綺羅が戻った?了解」
     頭痛の種から解放された大介は迷わず妖精たちの援軍に向かった。その後、劣勢だった妖精たちが一転、優勢になり敵を掃討したことは言うまでもない。

    「なんだ、こいつは?」
     テンバインの出現に驚く石之伸。その大きさといい、全身金色の塗装といい、頭や上半身に生える角といい、このコスモドールのパイロットは一体全体「何を考えている」のか皆目、見当もつかない。
     だが、イーバイ大佐の思考は一貫している。それは「成金趣味」である。
     巨大さや金色は言わずもがな、ボディに角が生えているのは、テンバインのモデルが「ダイコクコガネ」だからだ。そしてコガネムシはいうまでもなく「金持ち」の象徴である。
     カメラアイのデザインもユニークだ。基本は十字だが、先端が曲った鈎十字である。カメラは当然、この形で動く。動いているときの姿は結構、ユニークである。
    「こいつか。オレンジ色のニンジン野郎は。よし、仕留めるぞ」
     イーバイが左右のグリップを握る。それに合わせてテンバインの両足が背中に背負ったレーザーサーベルと盾を握った。テンバインの足は飛行時には腕としての機能を持つのだ。右足のレーザーサーベルの長さはスピルマの二倍。左足の盾も巨大だ。そして盾のデザインもまたコガネムシの羽を思わせる。
     そして両足に挟まれた股間には唯一、黒色に塗装されたビームキャノン砲が装備されていた。
    「大尉。操縦とビームキャノン砲はお前たちの判断で使え。私は両腕の動きに専念する」
    「判りました」
     コスモパペットを操縦する「難解さ」をテンバインは三名のパイロットを乗せることでカバーしているのだ。
    一方、石之伸は。
    「面白い。受けてやろうではないか」
    スピルマも右手にレーザーサーベルを握った。
     その時、スピルマに無線が入った。スピル隊からである。
    「石之伸、下がれ」
    「こいつはわらわが仕留める」
     蘇我馬知子女王がビームキャノン砲を構えた。
    「大きければいいってもんじゃないよ」
     馬知子女王の乗るスピルのビームキャノン砲が発射された。戦艦クラスの強力なビームがテンバインめがけて進む。
    「くたばれ、でかぶつ」
     だが。
    「なに。ビームが曲がった」
     馬知子女王が放ったビームはテンバインに命中する直前、大きく曲ったのだった。ビームはあさっての方向に飛んでいった。
    「こんなバカな」
     驚くスピル隊。
     何故ビームが曲ったのか?石之伸は冷静な分析を行った。
    「そうか。五本の角が強力な磁界を放っているんだ」
     強力な磁界がある場所ではビームは直進することができない。これは磁界を利用したバリアーなのだ。無論、このようなバリアーには大量の電気が必要。テンバインの巨大さは磁界バリアーを使用するための強力な発電機を搭載するためだったのだ。
     その時、スピル隊めがけてテンバインの股間のビームキャノン砲が火を噴いた。
    「うわあ」
     ビームがスピルを掠めた。
     しかも、時を待たずに再びビームキャノン砲が発射された。今度は平放蕩将軍の乗るスピルを掠めた。巨体だけあって連続発射が可能なのだ。最終的に連続5回ビームが発射された。まるで「射精」のように。幸い、スピル隊に被害はなかったが、それは単純に敵の射撃の腕が低かったからに過ぎない。
     石之伸がスピル隊に叫んだ。
    「下がれ。こいつはただ大きいだけのコスモパペットじゃない。攻防一体の恐るべき相手だ」
     スピル隊がビームキャノン砲を発射した。今度は放蕩将軍の分も含めた二発だ。
     だが、やはりビームはテンバインの直前で方向を変えた。
     ビーム兵器が通用しないことが明らかとなった。こうなれば接近戦でやっつけるしかない。
    「やってやるぜ」
     レーザーサーベルを手にスピルマが突進する。そこへテンバインのビームキャノン砲が攻撃を仕掛けてくる。
    「おっと危ない」
     右手のグリップを動かし、機体の向きを変えることなく上下左右にビームを巧みに躱す石之伸。
     どうにか接近に成功。
    「もらったあ」
     だが、その時、テンバインの左足の盾がスピルマの侵入を阻止した。そしてすかさず右足のビームサーベルが振り下ろされる。イーバイ自ら操るテンバインの足の動きはなかなかのものだ。何といってもパワーが段違いだ。サーベル同士の打ち合いでは明らかにテンバインの方が優っている。石之伸がいくら押し込んでも、テンバインの足はびくともしない。
     そしてテンバインとスピルマの格闘戦が始まった以上、スピル隊は遠方からそれを傍観するしかなかった。ビームキャノン砲は磁界バリアーによって曲げられているし最悪、スピルマに当ててしまう可能性もあるからだ。
    「女王様。我々は別の目標に向かいましょう」
    「そうじゃな」
     スピル隊は艦隊を目指し飛行を開始した。
    「見えたぞ。あれじゃな」
    「これまたゴールドですな」
     戦艦オークションとその左右に二隻の巡洋艦。スピルはステルスパペットだから、まだ発見されてはいない。
    「駆逐艦はいないようじゃ」
    「三隻ならば、我らだけで、いけますな」
    「やるか将軍」
    「やりましょう女王様」
     スピルが左右に展開。それぞれ戦艦オークションと巡洋艦の間に入った。
    「人型に変形」
     アカエイから人型に変形。ここで敵のレーダーが作動した。
    「敵のコスモパペットを確認。真横にいます」
    「真横だと。急いで翼を収納しろ」
     戦艦オークションの主砲は船体の左右にある可変後退翼の上部に左右それぞれ二門ずつ装備されている。この可変後退翼が大きく広がることで四門の主砲が正面の敵を一斉砲撃できる仕組みになっているのだ。そして既にその状態にしてあったのだが、真横の敵の場合、これだと主砲が二門、使えないことになる。
    「ほれほれ、真横だと主砲が半分しか使えんぞ」
    「翼を閉じ始めましたぞ」
     オークションが可変後退翼を閉じ始めた。完全に閉じたところで砲塔が旋回を始めた。
    「ちゃーんと狙えよ」
     砲門が光り始めた。
    「今じゃ」
     女王のスピルは急上昇、将軍のスピルは急降下した。その直後に主砲が発射された。オークションが放った主砲のビームが左右にいる二隻の巡洋艦ゴマスリーン、コシギンに命中した。
    「やったあ」
     オークションは自ら二隻の巡洋艦を撃沈してしまった。
    「今度はこれじゃ。いいか将軍。狙いとタイミングを正確に合わせるのじゃ」
    「大丈夫です。いきますよ。せーの」
     真上と真下から発信器の信号を頼りに互いの機体を狙ってビームキャノン砲を同時に発射。二つのビームがオークションの船体の中央でぶつかり拡散。オークションの船内を駆け巡った。強力なビーム兵器は強力ゆえに軍艦の船体を貫通してしまう。だが、それだと威力は半減する。旧日本海軍の戦艦大和が装備していた46㎝主砲がアメリカ空母の船内で爆発せず貫通してしまったように。だが、この方法ならばエネルギーの全てを破壊に用いることができる。
     全長400mを越える巨艦も、これではひとたまりもない。オークションもまた先の二隻の巡洋艦のあとを追った。
    「やりましたな、女王様」
    「初めて試してみたが、これほどの威力とはな」
    「これならば発射回数を減らせますから、より多くの軍艦を沈められます」
    「わらわの頭脳もなかなかのものじゃ」
     馬知子女王は自分のアイデアに大満足するのだった。

    「こいつは強い。だが、恐れるな。俺の心」
    「ふはははは。このテンバインには通常の戦艦一隻分の金がまるまる掛けてあるのだ。そんなちっぽけなコスモパペットなんぞで敵うものか。アタック、アタック、アターック」
     いくら強力な磁界バリアーを持つテンバインとて、レーザーサーベルを直接、突き立てることができれば倒せる。テンバインの弱点は「下半身」。武器を装備する関係から下半身には磁界バリアーはない。しかも武器の向きを変える必要から可動部分が多く、どうしたって防御は脆くなる。そこさえ狙えれば。だが、そのためには相手のビームサーベルと盾、そして股間のビームキャノン砲をどうにかしなければならない。しかし、どうやって。
    「そうだ」
     石之伸の頭に「文殊の智慧」俗に言うグッドアイデアが閃いた。
    「変形」
     石之伸はスピルマを飛行形態に変形させた。
    「よし。いくぞ」
     テンバインの周囲をジグザグに飛行する。飛行形態になったスピルマの移動速度は人型の三倍ある。しかも飛行形態時のスピルマにはステルス能力があるため、レーダーでの追尾はできない。
     テンバインのレーダースクリーンからスピルマを示す光点が消えた。テンバインはカメラアイが計測する目視情報のみでスピルマを追跡する以外にはない。そしてエルライス軍のコスモパペット(ここではコスモドール)は一個のカメラアイを上下左右に動かす事で広範囲の視界を確保するシステムであり、360度全方位を常時カバーするプラネタリウムモニターは実用化されていない。
    「小癪な」
     必死にレーザーサーベルと盾で下半身を防御するイーバイ。大尉もまたカメラアイに機影が映る度にビームキャノン砲を発射する。操縦士もまたバーニアを操り、スピルマを下に回り込ませまいとする。だが、スピルマの素早い動きはそれを上回る。
    「よし、今だ」
     スピルマが遂にテンバインの股間に飛び込んだ。
    「変形」
     直ちに人型に変形。
    「やああああ」
     レーザーサーベルでビームキャノン砲の砲身をぶった切る。
     更に。
    「二度と射精できないように去勢してやる」
     レーザーサーベルを短くなったビームキャノン砲の砲身に突き刺した。直ちにテンバインから離れるスピルマ。ビームキャノン砲が爆発した。その爆発の影響で両足も破損した。足を動かせなくなったためビームサーベルも盾も、もはや役には立たない。
    「くそう、やりやがったな」
     悔しがるイーバイ。
    「男の弱点はやはり『逸物』だったようだな」
     勝利を確信する石之伸。
     次々と誘爆するテンバイン。磁界バリアーも切れた。
    「こんなバカな。あんなちっぽけなコスモパペット一機に、この無敵のテンバインがやられるなど」
     だが、これは紛れもない事実だ。事実は直視しなければいけない。
     誘爆がコクピットにも及び始めた。
    「うわあ」
    「ぎゃあ」
     次々と大尉を吹き飛ばす誘爆。自身の目の前でふたりの大尉が死ぬのをイーバイは見た。 
    「俺は戦死?」
     これがイーバイ大佐の「最後の言葉」となった。
     その直後、テンバインは大爆発した。



  • 予告

  • 一眼の亀の行く手に突然、大規模な艦隊が出現した。それはエルライス国家建設の野望に燃えるヤネニフタ総統が生まれ育った「ヤダユ船団」であった。エルライス撲滅の旅を続ける石之伸とエルライス建国の志士たちに同情を寄せる王。両者の出会いは「運命」のなせる業か?
    次回・文殊の剱
    「流浪の民」
    7月5日(土)19:30
    宇宙では賢い者だけが生き残る。





  •  竜宮城の船である一眼の亀には「仏間」が設えられている。
     石之伸は毎朝晩、ここで正法時代の本尊である銅鐸に向かい唱題をする。「必ずや乙姫を無事に救い出す」という誓いを立てているのだ。
     ここは宇宙空間。一眼の亀の周りには仏界の波動が満ち満ちている。しかも文殊師利菩薩の継承者である石之伸の生命境涯の基底部は菩薩界であるから、唱題に入るやたちまち仏界=妙の世界に片足を踏み入れることができる。だから石之伸にははっきりと見える。それは今日、エルライス軍によって迫害、虐殺されている人々は、まさにそうした責め苦を受けることで自身の過去世の悪業を消滅させ、再び人として生まれ変わるのを。一方、他民族を迫害、虐殺して楽しむエルライス軍の連中は死後、その悪業によって未来永劫、生まれ変わることなく苦しみ続けるのを。
     戦争という行為に「価値」を見出すとするならば、まさにこの点以外にはない。だが、やはりこうした、どちらか片方が修羅界に堕ちる野蛮な行為によってではなく、全ての人々が生命境涯を高められる方法、例えば常不軽菩薩の礼拝行や地涌の菩薩の折伏行の方がより「価値的である」に決まっている。従って理想は「外交=話し合いによる解決」だ。だが、石之伸にはそれは限りなく不可能なことに思われるのだった。
     そもそも法華経は積極的に「極悪と戦う宗教」である。相手がどんなに強大であっても悪には決して屈しない。念仏のように悪が蔓延する世界から逃げ出さない。神道や真言のように悪の手先となって拝金主義や軍国主義や学歴主義などの「邪な思想」を支持しない。それこそが法華経の神髄だ。
     過去の竜宮は現在のニッポン同様、災害を引き起こす祟り神に進んで媚び諂い「貢ぎ物」や「祭り」を捧げることで災害を起こさないように懇願する修羅の世界だった。それを文殊師利菩薩が祟り神と「戦う勇気」を人々に説いたことで竜宮は平和の楽土に生まれ変わることができたのである。
     それはそれとして、この旅の果てには「何が待っている」のだろう?
    それについて石之伸は皆目、見当もつかなかった。それを知りたくて必死に唱題しているのだが。或いは「判らない」ということ自体に何か重要な意味があるのだろうか?
     時間が来た。唱題を終えた石之伸が仏間を出る。
     入れ替わりに長七郎艦長、大介、阿綺羅の三人が入ってきた。みんなで集まって唱題できれば楽しいのだが、いつ敵が攻めてくるか判らない戦時態勢にある今は、それはできない相談だった。少数で入れ替わり立ち替わりに唱題するしかない。
    「え」
     仲良く仏間に入る三人の背中を見た石之伸は一瞬だったが、なんとも言えない「嫌な予感」を感じた。
    「三人の身に何か良くないことが・・・まさか。この船には俺がいるんだぜ」
     石之伸はスピルマの整備をするために格納庫へと向かった。

     丁度、その頃。
     エルライスの首都イセサレムにあるパワースポットではヤネニフタ総統が執拗に鈴を鳴らしては柏手を打っていた。
     そんなヤネニフタの脳裏に、あの日の光景が思い出されていた。
     それは今から10年も昔の話。

    「レーダーに反応あり。どうやら遭難船のようです」
    「よし。回収しろ。まだ生存者がいるかも知れない」
    ヤダユの船団が一隻の宇宙船を回収した。その船は竜宮から発進、アンドロメダ大星雲にある友好星へ向かう途中、エンジンが故障して宇宙を漂流していたのだ。幸い、中の乗組員と乗客は全員無事だった。ヤダユ王は彼らを丁重にもてなし、無事に竜宮まで送り届けることを約した。その任務を命じられたのは当時、ヤダユ軍の将軍であったヤネニフタだった。
    「将軍、頼むぞ」
    「了解しました」
     天の川銀河にあるという竜宮を目指し、一隻の戦艦がヤダユ船団から離脱した。
     道案内役は鋒鋩という名の新米航法士官であった。
    「頼むぞ」
    「お任せあれ。ブイブイー」
    「面白い奴」
    これがきっかけとなってヤネニフタと鋒鋩=雄一郎は関係を持つようになったのである。俗に言う「馬が合う」という奴か?悪党同士、波長が合ったのだろう。
     だが、鋒鋩の道案内によって戦艦は完全に位置を見失い、宇宙の迷子になってしまった。一旦、停止する。
    「申し訳ありません、チチチー」
    「貴様という奴は」
     現在位置を計測。戦艦は再び動き出した。だが、計測したのは鋒鋩だ。果たして大丈夫なのか?
     その時、一隻の白い宇宙船が戦艦に接近してきた。大きさはおよそ150mの駆逐艦サイズ。その姿は頭にリングを巻いた全身真っ白の象である。牙が二本ではなく六本あるのが何とも特徴的だ。
     その白象から通信が入る。
    「お前たち、何をやっている?そのまま進むとブラックホールに飲み込まれるぞ」
     それを聞いて肝を消したヤネニフタは直ちに停止命令を発した。
    「どうやら道に迷ったようだな?」
    「情けない話だが、その通りだ」
     幸い、白象を操るパイロットは竜宮を知っていた。その後、戦艦は白象を先頭に竜宮へと向かった。
     それから数日後。
    「この先が竜宮だ。ここからならば、さすがに迷子にはなるまい」
     別段「竜宮に用はない」と見えて白象が機首を転換。この空域を去る。
    「別れる前に名前をお聞かせ願いたい。そなたは我々の命の恩人だ」
    「私の名はYOU。そして船の名はWE」
    「ユウ。ウイ。その名、覚えておく」
    「運があったらまた会おう」
     やがて戦艦は竜宮の空域に入った。
     まずは数百基の島3号型(開放型)スペースコロニーがお出迎え。
     そして。
    「これが竜宮。何て美しい星だ」
     流浪の民であるヤネニフタにとって、それはまさに「宇宙に浮かぶオパール」に見えた。
    (こんな美しい星に我が民族も暮らしたいものだ)
     戦艦が大気圏に突入した。
    「何、都市は海の底にあるだと?」
    「そうです。チチチー」
    「そんなバカなことが」
    「私は嘘を吐くのが大好きではありますが今回は、嘘は言っていません。シュイーン」
    「では、どうやって降りるのだ?この戦艦は海底には潜れない」
     その時。
    「これは!」
     突然、静かだった海が大きな渦を巻き始めた。そして渦の中央に「大型台風の目」を思わせる海水の全くない空間が出現したのだ。
     戦艦は渦の目の中を降下した。
    「これが竜宮城」
     渦の目を通過した戦艦の眼下に竜宮城が出現した。宇宙一の科学力を持つ未来都市である竜宮城の何と荘厳な姿よ。
     戦艦は空港に着陸した。タラップから続々と降りてくる竜宮の民たち。
    「皆さん、お帰りなさい」
     民たちを出迎えたのは現在の竜宮城の女王、竜王タツノオトシゴと王妃ウメイロの間に生まれた長女オトヒメベラこと乙姫王女だった。この頃の乙姫はまだ13歳の少女。だが、竜宮王室の血を引く女性だけあって、その姿にはやはり威厳がある。王女の出迎えに民たちは感激。
     最後にヤネニフタがタラップから降りてきた。
    「あなたが我が国の民をここまでお送りくださったのですね。本当にありがとうございました」
    「い、いえ。わたくしはヤダユ王の命じるままに行動しただけです」
     ヤネニフタはおどおどしながら乙姫に親書を差し出した。
    (なぜ、私はこうも、おどおどしているのだ。こんな少女に)
     その後、ヤダユの一行を歓迎する宴が行われた。そこには竜王、王妃、そして乙姫の三つ年下の王子トラウツボも出席した。鯛や平目の舞い踊りが披露される。
    「これは」
     そしてここで乙姫が登場。自ら舞いを舞った。「蝶の舞い」である。乙姫のために開発されたコスモパペットそっくりの衣装を纏い、舞台を駆け回る。
    何という美しさだ。とても現実のものとは思えない。まるで夢でも見ているようだ。ヤネニフタは我を忘れてじっと見入っていた。
     そこへトラウツボが人参の着ぐるみを身につけて突然、乱入した。
    「ボクも踊るぞ」
     蝶の妖精と人参の妖精の乱舞。これはこれで愛らしいものがあった。
     そしていよいよ別れの時が来た。戦艦がヤダユの船団目指して発進する。
     再び渦の目の中を通過。竜宮の大気圏を離脱し、スペースコロニーの中を通過。
    「乙姫」
     とっくに竜宮は見えなくなっていたが、ヤネニフタはずっと乙姫のことばかり考えていた。
     ヤネニフタは乙姫からヤダユ王への親書と数々の土産を受け取っていた。珊瑚の置物や真珠飾り。その中に「さくら貝」があった。ヤネニフタはそれを密かに自分のものにするのだった。

     ここで読者は「疑問」を感じないではいられないだろう。そう。なぜ王子トラウツボが竜王に即位しなかったのかということだ。その理由は、竜宮の人類は猿ではなく魚から進化したからである。魚の世界では子どもを産む雌が雄よりも「体が大きい」ことが普通で、そこから竜宮では「王女の婿が王を継ぐ」というシステムが出来上がったのだ。このシステムの利点は王の息子が虚弱、或いは愚昧であった場合に政治が乱れるのを防ぐことができることにある。屈強で聡明な男を王女に娶らせ、その者を王にするならば王は常に「屈強で聡明な男」であり、政治的混乱は生じないというわけだ。そして、このシステムは地球の古代エジプトにも採用された。古代エジプトでは元々、王女の婿がファラオに即位するのが習わしであった。虚空会の空に浮かぶ多宝如来の宝塔を思わせる巨大ピラミッド。睡蓮を「聖なる花」とする思想。ナイル川を挟んで東に町を、西に墓地を配置する都市設計。アブシンベル大神殿に見られる四菩薩を思わせる四体の入り口の巨像に、これまた二仏並座を思わせるラムセス二世と太陽神ラーが並んで座る神殿の奥。古代エジプトには竜宮から受け継がれたものが多数、存在する。それ故に「竜宮は古代エジプトのことだ」とする学説さえあるほどなのだ。

     一眼の亀。
    「レーダーに反応。正面の空域に宇宙船です。うわっ」
    「どうした?美蕾」
    「次から次とレーダーに宇宙船の反応が。もの凄い数の船が前方にいるようです。何百どころではありません。何千、いいえ何万という宇宙船がいるようです」
    「敵か?」
    「判りません。が、こちらには向かってきてはいないようです。左から右へ移動しています」
    「そうか」
    「ですが、このまま直進した場合、船団の中に突っ込んでしまいます」
    「海尊枝蕾、通信回線を開け。船団の下を通過するが、敵ではないと」
     下を通過という言葉を耳にした澄は艦長から命令される前に操縦桿を押した。
     その直後、海尊枝蕾が相手からの返信内容を告げた。
    「返信がありました。そのまま直進。船団の中で停止せよと」
    「停止だと?どういうことだ」
    「続きがあります。王自らこちらの船に表敬訪問がしたいと言っています」
    「王様が表敬訪問?どうも怪しいな。どう思う、大介」
    「罠かも知れませんが、本当かも知れません」
    「というと?」
    「これだけの船団なら、小細工なんて必要ないからです」
    「成程。石之伸はどう思う?」
    「同感だな」
    「よし。このまま直進。言われた通りにしよう」
     一眼の亀はそのまま直進した。
     そして船団の中に入った時。
    「これは凄い」
     何十基もの自力航行が可能な密閉型スペースコロニー。それらを護るため周囲に展開する無数の軍艦。これらがもしも一斉に砲撃でもしかけてきたらひとたまりもない。
    「どうやら、あれが王の船らしいな」
     石之伸がフロントスクリーンの外を指さした。その指の先には一眼の亀の約四倍、全長1.2㎞の巨大な戦艦の姿があった。旗艦ゼーモである。その姿は二基のカタパルトデッキと八つのダミー煙突を持つコスモパペット用の格納庫を中央に配し、その上にブリッジを乗せ、左右に三連装主砲五門、二連装副砲四門を装備する船体を持つ双胴戦艦である。
    「停止命令が来ました」
     澄は停止した。
     ゼーモからシャトルが発進するのが見えた。
    「誘導灯点灯。カタパルトデッキに着艦、どうぞ」
     シャトルが一眼の亀に着艦した。
     シャトルの扉が開き、中からSPと思われる者数名と、頭に朱い鳥の羽根飾りを付けた銀色のターバンを被り、鼻の下に大層、立派な髭を生やした老人が降りてきた。
     こちらは長七郎艦長、石之伸、大介、澄の四名で一行を出迎えた。
    「私が船団の長を務めているヤダユ王である」
    「私は一眼の亀の艦長、松平長七郎です」
     ふたりが握手を交わす。
     その後、全員ブリッジに上がった。

    「私たちは竜宮を出発。我らの女王である乙姫がいると思われる星に向かって航海をしているところです」
    「エルライス星ですな」
     この時、はじめて目的地の名前を知ったのだった。
    「それが私たちの目的地ですか。ですが、どうしてそのことをご存じなのですか?」
     ヤダユ王は懐から一通の手紙を取り出した。
    「読み給え」
     その文字は竜宮文字であった。大介が読み上げる。その手紙は今から十年前に乙姫がヤダユ王に宛てた親書であった。
    「私たちヤダユの民はその手紙の通り、十年前より竜宮とは親しく交流していたのです」
    「この手紙には『流浪の旅を止めて竜宮に暮らしてはどうか』という提案が書かれていますが」
    「実に有り難いお申し出でした。私たちも考えました。ですが、丁重にお断りしました」
    「なぜです?」
    「流浪の旅は我が民族の宿命だからです」
     その後、ヤダユ王はヤダユ民族が宇宙を旅する「流浪の民」となった理由を説明した。
    「私の祖先は元々、ヤダユ王に仕える貴族の家柄でした。今から一千年以上も前の話ですが本来、ヤダユの王となるべき人物を磔の刑にして殺し、王位を奪ったのです。その結果、祖国の星を追われ、永遠に宇宙を彷徨う『さだめ』を背負うこととなったのです」
     脇で聞いていた石之伸は「神に選ばれた唯一の民族」といった類いの話同様、この手の話は「どこにでもあるのだな」と思った。無論、石之伸はどちらも「ばかばかしい迷信」と感じていた。とはいえ、定住せず、宇宙を永遠に旅するなんて「ステキなことだ」とも感じていた。それこそが「野蛮性」の源である惑星が発生する修羅界の波動の軛から解放された自由な人類の姿に他ならないからだ。およそ修羅界の波動に縛られて「国の名誉」や「領土」に固執することほど、人として愚かなことはない。
    「大宇宙聖書にはこうあります。ヤダユ王が病に倒れ没したとき、王妃は王の子を身籠もっていた。側近のデロヘは王妃の殺害を試みた。だが王妃は難を逃れ市内に紛れ込み、そこで王子を出産した。この機会に王に即位したデロヘは市内の全ての赤子を虐殺した。だが、その中に王子はいなかった。王子はやがて大人となり、一般人として暮らしていた。しかしデヘロ王に身分を突き止められ、無実の罪で死刑に処せられた。すると突如、宇宙から異星人が飛来した。デヘロ王は民族共々、星を逃れる以外に術はなかった」
     ここから話は「現代」に戻る。
    「ですが、そうした民族の宿命と真正面から戦うことを決意するひとりの人物が現れました。ヤネニフタ将軍です。自分たちの国家を夢見るその者たちは彼を支持し、彼と共に船団を離れました。そして理想とするひとつの惑星を見つけ、そこに建国しました」
    「まさか、その星が」
    「そうです。エルライス星です」
    「なんということだ」
    「ヤネニフタ将軍はエルライスを建国すると総統に就任しました。そして建国以上の野望を抱くようになりました。今まで多くの民族から迫害を受けてきたことへの復讐とばかりに、近隣の惑星を次々と征服。天の川銀河全てを支配することを目論んだのです」
     ここで大介が話に入ってきた。
    「で、あなたたちは今からそいつらを『懲らしめ』に向かっているところなのですね?これだけの大船団。反乱軍などひとたまりもないですね」
     大介の言葉にヤダユ王は顔を曇らせると、大介の予想に反し、首を横に振った。
    「いいえ。そうではありません。私たちは流浪の旅を続けているだけです」
    「なんですって」
     大介が激昂した。
    「あなたたちの仲間が今、天の川銀河を殺戮の恐怖に陥れているんですよ。なのに呑気に旅だなどと」
    「言い過ぎだぞ、大介」
     大介の話を石之伸が諌めた。
    「流浪の民の旅は決して物見遊山の呑気な旅などではない」
    「自分たちの仲間が悪いことをしているときに、それを『止めさせようとしない』というのは気に入らないね」
     ここでヤダユ王が、それに対する「弁明」を始めた。
    「おっしゃる通りです。私たちの態度は外から見たときには『無責任なもの』と映るでしょう。ですが中から見たときには、違う面も見えるものです」
    「といいますと?」
    「勿論、大多数の人々はエルライスの蛮行を支持していません。ですが、エルライスを支持する人々もまた大勢います。なぜならエルライスの建国自体は『我が民族の悲願』だからです」
    「そんな、バカな」
    「今回のエルライス建国に立ち上がった人々の中に『自分の家族や友人がいる』という者も少なくありません。そんな人々にとってエルライスは『夢』であり『理想』なのです」
    「それじゃあ、あなた方は自分たちの夢さえ叶えば、他の星の民族のことなんか『どうだっていい』というのですか?」
    「それに現実問題、私が『エルライスを討て』と号令を発したならば、船団は忽ち賛成・反対で二分することでしょう。私にはどうすることもできないのです」
    「なんということだ」
     大介は憤懣やるかたない。
    「民主主義も結構だが、王様ならば言葉を尽くして民を説得するのが仕事だと思うがね」
     大介の非礼極まる言葉の直後、美蕾が叫んだ。
    「謎の艦隊を発見。こちらに接近中」
     今、接近してきている艦隊についてはヤダユ王がよく知っているようだった。
    「これはエルライスによって星を滅ぼされ、我々を『仇』として憎む種族のものです」
     ということは、一眼の亀にとっては「同じ境遇の者」ということになる。
    「ビームを撃ってきました」
    「通信機を貸してくれ」
     長七郎は首を縦に頷いた。海尊枝蕾が自分の通信マイクをヤダユ王に渡した。
    「全艦、いつもの通りだ。距離は8光年」
     ヤダユ王の命令直後、ヤダユの船団が次々とワープを開始した。短距離ワープである。一眼の亀も自ずとその動きに従うことになった。
    ワープが終了すると、そこにはもはや敵の艦隊の姿はなかった。
    「もう大丈夫です。相手にはこちらの位置は正確にはわかりません」
     戦闘開始の危機は去った。恐らくは数千はあるだろう軍艦。それらに「反撃を許さない」だけでも、王は充分に指導的立場を発揮していると言えよう。
     ここで大介に変わり、石之伸が王に話しかけた。
    「で、このまま逃げ続けるのですか?自分たちを憎む相手と出会う度に」
     王は目を閉じ、顔を上に向けた。その表情には苦悩が滲み出ていた。
    「『同じ民族だから戦えない』という気持ちはわかります。ですが『説得』を試みることはできるのではありませんか?」
     石之伸がこのようなことを言ったのは、先の唱題で自分自身が「そうした悩み」を抱いたからに他ならない。果たして王はどう返答するのか?その内容によっては自分のモヤモヤした気分が晴れるかも知れない。石之伸はそう感じたのだ。王が「それは不可能だ」と言ってくれれば、自分も気持ちが軽くなり「今後の戦い」に専念できると思ったのだ。
    「既に8回、使節団を送っております。結果は思わしくありません。もうじき9回目の使節団を送るところです。話し合いによる解決こそ私たちが最も願うところのものです」
     なんてこった。石之伸は内心、がっかりした。自分としてはその策は「捨てたい」ところだったのに。やはり、それが最善の策なのか。だが、それが成就するまでに一体全体、どれほど多くの「罪のない人々の血」が流されてしまうのか。それを思うと、やはり戦わねばなるまい。
    「どうやらあなたも『話し合いによる解決』を模索したことがおありのようですね?」
     心を見抜かれたか。
    「ええ」
    「ですが、それは不可能だとも感じておられる」
    「人の心を読むのが得意なようで」
    「私も王に即位する前は軍人でしたから。沢山の戦役に参加し、沢山の敵を殺しました。その果てに待っていたのは今の地位と、そして『空しさ』だけでした」
     戦いの果てに待っているものは「空しさ」だというのか。
    「戦いの果てに待っている空しさを覚えたからこそ、私は今、こうして王でいられるのです。如何にして戦いを避けるのか。私はそればかりを考えています。そしてそれがヤダユの民を守る『最善の方法』であると確信しています」
    「あなたと話ができて良かった」
     石之伸は心からそう思った。戦いの果てに待っているものが空しさであってもヤダユ王はその結果、王に即位した。自分にもきっと「同じような道」が待っているに違いない。勿論、権力者になりたいわけではない。争いを好まない「心穏やかな境涯」に到達できることを願うばかりだ。今の自分はあまりにも争いに塡まり過ぎている。
     そして最後にヤダユ王は乙姫の親書の内容について、一つだけ感想を漏らした。
    「ここには『さくら貝』のことが記されています。が、乙姫から贈られた品の中にさくら貝はありませんでした」
     無論、誰もその理由など知る由もない。
    「そうですか」
     ヤダユ王は「寂しさ」と「厳しさ」を兼ね備えたような難しい顔をした。
     ヤダユ王がシャトルで自分の戦艦に戻った。
    「一眼の亀、発進」
     一眼の亀がエルライス星を目指し航海を再開した。

     ブリッジ。
    「9回目の使節団だって?8回も断られているのなら、暗殺団でも紛れ込ませろってんだ。その方が絶対に早い」
     ヤダユ王とは相性が悪いと見えて大介の発言は過激だ。だが、大介の言うことにも一理ある。そして大介がこのようなことを言うのには彼の境遇が影響している。彼は忍だ。忍の世界では裏切り者には「死あるのみ」だ。
    「大介、そう怒るな。彼らが『戦いたくない』心情は理解できる」
    「俺には判らないね」
    「彼らは天の川銀河の中では『お尋ね者』だ。なのに、よその銀河へ行かないのはなぜか。『エルライスの行く末』を最後まで見届けるつもりなのさ」
    「で、エルライスが天の川銀河を全部征服した暁には、自分たちもエルライス星人になるんだな」
    「それは違うな。むしろエルライスが『儚い夢に終わる』のを見届けるためではないか?その証拠に彼らは我々を攻撃しなかった」
    「あ」
    「俺たちは彼らの同胞が建国したエルライスを滅ぼしに行くんだ。そんな俺たちを見逃してくれたのは、他民族に対する慈悲の心を持たないエルライスに『未来がない』ことを薄々感じているからなのかも知れない」
     そうだ。彼らにとって自分たちは「敵」とはいわないまでも、最初から決して「快い相手」ではなかったのだ。そんな我々にヤダユ王は自ら面会を申し出て、常に礼儀正しい対応をした。それは他でもない、我々が乙姫を救うために旅をしている一行だからだ。このことに気が付いたとき、大介は自分の振るまいが急に恥ずかしいものに感じられてきた。
    「ま、もっとも『あんな海亀一匹に何ができるものか』と見くびられたのかも知れないがな」
     後ろから攻撃してくる気配はない。やはりこのまま行かせてくれるようだ。自分たちの身内や友人を殺すかも知れない我々を。
     船団はみるみるうちに小さくなり、やがて見えなくなった。
    「よし。ワープだ」
     一眼の亀がワープ航法に入った。



    予告

    7月15日19:30からは
    「文殊の剱スペシャル」と題し、豪華二本立て。

    一眼の亀はヤネニフタ総統を本気にさせた。エルライス軍が誇る三人の提督が一体となって迫る。
    しかも数だけではない。知将・チンプー率いる敵艦隊は今までの敵とは違った。その戦略は一眼の亀を窮地へと追い込む。
    「悪魔復活」
    宇宙では賢い者だけが生き残る。





  •  首都イセサレム。
    「総統閣下。チンプー、ナラクウイ戦線より参りました」
    「総統閣下。プラトン、ライン戦線より参りました」
    「総統閣下。インフラ、マルビ戦線より参りました」
     エルライス軍が誇る三人の中将=提督が総統の宮殿にやってきた。黄金の柱頭飾りを持つ孔雀石の巨大な円柱が林立する「謁見の間」。その豪華さたるや、まさに地球にあるベルサイユのようだ。どこの世界でも独裁者とはこういうものなのか。くだらない人間ほど「贅沢な暮らし」を志向するのだ。ニッポンのテレビ局が自分たちの口を潤すことを第一の目的に「絶品グルメ番組」の制作に明け暮れているようなものだ。
    三名を招集すると決断してから既にひと月が過ぎていた。全く異なる場所の戦線から呼び戻したのだからある意味、当然である。
     早速、本題に入る。
    「さて、お前たちを集めたのは、お前たちにやって貰いたい仕事があるからだ。ずばり、ある敵を倒して貰いたい」
     三名の中で最も癇癪持ちであるプラトンが語り始めた。
    「我ら三名を招集したということは勿論『それなりの強敵』ということでしょうな?でなければ、たとえ総統閣下であっても、このような急な呼び出し、許しませんぞ」
    「獲物は一隻の空母だ」
     一隻の空母?だと。
     プラトンの脳の血管が切れ始めた。
    「総統閣下。ご冗談はおやめ下さい。我ら三名で一隻の空母を『沈めろ』ですと?」
     プラトンは今にもこの場を退席しそうな素振りを見せる。そうしたプラトンの振る舞いに対し、執事が直ちに反応した。
    「立場を弁えろ、プラトン。貴様などヤネニフタ総統の『靴磨き』なのだぞ!」
     プラトンはそう言われて顔の半分を赤く、半分を青くした。恥を掻かされて怒り半分、ヤネニフタ総統の怒りへの恐れ半分と言ったところか。だが、執事の言うことはもっともだ。戦艦カメリアの艦長など、エルライス総統の前には「靴磨き」「肩揉み」「リムジンの運転手」程度の存在に過ぎない。
    「まあ、そう怒るな。では一つ教えよう。その空母はアシベ提督率いる艦隊を撃破した」
    「な、何ですと。あのアシベ提督を」
    「どうだ?これでもまだ、世がそなたたちを『揶揄っている』と思うのか?」
    「で、ですが、我ら三艦隊で一隻の船を迎え撃つなど、我々にも軍人としての面子というものがあります」
    「ならば、もうひとつ。その空母は我らが手に入れ損なった『竜宮城の秘密兵器』なのだ」
    「りゅ」
    「竜宮城の」
    「秘密兵器?」
    「そうだ。だからその戦闘力は未知数だ。一隻だからといって決して侮れない相手だ。だからお前たち三名を呼んだのだ」
     竜宮城の秘密兵器と聞いて、三人の目の色が変わった。
    「判りました。そういうことでしたら」
    「我ら三名で必ずや」
    「その空母を撃沈してご覧に入れます」
     三人は謁見の間を出ていった。
     三艦隊となれば、その戦力は戦艦三隻、巡洋艦六隻、駆逐艦十二隻である。そしてコスモパペット二十四機という文字通りの大艦隊だ。
     その大艦隊が「一眼の亀撃沈」を目的にエルライス星を発進したのだった。

     一眼の亀。
     こちらも最後の戦闘からひと月以上が経過していた。その間、何事もなく航海を続けていた。
    「こうも静かですと逆に不気味ですね、艦長」
    「そうだな。警戒は怠るなよ、怪蕾」
    「了解」
    「今日の艦長の衣装、オシャレですね」
     突然、美蕾がそのようなことを言いだした。
    「そ、そうか?」
    「はい。とっても」
     今日の長七郎の着物は上が紫で下が白色。家紋は金糸による刺繍である。
     いい気分の長七郎に海尊枝蕾が茶々を入れる。
    「ふふふ。揶揄われてるんですよ艦長は。だってこの船と『同じ色』じゃないですか」
     言われてみれば一眼の亀も背中が紫で腹は白。そしてカタパルトデッキからは金色の明かりが漏れている。
    「こいつう。人がせっかく気分良くしているというのに余計なことを」
     突然、怪蕾が叫んだ。
    「レーダーに反応あり。敵艦隊のワープ・アウトと思われます。うわっ」
    「どうした?」
    「数が尋常ではありません。敵軍艦の数、全部で・・・全部で二十一隻です」
    「二十一隻だと!」
     ブリッジにいた大介が次のように呟いた。
    「今まで静かだったのは、このためだったのか」
     ここで美蕾。
    「敵艦からパペットが発進した模様。その数二十三機」
    「まじかよ。こっちは九機だぞ」
    「倍以上の戦力差だな。どうします、艦長」
    「闘う以外あるまい。ここまで来たんだ。今更、逃げてどうなるもんでもない」
     石之伸がクールに話す。
    「ひとり二機が最低ノルマ。俺と大介で三機やろう」
     長七郎艦長が叫んだ。
    「総員、第一級戦闘配備。パイロットは全員、格納庫へ急げ」
     パイロットたちがブリッジから格納庫へと走った。

    「石之伸スピルマ、発進する」
     石之伸が飛び出す。その後はいつもの順番で発進。
     最初に飛び出した石之伸は、いつもとは異なる「違和感」を感じた。
    「レーダー。敵コスモパペットの動きは?」
     石之伸がブリッジの索敵に尋ねたのは、いつもならば敵と遭遇する時間になっても遭遇しなかったからだ。
    「敵のコスモパペットは全機、敵の艦隊の護衛についている模様」
    「何?それは妙だな。二十三機もいるのに」
     敵の艦隊の周囲にコスモパペットがいるということは、コスモパペットと軍艦の両方が同時に進軍しているということを意味する。それは軍艦を敵のコスモパペットの攻撃に晒すことを意味する。だが、それは逆に言えば、軍艦の主砲を戦闘に「有効に使える」ことを意味する。ということは、敵は主砲を用いて一眼の亀を「撃沈する気」ということなのか。
     確かに一理ある作戦ではある。一眼の亀は亀であるから全身、甲羅で覆われているようなもので、コスモパペットの主力兵器であるビームライフルでは「効果が薄い」と判断したのだろう。
    「艦長、聞こえますか?」
    「ああ、よく聞こえる」
    「一眼の亀を後退させて下さい。敵の軍艦の主砲が決して届かないように」
    「了解した」

     戦艦アシロ。
     今回の作戦において司令官に指名されたチンプーが乗る戦艦である。
    「チンプー司令官に申し上げます。敵の空母は前進せず、後方に下がっています」
    「こちらの作戦を見抜いたか。流石だな。おい聞いたか?ふたりとも」
     戦艦カメリア。
    「こちらプラトン。聞こえた」
     戦艦マーミャン。
    「こちらインフラ。はっきりと」
     プラトンとインフラの両中将は正直、不満タラタラだ。そのふたり、実は先程からチンプーには内緒で、ふたりだけで通信をやり合っている。中でも怒り心頭なのはプラトンだ。
    「おい、インフラ。なんで俺たちがチンプー如き野郎の指揮下に入らねばならんのだ」
    「総統閣下のご命令だ。致し方あるまい」
    「くそう。俺の方がずっと『賢い』というのに、あんな奴の部下に成り下がるとは」
     そこへ戦艦アシロから通信が入った。
    「まずは10秒間、艦隊の一斉放射を浴びせてやろう。別にあたらなくてもいい」
     二十一隻の艦船が一斉に主砲を発射した。それを目撃した一眼の亀のパイロットたちはその威力の凄まじさに動揺せずにはいられなかった。
    「こんなのを食らったら一眼の亀はイチコロだぞ」
    「なら、そうさせなければいい」
     そこで石之伸が採った作戦は。
    「コスモパペットはいい。全機で敵の軍艦を沈めるんだ」
    「了解」
     かくして一眼の亀から発進したコスモパペット九機全てが敵艦隊の懐深くまで侵入してしまったのだった。

     戦艦アシロ。
    「若いな。我々の『罠』にまんまと填まったぞ」
     チンプー司令官は名軍師で、小賢しいところもある。
    「全コスモパペットに告ぐ。敵のコスモパペットが全てこちらにやってきた時点で、お前たちは我々には一切構わず、海亀に向かえ」
     そう。これは罠。一眼の亀を護衛するコスモパペットを全て一眼の亀から遠ざけるための作戦だったのだ。主砲の一斉射撃は相手にそうさせるための「心理作戦」であった。それに石之伸はまんまと引っかかってしまったのだ。
     石之伸をはじめ、全てのコスモパペットが敵艦隊への攻撃態勢に入ったそのとき。
    「なに?」
    「敵のコスモパペットが」
    「離れていく」
     敵パペットは命令に従い、艦隊の護衛を離れ、一眼の亀へ向かって飛行し始めたのだ。敵のコスモパペットはF-15が十二機に、F-16が十一機。だが、ただのF-15やF-16ではない。強力なロケットブースターを装備していたのだ。その結果、通常よりも1,5倍速く飛行することができるのだ。
    「しまった。これは罠だ。全機、引き返せ。敵のコスモパペットを一機たりとも一眼の亀に近づけるな」
     だが、それは難しかった。ロケットブースターを装備する敵を追跡できるのはスピルマとスピルの三機だけなのだから。それでも取り敢えずスピルマとスピルが飛行形態で敵を追跡する。この時、ひとつの問題が発覚した。それは飛行形態時にはスピルマはレーザーサーベルを、スピルはビームキャノン砲を使用できないことだ。飛行形態時において使用できる武器は頭部のバルカン砲のみ。
    「女王、将軍、聞こえるか?F-15を狙え。F-15のビームキャノン砲は危険だ」
    「判っていてよ」
    「了解」
     F-16が先に一眼の亀に到着してしまうのは避けられない。今はとにかくF-15を全滅させることだ。
     スピルマが二人に「お手本」とばかりに後ろからバルカン砲で狙う。
    「喰らえ」
     スピルマのバルカン砲がF-15を撃墜した。
     それを見た女王と将軍も試すが。
    「当たらないじゃない」
    「難しいな」
     それはそうだろう。敵だってジグザグに飛行するし、狙いを定めるときには飛行速度を敵と合せる必要もある。それは敵に反撃の機会を与えることでもある。案の定、女王が狙いを定めたF-15が反転、スピルに迫る。それをスピルマが撃墜。
    「油断は禁物だぞ、女王」
    「わ、判ってるわよ」
     その後は慣れたのだろう。女王も将軍もF-15を撃墜できるようになった。
    「くそ」
     F-15の隊長は焦った。
    「もう少し接近したかったが仕方ない。全機、ブランチ」
     F-15が散開した。この距離からビームキャノン砲を発射する気だ。
    「やらせるか」
     スピルマが前に回った。直ちに人型に変形。レーザーサーベルを振りかざした。
     一機撃墜。
     だが。
    「発射」
     F-15のビームキャノン砲が一斉発射された。

     こちらは一眼の亀。
    「ビーム接近」
    「澄」
    「面舵いっぱい」
     一眼の亀が回避行動を取る。だが、ビームの数は全部で八発。しかも適度にばらけている。どの方向に避けても当たってしまう。
     結果、三発のビームキャノン砲の直撃を受けた。
    「被害は?」
    「いずれも軽微」
     全て背中の甲羅であったおかげで、表面が擦れる程度の傷で済んだ。
    「敵のコスモパペット、来ます。F-16十一機」
     F-16に取り囲まれてしまった。
    「甘いわよ」
     澄が一眼の亀を急上昇させた。澄お得意の「体当たり攻撃」だ。
    「うわあ」
     不用意に一眼の亀の真上に接近していたF-16三機が甲羅の餌食となった。
    「愚か者め」
     F-16の隊長が呟く。
    「離れて攻撃しろ。エンジンを狙え。動きを止めるんだ」
     勿論、澄も判っている。右に左に上に下に必死に操縦する。亀とは思えない機敏な動きで、エンジンを巧みに狙わせない。
     そこに二発目のビームキャノン砲が来た。それは一眼の亀の左後ろ足を直撃した。
    「しまった」
     左後ろ足が爆発した。一眼の亀の動きが格段に鈍くなった。
    「よし、今だ」
     それまで傍観していたF-16の隊長機が一眼の亀に急速接近してきた。狙いはブリッジのフロントスクリーン。
    「これで終わりだあ」
     運命のビームライフルが一眼の亀のブリッジを直撃した。フロントスクリーンに穴が空く。
    「よし、もう一撃食らわせてジ・エンドだ」
     F-16の隊長が一段と一眼の亀のブリッジに接近する。
    「隊長、敵のコスモパペット三機が戻ってきます。一機は例のキャロットです」
    「くそう。もう戻ってきやがったのか」
    「我々も早くここから離れませんと」
    「判った。全機、大きく迂回しながら艦隊へ戻るぞ」
     三機が戻った時、まさにF-16が逃げ出しているところだった。
    「逃がすかよ」
     F-16を追いかけるスピルマとスピル隊。
    「一機も逃がさんぞ」
     とは息巻いたものの、敵は数も多く、しかもバラバラに離れて逃げているため、それは無理そうだった。取り敢えず、最も纏まって逃げている敵を追い、それを仕留めた。

     戦艦アシロ。
    「ふふふ。敵は大分、混乱しているな。副官、ではそろそろ出すか。使えるのかどうかは知らんが」
    「総統閣下ご推薦の人物ですぞ」
    「そうだ。だから出さないわけにはいくまい」
    「聞いての通りだ。F-8発進せよ」
     F-8?初めて耳にするナンバーだ。
    「準備はいいか?」
    「ブイブイ-」
    「F-8発進せよ」
    「ハッチマン発進する。ピピピー」
     F-8、通称「ハッチマン」が発進した。F-35同様、四角錐を構成する四枚のパネルによりステルス性能を有するステルスパペットである。



  • 予告

  • 戦況が明らかとなった。それは一眼の亀にとっては致命的とも言えるものであった。
    長七郎が宇宙に散る。そして大介も。その危機的状況の中、遂に「天翔る蝶」が羽ばたいた。
    次回・文殊の剱
    「ドリアン起動」
    今夜19時30分より。
    引き続き、お楽しみください。





  •  一眼の亀。
     F-16の隊長が放ったビームはブリッジの後方の壁を直撃した。壁が吹き飛ぶ。後ろからの爆風がブリッジ内を襲った。
    「きゃあ」
    「うわあ」
    「くうう」
    「ううう」 
     シートに必死にしがみつく美蕾、怪蕾、海尊枝蕾。操縦桿で体を支える澄。
     その中で唯ひとり、長七郎だけが前に吹き飛ばされてしまった。艦長席はブリッジの中央にあるため、爆風をもろに後ろから喰らってしまったのだ。長七郎の体がブリッジ正面の操作パネルに激突した。
    「爺!」
     澄が床に仰向けに倒れた長七郎の傍に駆け寄る。
    「爺、しっかりして!」
    「私のことより・・・早く空気漏れを・・・」
     それを聞いた海尊枝蕾は艦内の至る場所に置かれている消化器のようなタンクを手に取るとビームライフルによって生じた穴に向かって噴射した。中からはネバネバした取り持ち状の物質が噴射され、間もなく空気漏れは収まった。
    「爺」
    「澄・・・私は一足先に江戸のまちに戻っているぞ」
    「爺!」
     松平長七郎、永眠。
    「爺ーっ!」
     澄は長七郎の体をひしと抱きしめた。
     そして。
    「澄さん?」
    「どちらへ?」
     美蕾、怪蕾が澄に声を掛ける。
    「私も出撃します。ブリッジはあなたたちに任せます」
     そう言い残して澄はブリッジを後にした。
     澄は敵が許せなかった。爺を殺したにっくき敵をどうして殺さずにおくものか。澄は格納庫へと走った。
     格納庫にはまだ一機だけコスモパペットが残っていた。ドリアンである。澄はそのドリアンに乗り込んだ。ドリアンは他のコスモパペットとは操縦席の構造が大きく異なる。左右のレバーは完全固定式で、両手でグリップを掴むだけの単純な構造だ。
     澄はグリップを掴んだ。
     その瞬間。
    「何、この感触は?」
     グリップを握った瞬間、澄は自分がまるでドリアンと一体となったような感触を覚えた。ドリアンの操縦席に座っているという感じではなく、文字通りドリアンの眼が自分の目に、ドリアンの腕が自分の腕に、ドリアンの胸が自分の胸のような感触を覚えたのだ。
    「行ける。操縦できる」
     澄はそう確信した。
    「澄ドリアン、行きます」
     澄はドリアンで発進させた。「天駆ける蝶の妖精」が遂に宇宙に飛び立った。腕を八の字に広げ、足をピタリと閉じ、顔を上げた状態で飛翔するドリアン。
    「爺の仇。逃がさないわ、絶対に」

     F-15が二発目の射撃を終えた直後。
     F-15が次々と爆発し始めた。
    「来たか」
     あゆみとジャンダル隊が到着したのだ。
    「よし。女王、将軍。俺たちは先に戻るぞ」
     スピルマとスピル隊は一眼の亀に向かった。
    「かかれ、一機も活かして戻すな」
     ジャンダル隊が残るF-15の始末に掛かる。F-15は格闘戦には向かない大型機ということもあって戦いはジャンダル隊に有利に運んだ。
     残すはあと二機。隊長機と副官だ。
     大介が無線を放つ。
    「妖精たちは一眼の亀に戻れ。敵の残りは二機だ。ここは俺と阿綺羅で仕留める」
     妖精たちのジャンダルは一眼の亀の護衛に向かった。
    「よし。俺は右を狙う。阿綺羅は左を狙え」
    「了解」
     F-15が逃げに入った。この直前、二機には「海亀の攻撃に成功」の一報が入っていたのだ。
     二機はそれぞれバラバラに逃げる。大介と阿綺羅もまたバラバラになった。
    「逃がさないわよ」
     副官が乗るF-15を追跡する阿綺羅。
    「おっと」
     苦し紛れのビームキャノン砲を放つ。だが、ジャンダルのような機敏に動く小さな標的には当たりはしない。
    「覚悟」
     逆に、ジャンダルのビームライフルがF-15のカメラアイを貫通した。爆発するF-15。
    「やったわ」
     敵を倒し、喜ぶ阿綺羅。
    「なに」
     突然、操縦席に警報が鳴った。新たなる敵が出現したのだ。
     それはF-8であった。飛行形態から人型に変形したのだ。より正確に言えば「スズメバチのような人型」に。四角錐を構成する四枚のパネルが背中の羽となり、お尻にはオレンジと黒のゼブラ塗装を施された大きな壺。ハッチマンという愛称の由来がこの外観にあることは言うまでもない
     阿綺羅の操縦席に通信が入った。
    「久しぶりだな、阿綺羅」
     かつて耳にしたことがある声が響く。
    「ま、まさか」
    「おまえの旦那さんだよー」
     その声は間違いない。雄一郎だ。
    「お前を捕獲しに来た。覚悟しな。チチチー」
     その時。
    「逃げろ、阿綺羅」
     やってきたのは大介が操縦するあゆみ。隊長機をあっという間に撃墜、ここへやってきたのだ。
    「ふっ、邪魔しに来たか小僧」
    「阿綺羅を殺させはしないぞ」
    「殺しはしない。飼い慣らすだけだ。私の可愛いペットとしてな。ははははは」
    「貴様あ」
     大介がビームライフルを発射した。だが、あたらない。スピルマ並みの機動力を見せるF-8。大介はエネルギーを使い果たしたビームライフルを捨てると、レーザーサーベルを手にした。
    「ふん」
     雄一郎もまたレーザーサーベルを手にした。
     大介と雄一郎の格闘戦が始まった。お互いにレーザーサーベルを手に斬りかかる。
    「蘇我城での『借り』を今、返させて貰うぞ」
    「落ちろ、雄一郎!」
     剣と剣の戦いでは大介が優勢だった。
     だが。 
    「お前に『いいもの』を見せてやる。ついて来られるか」
     F-8のお尻が上下に割れ、中から八つのミサイルが飛び出した。ミサイルはあゆみには向かわず、あゆみの周囲にブランチした。 
    「食らえ」
     八つのミサイルから、あゆみに向かってビームが発射された。
    「何?」
     ビームがあゆみを直撃。あゆみの右腕が吹っ飛んだ。
    「何だ?今のは」
     次々と襲ってくるビーム。八方からのビーム攻撃を受けて、あゆみは戦闘不能になった。
    「これは新兵器か?」
    「今のはコスモドローン。名前は『フィグ(fig)』」
    「フィグ?」
    「通常のドローンは空気のある場所でしか動かないが、これは真空でも動くように設計されている。それも私の脳波によって動くように。忘れたか?今の私が豹紋蛸の体を持つことを。私の脳は頭だけでなく各足にひとつずつ備わっている。だから本体以外に一度に八つの武器を遠隔操作で操ることができるのだ。」
     何て化け物だ。さすがは雄一郎だ。
    「逃げろ、阿綺羅」
     大介が阿綺羅に叫ぶ。
    「逃げるんだ、阿綺羅」
     だが、阿綺羅は逃げようとしない。
     近年「男女平等」がやたらと叫ばれているが、こういう状況下での女は実に愚かだ。すぐに言われた通りにしないことで男の死を無駄にしてしまう。
    「さらばだ、大介。浣腸!」
     フィグから発射される8つのレーザーがあゆみを貫いた。フィグとはもともと「イチジク」のことで、コスモドローンの形が似ていることからこう呼ばれる。
     あゆみが大爆発した。
    「大介ーっ!」
     大介は死んだ。さすがにもう復活することはないだろう(ここは笑う場面ではない)。
    「うう」
     大介の死を悲しむ阿綺羅。だが、悲しんでいる暇はない。
    「邪魔者は消えた。次はお前を浣腸してやる」
     一機のフィグが阿綺羅の乗るジャンダルの真下に入り、バーニアが集中するお尻に向けてビームを発射した。その一撃よってジャンダルの下半身が爆発。
    「あああっ!」
     もはやジャンダルは動けない。
     コクピットの入り口がこじ開けられる。そこからF-8の腕が中へと伸びる。
    「嫌、離して!」
     F-8の指が阿綺羅の体を掴み、表へと引きずり出した。
    「お前はもうボクのものだ。一緒にエルライス星へ行こうね。毎日可愛がってあげるよ。ブイブイブイー」
    「いやあああああ!」
     阿綺羅を拉致したF-8は戦艦アシロ目指して飛び去っていった。

    「見つけたわ」
     澄が一眼の亀のブリッジを攻撃した敵のF-16に追いついた。
    「死んで爺にお詫びしなさい!」
     ドリアンの胸のブローチから拡散ビーム砲が発射された。敵のコスモパペットはビームを浴びて爆発した。
    「爺、やりました。あなたの仇は弟子の澄が討ちました」
     敵を倒した直後、澄の心は興奮に包まれ、澄は大いに喜んだ。だが、そんな興奮や喜びはすぐにどこかへ消え失せ、澄の心は一転、哀しみに包まれた。
    「爺」

     戦艦アシロ。
    「状況報告。海亀の左エンジンとブリッジを破壊。その後、動いていません。敵のコスモパペットを二機撃墜。それに対し我が軍の消耗はコスモパペット十二機」
    「半分も落とされたのか。酷いもんだな」 
     酷いもんだなと言ってはいるが、目的を達成したことにチンプー提督は内心「満足」していた。
    「これで総統も安心なされることだろう。よし、後退だ。コスモパペット隊も適当なところで退却させろ」
    「F-8がこちらに向かってきます」
    「早いな。通信回線をこちらに回せ」
    「はい」
    「雄一郎。随分早いな?まさか、恐れをなして逃げ帰ってきたのではあるまいな」
    「まさか。敵のパペットを二機撃墜した。そのうちの一機のパイロットを捕虜にして連れてきた」
    (先程の二機撃墜というのはこいつだったのか)
    「それは・・・ご苦労だった」
     チンプー司令官は正直「なんて奴だ」と思った。僅かな時間に二機撃墜とは。まさにエースパイロットの仕事ではないか。結局、コスモパペット同士の戦いでは自軍は「一機も撃墜できていない」ということになる。雄一郎が出陣していなければ、結果はもっと悲惨なものとなっていただろう。
    「F-8、着艦します」
     その後、雄一郎と阿綺羅はシャトルに移動。直ちにエルライス星に向けて発進した。

     戦艦カメリア。
    「むむむむむ」
    「艦長。落ち着いて下さい」
    「くそう」
     プラトンは手のグラスを床に投げつけた。
    「このままでは、チンプーの株が上がるだけではないか。なんとかせねば」
     そこでプラトンが採った行動は。
    「我が艦隊を全速力で前進させろ。我らの力で海亀にとどめを刺すのだ」
     プラトン指揮下の艦隊が突如、他の二艦隊とは逆に前進しはじめた。
     その一報を聞いたチンプー司令官は。
    「愚かな白豚め。功を焦るか。それが命取りになるかも知れないというのに」
     プラトンの愚行を口汚く罵るのだった。

     プラトン率いる艦隊が一眼の亀に迫る。これでもかといわんばかりに主砲を打ちまくっている。ブリッジを破壊された一眼の亀はその場に静止状態にある。このままでは撃沈されてしまう。
     敵のコスモパペット隊は澄の参戦により、その数を急速に減らしてはいた。だが、ジャンダルのビームライフルにしてもスピルのビームキャノン砲にしてもエネルギーは既に底をついていた。使える武器はレーザーサーベルのみだ。コスモパペットはともかく、レーザーサーベルで敵の軍艦を破壊することは容易ではない。
     このままでは全滅だ。
     現状を打開できるとすれば、それはやはりドリアンしかなかった。今こそドリアンが装備する「絶頂砲」を使用する時だ。
     しかし。
    「駄目、発射できない」
     こればかりは澄も戸惑っていた。頭の中で性行為をイメージするだけでは発射体制に入ることが出来ないのだ。本来はこれでいいのだが、まだ慣れていないからだろう。
     石之伸のスピルマがドリアンとドッキングした。スピルマのハッチを開くと、石之伸はドリアンに飛び移った。ドリアンのハッチを開き、中に入る。
    「あなた」
    「絶頂砲が撃てないって?」
    「さっきからやっているけれど全然だめなのよ」
    「お前はグリップをしっかりと握って『照準合わせ』だけやっていろ」
     そう言うと、石之伸は自分の宇宙服を脱ぎ始めた。更に澄の宇宙服をも脱がす。
    「嫌っ、こんなところで」
    「これしかないだろう」
     石之伸は澄と合体した。必死に腰を突き動かす石之伸。
    「あっ、あっ、あっ」
     澄が感じ始めた。するとドリアンの両足が大きく左右に開き始めた。絶頂砲の砲門が両足の間に出現した。
    「よし、いいぞ」
     そして。
    「いく、いく・・・いくうううううううっ!」
     澄が絶頂した瞬間、絶頂砲が炸裂した。強力なエネルギー粒子が迫り来るプラトン艦隊めがけて放出された。

     戦艦カメリア。
    「何だ?この光は」
    「エネルギー粒子、接近。強力です」 
    「逃げろ」
    「駄目です。間に合いません」
    「うわあああああっ!」
     強烈なエネルギー粒子の中で戦艦カメリアの頑丈な船体がくの字に曲がり、やがて大爆発した。勿論、巡洋艦や駆逐艦はその前に既に爆発している。
     光が消えたとき、プラトン艦隊はそこにはなかった。

     戦艦アシロ。
    「前方に強力な光が見える。何が起こっているのだ」
    「プラトン艦隊の反応が消えました」
    「だから言わんこっちゃない」
    「司令官、ご命令を」
    「生き残っているコスモパペットを全機、帰艦させろ。退却だ」
    「わかりました」
     敵艦隊は戦闘空域を撤退した。
     宇宙に静けさが戻った。

     ドリアンのコクピット内。
    「やったぞ、澄」
     喜ぶ石之伸。
    「澄?どうした」
     澄の反応はない。澄は完全に意識を失っていた。
    「澄、おい澄、起きろ」
     反応はない。この意識喪失の原因が絶頂砲発射と関係していることは明らかだった。恐らく、絶頂砲を発射した瞬間、全精力を使い切ってしまったのに違いない。
    「くそう、なんということだ」
     石之伸は急いでスピルマのコクピットに戻ると、ドリアンを抱えて直ちに一眼の亀に戻った。



  • 予告

  • プラトン艦隊に代わる新たなる補充艦隊が加わり、チンプー司令官はいよいよ総攻撃に出た。一眼の亀に絶体絶命の危機が訪れる。この窮地を救えるのはドリアン以外にはない。澄よ、目覚めてくれ。
    次回・文殊の剱
    「覚醒」
    7月26日(土)19:30
    宇宙の旅は続く。





  •  激闘から丸一日が経った。
     長七郎、大介、阿綺羅の姿が一眼の亀のブリッジから消えた。損害と呼ぶにはあまりにも大きなものがある。
     破壊された一眼の亀のブリッジと後ろ左足の修理は思うように進まない。戦闘以後、一眼の亀は一歩も前進できずにいた。幸いあれ以来、敵の攻撃はない。先の戦闘でコスモパペットを半減させたから、敵も再攻撃には時間が掛かるのだろう。その間に、なんとか動けるようにはしたい。
    そして澄。依然、意識は回復しない。やはりドリアンは「乙姫にしか使えない兵器」ということなのか?

     戦艦アシロ。
    「プラトン艦隊が全滅した原因はわかったか?」
    「それが、よくわかりません」
     戦艦アシロでは次の攻撃に備えてプラトン艦隊が瞬時に消滅した理由について調査分析を行っていたが、よくわからないのだった。
    「この破壊力。恐らく核ミサイルを発射したのではないかと」
     分析班はプラトン艦隊全滅の原因は一眼の亀から発射された核ミサイルによるものと考えたようだ。それも無理からぬことだ。まさか一機のコスモパペットがコロニービーム級のエネルギー粒子砲を備えているなどとは思いも寄らなかったのである。
    「核ミサイルか・・・」
     だが、チンプーは半信半疑だ。破壊力を考えれば合点がいくが、竜宮の民の生命境涯の高さを考えたとき、ダーティー・ウエポンである核兵器を保有しているとは到底、考えられなかったのだ。
     とはいえ、よくわからない以上、今の時点では「敵は核ミサイルを装備している」と考える必要があった。そうなると、こちらもコスモパペットを半減させている状態で迂闊に総攻撃は出来ない。
     その時、ひとりの兵士がブリッジに入ってきた。
    「司令。カシマシー艦隊が到着いたしました」
     カシマシー艦隊というのは消滅したプラトン艦隊に代わる補充艦隊である。
    「やっと来たか・・・待て。今、何といった?」
    「はい。カシマシー艦隊が到着したと」
     チンプー司令官は今にも激昂せんとばかりに顔を真っ赤にした。
    「何だと?私はタカビー艦隊を要請したはずだ」
     カシマシー艦隊はエルライス軍唯一の全員が女性からなる艦隊である。軍の中での評判はすこぶる悪い。
    「なんということだ。計算が狂った」
    「申し訳ありません」
    「もういい、下がれ。頭が痛くなってきた」

     黄色と黒の、まるで工事車両を思わせる塗装が施された軍艦が次々とチンプー艦隊に合流する。
     そのうちの一つ、戦艦ヤマトモ。カシマシー艦隊の旗艦である。
    「到着しましたね、准将」
     副官のケイコ大佐が艦隊指揮官にそう告げた。
    「艦長と呼びなさい」
     それに対し、マユコ准将はそう言い返した。マユコは准将という地位に満足していなかった。旗艦は戦艦で二隻の巡洋艦と四隻の駆逐艦も与えられているとはいえ、大佐と少将の間の階級である准将ではまだ「提督ではない」からだ。提督と呼んで貰えないのならば艦長の方がまだマシだ。そう思っていた。
    「判りました、准将」
     だが、ケイコ大佐はまたも准将と言った。この会話からふたりの関係が判る。ケイコはマユコが気に入らないのだ。自分の方が指揮官に「相応しい」と思っているのだ。自分の方が「賢く」て「美しい」のだと。ケイコに限らず、この船に乗る者は全員「自分が最も優秀」「自分が一番の美貌」と信じて疑わないブスブスバンバンである。無能な王が即位すると決まって「王権神授説」が叫ばれるように、自画自讃はその者の実力が欠如していることの何よりの証なのだ。



  •  エルライス星
     首都イセサレムにある軍の研究所では様々な実験が行われている。その中にサイコ能力の開発をはじめ「人間の精神」に関するさまざまな実験を行う研究所がある。

     40800号実験室。
    「うう、うう」
     リクライニングシートに「DP-65F」と呼ばれる実験用の人間が座っている。首、手首、足首の五箇所に決して自分の意思でそこから立ち上がることができないよう枷が嵌められている。目には視界を遮るテープが貼られ、口には自殺防止用の猿轡が噛ませられている。そして腕には食事を摂らなくても大丈夫なように栄養剤を送り込むためのチューブが刺し仕込まれ、足と足の間にも水を送り込むチューブが繋がっていた。
    「所長。脳波がレム睡眠を検知しました」
    「水圧を上げろ」
     水圧をかけるダイヤルが回される。
    「ううー」
     シートに拘束された実験材料が激しく暴れ出す。
    「脳波検知。目が覚めました」
    「絶対に眠らせるなよ。脳細胞をとことん疲弊させるのだ」
     鞭を打っても高圧電流を流しても人は疲労すると気絶する。では、どうすれば人を眠らせないようにできるか?その答えは「尿意」である。お年寄りがどんなに深い眠りに落ちていても夜中に尿意で目が覚めることは知っての通りだ。眠らせないためには膀胱の中に水圧をかけて擬似的に尿が膀胱に溜まった状態を作り出すのが最も効果的なのだ。足と足の間のチューブはまさに膀胱に水を送り込むためのものだ。
     では何故、こんなことをしているのか?今、ここでは実験材料に対し、脳の記憶を書き換える作業を行っているのだ。睡眠不足の状態を長時間に渡って強制することで脳細胞を疲弊させ、シナプスが切れやすい状態を作っているのだ。
    「うううー、うううー」
     必死に暴れるDP-65F。尿意が苦しくてたまらないのだ。
     DP-65Fと命名された実験材料。歳は20頃の少女である。シルクの白いブラウスに毛糸で編まれた白いチョッキ、腰回りはタイトで太腿の部分がフレアになっているピンクの膝丈スカートを纏うその姿はとてもチャーミングだ。きっと恋もしているだろう。まさに「青春真っ盛り」といった印象を全身から感じさせる。
    その少女が前進を汗まみれにして悶える。背骨を伸ばしたり曲げたり、胸を張ったり、ちじこませたり、腰をクネクネと左右に曲げたり、シートの上で出来うる限りの動きを必死になって。その姿はたとえ変態男でなくても興奮しないではいられない。事実、所長も研究員も全員、あそこを堅く硬直させていた。
     この状態が既に1週間続いていた。つまりDP-65Fは1週間、一睡もせずに擬似的に作り出された激しい尿意に苦しみ悶えているのだ。
    「そろそろ第二段階だな」 
     研究所長が注射器を取り出した。
    「さあ、お注射だよ。可愛いお嬢ちゃん♡」
     腕に注射を打たれるDP-65F。
    「この注射には脳細胞のシナプスを切断する効果がある。1週間、起きっぱなしだったキミの脳は、この薬の効果に耐えることができない」
    「うぐー、うぐー、うぐうーっ」
     暴れ方が増す。シナプスが切れていく脳に激痛が走っているのだ。
     シナプスが切れる度にDP-65Fの今までの記憶が消えていく。やがては全ての記憶が消えて無くなるのだ。これは記憶の上に新しい記憶を書き加えるのとは違い、過去の記憶を呼び戻すことは絶対に不可能である。この実験によってDP-65Fと名付けられた可愛い少女は今までの過去の記憶を全て失ってしまうのだ。
     その研究室へひとりの士官が入ってきた。なんと雄一郎である。
    「所長。どうですか?」
    「見ての通り、順調です」
    「そうか」
    「今、脳のシナプスを解除する注射を打ちました。一日三回注射。三日で、このお嬢さんの脳のシナプスは完全に切断されます」
    「で、その後はどうするのだ?」
    「はい。その後はシナプスを繋がりやすくする活性注射を、やはり一日三回注射します。その間、このお嬢さんには映像を見ていただきます。ご希望通り、あなたさまを熱烈に愛する場面や、かつての仲間たちに蹴られ、殴られ、殺されそうになる場面といった『偽の歴史画像』を。その結果、1週間後には間違いなく、このお嬢さんはかつての仲間たちを敵と認識し、あなたを心から愛するようになるでしょう」
    「今から楽しみだ」
     雄一郎はシートの上で苦しみ藻掻くDP-65Fの姿を眺めた。
    「阿綺羅。お前はもうすぐ俺の欲望を満たす慰安婦に生まれ変わるのだ。ブイブイブイー」

     戦艦アシロ。
    「司令。タカビー艦隊がエルライス星を出発したようです」
    「よし」
     タカビー艦隊発進の報を聞いてチンプーはひとまず安心した。
    「当初の計画通り、我々はタカビー艦隊の到着を待つ」
    「カシマシー艦隊の方はどうされます?」
    「せっかく来たんだ。『初陣を飾らせてあげよう』ではないか。奴らにはプラトン艦隊を撃破した敵の兵器の正体を知る実験台になってもらう」
     チンプーはやはり「核ミサイル説」には疑問を抱いているようだ。
    「捨て駒ですか」
    「いいや、わからんぞ。華々しい戦果を挙げるかも知れないではないか」
    「そうですな」
    「じっくりと見物させてもらうよ。女尊男卑を声高に叫ぶ彼女たちのウーマンパワーというやつをな」

     戦艦ヤマトモ。
    「チンプー司令から連絡が来たわ。私たちが先鋒ですってよ」
    「やったあ。これで二階級特進は決まりだわ」
    「バカ。私たちは捨て石にされたのよ」
    「いいじゃない。相手を倒せば、私たちの大手柄よ」
    「でも、負けるかも知れないじゃない」
    「勝つわよ。既にチンプー艦隊とは一回戦闘しているというじゃないの。敵はもうボロボロよ」
    「じゃあ、なんで私たちを呼んだの。おかしいじゃない」
     「女、三人寄らば・・・」とはよくも言ったものだ。「口が休まることを知らない」とはまさにこのことである。何しろブリッジにはマユコ准将を筆頭に副官のケイコ大佐、索敵、通信、航法の各一名。更にはノリコ中佐、フミエ中佐、ヨシコ少佐、ミキ少佐の四名のパイロットがいるのだ。ここに残り四名のパイロット、カヨコ大尉、サヤカ大尉、アイカ中尉、ユウカ少尉がいないのは幸いだ。彼女たちまでいようものならば、ブリッジの中は常に騒音120㏈状態だ。
     そんなカシマシー艦隊の主力コスモパペットは「F-18」である。大型のF-15とスタンダードのF-16の中間の性能を狙って開発された機体で、開発時期が新しいことや徹底的に合理性を追求した結果、武装の破壊力はF-15並みでありながら、機体の大きさはF-16並みというまさに「両者のいいとこ取り」といった感じの高性能機なのだが、男性パイロットの間では非常に評判の悪い機体である。その理由としてはステルス性能が無いことから、新しいにも拘わらず近いうちに退役する運命にあること。そしてもうひとつは何といってもスタイルの悪さだ。その姿から「ジ・オンナ」という渾名が付けられている。テンバインに採用された磁界バリアーを装備するために足を無くし、大きなスカートの中に大容量ジェネレーターを装備。頭には磁界バリアー用の角が二本生える。そしてレーザーサーベルとビームキャノン砲は最初から右腕と左腕の先端に固定装備されているといった具合だ。ジ・オンナの由来が大きなスカートにあることは言うまでもない。
     だが、彼女たちがこの機体を採用するのは、まさに「そうした理由」からであった。誰もが採用しないシロモノを採用すれば、それが自分たちのトレードマークとなる。しかも渾名が「ジ・オンナ」となれば尚更だ。彼女たちは進んで自らを「ジ・オンナ隊」と名乗った。そして彼女たちはF-18に独自の塗装を施した。軍艦と同じ黄色と黒の縞模様である。
     その姿はまさに「鬼婆」である。カシマシー艦隊はこの機体を戦艦に四機、二隻の巡洋艦に各二機、計八機、装備していた。
    「とにかく出撃しましょうよ」
    「そうよそうよ」
    「戦ってみたら案外、楽かも知れなくってよ」
    「とかいって、あんたが最初に死んじゃったりして」
     各々言いたい放題を言いながら格納庫へと向かう。
    「発進」
     次々と発進するF-18。
     ダセーワ、ノックアウトと命名された二隻の巡洋艦からも発進する。
    「みんな、いくよ」
     隊長のノリコが叫ぶ。
    「蚯蚓飛行、開始」
     八機のF-18が隊長機を先頭に次々と後ろに並ぶ。正面からだと一機にしか見えない。これほど連携のとれた飛行ができるとは侮れない相手だ。

     一眼の亀。
     格納庫ではパイロットたちが整備士たちと一緒に各々の機体の整備を行っていた。
    「接触が悪いのかな」
     石之伸は自分の愛機であるスピルマのプラネタリウムモニターの映像が点いたり消えたりする症状の改善に苦慮していた。もし戦闘中に見えなくなりでもしたら命に関わる。
     ジャックを一回抜いて、差し込み直す。映像は綺麗に映っている。念のためワイヤーを揺すってみる。
    「どうやら大丈夫そうだな」
     そこへ艦内放送が流れた。
    「敵艦隊をキャッチ。戦艦1、巡洋艦2、駆逐艦4。コスモパペットも発進したようです。その数、八機」
    「遂にお出ましか」
     石之伸は正面モニターパネルの裏蓋を閉め、コクピットシートに座ると、入り口のハッチを閉じた。
    「石之伸スピルマ。いくぜ」
     まずスピルマがカタパルトデッキから発進した。
    「飛行形態に変形」
     向かう先は敵のコスモパペット隊だ。
     その後も次々と発進する。艦長がいなくても、既に発進の順番は判っている。
    「馬知子女王様の発進じゃあ」
    「女王様に続きます」
     続いてスピル隊。こちらはカシマシー艦隊の旗艦を狙う。
     残りのジャンダル隊も発進。これらは一眼の亀の周りを離れない。一眼の亀に接近する敵の邀撃が任務である。 
    スピルマがジ・オンナ隊を肉眼で捉えた。
    「一機だけ?いや違うな。後ろに隠れているのか。確か全部で八機だったな」
     石之伸は敵が一列に並んでいるのを直ちに理解した。
    「よし。このまま突っ込むか」
    ジ・オンナ隊もまたスピルマをキャッチした。
    「これが例のキャロットね。みんなニンジンサラダを作るわよ」
    「了解」
     スピルマが見る見る接近してくる。
    「こいつ、真っ直ぐに突っ込んでくる。私とぶつかるつもりか?」
     スピルマの動きに驚いたのは隊長のノリコ。
    「こいつ、やはり噂通りの曲者だわ。こんな戦術、並のパイロットにはできないわ」
     ノリコが全機に指令を飛ばした。
    「みんな、緊急回避よ」
     激突の恐怖から先に避けたのはジ・オンナ隊の方だった。石之伸の狙い通りである。
     先頭を行く隊長のケイコが避けたら、あとは芋づる式に避けていく。それまで縦一列に並んでいた編隊が瞬く間にバラバラになった。
     さあ。あとは旋回して立て直しに苦労している奴から撃墜するだけだ。石之伸は左のグリップを右に傾けた。
     その時、問題が発生した。何とプラネタリウムモニターの映像が乱れたのだ。
    「なに?こんな時に」
     その映像はおよそ通常のものとはほど遠い「砂のような画像」である。まるでVHF帯で放送していたアナログ時代の千葉県内で視聴するテレビ埼玉のようだ。明らかに高い稼働率と整備不良から来る故障である。特にスピルマは動きの速い石之伸が操縦するだけに機体に掛かる負担が大きいのだ。
     正直、これは拙い。
     だが、戻って整備し直す余裕はない。このままの状態で戦うしかない。取り敢えず一番近くのF-18に接近。
    「人型に変形」
     飛行形態から人型に変形したその直後、完全に画像がブラックアウトした。これでは両目にフォークを突き刺したようなものだ。
    「なんということだー」
     その直後、スピルマに衝撃が走る。自分が仕留めるはずだったF-18から攻撃を受けたのだ。
    「左足をやられたのか」
     この時、スピルマは敵のレーザーサーベルによって左足を失っていたのだ。
     更にその後、別のF-18によってレーザーサーベルを持つ右腕も切り落とされた。
    「何だ?この手応えの無さは。こんな奴に我が軍の男どもは負け続けたのか?」
     根っからタカビーな性格のノリコはこれが「スピルマの実力」と判断したのだった。
    「こんな相手、八機もいらないわ。ヨシコ。あんたは半分連れて海亀に向かいな」
    「了解」
     副リーダーである年配のヨシコが若手の三名、アイカ、サヤカ、ユウカを率いて一眼の亀に向かった。

     ジャンダル隊。
    「来たぞ」
     妖精たちと半数のジ・オンナ隊が激突。
     早速、敵のビームキャノン砲の洗礼を受ける。
     中山が叫ぶ。
    「みんな気をつけろ。こいつらの兵器は強力だぞ」
     大きなスカートを穿くジ・オンナ隊のF-18は出力が桁違いだ。ビームライフル並みの連射が可能な左腕のビームキャノン砲による攻撃によって防御力に優れるジャンダルとはいえ、ビームが近くを掠めただけで機体に罅が入る。

     一方、スピル隊も。
    「ビームキャノン砲、発射」
     戦艦ヤマトモの上と下から同時発射。だが、こちらも整備不良によって微妙にタイミングが狂ったのか。戦艦の中央でぶつかるはずのビームは左右に逸れ、あろうことか互いの機体に当ててしまったのだった。女王のスピルは右足を失い、将軍のスピルは左腕を失った。
    そこへ敵艦の弾幕が襲いかかってきたのだからたまらない。ビームが貫通した戦艦ヤマトモの損傷はそれほどでもないようである。

     正直、やばい。
     マジでやばい。
     旅もこれで「終わり」か?

     一眼の亀。
     昏睡状態の澄。その澄の夢の中に人影が浮かぶ。
    「大ちゃん?」
    「澄、起きるんだ。みんなが危ない」
     今まで昏睡状態にあった澄が突然、目覚めた。
     澄は夢の中で大介と出会った。これ澄が本当に「危険な状態にあった」ことを表している。というのもこうした現象は人が死にかけて死の世界=妙の世界に片足を踏み込んだときに起こる典型的な現象だからだ。エネルギーからなる法の世界を流れる時間は過去、現在、未来の一方通行の「直流時間」だが、精神からなる妙の世界を流れる時間は過去、現在、未来を自由に往復する「交流時間」であるため過去に死んでしまった人間とも会話が可能なのだ。
     ともあれ、澄は文字通り「死の淵」から生き返った。大介が言うように仲間の危機を救うのだ。
    ベッドから起き上がった澄は直ちに格納庫へと向かった。そして澄は迷わずドリアンに乗り込んだ。
    「澄ドリアン、発進します」
     ドリアンが再び宇宙へと羽ばたく。

     ドリアンが真っ先に援護に入ったのはジャンダル隊。
    「新手?」
     ヨシコが最新情報を仲間に伝える。
    「新たに一機、でてきたわ。みんな、気をつけて」
    「なあに」
    「心配ないわ」
    「たかが一機でしょ」
     三機が揃ってドリアンに迫る。
    その時、ドリアンの羽から何か白くて丸いものが多数、飛び出した。
     蝶の妖精・ドリアンの羽は黒、青、緑、赤、黄、橙、白の七つの色で色分けされているが、そのうちの一つ、左右合わせて全部で十六ある「白い円」は只の模様ではない。羽から飛び出したのはこの白い円であった。その正体はドリアンのパイロットが精神エネルギーで操作するコスモドローン。円の外周には小型のカメラと八つのバーニアが仕込まれ、宇宙を自在に飛翔。円の中心部からはビームが発射される。高速で飛翔しているときには「白い円盤」にしか見えないが、じっくりと観察すれば、その姿は楽器のタンバリンにそっくりである。
    「こいつ」
    「まさか」
    「コスモドローンを放ったの?」
     タンバリンにぐるりと周囲を取り囲まれたF-18。パイロットとしてはまだ若いアイカ、サヤカ、ユウカはこの状況に対し完全に怯えてしまった。
    「くそう」
    「落ちろ」
    「落ちろ」
     必死にタンバリンめがけてビームキャノン砲を発射するが、タンバリンの動きは機敏だ。しかも十六機もいる。
     その十六機のタンバリンが攻撃に転じた。360度全方位から発射されるビーム。オールレンジ攻撃によって瞬く間に三機のF-18が宇宙の塵となった。
    「アイカー、サヤカー、ユウカー」
     仲間の名前を叫んだヨシコの額から汗がびっしょりと噴き出す。その汗によって化粧が一気に崩れた。タカビーな性格をそのまま表現した決して「美しい」とは言い難い素顔を曝け出すヨシコ。
     そんなヨシコの機体にもタンバリンが迫る。
    「くるな、くるな、こっちへくるなあ!」
     ヨシコのF-18も三機のあとを追った。

     一方、こちらはスピルマを攻撃するノリコ隊。
    「あんたたち、何をモタモタしてるのさ。さっさとやっておしまい」
     隊長のノリコがカヨコ、フミエ、ミキに檄を飛ばす。
    「相手は既に左足も右腕もないんだよ」
     しかし、無線には次のような弁明ばかりが戻ってきた。
    「ですが隊長。動きが速くて」
    「どうやら、こちらの攻撃パターンを読んでいるようです」
    「私もそう思います隊長」
     ノリコは頭がぶち切れそうだ。
    「何を言ってるのよ、あんたたち。そんなことあるわけないでしょう」
    「ですが隊長」
     正解を先に言ってしまうと、カヨコ、フミエ、ミキの言うことは「違う」。
     石之伸は彼女たちの攻撃パターンを読んだのではない。彼女たちの動きを「先読みしている」のだ。
     もともと石之伸は「勘の鋭い剣客」だ。後ろから刺客に狙われれば、それを察知するだけの能力を備えている。それは石之伸の生命境涯が高く、無意識のうちに三世一体の交流時間を知覚することで、数秒先に起きる出来事を事前に察知しているからに他ならない。
     そんな石之伸が、プラネタリウムモニターがダウンしたコクピットにいる。そこは何も見えず、外の音が全く聞こえない空間。それは石之伸にとって絶好の「仏道修行の場」となった。その中で石之伸は自身の集中力を限界まで研ぎ澄ませることで像法時代の法華経修行である「止観」を本人も気が付かないうちに体得したのである。
     止観、それは天台大師・智顗が確立した宇宙に遍満する仏界の波動=南無妙法蓮華経のリズムを「心の耳」を開いて聞く像法時代の修行法である。この修行は智顗自身が言うように非常に困難を極めるものだ。像法時代でさえ困難を極める修行であるから、末法を迎えた現代の地球人類には絶対に不可能である。しかし竜宮城で修行を積み、文殊師利菩薩の継承者となった石之伸には可能であった。その結果、今の石之伸にはジ・オンナ隊の「未来の動き」が手に取るように判ったのである。
    「む、新たに一機、こちらにやってくる。この感覚は・・・澄」
     石之伸は新たにコスモパペットの接近を察知した。石之伸は無線を発した。
    「澄、意識が戻ったんだな」
    「そうです、澄です」
    「それは良かった」
    「後は任せて」
     だが、石之伸は澄の申し出を断った。
    「いや、この四機は俺が相手をする。お前は後方にいる艦隊を仕留めろ。できるな?」
    「判りました」
     ドリアンはスピルマと敵との戦闘空域をそのまま素通り。カシマシー艦隊がいる空域へと向かった。
     ふたりの会話を傍受していたジ・オンナ隊は完全にぶち切れていた。
    「このキャロット野郎」
    「舐めやがって」
    「片足も片腕もないボロボロのくせに」
    「その言葉、後悔させてやるわ」
     F-18の攻撃。
     だが、止観の状態にある石之伸に彼女たちなど、もはや敵ではなかった。
    「まずは一機」
     左手のビームサーベルでカヨコのF-18をぶった切る。
    「ぎゃあああ」
     爆発。
    「お次は」
     ミキのF-18に接近。ビームサーベルを顔面に突き刺す。
     更にフミエのF-18を真下から突き刺す。
     残すはノリコのみ。
    「そんな」
     日頃はいかなる状況にあっても皮肉を交えて冷静さを装う大胆不敵さが心情のノリコだったが、この時ばかりはそうもしてはいられなかった。
    「残念だったな。実はちょっとしたアクシデントがあってね。最初こそ対応するのに手間取ったが、結果としては『悟りを開く』のには格好の修行だったよ」
    「なんだと?」
    「どうした?ニンジンサラダを作るんじゃなかったのか」
    「くそう」
     何とノリコはスピルマに背を向け、逃げ出した。インテリが「逆境に弱い」のは宇宙共通のようだ。
    「死んでたまるか。死んでたまるか」
    「情けない女め。こういう女はこちらから御免だな」
     石之伸は背中からノリコのF-18を叩き斬った。
    「死ぬのはいやああああっ」
     これでジ・オンナ隊、全滅。
     石之伸は止観の状態から通常の状態に戻った。その瞬間、石之伸は肉体に疲労を覚えた。全神経は消耗し切っていた。止観には非常に高い集中力を必要とするのだ。
    「澄は・・・大丈夫か」
     石之伸はスピルマを飛行形態にすると一眼の亀に向けて飛行し始めた。左足と右腕がないその姿は、まさに「兎に齧られたニンジン」である。 

    「ジ・オンナ隊が全滅」
     戦艦ヤマトモのブリッジではマユコ准将が狂わんばかりに慌てていた。
    「どうすればいいの、どうすればいいの」
     そうこうしているうちにドリアンがカシマシー艦隊を捕捉した。
     カシマシー艦隊は先頭に四隻の駆逐艦を配し、その後方に巡洋艦を二隻、更にそのかなり後方に戦艦ヤマトモを配置していた。艦の配置は艦隊指揮官の性格がもろに現れる。マユコ准将は余程の「臆病者」らしい。
     ということで、まずは駆逐艦から攻撃開始。十六機のタンバリンがアクガオ、イジメ、ウッキョリ、ダイニチ、四隻の駆逐艦を次々とオールレンジ攻撃する。「次々」ということは「四隻を一度に」ではないということを意味する。ドリアンの操縦席はプラネタリウムモニターと正面スクリーン以外に左右に八つずつ合計十六のモニターがあるから、タンバリンをバラバラに操縦することが想定されてはいるのだろうが、人間の脳はそんなに便利にはできてはいない。伝説によれば聖徳太子は「七人の会話を同時に理解した」らしいが、「ご飯を食べながらテレビを視る」といった具合に一度に二つのことしかできないのが普通だ。つまり今の場合「ドリアン本体の操縦」と「十六機のタンバリンで一機の敵をオールレンジ攻撃する」のふたつだ。勿論、雄一郎のフィグであれば話は違ってくる。八つの異なる脳を持つフィグは一度に八つの敵を攻撃できる。
     といっても、澄はまだドリアンに乗って日が浅い。「覚醒」は始まったばかりだ。将来的には十六機全てをバラバラに操れるようになるのかも知れない。
    駆逐艦を撃沈。ドリアンは次の標的である二隻の巡洋艦を目指す。
    「撃て、撃て。撃ち落とすのよ」
     マユコ准将が必死の形相で二隻の巡洋艦に命じる。巡洋艦の「弾幕が厚い」と判断した澄は巡洋艦への直接攻撃を控えた。仰向けに寝っ転がるドリアン。これは「絶頂砲」の構えに他ならない。
    「ああ、ああ、ああーん」
     澄が想像絶頂を開始した。ドリアンの両足が開き、砲門が輝く。
    「いくう!」
    絶頂砲が発射された。忽ちのうちに二隻の巡洋艦が消滅した。
     絶頂砲の威力は絶大だ。だが、絶頂砲は「近距離兵器」である。中心軸から上下左右15度の角度でエネルギー粒子が拡散するためだ。従って二隻の巡洋艦よりもかなり後方にいた戦艦ヤマトモに被害はなかった。
    「ダセーワとノックアウトがレーダーから消えました」
     それを聞いたマユコ准将は次のように叫んだ。
    「後退・・・いえ合流よ。チンプー艦隊と合流するのよ。早く」
     戦艦ヤマトモが撤退を開始した。そのおかげで女王と将軍のスピルは撃墜を免れた。
    数分後、スピル隊の横をドリアンが通過。更に30秒後、駆逐艦を沈没させた十六機の白い円盤が通過した。

     戦艦アシロ。
    「見たか、今の。この光だ。この光がプラトン艦隊を一瞬で消し去った理由だったのだ。まさかコスモパペットのものだったとは。さすがは竜宮の超過学力だ」
     チンプー司令は興奮しながらそう叫んだ。だが、その興奮も数秒後には怒りと恐怖に変わる。
     索敵が次のように叫んだ
    「戦艦ヤマトモが我々と合流しようと後退してきます」
    「馬鹿者。直ちに止めさせろ。こちらの位置が敵にばれるではないか」
     だが時、既に遅し。急速後退した戦艦ヤマトモがチンプー艦隊と合流してしまった。
    「なんということだ。全艦、戦闘配備。コスモパペット隊、緊急発進」
    「敵コスモパペット、来ます」
    「主砲発射。打ち落とせ」
     敵艦隊による主砲の一斉砲撃が始まった。そのうちの一発がドリアンに当たった。
    「やったか」
     だが、ドリアンは無傷。ドリアンは主砲を受ける直前、腕をクロスさせ、蝶の羽で体をガードしたのだ。ドリアンの蝶の羽は特殊金属繊維で編まれており、スピルマの大気圏突入パネル同様、大気圏突入時に発生する三千度の高熱にも耐えることができる優れものだ。
     コスモパペット隊が上がってきた。だが、澄は至って冷静だ。
     十六機のタンバリンがドリアンの周りに集まった。やがて獅子狩文錦や花樹対鹿錦に編まれた円模様のようにドリアンの周囲を取り囲むと観覧車のゴンドラのようにグルグルと回転し始めた。
     その状態からビーム攻撃が始まった。螺旋を描いて十六発のビームが襲いかかる。しかも十六発のビームによって構成される螺旋の渦は大きくなったり小さくなったり、巧みに変化する。戦艦だって一撃で撃沈する「ドリルビーム」。コスモパペットなど、ひとたまりもない。
    「敵の司令が乗る船はどれ?」
     コスモパペット隊はタンバリンに任せて澄は敵の旗艦の探索を開始した。澄は敵の司令だけは絶頂砲やタンバリンではなく、自分の目の前で倒そうと決めていたのだ。
    「見つけたわ」
     遂にチンプーの乗る戦艦・アシロを発見した。澄はドリアンをブリッジ正面につけた。
    「こいつが爺を、大介を、阿綺羅を殺した敵の親玉」
     澄はブリッジの中の金髪・色白の、目つきの鋭い、見るからにインテリ風の中年男性をじっと眺めた。
     チンプーもまたブリッジからドリアンをじっと眺めていた。
    「こいつなのか。一瞬のうちに艦隊を全滅させられる兵器を持つコスモパペットというのは?」
     そしてチンプーは呟いた。
    「こんな『リカちゃん人形』のようなコスモパペットに私はやられるというのか?そんなことは有り得ない。絶対に有り得ない。断じてあってはならんことだ」
     だが、そんなことがあり得るのだ。というより、今から起こる。
    「ビーム発射」
     ドリアンの胸を飾る蝶のブローチから拡散ビーム砲が発射された。ビームがブリッジを直撃する。
    「絶対にあり得ーーーーん!」
     ブリッジが爆発した。澄はチンプーが爆死するのを自分の目でしっかりと確かめた。
     敵のコスモパペットを全滅させたタンバリンはその後、標的を軍艦に変え、攻撃を続行していた。既に何隻かの軍艦が沈められていた。
     だが、もう戦いを伸ばす必要はない。澄はタンバリンを収容すると仰向けに寝た。
     左右のグリップをしっかりと掴み、シートの上で体をクネクネとねじる澄。
    「また、いくう!」
     絶頂砲が発射された。光がチンプー艦隊を飲み込んだ。



  • 予告

  • チンプー提督が参加要請をしていたタカビー艦隊が到着した。「棚からぼ牡丹餅とはこのこと」と一眼の亀に襲いかかるその時、違う方角から謎のコスモパペット隊が飛来した。その正体は?
    次回・文殊の剱
    「帝王の蟹」
    8月9日(土)19:30
    宇宙の旅は続く。



  • 10

  •  戦いが終わり、宇宙に静寂が戻った。
     一眼の亀のメカニックたちは修理に追われ、パイロットたちは休息に入る。特にサイコパペット・ドリアンを操る澄は戻るや、直ちに睡眠に入るのだった。

    「ワープ終了」
     チンプー提督から依頼を受け、出撃したタカビー艦隊が最終ワープを終えた。
    「いないぞ。副官」
     タカビー艦隊を指揮するサムオ提督が叫ぶ。
    「はい提督」
    「本当にここなんだな?」
     副官のシクタ中佐に確認する。
    「間違いありません。合流地点はこの空域です」
    「そうか」
     その時。
    「これは、何だ?」
     宇宙空間には無数の金属の破片が漂っていた。明らかに軍艦やコスモパペットの破片である。言わずもがなそれらは、かつては威容を誇っていたチンプー艦隊の「なれの果て」だ。
    「チンプー司令に無線を入れろ」
     サムオ提督が通信士に命じた。
    「返答ありません」
    「やはりそうか。我々がワープを行っている間にチンプー艦隊は全滅したのだ」
     シクタ中佐が顔を真っ青にして叫んだ。
    「それが事実ならば、我々もここから早く退却した方がいいのでは」 
    「そうです。チンプー艦隊を全滅させる敵なんて、恐ろしい」
     ブリッジのメンバーたちもまたシクタ中佐に同調する。全員「自分たちもやられる」という恐怖に慄いているのだ。
    「索敵」
    「はい」
    「周りの状況は?」
    「は、はい」
    「さっさと調べろ」
    「はい。あっと、1時の方向10000㎞に反応があります。どうやら宇宙船のようです」
    「敵か、味方か」
    「味方の信号は出していません」
    「ならば敵だな」
     ここでサムオ提督は頭をフル回転させ、状況を精査した。
    「その宇宙船は動いているか?」
    「いえ。全く動いてはいません」
    「よし。直ちにコスモパペットを一機、偵察に出せ」
     巡洋艦キョーダインからF-16一機が発進した。
    「偵察から連絡。海亀です。外から見たところ、かなりのダメージを受けているようです」
    「よし。私の推測が正しいとすれば、海亀はチンプー艦隊と相打ちだったのだ。ということは、もう戦うだけの『力はない』ということになる。ふふふ。私は何と『運の強い男』なんだ。労せずして海亀撃破という大金星を上げられるんだからな。『棚から牡丹餅』『柳の下の泥鰌』とはこのこと。攻撃するのはまさに今でしょ」。
     まさにその通りであった。今、攻撃を受けたら一眼の亀はひとたまりもない。
     タカビー艦隊というだけあって、サムオ提督は日頃から自分の博識に自惚れており、自分が知っている諺や四字熟語をこれ見よがしに引けらかすという何とも鼻持ちならない「厭な癖」がある。そして今の場面も勝利を確信した喜びからだろう。「ここぞ」とばかりに自分の知識をひけらかし始めた。
    「竜宮では『仏教』という宗教を信仰しているらしい。皆は仏教を知っているか?」
    「いいえ」
    「知りません」
    「存じません」
    「ならば教えてやろう。仏教では『色即是空・空即是色』といって、この世のものは全て色と空、いずれかの状態にあると説かれているのだ。他にも『以心伝心・不立文字』或いは『教外別伝』といってな。奥義を伝えるのに文字を必要としないんだ」
     この話からサムオ提督の仏教知識が『禅宗の教え』に基づくものであることが判る。色即是空・空即是色という言葉の内容自体は間違ってはいない。だが、それはあくまでも「法=エネルギー」は空と色、二種類の形を持っていることを説明するに留まる。エネルギーをいかなる性質も待たない空の状態から四大性質を持つ色の状態へと変化させた宇宙根本の原理である「妙」の存在については何も説明されてはいないのだ。また、以心伝心・不立文字は見ての通りそれ自体、歴とした四字熟語の文字である(笑)。たとえば、地球という星における本尊が正法時代は銅鐸、像法時代は釈尊の仏像であったのに対し、末法時代は「梵漢共時・受持即観心の曼荼羅御本尊」であるのは正法像法時代ならば兎も角、以心伝心・不立文字では生命の穢れてしまった末法時代の地球人類にはとてもではないが「実践できない」からに他ならない。一握りの優秀な人間にのみ仏教を伝授させるのではなく、全宇宙の全ての人々に教え広めるためにはやはり文字が重要なのだ。ゆえに教外別伝と称し、仏教を一握りの「選ばれた人のための特権物」のように考えている禅宗の教えを仏教の極理のように意気揚々と語ること自体、サムオ提督の博識とやらの「底の浅さ」の証明といえると同時に「自分だけが優秀である」「自分だけが優秀であればいい」という修羅界の生命境涯に支配されたインテリ意識の表れでもある。先に諺や四字熟語をひけらかす話をしたが、実のところこの男、そうした諺や四字熟語を何ひとつ自身の心肝に染めてはいない。この男が「能ある鷹は爪を隠す」という諺を心肝に染めていないことは幼稚園児にだって容易に判ることだ(笑)。この男にとって知識とは自分の振る舞いを正し、人間性を高めるための道具ではなく、自分が如何に優れた人間であるかを周囲に自慢するための道具に過ぎないのだ。そして「類は友を呼ぶ」で、この男の配下の者はひとりも漏れなく同様の性質を持つ者たちから成り立っていた。
    「コスモパペット隊。全機発進。海亀を撃破せよ」
     戦艦メイモンダイからは四機、巡洋艦トーダインからは二機、そして既に偵察機を出している巡洋艦キョーダインからは残りの一機が発進した。
    「ゴリョウ、聞こえるか?」
     ゴリョウというのはコスモパペット隊の隊長、ゴリョウ少佐のことである。
    「くれぐれも慎重にやれ。仮にもチンプー艦隊を全滅させた相手だ」
    「判ってるよ、そんなことは。いちいちうるせえなあ」
    「なにい」
    「へいへい。みんな、聞いた通りだ」
     ウチャンコ、フラピーク、オカズ、カミフタ、ガイス、シアツそして偵察に出ていたフリミノの7名が同時に軽いノリで「へいへい」と返答した。

     一眼の亀。
    「レーダーに反応。12時の方向にワープ・アウトする艦隊あり」
    「なに?もう来たか」
     この攻撃、石之伸は既に予感していたようで、直ちに格納庫へと向かっていた。その格納庫では、まさに今、スピルマの修理が行われている真っ最中だった。
    「どうだ?修理は?」
    「見ての通りですよ。これだけ酷いと、どこから手を付けたらいいか判りません」
    「腕と足はいい。プラネタリウムモニターだけでも直してくれ」
     石之伸の要求はもっともだ。桁外れの集中力を必要とする止観はたとえ石之伸をもってしても超時間持続できるようなシロモノではない。
    「それは無茶ですよ。それが一番難しいんです」
     だが、メカニックの言葉はつれない。腕と足は補修用のパーツを取り付ければ済むが、プラネタリウムモニターはテスターによって破損している部品の特定から始めなければならないからだ。
    スピルマはとても使えそうにはなかった。
    「ジャンダルはどうだ?」
     ジャンダルもこれまた似たようなものだったが、プラネタリウムモニターは死んでいない。
    「借りるぞ」
     石之伸はジャンダルに乗り込んだ。スピルはスピルマの量産型だから当然、機体の構造はスピルの方がスピルマに近いのだが、スピルにはレーザーサーベルが装備されていない。
    「発進」
     右腕のないジャンダルで石之伸は宇宙に飛び出した。

     タカビー隊。
    「敵のコスモパペットが出て来た。一機だけだ」
     それを見た瞬間、敵は全員が呆れ、そして笑った。
    「見ろよ。腕がひとつねえじゃん」
    「ひっでえオンボロだな」
    「こりゃあ、マジで相打ちだったようだぜ」
    「それでも出てくるとは」
    「バカかこいつ」
    「それとも勝つ自信でもあるのか」
    「度胸だけは買ってやるぜ」
     八機のF-16がジャンダルに迫る。それに対し石之伸は左手のレーザーサーベルで挑む。本来であれば、これでも戦える石之伸だったが。
     敵の攻撃を躱し、レーザーサーベルを振り下ろした直後。
    「なに」
     破壊したのは敵のコスモパペットではなくジャンダルの左腕であった。過酷な戦闘が続いた結果、フレームが金属疲労を起こしていたようだ。哀れ、ジャンダルは両腕を失ってしまった。
    「くそう」
     石之伸はトリガーを引いた。本来ならば頭部のマシンガンが炸裂。敵のカメラアイくらいは破壊できるところだが。
    「弾切れ」
     まだ補充されていなかった。
    もはやここまで。さらば石之伸。
     その時。
    「なに?」
     別の方角から今まで見たことのない九機の変形コスモパペットが飛行形態で飛来してきた。赤紫色に塗装されたその姿は鮟鱇そのもの。しかもそれらはジャンダルを護るように八機のコスモパペットに対し攻撃を仕掛けてきたのだ。
     そのうちの一機である隊長機がジャンダルの真横に接近。人型に変形した。左手には二連装のビームライフル。右手にはこれまたグリップから上下にビームが伸びるツインサーベル。
    「石之伸さま。こいつらは我々が始末いたします」
    「お主は?」
    「王室警備隊所属コスモパペット隊隊長・チョウチンアンコウ少佐」
    「安康隊か」 
     安康隊。正式には「国家安康隊」という。パイロットが全て「鮟鱇の精」から構成されたコスモパペット隊で、王室の警護を任務とするエリート部隊だ。
     この名前を竜宮城で初めて耳にしたとき(注、石之伸は竜宮城で三年間の修行をしている)、石之伸の心境は複雑だった。石之伸は徳川家が日本を支配する江戸時代の人間であり、国家安康にまつわる家康公のマイナスイメージは決して「過去の話」ではないからだ。
    「我々が来たからには、もうご安心ください」
    「ここに『お前たちが来た』ということは」
    「そうです。『帝王の蟹』はすぐそこまで来ております」
     ふたりの会話の間にタカビー隊のコスモパペットはその数を急速に減らしていた。タカビー隊と竜宮王室直属のエリート部隊とでは実力に「天と地ほどの差」があるのだ。
     現在のニッポン同様、エルライスでは子供の頃から「学力テスト」の成績が重視されているが、竜宮では学力テストなど存在しない。竜宮で重視されているのは「生命境涯」のみ。生命境涯が高ければ、自分の夢や目標を実現するために一所懸命に努力するから、そういう人間は自ずと賢いわけである。そして学力テストの結果を重視するニッポンやエルライスの教育からは「自分は優秀、他人はバカ」という人生観を持つタカビー人間しか育たないのだ。
     そうこうしているうちに、二隻の軍艦が戦闘空域に急速接近してきた。いずれも空母である。一隻は「アジの開き」の姿をした全長300mほどの空母。もう一隻は「サンマの開き」の姿をした全長200mほどの軽空母。それぞれ六機、三機のコスモパペットを装備する。つまり今回の戦闘では全機出撃したわけである。
     アジの開きからジャンダルに通信が入った。
    「石之伸殿。お久しぶりです」
    「その声は『ダツ中将提督』」
    「その言い方はおやめください。仲間の間では『ダッチャン』で通っています」
     そこへ更に通信が。
    「私もいますわよ。石之伸様」
    「あなたはアツモリウオ中佐」
    「私も少将に昇進して、今では軽空母の艦長ですわ」
    「アツモリウオ少将提督ですか。ご立派になられたものです」
    「その言い方、おやめになって。私も仲間内では『ラーメン』と呼ばれておりますの」
     アツモリウオは人の姿に変わる時、髪の毛がチリチリの巻き毛になる。だからラーメン。そして「話し言葉」から判るように女性である。
     そこへ通信が入った。安康隊からである。
    「全機撃墜しました」
    「よし。敵艦隊を釣り上げるぞ」
     安康隊が乗るコスモパペットの名前は「アングラー(釣り師)」。その名の通り、敵を釣り上げるように倒していく。
    「石之伸様。ではまた」
     チョウチンアンコウ隊長は安康隊を率いて敵艦隊に向かって飛翔した。そのあとを二隻のヒラキ型空母が追う。

     戦艦メイモンダイ。
    「我がコスモパペット隊が全滅だと!?」
     サムオ提督は顔色を変えた。
    「敵のコスモパペット隊が来ます。その後ろに二隻の軍艦確認。どうやら空母のようです」
    「よ、よし。前進だ。二隻の空母を狙うぞ。空母さえ落とせばコスモパペットはどうにでもなる。相手は空母。大した武装は施されていないはずだ」
     サムオ提督のこの読みは確かに軽空母には当て嵌まった。サンマ型軽空母は二連装対空砲を四門装備しているに過ぎない。
     だが。
    「敵艦からビーム攻撃が。強力です」
     アジ型空母には二門のギガ主砲が装備されていた。メガだから当然、通常の主砲よりも強力だ。その二門が戦艦メイモンダイの左右にいる巡洋艦トーダインとキョーダインを一撃で撃沈した。流石は王室警備隊の旗艦だ。射撃手の腕も超一流である。
    「ばかな。この距離で撃沈?こちらの主砲はまだ射程距離外だというのに」
     更に。
    「駆逐艦四隻、撃沈しました」
     こちらは安康隊の仕事だ。
    「提督。もはや残っているのは我が艦だけです」
    「撃て、撃て、撃てえ」
     サムオ提督が叫ぶ。その顔には既に死相が出ている。
    「無理です。まだ射程距離外です」
    「なら、早く前進しろ」
    「ビーム砲、来ます」
     ビーム砲が戦艦メイモンダイを直撃した。
    「うわあああ、いつ死ぬのー?今でしょー!」
     二門のギガ主砲の直撃を受けて戦艦メイモンダイもまた宇宙に散った。

     二隻のヒラキ型空母、そして一眼の亀がランデブー。
     そこへ。
    「来ました」
     更にもう一隻の軍艦が同じ空域にやってきた。その大きさは並みではない。ヤダユ船団の旗艦ゼーモをも上回る巨大艦である。その姿はカブトガニそのもの。船体を焦げ茶色に塗装。胸部の上部を構成する甲羅の左右には16枚の花弁で構成される黄金のロータス=蓮の紋章がキラリと輝く。
     この船こそ、本来の任務である二隻の空母が護衛する竜宮王室のお召艦「帝王の蟹」に他ならなかった。
     ニッポンの皇室では現在「菊の御紋」と読んでいる蓮紋。言うまでもなく豊玉・玉依の両姫が倭国に嫁いだことで倭国でも使用されるようになったものだ。そして弥生時代から古墳時代に変わる際、蓮紋は菊の御紋と改名された。法華経信仰が盛んであった弥生時代の痕跡を全て消すためである。
     帝王の蟹が一眼の亀の真上に静止した。胸部の下部にあるカブトガニの足に相当する10本の銀色のアームが降りてくる。一眼の亀はそれによって挟まれ、そのまま照明によって輝くドーム状の胸部の中へと引き上げられた。
     宇宙服を纏う作業員が水の中を泳ぐように次々と降下してくる。
    「作業開始。急げ」
     帝王の蟹はお召艦であると同時に宇宙船を修理する「ドック艦」としての機能を持っているのだ。
     航行不能状態にまで陥った一眼の亀に対し、直ちに修理が始められた。勿論、破壊されたコスモパペットの修理も。
    「さあ、行こう」
     石之伸が皆を誘う。行き先は勿論、帝王の蟹の中だ。
     一眼の亀と帝王の蟹を繋ぐ通路を歩く。通路の先で待っていたのはダツとアツモリウオの両提督だった。
    「上皇さまと皇太后様がお待ちです」
     現在の竜宮は乙姫が女王であり、その両親である元・国王と王妃はそれぞれ上皇と皇太后になられていた。
     一同が案内されたのは他の星の王族や外交使節団を接遇する貴賓室であった。カブトガニの姿を持つ帝王の蟹の胸部と腹部の上はさしずめ「最高級ホテル」であり勿論、宿泊施設もある。大浴場、映画館、高級食堂など、あらゆる設備が整っている。
    「上皇。如来とその仲間たちをお連れしました」
    「ご苦労であった」
     そう言ったのは上皇でも皇太后でもなく、トラウツボ王子だった。
    「もう下がって良い」
    「はっ」
     提督たちは貴賓室を出ていった。
    「久しぶりだな、石之伸」
    「王子。ご無事で」
     その後、王子から今までの経緯について話があった。それによれば、竜宮がエルライス軍の奇襲攻撃を受けた当時、上皇、皇太后、王子の三名は大小ふたつの銀河から構成される双子銀河M51にある桃源郷を訪問していた。天の川銀河も双子銀河であることから両国は姉妹関係を結んでおり、桃源郷のミンキー女王から招待を受けたからだ。
     そんな彼らが一眼の亀の現在位置を正確に知っていたのは、尾剣の銀河間通信を可能とする大出力の通信アンテナでスペースコロニー・ビッグフェイスから状況を知らされたこと、更に一眼の亀に帝王の蟹だけが受信することのできるGPSが装備されていたからだ。帝王の蟹は天の川銀河の外から正確に一眼の亀の飛行経路を追いかけてきたのである。銀河間のワープは障害物となる星がないため、星間物質が沢山漂う銀河内とは比べものにならない速さのワープが可能であり、遠距離であっても追いつくことは容易であった。
     これだけ説明しておけば「いかなる疑問」も払拭できたことと思う(笑)。
     ともあれドック艦が無事だったのは幸いであった。これで一眼の亀を修理することができる。出発時に故障したメインエンジンも修理され、本来の能力を発揮することができるのだ。

     その日の夜、一眼の亀の乗組員たちを歓迎する晩餐会が大レストランで開催されることに決まった。その前に、乗組員たちは大浴場で汗を流すことにした。
     女風呂。
    「久しぶりの湯船じゃあ」
     一眼の亀にはシャワーしかないから、大浴場の湯船に馬知子女王は大はしゃぎ。
     妖精たちも本来の姿に戻って、泳ぎ始めた。
     それらを横目に、澄は上品に背中を流す。
     だが、それを許しておくような状況ではなかった。女王が澄に近づいてきた。
    「さあ、覚悟おし」
     女王は澄を抱きかかえると湯船の中に投げ込んだ。

     こちらは男風呂。
    「隣は随分、騒がしいな」
     男たちは静かに湯船に浸かっていた。
    「石之伸」
    「何です、将軍」
    「長七郎殿も、大介も逝った。我々は教えを請うべき人々を一度に失ってしまった。正直この先、どのように戦えばいいのか、不安でならない」
    「以外ですな。将軍がこれほど心配性だったとは」
    「将軍職というのは何かと気苦労が多いものでした。そのせいでしょうな」
    「これからは皆から教えを請われる立場になる」
    「そ、それは」
    「判らないことは『判らない』。知らないことは『知らない』。それでいいではありませんか。無理に背伸びをする必要はないですよ。へたに先輩気取りなどしたら、皆からの信頼を失うだけです」
    「そうだな。気をつけよう」

     明日は艦内の正本堂において戦争で亡くなった全ての人々を供養する諸精霊追善法要が営まれる。今夜の晩餐会はいわば「通夜」を兼ねた歓迎会であった。風呂から上がった乗組員が続々と会場内に集まる。
    「これは見事な蓮の花じゃ」
     レストランに置かれた水槽の中に咲く今日、我々が「大賀ハス」と呼んでいる蓮の花を見た蘇我馬知子女王が座席に着くや感嘆した。
    「このような立派な蓮をわらわは今まで見たことがない」
    「ははは、それはそうであろう」
     上皇がやってきた。馬知子女王の斜め向かいに座る。正面には皇太后が座った。
     上皇が続きを話し始めた。
    「そちたちの国では今からおよそ千七百年も前に滅んでしまったからな」
    「ということは、昔は日本にも咲いておったのか?」
     その経緯について上皇が「竜宮に伝わる日本史」を語り始めた。それは現代のニッポン政府や文部科学省が認定する神道勢力への忖度に塗れた改竄だらけのシロモノものとは当然だが、大きく異なっていた。
    「我が国から豊玉・玉依の両姫が倭国に嫁いで以後、約一千年に渡り、倭国では法華経が信仰されていた。第九代・開化天皇の時代までの話だ」
     馬知子女王の目が輝く。馬知子女王も一度は「日本の女王」になることを夢見た人間。日本の歴史については大いに興味がある。
    「ところが、その後、宜しくない天皇が出現した。崇神だ。この者、あろうことか倭国を当時は後漢と呼ばれていた清国に売ったのだ。正法時代が終わって五年後の西暦57年のことだ」
    「何と。それはまことか?」
    「まことだ。その理由は後漢が持つ『鉄の武器』が欲しかったからだ。当時の倭国はまだ小さな国で、周りには幾つもの豪族たちが統治する強い国があった。それらを全て討ち滅ぼしたかったのだ。そして実際に戦争が始まったのが崇神の子である垂仁の時代だ」
    「垂仁と言えば、伊勢神宮を造った天皇じゃ。もしやそれは」
    「そうだ。戦争を起こすには軍国主義に基づく思想統制が欠かせない。伊勢神宮はそのために建てられた。それが理由で我が竜宮は倭国との国交を断絶した」
     法華経を捨てて神道を創設、軍国主義を志向するようになった倭国を竜宮は「見限った」のだ。
    「全国統一戦争を目論む崇神・垂仁の両天皇にとって平和を尊ぶ法華経は邪魔な存在でしかない。だから銅鐸を土の下に埋めた。そして法華経を連想させる蓮の花までも焼き滅ぼしたのだ」
     これが、大賀ハスが絶滅した理由!言われてみれば成程、確かに崇神・垂仁の時代に大賀ハスは地上から忽然と姿を消している。上皇の話を聞いた馬知子女王は当時の日本人の愚かさを憎まないではいられなかった。こんなに美しい花を焼き捨ててしまうなどとは。
     上皇の話は続く。
    「国交断絶後も我々は倭国そして日本をずっと見続けてきた。当然であろう。娑伽羅竜王の娘たち、豊玉・玉依の両姫君が輿入れした国なのだから。垂仁が始めた日本統一戦争の結果、日本の国土は大きく荒廃してしまった。女性の日の御子(=卑弥呼)を擁立することで漸く戦争は終焉したが、魔物が棲みつく伊勢神宮を敬い続けた結果、皇室の直系は武烈の時代に修羅界の波動がもたらす猛毒によって滅んでしまった。そこからは傍系による新たなる皇室の歴史が始まるわけだが、そんな日本に像法時代の法華経が伝来したのは正法時代に入って丁度、五百年目の西暦552年。欽明の時代だ。そこからはそなたもご存じであろう。そなたのご先祖である蘇我馬子は聖徳太子と共に仏教興隆のために立ち上がり、神道を奉じる物部氏を討ち果たした。その褒美としてふたりを『竜宮に招待した』と記録にはある」
     蘇我馬子と聖徳太子は国交を断絶された竜宮に招かれていたというのか。
    「他にも最澄、日蓮を招いたとある。いずれも『仏教を守護する者』という理由によってだ」
    「日蓮が竜宮城に?それって九月二十一日の『あの出来事』のことか」
    「よくご存じで。そう。西暦1271年9月12日。我々は竜宮城から光り物を発射。平頼綱麾下の武士たちを驚かしている間に招待した。その現象は地球では僅か1分の出来事だが、竜宮城では6時間だ」
     地球の一日は竜宮城の一年に相当する。従って1分は約6時間。今日「竜の口」と呼ばれている法難の地は言うまでもなく「竜宮城の入り口」という意味に他ならない。
     そして、昭和の時代にも竜宮城に招待された者たちがいた。その者たちに共通するのは法華経を地球上に広めようとした結果、国家権力によって牢屋にぶち込まれたことだ。その三名の者たちは牢屋の中にあって竜宮からの招待を受けたのである。
    「豊玉・玉依姫以後の日本の歴史は良くわかった。それ以前、たとえば天照大神とは一体全体『何者』なのじゃ?」
    「豊玉姫から第九代・開化までを『弥生時代』といい、それ以前を『縄文時代』と呼んでいる。縄文は太陽を女性の神に見立てて崇拝するアミニズムの時代で、当時の人々は『土偶』と呼ばれる人形をつくって信仰のよりどころとしていた。だから土偶は全て女性で、男性のものはない。天照大神信仰はこうした時代の『名残』だ」
     今までの説明から次のことが判る。縄文時代は「女性上位」の時代。男は危険な狩猟に出る一方、女性は安全な家の中で子育てに専念していた。弥生時代は「男女平等」の時代。女性も稲作に従事するようになった。そして古墳時代から現代にまで通じる「男尊女卑」の時代が始まったのだ。理由は勿論、垂仁が始めた「全国統一戦争」だ。武勇が価値となり、腕力に劣る女性は下等とされたのだ。
     更に話は古代エジプトに移った。ここからは皇太后が話をする。その内容は驚くべきものであった。何と古代エジプトは竜宮人が建設した「地球出張所」だというのだ。そういえば、古代エジプト王家の紋章はロータスだ。これも菊の御紋同様、竜宮王室から伝承されたものであるに違いない
    「紀元前948年。私たちはエジプトを放棄しました。地球に『正法時代』が到来したからです。それまで天変地夭・飢饉疫蠣といった自然災害を引き起こす祟り神=魔物の力を恐れ、その前にひれ伏すしかなかった地球人類にも仏教という正義の剣を持って立ち上がり『悪と闘うべき時』が来たのです。私たちが去った後のエジプトには巨大な建造物だけが残りました。地球人類はそこにクシャ王国を建国しました。そして私たちは倭国とのみ交流を続けることにしたのです。豊玉姫が倭国に嫁いだのもこの頃のことです。理由は勿論、倭国との友好を深めるためでした」
     皇太后の話に頷く女王と将軍。どうやら理解できているようだ。
     それは当然である。「蘇我城の闘い」の後、女王と将軍はふたりで「世界中を旅していた」のだから。だからふたりは万里の長城も、強固な城壁に囲まれたウィーンも、完成間もないピカピカのベルサイユ宮殿(1682年完成)も、ヴェネチア軍の砲撃によって破壊される直前のパルテノン神殿(1687年破壊)も「自分の目」で見て知っていた。無論、ナポレオン軍の砲撃によって破壊される前のスフィンクスの鼻も。
     料理が運ばれてきた。晩餐会の開始だ。
    「これは美味い」
     平放蕩将軍をはじめ、誰もが料理に満足する。今まで宇宙食しか食べてこなかったことを鑑み、差し引いたとしても、ここの料理は確かに絶品である。
     よく見ると、皿の上には魚料理が乗っている。魚と言えば竜宮の妖精のご先祖では?
    「ふふふ。そんなことを気にしたことはありませんわ」
     皇太后が答える。
    「それは、あなた方が牛や豚の肉を召し上がったときに『同じ哺乳動物を食べるなんてとんでもない』と思わないのと同じです。祖先は同じ魚でも魚と魚の妖精は全く異なる生物なのです」
     生き物を食べることは「殺生」である。仏教では殺生は禁じられているはず。
     それについても皇太后が明確に返答した。
    「戦争による殺戮は生命境涯が修羅界の者による振る舞い故に『悪』であり、生命境涯が高い者による食事は殺生であっても『善』なのです」
     要は殺生もそれを行う者の生命境涯によって善にも悪にもなるということだ。
    華道という芸術がある。花壇の花を踏み荒らして喜んでいるならば、それは修羅界の振る舞いであり、その罪はとてつもなく重いが、華道において花を切ることは芸術=縁覚界の振る舞いであるから罪は軽いのである。
    部屋に出現したゴキブリをあなたが殺したとする。あなたの生命境涯が低いならば、その罪によってあなたは地獄に堕ちるだろう。だが、あなたの生命境涯が高いならば、あなたは地獄に堕ちることはない。それどころか、あなたが殺したゴキブリは来世に人として生まれ変わることができるのだ。それが生命境涯の高い人間が有する「ポテンシャル」であり、だからこそ自分の生命境涯を高める日頃の振る舞い=仏道修行が極めて重要なのである。
     殺生は人として生きている限り避けては通れない。要は自身の生命境涯を高めることだ。それによって自分の犯した罪を消滅するのだ。そのための仏道修行である。小悪は大善によっていくらだって消せる。でなければ一眼の亀に乗り込む者たちは、とてもではないがエルライス軍と戦えないだろう。
     そしてもっと言ってしまえば一見、正論のように見える主義や主張、更には慈善行為も「生命境涯の低い者による企て」であるならば、それらはきっと「悪」なのだ。そうした主義や主張、慈善行為の裏には「自分の人気取り」「裏で利益をむさぼる」といった邪な本音が潜んでいるに違いないのである。
     これは、熊退治にまつわる「クレーマー」による愚行を考えると判りやすい。そんなに反対ならば、匿名電話による役所への誹謗中傷ではなく、自分の体の肉を熊の餌として差し出せばいいのだ。舎利弗が自分の眼を欲しがる者に自分の眼玉を刳り抜いて差し出したように。しかも舎利弗の場合は「この眼玉は匂いが臭い」といって投げ捨てられてしまったが、熊は喜んであなたの肉を召し上がるだろうから「自分は立派なことをした」という充実感は得られる筈である(笑)。だが、そんな勇気や覚悟など、もとよりありはすまい。生命境涯の低い人間の発想は「私利私欲」を土台とし、多くの人々の利益などは一切考慮しない。それゆえに自分の感情を表現するのに匿名電話やSNSへの匿名投稿という手段を用いてクレームや誹謗中傷を繰り返すといった卑劣で卑怯で卑屈な卑しい方法しか思いつかないのだ。生命境涯の低い雑魚がいくら正義の剣を振りかざしてみたところで、そんなものは社会を乱し、人々に迷惑を掛けるだけの「悪の剣」にしかならないのである。

     別の席では石之伸と澄が王子と一緒に会食をしていた。
    「スピルマ、凄いことになっていたな」
    「申し訳ありません」
    「責めているのではない。あれだけ壊れているということは、それだけの激しい戦闘をあいつと共にやってきたということなのだと納得したのだ」
     こんなことを王子が言うのには訳がある。ドリアンが乙姫専用機であるように、スピルマは王子専用機なのだ。
    「当初、私は一眼の亀と合流したら、自分も戦闘に参加するつもりだった。我が愛機に乗り込んで。だが、スピルマはあなたに任せるのが最適と判断した。あなたとスピルマは既に『一心同体』だ」
    「恐れ入ります」
    「そして澄さん。ドリアンを使いこなすとは、あなたは実に素晴らしい素質の持ち主だ」
    「ありがとうございます。でも凄く疲れて、機体から降りた後はすぐに寝てしまいます」
    「当然です。ドリアンの操縦には莫大な精神力を消耗します。くれぐれも体を労ってください」
    「一つ質問してよろしいでしょうか?ドリアン。なぜ、蝶の妖精なのですか?魚ではなく」
    「あれは姉さんがまだ幼い頃、舞台劇を演じた際に着ていた衣装をそのままモデルにしたのです。とても可愛かったものですから。ですが、それは『厭な思い出』ともセットでしてね」
    「厭な思い出?」
    「その舞台劇。遭難した竜宮の船を救助してくださった方々をおもてなしする場で上演したのですが、その方々というのが当時はヤダユ船団の将軍だった現エルライス総統・ヤネニフタなのです」
     何という「運命の悪戯」なのだろう。
    「私はその時、子供ながら『厭な予感』を感じました。姉さんを見るヤネニフタの視線に『熱い』ものを感じたからです。こいつはきっと『姉さんに害をなす奴』だと思ったのです。そしてその予想はあたりました」
    「王子。乙姫は必ず救い出します。あなたのスピルマで」
    「私も、お姉さんのドリアンで必ず」
    「頼みます。あなたがたを信頼しています」

     翌日。
     予定通り正本堂において諸精霊追善法要が営まれた。上皇の導師により唱題が恙なく行われた。
     南無妙法蓮華経の題目の声は三世一体の交流時間によって現在だけでなく過去にも轟く。それが南無妙法蓮華経の題目を唱えることで先祖回向が可能な理由であり、過去に犯した自分の罪を消滅できる理由でもある。
     その後、石之伸たちは会議室に集合した。今後の計画を練るためである。まずやらなければいけないのは「組織の再編」だ。艦長を誰にするか?その基準をこの場に同席したトラウツボ王子が語り始めた。
    「一眼の亀は姉さんのために開発された『サイコシップ』ですから、武器を使用するにはサイコ能力が必要です。ですから武器を使用する者が艦長席に座る必要があります」
     武器?一眼の亀には武器が装備されていたのか。
    「一眼の亀には三種類の武器があります。接近してくるコスモパペットを迎撃する『子亀ドローン』、中距離の戦艦を一撃で破壊する『ギガ主砲』。そして遠距離の敵艦隊を一撃で消滅させる『ハイギガ絶頂砲』です」
     これらを使うことができたなら、長七郎も大介も阿綺羅も死なせずに済んだ。後悔にも似た思いが皆の心に浮かんでくる。ともあれ、以上の説明からすると最適なのは澄だ。だが、澄をドリアンから降ろすなど考えられないことだ。
    「超能力なら、わらわにもあるぞ」
     馬知子女王が自ら名乗りを上げた。確かに、馬知子女王には澄と対等に戦うことのできるだけの超能力が備わる。
    「取り敢えず、確認しましょう」
     ということで、全員で修理中の一眼の亀のブリッジに向かう。
    「艦長席。気分いいわー」
     馬知子女王、はしゃぎ過ぎ。
     ここからは王子のいう通りに操作することが求められる。
    「ではまず、子亀ドローンを放出してください」
    「よっしゃあ。放出ーっ。ぶりぶりぶりーっ」
     ぶりぶりぶりーって、ウ○チじゃないぞ、女王。ともあれ、尻尾の先にある産卵管から20個の白い卵がポンポンポンと一気に放出された。
    「卵を割る」
    「卵を割る」
     卵が割れ、中から黒い子亀の姿をしたコスモドローンが出現した。
    「成功ですね」
    「よっしゃあ」
     卵の白い殻は本物の殻と同じくカルシウムでできている。卵を産むようにコスモドローンを放出する理由は、この方式であれば敵のコスモパペットの接近を許した緊急時に一度に素早く放出できるからだ。
    「では、帰艦させてください」
     子亀ドローンが帰艦する。そして次の発進の時までに再びカルシウムの殻に覆われるのだ。
    「次はギガ主砲。念じてください」
    「念じるぞー。それー」
     三葉虫のように三葉に分かれた背中の甲羅の左右がガルウイング状にガバッと開いた。中には左右に一つずつギガ主砲が装備されている。
    「収納してください」
    「発射したらいかんのか?」
     今、発射したらドックが吹っ飛ぶ。
    「つまんないなあ」
     渋々、左右の甲羅を閉じる女王。
     ここまでは順調。
     さて、いよいよメインとなる超兵器・ハイギガ絶頂砲である。
     ハイギガ絶頂砲の特徴はコスモパペット用の絶頂砲、軍艦用のメガ絶頂砲がエネルギー粒子を広範囲に拡散させ、多くの敵を一度に消滅させることを目的とする近距離兵器であるのに対し、エネルギー粒子を一点集中させる遠距離兵器であることで、発射から約35秒で一千万㎞先の敵艦隊を消滅させる威力を持っている。こうした兵器の「特性の違い」は近距離の敵には子亀ドローンで、中距離の敵にはギガ主砲で対処するという発想によるものだ。
    だが、果たして女王に使用できるだろうか?
    「ハイギガ絶頂砲の準備をしてください」
    「ハイギガ絶頂砲、発射準備」
     女王が想像絶頂を開始した。本来はこれで中央の甲羅がリトラクタブルするのだが、中央の甲羅はピクリともしない。
    「全く動かないぞ」
    「女王様。もっと激しく感じないといけないのでは?」
    「そ、そうか」
     皆の前で感じている仕草を見せる。
    「あん、あん、ああーん」
     男たちも見ている前で恥ずかしいのを我慢して必死に体をくねらせる女王。だが、結果は同じ。
    「一体全体どうなってんじゃあ」
     女王は艦長席を立ち上がった。
     ここで平放蕩将軍が「決定的なひと言」を漏らした。
    「これは女王様が『お年を召されている』からではありませんか?」
    「なんじゃとお!」
     女王は激昂した。
    「わらわはまだ若い。失礼なことを申すな将軍!」
    「申し訳ありません」
     だが、王子は将軍の意見に同意を示した。
    「絶頂砲は女性のオーガズムに反応する兵器。女王様、生理はおありですか?」
    「な、ない」
     女王はとっくの昔に閉経していた。
     どうする?
     王子曰く。
    「方法はあります」 
     かくして女王の「若返り作戦」が始まった。帝王の蟹の中にあるフィットネスクラブに通い、赤いレオタードを着て懸命にフィットネスに励む女王。
    「丈夫で、長持ち、丈夫で、長持ち」
     スタイリーを使って腹筋を鍛える。勿論、サプリメントや精力増強剤なども併用することはいうまでもない。バスト98㎝、ウエスト98㎝、ヒップ98㎝という現在のスタイルがセクシーなコークボトルへと大きく変化したとき、果たして女王にもハイギガ絶頂砲が使えるようになるだろうか?
     そして操舵手は平放蕩将軍と決まった。女王との相性を考えれば当然の結果と言えよう。
     その結果、ブリッジ要員は艦長が蘇我馬知子女王、操舵手が平放蕩将軍、通信士が海尊枝蕾、索敵が美蕾、戦力分析が怪蕾ということになった。
    「どうじゃ、このメンバーで新たに『冥堕』を名乗るっては?」
    「それは素晴らしいアイデアです、女王様」
     かくして一眼の亀はさながら「天翔る蘇我城」といった状況になるのだった。
    やれやれ。

     その一眼の亀だが結局、修理にはひと月ほど掛かるという。その間、一眼の亀には戦闘能力はない。防衛は二隻の空母が全てを担うことになる。
     そして、ほぼ1週間に1回の割合で戦闘があり、全て撃退に成功した。二隻の空母の防衛力は完璧であった。ダッチャンことダツ中将の采配は常に落ち着いており、ラーメンことアツモリウオ少将の振る舞いも実にクールだ。
     修理の間、帝王の蟹はゆっくりと天の川銀河の中心に向かって進んでいた。そんな帝王の蟹の周りにはいつの間にか50隻ほどの民間宇宙船が集まっていた。これらはエルライス軍の攻撃によって故郷の星を追われた人々が乗る難民船である。ノレンバ、シアリ、ヨンダル、ライン、そしてチナパレス。帝王の蟹からはそれらの船に食料を初めとする物資が供給されていた。
     その物資を運ぶシャトルのひとつに馬知子女王と平放蕩将軍が乗っていた。その理由は「難民の現状」をその目で見たかったからだ。さすがは女王。彼女には人の上に立つだけの器が備わっている。
     シャトルが到着。難民船の中に入る。中にいるのは老人と幼子を連れた若い女性ばかり。若い男性は見当たらない。皆、星に残り、戦っていることが容易に推察できる。
     老人が泣きながら語る。
    「目の前で息子夫婦を殺された」
     別の老人は。
    「娘を敵の兵に連れ去られた」
     幼子を連れた母親は。
    「夫は星に残って敵と戦っています。無事でいることを願っています」
     女王はこれらの人々の話に体をブルブルと震わせずにはいられなかった。
     難民船の視察を終えたふたりがシャトルに戻る。
    「女王様」
    「将軍。わらわは決意した。これらの者たちのためにも、この戦い『断じて勝つ』とな」
     
     一方、こちらは石之伸と澄。ふたりは偶然にもチナパレス星、現在のエルライス星から脱出した難民船にやってきていた。状況は女王と将軍が見たものと似たようなものである。
     若い女性が抱きかかえる幼子。よく見ると右足がない。
    「爆弾で吹き飛ばされたのです」
     別の若い女性が抱く幼子も右腕を失っていた。機銃掃射を浴びたとのこと。女性自身も顔に傷を負っていた。
     ふたりはその後も沢山の人と話をし、ある者に対しては慰めの言葉を掛け、ある者に対しては励ましの言葉を掛けた。その結果「エルライス星の実情」が判ってきた。
     現在、エルライス星では「人道都市」が建設中であるという。それは名前とは裏腹の「強制収容所」であり、そこに先住民族であるチナパレス人を全員収容、人としての「あらゆる権利」を奪い「家畜」として遇するという恐るべき反人道計画であった。
    「許せん」
     石之伸は拳を握りしめた。
    「チナパレスの人々を解放しなくては」
     澄も唇を噛み締めた。
     ふたりもまた「新たなる決意」を抱いてシャトルに乗り込むのだった。

     二匹の亀がドッキングしてからひと月が経った。
    「リフトダウン・ザ・オールアーム」
     一眼の亀を支える全てのアームが下降を開始した。一眼の亀が帝王の蟹の甲羅の外に姿を見せる。
    「オープン・ザ・ヘッドアーム」
     まず首を支えるアームが解除された。
    「オープン・ザ・ボディズアーム」
     続いて残り8本の足が開く。
    「一眼の亀、ゆっくり下降してください」 
    「了解。一眼の亀、下降する」
     一眼の亀が帝王の蟹のドックからゆっくりと下降する。
    「前方クリア。いつでもどうぞ」
    「行け。発進じゃ」
    「メインエンジン点火。一眼の亀、発進します」
     平放蕩将軍の叫びと共にメインエンジンが点火。一眼の亀は帝王の蟹の下から前に飛び出した。

     帝王の蟹。
    「一眼の亀、発進しました。加速良好」
    「うむ」
     ブリッジからその姿を眺めるトラウツボ王子。
    (姉さんを頼むぞ)
     この後、帝王の蟹は50隻の難民船を連れて竜宮へ帰艦する予定である。竜宮では破壊されたスペースコロニーの修復作業が進められており、いくつかは既に「使用が可能」という話であった。そこへ難民を移住させる計画だ。竜宮の人々は地球人、なかんずくニッポン人ほど無慈悲ではない。同じ星の種族は勿論、エイリアンに対しても迫害・差別・排斥など考えても見ないのだ。

     一方、一眼の亀のブリッジ内では「とんでもないこと」が起こっていた。
    「うわあ」
    「きゃあ」
     石之伸と澄が後方に大きく転がって転倒した。平放蕩将軍がアクセルを全開にした結果、急加速で発進しすぎたのだ。今までは後足のサブエンジンのみで飛行しており、その感覚でアクセルレバーを操作したところ、修理が完了した前足のメインエンジンが全開状態になったからだ。一眼の亀は旧型艦ではあるが、当時の乙姫王女のために一艦のみが製造された「お召艦」であり、量産型の戦艦や空母とは違う。今でもその性能は充分に第一線で通用する。
     この加速によるGには着座するクルーたちも閉口した。
    「将軍。何をしておる。速く減速せんか」
    「申し訳ありません」
     将軍がアクセルレバーを戻す。加速は穏やかになった。

     アジの開き。
     ダツ提督の心は揺れていた。できるならば一眼の亀と一緒にエルライス星まで同行したいと思っていたのだ。だが、それはできないことだ。自分には帝王の蟹を護衛するという大事な使命があると必死に言い聞かせていた。
    「提督。トラウツボ王子から通信が入っています」
    「メインモニターに映せ」
    「提督。帝王の蟹は今から竜宮へ向かって発進する」
    「判りました」
    「提督。上皇の命を伝える。心して聞け。お前たち二隻の空母は一眼の亀に同行せよ。以上だ」
    「な」
    「どうした?不満か」
    「ですが、私たちの任務は帝王の蟹を護衛することです。もしも帰艦途中に敵と遭遇することになれば」
    「その心配はない。ここから竜宮までの空間に敵はいない」
    「王子」
    「行け。行って一眼の亀を助けてやれ」
    「了解しました。直ちに一眼の亀を追います」
     上皇の命などない。これは王子の独断であった。王子はダツ提督の心の底を見抜いていたのだ。
     二隻の空母が一眼の亀を追う。それを見届けてから王子は命じた。
    「反転180度。竜宮へ戻る」
    「反転180度。目標、竜宮」
     帝王の蟹が反転。メインエンジンが点火された。
     50隻の難民船を連れて帝王の蟹が故郷を目指し、出発した。



  • 予告

  • 天の川大銀河の中心を越えた一眼の亀たちの前に出現したのは、
    巨大な浮遊隕石から成るエルライス軍の宇宙要塞。
    これだけ巨大だと並の兵器では歯が立たない。
    今こそハイギガ絶頂砲を発射するときだ。
    だが、馬知子女王にそれができるだろうか?
    次回・文殊の剱
    「将軍初体験」
    8月23日(土)19:30
    宇宙の旅は続く。



  • 11

  •  エルライス星。
    「どうしてもやるのですか?総裁」
    「ああ。どうしてもだ」
    「考え直してはいただけませんか?」
    「私の決意は堅い」
    「ですが、一つ間違えれば、死ぬことだってあり得ます」
    「私も元は軍人だ。心配ない。あらゆる拷問に耐える訓練も受けている」
    「判りました」
     ここはイセサレムにある軍の研究所。ヤネニフタ総統は自ら進んで「サイコ能力」を開発するための実験を行おうとしていた。
     ヤネニフタ総統が球体のケージの中に入る。
    「さあ、初めてくれ」
    「実験開始」
     ドクター・サラーがスイッチを入れた。
     ケージに電流が流れ、ケージの中が特殊な地場で包まれた。ヤネニフタ総統の全身が激しくスパークする。
    「ううーっ」
    「大丈夫ですか?」
    「大丈夫だ。このまま続けろ」
     必死に苦痛に耐えるヤネニフタ総統。しかしなぜ、こんなことをするのか?
     アシベ艦隊を始め、チンプー艦隊、更にはタカビー艦隊まで撃破された。総統は一眼の亀の実力に「恐怖」を抱いていた。もはや他人をあてにしている時ではない。自ら戦わねばならない。これはそのための試練なのだ。
     だが、サイコ能力を開発とは。まさかヤネニフタ総統はサイコパペットに乗るつもりか。ということは、エルライス軍は「サイコパペットの開発」に成功したということか?

     一眼の亀と二隻のヒラキ型空母の前に天の川大銀河の中心が迫っていた。その中心には勿論、巨大なブラックホールが鎮座する。このまま真っ直ぐ進むわけにはいかない。右と左、どちらを抜けるべきか?通常であれば2億年を掛けて時計回りに一回転している天の川大銀河の左側を通過するのが正しい。それが最もエネルギーロスが少ないからだ。だが、そのルートには当然、敵艦隊が待ち伏せているだろう。では、右側から通過するか?敵が再び軍事侵攻しているとすれば、当然、彼らにとってエネルギーロスの少ない右側をこちらに向かってきているだろう。こちらも敵と遭遇する可能性は有り得るのだ。
     結論から言うと、三隻は右も左も選択しなかった。ブラックホールの真上を通過することにしたのだ。いわゆる「中道」である。真上を通過するということは、富士山に麓から登り、再び下山するようなルートを辿ることになる。エネルギーロスは実のところ最も激しいルートである。だが、それでもこのルートを選択したのには訳があった。山頂に登れば麓を一望できるように、ブラックホールの真上を通過する際に天の川大銀河の全貌を見渡せるからだ。自分たちがこの先、進む世界を是非とも見ておきたかったのだ。
     推力に問題はない。一眼の亀はもとより、ヒラキ型空母も帝王の蟹に随行する船だ。ブラックホールの引力に引っ張られるようなことはない。只、問題はある。それはブラックホールが発生する地獄界の波動だ。天の川大銀河の円盤から外れた空間には遠心力がない。つまり、ブラックホールが発生する地獄界の波動をもろに浴びることになるのだ(三相性理論では重力と波動は相対性の関係にある。従って重力が強い場所では生命境涯は下がる。そして遠心力にはその働きを抑える効果がある)。それは生物を「無気力・無感動」へと誘う波動であり超時間、それを浴び続けるならば「旅なんかもう止めよう」と思うようになってしまうかも知れないのだ。それを克服するには持ち前の「信仰心の強さ」を発揮する以外にはない。
     三隻が同じ空間にワープ・アウトするためにワープ回路がシンクロされた。
    「重力制御装置三艦同期、異常なし。作動継続。船体質量、光子よりも軽くなります」
     三隻が寸分違わぬタイミングでワープに入った。

     自室。
     石之伸は先に交わしたトラウツボ王子との語らいを思い返していた。
    「そうですか。竜宮城のドックには一眼の亀しか残っていなかったのですか」
    「ええ」
     トラウツボ王子の顔が曇った。
    「竜宮王室が保有するお召艦は『一眼の亀』と『帝王の蟹』以外にもう一隻あります」
    「もう一隻?」
    「そうです。一眼の亀は姉さんがまだ王女であった頃に愛用していた船。そして帝王の蟹は武器を一切持たない外交艦」
    「すると、残る一隻というのは」
    「そうです。くれぐれもご注意ください。竜宮城のドックになかったということはエルライスが持ち去ったに違いありません」
     どうして一眼の亀だけが竜宮城のドックに残されていたのか。お召艦なのに、なぜ蓮紋がついていないのか。その謎がこれで解けた。女王に即位した乙姫にはそれに相応しい「新たなるお召艦」が用意されていたのだ。だから王女時代のお召艦である一眼の亀はもう「使用されることはない」ということで蓮紋を外され、封印されていたのだ。そのおかげで一眼の亀はエルライスによって奪われることなく、今こうして「乙姫救出の旅」に使用されているとは、何という運命の悪戯だろう。
     そして「女王のお召艦」は乙姫が閉じこもる無量宝珠と共に、今は敵の手中にある。その能力が一眼の亀を遙かに上回るものであることは容易に想像できる。
     敵がそれを繰り出してきたとき、闘いは文字通り「熾烈を極める」ものとなるだろう。
    「だが負けない。我々は必ず勝ってみせる」
     石之伸は決意を新たにするのだった。

    「ワープ・アウト」
     三隻は無事にブラックホールの真上を通過した。一気に視界が開ける。頭上は暗闇だ。
    「おおっ!」
     それに対し、下には何とも煌びやかで幻想的な「光の世界」が広がっていた。それこそ紛れもない、今まで見ることのできなかった天の川大銀河の反対側の姿に他ならなかった。それはある種、夜に大都市近郊の山に登ったときに感じる感動、或いは真っ暗な夜の高速道路を走行中、トンネルを抜けたら突然、明かりに満ちた街が出現した時に感じる感激に通じるものがあった。そして正面奥には青白く光り輝く、もうひとつの渦巻き銀河が見える。それが旅の目的地、エルライス星のある天の川小銀河に他ならない。
     暫くの間、その美しさにうっとりと眺めるクルーたち。だが、いつまでもそうしてはいられない。早いところもう一回ワープして、再び遠心力のある天の川大銀河の円盤内に戻らねばならない。
     その時、美蕾が叫んだ。
    「レーダーに反応。0時の方向に何か巨大な浮遊物があります。どうやら巨大な隕石のようです」
     こんな空間に隕石?怪しい。
    「監視カメラ、最大望遠」
     スクリーンにはアンボイナガイそっくりの形をした巨大な隕石が映っていた。だが、それはただの隕石ではなかった。
     石之伸が呟いた。
    「これは敵の宇宙要塞だ」
     そう。それはエルライス軍が巨大隕石を使って建設した中間補給基地であった。この隕石の外観をアンボイナガイたらしめている縦に真っ直ぐに走る深い溝には無数の発着ポートがあり、そこには多くの軍艦が係留されていた。エルライス星を出発した艦隊はここで補給を受け、天の川大銀河のブラックホールの反対側へと侵攻するのだ。
    「なんてことじゃ。よもや、こんなところに敵の補給基地があるとは夢にも思わなんだ」
    「どうしますか、女王様?一気に降下して円盤の中に逃げ込むことも可能ですが」
     敵がこちらに気が付いていない今なら、一気に降下。天の川大銀河の円盤内に雲隠れすることができる。だが、女王は気性が激しいご性質。そんなことはすまい。
    「決まっておる。戦うのじゃ。これを破壊しておけば、もう我らの後ろへは侵攻できないはずじゃ」
     やっぱり。たしかに「その通り」ではある。だが、それは果たして可能なのか?
     怪雷が敵の宇宙要塞を計測した。
    「縦30㎞、横24㎞」
     縦はスペースコロニー並み。横はその4倍もある。しかも相手は隕石である。スペースコロニーのように「空洞だらけ」ということはあるまい。
    「敵が動き出しました。迎撃ミサイル、多数接近」
     敵も気が付いたようだ。戦うと決めた以上、もはや一刻の猶予もない。
    「コスモパペット隊は全機、発進じゃあ」
     一眼の亀の左右の甲羅がガバッと開いた。

     宇宙要塞サントウセイ。
    「司令。未確認の宇宙船を発見しました。その数、三隻」
    「直ちに確認しろ。第一級戦闘態勢に移行」
     ヤサヌキ要塞司令が戦闘準備指令を出した。
    「敵の正体は判ったか?」
    「二隻は不明。ですが、残りの一隻は例の『海亀』のようです」
    「なら、残りの二隻も敵よ。発進できる軍艦から直ちに発進させなさい」
     突然の敵の出現。こちらも相当、慌てているようだ。
    「乗組員が全員、下船しており、しかもメインエンジンを停止しているため、すぐには発進できません」
    「ならば迎撃ミサイルを発射しなさい。『あれ』を混ぜて」
    「えっ?あれってまさか」
    「早くなさい」
    「ですが」
    「敵を撃沈するには、それが最も安上がりです」
    「了解。迎撃ミサイル発射します。あれを混ぜて」
     多数の迎撃ミサイルが一眼の亀とヒラキ型空母に向けて発射された。

    「ギガ主砲の威力を受けてみよ」
     一眼の亀に装備された二発のギガ主砲が唸る。見事に命中。誘爆によって平行飛行する全てのミサイルが爆発する。
    「なんじゃ?」
     そのうちの一発が、とてつもない威力で大爆発した。
    「あれは核ミサイルです。女王様」
     何と、敵の宇宙要塞は核ミサイルを通常弾頭のミサイルに混ぜて発射していたのだ。もしも命中していたら一眼の亀はひとたまりもない。
    「第二波、来ました」
    「発射」
     ギガ主砲が発射される。誘爆。そして大爆発。
    「1回でもギガ主砲を外したら終わりじゃ」
     流石の女王も緊張する。
     平放蕩将軍が叫ぶ。
    「コスモパペット隊はどうした。発進したのか?ミサイルを迎撃してくれ」
     中山が言い返す。
    「冗談だろう?核ミサイルをコスモパペットで迎撃などできるものか」
     ジャンダルのビームライフルの射程では核ミサイルの爆発に巻き込まれる危険が高い。スピルマは論外だ。スピルであれば遠距離からの狙撃が可能だが、スピル隊は現在、存在しない。女王が艦長に、将軍が操舵手に就任したからだ。
     だが。
    「石之伸スピルマXX、発進する」
     石之伸が発進した。えっ、スピルマXX?この名称は一体全体どういうことなのだ。よく見れば、スピルマの背中にスピルのビームキャノン砲が乗っかっている。そう。XXとはこの状態のスピルマの名称である。帝王の蟹でスピルマは改造されたのだ。飛行形態時にスピルのビームキャノン砲を装備できるようにスピルマの股間部分にビームキャノン砲を固定する旋回式のパイロンが装備されたのだ。ビームキャノン砲を装備するときには股間を防備するガーダーが後方に下がる。勿論、ステルス性能はなくなってしまうが、攻撃力は格段にアップした。そしてパイロットを失ったスピルは結局、修理されることはなく、共通部分の多いスピルマの部品取りのパーツとなったのである。
     再びミサイルが横一列になって飛んできた。
    「やってみるか」
     スピルマがビームキャノン砲を真横に旋回させた。ミサイルが真横に来た。
    「発射」
     ビームキャノン砲がミサイルを真横から串刺しにした。やはり核ミサイルが含まれていたようで、大爆発が発生したが、その時には既にスピルマは高速飛行性能を生かし、ミサイルの横を通過。遙か彼方まで離れていた。しかし、それにしても高速飛行するミサイルを同様に向かい合わせに高速飛行するスピルマで串刺しとは。石之伸の射撃の腕は相当のものだ。だが、それは驚くには当たらない。「剣の腕」にばかり注目が集まり、もう忘れているかも知れないが、石之伸は碁石を手裏剣のように操る「飛び道具の達人」でもあるのだ。
    「このまま突っ込む」
     スピルマXXはそのまま宇宙要塞に向かって飛行するのだった。

    「澄ドリアン、発進します」
     スピルマXXに続いてドリアンがカタパルトデッキから飛び出す。
    「タンバリン」
     タンバリンを起動。コスモドローンならば核ミサイルに巻き込まれても問題ない。
    「中山。みんなも発進するのよ」
    「で、ですが」
    「みんなは宇宙要塞のミサイルローンチャーを破壊するのよ」
     ジャンダルの能力では飛行するミサイルの迎撃は無理だが、敵の要塞に接近してミサイルローンチャーを破壊することはできる。
    「判りました。聞いた通りだ。みんな出撃するぞ」
     四機のジャンダル隊も発進した。
     その直後、一眼の亀の真横にアジの開き空母が並んだ。
    「空母から通信です」
     海女尊枝蕾が女王に通信を繋ぐ。
    「ミサイルは我々のギガ主砲で撃墜します。その間に、そちらはハイギガ絶頂砲の発射準備をしてください」
    「なんじゃと?」
    「あれだけ大きな要塞です。ギガ主砲では破壊できないし、コスモパペット隊が全てのミサイルローンチャーを破壊するには時間が掛かります。この場を乗り切るにはハイギガ絶頂砲を使用する以外にはありません」
    「わ、わかった」
     女王がハイギガ絶頂砲の発射準備を開始する。
    「想像するんじゃ。わらわが絶頂するところを。想像するのじゃ」
     必死に想像する女王。だが、ハイギガ絶頂砲はピクリとも動かない。
    「だ、だめじゃ。わらわには無理じゃ」
     第三波が来た。ドリアンとアジの開き空母のコラボレーションでどうにか迎撃に成功した。だが、次も成功するという保証はない。

     一眼の亀のジャンダル隊とヒラキ型空母のアングラー隊が合流。要塞に向けて飛行する。
    「あと三秒で攻撃可能エリアに入る。みんな気張れよ」
     既にスピルマXXが攻撃を開始していた。既にいくつかのミサイルローンチャーと対空砲を破壊しているようだ。
    「よし。全機、攻撃開始」
     コスモパペット隊が宇宙要塞サントウセイに攻撃を開始した。だが、その何十倍もの反撃がコスモパペット隊を襲う。さすがは宇宙要塞。対空砲の数は戦艦の比ではない。
    「だめだ。近づけない」
     コスモパペットによる要塞への突入攻撃には軍艦による援護射撃が欠かせない。だが、それは今、期待することはできない。
     要塞の中から敵のコスモパペット隊が上がってきた。圧倒的な物量にものを言わせて襲いかかってくる。パイロットの練度はこちらが上でも、これではかなわない。このような場合、本来は「引け」なのだが、引いたら敵のコスモパペット隊が一眼の亀に襲いかかってしまう。圧倒的に不利な状況下ではあるが、女王がハイギガ絶頂砲を発射するまで、今は闘うしかない。

     一眼の亀。 
    「そ、そうじゃ」 
     女王が何か閃いたようだ。
    「将軍」
     女王は将軍を呼んだ。
    「何です、女王様」
    「わらわを抱け」
    「は?」
    「わらわと『まぐわう』のじゃ」
     平放蕩将軍は我が耳を疑った。
    「今、なんとおっしゃられましたか」
    「だから、わらわとまぐわえと言ったのじゃ。早くせい」
    「お、お待ちください、女王様。こんな時に、しかもこのような場所で」
    「時間がないのじゃ。お主は死にたいのか」
    「で、ですが」
    「構わぬ。わらわの体をおもいっきり陵辱するのじゃ」
    「わ、判りました」
     将軍が下の鎧を脱ぐ。将軍は下半身を露出した状態で艦長席の前にやってきた。
    「では、参ります」
    「はよせい」
    「皆は余所を向け」
     海女尊枝蕾、美蕾、怪蕾が「見て見ぬ振り」を装う。
    「では、始めますぞ」
     将軍と女王が互いの生殖器で結合する。将軍が腰を突き動かし始めた。

     ズンズンズンズン
     ギシギシギシギシ

     ブリッジで行われるメイク・ラブ。
     実のところ、これは将軍にとって「初体験」であった。真面目に糞がつくほどの真面目さを誇る平放蕩将軍は女王に仕えて以来、一度として女性に心を奪われたことがなかったのだ。

     はあ、はあ、はあ
     ああ、ああ、ああ

     将軍の激しい責めに女王が感じ始めた。それに合わせて一眼の亀の甲羅の中央がガバッとリトラクタブルした。

     ああっ、ああっ、ああっ

     更に砲身が延びる。

     ああっ、ああっ、ああああああーっ!

     女王がイッた。その瞬間。ハイギガ絶頂砲が唸りを上げた。恐るべきエネルギー粒子の塊が宇宙要塞サントウセイに向かって突き進む。

    「む」
     あの闘い以降、富みに勘の鋭くなった石之伸がハイギガ絶頂砲の接近を感じ取った。
    「全機、待避。急げ。巻き込まれるぞ」
     スピルマXXをはじめ、ジャンダル、アングラー全機が要塞から離脱する。その直後、ハイギガ絶頂砲が宇宙要塞サントウセイの中央に突き刺さった。巻き込まれた敵のコスモパペットは瞬時に消滅。それだけでない。対空砲も、ミサイルローンチャーも、停泊中の戦艦も。否、宇宙要塞を構成する岩石までもが焼かれていく。
    「これが『ハイギガ絶頂砲の威力』なのか」
     ハイギガ絶頂砲の光が消えた。一瞬、宇宙が何も見えない暗闇と化し、再び見えるようになったとき、改めてハイギガ絶頂砲の恐ろしさを感じないではいられなかった。宇宙要塞の中央部分が巨大なクレーターのように大きく抉れていた。そして四方に向かって無数の罅が走る。やがて、その罅が大きく拡大し始め、宇宙要塞はバラバラに分解し始めた。

     宇宙要塞サントウセイ作戦司令室。
    「な、何があったの」
    「敵の新兵器による攻撃です。我が軍のコロニー・マグナム級の破壊エネルギーがサントウセイを直撃しました」
    「そんなバカな。敵はたった三隻の軍艦だろうが」
    「しかし、事実であります」
    「被害状況は?」
    「判りません。内線は全てズタズタです」
    「なんということだ」
    「司令、退去命令を」
    「この宇宙要塞を『捨てろ』というのか?」
    「今のままでは、どうすることも」
    「わかった。脱出する」
     この判断は懸命だった。要塞はまさにバラバラに分解し始めていたのだ。
     ヤサヌキ司令は作戦司令部の者たちと共に無傷の戦艦に乗り込んだ。
    「発進」
     戦艦ポピュリズムが発進する。
     だが。
    「敵のコスモパペット隊が正面にいます」
     ハイギガ絶頂砲による攻撃が終わり、再び竜宮艦隊のコスモパペット隊が集結していたのだ。
    「奥に敵の軍艦が」
     一眼の亀とヒラキ型空母も迫る。その三隻を護衛するドリアンも。
    「主砲発射準備、急げ。生き残っている味方のコスモパペット隊には本艦を護衛させよ」
     しかし。
    「味方のコスモパペット隊はおりません」
     既に全滅していたのだ。
    「通信が入っています」
     通信はアジの開き空母からであった。
    「闘いは終わった。おとなしく降伏しろ」
     竜宮艦隊は敵に対し「投降」を勧めたのだった。その理由は無論「敵の詳しい戦力を知りたいから」ではあったが「人道的な配慮」も考えてのものであること言うまでもない。
     だが。
    「もはやこれまで。戦艦ポピュリズムを海亀にぶつけてやるのだ」
     ヤサヌキ司令は部下たちに「特攻」を命じた。
     副官が立ち上がった。
    「もうおやめください。我々は負けたのです。降伏しましょう。相手は仏教を奉じる竜宮軍。よもや降伏した相手を虐待などしないでしょう」
     
     バキューン

    「あ」
     倒れる副官。撃ったのは勿論、ヤサヌキ司令だ。
    「愚か者め」
     愚か者が良識ある判断をした副官を、そう罵った。
    「突撃せよ。拒めば、お前たちもこうなる」

    「この動き。特攻を仕掛ける気だ」
    「止むを得ん。撃ち落とせ。何としても撃沈するのだ」 
     戦艦ポピュリズムに向けて激しい攻撃が行われる。だが、特攻を覚悟した戦艦には怨念でも乗り移っているのか?なかなか撃沈できない。

     一眼の亀。
    「女王様」
    「産卵!」
     一眼の亀の尻尾の先の産卵管から卵が放出された。卵の殻が割れ、中から子亀ドローンが出現した。
     子亀ドローンが一斉に飛び立つ。戦艦ポピュリズムにオールレンジ攻撃を仕掛ける。だが、子亀ドローンはもともとコスモパペット撃墜用の兵器であり、その威力は弱い。果たして間に合うのか?
    「ダメです、間に合いません。激突します」
     舵を切り、回避運動を取る平放蕩将軍が叫ぶ。
    「将軍、落ち着くのじゃ」
     女王はこの危機の場面で妙に落ち着いていた。
    「うわああああああ」
     将軍の絶叫。将軍は頭を下に向け、目蓋を閉じた。
     その時。
    「戦艦が消えた」
     皆が見ている前で戦艦ポピュリズムが消えた。
     ドリアンである。ドリアンが絶頂砲を発射したのだ。女王の落ち着きは「澄が救ってくれる」ことを予感していたためだ。サイコシップ・一眼の亀を操縦できる女王にも「数秒先の未来」を予知する能力があるのだ。

     一眼の亀・ブリッジ。
     闘いが終われば、そのあとは「反省会」と決まっている。今回の闘いで最も話題になったのは言わずもがな平放蕩将軍であった。
    「そなたは下手じゃ」
     将軍は何が「下手」なのかはいうまでもない。女王ににべもなく言われてしまった。男にとって、これほどの屈辱はない。
     更に。
    「そなたが、これほど『臆病』だとも思わなかったぞ。戦艦の特攻くらいでビビりおって」
    「申し訳ありません、女王様」
     いつもは凜々しい平放蕩将軍もこの時ばかりは、さすがに凹む。 
     だが、女王はやはり将軍には「優しい」のだった。
    「わらわがそなたに度胸をつけさせてやる。今からわらわの部屋に一緒に参るのじゃ」
     女王の部屋?これって。
    「石之伸様。あなたも今から私の部屋に来ません?」
     澄が石之伸を流し目で誘う。それに対し石之伸は首を横に振った。
    「まあ!」



  • 予告

  • ヤネニフタ総統は竜宮城から奪った最新鋭の空母を雄一郎に与えた。
    遂に雄一郎が一眼の亀撃沈に向け出撃する。
    だが、その前に雄一郎には倒すべき相手があった。
    そう。一眼の亀に随行する二隻のヒラキ型空母だ。
    次回・文殊の剱
    「激突、雄一郎VSヒラキ型空母」
    9月6日(土)19:30
    宇宙の旅は続く。



  • 12

  •  エルライス軍が核ミサイルの使用を辞さないことが明らかとなった結果、竜宮艦隊は「艦隊の隊形」を変更せざるを得なくなった。今までは一眼の亀の左右に展開していた二隻のヒラキ型空母が先行し、その後ろを一眼の亀がついていくのだ。「一眼の亀を核ミサイルから護る」ことが最優先された結果だが、言うまでもなくこの隊形は二隻のヒラキ型空母を「囮にする」ことを意味した。無論、馬知子女王をはじめ一眼の亀のクルーは全員反対したのだが、何としても一眼の亀をエルライス星に送り届けるという使命感に燃えるダツ中将とアツモリウオ少将の意思を変えることはできなかった。

     一眼の亀。
    「アーガマとスジャータはこちらのレーダー圏外です」
    「ダツ提督に通信を入れよ」
     アーガマ、スジャータ。前者がアジ型戦闘空母の、後者が軽空母の名前である。いずれも仏教に関連することはいうまでもない。前者は仏陀の言葉を最初に纏めた経典『阿含』から、後者は仏陀に乳粥を食べさせた少女の名前から採られた。
    「アーガマ、アーガマ応答せよ。こちら一眼の亀」
    「こちらアーガマ」
    「こちらのレーダーにそちらの姿が映っていません。もっと下がるようにとの女王様からの命令です」
     少し間を置いて。
    「『その必要はない』とのことです。我々はこのまま先行します」
    「全く、困ったものじゃ」 
    「いかが致しましょう」
    「兎に角、連絡を密にするのじゃぞ」
    「それは大丈夫です。二時間おきに通信を入れるようにしています」
     
     イセサレム宮殿。
    「雄一郎、参りました。ブイブイー」
     ヤネニフタ総統が雄一郎を宮殿に招いた。その時、雄一郎は凡そ雄一郎には似つかわしくない七名の美姫を連れていた。
    「その女が、例の女たちか?」
    「そうです。私の足となる通称『DP戦隊』です」
     左から順番にDP-7F、DP-15F、DP-23F、DP―37F、DP-45F、DP-47F、DP-51F。
     この娘たち、いずれ劣らぬ美女揃い。それもその筈。この7名全員、エルライス軍によって征服された星の由緒ある家柄の姫君たちなのだ。
     ところで、DPとはいかなる意味なのだろう?結論から言うと研究者たちが便宜上、命名した記号に過ぎない。だが、軍の間では「Doctor‘s Pet(博士の愛玩動物)」或いは「Demon’s Prisoner(悪魔の虜)」の頭文字と専らの噂だ。Fは勿論「ファイター」だろう。そして数字が飛んでいるのは実験に失敗した姫君が大勢いるからに違いない。
    「聞くところによるとDP戦隊は、お前の『情婦』らしいな」
    「ご冗談を。ですが、私の言うことには何でも従います」
    「それは面白い。ここでひとつ見せて貰おうか」
     雄一郎がひとりに命令をした。
    「45Fよ。総統の靴をお前の舌で舐めて綺麗にしてあげなさい」
     するとDP-45Fは迷うことなく、ヤネニフタ総統の靴を自分の舌でペロペロと舐めだした。
    「完璧だな」
    「ここにいる娘たちは完璧に仕上げてあります」
    「というと?」
    「肝心のDP-65Fの洗脳がはかどりません」
    「お前が最後に連れてきた『地球の姫』か」
    「はい」
     阿綺羅もまた大名・柳生一族の娘であり、由緒ある家柄の姫君だ。
    「まだ知らなかったようだな。私のところに研究所から連絡が入った。洗脳は無事に完了したそうだぞ」
    「本当ですか?」
    「ああ。今はPAPホテルのスイートルームにいるそうだ」
     PAPホテルはエルライス軍御用達のホテルである。
    「では、直ちに」
    「ああ、向かってやれ」
     雄一郎は嬉々として謁見の間を飛び出していった。

     PAPホテル。
     801号室。ここは総統が言う通り、有名人やVIPが利用する最高級のスイートルームである。
    「65F!」
     雄一郎が部屋に飛び込んだ。阿綺羅ことDP-65Fが丁度、シャワールームから全裸で出て来た。
    「ご主人さま」
     DP-65Fは雄一郎に向かってそう言うと、その場で跪いた。確かに洗脳は上手くいったようだ。
    「65Fよ」
    「はい」
    「お前は大介という男を知っているか?」
     雄一郎はなんと意地悪なこと言うのか。
    「誰ですか?それは」
     だが、DP-65Fに生まれ変わった阿綺羅は大介のことを全く覚えてはいなかった。
    「いや、いい。65F。今から私とメイク・ラブをするのだ」
    「昼間からお盛んですねえ、ご主人さまは」
     そう言って阿綺羅は自ら雄一郎に抱きつくと唇にキスをした。雄一郎は阿綺羅を抱きかかえるとダブルベッドへと歩み出した。
     昼間の情事。ふたりは互いの生殖器で相手の生殖器を刺激し合い、互いの肉体で相手の肉体を貪りまくる。
     内線電話が鳴った。
    「五月蠅いなあ。今、いいところなのに」
     最初は無視していたが、あまりにしつこいので、仕方なく雄一郎は受話器を取った。
    「もしもし」
    「私だ」
    「これは総統閣下!」
    「情事中に済まないな」
     なんで判ったんだ?雄一郎は内心ドキリとした。そりゃあ判るに決まっている。すぐに出ない。しかも最初の声の、あからさまにムカついているような話し方を聞けば、誰でも凡その想像がつくというものだ。
    「お前たちの素晴らしい門出のために私からプレゼントを用意させて貰った。イトマキⅧ(いとまきえいと)だ。勿論、コスモパペットも九機すべて準備した。以前から聞いていたお前たちの能力に合わせて改造も済ませてある」
     イトマキⅧ。竜宮城で開発された最新鋭のステルス空母である。ステルス空母の名の通り、部分的には一眼の亀を越える能力を持つ。
    「お前は元々、竜宮城の人間だ。我が軍の戦艦よりもこの方が扱いやすかろう」
    「ご配慮、恐れ入ります」
    「期待しているぞ。期待しているからこそ、体がバラバラになったそなたを地球から連れてきて再生したのだ」
    「このご恩、生涯忘れません」
     こんなことを言っているが、他人の厚意に恩を感じるような雄一郎ではあるまい。とはいえ、この時点で雄一郎が総統を裏切る気持ちなどは一切ない。

     翌日。
     雄一郎と八名の美女たちは軍のドックへ向かった。
    「これか」
     そこには明らかに竜宮のものとわかる海洋生物型の空母が置かれていた。その姿はその名の通りマンタにそっくりである。
     全員で乗り込む。まずは格納庫へ向かう。搭載されているコスモパペットの確認だ。そこには九機のスピルマクⅡがあった。その名の通り、アカエイ型コスモパペット・スピルの改良型である。ジェネレーター出力が20%アップしているのだ。そして外観上の特徴は何といっても塗装だ。スピルは単色だが、こちらは豹柄。これはモデルがアカエイからヒョウモンオトメエイに変わったからである。そのうちの七機は同じ黄土色だが、残りの二機は一機がピンクでもう一機がブルー。ピンクはスピル・クレスタ。ブルーはスピル・チェイサーである。この二機はそれぞれ阿綺羅と雄一郎の専用機としてマークⅡを改良したもので、勿論、違いは塗装だけではない。
     副官がブリッジから雄一郎のもとにやってきた。この副官はエルライス軍の中佐で、副官であるから艦長を務める雄一郎の命令に従う身分ではあるが、その任務はあくまでも「雄一郎の監視」だ。
    「艦長、いつでも発進できます」
    「そうか。わかった。ならばすぐに発進しよう」
     かくしてイトマキⅧが「一眼の亀撃墜」の任務完遂に向け、エルライス星を出発したのだった。
     
     一眼の亀の左右に展開するアーガマとスジャータ。
     そして中央の一眼の亀はダミー。本物は1ミリ光年後方にいる。
    「一眼の亀から通信」
    「『異常なし』と返信しろ」
    「了解」
     何事も起きなければ、次の通信は2時間後だ。

     イトマキⅧ。
    「一眼の亀と二隻の艦船を確認」
     一眼の亀を見つけた。だが、二隻の艦船だと?
    「判明しました。右は戦闘空母アーガマ、左は軽空母スジャータです」
     雄一郎が呟いた。
    「竜宮王室の護衛空母だ。チチチー。性懲りも無く生き残っていたのか」
    「向こうはこちらには全く気が付いていません」
    「当然だ。こちらは最新鋭のステルス空母なのだからな」
    「作戦はどうします?このまま続行しますか」
    「当たり前だ」
    「イトマキⅧはどうします。接近させますか?」
    「いや。ここで待て。わざわざ、こちらの船を敵に見せる危険を冒す必要などない。そのために女どもを洗脳したのだ。とはいえ、万が一にも戦闘が不利になったときには『メガ絶頂砲』を使用するつもりだ」
     そう。イトマキⅧにはメガ絶頂砲が装備されていた。
     メガ絶頂砲は基本的にはドリアンの絶頂砲を左右二門ずつ、合計四門装備したものだ。だが、イトマキⅧのメガ絶頂砲には独自の特徴があった。それは発射口の前に複数のレンズが装備されていることだ。それによって接近戦用の広角から遠距離攻撃用の望遠まで発射範囲を自在に変えられる汎用性を備えているのだ。そのレンズは勿論、工作機械などではない、熟練の職人の手で磨かれた精密なものだがレンズである以上、耐久性には限界がある。一眼の亀のような強力無比のハイギガ絶頂砲でないのはそのためである。ハイギガ絶頂砲ではレンズがもたないのだ。
    「だからメガ絶頂砲の発射準備だけはしておけ。どうせすぐには発射できまい」
    「了解しました」
    「よし、行け」
     八名の乙女たちがブリッジから格納庫へと向かった。
     イトマキエイの口に相当する部分が上下に開く。
    「DP戦隊、発進せよ」
     ブリッジから命令が下る。
    「DP-7F、発進します」
    「DP-15F、発進します」
     黄土色の豹柄塗装が施されたスピルマクⅡがカタパルトデッキから次々と発進する。
     そして。
    「DP-65F、発進します」
     DP戦隊の掉尾である阿綺羅こと65Fがピンク色の豹柄塗装が施されたスピル・クレスタで出撃した。
     雄一郎がブリッジから指示を送る。
    「65F。両脇の空母は無視して真ん中の一眼の亀だけを狙え」
    「はい」
    「お前は敵に捕捉されない遠距離から脳波で七機を操るのだ」
    「はい。ご主人様♡」
     スピル・クレスタが飛行形態から人型に変形。その場で停止した。
     スピルマクⅡの尻尾はビームキャノン砲だが、特別な改造が施されたスピル・クレスタのそれは鞭のように細く、撓る。これは七機に脳波を送るためのアンテナ。スピル・クレスタはスピルマクⅡを操る「マザー」なのだ。
     早速、65Fが残りの七機に自分の脳波を送り込む。七機は単独で行動するコスモパペットではあるが、この時は65Fの操るサイコドローンと化した。七機のスピルマクⅡのコントロールが阿綺羅の支配下に入ったのだ。
    「一眼の亀に攻撃せよ」
     七機が一斉に人型に変形。ビームキャノン砲を一眼の亀に向けて発射した。だが、この一眼の亀はダミー。ビームキャノン砲を浴びた途端、破裂した。
    「何?これは」
     驚く阿綺羅。
    「しまった。これはダミーだ」
     その状況を観察していた雄一郎は瞬時に状況を把握した。
    「この俺を騙すとは。やってくれるじゃないか」
     雄一郎が怒りに燃える。
    「ピピピー。この借りは100倍にして返すぜ。作戦変更、私も出る。お前たちは一旦、艦船から離れろ。敵のコスモパペットの攻撃だけをしのげ。私が行くまでなんとか持ちこたえろ」
     雄一郎がブリッジから飛び出した。
    「ブイー、発進」
     雄一郎専用機である青い豹柄模様に塗装されたスピル・チェイサーが発進した。

     アーガマ。
    「監視カメラに敵のコスモパペットと思われる機体を確認」
    「レーダーに反応はないのか?」
    「ありません」
    「ということはステルスパペットか。機首を確認しろ。F22か?F35か?」
    「機首判明。スピルです。それもどうやらマークⅡのようです」
    「敵は我々から盗んだ兵器を使っているのか」
     ダツ提督は顔をしかめた。
    「この闘い、厳しいものになりそうだ」
    「スピル、一眼の亀に向かっています」
    「ダミーに向かうか。その間にこちらは戦闘準備を整えさせて貰おう。ギガ主砲、エネルギー充填。安康隊、発進。スジャータにも連絡だ」

     スジャータ。 
    「ダツ提督から入電」
    「そちらはどうだ?」
    「安康隊は全機、発進しています」
    「流石だな。だが、気をつけろ。相手はスピルマクⅡだ」
    「了解」

     ダミー風船を攻撃したスピルマクⅡに安康隊が攻撃を仕掛ける。
    「DP戦隊、一旦下がれ」
     65Fが七機に脳波を送る。スピルマクⅡは後方に引く。
     安康隊隊長が叫ぶ。
    「このまま押し込むぞ」
     アングラーとスピルマクⅡでは後者の方が性能的には優れているが「士気の差」がその差を埋めていた。

     アーガマ。
    「安康隊、敵のコスモパペット隊と交戦中。優勢のようです」
    「良し」
    「新たに一機、コスモパペットが戦闘空域に接近しています」
     いうまでもなく、それは雄一郎の乗るスピル・チェイサーだった。

     スピル・チェイサー。
    「よく我慢した。お前たちはアーガマだけを攻撃しろ。その間に安康隊とスジャータは私ひとりでやる」
     DP戦隊が戦線を離脱。アーガマに向かう。
    「アングラーか。王室警護隊専用機とはいっても所詮は普通のコスモパペット。私の敵ではない」
     スピル・チェイサーのお尻に数珠繋ぎに繋がる八機のコスモドローン・フィグがブランチした。
    「さっさと消えろ」
     フィグによるオールレンジ攻撃によって戦況は一転した。それまで優勢だった安康隊はたちどころのうちに劣勢に追い込まれた。次々と撃墜されていくアングラー。
    「何者なんだ、こいつは?」
    「チチチー♪」
     恐るべし、雄一郎。「青い悪魔」と呼ばれるだけのことはある。
     そして結局、安康隊はたった一機のスピル・チェイサーによって全滅に追い込まれたのだった。

     スジャータ。
    「安康隊、全滅」
    「なんということ」
    「敵のコスモパペット、来ます」
     索敵の言葉通り、雄一郎がスジャータに迫る。
    「対空砲で迎撃せよ」
    「やっています。ですが当たりません」
     スジャータに対してもフィグによるオールレンジ攻撃が開始された。そのフィグの動きはまるでエイトビートサウンドを聴きながら踊っているかのようにリズミカルだ。そんな調子なものだからアツモリウオ少将の耳にもエイトビートサウンドが聞こえるような気がした。
    「カタパルトデッキ被弾、格納庫被弾、居住区被弾、メインエンジン被弾」
     スジャータが穴だらけになり、その穴から炎が。その光景をアーガマから見ていたダツ提督が叫んだ。
    「スジャータを攻撃しているコスモドローンを撃ち落とせ」
     アーガマがギガ主砲をスジャータの方角に向けた。
    「発射」
     ギガ主砲が発射される。だが、コスモドローンのような小さい移動物体をギガ主砲で撃墜することは難しい。
     スジャータの中では敗北を悟ったアツモリウオ少将が溜め息交じりの声で「最後となる言葉」を発した。
    「はちびーと」
     その直後、スジャータが大爆発した。

     一眼の亀。
     ブリッジでは先程から澄が「不快な気分」を感じていた。
    「どうした?澄」
    「この厭な感覚。まさかダツ提督たちに何か良くないことが」
     やがて厭な感覚は石之伸、更には女王にも感じられるものとなった。もはや疑いの余地はない。アーガマとスジャータが敵の攻撃を受けているのだ。
    「しかし、なぜこちらに救援を求めてこないのでしょう?」
    「決まっておろう。我らを護るためじゃ!」
     女王が叫んだ。
    「あの者たちは誇り高き戦士。救援など求めるはずもあるまいが。こちらから救援に向かう。直ちにワープ準備じゃ」
    「了解。重力制御装置作動。見かけの船体質量を光子以下にまで軽くします」
     一眼の亀がワープ航法に入った。
    「レーダーに捕捉。コスモパペット多数。ヒラキ型空母は一隻しか確認できません」
    「まさか」
    「撃沈されたのか?」
    「とにかく急ぐのじゃ」

    「おのれえ!」
     アツモリウオ少将の戦死に、日頃は冷静沈着なダツ中将が激昂した。だが、そんな激昂も戦場では全く意味を成さない。アーガマもまたDP戦隊の猛攻によって深手を負っていた。
    「敵のコスモパペットを運んできた敵艦は?」
     この戦況を逆転するには敵の母艦を撃沈する以外にはない。
    「見当たりません」
    「探せ、探せ、探すんだ」
    「駄目です。どこにもいません」
     この時、ダツ提督は気が付いた。
    「そうか。エルライスめ。イトマキⅧを使ったのか」
     最新鋭のステルス空母にコスモパペット。そしてサイコ能力を育成されたパイロットの組み合わせは絶大な威力を発揮した。竜宮軍最強を謳われる皇室警備隊をまるで「赤子の手を捻る」ようにこうもあっさりと片付けてしまうとは。
     先程のスジャータ同様、アーガマも穴だらけになった。

    「ワープ・アウト」
     一眼の亀が到着した。
    「ダツ提督!」
    「ご覧の通りだ。ダメだったよ。エルライス星まで同行できなくて、済まない」
    「我らこそ、間に合わなくて済まぬ」
    「みんなの健闘を祈る」
     一眼の亀の目の前でアーガマが宇宙に散った。



  • 予告

  • ダツ提督とアツモリウオ提督が宇宙に散った。
    「今から弔い合戦じゃ」
    馬知子女王の怒りの声と共に雄一郎との戦闘が始まった。
    だが、それはかつての仲間との戦闘を意味するものだった。
    「何だ、この『懐かしい感覚』は?」
    石之伸は敵のコスモパペットに阿綺羅の波動を感じた。
    次回・文殊の剱
    「再会」
    9月20日(土)19:30
    宇宙の旅は続く。



  • 13

  • 「コスモパペット隊、全機発進せよ。今から弔い合戦じゃ」
     そんなこと言うまでもないと、女王が言葉を言い終わる前にスピルマXXがカタパルトデッキから発進した。
    「この不愉快な感触は・・・間違いない。雄一郎だ」
     石之伸は今度の敵が雄一郎であることを確信していた。でなければ、ダツ提督がこうもあっさりと負ける筈がない。
    「ドリアン澄、出ます」
     澄も同様である。いつもとは順番を変えて、ドリアンが二番目に発進する。
     スピルマXXが迷うことなくスピル・チェイサーめがけて飛翔する。それに対し、雄一郎が次のように呟いた。
    「お前には素敵な相手を用意してある」
    「なんだと」
    「DP戦隊。こいつを料理してやれ」
     DP戦隊が行く手を阻む。石之伸はDP戦隊との戦闘に入らざるを得なかった。
    「なんだ、こいつらは?」
    「私の『親衛隊』だよ」
    「親衛隊?」
    「そんなに驚くなよ。僕は美男子だから親衛隊くらい、そりゃあいるさ。ブイブイー」
    「美男子ねえ」
    「では、さらば」
     石之伸をDP戦隊に任せ、雄一郎は単機で一眼の亀を狙う。
     そこへ。
    「待ちなさい」
     今度はドリアンが雄一郎に迫る。
    「これは『ドリアン』。パイロットは誰だ?一体、誰が操縦しているんだ」
     雄一郎もドリアンが乙姫専用機であり、サイコパペットであることを知っていた。だからドリアンを見た時、驚かないではいられなかったのだ。
    「この感触。パイロットは・・・まさか」
    「雄一郎。あなた生きていたのね」
    「澄か。お前如き下賤の者がドリアンのパイロットとは笑止!」
    「下賤とは失礼ね」
    「地球人など竜宮人から見れば下賤の輩よ」
    「なにを」
    「その証拠を見せてやる。どんなにコスモパペットが強力でもパイロットの腕が未熟であれば、その戦闘力はたかが知れているということを、その身で味わうがいい」
    「その言葉、後悔させてあげる。タンバリン」
     ドリアンがタンバリンを発進させた。
    「ピピピー。貴様、コスモドローンを操れるのか。これは驚いた」
    「驚くのはまだ早いわ」
     十六機のタンバリンが青いスピル・チェイサーをオールレンジ攻撃する。
    「どう、雄一郎。これでもまださっきと同じ言葉を言えて?」
    「思ったよりもやるな。だが」
     雄一郎もまた八機のフィグを発進させた。フィグがタンバリンを次々と撃墜していく。スピル・チェイサー本体の攻撃に集中しているタンバリンはフィグの攻撃に対し全く無防備であった。
    「ああっ」
    「まだ『ドローン対ドローン』という闘い方はできないようだな?」
     忽ち形勢逆転。もしも澄がタンバリンを異なる標的に対し攻撃できていたなら、間違いなく数で優る澄の圧勝だっただろう。
    「お前の負けだ、澄」
    「くっ」
    「せっかくだから、ドリアンを頂戴するとしよう。俺なら、お前以上に上手く操縦できる」
     フィグが適確にドリアンの腕と足の関節部分にビーム攻撃を仕掛ける。
    「あああーっ」
     ドリアンの腕と足が破壊された。ドリアンの出力が下がる。
     スピル・チェイサーがドリアンに迫る。スピル・チェイサーが蝶のブローチを強引に胸から外し始めた。その後ろにコクピットがあるのを知っているのだ。
    「むっ」
     その時、雄一郎の脳に「不愉快な波動」が流れ込んできた。それは65Fから発せられたものだった。
     65Fに何かが起きていた。
    「命拾いしたな澄。俺は今すぐDP戦隊の加勢に行かなければならない」
     スピル・チェイサーが去る。
    「た、助かった。でも悔しいわ」
     澄はドリアンを一眼の亀に向けた。

    「これはスピル?」
     石之伸の目の前にいるのは、確かにスピルだ。それも豹柄塗装の。
    「厄介なことになりそうだ」
     スピルの性能は石之伸も十分に知っている。スピルのビームキャノン砲は戦艦の主砲並みの威力を持つ。しかも七機もいる。
     遂にDP戦隊が動き出した。ビームキャノン砲を次々とスピルマXXめがけて発射する。
    「変形」
     スピルマが人型に変形した。石之伸もまたビームキャノン砲で応戦。
    「動きが速い。さすがはスピル」 
     どちらの攻撃も当たらない。それもその筈。両者は姉妹機であり、性能はほぼ互角なのだ。ひょっとしてこの闘い、矛盾の諺の如く「相打ち」になるのか?いや、それはない。石之伸の動きにはまだ余裕が感じられる。
     石之伸はまだエネルギーが充分あるにも拘わらずビームキャノン砲を捨てた。スピルマがレーザーサーベルを持つ。石之伸は敢えて格闘戦を選択した。
    「行くぞ」
     スピルマがスピルマクⅡに突撃を仕掛ける。
    「こいつら、恐怖心がないのか?」
     今までの敵はこちらが勇猛果敢に突撃すれば明らかに恐れを抱き、それを操縦動作に見せるのだったが、今度の敵にはそうした素振りが全くない。
    「こいつらは強い。『場慣れ』か?」
     最初はそう思った石之伸だったが。
    「というより、やはり何か変だ」
     そこで石之伸は敵のパイロットの正体を知ろうと思った。敵のパイロットが発する生命境涯即ち「波動を読もう」というのだ。そのためには接近しなくてはならない。素早く敵の背後に回り、背中をガードするパネルに手を乗せた。
    「何だ?この感覚は」
     それは今までに感じた敵とは明らかに違うものだった。そして遂に石之伸は「その理由」を悟ったのだった。
    「バカな!この機体のパイロットは『若い少女』だ」
     洗脳によって記憶は書き換えられていても、肉体は若い男を求めるピチピチの乙女のまま。石之伸はそれを感じたのだ。
    「まさか、そんなことが」
     別のスピルマクⅡが攻撃してきた。急いで離れるスピルマ。石之伸は敵のコスモパペット間の会話を傍受してみた。すると、若い女の子たちによる声が飛び交うのが聞こえてきた。
    「なんてことだ。雄一郎め」
     石之伸は改めて雄一郎の女性に対する冷酷さに怒りを覚えた。年頃の乙女たちを戦闘マシーンに改造するとは。しかし、これは確かに「効果抜群の作戦」だ。これで石之伸はもう闘えなくなった。若い女の子たちがパイロットと判った以上、殺すことなど考えられない。
     では、どうするのだ?負けて死ぬのか。それもと何か「策」でもあるのか。正直、策などはない。
     その時。
    「む、何だ?この波動は」
     石之伸は戦場の外から飛んでくる「新たなる波動」を感じ取った。
    「どうやら、この波動が乙女たちを操っているらしいな」
     石之伸は戦場を離れ、波動がする方角へと飛翔した。そこにはピンク色のスピルが一機いた。
    「こいつがリーダーだな。こいつが七機の乙女たちを操っている」
     石之伸がスピル・クレスタに斬りかかる。
    「うっ」
     スピルマがスピル・クレスタと接触した瞬間、石之伸は「懐かしさ」を覚えた。初めて出会った敵に懐かしさを感じる?そんなことは有り得ない。あってたまるものか。
    「この機体には誰が乗っているんだ?」
     スピル・クレスタが尻尾のアンテナを右手に握った。それまで送信アンテナとして使用されていたそれは光り輝き、レーザーロッドになった。レーザーロッドがスピルマを襲う。
     スピルマの左肩のボディパネルが斬られた。
    「こいつ、できる」
     必死にレーザーサーベルでレーザーロッドを振り払う。だが、サーベルとロッドではロッドの方が圧倒的に有利だ。
    「この敵にはビームキャノン砲が欲しいな」
     だが、それは先程、捨ててしまった。そこへ七機のスピルマクⅡが追いかけてきた。
    「これはお誂え向きだぜ」
     石之伸はスピルマクⅡの片腕を切り落とし、ビームキャノン砲を奪取した。やはり先程までの闘いは「手を抜いていた」ようだ。石之伸が本気になれば、ざっとこんなものだ。
    「これでも喰らえ」
     ビームキャノン砲をスピル・クレスタに発射。ビームがビームロッドを切断した。
     形勢逆転。
    「いくぜ」
     スピル・クレスタの懐に飛び込むスピルマ。
    「やはり『懐かしい感じ』がする。なぜだ?」
     じっくりと慎重に波動を感じ取る石之伸。
    「この波動。まさか、このコスモパペットに乗っているのは」
     石之伸はスピル・クレスタのパイロットが「彼女」であることを認識した。
     阿綺羅は完全に洗脳され、DP-65Fとして生まれ変わっている。だのになぜ、石之伸は彼女を認識できるのだろう?
     人間の肉体を「有機化合物で出来た機械人形」としか見做さない幼稚な西洋医学では「人間の精神は脳が司る」と考え、それが「心臓移植」を積極的に推し進める理由となっていることは現代人の知るところである。だが、それよりも遙かに高度な東洋医学では「人間の精神は心臓が司る」と正しく理解している。
     ヒンドゥー教の伝説において、シヴァ神が息子であるガネーシャの首を切り落とし、再生したとき、ガネーシャの頭に象の体ではなく、ガネーシャの体に象の頭を取り付けたのは、脳ではなく心臓こそが「人間性の源」であるからに他ならない。
     阿綺羅の脳は完全に洗脳された。雄一郎を愛する「嘘の記憶」が刷り込まれた。だが、心臓はそのままだ。石之伸は阿綺羅の心臓の鼓動、即ち「阿綺羅の心」を察知したのだ。
     だが、阿綺羅の洗脳を受けた脳はまだ自分の心臓が発生する波動に気が付いてはいない。今の阿綺羅はDP-65Fとして石之伸を「自分の敵」と信じ切っていた。
     スピル・クレスタがスピルマに短くなったレーザーロッドを振るう。短くなった分、接近した敵にも振るうことができる。
    「よせ、阿綺羅」
     防戦する石之伸。
     だが、阿綺羅は攻撃を止めない。彼女の脳には「石之伸が少女時代の自分を強姦する」偽の記憶が刻まれているのだ。
    「死ね、死ね、死ねえ」
     憎悪の念を込めてスピルマめがけロッドを振るう阿綺羅。
    「止めろ、止めるんだ」
     スピル・クレスタの背後に回り、両腕で機体を抱きしめる。今、背中からスピルマクⅡによる攻撃を受ければスピルマはひとたまりもない。だが幸い、阿綺羅が自分の手で石之伸を倒そうとしているおかげで七機のマークⅡは静止状態にある。
    「阿綺羅。元に戻るんだ」
    「ええい、離せ。離せえ」
    「思い出せ。昔を思い出すんだ」
    「二度と思い出したくない記憶を思い出せだと?巫山戯るな、この悪魔ーっ」
     今の阿綺羅にとって石之伸との過去の記憶はレイプ以外の何物でもない。
     やはり、阿綺羅はDP-65Fなのか?もう二度と元には戻らないのか?
     その時。
    「うっ、胸が、胸が痛い」
     阿綺羅の胸が鋭く痛み始めた。
     更に。
    「頭が、頭が痛い」
     頭も猛烈に痛み始めた。
     原因は脳の「記憶」と心臓の「心」の間に生じる矛盾によるものであった。石之伸に対し脳は「敵」と認識するが、心臓は「仲間」と認識している。その両者による闘いが始まったのだ。
    「頭が、胸が痛いーっ」
     苦しむ阿綺羅。
     そこへDP-65Fが発する不愉快な波動を察知した雄一郎がやってきた。
    「石之伸。やはり貴様が原因だったか」
    「雄一郎。澄はどうした」
    「心配するな。無事に生きてるよ。今のところはな」
     スピル・チェイサーがスピルマに迫る。
    「くそう」
     このままではやられる。石之伸はスピル・クレスタから離れるしかなかった。
    「雄一郎ーっ」
     スピルマがレーザーサーベルでスピル・チェイサーに挑む。それに対し、スピル・チェイサーはフィグで対抗した。八機のフィグが一斉にレーザーを発射する。石之伸が体験する初めてのフィグによる攻撃。スピルマの基本骨格をガードするオレンジ色のボディパネルが悉く溶かされ、スピルマは骨組みだけの丸裸状態になった。
     その隙を突いて雄一郎がDP-65Fを連れ去る。
    「待て」
     だが、その前に阿綺羅の脳波による誘導から解放された七機のスピルマクⅡが立ちはだかる。誘導から解放されたということは、この時点で阿綺羅がコクピットの中で気を失ったことを意味していた。
     この七機の乙女たちには阿綺羅のような「脳と心臓の激しい葛藤」は起きていないようだった。それは彼女たちにとって石之伸は「知らない人間」であり、更に厳しい言い方をすれば、彼女たちはいずれも以前は絶品グルメや高級宝飾品に囲まれた生活を営む良家のお嬢様で、その生命境涯は恐らくは欲望を貪る「畜生界」に過ぎないだからだ。脳と心臓の対立は「両者の意見の差が大きく食い違う状態」でなければ発生しない。
     やがてスピル・チェイサーとスピルマは視界から消え、DP戦隊も撤退した。
    「くそう。洗脳がまだ不十分だったか」
     雄一郎はそう解釈した。きっとエルライス軍の研究者も同様の見解を示すだろう。エルライス軍の医療技術も地球の西洋医学と似たりよったりだからだ。心臓など所詮「血液を全身に送り込むためのポンプ」くらいにしか思っていないのだ。
     エジプト王家が何故、死後の遺体をミイラにするために解剖する際、心臓を特別な壺に保管したのに対し、脳はグジャグジャに掻き回してしてからパイプで吸い取っていたのか?それはエジプト王家が脳や心臓の役割を正しく理解していたからだ。心臓こそが過去、現在、未来三世に繋がる「精神の源」であることを。脳は所詮「今世での記憶」を司るに過ぎないということを。それもまた古代エジプトが高度な知識を有する「竜宮人の都市」だったからである。

    「副官、聞こえるか」
     帰艦途中、雄一郎はイトマキⅧに通信を入れた。
    「こちらイトマキⅧ。どうぞ」
    「直ちに前進しろ。俺たちはそちらへ戻る。戻り次第、一眼の亀にメガ絶頂砲を発射だ」
    「了解」
     イトマキⅧが前進を開始した。
    そんなイトマキⅧの船内では先程から「とんでもないこと」が行われていた。
    「ああ、ああ、ああーっ」
    「いやあ、やめてえ」
    「お願い、とめてえ」
    「感じる、感じるう」
     イトマキⅧのとある部屋から聞こえる少女たちの叫び声。
    そこは「絶頂砲制御室」。そこではDPーLと命名された良家のお嬢様たちがベッドの上で大の字に拘束されている。首、手首足首の五箇所を枷で固定され、性器には極太の電動バイブが深々と差し込まれる。そして下腹部には子宮の上下動を感知する幾つもの電極が取り付けられていた。
    DP戦隊の乙女たちに与えられた記号はFIGHTERのF。それに対しLはDP戦隊に参加できるだけの素質に恵まれなかった者に与えられる称号。即ち「劣等」を意味するLOWだ。そんな彼女たちは「絶頂砲を発射するための装置」として利用されているのだ。絶頂砲を発射するには女性の絶頂が欠かせない。本来は女性艦長が艦長席で絶頂するのだが、この船には女性艦長は乗っていない。そこで性的虐待によって強制的に「女性の絶頂を得よう」というわけだ。数十人いるお嬢様のうち、誰かひとりでも絶頂すれば絶頂砲は発射する。

     一眼の亀。
    「監視カメラに敵の大型艦をキャッチ。艦種は『イトマキⅧ』。竜宮の最新鋭空母です。こちらに急速接近中。あと30秒で我が艦の目の前に到達します」
    「何じゃと?なぜ、接近に気付かなかったのじゃ」
    「レーダーに反応はありませんでした」
     そして。
    「うわっ」
     目の前にイトマキⅧが現れた。距離僅か300mで対峙する二艦。それはまるでイトマキエイと海亀の「お見合いシーン」のようだ。この距離でメガ絶頂砲を発射されたら、一眼の亀はひとたまりもない。
    「じょ、女王様。いかが致しましょう」
     選択肢は二つしかない。逃げるか。攻撃するか。
    「女王様」
    「よ、よし」
     果たして女王の選択は?

     イトマキⅧ。
     雄一郎がブリッジに戻った。
    「副官、メガ絶頂砲は?」
    「今、発射準備をしております」
    「急げよ」

     制御室。
    「発射準備、急げ。この娘だ。この娘を責めろ」
    「了解」
     兵士がスイッチを押す。電動バイブが回転運動を開始する。手足の指を握り締め、両腕両足に力を入れて必死に拘束から逃れようとする少女。しかし、それは女の細腕では絶対に不可能である。
    「くうーっ!ぐうーっ!」
     歯を食いしばり、膣の刺激に必死に耐えるDP-67L。
     他の娘たちを差し置いて、DP-67Lと命名されたひとりの姫君が集中的に兵士たちから責められていた。それもその筈。パイロットとしての素質はLOWでもこの姫君、ルックスにかけては他の姫君を圧倒する「可愛さ」なのだ。乙女としての瑞々しさや清純さは当然のこと、気安く男に体を許さない気丈夫さや最上級感さえ漂わせる魅力的な外観は制御室の兵士たちの注目を集めずには置かない。彼女もまたエルライス軍によって滅ぼされた星の王女様。皮肉にも星の名はビクトリー星という。そして姫君の本来の名前は芽茱萸(めぐみ)。しかしここでの彼女は絶頂砲発射装置のひとつDP-67L以外の何物でもない。
    「お願い!とめてえーっ!」
     だが、兵士たちはニヤニヤ笑うばかり。兵士たちは任務としてだけでなく、自分たちを欲情させる従軍慰安婦としてDP-67Lを虐めているのだ。
    「こんなの、こんなのいやあーっ!」
     芽茱萸は舌を噛もうとした。それを見つけた兵士のひとりが慌てて自分の拳銃を芽茱萸の口の中に突き刺した。
    「うぐ、うぐ」
    「おい、ゴムボールを持ってこい」
     ゴムボールが口の中に押し込まれ、吐き出せないようにテープが貼られた。
    「うー、うー」
    「これでよし。回せ、回せ。もっと早く回せ」
    「はっ」
     今まで33回転で回っていた電動バイブが45回転で回り始めた。
    「うぐうーっ!」
    「さあ。膣の中を掻き回される快感を『心ゆくまで感じる』がいい」 
     芽茱萸が感じ始めるのに連動してイトマキⅧの両翼の上にある絶頂砲が1970年代のスーパーカーのヘッドライトのようにリトラクタブルする。
    「うぐううううううっ!」
     必死に我慢していた芽茱萸だったが、遂に限界を迎えた。膣の中に溜まりに溜まった刺激が一気に子宮を突き動かす。激しく前後運動をする芽茱萸の子宮。それに合わせてベッドの上で大の字に拘束された体がビクンビクンと激しく跳ねる。

     イトマキⅧ、ブリッジ。
    「制御室から連絡。DP-67Lが絶頂しました。それも激しく」
     ということは、それだけ威力の凄まじい絶頂砲が発射されるということ。
    「石之伸、澄。お前たちの最後だ!」
     メガ絶頂砲が発射される・・・筈だが。
    「ブイー。なぜ発射しない?副官。これはどういうことだ」
     副官の顔から大量の汗が流れ落ちる。
    「どうした、制御室。何があった」
    「予定通り67Lは絶頂しました」
    「だが、発射しないぞ。故障か」
    「判りません」
     副官と制御室との交信に苛立つ雄一郎。
    「副官。なぜメガ絶頂砲が発射できないんだ」
    「判りません」
    「冗談ではない。今、目の前に一眼の亀がいるんだぞ」
     その通り。イトマキⅧは既に一眼の亀の目の前にいた。
     一眼の亀の左右の甲羅がガルウイング状に開いた。
    「拙い。チチチー!」
     
     一眼の亀。
    「ギガ主砲発射」
     女王は攻撃を選択した。いつ必殺のメガ絶頂砲を敵に発射されるかヒヤヒヤの中で、それでも女王は「闘いの道」を進むことを選んだ。なぜって、これは弔い合戦なのだから。ここで逃げたらダツ提督とアツモリウオ提督にあの世で何といって顔を合わせるのだ。
     そして女王の勇気ある判断は「吉」と出た。
    ギガ主砲が唸る。それらがイトマキⅧの両翼を直撃した。だが、流石は最新鋭空母だ。至近距離からのギガ主砲のパワーをもってしても船体を貫通しない。このぶ厚い装甲を打ち抜くには正確に同じ場所を連続して攻撃する以外にはない。
    「ええい、面倒じゃ」
     女王は究極の選択をした。
    「将軍。わらわの体に乗れ!」
     ハイギガ絶頂砲を使用しようというのだ。女王はまだ澄のように想像絶頂はできない。
    「はっ」
     将軍は迷わず女王の体の上に乗った。

     イトマキⅧ。
    「なんということだー」
     これは完全に誤算であった。まさかメガ絶頂砲を発射できないとは。
    「艦長、あれを」
     副官が指差す。その先には真ん中の甲羅をリトラクタブルした一眼の亀の姿が。雄一郎の顔が本来の姿である豹紋蛸のように真っ青に染まった。
    「こいつら、ハイギガ絶頂砲を使う気だ。副官、ワープだ。速く逃げろ」
    「軌道計算していません。どこにワープ・アウトするか判りません」
    「そんなことはどうでもいい。速くしないとやられるぞ」

    「いくう」
     女王が絶頂した。前回よりも速くなった。将軍も少しは上手くなったようだ。
     ハイギガ絶頂砲の銃口がピンク色に輝き始めた。

    「急げえ、急ぐんだあーっ!」
     イトマキⅧが機首を持ち上げた。180度反転している余裕はない。
     ハイギガ絶頂砲が発射された。イトマキⅧめがけて突き進む。
    「ワープ」
     間一髪。イトマキⅧはワープに成功した。一眼の亀の上部擦れ擦れを通過。
    「どうやら助かったようだ」
     緊張が一気に抜け、雄一郎は脱力状態になった。
    「阿綺羅といい、メガ絶頂砲といい。予定通りに事は進まぬものだな」
     阿綺羅については説明済みであるから、ここでは「メガ絶頂砲の説明」をしよう。絶頂砲は女性の絶頂によって起動する。これだけ読めば、イトマキⅧのメガ絶頂砲が作動しなかった理由はわからない。
     絶頂砲は別名を「ラブ・ガン」という。絶頂砲は究極の「愛情表現」なのだ。つまり性行為を拒む女性を無理矢理、強姦したからといって決して起動させることはできないのだ。

    「くそう。逃げられた」
     ハイギガ絶頂砲が当たる瞬間、ワープして消えるのを女王は将軍の頭越しに見た。渾身のハイギガ絶頂砲は空振りに終わった。
    「無念じゃ」
     女王は唇を噛んだ。

     ハイギガ絶頂砲が宇宙を駆ける。
     その姿を眺めながら、澄は己の未熟さを噛み締めていた。
    「強くなりたい。あの男を倒せるくらい強く」

     ハイギガ絶頂砲が宇宙を駆ける。
     その姿を眺めながら、石之伸はひとつのことだけを考えていた。
    「阿綺羅は生きていた。そして雄一郎も。必ずや阿綺羅を救い出す。そして奴の息の根を止めてやる。大介、見ていてくれ」

     ハイギガ絶頂砲の輝きは全ての人々の心を刺激し「哲学」させずにはおかない。



  • 予告

  • イトマキⅧに続いて、またも竜宮で開発された大型空母が一眼の亀を待ち受ける。
    ひょっとしてエルライス軍は戦力が不足しているのか?
    いやいや。
    今度の空母にはエルライスが独自に開発した高性能コスモパペットが搭載されていた。
    果たして、その性能は?
    次回・文殊の剱
    「三体合体。その名はオーカーズ」
    10月4日(土)19:30
    宇宙の旅は続く。



  • 14

  •  一眼の亀の「単独行」が再び始まった。
     結局、弔い合戦は失敗に終わった。まんまと雄一郎に逃げられてしまったからだ。だが、今は失意に沈んでいるときではない。一刻も早くエルライス星に到着する以外にはないのだ。

     空母スパコン。
     竜宮が開発したオヒョウ型大型ステルス空母の試作品である。オヒョウとは大きな平目のこと。全長800mもありながらコスモパペットは最大で三機しか搭載できず、ギガ主砲も上下の胸鰭に各一門の計二門しか装備されない。その理由は船体が極度に平べったいためだが、理由はそれだけではない。この空母にはこの空母にしかない特殊な能力がある。それは機体の表面全体を保護色に変えられることだ。たとえば宇宙空間を飛行しているときには宇宙の星の煌めきを忠実に再現することができる。そのための装置はかなり大がかりであり、そのため船体が大きいのだ。だが、その効果は絶大であり、レーダーに発見されないばかりか監視カメラにさえも捉えられない。しかもそうした性能を最大限に生かすためにコスモパペットの発進口は船の正面ではなく後部、下部メインエンジンの上部に設置されている。これぞまさに究極のステルス空母と言えよう。
     だが、竜宮では結局「失敗作」として一艦しか製造されなかった。理由は単純に監視カメラを誤魔化したいのならば黒い塗装で十分だからだ。昭和・平成時代のニッポンの車で例えるならば、ハイキャスを搭載した7thスカイライン、セラミックターボを搭載したフェアレディZ、アクティブサスペンションを搭載したインフィニティQ45辺りに該当する。
     そのオヒョウ型ステルス空母が一眼の亀に接近していた。雄一郎の闘いから二日後のことである。
    「この空母お、思った以上に使えるう。ここまで接近していてえ、まだ敵はあ、気がついていないようだあ」
    「そのようですな。チレテバ提督」
     チレテバ提督。その独特の風貌から通称「ジャギュア」と呼ばれている。見ての通り一風変わった話し方をする男だ。そして空母にペットを持ち込んでいることでも一風変わっている。だからだろうか、軍人の間では至極人気がある。
    「でだあ、コスモパペットのお、準備はどうだあ?」
    「はい。『サンチャン・ガオトーク』も準備完了です」
     ジャギュア提督がブリッジから格納庫にいる三位一体のパイロットチーム「サンチャン・ガオトーク」に連絡を取る。その腕の中には一匹のシャム猫。
    「どうだあ、行けそうかあ?」
    「私たちはいつでも」
    「オッケーよ」
    「だそうです」
     腕の中のシャム猫を床に降ろす。シャム猫はひとりで勝手にどこかへと歩いて行った。
    「宜しい。それではあ、機体の性能を試す意味でえ、軽くう、海亀とお、一戦ん、交えてこい~」
    「ナナミ、発進します」
    「フユミ、発進」
    「チャウチャウ、発進するよー」
     それぞれ異なる姿をした三機の戦闘機がステルス空母スパコンから発進した。

     一眼の亀。
    「敵のコスモパペット接近。その数三機。コスモパペット緊急発進。敵はすぐ目の前にいるわ」
     いきなりの出現に戸惑う一眼の亀のクルー。
    「どこから現れたんだ?」
    「そんなことよりも、とにかく迎撃だ。石之伸スピルマ、発進するぞ」
     石之伸が発進した。これで三分は稼げる。
    「う」
     発進してから十秒と経たないうちに敵と遭遇した石之伸。索敵による監視をすり抜けて、ここまで接近されているとは。
    「敵はコスモパペットじゃない。戦闘機だ。全部で三機」
     戦闘機は小回り性能ではコスモパペットに劣るものの移動速度が速い。
    「出てきたわね、人参」
     敵のチームリーダー、1号機を操縦するナナミが叫ぶ。
    「みんな。ドッキングするよ」
     三機の機体はそれぞれ1号機が「アーム」Ⅱ号機が「ボディ」Ⅲ号機が「レッグ」であり、三機が合体することで一機のコスモパペットとなるのだ。遂に「合体コスモパペット」の登場である。「戦争が人類を発展させる」という説には賛同できない。だが、エルライス軍はこの闘いの中で合体コスモパペットの開発に成功したのだった。合体コスモパペットの利点は巨大兵器でありながら通常の格納庫での保管が可能なことだ。そうなれば運用の点で実に都合がいい。分離も変形もしないテンバインには専用の大型格納庫や大型発進口が必要であった。
     石之伸の目の前で三機は見事に合体を成功させた。その大きさはスピルマの17mに対し40mと二倍以上である。
    「これこそエルライス軍が開発した最新鋭の合体式コスモパペット『オーカーズ』の真の姿よ」
     三角巾を被りマスクをした顔。エプロンによって保護された胸部や腹部。左手にはフライパンのような盾。背中には電気炊飯器を背負っている。足には地上での戦闘における歩行時のショックを考慮に入れたと思われる蛇腹式のショックアブソーバーが膝と踵に装備されている。
     性能は正直、判らない。だが、エルライス軍が本気でこいつを開発したことだけは判る。どんなに外見が「台所の主婦」にそっくりであっても。
    「さあ、人参料理をはじめるわよ。レッツ・クッキング!」
    「黙って料理などされるかよ」
     石之伸はレーザーサーベルを右手で構えた。
    「行くぞ、新型」
     レーザーサーベルを振り下ろす。オーカーズはそれをフライパンで防御した。
    「く、斬れない」
    「このフライパンの表面には特殊なコーティング加工が施されているのよ。だからそう簡単には斬れないわ。今度はこっち攻撃よ」
     背中に背負った電気炊飯器の蓋がパカッと開く。
    「ミサイル発射」
     中から無数の小型誘導ミサイルが発射された。
    「冗談だろう?」
     右に左に避けるスピルマ。避けきれない奴はぶった斬る。巫山戯た外観だが、戦闘能力はしっかりしている。見てくれに騙されてはいけない。こいつは侮れない相手だ。
    「ふう」
    「よくぞ全部、墜とした。褒めてあげるわ」
    「あんたに褒められてもね」
     続いて口のマスクが観音開きに開く。その中にはビームライフルの銃口が。
    「発射」
    「おっとっと」
     間一髪のところでビームを避ける石之伸。
     更に、今度はエプロンの腹の部分にあるポケットがパカッと開く。そこにはより強力なビームキャノン砲の銃口が。
    「発射」
    「くっ」
     これも危なかった。避けるのが0,1秒遅れていたら直撃を喰らっていた。
    「こいつ、ただデカいだけのコスモパペットとは違う」
     正直なところ、石之伸はこの敵を攻めあぐねていた。オーカーズが手にするフライパンはスピルマのレーザーサーベルでは斬れないのだ。これで敵がもしも右腰にぶら下げている包丁形のレーザーサーベルによる攻撃を仕掛けてきたら、かなり危険な状態に追い込まれるに違いない。
     だが、オーカーズはレーザーサーベルを一向に使おうとはしない。何故だ?次回の闘いを想定して武器を見せるのを「出し惜しみ」しているのか。
     そんなオーカーズの中では、実はこんなことが起こっていた。
    「ナナミ、包丁を抜け」
    「ナナミちゃん、速く包丁を」
    「嫌。私、包丁持ったことなーい」
     ナナミは他の二人のパイロットの要求に対し、必死に抵抗していた。
    「だって、包丁が怖いんだもん」
     確かに、腕の振り方を誤れば自分の機体を傷付けることもある。
    「このままじゃ負けちまうぞ」
    「早く振りなさい」
    「しょうがないなあ」
     ナナミは漸く包丁形ビームサーベルを手に取った。レーザーサーベルは通常、刀身に当たる全ての部分が発光するが、こいつは包丁だけあって片刃のみが発光する。
     それを見た石之伸は「拙い」と直感したのだが。
    「やあ」
     ナナミが包丁を振る。すると。
    「きゃあ」
     何と自分の足の一部を切断してしまった。
    「何してるのよ、ナナミちゃん」
    「だから言ったじゃない。私、包丁使うの苦手なのよー」
     その後も、ナナミは自分の体を傷つける自虐行為を繰り返す。それを見た石之伸は新型にはよくある「攻撃コンピューターの調整不足」と判断した。
    「だが、今なら」
     石之伸はレーザーサーベルで突撃を敢行した。
     それに気がついたのがⅡ号機に乗るチャウチャウ。
    「危ない」
     チャウチャウはオーカーズの合体を強制解除した。三機の戦闘機に分離するオーカーズ。
    「やばい」
     この行動は石之伸の完全に予想外であった。石之伸は慌てて後ろに引いた。
    「態と敵に隙を見せ、油断させる作戦か」
     その後、三機の戦闘機はいずこともなく飛び去っていった。
    「今度の敵は手強い」
     おいおい石之伸。それは「違う」と思うぞ。

     空母スパコン。
     ジャギュア提督が帰艦したサンチャン・ガオトークにオーカーズの性能を尋ねる。その腕の中にはやはりシャム猫が。
    「新型コスモパペットのお、実践におけるう、性能はあ、どうだったあ?」
    「素晴らしい性能です。敵の攻撃を跳ね返す盾といい、戦闘機の時の飛行速度といい文句はありません。まさに『神性能』です」
     ナナミは「無様な闘い」のことには全く触れず威風堂々、そのように返答をした。
    「ではあ、次はあ、料理できそうかあ?あのキャロットを~」
    「はい。次は必ず、美味しい人参料理をお召し上がりになっていただきます」
    「そうかあ。では明日う、出撃だあ。明日はあ、スパコンもお、戦闘にい、参加するぜえ」
    「はっ」
     そして翌日。
    「空母パソコン~。全速前進~。海亀に向かえ~」
     遂に決戦の開始だ。

     一眼の亀。
    「敵の新型パペットにステルス性能は無かった。なのに、近くに接近するまで気がつかなかったのは、輸送してきた敵の船にステルス性能があるからだ」
    「じゃあ、今度の敵はイトマキⅧなの?」
    「これを見てくれ」
     モニターには竜宮が開発した「ステルス性能がある船」が全て表示されていた。
    「こんなにあるの?」
    「そうだ。イトマキⅧだけではないということだ」
    「じゃあ、イトマキⅧじゃないのね」
    「違う。今度の敵に雄一郎のような邪悪な波動は感じられない。只の軍人だ」
     モニターを消す。
    「だが強敵だ。敵は遂に合体コスモパペットを投入してきた。通常のコスモパペットの二倍以上ある巨大なもので、恐らくテンバインよりも高性能だ」
    「どうやって戦うの?」
    「まあ、俺が相手をするさ。既に闘い方は考えてある」
     流石は石之伸。後で実際に見せて貰うとしよう。
    「私はどうするの?」
    「敵のステルス艦を捜索してくれ。見つけ次第、絶頂砲を発射だ」
    「また?」
    「不満か?」
    「いいえ」
     とはいいながらも、言葉には不満のイントネーションが感じられる。絶頂砲が不満なのではない。石之伸とここ暫く「やっていない」ことが不満なのだ。想像絶頂はやはり「空しい」ものがあるようだ。
    「レーダーに反応。戦闘機が三機。すぐ近くよ」
    「来たか」
     スピルマが出撃と同時に敵の前で静止した。
    「ドッキングよ」
     三機の戦闘機がドッキングする。
    「オーカーズ!」
     オーカーズはまるで正義のヒーローメカのようにファイティングポーズを決めた。
     それに合わせてスピルマも人型に変形する。
     いざ勝負。
     前回とは異なり、オーカーズはいきなり腰の包丁を右手で握った。
    「やあ」
     包丁を振り回す。これまた前回とは違い、巧みに振るう。それもその筈。今回はⅢ号機に乗るフユミが操っているのだ。
     石之伸はその攻撃を躱し続ける。攻撃には転じない。
    「ビームライフル発射」
     こちらの攻撃はナナミ。これも躱す。とにかく敵の攻撃を躱し続ける石之伸。
    「どうしたの?なぜ攻撃してこないの」
     石之伸が狙っているのはエプロンのポケットだ。石之伸はビームキャノン砲を撃ってくる瞬間を待っているのだ。
    「ええい、ちょこまかと逃げ足だけは速い奴」
     ナナミが切れた。 
    「ええい。これで一気に仕留めてあげる。ビームキャノン砲発射」
     エプロンのポケットがパカッと開く。石之伸はこの時を見逃さなかった。
     オーカーズの弱点。それは全ての兵器がカバーによって保護されていることだ。だから兵器を使用する前には必ずカバーを開かなければならない。それは敵に「今からこの武器を使用します」と教えているのと同じだ。勿論、それによって生じるタイムラグは微々たるものだが、それを見逃す石之伸ではない。
    「今だ」
     石之伸はオーカーズを頭越しに飛び越えた。そのまま背後を取ろうというのだ。その動きに慌てたナナミは反射的に背中にある武器、即ち小型誘導ミサイルで迎撃を試みた。
    「ミサイル発射」
     石之伸の目の前で電気炊飯器の蓋がパカッと開いた。
    「これを待っていたのさ」
     石之伸はビームサーベルを蓋の開いた電気炊飯器の中に突き刺した。
    「しまったあ」
     電気炊飯器はミサイル発射機であると共にオーカーズを構成する三機の機体のうち、胸と腹とエプロンを構成するⅡ号機のメインエンジンでもある。
    「俺はもうダメだ」
     チャウチャウが前回同様、合体を強制解除した。
    「人参と掛けまして、この闘いと解く。その心は『参入りましたー』!」
    辞世の謎掛けが決まった直後、電気炊飯器の中のミサイルが大爆発した。
    「チャウチャウーッ!」
     三機の中で唯一の男性パイロットであるチャウチャウはこうしてこの場で機体と運命を共にした。そして頭と両腕を構成するⅠ号機と、両足を構成するⅢ号機の二つが残った。Ⅰ号機がナナミで、Ⅲ号機がフユミだ。
     しかも。

     ドカーン

    「そんな」
    「スパコンが」
     それは空母スパコンが撃沈されたことによって発生した輝きだった。一眼の亀に接近するところを澄が発見、仕留めたのだ。エルライス軍の人気者、ジャギュア提督は宇宙に散った。エメラルドの瞳を持つシャム猫と共に。その結果、サンチャン・ガオトークは帰る場所を失ったのだった。
    「くそう。こうなったら」
    「せめてこいつだけでも」
     二機がスピルマに特攻を仕掛けてきた。
    「チャウチャウの仇!」
    「ジャギュア提督の仇!」
     石之伸は二機の挑戦に応じた。ビームサーベルで挑むスピルマ。
    「うおおおおお」
     最初にⅢ号機を真っ二つに切断。
    「ナナミちゃん。後は頼んだわよー」
     機体は爆発。
     二人の思いを背負ってナナミがスピルマに特攻する。
    「死ねえーっ」
     だが、石之伸にはまだ死ねない理由がある。乙姫を救い出すまで、石之伸には自分の命を誰かにくれてやるわけにはいかないのだ。
     スピルマのビームサーベルが操縦席を貫いた。ナナミの被るヘルメットのバイザーが砕け散る。
    「みんなごめん。ダメだったわ」
     サーベルを引き抜き、スピルマが離れたところでⅠ号機もまた爆発した。
     闘いに勝った石之伸だったが、何か今回の闘いには「心が晴れない」のだった。科学力を「人類の幸福」にではなく兵器開発にしか利用することのできない人類の愚かさに対するものか?それとも他に理由があるのか?少なくとも今回の敵に対し石之伸は本気で憎むことはできなかった。敵は新型コスモパペットの操縦を任され、それを素直に楽しんでいる「無邪気な子供」のように思えてならなかったのだ。
     それも当然だろう。何しろ「第六天魔王の化身」である雄一郎と一戦を交えた後なのだから、誰と戦っても「善良な相手」に思えたに違いないのである。



  • 予告

  • 一眼の亀の行く手で一隻の宇宙船が五隻の戦艦と二十機のコスモパペットから猛攻撃を受けていた。
    多勢に無勢。だが、戦況が不利なのは宇宙船を攻撃している側であった。
    圧倒的な強さを秘める謎の宇宙船。その正体は一体?
    文殊の剱「白いスピルマ」
    10月18日19時30分
    宇宙の旅は続く。



  • 15

  •  エルライス軍が立て続けに竜宮から奪取した兵器を使用。これはエルライス軍が竜宮の兵器の扱い方を学び終えたことを意味する。今後は次々と竜宮の兵器が実戦に投入されてくるに違いない。しかもイトマキⅧもスパコンも、いずれもレーダーでは捕捉することが極めて難しいステルス艦であった。今後は当たり前のようにステルス艦が投入されるものと考えた方がいい。そこで話し合いの結果、監視カメラだけに頼るのではなく、定期的に偵察機を発進させることに決めた。
    「石之伸スピルマ、発進する」

     イセサレム宮殿。
     総理大臣のサエナイが謁見の間に入ってきた。
    「どうした?」
    「以前から追跡していた『白い宇宙船』が見つかりました」
    「そうか。遂に見つけたか」
    「はい。ですが」
    「ですが、何だ?」
    「参謀本部の話によりますと現在、海亀のいる方角へ向かって進んでいるとのことです」
     顔には出さないが、ヤネニフタ総統は内心ドキリしていた。「やはりそうか」と思ったのだ。
    「今の様子ですと、あと三日もすれば海亀と接触するはずです」
    「ならぬ。断じて両者を合流させてはならぬ」
     ヤネニフタ総統が椅子から立ち上がった。
    「戦艦を五隻出す。何としてもその白い宇宙船を撃沈するのだ」
    「ご、五隻もですか」
     戦艦を五隻も向かわせるとは。たかが一隻の宇宙船相手に一体全体、総統は何をそんなに恐れているのだろう?サエナイ総理にはその理由がわからない。戦艦五隻ということは、コスモパペットは全部で二十機になる。そもそもエルライス建国以来、ヤネニフタ総統が白い宇宙船の行方を必死に捜索させてきた理由は一体全体、何なのだ?
    「貴様は直ちにニシヤスト中将私のところに来るよう連絡を取れ。五隻の宇宙戦艦と搭載パペットの概要については私が直接、中将に説明をする」
    「わかりました」
     サエナイ総理が謁見の間を去った。
    「なんということだー」
     再び椅子に座るヤネニフタ総統。
    「やはり戻ってきたか。この天の川銀河に」
     この言い方から察するに白い宇宙船とやらは天の川銀河の外にいたらしい。そしてヤネニフタ総統はその存在を昔から「知っている」ようだ。

     スピルマ。
    「何だ?」
     石之伸は1時の方向に閃光を発見した。
    「ひょっとして、戦闘か」
     閃光の正体は戦闘によるものであった。直ちに一眼の亀に報告を入れる。

     一眼の亀。
    「こちらでも確認した。前方で戦闘が行われている模様」
    「了解。引き続き偵察を続ける」
    「おい待て。危険だ」
    「心配ない。スピルマはステルスパペットだ。発見などされないよ」
     どうやら石之伸は戦闘空域に入る気らしい。
    「画像を送るから、機種を確認してくれよ」
     ここで女王が叫んだ。
    「我らもスピルマを追うのじゃ」
    「ですが、もしも敵なら」
    「敵なら闘うまでじゃ」
    「例のイトマキⅧだったらどうするんですか」
    「それこそ闘うまでじゃ。将軍」
    「了解」
     女王の性格は判っている。一度言い出したら「聞かないお人」である。
     一眼の亀もまた戦闘が行われている空域に向け飛行を開始した。
     
     ウラガーネ艦隊。
     五隻の宇宙戦艦から成るこの大艦隊はイトマキⅧに続き実戦投入された竜宮兵器を用いる艦隊である。
     全長300mに達する戦艦の名称は「隠岐の鰐鮫(おきのわに)」。『古事記』に登場する因幡の素兎と関係の深いサメである。ヒラキ型空母が実戦配備される前の主力艦であるため、いささか設計が古く、イトマキⅧ量産の暁には退役する予定の艦だ。メガではない通常の主砲を三門装備。左右の鰓の部分に三連装ミサイル発射装置を三つずつ装備している。三つもあるのは装填時間を考慮。発射時間を短縮するためである。あと二連装式対空砲が左右に三つずつ。総合的な性能はエルライス軍の主力戦艦と同程度である。コスモパペットを四機搭載することができるが、カタパルトは装備されていない。
     そして既に発進している艦載機,即ちコスモパペットの名称は「シャコロナ」という。名前の由来は飛行機型から人型に変形する途中、蝦蛄に似た姿になることもできるからだ。
     シャコロナは「変形パペット第1世代」である。戦闘機の形から両腕を外に出した蝦蛄形態、更に足のある人型形態へと形を変えるのだ。
     武器は両腕に装備された鎌のような形のビームナイフと、口に装備されたビームライフル。両腕が鎌であるのは、レーザーサーベルのグリップに納まる小型ジェネレーターがこの時代にはまだ開発されておらず、機体から直接エネルギーを供給する必要があったからだ。
     そしてシャコロナは更に「ステルスパペット第1世代」の機体でもある。つまりスピルよりも古くに開発されたステルス性能を有する機体である。その片鱗は幾つも見ることができる。シャコロナのアイカメラはエルライス軍と同じタイプで、プラネタリウムモニターを採用せず、上・下・後ろは接近を知らせるセンサー方式である。またリュックサックの左右に装備されたバーニアが殊更に巨大なのは軍艦に発進用のカタパルトが装備されていなかった時代の名残で、格納庫から発進後に自ら加速する必要があるからだ。なお、シャコロナには後に改良を施した「シャコロナ・エクシブ」と呼ばれるタイプもあり、それにはプラネタリウムモニターが採用され、バーニアが円筒形から菱形に変更、ステルス性能が向上している。
     これらの武器を装備するウラガーネ艦隊が一隻の船に苦戦していた。
    「たかが一隻の、それも駆逐艦サイズの船に何を手子摺っているんだ」
     今回、艦隊の指揮を任されたニシヤスト中将提督が叫ぶ。
     もとより、今回の艦隊は指揮を執るのが非常に難しい。戦艦の艦長が全員、中将という同じ階級にあるだからだ。ニシヤスト中将が指揮を執ることに他の四名、セコヒロ中将、ハギコウイ中将、マツヒロカ中将、タカツヨ中将が不満であることは明白だ。チンプー艦隊におけるプラトン中将の時と同じである。
     エルライス軍は度々こうしたミスをする。残りの四隻の艦長を「少将以下」から選任すればいいものを。そうすれば指揮系統はスムーズになる。だが、こうしたミスをするにはそれなりの理由があった。「少子高齢化」である。現在のエルライス軍には未来を担う小・中・大尉クラスの人材が少ない一方で、中将クラスの老人がうようよいるのだ。
     しかもこの五名は一度、軍の役職から外された者たちである。その理由は艦隊のニックネームの通りだ。それが今回、復職したのである。

     スピルマ。
    「到着した。見たところ『多勢に無勢』で、一機の白い船を多くの戦艦やコスモパペットで攻撃しているようだ」
     石之伸は当初、そのように判断した。
    「映像を送る。しっかりと分析してくれよ」
    「了解」
     怪雷がスピルマから送られてくる分析を行う。
    「戦艦は『隠岐の鰐鮫』という竜宮のものです。コスモパペットはこれも竜宮のもので『シャコロナ』です。どっちも旧式です」
    「ということはエルライスだな」
    「でしょうね」
    「で、白い方は?」
    「データはないです」
    「ということは、どこか未知の星の船ということか」
    「で、どうする気です?白い船に加勢するのですか」 
    「そうだな」
     通常であれば、そうするだろう。だが、石之伸は加勢を躊躇った。
    「どうしました」
    「どうやら、自分はとんだ『勘違い』をしていたようだ」
    「勘違い?」
    「苦戦しているのは白い船を攻撃しているエルライスの方だ」
    「何ですって」
     ここで女王が叫んだ。
    「監視カメラを拡大するのじゃ」
     言われてみれば確かに、次々とコスモパペットを撃墜しているのは白い船で、戦艦からは煙や炎が吹き上げているのが見える。それにしても白い船の動きの素早さは一体全体どうしたことだ。これは明らかにコスモパペットのもので「船の動き」ではない。
     石之伸は白い船を徹底的にマークした。戦艦やコスモパペットのことは全く無視して。
    「成程。これは凄いメカニズムだ」
     全長150mもある船がどうして全高18m(機種により差がある)のコスモパペットのように機敏に動けるのか?その理由はノズルの位置とその動きにあった。この船は通常の船とは明らかに姿形が違う。モチーフは四足歩行動物、地球では通称「象」と呼ばれる生き物である。そして四本の足の裏に強力なバーニアが備わり、四本の足は付け根を軸に自在に回転する。それによってバーニアの噴射する方向を瞬時に変えられるのだ。といっても、これは一眼の亀の足の鰭と基本的には同じものだ。
    「鼻先がビーム砲になっているのか。そして牙が六つ。どうやら強力な磁場を発生させるバリア装置のようだ」
     地球の象の牙は二本だが、この船のそれは全部で六つある。
     更に、石之伸はとんでもないものを目撃した。船のお尻が二つに割れ、中から無数の鬱金色に輝くインコが羽ばたいたのだ。これはきっとコスモドローンに違いない。インコが尾羽根をくの字に曲げる。その先端からビームが発射された。
    「凄い」
    ビームが次々とシャコロナを撃墜する。それも複数のシャコロナを一度に。そればかりか戦艦までも同時に。この鬱金色のインコを操る者は鬱金色のインコ一匹一匹を単独で操れるだけの完璧なサイコ能力を備えているのだ。
     闘いは終わった。白い船の圧勝である。
     確かに敵の装備は旧式ではあった。とはいえ、竜宮の科学力で開発された戦艦とコスモパペットである。一部のコスモパペットには最新のプラネタリウムモニターが装備され、スピルに匹敵するだけの機動力が備わっていた。それを余裕綽々で蹴散らすとは。
     もしも、この白い船が今から「一眼の亀を襲った」としたら?石之伸はぞっとした。額からは汗が流れ、グリップを握る手も汗で濡れていた。だが、一眼の亀は不用意にも既にすぐ近くまで来てしまっていた。
     スピルマに通信が入った。白い船からだ。
    「おい。俺たちの闘いを見ていたコスモパペットのパイロット。俺の声が聞こえているか?」
    「ああ」
    「それはよかった。だったら、あそこの海亀に知らせてくれ。『我々は敵ではない』と。いきなりハイギガ絶頂砲では、たまらんからなあ」
     こいつ。こちらの武器を知っているのか。
    「おい、聞いてるか」
    「ああ了解した。直接、話をしてくれ。回線を繋ぐ」
     一眼の亀と白い船との通信回線が繋がった。
    「今からそちらへ乗り込みたい。許可を願う」
    「女王様、どうしますか?」
    「許可する、と伝えよ」
     相手からは「サンキュー」と返答があった。
    「いいんですか」
     女王の決断に美蕾、怪蕾が異を唱える。だが、女王は言下に否定した。
    「実に鮮やかなお手並み。個人的にわらわも奴らには興味がある。是非とも会ってみたい」
     白い船のお尻が二つに割れ、中から白い機体が発進した。
    「あっ!」
    その瞬間、石之伸は思わずそのように叫んでしまった。色は確かに白い。だが、その姿形は紛れもない「スピルマ」であったからだ。スピルマがキャロットならば、これはさしずめラディッシュだ。
    「バカな!」
     スピルマは竜宮のトラウツボ王子専用機だ。それと同じ機体がもう一機あるなど、たとえ「宇宙広し」といえど考えられない。白いスピルマが一眼の亀に接近する。石之伸もまた大急ぎで一眼の亀に向かった。「この相手と会わねばならない」と思ったからだ。白いスピルマは既にカタパルトデッキに着艦していた。石之伸は反対側のカタパルトデッキから着艦した。
     スピルマから降機。反対側のカタパルトデッキへ走る。そこにはラディッシュが既に人型に変形して着艦していた。その姿、やはりスピルマだ。そしてそのパイロットは女王・将軍・澄の三名と挨拶を交わしている最中だった。
     自分に気が付いたパイロットが石之伸の元に歩いてきた。石之伸よりも頭ひとつ分、背が高い。足はやや内股である。
    「私の名は『悠』。是非、あなたには会いたいと思っていた」
     手を差し出す悠。石之伸も手を差し出した。
    互いの手が握り会った瞬間。
    「こ、これは」
    「久しぶりだな、文殊師利」
     石之伸の生命の奥底に眠っていた「遠い過去の記憶」が呼び覚まされた。100年、1000年の話ではない。五百塵点劫という果てしなく遠い過去の記憶である。
    「お、おまえは普賢か」
     そして最も新しい記憶は勿論、釈尊による「法華経の会座」だ。その一部始終を高台の上から目撃した文殊。会座が終わりを告げようとしたそのとき、遠い彼方の銀河からやってきた一隻の白い宇宙船。その中から出てきた者こそ普賢菩薩に他ならない。法華経化城喩品に「在々諸仏土常与師俱生」という言葉がある。これは決して「師弟」の話だけではない。同じ時代を駆け抜けた「友」もまた再び同じ時代に出会うのだ。そして普賢と文殊は幾度となく輪廻転生を繰り返しては同じ戦場を駆け抜けてきた「戦友」なのだ。
    「乙姫を助けに行くぞ」
     両者の手が離れた。既に石之伸の頭の中には過去の出来事の全てが思い出されていた。無論、それは他人に話すようなことではない。というより、話したところで誰も信じはすまい。
     その後ふたりは悠の愛機である白いコスモパペットを見上げていた。
    「何故、スピルマなんだ?」
    「不思議か?」
     色こそ違うが、紛れもないスピルマ。だが、よく見ると背が高い感じがする。事実、石之伸のスピルマは身長17mだが、白いスピルマは20mある。その違いは足の長さによる。
    形も少し異なる。石之伸のスピルマはノズルの向きが変形前と後で同じだが、白いスピルマは90度向きを変え、爪先が鋭く尖った状態になる。
    「こちらがオリジナルさ。俺は旅の途中、船が故障し、どうしても修理が必要になって竜宮に立ち寄ったことがある。20年も前になるかな。そして二年ほど修行を積み、普賢菩薩の継承者となった自分はスピルマを貰ったのだ」
     同じだ。石之伸もまた竜宮城で三年の修行を積んで、文殊師利菩薩の継承者となった。
    「知っての通り、俺たちは共に『教主釈尊の脇士』だ。そして教主釈尊の精神を現代において継承する者は言わずもがな『乙姫』さ」
     教主釈尊と釈尊は違う。釈尊は地球の「お釈迦様」ひとりのことだが、教主釈尊は過去に存在した全ての「仏」を差す。より詳しくいえば「仏を仏たらしめている理由」のことだ。仏はどうやって仏になったのか?仏はどのようにして悟りを開いたのか?その答えは菩薩道である。菩薩道によって仏は「宇宙の根源」を知り、仏となったのである。つまり教主釈尊とは宇宙の根源=妙の世界のことだ。
     石之伸が乙姫を助けに行かねばならない理由がこれで明らかとなった。石之伸は乙姫の「脇士」なのだ。そして悠も。
    「自分のスピルマは二機、製造された試作機のうちの最初の一機で、今の上皇、当時の竜王が操縦することを前提としているから、相当に腕の立つパイロットでないと操縦が難しい」
     石之伸の機体は王子が操縦することを前提とし、剣を持つ腕の動きに重点が置かれているが・・・。
    「自分の機体は足技を得意とする。上皇は足技の使い手なのさ」
     成程。だから足が長いのか。ノズルが90度向きを変えるのも「足蹴り」の威力を増すための工夫に違いない。その攻撃力の程はいずれ判るだろう。「次の戦闘」は必ずやってくるのだから。
     更に石之伸は悠の宇宙船についても質問した。
    「あれは私の故郷の星で開発された。名前はウイ。『ホワイト・エレファント』の頭文字さ。外見はその名の通り『白い象』。普賢菩薩の乗り物と言えば白い象と決まっているからな。勿論、当時の自分は普賢ではなかったのだが、これは断じて偶然ではない。『仏法に偶然なし』というだろう?仏法ではあらゆる出来事が『必然』。自分が普賢になったのも『必ずそうなる』と決められていたのだろうよ」
     こんな逸話がある。誉と命名されたとある少年は小学生の頃「清酒・会津誉」とクラスメートから渾名を付けられ、虐められていた。その結果、その少年は後年、大の「長州嫌い&会津贔屓」になったという。その少年には、そうなることが運命付けられていたのだ。
     さて、そのウイだが、鼻がメガビーム砲で、六本の牙は敵のビーム兵器を無効化する磁力バリア。四本の足の裏にはそれぞれバーニアが装備され、しかも四本の脚は360度回転する。それによって飛行する方角を瞬時に変えることで駆逐艦クラスの大きさでありながらコスモパペット並みの高い機動性を確保している。そしてお尻の格納庫にコスモパペットとコスモドローンを収納する。コスモドローン「鬱金色のインコ」は全部で二十機!それらが全てサイコ能力によって誘導され、バラバラの標的を攻撃する。
     何て奴だ。この悠という男は。
     修行半年といい、二十機のドローンを自在に操る能力といい、石之伸を遙かに上回る能力の持ち主だ。

     悠が自分の船に戻った。
    「黄桜。戻ったぞ」
    「悠ーっ」
     悠の愛妻・黄桜が二席並ぶコクピットシートの右側から立ち上がるや悠の元に駆け寄り、そのままの勢いで飛びついた。
    「どうでした?あなたの昔の『お友達』とやらは」
    「上手くやっていけそうだよ」
    「それはよかったわ」
     黄桜は「銀河一」といっても過言ではない絶世の美女である。乙姫は兎も角、少なくとも澄は完全に負けている。女王は論外だ。そして彼女の名前から推測できるとおり、二十機のコスモドローンを操っていたのは悠ではない。彼女こそ先程の戦闘で鬱金色のインコを飛ばした者の正体である。サンバード星人である彼女には非常に優れたサイコ能力が備わっているのだ。
     美貌に超能力と、まさに才媛の黄桜だが、欠点もある。彼女は非常に「焼き餅焼き」である。それに関しては、戻ってくるなり飛びついた振る舞いから、ある程度、予想できるだろう。

     エルライス星。
    「遂に普賢と文殊が出会ってしまったか」 
     ヤネニフタ総統はそう呟いた。
    「申し訳ありません、総統閣下」
     サエナイ総理大臣が片膝を突いて謝罪する。
    「慌てるな。F-22,F35も量産体制に入った。戦力的に『我々の優位』は崩れていない」
     総統の言葉の通り、普賢と文殊が手を結んだとはいえ、まだまだ戦力的には圧倒的に優位の立場にある。
    「それはそうと、あちらの方はどうなっている?」
    「はい。既に配備は済ませてあります。あとは奴らが予定されるコースを通過するのを待つばかりです」
    「そちらは確実に仕留めるのだぞ」
    「はっ」

    「正面に惑星発見」
     見るからに生命体が存在しそうな水の惑星を発見した。
    「モニターに惑星の表面の様子を映せ」
     だが・・・。
    「酷いな」
    「やはり全滅か」
     この星は「惑星ファラ」という。エルライス軍の攻撃によって徹底的に破壊され、この星に住んでいた住民は全て殺されていた。
     二機は既に同様の惑星を幾つも通り過ぎていた。エルライスめ。
    「しかし、いくら艦隊が攻めてきたといっても、たかだか軍艦七隻にコスモパペット十一機でここまで完璧なジェノサイドなんてできるのか?核ミサイルにだって限りがある」
     平放蕩将軍が素朴な疑問を吐いた。
    それに対し、悠が次のように説明した。
    「『コロニー爆弾』だ」
    「コロニー爆弾?」
    「スペースコロニーを爆弾に見立てて、惑星の主要都市に落下させるんだ。スペースコロニーの市民と都市の市民、両方を一度に葬り去ることができる実に画期的な戦術さ」
    「そういえば、今まで通過してきた惑星にはスペースコロニーが一つもなかった」
     その時、美蕾が叫んだ。
    「2時の方向にレーダー反応。スペースコロニーです」
    「まだ残っているのか?」
    「映像出します」
     映っているのは確かに密閉型のスペースコロニー。その周囲には無数のソーラーパネルが浮かぶ。
    「どうも臭い」
     悠がそう呟いた。
    「同感じゃ」
     女王も続く。
    「やはり罠か」
     石之伸はじっと映像を眺める。
    「このスペースコロニーは一度、蓋を開けられている」
    「どういうことだ?石之伸」
    「映像を拡大してくれ。手前の蓋と筒の縁をだ」
    「映像拡大します」
    「ほら、はっきりと線が見える。蓋と筒はひとつに繋がっていない。分断されている」
    「はっ」
     悠が何かに気が付いた。
    「直ちに今の場所を移動だ。スペースコロニーの蓋の前から移動するんだ」
    「どうしたのじゃ?悠」
    「早く言われた通りにしろ」
     ウイは既に全速力で移動を開始していた。
    「わかったわい」
     一眼の亀も移動を開始した。
     その数秒後。
    「なんじゃ」
     スペースコロニーの蓋が突然、一眼の亀をめがけて飛んできたのだ。幸い、寸前のところで蓋はあたらなかったのだが、その蓋を飛ばしたのは、ハイギガ絶頂砲をも上回る高出力ビームの粒子であった。ビームに面する一眼の亀の表面温度が3000度を超える。 
    「だめか」
    「もうだめじゃあ」
    「きゃあああ」 
    「おとうさーん」
     ブリッジの中を絶叫が飛び交う。幸い、ビームは10秒ほどで出力を急速に低下させた。
    「直撃だったらひとたまりもなかった。どうやら大丈夫だったようだ」
     石之伸の状況分析は完璧だ。
    「無事か?」
    「悠、今のは?」
    「コロニー・マグナムだ。スペースコロニーを砲身として利用する超破壊兵器だ」
    「何て兵器だ」
    「我々のためにエルライス軍が用意していたらしいな」 
    「どうする?」
    「できれば、今から破壊してもらいたいところだ」
    「了解した。お返しに、こちらもハイギガ絶頂を見舞ってやろうではないか。女王」
    「何じゃ、石之伸」
    「ハイギガ絶頂砲の用意を」
    「だめじゃ」
    「どうして?」
    「腰が抜けた」
    「何だって?」
    「さっきの『コロニー・マグ南無』とやらで、完全に腰が抜けてしまった。セックスなど、できんわい」
    「使えないおばさんだな」
     石之伸は思わず本音を口走った。
    「何じゃと。誰がおばさんじゃ」
    「石之伸、発進する。澄、お前も来い」
     石之伸はスピルマに乗り込むと、右手でビームキャノン砲を握った。
    「スピルマXX、発進」
     スピルマXXが発進した。既に敵の艦隊がコロニーの反対側の蓋にある宇宙港から出撃していた。
     ウイからスピルマXXに通信が入った。
    「何故、発進した?ハイギガ絶頂砲一発で事は足りるが」
    「それが、うちの女王様が先程の攻撃に驚いて、腰が抜けたんだとよ」
    「参ったな。わかった。通常戦闘をしよう」
    「済まないな。こういう時の闘い方ってあるか?」
    「中に侵入。コロニー・マグナムの心臓部である発射装置を爆破する」
    「やっぱりそういうことになるのか」

     ウイ。
    「黄桜。俺も出る。ウイの操縦は任せた」
     悠が格納庫へ走る。
    「スピルマ発進」

     蓋がなくなったので、正面から突入できる。といっても中はまだ相当の高温の筈。とても正面から突入する気にはなれない。石之伸はスピルマXXを宇宙港に向けた。正面には敵艦隊。
     敵艦隊の砲撃が始まった。幸いなことに、それを躱すための浮遊物が周りには沢山浮かんでいる。ソーラーパネルだ。石之伸はソーラーパネルを隠れ蓑にして、敵艦隊に接近した。
    「墜ちろ」
     ビームキャノン砲を発射。見事に戦艦のブリッジに命中。そのまま戦艦を素通りして宇宙港に侵入。

     続いてドリアンも発進。
    「タンバリン」
     直ちにタンバリンを放出。敵巡洋艦を攻撃。ドリアンもまた宇宙港に入った。
     宇宙港にスピルマXXとドリアンが仁王立ちする。船が一隻もいない宇宙港は実に広々とした空間だ。
    「さて、どこから破壊すればいいんだ?」
    「見て。あっちに通路があるわ」
     澄が指差す。
     中を進むと突き当たりにコスモパペットでも通過できる大きな開閉扉があった。
    「きっとここからコロニーの中に入れるわ」
    「気をつけろよ。まだ温度が高いかも知れないぞ」
     開閉扉を開く。
    「どうやら大丈夫みたい」
     コロニーの中へ入るドリアンとスピルマXX。
     普通であれば町が建設されているスペースコロニーの内部だが、シリンダーは黒焦げ状態で何もない。
    「見て」 
     澄がいう方向を見る。そこはシリンダーの底の中央部分に当たり、本来はコロニー内部を明るく照らす人工太陽がある場所だ。
    「これは!」
     そこには何と、巨大な一本の棒が聳え立っていた。その高さは実にコロニーの長さの半分にあたる15㎞。あまりに巨大なので、その全容は石之伸には判らなかったが、計測したところ、その棒は松茸そっくりの姿をしている。
     これこそ、コロニー・マグナムの心臓部、通称「リンガ」と呼ばれる炉心棒である。この棒が光り輝き臨界に達したとき、あの恐るべきエネルギー粒子が発射されるのだ。
     そして、再び超巨大リンガが淡く発光し始める。どこかにある制御室で再び発射準備が開始されているのだ。
    「澄」
    「わかってるわ」
     ドリアンが仰向けに寝そべる。
    「いく、いく・・・いくう~」
     絶頂砲を発射。これで終わりだ。
     だが。
    「エネルギー粒子を吸収?」
     石之伸は見た。超巨大リンガ絶頂砲のエネルギー粒子を悉く吸収するのを。



  • 予告

  • コロニー・マグナムの中でコスモパペットによる白兵戦が始まった。
    その間もリンガはその輝きを不気味に増していく。
    もしも発射されれば、シリンダーの中にいるコスモパペットは全滅だ。
    まさに極限の闘い。石之伸は、澄は果たして無事に生きて脱出できるのか?
    文殊の剱「大艦隊」
    11月1日19時30分
    宇宙の旅は続く。



  • 16

  • 「そうか。コロニー・マグナムのシステムは絶頂砲と同じ。だから絶頂砲のエネルギー粒子では破壊できないのだ」
     ドリアンの絶頂砲を吸収する超巨大リンガ。
    「何て恐ろしいものを開発したんだ。エルライスは」
     そして再び、その咆吼を宇宙に轟かせようとしている。
     だが何故だ?これだけ巨大なスペースコロニーである。その動きは緩慢であり、いくらエネルギーを充填したところで一眼の亀やウイを狙い撃ちすることなど出来はすまい。

     一眼の亀。
    「9時の方向にレーダーに反応。艦隊です。それも大艦隊です」
    「エルライスのものか?」
    「艦船を計測。データはありません」
    「ということは、エルライス軍ではないのか」
     この謎の艦隊についてはウイのレーダーでも探知していた。黄桜が計測する。
    「この艦隊は『ラムスイ教』のものだわ」
     銀河の中を旅するウイにはデータがあった。
     ラムスイ教とは天の川銀河で最も信者数の多い宗教である。チナパレス人もラムスイ教の教徒だ。そして帝王の蟹が救助した人々も、その多くがラムスイ教徒であった。ラムスイ教は像法時代の宗教であり、地球のような末法時代に突入した星では形骸化し、倫理・道徳的な価値しか持たない宗教だが、天の川銀河の中にある星の多くは「像法時代の星」であり、ラムスイ教徒と仏教徒は「天の川銀河の平和」のために友好関係を結んでいた。
     これでコロニー・マグナムが再び発射態勢に入った謎が解けた。コロニー・マグナムはチナパレス人を救済するためにエルライス星に向かうラムスイ教の艦隊を狙撃するつもりなのだ。それこそが本来の目的で、たまたま一眼の亀とウイがここを通りかかっただけなのだ。
     悠が黄桜に命令を与える。
    「ラムスイ艦隊に向かえ。こちらの状況を説明して艦隊をブランチさせるんだ。艦隊がひとつに固まっていたらコロニー・マグナムで狙い撃ちにされる」
    「了解」
     ウイがラムスイ艦隊に向けて発進した。
    「さて、俺も突入するとするか」
     スピルマ・ラディッシュがコロニー・マグナムの中に突入した。

     スピルマXXとドリアンは超巨大リンガに対し、あらゆる武器を試してみた。
    「だめだ。この巨根は破壊できない」
    「どうするの、あなた」
    「判らない。だが、必ず何か方法があるはずだ。人が作ったものである以上は」
     だが、考えている暇はなかった。敵のコスモパペット隊がコロニー内に侵入してきたからだ。こうなると、もはや戦闘に専念するしかない。
     ビームキャノン砲を打ち尽くしたスピルマXXはレーザーサーベルを手にした。
    「なに」
     よりによってF-18とがっぷりよつの状態になった。下半身がオールスカートのF-18はバーニアの推力でスピルマに優る。スピルマの背後には不気味に光る超巨大リンガ。既に輝いているから、もしもこのまま押し込まれればスピルマは蒸発してしまう。
     危うし、スピルマ・キャロット。
     その時、頭上からスピルマ・ラディッシュが降下してきた。その右足がスピルマ・キャロットをリンガに押し込もうとしているF-18の脳天を直撃した。F-18はその勢いで落下。F-18がいた位置にスピルマ・ラディッシュが納まる。
    「大丈夫か?」
    「正直、今のは危なかった」
    「大分、苦戦しているようだな」
    「というより、この後ろのデカブツを破壊できないで困っている」
    「直接攻撃はムリだ。まずはコロニーの筒と底の面から崩していくしかない」
     といっても、スペースコロニーは巨大である。しかもコロニー・マグナムは「発射時の衝撃」や「内側の高熱と圧力」に耐えられるように通常のスペースコロニーよりも遙かに頑丈な作りになっている。コスモパペットで破壊していたら大変な時間が掛かるだろう。しかもそこへ次々と敵のコスモパペット隊が雪崩れ込んできているのだ。
    「く、また来やがった」
    「まずはこいつらを片付けてからだ」
    「そうね」
     格闘戦は続く。

     一眼の亀。
    「中山ジャンダル、発進」
     コロニー・マグナムの中で格闘戦が始まったのを受けて、ジャンダル隊が加勢のために発進した。
    「突入する。みんな気張れよ」
    「了解」
     ジャンダル隊が正面からコロニー・マグナム内へ突入。コロニー・マグナム内では既に戦闘が進んでいた。
    「攻撃開始」
     ジャンダル隊の攻撃はビームライフルによる上からの攻撃。敵のコスモパペットは「不意を突かれる格好」となった。
    「中山。なかなか上手い攻撃だ」
     石之伸は素直に褒めた。
    「お褒めにあずかり光栄です」
    「お前たちはリンガの先端部から奥に入るな。そのまま上から砲撃するんだ」
    「合点、承知の助」
     超巨大リンガの輝きによって、ジャンダル隊はリンガの中にいるコスモパペットからは見えない。中にいる石之伸にはそうした状況が判っているから、こうした命令を下したのだ。そして上からは、下を飛ぶコスモパペットの動きは光によって「丸見え」であった。だからジャンダル隊の仕事は実に楽なものであった。
     だが、肝心の「コロニー・マグナムの破壊」乃至「コロニー・マグナムの機能停止」作戦は一向に進まないのだった。超巨大リンガの輝きがどんどん増していく。このままだと「二度目の発射」が行われてしまう。

     頼みの綱のひとつ、一眼の亀。
    「女王様、しっかりしてください」
     平放蕩将軍が必死に女王を介抱する。先程から女王をうつ伏せにして腰のマッサージを行っていた。
    「おー痛い、痛い」
    「急がないと、間に合いませんぞ」
    「判っておる。だが、腰が痛いのじゃ」
     まだ当分はダメのようだ。

    「こうなったら」
     石之伸は戦場を後にした。自分がコロニー内に入る時に使用した入り口に向かう。
    「何処へ行くの?」
    「ここを管理している制御室だ。そこを占拠する」
    「沢山、人がいるはずよ。ひとりでは無理よ」
    「やってみなけりゃわからない」
    「あなた」

     コロニー・マグナム制御室。
    「エネルギー充填50%。発射まであと20分」
    「そんなに掛かるの?」
    「発射には大量のエネルギーが必要ですから」
    「こいつの唯一の欠点ね」
     このコロニー・マグナム「チョイウトウシ」の最高責任者であるクボキタマ中将は苛立つ心を隠せない。またまた中将の登場だ。先に登場した五人の中将たちに「裏金問題」があったように、この中将にも「学歴詐称疑惑」がある。
     何やら扉の外が騒がしい。
    「何があったの?」
    「敵襲です。どうやらひとりのようです」
    「リンガは破壊できないから、ここを占拠しようという魂胆ね」
    「心配いりません。ご安心ください。ここを護る兵は50人おります」
    「このまま発射準備を続行せよ」
    「了解」

     発射まであと20分。勿論、石之伸はそんなことは知らない。一刻も早く制御室を制圧しなければと気持ちが焦る。石之伸は敵から奪った機銃で応戦していた。だが、敵の反撃は凄まじい。ひとりふたり撃ち殺しても、すぐに増援がやってくる。とても通路を突破できそうにない。
     そこへ悠がやってきた。
    「こりゃあ凄いな。とても通れんぞ」
    「悠」
    「ここはひとつ、俺に任せろ」
    「どうするんだ」
    「こうするんだ」
     答えは実に簡単。悠は手持ちの手榴弾を投げ込んだ。
    「うわあ」
     手榴弾が爆発。
     「行くぞ」
     先へと進む二人。
     次々と手榴弾を投げ込む悠。その後をついていく石之伸。その時、石之伸は死体の中に銃ではなく剣を所持している者を発見した。
    「いただき」
     石之伸はそれを手にした。
    「とう」
     通路で悠がジャンプ。足蹴りを相手の顔に喰らわす。
     更に。
    「やあ」
     回転蹴りで相手を弾き飛ばす。悠は「足技の名手」なのだ。
    「俺も負けてはいられない」
     剣を持った石之伸は鬼に金棒だ。
    「うりゃあ」
     敵兵を袈裟斬りで斬る。
    「とりゃあ」
     今度は突きで倒す。
     息の合ったコンビは、まさにふたりが古の時代から共に戦ってきたことの何よりの証だ。
     ふたりは遂に制御室の前の扉までやってきた。
    「でやあっ」
    「それ」
     石之伸が扉を二つに斬り、その後、悠が扉を蹴飛ばした。
     中に入ると、そこには多数の技師と、ひとりの見るからに厚かましい雰囲気を湛える女がいた。この女こそ、ここの責任者のクボキタマ中将であった。
    「いわれなくても判っているな。直ちに発射を中止するんだ」
    「残念だったわね。もう止められなくってよ」
    「何だと?」
    「お前たちが来るのが遅すぎたのよ。既に臨界に達しているわ。ここで無理に発射を止めようとすれば、ここにいる全員が死ぬことになるわ」
     今の話は真か嘘か?
     コロニー内にはまだ澄とジャンダル隊がいる筈だ。そのような状況での発射など有り得ない。
     石之伸は中将にばれないように懐の通信機のスイッチを入れた。
    「そんな話、誰が信じるものか」
    「信じる、信じないもない。発射しなければエネルギー粒子によってリンガが溶けて、コロニー全体がエネルギー粒子によって蒸発するのよ」
    「それまで、あとどのくらいの時間があるんだ」
    「そうね。あと3分かしら」
    「それまでにコロニー・マグナムを発射しないとダメということか」
    「そういうことよ」
     
     ドリアン。
    「あと三分」
     澄はジャンダル隊に命令した。
    「直ちにここを脱出よ。そうしないと私たち全員、エネルギー粒子に飲み込まれて蒸発するわ」
    「合点」
    「承知の助」
     中山たちがジャンダルを上昇させた。その後に澄のドリアンが続く。更にその後を敵のコスモパペット隊も追ってくる。
     まずジャンダル隊が外に出た。次いでドリアンも無事に脱出。
     その時。
    「え、なに?」
     ドリアンは今まで見たことのない軍艦がコロニー・マグナムを取り囲んでいるのを見た。
     そして最後にエルライス軍のコスモパペットが脱出した瞬間。
    「あっ」
     それらの軍艦が一斉に砲撃を開始した。エルライス軍のコスモパペットは全て破壊された。

     制御室。
    「リンガが溶け出すまであと10秒」
    「判った。仕方があるまい。俺たちも死にたくはない」
     クボキタマ中将が叫んだ。
    「コロニー・マグナム、発射」
     二回目となるコロニー・マグナムが発射された。
     悠に通信が入った。
    「こちら黄桜。悠、聞こえる?」
    「ああ。よく聞こえる」
    「コロニー・マグナムは不発に終わったわ。ラムスイ教の船には一隻も損害はないわ」
     この通信はクボキタマ中将の耳にも入った。
    「なんだと。そんなバカな」
    「ウイの飛行速度の方が、お前たちの作戦よりもちょっとばかし『速かった』ということだ」
    「そんな」
    「舐めてもらっては困るな。これでも普賢菩薩なんだぜ。俺は」
    「くそう」
    「さて。それでは全員、捕虜になって貰おうか。一眼の亀に『ご同行』願おう」
     その時、制御室に謎の兵士たちがどどっと雪崩れ込んできたかと思うや、瞬く間に制御室を占拠した。
    「何者だ?」
     叫ぶ石之伸。
    「その戦闘服はラムスイか」
     悠は落ち着いている。
     そう。彼らはラムスイ教を奉じる人々からなる兵士たちだ。コロニー・マグナムを取り囲む高速駆逐艦の中からやって工作隊のメンバーたちである。
    「構え」
     リーダーらしき人物がそう叫ぶ。他の兵士たちが一斉に機銃を構えた。
    「おい」
    「よせ」
     悠と石之伸が叫ぶ。
    「撃てえ」
     制御室に機銃掃射の音が轟く。石之伸と悠の目の前で技師とクボキタマ中将は銃殺された。
     悠と石之伸は直ちに彼らの愚行に対し非難の声を上げた。
    「お前たち、なんてことを!」
    「捕虜には生命を守られる権利がある!」
    「エルライス人はチナパレスの人々を今も虐殺し続けている。やられたらやり返す。我々はエルライスを殲滅する。お前らには同胞を殺されていく私たちの怒りは判るまい」
     その後、続々とラムスイ教の艦船が集結してきた。
     そして。
    「一斉発射」
    彼らの砲撃によってコロニー・マグナムは宇宙の藻屑となった。

     一眼の亀。
     艦隊を統率するラムスイ教の教主がシャトルで来訪、蘇我馬知子女王と謁見した。教主は女王に謝辞を述べ、打倒エルライスのための同盟関係が結ばれることになった。

     ウイ。
     悠は石之伸を招いた。二人きりで話がしたかったからだ。
    「お前も見た通り、エルライス人はラムスイ人を、ラムスイ人はエルライス人を全滅させることが『勝利』であり『宇宙の平和』であると考えている。実に愚かなことだ」
    「俺たち菩薩には菩薩としての『勝利の基準』というものがある。エルライスを悪と決めつけ一方的に虐殺することは断じて菩薩のすることではない」
    「エルライスとラムスイの人々を握手させる。それが我々の勝利だ。それ以外の形での戦争の終結は我々の敗北だ」
    「だが『憎しみの炎』を消化する作業は容易じゃない」
    「だが、やらねばならない。我らふたりが揃ったからには、この世に不可能なことなど存在しない。否、断じて存在してはならない。菩薩が宇宙を『平和にできなかった』となれば、宇宙には希望など一切存在しないことになってしまうからな」
     普賢と文殊。ふたりの心の中で慈悲の精神=菩薩界の炎が激しく燃え上がっていた。

     一眼の亀。
     四回目のワープを終了した。到着まであと三回である。
     あの日の闘い以降、一眼の亀とウイはラムスイ艦隊と行動を共にしていた。共闘するにあたり「敵の捕虜は一眼の亀に収監する」ことが取り決められた。そうしないとまた処刑という悲劇が行われることになるからだ。そしてこの取り決めは半ば一眼の亀側からの強制によって決められた。ラムスイ側としては一眼の亀とウイの高い戦闘能力がどうしても必要だったから、渋々ではあったが承諾したのだった。
     そしてこんなギクシャクした状況では、必ずと言っていいほど「おかしなこと」を企む輩が出てくる。
    「俺たちで一眼の亀を乗っ取っちまおうぜ」
     ラムスイ軍の過激派が密かにその時を狙っていた。
     ラムスイ艦隊は補給艦を同行させていた。
    「一眼の亀へ。我々から補給物資を提供しよう。今からシャトルを送る」
     補給艦からシャトルが発進した。
    シャトルが一眼の亀の格納庫内に着陸した。シャトルの扉が開く。
    「何だ。うわっ」
     シャトルの中からは過激派メンバーらが銃を持って降りてきたのだ。瞬く間に格納庫は制圧されてしまった。
    「作戦通りだ。お前の隊はブリッジを占拠しろ。俺たちはここのコスモパペットを頂く」

     スピルマ・キャロット。
     その頃、石之伸は偵察に出ていた。
    「む」
     無線の様子がおかしい。
    「こちら石之伸。どうした?」
    「大変だ。敵襲だ。敵がブリッジを占拠しようとしている」
    「何?」
    「ラムスイの連中が一眼の亀とコスモパペットを奪おうとしているんだ」
     なんてこった。
    「判った。直ちに引き返す。それまで持たせろよ」
     石之伸は機首を反転。一眼の亀へと向けた。

     ウイ。
    「悠。一眼の亀で何か起きたようよ」
    「何かって何だよ?黄桜」
    「今、艦内で銃撃戦が行われているわ」
    「判った」
     悠はウイを直ちにラムスイ艦隊の旗艦・戦艦ヘンテラへ向けた。

     石之伸が一眼の亀を視認した。
    「もう間もなく着艦する」
     その時。
    「何?」
     発進口からジャンダルが次々と発進、スピルマ・キャロットめがけて飛んでくる。ビームライフルをスピルマ・キャロットに向けて発射してくる。その練度は低い。撃墜することは簡単だが、そんなことをすれば一眼の亀のコスモパペットがなくなる。
    「あれは?」
     石之伸は一機のシャトルが一眼の亀に向かうのを目撃した。シャトルが一眼の亀の中へ入った。そのシャトルにはラムスイ艦隊の司令官と、その配下の兵たちが乗り込んでいた。
     一眼の亀のブリッジはラムスイの過激派によって既に制圧されていた。
    「司令官殿」
     過激派は司令官が自分たちの行動を支持、一眼の亀にやってきたものと思った。だが、司令官は自分が率いる兵に対し「撃て」と命じた。
     過激派は司令官によって一掃された。
     更に。
    「司令官が一眼の亀に入った」
    「そうか。一眼の亀を我が軍の配下に収めたのだな」
     ジャンダルを奪取したパイロットたちもまた全員、一眼の亀へ帰艦した。
    「撃て」
     ジャンダルから嬉々として降りてきた彼らもまた射殺されるのだった。
     かくして反乱は鎮圧された。

     一眼の亀・ブリッジ。
    「この度は我が軍の者がとんだことを企て、誠に申し訳なかった」
     ラムスイの司令官は馬知子女王に謝罪した。
    「今回のことで、我々は自分たちが如何に『野蛮な存在』に成り下がっているかを知りました。今の我々はエルライスと何ら変わらないということを」
     その場に同席していた石之伸が次のように言った。
    「では、どうすればラムスイ教の信者として恥ずかしくない『善良な人間性』を取り戻せると思いますか?憎しみのままにエルライスの人々を『皆殺し』にしますか」
    「いえ。それは間違っています。私たちは今こそ『殺さない』ことを決意しなくてはなりません。最後の最後まで敵対してくる者に対してのみ『武器を向ける』と」
     どうやら、今回の事件でラムスイの人々は気がついたようだ。「敵を殲滅する」という怒りの心が如何に物事を正しく判断する能力を失わせるかということを。そして自らを存在価値のない「下劣な存在」に変えてしまうものかということを。
     司令官と兵はシャトルで戦艦ヘンテラに戻っていった。
     ラムスイはこれでいい。あとはエルライスだ。



  • 予告

  • 一眼の亀、ウイ、そしてラムスイ教の連合艦隊は
    天の川大銀河と小銀河が接触する場所までやってきた。
    ここは二つの銀河が衝突する場所であり、無数の惑星が密集、
    頻繁に衝突を繰り返す「魔の地帯」だった。
    そしてそこで、悠と雄一郎の「運命の出会い」があった。
    文殊の剱「第六天魔王VS普賢菩薩」
    11月15日19時30分
    宇宙の旅は続く。



  • 17

  •  エルライス星近くの宇宙空間では先程からイトマキⅧが改良を施したメガ絶頂砲の発射テストが繰り返されていた。改良と言っても発射時の乙女たちへの負担を軽減するリミッターを外しただけのことなのだが。
    「発射」
     前回の戦闘時には発射しなかった絶頂砲が発射される。
     しかし。
    「DP-57L。死亡しました」
    「またか」
     リミッターを外された絶頂砲は、発射はするものの1回きりで発射装置となった乙女の生命力を全て吸い取ってしまうのだった。従って、ひとりの乙女で1回しか発射できない。その結果、試射実験だけで既に20人もの乙女たちの尊い命が失われていた。
    「乙女は?」
    「もういません」
     なんと。DP-Lのメンバーは全て使い切ってしまったのだ。
    「まだひとりいるだろう」
    「ですが昨日、病院から退院してきたばかりです」
    「構わん。その娘を使用する」
     そういって磔台に繋がれたのは先の戦闘で激しく責められ、入院した病院から退院したばかりの芽茱萸ことDP-67Lだった。
     連れて来られると直ちに大の字に拘束され、必要なパーツが取り付けられた。
    「よし、テスト開始」
     DP-67Lの感じる部位に微弱電流が流される。
    「ううー」
     必死に藻搔くDP-67L。
     そして。
    「発射」
     メガ絶頂砲が発射された。DP-67Lが死んだ!
     しかし、DP-67Lだけは死なないのだった。どうやら人並み外れた生命力の持ち主であるようだ。
    「実験成功だ!」
     研究者は大いに喜ぶのだった。
    「これならば実戦に使える」。
     その後、DP-67Lの股間に繋がる装置が外された。「実験は終了」ということである
    「イヒヒヒヒ」
     ここから先はDP-67Lのもうひとつの役割である兵に対する慰安婦としての「おつとめ」が始まった。



  • 「こりゃあ酷えな」
     浮遊隕石同士が衝突する。その時の凄まじい衝撃により大量の小さな隕石群が四方に飛び散る。それに当たれば戦艦などひとたまりもない。
     浮遊隕石同士でさえ、そうなる。ところが、ここでは惑星同士が互いの発する重力によって衝突することも珍しくない。その時には浮遊隕石同士の時とは比較にならない大量の隕石群が宇宙に散らばるのだ。
     ここは天の川大銀河と小銀河が交差する場所。両方の星々が衝突し合い、非常に多くの隕石群が存在する場所である。
    「こんな場所、通れるのか?」
    「エルライス軍は通っているんだろう?」
     そうとも限らない。銀河円盤の上か下に飛び出しているのかも知れない。そこで思い出されるのは、天の川大銀河の中心にあるブラックホールを上から通過したときのことだ。そこにはエルライス軍の中間補給基地である宇宙要塞サントウセイがあった。
    「隕石群を通過するか、それとも宇宙要塞を撃破するか」
     ここはよりエルライス星に近い場所である。サントウセイよりも、より強力な宇宙要塞があるに違いない。
     ルートは三つ。どのルートを通るべきか?話し合いの結果、上をラムスイ艦隊、下を一眼の亀、そしてウイが隕石群を中央突破することが決まった。ウイの中央突破はウイがコスモパペットのように小回りの効く宇宙船だからだ。
     集合地点を確認後、それぞれのルートを目指す。
    「無事だったら」
    「また会おう」
    「では」
     果たして、この中で「貧乏くじを引いた」のは誰?

     一眼の亀。
    「銀河円盤の下に出ました」
     頭上に銀河円盤。正面には天の川小銀河の中心部である膨らみが見える。
    「レーダーに反応あり。巨大隕石発見」
     どうやら、貧乏くじは一眼の亀のようだ。

     一方、上からの通過を選択したラムスイ艦隊もまた。
    「前方に敵宇宙要塞確認」
     どうやら、貧乏くじはひとつだけではなかったようだ。

     そしてウイ。
     ウイは順調に隕石群の中を突き進んでいた。
    「流石に、こんな場所に敵はいないようだな」
     悠が黄桜にそう話した。
    「いえ。どうやらそうでもなさそうよ、悠」
    「なに」
     その直後。ウイに衝撃が走った。
    「どうした黄桜。隕石との衝突か」
    「今のは遠距離からのビーム砲よ」
     ウイを直撃したビーム砲はイトマキⅧのメガ絶頂砲であった。かなりの距離があったからだろう。完全破壊こそ免れたものの、直撃を受けたウイの左耳には大きな穴が空いていた。
    「この感覚は」
     悠は昔、感じた感覚を思い出した。
    「これはあのときの」
     その時、ウイに通信が入った。
    「久しぶりだなYOU」
    「その声。それにその邪悪は波動。貴様、雄一郎か」
     貴様。この時代の江戸ではまだ「目上の者に対する敬語」として用いられている。無論、ここでの悠はそんな意味で用いてはいない。これは貴様が「相手への侮蔑語」として用いられるようになった最初のケースである。
    「思えば、俺とお前の出会いは石之伸よりも古いんだよな」
     確かにそうだ。竜宮の漂流船をヤダユ船団が救助。ヤダユの戦艦が竜宮まで運ぶ途中、ふたりは出会ったのだった。
    「そうだったな。今にして思えば、あのとき倒しておくべきだった。ヤネニフタ将軍と共に」
    「今頃、後悔しても遅い」
    「それはどうかな」
     悠はウイのコクピットシートを立ち上がった。
    「黄桜、おれはラディッシュ(白いスピルマのこと)で出る。後は任せる」
    「ほう、来るか。ならばその挑戦、受けてやろうではないか。ブイブイブイー」
     雄一郎がスピル・チェイサーで発進した。
    「変形」
     ステルス性能を持つ飛行形態でウイに向かう。
     その後を追うようにDP戦隊も出撃した。

    「発進」
     ラディッシュがウイのお尻から発進した。
    「変形」
     こちらも大根に変形。
     スピル・チェイサーVSスピルマ・ラディッシュ。まずはどちらも戦闘機の姿でドッグファイトだ。
    「墜ちろ」
     ラディッシュの頭が機体の上に持ち上がり、機銃が掃射される。だが、これは当たらなかった。
     Uターンしてくるかと思いきや、そのまま素通りするスピル・チェイサー。
    「逃げる気か」
    「お前には相応しい相手を用意してある」
     相応しい相手=DP戦隊がやってきた。
    「悠はお前たちに任せる。私はウイを墜とす」
     雄一郎はそのまま黄桜が操縦するウイに向かったのだった。
     それを見た悠は内心「バカな奴だ」と思った。せいぜい黄桜の恐ろしさを味わうことだな。そう思ったのだった。
    「ならば俺は迷わず、こいつらの相手をするとしよう」
     悠はDP戦隊との闘いを選択した。
    「変形」
     ラディッシュが大根から人型にスイッチした。石之伸であれば、このあとはすぐさまレーザーサーベルを手にするが、悠は手に武器を持とうとはしない。
    「素手で我らと闘うというのか?」
    「何と愚かな」
    「バカな奴だ」
    「構うことないわ」
    「大根サラダにしてやるわ」
    「みんな」
    「ビームキャノン砲よ」 
     七機がビームキャノン砲を構える。
    「連射攻撃、開始」
    1,5秒間隔でビームキャノン砲を発射してくる。それを、まるでフラメンコを踊るように華麗に躱すラディッシュ。
    「文殊は、お前たちを少女ゆえに『殺したくない』と感じたようだが、俺は文殊ほど甘くはない」
     悠が攻撃を仕掛ける。
    「まずは一機」
     悠の攻撃法は「足蹴り」。ラディッシュは足の臑から下の部分がビームサーベルのように発光するようにできているのだ。
     悠はどの機体が最初にビームキャノン砲を発射していたのかをしっかりと見ていた。いくら他の機体がビームキャノン砲を発射してこようが、最初に発射した機体は10秒間、ビームキャノン砲を発射できないのだ。
     ラディッシュが最初にビームキャノン砲を発射した機体に接近した。その間までの時間は8秒。
    「それっ」
     ラディッシュが右足でスピルマクⅡの頭を、サッカーボールをゴールに向けてシュートするように勢いよく蹴飛ばした。蹴りを食らった頭はグチャグチャになった。
    「あーっ」
     その後、機体は爆発。まずDP-45Fが宇宙に散った。
    「さて、お次は」
     ビームキャノン砲を避けた悠はそのビームキャノン砲を発射した機体に向けて接近。
     それはDP-37Fだった。
    「やあっ」
     これまた発射から10秒以内に懐に入り込み、回転踵蹴りで顔面のカメラアイを破壊。更に腹に足蹴りを喰らわす。
    「さあ、お次は誰だ?」
     お次はDP-51Fであった。タイミング悪くDP-37Fを破壊した直後にDP-51Fがビームキャノン砲を発射してしまったからだ。
     ビームを躱し、その直後に急速接近するラディッシュ。10秒の時間さえあれば再攻撃できるのだが、それを与えないのが悠だ。
    「デュエットキック」 
     両足を揃えてのキック。その勢いは凄まじく、DP-51Fは喰らった瞬間、両腕と両足が体から分離した。
     これで三機撃墜。
     この状況を遠くから見ているのは隊長機であるピンクのスピル・クレスタ。即ちDP-65F。
     その気配に悠は無論、気が付いていた。気が付いていて、敢えて無視していた。まずは残りの四機を撃墜したかったからだ。
     悠はフェミニストの文殊、即ち石之伸には倒せない敵を、この場で全て「仕留めておく」と決意していたのだ。

     丁度、その頃。
    「ハイギガ絶頂発射じゃあ」
     一眼の亀が宇宙要塞ア・ヴィルア・フォテブにハイギガ絶頂砲をお見舞いしていた。
     更に、その同じ頃。
    「全艦、一斉砲撃。撃てえ」
     ラムスイ艦隊もまた宇宙要塞アフフン・ゴロジヤに対し猛攻撃を加えていた。
     勝敗はいずれも「エルライス側の敗北」となるだろう。

     場面は隕石群の中に戻る。
     DP-65Fはもっと隕石を「有効に使え」と脳波で四機に指示を送った。
     四機が隕石の背後から隕石を打ち抜くようにビームキャノン砲を打ち始めた。
    「考えたな」
     10秒以内での接近はどうやら難しそうだ。
    「ならば、こちらも」
     悠もラディッシュを巨大な隕石の裏に隠す。
     その隕石めがけて四機のビームキャノン砲が一斉発射された。巨大隕石が粉々になった。
    「やった。とうとうやったわ」
     だが、ラディッシュは粉々になった巨大隕石の破片の裏に隠れていたのだ。
    「頂き」
     今度の獲物はDP-47F。ラディッシュは右肩にキックを浴びせた。右腕が吹っ飛ぶ。
    「はい頂いた」
     頂いたのはDP-47Fの右腕に握られていたビームキャノン砲。それを自分の右腕に握る。
    「はい、はい、はいーっ」
     そのビームキャノン砲を連続発射。小隕石の後ろに隠れている残り三機のスピルマクⅡを小隕石ごと撃破した。銃身の長いビームキャノン砲でありながら、その射撃はまるでポケットに収まるミニ拳銃を扱うように実に軽やかだ。
     ビームキャノン砲を捨てて、ラディッシュはDP戦隊最後の生き残りがいる場所へ向かう。勿論、DP-65Fのことだ。
    「哀れな乙女よ、安心しろ。速やかに成仏させて来世に生まれ変わらせてやるからな」
     悠が阿綺羅を仕留めることになるのか?確かに、悠ならば阿綺羅とは直接的な繋がりがない。悠は何も迷うことなく阿綺羅を倒すであろう。

     一方、こちらは雄一郎と黄桜。
    「間違いない。あの時の白い船だ」
     雄一郎は当時の記憶を思い返していた。
    「我がフィグの攻撃を受けてみよ」
     スピル・チェイサーの尻尾が八つに分裂。八機のフィグに変化した。
     八機の無花果がウイにオールレンジ攻撃を仕掛ける。黄桜はそれを躱そうと必死に操縦するが。
    「く」
    「この隕石群の中では自由に動けまい」
     フィグの攻撃を躱そうとすると、小隕石に機体をぶつけないではいられないのだ。
    「どうしてこの場所で俺様が待ち伏せしていたか、判っただろう?ブイブイー」
     雄一郎の口からオノマトペが出た。調子に乗っている証拠だ。
    「さあ、好きな方を選べ。小隕石にやられるか、それとも俺様のフィグでやられるか」
    「まだよ」
     だが、黄桜はまだ闘志を失ってはいない。
    「ミミー」
     ウイのお尻が二つに割れた。中から鬱金色のインコの姿をしたコスモドローン・ミミーが飛び出した。その数二十機。
    「攻撃よ」
     ミミーVSフィグ。インコVS無花果。二十機VS八機。
     だが、数に優るミミーはフィグに苦戦した。ミミーの攻撃は小隕石の中を自在に飛翔、小隕石を盾として巧みに利用するフィグの前には無力だったのだ。
     次々と撃墜されていくミミー。このままでは危ない。
    「戻れ」
     黄桜はミミーを戻さざるを得なかった。
     ミミーが座る操縦席。左右の操縦桿とは別に床から一本、操縦桿が延びている。いや、よく見ればそれは操縦桿ではなく、掃除機のノズルを思わせるパイプである。しかも先端部分はウイの鼻先と全く同じ形をしている。ミミーは俯いてそれをじっと眺めた。
    「仕方が無いわ」
     黄桜は頬を真っ赤に染めると、そのパイプを床から手前にぐっと引き延ばすと、その先端部分を自分の股間に装着した。その瞬間、先端部分がミミーの大事な部分にブチュウと食らいついた。
    「あん、あん、きもち、いい」
     性器の刺激に酔い痴れる黄桜。まさかこれは。
    「もうだめ、いくううううん」
     ウイの鼻先から強力な破壊力を持つエネルギー粒子が放出された。間違いない。これは絶頂砲だ。ミミーが通用しないと判断した黄桜は日頃は羞恥心から使用しない一撃必殺の秘密兵器を発動したのだ。ウイの絶頂砲が小隕石もろとも八機のフィグを粉砕する。
    「ピピピー。これはやばい象」
     雄一郎はダジャレを言いつつ慌てて後退した。かろうじてスピル・チェイサー本体は消滅を免れた。だが、これでウイとスピル・チェイサーの間を遮る小隕石は一掃された。
    「漸く、ご対面ね」
    「チチチー」
    「こうなれば、こっちのものよ」
     回収したミミーを再び飛翔させた。十二機のミミーがスピル・チェイサーを攻撃する。
    「呑!」
     これはオールレンジ攻撃。
    「辛口一献!」
     これは一方方向からの集中射撃。
     いずれの攻撃も雄一郎を恐れさせるに充分なものだ。
    「これはたまらん。イトマキⅧ、援護しろ」
     イトマキⅧから威力を落としたメガ絶頂砲が長距離射程で連続発射された。黄桜はミミーを散開させることで直撃を免れる。だが、その間に雄一郎は退却した。勿論、DP-65Fもだ。

     ラディッシュ。
    「む、退却したか」
     DP-65Fが発する脳波が消えた。スピルはステルスパペットだから、レーダーには反応しない。しかもこの隕石群だ。脳波を感じられなくなれば居場所などわかるはずもない。
    「こっちも退却だな」
     悠もウイに帰艦した。
    「黄桜、大丈夫か?」
     悠がブリッジにもどった。
    「悠」
     黄桜はいつものように悠に抱きつこうとはしない。逆に悠から黄桜を抱きしめた。
    「どうした?」
    「絶頂砲を使ったわ。それにミミーを八機も墜とされたの」
     絶頂砲を使用すれば使用した者の股間はビショビショに濡れている。黄桜はそれをいたく恥じていた。
    「まだ十二機もある。それだけあれば充分に闘えるわ」
     悠は絶頂砲には一切触れず、ミミーが撃墜されたことだけに話を持っていった。
    「よいしょ」
     悠は黄桜を「お姫様抱っこ」すると、そのまま寝室へと連れて行った。せっかく濡れているのだ。やらない手はない。

     集合場所には既に一眼の亀とラムスイ艦隊が到着していた。ウイは最後の到着となったわけだ。
    「遅かったのう。そなたらしくもない」
     馬知子女王からの通信の第一声。
    「ああ」
    「どうやら、派手にやられたようじゃな?」
     ウイの左耳に穴が空いているのを女王は見逃さなかった。この時点では、女王の発した言葉には多少の「揶揄い」の意味が含まれていた。
    「雄一郎が待ち伏せしていた」
     それを聞いた女王は顔色を変えた。
    「まことか」
    「ああ」
    「あの隕石群の中でか」
    「そういう場所こそ、奴にとっては絶好の戦闘フィールドさ」
    「なんと恐ろしい奴なのじゃ。その雄一郎という男は」
     石之伸から話には聞いていても雄一郎の恐ろしさを女王は今も今まで実感することができずにいた。「自分だったら容易く倒せる」くらいに思っていたのだ。だが、悠の話を聞いて女王は漸く雄一郎の恐ろしさを知ったのだった。
     九つの脳を持つ男、雄一郎。その能力は計り知れない。
     その後、悠は石之伸にDP戦隊との格闘について語った。というより石之伸から悠にDP戦隊との格闘について尋ねたのだった。雄一郎と戦闘したという事は当然「DP戦隊とも戦った」に違いないからだ。その話は石之伸にとっては驚愕するものだった。何しろ「全滅させた」というのだから。
    「まさか、ピンクの機体も撃墜したのか?」
    「いや、そいつだけは自分が到着する前に撤退したよ」
    「そうか」
     石之伸はその言葉を聞いて安堵した。
     黄桜がもしも絶頂砲を発射していなければ、悠は阿綺羅との戦闘に突入していただろう。「運命」とはこういうものだ。一見、偶然と思えるものが実は「偶然ではない」のだ。
     やはり「阿綺羅との決着」をつけるのは石之伸しかいないのである。



  • 予告

  • 一眼の亀、ウイ、ラムスイ艦隊は遂にエルライス星の所属する太陽系を捉えた。
    綿密な作戦を立てて進軍を開始する連合軍。
    それを迎え撃つは、強大なるエルライス艦隊。
    その戦闘の中で石之伸と阿綺羅の運命の歯車が回転する。
    文殊の剱「決戦」
    11月29日19時30分
    宇宙の旅も、いよいよ終わりに近づいた。



  • 18

  •  隕石群を抜けた竜宮・ラムスイの連合艦隊はいよいよ「最後のワープ」に入ろうとしていた。
     ワープ・アウトした先はもうエルライス星のあるチナパレス太陽系の中だ。となればワープ・アウト後には直ちに戦闘が始まることになる。従って、ワープに入る前に綿密な作戦を立案しておく必要があった。
     話し合いの結果、隕石群を通過するときと同様、艦隊を三つに分けることが決まった。問題はどこに、どの艦を配置するかである。
    「自分たちは左だ」
     真っ先にそう言ったのは石之伸。
    「じゃあ、俺は右だ」
     それに悠が続く。
     これはいわば彼らの「本能」であった。教主釈尊を中央に向かって見たとき文殊菩薩は右、普賢菩薩は左と決まっているからだ。
    ということで、ラムスイ艦隊は必然的に中央と決まったわけだが、隕石群の時と異なるのはラムスイ艦隊を今回、三つに均等に分けることだ。でなければ、エルライスに一眼の亀の位置がすぐに判ってしまうからだ。
    そして三艦隊にはそれぞれ「異なる任務」が与えられた。
     一眼の亀はエルライス星に降下、乙姫を救出する。中央のラムスイ艦隊は敵艦隊と交戦。そしてウイだが、ウイにはエルライス星の周囲に浮かぶ敵のスペースコロニーを奪取。一眼の亀が乙姫を救出したのち、イセサレムに落下させる「コロニー爆弾作戦」が与えられたのだった。
    「作戦開始」
     三隊に分かれた艦隊がそれぞれ作戦を開始した。三隊はそれぞれの方角に向け、ワープした。

     エルライス星・総統の宮殿。
     サエナイ総理がヤネニフタ総統に現状を報告する。
    「敵は三隊に分かれて我が星へ進軍しております」
    「で、海亀は、どの隊を率いているのだ?」
    「それが皆目、判りません」
    「艦隊はどの位置にいる?」
    「既に林星の軌道上におります」
     林星というのは、地球の太陽系でいうところの木星である。
    「では、発射までもう『時間が無い』な」
    「はい」
    「判った。ならば中央の艦隊を狙い撃て。確立は三分の一だ」
    「はっ。そのように連絡します」
     ヤネニフタ総統が仏教に対し無知であったことが幸いした。もしも知っていたなら、一眼の亀が向かって「右側にいる」ことは容易に判っただろう。

     密閉型コロニーを改造して造られたコロニーマグナム・バキ。エルライス星に最も近い場所に浮かぶスペースコロニーであり、いわばエルライス軍の最終防衛兵器である。
    「総理より入電。敵艦隊が炎星の軌道上に到達直後、サドバルン照準で発射せよ。以上」
     炎星は太陽系の火星に相当する惑星である。
    「了解」
     ここの責任者であるキーハンタラーは入電内容を聞き終えると、内部の状況確認に入った。
    「リンガへのエネルギー充填はどうだ?」
    「6時間前から充填作業を開始しており、間もなく臨界に達します」
    「よし。臨界に達したらそのまま待機。海亀め。必ず仕留めてやる」
     
     そんなこととは知らず、旗艦ヘンテラを先頭に炎星付近を進むラムスイ艦隊。
    「ここを過ぎれば、遮る惑星はもうない。エルライス星は目と鼻の先だ」
    「はい」
    「全艦、第一級戦闘配備に移行せよ」

     バキ。
    「敵艦隊、炎星軌道に到達」
    「発射一分前。発射に備え各自、防御準備」
     全員、サングラスを掛ける。
    「あと30秒」
    「エネルギー数値正常」
    「各種機械、オールグリーン」
    「あと10秒、9、8,7,6,5,4,3,2,1、発射」
     恐るべき轟音が轟く。悪魔の兵器が再び宇宙に咆哮を上げた。

     一眼の亀。
    「何じゃ、あの光の線は?」

     ウイ。
    「あれは、まさか」
     ラムスイ艦隊の左右に展開する両艦隊からも、夜空を走る銀河特急を思わせる一筋の光の線がはっきりと見えた。

     一眼の亀。
    「あれはラムスイ艦隊が航行している方角だ」
    「女王様」
    「直ちにラムスイ艦隊に連絡を取るのじゃ」
     応答はない。先程の光の線によって打撃を受けたことは明らかだった。直ちに救助に向かう必要があった。
     だが。
    「このまま直進だ」
     そう言ったのは石之伸。
    「なぜじゃ。ラムスイ艦隊の救援に向かわねば」
    「そんなことをすれば作戦は失敗する。あれはコロニー・マグナムだ。救援活動中にもし、もう一度発射されたら我々も全滅する。我々がすべきことは一刻も早くエルライス星に降下することだ」
    「じゃが」
     その時、通信が入った。ウイからだ。
    「救助活動は俺たちが引き受ける。そちらは作戦を続行してくれ」
     さすが悠だ。事情を全て把握していた。
    「判った。我が艦隊はこのまま前進する」
     この場は悠を信じて、一眼の亀が率いる艦隊はそのまま直進した。

     一眼の亀、カタパルトデッキ。
    「石之伸キャロット、発進する」
     キャロットが発進。
    「澄ドリアン、発進します」
     続いてドリアンが。
     更にそのあとをジャンダル隊が続く。
    エルライス星降下作戦が遂に発動したのだ。
     まずは通常のコスモパペットの三倍の速度を誇るキャロットとドリアンが大気圏に突入する計画だ。二機が平行に飛行する。
     その二機の前に、次々と敵のコスモパペット隊が立ちはだかる。
    「邪魔だ」
    「どきなさい」
     構っている暇はない。目の前の進路を塞ぐ敵だけを破壊し、速度を維持したまま飛行するキャロットとドリアン。
     二機が大気圏のすぐ手前まで到着した。
     その時。
    「この波動は・・・阿綺羅」
     石之伸は阿綺羅の波動を左手に感じた。
     一方。
    「この波動は・・・雄一郎」
     澄もまた雄一郎の波動を右手に感じた。
     二機はそれぞれ真逆の方向へ90度、機首を向けた。そして石之伸は阿綺羅へ、澄は雄一郎へと向かうのだった。

     一眼の亀。
    「前方よりエルライスの大艦隊が接近中。あっ」
    「どうした」
    「後方からもエルライスの艦隊が接近してきます」
     天の川大銀河への軍事侵攻のために派遣されていた艦隊が呼び戻されたのだ。まあ当然だろう。母星が攻撃を受けようとしているのだから。
     一眼の亀は前と後ろで「挟み撃ち」となってしまった。前方の大艦隊は予定通りだったが、後ろの艦隊はイレギュラーだ。おまけに今は石之伸も澄もいない。
     エルライス艦隊の砲撃が始まった。前と後ろからの砲撃に次々とラムスイ艦が撃沈されていく。
     しかも。
    「後ろの敵艦隊の後ろに、更に別の艦隊を探知」
    その結果、後ろの艦隊は前にいる艦隊に匹敵する大艦隊になった。
     もはやここまでか?
     だが。
    「待って下さい。後ろの艦隊は更に後ろから来た艦隊から攻撃を受けているようです」
     どういうことだ?
     ここで一眼の亀に通信が入った。
    「モニターに出します」
     モニターに映ったのは。
    「久しぶりだな。竜宮の諸君」
    「あなたはヤダユ王」
    「漸く決心がついた。我々もエルライスと戦う」
    「ヤダユ王」
    「元々、こうするべきだったのだ。『我々でけりをつける』という言い方は烏滸がましいな。あなたがたに加勢させてくれ」
     何と「心強い援軍」を得たことだろう。士気は一気に高まった。
    「よっしゃあ。後ろの敵は彼らに任せて、うちらも戦闘開始じゃ」
     一眼の亀の左右の甲羅がパカッと開いた。
    「ギガ主砲の乱れ撃ちじゃあ」
     正面にいる敵の艦隊めがけて、馬知子女王によるギガ主砲の連射が始まった。
     
     ジャンダル隊をはじめ、ラムスイ艦隊から発進したコスモパペットは全機、左手に傘のようなものを持っていた。それは一体、何なのか?その正体については作戦が進むうちに判るだろう。
     エルライス軍もコスモパペット隊を続々と発進させてきた。F-15、F-16、F-18、F-22、F-35といった具合にあらゆる機種が渾然一体なって攻めてくる。
     かくして大混戦が始まった。
    「こんなところで撃墜されてたまるか」
     ジャンダル隊が敵と擦れ違う。
    「振り向くな。我々はこのまま真っ直ぐ突き進め」
     だが、そうはいかない。キャロットやドリアンは通常の三倍の飛行速度を持っていればこそ、それが可能だったが、ジャンダルやその他のコスモパペットでは敵が攻撃を仕掛けてくれば戦闘は避けられなかった。 
     次々と宇宙に光が輝く。それらはエルライス、或いはラムスイのコスモパペットが撃墜されたときの爆発によって生じる光。幸い、ジャンダル隊はまだ撃墜されてはいない。



  • 「阿綺羅」
    「『最後の戦い』をはじめましょう」
    「どうしてもか」
    「そうよ」
     スピル・クレスタがレーザーロッドを手にした。
    「いくわよ」
    「くっ」
     石之伸もレーザーサーベルを抜いた。
     これも運命か?遂に両者の戦いが始まってしまった。
     阿綺羅がロッドを振るい、石之伸がサーベルで受ける。実力は石之伸の方が上だが、石之伸は先程から防戦一方だ。そんな石之伸の脳裏には先程から「阿綺羅との思い出」が甦っていた。特に「蘇我城攻防戦」では、ふたりは一緒に行動を共にし、女王がいる本丸御殿まで駆け抜けた。
    「できない。俺には阿綺羅を殺すことなど」
     だが、こんな石之伸の思いは先の戦闘以降、更に強力な洗脳を施された今の阿綺羅には全く届かない。
    「ははは、どうした石之伸」
     レーザーロッドがレーザーサーベルを弾き飛ばした。
    「しまった」
    「とどめだ」
     レーザーロッドがキャロットの全身にグルグルに巻き付く。
    「死ねえ!」
     レーザーロッドがキャロットの外壁を熱する。このままではキャロットは輪切りなる。
     その時。
    「うう」
     阿綺羅が突然、苦しみだした。
    「ああ、心臓が、心臓が苦しい」
     雄一郎を愛する阿綺羅の脳と石之伸を慕う心臓との格闘が始まったのだ。
    「ああああああ」
     必死に自分の脳に擦り込まれた偽りの記憶と格闘する阿綺羅。頑張れ、阿綺羅。
     やがて、スピル・クレスタのコクピットが静かになった。どうやら戦いが終わったようだ。勝ったのか?石之伸はキャロットのコクピットから降りると、スピル・クレスタに宇宙遊泳で取り憑いた。スピル・クレスタのコクピットのキャノピーを開ける。
    「阿綺羅」
     阿綺羅は既に息絶えていた。石之伸を慕い、最後の最後まで脳からの指令に逆らい続けた阿綺羅の心臓は苦しみのあまり破裂してしまったのだ。まさに「胸が張り裂けてしまった」のである。
    「うおおおおお」
     石之伸は阿綺羅を抱きかかえると、涙を流しながら吠えるのだった。



  • 「いたわね、雄一郎」
    「澄。今日こそ貴様の最後だ。ピピピー」
    「お前なんかに構っている暇はないわ」
     ドリアンが仰向けに寝そべった。
    「これで一気に片をつけさせて貰うわ。絶頂砲!」
     澄は迷うことなく絶頂砲を発射した。これで雄一郎も最期だ。さらば雄一郎。
    「なに?」
     しかし、絶頂砲は雄一郎が乗る青いスピル・チェイサーから逸れ、エルライス星へと落下した。
    「ブイブイー。ここでは絶頂砲は使えない。エルライス星の重力に引っ張られるからなあ」
     絶頂砲唯一の欠点。絶頂砲のエネルギー粒子は重力の影響を極度に受けやすいのだ。真空の宇宙では無敵の絶頂砲も重力下では役に立たないのだ。
    「ならば、これはどう」
     澄はタンバリンを使わずドリアン本体のみでスピル・チェイサーへ攻撃を開始した。
    「ブレストビーム」
    だが、相手は雄一郎である。そんなものは余裕で躱す。
    「この攻撃。どうやら、お前はタンバリンを自在に操れるようにはなれなかったようだな?」
    「くっ」
    「ならば死ねい。フィグ」
     フィグが放たれ、ドリアンを攻撃し始めた。もはやタンバリンを操るどころではない。澄はフィグからの攻撃を避けるためにドリアンを操縦するだけで手一杯だ。
    「ハハハ、どうした澄。避けているだけじゃ,俺は倒せないぞ」
     やがてフィグの攻撃がドリアンを掠めるようになった。
     澄、危うし!
    「どうやらこの勝負、俺様の勝ちのようだなあ、澄」
    「タンバリン」
     ここで澄はタンバリンを放出した。だが、フィグと勝負しても勝てないことは判っている。だから澄はタンバリンをミサイル代わりに次々とスピル・チェイサー本体に体当たり攻撃させた。だが、もとよりタンバリンはミサイルではないから爆発はせず、粉々に砕けるだけ。その効果はせいぜいスピル・チェイサーを少し後退させる程度だ。
    「バカめ。こんなものでやられるものか」
     余裕綽々の雄一郎。
    「最後の一機が砕け散ったときが貴様の最後だ」
     そして最後のタンバリンが砕け散った。
    「これで終わりだな。覚悟しろ、澄」
     フィグがドリアンをオールレンジ攻撃する体勢に入った。
     だが。
    「なに?」
     雄一郎は自分の体が後ろに大きく引っ張られるのを感じた。
    「これは、まさか」
     スピル・チェイサーがみるみる後方へと下がる。いや、落下する。
     そう。スピル・チェイサーはエルライス星の引力に捕らえられてしまったのだ。
    「じょ、上昇だ」
     バーニアを全開にして上昇を試みる。だが、一度落下を開始した機体は余程の推力がなければ上昇などできはしない。
    「だ、ダメだ。落下する」
     落下速度が増していく。スピル・チェイサーの青い機体が摩擦によって赤く発熱し始めた。
    「なんということだー」
     スピルには大気圏に突入できるだけの能力は備わっていない。
    「石之伸ならいざ知らず、この俺様が澄如きに負けるなどとはー」
     足、腕といった具合にスピル・チェイサーが分解し始めた。
    「ふたりいるからにほんしゅうー」
     最後に謎の言葉を残して雄一郎は肉体ばかりか魂までも完全に焼き尽くされたのだった。
    「や、やったわ。遂に雄一郎を倒した・・・」
     雄一郎を見事に倒した澄。感極まったのだろう。澄は思わず、その場で泣き崩れるのだった。



  • 「右耳を破壊されたわ」
    「くそう」
     ウイはイトマキⅧに苦戦していた。隕石群で左耳を破壊されたときと同様、今度は右耳を破壊されてしまった。そしてコスモドローン・ミミーもメガ絶頂砲によって破壊され尽くしていた。
    さすがは竜宮が開発した最新鋭空母である。イトマキⅧの機動力はとても全長300mの巨大空母とは思えない素早いもので、ウイの機動力をも上回っていたのである。
     だが、イトマキⅧを倒さない限り、ラムスイ艦隊をコロニー・マグナムへ突入させることはできない。イトマキⅧこそコロニー・マグナムを防衛する最終防御兵器なのだ。
    「発進」
     ウイのお尻から悠の乗るラディッシュが発進した。
     ウイはもう限界であった。悠はラディッシュでイトマキⅧと闘うつもりなのだ。竜宮最新鋭空母とコスモパペット単機では勝負は見えている。これはあまりにも無謀な作戦であった。
     周囲に浮かぶコスモパペットの残骸からビールライフルを入手。それを武器に果敢にイトマキⅧに取り憑こうと試みる。だが、イトマキⅧの動きは実に機敏。うっかりすると取り憑くどころか激突してしまう。
     そしてイトマキⅧの左右の翼の先端部に並ぶ無数の機銃掃射からは雨霰のような攻撃が。最新鋭兵器らしい正確な射撃によってラディッシュは背中の黒い耐熱板の右半分を弾き飛ばされてしまった。
    「駄目だ、このままではどうしようもない」
     悠の脳裏に「作戦失敗」という文字がよぎり始めていた。

     そのイトマキⅧの中では「一つの事件」が起き始めていた。
    「ああ、ああ、ああーん」
     拘束台に大の字に繋がれた芽茱萸が必死に藻搔いていた。
     体に微弱電流を流され、最初のうちはメガ絶頂砲の発射装置として完璧に機能していた芽茱萸だったが・・・。
    「なに?」
    「どうした」
    「装置に電流が逆流している!」
     芽茱萸の体に微弱電流を流す装置に、逆に芽茱萸の体から発する電流が流れ込んでいたのだ。
    「ああああーん」
     やがて芽茱萸は自らの精神でイトマキⅧの操縦系統を乗っ取り始めたのだった。その結果、もはやブリッジの兵たちによってはコントロールができなくなったイトマキⅧは完全にその機能を停止した。
    「動きが止まった」
     なぜだ?悠は不思議でならない。だが、今なら機体に取り憑ける。
     しかも、ブリッジの下にあるカタパルトデッキの発進口が上下に大きく開き始めた。勿論、芽茱萸が操作しているのだ「私を助けて」と。
    「よし、今だ」
     悠のラディッシュがそこからイトマキⅧの内部へと侵入。カタパルトデッキに着陸した悠は機銃を手にラディッシュから降りた。
     白兵戦が始まった。悠は巧みな機銃捌きと華麗な足技で敵の兵を次々と倒していく。
     そして遂にメガ絶頂砲制御室まで辿りつくことに成功。中にいる兵を一掃した。
    「かわいそうに・・・今、助ける」
     悠は芽茱萸の身体を拘束する手足に嵌められた鉄枷を機銃で破壊した。
    「ううう」
     芽茱萸は危険な状態にあった。イトマキⅧの操縦系統をジャックするためにかなりの精神力を消耗していた。
     芽茱萸を抱えてラディッシュに戻った悠は、カタパルトデッキ内にあるコスモパペットを全て破壊してから脱出した。カタパルトデッキ内では破壊されたコスモパペットの爆発で火災が発生。炎はイトマキⅧの内部全域に達した。
     そして。

     ドカーン!

     幼気な乙女たちを兵器として利用したイトマキⅧは乗組員の兵と共に大爆発。宇宙の塵となって消えた。
     ウイに戻った悠は芽茱萸を直ちに治療室へと運んだ。治療用のベッドの上に芽茱萸を寝かせる悠。そこへ黄桜がやって来た。
    「悠」
    「どうやら、大丈夫そうだ」
    「これからどうするの?」
    「俺たちはここまでだ」
     今の傷ついたウイとラディッシュでは大気圏へは突入できない。悠と黄桜はこのまま戦線を離脱「芽茱萸の治療」に専念することにしたのだった。

     イトマキⅧを失ったコロニー・マグナムはやがてラムスイ艦隊によって制圧された。
     そして。
    「核融合エンジン点火」
     コロニー・マグナムが移動を開始。ラグランジュポイントから離れた。
    「エルライス星への落下軌道に入りました。予定通り2時間後にイセサレムの中心部に落下します」
     ここまでの作戦は成功である。
     あとは地上に降下した石之伸たちが2時間以内に乙姫を救出するだけである。



  • 予告

  • 石之伸のキャロットが、澄のドリアンが大気圏に突入する。
    最初に突入した石之伸は首都・エルライスでヤネニフタ総統が乗るドリアン・マジェスタと闘う。ドリアン・マジェスタの圧倒的なパワーの前に苦戦する石之伸。
    一方、あとから突入した澄は無量宝珠の前に到着した。乙姫の救出に成功した澄。だが、戦いはこれからが佳境。
    「ドリアン発進」
    乙姫が自らの愛機であるドリアンを駆る!
    次回・文殊の剱「激闘!ヤネニフタ総統VS乙姫」
    12月13日(土)19時30分。お楽しみに。
    最終回まであと2話。



  • 19

  •  大気圏突入時に生じる高温によって真っ赤に燃える人参。表面温度が下がると、目の前に巨大な都市が出現した。
    「これがイセサレムか」
     エルライスの首都・イセサレム。「科学力の高さ」は判るが、やはり「美しい」とは言えない町並みを持つ。石之伸はこの大都市が発生する修羅界の波動を肌でビリビリと感じ取っていた。
    「む、敵か」
     正面に無数のコスモパペットを確認。F-35の編隊である。
    「邪魔だ」
     石之伸はキャロットを人型に変形させると直ちにレーザーサーベルを手に握り、F-35を次々と切り裂く。 
     そんなキャロットの前に新たなる敵のコスモパペットが接近してきた。どうやら新型らしい。
     その姿を見た石之伸は吃驚した。
    「この姿は!」
     石之伸は初めて遭遇するにも拘らず、そのコスモパペットの外観には見覚えがあった。それもその筈。そのコスモパペットの外観は女王に即位した乙姫にそっくりだったのだ。
     そのコスモパペットの名は「ドリアン・マジェスタ」という。エルライス軍が竜宮から奪った超兵器の一つである。そして、このドリアン・マジェスタのコクピットに乗っているのはヤネニフタ総統その人に他ならなかった。
    ドリアン・マジェスタは本来、乙姫専用機である。それは「サイコパペット」であることを意味する。ヤネニフタ総統はこのドリアン・マジェスタに乗るために、命にも関わる危険なサイコ訓練を受けていたのだった。そして今、乗っていると言うことは、訓練は「成功した」ということを意味した。
     このドリアン・マジェスタだが、全高は一般的なコスモパペットの3倍。出力は澄が乗るドリアンの実に8倍にも達する。ミノカサゴの衣装を身に纏うドリアン・マジェスタは下半身が全てロングスカートに覆われているため、足がないことで巨大なジェネレーターを装備することが可能である。そしてドリアンだから当然、コスモドローンや絶頂砲も装備されている。まさに全宇宙最強、無敵のコスモパペットであった。
     そのドリアン・マジェスタが「手始め」とばかりに石之伸のキャロットに攻撃を仕掛けてきた。
    「くっ」
     石之伸はスピルマを降下させると、地面すれすれをホバーで移動しながら高層ビルを盾に隠れた。
     だが。
    「なに?」
     ドリアン・マジェスタは高層ビルに向かってビームを発射したのだ。破壊され、倒壊するビル。石之伸は慌てて瓦礫が降り注ぐビルから離れた。
    「何て奴だ。ビルを破壊しやがった」
     その後、石之伸はテレビ塔とおぼしき電波塔の後ろに隠れたのだが。
    「またかよ」
     再びドリアン・マジェスタのビーム砲によってテレビ塔が倒壊する。
    「こいつ、判っているのか。自分たちの街を壊しているんだぞ」

     こちらは澄。石之伸のキャロットに続いて、大気圏へ突入。4枚の羽根を2枚に重ねて背中から降下する。羽根と髪の毛の繊維によって高熱から胴体を保護する。
     ドリアンは乙姫がいる無量宝珠が発する信号の地点に正確に降下する。
     石之伸もそうだが、澄も20世紀のアメリカのアストロノーツにとっても極めて難しい「大気圏突入」を難なくこなす。江戸時代人であるふたりの方が「発達した文明」によって怠け癖が身についた結果、精神を弱くしてしまった現代人よりも遙かに強い精神力や集中力を持っている証である。
     それはそうだろう。ご飯ひとつ焚くにしても、現代人は電気釜にスイッチを入れるだけだが、江戸時代の彼らは薪を割り、火をおこすところから始めねばならないのだから。
     表面温度が下がり始めたところで、ドリアンが向きをクルリと回転させた。
    「あそこね」
     ドリアンはエルライス軍の研究所の敷地内に着陸した。
    「ここからは白兵戦ね」

     こちらは宇宙空間。
     ヤダユ船団の砲撃によってエルライス軍のコスモパペット隊はあらかた片付けられていた。
    「私たちの船ではエルライス星には降下できない。後は任せました」
    「ありがとうございました、ヤダユ王。後は私たちに任せて下さい」
     生き残った竜宮・ラムスイ連合軍のコスモパペット隊が大気圏のすぐ傍までやって来た。
    「よし。進入角度異常なし」
     中山がイセサレムへ侵入するのに最適な軌道を計算する。
    「よし。大丈夫だ。みんな、降下するぞ」
     中山を先頭に次々と妖精たちの乗るジャンダルがエルライス星の引力圏の中に飛び込む。みるみるうちに加速していくジャンダル。やがてジャンダルの表面が赤く発光し始めた。機体との摩擦によって表面の大気がイオン化しているのだ。それと共にジャンダルの表面温度が上昇する。
     ジャンダルにはキャロットやドリアンのような大気圏突入能力はない。このままでは高温によって宇宙の塵と化してしまう。
    「よし。パラソルを開け」
     ジャンダルは左手に持つ傘を開くと、通常とは逆に先端を下に向け、その上に乗った。
    これは下に向けて差す、その名も「ボトム・パラソル」。特殊繊維によって編まれたこの傘は大気圏に突入する際に生じる高熱からコスモパペットを護ることができる。子供が雨上がりの時に傘の上に乗っかって遊ぶ、あの要領である。
     無事に敵の攻撃を通過したラムスイ隊のコスモパペットも次々と同じ要領で大気圏突入を開始する。ジャンダル隊の降下目的地はイセサレムだが、ラムスイ隊はそれぞれ別の地点へ降下する。それぞれの場所で戦っているチナパレスの同志たちと合流するのだ。

     エルライス軍研究所。
     てっきり白兵戦になると思っていたが、研究所内には人は誰もいなかった。既に全員、逃げ出していたのだ。澄は何の苦もなく無量宝珠のある場所までやってくることができた。
    「これが無量宝珠」
     無量宝珠。宝珠の中の宝珠。大きさもさることながら、その美しさときたら、水晶と言うよりは巨大なダイヤモンドだ。
    「これは」
     無量宝珠が七色に輝き始めた。
     中から人影が。乙姫が無量宝珠の中から出てきたのだ。
    「乙姫様」
    「澄。よくドリアンをここまで運んで下さいました」
     この言葉ほど、今回の一眼の亀の「旅の目的」を端的に言い表すものはない。澄を始め石之伸や馬知子女王らは「エルライス星に連れ去られた乙姫を救出するための旅」と考えていたのだが、実はそうではなく、ドリアンを乙姫の元に届けることこそ旅の「本当の目的」だったのだ。
    「あとは私に任せなさい、澄」
    「はい」
     澄は反射的に「はい」と返答していた。
    「では参りましょう。ドリアンの元へ」
     乙姫が歩き始めた。澄は後に続いた。

    「これでは埒があかない」
     石之伸は足の裏のノズルでキャロットを地上から空へ上昇させると、ドリアン・マジェスタの頭上をとった。 
    「喰らえ」
     レーザーサーベルを振り下ろす。頭上を急所と読んだからだったのだが。
    「なに」
     ドリアン・マジェスタはビーム砲の装備されていない肩や頭の上からビームを発射してきたのだ。慌てて避けるキャロット。
    「ならば」
     今度は阿南目下から上昇しつつ「突き」による攻撃を狙う。すると、今度はやはりビーム砲などどこにもないスカートの表面からビームが発射された。
    「うわあ」
     辛うじて避けたものの、バランスを崩したキャロットは地面に落下してしまった。
    「まさか、このコスモパペットは」
     石之伸の「予想通り」である。ドリアン・マジェスタは特定のビーム発射装置を持たない。機体の表面全てがビーム発射装置となるのだ。勿論、これはドリアン・マジェスタがサイコパペットだからこその芸当である。つまりドリアン・マジェスタには「死角がない」のだ。
     更に。
    「何だ、あの丸く光るものは?」
     ドリアン・マジェスタの周囲に「白く光る球体」が次々と発生する。それらがキャロットに迫る。しかも球体はビームを発射してきた。
     これはドリアン・マジェスタが生み出した、その名も「サイコドローン」。サイコ能力によって生み出されたエネルギーのみで構成されるコスモドローンなのだ。
    「冗談だろう?」
     必死に逃げる石之伸。必死にビルの谷間を走る。それを追いかけるサイコドローン。
     そんな鬼ごっこも終わりを迎えようとしていた。キャロットはビルの谷間の袋小路に入ってしまったのだ。
    「くそう」
     コスモドローンに左右と上を囲まれ、逃げ場のないキャロット。その奥から悠々とドリアン・マジェスタが迫る。
    「貴様の最期だ」
     石之伸がやられる!
     そこへ上空からジャンダル隊が降下してきた。
    「石之伸様。我ら妖精四人衆。加勢いたす」
    「止せ。お前たちじゃ無理だ」
     必死に止める石之伸。だが妖精たちはドリアン・マジェスタにビーム攻撃を開始した。しかしそれらは全てドリアン・マジェスタの体に吸収されるかのように消滅する。
    「蚊トンボめ」 
     ドリアン・マジェスタの全身からビームが発射された。それらがジャンダルのボディを破壊する。
    傷ついた四機のジャンダルが地上に落下した。
    「みんな!」
    「待たせたな。いよいよお前の番だ、文殊」

     エルライス軍研究所。
    「あなたはここで無量宝珠をお護りなさい」
     乙姫は澄にそう告げると、ドリアンの操縦席に座った。
    「ドリアン、発進」
     本来の主である乙姫がドリアンを駆る!

    「貴様の最期だ。喰らえい」
     石之伸がやられる!
     その時、ドリアン・マジェスタは背中にビーム攻撃を受けた。といってもドリアン・マジェスタにはビームを吸収する能力があるから無傷だ。
    「何者だ?」
     その答えは石之伸が答える。
    「あれはドリアン。澄か」
     石之伸に通信が入る。
    「ドリアン・マジェスタの下を潜りなさい」
    「その声は・・・乙姫様」
    「さあ、私が言う通りに」
    「判りました」
     石之伸はキャロットを飛行形態に変形させると、宙に浮かぶドリアン・マジェスタの真下を高速で潜り抜けた。
    「あなたはそのまま軍の研究所へ向かいなさい。そこで澄が待っています。ドリアン・マジェスタは私に任せなさい」
    「ありがとうございます」
     キャロットはそのままエルライス軍の研究所へと飛翔した。
     ドリアン・マジェスタが振り返る。子供と大人、乙姫の姿を持つ二つのドリアンが対峙した。
    「乙姫」
    「戦いは私が引き継ぎます」
     ヤネニフタ総統VS乙姫。
    「遂に宝珠の中から出て来たようだな?乙姫」
     ヤネニフタ総統は笑わずにはいられない。
    「世は『この時』を待っていたのだ。乙姫よ。ドリアンを破壊して、お前を必ずこの腕の中に抱いてやるぞ」
    「それは無理です」
    「ドリアンとドリアン・マジェスタではパワーも性能もダンチだ。しかも世はこの日のためにサイコ能力を伸ばす訓練を日々、積んできた。お前が勝つ可能性はゼロだ」
    「ならば、その成果を試させてもらいましょう」
    「なめるな!」
     ドリアン・マジェスタのサイコドローンがドリアンを取り囲んだ。
    「攻撃」
     サイコドローンによるオールレンジ攻撃。一方、ドリアンのコスモドローンは既に一機もない。
     しかしドリアンはそんなことは「全く問題ない」といわんばかりにまるでフィギュアスケートでステップでも踏むかのように華麗なダンスを披露しながら躱す。その間にビームを消費するサイコドローンはどんどん小さくなり、やがて全て消滅してしまった。
    「くそう」
    「では、今度はこちらか行くわよ」
     ドリアンが足と腕を八の字に構える。
    「私は美少女ロボット、ドリアン」
     何とドリアンが口をきいた!その後、ドリアンは今まで見たこともない強力なブレストビームを発射した。澄のそれは胸の蝶型のブローチからのみであったが、乙姫のそれは両肘・両膝からもビームが発射される。勿論、蝶型のブローチからのビームだけでも澄とは比較にならないほど強力なビームが放出されていたが、両肘・両膝からのビームを含むそれは、ほとんど絶頂砲に匹敵するものだ。
     これが本来のドリアンの攻撃能力!澄はせいぜいドリアンの能力の1/10を発揮していたに過ぎないのだ。
     だが、それをドリアン・マジェスタは全て吸収した。
    「フハハハハ。無駄だ、乙姫。ドリアン・マジェスタには敵のビーム攻撃を吸収する装置が備わっているのだ」
     恐るべき、ドリアン・マジェスタ。
     だが、乙姫は再びブレストビームを発射した。再び吸収されるエネルギー。
     そして、もう1回、ブレストビームが発射される。
     その時。
    「なに?」
     ドリアン・マジェスタの腰の部分が内側から爆発した。それはエネルギーを吸収する装置のある部位であった。ドリアン・マジェスタはエネルギーを吸収する能力を超えるエネルギーを吸収したことで、装置が破壊されたのだ。
    「こ、こんなことが」
     慌てるヤネニフタ総統。 
    「これが、乙姫のサイコ能力なのか」
     その通り。三連続でブレストビームを発射した乙姫の精神力の強さは相当のものだ。
     ドリアンがドリアン・マジェスタの頭の上に移動した。足を大きく開くその姿勢は、仰向けでこそないが、絶頂砲を発射するときの姿勢そのものだ。
    「発射」
     ドリアンが絶頂砲を発射した。重力に極端に影響を受ける絶頂砲だが、重力の向きと同じ方向に破壊すべき物体があるならば、その威力はむしろ増加する。
     ドリアン・マジェスタは絶頂砲を受けて頭や肩を消滅させた。乙姫は自分の今の姿をしたドリアン・マジェスタを破壊することに何ら痛痒を感じてはいなかった。胸から下のみとなったドリアン・マジェスタが地上に落下する。ドリアン・マジェスタは地上を突き抜け、地下都市へと落ちた。砂煙が辺りを包む。
     やったのか?
     そこへ操縦席に澄を乗せ、手に無量宝珠を抱えた石之伸が操縦するキャロットがやって来た。
    「乙姫様。やったのですね」
    「急ぎましょう。もうすぐここに落ちてきますよ」
     落ちてくるというのは、コロニー爆弾と化したコロニーマグナム・バキのことだ。
     地上にいる妖精たちを回収、急いでこの場を離れるドリアンとキャロット。
     そして遂に真っ赤に燃えたコロニーマグナム・バキがイセサレムに落下した。
     直径6㎞、全長30㎞に及ぶ巨大コロニーの落下である。その衝撃によって、文字通り一瞬のうちにイセサレムはエルライス星の地上から消滅した。その衝撃波は半径数100㎞にまで及んだ。その結果、イセサレムにある全てのモノが破壊されたかと思われた。
     だが。
    「何だ」
     石之伸は煙の中に巨大な影を見た。
     やがて巨大な影の正体が煙の中から出現した。
    「ば、バカな」
    「そ、そんな」
     驚く石之伸と澄。
    「あわわわわ」
     そしてジャンダル隊の妖精たちも。
     それはお召艦・帝王の蟹の2倍の全長を誇る巨大な宇宙戦艦であった。コロニー爆弾の威力に耐えて超巨大宇宙戦艦が今、まさに出現したのである。
     だが、そんな中ひとり乙姫だけが冷静であった。というのも、その正体を乙姫は知っていたからである。
    「贔屓(ひき)」
     乙姫はそう呟くのだった。


  •  
    次回予告

  • コロニー爆弾によって発生した煙の中から出現したのは超巨大宇宙空母「贔屓」。
    その中で遂に石之伸とヤネニフタ総統が剣を交える。
    果たして勝つのはどちらか?
    文殊の剱・最終回
    「贔屓そして・・・」
    12月24日19時30分~



  • 最終回

  •  地上。
     コロニー・マグナム落下前にイセサレムを脱出したサエナイカタチ首相と閣僚、そしてエルライス軍研究所の科学者らはエルライス第二の都市・テルアツタを目指し、大型軍用機で移動していた。
     だが。
    「ああっ!」
     窓の外を見たサエナイ首相が叫んだ。
     大型軍用機の周りを多数のラムスイ軍のコスモパペットが取り囲んでいたのだ。そのうちの一機がビームライフルの銃口をまさにサエナイ首相が座る席の窓に向けた。
     銃口が光る。
     首相、最後の言葉。
    「私は今まで働いて、働いて、働いて・・・」
     大型軍用機は空中爆破した。

     宇宙空間。
    「な、何じゃ」
     一眼の亀が勝手に動き始めた。向かう先はどうやらエルライス星のようだ。
    「どうした亀よ。わらわの言うことをきくのじゃ」
    「どうしました、女王様」
    「わからぬ。船が勝手に動いておるのじゃ」
    「何ですと」
    「ええい、ダメじゃ」
     贔屓に背を向けた一眼の亀は遂に大気圏へと突入してしまった。
    「どうなってしまうのじゃ」
     怯える女王を余所に、一眼の亀は無事に大気圏突入を終えると、ある場所へと飛翔する。
     そこにはドリアンとキャロットがいた。どうやら一眼の亀は乙姫のサイコ能力によってここまで誘導されたらしい。二機は直ちに一眼の亀に着艦した。
     ブリッジにドリアンを降りた乙姫がやって来た。
    「そこをお退きなさい」
     このように言われて、普段であれば黙って言う通りにする馬知子女王ではない。だが、この時ばかりは素直に艦長席を降りたのだった。女王は乙姫のあまりにも高貴な姿を前にして反射的にそうしてしまったのである。
     今まで女王が座っていた艦長席に乙姫が座った。
    「一眼の亀、発進」
     一眼の亀は贔屓の前にやって来た。幸い、贔屓からの攻撃はない。
    「贔屓の最も装甲の薄い場所は」
     乙姫は真ん中の甲羅をリトラクタブルさせた。
    「一眼の亀と同じ、首の付け根にあるカタパルトデッキ」
     贔屓のかなり斜め横からそこに狙いを定める。斜め横から狙う難しさはサッカーゴールを狙うエースストライカーのそれと同じだ。正面から狙うのに対し1/4しか面積がないのである。
    「発射」
     一眼の亀の絶頂砲が発射された。これまた馬知子女王と平放蕩将軍の合体技よりも遙かに威力が激しい。そしてそこは乙姫。見事にピンポイントで狙い所に命中させた。斯くして贔屓の左カタパルトデッキの扉にコスモパペットが通れるほどの穴が空いた。
    「石之伸、澄。聞こえますか?あの穴から贔屓の中へ侵入しなさい。最後の決戦の時です。ヤネニフタ総統を倒すのです」
    「判りました」
     キャロットが飛び立つ。ハイギガ絶頂砲がつくった穴から贔屓のカタパルトデッキに飛び込むと、中で人型に変形してから着艦した。
     外だけでなく、中も反撃はない。どうやら戦闘員が誰も乗っていないようだ。
    「行くぞ、澄」
     石之伸と澄は操縦席から降りた。ふたりはヤネニフタ総統がいると思われるブリッジへと向かった。
     だが、ふたりが向かった先にあったのはブリッジではなく直径50m程のドーム状の屋根を持つ円形の広場だった。正面中央には銅鐸が置かれ、周囲の壁には墓碑と思われる石碑やそれを飾る彫刻が置かれていた。
    「ここはパンテオン」
     パンテオンというのは高貴な人々を埋葬する「墓所」のことだ。
     ここには歴代の竜宮王室の人々の骨が分骨されて埋葬されている。本物のパンテオンは勿論、竜宮城にある。このような場所がここに設けられているのは贔屓が「戦闘用の軍艦」だからだろう。ここでの儀式を通じて兵士たちの戦意を高揚させる狙いがあるのに違いない。外交艦である帝王の蟹には全宇宙の恒久平和を願う殿堂である正本堂を設置し、贔屓には死者を埋葬するパンテオン。如何にも竜宮らしいと言えよう。
    「その通り」
    「お前がヤネニフタ総統か」
    「ここは墓所。『お前たちが永眠する』のに相応しかろう」
    「澄、下がっていろ」
     石之伸は澄を下がらせた。
    「最終決戦に『二対一はない』からな」
     石之伸がヤネニフタ総統に対峙した。
    「行くぞ、総統」
     石之伸は両手を一旦、袖の中に引っ込めると再び外に出した。その両手の指の間には碁石が挟まれている。
    「これでも喰らえ」
     石之伸が碁石をヤネニフタ総統に向かって放った。ヤネニフタ総統めがけて流星のように飛翔する碁石。
     だが。
    「なに」
     碁石がヤネニフタ総統の手前で静止した。
    「フン」
     碁石が石之伸めがけて戻ってきた。碁石が石之伸の和服を切り裂く。
    「ば、バカな」
    「ふふふ」
    「ならば」
     石之伸は腰に差した刀=草薙剣を鞘ごと抜いたかと思うと、直ちに抜刀術の構えをした。
    「ふん」
     ヤネニフタ総統も剣を抜く。
    「お前の剣は地球に伝わる伝説の剣らしいが、私の剣は竜宮に伝わる伝説の剣だ。その名も『臥竜天昇』」
     その名を訳せば「地に伏せていた竜が飛び立ち、天に向かって昇っていった」だ。その名前だけでも強そうだ。

     一眼の亀。
    「石之伸、いけない。ひとりで闘っては」
     乙姫は石之伸の決断に「不満の意」を示した。乙姫はパンテオンで今起きていることをサイコ能力によって鋭敏に感じ取っていた。

     贔屓・パンテオン。
     石之伸から攻撃を仕掛ける。
    「悪いが、早々と終わらせて貰う『海鼠の嚔・青い波濤』」
     石之伸が奥義の一つである海鼠の嚔で、早々とけりをつけようとした。青い波濤は抜刀術による水平斬りである。
     だが、ヤネニフタ総統はその技を軽々とはじき返した。後ろに吹っ飛ばされたのは石之伸の体の方であった。
    「そんな」
     再び石之伸の攻撃。
    「ならば『海鼠の嚔・赤い潮』」
     これは刀を斜めに振り上げてから背中を叩いた瞬間、左手で刀の鞘を握り右手で抜刀する袈裟斬りである。
     しかしこれも通用しない。
    「これならどうだ『海鼠の嚔・深海に降る白雪』」
     左足を引きつつ体を横に向け、その間に刀を抜刀。頭上から振り下ろす唐竹割り。
    「甘いな、文殊」
    「なぜだ。なぜ通用しないんだ?」
     石之伸の剣が通用しない理由。それはヤネニフタ総統のサイコ能力にあった。その能力によって、石之伸は4倍速ではなく、普通の速度で剣を放っていたのだ。
     しかも。
    「どうしたんだ。体が重い」
     増大するヤネニフタ総統のサイコ能力によって石之伸の力は更に封じ込められていくのだった。今の石之伸は普通の剣の達人どころか並の剣客以下に成り下がっていた。
     その後は、まさにそれを「証明する戦い」が展開された。苦戦する石之伸。
     戦いに余裕を見せるヤネニフタ総統が石之伸に向かって語り始めた。
    「仏という野郎は実に無慈悲な存在だな」
    「なに?」
    「そうであろう。お前たち仏教徒が言うように仏が本当に『慈悲深い存在』であるならば何故、我らヤダユ民族に『安住の地』を与えては下さらなかったのだ?何故、我らに『永遠の流浪』という無限に続く苦しみを与え続けるのだ?」
    「それは違う。流浪の中にこそ『本当の喜び』があるのだ。惑星が発する『修羅界の波動からの解放』が喜びでなくて一体全体、何だというのか。定住などして何になる?惑星の重力にしがみつき、地上で『領土獲得合戦』を繰り広げる者たちの人としての野蛮さを、器の小ささを見てみろ。そんな連中には『宇宙の広大さ』など思いも寄らない。それに引き換えヤダユ民族はそれこそ大宇宙全体を『我が家』としているんだ。素晴らしいことじゃないか」
    「ええい、そんな詭弁。聞く耳持たぬわ」
     今のヤネニフタ総統には何を言っても無駄だ。ヤネニフタ総統の胸中に自分の声を響かせるためには、この戦いに勝つ以外ないのだ。
     だが、そのためにはヤネニフタ総統のサイコ能力を封じなくてはならない。石之伸は優れた剣客だが、サイコ能力はない。
    「だから俺は仏ではなく、我らに安住の地を約束してくれた神に忠誠を誓った。たとえそれが本当は魔物なのだとしても構わぬ。我らは遂に安住の地を手に入れた。それを奪おうとする者は誰であろうと許さん」
     ヤネニフタ総統が水平斬りを放った。それによって石之伸の丁髷が斬られた。その結果、髪はばらけ、石之伸は見るも無惨、レオナルド・ダ・ヴィンチのような姿になった。よもや、このような姿を石之伸が曝け出すとは。
    「ああっ」
     時代劇に登場する悪代官の最期を思わせる無様な石之伸の衝撃的な姿を目の当たりにした澄の目から涙が零れ落ちた。
    「くっ」
    「死ねい、文殊」

     一眼の亀。
    「このままではやられる」
     乙姫はサイコで石之伸の心に語りかけた。
    「石之伸。意地を張っているときではありません。今こそ『澄の手を借りる』のです」
    「なに?」
     澄にはサイコ能力がある。澄ならばヤネニフタ総統のサイコ能力を封じることができる。だが、石之伸は乙姫の要求を否定した。
    「これは『男の誇り』を賭けた一対一の勝負なのです」
    「私はそんな『くだらないこと』を賭けた戦いをやらせるために、あなたをそこへ送り出したのではありません」
    「何ですと?」
    「澄はあなたにとって何なのですか?ただの『お飾り人形』ですか?生涯を共に生きる『伴侶』だったのではないのですか?」
    「そ、それは」
    「ならば、助けを借りなさい。男の誇りなんて『夫婦の愛』の前には実に儚いものです」
     続いて、澄にもサイコを送る。
    「澄。泣いているときではありません。早く石之伸を助けなさい」
    「で、でも、あのお方にも意地というものが」
    「あなたは石之伸の『奥方』でしょう?夫婦は『ふたりでひとつ』の筈。今のあなたはその務めを全く果たしていません」
     石之伸は自分の手で澄を護ることが夫である「自分の務め」と思っていた。だから今まで常にひとり人で戦い、そして勝ってきた。その結果、いつしか石之伸は澄の前では常に一人前の男を演じることを心がける「見栄っ張りな男=関白亭主」になっていたのだ。勿論、澄を人間として見下していたわけではないけれども、やはり心のどこかに「女は男よりも弱い生き物だ」という女性を男性よりも「下に見る考え」があったのである。
     そして澄もまた、私の夫は強くて頼り甲斐があって、いつでも自分を護ってくれる。そうした状況に慣れてしまっていた。
     しかし、これは本当の意味で正しい「夫婦の姿」ではない。夫婦というものは互いの長所を認め合うと共に、互いの欠点を補い合う存在でなければいけないのだ。相手の欠点に対し幻滅する間柄であってはいけないのだ。そして、そうした「間柄ではない」のであれば、自分の弱みを相手に隠して見せないようにする必要など一切ないのである。
    「ふはははは。どうした文殊」
     石之伸が呟く。
    「澄」
    「はい」
    「助けてくれ」
    「判りました」
     夫婦になって以来、石之伸は初めて澄に助けを求めた。そして澄も初めて自分の助けを求める石之伸の弱々しい姿を見た。お互いに「気恥ずかしさ」を感じながらもこの時、石之伸も澄も心の中に今まで感じたことのない「喜び」を感じていた。これこそが互いを必要とし合っている「夫婦の幸せ」に他ならなかった。ここに至って漸くふたりは「真の夫婦」となったのである。
     そんなふたりの会話は勿論、ヤネニフタ総統にも聞こえていた。 
    「貴様・・・いよいよ澄の手を借りるか」
     ヤネニフタ総統の顔は青ざめ、体はブルブルと震えていた。これこそ、ヤネニフタ総統が最も恐れていたことだったからだ。
    「ああ。俺たちは夫婦だからな。夫婦は『ふたりでひとつ』なんだ。澄」
    「はい」
     澄がサイコ能力を発動させた。ヤネニフタ総統のサイコ能力が封じられる。石之伸の体が軽くなった。本来の力が甦ったのだ。
    「これで戦いは『振り出しに戻った』なあ、ヤネニフタ総統」
    「くっ」
    「行くぞーっ」
     石之伸の反撃が始まった。
    「海鼠の嚔・青い波濤」
    「海鼠の嚔・赤い潮」
    「海鼠の嚔・深海に降る白雪」
     面白いように奥義が決まる。形勢は一気に逆転した。傷つくヤネニフタ総統。
    「これで最後だ。究極奥義『鰯の竜巻』!」
     決まった。その名の通り、回転によって生じる遠心力を最大限に利用した必殺の剣。ネタニヤフ総統が倒れた。普通であれば、もう立てない。
     だが、ヤネニフタ総統は立ち上がる。総統としての意地が、それを可能とさせていたのだ。
    「負けるものか。この俺様が貴様如きに負けるわけがない」
     だが、足は既にフラフラ。とても戦える様な状況ではない。
    「もう止せ」
     そこへひとりの老人が現れた。
    「ユダヤ王」
     石之伸が叫ぶ通り、それはヤダユ王であった。ヤダユ王もまた石之伸たちを追って贔屓の中にやってきたのだ。
    「息子よ。もう止めるのだ」
    「父上」
     息子?父上?ヤネニフタ総統はヤダユ王の息子だというのか。そうか。だからヤネニフタ総統は若くしてヤダユ艦隊の将軍であったのか。
    「もしも戦いを『続ける』というのであれば、私が相手をする」
    「バカな。父上が戦うなどと。その歳でどうやって」
    「馬鹿にするな。これでも私はかつての英雄『ムスタングのチャー』だぞ」
     これまた驚きだ。何とヤダユ王が伝説の英雄、ムスタングのチャーその人であったのだ。
     疲労を極めるヤネニフタ総統と老境の身であるムスタングのチャー。どちらが勝つか正直、油断はできない。
     剣を構える父と子。勝負は一瞬で決まる。
     じりじりと甘いが詰まる。
     そして
    「やあ!」
    「とう!」
     交錯する剣と剣。一瞬、火花が散った。
     そして。
    「ううっ」
     悲鳴を上げたのはヤネニフタ総統。ムスタングのチャーの勝利だ。仰向けに倒れるヤネニフタ総統。
     その懐から何やら、小さな布袋が落下した。それは小さな巾着袋。その巾着袋を拾い上げたヤダユ王は中を確かめた。
    「こ、これは」
     それはさくら貝。乙姫がヤダユ王に贈った「お宝」のひとつ。
    「やはり、お前が盗んでおったのだな?」
    「父上」
    「そんなにも『乙姫が愛しい』のならば何故、儂にひとこと相談しなかった?愛する息子のためなら竜王に頭を下げるくらい、何てこともなかったのだ」
    「私は男です。嫁取りに『親の威光に縋る』など、どうしてできましょう」
    「そうか」
     ムスタングのチャーはヤネニフタ総統を抱き上げた。もはや敵同士ではない。父と息子である。
    「息子よ」
    「父上。お許し下さい」
     ヤネニフタ総統の首が落ちた。
    「息子よ。我が息子よーっ!」
     ムスタングのチャーは自分の息子の体を抱きしめ、まるで子供のように泣きじゃくるのだった。

     宇宙空間。
    「さらば。竜宮の戦士たちよ」
    「ヤダユ王も、お元気で」
     ヤダユ船団はヤネニフタ総統の遺骸を抱いて、再び流浪の旅に出発した。
     生き残ったラムスイ軍はエルライスからチナパレスに戻った星の再建に向け、大気圏を降下していく。
     乙姫は乗り移った贔屓を操る。一眼の亀の艦長席には再び馬知子女王が座っていた。
    「では、皆さん戻りましょう。竜宮へ」
     贔屓と一眼の亀のワープ回路が同期した。
    「ワープ」



  •  スペースコロニー・ビッグフェイスの脇に浮かぶ「帝王の蟹」。
     その修理ドックの中から一隻の船が出航しようとしていた。
    「修理用アーム、フルオープン。いつでもどうぞ」
    「了解」
     修理を終えた白い宇宙船が降下を開始した。その機体はウイに他ならなかった。エルライス星の戦闘空域を離脱後は竜宮に向かい、ドック艦で修理を受けていたのだ。
     ウイに通信が入る。相手はトラウツボ王子。
    「調子はどうだね?普賢」
    「大丈夫そうだ。ありがとう」
    「文殊には会わないのか?」
    「天の川銀河での『自分の仕事』は終わったよ。今から違う銀河で、別の菩薩の手伝いさ。もう会うこともあるまい」
    「そうか」
    「では、おさらば」
     ウイが帝王の蟹の直下から発信した。ブリッジには悠と黄桜のふたり。
     そこへひとりの少女が入ってきた。
    「パパ。ママ」
     それは芽茱萸だった。芽茱萸はウイが修理を受けている間、最高級の設備を誇る帝王の蟹の中で快適な日々を過ごしていた。最初は竜宮に留まることも検討されたのだが、最終的に悠と黄桜の養女になったのである。
    「この船は何処へ行くのですか?」
    「マニック・エデンという星だよ。そこは大層、美味しい林檎が採れる星でね。星の住民はその実を搾って造ったジュースをいつも飲んでいて、そのおかげでいつも『ハイの状態』にあるんだ」
     どうやら、かなり危ない星らしい。
    「面白そうですね」
    「だろう?黄桜はどう思う」
    「私は別にいいわよ」
    「よし、じゃあ決まりだ」
     ウイが進路をマニック・エデンに向けた。
    「ワープ」

     こちらは竜宮城。
     破壊された都市も再建が進んでいた。
    「今回は本当にご苦労様でした。特に石之伸と澄にはお世話になりました」
    「いえ、当然です。竜宮は私たちの命の恩人なのですから」
    「これは私から今まで竜宮のために尽くしてくれたふたりへの、ほんのささやかな『お礼』です」
     ドックには「大地に伏せる獅子」をイメージした宇宙船が置かれていた。全長210m。スピルマの大気圏突入パネルと同じ素材で作られた黒いの土台の上にオレンジ色に塗られた船体を載せる最新鋭艦であった。建築工学を応用、強固な土台の上に構造物を載せる設計により、この船は墜落時の衝撃に対し非常に頑丈な作りになっている。
    「あなたは文殊。ですから獅子をモチーフにデザインしました。さあ石之伸、この船に名前をつけてあげなさい。私たちは『ブラックベース』と呼んでいますが」
     黒い土台では、あまりにも素っ気なさ過ぎるというものだ。
    「これは『橙の獅子』です」
     石之伸の命名も素っ気ないが、ストレートに外観を表現しているといえる。
    「その通りですね。ですが、愛称をつけてあげませんと」
     乙姫は名前が不服だったようだ。
     暫く考える石之伸。だが、いいアイデアが思い浮かばない。
    「いずれ決めます」
     石之伸はそう返事をするしかなかった。文殊の知恵を持ってしても、すぐには「いい名前」が思いつかないらしい。
    「判りました」
     更に。
    「馬知子女王にもプレゼントがあります」
     何とそれは一眼の亀。
    「あなたはこの船を非常に上手に操ることができます。別れるのは『お名残惜しい』でしょう?」
    「その通りじゃ。さすが乙姫さまは『人の心』が良くおわかりじゃ」
     女王は大喜び。
     そして一眼の亀には女王以下、将軍、美蕾、怪蕾、海女尊枝蕾が乗り込む。これで一眼の亀は名実ともに「冥堕」となった。
    「石之伸様」
     ここで中山こと鯰の精が石之伸に語りかけた。
    「是非とも、我ら四名も一緒にお連れ下さい」
    「お止めなさい。野暮な申し出は」
     そう言って諌めたのは乙姫。
    「夫婦の間に水を差してはなりません」
     しょげる妖精たち。
     石之伸がそんな妖精たちに語りかけた。
    「私たちがいない間、江戸の屋敷と福南藩を護ってくれ」
    「判りました」
     妖精たちは、まだ自分たちと石之伸との関係が「終了ではない」ことを知って喜ぶのだった。

     さあ、お別れの時が来た。
    「発進」
    「発進」
     橙の獅子が、冥堕が竜宮城から発進した。途中までは一緒に飛行する。
    「さらばじゃ。またどこかの星で会おうぞ」
     冥堕が進路を変更。どんどん遠ざかる。やがて姿が見えなくなった。
    「それじゃあ、俺たちも行くぞ」
     そういって、ふたりが向かった先は地球。
     まずは江戸上空を飛行する。
    「よく見ておくのだぞ。今度、戻るのはいつになるか判らないんだからな」
    「はい。あなた」
     その後、福南藩の上空を通過。
     その時。
    「決めたぞ」
     石之伸が叫んだ。
    「何を?」
    「名前だよ、名前。こいつの名前だ」
    「で、何て名前なの?」
    「『ともみ』さ。『鞆の海』という意味だ」
     日本で最も美しい海を持つ鞆の浦。その名前こそ船の名に相応しい。石之伸はそう思ったのだ。
    「素晴らしいわ」
     澄も納得。
     暫く鞆の浦の上空を飛行した後、ともみは大気圏を離脱した。
    「エンジンは快調だ。このまま一気に加速するぞ」
    「何処へ行くの?」
    「さあな。知らない星さ」
     ともみが遠距離ワープに入った。

  • 文殊の剱 完     



  • あとがき

  •  コックローチシリーズが2021年12月24日に脱稿して4年。その間『ソフォニスバの生涯』など短編は執筆していたものの、400字詰め原稿用紙1000枚を超える大作を書くことはなかった。コックローチシリーズが余りに偉大であったため、その後の構想に時間が掛かったためだ。如何にしてコックローチを越えるか?そのためにはまだ自分が執筆したことのない未知の領域に挑む以外にはない。それは「時代劇」であった。斯くして文殊の剱は江戸時代の江戸を舞台とする作品とすることが決まったのである。第一部、第二部までは概ね初期の設定通りの作品に仕上がった。蘇我馬子の直系子孫である女王との戦いを描いた「蘇我城編」。幕末において徳川幕府の懐刀・会津藩の宿敵である長州藩との戦いを描いた「福南藩編」。ところがその後、一気に舞台が変わる。江戸時代なのに「宇宙戦記物世界」に一変してしまう。その理由は読んでの通りで、当初から竜宮城を盛り込んでいたことが原因である。超科学を誇る竜宮城を当初から作品に登場させていた以上、超科学を誇る未来世界がいずれは舞台となることは必至だったのだ。かくして髪を丁髷に結い、袴を穿いた江戸時代の剣客が未来のロボット兵器を操縦するという、かくも笑える状況がここでは描かれることになった。この設定を私は非常に気に入っている。他の人間では到底思いつかないだろうから。「誰もやらない」ことを思いつく。クリエイターにとってこれほど自分自身を満足させてくれるものはない。現代は「過去の焼き直し」にしか思われない作品が大量に生産されている時代である。そういう時代にあって「文殊の剱・第三部」は、そこにしかない世界観が充分に描かれたと思う。

  • 2026年3月7日     
    著者しるす         




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