- タマ & アズー の青春日記(2019年)
続・コックローチ第二部「マカロニャン編」のスピンオフ。
人間の少女・梓彩と 人間の言葉を話す猫・タマの友情を描いた青春物語。
コックローチとは異なり
ここにはエロシーンは一切登場しない。
目次
1
2
3
4
5
6
7
8
タマ&アズーの青春日記
おいらはタマ。人間の言葉が話せる猫なんだニャ。
ある日、背中にΨ(プサイ)を背負ったIQ800を誇る超天才猫・Dr.マカロニャンと出会い、改造手術を受けた結果なんだニャ。でも人前では人間の言葉を話すのは禁止なんだニャ。というのも、そのことが知れればたちまち科学者たちの興味を買って実験材料にされてしまうからなんだニャ。
私は梓彩(あずさ)。タマのご主人様です。中学1年生。学校では「アズー」と呼ばれています。私の趣味はボルダリング。勿論、屋内ではなく大自然の中でやるのが好き。今は一の倉沢(谷川岳)などニッポンの崖を登っているけれど、いつかはヨセミテ(アメリカ。クライマーの聖地)をフリークライミングで登りたーい。それはさておき、タマも言った通り、タマが人間の言葉を話せることは絶対に秘密です。
1
都内のある公園。
「きゃあー」
「きゃあー」
子どもたちの悲鳴が響く。その周りを黒ずくめの戦闘員たちが取り囲む。
「がはははは。お前たちはもう逃げられないぞー」
戦闘員たちを率いるスマホ将軍が、子どもたちに向かってそう叫んだ。
「助けてー」
泣き叫ぶ子供たち。
その時。
「そこまでだ、デジタリアン!」
デジタリアンというのは地球制服を企むタブレット王が支配する悪の帝国。スマホ将軍と戦闘員たちは、そこのメンバーなのだ。
「お前たちは!」
スマホ将軍らの前に突如、現れたのは5人の若者たち。彼らは世界の平和を護るヒーローなのだ。
「リサイクル!」
変身の叫び声とともに5人の若者たちを5色の光が包み込む。5人はその眩い光の中で秘密基地から転送される戦闘服を装着した。
「エルピーレッド」
「イーピーブルー」
「カセットイエロー」
「ベータグリーン」
「フィルム(カメラ)ピンク」
5人がそれぞれ自分を名乗る。そして最後に揃って次のように叫んだ。
「懐古戦隊アナログン!」
決めポーズも決まった。額に輝く名前の由来である昔懐かしいモチーフ。ベルトのバックルは全員「ダイヤル電話」。
「おのれ、アナログン。今日こそは返り討ちにしてくれる。殺れ!」
戦闘員たちがアナログンに襲い掛かる。だが、戦闘員たちでは全く歯が立たない。すると、スマホ将軍は一体の怪人を出現させた。
「出でよ、AIシャコモンスター!」
蝦蛄をモチーフとする怪人の登場だ。その名の通り、敵の怪人はAI(人工知能)を有する。AIシャコモンスターが、まるでスーパーカーのように地を這う姿勢で突進してくる。戦闘員の時とは違い、さすがにアナログンも苦戦する。バラバラの攻撃では勝てそうにない。
「よし、必殺技だ」
5人が一つに纏まった。
「ビクトリー(V)・ハイパー(H)・シュート(S)!」
必殺技がAIシャコモンスターにヒット。その場で倒れるAIシャコモンスター。
だが。
AIシャコモンスターは巨大化してアナログンに襲い掛かってきた。
リーダーであるエルピーレッドはバックルのダイヤル電話の受話器を取るとダイヤルを3回まわした。
「おかけになった電話は現在、使われておりません」
しまった。再度かけなおす。今度は繋がった。
「シンクウカーン!」
エルピーレッドの電話要請に応じて秘密基地から「真空艦」が飛んできた。コンドームのような形をした巨大戦艦はその名の通り宇宙空間も飛翔することができる。
「バリコーンロボ、発進!」
真空艦の中からバリコーンロボが発進した。頭には、いかなる電波も受信するチューナーを装備。胸には巨大スピーカー。そして腰にはカラオケ用のマイク。
「搭乗」
アナログンがバリコーンロボに乗り込む。
「チューニング。受信感度良好85㏈!」
さあ、AIシャコモンスターとバリコーンの戦いだ。
先に攻撃を仕掛けてきたのはAIシャコモンスター。眼から発射されるレーザービームがバリコーンロボを直撃する。だが、バリコーンロボはびくともしない。なぜならバリコーンロボのボディは「超合金」でできているからだ。
「お返しだ」
バリコーンロボの反撃。
「ビートサウンド」
合っていたチューニングが意図的にずらされる。ビーという巨大なビート音がスピーカーから流れ始めた。これはたまらない。AIシャコモンスターは耳を塞ぎ、その場に蹲った。
「よし、とどめだ」
バリコーンロボの必殺技が炸裂する。バリコーンロボは片手にマイクを握ると、そのマイクを自分の胸にあるスピーカーに近づけた。
「ハウリング・アターック!」
耳を劈くハウリング音が周囲に響く。この技はバリコーンロボを操縦するアナログンも耳を塞がなければならない、一歩間違えば自滅しかねない非常に危険な技だ。
「うぎゃああああ」
AIシャコモンスターは大爆発した。
「やったぞ、敵の怪人を倒したぞ」
勝利のポーズを決めるバリコーンロボ。胸のスピーカーから「ティーティ・ティティッティッティッティティー・ティティッティティー!」というファンファーレが高らかに流れる。
「くそう覚えていろ、アナログンめ」
スマホ将軍は撤退した。
バリコーンロボが空へと飛び去って行く。
「ありがとう、アナログーン」
公園の子どもたちが空に向かって大きく手を振る。
敵の作戦を無事に阻止することができたアナログン。だが、デジタリアンは再び襲ってくるに違いない。負けるな、アナログン。平和を手にするその日まで。戦え、懐古戦隊アナログン!
つづく
※
春。
西上州、表妙義山。
「ありがとうございました」
タクシーからひとりの少女と猫が降りた。少女は小柄で細身。猫は反対にブクブクと太っている。模様は遠目にはホルスタインそっくり。だがよく見ると、黒い斑の中には虎縞模様が見える。この猫の両親はどちらかが白で、どちらかが灰色の虎縞だったのだろう。毛並みや尻尾の長さから、もともとのご先祖はブリティッシュ或いはアメリカンいずれかのショートヘアに違いない。目の色が左右で異なり、右は黄色、左は水色のオッドアイ。
「さあ着いたわ、タマ」
梓彩はタマとともに右手に地元の店を見ながら緩やかな坂を上る。やがて正面に空き地が見えてきた。少ない階段を昇り、空き地へと入る。ここが登山口である。
梓彩は山に取り付いた。青々とした草木に茂る森の中に入り、緩やかな坂を上る。坂は直ちに急となり、岩場の様相を見せ始めた。
「もう鎖場なのね」
正面に鎖を張った岩の廊下。角度は40度ほどで緩やかだが、滑りやすそうだ。鎖を補助にして登る。その後、梓彩はT字地点に出た。右へ行けば妙義の稜線。梓彩は左へと向かう。
森が切れると正面に身長の倍はあるだろう大きな岩が現れた。その上に攀じ登ると、白く塗られた「大」の文字の看板が立つ見晴らし良好な岩の上に出た。空は一面、雲に覆われているが、下に広がる田畑などは、かなり遠くまで一望できる。
ここが妙義山稜線縦走、第一の名所「大の字」だ。後ろを振り向けば、大きな岩がそそり立つ。その岩の上に、後に歩くことになる稜線がある。
梓彩はカメラを取り出すと撮影を始めた。
「タマ」
当然、タマも写す。しまいにはカメラを岩の上に置き、タイマーで自分も写る。
再び岩を降り、T字路に戻る。今度はまっすぐ進む。岩場の登山道を手も使いながら登る。いったん右に進んで左へ、さらに右へと進むと左手に洞窟が現れた。その洞窟のすぐ右脇に登山道。登山道とはいっても、そこは鎖場で、今度は高さ30mほどの垂直壁。しかも湧水が染み出ているのだろう。岩はどこも皆、水で濡れている。梓彩の足元には大きなカエルが一匹。
ここを登るのは正直、厄介だ。一応、鎖は設置されていたが、大キレットや剱岳とは異なり足場となる杭が打たれていないため、腕の力のみで強引に攀じ登らねばならないからだ。
「行くわよ」
梓彩が鎖を握った。滑りやすい岩の些細な凹みを足の爪先で巧みに探しながら、まずは10mほど登った。
「ふう」
岩に取り付いた状態で休憩。息が安定したところで登り始める。10mほど登ったところで再度、休憩。
そして、ようやく上部まで辿り着く。だが、まだ油断はできない。洞窟の天井には穴が開いており、その穴の上を通過する形で登山道が設けられているからだ。穴に落ちたら最後、一気に30m下の洞窟まで墜落することになる。
慎重に通過し、さらに登ると、稜線上に出たのはいいが、完全に体を崖の外に出さなければ通過できない岩場に出くわした。見晴らしは良好。正面には妙義山の最高地点である相馬岳に通じる北方稜線、さらにその先には山頂にキノコのような形をした大岩「丁須の頭」を頂く裏妙義山が見える。
この場所は、その名の通り「見晴」という。
下までの高さが数百mあるこの岩場には当然、鎖が設置されているのだが、ここでは垂直ではなく水平にトラバースする必要があった。体を外に完全に出して、鎖のみが頼みのトラバースだ。
梓彩は鎖を握りしめ、岩場を歩きだした。左手には岩場、右手には何もない。数百m真下には妙義山の裾野を形成する深い原始林が広がる。落ちたら最期だ。
妙義山稜線縦走。鎖があるということは一応「整備された登山道」なのだが、その実態は「ザイルを使用しないバリエーションルート」だ。無論、梓彩はそれを知った上でここにやってきていた。
体をくの字に曲げて、難所のトラバースを蟹の横這い状態でどうにかクリアした梓彩は、再び深い森の中を歩きはじめた。稜線上ではあるが、標高2000mほどの妙義山は稜線上も深い木々で覆われていた。
となると当然、ルートファインディング能力が試されることになる。
ルートファインディングとは、登山ルートを自分で決定する能力だ。特に妙義山のように稜線上がギザギザの山の場合、稜線から一旦、中腹まで下降し、再び稜線に出るといった行為を何度も繰り返す必要がある。しかも見晴らしのいい3000m峰ではなく木々の生い茂った森の中でだ。もしもルートを見失えば「森の中を彷徨う遭難者」になってしまう。
梓彩は的確なルートファインディングによって妙義山の難所を次々とクリアしていく。
やがて再び鎖場が現れた。今度の鎖場は岩場の下降だ。ゆっくりと下降する。
「えっ、なに?」
アクシデント発生。
「鎖が切れてる!」
何と下降の途中で鎖が無くなっていたのだ。しかも足場はここからいきなり逆ハング。足の先が岩の壁に全く当たらない。しかも下が見えない。下まで、どれ程の高さがあるのか見当もつかない。必死に腕の力だけで鎖にしがみつく梓彩。
「タマ、下を見てきて」
タマが先に岩場の下に降りる。
「高さは2mほど。これなら飛び降りられるニャ!」
梓彩は手を離した。梓彩の体が落下する。梓彩は平らな岩の上に足の裏から無事に着地した。
「ああ、怖かったあ。有難うタマ」
無事に着地できたからいいが、仮に着地の時に転倒していれば大怪我は避けられなかっただろう。
こんな調子で歩き続ける。やがて「大のぞき」と呼ばれる見晴らし良好な岩場の頂に出た。谷を挟んで正面に大きな岩がそそり立つのが眺められる。ここには、ご丁寧に「大のぞき」と書かれた小さな看板が設置されている。
「ここで休憩しよ」
梓彩とタマは、ここで休憩をとることにした。家で握ってきたオニギリを頬張る。タマもまた鮭の入ったオニギリを食べ始めた。昔は梓彩が皿の上でほぐしていたオニギリだったが、人間と同等の知能を有する今のタマは手掴みで食べる。いや、それどころかペットボトルのお茶も前脚で掴んで直接、口に当てて流し込む。
「行きますか」
立ち上がる梓彩。斜め右後ろに進路をとる。直ちに30mの下降地点。そこは角度約80度の岩壁。鎖は中間地点で二分割されている。ここは今までほどの難所ではない。岩の表面が鑢のようにざらざらしており、足の裏のフリクションが有効に機能するからだ。といっても、それは降りだからで、ここがもしも登りであれば、やはり相応のクライミング技術が必要であることは言うまでもない。
無事に下に到着した梓彩。岩を見上げる。思っていた以上に高い場所から下降してきたことを実感。
森の中を歩きつつ、徐々に高度を下げていく。やがて分岐点に到着。左を下降すれば中腹を通る遊歩道へと降りられる。梓彩は当然、正面へと進む。すぐさま急な登りに出くわした。木の根っこを階段に高度を上げていくと。
「山頂に到着ー」
そこは妙義山最高地点の相馬岳。ここにも小さな看板が設置されている。木々が深く、見晴らしはよろしくない。そのため山頂といった雰囲気はあまりない。取り敢えず、稜線の中間地点まで来たことになる。
さらに進む。今度は下降。
天気が悪化してきたのか?登山道が雲の中にすっぽりと包まれてしまった。周りは何も見えない。ただでさえルートファインディングの難しい山だというのに。天気予報では曇りだったが、やがてぽつぽつと降りだしてきた。
再び遊歩道に下降する分岐点が出現。梓彩は縦走の続行を断念、下降することにした。
こうした決断には勇気がいる。「再び来られるのはいつの日か」と思うと多少の無理はしたくなる。だが、梓彩はそうした誘惑に打ち勝つだけの強い精神力を持っていた。正しい状況判断ができる。これは優秀な登山家になるための「素質」である。
下降といっても、油断はできないのが妙義山。ちょっとでも油断したら転倒しそうな岩場の下降となった。三点支持までは必要としないものの、慎重に降りねばならない。焦りは絶対に禁物だ。
無事に遊歩道まで下降した梓彩。すると雨は止んで、雲の隙間から太陽が顔をのぞかせ始めた。
「まあいいわ」
ここから先は危険とは無縁の遊歩道を歩く。一般観光客にとっての名所である「石門」を抜け、梓彩とタマは無事に妙義山を下山した。
下山した梓彩とタマはタクシーで横川へと戻った。駅前には荻野屋本店がある。信越本線は長野新幹線の開通と同時に横川が終点となり「いにしえの活況はない」と思いきや、どうしてどうして、荻野屋本店の駐車場には観光バスや車が多数、停まっていた。
ちょっと遅めの昼食。タマが釜飯を食べる姿を見られるのは、さすがに拙いので、釜飯を手に外に出た。駅前のベンチに座る梓彩。その足元にタマ。
横川駅正面には鉄道博物館があった。埼玉や愛知にあるものほど大きなものではないが、ここでは碓氷峠越えに活躍したEF63電気機関車や、機関車に押されて峠越えをしたL特急などが展示されている。事前に予約して基礎講習を受ければ、400mほどではあるが実物のEF63を実際に走らせることもできる。
「せっかくだから、見ていこうか?」
梓彩とタマは鉄道博物館へと向かった。
※
梓彩の通う中学校。もうすぐ夏休み。
「おはよう」
教室に入った梓彩が挨拶をする。
「昨日見た?」
「いつ見てもカッコいい」
クラスメートの女子たちが何やら騒いでいる。梓彩は「毎週のこと」だと別段、気にもしない。さっさと自分の席に座った。
女子たちが騒いでいるのは、昨日放映された「懐古戦隊アナログン」の感想を言い合っているのだった。1980年代であれば「中学生にもなって特撮なんか見てるなんて幼稚ねー」とバカにされるのが当たり前であったが、時代は大きく変わり、今や中学生にも大人気。というのも今日、戦隊ヒーローと言えばイケメンアイドルが芸能界デビューするための「登竜門」だからだ。
「やっぱりブルー役の高橋クンが背も高くって、一番イケメンよー」
「私はイエローの樋口さんが好きだわー」
やがて、ブルーとイエローのどちらがよりイケメンであるかを巡って言い争いが始まった。これも毎週のことだ。
「やれやれ」
梓彩は教科書とノートを机の中に入れると、ザックを後ろのロッカーの中に入れた。通学時の入れ物と言えば昔は革製の「手提げカバン」が主流だったが、今ではザックが主流だ。
「アズー」
女子生徒たちが梓彩に絡み始めた。
「アズーはアナログン、見ないんだよね?」
「興味ないわ」
「アズーは山一辺倒だから」
「イケメンに興味ないなんて」
「それって変よ」
梓彩は「大きなお世話」と言い返した。
彼女たちが梓彩に絡んできたのには、実は理由があった。
「アズー、来週の日曜日、暇?」
「予定はないけど」
「だったら、私たちと一緒にアナログンショー、見に行かない?」
「は?」
梓彩は思い出した。そういえば八千代台(千葉県)にある大型スーパー屋上の駐車場で来週の日曜日、アナログンショーを開催する旨を記した広告が新聞の折り込みに入っていたっけ。
「本物を見たらきっとアズーも大ファンになるわ」
「はあ」
自宅。
梓彩はタマと話し合い。
「戦隊ショー?」
「そう。来週の日曜日、クラスメートのみんなと行くことになっちゃたの」
「何だか面白そうだニャ」
「隣の県にある大型スーパーだから、電車に乗って行くのよ」
「心配ないニャ」
「今回は友達と一緒だから、ザックの中には入れていけないわ。猫を連れて行くなんて不自然だもの」
登山の時のタマは電車やバスの中ではザックの中でじっとしていた。
「大丈夫、電車には乗れるニャ」
「だめよ。姿を見られたら、すぐに駅員に捕まえられてしまうわ」
「大丈夫なんだニャ」
どうやら、タマは何か企んでいるようだ。
「まあ、気にしないで。当日、向こうで会うんだニャ」
当日。
梓彩はクラスメートたちと一緒に既に上野駅へと向かっていた。不忍池の北側にある梓彩の家から最も近い駅は長い閉鎖期間を経て再び開業したあの博物館動物園駅であったが、そこには特急が停車しない、そして目的地の八千代台駅には特急が停車する、というわけで少し余計に歩くけれども上野駅へと向かったのである。
一方のタマはというと。
「来たニャ」
タマは日暮里駅で電車を待っていた。駅の外壁の一部となっている鉄筋の横棒から線路を見下ろす。やがて上野駅に通じるトンネルの中から電車が出てきた。どんどんと日暮里駅へと近づいてくる。
「今だニャ」
タマは鉄筋から飛び降りると、電車の屋根に落下した。
「作戦成功だニャ」
幾つもの駅を停車することなく通過していく特急電車は速い。途中、青砥、高砂、船橋、津田沼の4駅しか停車しないのだから当然だ。
八千代台駅に到着したタマは、すばやく電車の屋根から飛び降りると、ホームの人混みを巧みにすり抜ける。ホームの金網を攀じ登り、駅の南口ロータリーに出た。
「あれだニャ」
ロータリーの向かいに目的の大型スーパーはあった。屋内に入ると店員に追い出されるので、タマは裏手にある屋上駐車場の入口へと回る。
その時。
「ニャー」
地元の猫に絡まれた。今の時代、どこのまちでも猫人口は過密状態。見慣れぬ猫が自分の縄張りに侵入したとあっては「見過ごせない」というわけだ。
しかたがない。一戦交えるしかあるまい。
「ニャー」
地元の猫が攻撃を仕掛けてきた。タマはそれをゆるりと躱すと0,05秒の早業で後ろ足蹴りを相手の顔面に喰らわせた。タマはマカロニャンほどの能力はないものの並みの猫とは違う。知能だけでなく運動神経も数段パワーアップしているのだ。
「ニャー」
面食らった地元の猫は、いずこへと逃げていった。
「ふん。自分から仕掛けてきといて、大したことない奴だニャ」
屋上の駐車場に到着すると、まだ時間が早かったと見えて、パイプ椅子で作られた観客席に座る人はまばら。梓彩もまだ到着していなかった。
明治時代の某文豪が新聞に連載した処女小説の中で描いたように、猫は「人間観察」が大好きだ。タマも御多分に漏れず散歩がてらの人間観察が大好きである。ということで早速、舞台裏を覗きに行く。
それしかなかったのか?本来であれば赤と白の横断幕を張るところを葬儀場で使用される白と黒の鯨幕によって、舞台裏はいくつかの部屋に仕切られていた。
ある場所ではマスクを取ったヒーローを演じるエキストラたちがコーヒーを飲みながら談話していた。
「開演まで、あと1時間だな」
「暑いったらありゃしない」
「この調子だと、終わった後は汗だくになりそうだな」
「これで自給1000円は安いよなあ」
「まあ、ダイエットにはちょうどいいけどな」
「全くだ。着ぐるみの中はサウナみたいなもんだからな」
またある場所では変身する前のヒーローを演じるヤングアイドルたちがショー終了後の行動について話し合っていた。
「今夜、ノーパンしゃぶしゃぶに行こうぜ」
「いいねえ、いいねえ」
「あー、でもペンライトと鏡がねえよ」
「また買えばいいじゃんか」
さらに別の場所ではヒーロー唯一の女性であるピンク役を演じる人気アイドルグループのメンバーが、ヘアメイクを召使いのように扱き使っていた。
「冷たいアイスが食べたーい」
「はい、ただいま」
ヘアメイクが出ていく。下の食品コーナーに行ってアイスを買ってくるのだろう。
以上の中からタマが最も同情を覚えたのは、言うまでもなくエキストラ。ヒーローたちは男も女も「スター擦れ」していて、タマの眼にはすこぶる人間性が低く感じられた。
一通りの観察を終えたタマはその後、駐車場に停められている車の屋根の上に座った。タマが選んだのは上級ミニバン。屋根が高くて見晴らしがいいだけでなく、ちょうどこの時間、鳩の顔をモチーフにしたスーパーの屋上看板によって日影になっていたからだ。
「ここなら、よく見えるニャ」
しばらくすると、梓彩がクラスメートたちと一緒にやってきた。
「ニャー」
梓彩に手を振るタマ。梓彩もそれに気が付いたようで一瞬、驚いた表情を見せた。座席をキープしてから梓彩だけタマのもとにやってきた。小声で話しかける梓彩。
「どうやってきたの?」
「ワープしてきたニャ」
「でも、無事でよかったわ」
「それより梓彩『ノーパンしゃぶしゃぶ』って何だニャ?」
その後、タマは先ほど見てきた舞台裏の様子を梓彩に語って聞かせた。
「他人のプライバシーを覗くなんて悪趣味よ、タマ」
「これは猫の習性なんだから、しょうがないんだニャ」
「で、ショーは見ていくのね」
「そのために来たニャ」
「じゃあ、私は席に戻るわね」
梓彩は客席へと戻った。
その後、夏休み最初の日曜日ということで、子ども連れの母親やら、子どもたちの軍団やら、中学生・高校生の若い女の子たちやらが陸続と集まってきた。300席ほどもあった客席がすべて埋め尽くされ、立ち見までいる。ショー開始前の会場にはステージの左右に設置されたBOSEのスピーカーからアナログンのテーマソングが流れる。
パチパチ音には 「味がある」
ヒスノイズにも 「コクがある」
ボタン一つで 「簡単操作」
そんな機械は 「つまらなーい」
針を落とす 「緊張感」
録音開始の 「タイミング」
それらは全て 「腕次第」
そんな時代が 「なつかしーい」
アナログン アナログン
昭和時代の 空気を纏う
アナログン アナログン
懐古時代の ニューフェイス
時代は確かに 進むけど
君らの魅力は 変わらない
アナログン アナログン
アナログン
何度も繰り返し流れるので、タマは歌詞を完璧に覚えてしまった。
突然、テーマソングが止んだ。その直後、舞台の上に今回のショーの進行役を務める司会者が現れた。
いよいよ開演である。
雑兵が舞台に登場、司会者を捕える。
「キャー、助けてー」
雑兵のベルトに注目。なんと昔のヒーローのベルトではないか。どうやら小道具を使い回しているようだ。往年の特撮マニアの目には、まるで雑兵がヒーローを倒して手に入れた戦利品のように見える。
そこへ変身前のアナログンたちが登場。それと同時に会場中を黄色い声が包む。
「渡部リーダー」
「高橋クーン」
「樋っつぁーん」
「中山ーっ」
「愛ちゃーん」
雑兵と戦うアナログン。やがてボスキャラが出現。これまた、いにしえのヒーローの変身ベルトを腰に巻いている。
苦戦する変身前のアナログン。いったん部隊の後ろに隠れる。入れ替わりに着ぐるみが登場。
形勢逆転。アナログンが一気にボスキャラを倒す。
かくして戦いはアナログンの勝利で終わった。その後は変身前のアナログンによるトークショーとなった。
ここで「事件に遭遇する」ことになることを梓彩もタマも、まだ知らない。
下の階では、万引き常習犯が今日も店の商品を万引きしようとしていた。素早く商品を懐に隠す。だが、今日は運悪くその瞬間を巡回中の覆面警察官に見られてしまった。たびたび万引きが起きていたため、店の方でも警戒をしていたのだ。
「貴様、何をしている!」
「しまった」
パニックに陥った万引き常習犯は逃走を開始した。屋上へと駆け上がる万引き常習犯の目の前にアナログンショーの会場が飛び込んだ。
「待てい!」
すぐ後ろから警察官が追いかけてくる。やむをえん。万引き常習犯は小さい女の子を人質にしてアナログンショーのステージへと駆け上った。
「きゃあ」
「来るな!来たら、このガキをぶっ殺すぞ」
いつの間に手にしたのか?万引き常習犯は手に折り畳み式のナイフを握っていた。
騒然となる会場。その場から逃げ出す子供たち。だが一方で。
「アナログン。あんな悪い奴、やっつけちゃえ!」
そのように叫ぶ子供の姿も。
梓彩は車の屋根の上で転寝しているタマのもとに走った。
「タマ、起きて。タマ!」
「いつの間にか眠っていたようだニャ」
「大変なの、タマ!」
「何が?」
梓彩はタマに状況を説明した。
「こんな時こそ『ヒーローが活躍する時』なんじゃないのかニャ」
「冗談は止めて!何とかしないと」
確かに、ノーパンしゃぶしゃぶの話で盛り上がっている彼らでは心許ない。ステージ上では先程から警察官が必死の形相で犯人の説得に当たっていた。
「ナイフを捨てるんだ!」
「うるせえ!」
「万引きは軽犯罪だが、傷害は重犯罪だぞ」
そうしたやり取りが繰り広げられるステージの上をタマが万引き常習犯に向かって歩いていく。タマは万引き常習犯の足元に摺り寄った。
「な、なんだ?」
万引き常習犯がタマの存在に気がついて下を俯いた。
その瞬間。
「ニャア!」
タマは万引き常習犯の右腕に飛び掛かった。右手首にガブリと噛みつく。
「ぎゃあ、痛え!」
万引き常習犯はナイフを落とした。
「今だ」
警察官が万引き常習犯に飛び掛かった。事件は無事に解決した。
タマが梓彩の元に戻ってきた。
「よくやったわ、タマ」
「今日の晩御飯は江戸前寿司なんだニャ」
「まあ」
「ニャンニャン」
※
夏休みが終わって9月。
雄猫は散歩が大好き。夜も散歩を欠かさない。
朝の4時。
「おっ、猫が歩いてる」
バイクで新聞配達をしている中年オヤジがタマを見つけた。
「こんな夜でも散歩するんだな」
この時間に散歩しているのは何もタマだけではない。タマ自身、結構いろいろな場所で、お仲間と出くわす。
「ニャア」
「ニャア」
相手が飼い猫の場合、縄張り意識がないから友好的に挨拶して通り過ぎる。
一方。
「ニャアーっ!」
野良猫の場合には攻撃的な挨拶を仕掛けてくる者も。
近年はごみ袋が路上に直接、置かれるケースは少なく、大概は頑丈なダストボックスの中に入れられるため、ごみ袋が直接、路上に置かれる場所を自分の縄張りとして確保することは死活問題なのだ。こうした猫の事情は分かっているので、タマは速やかにその場を離れる。
朝日が昇る。屋根の上に日が当たる。タマは平屋のトタン屋根の上に登る。そこで毛繕いをするのが日課である。方法としては舌で全身を舐める。猫の舌には杓文字状の襞が無数に生えており、それによって蚤などの害虫を取り除くのだ。
「うにゃあ」
毛繕いを終えたタマは屋根の上でウトウトと眠りはじめた。
睡眠は猫の仕事だ。一日15時間ほどは眠る。タマも例外ではない。「夜寝ればいいのに」などと思うことなかれ。夜は寒いから、歩くことで体温を上昇させておく必要があるのだ。ゆえに猫は昼間によく眠る。
1時間ほど寝たところで一旦、家に戻る。理由はもちろん「朝飯」だ。
「タマ、おはよう」
飼い主の梓彩はタマご自慢の飼い主。なぜって、なかなかの「可愛い女の子」だからに決まっている。タマは自分が人間だったら絶対に「梓彩と結婚したい」と思っている。そんなタマだから、今のところ恋人となる猫はいない。
朝飯を食べ終えると、再び散歩に出る。
家には一本、実に都合のいい樹木が植わっている。「都合のいい」とは、どういう意味かって?それは樹木を見れば一目瞭然だ。表面にある無数の引っ掻き傷。この樹木はタマの「爪研ぎ」に絶好の場所なのだ。
爪を研ぎ終えたところで再び外出。ブロック塀の上を優雅に歩く。
車が走ってきた。タマの目の前に差し掛かった瞬間。
「ニャア」
タマが車の屋根を踏み台にして反対側のブロック塀の上に飛び移った。その後は何事もなくブロック塀の上を歩く。
暫く歩くと、ブロック塀よりもやや高い位置に日の射さない軒を発見。この時間になると陽射しが強く、猫といえども屋根の上では「熱中症」になってしまう。
「ここだニャ」
タマはブロック塀から軒の上に飛び乗ると早速、丸くなり、そして眠りに入った。
2時間後。
「ニャアーっ」
体に日が当たりはじめ、目が覚めた。タマは梓彩の通う中学校へと向かった。
「いち、にー、いち、にー」
ゴムで舗装されたグランドを走る一群。体育の授業の、ごくありふれた光景。校門の隙間から、するりと中へ侵入。雨樋を伝って4階へと昇る。
1年1組では英語の授業が行われていた。
「お、いたいた」
梓彩の後ろ姿が見えた。左右均等に丁寧に編みこまれた髪が織りなす幾重にも走る線が、頭部をまるで江戸前寿司のシャリの上に載っかる「海老ネタ」のように見せる。日頃から梓彩は勉強で机に向かい頭を下に向けた際、目の前に垂れて邪魔にならないよう髪を後ろに束ねている。そんな梓彩は髪を束ねず、だらしなく頬に垂らしている女子生徒よりも俄然「真面目で清潔な女の子」に見える。
「やっぱり梓彩が一番かわいいんだニャ」
その後、タマは職員室へと向かった。そこでは若い男性教師と若い女性教師の二人が何やら密議を行っている様子。すかさず耳を欹てるタマ。
「今週の土曜日の午後、夏休みの間に学校の周りに生えた雑草を取りたいのですが」
「よし、じゃあ今日の放課後、服装検査をやろう」
ややや。雑草取りの人材確保のために服装検査だと?そうか、こいつら服装検査で「名札をつけていない」「ハンカチを持っていない」といった生徒に罰として夏休みの間に伸びた雑草を取らせるつもりだニャ。
(何て汚い奴らだニャー、それが聖職に就く者のすることかー)
心の中でタマはそう呟いた。日本語を理解できるタマならではの芸当。
取り敢えず、梓彩に報告できる情報が手に入ったのは嬉しい。これで今夜はご主人様との会話が弾みそうだ。タマはその場を離れた。
夕食後。
「実に汚い奴らなんだニャー」
タマは梓彩に職員室で見たことを洗い浚い報告した。
「梓彩、あいつらの車を教えてくれ。今度、フロントガラスにおしっこをひっかけてやるんだニャ」
そう言い終わるとタマは後ろ脚で立ち上がり、前脚でシャドーボクシングを始めた。
「だめよタマ、そんなことしちゃ」
「でもさ」
「大人には『大人の都合』もあるのよ」
確かに、こうでもしなければ土曜日の放課後、雑草取りに必要な数の人材を確保できないだろう。
「梓彩は物分かりが良すぎるニャ」
他の生徒がこの事実を知ったらきっと「反旗を翻す」に違いない。それだけ梓彩は「大人」ということなのだろう。
「で、梓彩は服装検査、どうだった?大丈夫だったのかニャ」
梓彩は首を横に振った。
「関係ない。私、美化委員だもん。自動的に土曜日の放課後は草むしりよ」
「ありーっ」
物分かりがいいのでも、大人なのでもない。梓彩もまた一人でも多くの生徒が雑草取りに参加して欲しい側の人間だったのだ。
つづく
おいらはタマ。人間の言葉が話せる猫なんだニャ。
ある日、背中にΨ(プサイ)を背負ったIQ800を誇る超天才猫・Dr.マカロニャンと出会い、改造手術を受けた結果なんだニャ。でも人前では人間の言葉を話すのは禁止なんだニャ。というのも、そのことが知れればたちまち科学者たちの興味を買って実験材料にされてしまうからなんだニャ。
私は梓彩(あずさ)。タマのご主人様です。中学2年生。学校では「アズー」と呼ばれています。私の趣味はボルダリング。勿論、屋内ではなく大自然の中でやるのが好き。今は一の倉沢(谷川岳)などニッポンの崖を登っているけれど、いつかはヨセミテ(アメリカ。クライマーの聖地)をフリークライミングで登りたーい。それはさておき、タマも言った通り、タマが人間の言葉を話せることは絶対に秘密です。
2
4月
生徒会役員の選挙が行われようとしていた。梓彩のいる2年3組からも男子が立候補、ライバルは1組の男子だった。
立会演説会。事実上、ここでの演説内容が投票の結果を左右する。
梓彩のクラスの男子生徒は、いたって真面目な話をした。彼は生徒会費用が適切に分配されていない実情を具体的に示したうえで、適切な分配を実現することを公約とした。というのも、例えばテニス部には「ボール100個」の予算が認められているのに、美化委員会の予算は僅かに「わら半紙とマジックセット」の880円に過ぎなかったからである。
それに対し、ライバル候補は一貫して抽象的な内容に終始した。正直なところ、生徒会長になって「何をしたい」のかが判らない。だが、最後の一言がその場にいた生徒たちの心を文字通り「鷲掴み」にした。
「『自分に入れてください』とはいいません。自分自身が『この人こそが生徒会長に相応しい』と思う人に入れてください。もしもそこに自分の名前が書いてあったならば幸いです!」
体育館の中がどっと沸いた。
「はあ?」
梓彩はこの言葉に「偽善的な香り」を感じたのだが、周りを見渡せば皆「ステキー」状態。
かくして新生徒会長は、この「幸いクン」に決まった。
そしてどうなったか?幸いクンは自分が仲のいい友達が所属する部活に、より多くの予算を計上するという、結果的に昨年をさらに上回るアンバランスな予算案を組み、それを通したのである。
この年の1学期には、いろいろな事件が起こった。「ホワイトピッグ」という名の謎の怪盗が現れたり、学年内で突然のようにメンコが流行ったりといった具合である。
ホワイトピッグはテストの答案を盗む怪盗で、盗んだ答案を予告もなしに校舎内のどこかの掲示版に貼り出すのを趣味としていたから、テストの点数が低い生徒はその存在を非常に恐れていた。また、メンコブームでは校内規則である「チャイム着席」を守らず、廊下でメンコを打ち合う生徒の存在が職員会議で問題とされ、教師によって没収されたメンコが無残にも焼却炉で処分されたりしたのだった。授業中に隠れてスマホゲームをしているよりも遥かに「健全だ」と思うのだが。
※
昨年に引き続き、梓彩は美化委員会に所属していた。しかも今年は委員長である。この中学校では2年生が生徒会役員を務める。理由は勿論、3年生を受験勉強に集中させるためである。
梓彩は今年、春の予算委員会で9980円の予算を獲得した。内訳はわら半紙代、マジックセット代、清掃点検用のバインダー代、そして賞状代である。昨年は先に説明した通り、わら半紙代とマジックセット代の880円だったから、梓彩は「頑張った」といえるだろう。
ここで「清掃点検用のバインダー」と「賞状」について説明しないわけにはいかない。
今年の春から梓彩の通う中学校では美化委員は「清掃点検」という重要任務を行うことになった。これは清掃時間内に真面目に清掃作業に取り組まない生徒が多数存在することから、梓彩が自ら職員室に乗り込み、教師たちを捕まえて大演説を繰り広げた結果である。そのため、清掃時間の間、美化委員は清掃点検表を持ったバインダーを手に清掃場所を巡回。清掃場所ごとに採点を行い、結果は最高点5点の減点法で記載される。実際に綺麗になっているかどうかや、清掃時間内の取り組みなどが総合的に評価される仕組みだ。最低点は1点。0点はない。点数からわかる通り、これは言わば「清掃通信簿」だ。そしてこれが意味する最も重要な点は、清掃時間中、美化委員は清掃場所を巡回するため、美化委員は「清掃作業に参加しない」ということだ。
清掃作業に参加しない美化委員!このようなことは一般的な常識では考えられないだろう。だが、清掃時間中にそれを点検する者がいなくては清掃時間中にふざける者は決してなくならない。清掃点検という仕組みを美化委員会の活動に導入することは梓彩にとって絶対に譲れないものだった。
「きったねえ!」
そのように文句を言う生徒は少なくなかったが、梓彩は毅然とした態度で言い返した。
「その分、私たちは日頃から率先して放課後に壁の汚れ落としや校庭の雑草取りや石拾いといった作業をしているのです!」
この清掃点検という発想は実に効果があった。清掃時間中にふざけて遊ぶ生徒が激減したのである。というのも、この結果は毎日、渡り廊下の掲示板に貼られた清掃点検表に記載され、誰もが見られるようになっていたため、そこにもしも低い点数が記載されるならば、担任教師の雷が直ちに落ちたからである。
清掃点検が鞭だとすれば、次に述べる「美化コンクール」は飴である。
美化コンクールとは1学期と2学期の終業式の日に行われる大掃除の後、美化委員全員ですべての教室を巡回、清掃の度合いをチェックするもので、上位3クラスを始業式において表彰する仕組みだ。賞状はこの美化コンクールのためのものだ。
これまた効果は実に絶大で、担任教師は競って優勝を目指し、その姿勢は当然ながら生徒たちにも波及したのである。
7月15日
終業式終了後、美化委員全員が図書室前の廊下に集合した。図書室の隣にある書庫が美化委員会室であった。全員集まったところで梓彩が威勢よく号令をかけた。
「さあ、今から記念すべき第1回美化コンクールの審査を始めます」
次に、その際の注意点を簡単に説明する。
「点検はそのクラス以外の美化委員全員の判断で行う」
要するに「自分のクラスの点検はできない」ということだ。これは日頃の清掃点検と同じで別段、驚くような話ではないが、例えば2年生の美化委員が3年生の教室を巡回するにはやはり勇気のいることで、梓彩ほか2名がそれを行っているのだが、いずれも上級生の脅しに屈しない強者たちである。
「では出発!」
美化委員会一行がまず向かった先は校舎最上階の4階の一番奥に位置する1年1組の教室。ここから順番に点検を行い、最後は2階の3年3組で終わる。
教室は無論、無人。しかも鍵がかかっていた。教室の鍵を開けるのは美化委員長である梓彩の務め。そのため梓彩は職員室からすべての教室の鍵を開けることのできるマスターキーを借りてきていた。勿論、これは特例中の特例である。校長室の扉でさえ開閉可能なマスターキーを生徒に預けることなど普通では考えられないことであった。生徒会長でさえ、このような特権にあずかることはできない。美化コンクールという行事によって美化委員長は事実上「生徒会における最高役職」となったのである。
無人の教室内に美化委員がどっと入った。教卓の前に梓彩が立つ。梓彩は教卓の上に美化コンクール用の点検表を挟んだバインダーを置いた。
「今から私が点検項目を順番に読み上げますから、みんなはその個所の綺麗度をチェックしてください。よくわからない場合には私が直接、判断します」
美化委員の視線が梓彩に集まる。梓彩が最初の点検項目を読み上げた。
「黒板は綺麗か?」
言葉の通り、黒板そのものの綺麗さである。
美化委員が早速、動き出す。黒板を目視したり、中には実際に手で黒板の表面を撫でる者もいる。他のクラスの教室であるから審査する美化委員の態度は非常に厳しい。誰もが「あら捜し」に余念がない。梓彩も試しに黒板を撫でてみたが、手のひらにチョークが付着することはなかった。
「完璧に掃除されているわ」
梓彩は5点を記入。採点は清掃点検表と同じく5点満点の減点法だ。
「次、黒板のサッシにチョークの粉は詰まっていないか?」
「あるあるあるー!」
即座に反応があった。
「1だ、1だ!」
そう叫びながら大喜びする美化委員が数名いる。
「これくらいはいいじゃんか」
そう弁明するのは、点検に参加していない1年1組の美化委員。最終的に梓彩は「1は厳しすぎる」と判断、3をつけた。
「この教室が最初ですから、ここを基準に点数を上下させましょう」
この先、ここよりももっと「汚い教室があるかもしれない」という判断だ。
このようにして、全体で30項目が審査の対象となった。30もあるから結構な時間を食う。
(この調子だと、2時間は覚悟しなくちゃいけないわ)
梓彩はなるべく「楽しみながらやる」ように心掛けた。2時間も居残りとなれば当然、美化委員たちの不満が起きると思ったからだ。だが、そのような不安は一切なかった。美化委員たちは文字通り「他のクラスのあら捜しを楽しんでいた」のである。
だが、読者には耐えられないだろう。ということで間を飛ばして、梓彩のクラスである2年2組を見ることにしよう。
「待って、それは酷すぎるんじゃない?」
梓彩が叫ぶ。だが梓彩に審査権はない。委員長だからこそ梓彩は取り決めを遵守しなくてはいけない立場にある。
「なんということでしょう!」
2年2組の点検表の項目には軒並み1点が与えられていた。
梓彩は頭を抱えた。あと6教室残ってはいたが、この時点で「最下位」は決まったも同然だった。
かくして全ての教室の審査が終わり、梓彩はマスターキーを職員室に戻した。職員室にはまだ多数の教職員が残って、明日から始まる夏休みに向けての作業を行っていた。
「梓彩どうだった?うちは何位だ」
担任教師が梓彩に美化コンクールの結果を尋ねにやってきた。梓彩のクラスの担任教師はスポーツマンタイプの若い男性教諭で、こういった競争原理には関心が高そうだ。
そして案の定、梓彩の話を聞いた担任教師は激昂した。
「お前がいて、何でビリなんだ!」
梓彩は、次のように言い訳した。
「私が清掃点検を受け持つ3年2組は2位でした」
この一言が担任教師をさらに怒らせたことは言うまでもない。梓彩はその後、1時間近くも担任教師からの「お目玉を喰らう」羽目になったのだった。
※
いよいよ楽しい夏休み。
早朝、梓彩とタマは上高地にいた。今回の目標は屏風岩。フリークライミングで、そこを登り切ろうというのだ。
屏風岩は横尾と涸沢の中間にある大きな絶壁で、高さはおよそ700m。本来はエイドクライミングの聖地であり、フリークライミングで短時間のうちに登攀する人は少ないが、ニッポン有数の大岩壁であり、ヨセミテの予行演習にはもってこいといえよう。
今日は取り敢えず涸沢まで。そこで一泊して、日の出とともに登攀する計画だ。
まずは横尾を目指して上高地から歩く。登山届を提出して梓川の左岸(上流から見た場合)を歩く。5分ほどで河童橋に到着。まだ店はどこも開いてはいない。
「わあ」
ここで梓彩とタマは西穂高岳から伸びる稜線の上に虹が架かるのを見た。その虹は平地で見るよりも遥かに色が濃く、それこそ手を伸ばせば掴めそうなほどだ。
河童橋を過ぎると森の中になる。そこには沢山の猿がいた。
猿には注意が必要だ。時に人間も襲うからだ。しかもその動きは素早く、一説にはプロボクサーが一発もパンチを当てられないほどだと言われている。
幸い、猿の群れは梓彩を襲ってはこなかった。
やがて梓彩とタマは森を抜け、梓川の左岸に出た。
右手に山、左手に梓川を見ながら、梓彩とタマはほとんど水平といってもいい登山道を快適に歩行する。
最初の休憩地点は明神。左手に明神岳が聳える。麓には明神池があり、観光スポットでもあるのだが、梓彩とタマは次の休憩地点である徳沢へと歩を進めた。
徳沢で梓彩はソフトクリームを購入した。ここのソフトクリームは登山家の間では有名なのだ。ここ徳沢はもともと牛が放牧されていた場所であり、ここでソフトクリームが販売されているのは、その名残である。
やがて梓彩とタマは横尾に到着した。上高地からここまで約2時間。一般的に上高地-横尾は3時間といわれているから「速足」といえよう。
ここでトイレを済ます。またテルモスに水を補給する。トイレの前に、そのための水道がある。
横尾から見える山といえば前穂高岳だ。前穂高岳の稜線が太陽の光で輝いている。そして既にこの位置から屏風岩の横顔が見えていた。
横尾は涸沢と槍ヶ岳の分岐点。15分ほど休憩したのち、梓彩とタマは涸沢方面に進路をとって歩き始めた。
ここから先は登山道らしくなる。徐々に高度を上げていく。そして同時にそれまでは横顔だった屏風岩の正面が徐々に見えてきた。
「明日はあれに登るんだわ」
本谷橋で岩の上に腰を下ろした梓彩は明日登る屏風岩を見上げた。
梓彩の顔が真剣になる。岸壁を見上げる時の梓彩ほど真剣な表情を見せる梓彩はない。それは当然のことで、何しろ自分の命がかかっているわけだから。
涸沢に到着した梓彩は涸沢ヒユッテの受付を済ますとテント場にテントを張った。登山基地の完成。このテントの中に重たい用具は置いたままにして明日は身軽になって屏風岩の頂を目指すのだ。
穂高連峰に取り囲まれた涸沢の夜の訪れは早い。空は青くても涸沢は暗くなる。山やの習性として17時に夕食を済ませた梓彩は夜空の美しい星々を眺めた後、21時には寝てしまうのだった。
翌朝
梓彩とタマは日の出前に涸沢を出発、Sガレ付近から登山道とさよなら、樹林帯に入り、日の出きっかりに屏風岩の取り付き部に到着した。
登山家・松濤明の記述では、ルートは違うが岩小屋(現在は岩小屋跡)を8時に出発して屏風岩を登攀後、18時15分に再び岩小屋に戻っているから、日没までには涸沢に戻れるだろう。
「さあ、いくわよ」
取り付き部の傾斜はかなり緩やかだ。そして徐々に傾斜は強くなるが、それでも思ったほどではない。滝谷のような垂直壁ではない。正直、梓彩は拍子抜けした。成程、だから日没前に登攀できるのかと納得した次第。下から見上げる屏風岩は結構な絶壁なのだが、実際に取り付いてみれば左程ではなかったのだった。フリーの技術が発達した今では屏風岩はもはや上級ルートではないということか。所々にクライマーが残置した用具があるのに閉口しながらも、梓彩はフリーで快適に高度を上げていく。
屏風岩の半分ほどを登ったところに丁度いい感じにテラスがあったので、そこで一旦休憩。命綱のないフリークライミングだから休憩といっても油断はできない。今、梓彩がいるのは高所恐怖症の人でなくても下を眺めれば恐怖感に襲われるような場所なのだ。
休憩後、梓彩は再び残り半分に挑む。傾斜はもはやこれ以上、急にはならないようだ。梓彩は「これならば夕方どころか昼の3時頃には屏風の頭に着けるわ」と思った。
その時。
突然、上の方から「落!」という声がした。梓彩の上でアルパインクライミングをしていたパーティーが岩を落としたのだ。岩は無情にも梓彩の右肩を直撃した。
「ああーっ!」
梓彩は落下する岩を追いかけるように落下していった。勿論、これは梓彩にとって初めての滑落体験だった。
だが、梓彩はまだ諸天善神から見捨てられてはいなかった。梓彩は先程、休憩していたテラスの上に落下し、そこで停止した。
「梓彩、梓彩、大丈夫か、梓彩!」
タマが梓彩の傍にやってきた。
「ううっ」
梓彩は苦痛に顔を歪めていた。梓彩は右肩を骨折していた。いや、右肩だけではない。落下した時の衝撃で左足も骨折していたのだ。
「これじゃあ登れないわ。今回は断念するしかないわ」
「でも、その体じゃ、降りるのも難しいニャ」
「ヘリコプター救助は嫌よ。それじゃあ『遭難』だもの」
プロを自認する登山家にとって最も恥ずべきは「遭難」だ。ヘリコプター救助は自分が遭難したことの「明確な証」に他ならなかった。自分の足で下山する、それ以外の下山は遭難以外の何物でもないのだ。
だが非情にもヘリコプターが梓彩の方に向かって飛んできた。どうやら岩を落としたパーティーが通報したらしい。そのパーティーは既に登り切ってしまったようで、姿かたちは全く見えなかった。
「逃げなきゃ」
梓彩は立ち上がろうとした。
「痛っ!」
だが、梓彩は左足で立つことはできなかった。
その間にもヘリコプターが接近してくる。
「ああ、ヘリは嫌、ヘリは嫌」
結局、梓彩は長野県警山岳救助隊によってヘリコプター救助されてしまうのだった。
今回の出来事は当然ながら梓彩に少なからぬショックを与えた。梓彩は自分の過信を思い知らされたのである。
登山自体、自然を相手にする非常に危険なスポーツである。その危険さはボクシングやレスリングの比ではない。ボクシングやレスリングであれば仮に負傷しても救急車ですぐに病院に搬送してもらえるが、山の中ではそうはいかないのだ。そして登山の中でもクライミングは危険度がさらに高く、その中でも道具を一切使用しないフリークライミングは最も危険度が高い登山スタイルである。
オリンピック競技の様な「屋内でのボルダリング」であれば、下にはふかふかのマットが敷かれているかも知れないが、自然の絶壁を相手にする場合にはそうはいかない。しかも、屋内でのボルダリングであれば絶対に在り得ない「上からの岩の落下」が大自然の中では当然のように起こるのだ。
今回の出来事は日頃から梓彩のフリークライミングを快く思っていなかった梓彩の両親から「フリークライミングは止めなさい」といわれる格好の材料となってしまった。
「これからは縦走登山になさい」
梓彩がいかに山を愛しているかを知る両親は「登山を止めなさい」とまでは言わなかった。梓彩は「分かりました」というしかなかった。勿論「ヨセミテの夢」は捨てないけれども、当分の間は縦走登山に力を入れることにした。本音は「登山なんか止めなさい」といいたいところをパパもママも我慢してくれたのだから。
だが梓彩は、この事故のおかげで、8月の夏休みを治療に費やさざるを得なくなってしまった。その間の登山計画がすべてパーになってしまったのは梓彩にとって非常に残念なことであった。
9月1日、梓彩は何事もなかったかのように、それこそ、まだ骨折した足は完全に完治していなかったにも拘わらず松葉杖さえも持たずに学校に登校したのだった。
始業式のために生徒は全員、体育館に集合した。
今まで始業式といえば、梓彩は最初から最後まで生徒が並ぶ列の中にいて、校長先生や生徒会長のスピーチを聞くだけであったが、今回は違う。梓彩は今、校長先生や教師陣、生徒会長が並ぶ壇上に並んで座っていた。
校長先生のスピーチ、生徒会長のスピーチが終わり、愈々その時がやってきた。
「只今から第1回美化コンクールの表彰式を行います」
パイプ椅子から立ち上がり、壇上の中央を目指す梓彩。
「痛っ」
左足に痛みが走った。だが梓彩は何事もないかのように装いながら壇上の中央に立った。壇上から下を見渡す。自分で画策したこととはいえ、いざここに立って全校生徒を見下ろすと、やはり緊張しないではいられなかった。
「3位・1年1組、2位・3年2組、1位・2年4組、壇上へおあがりください」
壇上に3人の各クラスの学級長が登ってきた。美化コンクールで上位に輝いた栄えあるクラスの代表たちだ。梓彩は彼らの顔を見た。彼らの方が数段、自分よりも堂々として落ち着いているように見えた。
生徒会長が賞状を乗せたお盆を持ってきた。他に生徒が壇上にいなかったからだ。梓彩は生徒会長が手に持つお盆の中から賞状を持ち上げると、書かれた文面を読み上げた。
「第1回美化コンクール、第3位・1年1組。あなたは第1回美化コンクールにおいて優秀な成績を修めましたのでこれを評します・・・」
この場面は実に愉快だ。結果的に生徒会長が美化委員長の「付き人役」を演じることになったのだから。梓彩もさすがに「これはまずいかな」と思った。次回からは壇上には副委員長もあがらせて、お盆は副委員長が持つようにしよう。
第1位に輝いたクラスの学級長に賞状が手渡された瞬間、体育館の中が拍手の渦に包まれた。この拍手こそ紛れもない、梓彩が取り組んだ「美化委員会改革」の完成を決定づける拍手であった。
※
秋の文化祭シーズンがやってきた。
梓彩のクラス、即ち2年2組では今年は「お化け屋敷」をする計画である。と言ってもただのお化け屋敷ではなく、来場者を四つん這いにして歩かせる「お化け洞窟」である。段ボールの量が思いのほか集まらないことから編み出された苦肉の策ではあったが、結果的にはこれが当日、大好評を博することになる。また、別のクラスでは「盗まれた心臓」という題名の舞台劇が上映され、こちらも好評を博した。
ところで、昨年の文化祭において、美化委員会は2階の渡り廊下に「掃除のやり方」などを書いたわら半紙を掲示しただけで終わってしまっていた。
ひと月前。
美化委員会室では今年の文化祭の出し物について話し合いが行われていた。
「映画製作なんかやれたらいいなあ」
そういいだしたのは、1年生の男子生徒の佐々木だった。
「でも、機材は放送委員会が使用するんじゃないかしら?」
「心当たりがあるから、何とか掛け合ってみるわ」
梓彩はクラスメートの牧野に「美化委員会で映画製作をするので、放送機材を貸してほしい」と頼んだ。牧野は放送委員会副委員長で、梓彩とは仲が良かった。
「私の一存じゃあ決められないわ。須藤に頼んでみる」
須藤は隣のクラスにいる相撲取りのような体形をした大男で、放送委員長である。
翌日、須藤自ら梓彩のもとにやってきた。
「牧野から話は聞いた。うちは使わないからいいぜ。但し、放送委員が同伴している時に限る。壊されたら大変だからな」
梓彩は「やったあ」と思った。
肝心の映画の脚本は、1年生の男子生徒である千種が「自分が書きたい」と自己申告してきたので、任せることにした。
脚本の内容は大きく二つに分かれていた。ひとつは「学校美化の在り方」という教則的な内容のもので前座の役割を果たす、もうひとつは「学校美化に努める美化委員」という学園ドラマ。
脚本は次の通り。
登場人物
梓彩美化委員長
矢島美化委員
元木(矢島のクラスメート)
本編
清掃時間、梓彩美化委員長は清掃点検のバインダーを手に廊下を巡回している。
梓彩「なに?」
梓彩は一度、素通りした教室の中を覗き込む。教室では矢島美化委員と彼の友達であるクラスメートの元木のふたりが箒を持って「ちゃんばらごっこ」をしていた。
梓彩「まあ、なんてことでしょう!」
梓彩、たまらず教室に入る。
梓彩「こらっ、まじめに掃除しなさい。矢島君、あなたは何をしているのですか?」
矢島「別にいいじゃないですか」
梓彩「何が『別にいいじゃないですか』よ。そういえば最近、あなたの受け持つクラスの清掃点検表の記載が空白になっているではないですか」
矢島、ぶすっとする。
梓彩「まあ、あなたの辞書には『反省』という文字は記載されていないようね」
矢島、下を俯く。
梓彩「矢島君、放課後の学活が終わったら、職員室にいらっしゃい」
梓彩、教室を後にする。
場面転換
放課後、矢島が職員室に来る。職員室には既に梓彩がいた。
梓彩「ちゃんと来たようね」
矢島「話でしたら手早くお願いします」
梓彩「あなたは掃除の意義を真面目に考えたことなどないようですが、掃除は私たち学生にとって国語や数学といった学科と同じで、非常に大事な学習なのです。私たちは掃除という作業を通じて『人間性の錬磨』を行っているのです。それだけではありません。もしも私たちが真面目に掃除に取り組まなければ、私たちの学び舎はごみや埃で汚れてしまいます。そのような場所で、どうして充実した学校生活が送れるというのでしょう?」
矢島「先輩、ちょっとオーバーじゃないですか?」
梓彩「な」
矢島「それよりも、もういいですか?明日、テストがあるんです。早く家に帰って勉強したのです」
梓彩「人の話を聞かないで、テストも勉強もありますか。大体あなたはさっきから」
職員室の扉が開き、元木が矢島を呼ぶ。
元木「矢島、帰ろうぜ」
矢島、職員室を去る。梓彩、矢島を追う。
梓彩「待ちなさい。話はまだ終わってはいません!」
矢島、職員室の扉を閉める。梓彩、扉に顔から突っ込み、その場に倒れる。
場面転換
矢島、自宅で勉強中。その時、眠くなった矢島の脳裏に梓彩の顔が浮かぶ。
矢島「何だったんだ、今のは?」
矢島、ベッドに入る。
矢島「『掃除も勉強と一緒』ねえ」
場面転換
テストが終了、清掃時間が始まる。矢島は梓彩の後をこっそりつける。梓彩の真面目な清掃点検ぶりを見た矢島は、教室へと戻る。教室には箒を手にした元木が。
元木「矢島、チャンバラごっこしようぜ」
矢島「・・・真面目に掃除をしろ!」
元木、驚く。廊下では梓彩が黙って頷いていた。
ナレーター「梓彩委員長の熱意が矢島を変えた。今ここに本物の美化委員がひとり誕生した。これから先、きっと立派な美化委員に育つことだろう。梓彩委員長はそう確信しながら清掃点検を続ける。学園の秩序を守るため、学園の良き伝統を築き上げるため、頑張れ、美化委員たちよ。美化委員としての誇りと信念を胸に、今日も明日も明後日も。頑張れ美化委員会!」
終
「なにこれ?」
梓彩は思わずそう叫ばずにはいられなかった。あまりにも「話が臭い」からだ。
だが、千種は満足顔だ。
「これくらいオーバーな方がいいんですよ」
他に脚本を書ける生徒がいないこともあって、この脚本に従って撮影が開始された。
撮影の目玉は何といっても「職員室」だ。職員室を去る矢島を追いかける梓彩の撮影は合計で10回にのぼった。撮影監督でもある千種が中々ゴーサインを出さなかったからだ。その結果、梓彩は10回に渡って職員室の扉に自分の顔を激突させることとなったのだった。
「千種君、わざとでしょう!」
梓彩は千種ほか撮影スタッフたちの大笑いする姿を見て、それを確信するのだった。
梓彩の部屋。
「梓彩、何で鼻が赤いんだ?」
タマは梓彩の鼻が赤いことに気がついた。
「どうもこうもないわよ」
全ての場面を終了したのち、動画はパソコンに取り込まれ、パソコンによる編集作業が始まった。この作業は梓彩とタマが自室で行った。編集作業は、それをやり慣れていない者にとっては実に面倒なものであり、頭脳明晰なタマの手助けがどうしても必要だったからだ。
※
余談ながら、ここに挙げた脚本は原作者が中学3年生(1984年)の時に実際の撮影で使用したものを底本としている。その時の美化委員長は男性であったが、今回は梓彩が委員長であるため利用するにあたり男性的な言葉使いを女性風に改めてある。
当時の撮影はベータビデオによる録画と編集であった。家庭用ビデオ草創期ということもあって、ビデオカメラは、それこそほとんどテレビ局用を思わせる全長1mに達する大きなもので、ホワイトバランスなど今では自動化されている機能が全て手動で操作できる点は、むしろ有難かった。美化委員長がチャンバラごっこを目撃した直後の「怒った顔」を再現するためにカメラの色調整ダイヤルをわざと狂わせて赤と白の二色の画面になるようにしたり、逆に青と白の二色にして画用紙に書いたタイトルを撮影したりした。当時「ザ・デイ・アフター」という映画が上映中で、放送委員の間で色調整ダイヤルを瞬時に回すことでその映画の中に登場する「核爆発シーン」を再現することが流行っており、その手法を利用したのである。今のようにパソコンで画面の色を変更できない時代には、これが唯一の画像を加工する手法だったのだ。ベータ1再生専用機(当時はこんなものがあったのだ!)と当時は最新であったベータハイファイ録再機をワイヤーで繋ぎ、レックボタンとポーズボタンを駆使して編集作業を行った。今思うと実にアナログチックなことをしていたものである。
結局、音声とBGMの編集が間に合わず、当日は編集し終えた無声映像を「弁士」が解説する方法で一般公開したのも懐かしい思い出だ。本来であればBGMとして、銀河漂流バイファムBGM集、宇宙刑事ギャバンBGM集、宇宙刑事シャイダーBGM集を利用するはずであった。
残念ながら、この貴重なテープは現在「白黴だらけ」となり視聴することはできない。しかも何十年も再生していないから、きっと「転写」してしまっているだろう。だが、原作者は「映像は今もはっきりと覚えている」という。
※
さて、いよいよ文化祭当日なった。
理科実験室には、結構な人だかりが出来上がっていた。無論、編集は完璧に仕上がり、弁士による解説は無用だ。
「あはははは」
梓彩が真っ赤になって怒るシーンでまず一発目の笑いをとった。
そして、いよいよ最大の場面。
「ぎゃはははは」
梓彩が職員室の扉に顔をぶつけるシーンは千種の読み通り「笑いの渦」となった。
梓彩としては後輩の美化委員に「してやられた」わけだが、それでも梓彩の心には清々しい風が吹いていた。梓彩にとって、このVTRは学生時代の実に「素敵な思い出」のひとつとなったのである。
-
つづく
おいらはタマ。人間の言葉が話せる猫なんだニャ。
ある日、背中にΨ(プサイ)を背負ったIQ800を誇る超天才猫・Dr.マカロニャンと出会い、改造手術を受けた結果なんだニャ。でも人前では人間の言葉を話すのは禁止なんだニャ。というのも、そのことが知れればたちまち科学者たちの興味を買って実験材料にされてしまうからなんだニャ。
私は梓彩(あずさ)。タマのご主人様です。中学3年生。学校では「アズー」と呼ばれています。私の趣味はボルダリング。勿論、屋内ではなく大自然の中でやるのが好き。今は一の倉沢(谷川岳)などニッポンの崖を登っているけれど、いつかはヨセミテ(アメリカ。クライマーの聖地)をフリークライミングで登りたーい。それはさておき、タマも言った通り、タマが人間の言葉を話せることは絶対に秘密です。
3
8月。
「梓彩ー」
今の時期は夏休みだが、梓彩は家でも机に向かって勉強することが多くなった。それもそのはず。来年の冬には高校入試が待っているのだ。
「梓彩ー」
「タマ、散歩でもしてらっしゃい」
「ニャー」
梓彩の言う通り、タマは散歩に出ることにした。
今日は上野公園の中を歩くことにするんだニャ。
東京芸大前を通り、東京都美術館の裏側から上野公園に入る。右手の柵の奥は上野動物園。突き当りを左折、そのまま歩くと上野動物園の入り口前に出る。その前に広場が広がる。そこにはいつも鳩が沢山群がっている。鳩の群れの中を突っ切る。が、鳩は逃げもしない。必死に餌を啄んでいる。
まっすぐ行けば上野駅。左に進めば東京博物館。今日は右へ曲がろう。桜並木を歩く。ここの桜の枝は実に低い。二足歩行で歩く人間だと、それこそ頭に当たりそうな感じだ。
ずっとまっすぐに進むと下り階段に突き当たる。階段を降りると左手に西郷像が立っている。正面は公園の出口で、大通りやビルが見える。タマはそのまま公園から出ると秋葉原に向かって歩き出した。
御徒町を受け、秋葉原へ。その昔、この辺りのどこかにコックローチという名の暗殺集団の秘密基地があったらしいが、具体的な場所はまだ確認できていない。
それにしても、ここら辺は「人だらけ」だ。お世辞にも歩きやすいとは言えない。仕方がない。路地に入るとしよう。だが、ここら辺は路地も結構、人が歩いている。
路地を東に向かって歩く。人混みが無くなった。さらに進むと大きな川に突き当たった。
これが隅田川。水上バスが走っているのが見える。
隅田川、墨田区。隅と墨。タマは優秀だから間違えないが、人間は結構、間違える。
針路を北へ採る。やがてタマは駒形の交差点に出た。奥には雷門が見える。
さあ、この先、どう進もう。
タマは結局、まだしばらくの間、川沿いを北上することにした。駒形橋、吾妻橋、東武線の高架下をくぐり、言問橋まで来た。どこかのバカ女子アナウンサーがその昔「ごんもんばし」と読んでいたっけ。
ここを左へ曲がると、鶯谷に出る。通常の帰宅ルート。普段であればこのまま帰るのだが、今日は遠出したい心境なので、思い切って橋を渡ってしまおう。
台東区をおさらば、ここからは墨田区だ。真正面にスカイツリーが見える。思い切って登ってみようか?我輩は猫であるから非常階段に潜り込むくらいはわけがない。
まあ、今日のところは止めておく。いずれはやるだろうが。
両国を目指すとしよう。川沿いから一歩東側の裏道を歩く。右手に公園が見えてきた。震災記念館なる建物がある。関東大震災のときの資料が展示されているのだが、人の姿はない。流行ってはいないようだ。その奥には真っ白い下駄の形をした博物館。誕生当時は「明治時代礼賛」を目的としたくだらない博物館だったが、この時代は、まともな展示を行っていた。今は「亀戸事件」に関する企画展を開催中。その奥に国技館が見える。タマは総武線の高架を潜り、そのまままっすぐに進む。さらに大通りを通過、路地に入った。
今、タマがいるのは忠臣蔵の舞台となった吉良邸の跡。一応、記念碑が立っている。と、ここでまた言問橋の時のように思い出さずにはいられない。それは東大OBを揃えた超エリートチームが「大石内蔵助」を漢字で書けなかったクイズ番組のワンシーン。
タマは「大石内蔵助なんて自分でも知っている」と思う。正月前になると必ずどこかしらのテレビ局で忠臣蔵を放送しているし、内蔵助を「ないぞうのすけ」と読むギャグを演じるお笑いタレントも少なからずいるからだ。それを知らない東大OBなんて、はっきり言って本当に「バカ」だ。
そんなことを考えている時。
「ニャア」
タマは突然、違う猫の声を聞いた。その声は明らかに「自分に向かって放たれたもの」だ。タマは後ろを振り向いた。
「ニャア」
そこには一匹の猫がいた。短めの毛並みで体はシャンペンゴールド。そして頭、足、尻尾は黒。ウルトラマリンのような水色の瞳。
この匂い、雄ではない、雌猫だ。でもなぜ?
やがて雌猫は尻尾を垂直に立てながらタマの傍まで歩いてきた。
『こんにちは』
『や、やあ』
『見かけない顔ね』
『川の向こうから来た』
『あなたのなまえは?』
『タマ』
『私はルミよ』
シャム猫の名はルミと言い、この近所で飼われているのだった。
※
この日以来、タマは頻繁に隅田川を超えて、ルミに会いにやってきた。
タマとルミは隅田川の河川敷を歩くのが好きだった。そんな二匹の並んで歩く姿は、お世辞にも似合ってはいなかった。というのもタマは見るからにニッポンの猫だが、血統書付きの純血種であるルミは見るからに高貴な姿をしていたからだ。しかもルミがスマートなのに対し、タマは体がボデッとしていたから尚更だった。
それでも二匹は大層、仲が良かった。
11月
今日もタマとルミは墨田区の路地を仲良く並んで歩いていた。
そんなふたりの横を高級外車が走り抜ける。その直後、その車が停車した。
「まあ、ルミちゃん」
後部座席から、見るからに高級そうな服を身に纏った中年の婦人が降りてきた。
『あっ、私のご主人様よ』
それはルミの飼い主であった。
「ルミちゃん、さあいらっしゃい」
ルミは飼い主のもとに駆け寄った。飼い主はルミを抱き上げた。その後、飼い主はタマを一瞥すると、次のように言った。
「まあ、なんて醜い猫なんでしょう!」
人間の言葉が理解できるタマはショックを受けた。タマは頭が目眩でくらくらしそうになった。
「さあルミちゃん、おうちに帰りましょう」
ルミは飼い主に抱かれたまま車に乗った。
「さあ、やってちょうだい」
走り出す車。タマは車のあとをつけた。
幸い、目的地は近所だった。目の前にとても大きな豪邸が出現した。都心であるにもかかわらず400坪はあるだろう立派な豪邸。この豪邸こそがルミの家である。
そして、この立派な豪邸で飼われているのはルミだけではなかった。
「ワンワン!」
庭には防犯用のドーベルマンが何匹もうろついていた。さすがのタマも、これでは容易に近づけない。
まあいい。取り敢えず、ルミの住んでいる場所はわかった。いずれまた会えるだろう。
とはいえ、不安を抱くタマであった。
その日の夜。
「あれ」
風呂から上がった梓彩は洗面台に座って鏡をじっと眺めているタマを見つけた。タマは洗面台の鏡を神妙な面持ちでじっと眺めていた。
(まあ、なんて醜い猫なんでしょう!)
タマの脳裏に、数時間前に浴びせられた言葉がよぎる。
(確かに、自分は醜いニャ)
タマの体の模様は白い体に黒い斑のバイカラーで、ぱっと見、体がデブっていることもあってホルスタイン牛のようであった。
「タマ」
梓彩がタマに近寄ってきた。
「どうしたのタマ?鏡なんか見て」
「な、何でもないニャ」
「あっ、タマ」
「夜の散歩に行ってくるニャ」
タマは夜の暗闇に出て行った。
その後、数日間、タマはルミに会わなかった。いつも散歩している河川敷にルミの姿はなかった。
もしや自分とデートしているのを見られて、飼い主が外に出さないようにしたのでは?
タマはそれを確かめるために豪邸に侵入しないわけにはいかなかった。だが、豪邸にはドーベルマンがいる。
だがタマは、それでも侵入を試みた。愛で強くなるのは人だけではないのだ。
「ワンワン」
ドーベルマンが追いかけてきた。タマは必死に豪邸の庭を走る。周囲を駆け回りながら、建物の中に入ることのできる侵入路を探す。
「あった」
タマが見つけたのはキッチンに通じる換気扇。
「ニャアーッ」
タマは爪を立てて壁を登ると、換気扇に取り付いた。その下でドーベルマンが吼える。間一髪セーフ。その後、タマは換気扇の扉を必死にこじ開け、中に侵入することに成功した。頭や体の毛には油がこびりついたが、そんなことは全く気にもしない。
今は調理の時間ではないため、キッチンは静まり返っていた。シンクの上に飛び降りたタマは直ちに探索に入った。ジャンプしてノブを回す。タマはそれを何度も繰り返した。
タマは部屋の多さにびっくりした。さすがは大金持ちのお屋敷だけのことはある。
タマは2階へと上がった。そこも廊下に面する扉だけで8つもあった。
そのうちの一つを開けたとき。
『ルミ!』
2階の南に面する部屋にルミがいた。
『まあ、タマ!』
ルミはタマの出現に驚いた。
『ルミ』
タマはルミの傍に駆け寄った。
『きみに会いたくてやってきた』
『まあ、油だらけ』
ルミはタマの体が油に塗れているのを驚いた。
『キッチンから侵入したニャ』
『待って』
ルミは濡れティッシュの箱を持ってきた。ルミはティッシュを口で取り出すとタマの体を拭き始めた。完全には拭きとれないものの、そのおかげでどうにか、べとつかない程度にはなった。
『ありがとうニャ』
『さっき表で番犬が吼えていたわ』
『追いかけられたけど間一髪、大丈夫だったニャ』
『まあ』
その後、ルミは散歩に出してもらえないのだと語った。
『やっぱり、自分のせいかニャ』
『気にしないで』
『毎日、逢いに来るニャ』
『危険よ。ご主人様に見つかったら、きっと捕まえられて保健所に送られてしまうわ』
『君に逢うためなら、危険なんか怖くないニャ』
『タマ』
タマとルミはお尻をくっつけると、互いの尻尾を絡め合った。
「タマ!」
その日の夜、油だらけのタマを見て梓彩はびっくり。
「待ってて」
梓彩は直ちに風呂を沸かすと、タマを風呂に入れた。石鹸でごしごしと洗う。
「何があったの?タマ」
タマの体を洗いながら、梓彩はタマに事情を問うた。
風呂から上がり、梓彩の部屋に戻った梓彩とタマ。
「換気扇から?」
「そうだニャ」
タマはルミとの出逢い、そして今の状況を梓彩に説明した。梓彩は自分が受験勉強に夢中になっている間に、タマの身辺が大きく変化していることに驚いた。
「やり方はわかったから、毎日会いに行くんだニャ」
「また油だらけになるわよ」
「大丈夫。明日は夜にこっそり換気扇を掃除するニャ」
その言葉に違わず、タマは翌日の夜、感染を掃除する道具をバケツに入れて、ルミのいる豪邸にやってきて、せっせと換気扇を掃除したのだった。
その後、タマはドーベルマンが眠っている夜にルミのもとを訪れた。二匹は深夜に互いの愛を確かめ合った。その姿はまるでシェイクスピアの戯曲そのものであった。
年明けの2月
タマはいつものようにルミのもとにやってきた。
『ううう』
ルミの様子がおかしい。
『どうしたニャ』
『体が寒いの』
タマはルミの小さな土地(ひたい)に前足を当てた。
『凄い熱だニャ!』
ルミはインフルエンザに感染したのだった。
人間であれば、直ちに救急車を呼んで救急病院へ搬送されるのだが、猫はそうはいかない。犬猫病院が開く時間まで耐えるしかないのだ。
その後、タマはあらゆる手段を講じてルミを看病した。
『ルミ、ルミ、ルミーっ!』
だがルミは一晩を耐え抜くことができなかった。
ルミは死んだ。それを見取ったのはタマばかりだった。
「ニャア、ニャア、ニャアあああああっ!」
タマは三回、思いっきり大きな声で鳴いた。
その声を聞いたのだろう。飼い主がやってくる足音が聞こえてきた。タマはとっさに隠れた。扉が開いた。
「どうしたの、ルミちゃん?」
だが、死んだルミに返事を返すことなどできるわけもない。やがて飼い主もルミが死んでいることに気が付いた。
「まあ、なんてことでしょう!」
飼い主は大慌てで部屋を出ていった。
『さようなら』
再び人が来る前にタマもそっと部屋を出た。
早朝、タマは自宅に戻った。
「タマ、お帰りなさい」
自宅では梓彩が既に起きていて、タマを出迎えた。
「どうしたの?なんか元気なさそうね、タマ」
「梓彩」
タマは昨夜のことを梓彩に話した。
「まあ」
梓彩にはタマのショックが痛いほどわかった。
「タマに看取られて、ルミは幸せだったのよ」
梓彩はそういうのが精一杯だった。
※
梓彩は第一目標の有名女子高に無事、合格した。
「おめでとうだニャア」
タマは梓彩の前では努めて笑顔を見せた。だが、胸中ではルミを失った悲しみに涙を流していた。
その後しばらくして再び訪れたルミの家の庭に、一つの小さな石碑が立っていた。
「ルミ」
それはルミの墓石だった。
「まあ」
ルミの飼い主がタマを見た。
「こっちにいらっしゃい」
ルミの飼い主は、前の時とは一転、タマを毛嫌いするどころか逆に「こっちに」といった。タマは素直に歩いて行った。飼い主はタマを抱き上げた。
「あなたもルミの死を悲しんでくれるのね」
ザーマスな雰囲気を湛えるおばさんではあるが、本当にルミのことをかわいがっていたのだとわかった。ルミの生涯は決して不幸ではなかったとわかっただけで、タマは救われる気がしたのだった。
「また来て頂戴」
タマはルミの飼い主と別れた。
つづく
おいらはタマ。人間の言葉が話せる猫なんだニャ。
ある日、背中にΨ(プサイ)を背負ったIQ800を誇る超天才猫・Dr.マカロニャンと出会い、改造手術を受けた結果なんだニャ。でも人前では人間の言葉を話すのは禁止なんだニャ。というのも、そのことが知れればたちまち科学者たちの興味を買って実験材料にされてしまうからなんだニャ。
私は梓彩(あずさ)。タマのご主人様です。高校1年生。学校では中学同様、みんなからは「アズー」と呼ばれています。私の趣味はボルダリング。勿論、屋内ではなく大自然の中でやるのが好き。今は一の倉沢(谷川岳)などニッポンの崖を登っているけれど、いつかはヨセミテ(アメリカ。クライマーの聖地)をフリークライミングで登りたーい。それはさておき、タマも言った通り、タマが人間の言葉を話せることは絶対に秘密です。
4
高校1年。
「はあ」
都内の有名女子高へと進学した梓彩だったが正直、後悔していた。
仲の良いクラスメートと離れ、いざ来てみたところは「大学進学」以外のことには全く関心を持たない人間たちの世界だった。ここには特撮ヒーローに沸く少女たちの姿はなかった。一緒の時には「うるさい」と思っていたものの、今となっては懐かしい。
といっても梓彩が、それでは他の生徒との交流が一切なく「勉強一筋に取り組んでいた」のかといえば、そうでもない。梓彩は「演劇部」に所属していたのである。
なぜ?その理由は大きく二つあって、ひとつはこの学校には「山岳部がないこと」、そしてもうひとつは「中学・高校における部活動は学校教育の一環であり帰宅部は認められない」とするニッポン政府が打ち出した教育指針である。政府がこのような方針を打ち出したのは勿論、第二次日中戦争以後のこと。「一流校に進学する一握りのエリートを育て上げるためには沢山の落ちこぼれ学生が生まれても仕方がない」などと平気で考える英才教育主義の右翼政治家には、こうした発想など思いつくわけがない。
※
昨年から梓彩はフリークライミングを中断、縦走登山に積極的に取り組んでいた。フリークライミングは同じ場所の岩壁を上下に移動するのみだが、縦走登山は場所そのものを大きく移動するため、山岳風景の変化を楽しむのにうってつけであり、梓彩はその魅力に惹かれ始めていたのだった。
そして今年の夏休み、梓彩は飛騨山脈の長距離縦走に挑むことに決めた。
梓彩が挑むのは、穂高から槍を経由して立山へと抜ける山あり谷あり湿原ありの飛騨山脈の魅力を思う存分に味わうことのできるルート。西穂高岳をスタートして最後は剱岳。宿泊予定地は西穂山荘、穂高岳山荘、槍ヶ岳山荘、三俣山荘、薬師岳小屋、五色ヶ原山荘、剱御前小舎。7泊8日を要する長距離コースだ。山小屋利用は梓彩の本来のスタイルではないが、長期山行を不安に思う両親を説得する必要があったからだ。
初日はまず新穂高温泉からロープウェーで西穂山荘まで。本格的な登山は翌日から始まる。
朝4時30分。
梓彩は日の出前に西穂山荘を出発した。独標までは穏やかな登山道だが、そこから先は今回のルートの中でも最も険しい岩場が連続して続く。ここから奥穂高岳山頂までの間は穂高連峰に残された唯一の「原始ルート」を歩く。歩行時間こそ10時間ほどであるものの難易度は槍ヶ岳北鎌尾根に匹敵する。無論、そのことは両親には内緒だ。
ピラミッドピークを越えて西穂高岳に到着。一般登山者はここで引き返すことになる。
まずは急な下りから。3点支持を必要とはしないが、それでもザックを引っ掻けないように慎重に降りねばならない。降りたら今度は間ノ岳への上り。間ノ岳のピークを踏んだら今度はまた下り。間天のコルから再び天狗岳への上り。そしてまた天狗のコルへの下り。そしてここから畳岩尾根の頭まで長い急登が続く。ここでは体力を消耗しないようにゆっくりと登らねばならない。畳岩の頭を過ぎたらコブ尾根の頭。そしてジャンダルムの取り付きに到着。時刻は13時30分。時間的にはトラバースしたいところだが、やはり「坊主頭のピークを踏みたい」という誘惑には勝てない。というのも登山愛好家の間では、この頂に立ったことが「ある・ない」で一般登山者と上級登山者の区別がなされているからだ。そのため、このピークを踏むためだけに、このルートに入る登山者もいるくらいである。そういう登山者の場合には「奥穂高岳からの往復」というスタイルが採られる。その場合、歩行時間は合計で3時間半くらい。無論、西穂奥穂縦走者から見れば「インチキ」にしか思われないだろう。ともあれ梓彩は進路を左に取りジャンダルムの頂に登った。
ここからの眺めは格別だ。「自分は上級登山者なのだ」という誇りが胸に渦巻く。平成10年代半ば、ここには「ジャンダルムの天使」と呼ばれる天使の飾りがついた金属製の杖が置かれていたが今はない。梓彩は遅ればせながら、ここで昼食を摂った。昼食を摂りながら穂高連峰、槍ヶ岳、そして最終目的地である立山・剱をじっと眺めた。
(まだまだ先は長いぞ)
昼食後、梓彩は来た道からジャンダルムを降り、再び登山道に合流した。梓彩の腕ならば正面の絶壁を垂直下降できただろうが、それは止めた。目の前に聳えるロバの耳は稜線上を通過しない。一旦、飛騨側に下降し、トラバースしてから再び登り返す。登り返した先には最後の難所となる馬の背。真横から見ると、それは丁度、歯車の上半分のような形をしている。ここから落ちたら命はない。今日は風があるため慎重に進まねばならない。三点支持で慎重に登る。歯車の頂に立ったその時、正面、100mほど先に奥穂高岳の山頂が見えた。だがまだ気を許してはならない。歯車状の馬の背の下りこそが危険だからだ。三点支持で下るのも手だ。だが、梓彩は普通に階段を降りるように二足歩行で下った。
無事に馬の背を通過。もう危険な個所はない。奥穂高岳の山頂を踏んでから梓彩は穂高岳山荘のある白出のコルへと下った。途中、梯子が2か所あるが、梓彩のレベルであれば何の問題もない。
2日目。ここから先は今までのような上級者コースではなく一般登山道であるため、体力さえあればクライミングの技術はさほど必要ない。
早朝、ご来光を涸沢岳から眺めた梓彩は早速、涸沢岳を下降する。ここは梯子による急下降。降りた後、滝谷側に設けられたトラバース道を歩く。直下は滝谷の絶壁。鎖を握りしめ、慎重にトラバースする。終点に着いたら登り。北穂高岳南陵で涸沢からの登山道と合流すれば、北穂高岳の山頂はもうすぐだ。出発から2時間ほどで北穂高岳北稜に到着。ここから見る槍ヶ岳は絶品である。
ここから大キレットが始まる。幹線ルートであるため鎖や杭などによって「やりすぎ」というくらい整備がなされているが、油断は禁物だ。いきなりの急下降。まだ時間的に早いため、槍ヶ岳からやってくる登山者はいない。大キレットはすれ違いのできない箇所が多いため、今のうちに通過するに限る。突き当りを左に曲がり、飛騨泣きを通過。長谷川ピークまで来れば、あとは南岳への登りの地点まで稜線上の登山道を緩やかに下るだけ。
南岳への登りの取り付きから梯子を使って登る。南岳の山頂は真っ平らな平地。後ろを振り返れば大キレットの先に穂高連峰が聳えていた。
(さっきはあそこにいたんだよね)
感慨に耽る梓彩。
そうそう。先程からタマが出てこない。いないのではない。タマはしっかり梓彩の足元にいた。
「タマ」
ここで梓彩は初めてタマに声を掛けた。集中して挑まねばならない危険個所が終わったからだ。
ここら先は稜線漫歩。槍ヶ岳を正面に見ながら地上の散歩道を歩くも同然の快適な歩行を楽しむ。槍ヶ岳の手前にある飛騨乗越は北穂高岳と槍ヶ岳の間では大キレットの次に急な下りと上りを有するコルであるが危険個所ではない。
テント場を通り抜け、梓彩とタマは槍ヶ岳に到着した。
3日目。
槍ヶ岳山荘で昨夜注文したおこわオニギリを受け取った梓彩は槍ヶ岳の肩からご来光を眺めると直ちに裏銀座へと向かった。
裏銀座は槍ヶ岳小屋の脇からの急な下りで始まる。この下りは千乗沢乗越まで下る長い下りだ。その千丈沢乗越の先に稜線が伸び、今日、明日、明後日に通過する山々が一望できる。それらの山々には既に日が射しており、青色や緑色に輝いている。
出発から5分と掛からないうちに子槍が右手に見えてきた。子槍といっても実際には非常に大きな岩の塔だ。かつて山好きの皇族の方が、この子槍の上に立ったことがある。「アルペン踊り」をなさったのかどうかは定かではない。
1時間ほどかけて千丈沢乗越まで下ると、坂は緩やかになる。下ってはいるが、ここから先は稜線漫歩だ。途中、足場がザレていたり鎖場も何カ所か登場するけれども、梓彩には心配無用だ。
今、梓彩が歩いている西鎌尾根を「裏銀座」と呼ぶのは、ここが登山者の多い幹線であることによる。事実、梓彩は多くの槍ヶ岳に向かう登山者とすれ違い、また前を歩く登山者を追い抜いていった。
こうした「人だらけの登山」を梓彩は好まない。梓彩は単独行を好む。
「かーのじょー、一緒に行かなーい?」
このように途中途中で男性パーティーから声を掛けられるのは梓彩にとっては苦痛でならなかった。ビギナーの山ガールがベテラン登山者を捕まえて「山岳ガイド」に利用するのは良くある手(※プロの山岳ガイドに依頼すると高額だが、山で捕まえればタダである)だが、梓彩にはそのようなことをする必要はなかった。確かに一度、滑落した経験はあるが、下手な山岳ガイドよりも腕は確かであった。
双六小屋を10時に通過。双六岳はその1時間後。右側にトラバース道もあったが梓彩はピークを踏む。次のピークである三俣蓮華岳には12時20分に到着。
双六岳からの眺めも良かったが、三俣蓮華岳からの眺めはそれを遥かに上回っていた。実際には結構な距離があるのだが、鷲羽岳や水晶岳がすぐ目の前に見えるし、赤い屋根をした三俣山荘は、それこそ足元にあるかのよう。そして雲ノ平は山に囲まれた美しい庭園のようではないか。
梓彩は出発当初、今日の宿泊地を三俣山荘に決めていた。地図上は雲ノ平小屋だと歩行距離が長すぎると感じたからだ。
だが、雲ノ平の中にポツンと建つ「これぞ山小屋」という将棋の駒を分厚くしたような形をした5角形の茶色い山小屋の姿を見つけた瞬間、梓彩は今日の宿泊地を雲ノ平に決めた。あの山小屋のオシャレな姿に比べたら、他の山小屋なんて工事現場に架設されるプレハブ小屋と同じではないか。
タマの意見も梓彩と同じだった。
だが計算上、雲ノ平小屋到着は16時30分頃。一般的に山小屋に到着する時間である15時を1時間以上過ぎることになる。最悪、夕食は注文できないかもしれない。
「急ぎましょう」
梓彩は三俣蓮華岳を下り始めた。無論、梓彩は15時までに到着するつもりである。
三俣小屋を12時40分に通過。そこから雲ノ平へ一気に下降開始。祖母岳を真正面に、その裾野を目指す。裾野に降りたら今度は祖母岳を左側から時計回りに巻くように進む。ここは上り坂だ。
登山道が登り切ったところからが、いよいよ雲ノ平だ。ここから先の登山道は尾瀬を思わせる木道。道は右回りから左回りへと変化。日本庭園、祖父庭園、スイス庭園を通過。雲ノ平小屋へは15時きっかりに到着。梓彩は1時間30分も歩行時間を短縮したわけだ。
小屋での受付を済ませた梓彩は早速、雲ノ平の散策を開始。夕食は17時だから2時間は散策できる。梓彩は先程通った道を再び引き返す。小屋を目指して急いで通過したため、再び見たかったのだ。梓彩は正面に水晶岳を見ながらスイス庭園に向かって緩やかに登る木道を歩き始めた。
「なんて美しいのかしら」
雲ノ平は文字通り「地上の別天地」だ。周囲をぐるりと山に囲まれた飛騨山脈の最深部である雲ノ平には最低でも二日を掛けなければ到達することができない。勿論、自分の足でだ。
「でも、明日にはここを『さよなら』しないといけないのね」
今はとても楽しい時間のはずなのに梓彩は寂しさを感じないではいられなかった。フリークライミングの時には決して感じなかった「お名残惜しさ」のようなものが、先へ先へと進む縦走登山にはあるのだということを梓彩はこの時、知った。
いや、これは本当に山を愛する梓彩だからこその感慨だ。「百名山制覇」や「ピークハント」といった登頂成果のみを目的とする登山者の心には決して、このような感情は湧きあがらないだろう。かつては梓彩もそうだった。難易度の高い岩壁を制覇することが目的で、それを果たせば十分な満足感が得られた。だが今は違う。正直、梓彩は残りの日程を先へは進まずに「ここで過ごそうかしら」と考えている。梓彩はひとつ「大人になった」のだ。
そんな梓彩の心情を読み取ったタマが梓彩に言った。
「もう16時だ。小屋へ戻るニャ」
もうそんな時間なの?梓彩は今の風景を目に焼き付けてから小屋へと戻った。
夕食は、まるで北海道を思わせる石狩鍋。それを皆でつつき合う。梓彩は鍋の具を弁当箱に入れると表に出て、野営するタマに差し出した。
今日の夜は屋根裏の団体部屋で過ごす。幸い、梓彩は窓際であった。屋根裏部屋の窓は斜め上に向いており、布団の中からでも夜空が見渡せた。空には都会では決して見られない満天の星が輝く。22時。三俣蓮華岳と黒部五郎岳の間から天の川が斜め左に立ち上がっているのが見えた。蠍座、射手座は半分以上、その姿を山の下に隠してはいるけれど、東の空には白鳥座、西の空には牛飼い座がはっきりと見える。
梓彩は屋根裏部屋を離れると、小屋の外に出た。山小屋のいいところは夜中であっても自由に出入りのできることだ。
外に出た梓彩はひとり、木道を歩き始めた。
やがて梓彩は祖母岳の山頂に辿り着いた。祖母岳は雲小平の中心部に位置する小高い丘のような山だ。
「ああ、なんて素敵な夜」
時間は21時。天の川はますます天に向かって垂直に伸び始める。織姫こと琴座のベガが天頂に輝く。東の空にはペガサスの頭と前足も見え始めた。
「クラスメートは今頃、予備校の夏期講習会ね」
梓彩はそんなクラスメートたちを不憫に思った。無論、彼女たちは名門大学進学を夢見て自ら進んでそれを行っているのだけれども、梓彩にすれば、そんなものは実に「くだらない時間の浪費」に思えるのだった。
さらに22時になるとアンドロメダ銀河がその姿を現し始めた。都内では絶対に見ることができない姿も、ここでは見えるのだ。そして琴座は天頂から離れ、そこには白鳥座が羽搏く。
まだまだ見ていたいと思いつつも、梓彩は祖母岳を下山し始めた。23時。梓彩は小屋に戻り、自分の布団の中に入った。
翌朝。梓彩は朝食をこの小屋で摂った。次の目的地である薬師岳山荘は距離的に近く、それでも充分に到着するからだ。
梓彩は7時30分に雲ノ平小屋を出発した。今日はのんびりとした山歩きを楽しむ予定。昨日までのようには決して急がない。アルプス庭園、アラスカ庭園をじっくりと眺めながら歩き、その先、清流が流れるカベッケが原を通過するときには、本当にここに河童が住んでいるような気持ちに浸った(カベッケが原とは「河童が化けて出てくる原」という意味)。
その後、梓彩は太郎兵衛平に到着。ここから先は進路を右へ90度変えて薬師岳方面へと伸びる稜線上を歩くことになる。2km程進んだところで進路を左へ採る。ここ薬師岳周辺は奥穂高岳の間違い尾根に類する、一見すると稜線と見間違えそうになる枝稜線が幾つもあり、梓彩のように立山方面に向かって歩く登山者には関係ないが、立山からやってくる登山者には注意が必要な場所だ。事実、薬師岳から東南へ500mほど向かった先からまっすぐに伸びる枝稜線「東南稜」は過去にいくつもの悲惨な遭難事故が起きた場所である。
梓彩は薬師岳山荘に15時きっかりに到着した。
そこから薬師岳までは往復1時間40分。明日、ここを通過するものの今日中に登れないこともなかった。だが、梓彩は明日に備えて山荘で休憩することにした。
薬師岳山荘を梓彩とタマは早朝4時に出立した。その理由は次の宿泊地である五色ヶ原山荘には、これでも計算上の到着予定時間が14時30分頃だったからである。
ならば「手前の山荘に宿泊すればいいではないか」。そうはいかない。なぜなら、ひとつ手前にあるスゴ乗越小屋と五色ヶ原山荘との間は実に6時間以上もの距離があるからだ。間にひとつ、或いはふたつ山小屋があってもいいほどふたつの山小屋は離れていたのである。そういう意味においてここもまた「上級登山者向けの難所」といえた。
薬師岳山頂で梓彩とタマはご来光を見た。朝の光はやがて眼下に広がる雲ノ平にも降り注ぎ始めた。
「さようなら」
梓彩は雲ノ平に別れを告げた。
梓彩とタマは次の中継地となるスゴ乗越小屋までの3時間の旅を開始した。これとて一般登山者にとっては「ロングトレイン」だ。
8時、北薬師岳。9時、間山。10時きっかりにスゴ乗越小屋に到着。ここでたっぷりと休養してから、いざ6時間を超えるロングトレインの開始だ。
五色ヶ原までに二つの山を越える。北薬師岳や間山の時にはそれほどの高低差がなかったが、ここから先の二つの山の間は結構、切れ込んでいる。
スゴ乗越までの下りから一転、上りの坂を登る。その頂は薬師岳と五色ヶ原のちょうど中間に聳える越中沢岳。ここから下り坂をくだり、再び登らねばならない登山道がはっきりと認識できる。右手奥にはダム湖である黒部湖が水面を湛えている。
再び頂に立つ。鳶山。ここまでで5時間30分も費やした。目の前に五色ヶ原が見えた。
五色ヶ原もまた雲ノ平の様な木道の道であった。どうにか15時には到着した。昨日、夜更かししたからだろう、眠い。いよいよ明日は立山だ。
翌日、梓彩は朝食を山荘で摂り、7時30分に出発した。西穂山荘は日の出前、穂高岳山荘は朝食後、槍ヶ岳山荘は日の出直後、雲ノ平小屋は朝食後、薬師岳山荘は日の出前といった具合であるから「早立ち」と「遅立ち」を交互に繰り返したわけだ。結果としてそうなったわけだが、睡眠による休息を考えた場合、実に理想的な登山計画といえよう。
浄土山の南峰には11時に到着。富山大学が管理する白い建物を左手に見ながらハイマツの生い茂る階段を一の越に向かって下降する。正面には立山、その麓には登山基地である室堂が広がる。地獄谷からは絶えず白い蒸気がもくもくと吹きあがり、室堂に建つホテルのいくつかをすっぽりと飲み込んでいた。
「ライチョウだわ」
ここで梓彩とタマは今年初めてとなるライチョウと出会った。西穂高岳からここまでライチョウに会っていなかったのに、この時、初めて気が付いた。
そのライチョウは雌で、2匹の雛鳥を伴っていた。
この時代、ライチョウはその数を激減させていた。地球温暖化、ニホンザルによる捕食、リニア新幹線の開通によって赤石山脈では既に絶滅していた。飛騨山脈なかんずく立山一帯は数少ないライチョウの生息地となっていた。
一の越に到着すると俄然、人の数が増えた。数百人?いや、数千人の人々がここに密集していた。それもそのはず。ここは室堂と雄山の中継地点だ。ここから室堂に向かって10人が真横に並んで歩けるほど幅の広い石畳の階段が伸びていた。
雄山への上り坂は岩ではなく土を踏みしめて登る。到着するのは、あっという間だ。山頂にはかつては神社があったが、中道政権が「右翼思想の根絶」を目的に制定した神道禁止法によって取り壊され、今ではちょっとした広場になっていた。
ここを過ぎると、登山者が再び激減する。立山の最高峰は大汝山なのだが、ほとんどの登山者は雄山で満足する。梓彩が大汝山の頂に立った時、周りには誰もいないのだった。
大汝山の頂は登山道の右手にある大きな岩が幾重にも積み重なった山の上にあり、登り口は正直、わかりにくい場所にある。そして最高点を示す柱は最も高い場所にある岩の上ではなく、岩の下に立っているのだった。
岩山を再び降り、稜線上を北へと進むと、立山最後の頂となる「富士の折立」に到着した。そこもやはり岩が積み重なり、ただこちらは目線程度の高さしかなく、これが頂だと示す小さなプレートがなければわからないような場所で、しかも頂と登山道との間には侵入を禁止するロープが張られていた。平坦な道を歩いていたら正面に背丈ほどの高さに積まれた岩の行き止まりが出現したといった感じであった。
稜線上の平坦な道はここで行き止まりとなり、ここから先へ進むには左の下り坂を時計回りに下降しなくてはならない。ここから先、しばらくの間は道というよりも大きな岩の上を、岩を選びながら歩くといった方が正確である。ルートファインディングはさほど難しくなく、岩も谷川岳のようにツルツル滑るようなことはないので危険ではない。
岩場が終わる頃、登山道が上下の二つに分かれる場所に出た。左はトラバース道で右は緩やかな登り。右の上りは別山へと続き、左のトラバース道は今日の宿泊地である剱御前小舎へと通じる。梓彩は右の道を選んだ。別山からの剱岳の眺望の良さを前もって知識として知っていたからだ。
かつては大きめの祠があった別山の頂の右手に、ちょっとした大きさの広場と池がある。そしてここにもライチョウ親子の姿があった。
そして言うまでもなく正面には剱岳がその全貌を見せていた。
「岩の殿堂」剱岳。山頂こそなだらかだが、その周囲を取り囲む岩のギザギザぶりときたら!右に伸びる八つ峰はクライマーの格好の獲物だ。
明日はいよいよ、この山の頂に立つ。縦走登山の最後を締めくくる山として不足はないはず。梓彩とタマは剱岳が西側から次々と吹き込んでくる厚い雲に隠れてしまうのを見届けてから山小屋へと向かった。
翌朝。
東の空から太陽が昇るにつれ、西の山肌が光り輝く。右の山肌が未だカラスのように黒い中、中央に聳える剱岳の山肌が輝き始めた。
梓彩は別山から見る剱岳よりも、ここ別山乗越から見る剱岳の方が美しいと感じた。別山から見る剱岳は確かに剱沢を上から見下ろす感じで「山の重量感」を感じるが、別山乗越から見る剱岳の方が横長で端正に思えた。
坂を緩やかに降りながら剱沢へと下降する。最初は右手に進み、途中から左手に曲がる。テント場を抜け、剱沢小屋を右に見ながら斜め左の丘を登る。丘の先に今度は剱山荘が現れた。剱山荘の裏が登山口だ。トリカブトが咲き誇る草地を過ぎると前剱への登りとなる。この位置からだと丁度、剱岳本峰が隠れてしまう。
前剱の頂に立った時、目の前に剱岳本峰が見えるとともに、左手に富山湾が見えた。薬師岳の時とは違う。手前に遮る山が一つもないからだろう。遥かに近い感じがする。
ここから先は登山道が上りと下りで別々になる。アルミ製の短い橋を渡ると、そこから愈々、登ったり降ったりの繰り返しの始まりだ。
平蔵の頭あたりから登山者の数が増え、平蔵のコルに至って遂に渋滞が発生するようになった。右側に深い谷を見下ろしながら、同じ場所にいつまでもいるのは気分がいいものではない。場所によっては斜めに傾斜した岩の上にじっと立っていなくてはならない場所もあった。
渋滞の理由は「カニのたてばい」である。ここは足場となる杭と手で握る鎖を用いて登る高さ50mほどの垂直の絶壁。ここでは一旦、左側に見えるザレ場を真ん中あたりまで登ってから取り付き、反時計回りに高度を上げていく。登り切ったところで一旦、右に進んでから左へと進路を変え、突き当りの梯子を攀じ登ると稜線上に出る。そこまで出てしまえば、あとは緩やかな登りで、あっという間に山頂に到着するのだが、ここで渋滞が起きていたのだった。
(あとが閊えてるんだから、もっとシャカシャカと登りなさいよ!)
梓彩はいちいちハーネスを鎖に装着して用心深く登る登山者の姿を遠目に見て次第にイライラし始めた。確かに滑落すれば間違いなく死ぬ場所ではあるのだが、ハーネスを必要とするような場所とは到底、思えない。
ザレ場まで来た時、梓彩はついに我慢の限度に達してしまった。あと5人ほどで自分もカニのたてばいに取り付けるのだが、渋滞に巻き込まれて長い間、同じ場所で鎖を握って木にとまった蝉のように岩壁に張り付いているのは、まっぴら御免だった。
「タマ、行くわよ」
梓彩はザレ場の最深部まで登ると、何とそこから壁に取り付き、フリークライミングで登り始めたのだ。カニのたてばいの渋滞を右手に見ながら、スイスイと高度を上げていく梓彩。それはまるで高速道路の渋滞を横目にスイスイと側道を走る車のようだ。
「おおっ!」
下では、そんな梓彩の姿を見た登山者が驚きの声を上げて梓彩の姿を見上げていた。
「やっと着いたわ」
11時。梓彩とタマは遂に最終目的地である剱岳の頂に立った。そこは思っていた通り、結構広々とした場所。周囲にはここが剱岳であることを示すプレートが幾つも放置されていた。記念撮影は「お好みのをどうぞ」ということらしい。
梓彩は「点の記」でおなじみの三角点を探し始めた。だが見つからない。ないはずはない。確かに槍ヶ岳では三角点が二つ、抜かれた形で転がされていたけれども。
よく見ると、ひとりの登山者が三角点を腰かけにして座っていた。
「やんなっちゃう!」
登山者のマナーの悪さに梓彩は思わず、くまのプーさんの口癖を吐いてしまった。
しばらくすると、あとから登ってきた登山者に梓彩は次から次と声を掛けられ始めた。カニのたてばいで梓彩の雄姿を目撃した登山者たちだ。
なんてこと。静かに過ごしたいのに。かくして梓彩は直ちに剱岳を下山しなくてはならなかった。
下山もまた渋滞から始まった。今度は「かにのよこばい」だ。鎖を握りしめて時計回りに下降する。その直後、梯子を下りる。水平に歩くと左手にトイレ場があったが、お世辞にも清潔感を感じないものだった。
渋滞は結局、前剱まで続いた。そこからの降りでようやく梓彩はペースを上げることができた。
剱岳を下山した梓彩は剱沢を一気に駆け上り、別山乗越を超えると雷鳥沢を一気に駆け下り、室堂に到着した。そこからは電気バスで山の中のトンネルを通過、ロープウェーに乗り換え、さらにケーブルカーに乗り換え、黒部第四ダムの上を歩いてから、再び電気バスに乗り、登山口となる扇沢に到着。そこからバスで信濃大町駅へと向かい、長野駅から新幹線で上野へと戻った。
「ただいま」
深夜、梓彩が家に到着すると、待っていたのは母親の鬼のような形相だった。
「梓彩、こっちへいらっしゃい」
何があったのだろう?
その答えは、すぐにわかった。梓彩の母親は今日の夕方のニュースを録画したブルーレイを梓彩に見せた。
「これ、あなたでしょう!」
そこには、カニのたてばいの横の壁を登る梓彩とタマの姿が映し出されていた。スマホ時代の恐ろしさ!あの場にいた誰かがスマホで撮影し、その映像をテレビ局に売ったのだ。
「あっちゃあー」
誰かクラスメートが見ていたら、夏休み明けに騒動になりそう。いいえ、そんな心配は不要よ。どうせ、みんな予備校の夏期講習会が忙しくてテレビなど視やしないでしょうから。
そう考えた梓彩は安心して自分のベッドの中で熟睡するのだった。
-
つづく
おいらはタマ。人間の言葉が話せる猫なんだニャ。
ある日、背中にΨ(プサイ)を背負ったIQ800を誇る超天才猫・Dr.マカロニャンと出会い、改造手術を受けた結果なんだニャ。でも人前では人間の言葉を話すのは禁止なんだニャ。というのも、そのことが知れればたちまち科学者たちの興味を買って実験材料にされてしまうからなんだニャ。
私は梓彩(あずさ)。タマのご主人様です。高校2年生。学校では中学同様みんなからは「アズー」と呼ばれています。私の趣味はボルダリング。勿論、屋内ではなく大自然の中でやるのが好き。今は一の倉沢(谷川岳)などニッポンの崖を登っているけれど、いつかはヨセミテ(アメリカ。クライマーの聖地)をフリークライミングで登りたーい。それはさておき、タマも言った通り、タマが人間の言葉を話せることは絶対に秘密です。
5
1学期
進学校では3年生時ではなく2年生時に修学旅行に行くことは珍しくない。
梓彩の学校の修学旅行先は「京都・奈良」。修学旅行先として「沖縄」や「韓国」が珍しくない時代にあって梓彩の通う高校は実にコンサバティブと言えよう。
早朝、東京駅に集合した梓彩たち一行は新幹線で京都へと向かった。
京都に到着後は京都御所、三十三間堂、金閣寺、銀閣寺、清水寺などを見学。その間は観光バスでの移動だった。
「何これ」
京都市内の大通りを走る観光バスの中から外の景色を眺めていた梓彩は京都のイメージからは想像もつかないものを見つけた。
「日本一大きなパチンコ屋?」
大きな文字で壁一面にそのように書かれた建物。建物の外観から察するに、その文字の内容に嘘偽りはなさそうであった。確かに、その建物は非常に巨大で、パチンコ屋というよりも大型スーパーのようであった。
観光バスはその後、その大通りを数回に渡り走った。もはやこれは「見間違い」ではない。
「これを見た外国人観光客はどう思うのかしら?」
まさか京都のど真ん中で、このような建物にお目にかかろうとは。良識あるニッポン人を代表するように梓彩は恥ずかしさから顔を赤く染めた。
「これが、ニッポンが世界に誇る観光名所の現実なのね」
京都はフィレンツェやベネチアやトレドの様に全てが当時のままに残された都市とは違う。近代化された都市の中にポツンポツンと昔ながらの寺や史跡が点在する、ある意味、東京などと変わらない都会のひとつにすぎないのだ。
実際の京都を自分の目で見た梓彩は正直、がっかりした。
翌日の午前中、自由行動で梓彩は班の仲間とともに、あだしの念仏寺などがある嵯峨野を歩いた。
至る所、竹林。
これを「京都の風情」と思う者は多いし、事実そうなのだが、環境生物学的に言うと、これは決して喜ばしいことではない。
竹の繁殖力は凄まじく、たちまちのうちに山を竹林に変えてしまう。そうなると、もはや広葉樹も針葉樹も全て枯れ果ててしまう。東京近郊の森でも、日の良く当たる道沿いは広葉樹だが森の中は全て竹という場所が少なくない。
現代の京都が竹林だらけであるのは平安京を造営する際に大量の樹木が切り出された結果、そこに繁殖力の強い竹が生え茂ったためなのだ。
嵯峨野を出発した梓彩一行は観光バスで次の目的地である奈良へと向かった。奈良では初日は法隆寺と唐招提寺を見学。翌日は東大寺を見学。
その東大寺では自由行動の時間があった。梓彩のグループはカタカナの「コの字」形のルートを歩いた。東大寺で盧舎那仏を見た後、その右隣にある正倉院を見て、そこから南へ下がり、池のあるところまできたら西に曲がるのだ。その正倉院では。
「こんなにデカいとは」
教科書で見るイメージとは異なり、実物はかなり大きいことを実感。それはそうだろう。正倉院の中は3階建なのだから。
その後は再び京都へと戻り、京都駅から新幹線で東京へと戻った。
※
秋。
「今年の作品は『ディベート・シスターズ』に決まりました」
採決によって、今年の文化祭で上演する演劇部の舞台劇は「ディベート・シスターズ」に決まった。2年生になった梓彩は当然、舞台の上に立つことになる。
ディベート・シスターズの内容は次の通り。
女子大生の清川華蓮は日本人を父に、中国人を母に持つハーフ。そのため「アジア蔑視」の世相渦巻く日本にあって周りから蔑視されていたが、和佐田鈴音と柿花いづみの二人だけは、そんな華蓮と小学生の頃からの仲のいい幼馴染である。
そんなある時、華蓮が通う大学の文化祭に、アジア蔑視の思想を持つ人気ジャーナリストであるテリー太田が講演会にやってくることが判明した。目的は無論、アジア蔑視の持論を展開して大学生たちに「歪んだ愛国心を植え付ける」ことだ。そこで華蓮、鈴音、いづみの3人は講演会の会場に乗り込み、テリー太田とディベート対決、テリーの持論をことごとく粉砕する計画を立てた。
当日、計画通りに事は進み、講演会場となった体育館の壇上でディベート対決を行う花蓮、鈴音、いづみとテリー。最初は優勢だった3人だったが、ディベートの中心的役割を担う鈴音がアイヌであることが発覚、テリーからそのことを徹底的に罵られてしまう。しかし、それが勝敗を決する決め手となった。アイヌであることを理由に鈴音を攻撃するテリーの姿に会場の大学生たちは「不正義」を見取ったのである。
一時はどうなるかと危ぶまれたディベートだったが、3人のディベーターたちは右翼思想のインテリタレントを見事に倒すことができたのだった。
中道政党誕生以来「歴史歪曲」「軍国礼賛」「アジア蔑視」といった思想は一掃されたかと思いきや、ミミ率いる中道政党が第二党となり利桜(和貴子)率いる右翼政党が第一党となったことからもわかるように、この時期、再び右翼思想が首を擡げていた。こうした現象に対抗する武器として、短編小説ではあるが「ディベート・シスターズ」の価値が再び注目されるようになっていたのである。
原作者は語る「私の思想哲学はディベート・シスターズに始まりディベート・シスターズに終わる」。原作者の作品には原稿用紙4000枚を超える大作もあるのだが、それを差し置いてまでも本作品をこのように呼ぶのは、それだけ「お気に入りの作品」ということなのだろう。
ディベート・シスターズには二種類ある。ひとつは日中友好をテーマとする小説。もうひとつは劇作。小説は全5章から成るが、劇作は最初の1章しかない。そのため大学の演劇サークルなどでは小説を改変するのが流行りだが、今回は手っ取り早く劇作を利用する。といっても、そっくりそのままではない。何とテーマを日中友好から「日韓友好」に変えてあるのだ。ということは当然、ディベートの内容が変わってくる。今回、演劇部は日韓問題に関する資料を掻き集めてディベートを自ら作成したのだ。いうまでもなく、これは大変な作業だ。事実上「原作者と同じ仕事をした」と言っていい。皆で必死に協力し合い、その中で梓彩は「明治政府が韓国政府と外交交渉する際に8隻の軍艦を繰り出した」という点に着目してテリーの主張に反論する画期的な方法を編み出したのだった。
それにしてもディベート・シスターズは舞台劇にはうってつけの作品である。幕は「①コンドル先生像前」「②講演会場」「③コンドル先生像前」の3つしかなく、しかも②はその場がそっくり舞台となるのだから。大掛かりな小道具はコンドル先生の銅像だけで、それさえもダンボールと椅子を組み合わせたハリボテで拵えれば済む。
そして、幸いなことに梓彩が住んでいる場所のすぐ近くに実物がある。そこで梓彩が後日、実物をスマホで撮影してくることに決まった。梓彩は放課後の清掃を終えると家には戻らず、学生服のまま銅像の立つ大学へと向かった。
※
「ここね」
梓彩が赤門を潜る。
「どこにあるんだろう?」
梓彩は安田講堂の方から歩いてくる男子大学生に声をかけた。
「あのーすいません。『コンドル先生の銅像』ってどこにあるか、ご存知ですか?」
大学生が梓彩の顔をまじまじと眺める。しばらくしてから大学生は思い出したように話し始めた。
「ああ、知ってるよ。連れてってあげるよ」
「ありがとうございます」
二人はその後、コンドル像の傍までやってきた。
「ありがとうございます」
梓彩はコンドル像を見上げた。ふーん、これがコンドル像か。梓彩はスマホでコンドル像を四方から撮影した。これで用事は済んだ。梓彩は帰ろうとした。
「待ちなよ」
「えっ」
「ここまで連れてきてあげたんだから、お礼くらいしてよ」
そう言うと、大学生は梓彩の片方のおさげ髪を掴んだ。
「きみ、よく見ると、かわいいね」
ここはキャンパスの裏手にあたり、ふたり以外に人影はなかった。
「どうだい、今から楽しいことしないかい?」
そういうや大学生は梓彩をコンドル像の裏に連れて行った。
「やめてください」
「無駄だよ。この時間、ここには誰もいないよ。ぐへへへ」
梓彩のピンチ。
その時。
「ニャア!」
次から次と野良ネコが茂みから飛び出してきたかと思うや、大学生に襲い掛かった。
「うわっ、何だ!」
驚く大学生。野良猫の攻撃に対し必死に抵抗する大学生。
「梓彩」
「タマ」
梓彩の傍にタマがやってきた。
「今のうちに早く逃げるニャ」
梓彩はタマとともに赤門まで走った。
「ふう、助かった。タマありがとう」
野良猫はタマの散歩友達だという。
「こんなところまで散歩に来てるの?タマ」
「猫の行動半径は広いんだニャ」
猫によっては半径10km圏を範囲に入れているものもいるという。
「そういう梓彩は何で、ここに居るんだニャ?」
「演劇の舞台装置を作るのに必要な資料を写真に撮ったのよ。これよ」
「ああ、コンドル像か」
「知ってるの?」
「勿論。日本近代建築の父だニャ。ソーン賞を受賞してニッポンに来日。日銀本店でおなじみの辰野金吾をはじめとする数々の弟子を育てたんだニャ」
「詳しいのね」
「猫は人間よりも優秀なんだニャ」
その通り。およそ「人類ほど愚かな生き物はいない」というのがタマの意見だ。その最大の根拠は「お国の名誉」などという実にくだらない虚栄心から外国と争い「戦争をするから」に他ならない。先のマカロニャン騒動も、こうした人類の愚かさを戒めるためのものであった。
「もう遅いから早く帰るニャ。もたもたしてると日が沈むニャ」
「そうね」
やがて野良猫たちが集まってきた。どうやら大学生を撃退したようだ。
「皆ご苦労」
「ニャア」
野良猫たちは解散した。
その後、梓彩とタマは別々の道を辿って家に帰った。勿論、いろいろな抜け道を知っているタマの方が速かったことは言うまでもない。
その後も文化祭の準備が着々と進められていった。「コンドル像」が制作されるのと同時進行で劇の練習が行われた。
梓彩は非常に重要な役割を担うことになった。それは「鈴音役」だ。台詞が最も多い役であると同時にテリーを追い詰める「自信満々な表情」から、テリーから反撃されて「自信を失った泣き顔」まで感情の起伏も激しい役だ。当然「役への感情移入」が求められる。梓彩は必死に練習に打ち込んだ。自宅ではタマを相手に台詞を言い、批評を乞うのだった。
「どう、似合う?」
梓彩は黒縁眼鏡を掛けた。
「うーん」
タマはあまり納得していない様子だ。梓彩に眼鏡は似合わない。梓彩は眼鏡を掛けると美人から一転、地味な「ガリ勉少女」になる。
「まあいいわ。じゃ、行くわよ。『確かに相手は私たちよりもはるかに多くの知識を持っているでしょうし何よりも狡猾さにかけては私たちよりもずっと上のはずです。でも、だからと言って必要以上に恐れることはありません。何故なら私たちの方が絶対に正しいからです。相手は策を弄するでしょうが、私たちは正義の剣で正々堂々と戦うまでです』。どう、タマ?」
「まあまあだニャ」
そして当日がやってきた。
※
劇作『ディベート・シスターズ』
登場人物
清川華蓮 今回の舞台となる大学に通う女子大生。韓国人の母を持つハーフ。
和佐田鈴音 花蓮の幼馴染。自分がアイヌであることを隠している。
柿花いづみ 花蓮の幼馴染。空手が得意で正義感が強い娘。
テリー太田 右翼思想を喧伝するタレント教授。
大学の学生たち。
場所
大学の敷地内。一部はコンドル先生の銅像の傍。一部は講堂の中。
小道具
第1・3幕 コンドル先生の銅像。鈴音が手にするバインダー。
第2幕 講演用の卓とマイク。鈴音が手にするバインダー。
第1幕
第一場 大学の敷地内。コンドル先生の銅像の傍。
コンドル先生像の下で華蓮がそわそわしている。やがて鈴音といづみのふたりが舞台の袖から歩いてくる。
華蓮「ふたりとも、遅いじゃない」
いづみ「ごめんごめん。ここに来るのは初めてだから、ちょっと迷っちゃってさあ」
鈴音「ふうん、ここが華蓮の通う大学のキャンパスかあ」
華蓮「そう。ここが悪徳政治家や悪徳官僚、ハナタカインテリ芸能人を多数輩出する、私に言わせれば、民衆蔑視の人間ばかりを次々と社会に排出する三流大学よ」
いづみ「きっつー。そこまで言うかい?自分もその大学に通う在学生なのに」
華蓮「別に好きで入ったわけじゃないもの。もともとあいつがここの大学の教授だったから入っただけですもの」
鈴音「でも結局、華蓮の入学と同時に、ここの教授を辞して政治評論家に転身。上手いこと逃げられてしまったわ」
華蓮「でも今日、捕まえてやるわ。絶対に逃がすものですか」
いづみ「まさか今日、文化祭の講演会に呼ばれるとはな。これは我々にとっては、またとないチャンスだ」
鈴音「『自ら虫けらになる者は、あとで踏みつけられても文句は言えない』というカントの箴言を思いっきり教えてあげましょう。資料はばっちりパワーアップしてあります」
そういって鈴音は手に持つバインダーを自慢気に見せる。
いづみ「頼むぜ鈴音。何たって、お前が頼みなんだから」
鈴音「まかせなさーい。うっきいー」
華蓮「作戦をもう一度確認しましょう」
いづみ「おっけー。まず、私たち3人は講堂の一番前の座席に座る。それも壇上に登る階段に最も近い場所に」
鈴音「そして、奴が話し始め、佳境に入る辺りで壇上に上がる。なるべく速やかに。そして観客には、これが『前もって打ち合わせられていた芝居』であるかのように説明して、いざディベートの開始」
いづみ「でもさあ」
鈴音「なに?」
いづみ「あたいたちみたいな女子大学生3人で、本当に倒せるのかなあ?相手は何たってここの大学教授を務めていた男で、おまけに今やテレビでも引っ張りだこの『スター評論家』だぜ」
鈴音「確かに、相手は私たちよりもはるかに多くの知識を持っているでしょうし、何よりも『狡猾さ』にかけては私たちよりもずっと上のはずです。でも、だからと言って必要以上に恐れることはありません。何故なら『私たちの方が絶対に正しい』のですから。相手は策を弄するでしょうが、私たちは正義の剣で正々堂々と戦うまでです」
華蓮「やろう、みんな。そして必ず勝とうよ」
鈴音「と話がまとまったところで、ひとまず腹ごしらえがしたいわね」
いづみ「『腹が減っては、戦ができぬ』ってね」
華蓮「屋台の焼きそばでいいかしら?」
鈴音といづみ「充分!」
3人が袖に向かって走る。
幕が下りる。
3人はそのまま客席の最前列に座る。
第2幕
第二場 講堂の中。
舞台袖から教卓に向かってテリー太田が見るからに「テレビスター気取り」で歩いてくる。
テリー「うおーっほん。あーさて、今回の講演会のために私をお呼びくださった大学、並びに皆様方の声に私は心より御礼申し上げます。早速ですが、今回の講演会のテーマは『崩壊する日韓関係』であります。最初に結論を申せば、すべての責任は『韓国側』にあり、ニッポンには何一つ『非がない』ということであります。その証拠を今から私テリー太田がひとつひとつ挙げてまいります。この講演会が終わった時には、この会場にいる皆様方全員が真の『愛国者』となって『嫌韓の声』を高々にあげられるものと確信するものであります」
ここで一拍、間を置く。
テリー「えー最初にまず『慰安婦問題』につきまして申し上げたいと思います。これはもう、『韓国の捏造』であることは明白です!皆さん、考えてもごらんなさい。私たちのご先祖様に当たる方々である旧日本軍の兵隊の方々が、韓国が主張するような『非人道的な行為』など、するはずがないではありませんか!我々ニッポン人は古くから『武士道』によって己の精神を厳しく磨き上げてきております。旧日本軍も同様です。いやむしろ、旧日本軍の兵隊こそ当時における『侍』だったと言えましょう。そのような人々がどうして『慰安婦になることを強制する』などという恐ろしいことができましょう。はっきり申しましょう。当時の韓国の女性たちは自ら進んで『慰安婦に志願した』のであります。それを戦後になって『慰謝料欲しさ』から日本軍によって無理矢理、慰安婦にさせられたといっているに過ぎないのです。私たちのように潔癖な民族とは異なり、金の亡者である『下等な韓国人』ならではの振る舞いであります」
ここで一拍、間を置く。
テリー「ですが、実に情け深いニッポン政府は、あまりにも慰安婦の人々が騒ぎ立てるものでありますから『では慰安婦の方々に1000万円支払いましょう』と申し出て、当時の韓国の朴政権との間で、その旨を合意したのであります。この合意は『最終的かつ不可逆的な合意』だったわけでありますが、その後に誕生した文政権は、その合意を一方的に破棄したのです。まさに『国際的な常識さえも守らぬ野蛮行為』そのものであります」
ここで、教卓に置かれたコップの水を飲む。
テリー「続きまして、今度は『徴用工問題』につきましてお話いたしたいと思います。この問題につきましては1965年でしたかね。ニッポンと韓国との間で合意が成立しております。にも拘わらず、これまた、突然のように蒸し返されたのであります。過去に合意したことを蒸し返す。それでは一体全体、何のための合意でありましょうや。ここではっきりと言いましょう。韓国がこのような態度をとる限り、仮に今、何かしらの合意をしたところで、きっと未来において蒸し返されるでありましょう。となれば、ニッポンがとるべき行動は一つしかありません。すなわち『韓国との国交断絶』であります。このような連中とは、もう付き合わない方がいいのです」
ここで一拍、間を置く。
テリー「現在、ニッポンの部品製造企業は韓国の大手電機メーカーのために、中に組み込む電子部品を輸出しております。仮にこれを止めれば、韓国の産業は壊滅的な打撃をこうむることでしょう。そうすれば韓国も少しは『懲りる』でしょう。そして韓国がニッポンの前に跪き、自らの愚を懺悔した時にこそ初めて真の『友好的な日韓関係』が構築されるのであります!」
ここで花蓮、鈴音、いづみが壇上へと駆け上がる。
華蓮「いやあ、お見事、お見事。さすがは私たちの大先輩であられるテリー先生でいらっしゃいますねえ」
テリー、大いに驚く。
テリー「何だ、きみらは?勝手に壇上に登ってきて」
華蓮「会場の皆さーん、こんにちはー。今から私たち花の女子大生3人組がテリー先生を相手に、いろいろと質問を繰り広げまーす。その様子をこれから先どうぞ、お楽しみくださーい」
花蓮、鈴音、いづみがテリーと対峙する。
華蓮「最初に自己紹介申し上げます。私は華蓮、こちらが鈴音、そしてこちらがいづみ。そして、ふたりは生粋のニッポン人ですが、私は父をニッポン人に、母を韓国人に持つハーフです。そんな生い立ちから私は日韓友好を真剣に願わずにはいられません。そこで先程、先生が話されました内容について、いくつか質問したいと思います」
テリー「質問?」
華蓮「行きます。まず確認したい点が一つ。ニッポン政府と韓国政府との間で結ばれた『1965年の徴用工合意』と『2015年の従軍慰安婦合意』に関する二つの合意について韓国が一方的に合意を破棄したことをあなたは非難されておりました。そこから察するに、あなたは『合意の内容を支持する立場』ですね?」
テリー「そうだ」
華蓮「ありがとうございます。まずそれを確認したかったのです。では本題に入ります。先程あなたは『韓国が過去に合意したことを蒸し返してきた』といった主張をなされておりましたが、その主張は大いに『異議あり』です。なぜなら、合意を蒸し返したのは韓国でなくニッポンの方だからです。1965年の徴用工合意の基本は『ニッポンによる強制労働があった』という事実の認定です。ところが安倍政権は、その内容を韓国の同意なしに一方的に改変。『ニッポンの強制はなかった』と主張しはじめました。これは明らかにニッポン政府による合意内容の一方的な改竄であります。さらには慰安婦合意直後から、ニッポン政府は『日本軍は慰安婦を強制していない、慰安婦は自ら進んで体を売った娼婦なのだ』と主張し始めました。これなどは文字通り、ニッポン政府による慰安婦の方々に対する人権侵害行為以外の何ものでもありません」
テリー「な、何を言っているのだ、きみたちは」
華蓮「こうしたニッポン政府による一方的な蒸し返しや人権侵害行為によって、徴用工、慰安婦の方々の名誉は大きく棄損されました。そしてこれが極めて重要なことなのですが、こうしたニッポン政府による名誉棄損行為は過去に行われたことではなく『現在継続中のもの』だということです。名誉棄損行為はまさに今現在、行われているのです。こうした名誉棄損行為に対し撤回と謝罪と賠償を請求することは至極当然のことなのです」
テリー「ニッポンは悪くはない。悪いのは韓国だ!」
華蓮「そこまでおっしゃるのでしたら、証拠を伺いましょう」
テリー「証拠など必要ない。合意を一方的に破棄したのが韓国であることは明白だ。性懲りもなく解決済みの慰安婦や徴用工を取り上げ、騒いでいるのは韓国ではないか!」
華蓮「韓国の人々にそのようにさせたのはニッポンです。『戦前の植民地政策は間違い』という正しい歴史認識を基本前提として過去に合意したことを一方的に破棄、歴史歪曲を企て、被害者の方々の神経を逆撫でしたからこそ、彼らは立ち上がったのです」
テリー「ニッポンは何も悪くない。過去に合意したのだから、その後にニッポンがどのような歴史観を叫ぼうが、ぎゃあぎゃあ騒がないのが正しいんだ。所詮、お前は韓国の女。だから韓国を依怙贔屓して韓国の肩を持つのだ」
ここで華蓮から鈴音にバトンタッチ。
鈴音「ならば、続きはニッポン人である、この私がいたしましょう。今回の問題について、先生をはじめニッポンのマスコミ各社は『ニッポンと韓国の外交問題』という視点からのみ論じておりますが、今回の問題の本質は『歴史歪曲を企てる悪徳政治家』と『それを阻止せんとする民衆』の戦いという点にあるのです。それが、たまたま政治家がニッポン人で、民衆は韓国の人々であるがために、ニッポンのメディアは『ニッポンと韓国の争い』のように論点を知り変えて見せているのですけれどもね」
テリー「お前こそ、論点をすり替えるのはよさんか」
鈴音「そんな気は毛頭ございません。事実を申し上げているまでです。事実、韓国の人々はニッポンのことを別段、嫌ってなどはおりません。今日の韓国には様々な『ニッポンを発祥とする文化』が流入しており、それらの多くは韓国の人々から賞賛を持って迎えられております。韓国の人々はひとえに戦前のニッポンの植民地政策を正当化しようとする右翼思想に固執する旧時代的な価値観を有する人々の言動を非難しているだけです。なぜなら歴史を歪曲し、戦前の軍国思想を礼賛、再軍備を企てるニッポンの右翼は平和な世界を希求するすべての人々にとっての『敵』だからです」
テリー「ニッポンは世界の平和に大きく貢献する国だ」
鈴音「そうなることを望みたいところです。慰安婦と徴用工に関する問題はここまでにして、もう一つ重要な問題である『竹島問題』について話し合いましょう」
テリー「望むところだ。お前たちが入ってこなければ、とっくの昔に話していたんだ」
鈴音「ペリーが4隻の軍艦に乗って来日。その後、ニッポンとアメリカとの間でふたつの条約が結ばれたことはご存知ですね」
テリー「当たり前だ」
鈴音「では、この条約を先生は『平等なもの』とお考えですか?」
テリー「日米通商修好条約・日米和親条約は不平等条約だった」
鈴音「どうして、そのように『お思い』なのですか?」
テリー「黒船外交だからじゃ」
鈴音「つまり『武力による威圧によってニッポンは不平等条約を強引に結ばされた』といいたいのですね」
テリー「そうじゃ」
鈴音「ありがとうございます。それが聞きたかったのです」
テリー「なに?」
鈴音「明治政府が韓国へ使節団を送った時、ペリーの艦隊の倍に当たる8隻の軍艦を率いていました。4隻の軍艦による威圧によって結ばされた条約が不平等ならば、8隻の軍艦による威圧によって結ばされた条約は、それこそ『超不平等』なものに決まっています。小学1年生にだってわかる簡単な『算数』ですわ。つまり日韓協約は不平等条約なのです。そしてその日韓協約によって竹島はニッポン領と定められました。でありますから当然、日韓協約は無効であり、竹島はニッポン領ではないのであります」
テリー「貴様、計ったな」
鈴音「別に。あなたが日米通商修好条約・日米和親条約をニッポンとアメリカがいかに友好的な関係にあったかを示す『対等の関係でとり結んだ条約だ』といえば、それで済んだことですわ」
テリー「ならば、そうするさ。どうだ。これで竹島はニッポン領となったぞ」
鈴音「1895年8月20日。この日が『何の日』か、博学のテリー先生は当然、お分かりですよね?」
テリー「知らん」
鈴音「そうですか。では私から説明しましょう。この日は、ニッポンから韓国に派遣されていた公使・三浦楼梧が朝鮮王朝最後の王妃である閔妃を殺害した日です。当時、閔妃はニッポンの軍事力を背景とする圧力に対し、果敢に戦っておりました。いわば当時のニッポン政府にとっては最大の『目の上の瘤』だったのです。そこでニッポン政府は閔妃の殺害を計画、実行したのです。しかもその方法たるや『残虐極まりない』もので、30人もの暴徒によって滅多打ちにした挙句、遺体に石油を掛けて王宮の庭で焼いたのです。この暴挙に恐れおののいた韓国政府はその後、ニッポン政府による不当な要求を次々と受け入れ、最終的に日韓併合によって韓国はニッポンの植民地となってしまったのです。したがいまして、ニッポンと韓国との間で結ばれた『条約の無効化』は最低限、この閔妃が殺害された1895年8月20日まで遡る必要があります。ところが、現在のニッポン政府は『1910年8月22日の日韓併合まで』と主張しています。それは閔妃殺害の日まで遡ってしまうと竹島の割譲を明記した『日韓協約』の調印日が含まれてしまうからです」
テリー「日韓併合を解消した、それで十分ではないか」
鈴音「いいえ、断じて十分ではありません。というより、か弱い女性を殺害して奪った領土である竹島を未だに『ニッポンの固有領だ』と主張することは、『ニッポンの名誉を汚す』ことになるのではないかという点です。これは現在進行形の、ニッポンの一向に改善されない『男尊女卑の社会風潮』とも大いに関係があるものと考えますが、いかがなものでしょう」
テリー「竹島はニッポン領だ。江戸時代からニッポン領だったのだから、朝鮮王妃の殺害とは無関係だ」
鈴音「私の知るところでは『竹島は江戸時代においてはニッポン領だった』という事実はありません」
鈴音、バインダーから「三国通覧図説」を取り出す。
鈴音「これは今の宮城県の仙台に住んでいた林子平という学者によって作成された江戸時代の地図『三国通覧図説』です。この中にはニッポン、韓国、中国の3国が描かれ、それぞれ色分けされています。ニッポンは緑色、韓国は黄色、そして中国は茶色です。ここ、ご覧ください、竹島です。色は黄色。これは朝鮮半島と同じ色です。つまり江戸時代、竹島は韓国領だったのです」
次に鈴音は「隋書」を取り出す。
鈴音「証拠はまだあります。これは中国の歴史書で、中国の髄の時代の歴史について書かれたものです。この中に『隋の使節団がニッポンへ向かうくだり』が記述されているのですが、それによりますと、隋の使節団は竹島経由でニッポンの筑紫、現在の佐賀県に上陸したことが記されております。そして『筑紫より先がニッポンである』と記されているのです。つまり隋は『竹島は韓国領だ』と認識していたわけです」
テリー「良く調べたもんだ。最近の大学生は遊んでばかりいるものだと思っていたが、バカにできないな」
鈴音「確かに、最近の若い人の中にはバーチャルゲームにはまり、バーチャルゲームの中の英雄こそが『自分の本当の姿』と錯覚、現実を受け入れられない人もいます。しかし、それは何も若い人に限った現象ではありません。ご高齢の方にも、例えば『日本軍は聖軍だ』『徴用工や慰安婦はニッポンの強制ではない』さらには『南京大虐殺や731部隊による人体実験は全てまぼろしだ』といった主張をされる方がおります。これらは全て『そうであってほしい』という愛国心を発露とするその人なりの願望ではありましょうが、決して現実ではありません」
「貴様、今時のアホな若者どもと私の世代を一緒にするとは・・・許せん!」
鈴音「さすがは先生。気付かれましたか」
テリー「くっ」
鈴音「うっき、うっき」
テリー「君たちの主張は大体わかった。だがね、人には人それぞれに信念というものがある。君たちの主義・主張を無理矢理、私に押し付けるような真似は止めていただきたい。私には私なりの信念があるのだ」
鈴音「今あなたは『人には人それぞれに信念というものがある』とおっしゃいましたね?私はそうは思いません。私は『すべての人々が共有するべき正しい思想・哲学というものがこの世には厳然と存在する』と信じております。だからこそ私は自分が信じている主義・主張を堂々と人々に語るのです。そもそもギリシャの哲人ソクラテスは対論によって自身の思索をより深めていったではありませんか。そして信念といっても、他人を説得できない信念、他人から容易に間違いを指摘されてしまうような信念など『愚かな信念』でしかないでしょう。ところがあなたは今『人には人それぞれに信念というものがある』と言われ、自分の主義・主張を私に押し付けるなともおっしゃられた。ならば、なぜあなたは、テレビに出演したり、このような講演会を開催したりして『自分の主義・主張を人々に押しつけよう』となさるのですか?『人には人それぞれに信念というものがある』と言われるのであるならば、あなたは自分の思想・哲学を胸にそっとしまっておいて、他人に語る必要などないではありませんか。どうぞ、あなたは自分の考えを自分ひとりで頑なにお守り下さい。そしてそれを決して他人には語らず、自分の考えを他人に押し付けるような真似はおやめなさい。他人を教化しようとする者は常に、他人からも教化されることを覚悟するべきです」
鈴音、眼鏡の眉間を押す。
いづみ「そうだそうだ。鈴音の言う通りだ」
テリー「私の考えは『正義』に基づいている。だから一人でも多くの人々に伝えることには重要な意義があるのだ」
いづみ「その『正義』とやらが実に疑わしいんじゃねえか。だったら、さっさとてめえの正義とやらが正義であることを証明しろ。鈴音の主張を理論的に破折して見せろ!」
テリー「それは簡単なことだ。君たちはまだ学生,即ち『学ぶべき事柄が沢山ある存在』だ。対する私は政治評論家。私の方が圧倒的にきみたちよりも『教養豊か』なのだ。もしも君たちが私並みの教養を身につけるならば、きみたちも、きっと私と同じ意見を持つようになるだろう」
いづみ「なんだそりゃあ。わっけわかんねー」
テリー「そりゃあそうだろう。君らはまだ学生にすぎないのだから。もっとしっかりと勉強することだな。ははは」
いづみ「結局『理論で勝てない』もんだから『年の功』を威張ろうって魂胆か?くだらねえなあ」
テリー「そこまでいうのならば、いいだろう。この場ではっきりさせよう。きみらの主張は基本となる前提からして間違っている。外交問題で最も重要なことは『国益』だ。国益のためならば、歴史を歪曲しようが、条約を勝手に破棄しようが、弱い国に戦争を仕掛けて領土を奪おうが、それらは全て『正義』なのだ。君たちはマキャベリの『君主論』を読んだ方がいい」
鈴音「読みました。実にくだらない内容の本でしたね」
テリー「そう思うのは君らの勝手。私やニッポン政府の方々は『素晴らしい内容だ』と感服しているよ。そもそもニッポンは昔からそういう国だ。『平家物語』を読んだかね?そこに描かれている源義経の活躍こそ『ニッポン人の美徳』そのものだ」
鈴音「ええ、読んでいますとも。一谷では決戦日を偽って背後からの奇襲、屋島では罪もない農民の家を焼き討ち、壇ノ浦では平家の武士よりも先に船を操舵する漁民から殺害しました」
テリー「よく知ってるじゃないか。マキャベリズムと『武士道』は非常によく似ている。両者はいずれも『勝てば官軍、負ければ賊軍』。だからこそマキャベリズムは明治維新以後、急速にニッポン人の間に広まっていったのだ。勝つためには手段を選ばない。いかなる卑怯な戦法も卑怯とは考えない。その場だけの口約束や大嘘などは当たり前。表向きは『友人』を装いながら裏では『嫉妬』にかられる。口では『平和』を語りながら裏では『国防強化』に走る。自分が仕事をしている時は『腰を低く』し、自分が客の時には『大威張り』する。そうやって『表と裏』を巧みに使い分けながら自分の利益を得ていく。それこそが『ニッポン人の精神』だ。それをわかっていてなぜ、お前は『証拠』や『人道』といったくだらない事柄にこだわり韓国の味方をするのだ?ニッポン人ならば何よりも第一に『ニッポンの国益』のことを考えろ。それが『ニッポン人のこころ』だ」
鈴音「ふざけないで!私には、そんな考え方は『卑劣漢のもの』にしか思えません」
テリー「きみは、頭はいいが、性格は実に頑固だな。その頑固さ、とてもニッポン人には見えないな。まてよ・・・ひょっとして、お前」
鈴音、ドキリとする。
テリー「色黒で彫りの深い顔。二重瞼の大きな瞳。お前の顔は見るからに『縄文人』の顔。なるほど、わかったぞ。さてはお前、アイヌだな?」
鈴音の動きが止まる。
テリー「やっぱりそうか。アイヌだアイヌ、ははは。なんだなんだ、てっきりニッポン人かと思えば、お前はニッポン人じゃないじゃないか」
鈴音「・・・・・」
テリー「どうした、何とか言いなよ?アイヌのお譲ちゃん」
鈴音「・・・・・・」
テリー「何も言えないのかい?そりゃあ、そうだわな。日本人じゃないんだもんな。要は『下等民族のアイヌが下等民族の韓国人を弁護している』んだもんな」
鈴音「うっうっうっ」
鈴音、体を震わせ涙を流す。
テリー「ははは、泣き出しやがったぜ。しょせん小娘は小娘よ。俺様の敵じゃなかったのさ。どうだ見たか?会場のみんな・・・・・・」
会場からの罵声。
観客1「いい加減にしろ!」
観客2「お前の負けだ、テリー!」
観客3「素直に謝れ!」
テリー、おろおろする。
いづみ「テリー!貴様は『最低のゲス野郎』だ。貴様はさっきから、あたいの親友たちを『韓国人だから』とか『アイヌだから』といった理由でバカにするが、じゃあ『貴様』は一体何なんだ?およそ人間性のかけらも持たない『虫けら』じゃないか。あたいは生粋のニッポン人だからな。はっきり言わせてもらうぞ。貴様のような奴があたいと同じニッポン人であることを、あたいはニッポン人としてとても恥ずかしく思う!」
華蓮「テリー先生。短い時間ではありましたが、あなたと実際に話をしてみて、はっきりとわかったことがあります。それは人間の心の中に一度植え付けられた『先入観』は、そう容易には排除することができないということです。それを知ることができただけでも私たちには大いに勉強になりました。本日は私たちにお付き合いくださり、本当にありがとうございました」
テリー「『ありがとう』だと?」
華蓮「あなたは最後まで『我見』を通されましたから、私も最後に我見を言わせてもらいます。あなたは『ニッポン人は優秀である』『韓国人は下等である』と信じて疑わないようですが、私は違います。私は人種や肌の色などには一切関係なく『すべての人間が平等である』と思っております。けれども、もしも人と人との間に『どうしても差別を設ける必要がある』というのであるならば、そのための基準は唯一『人間性の優劣』だけであると信じます」
幕が下りる。
第3幕
第一場 大学の敷地内。コンドル先生の銅像の傍。
花蓮、鈴音、いづみの3人がやってくる。鈴音だけが泣いている。
鈴音「華蓮は幼い頃から『韓国人のハーフ』であることを隠さず、そのために周りから迫害を受け、それでも立派に逞しく生きてきた。なのに、私は自分がアイヌであることを一番の親友であるはずのふたりにさえ、ずっと隠して生きてきた。私は自分が情けない。私はふたりを欺き、裏切っていたのだ」
華蓮「そんなことないよ鈴音。私には何千万人という同胞がいるけれど、鈴音には数百人しかいないじゃない。しかも『アイヌ民族支援法』なんて名ばかりのアイヌ迫害法によって民族自決権さえも奪われ、自分たちの国も持てない。私よりも何倍も辛い思いをして生きてきたはずだよ」
いづみ「そうだよ。その通りさ。あたいたちは、これからもずーっと親友同士だ」
鈴音「いづみ」
華蓮「いつまでも泣いていないで笑おうよ。私たちは勝ったんだから」
いづみ「そうさ。あたいたちは勝ったんだ。あの今を時めくテレビ評論家のテリー太田に。それも全て鈴音のおかげさ」
鈴音「みんな」
華蓮「勝利を祝して、万歳三唱しよう。せーの」
その後、花蓮、鈴音、いづみの万歳三唱。
終幕
幕が下りると、体育館の中は拍手に包まれた。それが全てを物語っていた。舞台は成功したのだ。
再び幕が上がる。舞台の上には梓彩をはじめ、演劇部の全員が横一列に並ぶ。全員が手を握って手を上に挙げ、下げると同時に頭を下げた。
拍手の音量がさらに上がった。
※
後日。この舞台を録画したVTR画像を見た原作者から演劇部に返信が届いた。そこには次のように記されていた。
「君たちのような若者がいることは、この国にとって実に喜ばしいことである」
つづく
おいらはタマ。人間の言葉が話せる猫なんだニャ。
ある日、背中にΨ(プサイ)を背負ったIQ800を誇る超天才猫・Dr.マカロニャンと出会い、改造手術を受けた結果なんだニャ。でも人前では人間の言葉を話すのは禁止なんだニャ。というのも、そのことが知れればたちまち科学者たちの興味を買って実験材料にされてしまうからなんだニャ。
私は梓彩(あずさ)。タマのご主人様です。高校3年生。相変わらず周りからは「アズー」と呼ばれています。私の趣味は登山。昔はボルダリング一辺倒でしたが、今では縦走登山も楽しんでいます。それはさておき、タマも言った通り、タマが人間の言葉を話せることは絶対に秘密です。
6
7月20日。
「あー終わった。今日から夏休みだわ」
梓彩は8月の登山に夢膨らませていた。計画は既に完成させていた。
「この夏は『赤石山脈の縦走』よ、タマ」
赤石山脈というのは「南アルプス」のこと。だが、梓彩は南アルプスという言い方はしない。北アルプスのことも梓彩は「飛騨山脈」と呼ぶし、槍ヶ岳を「ニッポンのマッターホルン」などとは絶対に言わない。そこには、ニッポンの山には「ニッポンの山固有の魅力」があり、それは「名称も例外ではない」という梓彩の思いがある。
近年、マッキンリーを「デナリ」、エアーズロックを「ウルル」と呼ぶように海外では先住民族尊重の立場から「現地名」を用いることが積極的に推奨されている。それに対しニッポンだけが明治以来の「舶来主義」に固執、海外名を好んで用いる。まさに時代錯誤もいいところだ。ニッポンのこうした行動は明らかに世界から孤立するものであり、また同時に、無意識のうちにニッポン文化を「欧米のそれに劣るもの」と卑下しているのである。
予定は実に壮大だ。初日は尾白渓谷から黒戸尾根を登って七丈小屋へ。2日目は甲斐駒ヶ岳を経由、仙丈ヶ岳を往復して北沢峠へ。3日目は北沢峠から広河原へバスで下ってから北岳へ。4日目は北岳から間ノ岳経由で熊野平小屋へ。5日目は塩見岳を経由して三伏峠へ。6日目は悪沢岳を往復してから荒川小屋へ。7日目は赤石岳経由で百閒洞山の家まで(ここだけ歩行時間が短い)。8日目は聖岳経由で聖平小屋へ。9日目は茶臼岳経由で最終地である光岳へ。10日目は茶臼岳に戻って畑薙に下山、大井川鉄道で山とはおさらばとなる。山小屋利用ということもあって予備日は設定していない。長期山行であるからテント泊であれば予備日を2日は入れたいところだ。
他のクラスメートはきっと「受験勉強の夏」なのだろう。梓彩は、受験勉強は夏休み後になってから本格的に始めるつもりだった。国立大学志望だったから分野は5教科と広いものの基本的なことさえ確実にマスターしておけば「問題はない」と梓彩は感じていた。夏は受験勉強に耐えるだけの英気を養おうと決めていた。
※
8月も迫った7月31日のこと、梓彩は突然、学校に呼び出された。
何だろう?赤点なんか取っていないし、何か悪いことでもしただろうか。梓彩は不安に駆られながら夏休みの学校に登校した。
「失礼します」
職員室には既に二人の男子生徒がいた。どうやら自分同様、呼び出しを喰らったようだ。ちなみに二人は他のクラスの生徒で梓彩と直接の面識はない。
「これで全員集まりましたね」
国語を担当する教師はそういうと、3人の学生を隣の校長室へと誘導した。校長室には夏休みだというのに背広にネクタイ姿の校長がいた。
「みんな、よく来てくれたね」
どうやら、説教ではなさそうだ。
「きみたちは本校の代表として3日後に開催される『全国高校生学力クイズ大会』の予選に参加してもらいたい」
な、クイズ大会に参加せよだって?それも学校代表として。
「テレビ局から正式に我が校にも依頼状が来たのだよ」
まあ都内を代表する進学校だから、そういうものが来ても不思議ではないのだろうが、まさか自分とは。梓彩は正直、迷惑顔だ。それもその筈、その頃には梓彩は赤石山脈のど真ん中にいる筈であった。一方、残りの二人の男子学生は大喜び。「これで自分もテレビスターになれるかもしれない」と期待に胸を膨らませていた。
「校長先生」
校長に話しかける梓彩。
「何かね」
「私の代わりに誰か、選んではいただけないでしょうか?」
梓彩は辞退を申し出た。
「『夏休みの予定』があるんです」
「何をいうんだね」
心持ち怒気を含んだ校長の言葉には「とんでもない」という意味が明らかに込められていた。
「きみは我が校で一番優秀な女性生徒だ。女子生徒の参加はテレビ局側の要請でもあるんだよ」
「テレビ局側の要請って?」
「つまりはだ。『男女平等の原則』に従い、全員を男子生徒で揃えるわけにはいかないということだよ」
校長の蟀谷から汗が流れる。梓彩の鋭い観察眼はそれを逃さなかった。梓彩は「本当かしら」と疑いの目を向けた。まあ、校長の発言の真偽はともかくとして「よしそれならば」と梓彩は次のように進言した。
「でしたら、自分と同じクラスの靖子さんがいいと思います。彼女はいつも自分より成績が上ですから」
梓彩の言うことは正しい。靖子は全国学力テストでは常に上位10位以内にランクされる秀才なのだ。
だが、校長は言下に否定した。
校長は決して口にしなかったが、テレビ局からの要請にはテレビ映えのする「美人」であることが含まれていたのだ。梓彩が選ばれたのは、ずばり「この基準に適合する」からに他ならない。靖子では正直、お話にもならない。
「頼むよ。我が校の名誉もかかっているのだからね」
大人というのは、どうしてこうも「名誉」にこだわるのだろう。ともあれ、こう言われてしまうと断ることは極めて難しい。梓彩はここに通う学生なのだから。
「・・・わかりました」
なんということだ。夏の登山計画が吹っ飛んでしまった。
「よかったよかった」
校長は梓彩が納得したのを見て喜んだ。
かくして梓彩は3日後の8月1日、予選会場となる東京大学へと向かった。そこで事前の筆記試験が行われ、上位者が通過するのである。大学受験のための模擬試験だと思えば、どうということもない。結果は、ふたりの男子学生は落選、梓彩だけが2次予選へと進み、さらにその後に行われた最終予選も梓彩は「無事に」という言い方が適切であるかはともかく、通過したのだった。問題の正解率もさることながら、やはりルックスが「ものをいった」ことは言うまでもない。勉強はできるが本質的には自然の中をのびのびと歩き回る「山ガール」である梓彩には受験勉強一筋で学力自慢しか能がない都会の温室で育ったインテリ女子高生たちが決して持っていない「健康美」が備わっている。
それにしても皮肉なものだ。参加をあれほど熱望していた二人の男子学生が落選。うんざりしている梓彩が通過してしまったのだから。
かくして梓彩は8月22日、本番の収録が行われるテレビ局へと向かうことになったのである。
※
全国から選ばれた20名の高校生が2つの組に分かれて戦う。そこで勝ち抜いた5名ずつ、合計10名で最終戦を戦うのだ。
そして梓彩は最終戦へと進んだ。通過した順番から階段状になった解答席に立つ。梓彩は上から3番目だった。
「第1問『地理』。次の三つの山の名前を読め。瑞牆山、燧ヶ岳、父不見山。はい、梓彩さん」
「みずがきやま、ひうちがだけ、ててみえずやま」
「正解」
1問目は梓彩が取った。梓彩が2段階あがり首位に立った。
この問題は山ガールである梓彩にとっては「サービス問題」だ。梓彩自身そのことをよく理解していたから、正解したからといって派手なポーズなどひとつもない。
「第2問『音楽』。次の原題から日本語のタイトルを答えろ。『地獄のオルフェ』。はい、昭和さん」
「天国と地獄」
「正解」
最初に首位にいた男子高生が答え、梓彩は2位に。派手なガッツポーズを決める男子高生。
「第3問『歴史』。プロイセン王国・フリードリヒ2世から『三枚のペチコート』と揶揄された3人の女性の名前を全て答えよ、梓彩さん」
「マリア・テレジア、ポンパドゥール、エリザベータ」
「正解」
順番にオーストリアの女帝、フランス国王ルイ15世の寵妾、ロシアの女帝である。
再び梓彩が首位に立った。
「第4問『天体』。次の天体を含む星座を答えよ。三裂星雲、干潟星雲、南斗六星。はい明治さん」
「蟹座」
「残念、不正解。昭和さん」
「射手座」
「正解。よくご存じでしたね」
「はい。自分はプログレッシブロックが大好きで、三裂星雲の写真を使ったアルバムジャケットを見慣れていますんで」
また昭和か。どうやら梓彩と昭和の一騎打ちになりそうだ。
夏休みだからだろうか?昭和は現役高校生のくせに髪を伸ばし、しかも金髪に染めていた。見かけはチャラけているが、雑学は豊富のようだ。対する梓彩はいつもの如く黒髪。両者はまさに見てくれからして正反対と言えた。
ここで「全員クイズ」になった。
「この問題は、最下位の方から順番に全員が解答していただきます。ひとつだけ不正解があり、それを選んだ人は即最下位になりますので注意してください。では問題。次に挙げるのはアメリカの有名なギターメーカーであるギブソンの会社名をもじったニッポンのギター会社の名前ですが、一つだけ実在しなかったものがあります。それを選ばないように答えてください。まずは最下位の方からどうぞ」
問題は11問出題されていた。ということは、このうちの10は実際にニッポンに実在した会社ということだ。さすがは「パクリ大国・ニッポン」!
まずは最下位の明治が答える。
「ギボン」
「正解」
次は第9位の大正。
「トムソン」
「正解」
その後、「ギャンソン」「ワトソン」といった具合に次々と正解していく。そして梓彩の番がやってきた。
「ギャバン」
「正解」
残る設問は二つ。ここで間違えれば、昭和は最下位に転落だ。
「ギャラン」
「正解」
小躍りして喜ぶ昭和。結局、順位に変動はなかった。
再び、普通の問題に戻る。
「第6問『音楽』。次の曲を聞いて、作曲者の名前を答えよ」
曲が流れる。クラシックだ。しばらくの間、誰も答えない。梓彩は「もしや」とは思いつつも自身がない。
「はい、梓彩さん」
だが、梓彩はボタンを押した。間違えても「2段落ちるだけだ」という開き直りがあったし、そもそも優勝など目指してはいなかったからだ。
ここにいる現役高校生たちは梓彩を除き全員、目の色を変えて優勝を目指していた。なぜなら、ここで優勝すれば視聴者から「日本一頭のいい高校生」として一目置かれるからだ。そして梓彩にとっては、そのようなことは実にくだらない「俗物事」であった。
「ベートーヴェン」
「正解」
正解である。だがこんな曲、ベートーヴェンにあったか?
「梓彩さん。この曲の題名はわかりますか?」
「恐らく『交響曲第10番』ではないでしょうか?」
「その通りです。よくご存じでしたね」
会場内がざわついた。そりゃあそうだろう。ベートーヴェンの交響曲と言えば「第9番」が最後というのは常識だからだ。
交響曲第10番はベートーヴェンが交響曲第10番のために残した草稿の断片を組み合わせてベートーヴェン研究家のバリー・クーパー博士が完成させたもので、第1楽章しかない。第6番・第二楽章、第9番・第三楽章、レオノーレ序曲などと脈を通じるフレーズは「さすがはベートーヴェン」と唸らせるもので、完成していれば間違いなく「第9以上の傑作」になっていただろう。
解説を聞いて、解答者たちは納得した。
「第7問『生物』。今から見せる3枚の写真の生物の『子供の時の名称』をお答えよ」。見せられた写真は「鶏・猪・伊勢海老」。
「ひよこ・うりぼう・フィロソーマ」
「正解」
ここでまたも昭和が首位に。
(優勝はきっと昭和だわ)
この時点で梓彩はそう思った。梓彩は自分よりも昭和の方が実力的に上であることに気が付いていた。そして実際、全50問が終了した時、梓彩は準優勝であった。優勝は梓彩の予想通り昭和だった。ちなみに最下位は明治。
「これで芸能界入りは間違いなし!」と確信したのだろう。昭和は大喜びで燥ぎまくった。番組中、何度もやったように何度も何度も腕を振り上げ、ガッツポーズを決める昭和。今後、彼は「クイズの得意な現役東大生」として頻繁にテレビ画面に登場するに違いない。
一方の梓彩はいたって冷静だ。梓彩が通う学校の関係者は「悔しい」を連呼するだろうが、梓彩は別段、何とも思わない。こんなもの所詮、お遊び。「高校生一の物知り博士」「全国の高校生の頂点に立つクイズ王」などといった肩書は「目立ちたがり」「自慢したがり」「テレビに出たがり」のミーハー人間のためのものであって自分には全く必要もない。それよりも梓彩にとっては、残された9日間の夏休みを利用した、当初の予定よりもルートを短めにした登山計画を妨害するかもしれない南の海で発生した大型台風の今後の進路の方が遥かに重要であった。
※
-
9月
夏休みが終わった。梓彩は結局この夏、登山を満喫することはできなかった。こうなると学校を1週間ほど「ずる休み」するしかあるまい。梓彩は10月の初旬にずる休みをして紅葉登山をする計画を立てた。
ジリリリリーン
梓彩の家の電話が鳴った。
「はい」
相手は某テレビ局。梓彩への出演依頼だ。
「お断りします」
梓彩は受話器を置いた。
だが翌日になると、また別のテレビ局から同様の出演依頼が来た。
「冗談じゃないわ」
なぜ、こんなことになったのかといえば、9月の初旬に放送された「全国高校生クイズ大会」が、その原因に他ならなかった。優勝した昭和以上に梓彩の方がテレビスタッフらの心を捉えたのだ。
梓彩はテレビ出演などには全く関心がなかった。と言うより、はっきり言って迷惑だった。その理由は単純明快。「タマの秘密」がマスコミにばれかねないからだ。仮に梓彩の部屋がスクープネタを狙う何者かによって盗聴され「梓彩とタマの会話」が聞かれでもしたら、それこそ一大事だ。
それに、テレビで注目を浴びた美女には当然、執拗に付き纏う連中が登場することにもなる。いわゆるストーカーだ。そして既に梓彩にはプロのタレントでないにもかかわらずストーカーの存在があった。このままだと梓彩はノイローゼになるかもしれなかった。
「おいらが何とかするニャ」
ここで立ち上がったのがタマだった。タマは路線図を確認後、密かに自宅を出て上野駅へと向かった。
「ニャー」
タマが電車の屋根の上に飛び乗った。果たしてタマはどこへ行こうというのだろう?
秋葉原で下車したタマは、その後、階段を駆け上ると駅の最上階を走る黄色い電車の屋根に駆け上った。タマを乗せた電車は千葉方面に向かって走っていった。
電車は江戸川を渡り、市川、船橋を通過。
「見えたニャ」
タマは幕張本郷駅で下車すると、運転免許センター方面に向かって走り出した。
行く途中、高速道路の上に架かる橋を渡り、国道14号線の上に架かる橋を渡り、住宅街を抜けると、道は左に緩やかにカーブ。左手に運転免許センターを見ながら、その前を通過すると、交差点で右折。さらにしばらく進んでから左折。
「あったニャ」
かくしてタマの正面には「銅鐸の塔」が聳えていた。
「あとは待つだけだニャ」
タマは一度だけ、ここに来たことがあった。タマは死体の状態でここに運ばれ、蘇生してここを出たのである。したがって、ここには現在の地球人類の常識を遥かに凌駕する高度な技術が存在することをタマは知っていた。ここならば今の梓彩が抱えている状況を何とかできるのではないかと考えたのだ。
沢山の人々が銅鐸の塔を行き交う。
「いないニャ」
タマは自身の記憶を頼りに探すべき相手を探したが、どれもこれも見知らぬ人間ばかり。それはそうだろう。ここはPIPIRUMAグループの本社であり、コックローチとは一切無関係のサラリーマンが多数、出入りしているのだ。
タマは銅鏡の噴水のある正面ロータリーを離れ、塔の東にある駐車場へと向かった。すると545kgの超軽量ボディに310馬力エンジンを載せた暴れ馬・ケイトラム(日本名ケイターハム)620Rが爆音を響かせながら颯爽と走ってきた。
「あれは」
ドライバーは複葉機のパイロットが被る様な耳当てのある帽子と眼鏡をしていたため顔はほとんど見えなかったが、あまりにも独特な車から、それがDr.フリップであることを直ちに理解した。タマはまだ駐車場内を走っている620Rに駆け寄ると、ひょいと助手席に飛び乗った。
「おっ」
Dr.フリップは猫が突然、助手席に飛び乗ってきたので驚き、危うく停車中の車にぶつかりそうになった。
「なんだ、なんだ」
驚くフリップにタマは日本語で語り始めた。
「久しぶりなんだニャ、フリップ」
「お前は・・・タマか!」
日本語を話せる猫など「大地広し」と言えどタマしかいない。
「おお、どうしたどうした。何かあったのか?まあいい、基地でゆっくり話そう」
フリップは帽子を取ると車から降りた。フリップはまるで若者のようにTシャツを着ていた。
「このシャツ、イカすじゃろう?」
フリップのTシャツは、前から見ると右の袖だけが黒で、あとは真っ白。一方、背中側は右側が黒で、左側が白。そして中央にΨマークがあしらわれていた。要するにフリップが着ているTシャツは「マカロニャン」そっくりだった。それはシュレーディンガーの猫をモチーフにしたTシャツであった。
「今、イギリスではこのTシャツがブームなんじゃよ」
フリップとタマはエレベータに乗り、一般人は決して入ることのできない地下階へと降りた。
「なるほどな」
フリップはエレベータの中でタマの話を理解した。
「ようするに、お前さんの飼い主をストーカーや世論の注目から外せばいいんじゃな」
果たして、そんなことが可能なのか?
エレベータの扉が開いた。
「まかせろ。儂は珍柿ではないから死んだ生き物を生き返らすことはできんが、それくらいのことならば『御茶の子さいさい』じゃよ。帆乃香、ジコマンを借りるぞ」
フリップとタマは廊下を進み、コンピュータルームへと向かった。フリップはジコマンコンピュータを立ち上げた。
「どうするんだニャ」
「こうするんだ」
フリップはポケットからUSBを取り出すとコンピュータに差し込んだ。
「これは『EPIC』といってな、人間の精神を自在に操ることができるコンピュータウイルスじゃ」
フリップが軽快にキーボードを打ち出す。
「まずは梓彩に関するデータを入手と」
インターネットでは既に多くの梓彩に関連する情報が公開されていた。
「そして次に、それをEPICにダウンロード」
梓彩のデータがEPICに取り込まれた。
「そんでもって梓彩に関する情報が含まれる全てのホームページ・ブログにウイルスが自動的に感染するようにする」
ウイルスの仕組みとしては梓彩に関する情報が記載されたホームページ・ブログを開くとサブリミナルで別のアイドルの顔写真が繰り返し表示されるというもの。梓彩への関心を別のアイドルに移行させるわけだ。無論、移行先のアイドルはひとりではなく現在活躍している全てのアイドルの中から任意に選ばれるため、特定のアイドルが大ヒットするようなことはない。
「ウイルスの期限は1カ月もあればいいだろう」
ウイルスが効力を発揮する期限は1カ月に設定された。ウイルスは1か月後に自動消滅する。
「あとついでに」
移行ウイルスとは別に、フリップはデータ破壊ウイルスも準備した。期間は同じ1カ月。1か月後に梓彩に関するデータはインターネット上から消えることになる。
「では、いざ送信」
ふたつのウイルスがインターネット上にばら撒かれた。
人間の心理なんて実に単純なものだ。EPICにかかれば「ゴキブリを好きにさせる」ことも「美味しいスイーツを嫌いにさせる」こともできる。落語の「まんじゅうこわい」は単なる面白おかしい話ではなく現実なのだ。
「これでよし」
「ありがとうニャ」
突然、電話が鳴った。相手はジミー。
「警視庁のコンピュータがEPICを検出した。そっちで調べてくれないか?」
ありゃりゃ。フリップは事情を説明しなければならなかった。
「1カ月で消滅するんだな」
ジミーはフリップに念を押した。
「なら、大目に見よう」
今の警視庁のコンピュータはEPICを検出できるのか。フリップは心の中で密かに「検出不可能な新型を開発しないといかんな」と思った。
ともあれ、梓彩を追いまわすストーカーは数週間後にはいなくなった。そしてウイルスは1か月後に自動消滅した。
それにしても「メディアの力」というのは本当に恐ろしいものだ。たった1回テレビに出演しただけで、その者を一躍セレブリティにしてしまうのだ。だからこそ多くの「人気者になりたい」と願うミーハーな若者たちがメディアに注目されるために、あの手この手で「目立とう」とするわけだ。学歴・学力自慢しかり、SNSを用いた炎上動画しかり。
一方の梓彩はもう二度と「テレビには出ない」と固く誓うのだった。
その後、受験勉強に打ち込んだ梓彩は無事に第一志望の国立大学に合格した。
春から大学に通うことになった梓彩を待ち受けるものは果たして「何」か?
つづく
次回予告
高校時代に飛騨山脈・裏銀座縦走を行った梓彩は、今度は表銀座縦走に挑む。だが、天候判断のミスから悪天候の中を歩くことに。果たして、梓彩の運命は?
タマ&アズーの青春日記 第7回
お楽しみに。
おいらはタマ。人間の言葉が話せる猫なんだニャ。
ある日、背中にΨ(プサイ)を背負ったIQ800を誇る超天才猫・Dr.マカロニャンと出会い、改造手術を受けた結果なんだニャ。でも人前では人間の言葉を話すのは禁止なんだニャ。というのも、そのことが知れればたちまち科学者たちの興味を買って実験材料にされてしまうからなんだニャ。
私は梓彩(あずさ)。タマのご主人様です。私も今年から大学生。相変わらずみんなからは「アズー」と呼ばれています。私の趣味は登山。昔はボルダリング一辺倒でしたが、今は縦走登山にはまっています。それはさておき、タマも言った通り、タマが人間の言葉を話せることは絶対に秘密です。
7
「行ってきまーす」
梓彩は自宅を出ると上野から秋葉原で電車を乗り換え、茨城県方面へと向かった。こうした通学ルートからわかる通り、梓彩は東京大学へは進学しなかった。自宅から歩いても通えるほど距離が近く、しかも梓彩の学力成績であれば十分に合格可能だったにも拘わらず。
梓彩が東京大学を選択しなかった理由はいくつかある。ひとつは中学時代に東大生から辱めを受けそうになった嫌な記憶。だが最大の理由は、やはり何といっても、テレビ局が頻繁に現役東大生をクイズ番組やバラエティ番組に出演させて「タレント扱い」するようになったことで、テレビ出演を目的に進学する志の低い「ミーハーな学生」ばかりが通う三流大学に成り下がっていたことだ。学生の分際で社会人の経験が豊富な大人たちに対し見下した態度を平気でとる現役東大生。その振る舞いたるや、まさに民衆を見下す旧日本軍の軍人そのもの!このような学生ばかりが通う大学がどうして「一流大学」でなどあろう?いくら家からの距離が近く、誰もが「名門」ともてはやすからとて、こんな中身の薄っぺらなハリボテ大学に梓彩が通うはずはなかった。将来の明確な目標を持つ梓彩にとって大学とは「高度な学問を身につけるための場所」でなくてはならないのだ。
梓彩の目標、それは「人間の心を清らかにする科学的方法の発見」であった。
今日「頭が良くなる学習法」「頭が良くなる食材」「頭が良くなる脳トレグッズ」といった具合に、頭を良くするためのメソッドはいくらでも研究されていたが、心を美しくするためのメソッドについては誰も考えないのが実情であった。だがニッポンの未来にとって本当に有益な人材は頭の良い人間ではなく「心の美しい人間」である。なぜなら、どんなに頭が良くたって「心が醜い人間」には世の中を良くすることなど決してできないからだ。
五科目偏差値80の秀才がいるとしよう。だが、その者が「自分はエリート、庶民は虫けら」と考えている上から目線のタカビーだったとしたら?その者は決して「世のため人のために役立つ仕事」などしないだろう。己の私利私欲を満たすことばかりを考え、陰で不正行為を平気で働くだろう。かつてニッポンを代表するエリート医師が731部隊に参加したこと、また薬害エイズ事件を引き起こしたことを我々は決して忘れてはならない。「秀才=優秀な人間」。この方程式は完璧に間違いである
逆に五科目偏差値50程度の凡人でも「世のため人のために役に立つ仕事がしたい」という高い志を抱いている人間は必ずやその願いを叶え、たとえ歴史に残る華々しい偉業を成し遂げることはなくとも、「周囲の人々から感謝される人間」としてまっとうな人生を送るに違いない。
今日の社会を見ても、東大卒であることを鼻にかけてテレビのクイズ番組に登場しているインテリ芸能人なんかよりも、ゴミの清掃車に乗ってゴミ捨て場に出されたごみを回収しているごみ処理業者の人の方が、遥かに「社会にとって必要な人々」である。鼻持ちならないタカビーな振る舞いによって視聴者を不快たらしめるだけのインテリ芸能人なんか、この世に存在しなくたって一向構わないどころか「存在してくれない方が清々する」くらいだが、ごみ処理業者の人がいなかったら、まちは、たちどころのうちにパニックに陥ってしまうだろう。
そして梓彩はタマが多くのニッポン人よりも賢く、そして心が清らかであることを知っていた。人間よりも猫の方が、心が美しいとは!それは人間である梓彩にとっては、やはり「見過ごせない問題」であった。果たして人類は猫よりも劣る存在なのか?現時点では「そうだ」というより他はない。人類、なかんずく一般的なニッポン人の持っている金欲や物欲や食欲や性欲の激しさたるや、およそ猫の比ではないのだから。
梓彩は将来、自身の目標を達成し得るだろうか?人間の心を美しくする脳活グッズ、或いは医薬品や食材などを開発し得るだろうか?それらは結局のところ「哲学・宗教に頼る以外にはない」ということになってしまうのだろうか?ちなみに、同様の研究を始めて久しい帆乃香は未だ大きな成果を上げられずにいる。
※
大学には当然ながら「山岳部」がある。だが、最終的に梓彩は山岳部に入るのを断念した。山岳部に入ると、山岳部に登山計画を提出、内容が了承されなければ登山ができないといった制約があったり、山岳部員合同の団体登山を強要されたりといった具合で、タマとふたりで自由な登山を楽しみたい梓彩にとって「足枷」となってしまうからだ。山岳部の利点は何といっても「高度な登山技術を学べる」ことなのだが、それは既に梓彩にとっては不要であったから梓彩には山岳部に入る理由がなかったのである。
8月初旬。
「さあ、着いたわ」
梓彩とタマは予定よりも2時間も早い12時に、大天井岳直下に建つ山小屋・大天荘に到着してしまった。大天井岳は槍ヶ岳から燕岳まで延びる通称「表銀座通り」と常念山脈の分岐に位置する、まさに目印となる山だ。
「ここまで来れば、あと2時間で燕岳に着くわ」
梓彩のここまでの経過について説明すると、初日は島々から徳本峠まで。このルートは昭和8年に最初の釜トンネルが開通するまでの間、上高地を訪れる登山者によって利用されていたクラシックルート。だが、釜トンネルがある現在では、ここを歩く登山者は少ない。鬱蒼とした森に包まれた展望のない谷底の道をわざわざ好んで歩く者などいないからだ。おまけに展望の開ける徳本峠まで8時間もかかる。これは上高地から奥穂高岳の山頂を目指すのとほぼ同じ時間であり、それだけの長時間を谷底歩きに費やすことに意義を見出す登山者は余程の登山通に限られるだろう。
島々の集落から島々沢へと入る。水力発電所のある矢嵩沢の分岐を左へ。その奥の二股は、その名の通り北沢と南沢との分岐点。ここでも左へ進む。その直後、飛騨・松倉城主、三木秀綱の奥方がここで殺されたことを示す石碑と案内板が梓彩とタマを出迎えた。その先、危険な崩壊個所や腐食によって落下してしまいそうな桟橋を通過、鬱蒼とした森の中に建つ中継点の岩魚留小屋に到着すると、この日は休業であった。周りには人っ子一人いない。
佐藤春夫の『小説・智恵子抄』によれば、大正2年9月、先に上高地へ写生旅行に来ていた高村光太郎が、ここで智恵子を出迎えたという。梓彩は光太郎を追ってここまで歩いてきた智恵子の体力、否「愛の力」を思わずにはいられなかった。日本近代登山の父ウォルター・ウェストンによれば、この時点での二人はまだ「友人」であり「恋人」ではなかったらしいのだが、山歩きに慣れていなければ、たとえ男性であっても途中でギブ・アップするだろうハードな登山道を女性が登るのだから、その「熱の入れよう」は相当のものだ。女子大生時代には公然と「ウーマンリブ」を主張、平塚雷鳥と並ぶ大正ハイカラ娘の代表選手だった女性が、ひとたび恋に落ちると「こうまで変わるものなのか」という典型的な例である。
急に森の中が騒がしくなった。蝉が一斉に鳴き始めたのだ。時計を見る。丁度11時だ。ニッポンの蝉は11時に一斉に鳴き出す習性がある。1時間ほどで静まるであろう。
ここから道は、いよいよ登山道らしくなる。徐々に傾斜が増す。沢が涸れ、登山道は右に直角に曲がった。徳本峠の直下に来たのだ。徳本峠まで直線距離であれば200mほどしかないはずだが、まだ1時間ほどの行程が残っていた。登山道はいかにもクラッシックルートらしく急登を九十九折りにつけられていた。これが明治以後に開拓された「○○新道」であれば体力勝負の直線的な登山道が設けられていたに違いない。
出発から8時間。徳本峠に到着した梓彩とタマを待っていたのは穂高連峰の雄姿だった。徳本峠でそれまで閉ざされていた視界が一気に開け、穂高連峰が目の前に現れるとき、登山者は大いなる感動に包まれる。梓彩もまた同様であった。それは釜トンネルを抜けて左手に焼岳が見えた時に感じる感動とは明らかに異なるものだった。
翌日は徳本峠から稜線上につけられた中村新道を通って蝶ヶ岳へ。そして三日目の今日、梓彩とタマは蝶ヶ岳を日の出とともに出発、常念岳を超えて大天井まで来たのだった。
そして今日のここまでの行程は実に快適そのものだった。前日に続いて蝶ヶ岳から左手に穂高連峰を眺めながらの稜線漫歩。その間、滑落の危険のある場所などただの一カ所もない。おまけに今回の登山において梓彩はザックの中身を極力軽量化していた。山小屋利用に徹し、滑落の危険のある個所は皆無ということもあって梓彩はビバーク用の装備を一切持たなかった。その効果は明らかで、登山地図の表記では9時間かかる蝶ヶ岳―大天井岳間を7時間で走破したのだった。
梓彩は昼食を摂った。30分ほどで昼食を終えた梓彩の目に積乱雲が発達しているのが見えた。天気予報では、この一帯は一日中、晴れであった。だが、山の天気は急変するもの。特に夏の表銀座通りは午後から急激に天候が崩れ、雷を伴う大雨が降ることも珍しくない。
「急がないと。おいでタマ」
梓彩とタマは大天荘を出立した。たかだか2時間の行程だから天気は十分に持つ。梓彩はそう判断した。
梓彩には、ここに泊まれない理由があった。所持金がギリギリなのだ。山小屋はこの時期、一泊1万円もした。大学生の梓彩はそれを惜しんだのだった。だが、この判断は裏目に出た。1時間ほど歩いたところで梓彩は暴風雨に遭遇してしまった。雨具を着用したものの、低体温症によって梓彩の動きは目に見えて鈍った。梓彩はその場に座り込んでしまった。そして、今回の山行では先程説明したように梓彩の装備は軽装だった。ツェルトを持たない梓彩に、この場所でのビバークは不可能だった。大天荘まで引き返すか、今日の目的地である燕山荘まで歩くか、いずれかの選択肢しかなかった。だが今の梓彩には、それができないのだった。
「私、死ぬんだ」
「梓彩、しっかりするニャ」
タマの激励。
「山小屋へ行って人を呼んでくるニャ」
「だめ、傍にいて」
今の梓彩にとってタマの体は貴重なカイロであった。梓彩はタマを抱きしめることで、かろうじて体を温めることができる状態だった。
「大丈夫だ。心配ない」
後ろから呼びかける声。声の低さから声の主が男性であることを梓彩は理解した。声の主は直ちにその場でビバークの準備を始めた。三本の棒で自立する一人用のテントを張ると、梓彩に中に入るよう勧めた。梓彩は言われるままにテントの中に入った。梓彩は雨具を脱ぐとタマを抱いて座った。
テントの主が入ってきた。ひとり用のテントではあったが、このテントには入り口に土間があり、主は土間に座った。
歳は30歳といったところ。梓彩とは一回りほど違うようだ。男性は自分のザックの中からシュラフを取り出した。
「これに入るといい」
雨粒を受け続けたことによる寒さに凍えていた梓彩はシュラフに入ると首だけを出し、横にはならず、座る姿勢をした。その間、男性はガスストーブでお湯を温めていた。お湯が温まると男性は梓彩にココアを渡した。
「暖かい」
梓彩は生き返る心地がした。暖かなカップでしばらく手を温めてから口に入れた。梓彩が回復したのを見てタマはひと安心した。
「全く無茶をする!」
梓彩が回復したところで男性は梓彩に説教を始めた。
「12時半の段階で既に雲が発達していた。なのに、きみは大天荘を出発した。他の人は全員、あそこで一泊するというのに。で、私は不幸にもそんなきみの姿を見てしまったから、昼食を終えると自分も直ちに出発する羽目になった。しかも今朝来た道を逆走だ。本当は槍ヶ岳に抜ける予定だったのに」
梓彩は男性が自分の身を案じて予定を変更したことを知った。
「別に『助けてくれ』なんて頼んでいません」
にもかかわらず梓彩は思わず、そのように言ってしまった。男性の言い方があまりにも「嫌味っぽく聞こえた」からだった。本当は素直に「ありがとう」と言いたかったのに。
「なにい」
男性はそんな梓彩の返事に対して、はっきりと不快な顔を見せた。
「ご、ごめんなさい」
さすがに梓彩は、この場は素直に謝った。
「いや、いいさ。私もちと言い過ぎた。『親切の押し売り』は確かに相手の気分を害するものだ」
「助けていただき、ありがとうございました」
「いや、礼なんていらないよ。親切心からこうしたのではなく、スケベ心からこうしたのかも知れないからな」
「えっ」
梓彩は思わず身構えた。
「大丈夫だよ。嵐の真っ最中に女の子を食べたりはしないさ。正直、今の状況は、かなりやばいんだ」
「そうなの?」
「緊急にテントを張ったからな。正直、ここは風が強そうだ。唯一幸いなのは雷が鳴っていないことだ」
梓彩は遭難を予感した。
「私はテントが壊れないように今日は一晩中、寝ずの番だ」
「そんな」
「大丈夫。山で寝ないのには慣れている」
「もう、山をやられて長いのですか?」
「ガキの頃からさ。ここは地元だからな」
その後、夕方になっても嵐は収まりそうになかった。天気予報が確かなら深夜には好天に向かうはずだ。
男性は夕飯を支度した。と言ってもお湯を注ぐだけで作れるパックのきのこ御飯とみそ汁といった具合に簡単な食事ではあるが。だが、この粗末な食事を梓彩は「美味しい」と感じた。今の状況下が粗末な食事を美味しくさせるのだ。
その後、梓彩はタマを抱いて横になった。タマの体は湯湯婆に丁度いい。男性は土間に座っている。
翌朝。
「う、うーん」
梓彩が目を覚ますと、男性は土間に座っていなかった。梓彩はテントから外に出た。
「起きたのか」
男性は既に目を覚まして、東の空を眺めていた。
「きみはラッキーだ。もうすぐ、ご来光が見られる」
東の空から朝日が昇る。昨日の悪天候が空気を浄化、空は澄み渡っていた。
さらに。
「後ろをご覧」
そこには、朝日を浴びて真っ赤に輝く槍ヶ岳と北鎌尾根の姿があった。槍ヶ岳が真っ赤に染まるのは日の出直後のごく僅かな時間だけ。それも日が昇る東の空に雲がない時だけだ。大概は雲がかかり、日が雲の上に顔を出す時には既に黄色く変色している。登山経験の豊富な梓彩であるから、ご来光は何十回と見ているわけだが、それでも感動しないではいられない。特に今日のそれは「格別な思い」で見つめていた。
男性がテントを畳み始めた。テントの中にあるものを全て外に放り出し、テントを雑巾で拭いてから男性はテントを素早く畳み始めた。その手際の良さが口で語らずとも男性の登山経験の豊富さを雄弁に物語る。口で語るインテリ芸能人とは真逆の行動であり断然、カッコいい。
「行くか」
男性はそういうと、燕岳方面に向かって歩き出した。
「確か、槍ヶ岳に行くのでは?」
「最後まで付き合うよ。今日は中房に下山して、そこの旅館に宿泊するとしよう」
「えっ?」
「温泉でゆっくり休むといい。金くらい出すさ。それより」
「それより?」
「山に猫を連れてくる山ガールなんて初めて見たぞ」
その後、ふたりは燕山荘に到着。槍ヶ岳山荘は「朝の焼きたてパン」が有名だが、ここでは「ケーキと珈琲」が楽しめる。北鎌尾根を見ながらの喫茶とは何という贅沢。鉄人料理人のつくる美食グルメもこれに比べたら、なんてこともない「只の料理」だ。
「せっかくだ。登っていくか」
燕岳に登頂。この山にはいくつもの自然の彫刻がある。
「はい、チーズ」
イルカ岩の前に梓彩を立たせ男性が写真に撮る。背後には勿論、槍ヶ岳。
燕岳を降りたふたりはその後、登山口である中房温泉へと下山した。
「こんにちは」
「あれま、槍ヶ岳に向かわれたのでは」
宿の女将が男性を見て驚いた。
「訳あって、戻ってきたんだ」
「そちらのお嬢さんは?」
「これが訳さ」
この会話から察するに、この男性はここに宿泊していたらしい。
「というわけで今夜、泊まります」
タマは既に姿を晦ましていた。そのうち梓彩の泊まる部屋にやってくるだろう。
先に温泉に入った梓彩は浴衣に着替えると今日、泊まる部屋でひとり反省していた。
(今回の登山計画は油断していたわ)
すべてを山小屋泊まりで計画していたため、ビバーク用具を全く所持しなかったことを梓彩は反省していた。
「ニャア」
タマがやってきた。人の言葉を話さずニャアと言ったのは、男性が近くにいるかもしれないと思ったからだ。梓彩は窓を開けてタマを中に入れた。
「ふうー、いいお湯だったあ」
タマの判断は的確だった。すぐさま部屋に温泉からあがった男性が入ってきた。
「もうしばらくしたら夕飯だな」
やがて夕飯が運ばれてきた。中居さんに見られぬよう、タマは素早く座卓の下に身を隠した。運ばれてきたのは尾頭つきの刺身を主役とする山海の珍味。地元で穫れる山菜が盛り沢山。男性はビールを注文していた。
「ぷはー、うめえ」
男性は刺身をつまみながらビールを飲む。最終的にビール壜3本を空にした。魚の骨はタマが頂戴した。
「あー眠くなってきた」
そういうと男性は布団を敷くと、さっさと寝てしまった。
梓彩は男性のそんな姿にあっけにとられていた。梓彩は「何か起こるのだろうか」と内心ドキドキだったのだが、見ての通り、何も起こりそうにはない。酒に酔った男性が女性を襲うニュースをたびたび見て知っているので正直、拍子抜けだ。
「ぐわーぐわー」
大鼾をかいて眠る男性の寝顔を梓彩は茫然と眺めるのだった。
翌朝。
「あーよく寝た」
男性は朝6時には目を覚ました。横では梓彩がまだ寝ていた。タマは既にいない。どこかを散歩しているのだろう。男性は梓彩が起きないように静かに服を着替えると、そっと部屋を出た。
「おはようございます」
女将が男性に挨拶する。
「ちょっと外を散歩してきます」
男性は外を散歩に出かけた。1時間ほどして男性が戻ると、既に梓彩が起きていた。
「おはよう」
「おはようございます」
その後、朝食をとったふたりは旅館をチェックアウトした。ふたりは駐車場に止めてある男性の車に乗り込んだ。
「汚い車で悪いね」
男性の車はクロスビー(小型のSUV。未舗装道路を走るための本格的な装備を持つ)。外は泥に塗れ、中もお世辞にも綺麗とは言い難かった。ここで漸く男性の身元が判明した。男性の名は翔太といい、歳は31歳。仕事は介護関係で、住まいは富士宮にあり、隣の富士市に職場があるとのこと。車のオンボロぶりから「お金持ちではない」と察していたが、やはり、この時代にあっても介護職の人たちは平成・令和時代同様、ブラック企業に安月給で奴隷のようにこき使われているのだろうか。
梓彩は助手席に乗る。タマは後部座席で丸くなった。
「家はどこだい?」
「東京です」
「あっそう」
「松本駅でいいです」
「大丈夫。一人で高速道路を走っているのもつまらないからな」
翔太は梓彩を話し相手にしたいようだ。梓彩としては断れない。何たって相手は「命の恩人」なのだから。それに旅館に一泊させてももらったし。
「『家の前まで』っていうのは困ります」
「判っている。年頃のお嬢さんが、どこの馬の骨ともわからぬ男の車で家に帰ってきたとなれば大事件だ。これは『ふたりの内緒』ということにしよう」
ふたりの内緒。梓彩は自分とちょうど一回り年上の異性との秘密を持ったことに、少し「大人になった気分」を感じていた。
「ちゃんと走るかな」
「えっ?」
「冗談だよ。見かけはボロいが、故障したことはない」
エンジンをかける。ちゃんとかかった。
その後、車は暫くの間、下道を走る。明科から長野自動車道に入り、そのまま中央道へと向かう。車は諏訪湖の脇を抜け、八ヶ岳の南を通過、富士山を右に見て、談合坂で昼食と給油、そのまま都心へと入った。
その間、ふたりは会話を楽しんだ。最初は叱られてしまったこともあって「厳しい人」と思っていたのだが、いざ話し始めれば「これほど話が合う人もいないのでは」と思うくらいに会話が弾むのだった。
翔太は梓彩よりも明らかに経験豊富であった。自分が得意と思っていた山に関する知識も翔太の方が数段、勝っていた。しかし梓彩はそのことを少しも悔しいとは思わなかった。翔太は梓彩の山の知識が自分よりも劣ることを決して馬鹿にはしなかったし、むしろ「今時の山ガールの中では勉強している」と褒めさえした。
八王子に入る頃から車が込み始めてきた。車は信濃町で高速道路とおさらば、ジャンクションのすぐそばにある駅の前に停車した。
「ここでいいかな。あまり上野に近づくと、ばれるから」
「はい。ありがとうございました」
「それじゃあ元気で。あとそれから、なるべく早い機会に山へ登った方がいい。遭難しかけた後だから、時間を空けると山から離れてしまうかも知れないぞ」
そういってから翔太は車を走らせた。車を見送る梓彩は心の中で「この人にまた会えるのだろうか」と思うのだった。
※
10月。
梓彩のスマホのメールに見慣れぬアドレスの通知が入った。開かずに消去するべきか?梓彩は迷った末に開いてみることにした。
「あっ」
梓彩は内容を見た瞬間、頬を赤く染めた。メールには次のように書かれていた。
久しぶり。
その後、山には登ってるか?
紅葉シーズンの到来だ。
「静かな登山」をどうかと思いメールした。
都合が良ければメールをくれ。
嫌なら無視しろ。
翔太
梓彩は「『嫌なら無視しろ』は余計だわ」と思う。早速メールを返そうかと思ったが、それでは「あなたからの誘いをずっと待っていたのよ」と思われそうで一瞬、躊躇した。
「ええい」
しかし梓彩は「そう思われたっていいじゃない」と考え直し、返信メールを送った。
いいわよ。
で、どこへ行くの?
梓彩
返事はすぐにきた。
お任せあれ。
どこへ行くのだろう?「静かな登山」と言っているけれど、この時期、山はどこも皆、大混雑のはず。ということは全く無名の山?相手は登山経験豊富な人だから、それも在り得る。
取り敢えず、8日の0時に上野駅前で合流と決まった。
8日0時。
梓彩は上野駅に向かうと、東京文化会館前に翔太の車は止まっていた。
「ひさしぶり」
「お久しぶりです」
「さあ、乗って」
梓彩は助手席に乗った。車が走り出した。車は首都高に乗ると、そのまま関越道へと入った。どうやら北へと向かうようだ。
「助手席の上に紙が置いてあるから、何かと思ったよ」
梓彩はあの日、車を降りるときに自分のスマホのメールアドレスを書いた紙を助手席の上に置いてきたのだ。
「梓彩は僕に夢中なんだな」
「そんなこと・・・ありません」
梓彩は否定した。が、最後の方は小声になっていた。
「今日は、猫はいないんだ」
「ええ」
「愛するふたりの邪魔はしないとは、実に関心な猫だ」
「そんなんじゃ」
梓彩は今までタマと一緒に山に登ってきた。だが今回、タマを置いてきた。というのも、タマの正体がばれないとも限らなかったからだ。
ここでふと梓彩は気が付く。「愛するふたり」ということは、翔太さんは私のこと好きなのかしら?だとしたら今夜は「あるかもしれない」。梓彩はそんな想像をするのだった。梓彩は自分の顔が赤くなるのを感じた。
関越道を沼田で降りた車は途中、吹割の滝の横を通って、最終的に戸倉の駐車場に止まった。
「ここは」
梓彩はここを知っている。昔、来たことがあるからだ。
「ここは尾瀬の入り口」
「そうだ」
しかし、尾瀬と言えば見頃は残雪と水芭蕉が咲き誇る春から、ニッコウキスゲが咲き誇る夏だ。
秋に尾瀬?
現在、朝の4時半頃。数百台は停められる大きな駐車場に車は20台ほど。準備を済ませ、バス停で待つ。バス停には最終的に5人ほどが集まった。
5時になると、マイクロバスがやってきた。5人が乗り込む。マイクロバスは登山口である鳩待峠へと向かう。途中に検問があり、開くまで待つ。マイクロバスは5時20分に鳩待峠に到着した。峠にはまだ日が射さないが、至仏山の山頂には朝日が射していた。オレンジ色に染まる至仏山の頂が眩しい。
早速、歩き出す。緩やかな下りの木道を歩く。右側は樹林。左側にも木はあるが、右側ほどには茂っていない。時々、至仏山の頂が顔を覗かせる。
歩き始めてから1時間もしないうちに最初の中継地である山ノ鼻に到着した。ここにはいくつもの大きな建物があり、休憩にはもってこいだ。左に向かえば至仏山だが、翔太は右へ向かうという。下り道が続いていたこともあって全く疲れてはいないので、ここはスルーする。
ここからが、いよいよ「尾瀬の湿原」だ。空は青いが、まだ日は湿原を照らすには至らない。水芭蕉でもニッコウキスゲでもないフトイが茂る暗い湿原を進む。湿原の奥には燧ヶ岳の黒い山体が見える。
絶好の写真スポットとなる湿地帯が現れた。ここはさすがに多数の人がカメラを構えている。と言っても、その数はせいぜい20人ほど。春や夏の尾瀬では到底考えられない人の少なさだ。
カメラマンの後ろをすり抜け、進むふたり。
斜め右の方から朝日が昇ってきた。そして朝日が湿原を照らした時。
「わあーっ」
フトイの枯れ葉が埋め尽くす尾瀬の湿原は文字通り「黄金色の絨毯」となって梓彩の前にその姿を現した。
水芭蕉の尾瀬もいい。ニッコウキスゲの尾瀬もいい。だが、フトイの尾瀬もいいものだ。梓彩はなぜ、この時期外れともいえる尾瀬に翔太が自分を招待したのか、はっきりと理解したのだった。
「どうだ?悪くないだろう」
「とっても素敵よ」
この時期の尾瀬は普通に木道を歩いている限りは、前にも後ろにも人は、ほとんどいないに等しい。撮影スポットでカメラを構えていた人々は今もその場所にいるのだろう。誰も後ろからついては来ない。
紅葉シーズンに、これほど「静かな登山」ができる場所があるとは。しかもそれが超有名な観光スポットである尾瀬とは!
「後ろを見てごらん」
翔太が左後方を指差す。そこには。
「虹だわ」
至仏山の右手から空に向かって弧を描く虹。
「話には聞いていたけど、実物は初めてよ」
虹を見るのは初めて?そうではない。梓彩だって虹くらいは幾度も見ている。だが、この時の虹はいつもとは違う虹だった。今、目の前にある虹は七色の虹ではなく「白い虹」であった。
雲一つない青い空、黄金色に輝くフトイの湿原、そして朝日に輝く至仏山。それらだけでも絵になる場所に、白い虹まで掛かるとは!
「これも『予定通り』なのね?」
翔太はにやりと微笑んだ。そう。すべては予定通り。白い虹が、この時期に掛かることも計算して翔太は梓彩をここに招待したのだ。
同じ頃、涸沢ではナナカマドをはじめ木々が紅葉、穂高の山を染めている。運が良ければそこでも早朝、七色の虹が見られるだろう。だが、それを見るためには残念ながらハロウィンパーティーに沸く渋谷の交差点に匹敵する人混みを覚悟しなくてはならない。
だが、ここは違う。人の姿はほとんどなく、実に静かな世界だ。「デートが目的」ならば断然、こちらの方がいい。ピーク時には大混雑する木道も、今は貸し切り状態。やろうと思えば、ふたり並んで腕を組んで歩くことだってできる。
一説には300もあるという尾瀬の池塘。その中にいくつも浮島が浮かぶ。梓彩は乗ってみたい気がした。果たして人を乗せても浮くのかどうか。だが、乗ったら最後、木道には戻っては来られないだろう。
翔太と梓彩は8時5分に見晴に到着した。尾瀬最大の登山基地であり、山小屋の数が最も多い場所で「ちょっとしたまち」と言ってもいい。
正面には木道を歩いている間、ずっと正面に見えていた燧ヶ岳が聳える。いよいよここからが本格的な登山だ。
見晴を出立、ほんの少し歩くと左手に登山道が現れる。山頂まで約3時間の旅が始まる。見晴新道と呼ばれる登山道は、途中まで谷底を歩くような感じになる。両側は土の絶壁。その上に樹林。
少しずつ角度が急になる。やがて行き止まりとなってしまった。正面は滝壺のように逆ハングになっており、まっすぐ突き進むことは不可能だった。
「梓彩なら、どのルートで行く?」
梓彩は右側から滝壺を巻くことにした。
「正解」
翔太は梓彩の的確なルートファインディング能力を褒めた。
「さすがはフリークライミングをやっているだけのことはあるな」
「へへへ」
縦走登山しか経験のない登山者であれば、この状況では、それこそ「お手上げ」だろう。垂直の岩壁を登る技術を持っている梓彩ならではの状況判断の的確さであった。
ルートを見つけた梓彩が先に登る。翔太が後に続く。そして滝壺を抜け、暫く上ると突然、視野が開けた。
稜線上の登山道に出たのだ。山頂はもう目の前に見えている。10分ほども歩けば到着するだろう。そして後ろを振り向けば、それまで全く見えなかった尾瀬ヶ原全体が一望できる。その奥には至仏山、更に奥には谷川岳も見えた。
背の低い草に覆われた登山道を登る。12時きっかりにふたりは最高点である紫安嵓に到着した。それを示す小さな石碑を確認してから、ふたりは来た道を少し戻り、尾瀬ヶ原を展望するのにちょうどいい山頂付近の平地に腰を下ろすと、昼食を食べ始めた。
1時間もいただろうか。さあ下山だ。いったん下ってから登り返し、もう一つの山頂である俎嵓に到着。ここにも小さな石碑。そこから右手に進路を変えて尾瀬沼に向かって下降する。途中、展望にうってつけの広場がある。そこから右に行けば岩場を直滑降する、なでっ窪道、少し戻って左に下降すれば長英新道。梓彩としては、なでっ窪道に惹かれるが、翔太は長英新道を選択した。
長英新道を緩やかに降る。右に回り左に回り、やがて樹林帯の中に突入。樹林帯の中には輪切りになった丸太が所々に椅子のように置かれている。
樹林を抜けると正面にちょっとした湿地帯が出現。その奥に尾瀬湖が見えた。
尾瀬湖の周遊路に出た二人は進路を左に取り、今日宿泊する予定の長蔵小屋へと向かった。
長蔵小屋はまるで戦前の尋常小学校のような趣をたたえる木造二階建ての建物だった。中に入ると主人が直接応対してくれた。今日の部屋は2階だという。階段を昇り左手に曲がる、二つ手前の部屋に案内された。そこは畳6畳の部屋。時期柄、敷き炬燵が置かれている。その脇には6名分の布団が積まれている。
「この時期は人が少ないから、部屋はふたりで、お使いください」
そういって主人は去った。
梓彩は窓から外を見ようと思った。窓枠は一般住居のようなアルミではなく木でできており鍵は捻じ込み式の丸球錠。それらが建物の年代を感じさせる。梓彩は「悪くない」と思った。
ザックを下した翔太がザックの中から赤い網に入った蜜柑を取り出した。翔太は網を破ると炬燵の上にそれを置いた。
「やはり炬燵の上は蜜柑でしょう」
翔太はここに宿泊したことがあるのだろう、前もって蜜柑を用意していたのだった。山小屋で炬燵に入って蜜柑が食べられようとは!梓彩はザックを下すと炬燵の中に入って蜜柑をむぎ始めた。
その後、梓彩と翔太は近場を散歩した。
長蔵小屋の出入り口の前に湧水がちょろちょろと出ている。手で掬って飲んでみる。冷たくて気持ちがいい。周囲には何件かの小屋が立っていた。そのうちの一つが土産物屋になっていた。梓彩はその中で水芭蕉関連の商品をいくつか購入した。
表に出て、長蔵小屋の裏手に回ると、今では使用されていない平屋の小屋があった。この小屋もまた年代を感じさせる木造づくりのもの。
尾瀬沼の奥に燧ヶ岳が見える。
「明日の日の出の時には、山頂が真っ赤に染まるのが見られる」
翔太は梓彩にそう話した。梓彩は「明日の朝が楽しみだ」と思った。
再び小屋に戻ったふたりには風呂が待っていた。男女とも同じ風呂を使用するため、先に梓彩が、そのあとに翔太が入った。
風呂から上がった梓彩は服を着替えた。ズボンを脱ぎ、バーバリーの巻きスカートを穿く。登山専用のスカートもあるが、巻きスカートであれば山専用でなくとも問題はない。なぜ巻きスカートかと言えば、足を上げないでも穿くことができるため「山の中で用を足す時だけ穿く」といった使い方ができる点が重宝されているのだ。
と言ってもここは山小屋の中。トイレはちゃんとある。これは「おしゃれのため」であった。翔太を自分のミニスカート姿でドキリとさせようという魂胆であった。
でも何のために?梓彩自身その理由については全く意識していなかった。
階段を人が上がる足音が聞こえてきた。きっと翔太だわ。梓彩は急いで炬燵に入った。
扉が開く。案の定、翔太だった。
「あー、疲れが一気に取れた」
翔太も炬燵に入る。この時点で翔太はまだ気が付いてはいない。しばらくふたりでここまで歩いた時のことを回想し合う。黄金色のフトイ、白い虹、燧ヶ岳の頂から見下ろした尾瀬ヶ原。思い出すべき場所はいくつもあった。
やがて夕食の時間になった。1階にある食堂へと向かう。炬燵から立ち上がるふたり。
「えっ」
翔太はミニスカートを穿いた梓彩の足を眺めないではいられなかった。まさか梓彩がスカートに穿き替えているとは、さすがの翔太も思ってもみなかったのだ。翔太は突然の梓彩のミニスカート姿にドキリとした。梓彩の作戦は見事に成功したのだった。
「ど、どう?」
「似合ってるよ。うん、とっても良く似合ってる」
「ありがとう」
「・・・食堂に行こう」
そう言うと翔太は食堂へと向かった。
尾瀬の食事も槍・穂高といった山小屋のそれと全く引けを取らない。もはや粗末な食事を提供する山小屋は富士山ばかりである。
20時。
山の夜空はやはり星の数が全然違う。今見上げている星空は「8月8日0時」とほぼ同じもの。その時期であれば太陽が地球の真裏にあるため天の川が見えるのだが、さすがに20時では見えない。とはいえ彦星(アルタイル)と織姫(ヴェガ)は、はっきりと天空上に見ることができる。
「天の川が涸れているなら、むしろ自由に会えるじゃない」
梓彩はそういった。
「ロマンチストなんだな、梓彩は」
「女の子は誰でもそうよ」
今どきのニッポンの女の子は「そうでもない」と思うが(私見)。
21時にもなると、さすがに眠くなってきたと見えて、翔太はさっさと寝てしまった。
「まあ」
これで今日も前回同様、梓彩は「おあずけ」だ。でも仕方があるまい。翔太は自宅を出発した昨日の23時から起きっぱなしだったのだから。
翌朝。
翔太の予告通り、朝日を浴びた燧ヶ岳の頂が真っ赤に染まる。
6時に長蔵小屋を出発したふたりは尾瀬沼を囲む周遊路を見晴に向かって歩く。今日の予定は至仏山の頂を踏むことだ。梓彩は、このままミニスカートで木道を歩くことにした。
8時に見晴に到着。昨日来た道を戻る。戸倉には9時30分に着いた。そこの食堂で30分ほど休憩。
10時に登山開始。初めは石の階段を昇る。道幅は狭いが、この登山道は一方通行であるため、上から降りてくる登山者がいないのがいい。山頂付近になると木道が整備されていた。
山頂に到着したのは丁度12時。登山用の地図では3時間の行程だが、ふたりは2時間で登ってしまった。燧ヶ岳のそれとは異なり墓石のように大きな石碑が二人を出迎えた。
昨日は燧ヶ岳から至仏山を見た。今は至仏山から燧ヶ岳を見る。
ふたりは長蔵小屋で作ってもらった、おこわオニギリを摂る。昼食を食べている間、ふたりの背後、谷川岳方面からおもむろに沸き上がってきた雲が10分ほどかけて至仏山頂を覆いつくしたかと思うと突如、暴風とともに雨が降り始めてきた。ふたりは大急ぎで雨具を着用。鳩待峠を目指して下山を開始した。
下山道は至仏山の谷川岳側に設けられている。それは谷川岳方面から吹いてくる暴風をまともに食らうルートであった。しかも至仏山の西側は尾瀬側とは異なり、岩が結構、ゴロゴロしていた。小至仏山までは思いのほか手間取った。
小至仏山を過ぎると稜線からおさらば、下降が始まる。それとともに暴風は止み、雨も小雨になった。整備された木道の上を緩やかに下降する。途中、右手にテントを張るにはうってつけともいえる草地などもある。
やがて木道は終わり、階段上の下りになった。雨は完全に止んで、左上には至仏山の頂も確認できる。
15時30分、鳩待峠着。ふたりは体を温めるため、ここでラーメン定食を腹に詰めた。その後、ふたりはマイクロバスで戸倉まで戻り、来た道を再び戻った。
つづく
次回予告
大学2年生になった梓彩は翔太との関係を愈々、深めていく。
果たして、梓彩は?
タマ&アズーの青春日記 最終回
お楽しみに。
おいらはタマ。人間の言葉が話せる猫なんだニャ。
ある日、背中にΨ(プサイ)を背負ったIQ800を誇る超天才猫・Dr.マカロニャンと出会い、改造手術を受けた結果なんだニャ。でも人前では人間の言葉を話すのは禁止なんだニャ。というのも、そのことが知れればたちまち科学者たちの興味を買って実験材料にされてしまうからなんだニャ。
私は梓彩(あずさ)。タマのご主人様です。大学2年生。相変わらず周りからは「アズー」と呼ばれています。私の趣味は登山。昔はボルダリング一辺倒でしたが、今では縦走登山も楽しんでいます。それはさておき、タマも言った通り、タマが人間の言葉を話せることは絶対に秘密です。
最終回
7月7日
梓彩と翔太のふたりは深夜に上野を出発、芦安の駐車場に車を止め、朝一番のシャトルバスに乗って夜叉神峠を越えた。
夜叉神峠を越えると、シャトルバスは左手に野呂川の渓谷を上から見下ろしながら、九十九折の道を広河原に向かってゆっくりと進む。
「誤って落ちたら、助からないわね」
当初はかなりの高低差があった野呂川と車道も、広河原に到着する頃には同じ高さとなっていた。
芦安では空は晴れていたのだったが、ひと山超えた広河原では空は曇天。残念ながら北岳の頂は見えない。
「時間が惜しいから早速、出発だ」
シャトルバスを降りたふたりは早速、登山開始。野呂川に架かるつり橋を渡り、大樺沢の激流を右手に見ながら、最初は森の中を緩やかに登っていく。周囲には「私は毒花です」と公言する、花びらまで葉っぱ同様の緑色をしたバイケイソウが咲き誇る。
ふたりは一旦、橋を渡って大樺沢の右岸へ。しばらく歩いてから再び、今度は橋ではなく雪渓の上を渡って元の左岸に戻った。
ここから「雪渓歩き」をするべきか?いや、まだ早い。雪渓の所々に陥没した穴が開いており、その下を激流が流れる。ようするに、ここはまだ「雪渓の厚みが薄い」のだ。
やがてふたりは二股に出た。北岳の山頂を目指す人の多くは、ここで右の上り坂を登る。だが、梓彩と翔太は、ここでアイゼンを装着し始めた。
ここからいよいよ、大樺沢の雪渓歩きの開始だ。
雪渓は正面に向かって上っている。そして、その先は厚い雲の中。
雲の中に入ったふたりに小雨が降り注ぎ始めた。
右手には北岳バットレスがあるはずだが、見えない。ここを通過する際に最も注意するべきは「落石」。耳を欹てて落石の音に注意を払う。それだけでなく、正面から滑り落ちてくる岩にも気を配らねばならない。雪渓の上に落ちた岩は、猛スピードで雪渓の上を滑り落ちてくる、それも音もなく静かに。もしも衝突すれば「車に撥ねられた」も同じだ。都会において「ながらスマホ」や「下を俯いて歩く」ことが習慣づいている人間に「雪渓歩き」はできない。
小雨は降っているものの、風もなく、順調に高度を上げる。何事もなく雪渓歩きを終了する地点までやってきた。ここからは木製の梯子を10以上も昇ることになる。そして最後の階段を上り終えた場所が「八本歯のコル」と呼ばれる、晴れていれば間ノ岳を正面に見る好展望地。
だが、今日は勝手が違った。
「凄い風」
今までとは一転、そこは間ノ岳方面から吹き付ける暴風によって地獄と化していた。雨が真横から吹き付けてくる。
だが、梓彩は恐れない。なぜなら翔太がいるから。翔太は何事もないかのように北岳に向かって歩き始めていた。その姿が実に頼もしい。
小さな白い花が群生する。ハクサンイチゲ。7月の北岳一帯はハクサンイチゲの群生地だ。
だが、ふたりの今回の目的はハクサンイチゲではなかった。ふたりの目的とする花は「キタダケソウ」。キタダケソウは6月の中旬から下旬にかけてのみ北岳周辺に咲く、氷河時代から姿形を変えずに存在する原始草だ。しかしながら今日は7月7日である。キタダケソウの時期は既に終わっていた。
「やはり、ないわ」
ハクサンイチゲとキタダケソウは似ている。よく見ながら歩く。だが、やはりどれも皆ハクサンイチゲ。ハクサンイチゲ自体は魅力的な高山植物であり、普段であれば大いに目を和ませてくれるものだが、キタダケソウを目当てに登ってきた今日だけはハクサンイチゲの群生が恨めしい。
やがて、北岳と間ノ岳の分岐にやってきた。間ノ岳に向かえば途中、キタダケソウで有名な群生地があるのだが、今日は日帰り強行軍。シャトルバスの最終便が出発する夕方16時30分までには再び広河原に戻らなくてはならない。無念ではあるが、ふたりは北岳へと向かった。
途中、岩の上を歩く場所が幾つもあった。だが、ふたりは足の裏のフリクションを利かせて快適に高度を上げていった。というのも、北岳の岩は雨で濡れても滑らないからだ。これがもしも谷川岳だったら、氷の上を歩くようにツルツルと滑ってしまい、大変なことになっているだろう。
「さすがに疲れたな」
暴風雨の中の歩行である。いくら慣れているとはいっても、やはり体力の消耗は通常の登山の比ではない。さっさと北岳の山頂に到着して、休憩しなくては。過去の経験から翔太は双耳峰である北岳の場合、この手の真横から吹いてくる暴風雨は双耳峰のもう一方の峰が威力を遮り、山頂は穏やかであることを知っていた。
「梓彩、大丈夫か?」
「ええ」
そう返事はしたものの、梓彩も体力が明らかに落ちていた。
力なく山頂を目指すふたり。
その時。
「キタダケソウだわ!」
なんとハクサンイチゲの群生に交じって、一株だけキタダケソウが咲いていた。その独特の葉っぱの形から、それはキタダケソウに間違いなかった。花は全部で四輪。そのすべてに生気はなく、明日には花びらが落ちていそうな感じの、実に弱弱しいキタダケソウではあったが、それが却って愛らしい。
こんな時、その場にいる人間は実に「勝手な想像」をするものだ。
「このキタダケソウは今日、僕たちが来るのを知っていて、ここで待っていてくれたんだ」
「ええ、きっとそうよ」
決してそのようなことはないのだが、そう思わずにはいられないのだ。これは「経験者」でないとわからない感動だ。
本当は触れてはいけないのだが、梓彩はそっと花びらに指先を触れた。
「ありがとう」
キタダケソウに出会うことができた「ふたりの体力」が一気に回復した。ふたりはその後、一気に3290mの山頂を制覇したのだった。
※
それから2年後。
最近のタマはめっきり老けた。ふわふわとした毛並みは失せ、見るからに硬い感じとなり、散歩の時も、昔であればブロック塀の上を歩いたり、家の屋根の上で日向ぼっこをしたりしていたのが、最近は人間同様に地面を歩き、家とブロック塀の隙間にできる日陰で眠るばかりだ。
顔つきも変わった。頬はこけ口や鼻が顔から前に突き出るようになり、そしてなにより、キャッツアイ&ウルトラマリンを思わせる黄色と水色の丸く大きな瞳を常時、細めるようになった。これは日中の日差しを「眩しい」と感じるようになったからだ。猫も人間と同じで、高齢になり脳の働きが鈍ると、視覚情報を処理する能力が下がるため、瞳を大きく開いていると情報超過を起こしてしまうのだ。パソコンで写真の管理をやっている人ならば、大きな写真を小さな画面に変換する際に、画面の大きさだけを小さくしてピクセル量を減らさない場合、写真の暗い部分が情報超過を起こして白く光ってしまうのをご存じだろう。
人間を見ていると、道を歩いている姿を見ただけで、その者の脳の活動が活発であるか鈍いかがわかる。活発な人間は顔を上げて周囲を観察しながら安全に道を歩くが、鈍い人間は下を俯いて地面だけを見ていたり、スマホ画面を眺めていたりして、実に危なっかしい。これらはいずれも脳が処理する視覚情報の量を減らすために他ならない。スマホを見ている時はスマホの情報を理解するために脳を活発に働かせているはずだ?いやいや。スマホの操作など、オラウータンでさえ簡単に習得できるほど脳を働かさないものなのだ。さらに地面やスマホを見ながら歩いている人間は大抵の場合「腕を振って歩かない」。そのため、まるで「ボールが掠ったボーリングのピン」のように左右にフラフラと揺れながら歩いている。脳の働きが鈍っているため、平衡感覚を司る三半規管の働きもまた衰えているのだ。
12月
大学生最後の年となった梓彩は翔太とともに山梨、埼玉、長野の3県に跨る名峰・甲武信岳の麓を流れる西沢渓谷にやってきた。紅葉時期は終わり木々は枯れ、当然、人は全くいない。翔太はこうした「人のいない時期」を狙うのが実に巧みだ。果たして、ここでは何が梓彩を待っているのだろう?
早朝、翔太と梓彩のふたりは、いつものクロスビーで甲武信岳の登山口にある駐車場にやってきた。今はガラガラ状態の広大な駐車場がシーズン時の盛況ぶりを想像させる。
ふたりは甲武信岳へと向かう渓谷の遊歩道を歩き始めた。小川に架かる橋を渡り右手に甲武信岳への登山道を通り過ぎると、ふたりの正面に、いよいよ西沢渓谷の入り口となる階段が現れた。階段を登り、しばらく歩いたのちに降ると、左手にエメラルドグリーンの水面が見えた。
渓谷を流れる水そのものは凍ってはいなかったが、12月とあって遊歩道は所々凍結しており、慎重に歩かねばならない。
やがて遊歩道はなくなり、渓谷の岩場の上を通過する場所に来た。ここは特に慎重を期する。先に翔太が進み、梓彩が続く。時々、翔太は梓彩に手を差し出した。
ここまで来るのに既にいくつもの小さな滝を見てきた。エメラルドグリーンに輝く水を滝壺に湛えるそれらの滝は美しくはあったが、取り立てて凄いというほどではない。
再び遊歩道が復活。そのまま奥へと進むと、遊歩道は徐々に高度を上げていった。渓流と遊歩道との高度差が徐々に広がる。高低差が15mほどにもなる頃、右手に新たなる滝が見えてきた。この滝は今までの中では最も高さがあった。
遊歩道が右に曲がる箇所に来た時、翔太は「ここでしばらく待とう」と言った。
高い滝の奥に写真集などで見慣れた「七ツ釜五段の滝」の姿があった。この時、梓彩は写真集では「写真映え」のために最後の高い滝の部分はカットされていることを初めて知った。
「現場でないと、いろいろとわからないことがあるだろう?」
全くその通りだ。だから登山は楽しいのだともいえる。
「あと30分くらいだな」
現在の時刻は10時30分頃。
「あと30分?」
「それまで、ここで待つ」
何を待つというのだろう?
その答えは30分後に明らかとなった。
「えっ?」
エメラルドグリーンの釜の色が徐々に変化し始めた。滝の奥に聳える山に当たる陽射しが釜に反射することで釜の色が変化し始めたのだ。まずは水面の波がキラキラと輝きだす。そして。
「凄い!」
11時。それまでエメラルドグリーンであった釜は一面、黄金色に染まった。この光景は冬にしか見ることができない。なぜなら葉が生い茂っている間は背後の山に当たる陽射しは決して釜に当たらないからだ。
秋の紅葉に染まる七ツ釜五段の滝とは趣を異にする絶景に梓彩は酔い痴れるとともに、翔太の知識の深さに改めて感銘した。この人はきっと他にも沢山、普通の人が知らないものを見てきたのに違いない。そう思うと梓彩は、ますます翔太に心惹かれるのだった。
黄金色に輝く七ツ釜五段の滝を満喫したふたりは、そのまま奥へと進み、別の遊歩道へと出た。その遊歩道は山の中腹から駐車場へ向けて伸びるもので、渓流は遥か下の方を流れていた。
「ほら」
翔太が地面を指差す。そこには土に埋まる線路が見えた。
「ここは、もともとはトロッコの走る道だったのね」
「そういうこと」
遊歩道を歩くふたり。
その時、右側の山の上からガサッという音が聞こえた。正体は鹿。なんと鹿が走ってきたのだ。しかも梓彩めがけて。
「きゃあ」
「危ない!」
翔太はそう叫ぶと梓彩を抱きかかえ、手前に引き戻した。ふたりの前を鹿が駆け抜けた。山の上から駆け下りてきた鹿はそのまま左下の渓谷に向かって駆け下りていった。もしも衝突していたら、梓彩の体は鹿とともに渓谷に落下していただろう。
「もう大丈夫だ」
「鹿は、こんな崖を下れるの?」
「ああ」
人間だったら間違いなく死ぬだろう急な崖も、鹿は何の苦も無く駆け降りる。ともあれ危機は去った。
「翔太さん」
梓彩は翔太の体に抱き着いた。
「梓彩、もう大丈夫だ」
翔太は梓彩の肩を掴むと、自分の体からゆっくりと引き離した。
翔太はいつ、自分にプロポーズしてくれるのだろう?それともただの遊びなのだろうか?梓彩は不安を覚えた。
※
卒業式を間近に迎えた、年明け2月。
梓彩のスマホに翔太からメールが届いた。
明日10時、上野駅前で待っていてくれ。
いつもの如く上野駅前に来た梓彩だったが、乗り慣れたクロスビーはどこにもなかった。代わりにそこには一台の黒塗りの高級外車=メルセデスベンツSクラスが停まっていた。
中からサングラスを掛けたスーツ姿の一人の男が降りてきた。男はつかつかと梓彩のところへ歩いてきた。
「梓彩さまですね?」
「はい?」
「どうぞ、このお車にお乗りください」
どういうこと。
「翔太さまの命令でお迎えにあがりました」
「翔太さんの?」
「はい」
果たして本当なのだろうか?だが、確かに翔太と名乗ったのだから、全くの無関係な人ではないようだ。
どうする?乗るべきか否か。
「わかりました」
梓彩はメルセデスベンツの後部座席に座った。
その時、ドアからするっと梓彩の足元にタマが乗り込んできた。
「あっ」
「何か?」
「い、いえ。何でもありません」
タマがいてくれれば安心だ。梓彩の心は落ち着いた。タマはその後、梓彩の足元で気配を悟られぬよう、じっとしていた。
車はその後、高速道路に乗ると、京葉道路を千葉方面へと向かった。
「あのう、これはどういうことなのですか?」
「翔太様ご本人から直接、お伺いなさってください」
車は津田沼ICで下道に入ると、そのまま幕張方面へと向かった。やがて車は幕張海岸沿いに聳えるビルの入口で停まった。
「ここは」
そこは銅鐸の塔に他ならなかった。
「エレベータで20階にお向かいください。そこに翔太様はいらっしゃいます」
そう言い残して、車は走り去っていった。
「ここは銅鐸の塔だニャ」
「そのようね」
銅鐸の塔を見上げる梓彩。
「どうやら、今回は『自分とも関係がありそう』だニャ」
「どういうこと?」
「ここは自分を生き返らせてくれた場所なんだニャ」
タマの話を聞いた梓彩は俄然、銅鐸の塔に興味を持った。
「よし」
梓彩とタマは銅鐸の塔の中に入った。
先程の男が言っていた20階にはPIPIRUMAグループ傘下の企業の一つであるPIPIRUMAエレクトリックの本部があった。どうやら、ここが目的地らしい。
「あのう、すいません」
梓彩は中に入ると受付嬢に今までの状況を説明した。
「どうぞ、こちらです」
受付嬢は梓彩を社長室へと案内した。
(社長室?どうーなってるの?!)
受付嬢が社長室のドアをノックする。
「失礼します」
受付嬢が扉を開く。受付嬢が梓彩を中へと誘う。梓彩が中に入ると受付嬢はその場を退出した。ひとりの男性が自分を背に肘掛椅子に座っている。おそらくこの人が社長なのだろう。
「社長さんですか」
返事はない。
「これはいったい、どういうことなのでしょうか?」
やはり返事はない。
梓彩は頭に来てしまった。
「何かおっしゃってください!」
社長が立ち上がった。
「あーずさ」
社長が振り向いた。
「あ」
「ようこそ」
「翔太・・・さん?」
何がどうなっているのやら。だが、確かに目の前にいるのはスーツをびしっと決めた翔太だった。翔太がゆっくりと梓彩の正面まで歩いてきた。
「驚いたかい?」
「どういうことなのですか?」
その後、翔太は事実を説明した。曰く、翔太はPIPIRUMAエレクトリックの社長なのであった。
「今まで嘘をついていたのですか?」
翔太は確か、富士市で働く介護職員では。
「介護の仕事をしているとは言ったけど、ヘルパーだなんて一言も言ってないよ」
翔太は富士市に本社を置く介護事業部門を管理運営するPIPIRUMAケアの社長だったのだが、2月1日付の人事異動でPIPIRUMAエレクトリックの社長に就任、職場が幕張に代わったのだ。2月の人事異動というのは珍しいと思われるかもしれないが、4月だと人事異動ラッシュで「引っ越し業者の確保が難しい」「引っ越し業者に割増料金を請求される」という問題があるため、PIPIRUMAグループでは2カ月ずらしているのだ。
「でもどうして、いつも貧乏な身なりをしていらっしゃったのですか?」
翔太は自分の社会的な肩書を利用して女性の気を引きたくなかったのだ。翔太は立場上、いろいろなパーティーに出席する。そこでは当然、いろいろな女性から求愛もされるのだが、いずれもくだらない話しかしないつまらない女たちばかりであった。翔太はそうした席での人間関係を軽視していた。翔太が山に登るのも、そうした偽りの社交世界でのストレスを解消するために他ならなかった。
そんな時、翔太は梓彩に出会った。翔太は一目で梓彩の健康的な魅力に惹かれた。そして一緒に登山するごとに翔太の気持ちは、より固まっていったのである。
「私をここに連れてきたのは・・・」
「ああ。彼は私の秘書だ」
「やくざみたいだったわよ。黒ずくめで、おまけに車も黒塗りのベンツだし」
「ひょっとして、怒っているのかい?」
「少し」
「悪かった。ごめんよ。どうか気を悪くしないでくれ」
翔太はスーツのポケットをまさぐった。
「これで気分を許してくれないか」
「これは」
翔太が梓彩に差し出したのは指輪を入れるケース。翔太が蓋を開く。中には婚約指輪が光り輝いていた。翔太は梓彩の指に婚約指輪をはめた。その間、梓彩は嫌がらなかった。
「翔太さん」
「どうやら気分は良くなったようだね?」
「ええ」
梓彩は自分の指に輝く婚約指輪をまじまじと眺めた。
コンコン
突然、ドアがノックされた。
「兄さん」
中に入ってきたのはPIPIRUMAグループの総帥である一磨だった。
「会社の中では『会長』と呼べと言っているだろう?」
会話の通り、翔太は一磨の弟である。
「すいません」
「この子が話していた」
「はい、梓彩です」
一磨は既に梓彩のことを聞いていた。一磨は梓彩を一瞥してから翔太の顔を見た。
「翔太」
「はい」
「女性を見る目は『確か』なようだな?」
「ありがとうございます、会長」
兄弟とはいってもふたりの歳の差は15歳も離れており、一磨は今年50歳に対し、翔太は35歳。自ずと翔太は一磨に対しては丁寧な言葉遣いになる。
「梓彩さん」
「はい」
「弟は大の社交界嫌いで、たびたび企業に損害を出す『とんでもない奴』でね。あなたからも厳しく言ってやってくれ。『山ばかり行ってないで取引企業との交流も深めないといかん』とな」
こうした3人の様子をタマは黙って見上げていた。
それから2年後。
翔太と梓彩の結婚式が執り行われた。天井からシャンデリアが下がる建物の中の雰囲気はまるでキリスト教の教会のようだが、正面にあるのは十字架ではなく黄金の仏壇。そして、ふたりの衣装は翔太がタキシードで、梓彩はウエディングドレス。こうした光景に読者は「違和感を覚える」かも知れないが、どうしてどうして、欧米に暮らす仏教徒の挙式はこれが普通である。そして、この時代にはニッポンでもこれが主流になっていた。やはり女性は白無垢よりもウエディングドレスに憧れるものなのだ。
来賓席をよく見るとタマがいる。タマは梓彩の父親の膝の上に座っていた。タマの年齢は既に人間でいうところの90歳を超えていた。体の毛は所々抜け落ち、体は痩せ、目も細くなっていた。
来賓の帆乃香がタマに気付いた。この時、梓彩がタマの主人であることを帆乃香は初めて知ったのだった。11年前の時点で、当時12歳だったタマの飼い主が将来「自分の親戚になる」などと、どうして考えるだろう?帆乃香は人生においてたびたび起こる「偶然」に今更ながら驚いた。
そして遂に翔太と梓彩が仏壇の前で「三世永遠の愛」を誓う時が来た。
(おめでとうなんだニャ。梓彩、本当におめでとう)
タマの目から涙が零れた。梓彩が幸せになったのを見届けたタマは、安らかに霊山へと旅立っていった。
※
アメリカ、カリフォルニア州、シエラネバダ山系。
カリフォルニア市街から東へおよそ270km。そこにクライマーの聖地・ヨセミテがある。そこはヨセミテ国立公園の文字通り心臓部。山、川、滝、動植物、それらすべてが揃うヨセミテにはクライマーだけでなく毎年、数多くの観光客やキャンプを楽しむ人々が集う。
そんなヨセミテの東を南北に走るシエラネバダ山脈の稜線上に「ヨセミテの象徴」である巨大ドームが聳える。その姿からハーフドームと呼ばれるその岩峰は、まるで奥穂高ジャンダルムを大きくしたような特異な姿を持ち、そのユニークな形だけでクライマーの心を魅了してやまない。無論、ここは今日では難関クライミングルートではなく、北東側にはそれこそ一般登山者が登頂できるように立派な登山道まで整備されている(といっても往復10時間以上かかる)のだが、ここを舞台に繰り広げられてきた数々のクライミングの歴史の重みが、今もクライマーの心を捉えるのだった。
数週間前にニッポンからやってきた若いカップルが今、まさにその垂直にそそり立つ高さ1500mを超える北壁をフリークライミングで制覇しようとしていた。この一本の赤いザイルで結ばれた若いカップルは既にエル・キャピタン(ヨセミテにある別の岩峰、高さは1000mほど)に築かれたクライミングルートをいくつも制覇しており「予行練習は終えた」として今回、ハーフドームに挑んだのだった。
北壁の南西に走る巨大なチムニーの最後を、まず若い女性が、その後を追って男性が登り切る。ふたりは標高2682mの山頂に立った。
ふたり以外、誰もいない山頂からは西に夕日が見えた。夕日はあと1時間もしないうちにカリフォルニア沖に沈むだろう。
「タマ、どう?とてもきれいな夕日でしょう」
梓彩はザックからタマの写真が入った額を取り出すと、夕日に向けた。
いつかタマと一緒に登りたいと思っていたヨセミテ。だが、タマはここにはいない。梓彩の目が涙で滲んだ。
「あの夕日の彼方にタマが眠るニッポンがある」
梓彩の心を察した翔太は、そういうと梓彩の左肩に自分の右手を乗せた。
「あなた」
「今日はもう下山は無理だ。ビバークになるぞ」
「その方がいいわ。明日はここから御来光が見られますもの」
西の彼方に沈もうとしている太陽も、明日の朝には背中から登る。ふたりは地球が自転しているのを頭ではなく体で実感していた。このような実感は、こうしたシチュエーションでなければ決して得ることはできない。だから山は楽しいのだ。そして深夜には都会では見られない天の川が天空に輝く。
山頂から120mほど下った場所に丁度、テントを張るのに都合のよい平坦な場所があった。槍ヶ岳で言えば山小屋が建つ肩の部分に当たる場所だ。無論、ここには小屋はない。
ふたりは鉄杭によって整備された一般登山道をそこまで下ると、夕闇が迫る中、直ちにビバーク準備に入った。
タマ&アズーの青春日記 完
あとがき
2025年9月。イギリス、カナダ、オーストラリア、ポルトガル、フランスがパレスチナ国家設立を承認した一方で、ニッポンは見送りを表明した。見送りとは如何にもニッポン人らしい「物事の本質」を隠す言い回しで、自衛隊が保有する戦術空母を護衛艦と呼ぶのと同様、実際のところは「断固拒否」に他ならない。これによってニッポンは今も昔と変わらぬ「反人道・反人権国家」であることをものの見事に露呈したのである。と同時に、ニッポンが「アメリカ・イスラエルの帰属国」であるということも。こんなニッポンにはもはや「国連常任理事国入り」など有り得ない!私はニッポン人としてニッポンという国を本当に恥ずかしく思う。
今回、タマ&アズーの中に『ディベート・シスターズ』を組み込んだのは「劇作番」を公開するのに手っ取り早かったからである。第一部の内容が劇作向きであることは素人にもわかることで勿論,私にもよくわかっていた。だから、是非とも自分の手で「やりたい」と思っていたのだが、第二部以降に関しては劇作番を制作する気は毛頭無く、そうなると文章量的にかなり少ないものとなってしまう。それこそ「短短編小説」である。そこで今回、組み入れることにしたのである。そして主人公を中国人のハーフから韓国人のハーフに変更した。それはタマ&アズーの連載当時、「嫌韓・ヘイト」が頂点に達していたからだ。また、このようにしておけば「二種類のディベート」が披露できるわけで、これは非常に「上手いアイデア」だったと思っている。
日韓対立は取りも直さず、「愛国教育が盛んな国」と「人権教育が盛んな国」の争いに他ならない。愛国教育が盛んな国の民は「お国の名誉のために自国の歴史を美しく改竄するのは当然だ」と考え、人権教育が盛んな国の民は「権力や武力によって迫害された民衆を擁護するのは当然だ」と考えるからだ。そんな韓国の人々にはニッポンは「北朝鮮と同じ国」に見えているだろう。アメリカの「友好国」であるか「敵対国」であるかという違いを除けば、自国の歴史を美化する姿勢といい、自衛権の名のもとに国防強化に明け暮れるところといい、ニッポンと北朝鮮は確かによく似ている。権力者の悪政に対する民衆の忠誠心の高さも同様だ。それは「勝てば官軍」という言葉に代表されるように、ニッポン人は「力が正義」と考える民族だからである。ニッポン人が思う政治家の指導力とは断じて「人望・人徳の髙さ」ではない。それどころかニッポン人は「自分の出世の妨げになる」といった社会的理由、或いは「自分が小者に見えてしまう」という嫉妬心などから、むしろ人望・人徳の高い人物ほど嫌い、迫害するのを常とする。そんなニッポン人は当然ながら、弱い者に味方する「善政の政治家」よりも力を振り回す「暴君」を好む。天皇を島流しにした平清盛や、女子供を容赦なく磔の刑にした織田信長などの暴君をニッポン人が何ら疑問を抱くこともなく「英雄」と讃えるはそのためで、韓国や中国の人々には到底理解できないだろう。軍事力を用いてアジアの植民地化を企てた明治政府や日本軍に対する礼賛も同様。近年の右翼政治家に対する支持率の高さも理由はこれまた同様だ。また、沖縄の米軍基地問題や福島の汚染水海洋放出問題に対しニッポン全体の世論が沖縄や福島の人々に冷淡で「ニッポン政府が決めたことにいちいち文句を言うな」といった感情しか抱かないのも、やはり同様の理由からである。力を持つ者がそれを見せつけ、弱い立場のものを蔑ろにする姿にニッポン人は「この人、強くてステキだわ」という思いを抱かずにはいられないのだ。ついでに言えば、昨今流行りのインテリ芸能人ブームも根っ子は一緒である。自分の学歴や検定資格やIQを鼻高々に自慢する彼らに対し、ニッポン人は不快感以上に「尊敬の念」を抱く。
したがって、ニッポン国民が日韓対立においてニッポン政府を全面的に支持する背景には「アジア有数の経済力と武力を保有するニッポンのすることに韓国はいちいち文句を言うな」という力を正義とするニッポン人の上位意識があるのだ。そしてそれは逆に言えば、現在のニッポンが「経済力や武力を用いた威圧による外交しかできない野蛮国」であることの裏返しでもある。
著者しるす
2026年1月1日